ノッブナガン   作:喜来ミント

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二十八ノ銃 二時間

 

 A(アレックス)・ローガンのロビーに設置されたテレビの前にはスタッフが集まり、人だかりができていた。自分の部屋から走って来た勢いそのままに突っ込み、人の間をかき分ける。

 

「すいません! どいて! 「織田信長」です!」

 

 E遺伝子ホルダーとしての名前を出して人をどかす。普通ならこんな真似はしたくない。だけど、さっきレティシアが自分の部屋に来て伝えてくれたことが本当なら――。

 

『こちらサンフランシスコです! ご覧ください! 巨大な進化侵略体が市内に侵入しています! 現場は騒然としています!』

 

 空撮ヘリからの映像に乗せ、レポーターが叫んでいる。そのカメラの先で、巨大な侵略体がゆっくりと歩いているのが映っていた。その姿は侵略体の例にもれず五つの眼を虚ろに輝かせているものの、どこか山椒魚(ウーパールーパー)にも似ていた。

 その光景の意味を理解したとき、やっとレティシアが追いついてきた。

 

「マオ! はあ、はあ、足、速……」

「行かなきゃ」

「え? ど、どこに……」

 

 レティシアを置き去りにして再び走り出そうとしたとき、テレビの中の映像が視線を釘付けにするものに変わった。

 サンフランシスコ市街の中ほどまで進み、侵略体が動きを止めた。だがそれは侵略をやめたというわけではない。その姿がいびつに膨れ上がっていく。

 台湾の時の光景がフラッシュバックした。

 そして、テレビ画面もまた光と爆炎で埋め尽くされた。

 一瞬遅れて報道カメラ越しに爆音が響き渡る。パニックに陥るレポーターの声が響き、映像が乱れた。そのまま二十秒は経っただろうか。映像が回復し、市街が再びカメラに映る。先ほど巨大な山椒魚がいた場所は巨大なクレーターに変わり、更にその周囲で一回り程小さな爆発が何度も発生している。

 考えられることは一つ。あの強大な侵略体が爆発とともに、一回り小さな侵略体をばらまいたのだ。そしてそれらがまた爆発し――。

 

「行かなきゃ!」

 

 状況が刻々と悪い方へと変化している。急を要する事態だ。今度こそ走り出そうとしたとき、自分を引き留める声がかかった。

 同じくテレビの前にやってきていたE遺伝子ホルダー、第一小隊の「ビリー」だ。

 

「待ちなよ」

「待てって、状況が分かってるの!? 台湾の時と同じ――! 小型の侵略体をばらまいて市街を制圧する気だよ! 一刻も早く出撃しないと!」

「出撃するべきなら、とっくにお呼びがかかってる。なのにそうなってないのはどうしてだと思う?」

「どうして、って――」

 

 そうだ。普段なら侵略体が出現し次第、夜中だろうが構わず出撃命令が出る。だというのに――。

 その時、要塞内のアナウンスが指示を告げた。

 

『第一小隊、第二小隊のE遺伝子ホルダーは至急指令室に! 繰り返す、第一小隊、第二小隊のE遺伝子ホルダーは至急指令室に!』

「そら、お呼びだよ」

「……行こう」

 

 レティシアと「ビリー」を連れて指令室に駆け込むと、すでに立体映像で「フーヴァー」と通信がつながっていた。それに「ジャック」、「アヴィケブロン」、「ジェロニモ」、「メリエス」、さらに「ロボ」までも、全員が揃っていた。

 

『来たか』

「「フーヴァー」! 早く出撃の許可を――」

『それはできない』

「なっ……」

 

 勢い込んで「フーヴァー」に言うが、一瞬で却下された。一体どういうことなのか。

 

『冷静さをなくしているようだな。ならば最初に言っておく。放射能がサンフランシスコ市街に満ちている。出撃は不可能だ』

「放射能、って」

 

 記憶に新しい日本での事故が頭に浮かぶ。あれと同じ、いやそれ以上の事態が侵略体によって引き起こされたというのか。

 「フーヴァー」があくまで冷静に告げる。

 

『おそらく昔の核実験場や原潜の事故現場、あるいは海底の放射性廃棄物――なにより、伏せられてはいるが、各国の足並みがそろっていなかった時期に、侵略体に対し核攻撃を行った国がある。勿論効果はなかったがな。連中はそれを掻き集めて来たらしい』

「だから、行かせられないって?」

『そうだ。現在各国に掛け合って対放射能装備を準備している。また、有志の隊員によって市民の避難に尽力している。装備が整い次第出撃させてやる。それまで待て』

「それって、どれくらい」

『短く見積もって、二時間だ』

 

 もはや我慢の限界だった。

 帽子もかぶっていないのに一瞬で眼が赤に燃え、黒髪が熱を帯びて舞い上がる。

 

「二時間じゃと! 二時間も――ここで指をくわえて待てというのか!」

 

 それだけの間にどれだけの人が犠牲になるのか。DOGOOの隊員たちも無事では済まない。そして何より――。

 

「今サンフランシスコには、わしの親友がおるのだぞ!!」

 

 藤丸さんが、いる。

 

「貴様はそれでよいのか! わしの親友だけではない! 市民が、DOGOOの者たちが、どれだけ犠牲になると思う! 貴様はそれでよいのか!」

『――言わせておけば』

 

 完全に頭に血が上っていた。感情のままに叫び、「フーヴァー」を責めてしまう。

 だが、「フーヴァー」も言われっぱなしではなかった。AUウェポンたる書斎の椅子のひじ掛けを拳で殴り、肩を怒らせて立ち上がる。

 

『これでいい訳があるか! 私が人の死に何も思わないとでも思うのか! そんなわけがあるか! だがな、これが最善なんだ! E遺伝子ホルダーを無駄死にさせるわけにはいかない! 我々は三十人足らずなんだぞ! 今! この地球全土でだ!』

「……それは」

 

 こちらがひるんだのを見て、「ジェロニモ」が仲裁に入った。

 

「二人とも落ち着け。どちらの言い分もわかる。だが、我々の命が限りなく重いのも、また二人とも理解しているはずだ。今はできることをしなくてはならない」

「……わかった」

『……ふん』

 

 一度大きく息を吸い込み、状況を整理する。藤丸さんのことは気がかりだが、今は彼女一人を助けるのを優先することはできない。だからまず確認するべきは――。

 

「通信はどうなっておる。市内のDOGOO隊員との連携は」

『通信は不可能だ。おそらくジャミング能力を持った侵略体がいる』

「市民の避難状況は」

『情報が錯綜していて不明だ。半島と言う立地も影響して、避難が難航しているようだ。北と東の橋はごった返している。陸地に続く南への道も似たような状況だろう』

「放射能のレベルは」

『これも不明だ。現地からの報告ではすでに300ミリシーベルトを超える地点もあると報告を受けている。今後の状況や観測地点によっては更に上昇すると考えられる』

「……現在、わしらにできることは」

『無い。と、言いたいが。いくつか思いついてはいる。お前もそうだろう』

 

 こうして話している間にも、「フーヴァー」のAUウェポンである情報処理用書斎はフル稼働している。こちらも深く考えに没頭し、最善の策をひねり出すことに努めた。

 幸い、ストーンフォレスト作戦からの半年で、現在所属しているE遺伝子ホルダーの情報は把握し終えていた。最近入隊した「森長可(もりながよし)」の存在に「織田信長」の記憶が刺激されて嫌な汗が流れたのは記憶に新しい。

 考えろ。今自分たちにできることは――。

 と、その時、背後から帽子をかぶせられた。振り返ると「ジャック」がいた。帽子を自分の部屋から持ってきてくれたようだ。

 

「すまん」

「ううん。これがある方がいいんでしょ」

「うむ」

 

 「ジャック」の頭を軽く撫で、帽子を深くかぶりなおし、一層深く考える。

 

「「フーヴァー」よ。まず「ナイチンゲール」を避難民が集中するサンフランシスコ南に配置せよ。あやつのランプの能力で放射能を除染できる可能性がある」

『やはり思いついたか。手配中だ』

「「エレナ」の預言装置で避難のボトルネックになっている点を割り出して避難状況を改善できるか」

『やってみよう』

「「ロボ」の狼の外装、そして「ジャンヌ」のバリアーが放射線を遮断できるかテストしたい」

『それは既に進めている』

「他には――「テスラ」であれば放射能の範囲外から攻撃が可能か?」

『すまんが「テスラ」と「エジソン」には対放射能装備の開発に回ってもらっている。それに、「テスラ」の雷はコントロールがそれほど良くないうえ、連射が効かん。今回の作戦には不向きだ』

「極地警備の二人で海岸線からの上陸を阻止できんか」

『現在両極地にも侵略体が発生している。連中もこちらの戦力を分かっているらしい』

「……今、思いつくのはこれくらいじゃ」

『ああ……くそっ。これだけか』

 

 「フーヴァー」が漏らした悪態は、こちらも全く同意見だった。ホルダーは三十人しかいないと言ったが、それでも三十人近くはいるのだ。だというのに、この状況で役立てるのはほとんどいない。無力を噛みしめるのには十分すぎる事実だった。

 それでも試せる限りのことを試しながら待つだけで時間はあっという間に過ぎた。感覚では短くとも、戦況にとっては長すぎる二時間が過ぎ、とうとう装備がそろった。

 情報が錯綜しており、また戦況も悪くなる一方だ。ブリーフィングもほとんど意味をなさない。通信を切る前、「フーヴァー」が告げたのはこれだけだった。

 

『全員に告げる。――くれぐれも、死ぬなよ』

 

 ヘリの中で着込んだ急ごしらえの対放射の装備は重く、身動きがしづらい。このうえでAUウェポンまで装備しなくてはならない。

 眼下のサンフランシスコ市街には、すでに大量の侵略体が上陸していた。海沿いから黒い鱗の侵略体による波が迫り、そして人の波が陸へ陸へと逃げていくのが分かる。

 その戦場の真っただ中。人を守るため、侵略体の波の先端へと、今まさに自分たちは降り立つ。

 

「行くぞ」

 

 ストーンフォレスト作戦すら超える、過去最大級の戦いが始まった。

 





ここからどんどん話が重たくなります。ご注意ください。
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