『「ヴラド」。敵を確認した。動きを止めてくれ』
「ああ」
四日前のサンノゼ防衛線において「水爆型」がもたらした爆発は、直径2キロにも及ぶクレーターを作り出していた。サンノゼ・クレーターと呼ばれるようになったそこは、当然見通しがよく、敵はまっすぐに突っ込んでくる。
大侵攻の失敗からまだ回復していないのか、敵の数は少ない。この機を逃すまいと、今まで以上に多くの偵察機がサンフランシスコの街へと飛び込み、しかしまだ温存されている敵戦力の多さに歯噛みしていた。
そんな中、今日は間に合わせの小隊がサンノゼの警備についていた。
「「軽騎兵型」、数は5か。ならば」
「ヴラド」は身にまとう外套を翻した。その表面から無数の杭が生成され、こちらへ向かって迫る侵略体たちに向かって射出される。
攻撃、防御、足止め、臨機応変にあらゆる役目をこなせる古株である「ヴラド」は自分の役目を弁えていた。むやみに急所は狙わず、敵のコースを妨げながら手足を縫い付ける。
二度ほど外套を翻した時には、すでに敵の動きは止まっていた。
「とどめを」
『ああ』
その言葉とともに、上空から5発のミサイルが飛来した。それらは正確に侵略体の頭へと固い音を立てて激突し、一拍遅れて爆発した。
耳が痛くなるような音と衝撃波に混じって、ミサイルを形作っていた無数の紙片がバラバラと周囲に落ちる。
それらは全て、鏡文字で記された手稿だった。
上空をオーニソプターに乗って巡回する「ダ・ヴィンチ」が報告する。
『こちら「レオナルド・ダ・ヴィンチ」。敵侵略体を撃破。上空から見る限り、ほかに敵影はなさそうだ』
「こちら「ヴラド」。敵の沈黙を確認。……
*
「新体制の第二小隊はうまくやっているようだな」
指令室に土偶の声が響いた。
指令は憂鬱そうな面持ちではあるものの、しっかりとした声でそれに応えた。
「ええ。……ひとまず、戦力の不足は補えていると言えるでしょう。北極海での侵略体の出現頻度が下がり、「ダ・ヴィンチ」の手が空いていたのは幸いでした。しかし……」
「分かっている。このままでいるつもりはない。「ジャンヌ」も「アヴィケブロン」も、いずれは戦いに戻れるだろう」
「アヴィケブロン」は順調に回復しつつあり、「ジャンヌ」も意識は戻らないものの、バイタルは安定している。しかし。
「「ジャック」は、相変わらずか」
「ええ。何とか、点滴だけは。しかし、やはりダメなようです。せめて、「ナイチンゲール」の書いた手紙を読んでくれさえすれば」
「読み聞かせはしたのか?」
「はい。しかし、やはり「ナイチンゲール」自身の声でなくては、届かないようです」
沈黙が落ちる。
「そして、「信長」は」
「今日出発です。……彼女を故郷に返すことは、エゴでしょうか」
「私に口を出す権利はないよ。地球の民である、君が望むままにすればいい」
「……そうですか」
*
指令と土偶がまた辛気臭い話をしている。無理もない。つい3日前、自分のおせっかいで二人の間の空気を悪くしたのだから。
「……結局、戦いは続く、か」
「フーヴァー」は深々とAUウェポンである書斎ステージの椅子に深々と身を沈め、新しいアメを口に放り込んだ。
新しい情報が来ている。
先日の大侵攻の反動か、サンフランシスコ市内の侵略体の絶対数がかなり減っている。暴走した「信長」に倒された分だけでも、千体は下らないだろう。しかしそれでもなお油断ならない敵勢力が市内に潜伏している。ここ数日、頻度を増やした偵察飛行の結果はそれを如実に表していた。
頭が回らない。大雑把に画像をまとめ、書斎に整理を任せる。変わったところがあれば知らせるように――。
「ん?」
やけに処理が重い。そういえば、空撮用のカメラを新調したのだった。細かな変化も見逃さないように、と「エジソン」たちが、ホルダーになる前に務めていた企業のコネを使って最新鋭の機器を借りて来たのだったか。
「画素数は……なんだこれは。衛星写真でも撮る気か?」
流石にこの情報量を馬鹿正直に解析している暇はない。億劫だが処理を中止して――そう思ったとき、新たなウィンドウが開いた。
「これは……」
ウェポンが表示した画像を拡大し、詳細に解析する。サンフランシスコの路上に落ちている
「これは……馬鹿な……二週間前の画像には……無い。ならば――」
キーを打つ速度が速くなっていく。脳に血液が行き渡り、頭がさえるのを感じた。
この情報を指令に……いや。
「この情報を最も欲しているのは、誰だ」
分かっている。公私混同はしない。それが自分の信条だ。本来はこうすべきではない。だが。
一つ余計なキーを押してから、「フーヴァー」は指令を呼んだ。
*
真緒は荷物を整理すると病室を後にした。と言っても荷物はほとんどない。念のためA・ローガンに残してあったものもスタッフに持ってきてもらったが、それでも小さなリュック一つに収まってしまった。
もうヘリコプターは出発の準備が整っている。乗り込めば「ヤヴィン」を後にして――それっきり、もうDOGOOと関わることはない。
「「信長」、いや、マオ」
「……「アヴィケブロン」」
最後の見送りには、車椅子に乗った「アヴィケブロン」がやってきていた。彼がもっているものを見て、ほんの少し胸が締め付けられる。
「それは」
「ああ。「ジャック」から預かって直していたんだが、彼女はふさぎ込んでしまっている。君がもっていくといい」
「あ、うん……」
ぬいぐるみだ。受け取った拍子にお腹が押され、「ノブッ」という場違いに可愛らしい声が鳴った。
「……こういうのは何だが、あまり自分を責めないでくれ。第二小隊も、ひとまずは大丈夫だ」
「うん……分かってる。もう、3か月もたってるから。考えられることは、考え終わっちゃったよ。藤丸さんがサンフランシスコに来てなければ。DOGOOの哨戒網がもっと完璧だったら。「エレナ」の預言が前日の大上陸と混同されないくらい正確だったら。……何より、自分がもっと強くて、「沖田」を守れていたら」
すべては仮定の話だ。もう、どうしようもない。それが分かっていても、悔やむしかなかった。それを火種に戦い続けるしかなかった。
でも今はもう、戦う力さえない。
「しばらく、ゆっくり休むことにするよ」
「それがいい。では、さようならだ」
「うん。さよなら」
ヘリに乗り込む。基地が遠ざかっていく。このまま太平洋へと向かい、日本へと向かう空母に送り届けてもらう予定だ。
真緒はパイロットに尋ねた。
「どれくらいかかりますか」
「そうですね。一時間くらいでしょうか。お休みになっても構いませんよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて……って」
この声は。
「アルトリア?」
「はい。……お久しぶりです、ノブナガ様」
一瞬振り向いたパイロットはマスクをつけていたが、まぎれもなく日本を発つときに出会った金髪の少女だった。
「どうしてここに?」
「すみません。これで最後になってしまうと聞きまして、わがままを」
「そっか。私がホルダーじゃなくなったら、勝行たちを護衛する任務も……」
「はい。解除されることになります」
「……二人は、元気?」
「ええ。ノブナガ様の活躍は、テレビだと戦果のみ伝えられますから」
「それじゃ、今の私を見たらガッカリするかな」
「そんなことは、ないと思います。負傷して、前線を退くとお伝えしたときは、命が助かってよかったと、お二人とも言っていましたから」
「そう、だよね」
家族か。この三か月の間、家族のことも考えてはいたけれど、最優先ではなかった。悪い姉だったと思う。
「最後まで、お力になれず申し訳ありませんでした、ノブナガ様」
「そんな。ずっと、家族を見ていてくれたんでしょ? だったら……」
「いいえ。藤丸さん……リツカの、事です」
「あ――」
そうだ。勝行たちの護衛の傍ら、藤丸さんがE遺伝子ホルダーを探すときにも、一緒についていてくれたのだった。
「本当は、私もサンフランシスコまでご一緒したかったのですが。でも、そちらはあくまでおまけで、本来はノブナガ様の家族をお守りするべきだと思い、あの時は日本に残りました」
「そうだったんだ」
「……もし、私が藤丸さんについていたなら、何かが違ったでしょうか」
「それは、分からない」
そう、分からない。「もし」は訪れなかった。
「私もずっと考えてたよ。もし、あの時こうしてたらって。でもやっぱり、それはもしもの話でしかない。戦う力を持っていた私もそうだったから」
「ノブナガ様……」
「まあ、今となっては遅いけれど。もしも……ずっと、考えちゃうよね。冷静になってみて、改めてそう『You've Got Mail!!』けど」
「あの、今なんと」
「あ、ごめんメールだ。おかしいな。サイレントにしてるはず……」
『You've Got Mail!!』
「ああもう、何?」
しんみりした話をしているというのに。仕方なく携帯を取り出し、メールを見る。
「JEH……て、誰」
「頭文字でしょうか」
「ピンと来ないなあ……」
いたずらだったら嫌だが、勝手に携帯を鳴らされるのも勘弁してほしい。恐る恐るメールを開くと、二枚の画像が添付されていた。
二枚とも、どこかの道路を上空から撮ったもののようだ。この感じは、前にも見たことがある。サンフランシスコ偵察の映像だろうか?
日付は一枚が今日、もう一枚が二週間前。注釈がついている部分を拡大してみたとき、驚きのあまり自分の眼が見開かれるのが分かった。
「……アルトリア」
「はい。大丈夫ですか? 何か妙な画像でも――」
「見て!」
「うわっ」
思わず携帯をアルトリアに突き出したものだから、ヘリがバランスを崩しかけた。慌てて謝りながら、改めて画像を見せる。
「ここ見て! 道路に落ちてるの!」
「これ、は……ノブナガ様? 小さな人形のようですが――いえ、待ってください。これは」
「そう」
道路に落ちているのは、ただの人形ではない。
「二週間前はなかったみたい。つまり――」
「生存者がいる?」
「それだけじゃないよ。私の人形――ストラップを持ってる人なんて、サンフランシスコにそうそういない」
「それは……」
今まさに、自分の手の中にある携帯につけられたストラップ。「織田信長」をデフォルメしたそれを持っている人が、もう一人いる。
「お願いがあるの」
「しかし……ノブナガ様。お言葉ですが、我々には戦う力がありません」
「分かってる。けれど……」
そうだ。力を失ったからって、全てが終わったわけじゃない。もう手が届かないと思っていた可能性が目の前にある。
「こんな情けない顔で、家に帰れないよ」
「……分かりました。座席の下に防護服があります。サンフランシスコ市内に入る前に、着用を」
「うん」
わがままかもしれない。本当は、一度基地に引き返すべきかもしれない。よく考えれば、あんな機密画像を送ってこれる人間なんて一人しかいない。
戦う力もないのに行くなんて、馬鹿だと怒られてしまうだろう。
でも、いてもたってもいられなかった。
「待ってて、藤丸さん」
胸に炎が灯るのを感じた。