敵は本能寺にあり!
周囲から響くのは兵たちの鬨の声。火のはぜる音。炎と戦の熱気で焼き付いた空気を肺に吸い込み、自分は大音声で笑った。
「やってくれおったな、光秀!」
絶体絶命と言えるだろう。今まで幾度となく陥ってきた窮地の中でもこれは極まっていると言える。こちらの手にはろくに兵もなく、装備も整っていない。だがむざむざと死ぬ気はない。板張りの廊下を進み、武器を置いてある部屋の障子を音高く開いた。
「!」
腹に痛みを覚える。鋭く伸びた鋭い槍のようなものが腹の真ん中に突き刺さっている。その材質は南蛮渡来の硝子のよう。これほど鋭く、大きい硝子の武器など見たことがない。
しかしその持ち主はそれ以上に見たこともない存在だった。
遮光器土偶。いや――兎か? そのどちらともとれる、五尺から六尺もあろうかという異様な存在が、その手に持った針を自分の腹に突き刺していた。
「お前の『命』をもらうぞ、織田信長」
*
「
「んえ?」
夢を見ていた。あれは――光秀? 火事? それに――土偶?
「なんか変な夢見た……」
「台湾まで来て昼寝?」
「おわっ」
自分を起こした声は、クラスメイトのものだ。それも、誰からも好かれる人気者の――。
「藤丸さん? あえ? なんで私に?」
「眉間にしわ寄せながら寝てたから起こしちゃった。ごめんね?」
そう言ってくすぐったそうに笑う藤丸立香。ぱっちりとした眼に利発そうな顔だち。サイドでくくった髪は彼女の活発さを示すステータスだ。
彼女はぱっと顔をあげ、彼女の背景に広がる光景を示した。きらびやかな装飾を施された建物の群れが池の上にそびえ、さらにその奥には鎧をまとい、剣を携えた武将の姿まである。台湾は高雄、
「でも、せっかくこうして台湾まで来たのに寝てちゃもったいないよ。でしょ?」
「あ、ああうん……」
まっすぐな目で見られると恥ずかしい。おもわずオドオドとうつむき、黒々とした前髪で顔を隠してしまう。
「こういうとこ、楽しくない? 私は海外初めてだからワクワクしっぱなしなんだけど。あのでかいオッサンとか!」
「そ、そうだね。でも、その……団体行動、苦手っていうか」
自分のような地味な奴にクラスの人気者がどうして話しかけてくるのか。学年が変わった最初ならともかく、今は修学旅行の真っただ中だ。しかも班行動ではないため、周りの同級生たちは思い思いにグループを作ってあたりを歩き回っている。自分はそれに馴染めず、ベンチでぼんやりしているうちに舟をこいでいたのだ。
「だから……大丈夫」
「大丈夫? そうなの?」
「おーい立香ー。あのでっかいオッサン入れるみたいよー」
「行こうよー」
少し離れた場所から藤丸さんの友達が話しかけているのが聞こえ、これ幸いと切り出した。
「ほら、友達が一緒に行こうって呼んでるし――」
「む」
そういうと藤丸さんは少しむくれ、なんと自分の隣に座るとがっちりと肩を組んできた。
「じゃあ一緒に行って友達になろうか」
ひ――――。
「む、無理無理! ダメだってそんなの――」
「ダメじゃない! 一緒に行こうよ!」
「い、いやいやいや、いきなりは。今度また――」
思わずそう口走ったのが運の尽き。藤丸さんは素早くスマホを取り出して構えた。
「よし。言質とった。日本に戻ったら遊びに行こう。連絡先プリーズ」
「え、ちょ」
藤丸さんが差し出したその画面を見て、さらに縮こまってしまう。
「そのアプリ、入れてない……」
「あ、ああ……」
流石に思わずミスをしたとでも言いたげな顔を見せる。しかしこれくらいでへこたれる藤丸さんではなかった。素早くスマホを操作すると、腕をぐっと伸ばす。
「えい」
藤丸さんは肩を組んだ姿勢のまま二人の写真を撮ると、ようやく自分を解放してくれた。思わずぐったりとしてしまう。
「ご、ごかんべんを……」
「あはは。やっぱり思った通りだ。話すと面白いなあ、真緒ちゃん」
「それはどうも……」
こっちは心臓に悪い。しかし、藤丸さんは自分とともに映った画面を自慢気に見せるとこういった。
「ごめんね。でも、どうしても話してみたくて」
「え? それってどういう……」
「今度、話してあげる。連絡先もその時にね?」
そのまま友達の方へと行くかと思いきや、途中で一度振り返り。
「今度、絶対だからね!」
そう言ってから、今度こそ去っていった。
「はあ……」
びっくりした。人種が違うとしか言いようがない。
「……けど、きっと、今回の旅行で思い出すのはこれだろうなあ」
そう思うと少しおかしかった。台湾まで来て、一番の思い出がクラスメイトとの会話だなんて。くすぐったい。
初めて乗った飛行機より、異国の街並みより、あのでっかいオッサンより、その上空を飛ぶ戦闘機が放つミサイルより――。
「ん?」
戦闘機? しかもミサイル?
軍隊には詳しくないが、こんな観光地の真っただ中でミサイルを撃つなどただことではないはずだ。遠くに着弾したミサイルが爆炎と轟音を響かせる。なんだ。何が起きてるんだ。
『紧急情况正在发生! 紧急情况正在发生! 那些在大廳裡的人應該及時撤離到指定地點! 我重複一遍――』
周囲の人々が不安げに立ち止まり、あたりの状況を確認しようとしている最中、台湾語のアナウンスが響く。意味を理解できずとも、緊急事態を告げているのが分かった。その原因であろう、ミサイルが打ち込まれた先――そこから返事のように何かが飛んできた。茫然とする自分のすぐ近くに嫌な音とともに落下し、バウンドして視界の外に消えていったのは――。
「せ、戦車?」
鳴りやまない攻撃の音。飛び交う戦闘機。玩具のように吹っ飛ばされた戦車。
身に覚えのない状況。それなのに、日本人に遺伝子レベルで刻み込まれた光景。その最後のピースがとうとう姿を現した。
それは魚のような怪獣だった。
形だけを見れば魚だ。だが、顔についた五つの目はそれが現生の生物ではありえない存在であることを主張しており、五十メートルはあろうかという巨体がそれを後押ししている。
ましてや、胸びれと背びれの三本足で不器用ながらも陸に上がり、地面を踏み砕こうとする姿は。
侵略。真緒の脳裏に浮かんだ言葉を肯定するように、怪獣が鱗のようなものを打ち出した。怪獣を囲むように展開した戦車に直撃したそれは、容赦ない爆発で戦車をスクラップにした。負けじと無事だった戦車や戦闘機から攻撃が加えられるが、怪獣は意に介さず進み、踏みつぶし、ぶち壊し、侵略する。
怪獣映画そのままの光景がそこにあった。
「ちょっと、どうなってんの」
逃げなくては。
しかし、思わず踵を返そうとした視界の端にでっかいオッサンが映った。そして、その背後にゆっくりと歩み寄る怪獣も。
「あの中には……!」
逃げようとする足を止める。震えている。けれど。
「藤丸さん!」
駆けだしていた。
*
某所。怪獣――「進化侵略体」の猛威と、それに対して必死に攻撃を加える台湾軍の光景が大写しになったスクリーンを備えた指令室において、オペレーターが現状を報告した。
「『進化侵略体』高雄市内に侵攻。現在台湾陸軍及び空軍が交戦中――」
「台湾総督府につないで、すぐ攻撃をやめさせなさい」
杖を突いた老女――指令が鋭く指示を飛ばす。
「人間を殺すために作られた兵器ではアレに傷一つつけられないわ。周りの被害が増すだけよ」
嘆息しつつ指令がつぶやく。そして、それに応える声がある。
「奴ら……ついに陸に上がれるまでに進化したのね」
『もう公表せざるを得んかな』
「ええ。アレのことも、我々のことも」
指令は覚悟を決め、オペレーターに尋ねた。
「『
「第二小隊が出撃。『ジャック・ザ・リッパー』が降下中。間もなく会敵します」
オペレーターに対して指令が怪訝そうに尋ねる。
「一人で? バックアップは?」
「『アヴィケブロン』と『ジャンヌ・ダルク』はまだ降下準備中です」
「あの子、また――」
*
蓮池潭のでっかいオッサンへと続く通路を真緒は走った。
時折怪獣がばらまく鱗のようなものは、戦車を壊すだけの威力をもって降り注ぎ、爆発をあたりにまき散らす。身がすくんだのも一度や二度ではない。
でも止まるわけにはいかない。
「藤丸さん!」
その時、怪獣の眼前に何かが突き刺さった。ミサイルのように見えるそれは、しかし爆発せずにそこに突き立ったまま、尾部が開いて内に収納していた何かを外へと送り出した。
「おっきいね、今回のは。でも、その分――」
灰白色の髪の、幼さすら残す少女。しかし、その台詞と得物は――。
「たくさんたくさん、解体できるね」
左腕を丸ごと覆う、身の丈ほどもありそうな巨大なナイフを構え、「ジャック・ザ・リッパー」は無邪気に笑った。