ノッブナガン   作:喜来ミント

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四十五ノ銃 一縷

「まもなく写真の地点です!」

 

 急いで対放射線装備を着込んだ真緒の耳に、アルトリアの注意が聞こえた。

 場所は既にサンフランシスコ上空。できる限り侵略体がいないことを願って飛んではいたが、先ほどから何体か、遠目に見かけていた。このままだと遠からず、敵とぶつかることになるだろう。

 

「どこかに着陸できそうなところはある?」

「今探しています。もうしばらく……」

 

 そんなやり取りをしながら振り向いた真緒の眼に、映ってほしくないものが映った。

 ぎょろりとした五つ眼を光らせた侵略体。「斥候型」だ。

 

『ぷきゃあああああああ!!』

「アルトリア! 脱出準備!」

「え? いきなり……」

「もう見つかった!」

 

 そう告げた瞬間、アルトリアの顔が引き締まった。流石エージェントと言うべきか、てきぱきとヘリのコンソールを操作し、即座に席を立ってこちらに手を伸ばす。

 だが、その時には「斥候型」の指示を受けた侵略体が鱗のミサイルを放っていた。

 サンフランシスコ上空で、小さな爆発が起きた。

 

  *

 

 「ヤヴィン」に帰還し、装備を外して一息つこうとした「ダ・ヴィンチ」の耳に飛び込んできたのは、騒がしい旧友の声だった。

 

「やあやあやあレオナルド! このたびの出撃、実に見事なものでありましたな、第二小隊の抜けた穴を「ヴラド」とともにたった二人で埋める手腕、吾輩と組んでいた頃より一層腕に磨きが――」

「どうしたんだいバード。今日は調子が良くないようだけれど」

「……これは失敬」

 

 このくらい喋り続けておいて、一度も自著(シェイクスピア)の引用を挟まないなど珍しい。なんだかんだ古い付き合いだ。それくらいは分かる。

 

「どうしたんだい? 柄でもない」

「実は……先ほど、指令と「フーヴァー」から指示を賜りましてな」

「どんな?」

「一席、設けて見せよと」

「それはそれは……」

 

 そう言いながら「シェイクスピア」が取り出した封筒には覚えがある。「ナイチンゲール」が「ジャック」に残したものだ。

 推測でしかないが、常に「ナイチンゲール」は同じものを用意していたのだろう。もともとがイレギュラーにAUウェポンとして独立したE遺伝子の意識という、不安定極まりない存在だったからだ。

 その別れはとうとう、静かではない形で訪れてしまった。

 しかも、幼い「ジャック」の中途半端な能力の覚醒によって、彼女の混乱を招いてしまう、最悪のタイミングでだ。

 最愛の母に、仲間を斬れと指を差された。

 自分が信じていたものに裏切られた気分になるのも当然だ。

 それとほんの少し似た経験を、自分たちはしていた。

 

「吾輩は、自分のE遺伝子に裏切られた気分であったのです」

「そうだね。わかるよ」

 

 もともと、劇作家と発明家と言う身分を持っていた自分たちは、自分に宿るE遺伝子を誇りに思っていた。この身に宿る力が、今の自分の才能を支えてくれているのだと。

 だが、「コロンブス」の暴走と死によって、それがそんなものではないと分かってしまった。

 結局、侵略体を殺すための武器でしかないと。

 

「だから吾輩は、自分の力を前線で振るうことが怖くなってしまったのです。自分自身の書いたものですら、E遺伝子からの借り物でしかないように思えなくなってしまったのです」

「そうだね。かくいう私も、天才少女発明家なんて身分をすっかり捨ててしまったよ。和気あいあいと装備をいじる「エジソン」や「テスラ」に混じりたくても、ね」

 

 だから、裏返しのようにその台詞を引用していた。

 だから、北極の空をただ一人で飛ぶことを選んだ。

 

「しかし、「ナイチンゲール」は示しました」

「E遺伝子はそれだけじゃないってね」

 

 「ダ・ヴィンチ」はいたずらっぽく、「シェイクスピア」のヒゲを引っ張った。

 

「もう一回信じてみようという気になったかな?」

「ええ。もう一度だけ」

「しばらく見ないうちに、随分変わったね。良いことでもあったのかな?」

「ええ。何せ、たった九人で世界を救おうとしたのです。これ以上なく刺激的な体験でしたとも!」

 

 「シェイクスピア」は、あの作戦を終えた後、誰が言い出したでもなく皆で集まって休息を得た静かな時間を覚えていた。

 その中に、今から救いに行く彼女もいたのだ。同じ時間を共有したのだ。

 

「もう一度、この身に宿る魂を信じたいのです……「ジャック」にも、信じてもらわねば」

「台本はあるね?」

「ええ、ここに」

 

 「ナイチンゲール」の手紙を懐にしまい、「シェイクスピア」は穏やかに微笑んだ。

 そして、ともに「ジャック」がいるはずの「ナイチンゲール」の自室に向かおうとしたとき――。

 

『緊急招集! 緊急招集! 「織田信長」を送迎していた輸送機が消息不明! 至急、待機中の全ホルダーは装備C-3で出撃ポートまで集合せよ! 繰り返す――』

「な――?」

「なんですとおおおお!?」

 

 慌てて顔を見合わせる。

 

「とりあえず私は行くよ。君は――」

「わ、分かっております」

 

 そうだ。今「シェイクスピア」が出撃しても、結局力を振るうことはできないだろう。

 だったら、必要なのは――。

 

「話は「フーヴァー」に通しておくよ」

「ありがたい。では、これにて!」

 

 今度は反対の方向へ、二人は速足で駆けだした。

 

  *

 

 サンフランシスコ、ゼイフォード通り。

 撃墜されたヘリコプターへと、数体の侵略体がのしのしと近づいていく。

 そして容赦なく残骸を踏み砕き――空っぽの機体を前に、戸惑っているような様子を見せた。

 

「ふう……とりあえず、見つかってないみたい」

 

 その様子を、真緒は近くのビルの中から見ていた。

 咄嗟にアルトリアが真緒を抱え、ヘリから飛び出して近くのビルに飛び込んだのだ。E遺伝子ホルダー顔負けの身のこなしだった。

 

「アルトリアは怪我してない?」

「大丈夫です。……帰りの足をなくしてしまったのは、痛いですね。通信も通じない……」

「仕方ない。急いで安全そうなところまで行こう」

「はい」

 

 願うように、ストラップのついた携帯を握りしめた。

 写真に写っていた方へと急いで走る。この角を曲がって、まっすぐ行けば――。

 

「わっ」

「うわ!?」

 

 曲がり角で誰かにぶつかった――誰か!?

 

「人がいる!」

「あれ? お姉ちゃんたち……」

 

 そこにいたのは小さな女の子だった。マスクに覆われ、その表情はうかがえないが――。

 

「あ! その人形!」

「え? これ?」

 

 女の子が指さしているのは、真緒の手にある携帯からぶら下がっているストラップだった。

 

「お姉ちゃんが拾ってくれたの?」

「え? いや、これはもともと私ので――じゃあ、落ちてた人形は、あなたの?」

 

 まさか。藤丸さんのものではなかったのか? それじゃあ、何のために――。

 

「それ、お姉ちゃんのなの? それじゃあ、貴女が――マオチャン?」

「え? どうして、私の名前――」

「ノブナガ様!」

 

 なぜ自分の名前を知っているのか。それを問いただそうとしたとき、アルトリアが鋭く自分を呼んだ。思わず振り返れば、侵略体が遠くから走ってくるのが見える。一体だけだが、十分すぎる脅威だ。

 

「見つかった……!」

「く……ここは私がひきつけます。ノブナガ様は先に!」

「で、でも!」

「あなた! この近くに安全な場所があるんですね!?」

「う、うん……向こうの壁に、穴が開いてて、その奥に――」

 

 言っている間にも侵略体は近づいてきている。だがアルトリアを置いてはいけない。護身用のロッドを取り出す彼女を引っ張り、女の子が指さす壁を目指す。

 

「そこ! そこに、穴が!」

「分かった、先に行って!」

「ノブナガ様が次に! 私が最後を!」

「分かった! でも――ん?」

 

 女の子が瓦礫の間に空いた小さな隙間に潜っていく。その次に自分が入る準備をしつつ、後ろを振り返っていたが――。

 

「追って、来てる?」

「え?」

 

 アルトリアもこちらの言葉を聞き、耳を澄ませたようだ。だが足音は全くしない。

 

「どういうことでしょうか」

「分からない――けど、確かめてる余裕はなさそう。余計な事したら、また見つかるかもだし」

「そう、ですね」

 

 慎重に、女の子の後を追って、瓦礫の間をくぐっていく。

 一縷の希望がその向こうにあると信じて。

 

  *

 

 二人の少女が確認しなかった、角を曲がった先。そこで侵略体の死体が沈黙していた。

 どんな手段を使ったものか、足先から頭まで、真っ二つに切り裂かれ左右に開かれている。

 その手を下したものはもうそこにはいなかった。

 

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