仮面ライダー龍騎&魔法少女まどか☆マギカ FOOLS,GAME 作:ホシボシ
リーベエリス編が終わってから挟もうと思ってたけど、いろいろあって止めた物を何となく形にしてみました。
あくまでもパラレルとして考えてください。
いつも歩いている筈の道なのに、今日はやけに広く感じる。
それに周りの景色が灰色だ。木々も、空も、花も、行きかう人々もくすんで見えた。
理由は分かってる。まどかは目線を落とし、肩を落としている。
(さやかちゃんがいなくなって)
まどかは無言だった。いつもなら、二人に挟まれてたのに。
(仁美ちゃんも死んじゃった……)
覚悟が足りなかったのか。まどかにはもう何も分からなかった。
殴られ、切られ、叩きつけられた傷がまだ痛む。リーベエリスでの戦いにて、まどかは仁美を守ることができなかった。
守ると約束したのに守れなかった。今でも夢であってほしいと願うが――、どれだけ経っても仁美は戻ってこない。
葬儀が行われ、火葬にも立ち会ったのに、まどかはまだ現実を受け入れる事が出来なかった。
『まど――ッ! がふっ! やだ……ッ、死にたくない――ッッ』
仁美が血を吐き出しながら
『まどかざ――ッ、でんじ……、出してッ、だずげッ、ゲホッ!!』
そうだ、死にたくなかった。当たり前だ。
仁美は必死にまどかの裾を掴んで訴えた。
しかし命の灯火が消える瞬間、仁美は優しげに微笑んだ。
『気にしないで。貴女は悪くないから』
掠れる声が訴える。
『寂しいですけれど、まどかさんが無事でよかったですわ……ッ』
一人にしてごめんなさい。そして仁美は死んだのだ。
「一人にしてほしい」
それを言うと、サキもほむらも真司も納得してくれた。
「ごめんね、ついて来るのも……」
物陰に隠れていたほむらは、気まずそうに帰っていく。
まどかは一人になると、さやかと仁美との思い出がある場所をひたすらにさ迷い、親友の亡霊を探す。
ふと、まどかは気づいた。腕時計が止まってる。
「ど、どどどッ、どうしよう……!」
青ざめるまどか。これはただの腕時計じゃない。誕生日に仁美から貰ったものだ。
金額を聞いたとき、冗談かと思ったくらいの品で、今までは完全に気が引けてしまって身に着ける事ができなかったが、少しでも仁美を感じたくて部屋から持ち出してきた。
しかし、まるで仁美が死んだことを証明するかの様に針の動きが止まってしまった。
まどかは軽いパニックになって携帯を取り出す。
時計が壊れたら――、どうすればいいのか? なんだかとても惨めな気持ちだった。
魔法が使えるのに時計一つ直せない。その魔法だって守護なのに、誰も守れない。
とにかく時計屋さんだ。まどかはおぼろげな記憶を頼りに時計屋を目指す。
するとなにやら大きな声が聞こえてきた。
「誰かーッ! その人を捕まえて!!」
まどかも知っているパン屋から誰かが飛び出してきた。
続いて店のおばさんが後を追いかけるように出てくる。
けれども残念ながら若さなのか、おばさんはすぐにゼェゼェと息を切らし減速して崩れ落ちていた。
一方で前を行く――、少女は、大きな袋を抱えたままどんどん距離を離していく。
「「!!」」
曲がり角。丁度そこで少女とまどかがぶつかった。
「うぎゃ!」
「きゃあ!」
二人はしりもちをつく。
「え? あ、あの大丈夫で――」
まどかが立ち上がり、少女へ腕を伸ばそうとして――、止まった。
目を見開き、衝撃に打ちのめされている表情だ。一方で少女は袋から散らばったパンを見て舌打ちを零した。
どうやら、少女はパン屋で大量のパンを盗んだらしい。それも雑に。だから簡単に見つかってしまったのだ。
「クソ!」
少女はパンを諦めて走る。
一方でへたり込むまどか。そこへおばさんが駆け寄ってくる。
「あぁ、大丈夫? 万引き犯は――、逃げたのね」
「払います」
「え?」
「わたしが全部払うので、これください」
パン屋のおばさんは、きっとまどかが売り物にならない商品をもったいないと思って、買おうとした――、そう思ったのだろう。
しかし本当は、そんな理由じゃない。まどかはただ逃げた少女の力になりたかっただけだ。
それにどこかで期待していた。だから大きな袋を抱えて帰ろうとした時、先ほど聞いた声が耳に入ってきたのは幸いだったと言えよう。
「ちょいちょい」
「!」
「随分なお人よし? それとも馬鹿?」
まどかは改めて驚く。
そこにいた少女に、一瞬仁美が重なったからだ。
「あ、あのッ! これ!!」
「ッ?」
「あげます! う、うん! あげる!!」
まどかの前にいた少女は、髪型こそ違えど、声こそ違えど。
その容姿は――、限りなく仁美に似ていた。
「オレ、ウロバ。あんたは?」
「か、鹿目ぇ、まどかです!」
「オッケー覚えた。よろしく、まどか」
まどかと、『ウロバ』と言う少女は、公園のベンチで肩を並べていた。
手にしているのは先ほどウロバが盗んで、まどかが金を払ったパンだ。それをパクつきながら二人は話している。
「オレ……?」
「ああ。自分で言うのもなんだけど女っぽくないからな。気づけばオレって言ってた。ンハハッ!」
ウロバはよく笑う少女だった。しかし声が掠れている。
「これな。昔ちょっと色々あって、喉潰しちゃったんだ」
「だ、大丈夫?」
「ああ、もう平気だよ。ちょっとガサガサで聞こえにくかったらゴメンだけど」
「そんな事ないよ。わたしウロバちゃんの声……、好き」
「マジ? ありがとー」
そこで気づく。ウロバはずっと左目を髪で隠していた。
でも本当に仁美に雰囲気が似ている。性格は違うみたいだが。
するとウロバは左目を見つめられている事に気づいたのか。少し複雑そうに唇を震わせて頭をかいた。
「これ、気になるか?」
「え? あ、えぇっと、その……」
「なんなら見せてやるけど、気持ちのいいもんじゃないよ」
とは言いつつ、ウロバは髪を上げた。
息を呑むまどか。ウロバの左目には大きな傷があった。
なるほど、だから髪で隠しているのだろう。
聞けば色々あったのだと言う。
まどかと年齢は同じなのに、パンをあれだけ万引きする辺りに、言いようの無い『闇』を感じる。
しかしそんな事はどうでも良かった。気づけばまどかはウロバに己の心境を打ち明けていた。死んだ友人、似ているキミ。壊れた時計。
はっきり言ってウロバからしてみれば知ったこっちゃ無い話である。
しかしパンのお礼はある。そういうのを無視するのは気持ちが悪い。
ウロバは笑うと、まどかの頭を撫でた。
「オレの仲間に機械弄りが得意なヤツがいるんだ。ソイツならタダで直してくれるかも」
「え? でも……?」
「いいからいいから。お前、オレと一緒にいたいんだろ?」
ウロバは強引にまどかの腕を握って走り出す。
まどかは否定しなかった。嬉しそうに微笑んで連れられていく。何となく道がいつもの狭さに感じた。
歩くこと10分ほど、河原を行く二人。この辺りはホームレスが住んでいる一帯だ。
見滝原は裕福な面もあるが、光があれば影もあると言うことなのだろうか。
いや、と言うよりもリーベエリスが崩壊してから、こういった人たちを見かけるようになってきた。
シルヴィスやモモと言う指導者を失い、実質解体状態となってしまったため、信者の一部が行き場を失ってしまったのだ。
ウロバもその一人だった。元々孤児で、今まではリーベエリスにいたらしいのだが。
「あんな事になって、本当に参ったよ」
そうしていると二人は目的地に到着した。
「ボロ家だろ? アンタにゃキツいだろうが、まあ入れ」
「そんな事……、お邪魔します」
「あぁ、良い良い! 靴は脱がなくて良い。ここ土足OKだから」
ズカズカと中に入っていくウロバ。まどかも申し訳無さそうに後を追う。
すると奥には二人の男女がソファに座っていた。どうやらウロバの知り合いらしいが、それどころではない。
「鹿目!」
「鹿目ちゃん!」
「あッ!」
そこには、知り合いの姿があった。
クラスメイトだ。雑誌を読んでいた
あの時よりも髪を伸ばしており、後ろで一つ結びにしている。
そして手遊びをしていた少女は
席はほむらの二つ後ろだ。
「久しぶりだなぁ。元気だったか?」
「うん。わたしは大丈夫。二人は……」
「見ての通り元気! って、訳でもないけど……」
苦笑する海老名。なにせ本当にいろいろあった。
芝浦が仕掛けた学校での事件。獅子神と海老名は何とか生き延びたのだ。
さらに、聞けば二人の両親は元々エリスの幹部だったらしい。
その繋がりで、獅子神と海老名は仲良くなったとか。
だがその親はもう死んだ。浅倉と杏子に殺されたのだ。
食われたのだから死体すら見つかっていない状態。
現在、海老名と獅子神、そしてウロバの三人で暮らしているらしい。
「でもさ鹿目。あの日、なんで俺達が助かったのか覚えてるか? 気づけばなんか外にいたんだよな。エッヒッヒ、恐怖で頭がおかしくなっちまったのかな」
「そうだよね。気づいたら助かってたもんね」
「神の奇跡か? あぁでもそれを信じてたリーベエリスがあんな事になったんだから、やっぱ関係ないか。エッヒッヒ!」
獅子神の笑い方は特徴的だった。
楽しそうだが、どこかちょっとネットリとしているような。
「そうだね。うん、あんまり思い出さないほうがいいよ……」
まどかは曖昧に笑うしかなかった。学校で守れなかった記憶が蘇る。
一方で暗い表情を見て空気を読んだのか、ウロバが口を開いた。
「なんだよ知り合いだったのか。あーあー、じゃあオレだけ仲間ハズレじゃん」
ウロバはつまらなそうに壁を蹴ると、わざとらしく頬を膨らませた。
「エッヒッヒ! 拗ねんなよ。ところで何で鹿目がここに?」
「あぁ、えっと――」
まどかは今まであった事を二人に説明する。すると獅子神はニヤリと笑って胸を叩いた。
「任せろ。俺、機械弄くるの得意なんだぜ。お前の時計すぐに直してやるよ」
「ほんとう!? ありがとう獅子神くん」
「な、言ったろ。クライドに任せればすぐなんだよ」
「クライド?」
まどかが首をかしげると、海老名が説明してくれた。
どうやらエリスの中で使っていたあだ名らしい。特別な人間と見なされれば名を与えてくれる。
コルディア――、モモは獅子神と海老名に才能を見出していたようだ。
だからこそ獅子神には『クライド』と言う名前を。海老名には『ボニー』と言う名前を与えたのだ。
「俺、それ結構気に入ってんのよ。だからさ、そう呼んでくれよ。獅子神クライドって滅茶苦茶カッコよくね? なあボニー」
「うん! 私も好き! 海老名ボニー! あははっ!」
「どこがだよ。なあ、まどか」
笑い合う三人。まどかも釣られて笑っていた。
近しいもの同士のノリと言うか、独特な空気がある。この雰囲気はとてもなつかしいように感じた。
時計は15分も掛からぬ内に元に戻った。
まどかは笑顔で時計を身に着けると、嬉しそうに秒針が動くのを見ている。
愚かに思えるかもしれないが、仁美が生き返ったような気がしたのだ。
「それにしてもな鹿目。その時計どうしたんだ? 結構するんじゃねーの? それって」
「うん。これはね、仁美ちゃんに貰ったの」
「あぁ、志筑か。そら納得だ。アイツ今どうしてんの?」
「………」
自分でも不安定な精神状態だと思う。けれどやっぱり涙が出てくるのだ。
一方でギョッとする獅子神――、クライドたち。
「おいクライド」
「あーあ、クライドってば」
「ちょッ、まッ! 俺か!? おいおい落ち着けよ鹿目。なにがどうしたって……」
そこで察する。ボニーも、ウロバも。
「そっか……。なるほどな。辛かったな」
「うん。辛い」
それほど深く仲が良かったわけでは無いが、それでも見知ったクラスメイトに再会できて気が緩んだのか。堰を切ったように弱音が出てきた。
仁美が死んで、でもそれは自分の責任でもあって、周りは気にしないでって言うけど、そうは思えなくて。
でも周りに気を遣わせるのも辛くて。愛想笑いして、それが疲れる。
気にしてくれるのは嬉しいけど、考えれば考えるほど苦しくなる。
「なるほど。まあいろいろある」
クライドは既にあちこちが割れている窓を開くと、タバコを取り出してふかし始めた。
「そうか。志筑のヤツ……、死じまったか」
「中沢くん悲しむね」
「馬鹿ッ、ボニー。アイツも死んだだろ」
「あ……」
「俺らのクラスは結構死んだ。つうか、早乙女先生も死んだしな」
クライドは気だるげに煙を吐き出す。
「まあ本当、いろいろあるよ」
するとウロバはイライラしたように表情をゆがめると、頭をかきはじめた。
どうにもこういう空気は好きじゃない。ウロバは道中で聞いた話を思い出し、まどかの前に座り込む。
「なあまどか、その仁美ってヤツは、オレに似てんだろ?」
「うん、とっても」
「クライド、ボニー、そうなのか?」
「確かに。髪型同じにすればかなり似てるかもな」
「うん。そっくりになるかも!」
するとウロバは大きく頷き、まどかの頭を撫でた。
「じゃあ、今はオレを仁美だと思え」
「え? でも……」
「いいんだよ! いいか? 嫌な事があったら向き合う選択肢もあるけど、逃げる選択肢もあんだろ。今はまあ、全力で逃げとけ」
そういうとウロバはまどかの携帯を持ってニヤリと笑った。
「え? あれ!? い、いつのまに!」
「いいか、よく見てろよ!」
ウロバは大きく振りかぶって、まどかの携帯を窓の外へとブン投げた。
「えぇええぇ!?」
「いい! 追いかけるな! アレは今は捨てとけ!」
「で、でも!」
「必要ないんだよ、あんなの。今はココにいろ。オレと一緒にいるんだ」
「――ッ」
「そしたら少しは楽になるんだろ? じゃあいいじゃんな」
ウロバはまどかを抱きしめた。気のせいだろうが、仁美の匂いがした。
落ち着く。もっと嗅いでいたい。だから気づけばウロバの背中に手を回していた。
すすり泣く声が聞こえる。ウロバは少しでもまどかの中にある罪悪感が消えるように、ギュッと力を強めて抱きしめた。
「クソ! 俺はどうしたらいいんだ……!!」
真司は両手をデスクに叩きつけて首を振る。
するとバン! と音がして島田が両手をデスクに叩きつけた。
びっくりして目を丸くする真司、いかん、島田にジットリと睨まれている。
「もー、真司くん。今のでクソって言葉380回目ぇ~」
「あ、す、すいません」
「おいまた何か悩み事かよ!」
編集長はツボ押し棒で肩をグリグリしながら椅子を回している。
「そうなんですよ編集長! 俺ッ、もう悩みすぎて頭がおかしくなりそうで!」
まどかを励ましたいのだが、いかんせん言葉が出てこない。
それにもしかしたら今は何を言ってもダメなのかもしれない。真司はまだ親友が二人とも生きている。
その状態で励ましても、もしかしたらまどかには軽く聞こえてしまうのかも。
そう思うと、なんだか怯んでしまって……。
「安心しろ真司」
真面目なトーンだった。編集長は優しく微笑む。真司も釣られて笑みを浮かべた。
「お前の頭は元々おかしい」
「編集長!?!?」
酷い話である。コッチは本気で悩んでいると言うのに。
だがいいのだ。心の無い人には分からないのだ。午後からずっと仕事をせず、ずっとグリグリやってる人には理解できないのだ。
「まあ待て待て。拗ねるなよ真司ィ」
「な、なんですか……!」
「この世にはな、悩んでも出ない答えってのがあるんだよ」
「はぁ、そういうものですか」
「そうだ。でもだったら、そういう時はどうすればいいと思う?」
「どうすればいいんですか!」
「サンバだよ」
「サン――ッッ!」
は?
「いやな真司。実はお世話になってる人に、こういうの貰ったんだけど」
そう言って編集長は財布からサンバ教室の無料体験チケットを取り出し、真司のデスクに置いた。
「ほら、俺ってこういうのあんまり好きじゃねーだろ。でも無駄にするのも悪いじゃん。感想聞かれたら困るじゃん。だからお前代わりに頼むよ」
「いやッ、そんなの編集長の都合じゃ……」
一瞬そう思ったが、何かが変わるかもしれない。
真司は早速取材と言う名目で門を叩いた。テナントビルの一角に教室はあり、中には自分の他に誰もいない。
「あのー、すいませーん……!」
事前に電話申し込みはしているので、何とかなるとは思ったのだが――
「………」
ガチャリと奥の扉が開き、孔雀の羽みたいな飾りをつけたおじさんがやって来た。
なんだかよく分からないものをクッチャクッチャ召し上がりになられている。
食事中だったのか、やたらクッチャクッチャしてる。
おぞましくて仕方ないが、まだ初対面だ。人間は我慢できる生き物である。
「あ、あの」
「ノーッサンバッッ!!」
「ひぇ……ッ!?」
「サンバに言葉はいらない。サンバとは、心と心の対話」
「は、はぁ。俺っ、あのっ、さっき電話した城戸――」
「アーユーサンバ?」
「……はい?」
「アーユーサンバッ?」
「いやッ、えーっと、あの……」
「アーッユゥッ! サンッバッッッ!!!???」
「まッ、マイネームイズ……、キドシンジ」
「キドサンバ?」「キドシンジ!」
「キドサンバ?」「いやッ、だからキドシンジ!」
「キドサンバ?」「キッ! ドッ! シッ! ンッ! ジ!!」
「キドサンバ?」「城戸ッ、真司ですッッッ!!」
「キドサンバ?」
「城戸真司ィイイイイイイイ!」
「うるせぇえええええええええええええ!!」
おじさんの口から謎の破片が発射され、真司の顔に降り注いだ。
帰りたくなった。
夜。
まどかはウロバ達三人と一緒にいた。
門限はとっくに過ぎているが気にしないようにした。
心がザワザワするけれど、不安になるとウロバが手をギュッと握ってくれた。
「心配かけてもいいんじゃねーの。お前はそうじゃないと、自分の叫びに気づかないんだ」
「ッ?」
そうしていると、ボロアパートにたどり着く。
するとウロバは一室のドアを叩いた。
「お祖母ちゃーん! いるかーッ!?」
すると中から高齢の女性が出てくる。
「よッ、きたぜ! アタシ、ほら、岬だよ」
「あぁ、岬ちゃん! 入って入って」
ウロバは老婆の家に入ると、手招きを行う。
「お、おじゃまします……!」
家に入るまどか。
四人はそのまま老婆と親しげに会話を繰り返す。学校のこと、友達のこと、将来のこと。
15分ほど経ったろうか。ウロバがふいに立ち上がる。
「ごめんお祖母ちゃん。アタシらこれからご飯行くんだ。でも今、持ち合わせがなくて。お小遣いくれないかな」
「はいはい、じゃあちょっと待っててちょうだいよ」
老婆と共に戸棚を漁るウロバ。
そのまま二万円ほど掴んでくると、四人はそのまま家を出た。
「岬ちゃんって言うんだね」
「ん? 何が?」
まどかはウロバに微笑みかける。彼女のことが一つ分かって、嬉しいようだ。
「いや、今、お祖母ちゃんのうちで、お名前……」
「あぁ、あれな。アレは嘘。ウロバはあだ名じゃなくて本名だから」
「え!? で、でもさっき」
「あのババア、軽く認知症入ってんだ。ボニーが見つけて来たんだよ」
そうそうとボニーは笑う。
娘だか息子だか孫だかは知らないが、女の子なら岬、男の子なら真一と名乗れば優しくしてくれるらしい。
「じゃあッ、お金……」
「良い金づるだよな。エッヘッヘ!」
「だ、ダメだよッ! 返さないと!!」
まどかは前に出るが、クライド達はひょうひょうとしていた。
「まあ待てよ。これは善意だぜ」
「え……?」
「考えても見ろ。認知症のババアが一人で暮らしてるなんてありえないだろ? そういうことをさせる家族なんだよ」
はじめて部屋に言った時は片づけができないのか、酷いゴミ屋敷だったという。
それをクライド達は『家族』として片づけを手伝い、徘徊したときには探しにいった。
「本当の家族は、どうも金だけ送ってるらしい。純粋に見捨ててるだけなんだろ」
「そんな……」
「大変だもんな。ボケ老人と同居するなんざ。俺ならごめんだね」
でもウロバ達は違う。ちゃんと接してあげてる。
一人暮らしの老人の家に赴き、会話してあげる。軽い世話をしてあげる。だったら報酬を受け取るのは当然の事だ。
「あのババアだって症状が進めば生活ができるレベルじゃなくなる。そうしたらもう終わりだ。その前に絞れるだけ絞っておく。もちろんそれは騙してるんじゃない、ちゃんと対等な報酬って事だ」
「でもっ、それでも……!」
「なあ鹿目。だったらあの婆さんは悲しそうな顔してたか?」
それを聞いてまどかは口を閉じた。
確かに、おばあさんは楽しそうだった。家族だと勘違いしているのだろうがニコニコしていた。
お金だって、要求した金額よりも多く持たせてくれた。
「俺も昔は祖父ちゃんから沢山小遣いもらったぜ。そういうのがもう楽しいんだろ? 鹿目、お前がやろうとしているのはその善意を踏みにじることだ」
「ッ」
「今から金を返しに行ってウソですって言うのか? あーあー、そしたら今までのことが全部嘘だって分かっちまうかもな。可哀想に」
「それは……ッッ」
「クライドー」
ボニーが軽く肩を小突く。
「わ、悪い悪い。ちょっといじめ過ぎたな」
でも仕方ないんだ。だって俺たちだって生活していくうえで金がいる。
俺とボニーは家族が死んだし、ウロバだって一人だ。もっとちゃんとしたところに行けば大人たちが何とかしてくれるんだろうが、俺達は俺達だけで生きて行きたいんだ。
その事を説明すると、まどかは怯んだようにして動けなかった。
しかし気の毒に思ったのか。ボニーが背中をさすりながら微笑んだ。
「知らなきゃ幸せなこと、沢山あるよ。善意が必ずしも人を幸福にする訳じゃないの」
「ボニーちゃん……」
「大丈夫。甘いものを食べたらそういう辛いこと忘れるから。ね?」
促され、ファミレスに入る。
貰ったお金で支払う料理がテーブルには並んだ。
まどかは前に置かれたパフェをどうしても食べることができなかった。スプーンを持つ手が震える。
「どうした鹿目?」
「うん、あの……、ごめんね。食欲が無くて」
仁美のせいにした。仁美が目の前で死んだから食欲が無い。
そんな嘘をつく自分に自己嫌悪だ。けれどもクライドとボニーは納得したらしい。
「じゃあこれ、貰っていいか?」
「う、うん。ごめんね」
「いやぁ、いいんだ。えっひっひ、俺こういうの好きだぜ」
パフェをパクつくクライド、ボニーもスプーンを手に横取りしている。
「それにしても、そうか、志筑が死んだか。惜しいな、アイツ滅茶苦茶美人だったのに」
「ちょっとクライド!」
「おいおい睨むなよ……。安心しろって、俺の好みじゃない。ああ言うピリッとした美人は苦手なんだ」
クライドは指でボニーの口元についたクリームを拭う。
「俺はもっと儚げな。そう、お前一筋だよ」
「クライド……! は、恥ずかしいよみんなの前で」
頬を赤く染めるボニー。
そういうことなんだ。ウロバは隣にいたまどかにウインクを行う。
「へー、そうだったんだ。知らなかった……」
「リーベの集会は暇だったからな。子供たちは俺らだけだったし」
「本当だよね。どうしてお母さんはあんな……」
ボニーの家は父親のギャンブル癖が原因で昔から多額の借金があった。
それが原因で離婚もして、貧しい生活ばかりだったらしい。
だから何か縋るものがほしかったのだと思う。それはクライドの家にも言えることだ。
以前海外旅行に行った際、たまたまシルヴィスの演説を聞いたらしい。それからはもうリーベにどっぷりだ。
「何があったのか興味もねぇけど、どうせハマるならもっとしっかりした宗教団体にすればよかったのな」
まあ結果的にリーベはリーベエリスとして大きな組織になったが。
「そう言えばまどかちゃんにはいないの? 彼氏」
「うん、わたしはまだそう言うのは……」
「意外とお前の隠れファンはいたと思うぜ。まあ多分、死んだろうけどな」
「そんな事……」
「お前は――、人を強くしてくれるタイプだからな。お前がいれば何とかなったヤツも多いんじゃないか?」
「?」
「いや、なんでもない。追加注文しよう。鹿目も何か食え」
「あ、でもわたし……」
「安心しろ。今から頼むのは俺がもともと親から貰った小遣いで出す。そうだ、ハンバーグにしよう。ここのは安い割には美味いんだ」
クライドはハンバーグを注文した。
まどかはウロバを見る。微笑んで頷いてくれた。
まどかはハンバーグセットを美味しく頂いた。
「タバコ吸っていいか?」
店を出たクライドは、まず路地裏に寄る。
「キス、美味しく無くなるから、ヤダ」
ボニーは恥ずかしそうに言ったが無視された。真っ赤になってクライドをポカポカ殴っていた。
一方でウロバは無言である。ダメって言っても吸うだろテメー、そう目が語っている。
けれどもそう言うノリを知らないまどかは首を振った。
中学生なんだからダメだよ。そう言おうとしたが、クライドがそれを察したのか言葉を加える。
「死、なんてのは夢のまた夢だと思ってたよ。なんつーか、死なないって思ってた。でもそれは違う。あいつ等は中学生で死んだ。酒もタバコも知らないまま死んでった」
まどかは何も言えなかった。
もう一度クライドは聞く。
タバコを吸ってもいいか? 20歳から許される行為をしてもいいのか。
まどかは俯くように頷いた。
「鹿目ちゃんは見滝原を離れないの?」
「う、うん」
「そうだよねぇ。やっぱりいろいろ怖い事があったけど、離れるまではね」
「でも鹿目もやりたい事はやっておいた方がいいぞ。いつ死ぬか、もう分からん」
そう言ってクライドはタバコの吸殻を地面に落とした。
「あ、あの、それ……」
「ん?」
「ちゃんと灰皿とかに……」
「周りに見られるかもしれないだろ。それに鹿目、こうは思わないか?」
ポイ捨てが増えれば、例えばポイステを注意するCMができる。
それに出演する役者が出てくる。そうなれば関係者にはお金が入るし、もしかしたらそれがきっかけで役者が有名になるかもしれない。
「或いは、掃除する奴等の好感度が上がる。SNSじゃポイ捨てに怒る連中がそれを形にして発信できる。怒りは必要だ。世界に必要だ」
そう言ってクライドは吸殻の火を踏み消し、街に出て行った。
後をついていくボニーと、まどかの手を引いて出発するウロバ。
まどかは何も言わなかった。
もしかしたら、何か、芽生えのようなものがあったのかもしれない。
その後、クライドは塾帰りと思わしき小学生を見つけて金を巻き上げていた。
所謂カツアゲだ。まどかは止めようと思ったが、ボニーがそれを止めた。
「クライドの考えを聞いてあげて」
ん? どうした鹿目。
あぁ、この金か。ちょっと可哀想な事しちまったな。
でもな、あのチビ嫌そうな顔してたと思わないか? きっと塾なんざ行きたくないんだよ。
でもきっと親が行かせてるんだ。こんな暗くなるまで、迎えにも行かず。
あいつ結構金持ってたぜ、少なくともガキに持たせる金額じゃない。分かってないんだよ、何も。
だから俺はアイツから金を奪った。カツアゲだ。アイツはこれで親に助けてが言える。その理由ができたからな。
なあ鹿目。分かる。分かるよ。
でもさっきの事を思い出してくれ。あのお婆さんは嫌な顔をしてたか?
欠片もしてないだろ? ずっと笑顔だった。
アイツだってそうだ。カツアゲする前から、カツアゲされそうな顔をしてた。
アイツはきっと頭がいいんだろうから、そんな面じゃダメだって気づく。
親も管理の甘さに気づく。もっと子供を見てあげるようになる。
それにガキは悲劇の思い出を語ることが出来る。痛みを知らなきゃ優しくなれないぜ。
なあ鹿目。この世界にはな、悪い事でも人を幸せにする事はできるんだ。
俺は奪った金はバンバン使うぜ。金を使えば、経済は回る。
たとえば俺はこれを食費に使おうと思う。行きつけのラーメン屋があるんだ。
でもボロっちくてさ。今にも潰れそうで。俺が金を使わなかったらきっとあの店は終わりだ。
そしたらその経営者はどうなるんだろうな? もしかしたら店が潰れりゃ借金の可能性もある。
親父は首をくくって、娘は風俗に売られちまうかも。
でも俺が金を使うことで、それを食い止めることができるかもしれない。
エッヒッヒ! エッヘッヘ! 悪い悪い。飛躍した考えかもしれないが、そういうことなんだよ鹿目。
悪いと思ったことが、長い目で見れば何かを救うことになる。
「………」
まどかは何も言えなかった。
まどかは、気づこうとしている。クライドはもう気づいている。
その後、クライドはコンビニに寄った。
「なあ鹿目。ジュースかお菓子が食べたい」
「あ、じゃあ買って……」
「いや、盗って来てくれ。万引きだ」
まどかは青ざめ言葉を詰まらせた。
嫌だ。そう言えればよかったが、きっと否定される。
それはクライドも分かってる。そうだ分かっているのだ。
まどかの中に生まれようとしている――、その『芽生え』の正体に。
「鹿目。アレはしちゃいけない、コレはしちゃいけないって言う道徳を、俺達は大人から学んだ。主に親から、学校から」
「………」
「でも、俺の親はたぶん死んだ。早乙女先生は確実に死んだ」
正しい事をしている筈なのに死んだんだ。クラスメイトの連中だってそうさ。
だから鹿目。お前ももう気づいている。人間ってのは、正しく生きてても幸せになれるとは限らない。
それでもまだお前が道徳を守りたいって言うのなら、それは別に止めはしない。
それは立派なことだ。でもな、お前はウロバについてきた。ウロバに志筑を重ねたんだろ? なんで亡霊に縋ろうとするんだ。
いいか? 気を悪くしたなら申し訳ないけど、お前凄く疲れた顔をしてるぜ。
それはボニーの家に来たときからだ。さっきのガキみたいな顔をしてるんだよお前は。
もしかしたらこう思ってるんじゃないのか?
自分は――、不幸だ。そういう類の感情さ。
分かる。分かるよ。エッヒッヒ、俺もそうだった。俺も友達は死んだ。
ボニーが死んでたら多分自殺してる。エリスもぶっ壊れちまうし、最悪なことばかりさ。
お前もそうだろ? 俺に似てる。全部がうまくいってないんだろ? だったらこう思わないか?
「今のままの生き方じゃ、ダメなんだってよ」
「!!」
「占いや風水みたいなもんだよ。間違った生き方は、むしろ不幸になっちまう」
お前ら三人は滅茶苦茶仲が良かったもんな。
志筑と、美樹と。いつも一緒だった。でも二人とも死んだ。一人になったお前は辛いよな。
でもそれはもしかしたら、日頃の行いが悪いからだとは思わないか?
いや、鹿目、お前は立派だ。
優しいし、正しい。でもこうやってテロが続くとついつい思ってしまわないか?
世界は形を変えようとしている。だから俺達も生き方を変えなくちゃいけないって。
道徳を捨て、ルールを無視すればそこにあるのは野生みたいなもんさ。
そこに罪はない。ただ生きるか死ぬかだ。鹿目。俺はこれは始まりだと思ってる。
テロは続くし、もっと多くの人が死ぬ。そんな気がするんだ。俺は死にたくない。でも人間だ。
だからその上に、少しでも近づけないといけない。
「安心しろ。見つかっても助けてやる」
クライドは手を伸ばす。
「俺達は死なない。俺達は――、仲間だ」
まどかは目を見開き、そしてブルブルと震える。
そうだ、ずっと思っていた。さやかが死んだのも、仁美が死んだのも、全部まどかは自分のせいだと思っていた。
もっと強くなれば、もっと杏子やユウリのように割り切った面があれば、もっと切り捨てる勇気があれば。ずっとそう思っていた。
結局、怒られたくないだけだったのかもしれない。
悪い子だと睨まれるのが嫌なだけだったのかもしれない。
自分に言い訳がしたいだけだったのかもしれない。
魔女は、魔法少女。いい加減に目を背けちゃいけない。
そうか、そうだ――。
(わたし、人殺しなんだ……)
だから今更万引きなんて。
まどかは震える拳を握り締め、その手でクライドを手を取ろうと――
「よせ」
「!」
その時、ギュッと抱き寄せられた。
ウロバだ。まどかを抱きしめ、クライドを睨む。
「さっきも言っただろ、あんまいじめるなよ」
「俺は、別にそんなつもりじゃ……」
「無理をさせんな。いいかまどか、今のはクライドの考えでしかない。ボニーは共感してるけど、分からないなら分からないでいい」
「ウロバちゃん……!」
「お前にはお前のペースがある。無理に割り切ろうとしなくていい」
それを聞くと、クライドもボニーも申し訳無さそうに肩を竦めた。
「安心しろ。答えが出るまで傍にいてやる。クライドもボニーも悪いヤツじゃない。お前はお前のペースで答えを出せばいいんだ」
「う、うん。ありがとう仁美ちゃ――」
まどかはハッとしたように口を押さえる。
「ご、ごめ……ッッ!!」
「ハハハハハ!! いいよいいよ、気にすんな!」
掠れた声でウロバは笑った。そしてまどかと肩を組む。
「呼びたいなら呼べばいいって。でもな、一つだけ覚えててくれよな」
「?」
「オレ達は、友達だ!」
「う、うん!!」
まどかとウロバは笑い合い、そして歩き出した。
クライドとボニーも苦笑して歩き出す。ボニーは加速してまどかの背中を軽く叩く。
「私も友達!」
「うん!」
クライドはまどかに謝罪した。
悪かったよ鹿目。
ちょっとほら、俺もおかしくなってんだ。
いろいろあるからな。みんな。俺も友達が死んだ時は悲しかったんだよ。
親が死んだ時はやっぱり悲しかったんだよ。俺は人間だ。人間は弱いから、どうにも上手くいかないと、おかしくなっちまうんだよ。
ごめんな、まどか。
一方、サンバ教室。
「サンサン!」
「バババ!」
「サンバババーッ! サンババッババー」
「サンバババーッ」
「サーンッ!」
「サーンッッゥ!!」
「ォウサーンバサンバババーバ!」
「サーンバーサンバババババーッ」
「サン」
「バ!」
「イエスッサンバーッ! サンババーッ!」
「サーンバー!」
「サーンバァァァァ!」
「サンバッバ」
「サンババババーバー!」
「サンッ」
「バーッ!」
「サンンンン」
「バァァァァァァ!」
「ババババーン!」
俺……、何やってんだろ?
真司はちょびっと泣きそうになった。
「わあ! 猫ちゃんだ!」
ボニーの家に帰ると、リビングで黒猫がくつろいでいた。
「窓割れて、隙間できてるからな。そもそもボニーが餌撒いてるから野良猫とか野良犬がいっぱい来るんだよ」
「そうなんだぁ!」
「その猫、最近来てるヤツだよな」
ウロバはどっかりと座り、まどかは隣に座った。
すると黒猫がまどかの膝の上にやって来る。
「へー、人懐っこいな。名前つけてやれば?」
「え! いいのかな?」
「いいだろ? 首輪してないし、野良だよ」
「じゃ、じゃあ。えへへ、考えておくね」
ボニーの家は水道とガスは止まっているが、電気はあるようだ。
ボニーはソファに座ると、ノートパソコンを引っ張り出してオフラインのゲームを始めている。
そこでまどかは、ボニーが使っているパソコンに注目した。ボニーも気づいたのか、ニコリと笑ってパソコンを示す。
「あ、これ覚えてる?」
「うん、もちろん」
ボニーの家は見ての通りボロボロだ。
父親の借金と、母子家庭と言うこともあってかかなり苦しい生活だったという。
一方で見滝原中学校の授業には必要な教材が多く、それなりに金はかかる。中でもノートパソコンは生徒達が用意しなければならないため、負担も大きい。
ボニーはしばらくパソコンを用意することができなかった。
だから一人だけノートを使っていた時期もあった。
そうなると隣のクラスからだとか、いろいろな場所から、からかう声が聞こえてくる。
まどかも、ボニーが裏で『貧乏ちゃん』と呼ばれていたのは聞いた。だから、まずはさやかが怒ったのだ。
「許せん! こうなったら!!」
さやかは皆に相談して、ボニーにパソコンを買ってあげようと申し出た。
皆もボニーの事情は知っていた。豪快なさやかに引っ張られて、一人3000円ほど出し合ってパソコンをプレゼントしたのだ。
「これ、本当にありがとうね」
「ううん、いいの。大切に使ってくれて嬉しい」
すると奥からクライドがジュースを持ってきてくれた。
まどかはそれを飲んだ。たくさんお喋りをした。
居心地は、良かった。
「凄いな、本当になついてら」
まどかはウロバと共に布団で眠ることに。するとまどかの隣に猫がもぐりこんできた。
「わ、わたし臭う? 今日はお風呂入ってないから……」
「いや全然。むしろめちゃくちゃいい匂いする」
ウロバはまどかを抱きしめると、胸に顔をうずめる。
「むしろオレ、大丈夫か?」
「うん平気。凄く落ち着く」
嫌なことを忘れられる。考えないようにしてくれる。
両親は、みんなは心配してくれるだろうか?
それでも、平気じゃないのに平気と笑うのは辛いから。
「まどか。焦ることはない。お前にはお前の色がある。それを見つければいい」
まどかは無言で頷いた。
「汚い声でごめん」
「ううん、とっても綺麗だよ」
その日、二人は手を繋いで眠った。
一方その頃、サンバ教室。
「サンバビーッゼェアッッ! セイッ! セイッッ!!」
「アイルビーッサンバッッ!」
「ォウ、サンバ?」
「イェア! サンバ!」
「オーケーサンバ! サンバッ、レディイイイイイイイ!」
「ゴーッ!」「サンバァアアアアア!」
「ノーッサンバー!!」
「あッ、やべ! ごッ、ごめんなさい!」
いや、だってレディと来たらゴーだろう。
真司は首を傾げる。するとガチギレされた。
「ベリーッノーッッサンバ!!」
滅茶苦茶連呼される。
「プリーズソーリーサンバ!」
「そ、ソーリーサンバッッ!!」
「いやッ、城戸くん。謝る時は普通に謝ろうよ……!」
真司は帰る事を決めた。
二度と来るまいとも誓った。
翌日。まどかが目覚めると、黒猫がいなくなっていた。
そして、ほむらが迎えに来た。
「こんな所にいたのね。帰りましょう、まどか」
「ほむらちゃん……、どうして」
「携帯電話が捨ててあったから、その周囲をしらみつぶしに」
ほむらは涼しげな表情で髪をかきあげると、まどかに近づく。
が、しかし、足を止めた。まどかの前にウロバが立ったからだ。
「……待てよ。誰だお前」
「彼女の友人よ」
「それは分かってる。でもお前がまどかを連れて行く権利は無い」
「は?」
ほむらは不快感を露にしてウロバを睨みつける。
「何を言ってるの? まどかを返して」
「違う。まどかはまどかだけのモンだ。お前のもんじゃねぇ」
帰る選択を取るのかは、まどか本人が決めなければならない。
まどかはまどかの意思で、ココを出て行くべきだ。決して連れられてじゃない。
「貴女にまどかの何が分かると言うの? 彼女は優しい子よ。困らせないで」
「……だってよ、どうする? まどか」
ウロバがまどかを見ると、まどかはギュッと目を瞑って肩を竦めた。
そこへさらにクライドとボニーがやってくる。二人もまたまどかの前に立ち、ほむらとにらみ合った。
「久しぶりだな、暁美」
「元気そうだね、暁美さん」
「あなた達……」
「昔の名前は思い出したくない。コイツはボニー。俺はクライドって呼んでくれ」
ほむらは三人を避けてまどかの方へ向かおうとする。
だから三人は移動し、ほむらの前に立つ。
「ッ!」
舌打ちが聞こえる。それでも三人は怯まなかった。
「ごめんっ、ほむらちゃん」
「!!」
「わたしまだ帰れない。帰りたくない……!」
「ま、まどか――ッ!」
帰ればまた、戦いだ。次は誰が死ぬかなんて考えたくなかった。
「来てくれてありがとう。でもゴメン……、わたし、まだ、ここにいる」
「まどか! ど、どうして!」
身を乗り出すほむらだが、そこでウロバに止められる。
「だってよ。アイツの意思を尊重してやれ、お前友達なんだろ」
「ッッ」
ほむらは悔しげに表情を歪めたが、既にまどかは家の中に引っ込んでしまった。
こうなっては仕方ない。と言うよりもどうしていいか分からない。ほむらは仕方なく踵を返す。
なんだろうか、この凄まじい屈辱感は。
そうしていると、後ろで声が聞こえた。ウロバの声だ。
「へへ、まどかはアタシを選んでくれたみたいだな」
「―――」
ブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツ
「マドカマドカマドカマドカマドカ」
ブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツ
「ドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテ」
ブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツ
「ほむら、悪いが呪いの練習なら外でやってくれないか」
サキは額に汗を浮かべて、ガックリとうな垂れているほむらを見ていた。家に戻ってきてからずっとこの調子である。
まどかの居場所が分かったと連絡が入り、一人で帰ってきた時点で何となく想像はついたが、サキとしてもまどかの居場所は気になる。
改めて事情を聞くことに。
「―――、と、言うことなの」
「なるほどな。やはり心に深い傷を負っていたか」
「マドカマドカマドカマドカ」
「それ止めてくれ」
サキは大きく頷くと、一度膝を叩いて立ち上がる。
「どれ、仕方ない! 私が連れ戻すか!」
「ッ、できると言うの?」
「任せてくれ。キミは少々強引な所があるが、大切なのは北風ではなくて太陽だ。私のこの溢れるサンシャインが、必ずまどかを――」
「ごめんお姉ちゃん。わたしは戻れない」
「何故! どうして!! お姉ちゃんと一緒に帰ろうまどか!!」
サキは手を伸ばすが、まどかは背を向ける。
「ど、どうしたんだまどか。キミらしくないぞ……!」
「わたしらしいって何……ッ」
「え?」
「それで仁美ちゃんは死んじゃったのに――ッ!!」
「―――」
「マドカマドカマドカマドカマドカマドカ」
「マドカマドカマドカマドカマドカマドカ」
「マドカマドカマドカマドカマドカマドカ」
「マドカマドカマドカマドカマドカマドカ」
「……え? 何? 私呪殺されるの?」
美穂が美佐子の家に帰ってくると、撃沈しているサキとほむらがひたすらブツブツ何かを言っている。
話を聞くと美穂はははあと腕を組み、頷いている。
いろいろあるものだ。ただでさえ、難しい年頃なのに、そこに心に大きな傷を負った。
塞ぎこむのは無理もない話である。
「そっとしておいてあげれば?」
「いえ……、それでもやっぱり私は迎えにいくわ」
ほむらは立ち上がり、足を引きずりながらフラフラ玄関に向かっていく。
「大丈夫? ほむらちゃん。また追い返されたら貴女死んじゃうんじゃない?」
「それでも――……!」
ほむらは美穂の方を見ず、ひたすら玄関――、つまりは前を見ていた。
「それでも私には、これしかないから……」
ほむらはそう言ってマンションを出て行った。
美穂はショックでアイスのようにトロけているサキを見る。
どうやらずっとお姉ちゃんと慕われてきたまどかに、強い口調で物を言われたのがかなり堪えたらしい。
しかしそれが結果的にまどかに考える時間を与えるのならそれはそれで。
同じ傷ついた状態でも、ほむらのように前に進むのか、サキのように時間を作るのか。
どちらが正しいかなんて美穂には分からない。
「最近、大変ね……」
美佐子も毎日疲れたような顔をしている。
食欲もないらしい。なんでも猟奇的な動画をアップしている連中がいるのだとか。
魔女もある。ゲームもある。そして人間の事件もある。本当に大変だ。
美穂もガックリとうな垂れ、大きなため息を漏らした。
「これでよし」
まどかは近くのコンビニで猫缶を買ってきた。
後はこれを、あの黒猫にあげればいい。それに名前も決めたのだ。まどかはウキウキとしながら、その猫、エイミーを探した。
「エイミー? どこー? エイミー!」
そこでハッとする。
黒猫はまだその名前を聞いていないはずなのだから、反応してくれるわけもないか。
まどかは恥ずかしそうに頬を染めると、ひたすらに家の周りを探しまわった。
ウロバにも手伝ってもらい、しばらくは猫探しを続ける。
時間はある。ゆっくり探せばいい。そうしていると、まどかは河原にやってきた。
「あ!」
そこでまどかは、ボニーとクライドの背中を見つける。
ボニーはなにやら携帯のビデオを回している様だ。
「ねえ何してるの?」
まどかが話しかけると、ボニーは一瞬ギョッとしたような表情を浮かべ、クライドを見た。
「?」
まどかは釣られてクライドに視線を移す。
彼の手には――、なにか銃のような物が握られていた。
ベルトにはガチャガチャといろいんな物がついている。
たとえばペンチとか、ハサミとか、ピーラーみたいなものだったりとか。
まどかは思いだした。
クライドは機械を弄るのが得意らしい。
だから手に持っているボウガンも、自作したのだろうか?
「え?」
間抜けな声が出た。河原の向こうにヨロヨロと歩いているものがある。
犬だ。野良犬――、なんだろうが、まどかが知っている犬とは『形』が違った。
「ど、どうして耳が無いの?」
「俺がハサミで切った」
「し……っぽ」
「千切った。他にもペンチとかでいろいろ千切った」
「あ……、ぁ、あの、目は――?」
「上手いもんだろ。二つともボウガンで撃ち抜いたのさ。威力上げてるはずだから、脳にまで矢が届いているはずなんだけど、なかなか死なないなアイツ」
エッヒッヒ。
「――ッ!!」
まどかは猫缶を放り投げ、全速力で犬のところへ走っていく。
「酷いよッッッ!!」
気づけば、まどかは変身を済ませて飛行していた。
犬のもとへ一瞬で距離を詰めると、魔法を発動して治療を開始する。
思わず吐きそうになるのを堪え、助けようと試みる
しかしどうすればいいんだ? 治療はできても欠損した部分を修復するのは難しい。
それに目に突き刺さった矢を抜いてもいいものなのか。
まどかは青ざめ、全身の力が抜けていくのを感じた。
とにかく助けなければ。その一点だけを考える
だが必死に治癒の光を当てていると、また犬の頭に無数の釘が突き刺さっていった。
「え?」
「よしてくれ鹿目。撮影の邪魔だぜ」
放心しているまどかをよそに、クライドは犬の体を掴んで引きずっていく。
そしてもう一発、もう二発、もう三発ほど改造したネイルガンを撃ち、全身に釘を突き刺していく。
「鹿目。これも考え方だ。コイツ等は人の言葉を喋れない」
ボニーがクライドに近づいていく。そして虫の息になっている野良犬の様子をしっかりと撮影していた。
「人間だったら痛いかもしれないけど、コイツらにとってはそうじゃないかもしれない」
「――ぅ」
「ましてやコイツ等は野良だ。遅かれ早かれ保健所行きだろ。それにもしも子供でも噛んだらどうする? 悪い病気を持ってたら尚更だ」
「違う!!」
まどかは泣きそうな顔で叫んだが、クライドもボニーもうっすらと笑っていた。
「だからってこんな酷い事をしていい事にはならないでしょッッ!!」
「確かにそうかもな。でも仕方ないんだ。分かってくれ鹿目」
ポイエルチャンネル。
これが今、クライドたちの主な活動であり、同時に収入源である。
海外のサーバーを経由して、専用のサイトでひたすら動物虐待動画をアップしている。
メンバーはボニーとクライド。海老名と獅子神――、つまり今、まどかの前にいるクラスメイトの二人であった。
「ポイエルってのは財宝の天使からとった」
ボニーが家の周りに餌を撒いて『材料』を集める。
あとはそれに暴力の限りを尽くし、その様を撮影してアップする。
過激すぎる内容が退屈を感じていた人の闇に呼応するのか。それなりに視聴者はいるし、スポンサー代わりになってくれた人も多かった。
ましてや視聴者からの、"おひねり"も期待できると言う。
「酷いよ、こんなの酷すぎる……!!」
まどかはボロボロと涙を零しながら、息絶えた犬を見ていた。
一方でクライドは右手にボウガンを、左手にネイルガンを構えて笑う。
「冗談だよ鹿目。ちゃんと麻酔はしてるって。まああんまり投与すると動いてくれないから、少しは痛むかもしれないけれどさ」
「そういう問題じゃないでしょ――ッッ!!」
「どうしてだよ鹿目。どうして殺しちゃいけないんだ? えっへっへ!」
風が吹き、クライドの結んだ髪が靡く。
彼はジッと犬の死骸を見つめ、薄ら笑いを浮かべていた。
「牛や鳥も死ぬ。食うために刻まれる」
クライドはベルトから次の矢を取り出すと、それをボウガンに装填していた。
「話は変わるけどさ。なぜ人が人を否定することをやめないと思う?」
クライドはゆっくりと砂利の上に座り込んだ。
胡坐をかいて、空を見上げる。
「どこもあるよな。SNSとか掲示板でも皆毎日ケンカしてる。リアルでもそうだ、学校でも揉め事は多いし、あのリーベエリスだってそういう上下関係は存在してた」
そうだろ鹿目?
人は常に上に立ちたい。空から人を見下したい。
それは無意識に。余裕を得たいんだ。承認欲求、自己顕示欲、人が人であるために必要なものさ。
みんな持ってる、俺もお前もな。
「オレ達は動物を殺して、それを撮影して、アップして、それを見たやつ等が金をくれて。そういうサイクルは確かに悪であり――、罪なんだろう」
だがな、鹿目。
そうする事でしか俺達は、『上』の存在である事が分かれないんだ。
「歪んでると思うか? ごめん、俺病気なんだ」
でもな鹿目。動物を殺してるとき、動物が死んだとき、あいつ等の死体から蝶々が出てくるんだ。
綺麗な蝶は俺に教えてくれる。キミは、強いねって言ってくれるんだ。
「動画を見てるヤツらだって、少なからずそういう面はあると思う。弱い連中は、もっと弱いものを虐げることでしか強さを証明できない」
すると、ボニーは持って来ていたリュックを開き、中からエイミーを取り出してみせる。
息を呑むまどか。幸いと言うべきなのか、エイミーにはまだ傷一つない。
しかし例外はないのだ、クライドはこれより持っていたネイルガンやボウガンでエイミーを撃ち殺す。
「だめ、ダメッ! エイミーはわたしが……!!」
「悪いな鹿目。俺、猫アレルギーなんだ。あそこにいたいならソイツ殺させてくれ」
一瞬。ほんの一瞬、まどかの足が止まる。
しかしすぐに踏み込んだ。ディフェンデレハホヤー、庇う際に使うとまどかのスピードが上がる魔法だ。
エイミーを拾い上げると、まどかは一気に距離を取る。
「ごめんッ、わたしッ、エイミーが好きだから……!!」
「帰っちまうのか」
「本当に……、ごめん。でもやっぱりこんなの間違ってるよ!」
その時、まどかの足元に突き刺さる矢。
驚いたように視線を向けると、そこにはボウガンを構えたクライドが見えた。
「行かないでくれよ鹿目。俺達、仲間だろ……?」
「ッ」
クライドの目は寂しげだった。
ボニーは何も言わない。ただジッとまどかを見つめている。
訴えるように、試すように、ただジッと見ているだけ。
「鹿目詢子。鹿目知久、鹿目タツヤ」
「!!」
「こんな手は使いたくないんだけど、頼むよ鹿目。俺は子供は撃ちたくない」
ゾッとする。全身に真っ黒な闇が張り付いた。
つまり、脅しだ。まどかがいなくなればクライドはまどかの家族を狙いに行く。
何故? 何が一体そこまで? まどかは分からない。だが気づいた事もある。
そもそも、どうしてクライドやボニーはまどかが変身したのに平然としているのだろう?
「困るんだよ、お前にいなくなられると」
まどかは、その言葉の意味を『今の光景を他者に口外』するからだと思った。
しかしクライドの本意は違う。
「善悪の垣根が崩壊した中で、誰が俺達を守ってくれるんだよ」
クライドは、ボニーは、怯えていた。震える指が引き金を引く。
まどかは思った。来る、と。
そして焼きつくような痛みが走る。
膝の膝蓋骨ど真ん中に矢が突き刺さった。
「ァ! う――ッ!!」
まどかは後ろによろけ、後退していく。
いけない、エイミーを地面に降ろす。するとエイミーは走り出し、どこかに行ってしまった。
でもそれで良い。次はまどかの肩に、腹に、矢が刺さる。けれどもクライドは気づいていた。
刺さってはいるが血があまり出ていない。そういう所だぞ、鹿目、クライドは目を細める。
「凄いな、やっぱりお前は」
「ッ!」
「何があったんだよ。何でお前らにはそんな不思議な力があるってんだ? えっへっへ、それ、俺も使えるのか?」
「クライドくん、やっぱり……」
まどかはしりもちをついてへたり込む。
一方でクライドはネイルガンを構え、まどかの前に立った。
「そうだよ。覚えてる。俺も、ボニーも」
「!」
「あの日、学校はテロにあった。でもそれは爆弾とかそういう時限の話じゃない」
見た。そして覚えている。学校を襲った無数の化け物を。食われていくクラスメイトの姿を今もハッキリと。
そして何より、不思議な力で戦う少女たちを。
「鹿目、目を撃たれても平気なのか?」
クライドは薄ら笑いを浮かべながらネイルガンの銃口を、まどかの右目に向けた。
その時だ。全速力で走ってくる影。クライドが気づき、そちらに目を向ける。そこには鬼の形相で近づいてくるほむらがいた。
おまけにこの女。既に魔法少女に変身している。
「よお、暁――」
クライドの頬にほむらの拳が抉りこんだ。
ボニーの悲鳴が聞こえるなか、クライドは地面に倒れる。
しかしすぐに聞こえてきたのは笑い声。ほむらも気づいている、殴った時の感触が硬かった。
まどかが反射的にクライドの顔にバリアを張ったのだ。
「ダメだよほむらちゃん……」
「まどかッ、でも!」
ほむらはまどかの全身に刺さっている矢を見て、息を呑む。
我慢して。そう言うと矢を引き抜き、軽い治癒魔法をかける。
一方で倒れたクライドはまだ笑っていた。
「すごいなぁ、やっぱりお前らは。えっひっひ!」
体を起こすと、ネイルガンを連射する。
しかしほむらは盾でそれを防ぐと、跳躍で一気に背後にまわった。
そして蹴りでネイルガンを弾くと、襟を掴んで引き起こす。
クライドはすぐに蹴りで応戦しようとしたが、魔法少女の防御力に適う筈もない。
拳を打ち込んでも、蹴りを打ち込んでも、ほむらは涼しい顔をしているじゃないか。
「動かないで」
ほむらは回し蹴りでクライドの腿を打った。
凄まじい音がして、クライドの体が宙に浮き上がる。そのまま半回転くらいすると、肩から地面にぶつかっていく。
うめき声と、額に浮かぶ脂汗。少なくともほむらの華奢な体から繰り出されるパワーではない。
「がッ! ハハッ! グッぇヒハハッ!」
笑い続けるクライドを無視して、ほむらは盾から手錠を取り出す。
あとは流れるようにそれでクライドの手を拘束すればオーケーだった。
クライドだってもう理解している。体術の心得もない、ボウガンやネイルガンも少し弄っただけの玩具レベル。
そんな武器しか持ってないのに、まどかやほむらに勝てる筈はないと。
「うらやましいなぁ。羨ましいよ俺は」
呼吸を荒げながら、青ざめながら、それでもクライドは笑う。
「なあ鹿目。俺とボニーがどうやって生き残ったか……、分かるか?」
「ッ?」
「俺には力が無かった。あんな化け物には勝てない。友達は食われていくし、最悪だったよ」
助からない。ボニーも守れない。やりたい事はまだ山程あった。
「だから仕方ないよな、鹿目!」
「も、もしかして……!」
芝浦の仕掛けたゲーム、マトリックスにはルールがあった。
学校を出られるルールがあったじゃないか。
「そう、えっへっへ。俺は適当に見つけた三人の生徒を殺した」
ボニーの分も殺した。つまり6人殺した。先輩か後輩か、名前も知らない連中だった。
そして二人は光に包まれ、扉がある部屋に来た。前に並んでいるのは三つ扉。
クライドは察した。間違ったところを開けば死ぬと。
死に物狂いで考えた。
でも結局は直感しかない。扉を開くと、その向こうには10個の扉が並んでいた。
クライドは狂いそうだった。ボニーももう諦めて泣いていた。そして扉を開くと、その先には13個の扉が並んでいた。
それは『無』だった。クライドは何も考えず、扉を開いた。すると外に出られたのだ。
「俺は選ばれたのか。それとも見捨てられたのか、今でも分からない」
鹿目、俺は怖いんだ。
あんな化け物がいる世界がたまらなく怖いんだ。世界に怯えてる。
それに死ぬ理由だってある。6人も殺せば普通は死刑さ。死刑は嫌だ。俺は死にたくない。
だから病気のほうがいい。俺は病気がいい。
鹿目、俺はもうダメなんだ。
善も悪もない野生の世界に俺は生きてる。
だから世界は俺を殺していいし、俺は殺されても文句は言えない。
でも俺は嫌なんだ。死にたくないんだよ鹿目。でも俺には何の力もない。
ビビって武器なんて作ってみたけど、ご覧のとおりだ。
「毎日ブルブル震えてる。これが終わるには、俺が次のステージに行くしかない。お前らみたいな力がほしいんだ」
でも無理なんだろ。
それにその力があったらあったで、きっと面倒な事が待ってるんだろ。
「だからお前が俺達を守ってくれよ。頼むよ鹿目。じゃないと俺、多分お前の家族を傷つけちまう。必ずお前の周りに纏わり付いてしまう。やめてくれよ、そんなストーカーじみたことしたくないんだよ。でも俺は病気だからそうしちまうぜ。頼むよ鹿目」
え? そんな事しなくても守るって?
それはダメだよ鹿目。だってお前はみんなを守れなかったじゃないか。
見たぜ、お前がいるのに死んでいく連中を。だからお前はずっと俺達の傍にいて、俺たちだけを守ってほしいんだ。
でもな鹿目、きっと俺は病気だから、そのうちお前も怖くなっちまう。
だからいい感じになったらお前は自殺してほしいんだ。
頼むよ鹿目、家族が大事だろ? 猫を死なせたくないだろ?
「もういいわ」
ほむらはそう言って盾からピストルを抜いた。
サイレンサーがついており、撃っても周りにはあまり聞こえない。
「もういい」
ほむらは、銃口をクライドに向ける。
「やめろッッ!!」
しかし、サキの声が聞こえた。
なんだかんだ心配で見にきたらしい。脚力を強化して走ってくると、跳躍でさらに距離を詰める。
鞭を伸ばしてほむらの手を絡め取ると、そのまま腕を掴んで銃を落とす。
「離して!」
「無理だ! ほむら、キミは一般人に手を出す気か!!」
「仕方ないのよ! アイツは危険よッ!!」
言い合い、組み合って離れていく二人。
一方でまた新しい人物が河原に現れた。ウロバだ。猫を探していたのに、見つからなくて戻ってきたのだろうか。
「ウロバちゃん……!」
「まどか……ッ。おいクライド! なんだよこの状況は!」
「悪いウロバ。全部バレた。えへっへ」
「チッ! ッたく!」
ウロバは面倒そうに頭をかくと、まどかの前にやって来る。
「なあ鹿目。分かっただろ?」
しゃがみこみ、まどかと目線を合わせる。
「弱い生き物なんだよ、人間は。特にコイツらは」
「それは……、でも」
「お前だってこの短い時間で分かったはずだ。一見すれば非道な行為も、長い目でみれば誰かを救う手立てになる。そうしないと救われない人間がいる」
「………」
「アンタは不思議な力を持っている。でもクライドとボニーはそうじゃない。弱いんだ。なのに鋭敏な殺意を持ってる」
もったいないとは思わないか?
力があるまどかが燻って。何かができる筈なのに、何もしないなんて。
「もうそろそろ答えを出せ、鹿目まどか」
ウロバに言われて、まどかは肩を震わせる。
思い出す。悪意と思っていたことが、善意だと言われた時の事を。
クライドは世の中には怒りが必要だといった。じゃあ鹿目まどかにとっての怒りはなんなのか?
何も出来ない事――、かもしれない。
みんな死んでいった。クライドの言葉が胸に刺さる。
生き方が間違っていたとしたら? そうか、手塚やほむらのように、戦いを止めたいというスタンスは変えなくとも、もっと細部を変えることはできる筈だ。
「例えば、悪いと思った人は殺してもいいとか」
ウロバが先に言ってくれた。
言って、くれた。
言って……。
「え」
倒れていたクライドは見た。足。脚。
大きな脚が見えた。大きくて太い、随分グラマラスな脚が。
下半身だけ。鳥かごの魔女"ロベルタ"がクライドの傍にいた。
「怖いなぁ」
ロベルタはハイヒールを履いており、そのままクライドを踏みつけた。
腹に、ヒールが突き刺さり、クライドは大量の血を吐いた。
「ガハッ! ギヒッ! ゴフッ、こ、これが――ッ!」
足踏みを行うロベルタ。
ボニーの悲鳴をかき消し、ドンドンとヒールでクライドを刺し貫いていく。
「こぅいうのガッ! 嫌だったッッんッだよッッゥウァ!!」
クライドはグチャグチャになった腕を伸ばした。力が欲しかった。
全てを超える、新しい人間になれば、いつしか弱さは消え去り、そこには苦しみは存在しない。
抱えたニヒリズムは決して間違いでは無かったはずだ。
その時、クライドはヒラヒラと舞う蝶を見た。
『真の人類の進化形は、まだ遠い』
蝶は足裏によってかき消される。
クライドは凄まじい圧迫感を感じた。
ペチョリと音がして、息が出来なくなった。
(助けなきゃ――ッ!!)
まどかは思ったが、顎を蹴られていたため、衝撃で頭が真っ白になってしまった。
仰向けに倒れる。空だけが見える。クライドの悲鳴だけが聞こえる。
犬の鳴き声も聞こえてきた。さっき死んだ犬だろうか? まどかはそう思った。本当は犬の魔女ウアマンがほむらとサキに襲いかかっている音なのだが。
「オレ、志筑仁美に似てるだろ?」
ウロバはまどかのツインテールの片方を掴み、強制的に引き起こす。
言葉を失うまどか。一方でウロバはニヤリと笑っていた。
「そりゃそうだわ」
ダンッッ! と、一番大きな音がした。
ロベルタが足を上げると、靴裏にはペースト状になったクライドが張り付いていた。
ウロバは笑いながらまどかを投げる。するとその姿が光り輝き――
「だって志筑仁美なんだもん」
ユウリが姿を現した。
「フハッ! フハハハ!! アハハハハハハハ!!」
掠れた笑い声が耳を貫く。まどかは言葉が出なかった。何も喋れなかった。
一方でユウリは治癒魔法を発動して、『自分で潰した喉』を元に戻す。
「今回はちょっと張り切った。褒め称えてよ? 名アクター」
ユウリは自分で潰した目を元に戻すと、腕を組んで立ち止まる。
まどかは戸惑っていた。仰向けに倒れていると、ボニーが馬乗りになってきた。
そしてナイフを取り出すと、まどかの喉に突き刺そうとする。
「やめて」
本心だった。喉の前に防御魔法で結界を構築する。
それでもボニーは力を強めてまどかを刺そうとしていた。まどかの頬には、先ほどからボニーの涙がボトボト落ちてくる。
「またッ、こうなるの! せっかく助かったのに!!」
ちくしょう、ちくしょう、ボニーは何度もナイフを刺すが、全て結界に阻まれて適わない。
そのうちに刃がボロボロになり、それでもボニーはナイフをまどかに向ける。
「ねえ――、覚えてる? みんなでお金出してパソコンくれたでしょ?」
ボニーは思い切りナイフを振り上げ、そして振り下ろした。
「あの時ッ! どれだけ惨めだったかッ!!」
「!」
刃が砕けた。だからボニーは笑う。もう無理だ。勝てない。この化け物。
「嬉しかったけど、最高に嬉しくなかったッッ!!」
どうして、どうして……!
どうして!!!
「どうして私達ばっかりッッ!!」
「海老名ちゃ――」
銃声がして、ボニーの眉間に赤い穴が開いた。
「………」
ドサリと、まどかに覆いかぶされるようにボニーは死んだ。
銃弾が額を貫通していた。
「バキューン」
ユウリがリベンジャーを見せ付けていた。
まどかはゆっくりと立ち上がると、ボニーを寝かせて、開いたままの目を手で覆う。
「どうして?」
「安心しただろ? ぶっちゃけ。目障りなヤツ等が死んで。あるいはスッキリ?」
ユウリはまどかの心臓を指差す。
「お前のハートに宿った気持ちを分かってほしかった。はまだ自覚してないだろ? 我々が神に選ばれた13人だと言うことを」
だからこんなに頑張った。まどかは参加者だ。殺す対象である。
「そしてお前は絶望の魔女。どう? 絶望した? 結構頑張ったんだよユウリ様」
事前準備は念入りに。そして今がやって来る。
ユウリはまどかの価値観を刺激したつもりである。
クライド達はただの人間だが、面白い感性を持っていた。
怯えていたんだろう、全てに。だから全てに理由を求める。言い訳をつくる。
「どうする? 絶望する? それとも芽生えに従って参戦派になるか?」
どちらにしてもゲームは加速する。ユウリはそれを望んでいるからこそ、こんな面倒な事をしてまでまどかを狙ったのだ。
まもなくワルプルギスがやって来る。出来ればその前に終わらせたい。
ユウリ的には絶望してくれた方が助かる。
絶大な力を持っているまどかが魔女になれば、見滝原は一気に終焉のカウントダウンを刻むことになるのだ。
そうすれば全ての参加者がゲームを終わらせようと積極的になってくれる筈だから。
「どうすんのピンク。戦うの? 魔女になるの? どっちなの!?」
まどかは俯いたまま動かなくなった。
ずっと信じていたものが崩壊した。憧れの先輩が死んでからおかしくなった。
スーパーヒロインの魔法少女は魔女でした。
それが終わって、やっと希望が見えたのに。
それも全部まやかしだった。ああ、信じたわたしが馬鹿ですよ。
夢とか希望とか信じた人が馬鹿を見るんですよ。
まどかはもう、何も考えたくなかった。
もう信じるのも裏切られるのも嫌だった。
だから何も考えない。
「わかんないよ」
何も考えたくない。
「あ、そう」
だったらユウリは第三の選択肢を与えてあげるまでだ。何も出来ずに殺されると言う選択肢を。
まどかの体が浮き上がる。突如目の前に現れたリュウガが、まどかの襟を掴んで引き起こした。
そして拳を打ち付ける。まどかは頬を殴られ地面に激突、そのまま砂利を巻き上げて後ろへ滑っていく。
カードを抜く音が二つ聞こえた。
リュウガは一枚のカードをユウリへ渡す。
そのままリュウガはブラックドラグバイザーへカードを。
ユウリはカードを地面に投げてリベンジャーで撃ち抜いた。
『フリーズベント』『ストライクベント』
リベンジャーから火炎弾が発射されるが――、まどかは動かない。
炎はまどかの足を焦がし、そのまま石化させていく。
動けなくなったが――、動くつもりもなかった。
まどかはずっと空を見ていた。
向こうにはきっと素晴らしい国が広がっているのだろう。
そこで仁美に会える。さやかに会える。
リュウガが腰を落とし、その周りをドラグブラッカーが旋回する。
二つの龍口は、巨大な炎塊を発射し、まどかを消し炭に変えようと飛来していった。
だが、それもまた、裏切られる。
「まどか!!」
「!!」
まどかはハッとしたように顔を上げた。確かに見えた、庇おうと前に立ってくれた暁美ほむらを。
そしてスパーク。さらにほむらの前にサキが滑り込んで、背中で炎を受け止めた。
「ギャアアアアアアア!!」
サキから凄まじい悲鳴が漏れた。
だがこんな声を晒しても守りたいものがある。
サキは爆発に吹き飛ばされ、土手に激突。そのまま地面を転がって動かなくなった。
「あらあら、流石に魔女一体じゃ抑えきれないか」
ユウリが横を見ると、ウアマンが黒焦げになって転がっていた。
そのまま爆発を起こし、グリーフシードが自動的にユウリの手に吸い寄せられる。
「!」
とは言え、サキは既にユニオンでアドベントを発動していたらしい。
ブランウイングが駆けつけ、羽ばたきでユウリたちの動きを抑える。
それだけではなく、大量の白い羽が噴射されてまどか達の姿を隠す。
「しゃらくさい!!」
ユウリは羽を掻き分け、まどか達に銃弾を撃った。
しかしまどか達の姿が一瞬で消えて、さらに羽が散る。どうやら幻を見せる効果もあるらしい。
とは言え、あくまでも時間稼ぎだ。
だからほむらは、言いたいことだけを叫ぶ。
「お願い! 聞いて!」
まどかの肩を掴み、強く叫ぶ。
「貴女が今ッ、何も考えられないのは分かってる! それでも聞いてッ!」
「………」
「分からない事ばかりだけど、一つだけ確かなものがある! それはッ」
ほむらはまどかの目を睨み、叫んだ。
「私は貴女に死んでほしくない!!」
「!」
「私は貴女の友達でしょ!? だからッ、何もないって言うなら、どうかお願い!!」
私の為に――、戦って!
「!!」
ほむらは知っている。
それが、まどかの弱さなのだ。
馬鹿を見ると分かっているのに。絶対に苦しいって分かっているのに。後悔しか無いのかもしれないのに。行かないでって言ったのに。
「煌け……、純白なる――ッ、ヴァルゴ!」
傷つくのに、助けてと言えば助けてくれる。
ほむらは、そんなまどかが、大好きだった。
「!」
羽が消え去った。乙女座・ハマリエルが状態異常を全て解除する。
まどかは両足で立ち、ほむらの前に立っていた。
「バカなヤツだ、わざわざ姿を見せるとは!」
ユウリが腕を前に出すと、合わせるようにリュウガが走り出す。
凄まじい圧迫感だ。闇の壁が迫ってくる錯覚に陥る。しかしまどかは引かなかった。
リュウガが振り下ろした拳を、結界で受け止めると、前に進む。一歩踏み込んで、懐へ潜り込むのだ。
「ハァアア!!」
まどかは両手を突き出し、リュウガの胴体へ掌を押し当てた。
すると光が巻き起こり、奔流は螺旋を描いてリュウガを包み込む。
あっと言う間だった、光は球体状のバリアとなり、リュウガをラッピング。
さらに球体は不規則に高速回転。中にいるリュウガの平衡感覚を狂わせていった。
「えいッッ!!」
まどかが魔力を込めると、球体が掌から離れた。
それは最早、発射と言ってもいい。リュウガはユウリの元へ飛んでいき、そのまま直撃した。
「ぎょえァ!!」
巻き込み、倒れるリュウガペア。
その間に、まどかはほむらへ手を伸ばす。
「ごめんね、ほむらちゃん。そうだよね、酷いよねわたし」
ほむらは自分の事を友と言ってくれた。
だったらまどかが死ぬと言うことは、ほむらに同じ苦しみを味合わせるということだ。
お婆さんを騙しているのを知った時、ポイ捨てを見た時、万引きをしろと言われた時、犬に酷い事をしているのを見た時。
騙された時、そう言う時に覚えた締め付けられるような苦しみを、ほむらにも味合わせるかもしれないと言うことだ。
それは、嫌だった。
苦しくないほうがいい。
だからまどかは立ち上がった。
「一緒に戦ってくれる?」
「ええ、もちろん!」
二人は手を取り、確かに笑みを浮かべた。
だが一方でドタドタと激しく足を動かしながら近づいてくるロベルタ。
まずはほむらが盾からロケットランチャーを抜き、弾丸を発射した。
『!』
「えッ!」
しかしロベルタは向かって来た弾丸を、なんとサッカーボールのように蹴り返したではないか。
反射される弾丸。まずいと一瞬思ったが、そこでまどかの腕が見えた。
「大丈夫ッ! 任せて!」
結界が弾丸を受け止めると、同時に天使が現れる。
リバースレイエル。まどかの意思で弾丸が反射され、ロベルタに直撃した。
爆発が起こり、よろける魔女。しかし踏みとどまる。
だがまどかも動いていた。
ユニオンを発動させると、ドラグアローを召喚。
すぐに矢を放ち、ロベルタの太ももに矢を突き刺す。
すると矢柄が分離して、先端(鏃)だけが腿に埋め込まれる形となる。
「ほむらちゃん!」
「ええ!」
ほむらが取り出したのはグレネードだ。
それを投擲すると爆発。爆発の炎が腿にあった鏃、エネルギーの集合体に引火して凄まじい爆発が起きる。
黒焦げになり倒れるロベルタ。そのままはじけるように消滅してグリーフシードをドロップする。
「調子に乗ってんじゃねぇぞクソチビ共がァア!!」
立ち上がったユウリが吼えると、リュウガがユウリのツインテールの一つを掴んで思い切り振り回しはじめた。
衝撃的な光景だが、これが役に立つ。そのままハンマー投げのように飛ばされたユウリはリベンジャーを撃ちまくり、まどか達へ急接近していく。
まどかは結界を張って、ユウリを空中で受け止めようと試みるが、その前に殺気を感じた。
リュウガだ。まだ手にあったドラグクローから黒炎を発射してきたので、まずはそちらを止める事を優先する。
そうしているとユウリはほむらの傍に着地した。すぐに体術での応戦が始まるが――
「時間停止も使えない雑魚が! ユウリ様に勝てるかよ!!」
ほむらは身体能力のスペックが低い。
病み上がりの体に魔力を与えて底上げはしているが、それはユウリも同じだ。
そうなってくるとやはり差は出てきてしまうもの。すぐに蹴りを受けてしまい、よろけた所をさらに蹴り飛ばされる。
地面を転がっていくほむら。しかし炎を防ぎきったまどかが、入れ替わりで走ってくる。
睨み合うまどかとユウリ。距離が詰まっていく。
「鹿目ェエエ!」
ユウリは銃を撃ちながら前進しているが、まどかの結界が全てを防ぎきる。
お互いはもうすぐそこだ。ユウリの飛び回し蹴りが、まどかの振るったマジカルスタッフが、それぞれ交差していく。
結果は空振り。ユウリは激しく回転しながらまどかの背後に回る。
背中合わせ、それも一瞬だ。ユウリは蹴りを、まどかは結界を張って、またぶつかりあった。
「ウザイよそれ!!」
ユウリは飛び上がると、再びまどかの背後に着地する。
そこでまどかは思いついた。そうだ、このまま光の翼を生やせばユウリを弾き飛ばせるのではないかと。
しかしユウリはそれよりも早く動いていた。まどかの肩を掴むと、足を上げて、まどかの背中に靴裏を押し当てる。
するとハイヒールのように、踵から伸びた銃身。
ユウリの足裏から弾丸が発射され、まどかは衝撃で強制的に前のめりに。
そのまま四歩ほど歩いたところでお腹から地面に倒れてしまった。
「!!」
影。
見上げればリュウガがドラグセイバーを振り上げているではないか。
一瞬ゾッとするが、すぐにほむらが駆けつけてくれた。
振り下ろされた刃を受け止める盾。ほむらは重みに歯を食いしばるが、心配はしていない。
だって既にまどかが横にズレて弓を構えていたからだ。
「トゥインクルアローッ!」
「!!」
リュウガのわき腹に強化された光の矢が撃ちこまれる。
矢と共に後方へ吹き飛んでいくリュウガ。一方でほむらは既にまどかの背後に回り、マシンガンを撃っていた。
対峙するのはユウリだ。ほむらは盾でユウリの銃弾を防ぎつつ、マシンガンの弾丸で牽制を行う。
「チィイイ!!」
ユウリの動きが鈍ったのをほむらは見逃さなかった。
地面が揺らめき、電子音が鳴る。
ユニオン。アドベントで呼び出されたエビルダイバーは猛スピードで空を翔け、止まっていたユウリに直撃する。
「グアァアアア!!」
吹き飛ぶユウリ。
やった! ほむらは一瞬そう思ったが――
「ほむらちゃん! 気をつけて!!」
「!」
電子音が聞こえた。濁った電子音だ。
「大きいのが来るよッ!」
ファイナルベント。両手を広げて浮き上がるリュウガの周りを、ドラグブラッカーが激しく旋回する。
確かに感じる力の脈動。ほむらは思わず汗を浮かべ、後ずさる。
「大丈夫ほむらちゃん。わたしが止める」
「で、でも、大丈夫なのッ?」
「大丈夫。絶対に止める。だから――」
まどかの足が、震えている。
「だからほむらちゃん。傍にいて」
「!」
ほむらは強く頷き、まどかの肩に手を添えた。
「どこにも行かないわ。約束」
「ありがとう……!」
震えが、止まった。
まどかは強く息を吸い込み、そしてアイギスアカヤーを発動させる。
巨大な盾を持った天使がまどかの前に現れ、そこへドラゴンライダーキックが激突した。
激しい黒炎がまどかの盾を貫こうとするが、歯を食いしばり、ひたすらに魔力を供給させる。
ほむらはチラリとユウリを見た。
倒れたまま動いていない。気絶したのか。
ほむらはまどかに添えている手に力を込めた。
「――ァッ!」
まどかの声に焦りが出てくる。炎が盾を石化させていくのだ。
天使もまた石に覆われていき、盾は完全に石化してしまった。そうするとビシビシと音を立てて亀裂が走っていく。
ダメか? ほむらは覚悟するが、まどかの目はまだ死んでいなかった。
「――れッ」
確かに、まだ分からない事だらけだ。
どうでもいいと思ってしまうところもある。
けれど、それでも、一つだけ自分のために思うところがある。
もう、誰かが苦しんでいる姿は見たくなかった。誰かが苦しむと、自分も苦しいから。
「だからッ、止まれェエエエエエエッ!!」
「!!」
石がはじけ飛び、中から新しい盾が出てきた。
魔法の更新といえばいいか。アイギスアカヤーの再使用を行い、まどかは吼える。
ありったけに想いを乗せる。それに呼応して巨大化していく防御壁。盾からは美しい桃色の光が溢れ、リュウガを覆い尽くす。
「――ッッ!!」
リュウガの炎が――、消えた。
足が盾に張り付いたまま、動きが止まったのだ。
それはつまりドラゴンライダーキックの終了。
まどかの盾が、リュウガのファイナルベントを受け止めた証拠だった。
「でもッ!」
「!」
「甘いィイ! ガムシロップにお砂糖ぐちゃ混ぜて、ケーキにかけたくらいにッ!」
ユウリが立ち上がり、笑っていた。
彼女が倒れたのは、クライドの死体の傍。
だからこそボウガンを拾うことができたし、まどかがリュウガと競り合っている間に魔法の力をチャージすることもできた。
ボウガンの先端には、三角形の魔法陣が張り付いている。
「イル・トリアンゴロ!!」
ボウガンから魔法の力を纏った矢が発射された。
銃弾よりも貫通力を高めてある。ちょっとやそっとの盾じゃ貫いておしまいだ。
「まどか!」
ほむらは反射的にまどかを庇うように立った。
しかし、やっぱりまどかと言う少女は、ほむらを後ろに引き寄せて自分が前に出てしまうのだ。
「―――」
天使を呼ぶ時間は無かった。
バリアを一応と重ねて張るが、矢はそれを全て貫きまどかの前に来た。
ほむら叫ぶ。間に合わない。まどかはせめてもの抵抗に腕をクロスさせて盾にするが――。
「………」「………」「………」
まどか、ほむら、ユウリはポカンとしている。
矢は、まどかを貫くことは無かった。腕で止まっている。
その時、何かが割れる音がして、破片が落ちていった。ほむらはそれが腕時計の破片である事に気づいた。
そうだ、矢は腕時計を刺して止まっていた。
「何ッ!? 何で!?」
貫通力と威力を上げた矢が、ただの腕時計にせき止められる筈は無い。
ユウリは汗を浮かべて目を見開いている。しかしその時、まどかの腕に小さい天使がしがみついているのが見えた。
まどかも意図していない召喚だったのか? 戸惑いがちに魔法名を呟いていく。
「ポイエル……、プロバティオ」
財宝の天使ポイエルが与えた力。
それは『物』を強化させる魔法だった。
だからこそ、ただの腕時計の強度が極限まで強化され、矢を防ぐ盾になったのだ。
いや、それは分かったが、気のせいだろうか? 誰もが一瞬それを見た。
まるでまどかを守るように両手を広げた光のシルエット。
あれは間違いなく、志筑――……。
「そこまでよ!!」
「!!」
ユウリが振り返ると、そこにはファムとライアの姿があった。
どうやらほむらがトークベントを使用して助けを求めていたらしい。
さらに上空からはナイトが現れ、リュウガを抑えるように切りかかっていった。
「大丈夫まどかーッッ!!」
「かずみちゃん!」
かずみはまどかに駆け寄ると、体中をペタペタ触り始める。
「怪我は無い!?」
「あ、あははっ! くすぐったいよ!」
「ムムムム!」
ひとしきり触り終わると、敬礼を行う。
「異常なし!!」
表情を歪ませるユウリ。これは、まずい展開だ。
そして最後に、龍に乗った男が姿を見せる。
「まどかちゃん! 遅くなってゴメンッ!」
「真司さん!!」
龍騎の登場だ。
同時に、地面を殴りつける音が聞こえた。
ユウリだ。表情を歪ませてリュウガを消滅させる。
「今回は退いてあげる。でも次はそうはいかない」『アドベント』
ズライカを呼び出すと、大量の闇を発生させて体を覆い尽くす。
「チャオー」
闇が晴れると、そこにはもうユウリの姿はなかった。
一同はすぐにクライドたちの死体を発見し、美佐子へ応援を頼んだ。
騎士達が話し合っている中で、まどかは力なくへたり込む。するとどこからともなく、エイミーが駆け寄ってきてくれた。
「ずっといてくれたの……!?」
すると、ほむらの手が肩に触れる。
「見て、まどか」
「ッ?」
ほむらはエイミーを。騎士達を。そして魔法少女達を見る。
みんな『何か』は抱えているだろうが、まどかが危ないと聞いて駆けつけてくれた。
「あなたの存在を望む人が、最低でもこれだけいるのよ」
「……!」
「それは、忘れないで」
「うん、絶対に忘れないよ。本当に、本当に――、ありがとう」
抱いているエイミーの温もりが染みる。
まどかはふと、タバコの吸殻が落ちているのを見つけた。
まどかはエイミーをほむらに預けると、その吸殻を拾い上げた。
捨てるために。
「まどかちゃん! 見てほしいものがあるんだ!」
「なに? どうしたの真司さん」
「俺っ、ずっとまどかちゃんを励ましたくて! それでたどり着いた答えがこれなんだ!」
「本当? なになに!?」
「行くよ! サンバッ! レディイイイイイイイイイイ!!」
『次のニュースです。見滝原でサンバ教室を開いていた男が逮捕されました。警察は男がサンバ未経験者であるにも関わらず、サンバーマスターと名乗り、レッスン費用を違法に徴収していたとして広告詐欺――』
真司は何もせずに帰っていった。
まどかが首を傾げていると、入れ替わりでサキが部屋にやって来る。
「どうしたんだ真司さん? 真っ白だったぞ」
「わかんない。心配だね」
「それより、いろいろ回ったんだが、すまない、やはりどこの店も――」
「あ、いいのいいの! ごめんねお姉ちゃん」
と言うのも、サキはバラバラになった時計の破片を集めて、修復できないかを聞いて回っていた。
しかし流石に損壊が激しく、足りないパーツもあるとの事だったので、どうやら不可能のようだ。
「これは、もういいの。しまっておこうと思って」
「いいのか?」
「うん。これがあると、どこか甘えちゃうから。それにもう仁美ちゃんはいない。その事から逃げちゃいけないって思ったから」
まどかは時計の破片をケースにいれると、もう一度お礼を言ってベッドの下にしまった。
あの時、あの瞬間、まどかはポイエルを呼んでと言われた気がした。その声は間違いなく、仁美の声だった。
もちろんそれは幻聴であり、幻覚であり、全ては幻だ。
けれどもいつかまた、このケース開けたくなる日がくるかもしれない。
そうであったならばあの時の幻聴を思い出そうと思った。
「わたし、頑張るね。だから応援しててね仁美ちゃん」
まどかはケースをしまうと、立ち上がって微笑む。
「頑張って、戦いを止めるからね」
ポイエルの証明 END
「じゃあ、よろしくお願いします」
「はい。必ず幸せにしますから」
まどかとサキ、そしてほむらは去っていく車に頭を下げていた。
「良かったな、エイミーの貰い手が見つかって」
「うん。あの人たちなら大丈夫。安心だね」
そこでほむらは少しモジモジしながら、視線を外した。
「あの猫、最後に鳴いてたわ」
「そうだね」
「ありがとうって、言ってる気がした」
まどかは一瞬キョトンとしていたが、すぐに満面の笑みをほむらに向ける。
「うん! ありがとうほむらちゃん!」
「へえ、キミも気を遣えるんだな、ほむら」
「どういう意味かしら浅海サキ……」
ほむらはサキをジットリと睨みつけ、サキは汗を浮かべて目を逸らしている。
まどかはふと、もう一度走っていく車を見た。
車はエイミーを乗せて、見滝原を出て行く。
エリアを隔てる壁がまどか達だけには見えている。
決して出られぬ牢獄、しかしまどかは恐怖しない。
むしろ意を決したように目を輝かせると、踵を返して前に進んだ。
「………」「………」
サキとほむらも同じ気持ちだった。
なんだか最近、風が強い。
(ライダー)(今年から顔文字これでいくかな……)
あとちょっと説明を。
クライドもボニーも、下宮と同じで一応モデルはいます。
説明もいれましたが、それぞれまどかのクラスメイトのモブキャラです。
ボニーは『貧乏ちゃん』って言うネタで海外勢が盛り上がったみたいですな。
ただまどかはモブがハッキリ定まってるようじゃないので、カットによって座ってるヤツが変わってます。
一応今回は、映画版の座席を参考にしてます(´・ω・)b