───この「力」を、使う時が来た。
───この『力』で、守るべきものがある。
”奇妙”な運命が動き出す。
「おおーっ! ゲレンデだぁー!」
「すごいよ千歌ちゃん! 何処も彼処も雪だらけ!」
「はしゃがないの、2人とも」
「梨子ちゃんだってそんな装備しちゃって〜♪」
「ホントは梨子ちゃんも楽しみだったの〜?」
「ち、違うっ!」
「楽しそうだね」
「合宿だというのに、あの人達は……」
「悪くないでSHOW☆」
「おねえちゃん! 一緒に滑ろ!」
「ちょ、ルビィ!? 待ってください!」
寒い。
何故夏には冷たい海に行くのに、冬は寒いゲレンデに行くのか。寒ければ鍋も食べるしコタツにも入るのに、何故わざわざ冬にスキーやスケートをするんだ。あの蒸し暑く、太陽照りつける真夏にこそ、こういうスノースポーツをしたくなるのに。世の中はひねくれた概説と風習が多い。
私は人間の世に産まれ墜ちた天使、堕天使ヨハネ。この借りている人間の身体で言うと……16歳になる。主に黒曜の魔法を扱う黒魔術師だ。我が僕、リトルデーモンのエクシーズ召喚、ペンデュラム召喚を得意とする。
生まれつき不幸の星の元に生まれた天使であり、手違いにより堕天してしまった……気づけば、身体が小さくなっていた。
「よ〜し〜こ〜ちゃんッ」
「うひあっ!?」
後から不意に、私の露出した聖なる首へ、冷たい雪が触れる。
「なにボーッとしてるずら? 一緒に滑るずら!」
「へ? えっ、どこ行くの! ずら丸〜!」
こいつは私の身体、津島善子の友人、ずら丸。じゃなくって、国木田花丸。お人好しで甘くて、どこか抜けているおっちょこちょいだ。
やる時はやるし、いつまで経っても私の使い魔ことリトルデーモンになってくれない事を除けば、良き友人……おほん! つ、使えるヤツだ。
やれやれと足元に置いていたスキーストックを取り、花丸のいた方向に滑ろうとする。昔、小学校の遠足で滑ったコトが……あ、悪魔的運動神経は競技を超越し、このゲレンデを自由自在に滑れるのだ!
そして花丸がいた方向を向くと……いない。さっきまでそこにいた幼馴染がいない。
私はほんの一瞬、心臓が締め付けられた。調子に乗って向こうへ行ってしまっただけでも、視界から居なくなるだけで胸が締まる思いをしてしまう。
……に、人間の身体は不便だ。さて、あちらにいるずら丸を確「うおおぉぉぉおぉぉおおおおおっ」
しまったッ!? 『崖』ッ! ずら丸はここへ落ちたのね……ッ! ダメ、この勢いじゃあ止まれない! ……『滑り落ち』るッ!!
「ふぁぁぁぁ─────────ッ!!」
…………鋭い痛みはほんの少し、一瞬だった。子供の頃、大したこと無いわね! と威張っていた注射のように。冷たさは変わらず襲ってくるが……。
下に積もっていた雪に運良くダイブし、怪我は免れた。
「……ずら丸!」
咄嗟にここに落ちたハズの幼馴染の名を呼び、雪に足をとられながらも、ゆっくりと崖の中を進んでいく。
私の両側を挟む、高さ20メートルほどの壁は、全て氷で出来ているようだった。助けを呼ぶのはずら丸を見つけてから……。
「いたッ」
花丸が落ちたであろう人型の穴の中を覗く。
そこには、確かに居た。
このきなこ色の綺麗な髪、おっとりとした落ち着く雰囲気の顔。今日のために沼津の街で買ってきたと、やたらはしゃいで見せてきたスキーウェア。雪に押し付けられたほっぺが霜焼け気味になっている。間違えるワケがない。
「ずら丸ッ!? ちょっ、目を覚ましなさいよ! 洒落になってないわよ!」
「………………」
起きない。寝ているかもしれない、ショックで少しの間だけ起きないかもしれない。そんなポジティブシンキングはいくら経っても浮かんでこずに、ひたすら1つのとびっきりのバッドエンドだけを想像して、ただただ、ひとつの名前を呼んだ。
「お、驚いたから……善子って、呼んでもいいからっ……起きてよぉ……!」
「…………」
呼べども呼べども、起きはしない。脈はある。心臓も動いている。
『植物人間』。
国民的ネコ型ロボットのメガネがこの状態なのではないか、と都市伝説が広まっている、植物人間。学名は確か……遷延性意識障害。中学で友達がいない間、図書館で読んだ事がある。
重度の昏睡状態を引き起こし、何年も何年も心臓だけは動き続け、身体と意識は動かない……死よりも恐ろしいものである。自発的に呼吸も出来ない。このままでは……。
ああ、人間とは貧弱だ。この身体では……やめよう。今だけは。こんな時、本当に……悪魔の力が使えたら。
「女」
「…………?」
聞き慣れない声、そして私の視界にぬうっと現れる影。それは私の影と比べて……とても、ただの人間のサイズとは呼べなかった。光の屈折云々かんぬんのイタズラであることを期待し、私は声の主であろう者の方に振り向いた。
人か?
そう、私の後ろにいる者は、人の形をしている。3mはあろうかという巨体は、私の方に歩み寄っていた。
しかし。
その赤く大きな羽根は丸みを帯び、身体は青い……体調が悪い時の青ではない。絵の具をごちゃ混ぜにしたような、緑に近い青。屈強な身体の上側、肩には赤い切れ込みが入り、現代的な紺色のブリーフのようなものを穿いている。この雪の中を、なんと裸足で歩いている。
四肢はがっしりとしていて、羽根を除けばシルエットは人間の男と変わらない。いや、その頭は……。
「…………?」
堕天使が羽根を羽ばたかせているような、大きな黒い髪が覆っていた。
私は無意識に、側に居た花丸を抱きしめた。本能的な危険信号が、脳から身体全体に迸り、産毛は逆立ち歯は震える。
しかし、そのゴツゴツとした身体には……幾つもの傷があった。深いもの、浅いもの。そこらじゅうに傷はあって、紫色になっているものもあれば、血が吹き出し滲み出るものもある。
「……大丈夫?」
意識せずに出てきた台詞は、これだった。
おかしい光景だろう。崖に落ちて幼馴染を助けて、得体の知れない男を心配して……しかしながら、この男はかなり弱っているようだった。目は虚ろに見えるし、足取りは覚束無い。何より身体中から吹き出す血が痛々しい。本当に、心から心配してしまった。
「あ、あんた何者? どこから来たの? その羽根は?」
「一から説明している暇は無い……お前と『契約』すれば、この傷は治る……契約しなければ……ゲフッ」
「ち、ちょっと! 大丈夫なの!?」
「触るなッ! ……」
「……『契約』って?」
「人間と悪魔が、交わる……禁忌とされる術だ」
交わる? 悪魔?
私は身体上、人間だ。こいつは、私の目の前にいる男は……『悪魔』だとでも言うのか?
「……『契約』についてだけは教える。人間の、たった一つの『願い』。悪魔の、本来の『力』の大幅な増大。その『力』さえ手に入れれば、俺は……」
「助かる……の?」
「ああ……お前、そこの娘を助けたいのだろう……? 『願い』があるなら話は早い……」
「ち、ちょっと待って!」
「そんな猶予なぞ無いッ!」
「でも!!」
「いいから願いを言えェェ────ッ」
落ち着け津島善子ッ! 心を平静にして考えるんだッ! この場合何が最善なんだ!? こいつを見捨てるのは残酷だし、花丸は一刻も早く助けたいッ! 2……3……5……7……11……。
国木田花丸。
「は……花丸をッ……この子を、助けたい……!!」
私は、かけがえのない友と……悪魔との契約を、選んだ。
「決まったようだな。もう一度確認するぞ」
「そんなのいいから早く!」
「……そこまでして、助けたいのか」
「決まってるじゃない! 友達なのよ!? 私のことはどうでもいい、早く……この子を……国木田花丸を、助けて……!!」
私は思った。初対面ではあるが、花丸を助けると同時に……この男も、悪魔も、助けたいと思った。思ってしまった。
『人間とは、冷たい生き物』
『昔からそれは悪魔の概説であり、風習でもあった』
『しかしッ!』
『この女は違う!』
『ホンモノの「愛」を持っているッ!!』
『その時、アモンは直感した!』
『そして目覚めたッ!』
『ヒトの愛に目覚めたのだッ!!』
「分かった。契約しよう」
「で、どうするの!? 契約って言っても、私は分かんないし……!」
「簡単だ」
悪魔は、その大きな手で私の手を掴んだ。ひと握りで潰されそうな、大きな手。
恐怖はなかった。
代わりに、私の心の中には、この状況では、極めてアブノーマルのような感情が。この状況で出てくるのは、当たり前のような感情が。心を大きく揺さぶっていた。
『希望』。
花丸を助けられるんだ。この男を助けられるんだ。
手を、優しく握られた。この世の誰よりも、優しい手だ。ヒビだらけの生卵を持つように。
直後、私の頭にはとてつもない情報量が、雪崩のように襲ってきた。
『悪魔界』
『デーモン族』
『勇者』
『契約』
『人間』
『裏切り』
『シレーヌ』
『魔女狩り』
『サタン』
……『アモン』。それが、その男の名前だということは、直感で理解できた。それが、この男の記憶だということは、直感だが……確信できた。
「うぁぁぁああッ」
「ちょっとくすぐったいぞ、我慢しろ」
その時、奇妙なことが起こった。この世のどれよりも何よりも、私が目にして耳にして口にしたことが、些細なことに思えるくらいに。そう、実に。実に奇妙だった。
意識を失くした。
すぐに目は覚めた。
周りは氷に包まれ、足元には50センチほどに縮んだ私の幼馴染……『縮んだ』!?
「アモン、どうなってるの!? 花丸が!」
『落ち着け。よく自分を見てみろ』
「へ?」
真下を見下ろし、自分の体を確認する。そういえば先程から少しだけ肌寒い。
それはそのはず。私は、上半身の服が『失くなって』いた。そこから露出した胸部、腹部は男と同じ青緑。
かつての肌色とは正反対に濁り、前より筋肉もついているように見える。下半身も例のごとく紺色のブリーフ。
円環に導かれ、私は成されるがままに……交わった。
『契約』した。
「なんじゃこりゃーっ!?」
『驚いている場合か。さっさと出るぞ……追っ手が来る』
「追っ手……って、デーモンのこと?」
『そうだ。記憶も正常だな。そこの女も拾って「飛ぶぞ」』
「と、飛べるの!?」
思わず食いついてしまった。人間の遺伝子的な空への憧れと、思わぬ新機能に驚いてしまった。
『当たり前だろ。羽根は飾りなんかじゃあない』
む……飛ぶ、とは……そうか、アモンの記憶にあるはず! えーっと、うーんとー……まず、上体を大きく反らして、両手を背中の真ん中くらいまで持っていく。かつての私では届かなかったであろう所だが、体も柔らかくなっているようだ。
そして……体をさっと起こす反動で、翼を出す!
「デビルウィーング!」
飛ぶには、まず肩甲骨に力を入れる!
背中にある赤い羽根が、重低音をあげて震え出した! やったッ!
すっかり小さく見える、足元の花丸を拾い、大事に抱える。さっき優しく手を握ったアモンの気持ちが、よく分かった。握り潰してしまいそうで怖い。
『よしッ! そのまま飛べッ!』
「うおおぉぉぉおぉぉおぉぁぁぁぁああッ!!」
裸足が触れる冷たい雪の感覚が、どんどん遠ざかっていく。
背中から聞こえる羽根の音はどんどん大きくなり、気づけば感じたことの無い浮遊感に脳が襲われていた。20メートルほどあった崖から頭が出た頃には、視界は眩しくギラギラと光る一面の銀世界に支配されていた。
そのまま力を入れ続けると、崖の谷間さえ小さな亀裂に見えるほど遠ざかり、スピードもどんどん上がってゆく。
「はやいはやいはやいーっ!」
えーとえーとえーと、少し抑えて前向きに身体を傾け……バランスをとって飛行する!
「……飛べた……」
『もうすぐコイツが目を覚ます……急ぐぞ』
「う、うん……!」
飛べた。気づけば加速した勢いで雲の上まで来ていた。私はなんともないが、ここから花丸を落としたりすれば元も子もない。山小屋まで急がねば。
降下すると、雲から抜けてゲレンデ一面が良く見える。視力も天体望遠鏡並に上がっているらしい。滑る者、転ぶ者、飛ぶ者。そして……私達を探す、Aqoursのメンバー。尚更戻りたくなってきた。見覚えのある面影を見て、急に安堵のため息が湧いてきた。今までの非日常から解放されたような気持ちだ。
「私……ほんとに……堕天、してる……」
『ククク、堕天か。面白いな』
もう少しで目を覚ますであろう幼馴染と、我がリトルデーモンと……堕天した私は、ゲレンデの上を空高く飛んでいった。
非日常から解放されたかと思いきや、すぐさまへんてこりんな光景に意識が引き戻される。悪魔が来たりて空を飛ぶ、そんな光景。
夢みたい。まさか……本当に、堕天使になれるなんて。紅蓮の翼で空に羽ばたき、一夜でこの世の生物をぶっちぎりで超越できるなんて。
…………………………。
「高いとこ、怖いぃぃぃぃいいいいいいっ!!」
『はァ!?』
「ちょ、アモン! 降りたいの! 怖いっ! どうすればいい!?」
『ま、まずはだな! ってオイ! ちゃんと聞きやがれッ!』
「ひいぃぃぃ!? お、落ちるぅ────ー!」
『バカ! バランスを崩すなッ!』
「たーすーけーてー!! アモンってばぁぁ──────!!」
『この女ァ────ーッ!!』
←to be continued……
長らく眠らせていたものを、読み切り感覚で短編にしました。
デビルマンもラブライブサンシャインも好きな人って、そうそういないとは思います。けど良いんです。これを書いて私が『スッキリ!』すれば、これは自分の中では神作品です。いくらジョジョ風に書いても、終わりにとべこんちぬえど…とか付いてても、神作品なんです。これが苗根杏の人生哲学。モンクあっかッ。