仮面ライダー龍騎&魔法少女まどか☆マギカ FOOLS,GAME   作:ホシボシ

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第9話 本当の正義 (前編)

 

「なに……?」

 

 

まどか達は突如現れたエリーに戸惑うばかりだった。

一方で空間に出現したモニタには。砂嵐が数秒流れた後、一つの映像が鮮明に映った。

 

無数のモニタは全て同じ映像を移しており、まどか達を囲むように設置されている為、どこを見てもその映像が視界に入ってくる。

おかげでまどか達は。否応にもその映像を視覚しなければならなかった。

 

映像はハッキリとしていたが、画面そのものが薄暗くて状況を把握できない。

どうやら夜に撮影したものらしい。転々と見える街灯に照らされて、なんとなくだが理解した。

 

背中が見えた。どうやら人間が走っている映像らしい。

少年――、だろうか? 大きく肩を揺らしながら前に進んでいる。

 

 

『お、お願いじばずッッ!! 何でもじばずがらッッ!!』

 

 

滑舌がおかしい。少年はフラフラになりながら夜を駆け抜けていた。

カメラはピッタリと後をついていく。

誰が撮影しているのか? そもそも、この映像は何なのか? まどか達にはまだ分からない。

 

少年はしきりに許しを乞うていた。

恐怖と嗚咽、震える声が響く。いい気分ではなかった。

何かの映画なのか? それにしてはBGMが無いし、画面が暗い。

 

 

「皆さんッ! 魔女の催眠術かもしれません! あの映像を見ないように!」

 

 

シザースは声を張り上げた。

しきりにマスケット銃でエリーを攻撃しているが、使い魔達のディフェンスが全てを無効化していく。

 

気のせいだろうか? シザースが焦っているように見える。

確かに罠の可能性はあった。だが、一同は不思議とその映像に釘付けになってしまう。

何かが引っかかるのだ。とても強烈な既視感のようなものを感じてしまう。

 

画面の中の少年は走っていた。

ただひたすらに走るしかない。必死に許しを、命乞いをしながら走っていた。

そんな中で、外灯の光が少年の顔を鮮明にさせる。

 

 

「!!??」

 

 

一同は見た。その少年は、ニュースで報道されていた犠牲者の一人ではないか。

葬式に足を運んだ、あの少年だ。報道では彼がいじめを行っていたとあった。

丁度、映像ではその事について少年が必死に弁解を始めている。

 

 

『確かにッ! 悪かったとおぼっでる! でも、ずごじがらがっだだけじゃないが!』

 

 

その時、悲鳴が上がる。

なぜ少年の滑舌がおかしかったのか、光が当たったことで分かる。

口の中が真っ赤に染まったおり、赤黒い液体が流れていた。

 

歯が数本無くなっているのか?

それだけじゃない、少年の体中から血が出ているじゃないか。

特に足の傷が酷い、肉が裂かれ、骨が見えていた。

 

 

「うッ」

 

 

まどかは思わず吐き出しそうになって、口を押さえる。

少年の命が危ない。カメラワークを考えるとフィクションなのかもしれないが、現に少年は死んでいる。

映像では、少年が涙を浮かべて必死に助かろうと声を上げていた。

 

 

『お前が行った事で、一人の少年が自殺未遂まで追い込まれた。それをお前は、自らの武勇伝として友人に話していたらしいな』

 

 

その時、とても冷たい声が聞こえてきた。

そう。間違いない、これは見滝原連続殺人事件の現場なのだ。と言う事は、この声の主こそ猟奇的殺人を繰り返している犯人と言う事になる。

 

魔女ではなかった。青ざめるマミ達。

ならばこれからの映像が何を映すのかは想像に難しくない。

 

サキ、マミ、シザース、さやか、まどか、龍騎。

誰もが立ち尽くしている。誰もが映像に釘付けだった。

少年は許しを乞うていた。しかし犯人には届かない。

 

 

『お前は、醜い悪だ……ッ』

 

『ヒ! ヒィィィイイイイッッ!!』

 

 

少年は鮮血を撒き散らし、這うようにして逃げた。

もちろん逃げられるのかと聞かれれば――、それはNO。

 

 

『ゴボォ……ッッ』

 

 

そこから先の映像は、言い表せない。

あまりの恐怖に腰を抜かすまどか。肝心のシーンが暗闇で見なかった事が、唯一の幸いだったのかもしれない。

 

少年は沈黙し、そこから始まるのは解体ショーだ。

そこに人間の尊厳などは存在しない、肉体と言う玩具刻んでいく『何か』。

 

 

『うわああああああああッッ!!』

 

「「「「!?」」」」

 

 

別のモニタに、違う映像が流れる。映し出されたのは同じく解体ショーだ。

これは集団で殺された暴走族達のものだろう。

騒音が原因で老夫婦が自殺したと言う話題があがっていた。

 

その後も、次々に被害者たちの映像が映し出されていく。

皆、すがる様に手を伸ばしていたが、犯人は"ソレ"を切り落とした。

映像の悲鳴が重なり、不協和音が響き渡る。

 

さやかはそこで思い出した。

本人としては全く聞いていなかったが、やはり上条の言葉だからか、脳が無意識に記憶していたようだ。

 

 

『殺された人はみんな、悪い人だったみたいだね』

 

 

だから。

 

 

『専門家の人が言っていたよ。もしかしたら、この事件の犯人は――』

 

 

同時にモニタから発する音声。

これは犯人のものだろう、画面越しだがその迷いの無い言葉は確かな殺意を孕んでいた。

 

 

『お前達は皆、薄汚い悪でしかない。全て、【正義】の手によって根絶やしにしてやる』

 

 

もう、みんな気づいていた。

だけど誰もそれを言い出さなかった。だって、それは――、それを言う事は間違っているだろうから。

 

でも、それしかない?

本当は分かってる。

自 分 達 は こ の 犯 人 の 声 を 知 っ て い る。

 

皆気づいていた。

だけど、あえて皆ぼんやりとモニタを見ていた。

 

誰もが気づいているのに誰もが動かない不思議な状態。

映像の最後には答え合わせがやってくる。それを待っていたのか? それとも、それがくる事を恐れていたのだろうか?

映像が映す真実、月明かりが教えてくれる犯人の姿。

月に照らされその姿をカメラにはっきりと見せた犯人『達』。

 

そう、一人じゃない。これは警察も言っていた事だ。

しかし警察がどれだけ捜査の限りを尽くしてもたどり着けないだろう事がそこにはあった。

犯人は一人じゃない。だがその一人が、いや『一体』と言うべきだろう。彼が人間でないと誰が予想できただろうか?

 

訂正しよう。

犯人が人間ではないと言うのは、マミ達が予想していた事だ。

だが『人間ではない=魔女』。と言う方程式を勝手に決め付けていた事も事実だろう。

 

被害者達を解体したのは人間じゃない。

魔女でもない。もちろん使い魔でもない。

一言で表すならば――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"蟹"の化け物。

 

 

「嘘、よね?」

 

 

みんな、『彼』の方向を見る。

マミは、震える声で――

 

 

「嘘よねッ!? 須藤さん……ッッ!!」

 

 

パートナーに問いかけた。

それと同時にモニタにいる犯人がカメラの方向を見る。

ああ、なんて恐ろしい形相なのだろうか?

この、正義の味方は

 

 

『ごくろうさまです、ボルキャンサー。これで、また一つの【悪】が死にました』

 

 

被害者達を細切れにしていたのは紛れない化け物だ。

それは魔女ではなく、使い魔でもない。ミラーモンスター・ボルキャンサー。

そして、それを指揮するのは絶対の正義。

 

さやかは、上条の言葉を完全に思い出す。

この事件の被害者は、犯罪やいじめなどの悪事を働いた者。

ならばそれらを殺す犯人は――

 

 

『狂った正義感の持ち主なのかもね』

 

 

どうして最近疲れていたのか?

それは夜遅くまで街に繰り出していたからに他ない。

 

何故か?

それも簡単だ、悪の根を刈り取る為に。

もうお分かりだろうか? 騎士シザース、須藤雅史。彼こそが『見滝原連続猟奇殺人』の実行者なのだ。

 

 

「騙されんな皆ッッ!!」

 

「!」

 

 

龍騎の怒号が、マミ達を正気に返す。

 

 

「須藤さんがそんな事する訳ない! あの魔女の幻覚に決まってる!!」

 

 

ふざけやがって! 龍騎はドラグクローから炎弾を放った。

それに自我を取り戻したのか、マミ達も強く頷いて微笑んだ。

 

 

「そうよね、そんな馬鹿な事があるワケ無いじゃない! よくも大切なパートナーの顔に泥を塗ってくれたわ!」

 

 

マミは怒りに任せてマスケット銃を放つ。

 

 

『アドベント』

 

 

何かまた音声が聞こえたかと思うと、エリーの前に巨大な水風船が出現する。

水風船は相当な弾力と、表面に多くの水分を有している為、龍騎やマミの弾丸を全て跳ね返した。

 

 

「あぶない!」

 

 

まどかが前に出て魔法を展開する。おかげでダメージこそは無かったが――

 

 

『ひひひひひ!』

 

 

エリーの前に現れた水風船。

(たこ)の魔女『MARILENA(マリレーナ)』は、まるでエリーをかばう様に出現した。

 

また魔女だ。それも別の魔女を助けた。

ますます混乱するマミ達、もう何がなんだか分からない。

 

なら、私が教えてあげる。そう言わんばかりのエリー。

モニタの中にいるツインテールの影がニヤリと笑った。

 

そして最後の映像を見せる。

 

それは、またも須藤が殺人を行っている映像だった。

相手は一番新しい事件の被害者である、政治家の息子。

どうやら権力にまかせて暴行事件をもみ消してもらったらしく、それを許さぬ須藤によって、無残に刻まれた。

 

だが、その中で被害者は抵抗を示す。

持っていたナイフで須藤に切りかかったのだ。

須藤はとっさに腕を盾にしてナイフを受け流したが、その時に傷がついてしまったようだ。須藤はすぐにボルキャンサーを少年に向かわせて殺害した。

 

その一連の流れを見せて、エリーとマリレーナは笑い声を上げながら消失していく。

何がしたかったのか? 今になっては分からない事だが、とにかく皆それどころじゃなかった。

一同は深刻な表情でシザースを見る。

 

 

「す、すど……、須藤さ――……ッ」

 

 

口をパクパクと動かしながら、何とかマミはその言葉を絞りだせた。

分かっている、あの映像は魔女の幻術。つまりはフェイク、自分達の信頼でも崩しにきたのだろうか?

 

 

「ば、馬鹿な話よ……! そ、そッ、そんな事で私達の絆は揺るがないのに……!」

 

 

マミはエリー達を滑稽に思いながら須藤に微笑みかける。

だが、マミは気づいているだろうか? 浮かべた笑顔が何ともぎこちない事に。

しかし事は簡単だった。

 

 

「す、須藤さん。ほらッ、変身を解除してください」

 

 

何を疑う事があるのだろう?

被害者がナイフで須藤に与えた傷は腕だ。

確かに、須藤は同じ場所に包帯を巻いていたが、そんなものはただの『偶然』じゃないか。

 

須藤は言ったぞ? その傷は酔っ払いに受けたものだと。

それを証明してくれればいいだけ。ナイフの傷が無い事を、皆に見せてくれればそれだけでいいのだ。

 

 

「ねえ須藤さん。こんな下らない事はさっさと終わらせて、家に帰りましょう!」

 

 

マミはシザースの肩に手を置いた。

 

 

「そうですね。巴さん、安心してください」

 

 

そう言ってシザースは変身を解除すると、微笑みかけた。

マミは安心して思わず涙を零す。正直少し疑ってしまった自分が憎い。お礼にとびきりの紅茶をご馳走しよう。

 

 

「……え?」

 

「「は?」」

 

 

マミだけじゃなく、龍騎とさやかも声を漏らす。

須藤が包帯を取ると、そこには映像と同じような傷があった。

 

 

「安心してください。これは正義の勲章なんですから」

 

 

マミの思考が停止する。須藤は少し険しい表情をつくると、ゆっくりと頷いた。

 

 

「確かに皆さんが混乱するのは分かります。できれば隠していたかった」

 

 

須藤は申し訳ないと言った表情で、まどか達を見た。

しかし、そこにはひとかけらの罪悪感も存在しない。

それもそうだ、須藤は自分の行動が間違っているとは欠片も思っていない。

 

 

「皆さんは、一体どれだけの犯罪が見逃されていると思いますか!?」

 

「―――」

 

「逮捕一つに、どれだけの手順がいるのか知っていますか?」

 

 

そう言って微笑む須藤。ゆっくりと歩き出して、いろいろな事例を挙げた。

犯罪に軽いも重いもない。須藤は言う。どんな事でも人を大きく傷つければ、それは罪だ。つまり悪なのだ。

 

いじめもそう、警察が動くにしては微妙なライン。現実社会ではそれほど珍しい事でもない。だけど確かに苦しんでいる者達がいる。

それは紛れもない事実なのだ。

どこにでもある? 仕方ない? それで見逃すのか?

 

 

「一度出所した『悪』が、『正義』に復讐するというケースも確認されています」

 

 

刑事の家族が狙われた事件もある。

聞いた事はないか? 警察に相談したのに殺されてしまったストーカー被害者やらの例が。

 

 

「犯罪が起こってからでは遅い、しかしこの世界は、悪を成長させてからでないと摘めないのです」

 

 

それが悔しかったと、須藤は歯を食いしばり拳を握り締めた。

家族を殺されて家を燃やされた被害者を、須藤は知ってる。

結婚を決めた人を殺された被害者を、須藤は知っている。

子供を誘拐されて殺された親を、須藤は知っている。

 

 

「どんなに、どんなに――ッッ!! どんなにその人達が犯人を恨んだかッ!!」

 

 

それなのに、加害者の中には全く反省していない者がいる。

それを知った時から、須藤は心の中でほのかに燻る想いに気づいていた。

刑事になっても平和な世の中をつくる事はできない。

しかしその内、『ある考え』に至ったのだ。それを須藤は今ここで、マミ達に伝えた。

 

 

「うそ。そんな……、嘘よ」

 

 

それをぼんやりと聴いているマミ。

何を言っているのだろう? 正しい事を言っているのだろうか?

 

 

「私は迷っていた、正義のあり方に!」

 

 

須藤の表情は『希望』に満ちていて、龍騎達はただ須藤の言葉を待つことしかできなかった。

 

 

「皆さん、落ち着いて聞いてください。見滝原に入ってからの殺人事件は、ほぼ全て私が行いました」

 

 

当たり前のように、そう言った。

 

 

「巴さん。私はあなたを見て決めたんです」

 

「え? わ、私……ッ?」

 

「そう、自分こそが正義なのだと!」

 

「え? え……ッ?」

 

「だから、私は自分自身の正義を貫く事を決めたんです!」

 

 

須藤の正義。それは――

 

 

「全ての悪を、殺す事――ッ!」

 

 

それが、彼の『正義』だ。

 

 

「す……、ど…う、さ――」

 

 

どうして?

 

 

「巴さん、いずれ世間は私が犯罪者のみを狙っている事に気づくでしょう」

 

 

なんで?

 

 

「そうすれば、私の存在は大きな抑止力となってくれる! 間違いありません、悪い事をすれば殺される。それが犯罪者共に巨大な恐怖を植え付けてくれる!」

 

 

信じて……、たのに――……。

 

 

「いじめもそうです。今現在、多くの子供達が誰にも相談できずに苦しんでいる! そんな彼らを救うのはいじめる側に与える抑止なのです! 万引きやひったくりもそう! この世にあるどんな小さな悪だって私は許したくはない!」

 

 

一緒に、正義を貫こうって――ッ!

 

 

「悪事を犯そうとする連中は、毎日細切れにされる恐怖に苦しまなければならない! やがて、犯罪は大きな減少を辿る!」

 

 

一緒にこれからも――

 

 

「この世には裁けない悪が多すぎる、だから私自身が正義となり悪を裁くのです!」

 

「だからって……、人を殺していい理由には――」

 

 

マミはボロボロと大粒の涙を零しながら須藤に詰め寄った。

否定してほしかったのに、むしろ自慢げに言われた。

 

 

「巴さん、アイツらは人じゃない。醜い悪なんですよ!!」

 

「だから……、殺してもいいの?」

 

「はい。悪は全て滅ぶべきです!」

 

「そんなぁ――ッ、だったら警察は何のために……!」

 

 

嘘、そんなの嘘。人は人なのに。殺した、殺すって?

嘘なのに、嘘じゃないの? それは、きっと正義じゃないわ。

わかって? どうして? 殺すノ?

 

ひドイ、知ッテタクセニ

 

ゼンブ、ワカッテタ、アナタハ、正義。正ギ、セイギ……ウソ

チガウ。ソウジャナイ、アナタハチガウ。アナタ……ウソ

ウソ ゼンブ スベテ―――……

 

 

ウ ソ ツ キ

 

 

「……マミ?」

 

 

やっと、声を出す事ができたサキ。

混乱で言葉すらでなかったが、なんとか目の前にいる親友に声をかけた。

いや、声をかけたと言うのは少し違う。気がつけば声が自然に出ていた。

 

でも、巴マミは『そこ』に倒れている。

だけど、マミは『あそこ』に立っている。

 

あれ? サキは視線で『二人』の彼女を見た。

マミは倒れているけど――、マミから出てきた『彼女』は、確かに立っていた。

 

 

「ねえ、何で?」

 

 

さやかも呟く。

 

 

「何でマミさんから、魔女が出てきたの?」

 

 

かわいい水色のワンピース。頭に被るは黄色のボンネット。

ようこそ、魔女・『Candeloro(キャンデロロ)

キミは喜んでいい。だってキミは、正義の味方の頼れるパートナーになれたんだから。

 

 

「何だよコレ――」

 

 

龍騎は、目の前で倒れているマミの体が粒子化していくのをただ見ているだけしかできなかった。

これがまだ現実じゃないと心のどこかで思っているのだろうか?

なら早く目覚めたほうがいい。

 

巴マミは粒子化を終えて文字通り消滅した。

そしてその粒子はキャンデロロへ吸い込まれていく。

 

辺りを沈黙が包む。

須藤も驚いたような顔で固まっていた。

どうやらこの状況は、須藤にとっても予想外のことらしい。

分からない事しかない。だけど明確にしなければならない。

 

 

「どうなってるんだよ! マミちゃんから魔女が出てきた!? 須藤さんが殺人犯!?」

 

 

龍騎が叫んだ。

 

 

『おいおい、コリャやべぇ事になってんじゃねーか!!』

 

「!」

 

 

そんな混乱をかき消す様に現れたのは、ジュゥべえだ。

キャンデロロを見て冷や汗を浮かべている。

 

 

「ジュゥべえ! なんだ、なんなんだ! 何が起こってるんだ!!」

 

 

サキは素早くジュゥべえに駆け寄ると、鬼気迫る表情で叫んだ。

 

 

「マミはどこに行った!? あの魔女は何だッッ!?」

 

『落ち着けよ浅海サキ。あの魔女は巴マミだ』

 

「――今、何と言った?」

 

 

サキにいつもの様な冷静さはない。

不安と焦り、驚きに顔を歪ませてジュゥべえを見ている。

まどかはそのまま固まり、さやかは剣を落とす。

 

 

「あの魔女が、マミ?」

 

「なんだよ! どう言う事なんだよッ!!」

 

 

龍騎はジュゥべえに詰め寄る。確かに、面影はどことなくある。

 

 

『どういう理屈かは知らないけどよ、たまにいるんだよ。ソウルジェムが暴走して魔女になっちまう奴が!』

 

 

じゃあ、何だ。

マミは化け物になったとでも言うのか。

優しい笑顔はもう見れないとでも言うのか?

 

 

『………』

 

「ッ?」

 

 

しかし、キャンデロロには少しおかしな点があった。

先ほどから全く動かないのだ。ずっと空中に浮遊しているだけで、自分から動く事は無い。

やる事といえば、先ほどからずっと須藤を見ているだけだ。

須藤はそれが気になって、ジュゥべえに詳細を求めた。

 

 

「なぜ巴さんは私のほうを?」

 

『それは、君の命令を待っているのさ』

 

「!」

 

 

須藤の背後からキュゥべぇが現れる。

相変わらずの無表情で、須藤の問いかけに答えた。

 

 

『魔女になったとは言え、キミとマミはパートナーである事は変わりない』

 

 

なので、魔女化した場合にはある決まりごとが行使されるのだ。

それは簡単。パートナーとしての(くさび)だ。

 

 

『巴マミ。いや、キャンデロロはシザース、キミの【いいなり】と言う訳だね』

 

「「「!」」」

 

「ほう」

 

 

興味深いと言った表情の須藤、キュゥべぇは続ける。

今のキャンデロロは、パートナーである須藤の命令ならば何でも聞き入れる道具と化したのだ。

命令通りにキャンデロロは動く。たとえそれがいかな内容だろうともだ。

 

 

「そうだったんですか……」

 

『ただし、いろいろと決まりもある』

 

「決まり、ですか」

 

『まず維持コストだ。【魔女になったパートナーには、毎日三人の人間を生贄として捧げなきゃならない。】もしそれができないのなら、契約は破棄されて彼女は言う事を聞かなくなるよ』

 

 

まるでゲームのルール説明だ。

異常な会話が繰り広げられている、それは混乱しているサキにも分かる事。

 

キュゥべえ達は何を言っているんだ?

どうしてこんな当たり前の様に話しているのか、サキは全く理解できなかった。

 

 

(マミが――ッ、大切な仲間が魔女になったんだぞ!!)

 

 

なのに、なんでキュゥべぇもジュゥべえも、パートナーの須藤は冷静なんだ?

 

 

「生贄なら適当に犯罪者を捧げるので大丈夫でしょう」

 

 

須藤は、そう言うと踵を返す。

そのあまりのスムーズさに誰もがおかしくなりそうだった。

須藤は普通で、自分たちがおかしいのか_

 

 

「なんだよコレ! 何なんだよッ!!」

 

「落ち着いてください城戸くん。皆さん、私たちは今日でキミ達の輪から外れます」

 

 

あっけらかんとした物だった。

 

 

「ですが勘違いしないでください。私たちは貴方達の味方である事には変わりありません。何か困った事があったら――」

 

「ちょ、ちょっと待てッ!!」

 

「?」

 

 

サキは呼吸を荒げながら須藤を呼び止める。

須藤が振り向くと、同時にキャンデロロもまたサキに視線を移した。

 

 

「これからどうするつもりなんですッ! マミは!? それに、貴方のやっている事がどう言う事なのか、理解しているのかッッ!!」

 

「………」

 

 

須藤は俯いて表情を曇らせる。

割り切ったからといって、狂人になったワケでもない。

須藤とて、この行動が簡単に理解されるとは思っていなかった。

 

それでも須藤は、悪人を根絶やしにする行為が正義であると信じていた。

 

いや、それが答えなのだ。

マミ達はまだ本当の闇を理解していない、何が悪で何が正義かも分からない程グチャグチャになってしまった世界が今だ。

 

その世界に今、本当に必要なのはなにか?

 

 

「答えは、揺ぎ無い絶対の正義!」

 

 

黒にも、白にも染まらない、それはただ一つの――!

 

「私は悪人を処刑する事が間違いだとは思っていません。巴さんの力が手に入った今、より多くの罪人共を始末する事ができます」

 

「何を言っているんだ! 須藤さんッッ!!」

 

「これから毎日、見滝原だけでなく他の街も裁きに行きましょうかね。そうすれば、悪はいずれ必ず滅びる。真の正義だけが勝ち残るのです!」

 

 

必要な抑止力だ。痛みを伴わずして、人は学べない。

 

 

「それでは、今まで楽しかったですよ。ありがとうございました」

 

 

須藤はそう言って、歩き出した。

 

 

「さあ、巴さん。出口に向かって――」

 

 

その時、須藤は足を止めた。

まどかの悲鳴が聞こえる。見えたのは光の柱。

これは雷だ。須藤の前に落雷が発生する。須藤が振り返ると、短鞭を構えたサキに睨まれた。

 

 

「浅海さん……?」

 

「須藤さん、あなたは……ッ! マミに罪人を裁かせるつもりなのか!!」

 

 

それは、言い方を変えれば。

 

 

「マミを殺しの道具に使うつもりなのかッッ!!」

 

「………」

 

 

須藤は少し考えた結果、まっすぐにサキを見て口を開く。

 

 

「はい」

 

 

あまりの迷いのなさに、本当に須藤が正義のヒーローに見えた。

でも、それは違う。マミは絶対にそんな事を望んでいないし、罪人だろうとも命を奪いたいとは思っていない筈だ。

 

 

「浅海さん。巴さんは私のパートナーとして、魔女になってまで正義を守ってくれたんです」

 

「意味が分からない! マミのジェムが暴走したのは、貴方に裏切られたからだろう! 正義を見つけた!? 人を切り刻んで放置する事がか? ふざけるなッ!!」

 

 

須藤は首を振る、何も分かっていないと言わんばかりにため息までついた。

 

 

「はるか昔の話ではありますが、ある国では罪人を象に踏ませると言う罰を与えていたそうです」

 

 

器用な象は、罪人を苦しめるためにまず広場まで罪人を引きずっていく。

そして手と足から押し潰していき、激痛と恐怖を与えるのだ。

 

最後に胴や頭を踏んで絶命させる。

その凄惨な死体を市民に見せつける事で恐怖と『自分も罪を犯せばああなる』と言う事を刻み込ませるのだ。

 

それは犯罪を減らすなによりの抑止だ。

悪い事をすれば苦痛を与えられる。それを理解すれば、人は絶対に悪の道には動かない。

 

 

「それを可能にするのは、絶大な力を持った私たちなんですよ!」

 

 

須藤は気づいた。この(シザース)は正義だと! 悪を苦しめて殺す、何よりの正義!

 

 

「それを巴さんは分かってくれた。だから自らの存在を賭けて私に力を与えてくれたんです! 魔女(ともえ)さんがいれば、より多くの罪人を惨たらしく苦しめて殺す事ができる!」

 

 

それは正義、須藤はサキから視線をそらす事無く言い放った。

 

 

「違う! 須藤さん! それは違うッ!!」

 

「!」

 

 

サキの前に出たのは龍騎だ。須藤に詰め寄り、必死に考え直す様に言う。

 

 

「そんな正義ッ、間違ってますよ!」

 

 

真司もジャーナリストとして少しは勉強したつもりだ。

難しくてほとんど分からなかったけど、やっぱりそんな中でも恐怖と力で支配する世界は、必ず後で破綻する事を知っていた。

 

 

「何よりッ、マミちゃんの手を汚す事が正義なんですか!? そんな馬鹿な事あるかよ!」

 

「………」

「俺、須藤さんに憧れたんすよ! なのに何でこんな事!!」

 

「キミもいずれ分かりますよ」

 

 

今のこの世界に――。

 

 

「本当の正義などない!!」

 

 

だから、自分が絶対の正義になる。

 

 

「人間は悪意に満ちている。そんなふざけた連中を――」

 

「ッ!!」

 

「皆殺しにするんですッッ!!」

 

 

サキはその言葉を聞いて形相を変える。

本気だ。本気で須藤は自分が正義だと思っている。本気で魔女(マミ)を使って悪人を殺すつもりだ。

 

マミの願いは人を苦しめる全ての魔女を倒すこと。

なのに、マミ自身が人を殺す道具になる?

マミが、魔女になる!?

 

 

「ふざけんなぁあああああああああッッ!!」

 

 

猛スピードで、青が駆け抜ける。

そして何かが激しくぶつかり合う音が聞こえた。

さやかが須藤に向かって剣を振り下ろしている。そして須藤を守る様に立ったボルキャンサーが、ハサミで刃を止めていた。

 

 

「さやか! 落ち着けッ!」

 

「ふざけんな! ふざけんなふざけんなぁあああッ! 信じてたのに! あたしもマミさんもアンタを信じてたのにッッ!!」

 

 

須藤は首をかしげる。

何故さやかは怒っているのだろうか?

 

 

「裏切った? 何もしていませんが」

 

 

悪人の命はゴミ以下、殺しても何の問題もない。

そうやって悪人を殺し続けていけば、いつか世界は平和を望む人間で満たされる。

 

 

「確かにそう考える事もあるかもしれない!! だけど、それじゃあ駄目なんだ須藤さん! 俺たちは神様じゃない! 人間だろ!!」

 

 

龍騎はさやかを止めようと走り出す。

 

 

「きゅ、キュゥべぇ!! マミさんを元に戻す方法はないの!?」

 

 

まどかは涙を流しながら必死に訴える。

マミさえ元に戻せれば、みんな冷静さを取り戻せる筈だ。

そうしたらきっと、こんな悪夢みたいな時間は終わるんだ。

 

 

『ああ、あるよ。巴マミを元に戻す方法だろう?』

 

「本当に! やったぁ! ねえどうするの!?」

 

『今のマミはシザースの傀儡だ。それは呪いの様に彼女を縛る鎖となる』

 

 

だから、マミを救うにはその鎖から解き放ってやればいい。

キュゥべぇがまどか達に告げた魔女化を解除する方法。

それは、これまたシンプルなものだった。何も難しい話じゃない、ある手順さえ踏めばいいだけ。

 

 

『シザースの【デッキを破壊した状態で、騎士(すどう)を殺せばいい】んだよ!』

 

「………」

 

『そうすれば、マミは【魔法少女としての力を全て失う代わりに、しがらみから解放されて普通の少女に戻る】んだからね』

 

 

つまり、須藤を殺せばマミは元に戻る。

魔法少女としては二度と戦えなくなるけれども、魔女の姿からまた優しい彼女に戻ってくれる。

須藤を、"殺せば"。

 

 

『逆に言えば、それ以外にマミを魔女から戻す方法はねぇぞ!』

 

 

ジュゥべえの補足説明が心に重い一撃を加える。僅かな希望が打ち砕かれる。

須藤も、さやかも、龍騎も、皆固まった。

 

マミを元に戻すかどうか?

それは須藤を殺すかどうかの選択でもあると言う事なんだから。

 

 

「そんあぁ、そんなぁ……!」

 

 

まどかはその場に崩れ落ち、泣くことしかできなかった。

この現実を受け入れるだけの精神力は無い様だ。

 

龍騎もどうしていいか分からずにその場に立ち尽くす。

まどかを気にかけているようだが、正直、そんな余裕は無かった。

 

だが同時に、これがフィクションでもなんでもない明確な現実だと言う事を理解している者もいる。

 

 

「………」

 

 

須藤、さやか、サキは睨みあっている。

まさか――、龍騎はある事を考えてしまう。

だが、そんな馬鹿な事をするわけが無いと首を振った。

 

 

「ねぇ須藤さん……」

 

 

先に口を開いたのはさやかだった。

それが何を意味するのか、さやかだって分からない筈が無い。

迷い、そして悩んだ末の答えなのか? それとも――?

 

 

「なんですか? 美樹さん」

 

「あたし。マミさんの弟子なんだ――」

 

 

だから、もっとマミさんと一緒にいたい。

もっとマミさんにいろいろ教えてもらいたい。もっと、マミさんと一緒に笑いたい。

そしてマミの想いを踏みにじった須藤が許せない。

 

だからさやかは須藤を見た。

だから、さやかは剣を構えた。

 

 

「さやかちゃんっ!?」

 

 

意味を理解したまどか。

 

 

「なんで!? さっきまで一緒に戦ったのに! 仲間なのにっ、どうして……!?」

 

 

どうして今は敵対しているんだ。まどかはとてもじゃないが、それを口にすることはできなかった。

口にしてしまえば、そうなってしまう様な気がして。

だがまどかは分かっていない。現に今、そうなっている。

 

 

「マミさんを魔女にしたのはアンタだ! 須藤ッッ!!」

 

「巴さんは私の正義に呼応してくれたんですよ! なぜ貴女は理解してくれない!?」

 

「ふざけるな! マミの手は汚させないッッ!」

 

 

そう言って、サキもまた前にでる。

親友のマミが魔女として人を殺す、そんな事を許す訳にはいかない。

そして彼女を助けたい。たとえそれが須藤を殺す事になってもだ。

 

 

「ちょっと待てよ! 落ち着けよよさやかちゃん! サキちゃんも!!」

 

「そうだよ! どうしてわたし達が戦うの!? こんなの絶対おかしいよ!!」

 

 

その言葉に、思わずさやかはまどかを睨む。その眼光に怯むまどか。

 

 

(お姉ちゃん……!)

 

 

まどかは困ったようにサキへ視線を送るが、サキが視線を返してくれる事は無かった。

 

 

「まどか、じゃあアンタはマミさんが魔女のままで人を殺してもいいって言うの?」

 

「そ、そんなぁ!」

 

「そう言う事なんだよまどか。須藤さんは、もうマミさんを道具としか見ちゃいないんだからッッ!!」

 

「道具? それは心外ですね。巴さんはパートナーだ、これからも助け合って正義の頂点を目指すのです」

 

「須藤さん。考えは変えないんだね」

 

「もちろんです。私は、正義ですから」

 

「ッ!! くそっぉおおおおおおおオオオオッッッ!!」

 

 

それがスイッチになった。

さやかは跳んで、一気に須藤の眼前まで移動する。

何を? まどかは瞬間的にさやかの名前を叫んだ。

 

だが、さやかはもう目の前の須藤に集中して何も聞こえない。

ましてや聞こうともしない。そのまま手に持った剣を振り下ろした。

 

 

「!?」

 

 

だが、須藤の体に剣が入る事は無かった。

キャンデロロがリボンのような腕を伸ばして、剣を受け止めたのだ。

 

 

「マミさんに命令したな!」

 

「こういう使い方でしょう?」

 

 

須藤はその隙に後ろへ跳んだ。手に、デッキを持って。

 

 

「須藤、アンタを……」

 

 

さやかもバックステップで。一旦後ろに下がる。

思い浮かべるのはマミの笑顔。あの笑顔に救われた。自分の道を見つける事ができた。

さやかは憧れていたマミに一歩でも近づきたいと願っていた。

 

それは須藤も同じだと思っていたのに。

須藤の事も、憧れていたのに――。

 

 

「アンタを……ッッ!! 殺すッッ!!」

 

 

もう、戻れない。

やるしか、ないのだから。

 

 

 

 

 


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