真緒が目を覚ますと、見覚えのある部屋にいた。つい先日までいた病室に逆戻りしていたのだ。
「生きてた、かあ」
沖田総司にAUウェポンを木端微塵に砕かれた。それはつまり、真緒の全身にダメージがフィードバックされたことを意味している。
結局、決死の覚悟で打ち込んだ弾丸の結果を見ることはできなかった。
あの戦いは、どうなったのか。
沖田は。
みんなは。
そして――藤丸さんは。
「……こうしてられないな」
全身が痛む。特に右腕はぐるぐる巻きにされて動かせない。それでも、真緒は枕元のナースコールに手を伸ばした。
*
「よかった、眼が覚めて。もう一週間も眠りっぱなしだったんだよ」
「ごめん、エヴァ。心配かけて」
「大丈夫。……それで、本当に見に行く?」
「うん」
病室にやって来た医療スタッフに無理を言い、どうにか車椅子に乗って病室を出ようとしたところ、ちょうどやってきていたエヴァが補助を買って出てくれた。
「ヤヴィン」の中は静まり返っていた。大きな戦いの後は大体こうなる。わずかな緊張感を残しつつも、それでもひとまずの戦いを終えたという実感が空気に満ちている。
たとえ、全面的に喜ぶべきではない結果だとしても。
「まず、こっちだね」
「うん」
基地内のICUへ向かうと、すでにそこにレティシアがやってきていた。自分と同じく、全身に包帯を巻き、車椅子という格好だ。
つい先日、真緒と入れ替わるようにして目を覚ましたらしい。あの炎を扱った代償は重く、あちこちに火傷が残り、三つ編みにしていた輝くような金髪は肩までの長さに燃え落ちてしまっていた。
それでも、彼女は真緒を見ると柔らかく微笑んだ。
「お久しぶりです、マオ」
「こっちこそ。……髪、燃えちゃったんだっけ」
「ええ。故郷の妹と同じくらいになっちゃいました」
「双子の妹さんなんだっけ?」
「ええ。あっちは私と間違えられないようにと髪を短くしていましたから、これを見せたら怒られてしまいますね」
「あはは」
そんな風に談笑していると、こちらは車椅子が必要なくなったマルクがやって来た。本当に久しぶりに、第二小隊の全員がそろったことになる。
「見事に全員ボロボロだな、僕たちは」
「ええ。でもこうしてまた会えたわけですから」
「そうだね。……だから、本当に見に行く?」
エヴァはもう一度真緒に聞いた。
真緒はうなずく。
「大丈夫、だよ」
医療スタッフが準備を終えたと伝えてくれた。用意してくれたモニターの前に四人で並び、その時を待つ。
モニターがついた。
「……生きてる。生きてくれてる」
モニターに藤丸さんが映っていた。
無菌室の中、沢山の機械に囲まれ、眠っている。
だがその胸は、確かに呼吸で上下していた。
カルテを抱えた医療スタッフが言う。
「「ジャック」……失礼、「ナイチンゲール」による除染が功を奏しました。体内の臓器に残留している放射性物質を迅速に無害化し、ここ「ヤヴィン」に運べたのは幸いでした。問題は、これまでに蓄積したダメージをどうするか、と言うことになります」
「それじゃあ……」
「予断を許さない状況です。いつ臓器不全が致命的な状況に陥るか分かりません。全身のダメージを詳細に観察し、対処していくしかないでしょう」
「そう、ですか」
その時、画面から声がした。
『真緒ちゃん……そこに、いるの?』
「え?」
『やっぱり……来てくれたんだ』
こっちから一方的にカメラで見ているだけなのに――そうか。「影」だ。
『ありがとう……。助けに来てくれて。台湾の時も……ずっと、そうだった』
「……信長、伝言とか、出来る?」
『人使いの荒い奴め……』
背後の「影」はそう言いつつもどこかへと消えた。映像の中の藤丸さんが、弱弱しくも笑みを浮かべた。
『ふふ……』
「藤丸さん。こっちこそ、ありがとう。藤丸さんがずっと、藤丸さんにしかできないことを頑張ってくれてたから、私も戦えていたんだ」
『そっか……よかった。役に立ててたんだね』
「今は、ゆっくり休んで」
『うん……』
藤丸さんは眠りについた。
真緒はみんなの方へと振り向き、言った。
「みんなも、ありがとうね」
「何をですか?」
「やれることをやって来ただけだ」
「そうだよ?」
「頼もしいなあ、みんな」
そして、二人の車椅子を二人で押し、最後の目的地へと向かった。
「サンソン」のために用意された安置所だ。
「来ましたか。……こちらです」
「ありがとう、「サンソン」」
巨大な侵略体の死骸たちから離れたところ。無骨な解剖台ではなく、人のためのベッドでそれは眠っていた。
両の眼を閉ざし、額の眼のうち一つは潰れ、そして残りの二つの眼は開いたまま乾きつつあった。
体には布がかけられているが、その下は――。
「失礼。服も体の一部だったようで、AUウェポンのメスでしか切れませんでした。そのせいで、戻せなくて」
「そっか」
静かだ。眠っているようにしか見えない。あれから一週間もたっているとは思えない。
侵略体は既存の生物に食われることはない。つまり、腐ることもほとんどない。それは知識として知ってはいたが、実際に目の当たりにすると、やはり動揺するものがあった。
「体の中も、見た?」
「ええ。やはり、人間とは全く異なる体構造でした。全く驚異的です。人の形をとどめているのが不思議なくらいに……」
「そうだよね」
自分が暴走した時のように、人の形をとどめずに暴れまわっていてもおかしくはなかった。
だというのに沖田総司は、追い詰められるまで人としての姿を捨てなかった。あくまでその剣で戦おうとした。
「やっぱり、沖田総司自身の願いの所為かな」
「願い?」
その場にいなかったエヴァが首をかしげる。
「うん。最後まで戦いたい。……そう言ってた。生前も、なんだよ」
真緒は一同に、沖田総司という傑物がどんな人物かを軽く話した。真緒自身もそう詳しくはないが――。
それを聞いて、レティシアが言う。
「「沖田」と似ていますね」
「やっぱり、そう思う?」
「ええ。彼女も、幼いころに病気を患っていたんでしょう? 私たちの誰もが思うことですよ。自分の身に宿る傑物と、自分自身が似ているかどうかというのは」
文字通りのその身を焼いたレティシアが言うと説得力がある。
ふむ、と呟き、マルクが仮説を唱えた。
「ならば、こう考えられる。沖田総司と沖田桜の願いが同じであったからこそ、こういう形になったのだろうではないか?」
「じゃあ裏を返せば、私と信長は似てないってこと?」
「僕もオダノブナガに詳しいわけではないが、似ているとは思えないな」
だが、とマルクは言葉を続けた。
「だからこそ、沖田は生き延び、こうして帰ってくることができた。……それでいいのではないかな」
「マルク……」
何だろう。前はこういうことを言う人だっただろうか?
「何か、雰囲気変わった?」
「そうだろうか?」
「「今更?」」
しかし、真緒の言葉にエヴァとレティシアがツッコミを入れた。
「え? 気づいてないの、私だけ?」
「ええ。マオが無茶をしていた頃から段々と変わってきていたのですよ。まあ余裕がなかったのは分かりますが」
「……鈍いなあ」
「え、エヴァにそれを言われるとは……!」
「君たち。僕の意見は……」
そんな風にわいわいと騒いでいると、「サンソン」が真緒を呼んだ。
「ここではお静かに。……それと、外でお待ちかねですよ」
「あ、ごめんなさい。それと、だれが?」
そこにいたのは渋い顔をした「フーヴァー」だった。
「あ、おはよう」
「おはよう、じゃない」
過去最高に不機嫌そうな「フーヴァー」は懐に手を突っ込むとため息をついた。アメを切らしていたのだろうか。
「あー、なんと言ったらいいか。今回の、いや一連の――」
「ありがとう、写真を送ってくれて」
「――あれは、違う。別に親切だとかでは、ない」
「それと、ゴメン。無茶なことして」
「――――」
「フーヴァー」は何かを言おうとして、しかしうまく言葉にできないようだった。
「三か月前も、暴走した後も、それから今回も。心配してくれてたのに、毎度毎度想定外の行動しちゃって。本当にゴメン。この通り」
そう言って真緒が頭を下げると、「フーヴァー」は大きく息をついて、壁に寄りかかった。
「謝ろうとしたのは、こっちだぞ。だというのに、お前はいつもそうだ。いつも勝手で、無茶苦茶で……はあ」
だが、一度姿勢を正すと、ゆっくりと頭を下げた。
「こちらこそ、すまなかった。それと……もう一度考えてくれ。「織田信長」として、私とともに戦ってほしい」
「こちらこそ」
真緒と「フーヴァー」はしっかりと手を握った。
「まずは怪我を治せ。軍師がボロボロでは格好がつかない」
「その間、きちんと侵略体を抑えてね」
「当り前だ」
結局、とんでもないムチャをしたのに、自分は最後まで生き残った。
でもそのおかげで藤丸さんは命をつなぐことができた。皆も無事だった。
沖田も、ああいう形ではあったが、帰ってくることができた。
これ以上失わせたくはない。
そのためにも。
「今度はこっちから攻めよう」
「どうするつもりだ?」
「それはこれから考えるよ。でも、目標ができた」
真緒は右目に炎を灯して言った。
「終わらせるんだ。全てを」