体中が痛い。真緒はそう思った。
眼が覚めて、眼を開くよりも先に感じたのは、全身にまとわりつく痛みだった。傷としての痛みもあちこちに感じるが、それ以上に、とてつもない無理をやらかした代償なのだということを否応なしに理解させられる質の痛みだった。
「ここは……」
ぼんやりと天井を見上げながら、思わずと言った風に呟いた言葉。それに応える声があった。
「「ヤヴィン」の病院だ、「信長」――いや、六天真緒」
「「フーヴァー」……?」
自分が寝ているベッドの横で、不機嫌そうに足を組んで椅子に座っている。その視線はいつも以上に険しく、重い。その目線に見下ろされたままでいるのは居心地が悪かった。
なんとか体は動く。上半身を起こし、目線を彼女と合わせた。
「私は、一体」
「お前の体は……異常活性化したE遺伝子に乗っ取られた。前面に出た織田信長の力は、サンノゼに迫っていた侵略体を撃退した。その全身の傷は、その際の反動によるものだ」
「反動……」
「覚えているか? E遺伝子が、お前の限界を超えて力を使ったせいだ。そして……その左胸の傷」
おぼろげだが、覚えている。気を失う寸前――。
「ビリー」の眼光と、胸を貫いた弾丸。
ならばなぜ、自分は無事なのか?
「活性化したE遺伝子は、心臓の近くに疑似的な臓器を作り出し、体を操作する中心としていた。AUボールの代わりのようなものか……そして、「ビリー」はその一点を貫き、E遺伝子を含んだ血液を体外に排出させることで、暴走を止めた」
「そんなことが」
「「ビリー」自身は、直感に従って動いただけだと言っている。そのポイントを示したのは、「ジャック」だ。なぜ彼女の眼に、貫くべき場所が映り込んでいたのか――」
「「ジャック」――エヴァは、今、どうしてるの?」
「茫然自失だ。……何を言っても聞く耳持たない。お母さん、お母さんと呟くばかり……」
「フーヴァー」は深々とため息をついた。
「全く、お前ら第二小隊は謎だらけだ。「ジャック」と言い、「ジャンヌ」もあんな奥の手を隠していた……。そして、お前もだ」
「私? 私は……」
「六天真緒」
「フーヴァー」はコードネームではなく、本名で真緒を呼んだ。その意味とは。
「お前はもう、「織田信長」ではない」
「…………」
「さっき言った通り、E遺伝子はほとんどが体外に排出された……。三か月前、サンフランシスコのキャンプで聞かせた構想も丸つぶれだ。お前の力が本当に必要だったんだ。戦士ではなく、軍師として!」
「フーヴァー」の声が段々と熱を帯びる。
「ストーンフォレストの時……! そう、あの時、私が最後はサポートしてやったとはいえ、今後の趨勢を決するあの戦いで、お前はあの作戦を打ち立てた! 私の判断は間違ってなかった! だからこそ、お前に後方で戦うことを提案したんだ! なのにお前は、死に急いで、挙句にE遺伝子まで失くした! 初めて! 私一人ではできないと、そう結論を出したのに、お前は!」
「……だって、あの時は」
そう、あの時は。二人を失ったばかりのあの時に、後方で作戦を立てるだけだなんて、とても受け入れられなかった。
「戦うのをやめるなんて、出来なかったよ」
「だから考えなしだっていうんだ、お前は……!」
「フーヴァー」は真緒の胸ぐらをつかみ上げた。
「私の誘いを蹴って戦いに行くなら、死んで帰ってくるなんて許さなかった! なのにお前は……もう、戦えない。命を拾っても、もう、「織田信長」としては……」
「フーヴァー」が力なく項垂れたとき、指令がドアを開けて病室に入って来た。
「……話は済みましたか?」
「……イエス、マム」
肩を落とし、無言のまま「フーヴァー」は立ち去った。
「何か、用ですか」
「ええ。……お話があります」
「それは……」
予想はできていた。
「六天真緒。あなたに、DOGOO除隊を命じます」
*
撤退から丸一日。「信長」が目を覚ましたという報告が、ようやく一同の間に張り詰めていた空気をほぐしてくれた。
だからこそ、と言おうか。彼女の身を案じる方が先だ、と先送りにしていた感情がぶり返してくる。
「……「ビリー」」
「何だい、「ジェロニモ」」
「お前はあの判断が正しかったと思うか」
「ジェロニモ」の重々しい問いに、問われた「ビリー」ではなく、部屋の隅の「メリエス」がびくりと肩を震わせた。「ビリー」の言うままに、「ジャック」の瞳を映したことを気にしているのだろう。
「ジェロニモ」はあえて「メリエス」を視界の外に追いやり、「ビリー」に一歩近づいた。
「答えてくれ」
「……決めてたんだ」
テンガロンハットに隠れ、「ビリー」の表情は伺いづらい。
「ストーンフォレストの時さ、「戦艦型」のイカに手玉に取られただろう? あの時、僕が動くべきだった。早撃ち、飛び道具の撃墜、僕の得意分野だ。だけど、あの時C・フォレスターを救ったのは「信長」だった。でも僕が動くべきだったんだ。次はこうしない。……そう決めてた」
「……昨日が、その「次」だとでも」
「ああ」
「ジェロニモ」は「ビリー」の帽子をひったくった。「メリエス」が慌てて止めに入る。
「ちょ、「ジェロニモ」さん」
「……その顔を、何故見せない」
「ビリー」の眉間には、後悔と不安が深いシワを刻んでいた。
「何故、飄々とふるまう」
「……だってさ、仲間を撃ったんだよ? いろいろ理由はつけたけれど、それは事実だ」
「ビリー」は帽子を奪い返し、しかし被らないまま言葉を続けた。
「……多分、本当は「ジャック」の役目だったんだと思う。あの子には、周りに知られていない能力があるんだと思う。昔からしょっちゅう、見えない何かと話してた……。だから、今回のこれも、きっと何か意味があるんだって思って」
「信じたのか」
「信じるしかなかった。他にやるべきことが思い浮かばなかったんだ」
「……頭を、冷やしてくる」
「ジェロニモ」は喫煙所へと向かうことにした。病棟からラウンジの方へと続くドアを開ける。
「おっと」
「……「サンソン」?」
意外な人物だった。
「こんにちは、「ジェロニモ」。一服ですか?」
「……ああ。何故君がここに?」
「少し、報告したいことがあって」
「残って聞いた方がいいか?」
「いえ。ひとまず、いる人だけに、と思って来たので。ちゃんと後で全員に共有しますから、大丈夫です」
「……そうか、助かる」
そのまま、タバコの自販機があるはずの休憩所へと向かう。すると、もう一度驚くことになった。
「……タバコはやめたんじゃなかったのか」
「アメじゃ満足できなくてな」
「フーヴァー」がタバコを吸っているのを見るのはいつ振りだろう。
「一本くれるか?」
「ケチるな。大体、誰がこの癖を……まあいい。残りがあると、吸いたくなる」
そう言って「フーヴァー」は箱ごと残りのタバコを投げて来た。ありがたくもらっておく。
いつもの銘柄だ。
ただし、火は自分でつけた。
「自己嫌悪中、と言う顔だな、「フーヴァー」」
「お前もそうだろう。……プロファイリングするまでもない」
「ああ」
会話が一度途切れた。沈黙は苦に感じない方だが、今は何かを話し続けたかった。だからだろうか、さっき見かけた人物のことが、口に浮かんだ。
「そういえば、「サンソン」が来ていたようだが」
「人数不足でな。来てもらった。あいつも今回の調査結果を話したいと言っていたし……」
「……人数?」
「第二小隊は全滅だ。一人はノイローゼ。一人は大やけど。疲労困憊に、E遺伝子の喪失……。第一小隊が四人、第三小隊も四人、「ナイチンゲール」が失踪して、特殊班が二人……あと数分で、サンノゼの警戒のために来る第四小隊が三人――」
「待て、何の話をしている?」
「人の話を聞いていないのか? 人数の話だ」
「フーヴァー」がタブレットをいくつか操作すると、DOGOOの人員の情報が最新の状態に更新された。
「……ちょうどいい。今、「アヴィケブロン」が目を覚ました。予後も良好……それと、記録映像の照合の結果、「ナイチンゲール」の
「何を企んでいる?」
「
*
真緒との会話を終えた指令が、C・フォレスターに戻ろうとヘリポートに向かおうとしたとき。通路をふさぐように、多くの人影がそこにいるのを認めた。
「……あなたたち」
「失礼。直接お話ししたかったもので。待ち伏せしてしまいました」
先頭にいるのは「フーヴァー」だ。
「何の用ですか?」
「いくつか知りたいことがあります。あなたたちしか、いや土偶しか知らない事も含まれているかもしれません」
「……そのために、人を集めたのですか?」
「ええ」
「ジェロニモ」、「ビリー」、「メリエス」、「ロボ」。
「李書文」、「呂布」、「三蔵」、「長可」。
「ネロ」、「ロビン」、「アマデウス」。
「フーヴァー」、「サンソン」。
そして車椅子のままどうにかやってきたという様子の「アヴィケブロン」。
その彼が不満げに言った。
「死にかけの僕を引っ張り出してまで、指令に聞きたいこととは何だ、「フーヴァー」。いい加減話してくれ」
「まあ待て。順番を追って、だ。……ここに、14人のE遺伝子ホルダーがいます。「ナイチンゲール」と「信長」の除隊をもって、全28名となったホルダーのちょうど半数です」
「……確かに、それだけの人数が一丸となって求めれば、大抵の質問には答えなくてはならないでしょうね」
「では、聞きましょう」
「フーヴァー」が言う。
「E遺伝子とは、何なのか?」
一瞬の間。指令が唇を噛み、そして意を決して話し出そうとしたとき――。
「やあ間に合った間に合った! 抜け駆けとは感心できませんな「フーヴァー」!
「嘘をおっしゃいよ、バード。もうあのころには三十を過ぎていただろう」
名前を言う必要すら感じさせない長台詞が一同を釘付けにした。
そして彼の隣には黒髪の女性が一人。穏やかな微笑み、ミルクを溶かしたかのような肌、均整の取れた肢体。滅多に見かけることのない彼女の名前を誰かが呼んだ。
「「レオナルド・ダ・ヴィンチ」……? 北極の担当では? なぜここに?」
「バードが来いと無理を言うからね」
そう言って隣の「シェイクスピア」を小突いた。
「フーヴァー」が驚きに目を見開くが、すぐに表情を改めた。
「……予定とは違うが、まあいい。どの道お前たちにも聞きたいことがあったんだ。DOGOO最古参、初代第一小隊のメンバーたちにはな。「シェイクスピア」。「ダ・ヴィンチ」。……そして、「コロンブス」」
「……その名前も知っているとは」
指令が驚いた顔で言う。しかし、一同の顔を見直して、ついには決心をしたようだった。
通信機を取り出し、土偶に通信を飛ばす。
「……私です」
『何だい?』
「もう、隠すのやめにしましょう。全てをE遺伝子ホルダーたちに話さなければいけないようです」
沈黙が落ちる。
『……そうか。では、私も君に隠していたことを話そう』
その言葉に、一同も驚いていた。土偶と指令は全ての情報を共有しているとばかり思っていたのだろう。
唯一、「フーヴァー」だけがやはりと言う表情をしていた。
「では」
「ええ。……お話ししましょう、全てを」
*
「ヤヴィン」にある一室。「ナイチンゲール」の名前が書かれた部屋には、熱も明かりもなかった。
布団には糸くずも垢もなかった。床には髪の毛一つなかった。誰かが掃除したわけではない。ずっとそうだったのだ。
彼女はそういう存在だった。
「お母さん……」
でも、彼女とのつながりを求めるにはそこしかなかった。
「ジャック」は何度も、ぬくもりの名残すらない布団に顔をうずめ、母を求めた。
「お母さん……どうして……」
ただ、机の上で、読まれることのない手紙だけが沈黙していた。
――
諸事情で煮る切りから筆名を変えようかと思います。しばらく併記し、そのうちに統一します。よろしくお願いいたします。