ノッブナガン   作:喜来ミント

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六ノ銃 ジョルジュ・メリエス

「ハリケーン・オルガ。風速は60キロメートル毎秒。暴風域の半径は180キロメートル。まさに風の要塞ですな。この中に進化侵略体(やつ)はおります」

 

 ハリケーンの中を飛ぶ軍用ヘリコプター。その後部カーゴルームにて「シェイクスピア」は滔々と語る。

 

「胸ビレで風を受け、高速で暴風域内を回っております。このままハリケーンごと陸に乗り込む腹積もりらしいですな。アイディアとしては奇想天外極まりますが、ホレイショー、この天と地の間には、(There are more things in heaven and earth, Horatio, )お前の哲学では思い描けぬ事がまだまだある(Than are dreamt of in your philosophy.)。海上で叩ければよいのですが、もうフロリダ半島は目の前です。ヘリもこれ以上暴風域に近づけないとなれば、最適解は一つ。狙撃ですな」

「……はい」

「観測手は第一小隊より「ジョルジュ・メリエス」にお願いいたします」

「はーい。いい絵が撮れるといいですねー☆」

 

 なぜかウサギの耳をつけたロングヘア―の少女が能天気にコメントする。その肩には映画の撮影に使うようなカメラを模した、巨大な装置が載っていた。彼女のAUウェポンだ。

 

「「メリエス」。きちんと仕事をしていただきたい。慢心。(Proud, )人にとって、それこそが最大の敵なのだ(for, the human biggest enemy.)

「わかってますってー。「フーヴァー」のウェポンじゃ、この嵐の中「エージェント」が飛ばせないから、私のカメラの出番なんでしょう?」

 

 釘を刺され、「メリエス」は苦笑した。

 

「ちゃんと敵は捕捉しておりますかな」

「もちろん☆ 敵はおよそ90秒後に目の前を通過する予定でーす」

「よろしい。では「ノッブ」。目に焼き付けていただきたい。撃ち落とすのは貴女です」

「はい!」

 

 真緒は暴風が吹き荒れるハッチの外をにらんだ。

 十秒。二十秒。時間が過ぎる。やがて、「メリエス」が小さく注意した。

 

「来ますよ」

 

 その影が目の前をよぎる。秒速60キロメートルならば、時速に直しても200キロ超。それだけの速度があっても十分目で追い切れるほど。大きな、熱帯魚のようなシルエットが嵐の中を泳ぐのが見えた。

 

「大きいですね。あれならノーコンの「ノッブ」でも当てられるでしょう」

「む」

 

 そうコメントしたのは追撃担当の沖田だ。

 

「ですな。どこかに当たりさえすれば落ちるでしょう。海に落ちたところを「沖田総司」に仕留めていただきます」

「ま、それくらいなら沖田さんにお任せください。ちょちょいのちょいです」

 

 先ほど「メリエス」が釘を刺されていたのを忘れたのか、呑気な調子の「沖田」に真緒はかみついた。

 

「いっそのこと一撃で撃ち殺してもいいんだけど?」

「ほほーう? できるものならどうぞ?」

「お二人とも。まだまだ二人合わせて一人前だというのをお忘れなく」

 

 などと真緒たちが騒いでいる一方、「メリエス」は自分が撮影した映像を見て首をひねっていた。

 

「なんかおかしいですね。あー、こちら「メリエス」より本部へ。「フーヴァー」にお願いします」

『なんだ「メリエス」。こっちは今、第四小隊のバックアップで忙しい――』

「ちょっと今撮った侵略体が変なんですよ。送るので見てください」

 

 「メリエス」が通信機の向こう、本部へと情報を送ると、沈痛な声が返ってきた。

 

『……「シェイクスピア」。少しいいか』

「吾輩ですかな?」

 

 通信機からの声――「フーヴァー」に呼び出された「シェイクスピア」が表情を変えたのを見て、いがみ合っていた真緒と沖田も騒ぐのをやめた。空気がかすかに緊張を帯びているのを、二人とも遅ればせながら感じ取ったのだ。

 二人の反応を見て、教え子の成長に少々の満足を覚えつつ「シェイクスピア」は「フーヴァー」に応答した。

 

「なにか問題でも?」

『今「メリエス」から送られた画像を解析した結果、今日未明に北極海で「ダ・ヴィンチ」が交戦した「輸送船型」と類似した身体構造である可能性が高い』

「つまり?」

『奴は卵を抱えている』

「なんと!」

 

 一気に現場の空気が変わる。

 

「どういうことですか、「シェイクスピア」」

「奴の目的は地上に卵をばらまき、地上に適応した種を生み出すことのようです。仮に一撃を与えたとしても、上陸を待たずに卵をばらまき始めることでしょう。もはやフロリダは目と鼻の先。一部の卵は陸まで届きかねません。それをハリケーンの被災地から探し出し、孵化する前にせん滅することなど――」

『「織田信長」』

 

 「フーヴァー」が言う。

 

『訓練中の半人前に任せるのは甚だ不本意だがやるしかない。卵を撒く間もなく一撃で急所を撃ち抜け』

「わ、私が?」

『そうだ。この距離で、この速度でだ』

 

 顔も見たことがない「フーヴァー」からの要求に、真緒は思わず身を固くした。

 

『「フーヴァー」! 彼女ではまだ無理です!』

『いや。六天真緒。君にしかできないことだ』

 

 通信機の向こう、指令室から更に指令と土偶の声が続く。

 

『「フーヴァー」。彼女に指示を』

『了解した。さて、「織田信長」。過去の侵略体の解剖結果から考え、5個ある眼のうち後列2つの中間。そこに脳がある。そこを狙え』

「い……いやいやいやいや」

 

 どう考えても無理だ。自分にできるのか? そう考えることすら馬鹿らしい。

 この吹き荒れる嵐の中を?

 この速度差で?

 脳天の小さな一点を射抜けと?

 

「ほ。他の、方法を――」

「ミス・ロクテン。いえ、「織田信長」」

 

 「シェイクスピア」が朗々とセリフを読み上げる。

 

お前は熊から逃げ出そうとしている。(You’re going to escape from a bear.)だがもしも、(But if )その途中で荒れ狂う海にぶつかったら、(I meet the ocean which rages on its way,)再び獣のあぎとへと逃げ戻るのか?(do you return to the brute’s mouth again?)

「逃げ――」

 

 それを聞いて、真緒は自分の戦う理由を思い出した。

 そうだ。こういう時のために、戦うことを決めたのではなかったのか。

 逃げてどうなる。逃げてどうする。

 戦うための力が、今ここにあるのに――。

 

「「シェイクスピア」さん!? 何を言って……」

「今がチャンスなのです!」

 

 真緒を煽るようなセリフを叩きつけた「シェイクスピア」に対し、沖田が文句を言おうとする。しかし「シェイクスピア」はそれを遮るために沖田の胸ぐらをつかむと、ぐいと自分の眼前に引き寄せた。

 

「彼女に必要なものがここにあるのです。逆境のもたらすものこそ美しい。(Sweet are the uses of adversity,)それはガマガエルに似て、(Which, like the toad, )醜く、毒を孕んでいるが、(ugly and venomous,)その頭の中にはまたとない宝石を持っている(Wears yet a precious jewel in his head.)のですぞ――!」

 

「だからと言って――」

「やるよ。「沖田」は下がってて」

「え? でも」

「「シェイクスピア」。私はどうすればいいの」

「ノッブ!」

「心配しないで。私は、「織田信長」だから」

 

 真緒がそう言い放つと、沖田は言葉を詰まらせた。卑怯な言い方だと自分でも思う。さっきE(エレン)・リプリーの甲板で少しだけ理解した沖田の感情を利用するような――。

 だが、目の前で悦に浸る劇作家ほどではない。その笑みたるや、悪の親玉としか言いようがない。

 さっきのセリフからして、その笑みに自分への期待が含まれているらしい。ならば逆境に立ってやろう。

 カメラを構える「メリエス」の横、カーゴルームの端ぎりぎりに腹ばいになり、狙撃の姿勢をとる。「メリエス」のカメラから伸びるケーブルが銃につながり、真緒の狙いを可視化したスコープを表示させた。

 

「スコープの真ん中に弾が当たるように風とかの調整してますけど……大丈夫ですか?」

「ええ」

 

 「メリエス」がさっきの調子はどこへやら、不安そうにこちらに問いかける。

 意識を集中しろ。自分にしかできない。

 台湾の時のように撃ちもらせば、また陸上にやつらが行く。

 そして――。

 

「落ち着いてください」

 

 真緒の思考を妨げるように、沖田が言う。本人としては親切のつもりなのだろうが――。

 

「訓練を思い出してください。焦らずパワーを抑えて――」

「来ますよ! 120秒後に最接近!」

「威力より当てることに意識を――」

 

 外野がやかましい。それでも集中する。だが。

 揺れる。

 自分も、ヘリも、目標も。

 

「当てなきゃ――」

 

 思わず声が漏れる。

 当てなきゃ。

 自分が当てなきゃ。

 自分しかいない。自分しかできない。当てなきゃ。自分しか――。

 

人間(ニンゲン)五十年(ゴジュウネン)――」

 

 真緒の緊張が最高に達したとき、唐突に「シェイクスピア」が発した日本語に周囲が呆気にとられた。

 

「は?」

「「シェイクスピア」さん、何を――」

 

 口々に言う「メリエス」たちとは対照に、真緒は自分の中へと没入していた。体が自分の意志とは関係なく、ふらりと立ち上がる。

 声が聞こえる。光景が見える。血が騒ぐ。

 

『殿! 今川軍は五万! こちらのおよそ十倍! ここは籠城し、助けを――』

『籠城とな?』

『はっ。野戦に出るのは無謀ゆえ――』

『で、あるか。されど――(つづみ)を持て!』

 

 これ以上ない逆境。だが、覚えている。ああそうだ、自分は――。

 

「わしは――」

「ノッブ?」

「ちょっと、立ち上がって何を――」

「ふはははははははははははははっ!!」

 

 だん! と哄笑とともに叩きならされた足音に、周囲がすくみ上がる。その中で唯一、「シェイクスピア」だけが期待に身を震わせていた。

 

「おお――やはり!」

 

 だん!

 

「人間五十年――」

 

 だだん!

 

「下天のうちをくらぶれば――」

「ちょ、何ですかコレ!?」

「これは、敦盛――?」

 

 だん、だん、だだん!

 

夢幻(ゆめまぼろし)の――如くなり――!!」

 

 だ、だん!

 朗々と唄うとともに踏み鳴らされたステップが、真緒の――「信長」の血を騒がせる。

 

「一度生を()け――滅せぬものの――あるべきか!!」

 

 最後の一歩で大きくカーゴルームの奥ぎりぎりまで飛びのくと、顔を思いきり振り上げて見得を切った。

 マントのように長い黒髪が翻る。

 灼熱の炎のように焼き付く赤が目に灯る。

 

「討って出る!」

 

 一歩目から全力だ。目を輝かせる「シェイクスピア」、あっけにとられる「沖田」と「メリエス」を尻目にカーゴルームを駆け抜け、頭から嵐の中へと飛び出した。

 

「なんですとお――!?」

「やはり! やはりやはりやはり! 期待通り!」

「喜んでる場合ですか!」

 

 三者三様のコメントを背に、パラシュートを展開する。うねる風をいっぱいに受け、反時計回りのスパイラルに体が引きずり込まれる。だが逆らわない。見つけろ。敵を。敵と同じ風を。敵と同じ速度に乗るための風を!

 

「あと、少し!」

 

 あと少しが届かない。一つ乗り換えれば目的の風に届く。

 AUウェポンを展開する。まだ敵は撃たない。目的は自律する仮面の銃だ。背に三ノ銃を貼り付け、一切の遠慮なく火を噴かせた。反動で身を押され、背と腹が同時に軋む。だが構うものか。

 

「風――獲ったり!」

 

 揺れ良し!

 速度良し!

 眼下に相対速度ゼロの獲物がいる。

 

「目と目の――間ぁ!」

 

 過たず、目標の場所をぶち抜いた。

 

  *

 

 ヘリのカーゴルーム。「メリエス」がとらえた映像を大写しにしている。

 

「やったか!」

「その、「沖田総司」、そういうのはフラグといいましてな……」

「いや、ほんと、これ、まずいのでは?」

 

 映像の中で、脳を撃ち抜かれたはずの進化侵略体が二つに分かれていく。

 半身だと思っていた下半分。卵を抱えているその部分。

 熱帯魚のような運搬役のヒレに隠されていた虚ろな目に、警戒の色が灯った。

 

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