「ハリケーン・オルガ。風速は60キロメートル毎秒。暴風域の半径は180キロメートル。まさに風の要塞ですな。この中に
ハリケーンの中を飛ぶ軍用ヘリコプター。その後部カーゴルームにて「シェイクスピア」は滔々と語る。
「胸ビレで風を受け、高速で暴風域内を回っております。このままハリケーンごと陸に乗り込む腹積もりらしいですな。アイディアとしては奇想天外極まりますが、
「……はい」
「観測手は第一小隊より「ジョルジュ・メリエス」にお願いいたします」
「はーい。いい絵が撮れるといいですねー☆」
なぜかウサギの耳をつけたロングヘア―の少女が能天気にコメントする。その肩には映画の撮影に使うようなカメラを模した、巨大な装置が載っていた。彼女のAUウェポンだ。
「「メリエス」。きちんと仕事をしていただきたい。
「わかってますってー。「フーヴァー」のウェポンじゃ、この嵐の中「エージェント」が飛ばせないから、私のカメラの出番なんでしょう?」
釘を刺され、「メリエス」は苦笑した。
「ちゃんと敵は捕捉しておりますかな」
「もちろん☆ 敵はおよそ90秒後に目の前を通過する予定でーす」
「よろしい。では「ノッブ」。目に焼き付けていただきたい。撃ち落とすのは貴女です」
「はい!」
真緒は暴風が吹き荒れるハッチの外をにらんだ。
十秒。二十秒。時間が過ぎる。やがて、「メリエス」が小さく注意した。
「来ますよ」
その影が目の前をよぎる。秒速60キロメートルならば、時速に直しても200キロ超。それだけの速度があっても十分目で追い切れるほど。大きな、熱帯魚のようなシルエットが嵐の中を泳ぐのが見えた。
「大きいですね。あれならノーコンの「ノッブ」でも当てられるでしょう」
「む」
そうコメントしたのは追撃担当の沖田だ。
「ですな。どこかに当たりさえすれば落ちるでしょう。海に落ちたところを「沖田総司」に仕留めていただきます」
「ま、それくらいなら沖田さんにお任せください。ちょちょいのちょいです」
先ほど「メリエス」が釘を刺されていたのを忘れたのか、呑気な調子の「沖田」に真緒はかみついた。
「いっそのこと一撃で撃ち殺してもいいんだけど?」
「ほほーう? できるものならどうぞ?」
「お二人とも。まだまだ二人合わせて一人前だというのをお忘れなく」
などと真緒たちが騒いでいる一方、「メリエス」は自分が撮影した映像を見て首をひねっていた。
「なんかおかしいですね。あー、こちら「メリエス」より本部へ。「フーヴァー」にお願いします」
『なんだ「メリエス」。こっちは今、第四小隊のバックアップで忙しい――』
「ちょっと今撮った侵略体が変なんですよ。送るので見てください」
「メリエス」が通信機の向こう、本部へと情報を送ると、沈痛な声が返ってきた。
『……「シェイクスピア」。少しいいか』
「吾輩ですかな?」
通信機からの声――「フーヴァー」に呼び出された「シェイクスピア」が表情を変えたのを見て、いがみ合っていた真緒と沖田も騒ぐのをやめた。空気がかすかに緊張を帯びているのを、二人とも遅ればせながら感じ取ったのだ。
二人の反応を見て、教え子の成長に少々の満足を覚えつつ「シェイクスピア」は「フーヴァー」に応答した。
「なにか問題でも?」
『今「メリエス」から送られた画像を解析した結果、今日未明に北極海で「ダ・ヴィンチ」が交戦した「輸送船型」と類似した身体構造である可能性が高い』
「つまり?」
『奴は卵を抱えている』
「なんと!」
一気に現場の空気が変わる。
「どういうことですか、「シェイクスピア」」
「奴の目的は地上に卵をばらまき、地上に適応した種を生み出すことのようです。仮に一撃を与えたとしても、上陸を待たずに卵をばらまき始めることでしょう。もはやフロリダは目と鼻の先。一部の卵は陸まで届きかねません。それをハリケーンの被災地から探し出し、孵化する前にせん滅することなど――」
『「織田信長」』
「フーヴァー」が言う。
『訓練中の半人前に任せるのは甚だ不本意だがやるしかない。卵を撒く間もなく一撃で急所を撃ち抜け』
「わ、私が?」
『そうだ。この距離で、この速度でだ』
顔も見たことがない「フーヴァー」からの要求に、真緒は思わず身を固くした。
『「フーヴァー」! 彼女ではまだ無理です!』
『いや。六天真緒。君にしかできないことだ』
通信機の向こう、指令室から更に指令と土偶の声が続く。
『「フーヴァー」。彼女に指示を』
『了解した。さて、「織田信長」。過去の侵略体の解剖結果から考え、5個ある眼のうち後列2つの中間。そこに脳がある。そこを狙え』
「い……いやいやいやいや」
どう考えても無理だ。自分にできるのか? そう考えることすら馬鹿らしい。
この吹き荒れる嵐の中を?
この速度差で?
脳天の小さな一点を射抜けと?
「ほ。他の、方法を――」
「ミス・ロクテン。いえ、「織田信長」」
「シェイクスピア」が朗々とセリフを読み上げる。
「
「逃げ――」
それを聞いて、真緒は自分の戦う理由を思い出した。
そうだ。こういう時のために、戦うことを決めたのではなかったのか。
逃げてどうなる。逃げてどうする。
戦うための力が、今ここにあるのに――。
「「シェイクスピア」さん!? 何を言って……」
「今がチャンスなのです!」
真緒を煽るようなセリフを叩きつけた「シェイクスピア」に対し、沖田が文句を言おうとする。しかし「シェイクスピア」はそれを遮るために沖田の胸ぐらをつかむと、ぐいと自分の眼前に引き寄せた。
「彼女に必要なものがここにあるのです。
「だからと言って――」
「やるよ。「沖田」は下がってて」
「え? でも」
「「シェイクスピア」。私はどうすればいいの」
「ノッブ!」
「心配しないで。私は、「織田信長」だから」
真緒がそう言い放つと、沖田は言葉を詰まらせた。卑怯な言い方だと自分でも思う。さっき
だが、目の前で悦に浸る劇作家ほどではない。その笑みたるや、悪の親玉としか言いようがない。
さっきのセリフからして、その笑みに自分への期待が含まれているらしい。ならば逆境に立ってやろう。
カメラを構える「メリエス」の横、カーゴルームの端ぎりぎりに腹ばいになり、狙撃の姿勢をとる。「メリエス」のカメラから伸びるケーブルが銃につながり、真緒の狙いを可視化したスコープを表示させた。
「スコープの真ん中に弾が当たるように風とかの調整してますけど……大丈夫ですか?」
「ええ」
「メリエス」がさっきの調子はどこへやら、不安そうにこちらに問いかける。
意識を集中しろ。自分にしかできない。
台湾の時のように撃ちもらせば、また陸上にやつらが行く。
そして――。
「落ち着いてください」
真緒の思考を妨げるように、沖田が言う。本人としては親切のつもりなのだろうが――。
「訓練を思い出してください。焦らずパワーを抑えて――」
「来ますよ! 120秒後に最接近!」
「威力より当てることに意識を――」
外野がやかましい。それでも集中する。だが。
揺れる。
自分も、ヘリも、目標も。
「当てなきゃ――」
思わず声が漏れる。
当てなきゃ。
自分が当てなきゃ。
自分しかいない。自分しかできない。当てなきゃ。自分しか――。
「
真緒の緊張が最高に達したとき、唐突に「シェイクスピア」が発した日本語に周囲が呆気にとられた。
「は?」
「「シェイクスピア」さん、何を――」
口々に言う「メリエス」たちとは対照に、真緒は自分の中へと没入していた。体が自分の意志とは関係なく、ふらりと立ち上がる。
声が聞こえる。光景が見える。血が騒ぐ。
『殿! 今川軍は五万! こちらのおよそ十倍! ここは籠城し、助けを――』
『籠城とな?』
『はっ。野戦に出るのは無謀ゆえ――』
『で、あるか。されど――
これ以上ない逆境。だが、覚えている。ああそうだ、自分は――。
「わしは――」
「ノッブ?」
「ちょっと、立ち上がって何を――」
「ふはははははははははははははっ!!」
だん! と哄笑とともに叩きならされた足音に、周囲がすくみ上がる。その中で唯一、「シェイクスピア」だけが期待に身を震わせていた。
「おお――やはり!」
だん!
「人間五十年――」
だだん!
「下天のうちをくらぶれば――」
「ちょ、何ですかコレ!?」
「これは、敦盛――?」
だん、だん、だだん!
「
だ、だん!
朗々と唄うとともに踏み鳴らされたステップが、真緒の――「信長」の血を騒がせる。
「一度生を
最後の一歩で大きくカーゴルームの奥ぎりぎりまで飛びのくと、顔を思いきり振り上げて見得を切った。
マントのように長い黒髪が翻る。
灼熱の炎のように焼き付く赤が目に灯る。
「討って出る!」
一歩目から全力だ。目を輝かせる「シェイクスピア」、あっけにとられる「沖田」と「メリエス」を尻目にカーゴルームを駆け抜け、頭から嵐の中へと飛び出した。
「なんですとお――!?」
「やはり! やはりやはりやはり! 期待通り!」
「喜んでる場合ですか!」
三者三様のコメントを背に、パラシュートを展開する。うねる風をいっぱいに受け、反時計回りのスパイラルに体が引きずり込まれる。だが逆らわない。見つけろ。敵を。敵と同じ風を。敵と同じ速度に乗るための風を!
「あと、少し!」
あと少しが届かない。一つ乗り換えれば目的の風に届く。
AUウェポンを展開する。まだ敵は撃たない。目的は自律する仮面の銃だ。背に三ノ銃を貼り付け、一切の遠慮なく火を噴かせた。反動で身を押され、背と腹が同時に軋む。だが構うものか。
「風――獲ったり!」
揺れ良し!
速度良し!
眼下に相対速度ゼロの獲物がいる。
「目と目の――間ぁ!」
過たず、目標の場所をぶち抜いた。
*
ヘリのカーゴルーム。「メリエス」がとらえた映像を大写しにしている。
「やったか!」
「その、「沖田総司」、そういうのはフラグといいましてな……」
「いや、ほんと、これ、まずいのでは?」
映像の中で、脳を撃ち抜かれたはずの進化侵略体が二つに分かれていく。
半身だと思っていた下半分。卵を抱えているその部分。
熱帯魚のような運搬役のヒレに隠されていた虚ろな目に、警戒の色が灯った。