梅雨が迫って来てるというのに晴れの日が続く今日この頃。
低血圧で朝の目覚めがすこぶる悪い俺は、今日も今日とて瞼を擦りながら結城家に向かう。昨夜はリトからの電話に付き合っていたため、寝る時間は遅くなるわ5時前に目覚めちゃうわでかなり眠い。
ララさんが編入するのは明日だろうか。転校初日から何かやらかすような気がするが、そんなに大きな出来事はなかったはず。最近寝不足続きですし保健室でサボっても大丈夫ですかね、ダメですよね、ハイ。
くだらないことを考えてたら結城家に着いていた。もう何年もの付き合いになるので、インターホンを押さずにドアを開ける。
「おはよー、リトー?」
「あっ、ソラ。悪いんだけどリト起こしてくれる?まだ部屋だから」
結城家に入ると、エプロン姿の美柑ちゃんが偶々通りかかった。しかし朝は忙しいため、俺に用件だけ伝えるとすぐに台所へ向かってしまった。ここで立っているのも邪魔なだけだし、靴を脱いで揃えておく。
美柑ちゃんのエプロン姿もすっかり板に付いてきた。あれは美柑ちゃんが小学校上がったばかりの頃かな。美柑ちゃんが料理を作ると言い出して、まずは形から入ろうと進言した時は初々しかった。あの時から随分成長したもので、毒舌に磨きがかかりすぎているような気がする。その毒舌を欲しがるようになりつつある俺はすぐに通報された方が良いかもしれない。
朝から自虐しながら、言われた通りにリトの部屋のドアに手をかける。
「起きろ未来のラキスケ…………」
顔を真っ赤にしている友人(パンツ+Tシャツ)
未だに眠そうにしている美少女(裸)
ポツンと座っている衣服用ロボット(存在が服)
「……………………」
「ソラだ、おはよー」
「そ、ソラっ!?これは、ちがっ……」
そう言えばこの日は、美柑ちゃんがリトの部屋に来てこの光景を見るんだっけ。その立場が俺に置き換わっているということは、やはり結城家に通うことが原作改変に繋がる大きなきっかけになるということだ。対処法を考えなきいと手遅れになる可能性があるが、今は目の前の問題に集中しよう。幸い思考する時間はあったはずだから、まだ原作通り進めるはず。
「ごめん」
「待って違うから話を聞いてッ!」
リトの悲痛な声を背に、俺は美柑ちゃんの味噌汁を飲みに一階へ降りた。
*
「…………てな訳で、俺は別に何もしてないからな。本当だからな!」
「あー、うん、わかった。俺は何も見てません」
「話聞けよ」
「王女様の裸体を見た感想は?」
「何も言い返せねぇ……」
友人の朝チュンを目撃してから数分後。リトの弁解を聞きながら通学路を歩いていく。こうして二人で登校するのもあと僅かか。明後日くらいにはララが加わり、来年くらいにはその妹のナナとモモが加わって賑やかな登校をすることだろう。
別に寂しくはない。俺はヒロインが増えて自分の立ち位置が無くなりそうで不機嫌になる幼馴染系ヒロインなんかじゃない。こうして二人で馬鹿な話で盛り上がるのも楽しいが、色んな人と話せた方が楽しいと理解している。俺は物分かりが良い方だ、すぐに慣れる。
「で、ララさんにプロポーズされたんだって?」
「されたっていうか、ララが俺の発言を変なふうに捉えたんだよ」
「感想は?」
「聞くなよ」
「嬉しいと」
「言ってない!」
いつもの感じは変わらないが、少しばかりリトも疲れているらしい。叫び声がいつものより迫力に欠ける。
それよりも先程の件だが、今のところ問題は起きて無さそうだ。あの後降りてきたのはリトだけだったし、念の為ララさんの所在聞いたら飛んで行ったとの事で原作通り進んでいる。この後ララさんが校長に直談判することを確認出来れば安心だが、今後発生するイベントを一度整理した方が良さそうだ。
「そんなことより、裸の件はどうした」
「まだ謝ってない。はぁ……絶対、春菜ちゃんに嫌われてるよなぁ……」
「だろうね。裸の男女が女子更衣室のロッカーにいたんだ、誰だって誤解する」
「…………てか待てよ、なんでお前俺たちに制服届けられたんだ?ワープ先ってランダムなんだよな?」
「ん?それは......うん。勘だね」
「勘かぁ……」
女子更衣室に裸の男女がいただけでアウトだろうに、あの学校には常識という概念が乏しいのかもしれない。実際乏しいね。校長が所構わず脱ぎ出すし。
しかしまぁ、落ち込みようが半端じゃないね、さっきからずーっと唸ってるし。どちらにせよ放課後には元に戻るだろうから今は放っておこう。
「どう話しかければ良いんだ……」
「晩御飯の話でいいよ、そんなことより昨夜のことを詳しく」
「そんなことって……。つーかなんでそんなに昨日のこと気にしてんだ?」
「こういうのは始めが肝心だからね、詳しく頼む」
昨夜の電話だけでは具体的に何が起きたのか把握しきれていない。今朝の件といい俺自身の行動がどこまで原作に影響を及ぼすかは未知数なので、現状を把握して対策を考えておきたい。出来るならセリフもすべて教えてくれるとなお助かる。
「クラスメイトの名前すら覚えてなかったソラが……?そんなにララのことが気になるって、もしかして……」
「リト?だから昨日の話を……」
「許嫁は別に俺じゃなくても……なら春奈ちゃんにも……!」
「聞けよ」
何やら失礼なことを考えているようだが、俺には皆目見当もつかない。記憶力には自信があるし、一度聞いた人の名前は忘れたことはない。
現に高校生になってからのクラスメイトの名前は思い出せる。リト、西連寺、籾岡に猿山と……もしかして俺の交友関係って狭すぎ?
「悪いソラ、俺先に行くわ!」
「あ、おい!昨日の話!」
自分の中で結論がまとまったのか、リトはそのままこちらの話を聞かずに走り去ってしまった。昨日のザスティンの動きとかララさんの告白とか色々聞いておきたかったのだが、今朝の流れ自体は問題なかったから大丈夫だろう。
今日の日直が西連寺と一緒だと教えそびれたが、まぁ別にいいだろう。教えたところで気まずくなるのは分かりきっていることだし。
「さて、と……」
話し相手がいなくなってしまったため、携帯を取り出してメール作成画面を開く。件名はそうだな、【結城水】とでもしておこう。卑猥な香りがしそう。
*
放課後。日直の仕事で西連寺と上手くいっていることを遠目で確認し、一人で帰路についていた。今ごろリトは教室で甘酸っぱい青春を味わってるのだろう。放課後の教室っていうのがまた少女マンガっぽいよな、あれこれって少年マンガだよね?
本日の予定は特にないので、特売セールをしていたスーパーに寄ってからのんびり歩いていく。両手に花、もといレジ袋を持ちながら角を曲がったところで、家の前に誰かが立っていることに気づく。緑色の髪に全身ガッチガチの鎧、一目で変な人だと分かるのだが、見たことがあるような気がするのはなんでだろう.....?
「あの、どちら様で……あ」
「ん?ああ良かった。君が柊ソラ君だね」
ザスティン。デビルーク星一の剣士の称号を持っている【ToLOVEる】内で数少ない男性の強い人だ。この少年マンガって女の子の方が圧倒的に強いんだよなぁ。一応、強い男性ならクロとかも出てくるけど、アレほぼ敵だからなぁ。なんとか仲間に出来ないかなぁ。
「昨日はすまなかった。ララ様のご友人であるとは知らず、礼も言わずに去ってしまった」
「あいや全然、それじゃ……」
「私はザスティン。今日はララ様の件で伺った次第だ」
「え、あ、はい」
この人も大概話聞かないな。冷凍食品もあるから早く冷凍庫に入れたいんだけど。
「えーっと、ララさんの件っていうのは?」
「ああ。実は折り入って、君に頼みたいことがあるのだ」
このタイミングでザスティンからの頼み事?原作では今日はもう何も起きないはずなんだけど……。
「女子高生の制服が欲しい」
ピ、ポ、パ、ポチ。
プルルルルル…………カチ。
「もしもし、警察ですか?」
「待て!?私の言い方が悪かった!!」
「……すみません、掛け直します」
ザスティンが真剣な表情をしたからなにかと思えば、とんだ変態だなこの野郎。
「もう一回聞くぞ、要件は?」
「彩南高校の女子制服が欲しいんだ」
ピ、ポ、パ、ポチ。
プルルルルル…………カチ。
「度々すみません。変質者です。え、いや俺じゃないですよ?俺の目の前に……いや違いますから。俺じゃないって。目の前にいる鎧付けたムキムキの人が……おい話聞けよ」
「どうして上手く伝わらんのだ……」
話が噛み合わない警察との電話を一方的に切る。こちらの理解力が乏しいのは知っているが、もしかしたらこの街の警察は意外とポンコツかもしれない。というかどうして俺の声だけで変質者と断定されるのだろうか。変質者はあの校長でしょ、え、違うの?
「すまない、きちんと説明する。ララ様から彩南高校の制服を用意して欲しいと頼まれたのだ」
「最初からそう言えよ……」
てっきりザスティンが自分の仕える姫たちに欲情する変態ロリコンクソ野郎かと勘違いするところだった。そうだよね、ザスティン君は普通だよね。このマンガ、殆どのヒロインが中々に濃いからザスティンはそのまま普通でいてお願いだから。
話が長くなりそうなため、とりあえず家の中にザスティンを通す。うちの中には誰もいないが、飼い猫のましろがザスティンにめちゃくちゃ警戒しながら出迎えてくれた。うちの猫は妹に似てお利口で優しいのだが、どうやらザスティンは動物に嫌われる体質らしい。
「すぐ出せるのはアイスティーかほうじ茶しかないけど、どっちが良い?」
「いや、そこまでしてもらう訳には……こ、こら引っ掻こうとするなっ」
どちらでも良さそうなのでほうじ茶の茶葉を急須に入れる。
うちの母親はお茶をこよなく愛しており、棚の中には数十種類もの茶葉が置いてある。母親からお茶の淹れ方などを教えてもらったことはあるが、今でも茶葉に関しては分からないものが多い。俺は緑茶よりかはほうじ茶の方が好きなため、昔からよく淹れて飲んだことがある。ちなみに妹は玄米茶派だ。健康に気を使っているらしい。
「どうぞ。それで、ララさんの制服がなんだって?」
「かたじけない。実は……」
ほうじ茶を啜りながら聞いていたが、まとめるとこうだ。
本日、ララさんは校長に直談判し彩南高校の生徒として転入することを許可された。しかし体操服は校長が持っているが、制服は予備の物がないと。てかなんで体操服持ってんだよあの校長。校長だから?それで片付けられるんだよなぁ……。
それに困ったララさんがなぜか俺を頼りに。なんで俺が、と思ったのはザスティンも同じで聞いたところ、
『リトが言ってたの。ソラは基本やる気ないし興味ないととことん何にもやらないけど、時と場合によっては頼りになる奴だって。だからソラにお願いして!』
だそうだ。ララさんからの過度な信頼を寄せられているのはとても光栄です。リトには今度ボールペンでも渡そう。すごくビリビリするやつ。
「といっても、彩南の制服か……」
「一般人にこんなことを頼むのは気が引けるのだが……む、これは美味い」
「良ければ茶葉持ってく?淹れ方も教えるよ」
「おぉ、ぜひお願いしたい」
いつの間にかお茶仲間が増えたことを嬉しく思いつつ、肝心の制服の件について思案する。
当然のことだが、俺が彩南の女子制服など持ってるはずがない。彩南町の仕立て屋に頼むという手もあるが、流石にザスティンたちが確認しただろう。在庫は無しか、それとも今すぐには準備できないか。どちらにしたって無いものはしょうがない。
「当てがない訳じゃないんだけどなぁ……」
正直、あんまり当てにしたくない。頼ったら多分『え〜どうしよっかなぁ?そこまでお願いするなら考えるけど、やっぱり対価は必要だよね〜?』とか言って来そうだから極力協力を仰ぎたくない。
しかし今回は非常事態。ここで制服が手に入らずララさんが編入できないことになれば、それこそ取り返しがつかない。今朝のような小さな変化はともかく、この改変だけは何としても防がなくてはならない。
「わかった。ちょっと頼んでみる」
「ほ、本当か?頼んでおいてなんだが、明日までに間に合いそうだろうか?」
「任せて。今夜中に届けて見せるよ」
何を要求されるかは分からないけど、この際原作通りに進むなら何でもいいや。
善は急げということで、携帯からとある人物の連絡先を選んで発信。こんな時間でも彼女は1コールで出てくれた。
「もしもし柊ですけど。折り入ってご相談したいことが……」
『ついに下切る覚悟が出来たの?』
「違いますから話聞いて?」
『まっかせて。いいとこ紹介してあげるから』
「……お願いだから話聞いてください」
ソラは制服を手に入れた!
ちっとも嬉しくない。