ノッブナガン   作:喜来ミント

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三十八ノ銃 魔王

 

 1796年、パリ。

 

「遺伝子……そんなものがあるとすれば、なるほど、納得のいく話です」

「そうだろう?」

 

 名門、サンソンの屋敷の地下で、すでに隠居の身であるシャルル=アンリ・サンソンは奇妙な客人をもてなしていた。

 彼は宇宙からやって来たのだという。そして地球の未来のために、戦士となるものを探していると――。

 すでに彼の手元にあるフラスコの中に、自分の血は収まっている。三千人近くの命を奪って来た自分の力が後世の役に立つのだとすれば、願ってもない話だ。

 珍しく協力的な相手に機嫌をよくしたのか、客人はいろいろな話を聞かせてくれた。ともすると、この先百年以上の科学史が書き換わってしまいかねないようなことまで。

 

「その遺伝子……つまり人体の設計図が細胞の一つ一つに収まっていると。納得できる話です。血のつながりがあるものたちは、その体のつくりや、場合によっては病気のかかり方まで似通っていることがあった。それを決める何かをずっと探していましたが、眼に見えないほど小さなものなのですね」

「そういうわけだ」

「いえ、待ってください。だとすると……命の本質とは、その遺伝子なのでは? 血をつなぐため、命は生きている……ならばこの体は、遺伝子の乗り物に過ぎない? ただ単に増えるのではなく、多くの生き物が雌雄を決めて遺伝子を交わらせるのは、多様性を得るため? そうか、そうすればその多様性でもって環境の変化に耐えることができる。そうして生き残った者たちがまた新たな遺伝子を残し、場合によっては枝分かれし――」

「それを進化と言う」

「進化、ですか」

「大したものだ。これだけのヒントでここまで推論できるとは」

「先ほど言った通り、多くの人間を見て来た結果ですよ。生きているものも、死んでいるものも……」

 

 サンソンの背後、いや、部屋中を埋め尽くす本棚には、膨大な資料が収まっていた。この資料から導き出された医術は、神秘から抜け出せずにいた時代の医療の常識をとっくに追い抜いていた。

 

「まさしく君は傑物だよ」

「傑物?」

「そう。先ほど言った進化だが、それでも例外と言うものがある。普通に進化の道筋をなぞっていてもたどり着けない存在。良くも悪くも枠から外れた存在と言うものが生まれ落ちることがある」

「ジャンヌ・ダルクのような?」

「……そんなところだ」

 

 明言を避けたが、今こうして面と向かっている以上、彼がかの聖女と対面したことがあるとサンソンは確信した。

 

「そしてイレギュラーな存在である傑物は、進化の道筋を追ってくる敵への対抗手段となる。君の遺伝子も役に立ってくれるだろう」

 

 フラスコの中で自分の血がちゃぷんと揺れる。医師として、処刑人として、それを不気味とは思わなかった。

 

「それをどうするのですか?」

「進化侵略体と戦うための特殊遺伝子――E遺伝子へと改造する。そして、その時が来るまで、適応者の血脈に乗せて未来へと運んでもらう」

「改造とは、どのような?」

「そうだな。色々あるが、一番大事なのは、その第一目的を『進化侵略体の殺害』に変えることだ」

 

 思わずサンソンは椅子を蹴って立ち上がった。老いた体が痛むが、しかし。

 

「それは――遺伝子の本来の目的は、さっきの話が確かなら『生き残ること』のはず! それより優先させるのですか?」

「そうだ」

「それは――肉体と言う船に、危険な同乗者を乗せることになる。もしものことがあれば!」

「無いはずだ。ごくごく僅か、無視できる程度の可能性でしかない。確かにE遺伝子は肉体の安全よりも侵略体の駆逐を優先とするだろう。それでも、肉体の持ち主自身の持つ本来の生存本能が、その危険な同乗者を抑え込んでくれるはずだ」

「……やむを得ないのですか」

「ああ。時間がない。私の星から持ち出せた技術も、機材も、完全ではない。何度となくシミュレートした最善がこれだ」

「……その未来が訪れないことを願いつつも、聞かせてください。もしも。もしも、その生存本能(ストッパー)が外れてしまったなら、どうするのですか?」

「その時は――」

 

  *

 

 ナイチンゲールは「織田信長」――いや、織田信長に叫んだ。

 

「肉体を持ち主に返しなさい! 自分が何者か、分かっているでしょう!」

『そちらこそ。おかしなものよなあ? 貴様もわしと同じであろうに……』

 

 信長が手を一振りすると、どこからともなく無数の火縄銃が現れた。支えるものもなく、宙を埋め尽くさんばかりに湧き出た銃に周囲がどよめく。

 

侵略体(てき)を滅ぼす。拒むならば――貴様も敵じゃ』

「切除します!」

 

 銃弾の雨が降り注ぐ。今まで「信長」が扱っていたものとは比べ物にならない。一発一発が致命傷になる。

 だが、眼に全神経を集中させる。スローに見える光景の中、辛うじて縫える隙間がある。

 

「そこ!」

 

 右に、左に、上空に、地上すれすれに――直線と曲線を複雑に組み合わせたアクロバティックな飛行。銃弾の雨をかいくぐり、その胸にナイフを突き立てる――。

 

『ぬるい』

 

 だが、完璧なタイミングで信長が身をひるがえし、回し蹴りをナイチンゲールの顔面に叩き込んだ。

 頭の右側に巻いていた包帯がほどけ、その下のひび割れた顔がむき出しになる。

 地面に放り出された自分の手足を容赦なく追撃の銃弾が射抜く。固く乾いた音がして、手首と足から先が木っ端みじんに砕け散った。

 

「がっ……」

『ぬるい、ぬるい。所詮は医者か。まっすぐ飛び込んでくるとはのう』

「まっすぐ、ですって?」

 

 あの複雑な飛行でようやくかいくぐった銃弾の雨が、全て計算のうち?

 第六天魔王、織田信長。これが本物。生きるか死ぬかの時代を駆け抜けた猛将――。

 だが。

 

「その体を、開放しなさい……!!」

『ならぬ。この娘は、この体が要らぬと言った。ならばわしはその本懐を果たすまで』

 

 今更のように、地響きが伝わって来た。

 

『彼奴等を一匹残らず殺すまでよ……!』

 

 進化侵略体の群れがやってきているのだ。

 と、その時、信長の体を無数の光の輪が拘束した。

 

『これは……!』

「なんだかわからないけれど、加勢するわ!」

「「玄奘三蔵」!」

 

 続いて三人の男たちも飛び出す。

 

「とにかく、大人しくさせりゃいいんだよな!?」

「手加減はするが、保証はできんぞ……!」

「不可解なれど、加勢すべし!」

 

 信長が彼らの一人、「長可」を見て目を見開き、叫んだ。

 

『わしに牙をむくか! なぁぁぁがぁぁぁよぉしぃいいいいいい!!』

 

 その体から感じる威圧が一気に膨れ上がった。

 

  *

 

「こちら第一小隊! 通じてる!?」

『ザッ……ザザッ、ちら、部――こちら本部! 第一小隊か!? 通じましたよ、指令!』

 

 サンノゼから2㎞地点。爆風にあおられ、不時着したヘリからどうにか降りた第一小隊の面々は、ようやく本部への通信を捕まえた。「ビリー」が代表して状況を説明する

 

『そちらの状況は!? ヘリで移動していたはずですが――』

「サンノゼから2㎞地点に落ちた。さっきの爆風でね……」

『全員無事ですか!?』

「どうにか。だけど……」

 

 「ジェロニモ」は深刻な顔をして、行く末を見ている。「メリエス」は怯え切っているし、「ロボ」も大人しくしていた。

 物陰に隠れる自分たちなど目もくれず、大量の侵略体の群れがサンノゼ方面へと突き進んでいく。

 

「これはマズいよ。サンフランシスコ方面から防衛線に向かって数え切れないほどの侵略体が移動してる。僕らだけじゃどうにもならない」

『防衛線の様子は!?』

「分からない。そっちからの通信は?」

『まだ復旧していません』

「そうか。……さっき、大きな炎が見えた。それで一度足止めされたようだけど、それも止んだよ。」

『……! 指令!』

『出動可能なホルダーに緊急招集を! それからサンノゼの状況を――』

『――人間――』

「え?」

『「ビリー」、何か言いましたか?』

『――五十年――』

「いや、そっちこそ」

 

 その時、サンノゼの方へとカメラを向け、何とか状況を見ようとしていた「メリエス」が悲鳴を上げた。

 

「な、な、なんじゃありゃあ!」

「どうした!? サンノゼは無事なのか!?」

「いやもうそんなアレコレじゃなくてもうわけわかんなくて――見て!」

 

 「メリエス」が投射したものを見て、その場の全員の意見が即座に一致した。

 「ロボ」がウェポンを発動して巨大な狼の姿になる。「メリエス」を担ぎ上げた「ジェロニモ」と「ビリー」が乗ると、彼は即座にサンノゼの方へと向かって走り出した。

 侵略体たちと並走する形だが、奴らはこちらに目もくれない。それどころではないのだろう。あちこちで伝令役の鳴き声が飛び交っている。

 

「司令部! サンノゼで何かが起きてる! 映像送った! もうすぐ肉眼でとらえられる!」

『え、映像確認しました――それと、進行方向に巨大なE遺伝子反応が現出!』

『――下天のうちをくらぶれば――』

『遺伝子紀元、1582年です!!』

『――夢――幻の――ごとく――』

 

 通信に割り込む歌。その遺伝子紀元。それが確かなら――。

 

「あれが、「織田信長」だっていうのかい……?」

 

 サンノゼの方で立ち上がった姿は、優に10メートルを超えていた。

 その身を形作っている、奇妙に捻じ曲がった骨格とワイヤ―のようなものは、よくよく見れば「織田信長」の身に着けていたウェポンの意匠と似ている。しかしその姿は異形としか言いようがなく、帯と銃のパーツがめちゃくちゃに組み合わさって出来た人型は、進化侵略体など及びもつかない禍々しさを放っていた。

 その右腕は五メートルを超えるほどに巨大化した一ノ銃。

 左手は火縄銃の群れがいびつな翼のようなものを形作り、旗印たる永楽通宝がねじ込まれている。

 そして何より、その顔面部。

 ワイヤーに絡み取られた「信長」と、その顔に張り付いている仮面。

 本来砲台として動いていたその仮面は、今は血走った眼玉で眼下を見下ろし、そこに意志が宿っていることを隠そうともしていない。

 

『わしは第六天魔王波旬、織田信長なるぞ!!』

 

  *

 

 ナイチンゲールは、歪に変形した「信長」を上空から見下ろして歯噛みした。

 E遺伝子がとうとう人の形を逸脱している。武器の威力も増すばかりだろう。このままでは――彼女の体が耐え切れなくなる。

 

「織田信長!」

 

 イチかバチか突っ込もうとしたとき、仮面が()()()()とこちらを向き、口を開いた。

 

「しまっ――」

 

 咄嗟に背中のランプから「ジャック」を脱出させる。行き先を考えている暇はない。信長の口に仕込まれた銃が火を噴いたのは、「ジャック」を切り離したまさにその瞬間だった。

 腹から下の感覚が途切れる。とうとう真っ二つになったらしい。羽も砕け、宙に放り出される。

 

「「ナイチンゲール」!!」

「「ナイチンゲール」さん!」

 

 誰かの叫ぶ声がする。だが、もはや自分にできることはなく。

 

「エヴァ――あなたが、どうか、一人で飛べるまでに、育ってくれていることを願います」

『最後に鳴くか、(うぐいす)

「――情けない母で、ごめんなさい」

 

 次の一撃で、ナイチンゲールの意識は完全に砕け散った。

 

  *

 

 落ちて来た「ジャック」を受け止めた「ジェロニモ」は、ただただ目の前の光景を見るしかなかった。

 事情は分からない。だが、「ナイチンゲール」はもう助からない。あの化け物のようになってしまった「信長」は、「ナイチンゲール」を仕留めたのに満足したのか、こちらから意識を逸らしている。

 向かう先は――敵だ。

 押し寄せる進化侵略体へと、歪な巨人が右腕の銃を向けた。

 

『便利なものよな。願えば(つつ)がいくらでも強くなる――なぜこの体はそうせぬ? うつけか?』

 

 メキメキと音を立て、ただでさえ巨大な銃が更に大きく、強く、歪に変形していく。

 

『敵の数が圧倒的ならば――それを圧倒する火力を用意すればよい!』

 

 大砲としか言いようのない大きさとなった銃の先端に光が灯る。そして、その分だけ――。

 

「まずい! あんなものを撃ったら、「信長」の体が耐えられん!」

「オペレーター! AUボールをシャットダウンして!」

『そ、それが――できません』

 

 オペレーターの報告に一同がざわめく。

 

『25号ボールにシグナルがありません! 今の「信長」は、ボール無しでウェポンを発動しているんです!』

『そんな……』

 

 通信機の向こうで、指令の悲痛な声が漏れた。

 

『こんなものが、E遺伝子だというの……?』

 

 第六天魔王は止まらない。

 その本懐を果たすため、敵を根絶やしにするため。

 ただ、一発を放った。

 もはや銃弾ではない、極太の光線と化したその威力は、地面を揺らし、大気を歪ませ、一直線に進化侵略体の群れをぶち抜いた。

 装甲の有無も関係ない。物量の多さも気に留めない。ただただ、圧倒的な威力でもって群れを蹂躙する。

 たった一発ですべてがひっくり返った。

 地平線の向こうまで続く侵略体の群れが丸ごと地上から消えた。残り火が燃える光線の軌跡に、一拍遅れて侵略体の残骸がボトボトと降り注ぐ。

 もはや歴然だ。敵の勢力は取り返しのつかない大打撃を受けた。

 だがその代償は――。

 

「ぐっ、が、あ」

 

 意識のないままの「信長」の全身から血が噴き出した。

 

『是非も無し』

 

 魔王はそれを意に介さず、満足げに呟いた。

 

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