ノッブナガン   作:喜来ミント

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四ノ銃 藤丸立香

 海面から飛び出した三メートルほどの進化侵略体は、額に作られた穴から鱗の砲弾のようなものを打ち出した。

 その砲弾の向かう先は船の甲板。赤みがかった髪の青年がゆるりと長大な槍を構えている。――かと思えば、三メートル以上はあろうかという槍を巧みに操り、砲弾をいなすと同時に侵略体の喉元に飛び込んでいた。

 

『――ッ』

 

 映像にもかかわらず、気迫で空気が震えたとわかる一撃。槍の一撃で内側から弾けるように死滅した侵略体のかけらがバラバラと降り注ぐ中、青年が残心を終えた。

 

『一年前サイパン沖に出現した「進化侵略体」とE遺伝子ホルダー「李書文」の戦闘の様子です』

 

 画面の中で「Defence Organization aGainst Outer Object」の組織の名前を背負った指令が告げる。

 

『我々「DOGOO(ドグー)」は、この日が来ることに備えて設立された超国家機関です。先日の台湾の一件を受け――』

 

 画面の中で会見を続ける指令を見ながら、藤丸立香は苦笑した。

 

「いやあ、朝からこのニュースばかりで困っちゃうよ」

 

 そういう彼女の頭には包帯が巻かれているが、笑顔は明るい。

 

「せっかく日本の病院に移れたのに、特番ばっかりで嫌になっちゃう。テレ東に回してもいい?」

「う、うん。……怪我は大丈夫?」

「うん。大したことないってさ。検査して問題なければ来週には退院できるってさ」

「よかった……」

 

 本人の口からそう聞いて安心した。結局、あの戦いの最中、藤丸さんは気絶したままだった。日本に戻り、家族と学校に事情を説明し、そしてここへ。本当は一番にここに駆けつけたかったが、あの時居合わせていたクラスメイトからこう伝言されてしまってはかなわない。

 

『真緒ちゃん、私は大丈夫だから、家族にちゃんと話をしてあげて』

 

 ……ゆっくり話をできるのはこれで最後になるかもしれない。だから、窓の外を気にしつつも言葉を紡ごうとする。

 

「んと、えと、」

「真緒ちゃん」

「え? な、なに?」

「ありがとう。お礼、ちゃんと言ってなかったから」

「……うん」

 

 チャンネルを回し損ねたテレビから、引き続き「進化侵略体」についての情報が流れてくる。

 

『進化侵略体については、現在「DOGOO」から提供されている限定的な資料に基づくしかありませんが、以上のことが推測されます。地球には一日に大小合わせて70以上の隕石が落ちています。「進化侵略体」はこれらの隕石に付着した形で10年ほど前に地球に飛来し、単細胞の状態から今日に至るまで地球の環境に適応した形へと「進化」を繰り返していると思われます。これらは「DOGOO」が過去に撃破、回収した侵略体を時系列順に並べたものです』

 

 「進化侵略体」の姿が時系列に沿って並べられる。細長い蛇のような初期型から、ヒレを発達させ、泳ぎに工夫を凝らし、顎を備えて捕食に適した体へ。そして、先日の台湾には、不器用ながらも陸上に適した体へ――。生物の教科書にある、地球の生物の進化の歴史をなぞっているのが分かる。

 

『現在は魚のような形ですが、いずれは陸上に適合した体に進化し――海ならず、この星を丸ごと侵略することが目的でしょう』

『その第一歩が、先日の台湾のものだと?』

『ええ。いずれはオブルチェヴィクティスやエルギネルペトンのように四肢を発達させ――』

 

「魚かと思ったけど、宇宙怪獣だったんだね」

「うん」

「軍隊もたくさん出てきてたし、なんか怪獣映画みたいだったね」

「そ、それ、私も思った……」

「……けど、映画じゃないんだよね」

「……うん」

 

 二人の間に沈黙が落ちたが、それを破ったのは真緒の声だった。……信じたくはないが。

 

『うっははははははは!! よい! よいぞ! 格別にいい気分じゃ!』

『この映像は先日台湾の現場に居合わせた観光客が撮影した映像なのですが――』

 

 映像の中で、目を赤く輝かせた真緒が銃を振り回し、大音声を挙げる。

 

『我こそは第六天魔王波旬織田信長! 怪物どもよ、三千世界に屍を晒すが良い!』

「うわ、ああ、あー!」

 

 思わず藤丸さんの手からリモコンを取り挙げてテレビを消そうとするも、軽くよけられてしまった。それどころか、懐に飛び込んできたこちらの前髪をかき上げ、顔をしげしげと眺めてくる。

 

「うーん。あの映像だとどう見ても目が赤いけど――」

「う、うう……」

 

 真緒の目は黒い。というか、目の色もそうだが、あのしゃべり方、あの態度! 一体何なのか――自分の記憶にもハッキリと残っているが、いまだに訳が分からない。あの時はただ、そうなったのだ。

 

『通常兵器では傷つけられない進化侵略体を破壊していますが、この少女が「E遺伝子ホルダー」なのでしょうか』

『はい。侵略体に唯一対抗できる「AUウェポン」と呼ばれる武器を作り出せる存在で――おそらくはこの巨大な銃がそうでしょう。このウェポンを操るには「E遺伝子」という特殊な遺伝子を持つことが必要で、現在発表されているホルダーには歴史上の人物の名前が冠されていますが、現在詳細は不明です』

『この少女も「織田信長」を名乗っていますが――』

 

「だよね――。真緒ちゃん、信長の生まれ変わりなの?」

「詳しいことは言えないんだけど……そんな感じ」

「……あ、もしかして、六天――」

「い、言わないで!」

 

 顔を真っ赤にしてうつむいた真緒を見て、藤丸さんは何かを察したらしい。

 

「いやうん。……ごめん」

「い、いいの……ちょっと、そういうの、苦手で」

 

 二人が気まずくなっている間にもニュースの映像は続く。

 

『この日本人の少女はDOGOOの発表によれば、あらかじめ所属していたホルダーではないとのことで、DOGOO指令は次のように述べました』

『現在DOGOOには24人のホルダーが所属していますが、彼女の能力は大変有益です。我々は一人でも多くのホルダーを必要としています。ただ――』

 

 ただ、と言い。

 

『あくまでDOGOOへの参加は、彼女の意志を尊重します』

 

 土偶と同じことを言う。

 それに対し、日本の首相が直々にコメントを発表していた。

 

『日本もDOGOOには参加していますが、ホルダーは輩出していません。仮にですが、彼女がDOGOOに参加してくれるとなれば――』

 

 それを皮切りに、政治家、コメンテーター、果ては街頭の人々まで、様々な人が日本人の少女――真緒へのコメントを寄せる映像が流れる。

 不安。期待。責任。応援。義務。真緒の背中へと言葉が降り積もる。

 

 ――ぶつっ。

 

「……ごめん」

「ううん」

 

 藤丸さんがテレビの電源を切り、リモコンを脇に置いた。

 

「……どうして、こうなっちゃったんだろ」

「真緒ちゃん」

「……怖いよ」

「うん」

「いきなりあんなことになって、自分が自分でなくなっちゃったみたいで」

「うん」

「世間の人たちも皆勝手なこと言って」

「うん」

「もしかしたら、死んじゃうかもしれないのに。家族にも、藤丸さんにも会えなくなっちゃうかもしれないのに」

「うん」

 

「――戦いたいって思う私って、馬鹿かなあ?」

 

 真緒はカタカタと歯を震わせながら言う。そしてきっと来るであろう言葉を待つ。

 

「そんなことないよ」

 

「……ありがとう。その言葉が欲しかったの」

「それだけじゃないよ」

「え?」

 

 ぐい、と顔を起こされる。

 

「命を助けられたからじゃない。世界のために戦えるからじゃない。真緒ちゃんが、真緒ちゃんだから。きっかけは何であれ、私が友達になりたいと思ったあなただから、私は真緒ちゃんを肯定します」

「藤丸さん……」

「何があっても、全部嫌になって投げ出しちゃっても、真緒ちゃんが真緒ちゃんなら私は絶対、真緒ちゃんの味方でいるから」

「……ありがとう」

 

 病室を後にしようとしたとき、ふと真緒は思い立って聞いてみた。

 

「そういえば、藤丸さん。……台湾で、どうして私に話しかけてくれたの?」

「あー、それ、今聞いちゃう?」

「いやあ、気になって」

「……前々から、見えてたの」

「見えてた?」

「あなたの背中に、何かが」

 

 真緒は思わず自分の背中に手を伸ばすが、固い筋ではろくに背を触れなかった。

 

「な、なにが」

「いやその、なにって聞かれても困るというか……」

 

 藤丸さんもうまく説明できないらしい。

 

「きっかけはそれだけなんだけど、やっぱり話しかけてよかった。こうしてお友達になれたんだもの」

「はは……変なの」

「ね。変なの」

 

 二人は笑い合い、分かれた。

 

「……よし」

 

 病院を出れば、そこに待っていたのは報道陣と野次馬の群れだった。フラッシュが雨あられと浴びせられ、マイクが四方八方から伸びてくる。しかしその中を、真緒はせめて顔を上げて歩いた。

 もう怖くはない。

 台湾でもそうだった。失うのがただ怖くて。大切な人を護りたくて、怪物のいる方へ走り出せたのだ。

 そして今は、自分の後ろに、自分を何があっても肯定してくれる人がいる。ならば何を恐れようか。

 藤丸さんの連絡先が入った携帯を握りしめ、真緒は報道陣の波を突き進んだ。

 

  *

 

 堂々と進む真緒の背中を窓から見送り、立香は自分の戦いを始めることにした。

 

「よし」

 

 廊下に控えていたDOGOOの職員を呼び出し、覚えている限りの情報を伝える。

 果たして役に立つかはわからない。だが、自分にできる精一杯をするつもりだ。

 

『藤丸立香さん』

 

 返事は迅速に、日が沈むころには戻ってきた。

 職員が持ち出してきた通信映像の向こうに、昼間のニュースで見た顔が映っている。まさかDOGOOの指令まで出てきてしまうとは。今更のように、自分のしたことの重大さを思い知る。

 しかし、真緒に比べれば。

 

『あなたの情報をもとに簡易的な検査を行ったところ――未確認だったホルダーを発見できました。AUウェポンの生成はまだ未確認ですが、おそらく間違いないでしょう』

「……お役に立てて、何よりです」

『一体、どうやって?』

 

 それはこっちが知りたい。

 ただ、一つ言えることがある。真緒の背後に見えていた影のようなもの――それを以前にも見たことがあったのだ。

 友達に誘われて行った剣道の大会で、驚くほどの強さを見せていた少女――その中性的な美貌と、苗字が沖田(おきた)であることから『総司様』などと噂されていたその少女の背後にも確かに「影」があった。

 

「影のようなものが、見えるんです。私には」

『ほかに心当たりは?』

「いえ。今のところは。ただ――」

 

 さあ、言おう。ここから私の戦いを始めよう。

 

「提案が、あります」

 

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