ノッブナガン   作:喜来ミント

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流石に長すぎるので二ノ銃のタイトルを「アヴィケブロン」に修正しました。


五ノ銃 ウィリアム・シェイクスピア

 真緒は息をぜいぜいと吐いていた。

 周囲はジャングル。アステカの遺跡を思わせる石造りの建物に、無秩序に南国の植物が絡みついていた。

 がさり、という音を聞き、重い体に鞭打ってAUウェポンの狙いを定める。

 

「鳥か……」

 

 勘弁してほしい。こっちは今、全神経を張り詰めているのだ。

 よく音を聞け。風が木々を揺らす音。鳥が囀る音。虫の羽音。枝を踏みへし折る音。

 

「そこだ!」

 

 続いて響いたのは草むらを切り、人が飛び出す音。切っ先がこちらの首を捕らえる直前、ぎりぎり間に合った銃口が火を噴き、中性的な少女の幻影を吹き飛ばした。AUウェポンで作られた形だけの偽物は、銃弾を受けて紙風船のように跡形もなく消滅する。

 

「……よし」

「なりません、なりませんぞ! そんなに近くで火を噴く銃は、槍と何が違いましょうか!」

 

 真緒が一息ついたところで、張りがありつつも胡散臭い声が頭の上から鳴り響いた。

 その声に合わせてか、あたりの草むらがミュージカルの舞台転換のように動いて道を作り、高台にいる男性の姿を真緒に見せた。

 ウィリアム・シェイクスピアの顔をデフォルメした意匠が刻まれた演台の上でメガホンをとっているのは、誰であろう「ウィリアム・シェイクスピア」である。

 

「そんなこと言われても……ちょこまか動いて当たらないし……」

失敗の言い訳をすればするほど、(When making a failed excuse,) 失敗がまた目立つもの(the failure is just standing out one after another.)。さあもう一度です、「ノッブ」。射撃型ホルダーの仕事は遠くの敵を狙い撃つこと。引き付けてはなりません。倒してもスコアにはなりませんぞ」

 

 一言いえば三言は返ってくる指導役に、真緒はせめての文句を言った。

 

「その呼び方やめてもらえませんか……」

「ううむ。しかしノブ・ナガー……ノブナーガ……やはり「ノッブ」が一番呼びやすいですな。呼び名が何だというのです?(What's in a name?) ミス・ロクテンとお呼びした方がよろしいか」

「うう……」

 

 DOGOOに入隊し、早くも十日。真緒を待っていたのは、サンジェルマンによる詰め込み式の英会話教育、「シェイクスピア」による戦闘訓練、そして小生意気なライバルとの喧嘩だった。

 朝起きたらまず授業。慣れない英会話に四苦八苦しながらも、さらにE遺伝子やAUウェポンについての特性についても座学として叩き込まれ、昼食を済ませたら劇作家による言い回しとも格闘しなければいけない。サンジェルマンがこの間の事態を重く見て用意してくれた自動翻訳機は一応あるが、やはり任務の最中にほかのメンバーと円滑に意思疎通ができなければ意味がない、ということで、補助として使うことしか許されなかった。

 おかげでどうにか簡単な会話くらいはできるようになったし、戦闘訓練もいい加減銃に振り回されるだけの状態から変わりつつある。

 となれば目下の問題は三番目である。

 

「えー、では、ミス・ロクテン」

「構いませんよ、「シェイクスピア」さん。いいじゃないですか「ノッブ」で。沖田さんに勝てたら、ちゃんと呼んであげますから」

 

 スポーツドリンクを飲みながらベンチでくつろぐライバルに、真緒は日本語で文句を言った。日本人同士だ、構うことはない。

 

「なによ、そっちはスパスパ切ってるだけじゃない! 私は慎重に狙えとか威力を絞れとか相手の動きを予測しろとか小難しいことをいろいろ言われてるのに!」

「言いましたね!? 沖田さんだって間合いを測って相手の動きを見て射線かいくぐって、それでようやくぶった切ってるんですよ! ノーコンの「ノッブ」と違って「シェイクスピア」さんの作るレプリカの狙いチョー厳しいんですからね!? 当たっても痛くないとはいえ!」

「そんな細かく言われてるの見たことないし!」

「まー沖田さん優秀ですから! 去年の県個人準優勝ですから! 言われなくてもできちゃうんですよねー!」

「ぐぬぬ……」

「ふふーん」

 

 八日前。自分と同じく、未発見だったE遺伝子ホルダーだという少女が一歩遅れて訓練にやってきた。「沖田総司」のE遺伝子を持つ少女は、こともあろうに自己紹介を終えて早々こう言い放ったのだ。

 

『はあ。「織田信長」? この人が? さっき見た限りじゃ、射撃外しまくってましたけど。信長じゃなくて「ノッブ」でいいですよ「ノッブ」で』

 

 一つ年下だというのに生意気な――などと言えるほど真緒は体育会系ではないが(むしろ剣道の選手だという彼女の方が体育会系だ)、流石にこんな言い方をされれば腹も立つ。しかもその小馬鹿にしたような仇名まで浸透してしまえば尚更である。

 そんな口を利くならば、訓練のお手並みはどうか――と言えば、真緒とは雲泥の差だった。普段は柔和な彼女は、剣を握れば冴えを増し、まさしく「沖田総司」を彷彿とさせる剣さばきで「シェイクスピア」の課題を軽々クリアして見せたのだ。

 AUウェポンはやはりというか刀。しかもご丁寧にダンダラ模様の羽織まで一緒になって装備される。羽織も羽織で何やら身体強化の意味合いがあるらしく、目にもとまらぬ速さで敵をバッタバッタと切り伏せていた。

 

「結局あなたが強いのはそのダサい羽織のおかげじゃない! この銃本当に重いんだから!」

「はあ!? ダサいならその銃だってどうなんですか!? 大体その三段撃ちって何か歴史のと違いませんか! あと沖田さんの必殺技と若干被るのでやめて――」

「お二人とも!! 口を達者になさらぬよう! 腕を鍛えに来たのでしょう!」

 

 真緒と「沖田総司」こと沖田(おきた)(さくら)の言い争いを見かね、「シェイクスピア」が指を鳴らしてAUウェポンを操作した。途端に二人の少女の足元がプールに変わり、揃って無様に落っこちる。

 

「わぶっ」

「うわっ」

「あるいは口論も英語でやっていただけるなら、サンジェルマンの教育の賜物ということになりますが?」

 

 再び指を鳴らすと周囲は真夏の砂漠に変わり、真緒たちの濡れた髪と服をあっという間に乾かした。そして三度鳴らすとようやく本来の殺風景な甲板へと変わった。

 ここは太平洋の真っただ中。DOGOO高速艦「E(エレン)・リプリー」の甲板だ。

 砂漠に投げ出されて喉が渇いたのだろう。「沖田」はスポーツドリンクを大きく一口飲み干すと、「シェイクスピア」の手際に感心したように言った。

 

「しかし、何度見てもすごい……さすがは「ウィリアム・シェイクスピア」。舞台の用意ならばお手の物ってところですか」

「いやはや、照れますなあ。実は吾輩、もともと吾輩(シェイクスピア)のファンでして、それが高じて脚本家になった口なのです」

 

 沖田の発言に気を良くした「シェイクスピア」が指を鳴らすと、そのたびに景色が変わった。

 中世フランスの華やかな街並み。

 古代ローマの都市を一望する高台。

 四方を海に囲まれた海賊船の甲板。

 霧にけぶる産業革命時代のロンドン。

 

「まあ、とはいえ効果はせいぜい半径百メートル。あくまでも実体のある幻のようなもので、食べ物を作っても腹は満たせませんし、銃や刀を作っても人に害を与えることなどありません。とても戦闘向きではありませんな」

「でも一時的とはいえ地形を変えられるのは確かだし……」

 

 自分ものどを潤しつつ、レンガ造りの家の壁をコンコンと叩いて真緒はつぶやく。

 

「――あの場にこれさえあれば「アヴィケブロン」に慣れぬ仕事をさせずに済んだものを」

 

 僅かに諧謔を帯びた真緒のセリフに、「シェイクスピア」は目ざとく気が付いた。

 

「……ミス・ロクテン? 今なんと?」

「え? ああ、ごめんなさい」

 

 しかし、声をかけられて気が散った真緒の目に赤い輝きはなかった。

 

「……ふむ。まあ良いでしょう。訓練を続けましょうか。さあ、しっかりと狙いますよう。賢く、なおかつ、ゆっくりと(Wisely and slowly.)急いで走ればたちまち転ぶ(He who is quick and runs falls down.)

 

 「シェイクスピア」が合図すると、再び障害物だらけのジャングルへと景色が変わるとともに「沖田」の姿をしたレプリカが五体出現した。

 真緒が銃を構え直すのと同時に、散会してからバラバラに動いて真緒に迫る。真緒はその動きを捕らえようと目つきを鋭くするが、そこに「シェイクスピア」の助言が入る。

 

「サンジェルマンの座学で学んだ通り、AUボールはあくまで貴女方のE遺伝子を制御し、強めるもの。ウェポンの根源は貴女の力です。ゆえに、弾丸の強弱も貴女のお気に召すまま(As you Like it)

 

 威力を抑える。もっと弱く。鋭く。当てることを意識する。銃口を針のように細めるイメージ。

 

「威力を決めたらば次は狙い。敵は止まってはくれません。動きを読み、未来を読み、敵と弾丸を出会わせるのです」

「威力を抑えて――狙いを定めて――」

 

 沖田のレプリカが動く。あるものは回り込み、あるものは遺跡を足掛かりにとびかかる。咄嗟にかわし、一対多の状況を脱する。狙いを一つに絞る。その動きを追う。その足が向かう先を読む。そこに自分が放った弾丸の未来を出会わせる。

 

「敵の動きの――未来に――いま」

『「ウィリアム・シェイクスピア」、「沖田総司」、「ノッブ」、訓練を中止してください!』

 

 いまだ、という言葉とともに弾丸を放とうとした瞬間。オペレーターの声が飛び込んできた。

 

『本部から通信が入っています! 「シェイクスピア」はブリッジへお願いします』

「ふむ……何事ですかな? 芝居を終いまでやらせてくれ!(Play out the play) などと言っている場合でないのは分かりますが」

 

 「シェイクスピア」がウェポンを解除し、演台から降りてくる。

 

「お二人とも、しばらく休んでいてください」

「はい」

「はい……」

 

 思わずへたり込む。沖田も見かねたのか、追加の飲み物を投げてよこしてきた。礼を言ってから喉に流し込むと、体に染み渡るのを感じた。

 

「情けないですね。それでも「信長」ですか」

「……ふう。そうはいっても……いきなりだし……。自分が「信長」なんて言われても」

「……まあ、普通はそうなのかもしれませんね」

 

 前言をあっさりと撤回した「沖田」に、真緒は少し違和感を覚えた。

 

「そういう沖田はなんていうか……沖田でしょ?」

「口下手すぎでしょ、あなた。ええそうですE遺伝子も本名も沖田さんです。でも……自分じゃ気づけなかったんですよ。歴史上の偉人の力を継いでいるなんて、ちっとも気づけなかったんです」

「いや、いくら何でも無理が……」

「ここにすでにいるホルダーたちにはできたことです」

 

 そういわれ、ようやく真緒も気が付いた。沖田は自負の話をしているのだ。

 自分がE遺伝子ホルダーだという自覚を得たのは、進化侵略体と対峙してようやくだった。だが、すでにDOGOOに所属する20名あまりのホルダーたちは、早ければ10年前――進化侵略体が地球で活動を始めるのに呼応し、自身の力を自覚しだしたのだという。

 自身の身に宿る傑物を誇りに思うほど、ホルダーとしての自負は大きくなる。その力に気づけなかったという事実が、情けないと思う原因になる。

 もっと早く、戦えたはずなのに。

 

「……私は、織田信長に良いイメージがあんまりないよ」

「まあ、通説が頻繁に変わる方ですからね。無理もないでしょう。大体、貴女は信長要素ゼロですし、憧れる方がおかしいです」

 

 でも、と沖田が日本人にしては妙に色素の薄い髪をかき上げながら言う。

 

「この髪と目は、幼いころの病気の名残です。おまけに剣の才能も道場では断トツでした。本名も沖田。女子高で総司様だなんてもてはやされて……」

 

 ぎりり、と歯噛みする横顔は、彼女が振るう剣よりも鋭く美しかった。場違いにも見とれてしまう。

 

「どうして、気づかなかった……! 戦えない事こそ、沖田総司にとって一番の後悔だったはずなのに……!」

「沖田……」

 

 どう声をかけていいかわからず、ただ彼女の名前を呼ぶ。

 彼女が自分に妙に突っかかってくる理由が少しわかった気がした。

 ならば自分は、もっと「信長」らしく――。

 

馬だ!(A horse!) 馬を引け!(A horse!) 馬と引き換えに王国をくれてやるぞ!(My kingdom for a horse!)

「のわあっ!?」

 

 いきなり大声で何事かを(十中八九自作(リスペクト)の引用だろうが)叫びながらブリッジから戻ってきた「シェイクスピア」に驚き、真緒は思わず飛び上がった。

 

「ご両名、出撃いたしますぞ! 装備の前に心の準備はよろしいか!」

「承知」

「えっ」

 

 すぐさま背筋を正す沖田に対し、真緒は茫然とするしかない。

 今、彼はなんといった?

 

「出……撃?」

 

  *

 

 時は少し戻り、ブリッジへと向かう途中。

 「シェイクスピア」は考える。「沖田」はともかく、「ノッブ」という役者をどう扱うべきか。決めあぐねたまま、とうとうその時が来てしまったのを悟っていた。

 

「お待たせいたしました、指令」

『六天真緒の練度はいかがでしょうか、バードさん』

 

 自分を本名で呼ぶ指令に苦笑いを浮かべつつ、「シェイクスピア」ことバードは答えた。

 

「能力はありますな。が、まだまだです。急ごしらえにすら達してはいないでしょう」

『……やはり、ここは別のホルダーに』

『いや。選択肢はない』

 

 指令の言葉を遮り、彼女の背後の土偶が言う。

 

『今回はどうしても遠距離射撃が可能なホルダーでなくては。「ビリー・ザ・キッド」では射程が足りないし、「ロビン・フッド」含む第四小隊は今ソロモン諸島で……』

「お待ちください。何の話です?」

『これを見てほしい。現在フロリダに接近中のハリケーンをDOGOOの衛星がとらえたものだ』

 

 ブリッジの画面にハリケーンが映り、さらにある一点を拡大していく。黒い点のようなものが大きくなり、次第に熱帯魚のような輪郭がはっきりする。

 

「これは!」

『そうだ。この風の中にいる影が進化侵略体だ。おそらくハリケーンに乗って直接内陸まで乗り込むつもりだろう』

「これぞまさに――」

(テンペスト)、などと言わないように』

「……承知いたしました」

 

 出鼻をくじかれた「シェイクスピア」が少し大人しくなる。

 

「とはいえ、上陸の仕方としては非常にユニークですな。台湾の水際で叩かれたのが相当痛かったのか――」

『面白がっている場合ではありません。秒速60メートルの風で身を護り、自身も同じスピードで風に乗り続けているのです』

『接触して戦闘することは不可能だ。遠距離から撃ち落とすほかない』

「それを「ノッブ」にやらせると?」

『ああ。彼女しかいない』

 

 「シェイクスピア」は一度目を伏せ、質問を投げかけた。

 

「せめて、「メリエス」の手を借りられますかな。それから追撃要員として「沖田」も同伴を……」

『問題ない。というより、すでに「フーヴァー」はそのつもりだ』

「それはそれは。相変わらず抜け目のないレディですな」

『同意するよ』

『では、そのようにお願いします』

「承知いたしました」

 

 指令に一礼してから通信を切り、甲板へと引き返す。

 やるほかない。今、この状態で……。

 不安だらけの状況。だが、「シェイクスピア」は顔に笑みが浮かぶのを抑えられなかった。先ほど真緒が、ロンドンの街並みに触れながらこぼした笑み。それを思い出したのだ。

 

「さて、初演でどこまで()()()か――見ものですな」

 




O Shakespeare, Shakespeare!
Wherefore art thou Shakespeare?
すごくかきづらいです。

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