イカ型侵略体の狙いに、最初に気づいたのは「ビリー・ザ・キッド」だった。
足に気を取られていたところで、突如浮上しての射撃。まぎれもなくC・フォレスターへの直撃コースだった。
もし、銃を抜いているところだったら、C・フォレスターに届く前に、とっさに撃ち落とせたかもしれない。しかしタイミングが悪すぎた。よりにもよって六発撃ち尽くし、AUウェポンであるホルスターにリボルバーを戻そうとするその一瞬。
だが、本当にタイミングが悪いだけだったのだろうか? 敵はこれを狙ったのではないか? 二個小隊を手玉に取り、自分たちの戦力を分析し、最適なタイミングを計り――。
先ほどもそうだ。直接侵略体を倒していた自分や「ジェロニモ」には目もくれず、「エージェント」を真っ先に狙った。それだけの頭脳が敵にはあった。
だとしても、自分たちは
「マズい! 指令!」
一か八か、もう一発遠距離で打ち込むか――。焦燥とともに振り返ったその先、C・フォレスターと「地雷型」の間に割り込む姿があった。
*
C・フォレスターの甲板上はにわかに騒がしくなっていた。今まさに、直撃すればただでは済まないサイズの「地雷型」が迫っている。
咄嗟に指令が指示を飛ばす。
「回頭を!」
「ダメです、間に合いません!」
万事休すか。そんな時、海面を蹴ってC・フォレスターと「地雷型」の間に割り込む姿があった。
長い黒髪をマントのように翻し、その目は地獄の大火のように煌々と赤く燃えている。
「「織田信長」!?」
「よいか」
彼女は静かにそう問うてきた。どうするつもりだろうか。すでに「地雷型」は眼前に迫っている。この距離で撃ち落としても、その爆発に船ごと巻き込まれるだろう。
だが――。
織田信長とは、こういう時にこそ輝く傑物であると、土偶は繰り返し言っていた。
「やってください」
「で、あるか!」
「信長」は侵略体ではなくC・フォレスターに銃口を向けると引き金を引いた。
容赦ない弾丸の嵐が甲板を一直線に薙ぎ払う。慌てて乗組員たちが逃げ惑い、しかしそれに構わず射撃は完遂された。鉄板と鉄骨が吹き飛び、煙が晴れた後には、C・フォレスターの甲板に左右ぶち抜きの溝が作り出されていた。
そして――侵略体はその溝を通り抜けた。
指令の背後の海面で巨大な爆発が起こった。E遺伝子ホルダーたちが戦っていたのよりも二回りは大きいサイズの「地雷型」が引き起こした爆発は強烈だった。あたり一面に閃光と爆風がばらまかれ、窮地を脱した甲板上の乗組員たちが思わず受け身を取る。
「く……ありがとうございます、「信長」」
そう言って指令も「信長」の方に振り向いたが、ちょうどその時ゴツッという嫌な音が響いた。
「ぬおっ」
「あ」
爆発の余波で吹き飛ばされたC・フォレスターの構造材が「信長」の頭を直撃していた。目から赤い輝きを失った彼女が海面に落下する。
「……仕方ありません」
指令は無線を操作して機関室につないだ。
「航行は可能ですか!?」
『はっ! 機関部に影響はありません!』
「分かりました。――全ホルダーに告ぎます。一時戦闘を中断し、C・フォレスターに帰還せよ。一時撤退し、戦略を立て直します」
忙しくなる。状況の整理、ホルダーたちの状態、敵の勢力、そして何より、「フーヴァー」が命を賭して持ち帰った情報も確認しなくては。
指令は土偶に通信をつないだ。
「申し訳ありません。一時撤退します」
『分かった。この状況では正しい判断だろう。まさかトンネルの調査がここまで大きな戦闘に発展するとは……』
「各部署と国連にも連絡を。この戦いは、世界の今後を左右することになるかもしれません」
*
C・フォレスターの一室にて、指令や土偶は国際組織の代表たる面々と向かい合っていた。
ここは仮想会議室だ。彼らは本来、彼らの組織の同様の施設からその姿を立体映像で送ってきているに過ぎない。DOGOOが超国家機関であるがゆえに抱えるしがらみを象徴する場でもある。
世界中の国家から予算、軍備、人員をかき集めて作られたDOGOOに敗北は許されない。この撤退も、どうにか次につなげなくてはならない。
「まずは「工兵型」。節足動物のような姿をしており、トンネルの掘削を担っているものと思われます。次に「地雷型」。同じく節足動物タイプであり、衝撃を与えると爆発します。大小様々なサイズがあり、最大サイズの爆発は――」
ディスプレイの中にC・フォレスターをすり抜けて爆発したときの映像が映り込んだ。もし直撃していれば船ごと海の藻屑になっていたところだった。
「そして何より、「戦艦型」です。頭足類に似た姿で、トンネルの防衛を目的として作られたようです。細く入り組んだトンネルに合わせて進化した体を持っています」
ネクトカリスを彷彿とさせるような、二本の長い触手に細長い胴体。戦闘の記録を見るに、知能も相当高いことがうかがえる。
「二個小隊、七名のホルダーを投入したのにも関わらず、三名が負傷、内二名は重症、C・フォレスターも中波……手痛い損害です」
「C・フォレスターを壊したのはホルダーだと聞いているが。確か、「オダ・ノブナガ」という、負傷したうちの一人だったかと」
国連との連絡役の男性が尋ねてくる。指令はうなずき、報告をつづけた。
「ええ。彼女の働きのおかげで、私たちは助かりました。彼女は軽傷で済みましたので、現在コスタリカの病院に」
「ところで、いいだろうか」
オブザーバーとして参加している生物学者の老人が手を挙げた。彼はDOGOO関連の研究所で「進化侵略体」の研究チームの筆頭を務めている。
「この記録に間違いはないのかね? 本当に侵略体は節足動物型と頭足類型だったのかね?」
「ああ。間違いなく、今回相対した侵略体はこういう姿だった。……私も気になっているんだ。どれも無脊椎動物というのは」
土偶が彼の疑問に賛成した。
「ふむ……。我々の研究から見えてきたのは、奴らの目的はこの星の進化の系図に沿って進化し、この星を乗っ取ること。そのために脊椎動物として進化の歴史をたどってきた。間違いないですな、土偶どの?」
「ああ」
「しかし今回は虫とイカ。進化の本筋から外れている。かといって、トンネル関連の特殊な任務のためとはいえ、一度魚類まで進化した連中が進化の系統樹の根元まで立ち返り、無脊椎動物に進化しなおすなど、生物学上ありえんはず」
「そこで、このデータをご覧ください。「フーヴァー」が手に入れたデータです」
トンネル内部の3Dデータが表示される。「フーヴァー」が気を失う寸前まで整理していたデータをAUボールから抽出したものだ。
そのトンネルのあちこちに作られた小部屋の奥、蜘蛛のような侵略体に映像がクローズアップする。
「この侵略体の腹部に多数の侵略体の細胞の反応があります。しかも、この小部屋の中の別タイプの侵略体はこれを護るように警戒している」
「ということは……これが先ほどの疑問の答え」
「「フーヴァー」はこれを伝えようとしていたのです。進化侵略体は進化していない原始の細胞をストックしており、今回のように特殊な任務に就く侵略体を必要に応じて生み出しているのです。進化の系図に縛られず、自由に」
「だとすれば、あのトンネルは単なる通路ではなく、この原始細胞を保管し、新たな戦力を作るためのもの――あの「戦艦型」が真に守っているのはそれだということか」
「ならば今すぐにでも、全ホルダーを投入して殲滅すべきだ! 敵はどうしている?」
国連との連絡役が吠える。
「現在、「戦艦型」は太平洋側と大西洋側のトンネル入り口に交互に姿を見せるだけで、攻めには出てこない。現在は第一小隊と第二小隊のホルダーを使って監視させているが――」
「ならば好都合だ。他のホルダーも集めて叩くべきだ。原始細胞を潰すことができれば、これ以上新種は生まれない! 今後の相手の戦略を大きく削ぐことなる! そうだろう、教授!」
「理屈の上ではそうなります。しかし、何か問題がありそうですな、土偶どの?」
「ああ。今コスタリカにいる二小隊だけでは「戦艦型」の相手はできない。他のホルダーたちを集めようにも、こっちはこっちで大変なんだ」
土偶の視界が仮想会議室から指令室へと戻る。指令室には人々の焦燥と緊張で満ちていた。
「タヒチ沖に敵影多数! 第三小隊に連絡を!」
「オアフ島に「揚陸艇型」出現!」
「第五小隊出撃完了!」
『こちら「エレナ・ブラヴァツキー」から本部へ。降下まであと90秒よ!』
「第四小隊をサン・ニコラス島沖へ! 急げ!」
「バンクーバーで爆発確認! 「砲艦型」です!」
仮想会議室に指令室の音を届けると、対照的に沈黙が下りた。
「連中はこちらがトンネルの重要性に気づいたのを察したらしい。明らかに戦力を集中させないための戦略だ。無視するわけにもいかない。増援は不可能だ。コスタリカのトンネルへは第一小隊と第二小隊のみで当たる」
「くう……」
「仕方ありませんな」
状況を選んではいられない。仮想会議室の面々の意見が一致したのを見て、指令が総括した。
「では、そのように。各部署も各地の戦闘に配慮しつつ、本作戦を優先して動いてください」
「分かった」
「承知いたしました」
仮想会議室から光が消える。各組織の連絡役が姿を消し、指令と土偶だけが残った。
「……「フーヴァー」が最後に付け加えた言葉については、報告しないでいいのか?」
「それについては、伝えても余計な混乱を招くだけでしょう。本人へは「ナイチンゲール」に伝えてもらうように頼んであります」
「彼女が? 「フーヴァー」たち重症患者のそばを離れるとは珍しい」
「彼女にも少し考えがあるようです。……不思議な方ですからね。他のホルダーたちとは違うというか」
「――ああ。そうだな」
土偶のつぶやきが会議室にむなしく響いた。
*
真緒が目を覚ますと知らない天井が目に飛び込んできた。
「あれ、ここは?」
身を起こすとわずかに頭が痛む。周りの状況を確認した。窓の外には海が見える。室内には車椅子に座った女性以外、余計なものは何一つ置かれていない。
「……ん?」
「目が覚めましたか。ここはコスタリカの病院です」
「――っ、わあ!」
あまりにピクリとも動かず、気配も感じなかったため不自然に思えなかった。しかし声をかけられた途端、感覚とのギャップが驚きを産んだ。
「何を驚いているのです」
「ああ、ごめんなさい。まさか、人がいるなんて思わなくて」
「……まあいいでしょう。お初にお目にかかります。「ナイチンゲール」です」
「どうも、「信長」です。「ナイチンゲール」って、「ジャック」の――」
「私は「ジャック」の母ではありません。血縁上も、戸籍上もです」
「ナイチンゲール」はぴしゃりと言った。
「「ジャック」本人にも何度も言っているのですが……」
「そ、そうですか」
「それよりも、用件を手短に。現在の状況を報告します」
*
トンネル入り口、大西洋側。潜水スーツに身を包んだ「ビリー」は「戦艦型」の触手がトンネルに引っ込むのを見届けた。
「こちら「ビリー・ザ・キッド」から「
『J・リコ了解。浮上して待機してくれ』
「ビリー」が浮上して水分補給していると、J・リコの艦長が愚痴ってきた。
「全く、あいつは何のつもりだ。一時間おきに太平洋側と大西洋側に顔だけ出して引っ込みやがって。どう思うよ、「ビリー」」
「とはいえ、こちらとしても助かる。今の戦力じゃどうしようもないからね。トンネルの防衛だけしかしないように作られたのか、あるいは……」
「ビリー」は会話もそこそこに立ち上がると、銃を手にどこかへ行こうとする。
「また訓練か? ほどほどにしとけよ?」
「分かってるよ、艦長さん。じゃ、また規定の時刻に」
あの時、「地雷型」を撃ち落とせていれば。敵にしてやられた悔しさが背筋を冷たくする。
次はもっと速く。次はもっと正確に。さながら、自分が名を背負う少年悪漢王のように――。
「もう外さない」
その底冷えする呟きを聞いたものはいなかった。
*
「ナイチンゲール」はよどみなく説明を終えると口を閉じた。
「ど、どうしたら」
「それを私は貴女に聞きに来たのです」
「え? どうして私に?」
「「フーヴァー」が気絶する前、最後に打ち込んだメッセージがAUボールに残っていました」
「それって――」
気絶する寸前、彼女はトンネル内部の情報を他人にも理解できるよう整理し、自分がいない事態に備えていた。その状況で自分に宛てたメッセージがあったというのだろうか?
「『トンネル攻略作戦は、「信長」に判断を求めろ』と」
「そ、そんな……」
「確かに今回、C・フォレスターを守った手腕は見事でした。他のホルダーにはない戦略眼と言えるものがあなたにはあるのかもしれません。六天真緒、「織田信長」。このたびの作戦、あなたが指揮を執ってください」
今後の戦局を左右する決断が、自分の背中にのしかかるのを真緒は感じた。