満天の星空――はるかに広がる宇宙を背に、土偶は語った。
「奴らがいつ、私たちの星にやってきたのかはわからない。だが、奴らは原始細胞という形から、あっという間に進化を繰り返していった。私たちの海に適応して進化し、私たちの空気に順応して上陸し、我々がたどった何十億年の進化の歴史をあっという間に駆け上がり――」
ぐび、と酒を煽る音が土偶の語りに相槌を打つ。
「気づいた時には、我々の星は奴らのものになっていた」
「へっ。そうかい。――で、どちらさん?」
大西洋の真っただ中。クリストファー・コロンブスは、自身の船にいきなり現れた珍客に問いかけた。
西へ、西への大航海。次に陸地を見つけるのはいつの日か。
大航海時代の船旅の食糧事情は悲惨だった。保存のきく穀物やビスケットは固くて味気ないうえ、ネズミがわくこともある。塩漬けの魚や肉もあまり長くはもたない。
ならば少しでも工夫しようにも、船の上での料理は船火事との戦いだ。波に揺れる船上で火の粉が飛ぼうものなら、熱いスープを胃袋に流し込む前に火だるまになる。
水も問題だ。真水は腐る。まだラム酒もない時代、ワインやビールが文字通りの命の水だった。
刺激が少なく、メシが不味く、船の大きさにも限りがある。船員たちの我慢も限界だった。今日も今日とて、腹を割っての話も賄賂も弱みも全て使って、どうにか船員たちの士気を保っている状況だった。そんな一日の終わりと言えば、星を見ながら酒を煽るに限る。
だからこの珍客が満天の星空から音もなく降り立った時も、コロンブスは自分の飲み過ぎを疑ったくらいだ。
「何者かと言えば――君と同じ船乗りだ。ただ一人難を逃れ、この星の海を渡り、この地球までたどり着いた」
「たどり着いた、ねえ。羨ましいこった!」
だん、と酒瓶を置き、コロンブスは息を撒く。
「こちとらこの大海原のど真ん中で絶賛迷子中さァ! 船員どもの反乱で死ぬか、飢えて死ぬか、好きな方を選べって寸法よ!」
コロンブスははるか遠く、星々の彼方を眺めて言う。
「うまくいくと思ったんだがなあ! 待っていろよ宝島! この島で下ろせば健康な原住民の奴隷が待っている! この島で下ろせばガラス玉と金の交換が待っている! さぁて、そしてこの島では!? そんな大冒険を夢見てよォ!」
「その口ぶりだと、宝島とやらは諦めたのか?」
土偶のその言葉に、コロンブスは赤くなった顔を下ろし、珍客を睨み付けた。
「馬鹿言うな。諦めるもんかよ。終わるまでは、どんなことも、終わっちゃいねぇんだ。だから、諦めない限り──夢は必ず叶う。他の誰でもねぇ。俺の魂がそれを知ってる」
「やはり、君は他の人間たちとは違うようだ」
「おうよ、違うとも。そんな俺に何の用だ?」
「――分かっていたんだ。侵略を終えたやつらは、また別の星を侵略すべく種を放つと。そうやって版図を広げてきたのだと。だからいつか、この星にだってたどり着く――その前に。地球を故郷の二の舞にしない。それが私の復讐だ。そのために、この星を守る戦士を探している」
「戦士だあ?」
「
突然、土偶の手から伸びたガラスの針がコロンブスの腹に突き刺さる。赤々とした血を蓄えたガラスの針は見る間に縮み、土偶の手の中に奇妙なフラスコのような形で収まった。
「なっ!? なに!? おお!?」
慌ててコロンブスは自分の体を探るが傷一つない。だが相手が自分を傷つけたという事実が彼にサーベルを抜かせた。
「俺に何をしやが……った……?」
だが、その時には珍客の姿は消えていた。周囲を鋭く見渡すが、影も形もない。落ち着きを取り戻した頭に、彼の残した言葉だけがこびりついていた。
「この海を渡り切った、だと? 何を……」
「船長!」
だが、その時船員が自分を呼ぶ声が響いた。
「なんだやかましい! 今何時だと――」
「陸です! 陸があった! すげぇ、あんたの言ったことは本当だった!」
酔いが吹っ飛んだ。慌てて船員の示す方へと駆け寄り、自分の眼にその光景を焼き付けた。
「やった」
最初の一言は、思わずこぼしたと言わんばかりの短さだった。
「やったぞ――」
だが、顔が綻ぶとともにその声は大きく、眠る船員たちを揺り動かし。
「俺が! 俺が正しかった! 夢が叶ったァァァァァァァ!!」
新大陸――のちにサン・サルバドル島と呼ばれることとなるその地に、クリストファー・コロンブスの雄叫びが響いた。
*
拠点に戻った土偶に、のちに指令と呼ばれることとなる彼女が声をかけた。
「彼の行った「偉業」は、あの大陸に対する侵略の先鞭をつけたにすぎません。これから、あの地でどれほどの血が流れることか……」
「確かに――君にとっては、彼は許しがたい存在かもしれない。しかし、侵略者をもって侵略者を討つ力とすることもできる」
コロンブスから採取した血液を機械にセットすると、すかさず機械は己の使命を実行し始めた。
「E遺伝子化が終わるまでは数日。そのあとはいつも通り、遺伝子の生まれ故郷の人間に紛れ込ませるとしよう」
「はい。候補者を探しておきます」
「戦士の卵はそうと知られずに脈々と受け継がれ、来るべき時が来れば目覚めるだろう」
「その日まで血が絶えないことを祈るばかりです」
「祈る、か。その癖は千年以上たってもそのままか」
「私はほとんどカプセルで眠っていますから、私自身の感覚で言えば、あなたに会ってから五年と経っていませんよ」
「そうか。だが祈りでは確率は上がらない」
機械のディスプレイが進捗を告げる中、二人の会話は静かに続く。
土偶は自分がこの星に降り立ってからの月日を数えた。
「予定より二百年ほど早くこの星にたどり着けたのは僥倖だった。その時間で、得難い戦士を作ることもできた。だが、完全ではない。予測ではあと数百年――それまでにどれだけの戦士を作り、残せるかだ」
土偶がまた出かけるそぶりを見せた。その背に言葉をかける。
「次はどこへ?」
「東に行こうと思う」
「もしや――」
「ああ、そうだ。「彼」の教えが届いて間もないあの国だ。かの島国は現在、かつてない混乱と割拠のただ中にある。そこからどんな戦士が生まれるか――楽しみだな」
*
時は戻り、現代。
『「進化侵略体」高速で接近中!』
「で、あるか」
銃を構えたE遺伝子ホルダーが作戦を告げる声に頷いた。
「さあ、かかってくるがよい! 我こそは第六天魔王波旬織田信長である!」
かの島国、日本で生まれた「織田信長」が名乗りを上げ、迫りくる侵略体に銃を構えた。