せっかくのチャンスをふいにしてしまった。
日本の画家、おそらく葛飾北斎と思われるE遺伝子を持ったホルダーの勧誘に失敗してしまったのだ。
AUボールにも見覚えがないと言われてしまった。自覚していないのか、あるいは自覚していての嘘なのか、それは分からないが、とにかく協力は得られなかった。
「ああー……やっちゃったなー。せっかくみつけたのになー」
「リ、リツカ。そう落ち込まずに。三顧の礼というではありませんか。まだ一度目ですよ」
「イギリス人なのに詳しいね、アルトリア……」
ベンチに並んで座り、アルトリアは励ますように立香の肩を叩いてきた。凛々しく整った彼女の顔は見ているだけで眼福だが、それとこれとは話が別だ。
「落ち込むことはありません。まだチャンスはあります。彼女の恰好からすると、この近辺に住んでいるかもしれません。またここで待っていれば会えるのではないでしょうか」
「そうかなー」
いい加減落ち着いてきたので、アルトリアに借りたパンフレットをめくってみる。
すると出てくるわ出てくるわ、葛飾北斎のとんでもないエピソードが。
いわく、部屋が汚れるたびに引っ越しを繰り返し、人生で93回に及んだとか。
いわく、客が来ても自分や娘ではなく、隣の家の子供にお茶を入れさせたとか。
いわく、稼ぎをほぼ全て画材や絵の資料に使ってしまって常に貧乏だったとか。
仮に彼女が葛飾北斎のE遺伝子ホルダーだとしたら、まともに世界のために戦ってくれるとは思えない。
「協力してくれなさそう……」
「そ、そんな……何とかなります! もしも私がE遺伝子ホルダーだったら、一も二もなく世界のために戦いたいくらいです!」
「頼もしいね」
そんな彼女の背後に「影」は見えない。もし本当にそうなら、彼女はどんな英雄の血を受け継いでいただろうか?
「イギリス人っていうと――シェイクスピアとか、ダーウィンとか」
「ええ。それからニュートン、ナイチンゲール、そして忘れてはならないのはアーサー王ですね」
「アーサー王って架空の人じゃないの?」
「ええ。残念ながら。……実は、我が家はアーサー王の末裔であるとの言い伝えがあるのですが、リツカの目にはそう映っていないようですね」
少し寂しそうにアルトリアが言う。立香は慌ててフォローした。
「い、いや、E遺伝子ホルダーは直系の子孫とは限らないし! 真緒ちゃんだって織田って苗字じゃないし」
「そうですね。――リツカ。AUボールを借りてもよいでしょうか」
「え? うん」
複雑な模様で彩られたボールがアルトリアの手に渡る。アルトリアは神妙な面持ちでボールを捧げ持つと、目を伏せて言った。
「さながらこれは選定の剣なのでしょうね。選ばれた者のみが掴み取ることができる力がここにあるのでしょう」
「アルトリア。その――羨ましいの?」
戦うことができる人たちが。それでいて、戦うことを拒んだ人が。
「いいえ。私も今、こうして戦っています。あなたもそうです。遠く海の向こうで戦うE遺伝子ホルダーたちのために、戦っているのです。だから誇りましょう。私たちの戦いを」
「……うん」
立香はボールをアルトリアから受け取ると、正面に向き直った。決意を新たに――。
「
「ひっ」
眼前に、
「リョーマがなかなか来ないからブラブラしてたら、面白そうなものがあるな。ちょっと見せろ」
「え、その」
「見せろ」
言うが早いか、セーラー服を着た少女はAUボールを奪い取ってしまった。自分よりも十センチ近く高いだろう背丈に、すらりと長い手足。地面に届きそうなほど長い黒髪に、独特の光沢をもつストール。そのすべてが黒い。
ただ、その地肌は太陽を知らないように白く、セーラー服のリボンと爬虫類を思わせる
目の前に来ていたのに気づかなかったのが不自然なほど目立つ見た目だ。背も百七十センチ以上はあるだろう。そういう意味では驚きだったが、それ以上に驚く原因があった。
「リ、リツカ。すみません。全く気づきませんでした」
「大丈夫。私も。それより――この人もだ」
「それって、まさか」
その少女の背には、「影」があった。なんて運がいい――と言いたいが、様子がおかしい。輪郭が定まらず、どことなく薄い。この「影」を見たのは真緒、沖田、そして北斎(仮)の三人だけなので、こういうパターンもないとは言い切れないが。
「ああ、見覚えがあるぞ。お竜さんはこいつに、見覚えが」
つ、と少女の眼から涙がこぼれた。
見覚えがある。その言葉に思わず立香たちは浮足立った。先ほどよりもずっと脈がありそうだ。今回はどうにか――。
「見覚えがあるぞ。そうだ。あの時だ。どうしてだ。どうしてだ。なんでだ。嫌だ」
「え? あの」
「嫌だ。リョーマ。一人は嫌だ。冷たい。寂しい。どうしてだ。一緒にいろ。行くな。死ぬな。いやだいやだいやだいやだ」
その眼から流れる涙が量を増す。ぼたぼたと落ちる涙に目線を引かれ、足元を見てぞっとした。
足元が、涙にぬれた地面が奇妙な色に染まっていく。波紋が広がるように、夜の海を思わせる、底のない黒々とした風景に塗りつぶされていく。
「何が――」
「リツカ!」
アルトリアに襟首をつかまれ、手近な段差の上に引っ張り上げられると同時。AUボールを抱えた少女が絶叫とともに水面に沈んだのが見えた。
「置いていくなリョーマ――!!」
*
酒を飲み過ぎたのだろうか。
家の縁側で涼んでいたら、妙なものが目に飛び込んできた。
遠くの空に竜がのたうっているのが見える。上野公園の方だ。
さっき、二人の高校生の誘いをつれなく断ったのが気に病まれるが、仕方ない。また出かけるとしよう。
絵を描こう。
魂がそう言っている。
*
ちょうどそのころ、一人の男が上野駅に到着した。綺麗にラッピングされている、一抱えもある大きなカエルのぬいぐるみは、精悍な彼の顔には似合わない。誰かへのプレゼントだろうか。それを察した周囲から暖かい目線が向けられる。
しかし肝心の彼はそれどころではなかった。
胸がざわつく。遠くからかすかに聞こえた声の方へと向かわなくては。
「お竜さん」
プレゼントの包装が乱れるのもかまわず、青年は上野公園へと駆けだした。
*
上野公園は騒然としていた。
花見の季節ならいざ知らず、夏至が迫る季節の宵の口は、日が沈んでも帰り損ねたか、そうでなければ夜風に当たろうという人々がまばらにいる程度だ。
だが今は、木々の間を巨大な竜がのたうち回り、黒々とした鱗を見せつけながら飛び回っている。目を疑う光景がもたらす驚きと、巨大なものが無軌道に暴れまわっているという恐怖が人々から平静を奪い去っていた。
「うわああ! 何だアレ!? ドッキリか!?」
「ば、化けもんだ!」
「ヘビ苦手なんだよ!」
「あの大きさじゃ竜だろ!」
「言ってる場合か! 逃げろ!」
逃げ惑う人々を知ってか知らずか、龍が大口を開けて夜空に吠える。
『■■■■■■■■■――!!』
「なんだか、寂しそうに聞こえる」
「リツカ。危ないです! もっと下がってください!」
「う、うん……」
セーラー服の少女がAUボールに反応した。そして、夜の海のように変化した地面に少女が沈み込み、そこからあの黒い竜が飛び出した。
ならば考えられることは一つ。あの少女が、あの竜に変身してしまったのだ。それもおそらくAUボールの影響によって。
「真緒ちゃんが初めてAUボールを使ったときは、あんな風にならなかったのに。なんか理由があるのかな」
「分かりません。とにかく、止めなくては」
「止める、って、どうやって!?」
「どうにかして、です」
言うが早いか、立香を安全そうな木陰に押しやり、アルトリアは前に出た。鞄から伸縮式のロッドを取り出して音高く伸ばすと、すっと構えをとった。護衛役として腕が立つとは言っていたが、護身用のロッドが本物の剣に見えそうなほどの気迫を放つ金髪の少女を見ていると、今まで話していたのと同じ人物とは思えなくなる。
しかし、それでもあの巨大な竜を相手どるには不足だろう。
「今、DOGOOに応援を要請しました。今は太平洋全域に侵略体が同時に侵攻中ですから、おそらく満足な戦力を揃えることはできないでしょうが――」
「銃とかで鎮圧するってこと!? それじゃ――」
「貴重なE遺伝子ホルダーです。何とか穏便に抑えたいですが――」
言っている傍から、のたうつ竜が逃げ遅れた人々の方へと大きく跳ねた。
「やあっ!!」
『■■■■■■!!』
アルトリアはすれ違いざまに竜の腹側に鋭い一撃を叩き込み、ひるんだ隙に転んだ女の子を小脇に抱え上げる。
女の子を母親らしき近くの人へと託し、アルトリアは竜の方へと向き直った。
「逃げてください! リツカもできるだけ、遠くへ!」
「……ごめん」
軽々しくあのセーラー服の少女にAUボールを渡さなければこんなことにはならなかった。しかし、今自分にできることはおそらく無い。DOGOOの応援がやってくるまで、せめてアルトリアが自由に戦えるようにしなくては。
そう思い、踵を返した瞬間、信じがたい光景が目に飛び込んできた。
こんな事態だというのに、絵を描いている人がいる。
うっすら赤く染まった顔で、目を輝かせながら筆を走らせているのは、先ほど見つけた北斎のE遺伝子ホルダーと思われる女性だ。
一体どうしてここに。戻ってきたのか。いや、それよりも。
「逃げてください! 絵をかいてる場合じゃ――」
「おお、さっきの嬢ちゃんか。さっきは悪かった。面倒くさくなって逃げちまってよ――」
「いや、今は逃げてください!」
「待ってと言ったり逃げろと言ったり、忙しい嬢ちゃんだ。けどこちとら絵描きでね」
立香が慌てて逃がそうとするも、筆を走らせる手は決して止まらない。
「あんな題材に背ェ向けられるかよ。絵を描くより大事なことなんてなあ、この世にあるもんかい!」
「本当に、あなたは――」
勝手な、と言いそうになって思い直した。勝手なのはこっちだ。この絵描きの女性も、竜の少女も、こっちの都合に巻き込んでいるだけだ。ニュースで散々報道されているとはいえ、いきなり奇妙なボールを渡されて、偉人の遺伝子がどうとか言われたら困惑するのも当然だろう。いくら世界がピンチとはいえ、戦えだなんて言われたら拒絶してもおかしくないだろう。
でも、それでも戦う人たちがいるのだ。
友達がいるのだ。
彼女のために、自分も戦うつもりだ。
だから、いい加減むかついた。
「この絵描きバカ!!」
「ん、んなあ?」
「良いから逃げて! そんな場合じゃない! 危ないのくらい分かるでしょ! 今もあの子が、アルトリアが戦ってるのが見えるでしょ!」
今も、木立を一つ挟んだだけの広場で、金髪の少女が竜と格闘している。アルトリアの剣筋は鋭いものの、竜を動けなくするほどではない。隙を見て一撃を叩き込むも、痛みにのたうつ竜に弾き飛ばされて地面に転がされたのも一度ではない。
それでも、アルトリアは立ち上がるのをやめない。周囲で遠巻きに見ている人々に逃げろと叫び、また一撃を見舞うべく竜に立ち向かっている。
そんな彼女を見て何も感じないのか。あれすら、絵の題材でしかないのか。
茫然とする絵描きの女性に、その背後の「影」に叫ぶ。
「アルトリアの思いを無駄にして描かれた絵なんか、どんなに上手くても価値なんてない!」
「――は」
絵描きの女性が呆気にとられ、思わずといったように声を漏らした。
「は、はは。言うじゃねェか。……そうかもな」
「そうでしょう! だったら!」
「ああ――悪かったよ、今すぐ」
「どいてくれ!」
場が収まりそうになった時、緊迫した声が立香と絵描きの女性の耳に飛び込んだ。声の必死さに思わず二人そろって飛びのくと、大きなカエルのぬいぐるみを抱えた白い服の青年が、全速力で脇を駆け抜けて――。
「って、待ってください! 危ないです!」
「おいおい次から次へと! 何なんだい!」
駆け抜けそうになったところを、危うく服の裾を捕まえることができた。大柄な男性の勢いに負け、三人そろって地面に転がる。
「いてて――おれより酷ェや、あの竜に突っ込んでどうする気だい?」
「す、すまない。けれど、あの竜は僕の知っている人かもしれないんだ」
「はァ? 竜の知り合いたあ、奇ッ怪な……」
「確証はない。けれど、そんな気がしてならないんだ。失った片割れみたいに、強く惹かれている。行かないと」
青年は土埃を払う時間も惜しいとばかりに立ち上がり、竜の方へと歩き出した。絵描きの女性が止めようとするが、構わず引きずっていく。
「お、おいおいおい! 嬢ちゃんも止めてくれよ!」
「……見える」
「何が見えるってぇ!? 二人揃っておかしくなるんじゃねぇよ頼むから!」
青年の背後に「影」が見える。それも、あの竜の少女の背中に見えた、不完全な「影」と同じものが。
そして、青年が言った、片割れという単語が最後のピースを埋めた。
「リョーマさん」
「……え? 君、どうして僕の名前を?」
自分の名前を呼ばれるとは思っていなかったのだろう。青年、リョーマが驚いて立ち止まる。
「あの竜は、長い黒髪のセーラー服の女の子が変身したものです。E遺伝子ホルダーって、ニュースで聞いたことがありませんか」
「黒髪――お
「彼女だけじゃありません。あなたもです。多分、あなたと彼女で一つなんです。だから、片方だけだと暴走してしまった」
こうしている今も、リョーマの背後の「影」は、のたうち回る竜から決して視線を外さない。薄れ、揺らぎながらも、完全な一つに戻るのを望むように遠くを見ている。和服の懐に手を入れ、遠くを眺める姿が、ある偉人の姿と重なった。
「じゃあ尚更僕は行かないと。お竜さんが僕を待ってくれてるんだろう? だったら――たまにはいいとこ見せんと、愛想尽かされるがよ」
「ええ。行きましょう」
暴走する竜――お竜さんを止められる可能性があるのは、片割れであるリョーマさんだけだ。アルトリアに合図して、どうにかリョーマさんが竜に近づける隙を作らないと。
リョーマさんと二人でうなずき合い、広場へ出ようとしたとき、絵描きの女性が立香たちを呼び止めた。
「待ちな」
「え?」
「こんだけ巻き込んどいて、置いてけぼりかい? おれにも一枚噛ませな。なに、悪いようにはしねェサ」
どんと胸を叩き、絵描きは名乗りを上げた。
「この「葛飾北斎」、一筆貸してやろうじゃねえか!」
*
「アルトリア!」
「リツカ!? まだここにいたのですか! 早く逃げてください!」
「ちょっと、事情が変わったの! もしかしたら竜を止められるかも! 合図をしたら、こっちに注意を引き付けて!」
アルトリアは自分と、その背後に立つ二人を見て怪訝そうな顔をしたが、信じることに決めたようだ。
「分かりました。やってください!」
「うん! 「北斎」さん、お願い!」
「一筆貸すとは言ったけどよ、こいつは骨が折れそうサ……」
「北斎」が抱えているのは、掃除をしていた人が残して逃げてしまったらしい竹箒だった。せめてモップを、と言われたが野外の公園には残念ながら見当たらなかった。
「弘法筆を選ばず、っていうだろう?」
「うるせェやい、色男。あんたはしっかり蛙を持ってな」
「龍馬」に文句を言いつつ、「北斎」は意識を集中させた。筆に見立てた箒の先にジワリと光が宿る。AUボールはお竜さんが使っているものしかない。ボール無しでE遺伝子を使うことは理論上可能だが、相当な集中が必要なはずだ。
しかしさすがの集中力か、その光がどんどん強くなり、足元を照らすほどになった時、「北斎」がつぶやいた。
「やりな」
「アルトリア! お願い!」
「はい!」
アルトリアが大きく回り込み、竜の目線をこちらに誘導した。「龍馬」を目にした竜の動きが一瞬止まる。やはりだ。
「お竜さん! わしじゃ! 迎えに来たぜよ!」
『リョーマぁ――!』
「龍馬」と彼の掲げた蛙のぬいぐるみを見て、竜が初めて意味のある言葉を喋った。そのまま、感極まったように突っ込んでくる。
「ちょっ」
「いいねえ、感動のご対面ってやつサ。けどその前に、一筆くれてやらァ!」
「北斎」が光を宿した箒の筆先を宙に振り上げ、一息で竜の輪郭を描き切った。浮世絵からそのまま飛び出してきたような金色の竜が具現化し、お竜さんが変じた黒竜へと絡みついてその勢いを殺す。
「行け、色男!」
「ああ!」
「龍馬」が竜の額に触れた瞬間、竜の輪郭がぐにゃりとゆがんだ。止める間もなく「龍馬」をその体の中へと取り込むと、渦を描くようにぐるぐると回り始めた。
「おいおい、どうなった?」
「わからない、けど――」
先ほどのように、寂しさに任せてのたうっていたのとは違う。恋人同士が手を取り合って踊っているかのように、優美な円が描かれる。そして、速さをどんどんと増し、黒い渦にしか見えなくなるまで加速したとき、不意に収束が始まった。
潮が引くように黒い竜の渦が縮んでいく。直径三メートル以上もあった黒い水面が公園の地面に戻っていき、ついには跳ねる滴を一つ残して消え去った。
そして、その中心には眠る少女を抱えた「龍馬」だけが残されていた。
「ありがとう、みんな。おかげでどうにかなったよ。お竜さんも無事みたいだ」
「これで万事相済みました――ってか」
「よかった……。アルトリアも、本当にありがとう」
「ええ。お役に立てて何よりです」
*
「坂本龍馬の名前の由来を知ってるかい? 諸説あるんだけど、そのうちの一つにこういうものがある。龍馬の母が、懐妊中に竜と馬が胎内に飛び込んだ夢を見たのと同じ日に、龍馬の父が馬の夢を見たので「龍馬」と名付けたというんだ。実は僕が生まれるときも、僕の母が夢を見てね。ただし馬だけしか現れなかったそうだよ。土佐の出身だから坂本龍馬にあやかろうと思ったけれど、竜の字は譲って、僕は
「リョーマ、話が長い」
「お竜さんは戦うのは嫌かい?」
「リョーマと一緒なら別にいいぞ。お竜さんは無敵だからな」
騒動が片付いた後、一歩遅れてやってきたDOGOOの部隊が事態を収拾しようと忙しなく行きかう中、立香たちは仮設のテントで休んでいた。
お竜さんはと言えば、目を覚ました後、良馬が持ってきたカエルのぬいぐるみを抱え、更に人目もはばからずに彼の膝に頭を乗せてゴロゴロとしている。見ているこっちが少し恥ずかしいくらいだが、良馬は苦笑するばかりで注意はしない。きっと慣れっ子なのだろう。
そんな二人の背後には、完全な姿となった坂本龍馬の「影」が満足げな様子でたたずんでいた。
「で、おれが「葛飾北斎」ってわけか。まあなんでもいいサ。こうして出しゃばった以上、引っ込みがつかねぇ。乗り掛かった舟ってやつだな」
「でも、あくまでDOGOOへの入隊は任意ってことになってますから。……もし、本当に望まないなら、止められないです」
「へっ。事情を聞いたらますます断りづらくなっちまった。友達のために
「ははは……」
そんな風に「北斎」が皮算用していると、戸惑った様子でアルトリアが顔を出した。
「すみません、リツカ」
「あ、アルトリア。DOGOOの本部に連絡はついた?」
「ええ、なんとか。それで、申し訳ないのですが」
アルトリアは手に持った携帯電話をスピーカーに切り替えると一同の真ん中に置いた。アルトリアが準備を終えた旨を告げると、ダウナーな声が携帯電話から響く。
『あー、聞こえているか?』
「ええ。大丈夫です」
『ご苦労……。さて、「葛飾北斎」及び「坂本龍馬」。急を要する事態だ。すでに輸送機を向かわせている。すぐに出撃してもらいたい。DOGOOへの正式な入隊は今回の作戦が終わってから考えてくれ』
「なっ……何言ってやがる。いきなりそんなこと言われても、こちとら一仕事終わったとこサ!」
『それだけ文句が言えるなら十分だ。言っておくが拒否権はないぞ。すでにお前たちの存在は織り込み済みだ。何を要求しても構わん。今は協力してもらおう』
「おいリョーマ、こいつぶちのめしていいか」
「ダメだよ……と言いたいところだけど。名乗らないのは流石に失礼じゃないかな。僕らも協力するのは
スピーカーから重く、沈痛なため息が漏れた。
『失念していた。余裕がなくてな。では改めて名乗ろう』
ダウナーな声はこう名乗った。
『「フーヴァー」。DOGOO参謀の「ジョン・エドガー・フーヴァー」だ』
*
二組のE遺伝子ホルダーを乗せた輸送機が飛び立った空を見上げ、ぎゅっと拳を握りしめる。
「私、役に立てたのかな。真緒ちゃん、大きな作戦の最中らしいけれど」
「ええ、きっと。さあリツカ、今日はもう遅いですし帰りましょう。ノブナガ様の状況が分かったら連絡しますので」
「うん。お願い」
あの空の向こうで戦う友達に思いを馳せる。自分の行いは、彼女を助けることになるだろうか。
「信じてるよ、真緒ちゃん」
こうして、藤丸立香の戦いは終わりを迎えた。