「「地図から消えた島」……関連があるとは思っていたが、ドンピシャとはな」
待っていたと言わんばかりに「フーヴァー」が情報を出した。画面に映ったのは、奇妙な細長い生き物のスケッチだった。
「2006年、テグ島の島民全員が一夜にして姿を消すという怪事件が発生した。その時、たまたま島を出ていた住民の証言では、その少し前から、「奇妙な魚」が魚の網にかかるようになっていたという。その魚のスケッチと思われるのがこれだ。これを描いたアメリカ本土の作家は、島民と一緒に行方不明となった。……そうだな?」
『ああ。これが、進化侵略体による最初の人類への攻撃だ。これを契機にして、各地でE遺伝子ホルダーが目覚め始めた。君たちがそうだ。そして――』
「そう。その時、たまたま隣の島の親戚のところに行っていた少年こそ、のちの「コロンブス」だ」
土偶が答え、「ダ・ヴィンチ」が後を引き継いだ。
それを聞いて、「ネロ」が声を上げた。
「ならば、「コロンブス」は!」
「ああ。彼の侵略体に対する恨みは凄まじいものがあった。翌年、第一小隊を組織し、ジョンストン島沖で出現した「魚雷型」を倒した初陣でも、彼は自分の身を顧みずに戦い続けた」
「それでは……まるで、「信長」のようではないか」
「そうだね。……それと同時に、彼は気になることを言っていた」
そして、続いての「ダ・ヴィンチ」の発言に、何人かがびくりとした。
「憎い以外にも、なんだか分からない衝動が、敵を倒せと言ってくると」
ホルダーたちがざわつく。自分たちの身にも覚えがあるのだ。
ずっと平穏に暮らしてきた自分たちが、何故世界のために戦うことができるのか。理由があるとはいえ、恐怖を押し殺して敵に立ち向かえるのはなぜか。
そして時折、「ジャック」や「沖田」、「信長」のように、自分の身を顧みない戦士が現れるのはなぜか。
「……続きを話そう。「コロンブス」は結局、そのあと、2007年の戦いで重傷を負ってしまった。私たちも戦いに不慣れだった――いや、これは言い訳だね。でもその時、妙なことが起きた」
『……暴走だな』
「そうだ。治療も間に合わず、彼は自分の命を諦めかけていた。故郷すら失い、もう生きる気力がなくなってしまったんだ。その時。彼の口から出た言葉を、はっきりと覚えている」
「……おお」
「ダ・ヴィンチ」の隣で「シェイクスピア」が身震いした。
「『じゃあこの体、俺にくれよ』と」
沈黙が落ちる。
そして、しばらくして「ビリー」が問いを口にした。
「それって――まるで「信長」と同じじゃないか」
「そうだ。奇妙な笑みを浮かべた彼は、不気味に変形したAUウェポンを繰り出し、残っていた侵略体を次から次へと倒していった。けれど、どんどん彼の体はボロボロになっていったよ。私たちが止めようとすると、敵とみなして襲って来た」
「必死、だったのです。我々は身を守るほかなかった」
「だから、やるしかなかったんだ」
「ダ・ヴィンチ」がAUウェポンを発動すると、彼女の左手に巨大な籠手が装備された。
その籠手から無数の紙片が飛び出し、固まり、あっという間に鳥のような
「私の能力は、こうして鏡文字の手記であらゆるものを作り出すこと。今でこそ北極圏を一人で守っているけれどね。当時の私は未熟だった。移動はコロンブスに、そして作った武器を使うのは、「シェイクスピア」の作る兵士に任せていたんだ」
飛行機が無数の紙片に戻り、更に数本の剣や銃を形作った。だが、それを支えるものはなく、虚しく床に落ちて散らばった。
「シェイクスピア」の作る舞台の道具たちに殺傷能力はない。たとえ銃や剣を携えた兵士たちを作り上げたとしても、敵を倒すことはできない。
だが、「ダ・ヴィンチ」の作る武器であれば別だ。
「私たちは必死に抵抗した。殺されてはならないと。だけど、必死になりすぎたんだ」
「そして、ついに恐れていたことが起きてしまったのです。」
「……ふと、「コロンブス」がよろけた。彼の体も限界に来ていたんだろう。だから、牽制のつもりで繰り出した剣が、当たってしまったんだ。結局、彼は助からなかった」
「吾輩が、やったのです」
「違うって、ずっと言っているだろうに。バード……」
「ダ・ヴィンチ」は一同に向き直った。
「こんなことがあったからね。私たちは指令の眼を盗んで土偶に問いただした。だけど……」
『「コロンブス」が何故暴走したのかを話すわけにはいかなかった。E遺伝子ホルダーが自覚を得て、集まり始めていた時期。最も大事な時期に、それを明かすことはできなかった。結局、「コロンブス」はただの戦死として処理することになった。……言い訳は、できない』
それを聞いて、指令は身を震わせた。
「……私にも、黙って?」
『むしろ、君にこそ言うことはできなかったよ』
土偶は言う。
『採取した遺伝子たちは、君の目の前でE遺伝子に改造した。改造したE遺伝子たちは、君に手伝ってもらって後世に伝えた。……許してもらえないと思ったんだ』
「そうやって、二千年も!?」
『ああ。ずっと隠していた』
「……いいでしょうか」
二人の言い合いが一度落ち着いたころ、「サンソン」が手を挙げて進み出た。
「つまりこういうことでしょうか。E遺伝子は、侵略体に対抗するために、侵略体の遺伝子を組み込んだものであると同時に――我々を戦士に変えるための仕組みが備わっていると」
『ああ。E遺伝子に施した改造において、もっとも重要なことは、その第一目的を「進化侵略体の殺害」に変えることだ』
「……それは、遺伝子の本来の目的、「生き残る」ことよりもですか?」
『そうだ、「サンソン」。君のもととなった男も、同じことを聞いたよ。……だが、ほかに方法はなかった。E遺伝子のほかにも、私の星では多くの可能性が試された。進化侵略体の遺伝子を使うなど、という意見も、数少ない生き残りたちの中で根強かった。だが……』
「駄目、だったのですか」
『ああ。時間も、機材も、技術も、人材も、何もかもが足りなかった。ついに私はたった一人になり――E遺伝子の有用性を確かめたその日、あらんかぎりの機材をかき集め、星の海に旅立った』
土偶は遠く、おそらく故郷であった星に思いを馳せるように宙を見上げた。
『そしてこの星に降り立った。やがてこの星にも侵略体がやってくる。この星は、この星だけはやらせない。――それこそが、私の復讐だ』
「……二千年、と言ったか」
ふと、「フーヴァー」がつぶやいた。
「ならば、指令は」
『ああ。今私が入っているコールドスリープ装置で、彼女を生きながらえさせていた。DOGOOの指令として、来るべき日に備えてもらうために』
「その通りです」
「ならば――指令。あなたは何者ですか?」
「私は、ただの町娘ですよ」
指令の答えに「フーヴァー」は納得しかねた様子だったが、無理に聞いても仕方ないと悟ったのだろう。一歩下がり、その場は引いた。
話がひと段落着いたのを見計らい、土偶は言う。
『今の話の通りだ。そうだ。君たちの体の中には、侵略体を殺すために改造された、侵略体の遺伝子が組み込まれている。……「信長」という例が出来た以上、それを除去するのも、おそらくは不可能ではないだろう。だから――君たちには、選択肢がある』
「……私たちが、それを選ぶと?」
『もう私が止めることはできない。いつでも言ってくれ』
「……舐められたものだ」
「フーヴァー」はため息をつくと、土偶に歩み寄った。
「今の話を聞いて、もう一つ疑問が浮かんだ。もしE遺伝子が本当に、侵略体を殺すために作られた凶器でしかないのなら――「ナイチンゲール」は?」
『彼女がどうかしたのか?』
「あの口うるさいおせっかい焼きは何者だったのかと聞いているんだ。人工甘味料すら消毒する、潔癖症の完璧主義者で――「ジャック」が戦うのを、いつも心配そうに見ていたあいつは何者だったんだ?」
「フーヴァー」がこぼした最後の言葉に、皆が無言で同意した。
『……見当がついているんじゃないのかい』
「ああ。
『その通りだ』
「ビリー」がその話に割って入った。
「ちょっと待ってよ。じゃあ、殺人鬼切り裂きジャックの正体は――」
『そういうことになる』
「それはおかしいよ。だって、「ジャック」は時々自分の背後の何かと話してた。あれこそ、切り裂きジャックのE遺伝子なんじゃ?」
「そうだな、「ビリー」。私も最初は「ナイチンゲール」と「ジャック」の二人のつながりを妙に思いつつも、今の仮説にはたどり着けずにいた。何せ、それぞれ一人の人間として独立し、それぞれがAUウェポンをきちんと持っていたからな。だが、第六小隊の「坂本龍馬」という例を見て考えが変わった。そして普段の「ナイチンゲール」の行動を振り返って確信を深めていった」
「フーヴァー」がタブレットを操作すると、監視カメラの映像を切り取ったと思われる静止画がスクリーンに映し出された。無数と言っていい数、壁一面のスクリーンを覆い尽くさんばかりに――いずれも「ナイチンゲール」を映したものだ。
「あいつは働き者だ。これ以上なく、いっそ逸話のフローレンス・ナイチンゲールさながらにな。だが、見ろ。これほど多くの画像のどれをとっても、あいつは食べ物も飲み物も口にしてはいない。眠っているところすら見たことがない。気配もなく動き、休みなく働き、疲れ知らずだ」
最後に大きく映し出された一枚。「信長」と向かい合っているのは、ストーンフォレスト作戦の前夜の物だろう。戦略を練っている真っ最中だ。参謀陣やオペレーターは長時間の作戦会議に疲れ果て、それぞれが本来の歳より十歳も老けて見えるくらいだというのに、その中心にいる「ナイチンゲール」は汗一つかいていない。
「この場に居たら流石に気づいていただろうが、あの時は生憎寝ていてな。……次」
続いて、二つの波長のようなものが映し出される。『No.13 Jack the Ripper: A.D.1888』と『No.1 Florence Nightingale: A.D.1888』と銘打たれた二つの波長は、寸分の狂いもなく重なった。
「盲点だったよ。……味方をスキャンしたことはなかった。だが昨日、指令室のログを洗って確認した。「ジャック」の持つ13番ボールと「ナイチンゲール」の持つ1番ボールに入力されていたE遺伝子の反応は見てのとおり完全に一致した。そして、最後に昨日のこれだ」
更にその隣に、
「ナイチンゲール」は全身に傷を負っていた。だが、そこに血はない。無機質に砕け、ヒビが入っているだけだ。
「こんなことになるなら、もう少し前に思い切るべきだったな。おかげで本人の口から聞き出すことはできなかった」
『……たとえ証拠をそろえたとしても、彼女は首を縦に振らなかったさ。彼女は「ナイチンゲール」としてではなく、「切り裂きジャック」としてE遺伝子を残すことを選んだんだから』
「その口ぶりだと、お前は話してくれるようだな」
『ああ。話そう。いかにして
最後の真実の扉が開いた。