瓦礫の隙間に体をねじ込み、どうにか間をかいくぐる。遠くに光が見える。今だけは小柄な自分の体に感謝して、対放射線スーツを破かないように慎重に進む。
そして、ようやく広い場所に出た。
「ここは……」
そこはやはり、瓦礫に囲まれ、周囲から取り残された区画のようだった。先についていた女の子がこっちを見ながら待っている。
改めて、聞くことがあった。
「ねえ、さっきの話なんだけど、どうして私のことを――」
「え? お姉ちゃんが言ってたよ」
女の子はそう言って、こちらの手にあるストラップを指さす。
「マオチャンのキーホルダー。皆のために戦うヒーローだって」
「それじゃ。やっぱり……!」
そう言って女の子に詰め寄ろうとしたとき、母親と思しき女性が飛び出してきた。女の子を胸に抱き、こちらに警戒の視線を向ける。
それだけではない。周囲の建物から、ぞろぞろと人々が出て来た。皆間に合わせのマスクや装備で顔を覆っているが、誰もが濃い疲労を浮かべているのが分かった。
「あなたたち、何者!?」
「うわっ! どこから入って来たんだ!?」
「DOGOO……か? 助けに来てくれたのか!?」
彼らの間から、おそらくまとめ役であろう老人が歩み出て来た。
「あんたら、どうしてここが?」
「えっと……そこの女の子の落とし物を、たどって」
「どうやってここに?」
「ヘリで来たんですけど……撃ち落とされました」
「通信は届くのかい?」
「それが、ジャミングタイプの侵略体がいるみたいで……」
振り返ってアルトリアを見るも、静かに首を振られてしまった。
「あんたら、何のために来たんだい」
「……すみません」
全くだ。後先考えずに来てしまった結果がこれだ。
今頃、DOGOOの方でも自分を乗せたヘリが消息不明になって大騒ぎになっているかもしれない。
*
「
「本当に……申し訳ない」
「全く! あの子がこうしかねないことは、分かっていたでしょうに!」
「返す言葉もございません……」
六天真緒を乗せたヘリが消息不明になったとの知らせを受け、手の空いているホルダー全員が「ヤヴィン」へと緊急招集をかけられた。
そして、集まったところで「ジェロニモ」が一言。
「「フーヴァー」。何か言うことがあるか?」
まさか一発で見破られるとは思わなかった。そのあとはあれよあれよという間に秘密裏の情報提供を吐かされ、指令から説教をもらう羽目になった。
出撃できるホルダーたちが急いで準備を整える横で、ウェポンである書斎に作戦立案を任せつつ陳謝の姿勢である。
「まさか、こんな行動に出る気力が残っているとは思わず……」
「彼女を舐めすぎたな、「フーヴァー」」
まだ出撃できる体調ではない「アヴィケブロン」がやれやれと言った感じで言った。
「たとえ戦う力がなくとも、彼女はこうしかねない」
「反省したとも……」
「何故このタイミングでこんなことを? 生存者を救出した後でも、間に合ったでしょうに」
「……正直、少しだけ賭けてみたかったんです」
そう言って、六天真緒の体をスキャンした情報を指令と「アヴィケブロン」に見せる。
「本人の戦う気力さえ取り戻せれば、と。日本に帰って、本当に燃え尽きてしまう前に」
「これは……この情報は、確かなの?」
「ええ。ごくわずかですが。本人次第ですが、可能性はあります」
*
生存者たちとの会話は続いていた。
「可能性は、あります。どうにか、「ヤヴィン」と通信がつながる範囲内にさえ行ければ」
「しかし、難しかろう。敵の位置が分かっても、戦う力が無くては」
「位置が分かっても……?」
「ああ。あの子が……わしらを導いてくれた」
周囲の人々はポツリポツリと話し出した。
「あの子は、不思議な子だった」
「あの日、誰もが逃げることに必死になっていた」
「我先に逃げようといがみ合う俺たちの中で、彼女だけは何かを信じて前を見ていた」
「あの子が引っ張ってくれた」
「あの子の言う通りの方に行けば、化け物どもは出てこなかった」
「「危ない影が見える」と、そう言って」
「そして、わしらはここにたどり着けた」
老人が指さす先には、防空壕と思われる穴がぽっかりと口を開けていた。
第二次世界大戦の時、日本軍の空襲に備えて作られたもののだと老人は言う。
「この三か月、儂らが生きてこられたのはあの子のおかげじゃ。食料を集めに行く時も、他の生存者を探しに行く時も、あの子は先頭に立ってわしらを導き、危ない影にぶつからない道を選んでくれた」
「それって……まさか」
「影」。彼女にだけ見える、E遺伝子の影。
「サンソン」の報告によれば、E遺伝子と侵略体は元は同じものだという。ならば……。
「だが、彼女はわしらを導く先頭で、決して素顔を隠さなかった。あの何かを信じてずっと前を見る目で、笑顔で、不安になるわしらをまとめてくれた。だから……」
老人は、防空壕の中へと視線を落とした。
「一刻も早く、治療を受けられる場所に運ぶ必要がある」
「そんな……!」
「でも、大丈夫でしょ? あなた、マオチャンなんでしょ?」
女の子が真緒を指さして言う。
「マオチャンは「ノブナガ」なんだもの! 敵をバンバンバンってやっつけちゃうって、言ってたよ!」
「それは……」
「本当か!?」
「あんた、E遺伝子ホルダーなのか! どうしてもっと早く言わないんだ!」
「ここから出られるぞ……!」
周囲の人々が口々に嬉しそうな声を挙げる。だが……。
「私には、もう……」
そう切り出そうとしたとき、唐突に轟音が響いた。
さっき潜り抜けて来た瓦礫の山の方だ。断続的に、何かがぶつかるような音が響いてくる。
「侵略体!? まさか、あいつら、ここに無理に入ってくることなんて、一度もなかったのに!?」
「どうして今になって!?」
「ノブナガ様……もしや、つけられたのでしょうか」
「でも、なんで私を……? いや、あの時」
「斥候型」がこっちを見ていた。そして、わざわざ侵略体を差し向けて来た。ならば――。
「まだ、可能性はあるってこと?」
*
暗闇の中で、彼女は目を覚ました。
遠くから、大きな音が聞こえる。
「なにが……」
「ああ、嬢ちゃん。眼が覚めたか」
そばについてくれているおじさんが声をかけてくる。
「DOGOOの人が来たらしんだが、足がないってよ……何しに来たんだか。しかも、何故か侵略体が入ってこようとしてるらしい。どうしたらいいか……」
「そっか――」
来てくれたんだ。
分かる。
そこにいる。
「影」が、見える。
だったら、やることは一つだ。
「おじさん、私の荷物を、あの子に――」
「え? それって」
「そう。お願い」
ずっと、彼女のために自分は戦って来た。
あれを持って、来る日も来る日も人の背後に「影」を探した。
「真緒ちゃんに、渡して」
*
「いける、のかな」
「ノブナガ様?」
「いや、それしかない。……ボールはないけど、やってみるしか」
「おい、あんた!」
意識を集中しようとしたとき、防空壕から顔を出したおじさんが何かを投げてよこした。
肩掛けの鞄だ。固く、軽い何かが入っている感触がする。
「それ、あんたに渡してくれって、嬢ちゃんが」
「え? それって……」
慌てて鞄を開くと、そばにいたアルトリアが息を呑んだ。彼女には見慣れたものだろう。ずっと、護衛をしていてくれたのだから。
「……ありがとう。おじさん、これ、代わりに」
「アヴィケブロン」が直してくれた「信長」のぬいぐるみを代わりに渡すと、おじさんはぐっと親指を立てて防空壕の中に降りて行った。
「みなさん。脱出します。準備を」
「脱出って――それじゃ!」
「ええ」
手渡されたもの――AUボールに神経を集中する。
握りしめる。何かを探る。何でもいい。力が欲しい。皆を守れる力を。この状況をどうにかできる力を――。
体中にうすぼんやりと感じる
侵略体がこっちを狙っていた。まだ、自分を「信長」と認識していた。排除すべき敵だと見て、今まで放っていた場所へと入ってこようとしている。
だったら、まだ戦えるはずだ。
「藤丸さんを、守る力を!」
声がする。自分の中から。流れる血潮から。
『ほう。一度は捨てた力にすがるか。ならば――その心、示してみよ』
真緒の意識がブラックアウトした。
*
意識が自分の体の奥深くへと沈んでいく。
ここはどこだ。通路とも、広間ともつかない、遠近感の狂った空間。ただ、黒く磨かれた床が、固い感触を足の裏に伝えて来た。
遠くに誰かがいる。
引き寄せられるように歩いてくと、ようやくそれが誰なのか分かった。
こちらに背を向け、胡坐をかいて座っているせいだろう。黒く長い髪が体を覆い、床に溶け込んでいるようだった。
億劫そうに振り返った体格は小柄で、肩には火縄銃が担がれている。
そして何より、木瓜紋のついた軍帽の下で、両の眼が地獄の炎のように赤く赤く燃えていた。
「近う寄れ」
「……どうも」
その傑物が、史実においてどのような姿をしていたのか、自分は知らない。肖像画は当てにならないだろう。
様々な伝承がある。身長も風貌もバラバラな、それらの可能性の一つがこれなのかもしれない。
だが、見た目は自分と同じでも、内に秘めたものは全く違うと分かっていた。
一歩、二歩近づくと、そこで傑物が動いた。とん、と肩を担った銃で軽く叩く。合図と見て、真緒は足を止めた。
「して、何の用じゃ」
「力をもう一度貸して」
「非、なり」
是非も無し、ではない。明確な拒絶。
「腰抜けに貸す力なぞない」
「だったら、今までは?」
「臆病者なりに覚悟があったからのう。それは是非に及ばず。だが――その命、一度は捨てたな?」
そうだ。だから、魔王は一度この体を逆に奪った。
「虫のいい話よ。一度は捨てた命、捨てた力をもう一度貸せなどと――」
「だったら、どうすればいい」
「知れたこと」
傑物は肩に担いだ銃の銃身を掴むと、
「奪え」
「う……」
「奪え。
「そんなこと――」
「さもなくば、こちらがまた獲るだけよ!」
ぐ、と息がつまる。
「この血潮は
「他に道はないの?」
「あるやもしれん。が、わしは知らぬ。あるならば示せ。いざ!」
更にグリップが突き出される。迷ったが、真緒はそれを手に取った。
「ほう?」
「私は、力が欲しい。だからこれはもらう。だけど」
銃をとった右手ではなく、左手を傑物へと差し出した。
「奪いもしない。力を、貸してほしい」
「ほう」
傑物は真緒の手を借りずに立ち上がると、腰にさしていた刀を抜いた。そしてこちらに突き付ける。
「ならばこうするまでよ」
「……だよね」
E遺伝子は侵略体を殺すための兵器だ。それを思い知って、怖くないわけがない。
だが。
「力をどう使うかは私次第だから。敵を殺すための力で守りたい人を守る。そうしたっていいでしょう」
「ははは! 甘い! 甘い! ならばここからどうする!?」
傑物の刀がこちらの喉元に、真緒の銃が傑物の眉間に向けられる。
一秒、二秒と時間が過ぎる。膠着状態のまま――。
真緒は答えを口にした
「
傑物が虚を突かれたような表情を一瞬浮かべた。
「いつ牙をむくとも知れぬ血を、抱えたままにすると? 都合のいい話よ」
「今までもずっとそうして来たんだから、変わらないよ」
互いの右手に凶器を持ったまま、真緒はもう一度左手を差し出した。
「これからもよろしく」
「よいのか? 次に逃げようものなら、命はないぞ?」
「逃げないよ。敵からも、あなたからも、逃げない」
「強欲な……だが、是非も無し」
傑物はこちらの左手を潰さんばかりに握った。
「努々忘れるな。また油断すれば今度こそ、その喉笛食らってやろう」
「忘れないよ。それに、もう捨てたりなんかしない」
意識が浮上していく。現実の街並みが、物音が、感触が戻ってくる。
「もう二度と、手放さない」
全身が熱い。手に握ったボールに鼓動が流れ込む。ボールが脈打ち、力を返す。その循環が限りなく自身を高め、奥底に眠る遺伝子を再び呼び覚ました。
「ハッ! はははっ!」
ボールを包み込んだ光が急激に膨れ上がり、自身が望む兵器を形成する。迷うことはない。銃だ。銃だ。それも飛び切りの――。
「ノブナガ様!」
アルトリアの叫ぶ声に振り向きざま引き金を引いた。銃口から飛び出した弾が、瓦礫を割って首をのぞかせた侵略体をハチの巣にする。
その反動で光が散り、銃の全貌が明らかになった。
銃の大きさは以前よりも二回りも小さく、精々真緒の手先から肘までを覆う程度。
だが旗印たる永楽通宝をあしらった銃口は、衰えない
「討って出よう」
『応とも』
呟きに、背後から応える声が聞こえた。
「見てて。今度は私が、自分で戦う」
口からこぼれるのは自分自身の言葉。真似はやめた。帽子ももうない。
黒髪が熱でわずかに浮き上がる。右目だけが赤く、地獄の炎のように燃えて光る。
「是非も無しだ」
今ここに、「織田信長」が復活した。