ノッブナガン   作:喜来ミント

31 / 64
二十四ノ銃 ストーンフォレスト作戦 その後

 「沖田」と「信長」は左右に分かれて同時に走り出した。

 侵略体は二人を迎撃するべく触手を伸ばすが、右目がもげているせいか、そちらに回り込んだ「沖田」よりも見えている側の「信長」を優先した。生まれた経緯からしても、「信長」を第一級の脅威とみなしているのかもしれない。

 だがそれが隙だった。「信長」が反対側から容赦なく三段撃ちを叩き込んでいる間に、「沖田」が一歩目を踏み出していた。

 海面を蹴って一歩。宙に浮かぶ触手を蹴って二歩。そして「ナイチンゲール」が残した刃物傷の手前で三歩。

 無明三段突きが装甲を苦も無く貫徹し、螺旋の貝殻の中へと続く道を作った。

 突然の損傷に驚いたのか、侵略体の眼があわただしく蠢く。「信長」もその隙を見逃さず、ジャンプと三段撃ちの反動で触手をかいくぐって侵略体の中へと突入する。

 侵略体の中は少々の「地雷型」がいるだけだった。やはりあの螺旋の爆炎はそう何発も使えるものではないらしい。「地雷型」の爆発にひるみながらも、螺旋状の貝殻を外へ外へと駆けていく。そしてその行き止まりに、無防備な肉が見えた。

 「信長」が三つの銃口を押し付けて引き金を引くのと、「沖田が」鋭く踏み込んで突きを炸裂させるのは全くの同時だった。

 

  *

 

 「近衛兵型」の攻撃は苛烈だった。

 しかし「ジャンヌ」の防壁と「アヴィケブロン」のゴーレムがそれを阻む。いくつもの節くれだった脚が弾かれ、その体が押しとどめられる。

 それでも暴れて振りほどこうとするも、「ビリー」によって五つの眼に寸分も狂いもなく叩き込まれた銃弾が痛みを与え、巨体をすくませた。

 再び「ロボ」に乗った「ジェロニモ」が、狼の走る勢いのまま空中に飛び出してトマホークを振りかぶる。

 交錯は一瞬。

 渾身の一撃が「近衛兵型」を真っ二つに切り裂く。一拍遅れて崩れ落ちた巨体のもたらす揺れが決着を意味していた。

 「ビリー」は蜘蛛のような「輜重兵型」へと歩み寄ると、その状態を確認した。守ってくれる「近衛兵型」を失った「輜重兵型」は、我を失った「工兵型」のハサミで腹部を切り裂かれ、悶えて息絶えるところだった。原始細胞も無事ではないだろう。

 同士討ちを繰り返し、最後の一体となった「工兵型」の脳天に、一発だけ残った弾丸を叩き込んだところで集中が切れた。今さらのように全身が、特に左手の指がジンジンと痛み、「ビリー」はその場に崩れ落ちた。

 「ジェロニモ」も「近衛兵型」を倒した後はぐったりとしている。「ジャンヌ」も旗に縋りついてどうにか立っている状態だし、「ロボ」はそもそも喋れない。

 「ビリー」が残った一人に目配せをすると、後からやってきた気まずさからか、彼は仮面をポリポリと引っかいていた。それでも自分がそうした方がいいと悟ると、ゴーレムを操って劇場の壁を殴りつける。あらかじめ決めておいた合図通りの音を響かせると、劇場の天窓が開いて通信が回復した。

 

「あー、こちら「アヴィケブロン」。作戦完了だ」

 

 ストーンフォレスト作戦、完了。

 目標、進化侵略体原始細胞の殲滅、成功。

 重症、疲労困憊なホルダーは多いものの死者はゼロ。

 天井が開いた黄金劇場に再び舞い落ちる薔薇の花吹雪が、一同の勝利を祝福していた。

 

  *

 

『こちら第四小隊。最後の侵略体が沈黙。他に敵影はなし』

 

 通信の向こうで「アマデウス」が報告してくる。

 

「ご苦労だった。そこにいる「パラケルスス」にも改めて礼を言っておいてくれ。彼のおかげで助かった」

『了解。いやあ、驚きましたよ。いきなり「沖田」と「ネロ」が引っこ抜かれて、「呂布」と「パラケルスス」がやってくるんですから』

「すまなかったな。急な対応をさせて。しかしおかげで作戦は無事終了した。今ので敵の陽動部隊は最後だ。原始細胞を守っていた集団の敗北が伝わったのだろう」

『……ああ、それと。今回「サンソン」が頑張ったらしいじゃないですか。フェロモンも彼の解剖のおかげで見つかったんでしょう? 今どうしてます?』

「怪我を押して解剖作業をしたおかげで、再入院だ」

『ははは! そりゃいい! では、失礼! 彼にどんないたずらを仕掛けるか考えなくちゃならないので!』

「ほどほどにしたまえ」

 

 通信を切り、土偶は指令へと向き直った。

 

「さて。これでひとまず終わったわけだ。君もよくやってくれた」

「いえ。全てはホルダーたちのおかげです。……とはいえ、これでまた、未来に希望が持てるようになりました」

「ああ。原始細胞の殲滅は大きい。これで奴らの進化はやり直しがきかなくなった」

「しかしその分、地上への侵攻にも必死になり、激しい戦いになるでしょう」

「ホルダーたちには十分な休息を与えねばな。いずれ来る戦いに向けて――」

「ええ。今はゆっくり、休んでもらいましょう」

 

 波間に揺れるC・フォレスターは、静けさに包まれていた。

 

  *

 

「真緒ちゃーん。起きて」

「んえ?」

 

 夢を見ていた。ベンチの固い感触が背中から尻にかけて伝わる。自分を起こした声は間違えようもない、友達の声だ。

 

「なんか変な夢見た……」

「台湾まで来て昼寝?」

「おわっ。藤丸さん? あえ? なんで?」

「せっかくこうして台湾まで来たのに寝てちゃもったいないよ?」

 

 そう言ってくすぐったそうに笑う藤丸さん。ぱっちりとした眼に利発そうな顔だち。サイドでくくった髪は彼女の活発さを示すステータスだ。

 彼女はぱっと顔をあげ、彼女の背景に広がる光景を示した。きらびやかな装飾を施された建物の群れが池の上にそびえ、さらにその奥には鎧をまとい、剣を携えた武将の姿まである。台湾は高雄、蓮池潭(リエンツータン)公園である。

 

「あ、ああうん……」

 

 でっかいオッサン――のちに調べたところ、玄天上帝像というらしい巨大な像に向かって続く橋を歩きながら、藤丸さんと話す。

 

「作戦、うまくいってよかったね」

「え? ああ、うん。でも私だけじゃダメダメだったよ。9人で世界を救うなんて意気込んで名前を付けたのに、結局たくさんの人に助けられて、ようやくギリギリで勝てたんだから」

 

 土壇場で目を覚ました「フーヴァー」と「サンソン」。

 ピンチに駆けつけてくれた「ナイチンゲール」。

 決め手となった「ネロ」や「沖田」たち。

 ホルダーではないDOGOOの人々。

 そしてなにより。

 

「ありがとう、藤丸さん。本当に助かったよ」

「そうだね。一人じゃダメだった」

 

 でっかいオッサンの中に伸びる階段を上り切り、眩しい光が差し込む外へと出る。

 そこは巨大な掌の上。

 遠くには、たくさんの巨大な像が見える。そのどれもが、頭に当たる部分が戦車やヘリコプター、輸送機にすげ変わっていた。奇妙な見た目の彼らは真緒の健闘を称えるかのように敬礼をしてくれている。

 これだけおかしな光景を見せられれば、いい加減自覚する。

 

「夢かー」

「そう、夢だよ。だから早く起きなきゃ。一人じゃないんだから」

 

 縮尺や背景を無視して、藤丸さんの姿が遠ざかっていく。真緒は慌てて叫んだ。自分の夢に出てきた彼女に言っても仕方ないとはわかっているが――。

 

「ありがとう! 夢から覚めたら、本当の藤丸さんにも、ちゃんとお礼を言うから!」

「うん。またね」

 

 笑顔が遠ざかっていく。風景が消えていく。体の感覚が戻ってくる。

 そして、目が覚めた。

 

  *

 

「ここは――」

 

 覚えている。C・フォレスターに撤収して、報告を終えて、装備を解除して。そのまま手ごろなロビーのソファで力尽きるように眠ってしまったのだった。

 だが、一人ではない。

 自分の両隣には、穏やかに眠る「ジャンヌ」と「ジャック」が。

 壁際には眠りながらも仮面を外さない「アヴィケブロン」と、テンガロンハットで顔を隠した「ビリー」が。

 脇の床には身を丸めた「ロボ」と、彼の横で胡坐をかいたまま眠る「ジェロニモ」が。

 そして一人がけのソファでいびきをかいている「シェイクスピア」と、何やら寝言をつぶやいている「メリエス」が。

 一人ではない。きっと、誰かが取り決めたわけでもなく、自然と集まって眠ってしまったのだろう。

 なんとなく、もう少しだけまどろみに身を任せたくなって、目を閉じようとした。しかし、ひそやかな声が自分を呼んだ。

 

「「織田信長」。少し、よろしいですか」

 

 以前、コスタリカの病院でもそうだった。全く気配を感じさせず、ただそこにいた「ナイチンゲール」が自分の名前を呼んでいた。うなずき、「ジャンヌ」と「ジャック」を起こさないように静かに体を引き抜いた。

 「ナイチンゲール」の車椅子は、彼女が手を触れずとも自在に動く。軽やかながら床をしっかりと踏む車輪を見ていると、それが翼となって大空を自由に飛んでいたのが嘘のようだった。

 彼女の後を無言でついていき、人気のない甲板へと出ると、「ナイチンゲール」が振り返った。

 

「今回は、私のことを指令に黙っていてくださってありがとうございます。……今のところ、私の正体を知っているのは、あなたとあの土偶だけです」

「いや、それは構わないけれど。驚きはしたかな、はは」

 

 正体不明の殺人鬼は、クリミアの天使として知られる女傑だった。

 以前、テレビ番組で取り上げられていたとき、ジャック・ザ・リッパーの正体としていくつかの仮説があったのを覚えている。

 死体が医学的な処置に基づいて解体されていたことから、医療関係者。

 夜間に警官に疑われずに行動できたことから、警察関係者。

 被害者がいずれも警戒心を抱き抵抗していた形跡がないことから、女性。

 突飛なものでは、貧しい娼婦たちを誘う物品を用意できた金持ちという説もあった。

 名家の出身であり、医療関係者であり、陸軍にコネクションがあり、女性であるフローレンス・ナイチンゲールは、奇しくも多くの仮説を満たしていた。

 しかし、自分が気になるのはそれだけではない。

 

「あなたと「ジャック」は、どういう関係なの?」

「やはり、それを聞きますか」

 

 話しづらそうに「ナイチンゲール」はこぼす。

 

「先に断っておきます。全てをお話しすることはできません。想像で補っていただいても構いません。ただ、「ジャック」自身のために、伏せておきたいことがあります」

「……分かった」

「私と彼女は、DOGOOの発足当初から所属していました。私はある理由から幼い「ジャック」の面倒を見る立場でしたが、彼女を普通に育てることができなかったのです。だからDOGOOを頼りました。E遺伝子ホルダーである彼女のことを大事にしてくれると信じて」

「なら、どうして「ジャック」は戦っているの? しかもあんなに危なっかしいし」

「はい。初めは私だけが侵略体の対処に関わっていたのです。しかし、日に日に「ジャック」は自分も役に立ちたいと言い出しました。……お気づきかもしれませんが、E遺伝子ホルダーは侵略体との戦いに積極的になる傾向があります。幼い彼女には、それがより強く働いてしまった」

「それって」

 

 E遺伝子は進化侵略体を倒すために作られたものだ。だからそうなっても不思議ではない。「沖田」や「ジャック」に戦闘への積極性がみられるのはその結果であり、中でも極端に働いたのが自分なのかもしれない。

 

「そしてもう一つマズいことに、「ジャック」は彼女自身のE遺伝子と、私を誤認するようになっていました」

「おかあさん、って呼んでたよね」

「ええ。もともとが同じE遺伝子であるためか、彼女と私の間には目に見えないつながりがあります。それが最も強まったのが、あの夜鳴鶯(ナイチンゲール)です。だから「ジャック」は、侵略体を倒せば倒すほどE遺伝子が――つまり私が褒めてくれると思い込むようになってしまった。何度言っても聞いてはくれません。彼女は自分の背後の「影」も、私も、一緒くたに「おかあさん」と呼ぶのです」

 

 コスタリカの病室での出来事を思い出す。「ナイチンゲール」が何度自分は母ではないと言っても、「ジャック」は言ってきかなかった。そして、自分の背後から語り掛ける殺人鬼の声も、「ナイチンゲール」のことも「おかあさん」と呼んでいた。

 

「「ジャック」からすれば、同じ人物に『もっと侵略体を倒せ』と『戦いなんて危ないことをするな』と言われているようなものです。幼い彼女にその矛盾は強いストレスを与えかねない。だから私は特殊班として彼女から遠ざかり、「ジャンヌ」や「アヴィケブロン」といったサポーターを第二小隊に推薦したのです」

「そう、だったんだ」

 

 時々自分を突き動かす、自分自身のものではない記憶。自分の知らないことを当たり前のように口にするのに、不自然に思わないあの感覚。

 「ジャック」からすれば、切り裂きジャックとナイチンゲールが同一人物ではないと言われるのは、自分の常識を丸ごと否定されるようなストレスを与えられる行為なのだ。

 

「でも、「ナイチンゲール」は「ジャック」のこと、心配してるんだよね?」

「そ、それは勿論です! 私が不完全なばっかりに、彼女に負担をかけて、挙句戦いにまで巻き込んで――」

 

 無力さを噛みしめるように、「ナイチンゲール」は車椅子のひじ掛けを握りしめた。

 

「できることならば、全てを私が背負いたいというのに」

「その気持ち、多分ちゃんと「ジャック」に伝わってると思う」

 

 おかあさん、と「ナイチンゲール」を呼ぶ時の、あの嬉しそうな声の調子。それが何よりの証拠だ。

 

「きっと、分かってくれる時が来るよ。だからそれまで、私たち第二小隊に任せて」

「「織田信長」……」

 

 「ナイチンゲール」は今にも泣きそうな顔になっていたが、その眼から涙はこぼれなかった。人前では泣けないのかもしれない。

 しかし、彼女も決意を新たにしたのだろう。表情がふっと和らぎ、冗談めかしたものに変わった。

 

「ならば、まずは傷を治してくださいね。「ジャック」と遊ぶには、健康体でなくては。ご自愛ください」

「分かってる。それまでお世話になります、看護師さん」

 

 手の冷たい人は心が温かいという。握ったその手は、びっくりするくらいに冷たかった。

 そして去り際に「ナイチンゲール」はこういって携帯電話を渡してきた。

 

「ああ、それと。今回のお礼というわけではありませんが、これを。作戦前にも特例で使っていたようですが、それと同じものです」

「え、いいの!? やった、ちょうど電話したいと思ってたんだ!」

「喜んでいただけて何よりです」

 

 早速、頭にしっかりと叩き込んでいる番号を押し始めた。

 

  *

 

 そのころ。真緒の不在に気づいた面々も、段々と目を覚ましていた。

 

「ああもう、本当に今回は疲れました☆ 「信長」さん、本当にどうしてやろうかな~。彼女を主役にしてギリッギリな描写満載のやつ一本取らないと気が済みませんよ」

「ははは! 目覚めて早々映画のこととは、流石「メリエス」ですな!」

「ぶっ倒れる直前まで自分(シェイクスピア)の引用してたあなたが言います!? あ、脚本お願いしてもいいですか、サービスシーン増し増しで」

「うーむ、実を言うと吾輩、ただいまスランプ中でして」

「え? そうなんですか?」

 

 と、その時。ドアを壊さんばかりの勢いで金髪の少女が踏み込んできた。

 

「話は聞かせてもらったぞ! 女優を募集しているようだな! 余だよ! 余がいるよ!」

「って、いたんですか「ネロ」さん! あなた今回良いところ掻っ攫って行ったでしょ!」

「確かにあの黄金劇場の出来栄えは、我ながら満足のいくものであった。しかし! 此度の主演は「織田信長」であった! やはりここは余の主演を別にもう一本――」

「だー! 「シェイクスピア」さんこの人何とかしてください!」

「そうはいっても吾輩くたくたでしてな。ああ老骨に疲れが染みる! ということで、今後のことなんかは(Future will be that)ぐっすりと眠って忘れてしまえ(I forget to sleep sound.)。スヤァ」

「あなたまだ四十代でしょ~!」

 

  *

 

 「ジェロニモ」は「フーヴァー」の病室を訪れていた。

 

「今回はだいぶ無茶をしたな。肝が冷えたぞ」

「ふん。私情を挟むな、といつも言っているだろう。それよりも気になることがいくつもある。いつの間にか消えたのに戻ってきていた「ジャック」と「ナイチンゲール」もそうだが、不確定な情報が多すぎて――」

「今は寝ろ。傷を治してからでも遅くはない」

「ふん。文句を言うと更に手間がかかりそうだな。わかった、寝るから出て行け」

「ああ。お大事に」

「……ふん」

 

 病室を後にした。夜風に当たりたい気分だったが、甲板の広い方に行くと「ジャック」と「ロボ」が戯れており、脇で「アヴィケブロン」がそれを眺めていた。お目付け役とでもいったところか。少し離れたところでは「信長」が何やら電話をしている。

 今日は疲れた。騒がしいのは避けたいと思い、持ち出してきた酒瓶を手に、目立たない方へと向かった。

 

「……おや、考えてることは一緒か」

「ああ、「ジェロニモ」。んー……」

 

 そこにいた「ビリー」もまた、タバコと酒を味わっていた。「ジェロニモ」の顔を見て何かを考え込み。

 

「一緒にどう?」

「いいのか? 一人の気分だったんだろう」

「分かる? でもそっちもでしょ。静かで、良い夜だよね」

 

 完璧な静寂よりも、波の音や、遠くから聞こえる戯れの声が夜の闇に溶けるこの塩梅がいい。しかし言葉を尽くして同意するよりも、ただ煙草に火をつけることを「ジェロニモ」は選んだ。

 二人の煙を吐き出す息と、酒を飲み干す音だけが夜に長々と響いていた。

 

  *

 

 「フーヴァー」の隣の病室では、「サンソン」が「ジャンヌ」とフランス語で会話をしていた。DOGOOの中では基本的に英語を使っているが、時たま母国語で話すと不思議と安らぐものだ。それに、今回に限っては「ジャンヌ」も言いたいことがあった。

 

「今回はありがとうございました。……おかげで、生きて戻ることができました」

「良いんですよ。むしろ、情けないところを見せてしまいました」

「いいえ。……実を言うと、今回はとうとう奥の手を出そうとしたんです。けれど、結局使わずじまいでした」

「……あなたの奥の手、というと」

 

 フランスの人間として、「サンソン」は全てを察したようだった。

 

「僕は、それを臆病とは思いません。前線で旗を掲げるジャンヌ(あなた)を、僕はフランス人として誇りに思います」

「ありがとうございます」

 

 他愛のない会話を終え、「ジャンヌ」は病室を出た。少し先を、酒瓶を持った「ジェロニモ」が歩いていく。彼はおそらく「フーヴァー」のところに顔を出していたのだろう。だったら彼女のところに寄るのはやめておこう。

 「ジェロニモ」の背中は静けさを求めていた。しかし自分はこんなくたくたな夜だからこそ、団欒が欲しくなった。少し速足で階段を上り、甲板へと出る。

 

「「ロボ」、こっちこっち!」

「■■■■……」

「こら、あまり端に行くな。落ちないように」

「……でね。その時、アンモナイトみたいなのが――」

 

 「ジャック」と「ロボ」が追いかけっこをしている。「アヴィケブロン」は脇で二人を見てくれているようだ。そして、少し離れた場所では「信長」がどこかに電話をしている。

 電話の邪魔をしては悪いだろう。「ジャンヌ」は「ジャック」に話しかけた。

 

「混ざってもいいですか?」

「ん? いいよ。ね、「ロボ」」

「■■!」

「ふふ。ありがとうございます」

 

 ふと、「ジャック」を見て思い出す。あの戦いの中、彼女はどこへ行っていたのだろう。作戦を終えて撤収する時には、いつの間にかみんなの中に戻ってきていたが。

 それに、彼女の背後に見えた切り裂きジャックの正体。髑髏の仮面のその下を、はっきりとは見れなかった。どことなく、見覚えのある人物のような気がしたのだが――。

 

「ねえ、「ジャック」」

「隙あり!」

「わっ」

 

 物思いにふけっていたら、「ロボ」をけしかけられた。狼にのしかかられると、凶暴ではないとわかっていても恐怖がこみ上げる。

 

「わー! ちょっと、降りてください!」

「ははは、おかしー」

「こら、「ジャック」。人を指さすのはやめたまえ」

「「アヴィケブロン」! 口で言うだけじゃなくて助けてくださーい!」

 

 ただでさえ疲れているのに、更にくたくたになるまで遊び倒したら、疑問はどこかへ行ってしまった。

 「ジャック」が何かの事情を抱えているのはなんとなくわかる。けれど、そのすべてを幼い彼女から聞き出して暴くのは、間違っている気がするのだ。

 だから今はこうして一緒に遊ぼう。かつて「ナイチンゲール」に「ジャック」のことを頼まれたときにも、同じことを考えた。

 いつか、「ジャック」が自分から話してくれる日が来ることを願う。

 それまでは、ただそばに居よう。

 

  *

 

 「沖田」はなんとなく行き場をなくしていた。

 思えば、自分は今回の作戦では、最後に駆けつけただけだ。ストーンフォレスト、だったか。ダジャレめいた名前だが、その作戦は第一小隊と第二小隊に少なからず一体感を与えたようだった。

 かといって同じ小隊の「ネロ」や顔見知りの「シェイクスピア」のところに行こうにも、なにやら「メリエス」と騒いでいるし、何より疲れているときに絡みたい人物ではない。一応自分もコスタリカ以外の場所で一仕事してから応援に駆けつけたので、大分疲労がたまっている。

 夜風に当たりたくなって甲板に上がると、船内にいなかったホルダーたちが集まっていた。なんだか出遅れた感じがして、船内に引っ込もうとした。しかし。

 

「あ、「沖田」」

「……「ノッブ」?」

 

 真緒が手招きしている。狼と少女が戯れる一角から離れた場所で、何やら電話を使って話している。

 

「いいんですか、電話中に」

「うん。「沖田」にも関係している人だから」

「え? そうなんですか?」

 

 少し驚きつつも、渡された電話を耳に当てる。

 

『えー、もしもし。藤丸立香といいます』

「沖田桜です。……どこかで、お会いしたことがありますか?」

『はい。あ、でも、そっちは試合中でしたから、きっとギャラリーの中の私なんて見てなかったでしょうけど――』

 

 試合。そうか。高校に通っていたとき、剣道の試合を見に来た人か。かつては総司様などと冗談交じりで呼ばれて、部活の仲間とじゃれ合いながら過ごしていた。他校の生徒が試合を見に来ることもあって、背筋が伸びたのを覚えている。

 たった一月前のことなのに、遠くに感じる記憶だ。実際、この海の向こうに置き去りにしてきてしまったのだろう。そして自分は「沖田総司」となった。

 

『その時、あなたの背中に「影」が見えたんです』

「影、ですか」

『ええ。その、影っていうのは――』

 

 説明されればされるほど、驚きが積み重なっていった。進化侵略体の存在が公となったあの日。「織田信長」が画面の向こうの存在として報道されていたあの時。急に、自分のもとへDOGOOのエージェントが現れ、自分に眠る力のことを聞かされた。

 それを見出したのが彼女だという。

 彼女がいなければ、自分は今ここにいない。

 この体に眠る、沖田総司の無念も――そのままだったのだ。

 

『だから、お話しするのは初めてだけど、一方的に知ってて。その、巻き込んでしまってすみませんでした。あなたをダシに使うような真似をして。でもおかげで、私は「影」を探す力をDOGOOに認めてもらうことができました。おかげで真緒ちゃんの力にもなれました。だから――ありがとうございます』

「いえ、こちらこそ」

 

 頬が熱い。

 

「ありがとう、ございます。私を見つけてくれて――沖田総司を、見つけてくれて」

「ちょ、「沖田」?」

 

 泣いてしまっているのだろう。きっと、「信長」には自分がなぜ泣いているかも分からないのだろう。

 

「私に居場所をくれて、ありがとうございます」

『――沖田さん』

 

 いきなりこんなことを言われても訳が分からないだろう。けれど、言わずにはいられなかったのだ。

 今、ここにいる自分が。戦える力を持った自分が。故郷の家族や、友人、仲間を守ることができる自分が誇らしい。

 だから、それを見出してくれた人に、繰り返し、繰り返し、感謝を言うしかなかったのだ。

 

  *

 

 いつしか「ジャック」たちは疲れて、再び眠ってしまっていた。「ジャンヌ」が毛布を掛けているのを横目に、通話の切れた電話を挟んで、ようやく泣き止んだ沖田に話しかけた。

 

「落ち着いたかのう?」

「ふふ。帽子もかぶってないのに、それですか」

「あー、なんか、染みつきつつあるというか」

 

 酒を飲んだことはないが、きっとこんな夜ならおいしく感じる気がする。心地よい疲れが、再び瞼を閉じさせようとしている。

 

「沖田ってさ、兄弟とかいるの?」

「ええ、姉が一人。そっちは?」

「弟と、あと姪が一人ずつ。これが可愛くてさ。「ジャック」と同じくらいで――」

 

 藤丸さんと電話をしたからだろうか。故郷のことを話したくなった。訓練中は、お互い意地を張り合って、ろくにお互いの事情も話さなかったが、今ならスラスラと話せる気がする。つかえが取れた気分だ。

 お互い一人前になったから、と思うのは自惚れだろうか。

 満天の星空を眺めながら、眠るまでずっと二人で話していた。

 




ひとまず区切りのいいところまで書き上げられました。次からはまた週一ペースに戻る予定です。
また、近況報告に駄文を書こうかと考えていますので、よろしければ覗いてやってください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。