ノッブナガン   作:喜来ミント

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二十六ノ銃 再会

 

『出撃命令だ。本日の作戦は第六小隊バックアップの元、第二小隊と第五小隊の合同で行う。直ちに出撃せよ。場所は――カリフォルニア州西海岸、サンフランシスコ近辺だ』

「近辺? 具体的にはどこ?」

『行けば分かる。というか、見ればわかる』

 

 ストーンフォレスト作戦から半年。日々進化侵略体との戦いを続ける「織田信長」こと六天真緒のもとに出撃命令が下った。だがこの日「フーヴァー」から告げられた内容は、これまでにない敵の意図を感じさせた。

 

『敵の数は計測不能。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。直ちに現地に向かい、これを殲滅せよ』

 

 冗談かと思う指令を聞きながらヘリコプターに飛び乗り、たどり着いた先で、自分たち第二小隊は茫然とするほかなかった。眼下に広がる海岸線。それを埋め尽くさんばかりに進化侵略体が押し寄せているのだ。

 

『連中のデータは――画像で見る限り、「足」がある。半年前にサンアントニオに流れ着いていた「沈没船型」に、ヒレから足に進化する途上の痕跡が見られたが、こんなに早く実現しようとはな』

「魚類から両生類、そして爬虫類へ――というわけか」

 

 台湾の時の「歩兵型」は、ヒレを固くして体を支えていたにすぎなかった。それからもう半年以上――。ストーンフォレスト作戦で原始細胞を殲滅し、進化のやり直しを妨げることはできたが、すでにある進化の経路は止められない。脊椎動物を模した進化の系統樹を突き進んできた侵略体が、エルギネルペトンのような原初の両生類にまで追いついてきたのだ。

 

『衛星からの映像で確認できるレベルで連中がひしめいている。奴らが今日やってくるという、「エレナ・ブラヴァツキー」の預言が大当たりだ。残念なことにな』

「本当に、やるの?」

『当然だ』

「……仕方ない」

 

 取り出した帽子を深くかぶる。目が赤く輝き、体の奥底に眠る魂が体に火を入れた。

 

「一匹残らず消してくれよう。皆のもの、かかれ!」

「はーい」

「了解!」

「ええ!」

 

 「信長」の号令を受け、一同が臨戦態勢に入った。もちろんこの数をまともに相手どることはしない。海岸線沿いの上空を移動しながら、「信長」自慢の三段撃ちで侵略体の群れにありったけの銃撃を叩き込んでやるのだ。

 そのために足と盾がいる。盾は勿論「ジャンヌ・ダルク」だ。しかし足はこのヘリコプターでは小回りが利かない。

 もっと俊敏に、かつ随意に飛び回れる存在。それが上空からやって来た。

 

「「坂本龍馬」、第二小隊と合流!」

『今日はお竜さんに特別に乗せてやろう。感謝しろ』

 

 ストーンフォレスト作戦の時に見いだされ、第五小隊に所属した「坂本龍馬」の二人だ。彼らのAUウェポンは、お竜さんが丸ごと変じた巨大な黒い竜。しかし彼女だけでは制御がきかず、常にもう一人の青年、良馬(リョーマ)がついている必要がある。

 「信長」は、ヘリに並んで身を寄せた竜に飛び移ると、「ジャンヌ」へと手を差し出した。

 

「さて、ゆくぞ」

「狼に続いて、竜に乗ることになるとは――えいっ」

 

 ヘリに残った「ジャック」と「アヴィケブロン」は、このまま海岸から内陸部へと向かう。二人は地上に侵略体が逃れた場合の相手をする手筈になっている。

 

「では、そちらは頼んだぞ」

「任せておけ」

「じゃあね」

 

 「信長」と「ジャンヌ」が竜に乗ったのを確認し、良馬がお竜さんに声をかけた。

 

「さて、乗ったね。それじゃあ飛ばすよ! お竜さん!」

『ああ。それじゃ行くぞ。それと旗女、痛いのは嫌だからな。ちゃんと守れよ』

「ええ、任せてください!」

 

 竜の頭の上で「ジャンヌ」が旗を握りしめた。

 早速侵略体の群れに向かって移動し始めた一同に「フーヴァー」の指令が届く。

 

『さて。先ほど説明した通り、南からはお前たち四人が。北からは第五小隊が。そして陸上では取りこぼしを第二小隊の残りのメンバーと、第六小隊が迎え撃つ。かといって、手を抜くなよ』

「分かっとる! ――さて、始めるとするか!」

 

 銃と盾を備えた竜が侵略体の群れへと突っ込む。銃が我先にと火を吹き始めた。

 

  *

 

 北側。竜に乗った面々が南から攻撃を開始したのと時を同じくして、第五小隊も動いていた。

 「エドワード・ティーチ」。「ヴラド三世」。そして「ニコラ・テスラ」。それぞれ機動力とサポート、広域殲滅力に優れたメンバーである。

 「ティーチ」のウェポンたる海賊船を模したボートが軽快に海面を走り、「テスラ」の射程圏内に侵略体を捕らえた。

 

「行くでござる行くでござる! さあて、一方的にお願いいたしますぞ、「ヴラド」殿、「テスラ」殿!」

「任せておけ。余の槍に払えぬ露はない」

「よかろう。神の雷霆をもって侵略体など軽くひねりつぶしてやろう。――地上で待ちぼうけを食らっている凡骨に仕事を与えんようになァ!」

 

 「テスラ」が彼のAUウェポンである右腕の発電装置から稲光を放った。侵略体の群れに突き刺さった雷霆(ケラウノス)は、着弾地点のみならず、海面を伝って周囲一帯の侵略体に電圧を伝えた。電熱に焼かれた侵略体たちが次々に苦悶の声をあげながら炭に変わっていく。

 DOGOOに所属するホルダーの中でも随一の広域殲滅能力を持つ彼にとって、今回の作戦はまさに独擅場と言えた。

 余計な一言が無ければ、だが。

 

『ミスターすっとんきょうぅぅ!!』

「むっ」

『貴様ぁ! わざと通信を開いた状態での先ほどの発言、私への宣戦布告と受け取ったぞ! 法廷に出ろ!』

 

 地上にて待機している第六小隊に所属する「トーマス・エジソン」からの通信だった。

 

「はっはっはっはっは! 貴様こそ私の活躍に噛みついてくるとは――恐れを知らぬ老体め! 大人しく特殊班で愚にもつかない発明をしていればいいものを!」

『なにおう! 貴様、あの降下ポッドの電力効率を改善したのは誰の手柄だと思っている!』

「ならば聞くが(スティーブン)・ヒラーの巡航プログラムを最適化したのは誰の手柄だったかなあ? んー?」

『貴様あぁぁぁぁ!』

 

 「テスラ」と「エジソン」の二人は同時期にDOGOOに入ったにもかかわらず、訓練中からたびたび衝突を繰り返し、あの「シェイクスピア」に匙を投げさせかけたという曰くつきのコンビである。

 しかし「フーヴァー」のプロファイリングによれば、着かず離れずの距離が一番互いを刺激し合って良いという結果なので、同じ空中要塞に駐屯する第五小隊と第六小隊にそれぞれ属することとなった。彼らは普段からことあるごとに衝突を繰り返し、任務中だろうとそれが止むことはない。

 いつものことなので、「ティーチ」と「ヴラド」は「テスラ」を放っておいて戦況を分析した。

 

「このまま順調にいけばいいのでござるが」

「……ふむ。そうもいかんようだ」

 

 流石に何度も雷を打ち込まれ、こちらを脅威と見做したらしい。一部の侵略体が「ティーチ」の船に顔を向け、その大口を開いた。

 口の中に五つ眼が光る。その中に別の侵略体――見慣れた「砲艦型」が潜んでいた。視界を埋め尽くさんばかりに群れる侵略体の口の中から、次々に砲撃が放たれる。

 

「「ヴラド」殿!」

「ああ」

 

 「ヴラド」が身にまとったスーツから無数の杭が飛び出し、殺到する砲弾を薙ぎ張った。更に「ヴラド」が腕を振ると、杭たちが彼のもとを離れて飛び、侵略体に突き刺さる。

 杭たちは侵略体の体内でそれぞれが枝分かれし、敵を内側から縫いとめる役目を果たした。のたうつ侵略体たちから統率が失われ、無防備な的に変わる。

 

「「テスラ」。喧嘩もいいが、手柄を挙げねば「エジソン」に負けるぞ」

「ふむ……この天才に敗北の二文字があってたまるか!」

『待たんか若造! 貴さm――』

 

 煽られた「テスラ」が通信を切り、攻撃を再開した。何発も突き刺さる雷霆が海岸線に殺到する侵略体を食い破り、肉と塩の焼ける匂いがあたり一面に広がる。

 

「はははははははははははは!! みたか凡骨! これが交流電流のすばらしさである! はははははははは!!」

 

  *

 

 沿岸部から1キロ離れた上空。侵略体が上陸したときに備え、ヘリコプターで第六小隊の面々が待機していた。とはいえ「エレナ」のAUウェポンであるUFO型預言装置が侵略体を補足するまでは待機とあって、「パラケルスス」は読書に没頭しており、「葛飾北斎」もいつも通り手元のスケッチブックに筆を走らせていた。

 だが、彼ら二人とは対照的に大声をあげる者もいる。

 

「ぬう――あの若造め!」

 

 沈黙した通信機になおも叫ぼうとする初老の男、「エジソン」である。その彼を、幼さを残した年齢の「エレナ」がなだめていた。まるで親子のようなやり取りだ。

 

「はいはい、その辺にして。通信はもう切れてるわ」

「ぬう……」

 

 すでに老爺といっていい年齢の「エジソン」だが、その大柄な体に衰えは見られない。原色を大胆に使った戦闘用スーツを筋肉が押し上げている。

 「エジソン」は拳を握りしめて「エレナ」に尋ねた。

 

「「エレナ」。まだ地上に侵略体は来ていないのかね? 私の出番はないのかね?」

「来ない方がいいのよ。っと――そんなこと言ってられないわ。K-2地点に侵略体よ!」

「ぬっはっはっはっは! 早速か! こうしてはおれん!」

 

 「エジソン」が手に持ったAUボールが輝きとともに変形し、巨大なライオンのマスクを形作った。壮大なファンファーレとともにマスクを装着した「エジソン」の姿は、ライオンの顔に筋骨隆々の肉体、そして両肩にマズダ電球を模したエネルギー機関を備え、まるでアメコミのヒーローである。

 ライオンの顔と一体化した大口を開け、「エジソン」が名乗りを上げる。

 

「「トーマス・アルバ・エジソン」! 出撃す――」

「あ、第二小隊のヘリの方が近いわ。「ジャック」、「アヴィケブロン」、お願いね」

「ぬおお……!」

 

 そんな「エジソン」たちのやり取りを見て「北斎」が嘆息した。

 

「相変わらず騒々しいねえ、「えじそん」は。退屈しねぇのはいいけどサ、いい加減飽きて来たなぁ。別の小隊に引っ越そうかねぇ」

「おや、ミス「北斎」。それでしたら第三小隊などいかがでしょう」

「分かってて言ってんだろ、「ぱらけるすす」。死んでも御免サ」

 

 幸い、この後に「エジソン」の出番はあったが、やはりというか「テスラ」との通信機越しの口論が絶えなかったのは言うまでもない。

 

  *

 

 侵略体の死骸で埋め尽くされた海岸線は、溢れ出る血によって海の色さえ変えていた。その上を「ティーチ」の沖が走り、空を「龍馬」が飛んでいる。

 彼らに預けられた「フーヴァー」の「エージェント」が周囲の侵略体反応を精査した。北から南へ、取りこぼしのないように。

 

『データ収集完了。――敵侵略体の殲滅を確認。作戦終了だ』

 

 そして「フーヴァー」の告げた声が、一同の緊張を解いた。

 特に攻撃し続けていた「信長」と「テスラ」の疲労は濃い。最も、「テスラ」については喉がガラガラになりながらも「エジソン」と通信機で口論を続けていたが。

 「信長」は帽子を脱ぐとバタバタと顔を仰いだ。

 

「あー……疲れた」

「お疲れ様です、マオ」

「うん。レティシアもお疲れ。敵の攻撃すごかったでしょ」

「ええ。ですが、私の護りは固いですから」

 

 良馬も自分が乗る竜の頭を撫でさすって労わった。

 

「了解。……流石に今回は疲れたね、お竜さん」

『全くだ。帰ったら膝枕だぞ』

「はいはい」

 

 それぞれが互いの健闘をたたえ合う中、指令からの通信が入った。

 

『全員、サンフランシスコの沿岸警備隊基地に集合してください。そこに帰りのヘリを向かわせています。S・ヒラーに帰投する第五小隊と第六小隊については、予定通りですが――第二小隊については、()()()で少し遅れますので、待機のほどを』

「へ? あ、はい」

 

 妙な物言いに首をかしげつつも、「信長」は「ジャック」たちと合流して警護隊基地に向かった。そして第五小隊と第六小隊を見送ったあと、待機と言われても何をしようかと考えていた時――。

 待機場所として用意してもらったロビーに駆け込む足音があった。

 

「真緒ちゃん!」

「え? この声――」

 

 振り向く間もない。駆け寄って来た()()がぎゅっと抱き着いてくる。

 ここはサンフランシスコだ。しかも、警護隊基地の中だ。そんなはずはない。でも。

 

「久しぶり、真緒ちゃん」

「藤丸、さん?」

「そうだよ」

 

 にっこりと微笑む彼女は間違いなく自分の親友のもの。

 藤丸立香との、半年ぶりの再会だった。

 


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