ナイフが敵を切り裂く。
トマホークが敵を断ち割る。
リボルバーが敵を撃ち抜く。
爪と牙が敵を引きちぎる。
三人と一匹のAUウェポンによりもたらされる暴力が、侵略体の群れを屠り続けていた。しかしはたから見ればどちらが襲われている側かは一目瞭然だろう。数千にも及ぶウミサソリにも似た進化侵略体の群れは、屍で地面が埋め尽くされてもなお、減った様子が見えない。
「キリがない!」
「やるしかない。全員、大丈夫か!」
「231、232、233――」
「■■■■!」
「みなさん! 援護が必要なら遠慮なく言ってください!」
五人のE遺伝子ホルダーたちの戦いが続いていた。全員が「ジャック」と同じだけ倒しているとすると、すでに合計で千体近くの敵が倒れているのだろう。しかし、いまだに減ったようには見えない。絶えず蠢き、押し寄せ、物量でもってこちらを押しつぶそうとする。
もちろん脱出しようと周囲の壁をひっかくのも忘れない。微々たるものとはいえ、この劇場型の檻に及ぶダメージは「シェイクスピア」にフィードバックされているはずだ。
誰もが先の見えない戦いに、少しずつ士気を落としていた。
そこで真っ先に動いたのは「ジェロニモ」だった。
「仕方ない。あれを使う」
「いいのかい、「ジェロニモ」? 嫌がってたじゃないか!」
「私情を挟むな、と「フーヴァー」も言っていたからな。「ロボ」、頼む!」
「■■■■――!」
「ロボ」が「ジェロニモ」に応じ、背を見せる。背に「ジェロニモ」が乗ったのを確認すると、一際侵略体が群れているほうへと走り出した。
「……我が身に宿る祖の魂よ。今ひととき、血塗れの記憶を貸し与えたまえ。モードチェンジ。
彼の腕のAUウェポンが展開する。トマホークの柄の先端に刻まれた、彼の祖の顔を模したパーツが変化し、煙をふかすパイプをくわえた。
煙が濃くなるたび、AUウェポンたるトマホークに、首筋に、顔に、全身にビキビキと血管が浮かぶ。目が血走る。食いしばる歯から音が鳴る。
その変化が頂点に及んだとき、トマホークが変形し、歪な刃物に彩られたトーテムポールへと変貌した。
「「ロボ」ォォォォォォォォォ!! ぶっ飛ばせェェェェェェ!!」
「■■■■■■■■■■■■――!!」
咆哮とともに「ロボ」が身をよじり、「ジェロニモ」を敵の真っただ中へと投げこむ。宙に飛んだ「ジェロニモ」のAUウェポンたるトーテムが四段に分かれ、それぞれがその四肢へと接続された。全身が凶器と化した狂戦士の姿が顕現する。
そんな彼を返り討ちにしようと、着地点を埋め尽くす侵略体たちがハサミをガチガチと鳴らす。しかし。
「ウオォォォォォォッ!!」
肉片と血しぶきの旋風が巻き起こった。「ジェロニモ」が進むたび、腕を振るたび、蹴るたび、四肢に装着された刃物によって侵略体が細切れになる。
「おっかないねえ、血塗れ戦士は」
「「ビリー」さん、あれは――」
「ああ、「ジャンヌ」。簡単に言えばバーサーカー化してるのさ。しばらくは近づかない方が身のためだよ――っと!」
そんな会話の合間にも「ビリー」の手は止まらない。すでに彼も何百発もの銃弾を放っており、引き金を引く指が赤くなっていた。
「そんな――あんな戦い方、そう長くは」
「ああ、持たないだろうね。「ジャック」や「ロボ」にしたってそう。いつまでもナイフや爪の切れ味は保てない。僕に至ってはこの通りだ。ガードを頼むよ」
「ビリー」は赤熱したリボルバーの銃口を「ジャンヌ」に示した。「ビリー」が予備のリボルバーを取り出そうとするが、その動きはどこかぎこちない。「ジャンヌ」が張った防壁の中で、一瞬だけ息をつける時間ができ、「ビリー」はスキットルから飲み物をあおった。
「「ビリー」さん、大丈夫ですか!?」
「夢中になって撃ちすぎたみたいだ。ちょっと休憩――してらんないか」
「ダメです! 生身で引き金を引く分、他の人より消耗が――」
「仕方ないさ。「信長」が「戦艦型」を引き受けてくれているんだから、ここにいる皆でどうにかしないとね。さあ、バリアーを解いて」
「……バリアーって言い方、嫌なの知ってるでしょう?」
「それだけ言えれば十分さ」
「ビリー」が「ジャンヌ」の肩を叩き、再び敵へと駆けだす。
こんな状況で、自分は一人、壁を作るだけだ。
「いざと、なったら――」
握りしめた旗は、体温がにじんで生暖かった。
*
全身がみしみしと締め上げられる。新たな敵は、その姿を水面下に隠したまま触手を伸ばし、こちらをがんじがらめに拘束している。
本数も多い。タコというよりイカのような細いそれらが、やはり既存の生物では考えられない知恵を感じさせる動きで、こちらの動きと攻撃を封じていた。大の字に空中で固定され、両手の銃は使えないし、仮面の三ノ銃もぐるぐる巻きにされた状態だ。だが――この足の角度なら。
『「信長」! 今助ける手立てを――』
「いや、こちらでどうにかする!」
「信長」はAUウェポンを解除した。
『何を――』
AUボールをそのまま落とす。左足の膝で一度受け止めてから、右足の爪先へ。
そして、そこで再びAUウェポンを発動した。足先が向く方向――水面下の敵の顔面へと向けて永楽通宝の銃口が形成される。
「イカの弱点は――目と目の間じゃ!」
そのまま容赦なく銃撃を叩き込んだ。派手に水音とともに連射が水面下の敵の顔面へと叩き込まれる。しかし、それとともに、「信長」には聞き覚えのある嫌な音も聞こえてきた。
「これは――マズいのう」
その言葉に答えるように、その姿がゆっくりと海面から現れる。
アンモナイト、あるいはオウムガイのようなシルエットだが、見慣れたその姿と違うのは、その渦を巻いた貝殻が、渦を見せつけるように正面を向いていることだ。ひまわりの花を思わせる螺旋のふちからこちらを見上げる顔にも、その貝殻から伸びる装甲は及んでおり、こちらの銃撃は先ほどから虚しい硬音を立てて弾かれていた。
まるでこちらの攻撃に対処してきたかのような――いや、実際そうなのだろう。
銃撃を寄せ付けない固い装甲。一人を追い詰めるための、長さより多さと細かさを優先した触手。何より弱点の眉間をカバーする構造。
あの固さが何よりもマズい。ハリケーンの時もそうだった。あの時は、「沖田」が妙な技で装甲をぶち抜いてくれたが――。
「いや」
今は自分一人だ。一人でやらねばならない。
「信長」は射撃を打ち込みながらC・フォレスターに通信を飛ばした。
「何か情報を! そっちから観測できる分で!」
『どうやら、以前「沖田総司」との共同作戦で倒した「装甲艦型」と同様、装甲に隙間なく覆われているようです。無理な射撃で消耗するのは控えてください!』
「しかし「ナイチンゲール」! 何もせずにいるのは――」
『先ほど倒した「戦艦型」の死骸の中が空洞になっているのが見えます。おそらく、その新しい侵略体はそこで生まれたようです。逐次「伝令型」で体内の卵に戦況を送り、進化圧をかけ、世代交代を繰り返し――「織田信長」に勝つという目的のもと選抜された優秀個体がそれです!』
今更のように、小さなアンモナイトの死骸がぷかぷかと水面に浮いてくるのが見えた。あるものは触手が無く、あるものは貝殻が肥大しすぎており、あるものは目玉が大きすぎ――。進化と淘汰の縮図がそこにあった。
「だからと言って、諦めるわけには――おわっ」
『どうしました!?』
「今、変な跳ね返り方をした銃弾が当たりかけて――」
はっとした。
「「ナイチンゲール」! 頼む!」
『はい!』
通信機の向こうで、車椅子の歯車が音高くかみ合う音が響く。
『戦車隊! データを送ります!』
『了解! 諸元入力! 撃てぇ!』
遠くからエイブラムスの放つM829APFSDSが飛来した。勿論進化侵略体に通じはしないが、貝殻の螺旋の一点に砲撃が命中する。
『即席の演算ですが――そこです!』
「よ、し!」
細かい狙いをつけている暇はない。今も締め付ける力は段々と強くなっている。砲弾が命中したあたりに連射を叩き込むと、跳弾がこちらに降り注ぎ背筋を冷やした。
だが、ついに一発が三ノ銃を縛り付ける触手を食い破った。
「三ノ銃!」
浮遊する仮面が音を立てて口を開き、その奥の銃口から火を噴いた。ぶちぶちと体を縛る触手が切れ、AUウェポンとなった右足はそのままに、尻餅をつくように海面に落ちる。
更に左手に二ノ銃を抜き、右足を眉間に向け、全ての銃撃を叩き込む。
「三段撃ち!」
やはり装甲が銃弾を音高く弾き、耳障りな音が海原に連続して響く。しかし、とうとう一発の銃弾が右の目玉に直撃し、一瞬侵略体がひるんだ。
「「装甲艦型」同様、目玉や可動部に隙間があるようじゃな! どうにか攻略して――」
しかし、その言葉は最後まで続かなかった。侵略体がおもむろに身を持ち上げると、貝殻の螺旋を海面のこちらに向ける。その螺旋に、いくつもの目が輝いていた。
「何じゃ? あれは――「地雷型」か?」
「地雷型」が螺旋を描く軌跡に沿って敷き詰められている――その中心に爆破が起こった。渦巻き状に誘爆し、爆炎でヒマワリが描かれる。そして、その爆炎の連鎖は、正面――「織田信長」へと続く噴流を生み出した。
「な――」
避ける暇すらない。あたりを埋め尽くすような閃光とともに、爆炎の噴流が「信長」を襲った。
*
「今のは!?」
「モンロー効果による爆発力の集中攻撃――です。信じられませんが……」
C・フォレスターの指令室は騒然としていた。今の攻撃で通信が乱れ、「信長」と連絡が取れない。水しぶきと爆炎の名残の煙でカメラによる観測も無理だった。
「AUボールのシグナルは!?」
「25番ボール――ロスト! 検知可能範囲内にありません!」
「そんな――カメラの観測を急いで!」
「視界が復旧するまであと十数秒かかる見込みです!」
そんな中、土偶がつぶやいた。
『彼女ならば――「織田信長」ならば、あるいは、と思ったのだが』
「またあなたはそんなことを。あなたが見出した戦士でしょう!?」
『いや――すまない。そうだったな。実際、彼女は「戦艦型」を撃破して見せた。信じよう』
土偶と指令のそんな会話にかぶせるように、オペレータの声が響いた。
「カメラ、回復しました!」
「「信長」は!?」
「そ、それが――「織田信長」、新型侵略体、ともに、姿がありません!」
「何ですって――」
『トンネルはどうなっている。新型はトンネルに向かっているのか』
「い、いえ。侵略体は消息不明です」
その報告を聞き、土偶は安心したように息を吐いた。彼が収められたカプセルに気泡が浮かぶ。
『「信長」は無事だ。でなければ、あの侵略体はトンネルからウパラに向かっているはずだ。あの攻撃で吹き飛ばされたのか――とにかく無事だ。侵略体は彼女を追っているのだろう』
「空中要塞とヘリを使って捜索します! 至急手配を!」
指令がてきぱきと指示を飛ばす中、指令室に駆け込むスタッフの姿があった。
「失礼します! 通信が作戦に全て回されていたので直接報告に伺いました!」
「どうしたんですか?」
スタッフが手短に報告すると、あたりの空気がいくらか和らいだ。指令も表情が明るくなる。
ウパラの状況も封鎖されて分からず、「信長」も消息が一時不明。そんな中でも、光明が見えた気がした。
「本当ですか!? よかった――至急手配を! 「ナイチンゲール」! ……おや?」
『そういえば、先ほどから姿が見えないな』
しかし、その報告を受け取るべき車椅子の女傑はその場にいなかった。
「どこに――いえ。今は時間が惜しいです。「信長」の捜索を!」
『まさか――その時が来たのか?』
「え? どういう意味ですか?」
『いや、何でもない。指令、今は「信長」に集中しよう』
指令室の床にひらりと落ちた
*
切れ味の鈍ったナイフが空を切った。
一瞬、とうとう「ジャック」が限界を迎えたかと思ったが、違った。勿論彼女に疲れが見えているのは事実だが、それ以上に敵が素早くなっていた。
とっさにガードに割り込み、敵を観察する。
「あれは――足が」
「すばしっこくなってる。解体しづらいな、もう」
その「工兵型」は、今までとは違ったフォルムをしていた。ハサミは掘削より戦闘に適した分厚いものへ。足は長く、更にがっしりと地面を掴めるように足先が平たくなっていた。細かく見ればきりはないが、とにかく地上に適応した種が生まれていた。
進化侵略体の本領は、適応し進化すること。だとしても、戦いの最中でここまで戦況に適応した個体が生まれてくるとは。「ジャンヌ」は冷や汗をかいた。
「……っは、は。マズいな。ここに来て、地上に適応し始めるとは」
「あれ、「ジェロニモ」。もう血塗れ戦士は終わり?」
「全く、口が減らないな、「ビリー」。拳骨が欲しいか?」
「そっちこそ。今、いくつ?」
「973だ」
「971だよ。ペース落ちてるよ、「ジェロニモ」さん」
「僕は911……「ロボ」は?」
「■■」
「うん、まあ、同じくらいかな――」
「ビリー」が虚ろな目で前を見る。いまだ、敵の数は減ったように見えない。死骸が少なく見えるのは、生きている侵略体が食べているからだろう。こちらも携帯食料と飲み物は十分持ち込んでいるが、根本的な疲労が面々の顔に刻まれていた。
とうとうその時が来てしまった。「ジャンヌ」は旗を一際強く握りしめると、一同の前に出た。
「もう、限界ですね」
「何言ってるの? まだまだだよ」
「一時立てこもるか? しかし――」
「君が倒れたら元も子もないってば」
「■■■■!!」
呆れたような面々の中で、唯一「ロボ」だけが音高く吠えた。流石野生の勘とでもいうべきか。
そんな狼の様子を見て、「ジェロニモ」が冷たく問うた。
「何をする気だ? まさか」
「ええ。みなさん。下がっていてください。……どうなるか、分かりませんので」
旗を地面に突き立てる。そして、その旗を背負うように前に立ち、手を組んで祈りをささげた。
怖い。
故郷の両親や兄弟が目に浮かぶ。
「信長」も同じ気持ちだったのだろうか。
十分に対策を立てる時間はなかった。「戦艦型」にたった一人で挑まなければならないと判断を下し、己の身をその状況に置いた時、同じ恐怖を感じただろうか。それとも、故郷に残した人々の存在が背を押してくれたのだろうか。是非も無しと笑う帽子の下で、本来臆病な少女は何を思ったのだろうか。
怖い。
けれど、今は。
「諸天は主の栄光に。大空わっ!?」
意を決し、祝詞を読み上げようとしたとき。「ジャック」に横合いから突き飛ばされた。
「何をするのです!」
「大丈夫」
「な、何がですか?」
大丈夫、という「ジャック」は遠くを見ている。遠く、遠く、劇場の檻の向こうを。
何か――何かが変だ。周りの皆は押し寄せる侵略体の対処に追われ、自分と「ジャック」だけが切り取られた時間の中にいるようだ。
「競争は一番になれなかったなあ。でも、行かなきゃ」
「何を言っているのですか? 行くって、どこに。それにここはどうするのですか!」
「ここじゃないところへ行くってことは、ここはもう大丈夫だよ。
「「ジャック」!」
言うが早いか「ジャック」は駆けだしていた。あっという間に壁をよじ登り、劇場の天井にほど近いバルコニーへと昇る。そこには不思議と侵略体が群れていなかった。
そして、壁をそっと押す。すると、今まで堅牢であり続けた劇場に扉が生まれた。一体何がどうなっているのか、「ジャンヌ」には理解できない。ただ、彼女の髪色を思わせる薄灰色の鳥の羽がどこからか舞い込み、ひらりと地に落ちる中、扉がゆっくりと開いていく。
外から差し込む光が、小さな「ジャック」の影を浮き彫りにする。その背後に何者かの影が浮かぶ。髑髏の面をした殺人鬼――ジャック・ザ・リッパー。それがそっと面を外し、素顔で微笑んだ。
「あなた、は――」
「ジャンヌ」が茫然とする中、開かずの劇場の扉が開かれた。