ノッブナガン   作:喜来ミント

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二十九ノ銃 三日間

 

 現場は混乱を極めていた。

 敵の数はどう見積もっても万単位。陸上に適応しきっていないため、その動きは決しては速くはないし、空を飛ぶ者もいない。しかし物量に物を言わせた侵攻を止めるのは困難を極めた。

 いや、侵略か。

 それに対するE遺伝子ホルダーは三十人足らず。しかも「フーヴァー」のように戦闘能力を持たないため前線に出られないホルダーたちもおり、おまけにサンフランシスコ以外に侵略しつつある連中の対処に出ている人たちもいた。

 「信長」たちのやることは至ってシンプルだった。逃げる人へと迫る侵略体を倒す。DOGOOが派遣したトラックの退路を確保する。しかし急ごしらえの対放射線装備は重く、銃口の先から逃げる侵略体を捕まえるのも一苦労だった。一分一秒が惜しいこの状況で、しかもジャミングタイプの侵略体の影響で通信もままならない。

 最初はきちんと方面ごとに小隊を振り分け、チームで戦っていた。

 しかしそれももう瓦解して久しい。避難者を乗せたトラックを命からがら守りぬき、ようやくサンフランシスコの南に構えたキャンプへとたどり着いた。

 先導してきたトラックを後方支援の部隊に引き渡すと、さっそく放射能塗れの装備を消毒するべく「ナイチンゲール」が車椅子を駆って来た。

 

「「織田信長」! 消毒します!」

「すまぬ」

 

 奇しくも、今この時点において「ナイチンゲール」は最重要人物となっていた。なにせその車椅子に取り付けられたランプの力によって、全ての毒あるもの、害あるものを絶つことができる。それは放射能すら例外ではなかった。

 彼女もずっと働き詰めであろうが、ランプの光が照らす彼女の表情は、険しいものの疲れを見せていなかった。白磁の肌には汗一つなく、ただただ眼が救うべき民を見据えている。

 

「今日で……何日目じゃ?」

「作戦開始から二日です」

「避難者のペースはどうなっておる」

「順調と言いたいところですが――そろそろ落ち着きつつあります。避難した市民が全市民の何パーセントに当たるのかを数えることは実質不可能ですから、何をもって完了とすべきなのか。救えるものがいなくなった時か、あるいは……」

 

 ちょうどその時、消毒が終わった。「信長」は威勢よく立ち上がると、装備をさっそく解除し始めた。

 

「なるほど。よし、食うもの食ったらまた出る。貴様もよく働いておるな。大儀である」

「あなたたちに比べれば、私など。……全員、無事で帰ってきてください」

「是非も無し」

 

 時折補給を受ける以外はずっと戦い続け。そうするしかない。今動かなければ、この後ずっと後悔することになるから。

 だがそれにも限界がある。その限界は近い。

 判断を下すのは指令と「フーヴァー」の役割だった。

 もうこれ以上救える市民がいない。その判断こそが撤退の合図だ。市民には秘密にしてあったが、すでに昨日の段階で全ホルダーには通達があった。

 

『サンフランシスコは一時放棄する。現時点の戦力で上陸した侵略体の殲滅は不可能だ』

 

 その決定はあまりに重いものだった。今も逃がしてきた市民たちの帰る街を、侵略体に明け渡す。そういう意味だ。

 だが、状況は待ってくれない。

 今もまさに、逃げ惑う人々がいる。

 レーションを水で流し込むと、再び重い対放射線装備を身にまとい、市街へと突入するトラックへと飛び乗った。

 一瞬意識が遠のく。目に灯した赤い輝きも薄れがちだ。だが。

 

「行くぞ!」

 

 運転手へと鋭く叫ぶ。

 作戦開始から、すでに三日目に突入していた。

 

  *

 

 市街のかなり奥まった方へ入った時、トラックに積載した大型通信機に向かっていた隊員が叫んだ。

 

「「信長」! 別の部隊と通信がつながりました! 市民を収容する手助けをしてほしいと!」

「是非も無し! 舵を切れ!」

 

 無数の瓦礫と放置車両が散乱する交差点をドリフトで突破し、救援要請のあった方へと向かう。

 

「あれか!」

 

 トラックから身を乗り出しながらAUウェポンを発動する。すでに道の向こうに、今まさにトラックに乗りこもうとする人々と、それを襲う侵略体の群れが見えた。

 そして、その侵略体の群れを何とか押しとどめているのは――。

 

「沖田か!」

「ノッブ!?」

 

 対放射線装備の上からダンダラ模様の羽織を着ているせいで、奇妙に着ぶくれした「沖田」がそこにいた。その恰好では売りの機動力も大きく制限されているはずだ。

 それでも相手の実力は分かっている。三段撃ちをぶっ放しながら言い放つ。

 

「退け! 退かんと当たるぞ!」

「言いながら撃たないでください!」

 

 そう文句を言いつつも飛びのいた「沖田」。彼女を追うように進んできた侵略体の群れが、横殴りの銃弾たちに蹴散らされる。その様子を見て「沖田」は背後の市民たちに鋭く叫んだ。

 

「今のうちに! あちらの銃使いが連れて来たトラックにも乗ってください!」

「すまねえ、嬢ちゃん!」

「怖いよ……痛いよ……」

「大丈夫。この人たちが守ってくれるから――」

 

 この窮地においても、「沖田」が無辜の民に向ける視線は優しい。彼女本人の、そして「沖田総司」としての眼差しだ。

 

「まさかこのタイミングであなたが来るとは。助かりました」

「随分着ぶくれしとるようじゃのう、沖田。自慢の足は大丈夫か?」

「そっちこそ! 大分参ってるみたいですけど!」

 

 言っている間にも侵略体は途切れることなくやってくる。銃弾と刀が言葉など必要とせずに噛みあい、一人ではできなかった動きで敵を次々に屠っていく。

 この半年で様々なホルダーと任務を共にしてきたが、悔しいことに自分と一番ぴったりなのは「沖田」だった。近距離と遠距離と言うこともそうだが、何よりもテンポが合う。お互いがお互いの苦手なところを埋めあい、決して敵を寄せ付けない。

 今もそうだ。

 ようやく市民がトラックに乗り終えようかというその時、奥のビルの間から一際大きな侵略体がのっそりと這い出て来た。

 すかさず銃弾を叩き込むが、それらは音高く弾かれた。ハリケーンの時、そしてストーンフォレストの時と同じ、重装甲タイプの敵だ。

 よく動きを観察すれば装甲のないところから狙い撃つこともできるが、今は何より時間が惜しい。焦燥感が体を突き動かし、沖田に鋭く指示を飛ばした。

 

「沖田!」

「分かってますよ、ノッブ!」

 

 沖田が相変わらず変なあだ名とともに返事をし、必殺の構えをとった。そして着ぶくれしていてもなお目にも止まらぬスピードで敵の方へと飛び出す。

 

「一歩音越え――二歩無間――」

 

 三段撃ちが敵を蹴散らし、開いた道を沖田が駆けていく。そして重装甲タイプの丸々と太った侵略体の眼前で三歩目を踏んだ。

 

「三歩絶刀――!」

 

 そして必殺の突きが炸裂した。

 

「無明三段突き!」

 

 装甲を軽々と貫き、侵略体の中で威力が解き放たれる。そして一撃で倒れる――はずだった。

 突きを受けた侵略体の身が、いびつに()()()と膨れ上がる。

 しまった。

 赤い輝きの消えかけた目が確かに嫌な予感を捕らえた。咄嗟に沖田に叫ぶが――。

 

「離れろ沖田ァ!」

「なっ――」

 

 侵略体の爆発が、ビルの谷間に爆炎と轟音をばらまいた。思わず目を閉じてしまう。

 背後の隊員が何事かと聞いてくるが、その声すら爆発音にかき消されそうだ。

 

「何が起きたんですか!?」

「敵が――起爆タイプじゃ! なぜあんな――」

 

 おかしい。確かに以前から「地雷型」などの起爆するタイプの侵略体は確認されていた。しかし、それらは正しく爆発するのが仕事だ。牽制の一撃ですら触発するその性質が幾度となくE遺伝子ホルダーたちを苦しめて来た。

 だが今回はどうだ。起爆タイプでありながら、自分の銃弾で傷一つつかない装甲も持っていた。

 どうしてそんな矛盾した性質を持った敵がいる。そんな、この状況にあつらえたような――。

 

「いや。あつらえたの、か……?」

 

 答えは今まさに、爆発によって吹き飛ばされてきた沖田の様子が物語っていた。

 対放射線スーツはズタズタに裂け、顔のカバーも木っ端みじんに砕けて顔に無数の切り傷を残している。力を失った体がアスファルトに叩きつけられる音が生々しく響いた。

 

「沖田ァ!」

「う、ぐ……」

 

 こちらの呼びかけに沖田が呻く。まだ息がある。回収しなくては――。

 だが、侵略体もこの隙を見逃さなかった。爆発によってできた空白へと、控えていた後列が雪崩れ込んでくる。まずい。沖田のところに侵略体のほうが先にたどり着いてしまう。

 

「沖田! 起きよ! 沖田ァ!」

「ノッブ……?」

 

 頭の上を銃弾が飛び交っている中、沖田がどうにか上半身を起こした。もはや用をなさなくなった対放射線装備が抜け殻のようにその体から剥がれ落ちる。

 

「何を寝ぼけておる! 早く――」

 

 その言葉は最後まで続かなかった。

 先ほどと同じ、装甲と起爆性を併せ持った侵略体が五体。沖田を仕留めようと巨大な手足を振り回して駆けてくる。

 やはりそうだった。こいつは沖田のためだけに用意された連中だ。

 ストーンフォレストの時、アンモナイト型の侵略体が「織田信長」を倒すために作られたように――。

 結局、フロリダ・ハリケーンの時も、ストーンフォレストの時も、決め手となったのは沖田の一撃だった。あの装甲を無視して軽々と敵を貫く絶技は、侵略体にとっても脅威だったのだ。

 だから罠を仕掛けた。装甲で沖田の攻撃を誘い、死に際の爆発で仕留める特注侵略体がこうして作られ、迫っている。

 

「沖田!」

「ぐ――ああ! 起きてますよ!」

 

 意識の戻った沖田が飛ぶような勢いで身を起こし、身軽になった体に羽織をまとう。もはやダメージが限界なのか、刃こぼれだらけとなったAUウェポンの刀を構え、沖田が侵略体に相対した。気迫は十分だが、今はそれよりも退くべきだ。

 

「沖田! そやつらに構うな! 早くこっちに来い!」

「う――そうですね。今は――」

 

 だが、敵も脅威(沖田)を見逃すはずがなかった。

 重装甲の侵略体が二体、身を丸めたと思うと勢いよく転がって来た。咄嗟に沖田が刀を構えるが――。

 

「どこを狙って?」

「マズい――」

 

 沖田の横をすり抜けた侵略体は、「信長」と沖田を結ぶ道――その両端に高くそびえるビルへと体当たりを敢行した。重装甲の巨体がやすやすと外壁を貫き、そして内部で大爆発が起こる。土台を崩されたビルがゆっくりと傾き、沖田へと続く道をふさごうとする。

 このままではビルが崩れ、道が寸断される。その前に――。

 

「沖田! 戻れ、沖田!」

「そうは言っても!」

 

 勿論その間にも侵略体たちは沖田を襲ってきていた。こちらも必死に銃弾を撃ち込むが、完全に無視して沖田に殺到していく。もともとの傷の深さと、その侵略体の波が沖田に退くことを許さない。

 しかもタイミング悪く、こちらの背後の市民の方へも侵略体が押し寄せてきていた。DOGOO隊員たちが銃を打つが、AUウェポンではないタダの銃弾では勿論歯が立たない。

 どうする。

 どうすればいい。

 

「「織田信長」! こちらにも援護を――」

「沖田! 早くこっちへ!」

「ノッブ! 私に構ってる場合じゃありません!」

 

 何もかも足りない。力も、手数も、判断力も。

 それでもなお、ただただ冷静に脳の片隅がとるべき行動を弾き出していた。だが、これを選べるわけがない。

 これを――選べというのか。

 

「ノッブ! 私は置いていってください!」

「な、何を言うか! 死ぬなど許さん! 死んでしまっては――」

 

 いつもこいつはそうだ。自分が死ぬことなんて怖くないとでも言いたげで。

 だから周りの人間がムリにでも引き戻さないといけない。死に場所なんて取りあげなくてはいけない。

 だというのに。

 

「死んでしまっては、全てお終いではないか!」

「ノッブ! いいえ――」

 

 ビルが崩れる。道が断たれる。沖田の姿が見えなくなる。

 

「織田信長。六天真緒」

 

 沖田が自分の名前を呼んだ。ふざけた仇名ではなく。ただ真摯にまっすぐと。

 

「後は頼みます」

 

 轟音とともにビルの残骸が地面に落ち、その向こうの様子が伺えなくなった。

 もはや選択の余地はない。対放射線装備を失い、傷も深く、回収すら困難で――。そんな冷静な言い訳が頭の中に積み重なっていく。その一方で、背後には救うべき大勢の市民を乗せたトラックが出発を待っている。

 トラックを運転する隊員が、侵略体に銃を撃ちながらもこちらに援護を求めてくる。

 

「「信長」! 早く――「信長」?」

「……行くぞ」

 

 振り返り、市民を乗せたトラックに襲い掛かろうとする侵略体を銃弾でハチの巣にする。何のことはない。重い体でも、そうと決めれば倒せないことはない。

 だが、数が多すぎる。今この場を離れなければ、トラックごと量に任せて押しつぶされる。

 

「トラックを出せ!」

「出せって、まさか」

「ああ。退く。沖田は――」

 

 沖田は。その先が言えない。だが。

 

「わしらは先に行く。さあ、トラックを出せ!」

「りょ、了解!」

 

 この後。トラックをキャンプに引き渡し、自分はすかさず元の場所へと取って返した。

 だが沖田がいたはずの交差点には、地面を埋め尽くすほどの侵略体の死骸と、彼女が身に着けていた対放射線装備の残骸があるだけだった。

 時を同じくして、指令はサンフランシスコからの完全撤退を決断、

 三日に及ぶ戦いの末、人類はこの町を進化侵略体に明け渡した。

 予測される死者は二万人以上。

 そして――E遺伝子ホルダーは一名が失踪。

 人類の敗北だった。

 

  *

 

 

 「ナイチンゲール」に消毒してもらってから、自分はずっとここにいる。キャンプの北側。サンフランシスコへと続く道が見える場所だ。

 ほとんど燃え尽きそうな赤い輝きを宿した目で、見る。

 

「沖田」

 

 そこに、人影が現れるのを待っている。

 だが誰も来ない。

 

「藤丸さん」

 

 時々、貸してもらった衛星電話で暗記している番号へとかける。

 だが誰も出ない。

 

「どうして――」

 

 三日三晩にわたるサンフランシスコの戦いが六天真緒からすべてを奪ったのだった。

 

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