サンフランシスコ、アルカトラズ島。監獄島と呼ばれたこの島は、国立公園となった後もその面影を残していた。
そして今、戦場となっても。
「野郎ども! こいつで
「重戦車型」侵略体へと砲口を向けるガレオン船の上で「ドレイク」が叫んだ。
全長37メートル弱、海のみならず陸をも移動できる能力を持ち、船首と船尾に4門ずつ、両側舷にも14の砲を搭載した規格外のAUウェポンが最後の大仕事を敢行した。
ありったけの砲弾が「重戦車型」へと降り注ぐ。侵略体も全身の分厚い鱗でどうにか砲撃をしのぎつつ避けようとするが、逃げ先をふさぐようにオーニソプターから発射されたミサイルが降り注いだ。
「おっと、逃がさないよ」
天地からの集中砲火に耐えかねた侵略体がついに倒れ伏す。
そして、その砲撃の合間を縫うようにして、ナイフを構えた銀色の翼が――。
*
『あの「アルカトラズの決戦」から明日でちょうど一年半。その後、現在に至るまで新たな侵略体が発見されたとの報告はありません』
テレビの中で、アルカトラズ島を背景に、防護服を着こんだリポーターがサンフランシスコの現状を伝えていた。
『DOGOOはいまだ侵略行為は終わっていないとの見解を示しています。しかし、侵略体殲滅作戦の指標である「炎」が地球の海から消えつつあることを受け、専門家も脅威が去ったのではないかと――』
そんな放送を横目に、宇宙から届いた報告を伝えるため、オペレーターは指令を呼んだ。
「指令」
『――このように、10年以上に及ぶ防衛戦争が終わったとの見方が支持されています』
「指令!」
「ん――ああ、すまない。その呼び名はまだ慣れなくってな」
最後の戦闘からちょうど一年の、今から半年ほど前。指令と土偶はこの船を去った。今頃、どこかの島でサンジェルマンともども静かな時間を過ごしているころだろう。
新司令こと「フーヴァー」はオペレーターからデータを受け取り、内容を確かめた。
技術の進歩により、いちいち「メリエス」を宇宙に飛ばす必要もなくなった。
「この一週間、海水内に電気信号は見られない、か」
「ということは……いよいよなのでしょうか」
報告を持ってきたオペレーターがおずおずと尋ねて来た。あからさまにこっちを見るわけではないが、指令室にいる他の人員たちもこちらに耳を傾けているのが分かる。
だから「フーヴァー」は気を引き締めて言った。
「わからない。例の二人には預言や「声」を聞いたらすぐ連絡するように言ってあるが――とにかく、その時が来るまではDOGOOを存続させておかなくてはな」
ニュース番組は中継からスタジオに戻り、キャスターがDOGOOの現状を伝えていた。
『先週のイスラエルに続き、ウクライナもDOGOO脱退を表明しました。これでE遺伝子ホルダーを輩出していない国の加盟率が更に下がったことになります』
「不甲斐ないな、私は」
「そんな」
土偶の入るカプセルが立っていた跡を眺め、「フーヴァー」は自嘲するような笑みを浮かべた。
「指令は――結局、名乗らずに行ってしまったな。彼女と土偶は、この組織を指揮するだけではなく、世界を一つにまとめていたんだ。敵わないよ」
「考えすぎですよ、『指令』。平和になったからです」
指令室のモニターのうち一つは、テグ島を常に映している。
一時期は世界中を覆い尽くしていた炎は、もはやテグ島の周りまで引いていた。しかしまだ消えてはいない。
島の砂浜の上で彼女は眠り続けている。ホルダー以外の人員であれば炎に焼かれることはないため、踏み込むこともできなくないが、結局彼女のためにしてやれることはなかった。
だがそれも終わりだ。遠くないうちに火は消え、その中から彼女が姿を見せるだろう。
「せっかくですから、皆さんに声をかけて気晴らしでもされたらどうですか?」
「いいさ。あいつはそういうの、望んでないだろうから」
夢を見つけてね、とエヴァは言われたらしい。
みんなで盛大に出迎えるより、それぞれが戦いの末に勝ち取った日々を過ごしていればいい。
「フーヴァー」はそう思った。
*
「んむ……」
エヴァ・ミューアヘッドは目を覚ました。
下校時間のチャイムだ。放課後、図書館で勉強していたらそのまま眠ってしまったらしい。司書の先生に追い出されるようにして廊下に出る。
勉強中に鳴らないようにと切っていた携帯の電源をつけると、クラスメイトからの着信がいくつも入っていた。
そして、その当人がまさに廊下の向こうからやってくる。
「あー! こんなところにいた!」
「あ、
「もうエバってば! 昇降口で待ち合わせしようってHRの時に言ったのに、こんなところにいるし!」
「あーごめん、寝てた……あと、エヴァ」
「エバ」
「E-VAだよ。はいもう一回」
「ぬぐぐ」
ただの町娘などと言い張って正体を明かさないまま、半年前に指令はDOGOOを去った。
それがきっかけだったのだろう。新司令となった「フーヴァー」の勧めもあって、多くのホルダーたちが指令に倣った。
ごく少数の立候補したホルダーを空中要塞と「ヤヴィン」に残し、それぞれが戦いの先に得た日常へと帰っていった。AUボールも念のためと言って持たされているが、それを使うこともない。
「ネロ」は銀幕へ。「シェイクスピア」は舞台へ。
レティシアはオルレアンに戻り、家族と暮らしているという。一方マルクはこれ幸いとA・ローガンに籠って研究を続け、恩師から大学に戻って来いと誘われても知らんぷりだとか。
そして、自分は――。
「ニュース見たけど、叔母上本当に帰ってくるのかなー」
「どうだろ」
「え? エバの眼なら見えるんでしょ?」
「その時にならないと分からないからなー。あと、エヴァ」
「ぬう」
エヴァはポツリと言う。
「会いたいな、真緒」
エヴァには帰る場所がなかった。
イギリスにある本当の両親の墓にはお参りに行ったが、ロンドンに住む気にも、DOGOOに残るつもりにもなれなかった。
ならば、と思い切って日本に来た。
日本語も覚えた。真緒、とちゃんと呼び、漢字で書けるようになった。
高校に通い、真緒の姪の千夜と友達になり、少しだけ背も伸びた。
そして今は――。
「日本史、苦手……」
学校のテストが最大の敵だった。バラバラにしたら零点だから。
まだ夢は決まっていない。なんとなく、ナイチンゲールのようになりたいとは思っているけれど、どういう職業に就けばいいのかは分からなかった。ただ、人の役に立ちたいという思いだけは大切に抱いていた。
彼女の時代とは、看護師という職業の中身も変わっているだろうし――。
幸い、まだ時間はある。まずは来週の期末テストに備えよう。
「そんなに難しいかなあ、日本史」
「そんなこと言ってると英語教えないよ?」
「それは困るし!」
そんなことを言いながら家へと帰る。
代わり映えしない日常。でもそれが大切なものだとエヴァは知っていた。
それに、仲間たちとももう会えないわけではない。みんな、何かと理由をつけて集まりたがる。
つい先日「坂本龍馬」の二人が結婚した時には、彼らの地元に外国人が大勢詰めかけたせいで、ちょっとしたパニックになったものだ。
「ふふ」
千夜と別れた後、愉快なひと時を思い返していると、日が沈みかけた空に一番星が輝いているのが見えた。思わず眼が吸い寄せられる。
かつては、あの空の上で侵略体が現れるのを待つ日々だった。今は、あの空の向こうに仲間たちがいる。
この星を一緒に守ったみんながいる。
そんな風に思いを馳せた時だった。
――そっと、肩に手が乗る感触があった。
肩越しに、遠くを指さす姿が浮かび上がる。それは――。
「「フーヴァー」! 出て!」
特注の衛星電話を鞄から引っ張り出し、家に向かって走りながら電話をかける。
『はい、こちらDOGOO指令室――』
「来たよ! 行く!」
『え? ええと……』
電話に出てくれたオペレーターに、思いついたことをそのまま話す。
それを見かねてか「フーヴァー」が割り込んだ。
『代わってくれ。――おい、私用でウェポンを使う気か』
「ボールの使用許可が下りないなら、自力で翼を作るよ! 止めても無駄!」
『……はあ。公私混同をするなと――まあいい。13番ボールのロックを外しておく』
「ありがとう!」
そのままアパートに駆けこむと、ちょうど同居人も帰ってきたところのようだった。
彼女は退院した後、親元を離れて大学で天文学を学んでいる。ちょうど高校が近かったこともあり、一緒に住まわせてもらっているのだ。
多少の後遺症こそあったものの、今ではすっかり元気だ。最近は、研究室に入って来たメガネの後輩が可愛いだのとなんだの言っているが――それより。
「行くよ! 立香!」
彼女の名前も、ちゃんと呼べるようになった。
「あ、おかえり――って、どこに」
「迎えに!」
「相変わらずだなあ」
そんな風に呆れていたが、エヴァが押し入れからAUボールを引っ張り出したのを見て流石に目の色が変わった。
「本当に、今?」
「うん」
「――わかった。行こう!」
バタバタと二人そろって家を出ると、エヴァはさっそく翼を広げた。そして立香を抱き上げると、思いきり翼を羽ばたかせて飛び上がった。
目指すは太平洋だ。
*
着いた時には真夜中だった。
まだ島は燃えている。島の沖合に建設された基地に降り立つと、不機嫌そうな「フーヴァー」が迎えてくれた。
エヴァに一歩遅れて「エレナ」も預言を聞いたという。そして「フーヴァー」が止めるのも聞かずにホルダーたちに知らせてしまったものだから、ほとんど全員が予定を投げ出してこっちに来ようとしているという。
結局こうなるのだ。エヴァと立香は二人して笑ってしまった。
けれどみんなが到着するのはもう少し後になるという。だから、一足早く。
「――あ」
だれが漏らした言葉かは分からない。奇しくも、夜明けとともに島を包む炎が消えた。
エヴァは立香を抱き上げると、まだ火の粉の舞う島へと翼を羽ばたかせて飛び込んだ。
降り立った砂浜の向こうから歩いてくる彼女の姿がある。逆光になって見えない。けれどエヴァの背後の母は、はっきりと彼女を指さしていた。
ご覧、と言うように。
立香がすぐそばにいるからだろうか?
魔王たる傑物の影が見える。
形を変えても最後まで戦いぬいた少女の影が見える。
そしてその二人の間に――。
「真緒」
「真緒ちゃん」
肌は浅黒くなり、白く染まった髪は地面に届くほど長い。
とうとう焼き付いてしまったのか、右の瞳そのものが赤くなっていた。
額に眼が増えてはいないものの、左の眼は金色に変貌していた。
かつて見た異形の剣士に限りなく近い姿。
でも、あの時とは違う。
「「おかえり!」」
「ただいま!」
六天真緒は笑顔でただいまを言った。
これにておしまいです。ありがとうございました。
気が向いたらまた何か書きます。
その時はよろしくお願いします。