ノッブナガン   作:喜来ミント

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二十七ノ銃 別れ

 

 信じられない。ここはサンフランシスコで、彼女がいるはずの日本からは遥か遠くで。

 任務は絶えないし、何度か電話で話せるくらいで、次に会えるのはいつになるか分からない。そう思っていたのに――。

 藤丸さんは自分の目の前でにっこりと微笑んでいる。

 

「久しぶり、真緒ちゃん」

「どど、どうしてここに?」

「卒業旅行だよ。進化侵略体のせいで、太平洋側の観光は規制されているから、本当の行き先はニューヨークだったんだけど……DOGOOの人が私にご褒美を、って」

「そっか」

 

 さっき指令が言っていたのはこういうことだったのだ。

 きっと藤丸さんが何人ものE遺伝子ホルダーを見出したご褒美なのだろうけれど、そんな理由はとにかく、直接会って話せるのが本当に嬉しい。

 だから、背後のチームメイトを放って再会を喜び合ったのは許してほしい。

 一通り挨拶を終えたところで、背後からおずおずとした声がかかる。

 

「あの、マオ? その方は」

「あ、ごめんレティシア。この人が藤丸さんだよ」

「ああ、この人が……。初めまして。レティシアと申します」

「ああ、よろしく……っと。翻訳機翻訳機」

 

 かつて自分が「シェイクスピア」のもと訓練を始めたばかりの時、お世話になった翻訳機と同じものだ。あの後もいろいろと役には立っているらしい。

 その後も藤丸さんは第二小隊の面々と自己紹介を続けた。

 

「それで、普段はマルクのサポートとレティシアのバリアーで支えてもらって、私とエヴァがね――」

「マオ。バリアーって言わないでください」

「「信長」はいつも銃のくせに前に出過ぎ。私がみんな解体しちゃうから後ろで撃ってればいいのに」

「「ジャック」も僕たちに任せきりで飛び出し過ぎだ。ゴーレムを出すのにもそこそこの時間が必要なのだから」

 

 そんな風にわいわい話していると、藤丸さんがふと微笑んだ。何かを思い出したみたいに、くすぐったそうに笑う。

 

「どうしたの?」

「ううん。……本当に、心強い仲間たちなんだね」

「ま、まあね」

「それに、真緒ちゃんも人見知りしなくなってきたんじゃない? 台湾の時なんか、すごいアワアワしてたのに」

「え? そ、そう? かな?」

 

 はたしてそうだったかと記憶を探っていると、仲間たちがここぞとばかりに突っ込んだ。

 

「ええ。最初はこんなカチカチな人とうまく話せるか心配でした」

「僕より人見知りが激しい人間は大学時代でもそうはいなかったぞ」

「日本人ってみんなこうなのかと思った」

「そ、そこまで言わなくても……!」

 

 途中で「ジャック」がおなかをすかせたというので、自分たちを残して三人は食べ物を買いに行った。自分はその時間すら惜しく、藤丸さんと話していた。

 二人きりになったからだろうか。話は騒がしく楽しいものより、心の深いところから湧き上がるものに変わった。

 

「真緒ちゃん、ありがとうね」

「え?」

「真緒ちゃんたちが戦ってくれているから、私や学校の皆はこうしていられるんだもん」

 

 卒業旅行と言っていた。

 日本を出る前、二度と学校に戻れないかもしれないと思ったことがある。それはどうやら現実になりそうだった。

 日増しに侵略体の攻撃の激しさは増している。果たしていつまで続くのかは分からない。

 卒業という節目に立ち会えそうもない。その事実が胸を締め付ける。けれど。

 

「逆だよ」

「え?」

「藤丸さんたちが平和に過ごしてくれてるから、私たちは戦えるんだ」

「そっか」

 

 話は続く。

 

「勝行と千夜はどうしてる?」

「元気だよ。アルトリアが普段から見てくれてるから――あ、でも料理は茶々ちゃんがほとんどやってるみたい。アルトリアはちょっと苦手なんだって」

「ははは……。二人にも、会いたいなあ」

「そうだね。……あ、そうだ。お土産があるんだった」

「お土産?」

 

 そう言って藤丸さんが脇の紙袋から何かを取り出した。

 それは人型のぬいぐるみのように見えた。

 黒髪にデフォルメされた表情。黒い装束に赤いマント。そして木瓜紋のついた軍帽。

 そして何よりお腹を押すとどこかで聞いた声で鳴く。

 

『ノブノブゥー!』

『ノッブ!』

『ノノノ、ブブブ』

「……なにこれ」

「え? ちびノブだよ」

「いや、分かるけど! わしかこれぇ!?」

 

 思わず信長口調で驚いた自分を見て藤丸さんが笑った。

 なんでもニュースで報道されてからというもの、自分こと「織田信長」の存在はあちこちで話題になっているという。一応個人の肖像権に配慮してか大体的にグッズが作られることはない様だが、個人単位での創作は多いとのこと。今回のこれもそう言ったイベントの一つで売られていたものらしい。

 

「いやあ、アルトリアが行きたがってたから、つい」

「なんという……わし、じゃないや。私以外の日本人ホルダーもこんな感じなの?」

「ああ、沖田さんは少し。だけど龍馬さんや北斎さんはまだもうちょっとかな」

「平和だなあ、日本」

 

 ここまで相変わらずだと、噛みしめるというより呆れが先に来る。

 半ば八つ当たりでノブノブとぬいぐるみを連打していると、ホットドッグをくわえままロビーに戻って来た「ジャック」が駆け寄って来た。

 

「なにこれ。変なの」

「変なの言うな、わしじゃわし」

「ふうん……」

 

 そのままこちらの手からもぎ取ってノブノブ鳴らし始めたので、ハラハラしつつ見守る。彼女はぬいぐるみの類を乱暴に扱う癖がある。

 

「ちょっとエヴァ、あんまり乱暴にしないでよー……」

「ああ、大丈夫だよ。家にもう一つあるから」

「いや、そういう問題じゃなくて……」

「あと携帯のストラップもあるよ」

「もうなんでもありかー」

 

 貰ったストラップをさっそく携帯に着け、藤丸さんとお揃いにしたところで時間が来た。

 

「マオ。残念ですが、ヘリが」

「うん、わかった。……藤丸さんはどうするの?」

「DOGOOの人がサンフランシスコを案内してくれるって。明日、ニューヨークに戻るつもり」

「そう……じゃあ、その」

「またね」

「うん、またね」

 

 ヘリの窓から手を振る藤丸さんが見える。

 彼女は、真緒たちが戦うから自分が平和でいられるという。けれど逆なのだ。

 地球を守るとか、世界を守ると言っても実感はわかない。この小さな目に世界のすべては映らない。今こうして見ているあなたがいるから戦える。

 自分にとって地球は、藤丸さんや、家族や、みんなが暮らす場所。皆にまた会うための場所。だから戦える。

 また会える日のために戦えるんだ。

 お揃いにしたストラップを見る。自分をデフォルメした変な生き物だけれど。

 藤丸さんとつながっていられるそれを、自分は深く胸に抱きしめた。

 

  *

 

 翌日。DOGOOの指令室に激震が走った。

 

『アメリカ西海岸に侵略体反応! 巨大です!』

「何事ですか!?」

『座標――北緯37度46分、西経122度26分! サンフランシスコ沿岸!』

 

 その報告を聞いて指令が青ざめる。

 

「そんな! どうしてそこまで近づかれて、気づけなかったんですか!?」

 

 そばで「フーヴァー」が舌打ちする。

 

「昨日のだ……。昨日の侵略体の死骸から出る侵略体の反応が西海岸一帯を覆ってる! 奴らの狙いは最初からこれだったんですよ」

「そんな」

 

 土偶が画面を見上げる中で、侵略体の反応がサンフランシスコの湾内へと侵入していく。

 

「……やられたな。この星だけは、こうさせるまいと思っていたのに」

 

  *

 

 サンフランシスコ市内に警報が響き渡る。

 北へと突き出した半島の先端にあるサンフランシスコ市街は海に囲まれた地域だ。それだけに侵略体への備えは前々からされてきたが、とうとう現実となる日が来た。

 それも、予想よりも急速に、熾烈に。

 サンフランシスコの北にある海峡をまたぐゴールデンゲートブリッジの下を悠々と泳ぐのは、巨大でいびつなウーパールーパーを思わせる姿だった。警報が鳴り響き、ヘリが飛び交う中、それはのっそりと町に上陸を果たす。

 その眼はやはり五つ眼。車を蹴飛ばし、建物をなぎ倒し、ずるずると巨体を引きずりながら進んでいく。

 それを藤丸立香はただ見上げるしかなかった。案内についてくれているDOGOOの人が通信機に何かを叫んでいるが、救援はまだ来ないようだ。

 

「……真緒ちゃん」

 

  *

 

「ん――? 藤丸さん?」

 

 呼ばれて気がして目が覚めた。

 ここは――そう、サンフランシスコから撤収して、A・ローガンに戻ってきたのだ。西海岸に押し寄せた侵略体に何千発も銃弾を撃ち込み続けて、しかもそのあと藤丸さんに会えた喜びと驚きで疲れ切って、食事を終えるなりベッドに飛び込んで――。

 今はいつだ。

 どうしてサイレンが鳴っている?

 どうしてドアをどんどんと叩く音がする?

 どうしてレティシアがドア越しに何度も自分の名前を呼んでいる?

 

「藤丸さん」

 

 どうして――こんなにも胸騒ぎがする?

 


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