『「ジャンヌ・ダルク」より本部。現在「アヴィケブロン」と降下中です。20秒後に高雄市上空に到着。戦闘区域に突入次第「ジャック・ザ・リッパー」の援護に向かいます』
『本部より「ジャンヌ・ダルク」。敵情報を送る。上陸した「進化侵略体」は約200体。
『ただし?』
『「進化侵略体」と交戦中の「E遺伝子ホルダー」は「ジャック・ザ・リッパー」にあらず。繰り返す。交戦中の「E遺伝子ホルダー」は――』
*
怪物たちが迫る。撃つ。銃が跳ねる。真緒の身の丈ほどもある銃は、その通りの反動を発砲のたびに持ち主の小さな体に浴びせ、足を浮かせかねないほどだ。
「ええい、跳ねっ返りが過ぎる!」
ばらけていては守りづらい。ナイフで戦っていた少女をひっつかみ、藤丸さんたちがいる橋の上に飛び乗ったはいいが、四方八方から敵が迫ってくる。
「六天さん!」
「こっちからも!」
「ええい、言わんでもわかっとる!」
「『ダメ……。連射しないで、もっと威力を抑えて――』」
「貴様に至っては何言っとるか分からん! 日本語喋らぬか!」
「『通じてないんだろうな……』」
そんな真緒の様子を見て少女も何事かを言うが、英語なためわからない。だが、現状に何かアドバイスをくれているのだろう。
むやみに撃ってもダメだ。妙なヒレみたいな足のくせに怪物どもは器用に跳ねて動き回る。そしてカジキマグロよろしく尖った切っ先を突き出してくる。ならば最後の動きは必ず――。
真緒は一度撃つのをやめた。
「『あれ? 通じてた?』」
真緒は一番近い敵に素早く狙いを定め、弾丸を放った。指先の感触はない。意志がそのまま引き金となる。過たず、弾丸が敵の額をぶち抜いた。反動で銃口と体が跳ねる。
「こっちも来てる!」
「ちい!」
真後ろだ。一度銃を解除。身軽になった身を回し、もう一度銃を生成。引き金を引く。反動を殺す。銃を解く。振り向く。銃を作る。撃つ。反動を殺す――。
「『まずい』」
敵の攻撃は突きだ。ならば最後の動きは溜めてからの突撃、直線だ。だからそこを叩く。銃の強みを捨てたジリ貧の状態だが、それしかない。しかし――。
「『両方から来てる!』」
「分かっとる!」
言葉が通じなくとも意味は分かった。これはもはや、反動云々言っていられない。どうにか――。
「『派手にやっているようだね』」
突然、橋の石畳がめくれ上がり、土と岩でできた巨大な手が突き出した。手は怪獣の頭を不器用につかむと、そのまま地面にたたきつけた。怪物が苦しそうにもがいているあたり、残念ながら致命傷ではないようだ。
「何じゃ!?」
「『アヴィケブロン……』」
「『やあ、「ジャック」。いい薬になっただろうか。何のためにサポート役が二人もついていると思う? 先走って怪我をされては意味がない』」
何事かを嫌味っぽく言いながら橋の上を歩いてくる男は、少女と同じく戦闘服のようなものに身を包んでいたが、それ以上に顔をすっぽりと覆う奇妙な仮面が真緒の目を引いた。それに加えて、右手を覆う巨大な金色の籠手――10個の円が22本の線で結ばれた樹のような図形が刻まれたそれが、少女のナイフや自分の銃と同じものであることを、真緒は直感的に感じ取った。
少女が呼ぶ名は聞き覚えがないが、味方なのは確かだ。
「六天さん、また来てる!」
「っとと、すまぬ!」
男に気を取られている間に別の怪物が迫っていた。慌てて向き直る――。
「『気を抜かないで!』」
しかし、「アヴィケブロン」を追い越すように駆け込んできた金髪の少女が地面に旗を突き立てた途端、見えない障壁のようなものが怪物を阻んだ。自分たちをぐるりと囲むように描かれた円の中に怪物は入ることができず、障壁に顎先をぶつける音がガツガツと響く。
これだけの攻撃を受けて平然としている障壁の元になっているのは、少女が掲げる二メートル余りもある旗だ。穂先が槍になっているそれは、純白の布に刻まれた紋章をなびかせ、一行を鼓舞するように輝いていた。
見事な金髪を三つ編みに結った少女が鋭く仲間に注意を飛ばす。
「『何をのんびりとしているのです、「アヴィケブロン」!』」
「『済まない』」
「『それと「ジャック」!』」
「『お説教は後にして……』」
「『それから貴女!』」
「え? わし?」
急に話を振られ(たと思った)、真緒は自分を指さした。
「『そうです! 貴女、いきなり巻き込んでしまってすみませんが、攻撃を! 私たちの中で攻撃能力があるのは貴女だけなのです!』」
「……何言っとるかサッパリわからん」
が、何をすればいいかはなんとなくわかる。巨大な手が抑え込んだままの怪物の頭を撃ち抜き、さらに障壁の外の怪物も倒すべく目線を向けた。
「『「ジャンヌ・ダルク」から本部へ! 未確認のホルダーと接触しました。協力を得られそうです――』」
「おお、そうじゃ」
金髪の少女が耳に手を当て、どこかと話しているのを見て、真緒は素早く手を伸ばした。
*
指令は不安そうに声をこぼした。
「大丈夫でしょうか、あんな訓練も積んでいない子に……」
『大丈夫だ。織田信長――こと戦闘のセンスに関しては抜群だよ。本当に面白い傑物だった――いや』
「?」
『今はもう、あの娘か』
その瞬間、「ジャンヌ」と通信していたはずのオペレーターが耳を抑えた。
『ニホンゴ――――!!』
少女の大声が指令室いっぱいに響き、そこにいる全員の目が点になる。
『ニホンゴワカルヤツハオランノカ――!!』
「……確かに面白い子ですね」
『そういう意味じゃないんだけど』
「困りましたね。オペレーターの中に日本人はいたかしら――」
呆れる二人の背後から、一人の男が歩み出た。
「指令。お任せを」
「サンジェルマン」
奇妙ないでたちの男だった。皮と金属で心ゆくまで装飾を凝らした格好は、規律正しい指令室にはおよそ似合わない。しかし、彼自身のまとう雰囲気が空気を上書きし、そちらが正しいような気分にさせる――そんな男だ。
「ニホンゴも嗜んでいるの?」
「当然でしょう。何せ私はサンジェルマン、サンジェルマンですから!」
*
「おおい! 聞こえとらんのか!」
「『ちょっと、やめてください!』」
「『何をしているんだい、「ジャンヌ」』」
「『この人が、急に――』」
『『その人に通信機を渡してやってくれ、「ジャンヌ」』』
通信機ごしに聞こえた声に、「ジャンヌ」は戸惑いながらも戦闘服から通信機を取り外し、真緒に差し出した。
「ん? なんじゃ、くれるのか」
『ご機嫌よう「織田信長」。いや、「久しぶり」と言うべきか。私の名を覚えているかはわからないが、改めて名乗っておこう。サンジェルマンだ!』
「やっと日本語が通じるやつが来たかと思えば……サンジェルマン? パン屋か貴様」
そう指摘した真緒に対し、通信機の向こうの声は笑いで返した。
「『パン屋? いいや、私こそがサンジェルマンだ! もう一度自己紹介しておこう。サンジェルマンだ。名前は忘れてくれていい、サンジェルマン……そう! サンジェルマンだ! サンジェルマン……名前は重要ではない』
「うっさい奴じゃのう」
せっかくの話が通じる相手だが通信を切りたくなってきた。
『お困りだろう? 君の言葉を「ジャンヌ」たちに伝えてあげようか』
「何?」
願ってもない話だ。
「やたらと名乗るのを止め、通訳に徹してくれるなら考えよう」
『ははは! それでこそ君だ! 引き受けよう!』
とはいえこれで問題は解決した。
「聞くがよい、二人とも」
「『なんでしょうか』」
「『何か思い付きでも? この数をどうにかするのは大変だ』」
サンジェルマンは大人しく通訳に徹してくれているようだ。一拍遅れで「ジャンヌ」と「アヴィケブロン」の発言が伝わる。
「貴様が「ジャンヌ」でバリアーを使うのじゃな」
「『バリアーって言い方はちょっと……』」
「そして貴様が「アヴィケブロン」、地面を操ると」
「『正確には
そういって「アヴィケブロン」は籠手を地面に押し当てると、自分の横に1メートルほどのゴーレムを立ち上がらせた。
「そちらはよし。それと「ジャンヌ」よ、バリアーの強度に自信はあるか?」
「『バリ……ええ。ちょっとやそっとではこの旗は折れません』」
「よし。いけるやもしれん。「アヴィケブロン」よ、わしと来い」
「『言っておくけれど、周囲の「侵略体」すべての動きを止めるのはさすがに無理だ。一度に操れるのはこのセフィラの数と同じだけ。攻撃力もさほどないし、壁くらいにしかならない』」
右手の巨大な籠手に刻まれたセフィロトの樹を示しながら言うアヴィケブロンに、真緒は不敵な笑みを浮かべながら告げる。
「と、なると十か。期待以上よ。「ジャンヌ」はここでその子らを守っておるがよい。合図をしたらバリアーを一部解け。わしらは討って出る」
「『バリ……いえ、私も手伝います!』」
「貴様には動いてもらっては困る。加えて――」
いまだに気絶したままの藤丸さんと、怯えて動けない二人のクラスメイトを目線で示しながら真緒は言う。
「こやつらにもしものことがあれば、わしは何をするか自分でもわからん」
赤い瞳を爛々と輝かせ、壮絶な笑みを浮かべながら言う真緒に対し、「ジャンヌ」は言葉を失った。
そうこうしている間に、こちらを敵とみなした怪物たちは「ジャンヌ」のバリアーに押し寄せ、かなりの数が集まっている。真緒は「アヴィケブロン」に手短に指示を飛ばした。
「さあて、怪物どもも十分集まったところで……討って出る!」
「『……武運を』」
「ジャンヌ」が障壁の一部を解除した途端、怪物たちが雪崩れ込もうとする。しかしそれを「アヴィケブロン」が作った2メートルはあろうかというゴーレムが阻んだ。足以外の可動は度外視し、とにかく強度を優先したものだ。
「今じゃ!」
「『了解した』」
怪物たちの群れの中にゴーレムが無防備に五体を投げ出して怪物を押しつぶす。一体だけではない。初めの一体が倒れた背を踏み、二体目がその先に。二体目の背を踏み、三体目がその先に倒れ、道を作っていく。
最後の一体の操作を止め、物言わぬ塊となった計十体のゴーレムが作る15メートル強の道を、真緒と「アヴィケブロン」は怪物が押し寄せる前にすかさず駆け抜けた。
怪物たちの包囲を脱し、真緒はさらに指示を飛ばす。
「次じゃ!」
「『君は僕を建設業者か何かと勘違いしていないか』」
そういう「アヴィケブロン」がさらにゴーレムを作り出す。「ジャンヌ」を囲む群れから、こちらに狙いを変えた怪物たちの進路を狭めるように、左右に四体ずつ計八体。これもやはり、動きは考えずに壁として置く。
「左右にゴーレム。奥にバリアー。袋小路というにはちと隙間が多いが、十分よ!」
「『そして最後に……』」
真緒の背後に最後の二体がそびえ、それぞれの片方の手が真緒の小さな肩をがっしりとつかんで固定した。さらに、空いた手は怪物たちに突き付けた銃身に添えられる。
「重っ! が、これならば!」
銃が火を噴く。反動で真緒の体と銃口が跳ねそうになるが、「アヴィケブロン」の操作によってゴーレムがそれを無理やり押さえつけた。左右のゴーレムに進路を限定された怪物たちの列に、弾丸が雨あられと降り注ぐ。当然すべてが命中するわけではなく、奥の「ジャンヌ」へと流れ弾が行く。
「『ちょっと! 強度を確認したのはこのためですか!?』」
「自慢の旗じゃろ! 頑張れ頑張れ!」
「『ああもう!』」
「ジャンヌ」が旗を一層強く握りしめると、旗の輝きと障壁の強度が増した。
「『確かに当たってるが……数が多すぎる』」
「ちい!」
横合いから回り込んできた怪物を忌々し気に睨み付けたとき、真緒の脳裏でE遺伝子がもたらす記憶が閃いた。
『敵は武田の騎馬隊。鉄砲隊といえど一段では押し切られる。ならばどうするか――簡単なこと。一段で足りぬならば――』
真緒は左手を銃に添えられたパーツに突っ込むと、引き抜いて指鉄砲の形に構えた。すかさずAUウェポンがホルダーの意志を汲み取り、人差し指の先に銃口を彫る。
指先が火を噴き、横から迫る怪物の脳天を吹き飛ばした。
しかし怪物たちはひるまない。壁にしたゴーレムの頭さえ踏み越えて飛び跳ね、上空から落ちる勢いに任せて顎を突き刺そうとする。
「『上からも来る!』」
『二段で足りなきゃ――』
銃に乗っていた仮面の目に光が宿り、真緒の意のままに動いて空をにらむ。その口が開き、中から銃口が覗いた。
右手。左手。仮面。三つの銃口が火を噴き、四方八方から襲い掛かる怪物たちを撃ち倒す。
記憶の中の信長と、真緒が同時に言葉を叫ぶ。
「