ノッブナガン   作:喜来ミント

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CV:飛田展男



三十七ノ銃 フローレンス・ナイチンゲール

 

 暖かい感触。

 まるで、母に抱かれているような――いや。自分の母は、幼いころに死んでしまった。だから姉夫婦が代わりに育ててくれた。自分でも覚えていない、古い古い記憶がそうさせるのか。心地よいまどろみが体を包む。

 

「「織田信長」。起きてください」

 

 だれかが自分の――E遺伝子の名前を呼ぶ。この冷たくもどこか優しい声は――そう。

 

「起きてください。どうやら爆発はやり過ごせたようです」

 

 爆発――。

 

「はっ」

 

 眼を開けると、眼前に眠る「ジャック」の顔があった。

 

「え? どういう……」

 

 状況が理解できない。おまけに、ほとんど身動きができない。とても狭く、しかし明るく暖かい空間。

 どうにか首を回すと、まるで鳥籠のようなドアの向こうから、怜悧な美貌の女性が覗きこんでいるのが見えた。

 ようやく記憶がつながった。ここは――。

 

「世話に、なったようじゃな」

「ええ」

 

 「ナイチンゲール」の手を借り、彼女のウェポンであるランプの中から這い出る。自分を追い出したそれは、赤子のように頭を下にして眠る「ジャック」の身を残して扉を閉じ、巨大な翼とともに「ナイチンゲール」の背後へと納まった。

 

「ここは……」

「どうにかあなたたちを保護しました。が、爆発の余波で吹き飛ばされたようです」

「そうか……」

 

 あの時のように、来るべき場所に来た、と言うのだろう。装備を整える時間もなかったのだろう。防護服すら着ていない「ナイチンゲール」は立ち上がると、遠くに見える巨大な人型を指さした。

 

「あそこに、おそらく他の方々が」

「あれは……「アヴィケブロン」の? どうし……何故じゃ? 「ジャンヌ」ではなく……」

「分かりません。とにかく、他のホルダーと合流しましょう。歩けますか?」

「ああ……」

 

 「ナイチンゲール」自身、状況が分かっていないのだろう。通信も回復していない。あの爆発が戦況を滅茶苦茶にした。

 その中で――彼女は自分を救った。

 自分だけを。

 

「何故」

「なぜ、とは」

「何故、わしばかりを救う……。その力は、わし以外を救えと言わぬのか?」

 

 遠くで巨大なゴーレムがガラガラと崩れていく。おそらく「アヴィケブロン」は身を挺して皆を守ったのだろう。そんな無茶をして無事でいるはずもない。

 今日だけではない。

 三か月前も。他にも――。

 

「何故――どうして、私ばかり助けるの……!! 何をしろっていうの! もう、沢山だよ……!」

 

 演技の仮面が被れない。眼の炎がちっとも着かない。

 情けない。足が震えて動けない。

 怖い。

 「信長」は――真緒は、よろめくようにして「ナイチンゲール」に縋った。

 

「どうして、そんな力があるのに、私以外を助けてくれないの!? 藤丸さんも、沖田も、神様は助けろって言わなかったの!? そんなの、おかしいよ……!

「「信長」……」

 

 知っている。彼女自身、救う相手を選べない力だと言っていた。それでも理不尽だと嘆くしかなかった。

 

「どうして、みんな助けてくれないの!!」

「う――」

 

 「ナイチンゲール」自身、突き刺さるものがあったのだろう。彼女は自分の寄りかかる力を支えきれず、地面に倒れた。

 硬い音がした。

 

「え?」

「……すみません」

 

 「ナイチンゲール」はこちらの身をどかすと、腰のポーチから包帯を出した。てきぱきと自分の負傷箇所に巻いていく。

 右目を覆うように、そして右腕にも。

 

「その傷……」

「見られて、しまいましたか」

 

 頭の中ですべてがつながった。

 不気味なほどに気配を感じさせないのは何故か。

 どんな激務に追われても、顔色一つ変えない理由。

 「ジャック」と二人で一つのE遺伝子を共有する意味。

 今、防護服もないのに、放射能の満ちる街で平気でいるわけ。

 

「そう、だったんだ」

 

 自分を爆発から守った時の傷が開いたのだろう。地面にぶつかっただけでそうなるとは思えない。

 だが、包帯を巻いていると言うことは、もう見た目を繕うことすら難しいのか。

 包帯を巻き終えた「ナイチンゲール」が手を差し出す

 

「……行きましょう」

「そっか。あなたは、「ジャック」の、エヴァの――」

 

 言葉とともに手を取ろうとした瞬間、皆がいるはずの方から光と熱が浴びせられた。

 

「あれは……」

 

 真上に立ち上る炎は、ゆっくりと向きを変え、地平線の向こうから押し寄せる侵略体の群れに叩きつけられた。

 炎の轟音と、数多の侵略体の断末魔が入り混じり、怖気がするようなハーモニーを奏でている。だが、その炎の熱は、自分がまき散らしていたものとは違う。憎しみと、怒りに任せたものではない。

 守るために。

 敵を、寄せ付けないために。

 

「「ジャンヌ」!」

 

 思わず走り出していた。

 疲労は限界に達している。あちこちの傷が痛い。先ほどまでのように、怒りが体に鞭打ってくれるわけでもない。

 よろめきながら、みっともなく、それでも仲間のもとへと走る。

 

「いやだよ……!」

 

  *

 

「「信長」!」

 

 「ナイチンゲール」は、走り出した「信長」を呼び止めるも、止まる気配はない。心身ともに限界を超えているはずなのに。

 彼女を追うべきか、迷う。

 防護服に身を包まず、この翼を背負った状態で皆に姿をさらせば、今までの秘密が全て台無しになる。そうしてでも――翼?

 

「何故、消えていない?」

 

 「信長」は守ったはずだ。だがモード・夜鳴鶯(ナイチンゲール)は解除されていない。それが意味することとは。

 慌てて、眼に力を籠める。鶏頭図(円グラフ)を模したターゲットサイトが、世界の危機となる場所を示している。

 

「あそこは――」

 

 目を疑う。だが、行かなくては。もはや秘密を惜しんでいられる状況ではない。

 何より――。

 今回は、自分から飛んだわけではない。

 ヤヴィンで待機している時、唐突にエヴァから()()()()()()感覚を覚えた。そして一瞬遅れて、「声」が自分を呼んでいるのが分かった。

 ならば、自分の役目は終わりつつあるのかもしれない。

 それでも、今見えているものをどうにかしなくては。

 

「早まらないで――」

 

 「ナイチンゲール」は翼を広げ、「信長」の後を追った。

 

  *

 

 どうにか駆けつけた真緒の眼に映るのは、炎と、それを茫然と眺める一同だった。

 

「これは……どうなってるの?」

「え? 「信長」! 無事でよかった!」

「「三蔵」! それより、あれって――!」

 

 自分の雰囲気が変わってしまったのを感じたのだろう。「三蔵」は戸惑いつつも教えてくれた。

 

「ええ。「ジャンヌ」よ」

「そんな! 止めなきゃ!」

 

 そんな自分に「李書文」が言う。

 

「止めると? 今まで自分がなりふり構わずやっておいて、急にどうした」

「でも、あんなの……死んじゃうよ!」

「ほう。だから止めようと?」

 

 「李書文」が吠える。

 

「そう言ってきた仲間の声を何度無視した!?」

 

 言い返せない。そうだ。さっき、死にかけて、やっと恐怖を覚えるまで、ずっと自分は自暴自棄だった。

 それでも。

 

「仲間が死ぬのは、いや……!」

「――やむを得んか」

 

 「李書文」は一足飛びで「ジャンヌ」の横へと踏み込むと、槍を振るって彼女の手から剣を弾き飛ばした。

 ふっつりと炎が途絶える。そして、「ジャンヌ」自身が力尽きたからだろう。彼女を縛り付けていたAUウェポンが砕け散り、その細い体が倒れようとする。

 

「「ジャンヌ」!」

「……生きてはおるな」

 

 「ジャンヌ」を受け止めた「李書文」が、ボロボロの彼女を連れてこちらにやって来た。肌はあちこちが酷いやけどだ。長くて立派だった金色の髪も燃え落ちて、本当に――。

 

「う、ぐ……」

 

 もう、どうしようもない。

 失った二人のために、なりふり構わず戦っていたのに。

 それで死にそうになったら怖くなって。

 今更のように皆が傷つくのが嫌になって。

 「ジャンヌ」も「アヴィケブロン」もボロボロになって。

 どうしようもなく、最低だ。

 

「……そいつの手当てをしておれ。おい、お師さん! すぐに敵も突っ込みなおしてくるぞ! 用意を!」

「え、ええ! 戦車隊! 整列して!」

 

 「ジャンヌ」の炎でも敵勢を削り切ることはできなかったらしい。ただただ泣きじゃくる自分をよそに、周囲は戦闘態勢を立て直そうとしている。

 それなのに、自分はどうして。

 全部空振りで、裏目に出て。どうしようもなくて。

 藤丸さんと沖田のために死んであげることすらできなくて。

 仲間のために止まることさえもできなくて。

 このざまだ。

 

「最低だ。もう……生きていたくないよ」

『ほう』

 

 自分の内側から声がする。

 

『ならばその体――要らぬのだな?』

 

 ずっと自分の背中を押してきた力が、眼に灯って来た熱さが、弱り切った意志を飲み込んでいく。

 

  *

 

「「信長」!」

 

 周囲が呆気にとられる中、翼を羽ばたかせて「ナイチンゲール」は「信長」のもとへ降り立った。

 「信長」はうつむいたまま動かない。彼女の前には、酷いやけどを負った「ジャンヌ」がいる。とにかくこちらからだ。ランプの光を「ジャンヌ」に当てつつ、「信長」の肩を揺らす。

 

「ショックは分かります。でも……止まっていては危険です。今すぐ、後ろに……」

『なんじゃ、貴様は』

 

 驚きに目を見開く。その声は、小柄な少女に似つかわしくない、低くしゃがれたものだった。

 そしてどこからともなく現れた銃が、自分の腹に突き付けられ――。

 

  *

 

 突然の「ナイチンゲール」の登場に驚いていた一度を、さらなる驚きが襲った。

 うつむいた「信長」がどこからともなく銃を取り出し、「ナイチンゲール」の腹を撃ったのだ。

 

『気安いな、貴様。わしを誰と心得ておる』

 

 ゆらり、と立ち上がる「信長」の顔には、彼女のウェポンの一部である仮面が張り付いていた。その眼は地獄の炎のように赤く輝いており、ただ事ではないことをうかがわせた。

 

『第六天魔王波旬、織田信長なるぞ』

「「信長」!? それに、アレ、どうなって……」

 

 それだけではない。撃たれた「ナイチンゲール」もだ。

 なぜか防護服も身に着けず、更に巨大な翼を背負っている彼女を皆が気にしていた。もともとDOGOOの古参ということもあり、何か事情があると踏んでいたものも多かっただろう。

 だが、決定的な異常がそこにあった。

 撃たれた「ナイチンゲール」の脇腹が、まるでガラスのように砕けているのだ。そこからは一滴の血も落ちず、無機質な断面が覗いている。

 「信長」に向かい合うように立ち上がる彼女は、そんな状態だというのに、汗一つ浮かべていない。

 ただ、「ジャック・ザ・リッパー」が持っているはずの巨大なナイフを「信長」に突き付け、顔をゆがめながら叫んだ。

 

「織田信長! あなたを――切除します!!」

 

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