これで原作は四巻が終わり。残り三分の一、頑張っていきます。
「人間――五十年――」
人ひとりいない町に、虚ろな歌声が響いていた。
軽い歩調で街を歩む「織田信長」が発する声だ。彼女の戦闘服に仕込まれた無線からは、彼女を案じるチームメイトの声が響いてくる。
だが、それに応えず「信長」は歌い、歩く。
放射線対策として戦闘服に追加されたヘルメットが、彼女の表情を隠していた。
「下天の内をくらぶれば――」
『「信長!」 先行しすぎです! 現在地を送ってください!』
『聞こえてるの? 一人で行っちゃだめだよ!』
『大雑把でいい。あとはこっちの探知機で追う。だから応答するんだ』
「夢――幻の――ごとくなり――」
そんな彼女の背後に忍び寄るものがいた。ブロントサウルスのような、四足で歩く首長の恐竜のような姿をした巨体だ。だが地響きとともに「信長」に迫るそれには、刃のように左右に突き出した下顎と、何より虚ろに光る五つの眼があった。
進化侵略体だ。
「新種……「槍騎兵型」、じゃったか。まあ、どうでもよいが」
『「信長」! 応答して!』
通信に応えない「信長」へと、「槍騎兵型」の首が振り下ろされる。全身の膂力が長い首を振り回し、その遠心力が刃のように突き出た顎を凶器に変えた。
「ふむ」
「信長」は軽くかわすも、その攻撃は容易にアスファルトを割いた。二度、三度と振り回される攻撃がビルもお構いなしになぎ倒し、周囲の見晴らしをよくしていく。
だが、広がる視界にやはり人はいない。
ここはサンフランシスコ。元サンフランシスコ。
三か月前――。
あの日を境に、死の街となった。
のちに「水爆型」と名付けられた山椒魚型巨大侵略体の爆発、そしてその混乱に生じた歩兵侵略体の大量の群れ。放射線によりこちらの動きを鈍らせながら、奴らは一気に攻めて来た。
犠牲者は二万人にも上り、市民の救助に向かったDOGOOからも多くの死者が出た。
何より、一人のE遺伝子ホルダーも――。
人類が明け渡したサンフランシスコにやつらは我が物顔で乗り込み、進化し、たった三か月で恐竜にまで進化の歴史を駆け上がった。
放射能と侵略体の大軍に阻まれたこの街を取り戻す手段は今のところない。
これ以上の侵攻を防ぎつつ、こうして奴らの進化の具合を確かめに来るぐらいしか――。
「ぐっ……」
そろそろ反撃に転じようとしたとき、足がもつれた。疲労が体を重くしているのだ。
好機を逃すまいと「槍騎兵型」が頭を叩きつけてくる。虚ろな目が間近に迫り、どうにか受け止めるも、勢いそのままに壁に叩きつけられる。
壁をぶち抜き、無人の建物の中へと放り出される。背中が痛む。全身が重い。もうこのまま、全てを投げ出してしまいたい。だが。
「どうして――」
この三か月、まともに眠れたことはなかった。
「どうして、貴様らが――」
眠れない夜はアレを読む。サンフランシスコから救助された人々の長い長いリストを。もう内容はすっかり覚えてしまっているのに。
だが、そこに
疲労に負けて眠りに落ちても、例外なくあの日の光景を夢に見る。崩れゆく瓦礫の向こうで、儚く笑うその姿を。
それを最後に、
眠れるわけがないのだ。
「あやつらが――なのに、何故貴様らがのうのうと生きておる」
怒りが体を突き動かす。ボロボロの体に無理やり火が入れられ、銃口という形で現れる。
「どうして――!!」
銃声が響いた。
*
「今の! 「信長」だよ!」
「ええ!」
「ジャック」、「ジャンヌ」、「アヴィケブロン」は先行した「信長」を追っていた。
このところ、いつもそうだ。復讐に身を焦がす彼女は、いつの間にかこちらの眼を盗み、侵略体を殺すべく動いてしまう。何度止めても、言い聞かせても、見張っていても、全てが空振りだ。邪魔をしようとすれば、こちらも障害とばかりに睨まれ、身がすくむ。実際に突き飛ばされたのも一度や二度ではない。
致命的な暴力になっていないだけ、最後の一線は超えていないと信じるべきか――。
とにかく、一刻も早く彼女を見つける必要があった。
「ジャック」は探知機を持った「アヴィケブロン」に鋭く尋ねた。
「反応は!?」
「この先、もうすぐ――うわっ」
その驚きの声とともに、横合いの壁を突き抜けて巨体が転がり出て来た。「槍騎兵型」のものだ。その体のあちこちには銃弾で穿たれた穴が開いている。
その銃弾の主を見つけ、「ジャック」は駆け寄った。
「「信長」!」
だが、「信長」は「ジャック」を無視して侵略体へと歩いた。
そして、動かなくなったその頭を蹴り飛ばす。
無言で。
何度も。
蹴る。蹴る。蹴る。蹴る――。
「「信長」ってば!」
「ジャック」の声も無視して、蹴る。
ヘルメットに阻まれ、その表情は伺いづらい。だが、やり場のない思いが、そうしなければ自分の体を食い破ってしまいそうになっているのだろうか――。
「ジャック」がそんな思いに沈んでいたとき、「ジャンヌ」が鋭く叫んだ。
「みなさん! この侵略体、まだ――」
その言葉にバッと振り返れば、侵略体が尻尾をもたげていた。その先には、やはり鋭利に輝く刃。他の皆のフォローも間に合わない。その鋭い一撃が、至近距離にいた「信長」の顔を襲った。
ヘルメットが宙に舞う。
「小賢しい――!!」
「信長」が銃口を「槍騎兵型」の頭に押し付け、容赦なく引き金を引いた。今度こそとどめが刺される。
「「信長」! 大丈夫!?」
「ジャック」が駆け寄るも、それを拒絶するかのように、小さな体に侵略体の返り血が降りかかった。
「信長」はなおも銃撃をやめない。侵略体の頭の残骸が細切れになってあたりに散らばる。銃弾がアスファルトを叩き始め、音が変わってようやく「信長」は撃つのをやめた。
「ジャック」は自分のヘルメットにかかった返り血を乱暴にぬぐい、その眼に「信長」をとらえた。彼女のヘルメットが吹き飛び、素顔があらわになっている。
食事と睡眠の不全が肌から潤いを奪い、こけた頬が不気味な青白さを見せている。
黒く艶やかだった髪は乾いて伸び放題になり、あちこちに白髪や枝毛が混じっている。
その口元は後悔と怒りで食いしばられ、かつてのような快活な声は決してあげない。
何より、眼は幽鬼のように落ちくぼみ、それでもなお地獄の炎さながらに赤くぎらぎらと燃え滾っている。
「……マオ」
「ジャック」は思わず、コードネームではなく彼女の本名を呼んだ。
淡い死の匂いがした。