「はぁ……幸せだなぁ……」
「溜め息吐いてるからプラマイゼロじゃん」
「中学の時に俺を見ててくれたなんてなぁ……」
「猿山とかよく見てたな」
「もしかして春菜ちゃん、俺のこと好きだったり……」
「話聞けよ.....」
朝。今日も今日とてリトと談笑しながら通学路を歩いていく。周りから見たら仲のいい友人同士に見えるだろう。しかし、先ほどからずっと無視されている。
理由はわかっている。昨日の放課後、教室にて西連寺とあんなことやこんなことがあったからである。別にただ中学の時のことを話しただけだろうが、リトにとってはとても嬉しい事だったのだ。
さて、好きな人に褒められて惚けている友人を放置しているのも良いが。これを放置したままにすると学校生活に支障が出る恐れがあるため、友人代表として俺自身が責任持って直すことにしよう。
「とうっ」
「いたっ。え、何?」
昔からテレビが壊れたら叩いて直すのが常識のように、会話が成り立たなくなった友人を直すにはチョップが一番。昔、家のテレビがつかなくなった時にたまたま帰国していた母親がテレビを叩いた際、そのまま修理に出す羽目になった経験があるため、効果は十分にあることは確信を持って言える。
多少強引なのは認めるが、あのままのリトを放っておいて学校に向かわせるとしよう。ニヤニヤしながら学校に向かい、ぶつぶつ呟きながら教室に向かう。その道中、道行く人に怪訝そうな顔をされ、友人にさえどうしたんだこいつと変な視線を向けられる。それらを気にせず教室にたどり着いたリトの評価はどうなっているだろうか。無論、問答無用でアレなんとかしろよとでも言いたげな視線がこちらにぶつかるハメになる。それらの可能性を考え、仕方なく俺は強硬手段に出たのだ。合法合法。
「そういえば、昨日ララがお前の家に行かなかったか?」
「ララさん?なんかあったの?」
「いや、なんか今朝変に上機嫌だったし、独り言で『ソラに感謝しなきゃ♪』って言ってたから」
「敬え、奉れ」
「家無神教だよ」
ララさんってば、少し口軽すぎよ?たんぽぽの綿毛並みに軽いんじゃないかな。ちなみにたんぽぽの綿毛は風速十メートルで十kmほど飛んでいくらしい。興味ない?そっか……。
昨日は色々と大変だったんだ。電話してから一時間後に制服来たこととか、サイズ合わせするために指に針刺したりしながら制服を縫っていたりした。スリーサイズ?んなもん目測。
そんな苦労もあったようななかったような気もするが、夜中にこっそりとララさんに制服を渡し、帰宅途中交番に寄ってからお家に帰ったので嘘をついてるわけではない。そういえばララさん、今日学校来るんだね。正直疲れたから何にもしたくない。
「そういえば、ララがウキウキした様子でなんかの準備してたし、美柑も弁当多く作ってたし……なんだ?今日何があるっていうんだ?」
「素敵な出会いがあるんだよ、きっと」
「…………合コン?」
「美柑ちゃんが合コンかぁ……」
どんなに頑張って考えても、来る男たち全員をバッサリ切り捨てる光景しか思い浮かばない。
「大丈夫。なんとかなるさ、多分、きっと、そんな気がする」
「お前、それ好きだな」
「何も言わないよりは言ったほうがいい。でも相手の心配を晴らす言葉が思いつかない。そんな時の魔法の言葉さ」
「つまり確信がないんだな」
「直球に言うのやめてよね」
なんでこの子は俺の心にグサグサくる言葉を言ってくれるのだろうか。さすがだよ結城家。兄妹揃って僕の心を的確に刺してくる。
「ていうか、肝心のララさんは今朝は何処に?」
「なんか、用事があるって言って出かけた」
「ふーん」
「そっちが聞いたのになんで興味なさげなんだよ……」
疑問というよりは確認みたいなものだから。教室行ってHRにはララさん登場だろ?そんでリトがララを屋上に、その後西連寺がララさんの学校案内で、その後は……駄目だ。頭痛くなってきた。これ以上考えても無駄だろう。
後で頭痛薬を飲んでおこうと決意し、俺とリトはララの待っている学校へと向かった。
*
時間というのは早いもので放課後。柊ソラはとある会社の前で悩んでいた。
誰にだって悩みの一つや二つほどある。例えばララさんの件。今頃にはララさんの悪魔の発明品『ぶんぶんバットくん』がその猛威を振るっているところであろう。犠牲者はリトとザスティンの二人。投手とか知らない。
最初は止めようと思った。そのために万能ツールを絶対に見つけられないであろう所に隠したり、西連寺に校庭には向かわないようにと遠回しに伝えたけど、悲しいことに気づかれることはなかった。
その後どうなったかは知らないが、特にこれといった傷を残すことなくこの展開は終わったはず。最大限の注意だけリトに伝えておき、自分は恩を返すべく遠くに来ている。
「嫌だなぁ……」
ビルの入り口までの距離50mほど。元気な子供にとっては短いその距離をゆっくりと歩み始め、ロビーへと向かう。
広い空間に受付嬢が二人。スーツ姿の人たちが集まって話し合っている、よくある会社の光景。これといって目立ったものはなく、ごく普通の一般企業と言っていい会社。その広い空間の中にいるであろう女性の姿を探す。
探すこと数秒。一際存在感が強い彼女を見つけるのは、そう難しくはなかった。
「お待たせしました、秋穂さん」
「30分遅れ。ま、ちゃんと来たから多めに見てあげる」
西連寺秋穂。西連寺春奈の実の姉であり、有名なファッション雑誌の編集者をしているプロフィールだけ見れば有能なToLOVEるの登場人物。
会社に勤めて日が浅いというのに、会社にあったサンプルの制服を融通出来るほどの権力をすでに獲得済み。そんなんで大丈夫なのか、この会社……。
「あーあ、ソラ君がもう少し早く来ればなんか奢ってあげたのになぁ~」
「前、たい焼き奢ってもらったと思ったらその三倍くらいの値段のジュース奢らされたんですけど?」
「私、奢ってあげるけどおごり返してもらわないなんて言ってないよ?」
「屁理屈っすね」
「女の子の気まぐれって言ってほしいな」
信用できない。そんなもの女子がたかる時に使う魔法の言葉じゃないか。そもそも女の子なんて歳じゃないだろうに。
「聞こえてるよ?」
「……ジュース奢らせてもらいます」
「うん。あと、今日の撮影時間延長ね」
「……一時間?」
「ううん、二時間」
悪魔だ。ここに悪魔がいるぞ。
「服によっては拒否しますからね」
「もっちろーん。モデルの嫌がることはしない主義だもん。嫌がることは、ね」
もうやだこの人。俺じゃ手に負えないんですけど。秋穂さんには絶対に逆らえない気がする。
出会ったときだってそうだ。教室に入るなり「モデルに興味ない?無くはないよね?ちょーっとお姉さんとお話しよ?」てな流れで連行されたし。
結果的にこちらとしては助かっているのだが、代償がかなり大きいんだよ。それでも原作に影響を及ぼすことなく進行しているし、結果オーライとでも言えばいいのかねこんちきしょう。
「てか、まだ誰か待ってるんですか?」
「うん。ソラ君よりも真面目でとってもいい子」
「へー」
「興味持ちなさいよー、つまらないなぁ」
「お待たせしました」
何気ない会話に入ってきた一つの声。聞き覚えのない声に疑問を抱きながら、声のした方に顔を向ける。
黒髪のショートヘアー、紫色の瞳、俺と同じくらいの身長。その時点で考えることは放棄することにした。
「初めましてですよね?霧崎恭子です。よろしくお願いします」
「wow…………」
マジカルキョーコが、そこにはいた。
*
「いいねぇ……はい、笑顔笑顔!そうそう、そんな感じ!」
熱の入ったカメラマンの声が会場に響き、まぶしい光とともにシャッターが切られる。時間とともに撮影は熱を増していき、撮られている側は着せ替え人形と化している。
着替えては撮られ、また着替えては撮られの繰り返し。常日頃からこの一連の動作をこなしているファッションモデルの方はさぞかしストレスが溜まっていることだろう。
心の中の考えを決して表には出さず、指示される表情を必死に貼り付ける。時にはポーズを変え、興奮して近づくカメラマンのレンズに笑顔を向ける。
「いいね、
上下セパレート型のセーラー服に身を包み、長い髪は一つにまとめ上げている。丈が寸分短いスカートから見える黒のタイツ。
確かに柊ソラは西連寺秋穂からスカウトを受けた。ただし、
秋穂さんは最初から、俺のことを女装させてモデルにしようと企んでいたらしい。話だけなら……とか言って付いていったのが運の尽き。あっという間にメイクされて撮影された。
うちの家族は皆美形が多いため、俺の女装姿はそこら辺のモデルよりレベルが高く仕上がったらしい。幸い家族にはバレてないし、秋穂さんにも口外しないように再三注意喚起しているため、このことを知ってるものは数少ない。
これも仕事だと割り切っているものの、撮られるたびに大切なものがどんどん無くなってるような気がする。男の女装姿とか誰得だよ……
「一回休憩入れます!10分後にまたお願いします!」
スタッフの言葉でようやくカメラから離れられる。運動はしていないはずなのに、その何倍もの倦怠感に襲われる。近くのテーブルに体を預け、大きなため息を吐く。
「お疲れ様です、シュウちゃん」
「やめてください……霧崎さん」
霧崎恭子。お察しの通り、ToLOVEる原作ヒロイン候補。原作では魔法少女ものの主役として描写されることが多かった。ToLOVEるに出てくる多くのヒロイン中、比較的まともな部類に入る女の子。
彼女の正体は、炎を操るフレイム星人と地球人との星をまたいだハーフ。その能力は引き継がれており、爆熱少女マジカルキョーコ炎-フレイム-は、そんな彼女の能力をうまく利用して作った番組なのである。
後に出てくるルンの恋心を応援しつつ、その実リトが自分の好みにドストライク過ぎという葛藤に悩むヒロイン力の塊。いつになったら彼女が正ヒロインに君臨するのだろうか。
「始めに出てきたときビックリしちゃった。あの男の子がこんなに可愛い女の子になってるんだもん」
「よく言われます、そのグサッと刺さる言葉」
「ふふっ、可愛いから安心して?」
「後輩いじめだ。権力を盾にか弱い後輩をいじめる先輩がいる!」
「実はそれ、結構気に入ってる?」
「何人かの男は釣れました」
その気は無かったんだけどね。チョロい男もいるもんだ。
「驚いたと言えば、シュウちゃん……ソラ君も宇宙人の存在を知ってたことだよ!ほんとに地球人?ハーフとかじゃなくて?」
「準日本人です。あっ、一応ロシアとの混血か」
隠す気も無かったため、霧崎さんには宇宙人の存在を知っていることを話してある。まぁ、このスタジオ内に何人か宇宙人は混じってるし。蛙っぽい人とか、タコみたいな吸盤持ってる人とか。なんで秋穂さんは、疑問抱かずに仕事出来てるんですかね。
「何々~?美少女二人で何話してるの?おねーさんも混ぜて混ぜて~」
「俺がモデルになった経緯について話してたんですけどね。強引に引っ張って詐欺まがいの言葉で騙すなんてひどいなぁ、と」
「いやぁ、照れるねぇ」
「今ので褒められたって思えるとか神経どうなってんだよ……」
妹はあんなに普通でおとなしくて良い娘なのに、姉妹で差がありすぎる。それに関しては俺と妹との兄妹間でもスペックに差があるため何も言えない。
「ソラ君をスカウトしたのは、授業参観の時だっけ?調べ物の発表会やってたっけ」
「へぇ、何を調べたの?」
「人間と動物の進化構造についてです」
「なんで論文みたいになってるの……」
中学二年生の中旬だっただろうか。家で動物番組を見ている際に思いついて、それなりに良いものが出来たから発表した。発表内容は自由だったし、中学生の発表会なんてたかが知れてるしで出してみたら、中々に好評だったのを覚えている。
「あの発表聞いて、面白い子だなーって思って。よく見たら女の子みたいな顔だったから、そのまま連れてっちゃったんだよねー」
「くそ、あのとき男のモデルですかって聞いとけば詐欺の立証できたのに」
「ソラ君って、頭の使い方間違ってると思う。きっと」
ウィッグは蒸れるし、スカートは短いしヒラヒラしてるし、口紅までつけられるなんて思ってなかったからね!給料で決めたあの時の俺を往復ビンタしたい。
「受けちゃったもんは仕方ないよね~。てことでシュウちゃん。チャイナ服とメイド服、どっちにする~?」
「嫌ですからね!?霧崎さんに譲っときますから!」
「ええ!?私!?」
「ふふふ……良いではないか良いではないか~!」
結局、チャイナ服とメイド服を着た二人の撮影会は、一時間以上伸びて無事終了した。