せっかくバーサーカーに憑依したんだから雁夜おじさん助けちゃおうぜ!   作:主(ぬし)

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「おはようございます。世界のメディアザッピング、今日はイギリスから驚きのニュースが飛び込んできました」
「おはようございます!なんと、あの有名な伝説の王、アーサー王が実在したという証拠が発見されたとのことです!イギリスのグラストンベリーにて新しく発掘された遺跡から、アーサー王自身によって刻み込まれた石板が見つかりました!それによると───」


2-16 世界で一番メシが不味い国はどこでしょうか?ヒントは「イギリス」

‡食いしん坊の騎士王サイド‡

 

 

「はふ、はぐ、はふっ!はふっ!」

 

 頬張る。ただひたすらに頬張る。入らない、ではない。入れる。気道に混入する危険も考えず、がむしゃらに掻っ込む。二本一対の棒───箸というアジアの食器───を器用に使いながら、口腔の容量限界など知らぬとばかりに次から次に大口を開けて眼前の料理を放り込む。そして全身全霊の力をその細い顎にこめて無我夢中で咀嚼する。舌を懸命に動かし、その表面の味蕾を余すところなく働かせ、分析器にかけるが如く、構成する食材の一片に至るまで味わう。前歯、奥歯、犬歯、すべての歯を使って感触を楽しむ。粒のそろった小ぶりの白い歯が裁断機のように音を立ててガッツガッツと噛み合わされる。柔らかいものはホロホロになるくらいにとことんまで柔らかく、硬いものは適度な歯ごたえを感じられるよう絶妙に調理されたそれらを、力を込めて、心を込めて、丁寧に満遍なく味わう。

 

 

「おい、セイバー」

 

 居並ぶ料理皿の上を箸が迷うことはない。それは、彼女が時代も場所も違う遥か極東のマナーを諳んじているからではなく、本能が次の獲物をすでに定め、肉体を真っすぐに突き動かしているからだ。剣を振るうが如く箸を躍らせ、美しい金髪を振り乱し、まるでご馳走を前にしたがんぜない子供のように目を輝かせてもっしゃもっしゃと頬を膨らませる。その様子は金獅子というより、さながらゴールデンハムスターである。

 

「セイバー、聞こえてないのか。おい、セイバー」

 

 魚の干物に手を伸ばす。箸の先端をその肉に差し入れた途端、ふっくらとした肉がほろりと崩れ、湯気が沸き立つ。品のいい魚の油の匂いにまた食欲をそそられる。そのまま、くいっと先端を持ち上げれば、身離れの良い肉がそこに乗っかる。抗しがたい魅力に一瞬たりとも抵抗できず、すかさずそれを口に頬張る。

 

「~~~~っ!!」

 

 すこぶる見栄えの良い涼しげな美貌が、ふにゃんとトロけた。魚の干物は、彼女の王国でもよく食べられていた。しかし、これが同じ食べ物だとは露とも思えなかった。旨味、旨味、旨味。肉の一切れ、細胞の一つ一つにまで旨味がぎゅっと詰まっていて、噛みしめるたびにそれが口腔内で爆発し、舌を殴打する。一噛みごとにジュワッ、ジュワッと凝縮されたジューシーな油が広がる。ただの干物のはずなのに、コニャックを掛けて火を転じたミディアムレアの極上ステーキにも匹敵する、いや、それ以上の美味を魂に痛感する。

 だが、しかし、味が濃すぎるという一抹の不安を覚えた。何かが足りない。この口の中に、何かが足りない。

 

 

───俺を食え……

 

 

「はっ!?だ、誰です!?その声はいったい!?」

「おい、いったい誰の声を聞いているんだ」

 

 持ち前の直感スキルAによって、彼女は音にならない声を聴いた。なんと、それは目の前に置かれた椀から発せられていた。銀色に輝く穀物……お米だ。炊きたてを誇る艶がなんとも美しく、芳醇で豊かな香りをこれでもかと放っている。そのお米が、「俺を食らえ」と語りかけているのだ。言葉は不要、もはや遠慮はせぬ。茶碗を手に取り、まだ干物が口の中に残っているにも関わらず、米粒の塊をぐわっと勢いよく頬張る。

 

 

完成した(・・・・)

 

 

 鼓動がきっかり3拍分は止まっていただろう。まるで落雷の直撃を喰らったような、それくらいの衝撃だった。完成だ。これで完成なのだ。欠けているものなどあるものか。口内で火の玉が爆発したような驚きに、さしもの彼女の意識もグラついた。胃腸までもが驚天動地してビクビクと揺れ動く。もはや足りぬものはない。この口の中で、一つの完璧な世界(アヴァロン)が誕生したのだ。この国の食事とは、この『お米』を主軸として考案されているのだ。おかずはお米を引き立て、お米はおかずを引き立てる。互いに補い、高め合い、天界へと繋がるスパイラルを煌めかせて究極の美味を形作っている。東の端っこに浮かぶ島国で、食事は一つの極地に到達していたのだ。筆舌に尽くしがたい喜びと驚きに打ち震える彼女の前には、まだ多くの種類の料理が並んでいる。「次はどれを食べようか」と心をワクワク躍らせながら、目の前の調理法どころか料理名すら知らぬ未知のそれを大きめの一口サイズに切り分ける。一見すると、得体のしれない素朴な茶色の物体だ。それがサクッと表面の衣が小気味の良い音を立てて割れ、中からほわほわ~っと熱々の湯気が立ち昇る。サクサク、ほわほわ。擬音だけですでに楽しい。香辛料、おそらく胡椒をまぶした牛肉と豚肉の匂いが鼻孔をくすぐる。だが、そこに油っぽさは微塵もない。彼女の鋭敏な嗅覚は、瞬時にナツメグの種子の香りを嗅ぎ分けた。これが挽肉の油っぽい臭みを打ち消し、逆にその風味を増幅しているに違いない。さらに、その嗅覚は、赤みを残した肉汁から染み出すタマネギの甘く香ばしい匂いに混じって葡萄酒(ワイン)特有の芳醇なコクも察知した。

 

「セイバー。おーい、セイバー。僕の声が聞こえないのか?……え、無視じゃなくてほんとに聞こえてない?」

 

 なんということだ。どれだけ隠し味を埋め込めば気が済むというのだ。料理人は、料理の際に一切の骨惜しみをしなかったに違いない。口に運ぶ前からその味を想像してゴクリと喉が鳴る。鼻孔が大きく開き、食欲を誘う塩気、そしてどこか懐かしい、食べたことのある食材の匂いを肺いっぱいに受け入れる。しかし、正体がわからない。嫌になるまで食べたはずなのに、あまりの変貌ぶりに正体が突き止められない。なんだ、このワクワク感は。まるで宝探しをしているようではないか。彼女は胸をときめかせる己に気付いてハッと悟った。これは、彼女の生きた時代と彼女が興した王国の原始的な調理技術では到達し得なかった、高み(・・)なのだ。言ってみれば、宝だ。好奇心と食欲の権化と化した彼女は、その宝を勢いよく頬張る。

 

「セイバー!おい!」

 

 意識の外で肩を掴まれてガクガクと揺らされるも、すでに心は現世(ここ)にはない。絶味の世界に旅立った彼女の視界に、一群の白鳩が羽音を響かせて空を舞った。それは幻覚だった。美味という、生命体が求める最上級の喜びを知覚した脳があまりの情報量を処理しきれずに見せた、至福の象徴だった。顎を上げ、「ほう」と吐息を漏らして口腔内の熱を冷やす。その切れ長の目尻からつうっと頬を伝い落ちたのは、一筋の涙。その涙は止まることを知らず、湧き出る清流のようにとうとうと流れ続けた。彼女は、感動していた。外はカリカリ、中はふっくら。言葉で言うのは簡単だろうが、バランスを取るのは至難の業だ。至高にして巨大な神の天秤だ。この料理は、それを見事に実現している。まるで職人によって作られた業物のようだ。この一つ一つが、彼女の聖剣にも匹敵する、この世に二つと無い至宝なのだ。ふるふると身体を震わせながら、隣に座る己の主人のことなど意識外に放り出して、ひと噛みひと噛みを愛おしげに、大切に楽しむ。

 そんな彼女を前に、食卓を隔てて正面にいる眼帯の男が口端を少しだけ引き攣らせて問いかける。

 

「口に合っているようでなによりだ。かの名高い騎士王にこれほど喝采を泊するとは、欣快これに勝るものなし。失礼だが、西洋史についてはフリーライター時代に少し齧った程度でね。興味本位までに教えてほしい。貴女の王国で、それに類したものを食したことは?」

「……いいえ、バーサーカーのマスター。恥ずかしながら、我が王国ではこのような美食は存在しなかった。口にしたことのあるような味わいなのだが、どうにもピンとこない。どうか教えてほしい。この素晴らしい料理はなんという名なのか?」

「僕のことは無視か」

「コロッケ、というものだ」

「“ころっけ”……コロッケという料理なのですか。親しみやすい名前だ。して、これはどのように作るのです?大変に興味が湧いた」

「ああいいよコロッケだよそうそうコロッケ。どうぞ気が済むまで食べてくれ。僕の分も欲しけりゃやるよ」

「どうも切嗣(ひょいぱく)」

「そこは会話するのか」

「なに、作り方は簡単さ。私でも作れる。牛肉と豚肉のミンチ肉と玉ねぎ、そしてたくさんのジャガイモを混ぜて油で揚げたものだ」

「ジャガイモ!そうか、ジャガイモだったのか!どうりで、覚えのある味のはずだ!しかし、ジャガイモをこのような馳走に変えられるとは……!!」

「はいはいジャガイモジャガイモ。ああ、僕のサーヴァントがこんな大飯食らいだったとは」

 

 呆れ顔で手を振る主人のことはやはり意識に入らない。彼女の脳裏に浮かんでいるのは、かつての己の王国の食事風景だ。

 彼女が王として生きた時代、その食事水準はとても酷かった。今でも酷いが、輪をかけて酷かった。もしもここに未来の赤い弓兵がいたならば、「500人のカウボーイの投げ輪に首を絞め上げられて吐き出したゲロのほうがまだマシだな」などと吐き捨てたに違いない。実際、彼女もそう思い始めていた。この料理に比べれば、かつて自分が食べていた料理など、料理とは呼べない。そう、ゲロだ。ゲロ以下の臭いがプンプンするぜ。祖国は誇り高い王国であるという自負は揺るがねど、食事のレベルは千年以上前のライダーやアーチャーの王国の方が上だったかもしれない。いや、間違いなく上だったろう。時代はずっと後なのに。

 

 そもそも、彼女の王国も、その後に発生した国家も、料理に関しては無頓着だった。まずい食材だって調理法が良ければなんとかなる。ひどい調理法でも食材が良ければなんとかなる。だが、まずい食材にひどい調理法が合わさればどうなるか。どうにもならない。救いようがない。あるのはエブリデイメシマズだ。エブリデイ地獄だ。

 まず、食材の下処理などしない。冗談や嘘ではなく、本当にしない。「臭みを消す?なにそれブリティッシュ英語でおk」である。野菜を水に通すなんてこともない。土がついてる?火が通ればいいじゃない。むしろ何でもかんでも火を通さないと安心できない。焼き加減とか関係ない。さらっと炙る、なんて発想はない。とにかく芯まで焼くのだ。味付け?テーブルの上に塩コショウがあるから各自お好みで。料理中に味なんか付けないよ面倒くさい。これ(・・)である。今も昔も変わらない。かつての王国での調理や食事風景を思い出し、そのおぞましさを自覚して身震いする。目の前の料理とのギャップがありすぎて目眩すら覚えるほどだ。

 異様に硬く味気ない、むしろなぜか酸っぱいライ麦のパン(なぜ酸っぱくなる)。肉はそこらの山に放牧している、何を食べたかわからない豚や、たまたま頭の上を飛んでいた運の悪い鳩。釣ってから日にちが経過して腐ってきたので急いで塩漬けにしたニシン、もしくは乾ききって薪木と見分けがつかなくなったその燻製。そこらの川から捕まえた亀を叩き潰した、甲羅の破片が浮いている真緑色のタートル・スープ。そして種類と量と栄養素に乏しいカッスカスの野菜。白パンを食べたいが手に入らない時は見栄を張るためにライ麦パンに石灰を混ぜてこれみよがしに食べたりする始末である。ジョンブル魂は伊達ではない。

 

「このニンジン、茹でただけにしか見えないのに、どうしてこうも甘いのか。味付けをしなくとも野菜そのものがほんのりと甘い。まったく信じられない」

「そうかいそうかい。じゃあ僕のも」

「どうも切嗣(ひょいぱく)」

「せめて言い終わってから手を出してくれ」

 

 歴代の統治者たちは、特に野菜が育たないことに頭を悩ませた。それは彼女も同じであった。ようやく統一戦争を終わらせて王国を治めても、長く続いた戦乱によって民草は皆極限まで飢えていた。早急に腹を満たしてやる必要に迫られるが、そこに立ち塞がったのは、よりによって彼女が救った国の大地そのものである。

 かの地は、基本的にほとんどが酸性土壌であり、多い降水量のせいで栄養素は流されていくために土地が肥えにくく、それゆえに植物が育ちにくい。さらに、日照時間が短く、気温も寒いというトリプルパンチなので、土地の改良もままならない。つまり、気候風土のせいで土地が極度に痩せていて野菜の育成に適していないのだ。というわけで、まともに育つのはマッシュルームなどのキノコ類と、豆と、そしてジャガイモだった。

 

(ジャガイモ……あれには救われた)

 

 彼女はジャガイモに並々ならぬ思い入れがあった。ジャガイモには多くの民の命を救われたからだ。もともと中南米高地という厳しい環境で生まれたジャガイモは、成長が早く、病気に強く、寒冷地でも育ち、栄養豊富で、その栄養素は加熱に耐える強度を持つ。というわけで、とにかく育てて食べまくった。戦場で勇猛果敢に戦った少壮気鋭の若武者たちが、一心不乱にその業物を振るって火星のように貧弱な土地を耕しに耕し、ジャガイモを植えに植えまくった。その甲斐あって、民草の飢えは満たされ、餓死者は急激に減少した。飢える人々は減った。王国に束の間の笑顔が戻った。そこまではよかった。そこまでは。

 

『お母さん、あたし、たまにはジャガイモ以外のごはんが食べたい……』

『しーっ!円卓の騎士様たちが作ってくださったのに、なんてことを言うの!』

『でも、でも……ぅ、うえ~~ん!』

 

 しかし、食べ過ぎた。作りすぎた。他に食べるものがないとはいえ、誰も彼も、もう飽き飽きだった。さしもの彼女も、ジャガイモを見るだけで嫌気が差すほどだった。物悲しい気候風土のせいで、民族性は質素倹約を旨とするものに変わっていき、ストア主義というお固いストイック精神に結びついてしまった。「ジョンブルたる者、贅沢は敵である」と公然と語られるようになり、栽培技術や調理技術が高められる風潮もついぞ生まれなかった。しまいには、

 

「マッシュ、マッシュ、なんでも潰せば食べられマッシュ、はいドーン!」

 

 そう、これ(・・)である。食材もなく、まともな調理法もない。どん詰まりである。行くも地獄(ポテト)帰りも地獄(ポテト)。前門の(ポテト)後門の(ポテト)。四面楚歌ならぬ四面ジャガイモ。飽きていないのはあの太陽馬鹿(イケメンゴリラ)くらいだった。神から譲り受けた聖剣ガラティーンで自らの領地を隅から隅まで耕し、次々にジャガイモ畑に変えていった。気づけばジャガイモ生産量王国1位、出荷量王国1位、特産品ジャガイモオンリー文句あるか領主様の誕生である。「貨幣経済?なにそれ美味しいの?ウチはジャガイモで払うけどいいよね?」とガラティーンを大上段に構えながら要求するのでどこの商人も頭を抱えていた。ジャガイモの余剰在庫も抱えていた。このゴリラの領国でのみ貨幣とジャガイモが市場で行き来する始末である。領民はそんな領主を心から慕い、密かに“ポテトゴリラ様”と呼んで他の領国への脱出を図っていたという。

 今まで、あの騎士が作る料理といえばジャガイモばっかりだった。思い出すだけで胸焼けがしてくる。焼きポテト、煮ポテト、刻みポテト、そのままポテト。最後のそのままポテトに至っては取り立てを土がついたまま皿にゴロリである。「食べにくいなら潰しましょうか?」と素手でジャガイモを握りつぶしてニッコリ笑いかける。それをベチャリとじかに手渡された平民の少女の死んだ魚のような目は忘れられない。凄まじい握力で皮ごと潰されたジャガイモを両手いっぱいに掲げて、「あ、ありがとうございます……」と唇を震わせる少女は今にも泣きそうだった。なんてことをするんだ。なんだか無性に腹が立ってきたぞ。民草の心が私から離れたのってアイツのせいもあるんじゃないか。人の心が分からない、ってむしろアイツのことじゃないのか。どうなんだトリスタン。目を開けろ。寝てるのか起きてるのかハッキリしろ。

 

「(ぱくっ) ~~~!!」

 

 ムクムクと首をもたげてきた怒りも、もう一口コロッケを頬張れば望外の幸せに霧散する。たちこめていた暗雲が、日の出とともに爽やかな風に吹き払われたような清々しい心境に、感情がわけもわからずに昂ぶる。熱したガラス球が思い切り息を吹き込まれたように心がわっと膨らみ、すべての思考に限りない余裕が生まれる。歓喜と興奮に、内なる活火山が爆発する。単なる生命維持のためだけのエネルギーの補給ではない。そんな簡素でお粗末なレベルとはわけが違う、もっと高尚な喜びに、全身に力が充実するのを感じる。

 

「うま……うま……」

 

 丹念に、丹念に、味わう。肉体がもう十分だと諭して飲み込もうとするのを3度も拒否した後、ようやく渋々として承諾する。ゴックンと、音を立てて飲み込む。瞬間、豪雨のように降りかかる後悔。喉を通っていくことすら惜しい。眼の前には半分になったコロッケのみ。これが堪らなく寂しい。その途方もない寂しさを埋めるように、コロッケを今度は少し小ぶりに切り分け、食す。そして間髪入れずに、傍らの茶碗を手にとってホカホカの米を口に放り込む。そしてこの身に再来する生命力の横溢に、知らずに拳は握られ、総身が武者震いのように震える。全身の細胞という細胞が喜びに雄たけびを上げ、体内は歓呼の暴風が吹き荒れる。サーヴァントである今、この肉体には食事など必要なく、マスターからの魔力供給で事足りる。だが、それだけでは到底得られない活力と覇気の漲りを感じる。どんなことがあっても乗り切ることが出来るという根拠のない自信がマグマのように湧き上がってくる。

 

「───うお、ぅおおお、うお゛お゛お゛お゛う゛う゛お゛お゛ぅ゛!!」

「が、ガチ泣き」

 

 机に突っ伏し、泣いた。アシカのように喉を引くつかせてオウオウと鳴いた。隣に座るマスターが顔を引きつかせてドン引きするなか、握った拳で机を何度も叩きつけ、恥も外聞もなく泣いた。

 

なんて羨ましい(・・・・・・・)のだ!)

 

 うまいものを(・・・・・・)腹いっぱい食べる(・・・・・・・・)。それが、それだけで、どれだけ人間の身体は、心は、救われるか。自分はわかっているようで何もわかっていなかった。これが、このような饗膳(きょうぜん)を生み出す技術と文化が我が王国にあれば、民草をどれだけ救えたことか。腹を満たすだけではなく心を満たして(・・・・・・)やれば、どんなにか人々を救えたことか。私は(・・)どんなに救われたことか(・・・・・・・・・・・)

 今まで、王国が滅びた原因は、自分という不完全な王を戴いてしまったせいだと思っていた。自分の舵取りが誤っていた故に招いた悲劇の結末だと思っていた。選定の剣を引き抜くべきは自分ではなかったのだと、相応しいのは自分以外の誰かだったのだと思い込もうとしていた。そうして己の運命から逃避しようとしていた。だが、違った。それは驕りにも等しい。たとえ誰が王になろうと、聖剣に選ばれようと、そこからどんな過程を辿ろうと、王国は滅亡したに違いない。今ならわかる。王国の滅亡の原因は、もっと別、もっと深いところにある。

 

 至上の美味を摂取した脳が明敏に回転する。仮染の脳髄にドーパミンがドバドバと流れ出し、思考が鮮明になっていく。研ぎ澄まされていく。昇華していく。後悔・懐疑心・悲哀、余計なものが老廃した皮膚のように剥がれ落ちていく。見えなかった真実が見えてくる。見たかった真相が見えてくる。

 ただ戦を止めるだけでは駄目だった。ただ腹を満たしてやるだけでは駄目だった。それでは不十分も極まれり。味気のない食事で腹を満たしても、心は完全には満たされない。それでは民を救えていなかった。救ったことにはならなかった。肉体という殻は救えても、もっと大事な中身まで救えていなかった。自分は、極めて最低限の救済しか与えられていなかった。

 そう、誰が王になっても、きっと結末は変わらない。私という王が他の誰に挿げ変わろうと、かつてのままの王国では、民たちでは、辿り着く結果は変わらない。

 だから、誰が王になっても(・・・・・・・・)耐えられる国(・・・・・・)にしなければならない。

 その答えは目の前にある。日々の楽しみ。活力の源。明日への希望。つまり、美味い飯(・・・・)だ。豊かな食文化だ。美味い食事は心を前向きに矯正してくれる。人間の何もかもを癒やしてくれる。美味い食事は“救い”なのだ。得心を得て、セイバーの総身に、選定の剣(カリバーン)に選ばれた瞬間のような震えが走った。

 

選ばれた(・・・・)!?それは違うぞ、アルトリア!)

 

 得心がさらに重なり、再び両の拳で机を叩きつける。一枚ものの紫檀の食卓はかろうじてサーヴァントの腕力に耐えた。隣でマスターが「ひっ!?」と竦み上がる悲鳴がしたが、まったく耳には入らない。思考の煌めきが流星群となって彼女の胸中に降り注ぐ。

 確かに、カリバーンを引き抜けたことは運命かもしれない。だが、あの時、カリバーンを引き抜くために岩の前に敢然と歩み進んだのは、紛れもなく己の意思だったはずだ。他の男たちが、岩に深々と突き刺さる聖剣を囲い、「引き抜ける者などいるものか」と挑戦者を見世物にしてあざ笑い、その実、人生を諦めて惨めに俯くなか、「自分こそ王になる」と女の身でありながら一人挑んだのは、他ならぬ自分自身の意思によるものだったはずだ。ならば、何を悔いることがある。何を悔やむことがある。「他の誰かなら……」と仮定に逃げていい道理など、どこにある。私が抜き取った運命だ。私が勝ち取った運命だ。誰も出来なかったことをやった私が、何を恥じることがあるというのか。私が救わないで、他の誰に救わせるというのか。救うことができるというのか。最初から「自分には無理だ」と諦めていた連中か?岩に突き刺さるカリバーンの周りで卑屈に俯いていた連中か?ジャガイモしか頭にないゴリラか?他人の嫁を寝盗る理想の騎士(笑)か?冗談ではない。冗談ではない!!

 

「バーサーカーのマスター!お代わりを!お代わりを頂いて良いだろうか!!」

「ははは。無論、構わないとも。バーサーカー、持ってきてくれ」

 

 待ち構えていたように用意された追加のコロッケが、湯気を大気に浮かべる猶予も与えられず即座に口のなかに消える。まるで彼女が大食らいであることを知っていたかのように大量に揚げられていたコロッケが、なんとなくどこかで見たことのあるような黒鎧の男のトングによって皿の上に次々と置かれる。そして手品のように瞬時に消えていく。今はコロッケの方が重要なのだ。この味を覚えなければならない。魂魄に刻みつけなければ再現(・・)できない。

 美味い食事は精神を活性化させ、全盛期のエネルギーを取り戻させる。まるでカリバーンを岩から引き抜こうと挑んだまさにその時のように、彼女の魂は若々しい輝きを湛えて燃えに燃え立った。開き直る(・・・・)という若者の特権を振り翳せるほどに(いき)り立った。王国が滅びてからずっと胸中に漂っていた闇霧が吹き散らされ、一条の光が自分に向かって差し込んできたような感覚に全身が熱くなる。私がやり直すのだ。私が故国を蘇らせるのだ。そして、その方法は、すでに見つけた(・・・・・・・)

 

 

美味い飯は、救いだ!!




「───なんとアーサー王はカムランの丘では命を落とさずド根性で復活し、モードレッドやガウェインといった騎士たちも斜め45度からの根性チョップで息を吹き返させたあと、国の領土を細分化して各地方領主に自治を任せて安定を図り、現在のイギリスに繋がる文明を築いたということです。それと、平和を維持するためのとっておきの方法も残していました。“まずジャガイモを塩ゆでして潰し、みじん切りにした玉ねぎと合いびき肉を焼いて、一緒に混ぜてから丸めて”……これってコロッケじゃないの?」

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