「では、始め!」
戦闘服に内蔵されたホバー装置で海上に立つ「沖田総司」へ、合図とともに進化侵略体の群れが襲い掛かった。
本物ではない。「シェイクスピア」の用意した舞台装置だ。しかし、本物同様の動きで迫るそれらの迫力は決して馬鹿にはできない。
「――行きます」
群れの大部分を占めるのは、去年サイパンで確認されて以来、あちこちの海で出没している「砲艦型」だ。ディニクティスという古代魚にも似た、恐ろしげな顎を持つ侵略体である。しかしその攻撃手段は顎ではない。既存の生物にはありえない、砲口としか例えようのない穴がぽっかりと額に空いているのだ。
砲艦型の群れは額の穴から鱗を固めた砲弾を打ち出し、一糸乱れぬコンビネーションで弾幕を張り、こちらの動きを封じにかかる。
しかし沖田は慌てない。最小限の動きで砲弾をかわし、本命へとたどり着く隙を探る。奥に控えている侵略体――卵を積載した「重巡洋型」だ。群れの中心にいるアレを仕留めればこのテストは終わる。しかし、弾幕が厚い。
一度下がる。ホバー装置は陸上とは少し違った感触を足裏に返す。踏み込みが肝要となる武術において、見過ごせない差異だ。だが、あのハリケーンの夜から更に一週間重ねた訓練でモノにしている自負がある。
「そこ!」
下がって追い詰められた形。しかし、それは相手が前に出て、列が前後にばらけた形でもある。誠の字を刻んだ羽織が身を軽くする。降り注ぐ弾幕をかいくぐり、乱れた敵の列の間に強引に体を押し込んだ。
一閃。敵の列に切れ目を入れる一撃。内側に入り込まれた侵略体の群れは、しかし同士討ちすらいとわずに艦砲射撃を続行した。こいつらの本分が生存ではなく侵略である証拠だ。時に犠牲すら構わずに敵を始末しようとする。至近距離で多数の砲弾が炸裂し、派手に爆炎が上がる。
しかし、沖田はもうそこにはいなかった。
「――二歩無間」
前衛の列から上がる煙を突き破り、一息に「重巡洋型」へと迫っていた。しかし重巡洋型のそばにいた砲艦型の背中から飛び出す影がある。台湾で現れたのと同じ、歩兵型が迎え撃ってきたのだ。鋭く伸びた頭部をカウンターで叩き込もうとする。
「――っと。――三歩絶刀」
沖田は踏み込みで対処した。わずかに軌道を逸らした沖田の頬を歩兵型の切っ先がかすめる。「シェイクスピア」の作ったダミーに命を害する力はない。固めの消しゴムで肌をこすられたような感触が残る。沖田は構わずに攻撃を続行した。
「無明、三段突き!」
重巡洋型の眉間を刺し貫く。一瞬で炸裂した威力がダミーの侵略体を破裂させる。
「そこまで!」
周囲の侵略体が消え失せ、E・リプリーへと続く道が海上に現れた。沖田はAUウェポンを解除し、速足で道を駆けた。甲板に乗り込むと、「信長」がこちらを目で追っているのが分かった。少しいい気分だ。今日は訓練の最終日。このテストを終えれば、自分は「信長」に一歩先んじて戦闘班に所属することになる。
「どうですか? 沖田さんの戦いっぷりは」
「……ちょっと、危なくなかった?」
「あなたがそれを言いますか?」
台湾の時は二百体以上の侵略体を一人で相手どり、ハリケーンの時はあの嵐の中に文字通り身を投げ出した彼女が、だ。
段々分かってきた。この六天真緒というダジャレみたいな名前のライバルは、「信長」である時とそうでないときで、テンションの差がかなり激しい。
赤い目を輝かせ、芝居がかった口調で天下を睥睨する時。
黒い目を伏せて、前髪の間から周囲をおどおどと見る時。
全く同一人物とは思えない。
「いやその、戦闘の時は頭に血が上ってて何が何だかわからなくて自分でもうまく言えないんだけどもうやるっきゃないっていう感じがしてどう説明したらいいか――」
「分かった、分かった、分かりましたから」
特に、あのハリケーンの夜。間近でいきなり敦盛を唄いながら奔放に踊り、見得を切って飛び出していったとき。本当に寒気がした。これが、
自分に、同じだけのことができるのか――。
「ご苦労様でした、「沖田総司」」
『テストは見させていただきました』
話している間に、海上でウェポンを使用し、テストを監督していた「シェイクスピア」が甲板に戻ってきた。時を同じくして、指令の姿が立体映像で現れる。彼女と土偶もこのテストを見ていたのだ。
「よろしいですかな、指令」
『「シェイクスピア」。インストラクターであるあなたの判断は?』
「まあ、少々不安が残りますが、これ以上ここにいても仕方ないでしょうな。……あとは実戦と、小隊の他のメンバーからの影響を待つとしましょう」
少しひっかかる言い方だが、つまり……。
「合格といたしましょう」
「はい!」
『では、沖田桜。「沖田総司」として第四小隊所属とします。今後の健闘を期待します』
「はい!」
荷物をさっそくまとめ、第四小隊が駐屯する
甲板で今一度、沖田は「シェイクスピア」に頭を下げた。
「お世話になりました」
「ええ。たった半月で教え子を送り出すことになろうとは、少々不安な点もありますが……ここより先は実戦で学ばれよ。あなたにはそれがいいと判断しました」
「はい」
「ささ、「ノッブ」も挨拶を。おそらく違う小隊に配属となるでしょうから、次に会うのはいつになることやら」
「はい。でも……」
真緒は少しむくれていた。きっと、後からやってきた沖田が先に卒業するのが気に食わないのだろう。
「大丈夫ですって。「ノッブ」もすぐに卒業できますよ」
「そうだけど……そうじゃなくて」
「ん?」
何だが歯切れが悪い。真緒の言葉が少しつっかえたりするのはいつものことだが、それとも違う気がする。
そんな煮え切らない真緒の肩を叩き、「シェイクスピア」が笑う。
「まあまあ、よいではありませんか。そう羨ましがらずとも。
「羨ましがってなんて……」
「かといって、「沖田」も油断なさらず。
「な、何を……!」
流石にその物言いはカチンとくる。食って掛かろうとしたその時、甲板に影が差し、その場にいる三人の注目を奪った。
「おっと、来たようですな」
いわゆるオスプレイに代表されるようなティルトローター機が、二輪のプロペラが描く複雑な影を刻みながら甲板へと着陸していく。
「吾輩の訓示を、決してお忘れならぬようお願いいたします」
そして、その派手な風音に紛れ、「シェイクスピア」が沖田の耳に言葉を残して離れていく。
「……はい」
振り返れば、すでに「シェイクスピア」はいつもの飄々とした表情に戻り、真緒と戯れていた。
「いやあ、すごい風ですな。「ノッブ」、飛ばされたりなさいませぬよう」
「ち、小さいからって……!」
「ははははは! ですがこの後の衝撃はこんなものでは済みませぬぞ!」
「どういう意味ですか!?」
「見ればわかりますぞ!」
そんなやりとりをよそに、沖田は「シェイクスピア」の言葉の意味を考えていた。ああ見えて鋭い男だ。冗談めかして言っただけではないだろう。
初心を忘れず、鍛錬を続けろということだろうか。いや、それ以上に――。
「生き急ぐな、ってことですかね」
だがそれは難しい相談だ。真緒ほど極端でなくとも、沖田の胸の内でもE遺伝子が
戦いたい。
戦いたい。
最後まで戦いたい。
そう言ってやまない。
「やっと、戦えるんだ」
今、この手に剣はない。AUボールを入れたケースを代わりに強く握りしめる。
やがて、ティルトローター機が着陸を終え、その扉を開いた。てっきり迎えのスタッフが乗り込んでいたものと思っていたが――誰も降りてこない。
不審に思った沖田が一歩近づいたとき、派手なファンファーレとともに何かが機内から飛び出してきた。それは――。
「バラの花びら!?」
「赤絨毯!?」
「あー、相変わらずですなー」
沖田と真緒が驚く一方、「シェイクスピア」は呆れた様子で苦笑していた。
続いて、花びらに彩られたレッドカーペットを踏みしめ、見目麗しい金髪の少女が甲板に降り立った。身長こそ真緒とあまり変わらないが、服の上からでもわかる均整の取れた体つきと、堂々たる立ち姿が体格以上に彼女を大きく見せている。
少女は冴え冴えと輝く黄緑の目を見開くと、大音声で名乗りを上げた。
「我が剣は原初の
思わぬ迎えの登場に、沖田はこう呟くしかなかった。
「……何なんですかこれ」