ノッブナガン   作:喜来ミント

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十六ノ銃 トンネル

 相手どるのは、自分を含め七名のホルダーを手玉に取った「戦艦型」。加えてトンネル内部には無数の虫型の進化侵略体。

 増援は無し。他の小隊は各地に出現した侵略体の対処に追われている。

 敵が守っているのは進化する前の原始細胞であり、残しておけば今回のような難敵を再び生み出しかねない。

 今後の戦局を大きさ左右する作戦――その指揮を、自分が執れという。

 現状をきちんと把握し、「ナイチンゲール」の要請を理解した真緒の口から出たのは、我ながら情けない一言だった。

 

「ちょっと、その、無理です」

「――もしかしたら、と思ったのですが」

 

 「ナイチンゲール」は目を伏せた。

 

「期待に応えられなくて、その、ごめんなさい」

「いえ。貴女を責めているわけではありません。つい先月まで戦術や戦略と無縁の生活をしていたのは知っています。そんな貴女に判断を求めろと「フーヴァー」がメッセージを残した。だからこそ、何か意味があると思ったのですが――」

 

 「ナイチンゲール」の乗る車椅子が、何の操作もなく動いて真緒に近づいた。おそらくこれが彼女のAUウェポンなのだろう。「ナイチンゲール」の異名にちなんでか背後にはランプが備え付けられており、そこから伸びた翼のような造詣が乗り手を包み込むように曲線を描いていた。あちこちに組み込まれた歯車がかすかな音を立ててかみ合い、これまた何の操作もなく真緒の眼前でブレーキをかけた。

 

「とはいえ、これで「フーヴァー」への義理は果たしたものと判断します。作戦はDOGOOの参謀陣で組み立てることとなるでしょう。彼らも普段から「フーヴァー」の下で日々戦略を練っている面々です。……彼らを信じましょう」

「ごめんなさい、「ナイチンゲール」」

「いえ。念のため、ホルダーたちの能力や現在の戦況などの情報を閲覧できるタブレットをお渡ししておきます。もし何か思いついたなら、ご一報を」

「はい」

「では、私はこれで――」

 

 ガラッ!

 

「「信長」! 起きた!?」

「こら、「ジャック」! 病院で走ってはいけません! それにノックも――」

「あ、おかあさんもいる!」

「聞いていますか!?」

「もう。うるさいなあ」

 

 「ナイチンゲール」が部屋を後にしようとしたまさにその時、勢いよくドアが開き、二人の少女が喧騒とともに部屋に飛び込んできた。

 

「あ、「ジャック」に――その、「ジャンヌ」も。どうしてここに?」

「お見舞いだよ、「信長」。フルーツも買ってきたよ」

「あ、「ナイチンゲール」。ごめんなさい、お話し中でしたか?」

「あ、おかあさんも食べ――」

「「ジャック・ザ・リッパー」!!」

 

 「ジャック」を正式名称で呼ぶ声が病室を揺らし、あっけにとられた面々の間に沈黙が下りた。唯一、声の主の「ナイチンゲール」だけが「ジャック」をにらみながら言葉を続ける。

 

「何度言えばわかるのですか? 私はあなたの母ではありません。私を母と呼ぶのはおやめなさい。あなたの母は――」

「イヤ! だって、何度考えても、「ナイチンゲール」がおかあさんだもの! ずっと小さい時から、ずっと一緒だったじゃない!」

「私はただの世話役です。あなたの母はもういないのです!」

「イヤ! そんなのおかしいよ! 「ナイチンゲール」以外に、私におかあさんはいないもの!」

「――っ! あなた、は!」

 

 「ナイチンゲール」は車椅子のひじ掛けを握りつぶさんばかりに握りしめながら、わなわなと震えていた。

 

「もう、いいです。――「信長」。くれぐれもお大事に」

「え、あ、はい」

「「ジャンヌ」。普段から「ジャック」の面倒を見ていただいてありがとうございます。本当に助かっています」

「……はい」

「それから「ジャック」。繰り返し言いますが、私を母と呼ぶのはおやめなさい。いいですね」

「……はぁい」

「では、私はこれで失礼します」

 

 明らかに納得がいっていない様子の「ジャック」を横目に「ナイチンゲール」は病室を後にした。気まずい沈黙が落ちる。真緒は必死で言葉を紡いだ。

 

「……えっと、その「ジャンヌ」」

「あ、はい」

「そのー、色々と、複雑、なのかな」

「私も詳しくは知らないのですが――物心ついたころからずっと一緒だったと」

「そう……」

 

 「ナイチンゲール」への不満が一段落したのか、「ジャック」は器用な手さばきでフルーツの皮をむき始めていた。彼女の育った環境は想像もつかない。もっと仲良くなれば彼女自身が話してくれるだろうか。それに、そもそも――。

 

「あの、「ジャック」?」

「なあに? もうちょっとで剥けるから待っててね」

「結局聞きそびれてたけど、本当の名前はなんていうの?」

「ん――。エヴァ。でも「ジャック」って呼ばれる方が多いし、それでいいよ」

「そう。……お見舞い、来てくれてありがとう」

「ううん。私、ついでだもの」

「ついで?」

 

 その言葉に応じるように「ジャンヌ」が真緒の前に歩み出た。

 

「その――ごめんなさい。昨日会ったとき、冷たくしてしまったことを謝りたくて。すみませんでした」

 

 そう言って「ジャンヌ」は頭を下げながら帽子を差し出した。戦闘中に落としてしまった、木瓜紋で飾られた帽子だ。

 

「え? あ、ああ! そんな、謝らなくても! 顔あげて! それに、ぼ、帽子! ありがとう! 拾ってくれて――」

「……ふふっ」

 

 自分の慌てぶりがおかしかったらしい。謝っている手前だろうか、満面とは言えなかったが、それでも顔を上げた「ジャンヌ」の顔には笑みが浮かんでいた。

 

「あなた自身はこんな風にきちんと気を使える人なのに――すみません。台湾の時の印象が強すぎて」

「あー。こっちこそ、ごめん。ああなってるときは自分が自分じゃないみたいで――ニュースの映像とか見てもね、これが私? って感じで、あはは」

 

 それでも自分の口で言ったことだ。きちんと謝っておこう。真緒は姿勢を正して「ジャンヌ」に向き直った。

 

「「ジャンヌ」――レティシアは、ジャンヌ・ダルクを尊敬してるんだよね。だから、その旗を軽々しく扱われたら怒るよね。本当にごめんなさい」

「分かってくれていたんですね。だったらもう十分です。どんどん私の旗を頼ってください。きっと、E遺伝子(ジャンヌ)もそれを喜びます」

「分かった。こちらこそ、帽子はもう落とさないようにしなきゃ。どうにか固定できないかな」

「はい、できたよ。ライチとスイカ、あとパイン」

「ありがとう。いただきます」

 

 「ジャック」が剥いてくれたフルーツを食べながら、しばし会話に花を咲かせる。

 

「そういえば、「アヴィケブロン」は?」

「ああ、彼はトンネルの見張りです。流石に太平洋側も大西洋側も第一小隊に任せっきりにできませんから。おかげで論文を書く時間が取れないとぼやいていました」

「論文?」

「ええ。彼はホルダーでもありますが、DOGOOのロボット工学の研究チームにも所属しているんです。おかげで研究が忙しい時は「ジャック」への授業も忘れてしまいますし、任務にも遅れてくるし、食事や睡眠もおろそかにするし――」

「え? じゃあもしかして、昨日会うなりどこかに行っちゃったのって、それ?」

「はい。……便乗してその場を去った私が言うことではありませんが、そういう人なんです、彼は」

「ああ、じゃあ、嫌われてたわけじゃないんだ。少し安心したかも」

 

 今更ではあるが、こうしてチームの面々と話す時間を取れてよかった。台湾でなし崩し的に知り合ったせいで、小さなすれ違いが生まれ、今こうして正さなければもっと大きくなっていたかもしれない。いや、そもそも「戦艦型」と戦う前にこうした時間を設けてさえいれば、きちんとしたチームワークで対処できたはずだ。

 

「やはり、戦いは始まる前から、じゃのう。秀吉(サル)くらいしか理解しとらんかったが――」

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 思わずつぶやいた一言に「ジャック」がいきなり反応した。

 

「え? それって?」

「前にもそういうこと言ってたよ。マオのE遺伝子って日本の昔のサムライなんでしょ。色々な戦略を思いつけるのはそのおかげだって、おかあさんが言ってる。だからきっと今回も何か思いつけるはず」

「お母さんって、「ナイチンゲール」のこと?」

「ううん。それはこっちのおかあさん」

 

 そう言って「ジャック」は自分の背後を指さした。が、誰もいない。

 

「……これって、もしかして」

「はい。――そっとしておきましょう」

「いや、そうじゃなくて」

 

 この手の話が苦手なのか、耳打ちをしてきた「ジャンヌ」は置いておいて、真緒には一つ心当たりがあった。

 藤丸さんだ。

 彼女は自分の背後に「何か」が見えると言っていた。もしかしたら、それはE遺伝子ホルダーの証なのではないか? 戦っている最中に感じるE遺伝子からの後押しは、その「何か」を通しているのではないか?

 だとしたら、彼女の背後にいる「おかあさん」とは。

 

「世界屈指の未解決事件、その犯人――」

「私も少しおかしいと思っていたんです。「ジャック・ザ・リッパー」は正体不明の殺人鬼。なのにどうしてそれがE遺伝子となっているのか。あの土偶はその正体を知っているのではないかと。エヴァ本人にも聞いてみたのですが――」

「私もわからないや。おかあさんはおかあさんだし」

「だ、そうです」

「……ふむ」

 

 真緒は帽子を深々と被ると、一度目を閉じて神経を集中した。

 

「……殺人鬼の推薦とは、どうにも酔狂だがのう。……やるしかあるまい。「フーヴァー」がわしを名指ししたのも、きっと何か意味があってのことじゃろう」

「それって、もしかして」

「うむ」

 

 一度は無理だと言ったが、今は少しだけ自信がわいてきた。共に戦う仲間と語り合い、すれ違いを解消し、自身に宿るE遺伝子のひらめきを頼られて――。

 何より、この作戦は今後の戦況を左右する。

 自分たちが戦う背後にいる、多くの人々の未来を。

 自分の背後にいる「何か」の話で思い出した。そうだ。藤丸さんがいる。家族がいる。自分を後押ししてくれる人が、遠く離れた地にもいる。

 見開かれた真緒の眼に、今までよりも強く赤い光が灯った。

 

「是非も無し。わしに任せておくがよい」

 

 大きく息を吸い込み、足を踏み鳴らした。そのまま二度、三度と病室の床を軋ませ、髪を振り乱し、飛び上がる。

 ハリケーンに飛び込んだ時と同じだ。声が聞こえる。光景が見える。血が騒ぐ。

 

『おのれ、浅井の裏切りか!』

『このままでは挟み撃ちにされます!』

『信長様! ここはそれがしにお任せを! 殿(しんがり)を務めますゆえ、そのすきに撤退を――』

 

「ああ、なるほど。これはあれよ。金ヶ崎(かねがさき)よ。今度はこちらが挟む側だが――のう!」

 

 二人の少女が茫然とする中、「信長」は踊り狂った。

 

  *

 

「頼もう!」

 

 指令室の扉を音高く開くと、いくつもの血走った目がこちらを出迎えた。思わずひるみそうになるが、今の自分は「信長」だ。臆さずに部屋に踏み入る。

 おそらく夜通しで作戦を考えているのだろう。参謀たちの眼の下に刻まれたクマは深く、濃い。

 彼らの苛立ちを象徴するかのような吸い殻の山の向こうから、指令が歩み出てきた。

 

「「信長」ですか。もしや、何か思いついたのですか?」

「うむ。一丁踊って頭をスッキリさせたら、のう」

 

 くつくつと笑いながら言う。脳裏に浮かんだのはE遺伝子のもたらす記憶だろう。鬨の声が響き、刻一刻と戦況が変わっていく様子だ。口からすらすらと出てくる言葉は、半ば演技なのかすら怪しい。

 

「さっきのはそういうことなんですか? いきなり病室で踊りだしたから何かと思いましたよ……」

「すまんのう」

 

 ここまでついてきてくれている「ジャンヌ」が呆れた表情で言う。

 さて、と気を取り直し、こちらに背を向けたままの車椅子に声をかける。

 

「「ナイチンゲール」よ。一度はああ言ったが、思いついたことがあってのう。よいか」

「構いませんが――よく考えて発言をお願いします」

 

 ひとりでに車輪が動き、「ナイチンゲール」がこちらを向いた。こんな状況でも彼女の顔には疲れ一つ見えない。疲労が色濃く見える参謀たちやオペレーターたちの中にあって、鳥の翼に包まれたような意匠の車椅子に納まった彼女の様子は神秘的にも映った。

 

「こちらも、もう一度言います。今回のトンネル攻略作戦は今後の戦況を大きく左右します。――直接的な言い方をすれば、これから先の人類の犠牲をどれだけ減らせるかということです。思い付きの一言が作戦を誤った方向に進めてしまう恐れもある。人の命がかかっているのです。それを分かっていますか」

「……うむ。いや」

 

 真緒は一度帽子を脱いで胸に抱き、脳裏に友人と家族の姿を思い浮かべた。

 

「はい。だからこそ、ここに来ました」

「……聞きましょう」

 

 「信長」は参謀たちが議論の的にしているトンネルの概要図を指さした。多数の虫型の侵略体がいるトンネルの入り口に、イカのような姿の「戦艦型」が張り付いている形が立体映像で示されている。

 

「今、こうして頭をひねっておるのは、いかにして「戦艦型」を突破して籠城を破り、原始細胞を守る連中を討つか、ということじゃな。しかし、わしの考えは違う。わしならこうしない」

「どういうことですか?」

「「戦艦型」はこちらを叩くに十分な戦力ということじゃ。なにも籠城せんでも討って出ればよい。それをせず、入り口に顔をのぞかせておるのは妙だと思わんか?」

「はい。まるで、挑発しているようで――」

「左様。おかげでわしらはトンネルの入り口から眼を離せないでおる」

 

 その言葉に何人かが気づいたのか、にわかにあたりがざわつく。

 

「すでに敵は見えぬところで動いておる。「戦艦型」が殿(しんがり)を務めておる間にも、敵の本体はトンネルを新たに掘って逃げようとしておるのではないか? それがわしの考えじゃ」

「馬鹿な!」

「いや、ありうる!」

「だとしたらどこに!? 早急に手を――」

「騒ぐでない!」

 

 だん、と足を踏み鳴らす。

 

「「ナイチンゲール」よ。連中がどこに逃げようとしているか分かるか?」

「お待ちください。オペレーターの皆さん、トンネル周辺の地質データと掘削役の「工兵型」のデータ、それから――」

 

 「ナイチンゲール」が要求したデータが次々に彼女の車椅子に取り込まれていく。歯車が回り、かみ合う音がキリキリと指令室に響く。

 

「本当に、「フーヴァー」の不在が痛いですね。私の車椅子は与えられた計算を統計処理することはできますが、データの管理とプロファイルに関しては、やはり彼女は欠かせません」

「全くじゃ。して、連中の目論見は?」

「はい」

 

 歯車が音高くかみ合い、一つの答えを導き出した。

 

「東側のパナマ運河周辺は、侵略体が大西洋に進出する際に利用されることを危惧して警戒を強めている地域です。奴らもそれは承知のはず。となれば逆の西側、侵略の起点となる場所――ニカラグア湖ですね」

 

 ニカラグア共和国に存在する、世界で十番目に大きな淡水湖。どのくらい大きいのかと聞くと、即座に琵琶湖の約十二倍の大きさだと返された。

 

「その大きさじゃと、あっという間に広がって発見するのは難しそうじゃの」

「ええ。ますます早急に「戦艦型」を攻略しなくては――」

「いや。その必要は無い」

 

 今の議論を反映し、立体映像には海底トンネルからニカラグア湖へと続く脇道が追加されていた。「信長」は大股で立体映像に踏み込むと、脇道を進む侵略体たちを先回りして踏みつけた。

 

「「戦艦型」を無理に相手どる必要は無い。そもそも、素直に海水の満ちたトンネルを追いかけねばならぬ義理もない。先回りして迎え撃つ」

「そんなことが可能なのですか? 侵略体はおそらく地下70メートル前後を掘り進んでいる最中なのですよ?」

「可能だとも。そのためには使えるものはなんでも使わねばな」

 

 「ナイチンゲール」から渡された、E遺伝子ホルダーたちの情報が詰まったタブレットを見せびらかしながら言う。

 

「いくつか足りぬピースがある。それを補うところから始めようぞ」

 

  *

 

 「信長」は「ジェロニモ」と「アヴィケブロン」の同伴のもと、A・ローガンへと戻ってきていた。

 

「本当に「彼」の手を借りるのか?」

「うむ。何せ機動力が足りぬ。「ナイチンゲール」の車椅子は使えんしのう」

 

 念のため聞いてみたが、そんな馬力はないと一蹴されてしまった。

 そこで目を付けたのが「彼」だ。E遺伝子ホルダーたちの能力を把握するべく、リストをたどっている時、小隊に未所属のホルダーが一名いることに気が付いたのだ。「エレナ」や「パラケルスス」ら第六小隊よりも下に並ぶその名前には聞き覚えがなかったが、今は名前の有名さより、何ができるかという方が重要だった。

 

「一応言っておくが、彼の助けを借りるのはとても難しい。このような事態になっても、なお放置されているのはそういうことだ」

「分かっておるよ、「ジェロニモ」。しかし贅沢は言えぬ。いざとなれば頼むぞ、「アヴィケブロン」よ」

「やれやれ。やはり君は人使いが荒いようだ」

 

 すでにAUウェポンを展開した「アヴィケブロン」がぼやくが、今は時間が惜しい。速足で通路を進み、昨日は立ち入りを禁じられた区画へと足を踏み入れた。

 目的のドアの前で立ち止まり、帽子を一度かぶりなおして気合を入れた。

 

「頼もう」

 

 ドアを開けた向こうは暗闇だった。闇の中から、金色に輝く瞳が静かにこちらを見つめていた。

 

 

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