ノッブナガン   作:喜来ミント

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これで寄り道はひとまず終了。次回から原作二巻のお話に戻る予定です。



十ノ銃 ロビン・フッドとアマデウス

 

「わ、我こそは第六天魔王波旬織田信長である」

「違う! もっと胸を張れ! 足は肩幅! 重心を落とせ! 自身の身長の低さなど気にするでない! 見下ろさんとする心があれば必ずできる!」

「我こそは――」

「もっと声を張るのだ! 腹から出した空気の塊に乗せ、声をぶつけて民衆を倒さんばかりの勢いで吐き出せ!」

「我こそは! 第六天魔おぅ」

「自分の声の大きさにビビるな! 恥を捨てるなとは言わぬ! 恥と思うな! 堂々たる自分をイメージせよ!」

 

 E・リプリーの甲板上に「シェイクスピア」が設えた特別ステージにて、演技指導が続いていた。

 しかも船内に通達があり、手の空いているものは積極的に見物に来るようにと「ネロ」が言ったものだから、常に人目が絶えない。かつてないほどの人々の注目を浴びた真緒は、顔から火が出そうになりながらも懸命に声を張り上げていた。

 

「ぜえ、ぜえ……」

「うーむ。どうにも感触が好ましくない。「シェイクスピア」よ、この娘は本当にあの映像のような振る舞いを見せるのか?」

「ええ、事実です。とはいえ、かれこれ三時間ほどやっておりますが、あまり進展がありませんな。たとえ小さな斧であろうと数百度打てば(If also hitting this with a small ax hundreds of times,)固いカシの樹でも切り倒せよう(a firm oak tree can also be cut down.)とは言いますが、そろそろ打ち方を変えてみてはいかがかと」

「うむ。一理あるな。「信長」よ、一度休憩としよう」

「はい……」

 

 これまた「シェイクスピア」が用意してくれたテーブルに座り、「ネロ」が持参したお茶やお菓子をつまみながら休憩することにした。慣れないことをすると、体よりも精神が疲れるものだ。甘い焼き菓子がいつも以上においしく感じた。

 

「あ、おいしい」

「そうであろう。何せ余の手作りであるからな! 余は万能ゆえ、演技も料理も、戦闘であろうとも完璧にこなせるのだ。もっと褒めたたえるがよい! ふはははは!」

「ちなみに、神は、“彼女”を人間にするために(You gods, would give “her”.)“歌にて”欠点を与えた(Fault “about songs” to make her men.)のでご注意ください」

 

 「ネロ」の哄笑に隠れて「シェイクスピア」がそんなことを囁いたので、真緒は思わずむせてしまった。

 

「げほっ、げほ!」

「む? どうした、大丈夫か?」

『「シェイクスピア」、ブリッジまでお願いします』

 

 ちょうどその時、甲板に設置されたスピーカーから「シェイクスピア」に呼び出しがかかった。

 

「おおっと! では我輩、行ってまいります」

「ああ、しばし待つが良い」

 

 呼び出しに応じでそそくさと去ろうとした「シェイクスピア」を呼び止め、「ネロ」はテーブルを叩いた。

 

「もうしばらくこのテーブルを借りたいが、よいか?」

「それはもちろん」

「え? でも……」

 

 このテーブルは「シェイクスピア」のAUウェポンで作り出したものだ。「シェイクスピア」がこの場を離れれば消えてしまう。

 

「心配するな。我が才を見よ!」

 

 「ネロ」がAUウェポンを発動させた。AUボールを包んだ光は変形して彼女の右腕を覆うと、ライオンの顔で飾られた鎧へと変貌した。

 「ネロ」が鎧に包まれた腕でテーブルセットに触れると、肩のライオンが一吠えした。途端にゴシック調だったテーブルセットがきらびやかな装飾を凝らした一品へと生まれ変わった。

 

「では、行ってまいります」

「うむ。さ、これでよい。休憩を続けよう」

 

 テーブルセットは「シェイクスピア」がウェポンを解除して立ち去っても消えることがなかった。金を基調とした眼にまぶしい装飾は、真緒には少々腰が引けるものの、疲れているのでありがたく座らせてもらう。

 

「余のAUウェポンは、余の気に入ったものを余の才で飾り、我がものとすることができる。戦闘の際はこの『女帝ネロ』の撮影で使った剣と盾を我が力としてふるい、侵略体めを切り伏せているのだ!」

「それってジャイアニズムでは……」

「じゃい、あ……? うむ?」

 

 流石にイタリア出身のハリウッド女優には通じなかったらしい。「ネロ」は『女帝ネロ』のDVDを見せびらかしたまま固まってしまった。それにしても、DVDは一体何枚持ち歩いているのだろうか。

 気を取り直してお茶を飲みつつ会話をつづけた。

 

「ちなみに、このライオンの装飾はな、ネロ()がかのヘラクレスに負けじとライオンの裸絞め殺しに挑戦した逸話から来ていると思われる。まあ自分のE遺伝子と会話することはできぬから、想像でしかないが」

「ああ、私も銃口に信長の治世で使われてたお金のデザインがあるらしくて」

「不思議なものよな。貴様は五百年、余に至っては二千年の昔より伝わった血がこの身を流れているのだ。あの土偶は一体、いつからこの星にいるのか……」

「皇帝ネロっていつの人だっけ?」

「37年から68年だな。一世紀の人物だ」

「あ、紀元前じゃないんだ」

「うむ。それでな、ほかにもネロにはいろいろと逸話があるのだ。世間では暴君としてのイメージが強いのだが――」

「私の信長も大概だよ。聞いた話だと――」

 

 などと話していると「シェイクスピア」が戻ってきた。

 

「お二人とも。戻りましたぞ」

「おお。何かあったのか?」

「ええ。第四小隊がフィジーに出現した侵略体と交戦すべく出撃すると」

 

 その言葉に「ネロ」が勢いよく立ち上がった。

 

「何っ! 余も――いや。「フーヴァー」はなんと?」

「「沖田」を含めた三人で十分だと言っておりましたな。勿論、「ネロ」が希望すれば参戦は可能でしょうが」

「うむ……。しかし。まあ大丈夫であろう」

 

 そういい、「ネロ」は座りなおした。

 

「いいの?」

「監督の指示に従うのは女優の務め、そして参謀の意見に耳を傾けるのも皇帝の務め。ここは新人に花を持たせるとしよう」

「かしこまりました。さて、それでは練習の続きと参りましょう。さあ、次はいかがなさいますか」

「うむ。ここは一つ、衣装を工夫してみてはどうか。演技の素人ゆえ、形から入ってみるのも手であろう」

「おお! 良い考えですな!」

 

 そう言って指を鳴らした「シェイクスピア」の背後にズラリと衣装が並ぶ。ドレス、軍服、和服、スーツ、水着、マント、何でもござれだ。ざっと見て百着は下らないだろう。

 

「うむ。素晴らしい! 余は頭痛持ちゆえ、精々片手で足りるものしかAUウェポンで染めれぬが、貴様はさすがの手腕だな!」

「恐れ入ります」

「さて、「信長」よ。覚悟はよいか?」

「いや、その……」

 

 「ネロ」はさながら、人形遊びに胸を躍らせる少女のような表情で顔を輝かせていた。ならば人形は誰か。

 

「誰か……誰でもいいから助けて……」

 

  *

 

 「沖田」は誰かに呼ばれた気がして顔を上げた。

 

「どうした?」

「いえ。……気のせいですね」

「やあ、お待たせ。ごめんごめん」

「遅えぞ「アマデウス」」

 

 「ネロ」は合流しないことになった。三人で降下ポッドに乗り込み、侵略体が現れたフィジー島沖に出撃する。

 降下ポッドの中はあまり広くない。三人で座ると肘や膝がぶつかりそうになる距離だ。なんとなく落ち着かない気分でいると、「アマデウス」が話しかけてきた。

 

「緊張してる?」

「正直なことを言えば。……前回のハリケーンの時は、無抵抗の敵を仕留めるだけでしたから」

 

 明確にこちらを攻撃してくる進化侵略体と対峙するのは今日が初めてだ。それでも、「シェイクスピア」の訓練通りにすれば抜かりはないはずだった。すでに「アマデウス」と「ロビン」の能力も把握している。問題はないはず。

 だが、「はず」がぬぐえない。剣を握れば変わるだろうか。戦いを始めれば、この血が自分を導いてくれるだろうか。

 そんな自分に「ロビン」も声をかけてきた。

 

「戦う前からしけたツラしてんなよ。無理なら言いな。オレらが今回はどうにかすっから。オタクよりずっと場数を踏んでるんでな」

「怪我はしないでおくれよ」

「――はい」

『着水まであと十五秒! 準備をお願いします!』

 

 オペレーターの声に促され、三人とも立ち上がる。

 ほどなくして、予想よりも軽い衝撃が伝わると、ポッドの上部が展開して眩しい夕日が差し込んできた。

 

「聞こえる聞こえる。大量だ」

「んじゃ、行くとしますか」

「はい!」

 

 「沖田」の初陣が始まった。

 

  *

 

『現在確認できている侵略体は「砲艦型」が32、それぞれ20体ほどの「歩兵型」を乗せた「重巡洋型」が2、「機雷型」が120ほど、合わせて200体といったところだ。特に「機雷型」は触れると爆発するから気を付けろ』

「200――ですか」

 

 200。その侵略体の数が「沖田」の脳裏にライバルの姿を思い出させた。

 通信機から響く「フーヴァー」の声を聴き、「アマデウス」はてきぱきと指示を出した。

 

「僕は後方でサポート。「ロビン」は敵の攻撃を散らしつつ「機雷型」を処理。「沖田」君は「機雷型」が減ったら前に出て、敵の数を減らすことに注力してくれ」

「はいよ」

「分かりました!」

 

 AUウェポンを展開する。刀の重みが、羽織の感触が血をたぎらせる。目の前にいる敵を切れと背を押す。

 三体並んでフィジー島に向かう「重巡洋型」を「砲艦型」が取り囲む構図は、くしくも昼間の卒業試験と似たものだ。そこにフグを思わせる「機雷型」が加わっているが、あれの機動力は低いはず。うっかり踏まなければ平気だ。

 こちらを確認した「砲艦型」からの砲撃が始まった。「沖田」がフットワークで避ける一方、「ロビン」は右手に装備したクロスボウから打ち出す矢で的確に砲弾を撃ち落とし、自分と「アマデウス」をカバーしていた。

 

「そらよっと!」

 

 更に隙を見て矢を放ち、こちらの行く手を阻む「機雷型」を処理していく。衝撃を受けて爆発した侵略体が水面に派手な水柱を上げた。

 

「「砲艦型」が多いね。強引に割り込むのは難しそうだ」

『「アマデウス」。左翼の「機雷型」の密度がだいぶ落ちてきた。攻め時だ』

「了解だ。そろそろ頼むよ、「沖田」君!」

「はい!」

「さあ、楽しい音楽の時間だよ」

 

 「沖田」に指示を出すとともに、「アマデウス」は自身のAUウェポンも構えていた。右腕全部がヴァイオリンのような装置に覆われており、それは弓をひく必要もなく「アマデウス」の望む音色を奏でた。途端に左翼の「砲艦型」の動きが鈍り、統率の取れた動きが乱れていく。進化侵略体の神経を犯し、味方を鼓舞する音色が戦場に響き渡った。

 

「行きます!」

 

 一気に距離を詰める。「ロビン」が切り開いた道を埋めようと、無事な「機雷型」が寄ってくるが、隙を見逃すわけにはいかない。一息に詰め寄ると、いまだに「アマデウス」の音色から脱せない「砲艦型」を一閃で仕留めた。更に二体目。三体目。味方がいるとずいぶんやりやすい。自分の仕事に専念できている。

 

「このまま――」

「下がって!」

「!?」

 

 奇妙な感覚が体を襲ったかと思うと、自分の意志とは無関係にその場を飛びのいていた。まるで操り人形にでもなった気分だ。原因は明らかだった。「アマデウス」がやったのだ。

 

「何を――」

「アイツの耳を信じろ!」

 

 更に飛びのいた「沖田」の襟首を「ロビン」が捕まえて引き戻す。その瞬間、さっきまで「沖田」のいた場所で大爆発が起きた。

 

「おい「アマデウス」! 何がどうなってる!」

「慣れない音が海面下を走ってきたのでね!」

 

 いったん下がり、三人で状況を確かめる。どうやら何かのきっかけで多数の「機雷型」が一斉に爆発したらしい。

 

「さっきの音――正面、数は5!」

「見えてるぜ!」

 

 かなり近い。この距離になれば「沖田」たちにも何かの影が近づいているのが見えていた。「ロビン」が海面に矢を打ち込むと、先ほどと同じく水柱が上がった。さらに誘爆したのか、隣接した二つが爆発し、一層派手な水しぶきを上げる。

 

『何があった』

「これは――新型かな?」

 

 「アマデウス」が海面に腕を突っ込むと、横合いから見慣れない侵略体が飛び出した。先ほど爆発しなかった残りだろう。トビウオにも似たそれは苦し気に身をよじらせると、やはり爆発してチリと消えた。

 

「以前確認された「魚雷型」とは違う……「酸素魚雷型」ってところかな。厄介そうだ」

『持ち帰れるか、「アマデウス」? 「サンソン」に見せたいところだ』

「その名前を出さないでくれ、「フーヴァー」。俄然やる気がなくなったのだがね」

「オタク、なんでそれをよりによって「アマデウス」に頼むんだよ」

『公私混同はやめろ。せめて映像くらいは持ち帰れ』

「ハイハイ。わかりましたよ――っと!」

 

 「ロビン」たちが言い合っている間にも、おそらく「重巡洋型」から泳いでくる「酸素魚雷型」の攻撃がやまない。「砲艦型」と合わせ、気が抜けない弾幕が押し寄せる。

 

「「酸素魚雷型」は任せてくれ。君たちは「砲艦型」の攻撃を頼む」

「任せな!」

「はい!」

 

 「アマデウス」が再び海中に腕を突っ込み、スタッカートの効いた旋律を響かせる。先ほどのように音に当てられた「酸素魚雷型」が誤爆し、自分たちと「砲艦型」の間に連続して水しぶきが上がる。「酸素魚雷型」の処理は「アマデウス」の音に任せ、「沖田」は「ロビン」と協力して砲弾を処理していく。だが――。

 

「まずいな、このままじゃジリ貧だ」

「どうするよ?」

「私が何とかします!」

 

 「沖田」は剣を平正眼に構えた。

 

「え、ちょっと待て! 死ぬ気か!」

「どうにかします!」

「ああ――これは想像以上に問題児だ」

「言ってる場合か「アマデウス」!」

 

 縮地とすら呼ばれる足さばきで飛び出す。目測で、「砲艦型」の列までは二歩。

 一歩目。その足を踏む先に、謀ったように「酸素魚雷型」が飛び込んできている。しかし、寸前で「ロビン」の矢が割り込んだ。「沖田」の目の前で派手な水しぶきが上がる。

 

「あっ――ぶねえ!」

「ナイス狙撃だよ、「ロビン」」

「そりゃどうも!」

 

 背後のやり取りを尻目に、更にもう一歩。「機雷型」を踏まないように海面を蹴り、目の前の「重巡洋型」の背に飛び乗った。そのまま背から心臓を一突きにして命を奪う。

 

「一つ……!」

「「沖田」君! すぐそこまで来てるよ!」

「分かってます!」

 

 先ほどと同じく、「酸素魚雷型」で「機雷型」を爆発させて味方もろともこちらを葬るつもりだろう。訓練の時と状況がダブる。しかし今の方がなおマズい。

 今度は自分の意志で飛び上がる。しかし着地点は「アマデウス」たちの方ではなく、別の「重巡洋型」の背だった。また背から一突きして心臓を止める。

 

「おいバカ! 戻ってこい!」

「「ロビン」! また退いたら元の木阿弥です!」

「そうだけどよ――やり方ってもんがあんだろ!」

「ははは! 全く君っていう人は――好きにしたらいい!」

 

 憤慨する「ロビン」だったが、一方で笑う「アマデウス」の奏でる旋律が海原に響き渡った。

 

「こっちは僕と「ロビン」でどうにかする! 君は手早く「砲艦型」を片付けてくれ!」

『何を言っている「アマデウス」! あと十分もすれば増援を――』

「だめだ「フーヴァー」。奴さん、待ってくれねえみたいだ」

「だからせめて、タイミングはこちらに任せてもらうよ! 左手を開けておいて!」

 

 「アマデウス」の音色が響くと、勝手に左手の指がぴくりと動いた。

 「沖田」は一瞬で「アマデウス」の意図を察した。すかさずその場を飛びのくと、「酸素魚雷型」が着弾し、さっきまでいた場所が爆発に包まれる。

 

「次!」

 

 一体目、二体目を片付けたところで指が動いた。すぐにその場を離れ、また次の「砲艦型」を仕留めに行く。

 次。

 次。

 次!

 

「アイツ、無茶苦茶過ぎんだろ!」

「「ネロ」といい勝負だよ、全く!」

「次!」

 

 とうとう最後の「砲艦型」を仕留め、こちらが「重巡洋型」に向かうのを阻むものはなくなった。「機雷型」もあらかたが「酸素魚雷型」の誘爆で消えている。

 

「一気に片づけます!」

「いいとも!」

「はいよ!」

 

 一歩、二歩、三歩で「重巡洋型」に肉薄する。「アマデウス」の旋律が背を押し、敵の「歩兵型」を押しとどめている。踏み込みを変える必要は無い。直線で行く。

 

「無明――三段突き!」

 

 「重巡洋型」が転覆する。泳ぎに向かない体の「歩兵型」はしばらく海面でもがいていたが、やがて海底へと沈んでいった。

 

「こっちも片付いたぜ」

 

 もう一体の「重巡洋型」は「ロビン」が仕留めていた。眉間に矢を一発。脳に届いているようには見えないが――。

 そんな「沖田」の視線に気が付いたのか、彼は気障な様子で言う。

 

「かすり傷でも十分なのさ。さて……それより、だ」

 

 拳骨一発。よけられないほどの速さではなかったが、無茶をした自覚から甘んじて受け入れた。

 

「分かってんな。今の戦闘でオタク、何回死にかけた? 回数の問題じゃねえけど、オレが何を言いたいかはわかるよな?」

「まあまあ、「ロビン」。うまくいったのだし、良しとしよう」

「「アマデウス」!」

『私も「ロビン」に賛成だ。下手をすれば全滅もあり得た。何故増援を待たなかった』

「それは……」

 

 「沖田」は歯噛みした。流石に初陣からすべてがうまくいくとは思っていなかったが、自分の無茶で周りに迷惑をかけてしまったというという事実が気分を落ち込ませる。

 それでも、自分なりにできることをしたつもりだった。

 ハリケーンの時はうまくいったのだ。

 

「どうにか、したくて」

 

 「沖田」の頭をずっと占めているのは「信長」の存在だった。彼女自身は訓練をうまくこなせる自分に劣等感を感じていたようだが、実際は逆だ。

 台湾で200体を仕留めたという「信長」。

 ハリケーンの中で先陣を切った「信長」。

 だから、侵略体の卵を仕留めるために自分が仕切ったときは少しだけ見返せた気がしたのだ。そう、あの時のように、実戦にも一足先に出て――。

 

「私は……」

 

 歯噛みする「沖田」に、あくまで気楽に「アマデウス」が言う。

 

「「沖田」君。もしかして、頑張りすぎてないかな?」

「え? 私が、ですか?」

「そうそう。僕なんか隙あらば戦闘をサボろうと考えているんだけどね」

「いや、働けよ!」

「まあ、こんな風に「ロビン」に叱られるし、皇帝陛下(ネロ)も『後ろは任せた!』とか言って突っ込んでっちゃうし、まあ仕事するしかないんだよね」

「……だって、進化侵略体と戦えるのは私たちしかいないじゃないですか」

「うん。だから仕方なく戦ってるんだ。仕方なく、でいいんだよ。だから、役に立たなくたっていい」

「けれど……戦わなきゃ、私に意味なんてありません。私には、目の前の敵を切るしか能がありません」

「そんなに役に立ちたい理由があるのかい?」

「理由、ですか?」

 

 理由。何の理由だ。戦う理由? 役に立ちたい理由? もちろん考えたことはある。日本での暮らしを捨て、家族と別れ、そうまでして戦う理由。

 それは自分にとって、「戦えるから」に他ならない。自分に戦える理由があるから。この身に宿る「沖田総司」が願ってやまないから。それではダメなのだろうか?

 「信長」は自分が直面した台湾の惨状を目にし、あくまで「護る」ために戦っていると零していた。自分と彼女では何が違うのだろうか?

 答えが出そうにない考えが頭を支配する中、「ロビン」が告げた。

 

「はー。叱ってる立場で何だけどよ。オタク、難しく考えすぎだぜ。オレにも「アマデウス」にもいろいろ事情はあるし、悩んだ時期もある。けど、去年新入りだった「ネロ」の戦う理由を聞いたら馬鹿らしくなっちまった。あんな理由で大真面目に戦える奴にゃ、とても敵わねえって」

「「ネロ」の?」

 

 あの女優が戦う理由。銀幕に戻る日を諦めず、懸命に戦う彼女のモチベーションとは。

 

「『余のファンは世界中にいるからな! 余は世界を護るぞ!』ってよ。……ホント、笑っちまうぜ」

「全くだ」

 

 なんだそれは。本気でそれを信じているのだろうか。だとしたら――。

 

「だからさ、僕らもできることだけやっていればいいと思うことにしたよ。本気で世界を護りたいと思う人が、きっとどんどん僕らを動かす。できないことは丸投げで良い。今日は不在だから僕が仕切ったけれど、この通り上手くいかなかったからね」

「さっきは止めちまったけど、きっと「ネロ」なら『思う存分斬るがよい! あとは適当にフォローしておくぞ!』 とか言うぜ、絶対」

「いや、そんな……」

 

 人任せにもほどがある。

 

「だからさ。次はもうちょっと周りを見て、余裕があったら増援が来るまで待とう。今日の反省はそれでいいことにしようじゃないか」

「何か、丸め込まれちまった気分だ。……そもそも、文句なら「フーヴァー」にも言いてえ。オレ達三人で十分だって最初に言い出したのはコイツなんだし」

『「酸素魚雷型」という未知のファクターがあった以上、プロファイルにブレが生じるのは仕方ないだろう』

 

 「フーヴァー」の子供じみた言い方に思わず笑みが漏れる。おそらく「フーヴァー」にしても、できることをやった挙句がこの結果なのが気に食わないのだろう。

 

「私たち、まだまだ未熟なんですね」

「まあね。大真面目にヒーローをやってる人たちに比べれば、まだまださ」

「全くだ。俺のE遺伝子なんて、闇討ち待ち伏せ毒殺なんでもやって、その挙句に死んじまった。理想だの名誉だの言ってる暇なんてなかった」

「僕に至っては音楽家だしね」

「それなら、私は……」

 

 海風に誓いの羽織がはためく。

 かつて、沖田総司が信念とともに背負った、(まこと)の字を預ける相手は、自分にはまだいない。DOGOOの司令官も、日本に残した家族も、理想を誓う相手というには違和感がある。国のため、お上のために戦った沖田総司のように殉ずるには理由が弱い。

 今の自分は義務感と、E遺伝子のもたらす後悔で戦場に立っている。

 

「私は――まだ、自分がどうして戦いたいのか、決めきれずにいます。それでも戦って戦って戦って――その先に、ようやく理由を見つけられればそれでいい。戦う力が先走っているのは分かっています。けれど、負けたくない気持ちだけはありますから」

「それでもオレにゃ、十分ご立派に聞こえるよ」

 

 「ロビン」が肩をすくめる中、今更のように増援を乗せた降下ポッドが海面に突き刺さった。

 

  *

 

「無事、侵略体を退けることができたようですな」

『ああ。確かに問題児だが、「沖田」は優秀な前衛になりそうだ。あとは「信長」だが……』

「この間お話したとおりです。運命というものは、貴女の魂を、(Your soul is carried to the most suitable place)最もふさわしい場所へと運ぶのだ。(with destiny.)

『仕方ない。それで進めてくれ』

「承知いたしました」

 

 「フーヴァー」との通信を終えてE・リプリーの甲板に戻り、第四小隊の戦果を伝えると「ネロ」は我が事のように胸を張った。

 

「当然だ! 余が隊長を務める小隊にかかれば新手が来ようと敵ではない!」

「リーダーとかって決まってるの?」

「いえ、「ノッブ」。彼女が勝手に言っているだけですが、うまく収まっているのでそういうことに」

「ははは……」

 

 真緒にも段々「ネロ」の扱い方が分かってきた。

 

「さて、こちらもそろそろ決めねばな。ほとんどの衣装は試したように思うが」

「いっそのこと、任務中も身につけられるものを決めておき、条件づけをしたほうが良いかもしれませんな」

「ふむ。と、なるとやはり鎧か、兜か」

「も、もうちょっと手軽なものでお願い」

 

 「ネロ」に着させられた羽織袴からジャージに着替えながら真緒は言う。一応自分も女子なのでいろいろと着飾るのは楽しいが、着替えるたびに「よし、ではその格好で名乗ってみよ! 高らかにな!」となると辟易せざるを得なかった。

 

「ならば帽子か……。日本の戦国時代の帽子となると専門外だな。「シェイクスピア」よ、どうだ」

「当時の帽子といえば烏帽子(えぼし)ですが、これをかぶるとむしろ白拍子のように見えてしまいますな。「ノッブ」自身の見た目が少女然としておりますので」

「ならば男らしさ、勇ましさをアピールするか。この軍帽はどうだ?」

「あ――」

 

 それは確かに軍帽だったが、同じ造形でありながら違う呼び方を真緒は思い出した。身近で、弟が常日頃から身につけていた学帽だ。

 

「被ってみてもいい?」

「うむ。どうだ?」

 

 かぶってみるとますます勝行そっくりだ。しかし、自分が男のように見えるという点では合格だった。あの気弱な弟のアイテムが男らしさを示すシンボルになるとは不思議なものだ。

 

「うむ。なかなか決まっておる。しかし軍帽だけでは寂しいな。マントでも合わせるか? いや、軍帽の飾りを変えてみるか……」

「それならばそこに「織田信長」らしさを据えてみては? 家紋などはどうでしょうか」

「あのハリケーンの時も思ったけど、「シェイクスピア」って信長のことも調べてくれているんだ」

 

 唐突に劇作家が敦盛の一節を唄いだしたことが、自分のE遺伝子が目覚めるきっかけだったのを思い出しながら言う。

 

「もちろんですとも! 役者もとい教え子のことは隅々まで知らねば指導役は務まりませんからな! 無知は神の呪いであり、(Illiteracy is a curse of a god)知識は天へと至れる翼である(and knowledge is the wing which comes to heaven.)

 

 なんだかむずがゆい。けれど、悪い気分ではない。

 真緒は帽子をかぶり、マントを羽織るとステージに上がって深呼吸した。

 

「……よし。もう一回、もうひと頑張り」

「おや、いつになく積極的ですな?」

「うん。負けてられないから」

 

 沖田は小隊に配属になった当日だというのに、実戦できちんと戦果を挙げてきたようだ。ならばそれに追いつかなくてはいけない。自分に秘められた力があるならば、それをいつでも引き出せるようにしなくては。秘めたまま終わってしまえば、沖田と自分のE遺伝子に笑われてしまう。いつまでも「ノッブ」呼ばわりのままだ。

 

「……得てして、憧れというものはすれ違うのですなあ」

「何か言った、「シェイクスピア」?」

「いえいえ! では、張り切ってまいりましょう!」

「うむ、明日に余がここを離れるまでにみっちり仕込んでやろう!」

「はい!」

 

 E・リプリーでの夜が更ける。

 

  *

 

 それから三日ほど過ぎた日。いつものように訓練を始めようとしたとき、ブリッジに呼び出された。

 ハリケーンの時に声だけ聴いた「フーヴァー」と、映像ごしとはいえ初めて対面する。きっちりとした格好のスタッフが大勢いる指令室の重鎮でありながら、キャミソールとショートパンツというカジュアルにもほどがある格好をした女性だ。

 

『「織田信長」。お前に任務の要請だ。「ロビン・フッド」でもいいのだが、「シェイクスピア」がお前の仕上がりを見せたいと言い出してな』

「「シェイクスピア」が?」

「ええ。良い機会ですので」

 

 脇では推挙した本人がにっこりと胡散臭い笑みを浮かべている。

 

『厄介な侵略体がいる。体表の90%が装甲に覆われていてな。私のプロファイリングによれば、首の可動部への攻撃が唯一有効なポイントだ。これを船上からぶち抜けるか?』

 

 こともなげに言う「フーヴァー」だが、おそらくは想像以上に難しい任務だろう。だが、今の自分にはできるはずだ。でなければ「シェイクスピア」が推しはしない。

 であれば、あとは自分の覚悟だけ。

 深呼吸をする。

 改造した軍帽をかぶると、顔を上げて「フーヴァー」を睥睨(へいげい)した。マントのように黒髪が翻り、軍帽の下の眼がかすかに赤く輝く。

 

「是非も無し。わしに任せておくがよい」

 

 戦装束に身を包んだE遺伝子ホルダー、「織田信長」がそこにいた。

 

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