せっかくバーサーカーに憑依したんだから雁夜おじさん助けちゃおうぜ!   作:主(ぬし)
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「ソロモンよ、私は帰ってきた!!」
「うわっ!?い、いきなりどうしたんだよライダー!?お前もあのキャスターみたいに狂っちゃったのか!?」
「ああ、あのタコみたいな化け物を操る奴か」
「まあ、タコといえばタコだけど」
「で、味は?」
「え?」
「タコなんだから当然美味いんだろう?パラメディック?」
「誰がパラメディックだ!そんなことはどうでもいいから、早く戦いの準備でもしたらどうだ!」
「なら、キッチンに立てこもろう」
「はあ?なんで?」
「キッチンで負けたことはないんだ」
「……!!だ、誰かー!こいつ、ライダーじゃなくて大塚明夫の方だ!!」
「本多平八郎忠勝、参る!蜻蛉斬りを喰らえ!」
「ぎゃあ!」
「敵将、討ち取ったり―――!!」


なんだこれ。


2-12 ドリキャスはまだ終わっていない。眠っているだけだ。

‡ウェイバーサイド‡

 

 

「なあ、ライダー。僕がバーサーカーのマスターと正面切って戦ったとして、勝ち目があると思うか?」

「あん?そりゃあ、無理に決まってるわな」

 

ウェイバーに背を向けたまま、ライダーは彼の問いかけをばっさりと切り捨てた。夢中になっているテレビゲームから目を離すほどのことでもない、分かりきった質問だったからだ。

 

かたや、この第四次聖杯戦争において全ての陣営を手玉に取ってみせ、犠牲を最小限に抑える余裕すら見せる稀代の戦略家にして高位の魔術師。かたや、ろくな魔術の素養もない、弱輩の三流魔術師。

バーサーカーのマスターの実力を実際に目にしたわけではないが、目にしていれば今頃とっくに殺されているに違いない。勝敗を競うことすら烏滸がましいほどに、魔術師としての彼我の力の差は開き過ぎている。

安易な慰めを是としないライダーは、無闇に鼓舞してやるより客観的に答えてやる方が良いと判断した。これでウェイバーがまた肩を落として「少しは気を使えよ!」などと喚きでもすれば、その時はまた額にデコピンでもかましてやるつもりであった。

 

()そうだよな(・・・・・)

 

だが、背後から返って来た反応は、思わずライダーを振り返らせるほどに飄々として軽かった。物珍しい動物を見分するように片眉を上げ、怪訝そうにウェイバーの顔を覗き込む。

 

「なんだぁ、坊主。随分と殊勝じゃないか。余はてっきり、もっと悔しがるかと思っておったぞ。なんぞ気味が悪いわ」

「うるさいな!ちょっと確認しただけだ!別に、僕が魔術合戦で勝てなくたって問題はないんだからな」

 

ウェイバーはムッとした顰めっ面でそっぽを向くが、その声に卑屈さは見られない。敵との圧倒的な差に諦観し、不貞腐れたのではない。より広い視野で大局を見据えているからこその確固たる根拠がウェイバーに揺るがぬ自信を与えているのだ。

それを持ち前の審美眼で悟ったライダーは、己のマスターがいつの間にか一皮剥けていたことを漠然と悟った。

 

「ほぉ。ズバリ、そのココロは?」

 

興味深げに底を窺ってくるライダーの視線に真っ向から向き合い、ウェイバーは「いいか?」と指を立てる。

 

「じゃあ、逆に聞くけどな。僕とバーサーカーのマスターなら確かに僕の方が何もかも劣っているだろうよ。鼻くそみたいに爪弾きにされるのがオチだろうさ。だけど、ライダー陣営(ぼくたち)とバーサーカー陣営として考えれば、どうだ?相対し得ない相手か?」

「何を馬鹿なことを。彼奴らの在り様には賛嘆はすれど、膝を屈するなど微塵もあり得ぬ」

「だろう?なら、いいんだよ」

 

そうアッケラカンと答えてみせたウェイバーに、ライダーは彼らしくもない呆けた顔を浮かべて驚いた。当初は己の面子を立てることしか頭になかった少年が、知らぬ間に青臭い殻を破り捨て、より高みから大局を俯瞰する非凡の片鱗を見せ始めていたからだ。

 

「……もしや、余が引っ叩きすぎたせいか?」

「失礼だな!目的を見誤るほど僕もバカじゃないってことだ!」

 

一喝すると、ウェイバーは自身とライダーを交互に指さして見せる。

 

「僕がいくら劣っていても、その分をお前で補えればいい。幸いなことに、お前は間違いなく最強クラスのサーヴァントだ。僕だけではダメでも、僕とお前(・・・・)なら勝てる見込みは十分ある。要は、最終的に聖杯を手に出来ればいいんだからな」

 

そう、この戦いにおける“勝利者”とは、即ち“聖杯を手にした陣営”だ。個人の体面や力比べが介在する余地のない、戦力と戦力のぶつかり合いだ。

自身が相手より劣っていることを受け入れるのは容易いことではない。ましてや、それが己の 召 使 い (サーヴァント)であるのなら尚更だ。虚栄心や自尊心といった霞が瞳を曇らせ、思考を淀ませてしまう。かのロード・エルメロイですら魔術師という枠に囚われた結果、己のサーヴァントを持て余し、視野狭窄に陥ったところを狙われて早々に敗退してしまった。

しかし、ウェイバーはその二の舞を演じることはないだろう。握りしめた拳を見つめる彼は、すでに『魔術師』という従来の狭い型枠からは脱している。

 

「聖杯のことなんて、どうでもいい。使い道なんて知ったことじゃない。僕は挑戦したいだけだ。確かめたいだけだ。聖杯を頭上に戴く最後の戦場で、バーサーカーのマスターと直に顔を突き合わせて、そして問い質すんだ。『なぜ、そこまで強く正しく在れるのか。それほどの人間が、何のために聖杯を欲するのか』。それに対する返事を聞いた時、きっと僕は答え(・・)を得ることが出来る」

 

ついぞ3日前に「小さい」と喝破された少年とは思えない雄渾な語り口に、ライダーは思わず息を呑んだ。

ウェイバーに大きな変革をもたらしたのは、皮肉にも勝利への最大の障壁となるバーサーカー陣営の立ち振舞いであった。

 

例えば、時計塔で道行く魔術師たちに「魔術師は人倫を尊重すべきか」と諮問したとする。10人中9人は、「それは魔術の探究に必要なのか?」と首を傾げるだろう。残りの1人は蔑む目でこちらを一瞥した後、会話をする価値もないと去っていくに違いない。それこそが魔術師という“生き物”の性であるし、正しい魔術師とはそういうものなのだとウェイバーも日に日にその懈怠の泥に身を沈めていた。何かを得るためには何かを捨てねばならず、魔術師として大成するためには人の道を切り捨てねばならぬのだ、と。

だが、その認識は、この聖杯戦争に参加したことで覆された。道義を失わぬままに、かのロード・エルメロイすら凌ぐ才幹を有する魔術師が存在すると知ったからだ。その魔術師は、 狂 戦 士 (バーサーカー)という本来なら制御の難しいクラスに、己に相応しい最高の騎士(・・)を召喚してみせた。狂化しているにも関わらず、彼は“理想の騎士”として戦った。弱者を虐げる者を許さず、強者には敬意を持って挑んだ。

もしも、未だ正体の知れないあの漆黒の騎士がセイバーのクラスで召喚されていれば、此度の聖杯戦争は3日と言わずに終幕を迎えていただろう。あれほど優れた魔術師がバーサーカークラスのステータスアップの恩恵に頼るなど考えにくい。にも関わらず、わざわざ不利なクラスを選んだのには何か理由がある。

 

(そんなの、決まってる。他のマスターがバーサーカーを召喚して、もしも制御に失敗した場合に周囲に及ぼす被害を阻止するために、敢えて自分がバーサーカーを請け負ったんだ)

 

そうとしか考えられなかった。聖杯戦争には、自分のような三流の魔術師や、キャスターのマスターのような物狂いだって参加できる。もしもそういった拙劣な輩がバーサーカーを召喚してしまえば、燃費の悪いサーヴァントを維持するために大勢の人々を殺すかもしれないし、制御できなくなって暴走させてしまうかもしれない。だからこそ、あの魔術師は誰よりも先んじて自らバーサーカーを選んだのだ。

自分がバーサーカーを完全に制御できるとする自信と、何より、己が劣勢になる可能性を甘受してまでも罪なき人々を護ろうとする強靭な覚悟に、ウェイバーは骨の髄から感服した。

ヒトが人間(ひと)であるために必要不可欠な他者への慈しみを見失うことなく、最強の魔術師として聖杯戦争の主導権を握り続けるその(おお)きな背中を瞼の裏に幻視し、カッと目を見開く。目の前の拳が一回り大きくなったような錯覚は、しかし幻などではない。この瞬間も、ウェイバー・ベルベットは未だ見ぬ背中を目指し、間違いなく成長し続けているのだから。

自らを不遇の天才と決め込んで、沽券を誇示するために躍起になっていた幼稚な子どもはもういない。今ここにいるのは、己の力量を冷静に弁えながら、(マスター)として相応しい眼識を持って戦争の趨勢を見据える一人の戦士だ。

 

成長を遂げたウェイバーの張りに満ちた双眸を向けられ、ライダーはそれを「見上げたものだ!」と感嘆して褒め称えるべきだ(・・・)

 

「――――だが、坊主。そいつは聖杯が本当にあった場合(・・・・・・・・)の話だよな?」

「……え?」

 

顔を伏せてそう絞りだした彼の様子は、称賛とは正反対のものだった。

予想とまるで違う反応をされて愕然とするウェイバーに、ライダーがぐるりと身体を正対させる。海底に沈んだ岩のように暗い表情には、いつもの晴れやかな覇気は微塵も感じられない。

突然の変貌に面食らうウェイバーを、まるで居た堪れないものを慰めるようにじっと見詰め、彼は冷ややかに言葉を紡ぐ。

 

「皆が血眼になっちゃあいるが、件の聖杯とやらが本当に噂通りのシロモノだってぇ保証はどこにもない。違うか?」

「……な……!」

 

聖杯戦争はもはや佳境に入っているというのに、今になって何を言い出すのか。ウェイバーはその真意を測りかねたが、何よりもライダーのその自信無さ気な面差しに猛烈な不快感を覚えて二の句を告げずにいた。

腹底で沸々と怒りを燃やし眉を顰めていくウェイバーを気にも留めず、床をじっと見つめて呻く。

 

「余はな、以前にもそういう、“在るか無いかも知れぬモノ”を追いかけて戦ったことがある。最果ての海(オケアノス)を見せてやると―――そういう口上を吹き散らし、余は世界を荒らしに荒らして廻った。余の口車に乗って、疑いもせずについてきたお調子者を、随分と死なせた。どいつもこいつも気持ちのいい馬鹿揃いだったよ。そういう奴から先に力尽きていった。最後まで、余の語った最果ての海(オケアノス)を夢に見ながら、な」

 

ライダーの瞳が一瞬だけウェイバーを捉える。その面目無さそうな視線を向けられたウェイバーのこめかみにビシリと青筋が走る。

目を伏せたままのライダーは、ウェイバーの気配が激変したことに気付かない。たった今、彼がしてはならない重大な履き違え(・・・・)をしたというのに。

 

「最後には、余を疑うようになった小利口な連中のおかげで、東方遠征はご破算になった。だがそれで正解だった。あのまま続けていれば、余の軍勢は何処にも辿り着くこともなく総倒れで終わっただろう。この時代の知識を得た時は、まあ結構、堪えたわい。まさか大地が閉じているなんて、悪い冗談にも程がある。だがそれでも、地図を見れば納得するしかなかった。最果ての海(オケアノス)なんて何処にもありゃしなかった。世の理想(ユメ)は、ただの妄想でしかなかった。

余はなあ、もうその手の与太話で誰かを死なせるのは―――」

 

「ふざけるなッ、こんの大馬鹿野郎ッッ!!!」

 

「ぬおッ!?」

 

突然、ライダーの横っ面に拳が炸裂した。椅子から身を乗り出したウェイバーが勢い良く躍りかかったのだ。小さな拳の一撃は、しかし、ライダーの巨体を転がすだけの覇気を握りしめていた。

 

「ぼ、坊主?」

 

強かに背中を打ち付けたライダーの腹にドスンと腰を落とし、胸元を掴み上げる。

 

「よく聞け、ライダー。お前は大きな勘違いをしてる」

「勘違い……?」

 

遥かに体格差のある相手を組み伏せ、目を白黒とさせるライダーをギロリと見下ろす。華奢な双肩が波打っているのは、かのアレキサンダー大王を足蹴にしている無礼に怯えているのではない。身の内で荒れ狂う激しい怒りを抑え切れないのだ。

 

「お前は、今、『自分の掲げたユメに臣下たちが着いてきたが、そのユメは妄想に過ぎず、臣下たちを無駄死にさせてしまった』と言って、僕を見た」

「……そうだ。それの何が心得違いだというのだ?臣下たちは望んで余に着いてきた。だから余のせいではないとでも?そんなものは慰めにもならん」

 

己を射抜く眼光から目を逸らし、かつて西アジア全域を手中に収めた征服王が小さく呟く。無骨な手の平が、胸板にプリントされた世界地図をそっとなぞる。無二の臣下たちが倒れていった砂の大地は、彼の指先ほどの大きさしか無い。

 

「見よ、坊主。これが、余が世界からぶん取った領土だ。手に入れようとしていた世界全てに比べて、なんとちっぽけなことか。ほんの欠片にすぎん。たったこれだけを手に入れるために―――これの先にあると思い込んだオケアノスを目指すために、途方も無く大勢の臣下を無駄死させた。

確かに、臣下たちは余のユメを共に目指した。奴ら自身の意思で余に着いてきた。だが、余が導いた(・・・)ことに変わりはない。セイバーの言うことにも一理ある。王は導き手だ。臣下を導いた責務もまた、王にある」

 

当初は「身命を捧げるのは王ではなく民草の方だ」などと豪語して憚らなかった男とは思えない殊勝な言い草に、ウェイバーは束の間だけ驚いた。傲岸不遜を体現するこの男も、セイバーとその他一名との聖杯問答で得たものがあったらしい。

 

「我が過去の治世に悔恨など微塵も無い。覆したいとは毛頭思わん。だが、同じ過ちを繰り返すつもりもない。余に付き従った者をまたも夢まぼろしのために犠牲にしたのでは、砂原に倒れていった兵たちに顔向けができん」

 

重々しく王の責任を語るライダーの意外な変化に数度瞬いて驚いたものの、ウェイバーの気勢が削がれることはなかった。なぜなら、その回答がまったくの的外れ(・・・)なものだったからだ。

 

「全ッ然、違う。僕が言いたいことはそんなことじゃない」

 

ふんと鼻を鳴らして首を振る。その慮外な反応に、さしものライダーも怪訝に眉を寄せた。ウェイバーの真っ直ぐな双眸は明らかに、彼が思いもよらない重大な何か(・・)を見抜いていたからだ。

黙りこくるライダーを見下ろしながら、ウェイバーは続けて訥々と言い聞かせる。

 

「過去の失敗を繰り返したくないって気持ちはよくわかる。導き損ねてまた臣子を無駄死にさせるかもしれないって不安もわからないでもない。だけど、今度の戦争ではそんな心配は不要だ。こと僕に対してそんな風に考えるのは、決定的に間違ってる」

「……何故だ?」

 

面妖なものを前にしているかのように目を見張るしかない己のサーヴァント(・・・・・・・・)に、右の拳を突きつける。握りしめられた拳の甲で、マスター(・・・・)であることを示す令呪が燠火のように燃え光る。

ハサンが散り際に魅せた煌めきは、火の粉となってウェイバーの胸に燃え移った。その小さな種火は、若き魔術師の内に眠っていた“魂”を覚醒させるまでに成長したのだ。

熱せられた()の魂は真っ赤に燃える焼け石の如く、触れた者までも燃え上がらせる灼熱に漲っている。

 

「今は、この僕が導き手(・・・)だ!お前が臣下で、僕が王だ!お前が導くんじゃない。お前が、僕の夢に、ついて来い!!」

 

高らかな宣言と共にライダーに差し出されたその力強い手は、まさにそのような灼熱を内包していた。

 

「ああ……そういうことか」

 

細めた目で眼前の手を一度見詰め、ライダーはそっと目を瞑る。意識を悠久の過去へと飛ばせば、かつて全ギリシアに覇を唱えた時代が瞼の裏に鮮明に蘇ってくる。

国内で力を振り示していた勇猛な戦士たちに次々に声をかけ、時には腕尽くで誘いをかけた。「こんな狭い国の中で暴れ回ったって男がすたるだけだ。それならいっそ、俺と一緒に最果ての海(オケアノス)を目指さないか」―――そう言って腕を差し伸ばし、掛け替えの無い臣下を手に入れてきた。

 

そう、まさしく今のウェイバーと自分のように。

 

「余は、あらゆる国の、あらゆる文化を経験したつもりでいたが―――」

 

仕舞い込んでいた大切な宝物を取り出すように、ライダーはそっと呟く。目を開けた先では、自分の(マスター)が自信に満ちた笑みを輝かせていた。ギラギラと闘士に燃える眼差しは、見つめているだけでこちらの心にも火がつきそうだ。もしかしたら、在りし日に臣下になった男たちも、今の自分と似たような感情を抱いたのかもしれない。“こいつになら自分の命を預けても良さそうだ”という本懐を得た充足感を。

 

かつての己の姿をウェイバーに幻視して、ライダーはニンマリと思い切り口端を釣り上げる。出会った当初はちっぽけな小僧だと思っていた少年が、自分をも感じ入らせるほどの器を持つ男に成長を遂げていたからだ。

差し出された手に勢い良く手を重ね、力強く握り返す。感情が昂ぶり、銷沈しかけていた覇気が見る見る沸き上がってくるのは、触れた手を介してウェイバーの灼熱が燃え移ったからに違いない。

 

「そういえば、誰かの臣下になったことはまだ無かったぞ、マスター(・・・・)!」

「―――ッ!!」

 

手を握られた途端、ウェイバーは総身を押し潰されそうな錯覚を覚えて目を見張った。

己のサーヴァントから“マスター”と呼ばれたのはこれが初めてだった。だが、当初に期待していた、サーヴァントに自分を認めさせたという優越感は微塵も感じない。そういった満足感とは正反対の責任感(・・・)が―――無二の臣下という自分以外の命を背に預かった巨大な責任感が、一気に背にのしかかってきたのだ。

ゴクリと大きく息を呑み、ライダーを凝視する。目の前の大男は、この何千、何万倍もの途方も無い重責を一身に背負い、彼らに己と同じ夢を魅せつけた。死して尚付き従いたいと思わせるほどの、強烈な夢を。そうして背負い込んだ男たちの魂が、イスカンダルという男の背を世界の果てまで押し続けた―――否、今も押し続けている(・・・・・・・・・)のだ。

この男の器は、それほどまでに巨大で、重い。自分は今、その偉大な巨人を、彼の臣下をも引っ括めて背負おうとしている。

普通の人間なら、ここで躊躇するだろう。自分の器では無理だとその手を離してしまうだろう。

 

「―――どんなことにも初めてはある。良い機会を与えてもらったことに感謝しろよ!」

 

だが、ウェイバーは離さなかった。口端の笑みを引き攣らせながらも、逆にさらに力を込めて握り返した。覚悟が出来ているとは言い難い。その分、不足した覚悟は意地で埋めればいい。この血の滾りで補えばいい。遥か遠くを進むバーサーカーのマスターに追いすがり、答えを確かめようと思うのなら、この程度の重さ(・・・・・・・)で負けているわけにはいかないのだから。

 

「ムハハハハ!如何にもその通りだ!言うようになったではないか、マスター!」

 

ウェイバーの軽口に、ライダーは屈託のない笑顔で応える。嬉しそうに大笑する様を見ていると、こちらの不安もどこかへ吹っ飛んでしまいそうだ。

 

「横っ面に拳をぶち込まれて説教をされたのは生まれてからも死んでからも初めてだ。実に心地が良い。こんなマスターに恵まれて、余はとんだ果報者だ!

だが、マスター。一つ忠告しておこう」

「な、なんだよ」

 

ムクリと半身を持ち上げたライダーが、唐突に神妙な面持ちを見せる。ウェイバーの肩を抱いて引き寄せると、まるで誰かに聞かれてはいけない内緒話をするように小声で耳打ちする。

 

「余の側近のクレイトスに会った時は、余を殴ったことは言わん方がいい。きっと怒り狂って斬りかかってくるぞ。特に黒い方のクレイトスはダメだ。アイツは短気で凶暴だからな」

「クレイトスって何人もいるのか!?」

「肌が白いのと黒いのがいる。どっちも恐ろしいぞ。二振りの短剣を鎖鎌のように振り回して『苦しみを味わえ!』とか叫んで踊りかかってくる」

「……い、いいや、駄目だ。今は僕が王なんだから、いちいち臣下に気を使う必要なんて無い!違うか!?」

 

声を荒げてライダーの胸板を拳で打つ。つい先日までは振り回されるばかりだった少年とは思えない大胆な言葉だ。だから、青ざめた顔面がひくひくと震えているのは、ご愛嬌ということで許されてもよいだろう。事実、ライダーは満面の笑みを浮かべて首肯を返した。

 

「うむ、それでこそ余のマスターよ!主君を得られ、面白いゲームも得られた。此度の戦は良い収穫ばかりだ!!」

「……僕はゲームと同列かよ」

「たかがゲームと馬鹿にしてはならんぞ、マスター。このゲームはなかなかに革新的で、画期的だ。なにせ、このゲームの中に街一つが丸ごと入っていて、天気も変われば人並みも変わり、街にある全ての物品や人に対してプレイヤーが働きかけが出来るのだ。なんと通りすがりの脇役までフルボイスときたものだ。これにはさすがの余も唸ったわい。

一作目ももう終わった。ちょうど今から二作目を始めようかと思っていたところだ。どうだ、マスター。そなたも一緒にやってみんか?」

 

“そなた”という慇懃な呼び名に言いようのない擽ったさを覚えて身を捩る。“坊主”や“貴様”と呼ばれていた方が性に合っていたのかもしれない。

 

「そんな低俗なものを僕はやらない……と言いたいところだけど、何事にも初めてはあると言ったのは僕だしな。ちょっと見せてくれよ」

「おうおう、わかってきたではないか!そうだ、上に立つ者は何事も経験が大事だからな!!」

 

ゲーム友だちが出来たことに肩を弾ませて喜びながら、ゲームソフトと思しきディスクをゲームハードのドライブにセットする。ゲームハードらしき白いプラスチックの箱には渦巻き模様のロゴマークが描かれているが、ゲームに疎いウェイバーにはそれがどこの国のどんなゲームハードなのかも想像がつかなかった。

 

「このゲームは絶対に面白いぞ。このニッポンという国はゲームを作らせれば天下一だ。これを作った会社は余のお気に入りだ。三部作で完結する予定らしいが、すぐに三作目も発売されるだろう。きっと世界中で売れに売れるぞ。余が言うのだから間違いない」

「はいはい。いいから、早くプレイしてみろよ」

 

投げやりに返してみたものの、音が跳ねるような心地良い起動音を耳にすれば、ウェイバーの胸も段々と高鳴り始めていた。画面にオレンジ色の渦巻き模様が表示され、続いて美しい3Dムービーが再生され始める。眩い日の出を背にして隼が飛来する描写には圧巻するしかない。

イギリスという格調高き先進国の生まれであることから極東アジアの日本のことを心の何処かで馬鹿にしていたが、どうやらそれは驕りだったようだ。少なくともイギリスではこれほどのゲームを作れる会社はあるまい。

 

「おっほぉ!これが今回の舞台のホンコンというところか!見よ、この迫力を!まるで本当にそこにあるようではないか!余は決めたぞ!この国を征服したら、祖国に帰る前に寄り道をしてここも手に入れる!!」

 

一人で興奮の絶頂にあるライダーをよそに、ゲームディスクが入っていたパッケージを手にとって見る。なるほど、確かに良い出来だ。イラストも細部にまで拘っているし、裏面のゲーム説明と思しき裏面を見ても、趣向を凝らして作られていることがよくわかる。ライダーが“売れる”と太鼓判を押したのも強ち嘘ではないらしい。

 

「『シェンムーⅡ』、か……。確かに、面白そうだな」

「そうだろうそうだろう!『シェンムーⅢ』の発売が今から待ち遠しいな!!」

 

 

セガさん、僕たちはずっと待ってるんだよ。

 

 

 

 

一方、ウェイバーが未だ見ぬバーサーカーのマスターに対して闘志を燃え上がらせていた同時刻………

 

 

‡雁夜おじさんサイド‡

 

 

「ぶわああっくしょん!!ひいいっくしょん!!ぶへえっくしょん!!ちくしょう、寒気とクシャミが止まらない!全部あの馬鹿のせいだ!!」

 

間桐邸の裏庭で、第四次聖杯戦争の主導権を握っているとされる男が鼻水を激しく撒き散らしていた。

“あの馬鹿”が己のサーヴァントを指すことはもはや言わずもがなである。主であるはずの雁夜を羽交い絞めにして、桜と一緒に雁夜に服を着せては脱がせを繰り返しやがったのだ。この寒い季節に一時間以上も着せ替え人形扱いされたことにも腹が立つが、何よりパンツまで脱がされて桜から「お父さんよりは小さい」とボソリと呟かれたのがたまらなく悔しいのだ。時臣のものなど見たことはないし見たくもないが、大きさくらいは勝ってるだろうと勝手に思い込んでいただけに、桜のその発言はひどく衝撃的だった。

打ちひしがれて半泣きになった雁夜は、さらに他の服を着せようと迫る桜とバーサーカーに背を向けて一人狭い裏庭に逃げ込んだのだ。

 

「くそったれー!時臣のアホ!バーカ!オタンコナス―――!!」

 

パーカーを振り乱して近場にあった樹木を力任せに殴りつける。涙目になってボコスカボコスカと何度も拳を振るっていると、段々と樹木の模様が時臣の顔に見えてくる。殴りつける度に時臣の顔も痛そうに顰められていくように見えて、少しずつ気分が晴れていくようだ。

 

「……たしか、バーサーカーの奴がこんなパンチをしてたっけな」

 

ふと、視覚を同調させた際に垣間見た、バーサーカーの鋭い打撃を脳裏に思い浮かべてみる。もし万が一、この身だけで敵と遭遇した場合に備えて、少しでも抵抗できるようになっておきたい。しかし、自分には格闘技の経験はこれっぽっちもないから、見よう見まねで覚えるしか無い。

一歩足を踏み込んで、腰の捻りを加えて、腕を一本の丸太のようにして打ち出す。たしか、アイツのパンチはこんな感じだったはずだ。

 

「ふっ!ふっ!……なんだ、俺もけっこう筋がいいんだな」

 

実際に意識しながらやってみると、なるほど確かに打撃音が先ほどとは打って変わって小気味の良いものに変化してきた。火薬が炸裂するようなバシンという小気味よい音が木の表面をビリビリと震わせる。なんだか、時臣の顔にも青痣が出来てきたように見える。

 

「ざまあみろ、この野郎!泣け!うわーんって泣け!!」

 

何度も何度も同じフォームを繰り返していると様になってくるようで、雁夜の動きからは次第に無駄な動作が省かれ、腕を振るう速度もぐんぐんと上がっていた。実は子供の頃から運動神経は良い方だったので、鍛えればそれなりのものにはなるのだ。何か一つの競技に集中していれば、今頃はトロフィーが幾つか部屋に飾られていただろう。

 

「このっ!このっ!このっ!この……っ!!」

 

魔蟲に苛まれて痛覚が麻痺しているのか、何十回素手を振るおうと拳に痛みは感じない。それは逆に好都合だ。夢中になって時臣の顔に憂さ晴らしができる。木皮についた血も、時臣の鼻血だと思えば清々する。

雁夜が手に入れたかった幸せを簡単に得ておきながら、自分から愛娘を地獄に叩き込んだ男が雁夜の拳で血を流している。雁夜が愛していた女性を孕ませておきながら、その血肉を分けた娘を臓硯の手に委ねた男が、雁夜の怒りに曝されている。

そうだとも、遠坂時臣。お前はこれくらいされても仕方のない愚かな人間なのだ。眼前の時臣の顔が恐怖に歪む。とても良い気味だ。さあ、覚悟するがいい。次の一撃で、俺の拳諸共お前の顔の骨を砕いてやる―――!!

 

「ぐーるるー」

「うおっ!?」

 

力を込めて背部に振りかぶった拳を唐突に掴まれ、雁夜はハッと意識を取り戻した。冷静になって目を瞬いてみれば、目の前には血で汚れた樹木が一本、生えているだけだ。その血は誰のものかと意識を身体に巡らせた瞬間、右の拳にヒリヒリとした熱い痛みが沸き起こってくる。

額に脂汗を浮かべながら振り返れば、鎧の大男が血だらけの拳をじっと見つめていた。傷と雁夜の顔を交互に見た後、何も言わずにどこからか取り出した包帯を使って丁寧に右手に巻きつけていく。責めるでもなく問うわけでもない様子が、やけに気まずい。

 

「……なんだよ、無茶すんなって言いたいのか?悪かったな、弱いくせに調子に乗って。ただ、俺も少しは戦えるようになった方がいいかもしれないと思っただけだ」

 

腕をされるがままにさせて、雁夜はそっぽを向く。サーヴァントからしてみれば、マスターは自分が現世に留まるための楔だ。現世との繋がりを維持しているマスターがいなくなれば、サーヴァントはすぐに消滅する。マスターが進んでその身を傷つけるなど言語道断だろう。ましてや、自分はおそらく全てのマスターの中でもっとも弱い、死にかけの魔術師もどきだ。そんなマスターに戦われても、この凄腕の騎士には足手まといにしかなるまい―――。

 

 

すぽっ。すぽっ。

 

 

「……すぽ?」

 

両の拳に何かが被せられた気がして、慌てて眼前に手を持ち上げる。そこにはなぜか、真紅のボクシンググローブが嵌められていた。目を丸くしてバーサーカーに目をやると、彼の方はいつの間にかパンチングミットを手に持ってゆらゆらと身体を流していた。ミットが雁夜の眼前を流れるように動き、時折誘うように迫っては引いてを繰り返している。

 

「……お前、もしかして、練習に付き合ってくれるのか?」

「ぐるる!」

 

こくこくと大きく頷き、再びミットを構える。とん、とん、とん、とつま先で地面を軽快に跳ねる身のこなしは、彼が他者を訓練するだけの腕前を有している証左だ。弾む度に全身の分厚い鎧がガシャガシャと騒がしい音を立てるが、その流麗なフットワークが鈍る気配はない。疲れを感じるどころか、むしろウキウキと楽しそうにハシャいでいる雰囲気すら感じる。どうやら、このサーヴァントはマスターとミット打ちが出来ることが嬉しくて仕方ないらしい。騎士の鎧を着込んでいるくせにボクシングを嗜んでいる英霊など、常識外れもいいところだ。

 

「―――ほんっと、変なサーヴァントだよなぁ、お前」

 

そう苦笑して、雁夜もまたグローブを構える。拳の痛みはなぜかもう消えていた。最近、自身の回復力がかなり高まっているような気がする。バーサーカーの料理のおかげだろうか。

行き場のないどす黒い感情も抱えているし、色々と考えなければいけないこともあるが―――今くらいは、サーヴァント(ともだち)と汗を流したって罰は当たるまい。

 

「言っとくが、手加減抜きでいくからな!半分死人だからって舐めてると痛い目見るぞ!!」

「うーごごごー!( -`д-´)」

 

望むところだー!と返すように唸り声を上げ、バーサーカーも身体を引き絞るように重心を低くする。ジャリ、と鎧のつま先が地面を抉る音と共に雁夜が掛け、勢い良く躍りかかる。

 

「うおぉ―――っ!」

「ぐるる~」

「まだまだ―――!!」

「ぐる~る~」

「く、くそっ!軽くあしらいやがって!

……あっ!?セイバーが足からジェット噴射しながら空飛んでるぞ!ほらあそこだ!見てみろ!」

「ぐ、ぐるる!?(;゚д゚)」

「隙ありぃいいいい!!」

「うご―――ッ!?」

 

その夜は、男二人の叫び声とミットを打つ音が裏庭に木霊し続けた。

 

 

 

‡桜ちゃんサイド‡

 

 

「おじさんもバーサーカーも、楽しそう」

 

分厚いコートを着込んで裏庭側の窓辺に腰掛け、桜はホットミルクを一口喉に流し込む。彼女が眺める裏庭では、優しい義理の叔父と、命の恩人の鎧の男がじゃれあっていた。

いきなり遠坂家から引き離されて地下の地獄に落とされてからは己の運命を呪ったものだったが、その運命も、新しい家族に会うための通過点なのだったとしたら、何とか受け止められる。

それくらい、今の家族は桜にとって暖かく、心地の良いものだった。

 

「隙ありぃいいいい!!」

「うご―――ッ!?」

「ざまあみろ!引っかかるほうが悪い―――いてっ!?やめ、ボディはやめろ!こっちは初心者なんだぞ!痛い!悪かった!俺が悪かった!!」

「ぐるる!ぐるる!(`;ω;´)」

「……今のは絶対におじさんが悪いよ」

 

パンチングミットでバシバシと引っ叩かれる雁夜を眺めて小さくため息をつくと、桜は手元の作業に意識を戻した。雁夜のために服のサイズを調整しているのだ。自慢の叔父なのだから、着古したパーカーやパンツではなくてもっと立派な服を来てオシャレをして欲しい。顔の造形は整っている方だし、スタイルも良いのだから、着飾れば結構な男前になるはずだ。

ふと、桜は雁夜が洒落た格好をすることに気が引けていたことを思い出した。しきりに己の顔の半分を撫でていた気がする。

 

「……もしかして、おじさん、気付いてないのかなぁ」

 

そういえば、雁夜は顔面の半分が壊死して硬直していた(・・・・)ことを気にしていた。視界に入れるのも嫌になって、最近は鏡もろくに見ていないのかもしれない。

 

「今度、教えてあげようっと」

 

小さく独りごちると、桜はまた袖の長さを調節する作業に集中することにした。




更新がかなり遅れました。キャラクターの成長を描くのはとても難しいです。時間を掛けただけに値するものに仕上がったかは自信がありませんが、これでどうか勘弁して下さい。







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