せっかくバーサーカーに憑依したんだから雁夜おじさん助けちゃおうぜ!   作:主(ぬし)

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更新する言うたやん?


2-13 ヨーグルトを継続して食べ続けると花粉症も治るとかなんとか。食べ物には気を使おう。

20世紀後半―――極東の片隅、日本の冬木と呼ばれる地において『第四次聖杯戦争』の火蓋が切って落とされた。あらゆる願いをこの世に実現させうる願望機―――『聖杯』を巡り、選ばれた7人の魔術師たちは世に名の知れた『英霊』を召喚し、己が刃盾として使役する。

従 者 (サーヴァント)』と名付けられた英霊たちは自身を召喚した魔術師を『主人(マスター)』と認め、その超常的な技をもって同じサーヴァントと鎬を削り合い、この世に二つとない奇跡の結晶である『宝具』で互いを凌駕せんとする。

サーヴァントは以下の各クラスに割り当てられ、7騎が顕界する。

 

剣士(セイバー)

弓兵(アーチャー)

槍兵(ランサー)

騎乗兵(ライダー)

魔術使い (キャスター)

暗殺者(アサシン)

狂戦士 (バーサーカー)

 

7人の魔術師と7騎のサーヴァントに対し、聖杯がその尊い褒美を賜らせるのはわずか一人の魔術師と一騎のサーヴァントのみ。従って、各々が願いを手にするためには最後の最後まで殺し合い、陣営が一つになるまで勝利し続けなければならない。

和平の道など最初から想定されていない、全ての競争相手を駆逐することが唯一絶対の儀式―――それが、この残酷な聖杯戦争の概要である。

 

 

さて、最初のサーヴァントの召喚を確認して幕が開かれた此度の第四次聖杯戦争は、未だ8日目でありながらすでに3体のサーヴァントが脱落していた。ランサー、キャスター、アサシンである。とは言え、過去の聖杯戦争が二週間足らずの期間で終結したことを考えれば、このペースは通常の聖杯戦争の趨勢とほとんど変わりない。

 

しかし、その戦闘の全てがたった一人の男(・・・・・・・)の掌の上で操られていたことは、200年を超える戦争の歴史において史上初めてのことであった。

 

その若者(・・・・)は、齢30にも満たない若輩でありながら、老獪かつ神速の手腕によって聖杯戦争の趨向を完膚なきまで手球に取っていた。彼の手はあらゆる戦局に伸び、影から全てを支配している。しかも、彼がお膳立てした戦いは常に清爽な結末が用意されていた。時には決闘の舞台を整えてランサーに騎士の本懐を遂げさせ、時には暴走を始めたキャスター陣営による犠牲を防ぐために早期に刃を下し、時には胸の炎を失いかけていたアサシンに再び情熱を滾らせた。彼は、苛烈な命のやり取りの内にも尊い“華”があり、踏み外すべきではない“ルール”があることを心得ていたのだ。

さらに特筆すべきは、民間人の犠牲者をまったく生じさせていないことだ。罪のない者は決して巻き込まず、巻き込もうとする陣営は容赦なく罰せられた。その証拠に、彼のサーヴァントはもっとも扱いづらい狂戦士 (バーサーカー)であったにも関わらず、ただの一度も理性を失い無辜の命を傷つけることはなく、その真逆に、一流の騎士の如き理性と正義に裏打ちされた振る舞いを貫いた。それがマスターの才幹によるものであったことは明白である。熟達する毎に人道の概念から遠ざかっていく魔術師(いきもの)として大成しながら、彼はヒトの道を絶対に誤ろうとはしなかった。徹頭徹尾、その強大な力の使い方を間違えることは決して無かった。

 

 

「斯く在るべき」と理想の背中を魅せつけながら、どの陣営よりも遥か先を歩む、魔術師の中の魔術師にして、男の中の男。

 

 

数世紀も後世まで語り継がれるその偉大な名を、間桐 雁夜という。

 

 

 

 

 

 

聖杯戦争8日目

言峰教会

 

 

 

‡切嗣サイド‡

 

 

冬木において一際小高い丘に聳える神の御家は、降り注ぐ強い陽光の直下にあってもその内部に静謐な空間を深深と蓄えている。聖書の一節を描いたステンドグラスから流れこむ荘厳な極光の柱束が簡素な礼拝堂の内部を鮮やかに彩っている。かつて博愛の精神を人々に説いた男の彫像を仰ぎ見れば、信じる神を違える者ですら精神(こころ)に穏やかな平安を齎されることだろう。

そして、この世のあらゆる宗教と決して相いれることの無い男―――衛宮 切嗣もまた、緊張にざわつく心を抑え付けようと磔にされた男をじっと見上げ、その効能に頼ろうとしていた。

 

「……切嗣」

「ああ、分かっている」

 

張り詰めたセイバーの声には明らかに戸惑いの色が混じっていた。それも無理はない、と左腕のCASIO製デジタル時計に数回目の目線を落とす。刻々と時を刻む表示が、正午まであと1分であることを示していた。身にまとう機器の整備と信頼性には一切の妥協を許さない切嗣だが、この時ばかりは教会の振り子時計に再び目をやって時刻を再度確かめる。まだ普及し始めたばかりの電波式自動調整機能を持つ腕時計はやはり正確に時を刻んでいた。

つまり、11時59分。間桐 雁夜との会合予定時間まで、残り一分を切った。

 

「………」

「………」

 

まったく同じタイミングで時計を振り仰いだ男がいた。しかし、それは切嗣が望む者ではない。濃紺の法衣に身を包んだ老神父だった。

神父―――聖堂教会より派遣され、聖杯戦争の監督及び秘匿役を務めている―――言峰 璃正と無言の視線が交差する。お互いの胸底に混乱の気配を感じたのは一瞬で、神父にしては肩幅の広く張った老人は気まずそうに切嗣から目を逸らした。大時計の秒針が円を描き終えるまで、もう10秒もない。

 

(―――来ない、か)

 

虚ろな空洞と化した胸中に重い呟きが落ちた。それは落胆だった。淡い期待が裏切られたことによる切ない悲しみだ。己がまだ他者に希望を預けるような人間的な感傷を残していたことに少し驚くが、それもこの瞬間に消えていくのだと思うと気分はさらに暗澹と沈んだ。

 

(間桐 雁夜……。僕たちが思っていたような男では、無かったのか)

 

間桐 雁夜。彼こそ、切嗣が今か今かと会合を待ち望み、ついにその望みを絶たれようとしている男だった。

 

昨晩、切嗣はバーサーカー陣営との協議の場を設けようと教会を通じて連絡を取った。『キャスターを討伐した陣営に令呪を進呈する』という璃正神父の言を利用し、実際に討ち取ってみせたセイバーとバーサーカーの両陣営が同時に同じ場所で(・・・・・・・・)令呪を受け取るべきだと迫ったのだ。言峰 璃正が遠坂 時臣とかねてから懇意であることはすでに調べがついていた。であれば、中立であるはずの教会は、その実は強敵であるアーチャー陣営の傀儡であることは明らかだった。

上辺だけ見れば、敢えて敵の勢力圏内に自ずから踏み入ることは愚策に思えるかもしれない。しかし、もしもセイバーと切嗣のみで教会に出向けば、アーチャー陣営による奇襲も考えられる。そうなれば、さしもの最優のセイバーと悪名高い魔術師殺しであっても無事では済まない。そうはせず、バーサーカー陣営と同時に行動すれば、慎重に慎重を期するとされる遠坂 時臣は返り討ちの可能性を考えて踏み込みを渋るだろう。さらに、建前上は中立を保たねばならない教会で一方的に戦闘を仕掛けることは璃正神父の立場が看過できない。アーチャー陣営にとっては、手出しの出来ない状況で手強い同盟が結成されるという苦々しい事実だけが突き付けられることになる。言峰教会での会合はそれらの事情を考慮しての結果であり、会合を行うには実は最も安全で効果的な場所なのだ。

 

が、それも肝心の相手が来なければ、単なる絵空事でしかない。

 

ついに、教会の振り子時計が正午の鐘を打つ。重厚なウズボン打ち式の鐘がボーンボーンと礼拝堂内部に反響し、幻想の終焉を切嗣に八方から突きつける。隣を見やれば、セイバーもまた落胆に打ち据えられた様子で足元に目を落としている。バーサーカーとそのマスターの行動に感じ入っていた彼女こそ、落胆の度合いは大きいだろう。

三者三様の困惑を見届けた磔の男に一瞥を流した切嗣がフッと嘲笑う。それは協調の理想を説いて死んでいった男へのものでもあり、その実現を信じた自身の甘さへの自嘲でもあった。

 

「……切嗣。もはやここに用はない。撤退しましょう」

「ああ、そうだな」

 

短くも長く思えた鐘の音が終わる。数段トーンの落ちたセイバーの忠言に短く相槌を返し、切嗣は扉に向かって踵を返す。

一瞬でも見知らぬ他人を信じようとした自分が愚かであった。「シャーレイ、どうやら君の助言の通りにはならないみたいだ」。声を発さずに口中で呟き、胸元の飾りナイフにそっと触れる。これを切嗣に授けた少女は、「皆で力を合わせなさい」と諭してくれた。しかし、残酷な世界は彼を何度も裏切り続ける。

胸の奥底が冷たく壊死していくのを感じながら、切嗣の脳内では強敵(・・)間桐 雁夜への対抗策が次々と提示されていく。何の便りもなく教会に来なかったということは、バーサーカー陣営には根城から出られない事情があるのかもしれない。バーサーカーを十全に機能させるために補助魔力炉を用いており、それが携行できない規模なのか。それとも他に何か、本拠地から動かせない弱み(ネック)を抱えているのか。いずれにしても、間桐邸を叩けばわかることだ。準備しておいた爆弾満載の遠隔操作仕様タンクローリーを使う時が来たのかもしれない。

未だ狼狽える神父の横をすり抜け、用のなくなった礼拝堂を後にしようとドアハンドルに手をかけ、

 

 

 

 

 

 

『―――時間だな。それでは会合を始めよう、衛宮 切嗣』

 

 

 

 

 

 

背後(・・)から響いた男の声に、心臓を掴まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は遡り、間桐邸。

 

 

 

‡雁夜おじさんサイド‡

 

 

「ねえ、桜ちゃん。へ、変じゃないかな、この背広? 似合ってるかな?」

「もう、おじさんは本当に心配症なんだから。バーサーカーが頑張ってくれたんだし、もっと自信を持ってもいいと思うよ。ね、バーサーカー」

「ぐ~るる~ ┐(´∀`)┌」

 

 やれやれ、とでも言いたげに両肩をあげた鎧姿の大男に「うるさい!」と怒鳴りつけ、もう一度背広の襟元を整える。あと数時間後に迫った冬木教会で行われる会見―――キャスター陣営を討伐した者への追加令呪の寄贈とセイバー陣営との協議―――に臨むために無理やり着せられたものだ。 職 人 (バーサーカー)の手によって細部まで丹念に糊付けされているから乱れる心配はないのだが、しがないフリーライターとして生計を立てていたこの身は高級な背広を着慣れていない。というわけで、自身が服に見合っていないのではないかと無性に心許無く感じているのだ。

 

「心配しなくても、とっても似合ってるよ、おじさん。本物の間桐の当主様みたい。もっとどっしり構えれば絶対に幼なじみを寝取られて未練タラタラな甲斐性なしだってことはバレないよ」

「けっこう辛辣だね、桜ちゃん。おじさん傷ついちゃうなあ」

「ぐるぷっ( ´,_ゝ`)」

「じゃかあしいッ! 兜の下で笑ったのちゃんとわかるんだからな! いいから向こうで準備してろっ!」

 

シャーッ!と背を逆立てる雁夜の威嚇など屁とも気にしてない風で「ぐるっぐるっぐるっ」と気味悪く喉を鳴らしながら―――あれはおそらく笑い声なのだろう―――バーサーカーの背中が廊下に消えていくのを横目に確認し、改めて身に纏っている背広をじっくりと見下ろす。

 

(さすがバーサーカーだな。悔しいけど完璧だ。いや、完璧以上だ)

 

間桐家の血統を想起させる藍色の下地に大胆な黒のチョークストライプが走る背広とスラックスは、元々は兄貴――-間桐 鶴野(びゃくや)の所有物だった。彼が自分探しの旅に出たために持ち主を失ったそれらを桜ちゃんとバーサーカーが引っ張り出し、俺の身丈に合わせて調整したものだ。

イタリア・ブリオーニ製らしく、光沢のある布地はパリっとしているのにしなやかで、肉体の輪郭に吸い付くようにフィットしつつも窮屈さはまったく感じない。通常、高級メーカーのスーツは細部にわたって依頼人ただ一人のためのオーダーメイドで仕立てあげるから、別人が着ても当然見た目に違和感が出る。元の所有者であっても体型の変化で着心地が左右されるほどだ。だというのに、バーサーカーによって修正されたこれらは、あたかも最初から俺のために作られたかのような着心地でこの身を包んでいる。セイバー陣営との協議の場にも十分に相応しい服装だ。

 

「むんっ。へえ、凄いな。生地はけっこう分厚いのに全然重くない。むしろ身体が軽くなったみたいだ」

「うん。バーサーカーが夜なべして改造したって言ってたよ。そのチョークストライプだってバーサーカーが後から付け足したデザインなんだから」

「デザインまで変えてくれたのか」

 

試しに腕を軽く振ってみれば、動きを阻害しないどころか筋肉の鎧を纏っているかのような力の増幅を感じる。腕を突き出せば拳は常の何倍ものスピードで大気を捻じり、ステップを踏めば脚がバネになったような見事な跳躍を刻む。それでいて疲労が溜まる様子はまったくない。このチョークストライプに何か秘密があるのかもしれない。ゴムでも仕込んだのだろうか。

 

(それだけじゃない。なんというか、心までもスッと引き締まるような感覚すらある。まるで魔力が充溢してくる(・・・・・・・・・)みたいだ……)

 

そんな大偉業を準備(・・)の片手間に終わらせてみせたバーサーカーの器用さにはもはや驚くまい。宝具化したハサミやらミシンやらでひょいひょいと背広をパーツごとに分解していく工程など、職人の域を超えた芸術的な何かだった。なぜか縫合する段階になると「決して覗いてはいけませんよ」と言いたげに、いつ間桐邸に拵えたのかわからない和室にスルリと篭ったが、鶴の恩返しの真似事か何かかと呆れて覗こうとしたら瞬時に開いたふすまから飛び出てきたデコピンに額を殴られたため、結局その様相を見ることは叶わなかった。何をそこまで隠す必要があるのやら。そんなに他人に見せたくないほどブサイクな顔をしているのだろうか。

 

でもまあ、恥ずかしいから面と向かって素直に褒めてやらないが、服の出来栄えは文句なしに最高だ。馬子にも衣装とはこのことで、背広の出来栄えに関しての心配は微塵もない。

心配なのは、馬子(おれ)の方だ。

 

(顔がこんなんじゃあ、いくら服の見てくれがよくたって……)

 

 心中に重く呟き、顔の左半分をなぞる。手触りこそ異常は感じないが、それも慣れによるものかもしれない。だが、そこには間違いなく爛れて醜く崩れた顔面があるのだ。

忌むべき妖怪、間桐 臓硯が施した悪夢のような処置によって急造の魔術師となった雁夜は、その反動で肉体の大半を障害に蝕まれることとなっていた。髪の毛は残らず幽鬼のような乾いた白髪となり、肌も黄ばんで、顔面の左半分が荒れ果てた。“生ける死人(ゾンビ)”という比喩が的確すぎて、まるで自身のために用意された言葉だなと自嘲すら浮かぶ。正当な知識と修練を積んだ魔術師であれば、この醜態を一目見ただけで急拵えの欠陥魔術師だと察することが出来るだろう。ましてやセイバー陣営―――殿上の血筋であるアインツベルンの魔術師となれば、すぐに看破するに違いない。それでは協議において相手に足元を見られ、こちらの分が悪くなるだけだ。かと言って協議の誘いを無視すれば、“バーサーカー陣営には根城から出られない事情があるのだ”と勘ぐられ、間桐邸を襲撃される可能性が出てくる。そうなれば、桜の身に危険が生じてしまう。それを防ぐためにも“間桐(・・) 雁夜の根城(・・・・・)は襲う価値がない(・・・・・・・・)“と思わせなければならない。

 

「はぁ……」

 

せめて仮面か何かで顔を隠すべきかと悩み、そんなことをすればより怪しまれるだけだと(こうべ)を振るう。自身の顔すら直視できない情けなさに暗い溜息をついていると、出し抜けに桜の呆れ声が投げかけられた。

 

「ねえ、おじさん。もしかして最近、鏡で自分の顔見てないでしょ」

「え?」

 

 ジトッとした目で見上げてくる桜に、雁夜は困惑する。自分の顔におぞましさを覚え始めてから、雁夜は鏡を見ることを意識的にも無意識的にも避けていた。だから、ここ数日は自分の顔をまともに見ていないのだ。不機嫌そうな桜の真意を測りあぐねていると、ふと、桜が自分の顔を真っ直ぐに直視できている(・・・・・・・)ことにようやく気付いた。

 

(……そういえば、最近、俺の顔を怖がってない)

 

聖杯戦争開始前、まだバーサーカーが現れず、二人が臓硯の支配下にあった頃は、廊下で出くわす度に桜は雁夜を見て恐怖に身を竦めていた。桜が闇夜にトイレを目指していた最中、偶然にも同じ目的地を目指して廊下の角からぬうっと出てきた雁夜に遭遇した時など、「ばいおはざーど!」と叫んでばったりと気絶していた。さしもの臓硯でさえ、やはり同じような状況で遭遇した際は「ばたりあん! …なんじゃ貴様か!紛らわしい顔しおってからに!」などと素っ頓狂な反応をしていたものだ(その度に「お前のせいだろうが」と心の中で突っ込んでいた)。

 

「ねえ、桜ちゃん。その、おじさんの顔がもう怖くないのかい?」

 

おずおずとした雁夜の問いかけにパチクリと紺色の瞳が開け閉めされたのもつかの間、見る見る桜の眉根に皺が寄っていき、「あーっ! やっぱりオジサン気付いてなかった!」と非難の声が投げかけられる。いよいよ困惑して泡を食う雁夜の手元に、どこから取り出したのか可愛らしげな手鏡がずいっと差し出される。

 

「見て!」

「え、でも……」

「いいから、鏡を見てみてっ!」

 

 痺れを切らした桜が「まったくもう!」と頬を膨らませてぐいぐいと鏡を手渡してくる。雁夜にとって、死に絶えて腐っていく顔面は、朽ちていく己の命の写しだ。直視する度に確実に近づいてくる“死”の腐臭を感じて悔しさに歯噛みしていた。それを敢えて見てみろという桜の意図がわからず、雁夜は戸惑いながらもムッツリ顔で己を見上げる少女に気圧されて、躊躇いがちに小さな手鏡を覗く。

 

 

まず緊張に引きつる顔の右半分が映り、

ゆっくりとゾンビのような左半分が映り―――

 

醜い、はずの、左半分が―――………

 

 

 

おじさんの顔(・・・・・・)とっくに元に(・・・・・・)戻ってるんだよ(・・・・・・・)!」

 

 

 

 

 

 

 

 

‡バーサーカーサイド‡

 

 

さあさあ、やって来ました聖杯戦争8日目! 原作なら今夜に凛ちゃんが冒険に出てトラウマ覚えたり、アインツベルン城で王様×3の酒盛りイベントがあるんだけど、この夢のお話ではそうはなってなくて、なんとバーサーカー陣営とセイバー陣営の協議が正午に言峰教会で行われる日になってる! キャスターを倒した陣営に令呪が進呈されるということで、共闘して打ち倒したセイバー陣営とバーサーカー陣営にお呼びがかかったのだ。原作では見向きもされなかった雁夜おじさんもずいぶんと出世したもんだ。

しかもその席で、セイバー陣営からの大切なお話があるという。原作では、言峰 璃正神父をケイネス先生に殺されて不安を覚えた時臣おじさんがセイバー陣営を教会に呼び出して共闘を要請していたし、これも同じ流れなのかもしれない。この原作との乖離もイレギュラーである俺のせいなのだろうか? いやいや、まさかね! 俺ってば雁夜おじさんと桜ちゃんを助けることしかしてないし、ほとんど料理してるだけだし!

 

 そんでもって、そんな大事なイベントを控えた俺が何をしているのかというと、応接間と、気合の入ったゴチソウの準備だ。なんでこんなことをしているのかは後でちゃんとわかるのだ。

さて、間桐家の応接間は、妖怪バグ爺さんの趣味だったのか、広いくせにどんよりとしていて監獄みたいだった。そういうのはこれからもここで暮らしていく雁夜おじさんや桜ちゃんの精神衛生上とっても良くないから、ムダに分厚いカーテンをひっぺがして全部雑巾にしてやった後、窓辺に物を置かないように家具の配置換えをしたり、壁に必殺バーサーカーパンチをかまして採光兼換気用の窓を拡張したりしました。もちろん、家の強度を維持するための耐震化工事も同時進行です。

というわけで、とび技能士と建築士とリフォームスタイリストとインテリアコーディネーターの資格を持つ俺の手に掛かれば、陽の光をふんだんに取り入れた暖かな応接間の出来上がりってわけですよ。カーテンは間桐家のシンボルカラーを尊重しつつ、地中海のようなコバルトブルー色にしました。生地は薄いけど断熱性は抜群なスイス製なので、昼間は日光だけで十分明るい! キャンドルスタイルの照明器具はそのままにして管球の明度をグレードアップしておいたから、夜は古風で上品な雰囲気を保ちつつも部屋全体が明るくなるでしょう。カーテンと濃藍色の絨毯とのグラデーションも完璧です。黒檀のテーブルもマホガニーの椅子も家具用ワックスでピッカピカに磨き上げた後にみつろうクリームをしっかりと塗りこんだので、家具たちが喜んでいるみたいに美し~く輝いてる。

最後に、だだっ広いテーブルの上にちょいと手を加えたバロック様式のアンティーク燭台を載せれば―――――なんということでしょう!(サザエさん風) おどろおどろしいお化け屋敷の一室が、まるで一流ホテルのような洋風応接間に早変わり! これにはタラちゃんもビックリして変な足音立てなくなっちゃうよ! あのシュルルルルって珍妙な足音、どんな走り方すれば出せるんだろうね!?

 

腰を入れて改装した甲斐があって、我ながら完璧な出来栄えに大満足。ついでに趣味で和室も作ってしまったが雁夜おじさんなら許してくれるだろう。よしよし、後は昨夜から下拵えしていた料理を完成させなければ。粗塩で塩漬けにした牛肉がちょうどいい塩梅に引き締まってる頃だろう。宝具化したジップロック袋は実に便利なのだ。

 

―――などと余った家具用ワックスで少し軽くなった(・・・・・・・)自分の兜も磨きながら自分の仕事ぶりに惚れ惚れしていると、ドタドタと廊下を走る音が近づいてきた。この落ち着きのない足音は雁夜おじさんだな。ついこの間まで半身不随だったのに元気になったなあ。良いことだ。

 

「ば、バーサーカー、ここかっ!?」

「ぐる?」

 

どうしたんだい、そんなに慌てて部屋に飛び込んできて。せっかく色々と苦労した背広がシワだらけになっちゃうぞ。またアイロン掛けしないといけなくなるじゃないか。

息を荒げるおじさんの様子に首を傾げていると、突然頭をガバリと上げてずんずんと俺に歩み寄ってきた。俺の目の前に顔をぐいと近づけて、その左半分をビシッと指さす。

 

「この顔を見てくれ。こいつをどう思う?」

「うごご……ぐるるるる……」

 

すごく……普通です……って、なに言わせるんだ。

俺の答えで確信を得たらしいおじさんが、それでもまだ信じられないのか自分の顔をベタベタと撫で回す。心配しなくても目と鼻と口以外は何もついていないぞ。採寸するために裸にひん剥いたせいでおかしくなっちゃったのか?

 

「な、治ってる! 髪も元通りに黒くなってる! そういえば、両目ともちゃんと見えてる! な、なんでだ? お前、何かしたのか!?」

 

ああ、なるほど。おじさんの奇行に納得してガチャンと手甲を叩く。どうやら今さらになって自分の顔が元に戻っていることに気付いたらしい。どんだけ鏡を見てなかったんだか。

その通り! 何を隠そう、それは俺の仕業なのだ!

キッカケは、オジサンと桜ちゃんのためにグリーンカレーを作っていた時のことだ。弱っていく桜ちゃんと余命わずかのオジサンを救いたいが、第四時聖杯戦争の時点での聖杯は、前回に脱落したこの世の全ての悪(アンリマユ)にベッタベタに侵食されていて使えない。

さてどうしたもんかと頭を悩ませていたら、ふと宝具化した調理器具が目に入った。それはランスロットの固有宝具である『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』の効果―――手にした物体に宝具属性を付与する―――の発現だということはすぐにわかったが、それが持つ可能性について閃いたのは本当に偶然だった。

グツグツとカレーが煮える音が、間桐家に置いてあった古臭い鉄鍋のそれではなく、もっと高価な―――まるでル・クルーゼ製の一級の鋳物鍋のような心地良い耳あたりだったのだ。鍋の蓋を開けて菜箸で具材をつついてみれば、先ほど投入したばかりのはずの根野菜はすんなりと菜箸を受け入れた。ホクホクに温まっているのに繊維がまだしっかりとしていてグズグズに崩れていないのは、ムラなく熱が通っている証拠だ。旨みと栄養をたっぷりと保持したままスパイスの味がじっくりと芯まで染み込んでいくのが目に見えるようだった。火に掛け始めたばかりとは到底思えない具材たちを丹念に見回し、俺は「この手があった!」と確信した。

 

騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』―――かつて、丸腰だったランスロットが敵の罠に陥った際、その場で拾った木の枝だけで重装備の敵集団を相手取って勝利したエピソードを由来とする能力だ。原作ではただの鉄パイプを宝具化させて、セイバーの聖剣エクスカリバーと互角に切り結んでたくらいに強力な能力だ。だったら、鍋やらまな板やら包丁やらを宝具化すれば、それで調理された料理にも効果の一部が現れておかしくない。

要するに―――聖杯が呪われていて頼れない状況で、桜ちゃんと雁夜オジサンの衰弱していく命を早急に助けるために俺が考えて実行しているのは、単なる『食事療法(・・・・)』なのだ。

おっと、回想してたら塩漬け肉のこと忘れてた。他にもバーサーカー・ホイール然り、色々と準備(・・)しないといけないことはたくさんあるのだ。

 

「お、おい!? 待てよ、バーサーカー! まだ質問の答えを聞いてないぞ!」

 

日夜、古い細胞と新しい細胞が入れ替わっていく人間の肉体は口から食べた物によって創られる。昨日の食事が今日の身体を作り、今日の食事が明日の身体を作るのだ。第五次聖杯戦争のセイバーも、食べ物を摂取することで魔力の補給と傷の治癒を行っていたくらいだ。ならば、その食べ物に宝具の力が宿っていれば、どうなるか。

昨日の奇跡の食事は、今日の元気で力強い身体を創る。新しく力強い細胞が悪性の細胞に取って代わる。さらに、今日の奇跡の食事がまた古く弱った細胞を駆逐し、健康な身体を創る。それを1日3食ずっと繰り返していけば、やがて最後には間桐の呪いを自力で克服出来る、というわけだ。

 管理栄養士の資格を持つ俺でも魔術の悪影響を打ち消す献立作りは初めてなのでかなり苦労した。主食には新鮮出来立ての炭水化物、主菜には良質なタンパク質、副菜には豊富なビタミン、鉄分、カロテン、ミネラル、その他デザートやオヤツには乳製品や果物を積極的に食べてもらった。その日の雁夜おじさんたちの顔色や体調を見て、どんな栄養素をどのタイミングでどれほど摂取してもらうか、その他食べ合わせにもひじょ~に気を使った。

海鮮山鮮の冬木市は新鮮な旬の食べ物が豊富でだいぶ助けられたが、俺の能力はしょせん擬似宝具で、宝具ランクもDと最低レベル。効果には限界がある。そんな悩みを抱えてる中で、港湾区戦でギルガメッシュの宝具を奪えたのは大きかった。夜の埠頭で繰り広げられたサーヴァントたちの初戦闘にて、ギルガメッシュが原作通りに俺に向かって宝具の雨を降らせてきた際、おあつらえ向きの短刀型の宝具を投げてきてくれたのでありがたく頂戴させてもらったのだ。今では調理包丁として台所で立派に役に立ってもらってます。アーチャーの宝具はどれもAランクなので、当然、料理に宿る効果も今までとは比べ物にならない。ハガネの包丁でも切りにくい豚のレバーもまるで薄紙のように刃が通るのには正直感動を覚えたくらいだ。これを現実に持って帰れないものか。

 

「おい、バーサーカー! 聴いてるのか!」

 

オジサンは原作で吐血ばっかりしてるイメージだったから、豚と鶏のレバー、それと微塵切りにした九条ねぎを使った特製甘辛焼きをたくさん食べて血を増やしてもらおう。ごま油と砂糖醤油を使い、強火でささっと炒めるのがコツなのだ。

あ、そういえば今ここにオジサンいるじゃん。何か質問されてたような気がするけど、そんなことなかったぜ。ちょうどいいや、コレ味見してみてよ。新鮮なレバーが手に入ったから腕によりをかけてみたんだ。

 

「無視しないで話を聴きモガががっ!?」

 

どうよ? 氷水と緑茶の出がらしでレバー特有の臭みをなくして、隠し味に生姜とたかの爪の摩り下ろしをちょこっと入れてみたんだ。生臭さとか苦味とかのクセがなくて美味しいと思わない?

 

「たしかにっ、苦しっ、クセはないけど、苦しっ、うまっ、でも苦しっ、うまっ!」

 

うんうん。手足をバタバタさせるくらい喜んでくれて俺も嬉しいよ。もうすぐ会合の時間だし、これでしっかり精を付けてくれよな!

……おや、桜ちゃんが戸口の方から何とも言えない顔でボクたちを見ているよ。きっとオジサンの必死のダンスに見惚れているんだね。

 

「バーサーカー、“必死”って字はね、“必ず”“死ぬ”って書くんだよ? オジサンの顔色が粘土みたいになってるから、そろそろ止めてあげたら?」

 

あ、いかんいかん。味見してもらうつもりが、オジサンが手足を振り乱しながらとても嬉しそうに食べてくれるから、つい全部口に放り込んでしまった。顔を覗きこんでみれば、ビクンビクンとまるで痙攣するみたいに全身で咀嚼してる。うーむ、元気なのは良いことだけど、はしゃぎ過ぎはよくないよ。もういい大人なんだからさ。

 

「―――ふ、」

 

ふ?

 

「ふおおおおおおおおお!! なんだか力が湧いてきたあああああああッ!! 今なら時臣も金色サーヴァントも素手で倒せそうな気がするぞおおおお!! ふひょおおおおっっ!! アインツベルンとの話がなんぼのなんじゃいッ!! ドタマかち割ったるぅうううう!!!」

 

予備動作なしで3メートルくらい飛び上がって空中でシンバルモンキーみたいな動きしてる。よかった、いつも通りのオジサンに戻ったみたいだ。

 

「全然いつも通りじゃないと思うけど、元気そうだし大丈夫だよね。でも、いいの?」

「ぐるる?」

「なにが?って、もうすぐ教会で大事なお話し合いがあるんでしょ? そこにオジサンとバーサーカーは行かないといけないんだよね? オジサンがこんなだと、教会に行けないんじゃないの?」

「ぐーるるるー?」

「―――えっ? 教会に行かない(・・・・・・・)って、どういうこと!?」

 

あれ? 桜ちゃんには言ってなかったっけ?

昨晩、おじさんと話し合って二人で決めたのだ。桜ちゃんにもおじさんにものんびり戦争をしている余裕は無いので、こちらとしても堅実なセイバー陣営と同盟を結んで早々に他の陣営を排除したい。しかし、もしもおじさんと俺が言峰教会に出向いている最中に間桐邸を攻撃されれば桜ちゃんの身が危ない。助けるはずの桜ちゃんを危険に晒すなんて元も子もない。俺が残っておじさんが単身で教会に出向くのも危険だし、俺がおじさんの姿に化けても「ぐるる」くらいしか言葉を発せないから意味が無い。かと言って、協議の誘いを無視すれば、“バーサーカー陣営には根城から出られない事情があるのだ”と勘ぐられ、逆に間桐邸を襲撃するキッカケを作ってしまいかねない。切嗣さんは原作で遠隔操縦型の爆弾満載トラックを用意していたはずだから、それを使われるとさすがのビフォーアフター間桐邸も木っ端微塵だ。それを防ぐためにも“間桐(・・) 雁夜の根城(・・・・・)は襲う価値がない(・・・・・・・・)”と全ての陣営に知らしめなければならないというわけだ。そして、そのための準備はすでに完了している。

 

「バーサーカー、いったい何を企んでるの?」

「ぐーるる」

「また“内緒”なのね。バーサーカーのいじわる! ふんだ!」

 

あらら、へそ曲げちゃった。この年頃の女の子は扱いが大変だ。保育士資格を持っててもなかなか上手くはいかないもんだ。次は教員免許を狙うかな。

おや? テーブルの上になんか立ってどうしたんだ、おじさん。

 

「は~はははははっ! 見よッ! この私こそ間桐の正当なる後継者にして、アーチャーなんかより一億万倍強いバーサーカーのマスター、間桐 雁夜であァルッ! 遠坂家よりも300年も歴史が古いのだ! だからと言って西洋かぶれなチョビヒゲなど生やさないけどな! フフフ……怖いか!?」

 

あ、ちょっと気持ち悪いかも。どこから引っ張り出してきたのか眼帯なんかつけちゃって。そのキャラでアインツベルンと話し合いするのかあ。大丈夫かな? 原作だと、セイバー陣営はアイリスフィールとセイバーが顔を出してくるはずだけど、この夢の世界だとどうなるんだろうか。ま、どうなっても何とかなるでしょ。なんたってアウェーじゃない(・・・・・・・・)んだから。

 

「―――あれ? バーサーカー?」

 

ん? どうかした、桜ちゃん?

 

「兜のたてがみが全部(・・・・・・・)なくなってる(・・・・・・)けど、どうしたの?」

 

……それもな~いしょ!

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時間は進み、再び正午。

言峰教会

 

 

 

 

 

 

‡切嗣サイド‡

 

 

『―――時間だな。それでは会合を始めよう、衛宮 切嗣』

「――――!!」

 

 

その声は、切嗣の心を一瞬で支配し得る確固たる矜持に満ち満ちていた。

狼狽えまいとするほどに平常心が揺れる。泰然自若とした声音は、たった一言だけで、緊張も警戒も根こそぎ持ち去ってしまうかのような支配的な存在感を教会内に充溢させた。一流の魔術師としての気品、卓越した戦略・戦術家としての誇り、何より聖杯を勝ち得るに相応しい器の持ち主であるという自負―――それら全てを兼ね備えた男の心当たりは、切嗣は一人しか思い当たらない。

 

「―――間桐 雁夜……!」

 

相手が期待に応えた嬉しさよりも遥かに大きな驚愕に、切嗣は柄にもなく浮足立った。いったい何時、何処から、切嗣たちの背後に現れたというのか。教会の主である璃正神父、凄腕の暗殺者である切嗣、そして近接戦最強のサーヴァントであるセイバーでさえ彼の存在に気付けなかったというのは異常に過ぎる。まさか、間桐 雁夜の魔術はすでにこの世の法理を捻じ曲げる“魔法”のレベルにまで到達しているとでもいうのか―――。

頬を伝った焦燥の汗を振り払うように切嗣は声の主に身体を振り向ける。

 

「―――な……!?」

「き、切嗣! これは……!?」

 

だが、その正体は、魔法よりも遥かに意外で、異端者である切嗣にとっては人並み以上に身近なモノ(・・)であった。

いつからそこにあった(・・・)のだろう。拳より少し大きい程度のそれは、礼拝堂の長椅子の隅にちょこんと置物のように6本の脚を下ろしていた。

複眼部に装備された無線式の小型高精度(CCD)カメラ、金属の体節部を駆動させるアクチュエータ、顎部に取り付けられたやはり無線式の小型集音マイクとスピーカー、そして、それらを一個の生命のように統合管理しているのは蟲の使い魔――――魔術と機械工学により創造された、こぶし大のサイボーグ・ロボットであった。

 

『私の虫型ロボット(・・・・・・)さ。魔術と機械工学の融合体だ。どうだ、なかなか良い出来だろう?』

 

―――魔術師が、ロボットを使うだと!?

 この時ばかりは平静さを失った切嗣が、我知らず数歩後退る。目的のためには手段を選ばない切嗣だからこその驚嘆だった。真理への到達を目指す魔術師にとって、魔術とは『目的』であり、同時に『手段』でもある。従って、全ての行動原理の基礎には魔術が横たわっている。有能な魔術師になればなるほどその傾向は顕著になるのが常だ。それが魔術師という生き物にとっての最大の弱点となり、魔術を『目的のための一つの手段であり道具に過ぎない』と捉えている異端の切嗣にとっての強みでもあった。だからこそ、『魔術師殺し』の異名を与えられ、フリーランスとして名を馳せることが出来たのだ。

 

だが、間桐 雁夜にはそれは通じない。切嗣さえも考案したことのない、魔術と機械工学という異なる技術を応用したサイボーグ・ロボットを平気で使用してみせるこの男もまた、魔術を『手段の一つ』であり『過程』としか捉えていないに違いないからだ。それはまた、間桐 雁夜の目的が単なる『真理への到達』ではないことの裏返しでもある。……或いは、それを切嗣に暗に伝えるがための“演出”なのか。

未知の物体との遭遇に目を見張るばかりの神父とセイバーには目もくれず、トンボ型ロボットの複眼部が切嗣を真っ直ぐに見据える。一般に出回っている小型スピーカーなど足元にも及ばないクリアな音声は、まるでそこに人間がいるかのような錯覚すら覚えさせる。

 

『衛宮 切嗣。魔術師殺し。貴方の噂はかねがね耳にしている。貴方とは気が合いそうだ。もっと早くに会いたいと思っていた』

 

魔術師たちから外道の烙印を押されて蔑視されている自分に“会いたかった”など、果たしてこの男は正気なのか。この世でもっとも魔術師を憎んでいる男と“気が合う”とは、間桐 雁夜とは如何なる考えを持つ人物なのか。

いよいよもって相手の真意を測り倦ねて当惑する切嗣に、間桐 雁夜は不自然なまでの昂揚を纏って高らかに告げる。

 

『私がこんな無粋なロボットで参上したのは、他でもなく、この教会が我々の懇意を深める場に値しないと判断したからだ。我々の協議は、もっと相応しい場所(・・・・・・)で行われるべきだ』

「相応しい場所……ま、まさか……!?」

 

そこは、他者の侵入を許さぬ、魔術師にとって門外不出の“聖域”のはずだ。

そこは、聖杯戦争を完遂するための、マスターにとっての“最重要防御陣地”のはずだ。

そこは、御三家の一角である間桐の家にとって、500年の歴史と経験を蓄えた血統の巣窟のはずだ。

そこは、本来なら、例え同盟を結んでいてたとしても、立ち入ることを許されないはずの場所―――。

 

 

『さあ、衛宮 切嗣! そしてセイバーのサーヴァント! 我が間桐邸に貴方方を招待しよう!!』

 

 

最優のセイバーと魔術師殺しを、よりにもよって自らの拠点に平然と招くその剛毅さに、切嗣の口端は自然に持ち上がった。間桐邸にて腕を開いて待っている男は、自分の想像を遥かに超えた思惑で、衛宮 切嗣という人間の資質を試そうとしている。

 

けれども。けれども、ただ一つだけ、切嗣は確信を持って判断することが出来た。間桐 雁夜という想像を絶する怪人にとって、間桐邸とは他人に立ち入られても何ら困るものでもなく、万が一破壊されたとしても大した影響のない些事に過ぎない、と。

即ち、間桐(・・) 雁夜の根城(・・・・・)は襲う価値がない(・・・・・・・・)のだ、と。




(更新が遅くなって)すいません許してください!何でもしますから!

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