右手の銃が火を噴く。押し寄せる怪物たちに負けじと弾丸の雨を浴びせる。
左手の銃が火を噴く。回り込む怪物たちを寄せ付けまいとハチの巣にする。
仮面の銃が火を噴く。飛び込む怪物たちを睨み付け一匹残らず撃ち落とす。
周囲で動くものすべてに弾丸を叩き込み続け、鳴りやむことがない銃声で耳がやられかけたころ。真緒はようやく自分に向かってくる怪物がもういないことに気が付いた。
息も忘れて引き続けていた引き金を離すと、耳に痛いほどの静寂が周囲を満たしていた。自分の荒い呼吸と、背後でいまだに周囲を見回している「アヴィケブロン」の衣擦れの音だけが響く。
「まだ……おるか」
「『いや。動いているのは、もう……』」
「で、あるか」
真緒は膝から崩れ落ちた。銃が消え、ボールが右手からこぼれた。
かき上げていた髪が落ち、赤い輝きを失った目を覆い隠す。
「『おい、大丈夫か』」
『『無理もないさ、「アヴィケブロン」。むしろ、ろくに訓練も受けていない状態でよくぞここまでやったものだ。褒めるべきだと私は思うよ』』
「アヴィケブロン」に対して英語でしゃべっているため分からないが、翻訳の役に徹していたサンジェルマンが再び軽口を叩き始めたらしいのを聞き、真緒は戦闘の終わりを悟った。
「藤丸さん、たちは? 大丈夫なの?」
『おや、「信長」。口調が……いや。そういうことか。お友達ならば大丈夫だよ。ジャンヌがちゃんと守り切った』
サンジェルマンは何事かを言いかけたが、真緒の求める答えを返してくれた。「ジャンヌ」も離れたところから、こちらを安心させようと大きく手を振っているのが見える。
『『「アヴィケブロン」、彼女をお友達のところまで運んでやってくれないか。心配しているようだから』』
「『了解した』」
「アヴィケブロン」の操るゴーレムに抱えられ、「ジャンヌ」のところに戻ると、藤丸さんだけではなく二人のクラスメイトも気を失っていた。三人の近くに下ろしてもらい、間近でその顔を見てようやく息をつく。
「よかったぁ……」
「『こちらの二人は先ほどの戦闘の凄まじさに気を失ってしまったようです。三人とも、お医者さまに診てもらった方がよいでしょう。勿論貴女もですよ、「ジャック」』」
「『はーい』」
「ジャンヌ」に応急処置を受けながらも返事をした「ジャック」を見て、真緒は少しだけ安心した。
事情は大体察している。自分を含め、あのボールを扱える人間でなくては、あの怪獣に太刀打ちできない――だとしても、だ。見た感じ十歳前後、ちょうど自分の姪と同じくらいの女の子が、矢面に立って戦っているなんて。今回は自分がいたからいいものの、一歩間違えれば確実に命を落としていた。
「あなたたちは、一体――」
そう真緒が尋ねようとした瞬間だった。
『本部より「ジャンヌ」へ! 先行して現れた巨大「進化侵略体」より高密度エネルギー反応! 至急防御を! 「ジャンヌ・ダルク!」 先行して現れた――』
「な、なに?」
「『巨大侵略体――まさか!』」
突如飛び込んだ通信を聞き、振り返った「ジャンヌ」の視線の先。「ジャック」が倒した巨大な怪獣の体がいびつに膨れ上がっていた。まるで破裂する寸前の風船だ。
あれが飛ばしていた鱗のように、まさかあれも。あの大きさで、この距離で。
「ボール! ボールを!」
「ジャック」から借りたボールはどこへやったか。力を振り絞って周囲を見渡す真緒の目に、包囲から脱するために足場にしたゴーレムの下から這い出る怪物の姿が目に飛び込んだ。
そいつはこちらを見ていない。大型の怪獣のほうをめがけ、今にも飛び出そうとしている。
「あいつ……!」
ただ指さすことしかできない。もう遅い。小型の怪獣は体のバネをいっぱいに使って飛び出し、大型の怪獣に鋭い顎を深々と突き刺した。
「『下がって、頭を低くしてください!』」
それを見た「ジャンヌ」が険しい表情で叫び、真緒たちの前に立ちふさがった。今までにないほどに輝きを増した旗を、地面に突き立てるのではなく高々と掲げ、「ジャンヌ」はおごそかに言い放つ。
「『我が旗よ、我が同胞を護りたまえ!』」
爆発は初めに光が襲ってきた。熱と炎が光となり押し寄せ、次いで身を震わせる音と威力が視界一杯を食らい尽くす。
「ジャンヌ」が旗を掲げる姿が逆光で見えなくなるほどの眩しさに、真緒はただただ藤丸さんたちをかばい、頭を伏せているしかなかった。
これが真緒と怪物――「進化侵略体」との初めての接触だった。
*
あの爆発のあと、気を失っていた自分は「アヴィケブロン」たちによって彼女たちの「組織」の特務艦に運ばれたそうだ。現地、台湾の病院は死傷者であふれ、十分な治療を受けられない可能性があったからだ。
幸い藤丸さんたちは軽い怪我で済んでいた。今は陸地に待機しており、日本への便がつかまり次第帰国できるという。
「ジャック」は当然重症であり、「ジャンヌ」も流石に疲労困憊になったという。二人はヘリコプターで本格的な治療が可能なところへと輸送された。
そして真緒は――。
『430年ぶりだな、織田信長』
「………………」
特務艦の甲板。立体映像による通信で「土偶」と語らっていた――いや、一方的に彼の話を聞いていた。返事をするどころではなかった。
この、戦いの跡の光景を目にしては。
『「進化侵略体」――あれがこの星に来ることは分かっていた。だから歴史上の傑物たちの遺伝子を採取し、改造し、E遺伝子として残した。あれらに対抗する戦士が、AUウェポンを使う者たちが必要だった』
「………………」
『君の力が必要だ。だが、強要はできない。織田信長のE遺伝子を継いでいるとはいえ、君は
「………………」
『進化侵略体の恐ろしさ、そしてそれに対抗できるE遺伝子ホルダーの力を』
真緒たちのいる船は蓮池潭の跡地に浮かんでいた。
蓮池潭は街中にあるさほど大きくもない池だった。しかし今は、もはや海との境目はない。
公園から最寄りの海岸までおよそ1キロメートル――それがまるごと半円のクレーターとなり、今はなみなみと海水をたたえている。たった一度の爆発で作られ、たった一人の護りによって半円に押しとどめられたのだ。
クレーターの周囲も無事では済んでいない。爆発の余波、逃げ惑う人々による混乱、今なお不安と恐慌がこの街に渦巻いている。
これが、戦いの跡だというのか。
こんなものが、あとどれだけ続くのか。
『今この地には世界中から被災者を救うために善意が集まっているよ。あそこにいる誰もが誰かを救おうとして、それでも自分の力の届かなさに打ちひしがれている』
「………………」
『君は、この街にいる誰よりも遠くまで届く力を持っている』
「………………」
『返事は日本に帰ってからでいい』
「土偶」は姿を消した。
真緒はただ、目の前の光景を見続ける。
ただ、見続けている。
言葉はなかった。
*
通信が切れた指令室で、指令は悲し気に土偶に話しかけた。
「多感な年頃の子供にあんな言い方を……」
『聞いていたのか』
「ええ。本当にずるいやり口ですね。私を誘った頃のままだわ」
『是非も無し、だ』
「それは?」
『仕方がない。あの傑物が言っていた。無防備な状態で家臣に反旗を翻された時でさえ――』
「本当に、ずるい人」
『何としても彼女の力は必要なんだ。この星を、私の故郷の二の舞にしないためには』
*
甲板で立ち上がった真緒の目には、魔王の赤い輝きではなく、彼女自身の決意が灯っていた。