暖かい感触。
まるで、母に抱かれているような――いや。自分の母は、幼いころに死んでしまった。だから姉夫婦が代わりに育ててくれた。自分でも覚えていない、古い古い記憶がそうさせるのか。心地よいまどろみが体を包む。
「「織田信長」。起きてください」
だれかが自分の――E遺伝子の名前を呼ぶ。この冷たくもどこか優しい声は――そう。
「起きてください。どうやら爆発はやり過ごせたようです」
爆発――。
「はっ」
眼を開けると、眼前に眠る「ジャック」の顔があった。
「え? どういう……」
状況が理解できない。おまけに、ほとんど身動きができない。とても狭く、しかし明るく暖かい空間。
どうにか首を回すと、まるで鳥籠のようなドアの向こうから、怜悧な美貌の女性が覗きこんでいるのが見えた。
ようやく記憶がつながった。ここは――。
「世話に、なったようじゃな」
「ええ」
「ナイチンゲール」の手を借り、彼女のウェポンであるランプの中から這い出る。自分を追い出したそれは、赤子のように頭を下にして眠る「ジャック」の身を残して扉を閉じ、巨大な翼とともに「ナイチンゲール」の背後へと納まった。
「ここは……」
「どうにかあなたたちを保護しました。が、爆発の余波で吹き飛ばされたようです」
「そうか……」
あの時のように、来るべき場所に来た、と言うのだろう。装備を整える時間もなかったのだろう。防護服すら着ていない「ナイチンゲール」は立ち上がると、遠くに見える巨大な人型を指さした。
「あそこに、おそらく他の方々が」
「あれは……「アヴィケブロン」の? どうし……何故じゃ? 「ジャンヌ」ではなく……」
「分かりません。とにかく、他のホルダーと合流しましょう。歩けますか?」
「ああ……」
「ナイチンゲール」自身、状況が分かっていないのだろう。通信も回復していない。あの爆発が戦況を滅茶苦茶にした。
その中で――彼女は自分を救った。
自分だけを。
「何故」
「なぜ、とは」
「何故、わしばかりを救う……。その力は、わし以外を救えと言わぬのか?」
遠くで巨大なゴーレムがガラガラと崩れていく。おそらく「アヴィケブロン」は身を挺して皆を守ったのだろう。そんな無茶をして無事でいるはずもない。
今日だけではない。
三か月前も。他にも――。
「何故――どうして、私ばかり助けるの……!! 何をしろっていうの! もう、沢山だよ……!」
演技の仮面が被れない。眼の炎がちっとも着かない。
情けない。足が震えて動けない。
怖い。
「信長」は――真緒は、よろめくようにして「ナイチンゲール」に縋った。
「どうして、そんな力があるのに、私以外を助けてくれないの!? 藤丸さんも、沖田も、神様は助けろって言わなかったの!? そんなの、おかしいよ……!
「「信長」……」
知っている。彼女自身、救う相手を選べない力だと言っていた。それでも理不尽だと嘆くしかなかった。
「どうして、みんな助けてくれないの!!」
「う――」
「ナイチンゲール」自身、突き刺さるものがあったのだろう。彼女は自分の寄りかかる力を支えきれず、地面に倒れた。
硬い音がした。
「え?」
「……すみません」
「ナイチンゲール」はこちらの身をどかすと、腰のポーチから包帯を出した。てきぱきと自分の負傷箇所に巻いていく。
右目を覆うように、そして右腕にも。
「その傷……」
「見られて、しまいましたか」
頭の中ですべてがつながった。
不気味なほどに気配を感じさせないのは何故か。
どんな激務に追われても、顔色一つ変えない理由。
「ジャック」と二人で一つのE遺伝子を共有する意味。
今、防護服もないのに、放射能の満ちる街で平気でいるわけ。
「そう、だったんだ」
自分を爆発から守った時の傷が開いたのだろう。地面にぶつかっただけでそうなるとは思えない。
だが、包帯を巻いていると言うことは、もう見た目を繕うことすら難しいのか。
包帯を巻き終えた「ナイチンゲール」が手を差し出す
「……行きましょう」
「そっか。あなたは、「ジャック」の、エヴァの――」
言葉とともに手を取ろうとした瞬間、皆がいるはずの方から光と熱が浴びせられた。
「あれは……」
真上に立ち上る炎は、ゆっくりと向きを変え、地平線の向こうから押し寄せる侵略体の群れに叩きつけられた。
炎の轟音と、数多の侵略体の断末魔が入り混じり、怖気がするようなハーモニーを奏でている。だが、その炎の熱は、自分がまき散らしていたものとは違う。憎しみと、怒りに任せたものではない。
守るために。
敵を、寄せ付けないために。
「「ジャンヌ」!」
思わず走り出していた。
疲労は限界に達している。あちこちの傷が痛い。先ほどまでのように、怒りが体に鞭打ってくれるわけでもない。
よろめきながら、みっともなく、それでも仲間のもとへと走る。
「いやだよ……!」
*
「「信長」!」
「ナイチンゲール」は、走り出した「信長」を呼び止めるも、止まる気配はない。心身ともに限界を超えているはずなのに。
彼女を追うべきか、迷う。
防護服に身を包まず、この翼を背負った状態で皆に姿をさらせば、今までの秘密が全て台無しになる。そうしてでも――翼?
「何故、消えていない?」
「信長」は守ったはずだ。だがモード・
慌てて、眼に力を籠める。
「あそこは――」
目を疑う。だが、行かなくては。もはや秘密を惜しんでいられる状況ではない。
何より――。
今回は、自分から飛んだわけではない。
ヤヴィンで待機している時、唐突にエヴァから
ならば、自分の役目は終わりつつあるのかもしれない。
それでも、今見えているものをどうにかしなくては。
「早まらないで――」
「ナイチンゲール」は翼を広げ、「信長」の後を追った。
*
どうにか駆けつけた真緒の眼に映るのは、炎と、それを茫然と眺める一同だった。
「これは……どうなってるの?」
「え? 「信長」! 無事でよかった!」
「「三蔵」! それより、あれって――!」
自分の雰囲気が変わってしまったのを感じたのだろう。「三蔵」は戸惑いつつも教えてくれた。
「ええ。「ジャンヌ」よ」
「そんな! 止めなきゃ!」
そんな自分に「李書文」が言う。
「止めると? 今まで自分がなりふり構わずやっておいて、急にどうした」
「でも、あんなの……死んじゃうよ!」
「ほう。だから止めようと?」
「李書文」が吠える。
「そう言ってきた仲間の声を何度無視した!?」
言い返せない。そうだ。さっき、死にかけて、やっと恐怖を覚えるまで、ずっと自分は自暴自棄だった。
それでも。
「仲間が死ぬのは、いや……!」
「――やむを得んか」
「李書文」は一足飛びで「ジャンヌ」の横へと踏み込むと、槍を振るって彼女の手から剣を弾き飛ばした。
ふっつりと炎が途絶える。そして、「ジャンヌ」自身が力尽きたからだろう。彼女を縛り付けていたAUウェポンが砕け散り、その細い体が倒れようとする。
「「ジャンヌ」!」
「……生きてはおるな」
「ジャンヌ」を受け止めた「李書文」が、ボロボロの彼女を連れてこちらにやって来た。肌はあちこちが酷いやけどだ。長くて立派だった金色の髪も燃え落ちて、本当に――。
「う、ぐ……」
もう、どうしようもない。
失った二人のために、なりふり構わず戦っていたのに。
それで死にそうになったら怖くなって。
今更のように皆が傷つくのが嫌になって。
「ジャンヌ」も「アヴィケブロン」もボロボロになって。
どうしようもなく、最低だ。
「……そいつの手当てをしておれ。おい、お師さん! すぐに敵も突っ込みなおしてくるぞ! 用意を!」
「え、ええ! 戦車隊! 整列して!」
「ジャンヌ」の炎でも敵勢を削り切ることはできなかったらしい。ただただ泣きじゃくる自分をよそに、周囲は戦闘態勢を立て直そうとしている。
それなのに、自分はどうして。
全部空振りで、裏目に出て。どうしようもなくて。
藤丸さんと沖田のために死んであげることすらできなくて。
仲間のために止まることさえもできなくて。
このざまだ。
「最低だ。もう……生きていたくないよ」
『ほう』
自分の内側から声がする。
『ならばその体――要らぬのだな?』
ずっと自分の背中を押してきた力が、眼に灯って来た熱さが、弱り切った意志を飲み込んでいく。
*
「「信長」!」
周囲が呆気にとられる中、翼を羽ばたかせて「ナイチンゲール」は「信長」のもとへ降り立った。
「信長」はうつむいたまま動かない。彼女の前には、酷いやけどを負った「ジャンヌ」がいる。とにかくこちらからだ。ランプの光を「ジャンヌ」に当てつつ、「信長」の肩を揺らす。
「ショックは分かります。でも……止まっていては危険です。今すぐ、後ろに……」
『なんじゃ、貴様は』
驚きに目を見開く。その声は、小柄な少女に似つかわしくない、低くしゃがれたものだった。
そしてどこからともなく現れた銃が、自分の腹に突き付けられ――。
*
突然の「ナイチンゲール」の登場に驚いていた一度を、さらなる驚きが襲った。
うつむいた「信長」がどこからともなく銃を取り出し、「ナイチンゲール」の腹を撃ったのだ。
『気安いな、貴様。わしを誰と心得ておる』
ゆらり、と立ち上がる「信長」の顔には、彼女のウェポンの一部である仮面が張り付いていた。その眼は地獄の炎のように赤く輝いており、ただ事ではないことをうかがわせた。
『第六天魔王波旬、織田信長なるぞ』
「「信長」!? それに、アレ、どうなって……」
それだけではない。撃たれた「ナイチンゲール」もだ。
なぜか防護服も身に着けず、更に巨大な翼を背負っている彼女を皆が気にしていた。もともとDOGOOの古参ということもあり、何か事情があると踏んでいたものも多かっただろう。
だが、決定的な異常がそこにあった。
撃たれた「ナイチンゲール」の脇腹が、まるでガラスのように砕けているのだ。そこからは一滴の血も落ちず、無機質な断面が覗いている。
「信長」に向かい合うように立ち上がる彼女は、そんな状態だというのに、汗一つ浮かべていない。
ただ、「ジャック・ザ・リッパー」が持っているはずの巨大なナイフを「信長」に突き付け、顔をゆがめながら叫んだ。
「織田信長! あなたを――切除します!!」