DOGOO指令室。
リアルタイムで反映される映像の中。サンノゼにて、魔王が一撃を放った。
通信機の向こうから響く轟音が機器という機器をハウリングさせる。カメラがとらえた光がモニターを通して一同に降り注ぐ。
そして、その音と光が止んだ時。
「偵察機より報告! 敵損耗率68%! 進行速度低下――敵後続部隊、撤退していきます!」
敵の撤退。サンノゼの防衛に成功したというその報告に、素直に歓喜の声をあげる者はいなかった。
広がるのは、ただただどよめきだ。
戸惑いつつも撤収と対処の指示を開始したオペレーターたちを眼下に、指令は土偶に問いかけた。
「あれは……どういうことですか? あなたは知っていたのですか?」
「……すまない。ああなる可能性は、無視できるほど小さいはずだったのに……タガが、外れてしまったんだ」
「タガが?」
「AUボールは、ホルダーが持っている力を増幅し、安定させる器具に過ぎない。つまり理論上はボールが無くてもウェポンの形成は可能だが、しかし――同時に、安全装置でもあった」
「では、ボールを使っていない今の彼女は――」
「ああ。彼女の体を奪った織田信長のE遺伝子を止めるすべはない」
「そんな! では、彼女はどうなるのですか!?」
「……二択だ。外部から止められるか、さもなくば――」
モニターに映る「織田信長」は、異形の巨人に磔にされたまま、全身から血を流していた。
その行く末は。
指令は一歩踏み出し、オペレーターたちに指示を出すべく息を吸い込んだ。だが。
「どうするつもりだ」
「……決まっています。止めさせるんです」
「……こうなっては。もう、どうしようもない。本当の意味で、生きることを投げ出してしまう人間がいるなんて、思わなかったんだ。だから――」
指令はその言葉に、杖を思いきり振りかぶった。
ガン、と場違いに響いた大きな音に一同が驚く。一番驚いたのは、叩かれたカプセルの中にいた土偶自身だった。
「……そうだったな。君は、そういう人だった」
「ええ。だから私を選んだのでしょう」
「そうだな。
「ええ」
指令は改めてオペレーターたちに向き直ると、指示を飛ばした。
「全ホルダーに通達! 進化侵略体に警戒しつつ、「織田信長」の救出を!」
その言葉に、オペレーターたちは一瞬顔を見合わせたが。
「……はい!」
「了解しました!」
「聞こえますか!? 動けるメンバーは――」
直ちに状況が再開された。
*
にわかに活気づいた指令室の隅で、一人「フーヴァー」は苦い顔をしていた。
不可解だ。何もかもが、分からないことだらけだ。
オペレーターたちの状況整理の補佐はウェポンである書斎に任せつつ、自分自身の頭で考えを進めていく。そんな場合ではない。「信長」の危機であると分かっていても、今考えざるを得ないことがある。
DOGOOという組織、そしてその抱える人材たちについて。
「四年前、だったか」
自分がDOGOOに属し、特殊班に属したころには、世間には公表こそされていなかったが、DOGOOと言う組織自体はすっかり出来上がっていた。
超国家機関として進化侵略体の対処に当たるという性質上、DOGOOの中心にあるのはAUホルダーたちであるかのように各国は報じている。組織の中にいても、結局前線で動くのが彼らである以上、その意識は強い。
だが、もとをたどればホルダーたちを作ったのは土偶だ。指令と土偶ではなく、土偶だ。それが分かる。土偶と指令の会話を何度か耳に挟んだだけで、彼らがすべての情報を共有しているわけではないとわかる。サンジェルマンに至っては、それよりもう一歩遠い位置にいるだろう。
そもそも、指令は人間だ。そういう意味では、土偶とは違う。地球で――現地でスカウトした人材と言う意味では、指令もまた、AUホルダーたちとは本質は変わらない。
土偶しか知らないことがある。そのことが、今日までに生じた疑問を解くカギとなる。
「ジャック」と「ナイチンゲール」の関係。
「ダ・ヴィンチ」や「シェイクスピア」ら古参の持つ奇妙な雰囲気。
そして、今日の「信長」の暴走。
「だが、まずは――生きて帰って来い、馬鹿者」
届かないとわかってなお、「フーヴァー」は画面の向こうの「信長」をにらんだ。
*
敵が退いていく。それを見て、異形の魔王は声をこぼした。
『ほう。退くのかよ』
「おい、まだ動くぞ、こいつ!」
そんな眼下の声を無視し、魔王は侵略体の群れへと向かう。己の本懐を成し遂げるために。
『進撃ぞ!』
だが、敵もやられるままではない。すかさず背中に棘をはやした四足の恐竜の一団が魔王に立ちはだかると、その背から棘を発射した。その標的は魔王の中心――つまり「信長」だ。
だがそこをやられてはマズいと魔王も分かっているのか、周囲のホルダーたちが動くより先に、火縄銃の群れである左腕を薙ぎ払った。一発一発が戦車を潰しかねない棘のミサイルたちが、あっさりとあしらわられる。
『片腹痛きかな!』
そして、再び右腕の砲を構えた。しかし――。
『ぬう!?』
「それ以上はやらせない!」
「玄奘三蔵」のウェポンが作る光の環だ。それが魔王の右腕をがんじがらめにして離さない。
「今のうちに!」
「応とも! 動けるものは続け!」
「李書文」ら、動ける人員が率先して動き、殿と務める侵略体たちを蹴散らしていく。
「敵は撤退している! これ以上こいつに撃たせるな! さもなくば「信長」の身がもたん!」
『おのれ、邪魔だてを!』
その言葉とともに魔王が身を震わせた途端、周囲の光景が
周りはこれまでの戦いと「水爆型」の爆発により、ボロボロの瓦礫が散乱するばかりの寂しい場所になっていた。だが、それが一瞬にして、炎を噴き上げる戦場へと変貌した。
「なっ……!」
錯覚かと思うほどの急激な光景の変化。しかし気のせいではない。肌が焦げる。のどが焼ける。眼が痛む。汗が吹き出し、指先から灼熱にむしばまれていく。
視界の端で、侵略体たちも同じようにもがき苦しんでいた。さらに。
「お師さん!」
今日だけで何度目の無茶をしたのか。「三蔵」が膝をつき、魔王の戒めが弱まった。
『ふん』
軽い身震いで光輪が砕け散る。魔王は悠々と灼熱地獄を進み、侵略体を追い始めた。
「李書文」は「三蔵」のもとに駆け寄り抱き起こした。朦朧としている。仕方ない。持ち歩いている水筒の水を彼女の顔に浴びせた。
「お師さん!」
「うぐ……う。なに、コレ。熱い、熱い……」
「あまりしゃべるな! 喉が焼ける!」
介抱している「李書文」ですらつらい状況だ。だが――。
戦車隊から入った通信に、耳を疑った。
『「李書文」!? いきなりどうしたんだ!?』
「いきなり、だと!? 見てわからんのか!」
『いや、先ほどと、なにも……』
「なに?」
もしや、E遺伝子ホルダーと侵略体にしか効いていないのか。だとすると――。
*
「う、ぐ」
「ジャック」は「ジェロニモ」の腕の中で目を覚ました。
「目が覚めたか。すまない。この熱さは――」
「わかるよ……」
分かる。何度も肌で感じたことがある。
マオが怒った時に放つものだ。アレは錯覚じゃなかった。「織田信長」としての能力の一端だったんだ。
「マオ……」
「動くな。さっき、「ナイチンゲール」のランプから放り出されたばかりで――こちらも、よくわかっていないのだが」
「「ナイチンゲール」……お母さん」
そうだ。思い出した。
自分はマオを救うために、グライダーで飛んでいたんだ。それで、翼が欲しいって思って、急に『声』が聞こえて――。
「あ――」
見える。
聞こえる。
自分がいま、どうすべきか。でもそれは――。
「嫌!」
「「ジャック」? どうした」
逃げるように、「ジェロニモ」の手を振り払う。急に支えを失って倒れる。それでも、眼は勝手にそっちを向いていた。
見える。
遠く、歪な巨人にとらわれたマオの左胸に。
聞こえる。
背後から、どうすべきを告げる声が――。
「嫌! こんなものを見せないで!」
『分かっているのでしょう』
背後にいるのは――お母さんだ。今までの、切り裂きジャックとしてじゃない。間違いない。これが本当の
『先ほど、体を失って、ようやくもとに戻りました。かつて分かれた、切り裂きジャックとしての私と、ナイチンゲールとしての私が一つになったのです。だから――見えるはずです』
「嫌だよ!」
「何をさせたいの!? だって、あそこは――死んじゃうよ!」
『あそこを刺す以外、あれは止まりません。地球のためにあれを止めなくては』
「どうして――おかあさん、どうして!」
『救いなさい! エヴァ・ミューアヘッド!』
その声が示す先。今もまさにマオの体がボロボロになっていく。血がこぼれていく。でも――。
「嫌だ! こんなものを見せないで! お母さん!」
叫んだ瞬間。自分の眼に、どこかからか光が浴びせられた。
「え?」
「メリエス」だ。「ビリー」が指さすままに、ウェポンであるカメラから出る光をこちらに向けている。
「び、「ビリー」さん。本当にこれでいいんですか?」
「ああ。思った通り。
「メリエス」の光が写し取ったターゲットサイトが現実へと反映される。マオの胸に、転写されたターゲットが重なり――。
「ダメ!」
「決めてたんだ。次はためらわない。外さないってね」
「ジャック」が目を閉じるより、「ビリー」が引き金を引く方が早かった。
侵略体を追っていた魔王の意識のスキを突く銃撃は、間違いなくマオの左胸を捕らえた。
血の花が咲く。
魔王が崩れ落ちていく。
戦場から幻の熱が消えていく。
「い――いやあああああああ!!」
「ジャック」の叫びが戦場に響いた。