せっかくバーサーカーに憑依したんだから雁夜おじさん助けちゃおうぜ!   作:主(ぬし)

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初代ジェームズ・ボンドでお馴染みのショーン・コネリーは元イギリス海兵。土方なんかの力仕事もやってたし、スポーツは重量挙げもやってたムキムキな人。でもそんなマッチョな人の手首を、演技指導中についポキっと折っちゃったのが僕らのセガール兄貴です。凄いぞ強いぞ僕らのセガール!でもやり過ぎには気をつけてね!


2−4 セガールは合気道七段の大師範クラス

‡キャスターサイド‡

 

 

「思い上がるなよ匹夫めがァアあばばば———ッッ!?」

 

苦し紛れに突き出した腕に漆黒の剛腕が静かに絡まり、懐に入られたと認識した瞬間に勢いよく宙に舞い上げられる。2メートル近い長駆を持つために他人に投げ飛ばされた経験などないキャスターは、突然の空中浮遊からの受身をとることなどできなかった。凄まじい勢いで背中を地に叩き付けられ、呼吸が強制的に停止させられる。もしもキャスターが聖杯から日本武術についての知識を授けられていれば、それが合気道の『四方投げ』ということがわかっただろう。合気道を習得した者なら誰もが唸る程の冴え技は明らかに有段者レベルのものであったが、当然キャスターは知る由もない。それでも、元武人である彼はその巨躯からは想像もできない俊敏さで立ち上がると転がるようにバーサーカーと距離を開ける。バーサーカーは、まるで守護するかのように子どもたちを背にしてこちらと対峙している。

 

(い、いったいどこからわいて来たのだ、この狂獣は!?)

 

先にも述べたように、キャスターは元武人だ。かつては祖国を救うためにジャンヌ・ダルクの元で勇猛果敢に剣を振るった戦士である。バーサーカーの接近ともなればさすがに気付かないはずがない。しかし、実際は腕を掴まれるほどまで近づかれ、利き腕の骨を砕かれた挙句に不思議な技でぶん投げられていた。バーサーカーに隠蔽魔術を行使する理性がないことはキャスターも知っている。ならば、どうやって近づいてきたのか?

バーサーカーと対しながらギョロギョロと左右の眼球を忙しなく動かして原因を探ると、一つの違和感を見つけた。

 

(———子どもの数が、足りない?)

 

聖処女を覚醒させるために連れてきた生け贄の数は、彼女が処刑された日付に因んで30人を用意した。しかし、バーサーカーの後ろにいるのは29人しかいない。周囲を見渡してもやはり一人足りない。

そう、街行く幼児の中でも一際美しく着飾っていた、生け贄に相応しい可憐な少女の姿だけが、ない。

———まさか。

 

「貴様、子に化けていたなッ!?神聖な贄をヲおのれおのれおのれえ———!!!」

 

骨身を燃やす憤怒にキャスターが絶叫する。バーサーカーは、子どもに化けてキャスターに近づき、油断したところに襲いかかったのだ。

よりにもよって神聖な供物に化け、聖処女を救済するための尊い儀式に薄汚い魂を紛れ込ませるという卑怯で愚劣な悪行に、キャスターは自身の髪を引きちぎって怒り狂う。口端から粘性の泡を吹き出す常軌を逸した姿に子どもたちが悲鳴をあげて泣き叫ぶ。

 

「許さぬ、断じて許しはせぬぞ、汚らしい狗めが!異界の獣に全身を引き裂かれて苦しみ悶え死ぬがいい!!」

 

キャスターが自身の宝具『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』の装丁に掌を叩きつける。人間の皮肉で造られた分厚い魔導書はキャスターの膨大な魔力の源であり、クトゥルフ系の魔物を無数に召喚できる凶悪な呪詛宝具である。キャスターの意向を受けた魔導書は邪悪な力を解き放ち、異界との門を開いて闇の中から異形の怪生物たちを召喚する。本来ならば、聖処女の魂の鎖を断ち切るために無垢な子どもの血肉を贄にして召喚する予定であったが、この魔導書にかかれば贄がなくとも直接召喚が可能だ。

 

「殺せ殺せ殺せ殺せ殺せぇェエエエエエエエ!!」

 

怨嗟の金切り声が夜気を切り裂き、怪生物に鞭を打つ。巨大なイソギンチャクのような異界の化け物が群れを為して一斉にバーサーカーに襲いかかる。

まるで皮を剥ぎ取られた動物のように艷めく皮膚から血潮を吹き出し、もがき苦しむように触手で地面を引っ掻きながら恐るべき速度で這い寄る。

悪意の塊のような造形。巨大な軟体生物のような奇怪な動き。胃液を逆流させる噎せ返るような血臭と瘴気。この世のものとは思えないおぞましい光景に、子どもたちが切羽詰まった甲高い悲鳴をあげる。

バーサーカーは両腕を力強く広げ、地に足を押し付けてその場を動かない。その姿はまるで巨大な城壁だ。断固とした決意が宿る紅蓮の双眸が、「一歩も譲らぬ」とばかりに毅然と眼前の化物の群れを睨む。

怪生物の波がバーサーカーに押し寄せる、まさにその瞬間、

 

「邪魔だあああああああ!!!」

 

空気を震わす怒声と共に放たれた斬撃が子どもたちの後方の木々を薙ぎ散らし、次いで放たれた剣風が大木の豪雨を怪生物の上に降らせた。

 

『『———◆◆◆———■■———ッッッ!?』』

 

鉄板を爪で引っ掻くような背筋を凍らせるその断末魔を、果たして『声』と呼んでいいものか。怪生物たちは突然の大質量に持ちこたえること叶わず、薄い皮膚を弾けさせて吐瀉物のような中身をぶちまけた。怪音波にあてられた(・・・・・)幼児たちが白目を剥いてその場に昏倒する。まだ無垢な子どもであったから気絶だけで済んだのだ。成長に伴って魂に淀みを含んだ大人であれば、己の首を締めて狂死しただろう。

だがこの男にだけは、その断末魔が祝福の鐘音に聞こえた。

 

「おお……ジャンヌ!!我が聖処女よ!!」

 

先ほどまでの憤怒はどこへやら、晴れやかに破顔して黄色い声を響かせる。にんまりと顔を歪める彼が熱い目線を送る先には、未だ自分の正体を思い出せぬ嘆かわしき聖処女———セイバーの貴影があった。当のセイバーは、なぜかバーサーカーの背中を陶酔とも呆然ともとれる表情で凝視していたためキャスターの世迷言は耳に入っていなかったが、そんな些細なことは彼にはお構いなしであった。これから、嫌でも自分を見詰めさせることになるのだから。

 

「ようこそジャンヌ、お待ちしておりましたよ!さあ、宴を始めましょう!!オルレアン解放の宴にも勝る、盛大な宴を!!」

 

嬉々として再び魔導書に掌を押し付ける。濃紺の瘴気が爆発的に溢れ出し、再び怪生物を異界から引きずり出す。今度はもっと多く、強く、大きい。こちらを包囲するようにジワジワと這い寄っていく。

 

「くっ!?キャスター、貴様……!!」

 

ハッとしてキャスターに向き直ったセイバーが子どもを護るように剣を構える。気絶して動けない幼児がいる以上、セイバーは彼らを背に護って戦うしかない。奇しくも、それはバーサーカーと並び立つ形となった。

視界に入れたくもない獣が、自身が全身全霊の愛を捧げる聖処女の隣に控える。受け入れがたい光景に、キャスターのこめかみに太い血管が浮かぶ。

 

「思い上がるなよ匹夫めがァアあばばば———ッッ!?」

 

バーサーカーの強烈な投石が額に命中し、キャスターは再び地に背中を叩きつける羽目になった。

 

 

‡セイバーサイド‡

 

 

———かつて、何者にも代えがたい戦友(とも)がいた。

誰よりも雄々しく勇敢で、誰よりも慈悲深く礼儀正しい、勇猛さと高潔さに満ちた『理想の勇者』。騎士王の常勝を支え続けた『完璧な騎士』。常に弱き者を背にし、強き者に立ち向かうその大きな背中は、戦場の規範であった。

そういえば、彼の鎧もこのような漆黒色をしていた———

 

 

「ようこそジャンヌ、お待ちしておりましたよ!さあ、宴を始めましょう!!オルレアン解放の宴に勝る、盛大な宴を!!」

「くっ!?キャスター、貴様……!!」

 

(馬鹿げている!何を考えていたのだ、私は!?)

 

()狂戦士(バーサーカー)になるなど有り得ない。そのような妄想は非礼極まりないことだ。

この時ばかりは自身の直感スキルの恩恵を全否定したセイバーが小さく頭を振って予感を打ち捨て、化物と子どもたちの間に躍り出る。見れば、先ほどの化物の断末魔の叫びで大半の子どもが気絶してしまっているが、命を落とした者はいないようだ。それどころか怪我をしている者も見当たらない。キャスターとバーサーカーの戦闘に巻き込まれて全滅する、という最悪の結末を予想していたセイバーには嬉しい誤算だった。

だからこその疑念が彼女の思考を過ぎる。

 

(なぜ、キャスターは健在なのだ?)

 

目の前のキャスターは手首がおかしな方向に捻れ曲がっているものの、それ以外の負傷は見当たらない。バーサーカーに至近距離まで近づかれて被害があれだけだというのは不自然だ。接近戦最強のセイバーでさえ防御で手一杯だった苛烈な攻撃をキャスターが余裕で防げる道理はない。

 

(バーサーカーが、手心を加えた?)

 

眉根を寄せて、隣に並び立つ(・・・・・・)バーサーカーをチラリと見上げる。昨晩にあれだけの猛攻を加えてきながら、今はこちらを見ようともしない。何より、躙り寄る化物の群れを牽制するようにジリジリと体勢を変える様には狂戦士らしさは微塵も感じられない。手加減をしたのではなく、しなければならなかったのだ。背後の子どもたちを巻き込まないために。

それを察したセイバーの胸に熱いものがこみ上げる。

 

「思い上がるなよ匹夫めがァアあばばば———ッッ!?」

 

投擲の動作を見せずに放たれた石礫がキャスターの額に吸い込まれるように命中した。もんどり打って吹っ飛ぶキャスターの滑稽な姿を前に、セイバーの口元に笑みが浮かぶ。それはキャスターの道化のような醜態を笑ったのではなく、『弱きを助け強きを挫く』という信条を他者と共有できる幸福を喜んだものだった。子どもの守護という行動がマスターによる指令なのか、それともバーサーカーの勝手な判断なのかは定かではないが、どちらでもよかった。聖杯を競い合う敵が「正義の何たるか」を識ってくれているというだけで、セイバーは満足だった。

ぞる、と滑るような動きで触手の怪魔の群れがまた一歩詰め寄る。数にして100は下らないだろう。今も端から増え続けている。一体一体は脆弱で低能な化物にしか過ぎずとも、数を成せば十分な脅威だ。さらに、こちらには子どもというハンデがある。派手に動き回ることはおろか、回避行動すら制限される。受身になった時点で劣勢になることは火を見るより明らかだ。どうにかして先手を取り、イニシアチブを手に入れなければ勝利はない。

再び怪魔の波が近づく。こちらを包囲する輪がさらに狭まり、状況は一触即発の状況にまで逼迫していく。思わず後ずさった背中が、堅牢な何かとぶつかる。気配で、それがバーサーカーの背中ということがわかった。

苦手な敵のはずなのに、なぜかしっくりと肌に馴染む。いつもこうして背中を合わせていたかのような既視感さえしてくる。

気づけば、

 

「……バーサーカー、」

 

問うていた。

 

風を踏んで走れるか(・・・・・・・・・)?」

 

セイバーの謎めいた質問に、バーサーカーは言葉を持って応えない。しかし、引き絞られた矢のように姿勢を低く構える様は、即ち『了承』の意味である。同じ『騎士』の間に、言葉は必要ない。

刹那、セイバーは漆黒の兜の下に不敵な微笑を錯視する。その微笑が()と重なった瞬間、セイバーの躊躇いは消えた。

 

「いつつ……。さあ、恐怖なさい、絶望なさい、ジャンヌ!武功の程度だけで覆せる“数の差”には限度というものがある。ウフフ、屈辱的でしょう?栄えもなければ誉れもない魍魎たちに、押し潰され、窒息して果てるのです!英雄にとってこれほどの恥はありますまい!」

 

額を押さえるキャスターのさも愉快気な嘲笑を浴びせられても、セイバーは激せず、怯まず、ただ決然と静かな面持ちで剣を振り上げる。揺るぎない眼差しが見据えるのは、ただ———掴み取るべき勝利のみ。

 

「ウフッ!その麗しき顔を……今こそ悲痛に歪ませておくれ、ジャンヌ!」

『『ギィィィィィッ!!』』

 

怪魔の群れが一斉に吠える。歓喜とも憎悪ともつかぬ異形の奇声を張り上げながら、包囲の中心めがけて殺到する。

今こそ———勝負の時。

騎士王は高らかに、その誇り高き聖剣に一命を下す。

 

風王鉄槌(ストライク・エア)———ッッ!!!」

 

聖なる宝剣を守る超高圧縮の気圧の束———風王結界(インビジブル・エア)の変則使用。凝縮された竜巻を一点に収束・解放させるという荒技は、この世の条理では有り得ない大破壊を生み出す。見えざる巨人の手が唸りを上げて大地を薙ぎ払うが如く、居並ぶ怪魔の壁がごっそりと削り取られ、キャスターへと続く巨大な穴を貫通させる。

だが、すでに300を超えていた怪魔の圧倒的な数を前にしては、豪風の破城槌の攻撃力も霞んでしまう。怪魔たちは包囲網の形成を一旦やめ、主君を守らんと急速に密集する。

 

「ひ、ひいぃいいいいっ!?」

 

にも拘らずキャスターが恐怖の叫びをあげたのは、包囲を穿った風穴を戦車(・・)が驀進してくるからだ。

 

「行けッ!!バーサーカー!!」

「グルルラァアアアアアア!!!!」

 

子どもという枷から外れた狂戦士(バーサーカー)が激怒の雄叫びを上げながらキャスターに向かって突進してゆく。道を阻む怪魔を跳ね飛ばし、踏み潰し、引き千切り、太古の恐竜の如く獲物に向かって全速力で突き進む。バーサーカーの膂力に風王鉄槌(ストライク・エア)による速度が付加された今、彼はまさに『戦車』と呼ぶに相応しい破壊力をその身に宿してキャスターに肉薄する。

キャスターは召喚していた全ての怪魔を自身の防衛に呼び戻すが、決定的に間に合わない。

眼前まで迫った怒りに滾る双眸に総身を貫かれ、キャスターが喉奥から悲鳴を搾り出す。

 

「ほわあああああああああああっ!!??」

 

次の瞬間、双腕を震わす衝撃。思わず己の身を守ろうと持ち上げた螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)にガントレットの鋭い爪が深々と突き刺さった。漆黒の爪先がキャスターの眼球の鼻先で止まる。分厚い魔導書はほんの僅かな差でキャスターの命を助けたのだ。

 

「……ひ、ひははっ、ひゃはははははっ!やはり、やはり神は私を罰しない!狂犬の爪など、私に届きはしないっ!!!」

 

引き攣った笑い声は、直ぐ様嘲笑に取って代わる。

あと一歩のところで、バーサーカーの攻撃はキャスターに届かなかった。主君の窮地に集まった怪魔の壁は見事バーサーカーの突撃の威力を弱めることに成功したのだ。異界の獣が怒りに震えるようにブルブルと皮膚を震わせる。キャスターは自らの勝利を確信した。

怪魔たちが同士討ちを始めるまでは。

 

『『ギィィィィィッ!?』』

「———は、あ?」

 

鋭く尖らせた触手と触手が擦過し、互いに血の花を咲かせる。ありえない箇所に生えた牙が仲間の頭を噛み千切り、反撃に繰り出された触手の鞭が胴を抉る。地を埋め尽くしていた怪魔が次々と倒れ、ドロリと融解して物言わぬ鮮血と成り果てる。

それは暴走ではない。螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)からの『自滅せよ』という指令に忠実に従ったのだ。

そこで初めて、手元の魔道書の制御が自分から切り離されていることに気付く。

装丁の表面に走る、黒い葉脈。それがあたかもコンピュータをハッキングするかのように魔道書の制御権をキャスターから強制的に剥奪していた。葉脈の根は、漆黒の爪。魔導書を隔ててこちらを見据える紅蓮の双眸が、不敵に笑う。

バーサーカーの狙いは最初からキャスターではなく、皮肉にも彼が防御に繰り出した魔導書だったのだ。

 

「貴様ッ———キサマ貴様キサマ貴様キサマキサマキサマァァァッ!!」

 

喚き散らして魔道書の制御権を奪還しようと魔力を巡らすが、その間にも怪魔の数は減る一方だ。元々魔術の心得がないジル・ド・レェが邪悪な魔術を行使できるのは、螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)を所有するが故である。それを奪われれば彼はただの精神異常者だ。最後の一匹が自らの頭を刺し貫いて生き絶えた時、キャスターの命運は尽きる———。

 

「いいや、その前に私が貴様を斬る」

 

真横から叩き付けられる、鋭い決定(・・)の声。視線を翻した先には、振り上げられた黄金の聖剣があった。刀身を滑るように持ち手に目を向ければ、輝く白銀と紺碧の甲冑に身を包む、見目麗しき騎士王の美貌。

 

(ああ、やはり貴女は聖処女ジャンヌに他ならぬ。だって、貴女は———)

 

自身に向かって振り下ろされる聖剣を、キャスターは恍惚として見守る。切っ先が己の身体を切り裂いてなお、その陶然とした笑みは崩れない。彼の瞳に映るのは、かつて『救国の英雄』ジルと共に戦場を駆け抜けた美しき戦乙女の微笑みだ。

 

(こんなにも、美しいのだから)

 

その痩躯が地に触れることはなく、キャスターは呆気なく消滅した。

 

 

 

「……終わった、か」

 

刀身にへばり着いたどす黒い血液を振り払い、セイバーが小さく息を吐く。未だバーサーカーが近くにいるというのにその仕草は隙だらけであったが、不思議と彼がその隙につけ込むことはないと直感していた。

そうだ、()なら決してそのような卑怯な真似はしない。

 

「グルル……」

「ま、待て、バーサーカー」

 

労るように小さく唸ると、バーサーカーは静かに具現化を解く。霊体化する際、チラリと子どもたちの無事を確認する僅かな所作を見せたことをセイバーは見逃さなかった。その『理想の勇者』の姿に、セイバーは思わず制止の声を上げる。

どうしても確かめなければならないことがあった。練武の冴えが、黒鉄に輝く鎧が、狂化しても失われぬ騎士道精神が、『完璧な騎士』と重なったからだ。

 

「バーサーカー、貴様は……いや、貴方はまさか———」

「hinnyuu」

「前言撤回だ。今ここで持って貴様もたたっ斬る!そこへ直れ、貧乳差別主義者め!!」

 

やはり勘違いだったのだと一瞬前の自分を恥じ、セイバーは聖剣を振り乱す。それをヒョイと躱したバーサーカーが消える直前にボソリと呟く。

 

「princess」

「は?」

 

意味不明な呟きにセイバーの思考が一瞬途絶える。その隙にバーサーカーはスタコラサッサしてしまった。

 

(プリンセス……『姫君』?)

 

姫君と言えば、セイバーの脳裏に思い浮かぶのは生前の自分の妻か、自分の仮のマスターであるアイリスフィールのみだが———。

 

(ッ!?)

 

刹那、セイバーの額を一陣の閃光が貫いた。

 

「アイリスフィールが危ない!?———君たちはここでじっとしていなさい!」

「う、うん。わかった」

 

ランクAを誇る、未来予知に匹敵するセイバーの鋭敏な直感スキルが姫君(アイリスフィール)の窮地を知らせたのだ。

唯一、まだ意識のある赤みがかった髪の少年に待機を告げると、踵を返して忠誠を誓った女性の元へ駆け出した。

 

 

‡綺礼サイド‡

 

 

『我が主、どうか撤退を。キャスターが討滅されました』

『———なに?』

 

アサシンの緊張を孕んだ報告が滑りこんできたのは、足元に転がる衛宮切嗣の配下の女に止めを刺そうと脚を振りかぶったまさにその時だった。

憎々しげにこちらを睨め上げる女を油断せず視界に入れながら、綺礼はコンマ数秒だけ混乱する。

 

キャスターが人質を持ってアインツベルンの森に攻めいり、セイバーが単独で迎撃に向かったというアサシンの報告を受け、これで衛宮切嗣との邂逅を果たせると西側から城を目指した。途中でアインツベルンのマスターとその護衛の女に襲撃され、撃退したのがつい先ほどのことだ。

いかに白兵戦最強のセイバーとは言え、見るからに正義感の強い騎士王が人質の活用方法(・・・・)を熟知しているキャスターを瞬時に切り伏せられたとは思えない。必ず一悶着あるに違いないと踏んだからこそ、綺礼は単独でここまで侵入したのだ。

 

『早いな。何があった?』

『バーサーカーが参戦したのです。人質の幼児を全員護り、セイバーと共闘してキャスターを殺し、先程撤退しました』

『な……!?』

『ッ!我が主、お早く!セイバーが高速でこちらに向かってきます!』

 

思いがけない乱入者の名前とそれがもたらした結果にガツンと思考が揺さぶられる。アサシンの必死の懇願に急き立てられるように身を翻し、振り向きざまにアインツベルンのマスターの腹部と足に黒鍵を投擲する。

 

「きゃあっ!」

 

黒鍵は音もなく白い身体を貫き、女の膝を屈させた。死なないように位置を調節した上での攻撃だ。これで時間稼ぎが出来る。英霊が相手となってはさすがの代行者も勝ち目はない。

全速力でその場を後にしながら、綺礼は事態を整理せんと頭をフル回転させていた。

 

(人質を全員護りきった?セイバーと共闘させてキャスターを倒した?しかも、セイバーとの戦闘はせずにさっさと撤退した?あり得ん。間桐雁夜は、そんなつまらない(・・・・・)人間ではなかったはずだ。奴はもっと歪んで、鬱屈としていなければならない。このような展開は、まったくもっておもしろくない(・・・・・・・)———)

 

「———おもしろくない、だと?」

 

自身の内心の愚痴に愕然として立ち止まる。今まで『愉悦』とは何たるかを探し続けていた自分が、ごく自然に「つまらない」と呟いた。間桐雁夜について仔細をアサシンに調べさせ、バーサーカーを召喚するに至った経緯を知った。その絶望と苦悩から推測していた間桐雁夜の行動と、今回のバーサーカーの行動は、まったく相入れぬものだった。綺礼はそれを「おもしろくない」と思った。

それはつまり———綺礼が『愉悦』とは何たるかを自覚しかけているという証左に他ならない。

 

(『愉悦というのはな、言うなれば魂の形だ。“有る”か“無い”かではなく、“識る”か“識れない”かを問うべきものだ。綺礼、お前は未だ魂の在り方が見えていない。愉悦を持ち合わせんなどと抜かすのは、要するにそういうことだ』)

 

ギルガメッシュの不愉快で理解不能な説法が、やけに生々しく脳裏に再生された。この世の愉悦を知り尽くした英雄王の言葉の意味を、綺礼は少しずつ理解し始めていた。

 

 

‡セイバーサイド‡

 

 

「もう大丈夫。心配いらないわ。他人の怪我に治癒魔術をかけるより、自分の傷を治すほうが簡単なのよ。……そもそも私、人間とは身体の作りが違うから」

「はぁ……」

「もうすぐ切嗣が来てくれるわ。それまでに舞弥さんの傷を出来るだけ治さないと。手伝って、セイバー。私、ちょっと手に力が入らないの」

「はい、アイリスフィール」

 

アイリスフィールが『ホムンクルス』と呼ばれる人工生命の一種であることは知っていたが、ここまで尋常でない機能を持っているとは思っていなかっただけに、セイバーの驚きはかなりのものだった。本当はエクスカリバーの鞘である『全て遠き理想郷(アヴァロン)』を体内に封入しているが故の超回復力なのだが、そのことをセイバーは知る由もない。

 

「マダム、申し訳ありません。不覚を取りました……」

「いいの。あの化け物を相手に生き残っただけでも立派な勝利よ。次は勝ちましょう、舞弥さん」

「はい、必ず」

 

舞弥は身体中の骨を折る重傷だが、意識はハッキリとしている。命に別状はないだろう。もう少し早く自分が窮地を察知できればこのような事態は防げただろうが……バーサーカーが『姫君』というヒントを与えてくれなければそもそも気づかなかったかもしれない。悔しさに思わず歯噛みする。

 

(———待て。何かが、おかしい)

 

セイバーがある違和感に気がつくのと、視界の隅でロングコートが翻るのは同時だった。

 

「アイリスフィール、無事か!?」

「切嗣!私は無事よ。でも舞弥さんが……」

「すいません。言峰綺礼に遭遇し、敗北しました」

「言峰、綺礼……」

 

切嗣が絶句する。空虚で恐ろしい敵が自分を狙ってきたことに恐怖し、戦慄する。

 

「マスター、報告したいことがあります。無論、今まで通り無視したままで構いません。しかし、お耳に入れて頂かなければならないことです」

「セイバー?どうしたの?」

「……」

 

突然のセイバーの申し出に、三者三様の顔で訝しむ。さしもの切嗣も怪訝な顔でセイバーを見やる。「これ以上面倒事を持ちかけるな」という威嚇の目線に、セイバーは物怖じせずに告げる。切嗣には気の毒だが、事態はもっと深刻だということを知ってもらわなくてはならない。

 

「バーサーカーのマスターは、アイリスフィールが私のマスターでないことを知っている」

「「「な……!?」」」

「目的は定かではありませんが、バーサーカーが霊体化する直前、私に『姫君』と言ってアイリスフィールの窮地を教えました。『マスター』ではありません。バーサーカー陣営は、我々の『アイリスフィールを私のマスターと思わせる』という目論見を看破しているのではないでしょうか」

 

セイバーの説明に切嗣の目が全開に見開かれる。見破られるような失態は何一つ犯していない。それを、直接会ったこともないバーサーカーのマスターがすでに見通し、バーサーカーを介してマスターでもない女の危機を警告させたというのだ。

間桐は『始まりの御三家』の一つでもある。アイリスフィールが聖杯の母体となることも知っていておかしくはない。それを踏まえ、間桐雁夜はアイリスフィールを保護させたのだ。

なんという知略だろう。なんという余裕だろう。

衛宮切嗣は、『恒久的な世界平和』という生涯の願いを叶える機会を前に、最悪の強敵を同時に二人も相手にしなければならなくなったのだ。

 

「……セイバー」

「はい、マスター」

 

何かを決意したように顔を上げた切嗣が、初めてセイバーに話しかけた。セイバーは静かに応える。

 

「事情が変わった。君と僕とでは信念も理想も価値観も何もかも違う。だが、協力はすべきだ。違うか?」

「いいえ、仰る通りです。例え相入れずとも、我々は協力しなければならない。そうしなければ、此度の戦争を勝ち抜けない」

「ああ、そうだ。……改めて、これからよろしく頼む。騎士王」

「こちらこそ。これからもこの身はあなたの剣となり、盾となる。共に勝ち抜きましょう、切嗣」

 

互いを決して理解できない人間と知りながらも、二人は固い握手を交わした。間桐雁夜(バーサーカー陣営)という強大な敵を前にして、結束が不可欠であると悟ったのだ。

見つめ合う両者を、アイリスフィールと舞弥は笑顔で見守る。聖杯戦争二日目にしてようやく、セイバー陣営は完全な協力体制を構築するに至ったのだった。

 

 

‡バーサーカーサイド‡

 

 

なんか貧乳アホ毛ちゃんがうっとりした顔で「貴方は……」とか言ってきたので思わず「貧乳!」とからかったらすっごい怒られました。キャスターをけっこう簡単に倒せたからちょっと調子に載っちゃっただけなんだよ。そんなに怒ることないじゃない。そんな器量が小さいから反乱起こされるんだよ!

とりあえず、今頃アイリスフィールがピンチだろうからそっちに行ってもらうようにしました。人妻巨乳美人がピンチとあれば本当は俺が駆けつけたかったんだけど、敵だからそういうわけにもいかないしね。これからもう一つ大事な仕事も残ってるわけだし。

それにしても、変装作戦は大成功だったね。人質の子どもに混じって、セイバーと共闘できるくらいのタイミングで変装を解いてボコってやりましたよ。俺一人で暴れると子どもを巻き込んじゃいそうだから、人手が欲しかったんだよね。セイバーならその辺は任せられるし。合気道の有段者資格もとってて良かったぜ。いつ何が役立つかわからんね、ほんと。

子どももみんな無傷だし、巨大な怪魔が召喚されることもなくなったから、今のところは言うこと無いね。セイバーもライダーも最強宝具の力がその分節約できるから、ギルガメッシュとの対決の際にはより精強な状態で戦いを挑めることでしょう。頑張って欲しいものです。

さーて、それじゃあ、お次はシリアルキラーな人間殺人マシーンを簀巻きにしてやりに行きますか!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

‡とある少年サイド‡

 

 

さて、ここで一人の少年の話をしよう。

 

その赤みがかった髪の少年(・・・・・・・・・・)は、キャスターに殺される寸前、すんでのところでバーサーカーに助けられた。

その後、彼は他の子どもたちと同様に、一旦アインツベルン城に収容され、厳重に記憶消去と封印の処置を施されて家に帰された。

だが、彼の魂に刻まれた背中(・・)は決して消えることはなかった。

自分たちのような弱いものを背に護り、邪悪で圧倒的な存在に勇敢に立ち向かう大きく偉大な背中は、心の無意識の部分にしかと刻みつけられていたのだ。

少年は知らずの内に、その背中を目標とし、夢とした。

無限の選択肢を持ちながら、まだ幼いはずの少年はその背中へ続く道のみを歩み始めた。

 

それ即ち———『正義の味方』への道である。

 

かくして、少年は後に人類を救済する英雄となるのだが、その話はまた後日に語ろう。




千葉真一とセガールは凄く仲がいい。たまにセガールから「千葉先生、居てはりまっか?」と電話がかかってくるらしい(セガールは大阪弁を話せるから)。
千葉真一がどんな返事をしてるのかとても気になる今日この頃です。

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