「信長」の力を取り戻した真緒はその場にいる全員に向けて叫んだ。
「脱出の準備を! ――それと、アルトリア。どうしたら「ヤヴィン」に連絡がとれるかな」
「サンフランシスコ湾まで行けば、手持ちの機材でもレーザーを飛ばせるかと。それに、今頃我々の消息も探されていることでしょう。もしかしたら、ずっと早く合流できるかもしれません」
「どの道「ヤヴィン」に向かって真っすぐか。おじいさん。地図はある?」
「ああ」
瓦礫を撃って崩し、即席のバリケードで時間稼ぎをしながらも計画を練る。いや、計画なんてあったものじゃない。ぶっつけ本番もいいところだ。
だけど、やるしかない。
「およそ6キロ。……生存者は?」
「28人おる」
「うち、自力で歩けないものは?」
「リツカを含めて三人。今、担架を用意しとる」
「わかりました」
「ノブナガ様。どうするつもりですか?」
「……どうする、と言っても一つしかないか。私が囮になる」
サンフランシスコ湾まで向かうルートを差す。整備された街並みに、並行して走る道路があった。
「アルトリアはみんなの誘導を。できるだけ、時速2キロを維持して。私は――こっち。2ブロック隣を並走して、侵略体をおびき寄せる」
「それは――いえ。現時点では最善かと。行きましょう」
その時、即席のバリケードを割って侵略体が再び顔を見せた。燃える右目が促すがままに狙いを定め、即座に眉間に風穴を開ける。その侵略体が崩れ落ちる向こうにも、何体もの侵略体がやってきているのが見えた。
やはり、自分を狙っているのだ。
「討って出る! アルトリア、誘導をお願い!」
「はい! みなさん、こちらへ!」
決死の脱出劇が始まった。
*
「全員聞け。サンフランシスコ湾沿岸を中心に、侵略体が集結している。こちらの動きが読まれている――裏を返せば、「信長」がサンフランシスコ市内にいるのはこれで間違いない。何としても「信長」の排除を邪魔させない構えだ」
出撃直前のブリーフィング。指令のお叱りを十分に受けた「フーヴァー」は一同を見渡して言った。
「更に、「メリエス」の観測に寄れば「斥候型」も多数確認している。多少裏をかいても無駄だろう。どの道正面から激突する総力戦の構図になる。そこでだ。ここは三面作戦で行く」
「三面?」
「ジェロニモ」が不思議そうな顔をする。
「ああ。まず正面は火力を持ったホルダーを集中させる。そして別動隊として、「エレナ」の預言で敵の薄い点を探り、「坂本龍馬」の機動力で突破する」
「よくってよ」
「了解だ」
「お竜さんたちに任せとけ」
「ダ・ヴィンチ」が手を挙げた。
「機動力と言う点なら私も自信があるけれど、そっちに行かなくていいのかい?」
「お前は遊撃だ。今回は細かく戦況を観察して作戦を立てる余裕はない。お前自身が状況を俯瞰し、臨機応変に動くようにしろ。頼んだぞ」
「万能の人はつらいなあ」
苦笑する「ダ・ヴィンチ」が一歩引いたのを見て、「フーヴァー」はまとめにかかった。
「それから最後だが――ほぼ確実に、「信長」の位置を特定し、敵の妨害をかいくぐってあいつのところにたどり着く手段がある」
「そんなものが?」
「ああ、あるんだ。「アマデウス」、それに「北斎」。お前たちに手伝いを頼みたい」
怪訝そうな当人たちを尻目に、「ダ・ヴィンチ」がこっそりと笑みを浮かべていた。
*
「ナイチンゲール」の私室の前で、ノックする寸前の姿勢のまま、「シェイクスピア」は固まっていた。
すでに中にエヴァがいるのは確認済みだ。ノックをすれば幕が開く。あとは自分がどこまで彼女の心を開けるか――それにかかっている。
「らしくもない」
自嘲しつつも、踏み切ろうとしたとき。小走りでやってくる足音が聞こえた。
「あなたがたは……」
「どうも、音響監督だよ」
「同じく、美術監督ってえとこサ」
「……「フーヴァー」の指示ですかな? いやはや――」
苦笑するしかない。こんな状況でこっちに二人もホルダーをよこすなど。
だが、参謀はそれこそ今の最善だと踏み切った。それほど、この一幕にかけている。
だから、皮肉をひっこめて、真摯に礼をした。
「お二人とも。最高の劇にいたしましょう」
三人の
*
サンフランシスコ市街。
2ブロック隣から、絶え間なく銃声が聞こえてくる。
もどかしい速さで、しかし確実に進む生存者の一行を率いながら、アルトリアは周囲を注意深く見渡した。
侵略体はおおむね「信長」の方へと流れている。大型、小型を問わず、とにかく掻き集めたという感じだ。それほどに彼女を重要視していると言うことだろう。
あの自暴自棄な戦いにも意味はあった――のだろうか。
「――アルトリア」
「リツカ?」
その時、か細い声が担架の上から向けられた。
「アルトリア、だよね?」
「そうです。リツカ。お久しぶりです。よくご無事で」
「真緒ちゃんと一緒に、来てくれたんだよね……」
「はい。今、戦ってくれています。もうすぐ、DOGOOと合流できるはずですから――」
「――聞こえる」
聞こえる。銃声が。侵略体の倒れる音が。戦う音が。
AUボールの代わりに渡されたぬいぐるみを、ぎゅっと抱きしめた。励ますように『ノブ!』と可愛らしい声がする。
「初めて聞いたなあ――台湾の時、気絶しちゃってたから」
*
「ナイチンゲール」は暗闇の中にいた。
遠く、サンフランシスコの地で、「信長」が危機に瀕しているのが分かる。戦う力を取り戻したようだが、それもわずかなものだ。いつまでも持つとは思えない。
だから、声を大にして叫ぶ。
『「ジャック」! 「ジャック・ザ・リッパー」!』
あの日、魔王に撃ち落とされた自分は、本来の居場所へと戻った。「ジャック」の背後、「影」として収まる位置へ。
そしてその時狙うべき場所を差し、自分のE遺伝子を宿す少女を突き動かそうとした。
だが、それは敵わなかった。自分を母として慕っていた「ジャック」は、仲間を刺すことを拒んだ。
彼女の成長が足りなかったとは思わない。彼女自身が翼を背負い、飛べる日は近いと感じていた。だから、毎晩のように書き改めている手紙へも、自然と熱がこもった。
だが、ほんの少しのすれ違いが、彼女の心に失望を刻んだ。
母に裏切られたと。
『「ジャック」!』
「おかあさん……おかあさん……どうして……」
自分の使っていた部屋のベッドでうずくまる「ジャック」に声は届かない。E遺伝子はホルダーの精神状態によって大きくその力が変わる。今、彼女は自分にタガをかけてしまっている。
それを外すことはできない。もはや自分はかりそめの体を失い、「ジャック」の中に閉じ込められてしまった。
指令が手紙を読み聞かせているのも見ていたが、やはりダメなようだった。
もう一度、体が欲しい。もう一度、母としてこの子に、「ジャック」に――エヴァに、触れなくては。
『え……?』
だから、静かにドアが開いた時には目を疑った。
怜悧な表情。翼にくるまれたような意匠の車椅子。呼吸を感じさせない佇まい。
まぎれもなく、自分がそこにいた。
*
「シェイクスピア」は渾身の作品を部屋の中へと送り出していた。
自分の舞台で作り上げた虚像に「北斎」が彩色を施し、「アマデウス」が音と声を奏でる。
始めよう。
「エヴァへ」
車椅子の軋みとともに紡がれたその声が、わずかにエヴァの肩を震わせた。
「あなたがこれを読んでいると言うことは、私は既に体を失ったのでしょう。どんな切っ掛けかはわかりませんが、そう長くはもたないことは分かっていました。かりそめの二度目の人生――E遺伝子として敵を倒す。という使命から切り離された例外として、私は贅沢な時間をもらったのだと思っています」
「おかあ、さん……」
「私は、あなたを助けたかった。支えを失ったあなたに、何かしてあげたかった。でもごめんなさい。私の不器用さのせいで、かえってあなたを困らせてしまったかもしれないですね」
返事はない。だが、続けよう。
「八年前。あなたが私を母と呼んでくれた日のことを、今でも覚えています。私はすでにE遺伝子として、あなたを導くつもりだった。人としての人生を終え、あなたのなかで武器として生きることを決めていた。そんな私を、母とあなたは呼びましたね」
少しだけ車輪を進める。
「ずっと、私はそれを否定し続けました。私は母ではないと。あなたを勘違いさせてはいけないと、ずっと思っていた。だから、かりそめの体を得た後も、ずっとあなたを、心のどこかで、避けていた」
「おかあさん」
エヴァがとうとう顔を上げた。作り物だとわかっていても、その姿は、その声は本物同然に近づいていた。だからこそ、無視できなかったのだろう。
「だから、あなたが自分から、仲間を気にかけるようになって――最近の変化を喜ばしく思いました。あなたが私にすがるのをやめる日が、とうとうやってきたのだと。だからこうして手紙を書きなおしています。その日がいつ来てもおかしくはないでしょう。あなたが一人前の「フローレンス・ナイチンゲール」となった時、きっと私は消えるでしょう。あなたの寂しさから作られたこの体は、役目を終えるでしょう」
「…………」
「でも、その時になって、ようやく気が付きました。生前は家族を得る機会を選ばず、使命に殉じた私は、やっとこの気持ちに気が付いたのです」
「……寂しいよ」
「はい。寂しかったのです。あなたが、この手を離れてしまうのが寂しかった。もう自分が必要とされなくなるのが、切なくてたまらなかったのです」
エヴァはふらふらと立ち上がり、「ナイチンゲール」の虚像へと一歩近づいた。
「これが、巣立つ我が子を送り出す気持ちなのだと。生前、子を成さなかった私が、二度目の人生でようやく得た実感でした。エヴァ。あなたは――」
*
「ナイチンゲール」は、エヴァの背後から飛び出した。そこに感触が無いとわかっていても、「シェイクスピア」の作り出した虚像に体を重ね、エヴァを抱きしめた。
『あなたは――私の子です。最後の最後になって、やっとこう言えた不器用な私を――あなたが母と呼んでくれるなら、これ以上嬉しいことはありません』
「おかあさん……」
『ありがとう。エヴァ。あなたはもう、一人で飛べるはずです。それでも、あなたのなかに、私はいます。ずっと、一緒です』
「うん。一緒だよ、おかあさん」
『私はあなたを誇りに思います。――我が子、エヴァへ』
*
やり切った。
部屋の外で、「シェイクスピア」は固唾を飲んで、最後のセリフが発されるのを感じ取った。無言で「アマデウス」が肩を叩いてくる。それに応えようとした、その時。
「む……?」
「ナイチンゲール」の虚像が、動いている。自分の制御を離れ、腕を動かしている。
これは一体どういうことか。だが、邪魔をしてはいけないと分かっていた。だから動くままに任せた、その指先が、遠くサンフランシスコの方を示すのを見守った。
そして、隣で「アマデウス」も表情を変えた。あるはずのない声が響いたからだ。
「行きましょう。エヴァ」
盛大に金属の軋む音が響いた。思わず、三人で扉を開けて部屋の中を確認する。
虚像は消え、そこには銀灰色の羽が一枚落ちているだけだった。もはや誰の姿もなく、鳥は飛び立ってしまったようだ。
壁はまん丸に切り抜かれ、遠くにサンフランシスコの街が見えた。
「無茶苦茶だナァ……」
「まあ、お疲れさまと言うことで。――「シェイクスピア」?」
顔を見合わせる二人を横目に、すでに「シェイクスピア」は走り出していた。久しぶりの全力疾走。ブランクがどうこうという次元ではない体に鞭打ち、走りながら通信機のスイッチを入れる。
「こちら「ウィリアム・シェイクスピア」! 至急「エレナ」に連絡を! 今ならば、確実に道が開けるはず! そして何より――吾輩も見届けに行かねばなりません!」
*
真緒は苦戦していた。
やるしかない、とはいえ、やはり力そのものが落ちている。以前のようにやたらめったら力任せに弾丸をばらまくことはできない。仮面は飾りになり、左手の銃も使えず、三段撃ちは返上した。ただこの右手の銃一つで道をこじ開ける。
「くう、あ!」
腕にブレードを備えた侵略体の一撃が顔をかすめる。ヘルメットが割れた。放射能がいくらか落ち着いているとはいえ、少しぞっとする――だが、気にしている暇はない。髪をかき上げ、燃える右目で相手を射抜かんばかりに睨み付け、銃の狙いをつける。
敵もやられるばかりではない。「織田信長」を始末する好機を逃すまいと、波のように襲ってくる。囲まれたのも一度や二度ではない。そして、また今も――。
「このおっ!」
『是非も無し』
隙間がない。それを悟った瞬間、背後からの声とともに、右目の熱が更に高まった。髪を煽る熱風が自分のみならず周囲の地面を這い、一坪の灼熱地獄を作り上げる。
わずかに、侵略体たちの動きが鈍った。そこを見逃さず、どうにか包囲網をこじ開ける。
あの時もそうだった。魔王が敷いた灼熱地獄が、侵略体とE遺伝子ホルダーにだけ及んでいた一方、戦車隊や一般の隊員にはなんともなかったのは、やはり元が同じものであるという証拠だろう。
だが裏を変えれば、自分の身を焼くと言うことでもある。手足の皮膚が焦げる嫌な感触とともに体力が確実に削れているのが分かる。
そう何度も使えない。
あと――どれくらいの距離がある?
脳裏をよぎった疑問が、一瞬の隙になった。
「しまっ……」
「槍騎兵型」の頭部の刃が叩き込まれる。かろうじて銃身で防ぐが、あっさりと吹っ飛ばされた壁に叩きつけられた。
これを見逃す敵ではない。首が大きくしなり、すぐさま二発目が叩き込まれる。
*
目を閉じる一瞬前、羽が舞い落ちるのが見えた。
*
視界一杯に広がっていたのは、翼だった。
あちこちに車輪や歯車が埋め込まれたその翼には既視感がある。その証拠に、翼の根元には、はっきりと見覚えがあるランプが据えられていた。
しかしその大きさが尋常ではない。翼開長二メートル以上に及ぶ翼の起点となったランプもまた、人ひとりがすっぽりと収まるくらいの大きさがある。いや違う。
真摯に祈りをささげる「ナイチンゲール」の幻影が、まるで翼の主に寄り添うように、ランプの中に納まっている。そして彼女がかつて持っていた巨大なナイフは、翼の主の左手にあった。
「槍騎兵型」の首が宙に舞う。敵勢をかいくぐり、駆けつけた彼女が一瞬で骨ごと断ったのだ。
「来たよ、マオ」
「遅いよ、エヴァ」
雛鳥は自分の翼を手に入れていた。
切り裂きジャックの正体が遺伝子から特定されたとか。興味深いですね。