仮面ライダー龍騎&魔法少女まどか☆マギカ FOOLS,GAME 作:ホシボシ
※注意
今回の番外編は非常にクセが強いです。
自分で書いておいてなんですがオススメできません。
一番の理由として、激しい暴力描写と、性をイメージさせる描写がたくさん出てきます。
詳しくは描写していないのでR-18と言うわけではありませんが、それでもそれなりには直接的です。
他に書いたヤツを視てくれている人がいれば、『虚栄のプラナリア』を想像してください。あんな感じです。
と言うかそもそもこのお話がプラナリアのプロトタイプみたいなものです。
とにかく、15歳未満の方は読むのを控えてください。
これまた自分で言うのもなんなんですが、かなり気持ち悪い話になっています。
ただその中でで、少しだけ美しいものを書いたつもりなんですが――。
主な注意書きは以下の通りです。
・本編81話までのネタバレがあります。
・激しい暴力描写、グロテスクなシーンがあります
・龍騎キャラ×マギカキャラの恋愛描写、性描写があります。ガチ恋勢、特定のカップリングに強い拘りのある方は注意してください。
・当然ですが、実在の人物とは何の関係もありません。
プラス、あとがきにちょっとしたおまけがあります。
このイグザードプロンプトは小説版仮面ライダー龍騎を参考にして作ったのですが、それについて少し語ってます。
あともう一つ。
キャラ紹介のThe・ANSWER編を更新するって言ったんですが、編集がかなり面倒なので、もっと後にしようかなと思っておりますん。
もしも視たい人がいたら言ってくだせぇ。そしたら、もっと早めにアップします。
フールズゲーム イグザードプロンプト
初めて勃起したのは、猫を殺した時だった。
この手で柔らかな首を絞めていた時、僕の熱情が興奮と変わり、下半身を固くしたんじゃないかな。
よく、分からない。僕には『性』がよく分からない。だから教室でクラスメイト達が女の人が裸になっている本で盛り上がっているのを見ても、全く理解できなかった。
授業で一度受けたことがある。僕らは今、とても多感な時期らしい。
だからそういう事に興味が出るのは当然の事なんだって。
でも、僕にはよく分からない。なんでなんだろう?
ネットでそういう動画を見ても、僕は全く興奮できなかった。
ただ裸の男女が交じり合う、ただそれだけじゃないか。むしろ、僕には、不愉快、かも。
「………」
東條悟は爪を噛んで気を紛らわせた。
視界の端にはアダルト雑誌を見て盛り上がっている男子グループが見える。
中学生ならば興味がある話、特別珍しい光景ではない。しかし東條にとっては不愉快以外の何者でもなかった。
そう、『性』は不愉快だ。
たぶん、それはきっと、性と言うのは愛に近い存在だからではないだろうか。
東條は今、愛と言う存在が一番理解できないものだった。
そうだ、愛されていないと理解したのはいつからだったろう?
きっかけは好奇心だった。
東條の両親はいつも忙しく、二人揃って家を空ける日は珍しくなかった。
時には何日も家を空ける事も珍しく無い。誕生日を一人で過ごした時もある。
しかし東條は気にしなかった。両親がいない事は寂しいが、それは自分のためだと説明されていたからだ。
『悟ちゃんのためなのよ』
『お前の将来のために、パパとママはお金を稼いでいるんだよ』
愛されている証明があったから、東條は耐えられた。
友達がいなくても耐えられた。一人かくれんぼも、一人鬼ごっこも、愛があるから耐えられた。
しかしある日、東條は知った。父にはどうやら愛人がいる様だった。
父は母だけに見つからないように気をつけていたんだろう。
東條に対しては警戒心が薄かった。だから携帯を晒してしまう。
メールがあったのだ。
そこにはこの前のホテルがどうとか、プレゼントにもらったバッグが嬉しかったとか、ゴチャゴチャした絵文字が沢山あった。
しかし今日日、不倫と言うものは特別珍しいものではない。
東條は冷静だった。
少し驚いた事といえば、父の不倫相手にはどうにも子供がいる様だった事だ。
連れ子なのか、自分の子かは知らないが、この間はマサルとキャッチボールがどうのこうの。
東條は父親とキャッチボールをした記憶は無かった。
東條は冷静だった。
しかし、父のことは好きではなくなった。
東條はある日、サプライズを仕掛けた。
母の誕生日。母には、友達の家に泊まると告げて、東條は家の中を暗くして待っていた。
手にはプレゼントに買った薔薇の花束。ケーキは用意できなかったが、幼いながらに喜んでくれたらと期待していたものだ。
しかし一つ、予想外の事が起こってしまう。
母は帰ってきたのだが、誰かと一緒だったのだ。声からして父ではない。
驚いてしまって東條はつい逃げ出してしまった。
戸惑う中で逃走ルートは限られてしまい、結局母の部屋のクローゼットに隠れた。
一緒にいた男の人は誰なんだろうか?
気になりはしたが、なんだか出辛くなってしまい動けなかった。東條は内気な性格で、人見知りも激しかった。
するとしばらくして物音。クローゼットにあった僅かな隙間から東條が外を確認すると、母が見知らぬ男と裸でまぐわっていた。
一瞬、東條には何が起こっているのかがわからなかったが、彼は頭が良い。
理解まではそう遅くは無かった。
父の事を知っていたからなのか。それとも家に寄り付かない父に愛想を付かしたのか。
母もまた、別の人間を愛していたようだ。声が――。嬌声に混じり、言葉が耳を貫く。
別れなくていいから傍にいて欲しいらしい。男には子供がいるらしい。
それでも母は良いらしい。母は男を愛しているらしい。
母は、男の子供を愛しているらしい。
『私が本当に愛しているのは――』
東條は、母へのプレゼントである花束を抱きながら、耳を塞いだ。目を閉じた。
全てが不快だった。東條はただ全ての感覚を閉じて、全てが終わるのを待った。
「………」
気づけば朝が来ていた。
目を塞ぎ、心を落ち着けた結果。東條は眠ってしまったらしい。
人の気配はない。東條が外に出ると、既に二人は場所を移しているようだった。
家の中には誰もいない。
リビングに向かうと、母が『友人の家から帰ってくると思っている』東條のために置手紙を残してあった。
虚構の文章を見ると、淡々と手紙を破り捨てる。
そして家の外に出ると、悪臭を放つ花束を川に投げた。
赤い花びらが少し、空を舞う。それを東條は無表情でジッと見ていた。
東條は冷静だった。しかし、母の事は好きではなくなった。
時間が経つ。
東條は愛された。しかしその愛が本物ではないことは東條が一番知っていた。
父と母は知らない。あなた達の携帯にハッキングアプリがある事を。
そして東條があなた達のメールや写真を確認している事を。
東條は知っていた。
二人が放つ愛は偽者だと言う事が。
なぜならば二人にはそれぞれ別の家庭があるからだ。
戸籍や法律を超えた、本物の愛がそこにはあるんだ。
だから、きっとそれが理由で東條は猫を殺した。
東條はいつも一人だが孤独ではなかった。なぜならば親が与えてくれた一匹がいたからだ。
いつも一人と一匹は一緒だった。
東條は寂しくなかった。
寂しくなかったが、怖くなった。愛は、偽りに変わる。
時間があれば、きっと、いつか変わってしまう。だからだろうか? 東條は猫を殺した。
唯一の味方が味方じゃなくなるかもしれない恐怖。
そうだ。怖い、怖かった。だから、殺した。
暖かな命が自分の手で消えていく瞬間、何故か、勃起していた。
それが最初で最後だった。
しかし東條は気にしない、EDなど生きていく上でどうでも良い病だ。
「………」
爪を噛む力が強かったのか。指の皮膚が千切れ、血が滲み出る。
少しだけ眉を動かし、東條はティッシュで血を拭う。
クラスメイトは相変わらず盛り上がっているが、東條は彼らを心の中で見下していた。
あんな下らない物でよく盛り上がれるものだ。裸体も、嬌声も、ただ不愉快なものでしかないと気づけば、彼らはもっと賢くなれるのに。
「………」
東條は無言だった。当たり前だ、話す相手がいない。
クラスメイトも誰も東條を見ない、話しかけない。東條は空気だ。皆、誰も、東條に興味がない。
いてもいなくても問題ない。必要があれば話しかけるが、そうでなければ触れ合わない。
ふと、目を横へ向ける。少女達も盛り上がっていた。しかしもちろん男子とは違う話題である。
一人の少女が紙を丸めたボールを投げた。
それは別の少女の頭にぶつかる。すると笑い声。
どうやら当てた部分でポイントを競っているらしい。
酷い事をする人がいるものだ。東條はそう思いながら読書を開始した。
「――ぅ、ぁ」
きっかけは、分からない。
きっとコンビニだったと思う。私はノロマだから、トロイから、モタモタしてるから、後ろに人が並んでいると気持ちが悪くなる。
だからまた、焦って、小銭落として、モタモタ。
早くしろ。早くして。聞こえる声が気持ち悪いけど、体が熱くなって。
馬鹿、馬鹿みたい、早くして欲しいなら手伝ってよ。
なのに誰も、見てるだけ、馬鹿、アホ、間抜け。
屑ばっかり。店員も動かない。屑店員。首になれ、クソバイト。
次の日、私を睨む馬鹿。
誰コレ、知らない。クラスメイト? 覚えていない。
まあいいや、アンタは少女X。
『アンタのせいで遅刻した!』
デート前に、コンビニ、私のせいで遅刻、喧嘩、別れた。
知るか、馬鹿。お前も手伝えばよかった。リップなんて前の日に買っておけよ、カサカサ唇でもいいじゃん、喧嘩してってお前のせいじゃないか。
でも、私は、言えない。
『声ちっちぇよッ! はっきり喋れよ!』
焦る。焦る。だから、私は――。
『ご、ごごご、ごめんなさぃ』
たぶん、きっと、理由ソレ。
私はいつもこう。言いたいことも言えなくて、心の中で思うだけ。
あの人にだって、ずっと駅で見てるだけで、話しかける事もできない。
可愛い人、きれいな人、優しい人。友達になりたかった。
きっとあの人なら、私を受け入れてくれる筈。
なのに、怖い、だって向こうはお嬢様、私はこんなにも――。
痛い、ムカつく。死ね、死ね、シネ、シネシネシネ。
「……いて」
呉キリカは反論しなかった。
抵抗しなかった。馬鹿の玩具になる事に嫌悪しながらも改善を求めなかった。
優しさ? 弱さ? 分からない。しかし一秒でも早く終わってくれる事をいつも思うだけだった。
人には、才能がある。キリカにはその才能が無かった。
なんの? 分からないが、とにかくキリカは何をしても上手くいかなかった。
勉強、スポーツ、人付き合い、全て頑張ってきた筈だが、どうやらキリカにはその才能は無かったようだ。
やればできる子という言葉があるが、どうやらキリカはやってもできない子だったらしい。
キリカは思う。私のせいじゃない。せいじゃない。せいじゃ……、ない。
きっとこうなったのは、昔。過去。だって昔はうまくいってた。
明るい子って言われてたし、それに、だって、あの子、あの子、私の、大切な、昔の。
違う、ああ、違う。
友達なんて、いない。いらない。
「………」
東條は読書をしながら、考えていた。
学校とは――。いや、もっと言えばクラスとは一つの国家だ。
力ある者がキングとなり、他者は王が示す力に屈服し、忠誠を誓う。
キリカをいじめているXと言う少女は間違いなく王の器であると東條は知っている。
美しさは人をひきつける武器だ。
Xは顔で言うなればクラスでも相当上位に入るだろう。
明るく、活発で、周囲にもよく話しかけているし、人気もある。
その少女がキリカをいじめると言うのだ、多くの者が賛同するに決まっている。
もしくは、自分が標的にならないようにと思っている者もいるだろう。
踏み絵と同じだ、支配は絶対であり、どうやって回避するかを皆考えている。
キリカは王の気分を害した罪人だ。裁かれるべき存在である事は確かだった。
クラスの男子が女子の会話に加わり、紙くずをキリカに投げる。肩に当たった、確か肩は三ポイント。
キリカは何をしているんだろう。
ずっとモゾモゾ動いているだけ。東條は目を細める。
なるほど、わかった、机の上に掛かれた落書きを消しているのか。
馬鹿、アホ、ブス、シネ、定番のものから卑猥なものまである。
ウンコ、チンコ、マンコ。ヤリマン。
「………」「………」
偶然にも、キリカと東條の思っている事が重なった。
((下らない))
しかし、これが世界なのかもしれない。東條は日が進むにつれてそう思う。
体育の時間、キリカはバレーボールを体に受けて倒れていた。それを見て笑っているXや他の男子。
成程、この時期の子供達は多感な時期であると散々言われてきたが、その尤もたるところが自己の確立だ。
スポーツ、勉強、ゲーム、漫画やアニメでも言える事だが、戦いは無くならない。
なぜか? それは『勝利』こそが人間に最も快楽を与えるものだからだ。
(人よりも優れている事を実感する事こそが、僕らに与えられたアイデンティティの確立……)
存在する事の意味を確立する快楽。
SNSで誹謗中傷が終わらない理由は簡単だ。
それは人を傷つける事は、最高に気持ちが良いからに他ならない。
誰かを攻撃する事は最高に気分がいいんだ。
(呉さんは悪魔のルーレットに選ばれただけにしか過ぎない)
昼食の際にはXの仲間がキリカのカバンを漁り、パンを奪っていた。
そして困るキリカを見て笑っていた。東條はそれを見ながら無表情で母が作った弁当を食べていた。愛情が入っていなかったので、あまり美味しくは無かった。
しかし改めて思う。
キリカには気の毒だが、キリカと言う生贄がいる事でこのクラスは一致団結している。
ならばそれは良い事なんだろうか。
声が聞こえる。キリカの筆箱をどこに隠そうか、みんな楽しそうだった。
キリカをいじめている子はみんな笑顔だ。
みんなが一つの目標に向かって協力しあっている。これが、青春なんだろうか。
「………」
青春か。
そういえば、父の愛人の子が小学校に行くらしい。
父はランドセルを買ってあげると、嬉しそうにメールで書いていた。
「………」
東條は無言だった。東條は冷静だった。
東條の心は、自分でも驚くくらい冷静だった。
放課後、キリカは下駄箱に詰め込まれていたゴミを取り除いていた。
いつも同じだった。ノロマなキリカはいつも三十分くらいかけて下駄箱の中を綺麗にしている。東條はそんなキリカを通り抜けて帰る。
しかし、今日は少し違っていた。帰ろうとした時、少女Xが東條に話しかけてきたのだ。
「ねえ、東條くん。今日は一緒に帰らない?」
「………」
「みんなでさ、一緒に帰ろうよ。みんな東條君のことが知りたいって――」
「匂い」
「え?」
「薔薇の匂い、しないかな?」
「あ、ああ。うん、私のシャンプーじゃないかな。良い匂いでしょ」
「臭いな」
「え?」
「キミ、あの、ちょっと臭いんじゃないかな?」
「な……ッ」
「僕、たぶん、キミの匂い嫌いかも」
ポカンと突っ立っているXを素通りして、東條はキリカの隣にやってきた。
「コレ」
「……ぇ」
東條はキリカに、筆箱を差し出した。
「ゴミ箱の掃除してたら、出てきたから」
「あ――」
「ジュースまみれで、臭い。変えた方が良いかも」
「……むり」
「なんで」
「また、汚れる」
「あ、そう」
東條は頷くと、キリカの隣について、下駄箱の掃除を始めた。
「え……! え、え?」
「キミ、遅いよ。こんなの全部捨てればいいんじゃないの」
「なんで」
「いらないでしょ。使うのかな、呉さん」
「ちが、くて、だから、なんで」
「なにが」
「て、て、手伝う、ここ、ここっこ、コッ」
「鶏のマネしてるの? 似てないよ」
「ち、ちがッ、だから、どうして手伝ってくれる――、のっ、て?」
「ああ、だって、僕嫌いなっちゃったかも。あのX」
臭い、不快だ。
薔薇の匂いは、好きじゃない。
「あ」
下駄箱の奥に、スズメの死骸があった。
傷が不自然だ。なるほど、石をぶつけて殺したのか。
「生き物を傷つけるなんて、最低な人のする事だよ。僕には理解できないな」
東條はスズメの死骸を玄関の端に捨てると、そのままカバンを持って帰ろうと。
「あ、あ、あ」
「なに?」
「お、お墓とか、作らないの?」
「なんで? なんの」
「す、スズメ、さん」
キリカが拾い上げたスズメを、東條はその手を弾くことで、再び地面に落とす。
「いらないよ。だってもうそれゴミじゃないの? 汚いし、臭いし、適当に捨てておけば学校の人が処理してくれるんじゃないかな」
そこで東條はハッと、足を止めた。
そして立ち尽くすXに向かって一言。
「いじめって格好悪いんだって。やっちゃいけないって先生も言ってたよね」
「ッ!」
「下らないよ、キミ達。じゃあ僕はもう帰るから」
東條は家に帰った。
翌日、学校に来ると、東條の机の上に大量の落書きがあった。
『偽善者』『キモイ』『シネ』『キリカのセフレ』『消えろ』
「なにこれ」
クスクスと笑い声が聞こえる。
キリカを見ると、彼女もまた落書きを消していた。
黒板の方には相合傘に東條とキリカの名前があり、それが無数に書かれていた。
丁度その時、どこからともなく声が聞こえる。
「呉ブスの彼氏とうちゃーく!」
拍手と嘲笑の中、東條はため息をつくと、黒板に書いてある相合傘を消していく。
「僕らはそんなんじゃないよ。なにか、勘違いしてるんじゃないのかな」
もうやめなよ、こんな事。
東條はそれだけ言って机の落書きも消すと、読書を始めた。
すると数人の男子がやって来る。
「呉の事。好きなんだろ」
「なんで」
「照れんなよ、あんな暗いやつのどこがいいんだよ。って、お前も暗いか」
「ねえ、もうやったの? ねえ、教えてよ東條くん」
「くだらないな。キミ達、頭がおかしいんじゃないの?」
「図星だからって焦んなよ! なあー、みんな! 東條が呉とヤりたいって!!」
教室に笑い声が響く。明るいクラスだった。
女子達がキリカを掴んで東條の傍にやって来る。
「ねえ、呉さん、東條君の事が好きなんでしょ?」
キリカは首を振った。必死に首を振っていた。
また笑い声が聞こえる。楽しいクラスだった。
「恥ずかしがらなくてもいいのにね。お似合いだよ、キモイ人同士さ。わたし達応援するよ。ねえ皆!」
拍手と歓声が。
その中で、一人の少年が声をあげた。
「お二人さん! キスはしたのかい!?」
笑い声。
「ないなら、ファーストキスみたい!」
拍手。
東條の頭が掴まれた。キリカの頭が掴まれた。
「キース! キース!」
声が重なる。鳴り止まないキスコール。鳥も謡い、ヒラヒラと蝶も舞う。
その中で強制的に近づいていく東條とキリカの顔。
何が起こるのかを理解したのか、キリカは青ざめると、珍しく声を張り上げた。
「ち、違う! 本当に東條君とは何も無い、からッ! 違う!!」
「あ、そう。じゃあ誰と付き合ってるの?」
「だ、誰とも、違う!」
「へー、じゃあ私がピッタリの人連れてきてあげる」
そう言うと少女Xはゴミ箱を漁り、一匹の虫の死骸を取り出した。
悲鳴が上がる。それは本気だったり、あくまでも形だけだったり。
「あー、私こういうの平気なタイプだからさーッ」
頭抑えておいて、記号的に放たれる言葉。
「はーい、呉さん。彼氏さんですよぉ」
そう言うとXは、ゴキブリの死骸をキリカの唇に押し当てた。
悲鳴と笑いが交じり合う。キリカは必死に唇を結び、抵抗を示すが、取り押さえられているため結局は無駄なことだった。
唇をこじ開けられ、歯に死骸が当たった時、キリカからは聞いた事の無い汚い悲鳴が上がった。
涙が浮かび、東條と視線が合う。クラスには笑い声。この異常な状態に気づいている者もいるにはいるが、中には本気で楽しんでいる者もいた。
彼らにとってこの光景は、お笑い芸人がアツアツのおでんを食べている光景となんらかわりない。
「やっぱりイヤなんじゃない呉さん。東條君がいいんだよね」
ファーストキスは随分とアッサリしたものだった。
結局キリカの抵抗はむなしく、東條とキリカは無理やり唇を押し当てられた。
抵抗しようとしたからか、なかばぶつかる形で唇が触れ合ったため、鈍い痛みが口の周りに広がる。
歯がぶつかり、口の中が切れたのか、血の味が広がる。
それに混じって虫の死骸が放つ生臭い匂いが広がった。
「うッ!」
歓声の中で、キリカは口を押さえて教室を出て行った。
嘔吐しにいったのだろう。一方東條は冷静だった。
ゆっくりと唇を拭うと、先ほどまでキリカの唇についていた、ゴキブリの脚が見えた。
東條は周りを見る。
生贄の対象が二人になった事で、彼らも焦っているのだろう。
より大きな力を示さなければ階級支配の構図が崩れる。
少しでもピラミッドの上に立とうとする為、より弱者を強く虐げるのだ。
すると、また騒ぎ声が聞こえる。
「ほいしょー!」
明るいノリで流げられたのはキリカのカバンの中身だった。
まだある。男子の1グループが東條のカバンの中身も外に放り投げた。
母が作ってくれた弁当が地面に落ちたのを見て、東條は初めて人を殴った。
「いいか? 喧嘩になったのは東條も悪いとは言え、多人数で殴るなんて卑怯だぞ! ちゃんと話し合って、それで問題は解決しろよ!」
教師の注意はコレで終わった。
喧嘩とクラスメイトは口をそろえて説明を言ったが、東條の拳が届いたのははじめの一発だけである。
後は全て東條が殴られた。キリカはただうつむいて、涙目で唇を擦っているだけだった。
ちなみに、キスをした際の写真は撮影されており、東條とキリカ以外が所属しているグループSNSのサムネ画像として採用されたらしい。
尤も、そんな事は東條にとってはどうでも良かった。
キリカはどうだろう? 帰り際、またロッカーに入っていたゴミを取り除いている彼女がいたから、軽く声をかけてみた。
「ごめん、呉さん」
「あ、――ァ」
キリカはどうしていいか分からないと言った様子で、困ったように東條を見ている。
しかしどうしてもあの記憶を思い出してしまうのか、苦しそうに唇を拭っていた。
もう洗って、きれいな筈なのに、感触が残っているのだろうか。
可哀想に。東條はキリカの隣を通り抜けて、帰っていった。
しかし今日は真っ直ぐ家に帰る気にはなれなかった。服が汚れている、顔も腫れている。
今日は父親は家に帰ってこないが、母親が家にいる日だ。
どう説明すればいいのだろうか、なんと言えばいいのだろうか。
素直に起こった事を説明してもいいのだが、そうすると母親はきっと心配するだろう。
余計な心配はかけさせたくない。
だってそうだろう? もしも『あの子』より悪い子なら、母はきっと東條を見捨てる。
だから、いい子でなくてはいけない。いけない。いけないんだ。
ああ、今にして思えば、どうしてキリカの味方をしてしまったのだろうか。
こうなる事は想像に難しくなかったのに。
分からない。東條は近くの公園に寄ると、ベンチに座って深くため息をつく。
しかしどうしても、あの薔薇の匂いに耐えられなかった。
気持ち悪いのは、耐えられない。
「どう説明すれば、いいんだろう」
公園のベンチに座って、ただジッと、東條は夕日を見ていた。
赤い、綺麗だ。全てを忘れられそうな気がして、東條は手を伸ばした。
「ねえ、なにしてるの?」
そんな事をしていたから、話しかけられたのだろう。
小さな、小さな、男の子だった。
「夕日、掴もうと思って、たぶん」
「掴めるの?」
「無理、じゃないかな? 分からない」
「ふぅん。おかお、はれてる」
「うん、ちょっと、喧嘩したのかな。駄目だよ君は、乱暴なんてしちゃ。喧嘩なんて悪い人のする事だから」
「?」
男の子は、東條の隣に座った。
「もう暗いよ。キミ、帰らないと……、小さいし」
「うん、おかあさんが、むかえに、くるよ」
「そう、そうなんだ。ふぅん、へー、お母さんが、ふぅん」
僅かな間があった。
「ねえ、キミのお母さんって、優しい?」
「うん。おこると、こわいけど」
「そうなんだ。僕はね、怒られたこと無いよ、凄いでしょ」
「ううん。そんなことないよ」
「え?」
「だってね、ぼくのおかあさん、いってたよ? おこるのは、ぼくをあいしてるから、なんだって」
「え? え?」
「おにいちゃんは、あいされて、ないんだね!」
汗が、東條の額を伝う。
「そ、そそ、そんな事ないんじゃないかな!! だって、ちゃんとしてたら怒られないだろ! 良い子にしてたら怒られないよねぇ!」
「でも、おにいちゃん、けんかは、わるいひとがすることだって」
「ッ!」
引きつった笑みを浮かべ、東條は停止する。
「あ、おかあさんだ」
男の子は手を振っている母親を見つけると、そのまま走り去った。
赤い世界に、ただ一人、東條だけが虚しく取り残されていた。
ひぐらしの声が聴こえた。首輪をつけた猫が、子猫とじゃれ合っているのが見えた。
「………」
ひぐらしの声がまた、聞こえた。
その音に混じって携帯の音が聞こえた。メールを開くと、母からのメッセージが表示される。
簡単に言えば、それは用事が入ったから、今日は一人でいてくれと言う内容だった。
お金を置いておくから、夕食は出前でもとってほしいとの事だった。
「……かな」
カナカナカナカナカナカナカナカナカナ。
ひぐらしの真似をしながら、東條は監視アプリを起動させ、母の携帯を探った。
一つ、メールを見つけた。
「カナカナカナカナカナ」
今すぐ会いたいらしい。
母も会いたいらしい。
終わったら、三人でご飯。
「………」
携帯をしまうと、東條は手を伸ばした。
夕日が、掴めた。
「………」
理由があったとか、無かったとか、それは、分からない。
ただリアルがそこにあるのなら、それは答えだろう。触れたのは、柔らかな体。
理由は、分からない。ただ気づけば、手に持っていた木の棒を子猫に突き刺していた。
一回、二回、広がる紅。もう、子猫は動かない。
今は、眼球に木の棒が突き刺さっており、腹をカッターで開かれて転がっていた。子猫はメスだった。
「メスの体って、こうなってるんだ。ちんちんがない……」
赤かった。東條は、無表情だった。
「きれいだな」
もう木の棒は使えないから、母猫は石で殴った。
今はたぶん、呼吸はしてるけど、もうすぐ、動かなくなる。
「キミの血は、赤いんだね。カナカナカナカナ……」
ふと、涙が零れそうになった。
かわいそうに。ああ、かわいそうに。きっと母猫は悲しんでいる。
子猫が殺され、自分ももうすぐ死ぬんだから。それを思った時、東條に慈愛の心が生まれた。
「かわいそうに。本当に、かわいそうに」
東條は血を流している母猫を抱き上げると、優しく、それは優しく抱きしめた。
神よ、天使よ、どうか、どうか、この猫達を、優しく導きたまえ。天国へ誘いたまえ。
僕はそれを望んでいる。どうか、叶えたまえ。どうか全ての苦痛を忘れ、安らかに眠りたまえ。
僕の、願いだ。
「あたたかい。なんて優しいんだ」
猫は、死んだ。
東條は、勃起していた。
「あ」
かつてない、幸福があった。
そうか、そう言う事だったのか、なんて優しいんだ。
「これが、愛?」
嬉しかった。
東條は笑みを浮かべて帰っていった。
翌日、東條は学校に到着するやいなや、教師に呼び出され、生活指導の体育教師に頬を叩かれた。
意味が分からなかったが、どうやらクラスメイトに公園での行動を見られていたらしい。
猫には首輪があった。つまり飼い主がいたと言うわけだ。
しかし飼い主のおばあさんは独り身で、自身も最近体調が優れないらしい。
正直、このままでは面倒を見切れる自身が無かったし、なにより東條の未来を想い、大事にはしたくないと学校に言ってきたらしい。
「なら良いじゃないですか」
もう一発殴られた。
「あの人はな、泣いてたんだぞ。お前には心が無いのか!」
「………」
なら良いじゃないですか。
泣いたら何か変わるのか。泣いたら何かが許されるのか。
東條は本気で意味が分からなかった。
何故、責められる? あの猫は苦痛を感じて死んだかもしれないが、最後は愛を抱いて死んだのだ。
愛は、全てを、救うのに。
「先生ね、あの猫ちゃん、知ってたの。ミルクもたまにあげてて……」
教師の一人が声を震わせて泣いていた。
「勝手に餌をあげちゃいけないんだもんな」
「え?」
「あの猫。良い匂いがしました。愛されてたんだ。あったかい。僕が冷たくしちゃったけど。お腹に鼻を当てたらね、血のにおいがしたんです。あれが死の匂いなのかな。なんだか僕にはよく分からなくて」
怒鳴られた。先生の中には引きつった表情を浮かべている者もいた。
だがいずれにせよ、皆が何を言っているのかは、東條には分からなかった。
結局、飼い主のおばあさんの強い要望により、東條は大量の反省文を書かされるだけで済んだ。
二度とやら無い事を誓う文を東條は無心で書き、許される。
いや、しかし、小さな国家は許してくれなかったようだ。
『猫殺し』『鬼畜』『ゴミ野郎』
机の上に書かれる言葉が変わったのは当然だろう。
そう言えば、このクラスの誰かに目撃されていたのだから。
東條は猫と同じ気持ちを味合わされると言う名の下でリンチを受けた。
暴力と言うアイデンティティの確立は正義。大義名分の下により強く加速していく。
東條は悪。悪は裁かれるべきだ。最下層に落ちるべきだ。誰もが東條を言葉で責め、暴力で攻めた。
教師も東條のやった事は人間として許されない事にあると想ったのか、そのリンチを喧嘩と言う事で処分し、ある種黙認を貫いた。
キリカとは――、目すら合わなかった。
しかしそれでいい。東條が対象となる事で、キリカは多少いじめから免れたのだから。
そう、これで良かった。
頭を踏まれながらも、東條は心の中で笑みを浮かべる。
もちろん殴られる事や持ち物をグチャグチャにされる事は不愉快だ。
だが、しかし。
『だってね、ぼくのおかあさん、いってたよ? おこるのは、ぼくをあいしてるから、なんだって』
なんて、ああ、待ち遠しい。
お母さん、お父さん、パパ、ママ、僕は命を奪ってしまった。
これはきっと悪い事なんでしょう。ならば、怒ってください。叱ってください。
どうか、僕に、愛を、与えてくれれば、きっと、僕は、それで、いいのかなって。
「………」
『お前も色々あると思う。お父さんは今日は出張だから、帰れない。今度先生には謝っておくから。お前は何も心配するな』
父。
『悟ちゃんは優しいから、誰かお友達を庇ったのよね。ママ、あなたの事ならなんでも分かるからね。先生にはママがちゃんと説明しておくから、悟ちゃんは何も心配しなくていいからね』
母。
「今日はもう帰りなさい。ちゃんと反省もしてるし、あんまり気にするな。分かるよ、お前達は受験とか勉強とか、いろいろあるもんな」
教師。
「………」
雨。
「………」
雨
「………」
傘も、靴も、無かった。
「………」
雨。
内履きのまま、東條はトボトボと帰路についていた。
防水の携帯は父からのプレゼント。
『ねえ、今日のお寿司デート楽しみだね!』
父の愛人。
ブランドもののバッグ、ありがとうだって。
『今日は――の誕生日だから。一緒にレストランに――』
母の愛人の子は、今日が誕生日なのか。
母の事を、ママと呼んでいるらしい。
「………」
雨。
雨。
雨。
雨、雨、雨雨、雨雨雨雨、雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨涙雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨……。
「あぁあぁあぁあぁぁぁぁぁあ」
雨音が、泣き声を吸い込んでいく。
もう、分かっていた。母も父も、お互いを愛していない。
ならばその半身も愛を捧ぐには、少し不十分だ。
かろうじて自分の血が混じっている。その最後の壁があるから、まだ偽りの家族を続けられる。
しかしきっとそれも、壊れる時は一瞬なんだろう。
いや、違う。
結局この世は全てが幻想と虚構に違いない。
あの殺した猫だって、もう死んでいたと考える事もできる。
結局、この世の全ては空なんだ。
空の感情、空の愛、空の優しさ、空の日々。
なにもない、中身なんて無い。いや、ただ、中身が透けている脆い虚構だ。
X線の世界。全てが白黒、全てが骨組み。見える、見えるよ、だって、全て嘘なんだもの。
心も、家族も、愛も、理性も、全て、全てが、嘘。
僕の心臓もきっと、嘘なのかもしれない。
もしかしたらこの苦しみさえも……。
「―――」
泣き声が止まる。
雨が急に止んだのが信じられなくて、東條は、顔を上げた。
すると雨が見える。しかし東條の世界には雨が無い。これは何故?
「あ、呉さん」
「あ、あ、あ」
振り返ると、傘を差し出すキリカが見えた。
「……どうしてココにいるんだろう?」
「つ、ついて、来た」
「ずっと?」
コクコクと頷く。
「なんで。なんでなの?」
「……だって、濡れる、から」
つまり、キリカは見ていた。
クラスメイトが東條の傘を持って帰るのを。
だから付いてきた、だから傘を差し出してる。
「あ、あ、あ、あの――」
どもるキリカは会話が遅く、多くの人は不快感を抱くだろう。
しかし東條は、それが心地よかった。鈍い世界は、焦らなくていい。
雨で張り付いたシャツ、既にキリカは東條と同じくらい塗れていた。
濡れた髪、唇、濡れてすけたシャツの向こうで、下着が見えた。
しかし、東條には何も見えなかった。心は何も、動かない。
「あの、ね、猫を殺すのは――、駄目」
「……なんで」
「え?」
「なんで、殺しちゃ駄目なの?」
「だ、駄目だから……」
「あ、そう」
「で、でも」
「?」
「でも――ッ、とッ、東條くんが、私を助けてくれた時、あの、すごく、嬉しかった」
「え?」
キリカは覚えている。
下駄箱の掃除を手伝ってくれたこと。覚えているんだ。
「呉さん?」
「こ、こんな事っ、い、言えた義理じゃないけど」
キリカは分からなかった。慰め、励まし、全てが理解できない。
けれどそれを形にしたかった。だから最大限の知識を振り絞り、東條の頭を撫でた。
「元気、出して」
「―――」
東條は目を見開いた。
思わず膝をつく。
「え?」
戸惑うキリカ。しかしそれは東條も同じだった。
震える瞳。震える唇。言葉が詰まる。東條の体に電流が走った。
かつてない感覚だった。体の中が爆発しそうな感覚に、思わず表情を歪める。
それは信じられないと言う気持ち。
キリカは東條『なんか』を追いかけて、東條なんかの為に濡れて、東條なんかに傘を差し出した。
そ、それだけじゃないのだ。
それだけならまだしも、まだ、まだくれるのだ。
東條が一番欲しかった言葉を、キリカは今、具現してくれたのだ。
東條が喉から手が出るほどに求めた『何か』を、キリカは今、示してくれると言うのだろうか。
キリカの目を見た。キリカの髪を見た。キリカの声がまだ耳に張り付いている。
「あッ」
痛みを感じた。
どこ? どこに? それは――。
「く、くッ、呉さんッ!!」
「え!? え? えッ!? え!」
無意識だった。気づけば東條はキリカに飛びついていた。
腰に手を回し、強く抱きしめる形になった。ヘソの方に頬をつける体勢となり、キリカは思わず顔を赤く染める。
「ちょ、ちょ! ちょっと!」
「く、く、くくく呉さんッ! ぼ、ぼぼ僕は今」
「え?」
「僕は今ッ! か、かつて無いほどに興奮してる!」
「え? えぇ?」
東條は立ち上がろうとして断念。
中腰になり、再びキリカに手を回す。
「く、呉さんはッ、ぼ、僕の欲しいもの、くれそう!」
「ほ、ほしい――、もの?」
「変な事言うけど、あの、引かないで聞いて欲しいんだけど、僕、今、
「えっ、え? え!?」
「僕ッ、ずっとEDで、起たなくて! でも呉さんを見ただけで、今、こんな――、痛ッ!」
「ッ」
「しゃ、射精――ッ、したことないんだ!!」
抱きしめる力が強くなる。
凄い。東條は感動していた。今はもう二人、雨に濡れて寒いのに、冷たいのに、触れ合った面だけは熱をもっていたんだから。
「お、お願い! 呉さん、ぼ、ぼぼ僕とキスしてほしい! 僕とせ、セックスして、童貞を貰ってほし――」
頬に衝撃が走った。
仰向けに倒れる東條が見たのは、引きつった表情で、ゴミを見る様な目をしているキリカだった。
「き、キモ――ッ」
「ま、待って呉さん! 違う、違うんだよ!」
キリカは何も言わず、東條から逃げる様に走り出した。
東條は涙目になり、キリカに手を伸ばす。しかしキリカは止まらない。周りには何も無い、誰も無い、ただキリカが残した傘だけが転がっていた。
東條は悲鳴に似た呻き声を上げながら傘に手を伸ばす。
鼻を押し当てると、キリカの匂いが少しだけする気がした。
それだけで、東條はかつて無いほどに勃起していた。
周りに誰もいなくて良かった。
傘で隠れているから良かった。東條は耐えられず、その場で自慰を始める。
しかし、
こんなにも興奮しているのに、叩かれた事も快楽に変わっているのに。
かつてないほど勃起してるのに、どれだけ触っても、どれだけ動かしても逆に萎えていく。
なんで、なんで、なんで、なんで、なんで。
東條は気づけば涙を流していた。
雨に流される雫。雨に溶けていく雫。土砂降りの中、すすり泣きながら東條は自分の性器を掴んでいた。きっと人から見ればさぞ間抜けな姿なのだろう。さぞ嫌悪される姿なのだろう。
多くの人が指を刺してイカれてると叫ぶ。
しかし今日、この日、東條は世界で一番不幸な男だった。
翌日、キリカは駅のホームでX達に話しかけられた。
ゾッとしたが、今日はいつもと様子が違っていた。Xはキリカを仲間にしたいと言ってきたのだ。
「東條って本当にヤバイ奴じゃん。今こそわたし達クラスが力を合わせて、あの殺人鬼を倒すのよ」
Xは今までも本当はキリカに酷い事をしたくはなかったと言った。
ただクラスの言い様の無い空気に流されていただけだと。
「今まで本当にごめんね。許してくれる」
キリカは頷いた。たくさん頷いた。
Xと、仲良しになった。
「ねえ、呉さん。呉さんっていつもあの人見てるよね」
Xが指差した先には美国織莉子が立っていた。
「あの制服、白女のだよね。凄い、お嬢様学校。友達?」
「う、ううん。で、でも、友達になりたい」
「へぇ、名前知ってるの?」
「み、美国、お、織莉子さん」
「美国織莉子って――、あの? あ、そっか、じゃあアドバイスしてあげる」
Xのアドバイスはキリカにとっては勉強になるものだった。
だてに友達が多いわけじゃないのか。キリカは少し戸惑ったが、いい機会だと、勇気を振り絞り織莉子に話しかけた。
ずっとできなかった事だが、すんなりと声をかけられたのは、きっと東條のせいに違いない。
キリカは恐れたのだ。心に東條が入ってくることを。
東條には申し訳ないが、彼はいらない。だってキリカの心を満たすのは織莉子だもの。
織莉子と仲良くできれば、キリカはそれで良かった。
東條は要らない。
東條は気持ち悪い。
心が犯される感覚。一刻も早く排除したいから、キリカは織莉子に話しかけた。
仲良くなりたいから、Xのアドバイスを使った。
・織莉子のお父さんは悪い人だから、徹底的に批難して。そうすれば織莉子も気が楽になる。
・織莉子の母を否定して。犯罪者の妻なんだから、きっと馬鹿に決まってる。織莉子も母が嫌いだったにちがいない。
・織莉子の事、知ってるなら何でも話して。
「え?」
キリカは信じられなかった。
織莉子に、叩かれた。
あれだけ妄想したのに、目の前にいる織莉子は鬼のような表情だった。
違う、違うよ、私はコンビニで貴女に助けられた――。
「貴女誰? コンビニ? 覚えて無いわ。あなたストーカーか何か? 近寄らないで」
織莉子はいなくなった。
キリカが振り向くと、X達は大笑いしていた。
ああ、そうか、また私は騙されたんだ。
なにが馬鹿共よ。結局一番馬鹿だったのは……。
キリカは気づいてしまった。
だから涙を流し、鼻水をたらしながら踵を返した。
どこでもいい、とにかく消えてしまいたかった。死にたかった。さようなら、死にたかった。
今日この日、キリカは世界で一番可哀想な女になった。
キリカは泣いた。
泣いて泣いて泣いて、泣きじゃくった。
しゃくりあげ、鼻水をたらし、声がかすれる程、大きな声を出して泣いた。
路地裏にへたり込んだ自分を、通過する人は気味悪そうに見ている。
どうでもいい、どうでも良かった。
いじめも、勉強も、苦痛も、全ても、果てに彼女がいると理解していたから耐えられた。
いつか織莉子と友達になれる事を夢見ていた。
優しい彼女と友達になれる事を信じれば、キリカはキリカでいる事ができた。
どんな事をされても、どんなに酷い目にあっても、織莉子がいてくれればそれで良かった。
だって、織莉子は、希望だったもの。
織莉子が好きだった。織莉子の事を考えるだけで違う世界に行けた気がした。
なのに、待って、いかないで、織莉子。置いていかないで。
違う、違うの、私は、あなたが、好きなのに。
やめて、イヤだ、おねがい、まって、いかないで。
ああ、消えていく。
シャボン玉みたいに簡単に消えていく。
さようなら、私のエルドラド。さようなら、織莉子。
私は、馬鹿、屑、間抜け、ノロマ。
さようなら、織莉子。あなたを愛していました。
「………」
涙が、枯れた。
「死のう」
希望が無いから。死にましょう。
「………」
アイデンティティよ、どこに行くの?
『え? なに? なにッ! う、うそ! きゃ、ギャァァア!』
「……違うな」
『ギャアアア! お、俺の腕がァアァア!』
「違うな」
『目が――ッ、取れッ! ひぃぃい!! ま、待って! ちょっとタンマッッ!』
「違うよ」
『なんか零れてる! 私ッ、なんか零れてる!!』
――殺してやる。
「アイツ、私を、よくも――ッ」
『お、お願い助けて! ヤ゛ァァァアア!!』
キリカの中にかつてない殺意が芽生えた。
もう嫌だ。もう沢山だ。全て終わりにしてやる。キリカは歯を食いしばり、虚空を睨んだ。Xも、その仲間も全員殺してやる。
『がッ! ギッ! びぃぃッ!』
『ゴポォ、グエェェエァァ』
殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。
死ね、シネ、しねしねしねしねしねしねしねしねしね。
キリカは走った。笑みを浮かべ、その手にはボールペン。
大丈夫、私はやれる。大丈夫、大丈夫、私ならできる。
キリカは殺意を目に宿してただひたすらに走った。彼女を突き動かすのは美しい純粋な殺意。
大丈夫、ボールペンを目に突き刺すか、喉に突き刺す。それできっと殺せる。
殺す、殺してやる。
キリカは滲む涙を拭いながら走った。
織莉子に嫌われた、もうどうでもいい、全てがどうでも良くなった。
殺して――、どうしよう? 決めた、死のう。
生きてる意味がない。心が乾いていく。キミがいなけりゃ生きてる価値も無い。
でも、そのまえに、殺そう。あいつ、アイツ等、全員殺してやる。
ただ前を見て、ただ殺意を胸に宿して、そしたらキリカは学校についた。
なんだかザワザワしている。人が並のように駆けている。みんな醜く表情を歪ませて走ってる。どうでもいい、邪魔だ、どけ、殺すぞ。
キリカは掻き分ける。掻き分けて前を目指す。そして人が消えていく。
静かになった廊下にはキリカの荒い息だけが響いていた。
そして、教室。
「―――」
教室を開いたら、キリカの脳と殺意が弾けた。
パチン、ふわふわ、消えていく殺意。
あれ、ここ、どこ?
「赤」
窓に張り付く赤、床に張り付く赤、天井に張り付く赤、全部赤。
どうだろう? 赤なのかな、もしかしたらコレ、赤黒いのかも。キリカは下を見る。
すると転がるクラスメイトたち。お腹から小腸をぶら下げてる子とか、自分の肝臓を持ってる子とか、首が千切れた子とか、腕が無い子とか、いっぱい。
そして、その向こうに、赤に塗れた鎧があった。
「だれ?」
「あ、おはよう、呉さん」
振り返った鎧、騎士、血に塗れた体。
肩にあった臓器だとか黄色い脂肪を振り払い、騎士はキリカに挨拶を行う。
「猫」
「ううん。虎らしいよ。僕は、タイガ」
デストクローを死体から引き抜いたタイガは少し自慢げに語った。
「あ、あの、これ」
「うん?」
タイガが体をどかすと、そこには解体された一つの死体があった。
もはやそれが誰かは分からない。全身の皮が剥がれており、むしろそれが人だと理解するのに少し時間が掛かった。
耳や指が辺りには散らかっており、首と思われる部分には腸が巻きついていた。
頭では脳と眼球がむき出しになっており、歯の一部があたりに散らばっていた。
「こ、殺してから、開いたんだ……。たしか」
他人事のようにタイガは語る。照れている様に、嬉しそうに。
キリカはそれがXだと言う事がすぐに理解できた。
なぜなら、学校に来る間、ひたすらに妄想したからだ。
X。お前が、そうなる事を。
「なんでこんな事、したの?」
血の海を歩く。
血液に自分が反射してる気がして、キリカは綺麗だなと思った。
血でできた、ウユニ塩湖。
「こいつ等は、キミを傷つけた。今日だって、キミの事、あんなに泣かせて。許せない」
「だから、殺してくれたの?」
「うん。でももっと苦しめれば良かった。刺したらすぐ死んじゃったんだ。ゴポゴポ言って」
「なんで? なんでなの? ねえ、なんで? なんで、私のためなの」
「それは、あの、決まってる――、んじゃ、ないかな」
「なに」
「僕は、たぶん、いやきっと、確実に――」
デストクローを解除する。
鏡が砕け散る音の後に、タイガの言葉がキリカの耳を貫いた。
「キミを愛してる。君を守りたいから」
気づけばキリカは走っていた。
クラスメイト達の死体を蹴り、教師の死体を踏み越え、タイガの前にやってきた。
持っていたボールペンをむき出しの脳みそに突き刺すと、そしてただ強く、強く、タイガを抱きしめる。
「あ、あ、汚れちゃう」
「いいよ。いいの。ねえ、東條くん」
「え? なに?」
「私も、好き」
血まみれの仮面だったが、キリカは構わず仮面の口元に自身の唇を押し当てる。
感触は分からない。体温は分からない。ただそれでも良かった。
キリカはギュッと、強く、強く、血まみれのヒーローを抱きしめた。
「愛して、愛して、愛して、愛して、私を愛して」
「うん。愛してる。だからどうかキミも――」
その時、扉が開く音が聞こえた。
「う――ッ!」
マミとサキは何が起こっているのか理解できなかった。
死体の山――、ともいえるのだろうか? あるのはただ無数の肉と臓器。
こみ上げる吐き気にマミは動きを止めた。
「お前――ッッ!!」
サキは鞭を構える。
すると、キリカが小さな声で呟いた。
「逃げよう」
「うん」『フリーズベント』
瞬間、サキが伸ばした鞭がピタリと空中で動きを止めた。
その隙にタイガはキリカを抱え、窓の外に飛び出した。
「逃がすか!!」
サキは追おうとするが、死体の山を踏み越えなければ窓の向こうにはいけない。
死者を蹴り飛ばす事はできない。しかし、『コレ』らに触れるのはサキも人間として抵抗があった。
サキは歯を食いしばり、自身もまたこみ上げる吐き気に不快感を覚えていた。
タイガの走るスピードは速く、家まではあっと言う間についた。
途中なんども悲鳴を聞いたが、警察が来る前には振り切れたので、なにも問題は無い。
そして家の前で、タイガは変身を解除した。砕け散る破片の中で、キリカは東條の姿を見た。
「ココ、僕のお家」
「……大きいね」
「大きいだけ。何も無い。何も」
二人は東條の部屋にやって来る。
広い部屋だったし、玩具や本、テレビやゲームもあったが、東條はやはり何も無いと答えた。
「座っていいよ」
「でも、汚れる」
血まみれの鎧を脱ぎ捨てた為、東條は元のままだ。
しかしキリカは返り血を大量に浴び、さらに血まみれのタイガに抱きついたため、赤に染まっていた。
それでも東條は良いと答える。
「汚してほしい、キミの色にすれば、僕は嬉しいから」
「でもコレ、私の血じゃない」
「そ、そっか。そうかも。ど、どうしよう」
「………」
キリカは立ち上がると、制服のリボンを取って、ファスナーを開く。
目を見開いて固まる東條をよそに、キリカは上着を脱ぐと、そのままスカートに手をかけて下へ落とした。
東條は頬を赤くしてうずくまる。
目の前には、可愛らしいピンクの下着姿のキリカが立っていた。
「あ……、え、えと」
「あの、お風呂、貸してください」
キリカも少し恥ずかしそうにしながら、はっきりと口にした。
東條はしばらく固まったままだったが、その後は狂ったように頷いてタオルを取りに走った。
そして戻って来た東條からタオルを受け取り、キリカはシャワーを借りることに。体についた血を流して脱衣所に出ると、タオルに手を伸ばす。
「………」
タオルに顔をうずめると、東條の匂いがした。
「………」
深呼吸。深呼吸。深呼吸。深呼吸。
なぜか、涙が出てきた。
「ドライヤー借りたよ」
「うん」
「………」
部屋に戻ったキリカが見たのは、縮まる様に座り、背中を震わせている東條の姿だった。
ガタガタと震え、まるで、捨てられた子犬のような弱さが伝わってきた。すぐにでも死んでしまいそうな、弱い、弱い、あなた。
「怖いの?」
「分からない」
声が震えていた。東條は、泣いていた。
「人を殺す事は、いけない事なんだ」
「アレ、なんなの?」
「あの日、薔薇を捨てたとき、鏡の中に、デストワイルダーが見えた」
「それはなに?」
「たぶん、僕が殺した、子猫の亡霊なんだ。でも、それが、僕がタイガになる条件だった」
「タイガ、あの鎧の名前?」
「そう。ジュゥべえが教えてくれた。いつか、僕に必要になるって」
「今までは、どうして――、タイガを使わなかったの?」
「僕は、空だから、何も無いから、何も、なくていいから」
この部屋も空、この家も空、この心も、空の筈だった。
「分からない。僕は正しかったのか、間違っていたのか」
この身を今、包み込んでいるものはなんなんだろう。
後悔なのか、勇気なのか、それとももっと大きな物なのか。もっと汚い物なのか……。
東條には、分からない。すすり泣く声。だからだろう、キリカはまた走った。
そして東條の背中を包み込む様に抱きしめる。
「キミは、間違ってない」
「え?」
「だ、だって、私は――、そんなキミに助けられた。そんなキミに救われたんだもん」
「キリ――」
振り返った東條はまた固まる。
キリカはバスタオルを体に巻いているだけだった。
それは一瞬だった。学校の時と同じ。キリカは自分の唇を東條に押し当てていた。
時間が止まる。どれだけ固まっていただろう。
キスのやり方なんて分からないから、ただ唇を押し当てているだけだった。
しかし、それで良かった。
「ねえ、どうしたいの? 何がしたいの?」
ゆっくりと唇を離し、キリカは問いかける。
東條は顔を赤くして下を見た。欲望の象徴が主張している。
なぜだか、泣けてくる。涙を滲ませながら、東條は懇願した。
「せ、せせせ、せ、セックスがしたい。キミは、僕が勃起した始めての女性だから!」
実に気持ちの悪い言葉だ。最高に気持ちが悪い言葉だ。
しかし、だが、それでも、キリカには気持ち良い言葉だった。
「いいよ、しよ」
「え? え? えぇ?」
「なに?」
「い、いいの?」
「うん。いいよ」
「ほんとに?」
「うん」
「嘘ついてるんじゃないの?」
「つかないよ」
「本当はイヤなんでしょ。む、無理しなくても――」
「無理なんてしてないよ」
「ほ、ほんとの本当に良いの?」
「もう、しつこいなぁ」
キリカは立ち上がると、バスタオルを取った。
シュルリと肌を滑り床の上に落ちるタオル。東條は慌てて後ろを向いて、俯く。
するとまたキリカに抱きしめられた。
「もう、愛する人がいなくなったの」
「え?」
「頭の中から消えていく。いかないでって叫んでも、駄目だった」
さようなら、織莉子。
私は本当に貴女と仲良くしたかっただけ。
ごめんなさい、織莉子。
私はただ、貴女に振り向いてほしかっただけ。
ありがとう、織莉子。
貴女が優しくしてくれたから、私は希望を持てました。
ばいばい、織莉子。
私の事は、どうか忘れてください。
「空になるのは、怖いよね」
「……うん」
「私も、イヤ。でも貴方がいたから、たぶん……、大丈夫」
東條だってそうじゃないのか。
誰でも良かった。条件を満たしてくれる人がいれば、たとえそれが誰だって良かったんだ。
でも結果としてはもう、その人でしかないと駄目になる。
「空になりきれないから、あなたを愛するしかない」
「……イヤだったら、帰ってもいいけれど」
「ううん。イヤじゃないからココにいる。貴方なら、きっと愛せると思うから」
いや、違う。
「もう、愛してる」
東條はゆっくりと振り返る。
怖い。怖い。怖い。それはキリカも同じだ。
「呉さん、怖い」
「うん。心をさらけ出すのは、怖いよね」
「違う。僕はもう――、傷つきたくないだけなんだ……」
「大丈夫。大丈夫」
キリカは東條の頭を撫でる。
そして、服を脱ぐように促した。
このままじゃ皮膚は冷えたままだ。重ねなければ、感情は動かない。
「傷つけないから」
キリカは東條の手を握った。
「傷つけないで」
東條はゆっくりと頷いた。
震える二人は、ベッドの上に倒れこんだ。
「電気は、あの、消した方がいいのかな?」
今日は天気が良い。
日差しがカーテンの隙間から差し込んで、部屋を明るく照らしている。
「どっちでもいいよ」
意味は、なさそうだから。
「私がお願いするのは二つだけ」
一つは絶対にゴムはしない。もうひとつは――……。
「キスから、はじめて」
お互い、おぼろげな知識しか無いから、今自分達がやっている行為が正解なのかは分からなかった。
だが、それでも良かった。大切なのは交わる事――、ではなく、交わろうとする事だ。
性器を性器に入れるなど、ただの過程でしかない。そんなものはどうでも良い。
欲しいのはただ、証明だった。
行為は性の極地。つまり、行き着く最終結論。
最後の答えが証明するのは、そこに愛があるからではないのか。
もちろん時代が進むなかで、性行為と言うものはある種の趣向品と言うべきなのか。
もっと突き詰めればエンターテイメントにまで昇華している。
さらに過去を辿れば、ただの子孫繁栄と言う生命のプログラムが1システムでしかない。
しかし分かっていた。東條も、キリカも。
いや、お互いに分かっていたからこそ、意味を理解できているからこそ、今こうしてベッドの上で一つになっているのだ。
つまりそれは人を傷つけるよりも何倍も意味のあるアイデンティティの確立。
自分が生きる意味の証明、自分の価値の証明。路傍に生えている名も無い雑草ではなく、求められ、望まれ、迎え入れえられる花々であると言う事の証明。
時間を示せない時計に価値はない。
しかし誰かがその時計を価値あるものだと口にすれば、その時計はその人にとって、本当の意味のある物に代わる。
空は一に。そこに『在る』ものに代わるのだ。
だから、今、東條の部屋は空などではなかった。
この部屋は
「呉さん……」
「ん――ッ、なに?」
「あの、いい、かな?」
「いいよ」
受け入れる愛に、東條は目を滲ませた。
そして確信する。
「ッ」
だが、どれだけ腰を動かそうとも最後の砦なかなか崩れない。
そうか、まだ恐れているのか。これだけ優しさを示されて、まだ、僕は。
東條は自己嫌悪に表情を歪ませる。しかしその時、キリカが東條の頬に優しく触れた。
「好き」
たった一言。
たった一言だ。
しかしそれで東條の心は、体は、大きく震えた。
怖い、怖いが、優しい、怖いが、嬉しい。ああ、嬉しい、嬉しい、嬉しい。
大丈夫だ。キリカならきっと大丈夫。
なんだかそれがとても嬉しくて、優しくて、東條の中にとても大きな物がこみ上げてくる。
気づけば、叫んでいた。
「ま、ママーッ! パパァァァーッ!!」
「………」
甲高い声が響く。
もう、止まらなかった。
これは、たぶん、復讐なんだろう。
「ママッ! パパッ! ママ! パパ! ママ、パパ、ママ、パパ、ママパパママパパ、ママァッ! パパァッ! んママっ、んパパっ、ママ! パパ!」
腰を振るたび、両親の名前が口から出てきた。
『クソきめぇ』
ジュゥべえは頭が痛くなった。
東條が変身したから感想を聞きに来たのはいいが、おっぱじめるモンだから部屋の外で待っていようと思った。
思ったはいいが――、つくづく思う。アイツ等なにやってんだ?
『にんげん、こわい』
擬似的な感情ではあるが、全く理解できないものに触れてジュゥべえは逃げる様に部屋を離れていった。
『ゲロゲロ』
一方で東條は相変わらず言葉を連呼するが、頬に衝撃を感じて動きを止めた。
「パ――ッッ!!」
乾いた音がした。キリカに頬を叩かれたのだ。
動きを止めた東條はハッとして、直後申し訳なさそうな顔を浮べた。
当然だと言わんばかりにキリカは体を起すと、繋がったままで向かい合い、座る姿勢になる。
そしてキリカは唇で、東條の唇を塞いだ。
「むぐっ」
「……バカ」
しばらくして唇を離すキリカ。怒っているのか、目が据わっている。
「私は呉キリカ。私だけを、見て。東條悟」
そこで二人はハッと顔を見合わせた。
そうか、そうか、そういう事か、そういう事だったのか。
ああ、なんて、ああ、それは、つまり、ああ、そうか、なんて事だ。そういう事だったんだ。
二人は、同時に悟った。全ての真実に至ったのだ。
だから、笑う。
「キリカ」
「悟」
東條は
しかしそれは、ああ、なんだ。そういう事だったのか。
「ごめん呉さん。僕っ、何も分かってなかった」
「いいよ。東條くん。だって、私もだもん」
理解が体を駆けた。
分かった。分かったんだ。全て薄っぺらい言葉だった。
全部ただのブーメランだった。
「はじめまして、東條くん」
「はじめまして、呉さん」
「キリカって呼んで」
「じゃあ、キリカ、僕は?」
「東條がいい。わたしの、キミのこの響きが好きだから」
「好きなんだ」
「うん。キミは?」
「好きだ。素敵な名前だよ。キリカ」
僕らは、はじめて出会った。
「嬉しい。嬉しい、好き、好き、東條、大好き」
「うん。僕も、キミが、好きだ」
そうか、そう言う事だったのか。
なんだ、簡単じゃないか。愛とは、双方の想いがあってこそ、初めて成り立つものだった。
どれだけ愛を口にしても、向こうが同じ量の愛を抱かなければそれは愛ではない。好意だ。
愛は、自慰じゃない。
人形遊びではない。キリカが東條を想い、東條がキリカを想う。
それが愛と言うものだ。
「こんなところにあったんだ」
初めての感覚だった。東條はキリカだった。キリカは東條だった。
究極のアガペー。慈愛の極地。僕がキミが僕で、私が貴方で、貴方は私で。
申し訳なさとかあったら駄目。後ろめたさとか感じたら違う。尊敬とかも少し違う。
だって、愛は同じだから。自分とあなた、あなたが自分。
そうか、そうだね、そうだよ。そうなのか、おかしいね、おかしいよ。
東條とキリカは指を絡ませあい、手を繋いだ。
そうしようとどちらかが言ったのではなく、そうなった。そうなるしかなかった。
だって、分かっていたんだもの。
それを、求めていたんだもの。偽りの愛が溢れている。
いや、それはもしかしたら本物なのかもしれないけど、今の二人はそれを『違う』と声を大にして言えた。
だって、本当の愛が、ココに、あったんだから。
あなたに、あえて、幸せ。
聞こえるだろう、感じるだろう、知っているだろう。
ああ――、やわらかい
あたたかい
良い匂いの
優しい
気持ちいい
キミを、愛してる
今日、この日、二人は初めてラインを超える事ができた。
快楽の頂点。二人の目から涙が零れた。
大丈夫だったんだ。まだ、自分にも誰かを愛する資格があった。誰かを好きになる心があった。
あなたとなら超えられる。これほど嬉しい事はあるだろうか。
あなたでなら、『生』けるんだ。
『フム』
時間が経つ。外は薄暗かった。
キュゥべえはゴミ箱の中を確認する。次はシーツの上、或いは床の上。
そして最後は、キリカの中。
『凄いね。青少年の射精回数を遥かに超越している』
『きめぇ』
『騎士になった事も多少は影響しているのか。はたまた……』
東條の部屋にやって来たキュゥべえは、改めてベッドの上にいた二人に挨拶を行う。
隣にいたジュゥべえはジットリとした目で辺りを見回していた。
『やあ、ボクはキュゥべえ。よろしくね』
本当はもっと早くコンタクトを取りたかったんだけど。
ああ、いや、そんな話はどうでもいいか。
『しかし、本当に驚いたよ。休憩を挟みつつとはいえ、まさか9時間以上交尾を行うとはね。人間の交尾の平均時間を遥かに超越している』
もぞもぞと、シーツからキリカが首を出す。
「んん、誰? アンタ」
汗で張り付いた前髪を整えながら、スポーツドリンクを飲んでいた。
『うん、うん、水分補給はした方がいい。東條の調子はどうだい?』
「今はちょっと休憩してて、寝てる」
キリカの胸の中で寝息を立てている東條。
キリカはそれを愛おしそうな目で見つめ、頭を撫でていた。
「キュゥべえって、ジュゥべえの仲間なの? 東條をタイガにした」
『そうだよ』
「あ、そうだ。さっきの話」
『?』
キリカはキュゥべえの事を不思議には思っていなかったようだ。
適応力が凄いのか、興味が無いのか。
それとも、『普通』が欠落してるのか。
「世界一、セックスする動物って何?」
『もちろん、状況にもよるから一概にも言えないけど、ガラガラヘビは約23時間にも及ぶと、記憶しているよ』
「そっかぁ、凄いね。超えられるかな」
『超えるつもりなのかい?』
「うん。好きだから」
『なるほど……。しかし別に性行為――、キミ達の言葉を借りるならセックスが全ての愛を証明するツールでもないと、ボクは思うけどね』
「あなた達はするの?」
『ボクたちインキュベーターに性別はないからね。まあボクもジュゥべえも一応オスとして振舞っているつもりではあるけれど、あくまでも記号さ』
「へぇ、カタツムリだね、じゃあ」
『ボクはカタツムリじゃないよ。キュゥべえだよ』
キリカは呆れた様に笑うと、天井に向かって手を伸ばした。
「分かってる。だってこんなの所詮は子供を作る行為でしかない。快楽を得るための一時的な行為でしかないもの」
やってる事は強姦も和姦も同じ性行為だ。
「でも私たちの行為は他とは質が違う。だって、愛があるもの」
『よく分からないな。じゃあ性行為をしない男女は愛し合っていないと?』
「ううん。違うよ。愛が込められてるかどうかだと私は思う」
相手を想い合う事こそが最高の快楽だ。
暴力の比じゃない。性行為の比じゃない。『愛し合う』と言う本質が見えていなければ、キリカ達の行為はただの性行為に映るだろうが。
『まあいいや。ボクが今日、ココに来たのはこんな話をする為じゃない』
「?」
『呉キリカ。キミには、叶えたい想いはあるかい?』
魔法少女。
願いを力に変えて、世界を狙う魔女を倒す希望の戦士。
キュゥべえは使命を、役割を、存在価値を説いた。
そして騎士。魔法少女を守る存在となりうる新たな戦士の確立。
ジュゥべえは東條が薔薇を捨てた日にデッキを渡した。
心の反映、東條の想いはデストワイルダーを生み出し、彼はタイガになる資格を手に入れた。
「じゃあ、つまり、魔法少女になれば東條に近づける?」
『近づく――? その定義がボクには良く分からない』
「同じになれるの?」
『なれないよ。騎士と魔法少女は似て非なる存在だ』
「そうじゃなくて――。ああ、もう」
『キリカ。もっと食いつく場所があるだろう?』
「え?」
『なんでも願いが叶うんだ』
「あぁ……、うん」
『惹かれないのかい?』
「だって、いきなり言われても」
『まあ、そうだね、無理もない』
だったら、例えば――、キュゥべえは赤い目でキリカを見る。
『美国織莉子と仲良くなる、とかでも大丈夫だよ』
「それは駄目だよ」
即答だった。
怯むように、キュゥべえは沈黙する。
『なぜ?』
「愛がない。願いの力で愛は芽生えない」
『芽生えるとボクは思うよ。愛だけじゃない、人の命も復元ができる』
「私は思わないから、違う。愛と命は同じじゃない」
想い合う心は人間が悟らなければならない。
悟りの無い人間に、本当は無い。全てが虚構の世界で、誰が本物になるのか。
それは本物を知っている者にしか理解できない。
『そうかい。なら、他の願いでも良い』
「たとえば――、何があるのかな」
『それこそ、東條に関する物でも良い』
「なるほど、それがいいなぁ」
即答だった。
「うん。うん。ありがとう。今ので決まった」
『?』
「キュゥべえ、私の願いはね――」
『分かった。契約成立だ』
おめでとう、キリカ。
「相棒ッ! おはよう!」
その声で東條は目が覚めた。
少し眠っていたらしい、目の前にはニッコリ笑っているキリカの顔があった。
「おはようのキスをあげるよ!!」
唇が触れ合う。
しかし今までと違うのは、キリカは舌を入れてきた。
東條の口内をキリカの舌が縦横無尽に這い回る。
まるで口の中に別の生き物が入ってきたようだ、東條は固まり、ただ時間が過ぎるのを待った。
そして、キリカの舌が離れる。そのまま舌なめずりをしながら、キリカは妖艶な笑みを浮かべる。
「ヘビはもつれ合い、絡み合い、愛を確かめる。ならば今、私達の行為はヘビと同意であり、それに加え今、私達は繋がっている」
東條は気づいた。
寝ている間に、キリカは東條と繋がっていたのだ。
「私達は今ッ! ヘビを超越したのだ! なんてね!」
上唇を触れ合わせ、キリカはニヤリと笑った。
「キリカ?」
『驚くのも無理はない』
窓の外に影が二つ。
東條は既にキュゥべえを知っていた。
だから特に驚くことは無かったが、話す内容については流石に驚いていたようだ。
キリカが魔法少女になった事について。
「そうなんだ。キリカ、お願いは何にしたの?」
「変わりたいって、言ったんだよ」
考え方、性格を変えた。
変質したキリカはヘラヘラと笑いながら体を動かしている。
「私とキミは相棒なんだって。ね? しろまる」
『ボクはしろまるじゃないよ、キュゥべえだよ』
魔法少女は騎士とパートナー契約を結ぶ事ができる。
キリカはタイガのパートナーになった。笑いながら自分の衣装に刻まれたタイガの紋章を見せた。
そう、キリカは今、裸ではなく、魔法少女に変身していたのだ。
黒を貴重とした衣装、今は下半身の部分だけが消失しており、そこだけは素肌が見えていた。
『魔法少女時に性交をするとは。少し興味深い』
キュゥべえとジュゥべえは二人を観察していた。
「どう? これ」
「うん。可愛いんじゃないかな」
「衣装もそうだけど、今の私」
願いによって変わった今の自分はどうなのか? そういう事なのだろう。
すると東條は即答だった。キリカの頬に触れ、笑顔を浮かべた。
「良いと思うよ。どんなキリカでも、キリカはキリカだから――」
「そ、そか、そかそかそか、ありがとう。東條」
キリカは少し、目を細めた。
刹那、東條の顔から笑顔が消えた。
「なんて、言えばいいのかな。普通は」
「ううん。本音がいい、本音が知りたい。キミの本当が見たいから。お願い東條、キミのガチガチに固まった本音を、私のグチョグチョに濡れた脳に
目と、目が、重なる。
「正直、分からないよ。だって僕、まだキミの事分からないから」
変わった人間が目の前にいるんだ。今日変わったんだ。
だったらそれを知っている人間なんて自分自身だけに決まってる。
他人が分かった気になって色々言うのは、東條的には『無し』だった。
「そういうのなんかちょっと、重いから」
キリカの唇が釣りあがる。
「僕ね、思うんだけど、記憶が変わったら、もうそれって別の人間だよね」
たとえばAと言う人間が記憶喪失になったら、それはもはやAではない。Bと言う別の人間だ。
それをもし、『AはずっとAだよ』、なんて言うのは理解ができない。
「ちょっと、頭おかしいのかなって、思っちゃうかも」
「うん、うん、うんうんうん!」
「でもキリカは元のキリカの記憶もあるんだよね」
「んん! あるよ! ありまくるんだよ! キミとはじめて唇を重ねた時の記憶も、キミの愛が私に入ってきた時の事も全て記憶しているんだ」
「だったら、ちょっと――、ううん、凄く嬉しいかも」
「なんで」
「だって、前のキリカは、もう僕とキミと、キミのご両親しか分からないよね」
他はほとんど死んだし。
それを聞くと、キリカの口が三日月の様に変わった。
「キミがまるで、僕のになったみたいで、正直ちょっと嬉しいの、かも」
「クハッ! クハハハッ! ウヒュハハハハハ!!」
力を込める。表情をこわばらせる東條。
キリカは尚もしばらく搾り取るように力を込めると、武器である黒い爪を出現させる。
長さは自由に設定できるのか。短い爪を出したキリカは、それを分離させて黒いナイフに変えた。
そして左の二の腕がさらけ出される様に魔法少女の衣装を弾き飛ばすと、黒い刃を二の腕に押し当てる。
「なんかさぁ、違うんだよね、みんなと」
『?』
「まぁいのりてぃ! まじょりてぃー、ノーノー! いえす! キリカリティー!」
皆と同じって、本当に意味のあるものなのかな。たまに、分からなくなる。
たとえば、なんだろう? 今日、皆さんに残念なお知らせがあります。
クラスメイトの○○くんが、亡くなりました。
嘘だ、シクシク、馬鹿野郎、なんで自分で命なんて絶つんだ。
怒る男子、嘆く男子、すすり泣く女子。
「はいキモイー、はい寒いー。絶対零度だよ、カチコチだ!」
違うよ、違うよ、違う違う。
って言うかまずそもそも、みなさんご存知みたいなテンションで紹介されても私は誰ソレだよ!
だいたい泣いてるお前ら、そんなに詳しく接してねぇいだろうがよう!
結局、泣いている自分が『普通』だと思いたいだけだ。
「そう、そう――、多数派が取る行動こそが真実であると勘違いする」
そうじゃない、そうじゃないよ、そうじゃなくてもいいでしょ。
事故、事件、災害、病気、人が死ぬ理由はいっぱいある。
それを持ち上げてSNSでお悔やみ申し上げます。
寒いよ、寒い寒い、そういうのじゃないんだ、私は。
「私は、ね」
「僕もだよキリカ」
マイノリティもマジョリティも否定するつもりはない。
しかし染められるかどうかは別ベクトルの話だ。
人は皆、全てが多数派にならなくてはいけない訳じゃない。
キリカが思う事は、思うだけならば自由なのだ。
十人十色という言葉があるが、人の考え方はそれだけ枝分かれし、広がっていく。
「同じだなんて、どうとでも言える」
そういうのが、キリカは寒かった。
今なら理解できる。優しい言葉は愛じゃない。同調できる言葉こそが愛なのだ。
キリカは自分で思っている、普通じゃない、だから普通ではキリカは縛れない。
「なんで、どうして、これから、そんな言葉は空でしかない。繰り返されるけど、僕らは否定しなくちゃならないんだ――と、思う」
東條は
「だから教えてよ、キリカ、キミの全部が知りたい」
「いいよ。フフフ、それにね、東條」
変わったのは理由があった。
「愛は無限に有限だ」
愛の液体を満たす器は海ではない。
容量があるのかもしれない。それを思えば、変わる事はキリカにとって大切な事だった。
変わる――、とはすなわち過去の自分は胸の奥にしまいこむ。
「前キリカの唇に触れたのは君で最後だ。前キリカの処女を散らしたのはキミであり、最後に繋がったのはキミで終わりだ」
独占もまた一つの大いなる愛の形である事にはかわりない。
限りある時間のなか、限りある容量をどう効率的に使うかはキリカも考えた部分だ。
だからこそ変わった。変わった事で、独占と言う愛が動き出し、愛を永遠にしてくれる。
「あのキリカは、もうキミの物だよ」
「……嬉しいかも」
「フフ。良かった。それに、今の私もキミに染まる」
もうファーストキスは済ませたし、処女も東條が破った。
「楽しみだね。これはジェネシスだよ。新しい時代のアダムがキミで、イブが私。そうだよね相棒、そうだろ東條。フフフ」
キリカは二の腕に刃を深く入れ、そのまま腕を裂く。
肉が見えるほどに腕がぱっくりと裂け、そこから血が滴り落ちた。
健康的な肌色の体を赤い血が伝い、東條の胸に落ちる。
東條は無表情で血を指ですくい、ジッと見つめる。
奥には部屋を照らすライト、手前には指についたキリカの血。
「キリカは血も、綺麗だね」
「ねえ、東條。私のキモチ、分かる?」
「分からないよ。でも、分かるかも」
東條は血がついたまま指を咥えた。
するとキリカの頬が赤く染まり、彼女は嬉しそうに唇を噛んではにかんでいる。
必死に無表情を保とうとするが、ニヤケてしまい駄目になる。
肩を震わせ、キリカは期待に満ちた眼差しで東條を見つめた。
「おいしい?」
「キリカの味がする」
返事はキスだった。
東條の唇を舐めると、キリカは優しく微笑む。
『きもちがわるいよう』
「ねえ、いい?」
「うん」
ジュゥべえの言葉は無視。
キリカの問いかけに東條は迷わずイエスを返した。
何をするのかは言って無いのに、悟ったような様子をしている。
だからキリカが持っていた黒のナイフを腕に刺しても、東條は表情一つ変えなかった。
すぐに、東條の腕にはキリカと同じ傷ができた。
ベッドの上が赤く染まっていく。破瓜の際についた血液をすぐに上回る量の血であった。
その中で、キリカは自分の傷を東條の傷に合わせた。
「ん」
甘い声が漏れる。血が、溶けて、一つに交わる。
痛みと痛みが、重なり合った。
「見て、私の傷と、キミの傷が、キスしてる」
「うん。痛い、すごく痛い」
「私もさっきは痛かったから、おあいこだよ。でもすぐ良くなるから」
キリカは微笑み、東條の頭を撫でた。
「分かる。分かるだろ、しろまる、くろまる」
『……なにがだい?』
「これが私達のセックスなのさ」
『………』(かえりてぇ)
想えば、想いあえば、重なり合えばソレで良い。
「だから私と東條は会話もセックス。頭を撫でる事もセックス。食事をする事もセックス。掃除をする事もセックス。一緒に手を繋いで出かければソレもセックス! あたりまえだけど交わればセックス! みんな、ぜんぶ、それこそ息をする事だってセックスになるのさ!」
今、傷を付け合うのも性行為であるとも言える。
「そしてもしも仮に愛の証明がセックスでなければ。たとえばそう、首を絞める事であれば、今すぐに私は東條を絞め殺してやる」
でもそうしたらもう会えない、もう話せない。
気づけばキリカは泣いていた。
「それは、カナシイ」
東條も泣いていた。
「うん。悲しいね」
これもまた、セックス。
『………』
「分かるだろ、しろまるぅ」
キュゥべえ。ジュゥべえ。
ともに、感想、記号一つ。
『?』
結果、インキュベーター、理解放棄。解析不能。
『ジュゥべえ、どう思う?』
『キモすぎ。なんつうの? ヤベエなコイツ等』
『いや、そうじゃなくて。その前の――』
『え?』
『いや――、いや。いいや』
すると微かに物音が聞こえた。
これは、そう、ドアを開く音だ。静寂の中で、人の声もかすかに聞こえる。
「お父さんと、お母さんだ!」
「わわっ!」
今までの大人しさが嘘のようだった。
東條は声を張り上げ立ち上がると、興奮したように部屋の中をウロウロと。
一方でベッドから落ちたキリカは痛そうにお尻をさすっている。
「ごめんね、キリカ」
手が伸びた。キリカの前に手があった。
「いいの?」
何が?
「うん、もちろん」
何が。
「行こう、キリカ」
「うん!」
嬉しそうに二人は部屋を飛び出した。
そして、夜、食事がはじまる。ジュゥべえとキュゥべえの分もあるようで、豪勢にも肉が皿の上に置かれ、二匹の前に置かれている。
リビングの食卓。
椅子にはパジャマ姿の東條とキリカが並んで座っており、向かい側には東條の両親が並んで座っている。
キリカは緊張しているのか、肩を強張らせ、先ほどからずっと視線が泳いでいた。
「あはは……、どうしたのキリカ。そわそわして」
「だ、だって東條! ご両親の前なんだもの、そりゃ私だって緊張するさ!」
「大丈夫だよ。父さんも母さんも優しいから。あ、コチラ、さっきも紹介したと思うけど呉キリカさん」
「ど、どーも! 呉キリカともーします! 本日はお招きいただきまちて!」
「落ち着いて落ち着いて。パパ、ママ、キリカはね、僕の一番大切な人なんだ」
「わっ! って、ちょ! と、東條! お父様とお母様の前でそんな!」
「だって本当の事なんだから、仕方ないよね」
「も、もう!」
「ごめんね、お父様、お母様、今までは二人が一番だったんだけど、キリカになっちゃった」
「て、照れるってば! ああもう、食べましょう! 頂きます!」
「ごめんキリカ。困ってる顔も、好きだから」
「だ、だから二人がいる前で! お、お父様のご趣味はなんなんですか?」
「父さんはね、ゴルフが好きなんだよ」
「そかそか、ゴルフ。うーん、高級なご趣味ですな」
「母さんはなんだっけ? えーっと、思い出せないかも」
一番幸せな日だった。久しぶりだ、家族で食事をするのは。
東條は涙が出そうになった。前には大好きな両親。横には大好きなキリカ。
このまま時間が止まってくれればと、神に祈る。
『ジュゥべえ、どう思う?』
『普通にキモい』
ジュゥべえは皿に乗っている肉を蹴った。
食べられない事は無いが、インキュベーターは食事をする必要は無いし、そうであったとしても擬似的ながらも感情を持つジュゥべえにとっては最悪の食事であった。
誰が食べたいだろうか? 他人の母親の腕なんて。
「ほーい、東條、あーん!」
「き、キリカ。流石に恥ずかしいかも」
「もう、なんだよう、さっきは私を困らせたくせに!」
楽しそうに話す二人の周りは赤。
東條の家は白を貴重としていた。白い壁、白い床、それが今は全て赤。
なにより、さきほどから喋っているのは東條とキリカだけだった。
向かいの席にいる両親はジッとキリカを見ている。当然だ、眼球が動かないんだもの。
愛は、与える側と与えられる側がいてこそ成り立つ存在だ。
箱の中に一人では、愛など育めるわけも無い。
キリカと出会えて本当に良かったと――、東條は思っている。
やっと、今になってやっと気づいた。
愛じゃない。愛な訳がない。愛である筈がない。
どれだけ想っても、どれだけ愛しても父も、母も、愛を返してはくれなかった。
言葉だけ、虚構だけ、愛じゃない、愛ではない。
だから言える。方程式は解き明かされた。
東條は、両親を、愛していない。
でもキリカは愛してる。
はじめての共同作業だった。逃げ惑う両親の髪を掴み、デストクローで、黒い爪で、切り裂いた。
「ねえ、東條、一つだけお願いがあるんだけど、聞いてもらえるかな」
冷凍食品を食べ終えたキリカは、伏し目がちに東條を見た。
「なに?」
「キミのご両親の心臓が食べたい」
可哀想だとキリカは想う。
どうして東條と言う素晴らしい存在を愛してあげなかったんだろう。愛せなかったんだろう。
彼はこんなにも優しくて残酷で暖かくて冷たくて頼もしくて弱くて儚くて脆くて弱くて強くて醜くて美しいのに、どうしてそれを理解してあげなかったんだろう。
欠落してる。壊れてる。欠陥品だ。
可哀想な人間。なんて愚かな人間。そんな彼らを愛してあげたい。楽にしてあげたい。
だって大好きな人の親、愛したいに決まってる。
「いいよ」
東條はニコリと笑って、即答した。
キリカは手を伸ばした。三本、刻まれた線の隙間に手を入れる。
強く、強く、引っ張ると、赤い宝石が出てきた。魂の果実、キリカはそれを二つ、目の前にならべた。
「東條君は、私が幸せにします」
心臓にキスをする。
直後、キリカは口を開いた。
大丈夫、魔法少女は強いから、おなかは壊さない。
歯が、赤い果実にゆっくり沈んでいく。
愛が成立しなければ、なんの為にいるの? いらない。欠落してる。
だから完璧にしてあげたい。体の中で一つになれば、キリカは東條の両親になれる。
それで東條を愛してあげれば、きっと、東條は両親に愛される。
「んぐっ、はむっ、んぶ」
口の中が冷たい嘘で満たされる。
ああ、かわいそうに。かわいそうな相棒。
キリカは今すぐにでも東條を抱きしめてあげたかった。
こんなに冷たい嘘に包まれちゃ、生きてなんていけないでしょ。
立派になんて、なれないでしょ?
東條は、ジッと、それを見ていた。
隣にはデストワイルダー。唸り声をあげて東條に擦り寄っている。
「大丈夫、寂しくない、キリカ、ありがとう。ありがとう……」
租借が進むたび、広がる赤の味。
「キリカ」
「んぐ?」
二つ目をゆっくり、噛んで、飲みこんだ。
はじめまして、ありがとうございます。お義父さん、お義母さん、あなた達はずっと私と一緒!
あなた達ができなかった事、してあげられなかった事、全部、私がしてあげるから!
楽しみにしていてよ。
「キリカ、キリカ、キリカ」
「なぁに? どうしたんだい、東條。おいおい落ち着いてくれよ、待ちきれないって気持ちが伝わってくる。後ろ足が跳ね上がっちゃってるよ!」
笑みが、重なった。
「アイシアオウ」
記号的。
けれども、それは、感情に響いた。
あい、アイ、愛。
藍、逢、遭、間、相、会、合、哀、I。
愛。
キスが重なる。
キリカは強く、強く、千切れるくらい東條を抱きしめた。
力が込められるほど絞り出るように涙が零れていく。
はじめてだった。両親、二人に、抱きしめられたのは。
「お父さんとお母さんが、言ってくれたよ、東條を任せたよって」
「うん。キリカ、ありがとう……」
「お腹がいっぱいだよ。けふ。キミのご両親はお腹にたまるなぁ」
これだけ重さがあるのに、どうして愛してあげられなかったんだろうね。
「眠ろうか。死んだように眠ろう。君と一緒なら、たとえ明日が天国でも地獄でも、私は幸せさ」
決意がキリカを駆けた。
欠落した部分を、自身が完璧にしたいと。
「ごちそうさまでした」
『………』
間。
『わけがわからないよ』
『最初から最後までお気持ちが悪い。オイラ、ゲロ吐きそう』
夜が深くなっていく。
その日、東條とキリカは二人並んで眠った。
シーツを変えて、綺麗な白の上で二人は手を繋いで眠った。
世界とか、社会とか、学校とか、未来とか、希望とか、そういうのじゃないと思う。
ただ何を感じて、どう生きたくて、何がしたくて、何をしたくて、そういう物を考えた時、隣にいる人は誰なんだろうって考えたことがある。
煌く世界の中で、僕は、私は、一人なんかじゃなかった。
でも、まだ、少し、分からない。
存在しているなら、意味がある筈なんだけど、なんだか、それが、見えない。
傷ついて、苦しんで、失って、それでまだ、僕達はなんで生きているんだろう。
なんの為に、生きているんだろうか。
ふと、それは気になった。
「お父さん! お母さん! どこ、どこにいるの!?」
朝、キリカは東條の泣いている声で目が覚めた。
「パパッ! ママ! 分からない! どこ! どこにいるの!?」
東條はすすり泣き、家の中を探し回っている。
お父さんと、お母さんがいないんだ。かわいそうに。キリカは頭をかきながら体を見る。
いろいろベタベタだ。適当に取ったタオルで体を拭いてみる。
(う゛ー、結局ほとんど寝ないでシちゃったなぁ)
しかし、嬉しそうに微笑むキリカ。
背後では絶叫が聞こえた。泣き叫ぶ声が聞こえた。
血は塊り、赤黒く染まった部屋の中、東條は地面を転がって泣き叫んでいる。
キリカはシャツを着ると、東條を抱きしめる。
「ねえ、お風呂入ろっか」
「……うん」
浴槽には並んで座った。
キリカが東條の頭を撫でると、東條は少しだけ笑みを浮かべた。
「暖かいお風呂はキモチイイね。ぬくぬくで、ポカポカで、なんでも忘れられるよ」
「ねえ、キリカ」
「どうしたんだい?」
「僕ね、お父さんとお母さんが、いないんだ」
「そっか。いつから?」
「ずっと、昔から」
目を背け続けていただけなんだ。
いる、いる、そんな事を言い聞かせて、ずっと逃げていた。
「気づくのが怖かったんだ」
知ってる。全部分かっている。理解していたのに。
「英雄になりたかった。そうすれば、きっと僕を愛してくれるって思ってた」
「ならなくていい。キミは弱いから、君は英雄じゃない」
キリカの方を見る東條。口付けが飛んできた。
「無いものを見続ける事ほど、虚しい事はないよ」
ある物まで見落としてしまう。
キリカの上唇と東條の上唇が触れ合う。
「キミは、もう、自由だ」
「………」
「私はキミを愛してる」
ボロボロと、東條の目から涙が零れた。
認めればいいのか、認めなければならないのか――。
ただ、両親が嫌いになったから、怖かったから、愛していたから殺したのを。
「うぅぅうぅぅうぅぅッ!!」
ただ、ひたすらに、泣く。
殺したくなんてなかった。殺したくなんて、なかったんだ。
「大丈夫、東條、私がいる」
キリカは思う。なんて、なんて、脆いんだろう。
だからこそ好きになった。だからこそ傍にいたいと思った。
繊細で、可哀想で、彼を守る事が存在意義になる。
そしてなにより、厚い仮面の中に、キリカは確かに自分を見た。
大丈夫、大丈夫、壊れない、だって、あなたは私だから。
「東條、私はキミを愛してるよ」
東條がいなければ、とっくにキリカは壊れていた。
だから、愛してる。恩人であり、友人であり、恋を教えてくれたから。
キリカは腕の傷を東條に見せる。東條は微笑んで傷を見せた。
僅かに痕が残っているだけで、双方しっかりと傷自体は塞がっていた。
「あ」
お風呂から上がり、ニュースをつけると、学校のニュースがやっていた。
一クラス全員がバラバラになって死んだ。中には誰か分からない死体もあったと言う。
目撃者の証言から東條悟、呉キリカ、他数名が行方不明になっているが、生存は絶望的だと。
「デストワイルダーに食べさせたから」
両親も。しかし大量の血は消せない。
「ねえ、キリカ」
「うん?」
「もういいよ。もう十分だよ。本当にありがとう」
警察が東條の家に来れば、東條は疑われる。
逃げても、留まっても、もう何も無い。
「キリカには、お父さんとお母さんがいるでしょ?」
刹那、鉄拳が飛んできた。
めり込む拳、鼻から血を出して、東條は倒れこむ。
「え? え? え?」
「心にも無いこと言うなよ、馬鹿」
キリカは倒れた東條を抱きしめた。
後ろめたさがあった。確かに両親はいるし、嫌いじゃない、むしろ好き。
でも、後ろめたさがあった。もっと良い娘になれたとか、もっと優秀な姉でもいれば良いんじゃないかとか。
そう思ってしまった時点で、愛は、消えてしまった。
「東條がいれば良い。東條がいてくれれば、私はいいんだよ」
「………」
「壊れちゃう。ヤダ、いかないで、一人にしないで。私はキミが思っている以上に、もう駄目なんだ」
今度はボロボロとキリカが涙を流す。
「お願い、捨てないで」
結局、もう壊れてる。僕も、私も、あなたも、キミも。
でもマイナスはプラスにもなる。マイナスが二つあれば。
「ずっと一緒にいようよぉ」
あの日、キリカはクラスメイト達を皆殺しにする気だった。
しかし今、確信しているのは、そんな事はできなかったと言う事だ。
失敗して、誰も殺せなくて、それからたぶん怒られるか最悪少年院。
両親を悲しませて、でも結局何もできない。ああいう奴等は注意されたくらいじゃ直らない。
殺したくて、殺せなくて、たぶんもっと壊れてた。
でもタイガが、あの騎士が救ってくれた。したい事全部してくれて、心を守ってくれて。
そして知ってる、重厚な鎧の中はとっても弱いって事が。自分と同じ弱いもの。
だから守ってあげたいとも思う。思える。
存在価値を証明してくれる。醜さをさらけ出せる。考えてる事が、手に取る様に分かる。
「離れたく、ない」
「……うん」
理解。
そうか、東條は立ち上がる。
キリカも、弱いんだな。
「行こうか」
「どこに?」
「どこか、知らない場所」
「いいの?」
「いいの?」
笑みがこぼれた。
「「いいよ」」
お気に入りの服を着て出かけよう。
全部捨てて、全部超えて、二人で一緒に飛び出そう。
東條は二本のマゼンダ色のラインが入った青いパーカーを来て。
キリカは白いシャツにピンクのネクタイを着て、飛び出した。
買ってもらったけど全然乗らなかった自転車を引っ張り出した。
リュックにお金をつめて籠の中へ。そしてキリカを後ろに乗せて、東條はつまらない世界に飛び出した。
どこへ行こう。どこへでも行ける。君となら、君がいれば。この世界はきっと地獄だ。
綺麗に見えるけどたぶん地獄だ。嫌な事、つまらない事、下らない事、辛い事、たくさん、いっぱいある。けれど、でも、忘れてた。
良い事も、少しはあるんだと。
「ふう! 速い速い!」
騎士に変身した事で、通常時でも東條の身体能力は跳ね上がる。
かつて無いスピードで街を駆け、いつもなら曲がらない場所を曲がっていった。
荷台に座っていたキリカは途中から立ち上がり、楽しそうにはしゃいでいる。
後ろから警察官が声を張り上げた。危ない二人乗りは止めなさい。
東條は無視してスピードを上げた。騎士の身体能力があれば、車より自転車は早くなった。
キリカの魔法もあれば、誰も二人に追いつけない。
楽しかった。綺麗だった。朝焼けに包まれて、二人は走った。いつもの景色も、なんだかとても綺麗に思えた。
自由、何にも縛られない自由。見滝原を出た。風見野も越えて行く。
ビルが少なくなってきた。緑が多くなってきた。全然疲れなかった。
嬉しかった、楽しかった。ドキドキした。
途中で野良犬を轢いた。犬は死んだ。ごめん、謝った。命って簡単に消えるんだなって思った。
「はい、コレ」
「ん、さんきゅ、相棒」
山が見えた。
道の駅で二人はソフトクリームを手に、ベンチに座る。
「おいしいね」
「うん。甘い」
「東條は何味?」
「バニラ。キリカは、チョコ」
「うん、そっちも美味しいそうだね」
「少し食べる?」
「いいの! ではありがたくキミの行為を受け取るよ!」
「おいしい?」
「んーッ! さいッこうだね! 体の中がバニラになってとろけてしまいそうだよ」
「僕もさ、そっち、貰って良い?」
「おおとも! 遠慮せずにぜひ貰ってくれよ!」
「うん、おいしい。そっちにすれば良かったかも」
「えぇ? でもバニラの方が美味しいだろ?」
「……ううん、チョコの方が良い、かも」
「バニラだよ! 絶対バニラ!」
「ちょ、チョコだと僕は思うけど……」
「なんだよう! 東條は分からず屋だな!」
「き、キリカだって、ちょっと味覚がおかしいんじゃないの!?」
「ムムムムッッ!」
「うぅぅッ!」
平日の道の駅はそれなりに人がいたけど、みんな違う方向を見ていた。
その中で、唯一、東條とキリカは向き合っていた。
「ぷ! ぷははは!」
キリカが笑う。東條も釣られて笑みを浮かべた。
「わかった」「わかった」
理解した。分かり合えた。同じになれた。
「「キミのが美味しいんだ」」
愛おしい。
キリカは素早くコーンをほお張ると、一気に租借していく。
「慌てなくていいのに」
「ふぁっへ、わらひのねふひょうに、あいふははへはへないよ」
だって、私の熱情に、アイスは耐えられないよ。
キリカはソフトクリームを飲み込むと、ペロリと唇を舐める。
「ね、東條、キス、していい?」
「……うん」
愛が理解できる。愛を感じる。
キリカは目を閉じた。唇を優しく押し当てた。
ポタポタと、東條の手にソフトクリームの雫が垂れていた。
唇を離すと、キリカは不満げだった。
「たりないよぉ」
「で、でも、皆いるし」
「いいじゃないか! 世界に私達の愛を見せびらかす良いチャンスじゃないか!」
「は、恥ずかしいよ」
「もう! 相棒はワガママだな」
「キリカが自由すぎるんだ」
「えへへ、羨ましい?」
「う、うぅん」
キリカは東條の手を引くと、走り出した。
気づけば、世界は夕日で赤く染まっていた。
赤く染まる人間達は、東條達にとっては皆、血まみれに見えた。
みんな、死んでる様に見えた。
「今日はもう休もっか」
「うん、そうだね」
お金だけは無駄にある。
けれども普通のホテルじゃ宿泊時に色々面倒な手続きをしなければならない。
そうすると非常に都合が悪い。だから適当に見つけたカラフルなホテルに二人は泊まった。
ニュースでは東條の両親が行方不明になった事件が報道されていた。
クラス集団猟奇殺人事件と関係あるとして警察は捜査してるようだが、おそらく真相にはたどり着けないだろう。
続いて、行方不明になっている子供の両親のインタビューが放送された。
みな涙ながらに訴えていた。返して、憎い、見つけて。
無理、無理だよ、みんなデストワイルダーのお腹の中だもの。
ふと、映像が切り替わる。キリカの両親が映った。
「えい」
キリカはテレビを消した。
「えい」
お風呂から上がった東條をベッドに押し倒した。
「キスして」
「え、でも」
「さっきのじゃ足りないんだもん」
東條は知っている。大丈夫、大丈夫だよキリカ。
僕は分かってるからね。たぶんだけど、きっとだけど、おそらくだけど、理解してるからね。
「愛して、欲しいんだね」
「……うん。私だけを見て、私だけを知って」
「僕でなくても――」
「それは違う。それだけは違う! 最初はそうだったのかもしれない。でももう、キミじゃないと駄目なんだよッッ!!」
「……分かってる。大丈夫だよキリカ。僕も同じだ」
手を握り、唇を重ねた。
なんの意味も無いと言えばそうだ。壊れたと言えばそうだ。
しかし、それが全てだった。ただ求め、ただ重ね、ただ愛し合う。
それで自己が確立され、証明される。
「あ」
翌日、飲み物を買うときに道の駅に立ち寄ると、そこに面白い物を見つけた。
昨日は店の端の端、隅っこの方で一人の男が座っていた。
『なんでも占います』
やろうと言った。
けれども一つ、困った事が。占い師には名前を告げなければならない。
困った、まいった、どうしよう。
「ねえ、相性占いもできる?」
「ああ。俺は何でも占える」
赤紫のジャケットを着た男は自信満々に答えた。
だからキリカは東條の手をキュッと握った。強く、握った。
「僕らの名前、他には出さないでくれる?」
「ああ。占い師にとって守秘義務は絶対だからな」
「じゃあ、僕は東條悟」
「私は呉キリカだよ」
占い師の男の表情が変わった。
その名前はまだ、有名だったから。
ニュースを見ている者ならばピンと来るだろう。
どうやら占い師はそういう類の人間だったようだ。しかし、あくまでも表情を変えただけだった。
「占ってくれる?」
「俺は警察じゃないし、記者でもない。占い師だ」
占い師はコインを投げた。
最後に、マッチの炎を通して東條達を見た。
「お前らの相性は最悪だな」
キリカはテーブルを蹴った。
占い師は汗を浮べてタンマをかける。
「待て、最後まで聞いてくれ。相性は悪いが、しっかり話し合う事で、お互いの事をもっと理解できるだろう。一度理解できれば、相性は良くなっていく」
「ふぅん」
嬉しい様な、悲しい様な。
ただ、帰り際、占い師はサービスで一言アドバイスを。
「呉キリカと東條悟の相性はどうにもパッとしないが――」
コインを弾いて、占い師は笑った。
「東條キリカと東條悟なら、最高だぞ」
「……マジ?」
「マジだ。俺の占いは当たる。じゃあな」
キリカは特に何かを言う訳ではなかった。頬を赤くして、とても嬉しそうだった。
東條もそんなキリカを横目で見て、嬉しそうに微笑んだ。
それからは移動した。川が見えた、鳥が見えた。猿がいた。びっくりした。トンネルを通った。
お昼は今にも潰れそうなラーメン屋さんで食べた。キリカはチャーシューを東條から奪い取った。
喧嘩になった。すぐに仲直りした。キスをした。
自転車をこいだ。疲れたらデストワイルダーの背中に乗った。
人に見つかった。逃げた。山道を通った。ボロボロの小屋を見つけた。
じゃれ合いながら小屋の中を見てみた。白骨死体があった。変な空気になった。お墓を作った。キスをした。
自転車をこいだ。ジュースを飲んだ。辺りが暗くなってきた。キスをした。
ホテルに入った。
朝が来るまで肌を重ねた。愛が見える気がした。
「普通の女の子みたいな事、してるのかな」
休憩にご飯を食べながら、聞いた。
「わかんない」
「嬉しいような、複雑なような」
分からないから、キスをした。
朝が来た。
「うわー、綺麗だね東條!」
「うん。いつもなら、こんなの見られないからね」
辺り一面、どこを見ても田んぼが広がっていた。
自転車を止めて、二人は手を繋いで畦道を歩く。
緑、緑、どこを見ても緑。上を見れば快晴、風が二人の髪を心地よく揺らした。
はじめての事、はじめての物、二人ならこんなに感動できるんだ。
東條もキリカも、思わず顔がニヤけた。
「ちょーしはどうですか!」
農作業をしている女性に話しかけた。
キリカ達は旅行と言う事にして、おばさんと仲良くなる。
おむすびを貰った。今まで食べたどんな物よりも美味しかった。
「お二人、もしかして芸能人? なんか見たことあるかも」
「きのせー、きのせー、ね? 東條」
「うん。僕らは一般人だから」
ホテルのテレビで見たけれど、世間のニュースは更新された。
ショッピングモールが爆発し、多くの人が死んだらしい。
教室で起こったみたいに死体がバラバラにされる事件が起きたらしい。
信じられないスピードで、世界は東條とキリカを忘れた。
泊まる所が無いと言うと、おばさんは自分の家に東條達を泊めてくれた。
暖かいごはん、暖かいお風呂、涙が出そうになる。
でもキリカはカラスの行水。どうやら視界に東條が入っていないと不安になるみたい。
部屋は二人で一つ。布団を並べて、東條とキリカは体を寄せ合う。
「ねえ、東條」
「なに?」
「幸せそうだったね」
おばさん、おばさんの旦那さん、おばさんの両親、おばさんの子供たち。
可愛かった、優しかった、みんな笑ってた。
これぞ、幸せの象徴な家族の形がそこにあった。
「羨ましいね」
「うん」
「バラバラにしたいね」
「ぐちゃぐちゃにしたいかも」
殺せる。殺れる。
今すぐこの家に住む全員をバラバラにして血の海にできる。
けれど、やらない。羨ましいけど、羨ましくなんてないから。
「ねえ、東條」
「待って、キリカ」
「え?」
「たまには、僕からがいい」
愛を、証明した。
「ねえ、キリカ」
「んん?」
「結婚しよう」
「いいよ」
間はなかった。
「愛してる」
「うん、私も」
当たり前の様にキスをした。
「あがき方とか、サボり方とか、間違えたかもしれないけど、キミといる時間が、一番楽しいから」
「私も、相棒といる時間が一番。東條と過ごす時間が宝物」
それしかないからだけど、それでいいから。
「これからよろしくね、東條」
「うん。よろしくね、キリカ」
この日、この夜。呉キリカは死んだ。
東條キリカは、東條が眠るまでずっと優しく微笑んでいた。
ある日、自転車をこいだ。
喫茶店には無愛想な店員がいた。
「飲んだらさっさと帰れ」
酷い人だと思ったが、マスターの話を聞くと、その人は恋人を病で失ったらしい。
いや、正確にはまだ生きている。しかし目覚めない。
目覚めなければ愛は帰ってこない。だからもう恋人ではない。
ある日、場末のゲームセンターに行った。
キリカはクレーンゲームに夢中だったので、東條はやった事も無い格闘ゲームに百円を入れた。
暇つぶしのつもりだったけど、向かいにいた人が百円を入れたので対戦になった。
その人は強かった。すぐ負けた。笑い声が聞こえた。
向こうを見た、向こうも東條を見ていた。
「はぁい、おれの勝ちぃ、ざまみそピーナッツ! アンタセンスねぇよ、死ねばぁ!」
キリカはその少年を殴った。
殴って逃げた。東條もキリカも笑っていた。楽しかった。
夜は体を重ねた。言葉を重ねた。
次の日、キリカが大発明をしたと持ってきたのは糸電話だった。
携帯電話はもう捨ててきた。だから二人は紙コップに耳を当てる。
「もしもし、聞こえますか東條さん」
「もしもし、聞こえてますよ、キリカさん」
「そうですか、それならいいのです。東條さんに質問があります」
「なんですか?」
「私のどこか好きですか?」
「全部です」
「不満です。軽く聞こえます。訂正を求めます」
「ではその前に質問があります」
「なんですか?」
「僕のどこが好きですか?」
「全部です」
声を出して笑った。
苦しくなるまで笑ったのは久しぶりだった。
いや、初めてだったかもしれない。
「本当だよ、本当だけど、僕を壊してくれたところかも」
「私を壊さないでくれたことかな」
また笑った。似てるようで、違う。
優しさとか、真面目さとか、そう言うのは大切だけど、誰でも持ってる。その人しか持っていないものを持つ資格が、二人にはあった。
東條でなければならない。キリカでなければならない。それがあったんだ。
「好きですか?」「好きです」
「愛してますか?」「愛しています」
「本当ですか」「嘘かもしれません」「な、なんだってーッ!」
涙目になるキリカ。東條は笑う。
「冗談だよ」
「ふざけるなーッ!」
キリカは糸電話を投げ、飛んだ。
抱き合って、キスをした。
間違っているのかとか、間違っているかもしれないとか、そんな事はもう考えない。
過去は過去、今は今でしかない。全てを背負う事もなければ、全てから逃げ出す事もない。
そんなドラマチックめいた事ばかりが起こるわけじゃない。世界は平坦で、つまらなくて、でもしっかりと前に進んでる。
分かってる。分かっているんだ。
「はい、東條。あーん」
「あ、あーん」
「はい良くたべまちたぁ。美味しいかい?」
「うん。おいしい」
分かる。分かるよ。
「あのすいません、ちょっとインタビューいいっすか?」
「お、なんだい? 私達に聞きたい事でも?」
「いいですよ、なんですか」
「じゃあ、あの、何で生まれてきたのかって分かりますか? 正義ってなんだと思いますか?」
分かる。いつか終わる。
愛は永遠だが、永遠に育めるものじゃない。
人は有限だ。だからいつか、東條とキリカは別れる。
怖い、怖いね、恐ろしいね。
「……なんでそんな事?」
「あ、今度そう言う特集を組もうかなって。BOKUジャーナルって言うんですけど。あ、あと! 俺、これが最後の取材になるかもなんで!」
記者の男の人は笑っていた。
悲しそうに、笑っていた。
答えは分からなかった。二人は謝って、自転車を進めた。
仕方なく、生きていた。
そして言い訳みたいに愛を見つけて、肌を重ねて、でもそれは悪い事じゃないと思っていたけど、結局妥協してるだけにしか過ぎないんだろうか。
「やり残した事とか、ある?」
東條が聞いた。家を出て、随分多くの時間が流れた。
目の前には海が広がっている。一面の海が広がっていた。
キリカは波の音をボウっと聞いていたが、しばらくして口を開いた。
「ないよ」
「嘘が下手だね、キミ」
「もう、傷つくなぁ」
キリカは大きく伸びを行ってため息をつく。
「なんだろ、ちょっと考えたらさ、一つあったかもって」
「へぇ、どんな事?」
「今はもう他人だけど。昔、えりかって娘と友達ごっこしてた」
聞けば、キリカが塞ぎこむようになった原因を作った女の子であった。
幼い頃、キリカは明るくて優しい娘だった。そして親友がいた。それが、えりかだ。
キリカとえりか、似てる名前、まるで姉妹の様だねと笑いあった記憶は今もすぐに思い出せる。
「大人になってもずっと一緒だって、約束もしたんだ」
しかしえりかの両親が性格の不一致で離婚。
えりかは母親についていくため、転校する事になった。
キリカは泣いた。えりかも泣いた。キリカは最後に、えりかが欲しがっていた『うさぎいも』と言うキャラクターのぬいぐるみをプレゼントしようとした。
しかしその人形を買った帰り、えりかを本屋で見かけた。
えりかは、本を盗んでいた。
子供ながらに苦しい思いがあったのだろう。反発心が社会反抗と言う選択を導き出した。
キリカはえりかを必死に説得した、えりかは聞かなかった。えりかは逃げた。キリカは万引き犯として掴まった。
結局キリカは開放されたものの、えりかが最後まで自分がやったことを告白する事はなかった。
えりかはキリカに罪を押し付けたまま、引っ越してしまったのだ。
裏切り、キリカは傷つき、以来暗い性格になってしまった。
人と目を合わせるのが辛い、言葉が出ない。そんな地獄に、えりかがしたんだ。
「キリカを悲しませたんだね。僕が殺してあげようか? スライスにしてあげるよ」
「うん。殺して欲しい」
しかしキリカは笑顔じゃない。
「でも、殺してほしくない。分かるよね?」
恨んでる。でも、傷ついた。
どうして傷ついた? 分かってる。本当に好きだったから傷ついたんだ。
だから傷ついてほしい訳がない。
「……会いに行こう」
「――でも」
「大丈夫。僕がついてるから」
「……うん」
キリカは東條の手を引いた。
「でも、その前に、しよ?」
キスをした。
怖いんだね、キリカ、分かるよ、分かってるよ。
東條は微笑んで、キリカを抱きしめた。ホテルは近かった。抱きしめれば震えは止まる。
快楽があれば余計な事は考えなくて良い。その日、二人はガラガラヘビを超えた。
声がかれるまで上がる嬌声は、東條にとっては愛おしかった。
ずっと昔に教えてくれた。
どこに行くの? あの町に行くの。
その町の名前を覚えていたのは、きっとたぶんそれだけ心に残っているからだろう。
もちろんずっとその町にいる保障はなかったけど、二人はそこに向かった。
まる一日かけて、その町につくと、町中を探し回った。二日かかった。
でも、ふと立ち寄った公園のブランコに、彼女が座っているのが見えた。
「悲しそうな表情をしてる」
「え?」
「可愛い顔が台無しだ」
外にハネた髪、少し太めの眉毛。
間宮えりかは、隣でブランコをこぎだしたキリカを見て、一瞬信じられないと言う表情を浮べた。
そして近づいてくる東條を見て、表情を焦りに歪めた。
「え? え? だって――、ニュース……ッ!」
「なんで、どうして、これから、そんな事は考えない方がいいよ」
「え? あ……」
えりかはしばらく無言で動かなかった。
しかし、しばらくすると、悲しそうに笑ってブランコを揺らし始めた。
「二人がやったの? あれ」
キリカは東條を見る。少し悲しげな表情だった。
「ご想像にお任せするよ。たっぷり妄想してくれよ」
「そっか。うん、そうする」
「怖くないの? って言うか、私の事覚えてるかな?」
「覚えてるよ。久しぶり、キリカ、元気だった?」
「うん。元気元気、元気がモリモリすぎて毎日困っちゃうよ」
「そか、良かったね。昔とあんまり変わってないね」
「そうかな? 一つ、大きく変わったよ」
「へぇ、なにが?」
「呉キリカじゃなくなった」
「え?」
「今の私は、東條キリカなんだよ! えっへん!」
「本当に!? へぇ、凄いね」
えりかは笑みを浮かべたが、それはすぐに消えた。
「怖くないよ。だって、なんか最近、いつ死んでも良いって思うようになってさ」
「物騒だね。どうしたんだい?」
「お母さんがね、再婚するんだって。笑っちゃうよね、もうオバサンなのに」
継父との関係がうまくいかず、えりかは最近悩んでいるのだと。
「いきなりお父さんとか呼べないって。あはは。困っちゃうよね」
「仕方ない。愛は、究極の存在だからね」
「愛、愛か、あはは、キリカは東條さんのどこが好きなの?」
「……そういう質問は好きじゃない。私達だけならいいけど、他人に口を挟まれるのは嫌なんだ」
だって愛を知らない人が知ったように愛を語ろうとする。
愛を知ろうとして、進入してくる。どこを愛しているのかを知って、一体どうしようって言うんだ。
どうせ知ったとこで何も無いくせに。無を生み出すために、大切な愛を語らせられる。これほど頭にくる事はなかった。
「どれくらい愛してるとか、尺度じゃないんだよ。数値じゃないんだよ。そういうのに縛られるなんて、愚かだ」
「ご、ごめん」
「……いいよ、別に。知りたいって気持ちくらいは理解できるから。まあそうだな、強いて言うなら、私は東條のためなら何でもできるよ」
死ねって言えば舌を噛んで死ぬし。
海に飛び込めって言えば冷たい日本海にも飛び込める。
心臓がほしいと言われれば胸を掻き分けて、心臓を捧げるし。
「キスしたいならいつでもする。セックスだって、したいならココでしてもいい」
「せ、セックスって――!」
顔を赤くして、ばつが悪そうに俯くえりか。
しかしすぐに皮肉めいた笑みをうかべ、大きくため息をついた。
「あたしのお母さんも、あの人とするのかな? ああ、もう、気持ち悪い」
その時、東條の表情が曇った。
刹那、キリカ、判断。決める。えりかを殺そう。
東條を不愉快にさせたゴミは全て細切れにするべきだ。
えりかをバラバラにすれば、きっと東條は笑顔を浮かべてくれる。
待っててね、今すぐ、殺すから。
「ごめんね、キリカ」
「………」
ソウルジェムを持つ手が、少し、震えた。
「今更遅いかもしれないけど、あの時のことは、ずっと――、考えてて」
「うん。あの、それは……」
「もう、遅いかな」
静寂が流れた。
キリカはブランコを止めて、頭をかいた。
「キミのせいで、私は変わってしまった。誰も信じられなくなって、怖くなって、暗くなったよ」
「……ごめん」
「でも、それは本当にキミのせいだったのかな? それも思う」
「?」
「私は元々暗くて、結局キミがいても、いなくても、成長すればああなってたのかも」
「でもキリカは――」
「今の私は、東條が作ってくれたんだ。だからッ、その、東條がいてくれなきゃ私はもうたぶん、ここにいなかった。だから、でも、だからこそキミの事が忘れられなくて……!」
「……どうすればいい?」
「殺したいほど憎んでるって言ったら嘘になるのかも。でも、なにもないって言うのは納得できなくて――!!」
キリカはため息をついた。
「私は、キミの事、どう思ってるのかな?」
「そんな事……」
「言われても、困るよね。ごめん」
「……いいよ、別に」
「え?」
「あたしを殺しても。いいよ」
毎日がつまらないらしい。
何をしても、何を見ても、気まずくて、下らなくて。
「あたしもさ、ほら、あんまり人付き合いとか苦手でさ、友達もいないし」
「………」
「キリカと違って好きな男の人もいないし。付き会った事も無いし。処女だし、ノロマだし、ダメな子だし。屑だし、アホだし、馬鹿だし」
「そっか」
じゃあ殺そう。
キリカは決め――
「違うよ」
「え?」
ずっと口を閉じていた東條が、言葉を放った。
「キリカはずっと、キミの事を考えてたと思う……けど」
「そ、そうなの?」
キリカは首をかしげる。分からない。
「キリカはキミと、また、仲良くなりたかったんじゃないかな」
でなれば、会いたいなんて、言う訳もない。
この今、この状態、この時、キリカの会いたいはそれだけ重い意味があると東條は分かっている。
「お願いがあるんだ。えりかさん」
「なんですか?」
「また、キリカの友達になってくれないかな」
「え……?」
えりかはキリカを見る。
うつむいて、困っている。モジモジして、縮こまり、どうしていいか分からずに震えてる。
「キリカは、キミが好きなんだよ」
「東條ッ、私は――」
「………」
えりかは、キリカを見た。
キリカは困ったように東條を見た。
東條は、えりかを見ていた。
「キリカ、本当にごめんね。あの時は、私、本当におかしくなってて」
「え? あ、うん」
「酷いよね。でも、ずっと謝りたかったのは本当だから」
「……ん」
「だから、キリカ、もう今更遅いかもしれないけど――」
涙は流れていなかったが、えりかは泣いている気がした。
「また、あたしと友達になってくれる?」
愛が、『あ』ってしまった。
「私は、そもそも、ず、ずっと友達だと……思ってた」
「そっか、同じだね」
「同じだ……ね」
東條は心の中で拍手を行った。
愛が、あったんだから。
「ねえキリカ、東條さん。行くところあるの?」
「ないよ」「無いかも」
「そっか。じゃあ今度こそ、一緒にいようか」
えりかはキリカの手を握った。
キリカは嬉しそうな、不安げな表情で東條に手を伸ばした。
東條は微笑むと、キリカの手を握った。
公園で三人の男女が手を握り合う。
奇妙な光景ではあったが、そこから見る空は、キリカにとって世界で一番美しいものだった。
えりかの家は二つあった。大きな家に、小さな離れ。
離れは一階は倉庫になっており、二階にはえりかの部屋とトイレ、シャワールームがついていた。
受験に集中できる空間と言う建前だったが、本当は双方が気を遣っての空間だった。
えりかはそこにキリカと東條を住まわせてくれると。
えりかは両親に最後の切り札を使った。
大親友が困ってるから、しばらく住まわせてあげたいと。
何も聞かないで、絶対に部屋には入らないで、一生のお願いだから。
お願いします、お母さん、お父さん。
はじめて呼んだ父と言う単語。
そしてはじめてのお願い。えりかの両親は了承し、キリカ達は無事に居候になった。
「あははは!」
「ふふふふ!」
「………」
えりかの街には海があった。
キリカとえりかは、はしゃぎ合いながら海辺を走っている。
水を掛け合い、楽しそうにはしゃいでいる。それを東條は砂浜で、城を作りながらジッと見ていた。
その表情は、無。
えりかが学校に行っている間は、東條とキリカは手を繋ぎながら街をブラブラ散歩する。
そしてえりかが帰ってくれば、キリカはえりかと笑いあった。
キリカの中にはしっかりと、えりかと過ごした記憶があった。
好きな音楽、漫画、アニメ、歳相応な女の子がそこにはいた。
それは、東條の見たことが無いキリカだった。
カラオケに行った。漫画喫茶に行った。ボウリングに行った。ダーツに行った。
バッティングセンターに行った。釣堀に行った。
キリカは笑っていた。楽しそうに笑っていた。
東條はジッと、キリカを見ていた。
「東條さん。ありがとう」
「え?」
ある日、東條は、えりかにお礼を言われた。
「キリカが言ってた。明るくなれたのも、あたしの所に来れたのも、全部東條さんのおかげだって」
「いいんだ。だってキリカはキミに会いたがってたから」
「それを気づかせてくれたんだよ、東條さんは」
えりかは笑顔だった。
「キリカ、言ってたよ。東條さんといる時が、一番幸せだって」
「え……?」
「キリカを幸せにしてあげてね」
東條は少しだけ微笑んで頷いた。
しかし、すぐに真顔に戻った。
「キリカ」
「どうしたんだい、東條」
その日は夕日が綺麗だった。
展望台から見えた公園では、子供達が親に迎えられて帰っていく。
「いかないで」
思わず東條は口にした。
「どこにも行かないよ」
キリカは東條を抱きしめると、優しくキスをした。
何度目のキスだろう? しかし、いつも、心が温かくなる。
一人じゃないと教えてくれる。東條の目から、雫が落ちた。
「キリカ」
めずらしく、東條から舌を入れた。
「いかないで」
「いかないよ」
続きがしたいと言ったら、キリカは嬉しそうに微笑んだ。
今日日、ホテルなんて探せばどこでもある。
キリカはワクワクした様に忙しなく動き、頬を赤く染め、ピョンピョン小さく飛び跳ねていた。
「相棒から誘ってくれた! 東條から誘ってくれた!」
「嬉しそうだね、キリカ」
「最近東條からシてくれなかったらね。私の心臓はもうドキドキして破裂しそうだよ!」
東條に飛びつくキリカ。
抱きしめ合い、もう一度キスを交わす。
顔が離れると、キリカは笑顔だった。
「―――」
悟。
「キリカ」
「どうしたんだい?」
西日が二人を照らしている。
東には、何もなかった。
「別れよう」
「へ?」
キリカの動きが止まった。
「僕達は、一緒にいちゃいけないのかも。たぶん、きっと、そう思った」
「な、なんで?」
しかしキリカはすぐ、笑顔に変わった。
「分かった。分かったよ東條。嫉妬してくれてるんだね。えりかと仲良くする私を見て、えりかに嫉妬してるんだ!」
キリカは嬉しかった。心の中から喜びのマグマが溢れてくる。
嬉しい、嬉しい、幸せ、楽しい、嬉しい。
「ひゃっほう! かわいいな東條。大丈夫、キミが望むならえりかを八つ裂きにするよ。よしきた、今日しよう、えりかが帰ってきたら彼女を殺そう!」
笑顔。
「とても、大切な人は、一人で良い!」
笑顔。
「ダメだよ、キリカ」
無表情。
「僕が一番じゃ、ダメなんだ」
涙。
「え?」
愛が、終わった日。
だって東條は、えりかを殺すと言うキリカが好きじゃない。
キリカが東條の事を一番と言ってくれたのは最高に嬉しかった。
だが、同時に、最高に悲しかった。
だってそれじゃあ、ダメなんだから。
東條が好きになったのは、東條が好きじゃないキリカなんだ。
「ガォオオオオオ!!」
東條の背後から飛び出したのはデストワイルダー。
キリカに飛び掛ると、押さえつけるように体を掴む。
「え? あ、と、東條!?」
「じゃあね、キリカ。今までありがとう」
「う、嘘でしょ? 嘘だよね? 止めておくれよ、こんな冗談!」
本気だった。
東條はキリカに背を向けると、ひたすらに走り出す。叫び声が聞こえた。無視した。
行かないでと言われた。無視した。
「う――ッ」
涙が零れる。悲しくて、寂しくて、苦しくて、東條は涙を零しながら走った。
違う、違うんだ、ごめんキリカ。悪いのは全部僕なんだ。そうやって謝罪の言葉を頭の中で連呼する。
そう、違う。キリカは何も悪くない。悪いのは全部自分なんだと、東條は分かっていた。
たしかに嫉妬した。醜い嫉妬だった。キリカがえりかに向ける笑顔をみると、妬ましさがこみ上げてきた。だって今までキリカは自分だけに微笑んでくれたのに。
殺したくなった。
キリカはしっかりとその殺意を見通していたが、一つだけ、彼女は間違っている。
東條は泣いた。泣きながら走った。違う、違うんだ、ごめん、キリカ。
僕が、殺したくなったのは、えりかさんじゃなく、キミなんだ。
「うぐッ、ひっく!」
東條は自分を危険視していた。
東條が嫉妬で殺したくなったのはえりかではなくキリカ。
そんなことを考える自分が『普通』なわけが無い。
愛を独占したいが、それが正しいものとは思えない。東條は気づいてしまった。
いや、もっと前に気づいていたんだけど、気づきたくなくて目を反らし続けた。
しかし気づいてしまう、どうあっても気づかざるをえない。
「うあぁぁあぁあぁあッ」
自分は壊れている欠陥品なんだ。
悲痛な泣き声をあげ、東條はボロボロ涙を零しながら走った。キリカから逃げた。
分からない。分かれない。どうすればよかったんだ。思いたい訳が無い、キリカを悲しませたい訳が無い、苦しませたくない。
なのに、なのに、殺したくなった。
違う、こんな自分は違う。
でも嘘ではないんだ。そんな自分がただただ嫌いだった。
いつもそうだった。望む世界はキラキラしているのに、いつも自分が濁りを生み出す。
自分自身が望む未来を壊していく。
もう、悲しいのか、苦しいのか、辛いのかすら分からない。
全てが嘘に見えた。全てが虚構に見えた。なくなっていく。
体から全ての感情や心が零れ落ちていく。
指の隙間から光が零れていく。分からない、もう何も理解できない。
今、どこにいる? 僕は誰だ? 本当の自分が分からない。
仮面を被っているから、厚い鎧を被っているから、自分でも本当が見えない。
「うぐッ!」
転んだ。泣いた。痛い。
手を差し伸べてくれる人はいない。
『人は孤独じゃ生きられない』
一人と孤独は違う。
『お前はとくにそうだ。弱く、醜く、一人じゃ前も見えない』
ジュゥべえがいた。
理解できなかったみたいで、声をかけた。
『キリカを求めたのはお前だろ。何故お前から拒絶する?』
「怖かった……!」
『恐怖を忘れるために肌を重ねたんだろ。孤独を忘れるために唇を重ねたんだろ。なのに今更、お前、何言ってんだ』
「愛が欲しかった。でも、僕が一番怖いのは、愛だった」
東條の知っている愛は壊れていた。壊れてしまった。
愛はいつか壊れる。でも無いと生きられない。
嫌だ、壊れてほしくない、でも壊れる。それを知っているから怖くてたまらなかった。
いつからかずっと、キリカを奪われる悪夢に取り付かれていた。
それは夢、それは想像、それは妄想。
取り込まれていく幻想真実。
ふとした時にキリカが見えなくなる。そしてキリカが前に現れたとき、彼女は他の男の腕に抱かれていた。
嫌いな奴、知らない奴、『男』は変わっていった。
でも皆がその太い腕をキリカの胸に伸ばす、キリカの股に伸ばす。
髪を撫で、頬を撫で、キリカは嬌声を上げる。
そして東條を、可哀想な目で睨むのだ。
「気づけばキリカが、犯されてる。僕以外の人に、奪われる」
愛されれば愛されるほど、失った時の事が頭に張り付いてくる。
愛すれば愛するほど、奪われる恐怖に駆られる。夢を見た。幻を見た。
キリカが助けてと叫んでいる。手を伸ばしている。しかし何もできなかった。
ただ座って、ただ歯を食いしばってキリカが無理やり犯されているのを見ているだけしかできない。
キリカは泣き叫ぶ、キリカはその内に快楽に染められていく。
東條はただ耳を塞ぎ、目を塞ぎ、涙を流すだけしかできなかった。
気づけば、クローゼットの中に閉じ込められていた。
吐き気がする、頭がいたい、嬌声が耳に張り付く。
鼓膜が破れそうだ。東條は泣いた。泣いた、泣いて、泣いた。
もう前にはキリカはいない。
『アホかお前は。お前はキリカとずっと一緒だった。キリカが他の男に触れる機会なんて無い。お前が一番知ってる』
「そう、そうなんだ。でも考えてしまう。思ってしまう。それで、苦しむ」
心が張り裂けそうになる。東條は泣いた。
意味が分からない。ジュゥべえは笑った。キリカ視点で考えてみればこれほど滑稽な話はない。
なにもしてないのに、恋人は妄想に駆られ、別れを切り出したと。
「分かってる。僕はキリカを信じなくちゃいけない。でも、妄想が、幻想が、僕を苦しめる――ッ! 世界は地獄だ」
『つまり、大切な物を作るのが怖いんだな、テメェは』
欲しかったのは愛ではなく、自分の言いなりになってくれる人形だ。
全てを肯定してくれて、全ての悲しみを包み込んでくれる都合の良い存在が欲しかった。
東條は気づいてしまった。愛じゃない、ただのわがままだった。
キリカはたまたま付き合ってくれていただけだ。
えりかと触れ合うキリカを見て、東條は初めてキリカが生きる人間だと理解しただろう。
『うわべだけの関係が良い。傷つけあう関係はいらない』
キリカがそこにいるのに、いなくなる。
「キリカの笑顔が好きだった」
しかし、東條に向ける艶やかな笑顔より、えりかに向ける無邪気な笑顔が好きだと気づいてしまった。
東條が好きなキリカは、東條がいると現れない。
『愚かな生き物だぜお前は。愛が欲しいのに、愛が来ると拒絶する。お前は一体何がしたいんだよ』
「分からない。なにも――、分からない」
なんの為に生きているんだ。愛せないのに、なんで生きてるんだ。
ニンゲンは皆、愛の為に生きている。誰かを愛するために働いてる。それは自分でも良い。
誰かを幸せにしたいから戦ってる。なのに東條は分からない。他人も自分も愛せないから、怖いし、分からない。
キリカは納得してくれるだろうか? 自分を忘れてくれるだろうか?
苦しいけど、それでも、東條はキリカには幸せになってほしかった。
「悪い子にならないと……」
『は?』
フラフラと、東條は立ち上がる。
「そうだ、悪い子になれば! きっとキリカは僕を嫌いになってくれる」
そしたら、キリカは僕じゃない人を好きになる。そしたらキリカは、幸せになれるんだ。
隣を見ると、病院が見えた。この街で一番大きな病院だった。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
悲鳴が聞こえた。
ナースの首が宙を舞っていた。人が逃げ惑う。医者が人を掻き分けて出口に向かう。
ゆっくりと、タイガは歩いていた。その手には斧、デストバイザー。
血が垂れ、近くにいたのは腰を抜かしていた男の人。
「あ」
斧の刃が、深く、男性の肩に食い込んでいく。
男性は死んだ。男性の処方箋が落ちた。ただのアレルギーだった。
フラフラと、タイガは斧を引きずるようにして病院の中を歩いていく。
叫び声がうるさい、タイガは静かなところに行きたくて、エレベーターの前までやってきた。
チン。と、音がして扉が開く。
中には一階に降りてきた人たちが箱の中に入っている。
親子、老夫婦、おじさん、おにいさん。
「ガアアアアアアアアアア!!」
空間がはじけ飛んで、中からデストワイルダーが飛び出した。
咆哮を上げ、白虎はエレベーターの中に入っていく。扉が閉まった。
中から悲鳴が重なって聞こえてくる。
十秒ほど経ってタイガがもう一度ボタンを押すと、扉が開いて、赤く染まった箱の中にタイガは足を踏み入れた。
肉の塊を蹴り飛ばし、スペースを空けると、適当にボタンを押して上に行く。
端の方には肉の山があり、頂点には男の子の頭。その上にジュゥべえが立っていた。
タイガとジュゥべえは前を向いたまま、黙って上に上がっていく。
『何がしたい?』
「……悪い子にならちゃくちゃ」
『なってどうする』
「キリカが嫌いになってくれる。そうしたら、きっと、彼女は幸せになれるんだ」
扉が開いた。悲鳴が聞こえた。
タイガは斧を振り回しながら降りていった。
ジュゥべえはゆっくりと外に出て、小さく息を。
『お前はどうなる?』
切った。斬った。抉り取った。
逃げようとしていたのか、看護婦がベッドを押していた。
肩を掴み、斧を横に振るった。看護婦さんの首が落ちて、血がタイガの鎧を赤くしていく。
「お、お願いします! お願いだから助けて!!」
ベッドに寝転んでいた女の人は泣きながら懇願した。
「赤ちゃん。赤ちゃんが産まれるの! 私はどうなってもいいから、何をしてもいいから! お願いだから赤ちゃんだけは助けてぇえッ!!」
鼻水を流しながら、涙を流しながら、おしっこを漏らしながら女の人はタイガにお願いをした。
「一人ぼっちは寂しいから、お母さんはそばにいてあげないと、ダメなんだ」『ストライクベント』
デストクローが装備される。
「つめたいから、怖いから、辛いから、本当に愛するなら――」
タイガは妊婦の腹に爪を入れて、赤ん坊ごと突き殺す。
「産まない方が良いよ」
気づく。
「お母さん。お腹の中の赤ちゃんが、ありがとうって言ってくれた気がしたよ」
タイガは仮面の裏で小さく笑う。
「まって、まってお願いまってぇええええええええええ!!」
骨折したお兄さんの足を切った。
胸を切った。お兄さんは動かなくなったんだ。
「ひぃぃいぃいぃぃっ」
お祖母ちゃんのお見舞い、えらいね。
良い家族ですね。お父さん、お母さん、お兄ちゃん、妹ちゃん。
みんな細切れになった。
「なんで、なんでぇ? 明日、退院だったのに――ッッ」
運が悪かったんですね。
トイレの個室に入ってるおじさん。三つになった。
「――ァ、ァ」
よく分からない機械に繋がれているお爺さんの首を折った。
キリカ、見てる? 僕は最低でしょ? 屑でしょ? 馬鹿でしょ?
こんなクソ野郎、愛する人間なんていないんだよ。
それでいいんだ。だから君は僕を嫌いになりなさい。
そうしたら、たぶん、きっと、君はもっとまともになれるから。
「……え?」
ふと、タイガはガラスを見た。
「え? え? え?」
誰だ、これは。
僕は、誰だ?
なんで、何も映って無いの?
「なにこれ」
窓には誰もいなかった。無が、立っていた。
『………』
ジュゥべえは黙って見ていた。
タイガの前には、当然、しっかりと血塗れのタイガが映っている。
「ん? んん? ん!?」
タイガには、視えなかった。
幻聴が聞こえた。タイガは公園に立っていた。
いや、や、いやいや、もう止めよう。
面倒くさい書き方は終わりにしよう。つまりタイガは思い出しただけだ。
そしてガラスに映った血まみれの自分を見た時、脳がその光景を無に摩り替えた。
防御機構。
傷つかない様に心へ掛けるプロテクト。
良い子は見ちゃダメ、脳みそがそうしてくれた。
『そうなんだ。僕はね、怒られたこと無いよ、凄いでしょ』
『ううん。そんなことないよ』
『え?』
『だってね、ぼくのおかあさん、いってたよ? おこるのは、ぼくをあいしてるから、なんだって』
『え? え?』
『おにいちゃんは、あいされて、ないんだね!』
顔の無い男の子の声がタイガの耳に聞こえていた。
『怒るのは、僕を愛しているから』
あ。あ。あ。
「ダメだ」
『んン?』
「これッ、あ! ダメだな」
『なにがだよ』
斧が落ちる。
タイガは頭を抑え、上ずった声でダメを連呼した。
「怒られる」
『?』
「こ、こ、こんな悪い事したらッ! キリカに怒られるゥウッッ!!」
タイガは両手で頭を押さえて、天を仰いだ。
そもそも、あれ? なんでこんな悪い事しているんだ?
人を殺すなんて。絶対にしてはいけない事じゃないか。
もう一度窓を見た。ガラスに胎児が映っていた。
『人殺し』
赤ちゃんが笑った。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
タイガの鎧がはじけた。
ダメだ、ダメだ、助けないと。東條は上ずった悲鳴をあげて、目の前にいたお爺さんの体を揺する。
「大丈夫ですか! しっかり、しっかりしてください!!」
息が無い。ダメだ、首が変な方向に曲がってる。
戻さなきゃ、東條は首をまた曲げる。ブラン、ダラン、元には戻らない。
そうだ、心臓マッサージ。必死に頑張るが、よく分からない。
そうだ、ADLだっけ? AEDだっけ?
それがあれば皆が助かるかもしれない。
東條は叫びながら廊下を探す。無い、無い、あった、でもボロボロに壊れてる。
「誰だよ! 壊したの! 他のありませんか!!」
叫ぶ。だが誰も答えない。
「なんで誰もいないのォ!!」
お前が殺したんだよ。
「ウアァァアァアァ!!」
叫び、東條は戻る。
何をすれば良い? パニックになるが、見つけた。
そうか、これか、どうすればいい? 東條は点滴の液を外すと、パックを啜り、口の中に液を満たすと、人工呼吸を行うため唇をお爺さんの萎れた唇に押し当てた。
そして息を吹きこむと、口の中の液がお爺さんの口の中へ入っていく。これでいいんだろうか? 分からない。東條は心臓マッサージを再開した。
「戻って来い! 戻ってこい! 戻ってきてよ!!」
おじいさんは動かない。首が後ろを向いている。
「なんで!? なんでダメなんだろうか! た、助けてデストワイルダー!」
アドベントを使用していないのに来てくれるのは、歪ながらも東條を好いていると言うことだ。
デストワイルダーは東條のお願いを聞き入れ、東條の変わりにお爺さんに心臓マッサージを行う。
一発、二発、重い拳が胸に叩き込まれる。胸骨が割れ、あばらが砕ける音が聞こえた。
「やめてよ! もう肉の塊じゃないかッ!!」
デストワイルダーはイライラしたのか、爪でお爺さんを引っかいてしまう。
肉が削ぎ落ち、お爺さんは肉ブロックへ変わった。
「み、みんなぁ、どうして死んじゃったんだよぉおッッ!!」
涙が出てきた。
そして、銃声が聞こえた。
「ひぃい!」
咄嗟に姿勢を低くしたのが良かったのか。
それとも初めから威嚇射撃だったのか。
銃弾はすぐ傍にあった花瓶を破壊するだけに終わった。
東條は目を見開き、前を見る。するとそこには銃を構えている男がいた。
「東條悟ですね」
「え? え?」
「確信しました。お前が、一連の犯人だと言う事を」
人間に。それもあくまでも子供にできる事ではないと皆が言った。
しかしその男は東條が怪しいと睨んでいた。そして追い続け、『同じ力』を手にした事で確信に変わった。
そして、だからこそ、言える。
「化け物め。人の心を失ったか」
その男、刑事、須藤雅史はデッキを前に突き出した。
そして構えを取ると、そのデッキをVバックルに装填する。
「変身!」
鏡像が重なり合い、シザースは瞬時、カードを発動する。
怖い、怖い、怖い、東條も気づけばタイガに変身していた。
そして逃げようと踵を返す。後ろは壁だった、窓しかなかった。
背中に衝撃が走った。撃たれたんだ、タイガは窓ガラスを突き破って空に放り出された。
怖い怖い怖い怖い。なんで、こんな――。
「助けて、おかあさん、おとうさん」
地面に落ちた。激しい衝撃と痛み。
咳き込んでいると、シザースが目の前に着地した。
「どれだけ死んだと思っている!!」
「ぐあぁッ!」
シザースバイザーが装甲を抉る。
火花が飛び散る。抵抗はしない、できない。気づいてしまう。
シザースは怒っている。当たり前だ、だって、あんな事、信じられない。
僕は、悪だ、悪は死ぬ。悪は滅びる。僕は悪。
「もうやめて」
「黙れッ!」
殴られた。痛い。
お腹が痛い。
『悟ちゃん。お腹がいたいのね、ほら、ママがポンポンさすって上げるから』
「おかあさん、ぽんぽん、さすって」
斬られた。
痛い。お父さん、助けて、悪い人がいる。
「いや、いや、違う」
ごめん父さん。僕だった。
悪い人は、僕だった。
「キリカ、どうしたの!?」
えりかがキリカを発見したのは、東條がキリカから別れてすぐの事だった。
この展望台はよく二人がいる場所だ。世界を見渡せるところは気持ちが良い。
だけどえりかが様子を見に来たとき、キリカは地面を転がりまわり号泣していた。
「ヤダヤダヤダヤダぁ!!」
子供の様に泣いていた。
えりかがキリカを抱き上げると、キリカはえりかにしがみ付き、何が起こったのかを話し始めた。
呂律の回らない言葉であったが、東條が別れを告げて去っていったと。
キリカも追いかければ良かったのだが、デストワイルダーが消滅した後は、転げまわって泣いていたわけだ。
「離れたくないよぉおお!!」
「東條さん。なんで……」
そこでふと気づく。キリカの向こうに宝石の花が咲いていた。
「え?」
綺麗だ。綺麗だが、おかしい。
ふと、えりかはハッとして顔を上げる。
するとそこには、知らない街が広がっていた。
「は?」
『絶望に引き寄せられてやって来たのか』
キュゥべえの声はえりかには届かない。
もちろん、キリカにはしっかりと聞こえていた。
『立った方がいいよ。呉キリカ。寝転んだままだと、死ぬからね』
「………」
振動。それはえりかにも見えたから、悲鳴が上がる。
ビスチェをイメージした花瓶の様な筒状のボディ。
上には宝石がちりばめられ、その中央には球体状の眼球が一つ。
下にはカニのような脚。腕はパールのネックレスの様な球体を連ねたアーム。
「なに、あれ。オナホールにアナルビーズついてる」
『……いやいや。あれは宝石の魔女、ジュリーだよ』
絶望に引き寄せられ、やって来たのだろう。
それはキリカであったり、或いはえりかであったり、当然東條であったり。
キリカは泣きながら地面を蹴った。速度低下でジュリーの動きを封じ、黒い斬撃を刻み込んでいく。
しかし、違和感。キリカが時間を戻すと、全く怯まぬジュリーがそこにいた。
『硬いね。手数で攻めるキミとは相性が悪い』
プラス。
『東條が危険だ』
「えッ!」
シザースに襲われていると。
しかし、襲われるには襲われるだけの理由がある。
なんの罪も無い人を殺すことは正しい事なのか、間違っている事なのか。
それはあまりにも簡単な問いかけだろう。
シザースは刑事だ、東條をその場で裁くこともやむなしだろう。
正義の為に拳を振るうシザースと、血に塗れたタイガ。
どちらに味方をする事が正しい事なのか、キリカには分かるだろうか?
『それを理解して欲しいから、東條はキミを拒絶した意味もある』
キュゥべえの目が光る。
キリカの中に東條の想いがビジョンとして入っていく。
愛しているからこそ拒絶する。東條は果たして、キリカの助けを望んでいるのだろうか?
そもそも、ジュリーに勝てるのだろうか? ジュリーの防御力は打ち破れない。
だったらこのまま殺される可能性もある。
「逃げて、行って、キリカ」
「え?」
えりかの笑顔があった。
「さっきね、お母さんとお父さんがキスしてるの見ちゃった。キモイよね、はっきり言って」
首筋には、キスマーク。
キリカの首筋にもたまにできるが、それよりももっとハッキリして、気持ちの悪いキスマーク。
ジュリーのキスは、心を蝕む。
「なんかさ、はっきり言ってさ、あたし、死にたいの」
「えりか……」
「なんも上手くいかないの。勉強もしんどいし、学校ではいじられキャラで通っているけど、あれ本当はいじめだし」
キリカと過ごす時間は楽しいけど永遠じゃない。
この世界の辛いところは、どうにも楽しい事だけをしちゃいられないって事だ。
そのバス、乗車拒否はできますか? できるとしたら方法はなんですか?
決まっている。
「無理。しんどい。未来とか、全然見えないし」
受験、辛い。
就職、辛い。
家族、辛い。
友達、辛い。
世界、辛い。
未来、辛い。
世界、怖い。
「誰が助けてくれるの?」
友達は代わりに受験してくれるの? 代わりに就職してくれるの?
「死なせて、キリカ」
「………」
「最後に会えて嬉しかった」
いつまでも永遠じゃない。いつまでも今のキリカとはいられない。
社会、世界、それは他人とは寄り添えない。
傍にいる事はできるけど、いつも、結局、自分だけ。
「………」
魔女の口付けで自殺願望を刺激されているとは言え、今の言葉は間違いなく、えりかの本音だ。
生きろ、頑張れ、希望はある。そんなありふれた言葉で救えないのはキリカが分かっている。
だってキリカ自身がそうだったからだ。誰もが強くは生きられない。
ドロップアウトしてもいいじゃないか。
キリカはそれを他者の死で行った。
しかしキリカも分かっている。それは間違いだ。正しくは、自らの死、自殺だ。
死ねば、終わる、死ねば、報われる。
えりかは苦しんでいる。守れるか?
無理だ。不安を取り除くにはその存在を排除しなければならない。
世界を消すか? 無理なんだよ。
「ごめん、えりか。ありがとう」
キリカは地面を蹴った。
えりかを置いて、ジュリーの頭上を飛び越え、走り去った。
「……ばいばい」
ジュリーの目が光る。すると、えりかの足元に熱が走る。
視線を向けると、脚が宝石になっていった。
ジワリジワリ広がる宝石化、えりかは目を閉じて、楽しい思い出を心に映し続けた。
友情があった。お互いを想い合う友情があった。助け合う友情があったのだ。
「英雄に――、違う、ただ、僕を好きになって欲しかった」
タイガは抵抗しなかった。殴られ、傷つけられ、攻撃を受け続けた。
きっと、望んでいる。終わりが見える。もうすぐいける。待っててね、お父さん、お母さん。
地面にへばりつき、タイガは呼吸を荒げる。
「どこで、間違えたんだろう」
「孤独や劣等感が人を狂わせる事は理解できる。貴方の環境を調べるうち、同情はできますよ!」
しかし、許されない。
「辛いから、寂しいから、それらは無関係の人を傷つけて良い理由にはならない!」
正論です。ごめんなさい、刑事さん。
「刑事さん、僕はなんのために生きたんでしょう。生きればよかったんでしょう」
愛が無いのに、生きる事もできない。
「無いなら、愛すればよかった。違いますか」
「僕はお父さんの精子とお母さんの卵子で生まれた肉の塊です。心がなくて、欠落品で、だから神様の工場でできた不出来な劣悪品だから、愛せないんです。愛するのが、怖いんです」
「ならずっと怯えていれば良かった! 悲しいけど、いつか分かり合える人に出会えるかもしれなかった! なぜ殺した! なぜ傷つける!!」
殴られる。血を吐いた。
仮面の隙間から赤が吹き出した。
「あ、ちがう、ちがうんです。僕は愛していた。愛していたから、殺したんです。怖がってたから、嫌いになって欲しかったから」
「ならば何故、他人を愛する事ができない! 一人の為に世界を傷つける! そんな愛が本当に正しいと、お前は思っているのか!」
「がはッ! だ、だって愛してたから。他の人には悪いけど、他の人は他の人だから。だから、キリカだけでいいから」
キリカだけ? シザースは吼える。
「そこまでして、なぜ自分の人生を愛せない!」
罪を背負う事が、自分の人生を輝かせるファクターな訳が無い。
確かに、怖い、辛い。しかしそれを他者を傷つける理由にしない事こそが人間のあるべき姿ではないのか?
嫌いだから殺す。気に入らないから傷つける。
なんのために理性がある? なんの為に耐える機構があるんだ。
なんで、おまえ、人間なんだよ。
「普通で――、別に良かったじゃないですか」
「……普通になれない僕達は、どうすればよかったんですか」
「それでも、普通になれば良かった」
もうお前は戻れない。
もう許されない。
「死ね、東條悟」
シザースはデッキに手をかけた。
刹那、黒が視界に現れる。
「遅くない!」
ステッピングファング。
黒い爪が一勢にシザースの装甲を傷つける。
呻き声をあげて倒れる騎士を前に、キリカはタイガの前に降り立った。
「キリ……カ」
「遅くないよ、東條。キミはまだ遅くない」
キリカは思い切りタイガの頭を蹴った。
苦痛の声が上がる。しかしそれだけ、キリカは手を伸ばした。
「今のは悪い事したバツ。今度したらもっと酷い事するからね」
「な、なんで来たの?」
「キミが好きだからに決まってるだろ」
即答だった。タイガの目から涙が零れた。
「ダメだよ」
「うるさい。私はそれでいい。私達はそれでいいだろ」
二人で一人なんだ
「欠けたら、ダメなんだよ」
「僕と離れれば、君は幸せになれるのに?」
もう一発殴った。ムカつくから殴った。
「そんな幸せになんの意味がある?」
確かにそういう道もあるのかもしれない。
そういう幸せも悪くないのかもしれない。
でも自分を偽って手に入れる幸せなんて、どれだけ後で良いと思えても適応しているだけにしか過ぎない。
そんなの虚構だ。
もちろん向こうの意見も理解できる。
だから、その上で修正すれば良い。人間に許された選択じゃないか。
「私の幸せはキミといる事なんだよ」
東條が傍にいるから、えりかと居ても楽しかった。
東條が居るから、世界が輝いていた。
「あの日、あの時、私の人生が決まったんだ。どれだけ不出来でも欠落してても、私はそれが良いって思うんだよ」
だから東條の意見はいかない。
彼と別れる事が幸せになる事ならば――
「私は、幸せにならなくていい」
「でも――」
「それが私の、幸せだ」
キリカが前を見ると、シザースが立ち上がっていた。
「ふざけるな! 罪を無視する事は、絶対に許さない!!」
「相棒だって分かってる。自分のした事がいけない事だって――」
キリカは停止。
そして、舌打ち。
「あ、違うなコレ」
「ッ?」
「違う、違う、違う違う違う違うゥウウウ!!」
そんなんじゃねぇ!!
ああ、もう、全部違うわ。
「相棒は、東條は間違ってないッ!!」
「!」
「何を! この罪が間違って無いと!」
「ああ、間違って無いね! 嫌いなヤツ、殺したいって思うのは普通だろうが!」
「間違ってる!」
「間違ってない! キリカちゃんが宣言するよ、間違ってないッ! そうだろ東條さんよう!」
「ま、間違ってると……、僕は――ッ、思う!」
「うるせぇ! 空気読め!」
キリカはタイガを蹴り飛ばすと、シザースを睨んだ。
「まあでも、それを実際にするかどうかは別の話だよ、たしかに」
タイガのやった事は間違っているかもしれない。
でも『なんで殺すか?』それまでのプロセス、過程、それは決して間違いじゃないと声を大にして言える。
完璧な人間なんてありえない。聖人君子になりたいけれど、そこまで良い子にゃなれない所が辛いのよね。
「で、なんで殺そうと思ったんだよ、東條!!」
「キリカを、馬鹿にしてたから……!」
「それだけ? それだけじゃないよね! 東條だってアイツらの事、嫌いだっただろ!」
「分からないよ、興味が無かったから……」
「嘘つけよ! 好きになって欲しかったんだろ! あんな奴らに? 冗談じゃない、ゴミクズばっかじゃないかよ!」
少なくとも私はゴメンだね。
あんなゴミと仲良く馴れ合うくらいなら全員八つ裂きにした方が余程気持ちがいいからね!
「もし仮にさ、東條の理由が本当にそれなら、私のため一直線って事でしょ!」
「……うん」
「なんで!」
「だって、キリカが――」
「好きなんでしょーッッ!!」
「う、うん」
頭をかきむしるキリカ。
「だったらなんで訳わかんねぇ理由今更になって振りかざしてんだよ!!」
もう一発、タイガを叩いた。
「キリカのため、キリカのため、キリカのため! 違う! ぜんぶ
「……ッ」
「もっと自分になれよ東條! 少しは自分に優しくすればいいじゃないか! って言うか、もっと私にも優しくしろよ! なんだよ好きって言ってくれたのに、今更私を悲しませて、わけ分かんないのさッ!!」
キリカのためじゃない、東條が傷つきたくないからだ。
東條のためなんだ。東條は結局、東條のためなんだ。キリカはそう説いた。
「愛じゃないッ! そんなのオナニーだろ! キミのオナニーに付き合いたくない!」
「訳の分からない事をォオッッ!!」
痺れを切らしたのかシザースが走り出す。
「うるせぇ、お前はちょっと黙ってろ!」
眼帯を外すキリカ。
晒された右目だが、眼球の構造が普通のソレではなかった。
黒目の部分にはローマ数字が時計の並びで12個刻まれている。そして二つの秒針。シザースとキリカの視線が合ったとき、シザースの動きが完全に停止した。
クロックアイ。減速魔法の極地、相手の動きを12秒止める魔法。
「東條、難しい話じゃないだろ!」
それはごくごく簡単で単純な話。
キリカの為に別れる? じゃあ東條はそれで幸せなのだろうか。
幸せじゃないならアイじゃない。双方が想い合う形こそが愛だと、あれほど言ったくせに。
「面倒のくさい男だよキミは! 簡単な話だろ!!」
思い切り息を吸い込むキリカ。
そして、解き放つ。
「私は、東條とセックスがしたいんだよぉおおおおお!!」
「……え?」
もっと、愛し合いたい。
性行為は一番分かりやすい愛の証明ツールであると。
「キミとならもっといろんな――ッ! バニーとか園児にコスプレしてもいいし、オナホとかアナルビーズ使ってもいいし、使いたいし、鞭とかロウソクとか使ってもいいし、どこでも見せるし舐めれるし、排泄物だって食べていいし、首絞めてもいいし、オナニーの見せ合いでもいいしぃいッ!」
呼吸を荒げるキリカ。
真っ赤だが、恥ずかしいが、どれもコレも本心だった。
潤んだ目でタイガを見る。どうしていいか分からず、タイガは唸った。
まだ足りないのか、キリカは涙を振りまいて叫ぶ。
「一緒にご飯を食べたい。一緒にお風呂に入りたい、一緒に歯を磨きたい、一緒に眠りたい。一緒に出かけたい。一緒に景色が見たい。一緒に手をつなぎたい。一緒に歩きたい。一緒に買い物がしたい。一緒にお茶したい。一緒に着替えたい。一緒に遊びたい。一緒に本を見たい、映画を見たい、美術館とか行きたい。一緒に、一緒に、どんなときも、何をしても、一緒が良いッ!!」
東條がイヤでも、キリカはそれが良い。
「一緒に、いたい!」
もしも、まだ、そのぬくもりを覚えているのなら。
もしも、まだ、同じ思いを抱えているなら。
「もしも一つでも私と同じ思いを抱えているなら、お願いだよ、東條、戦って!!」
在り続けるんだ。自分を示せばいい。
自分で考えて、自分で答えを出してくれ。
「私はキミを愛してる! だから、キミはどうなんだよ!!」『ユニオン』『ファイナルベント』
受付に入った。
あとはタイガだけだった。
「僕は――」
欲望を示したいのか。そうじゃないのか。
いや、違う、もっと簡単だ。
キリカといたいのか、いたくないのか。
「私の幸せとかどうでも良いッ! 君の意見が聞きたい!!」
「いたい」
やはり、そこは、即答。
そうか、悲しいのか、僕は。キリカと別れるのはこんなにも辛いのか。
辛いのは、イヤだな。
『ファイナルベント』
一瞬だった。一瞬でシザースの眼前にデストワイルダーが立っていた。
動き始めたシザース。しかし爪、爪、爪。抵抗を示すがそこには黒。
シザース視点。辺りを高速で駆けるキリカは、その爪を振るってシザースの防御を崩す。
よろけた。
今だ、デストワイルダーの爪がシザースの胴体に入った。
飛び散る火花、まだ、まだだ、次々に振るわれる爪。
そしてフィニッシュに、深く爪が押し入った。
「グッ!!」
「ガオオオオオオオオオオオオ!!」
咆哮をあげてデストワイルダーは豪腕を振るう。
シザースの体が宙に浮き上がり、そのまま真横に投げ飛ばされる。
そして背に衝撃。闇の爪が鎧を裂いて進入してくる。
デストワイルダーからシザースを受け取ったキリカは、そのままシザースを地面に叩きつけてダッシュ。引きずりながら、タイガを目指した。
「ハァァァァ……!」
爪を構え、姿勢を落とすタイガ。
そう、そうだ、ワガママを聞いてください。
ごめんなさい神様、刑事さん、被害者の皆様。
僕は、僕は――、それでもまだ、キリカと離れたくない。
他はなんでも諦められた。
他人の命、家族の命、自分の命、なんでも捨てられた。
でも、だけど、キリカへの愛だけは、捨てられない。
「グガァアァアア!!」
キリカが突き出したシザースの腹部に、タイガの爪が突き入れられた。
複合ファイナルベント、ライトニングチェック。シザースは地面を転がり、血を吐き出す。
しかし今まで何もダメージを受けていなかっただけに、変身が解除されるまでには至らない。
立ち上がると、自らもデッキからファイナルベントのカードを抜き取る。
「人を殺しておいて、どの口が愛を語ろうと言うんですか……ッ!」
「この口だよ。人は勝手な生き物でね」
しかし確かに東條のやった事は許される事じゃない。
キリカもまた、そう思っている。
「だから東條。もう二度と人を殺しちゃダメだよ」
「……うん」
タイガは変身を解除する。
何を馬鹿な、シザースが構えると、東條はキリカの腕を握った。
「ごめん。キリカ、僕は――」
「いいんだよ。誰でも間違えるから。私はそれでいいから」
「――キス、してくれる?」
「いいよ。私もしたい」
唇が触れ合う。
優しい感触が愛を思い出させてくれる。
そして冷静さ。東條はそこではじめて周りが魔女結界に変わっている事に気づいた。
「これ、魔女」
「うん。硬かった」
「えりかさんは?」
「もう、死んでるかも」
キリカが悲しい顔をした。
東條は目を見開いた。
「ダメだ、なんとかしないと」
「は、ハハ――ッ」
その時、シザースはファイナルベントのカードを落とした。
はっきり言うと、今ので心が折れたのだ。イカれてる。
頭がおかしいとかそう言う時限を遥かに超越している。
意味が分からない、理解できない。
本気で本当に世界が二人で完結しているのだと理解した。
どうでもいいんだ、世界なんて、ただ愛があれば。おかしい、ぶっ飛んでる。
でも、それが、少し、羨ましかった。
よくも悪くも自分と本当に大切な者のことしか考えていないのだ。
人間を人間として見ていない。良心も悪意も好きな人で左右される。
なんて傲慢な生き物。なんて我侭な生き物。
だがそれが力を手にした者の特権なのかもしれない。
シザースには、それが少し羨ましかったのだ。須藤はそんな感情を知らない。キリカの為なら。東條のためなら。○○ができるなんて相手を知らないから。
だから、シザースは変身を解除した。
「正直――、一人、私も殺しました」
「え?」
「嫌な上司、刑事とは思えないヤツを殺しました。でもそれに縛られ、私は正義に縛られていたのかもしれない」
感想、二つ。
「キミの自分語りなんてどうでも良いよ」
「刑事さんが人を殺しちゃ、いけないと、僕は思う――、かも」
「ハハハハハハ!」
凄い、凄すぎる。須藤は笑い。腕を伸ばす。
「早く、行きなさい。東條君」
「……!」
「何がしたいんですか? 何をしたいんですか? 迷いなさい、しかし答えを出しなさい。人を傷つけるのは止めなさい。その上で自分が納得できる答えを実行しなさい」
須藤は拳銃を構えた。そして、銃口を口の中に入れる。
罪人を逃がす事。刑事としての情熱が既に無くなっていた事。
少し二人に共感してしまった事。結局自分の正義を押し付ける事しか考えていなかった事。
もうなんか、どうでもよくなってしまった事。
それらの、けじめは、今つけよう。
「最後に、でも、覚えておいてください」
銃を口から抜く。気づいてしまった。
この戦いに正義など存在しない。
あるのはただ、純粋な――
「生きる事を、馬鹿にしないでください」
須藤は再び銃を口の中に入れ、引き金をひいた。
血、骨、脳が破裂し、須藤は地面に倒れた。
「なんで死んだんだろう」
「そりゃ、刑事じゃなくなったからじゃないかな」
刑事として生きていた男が刑事じゃなくなったら、存在意義がなくなる。
だから死んだ。生きている意味が無い――。
いや、そういうのではなく、本当の無になってしまったから死んだ。
「なんて、違うか」
キリカは首を振る。もっと簡単だ。
「決まってるよ、死にたかったからさ」
東條の脳に電流が走った。
そうか、そうだよな、そうに決まってる。自分で自分を殺す、それが自殺だ。
意図していないならそれは事故でしかない。須藤は今、自殺した。自分の意思で命を断ったのだ。
それが少し意外で、なぜ今まで気づかなかったのだろうと思う。
そしてそれが分かっているかの様に、キリカが問う。
「早くしないと、えりかが死ぬね」
「……うん」
「東條。今、何がしたいの?」
「え?」
「ねえ、生きたいの? 死にたいの?」
「ッ」
『何で生まれてきたのかって分かりますか? 正義ってなんだと思いますか?』
いつか、聞かれたインタビューの答えが、今、東條の中に生まれた。
「そうか、そうだね、そうかも」
「なにか気づいたの?」
「うん。わかった」
悟。
「自分の事は、自分が決めれば良いのかもしれない」
生きる理由。
何が良い? 僕。どんな生き方を妄想していた? 好かれたい。好かれたかった。
なんで好かれたかった? 違う。僕はただ、お父さんとお母さんに愛してほしかっただけだ。それはもう無理なんだよ、僕。
じゃあどうすればいい?
決まっている。キリカ、愛しいキリカ、キミを泣かせたくない。
君を笑顔にするにはどうすればいい?
分かる。大丈夫、分かってるよ。
えりかさん。キミだね、キミが必要なんだよ。キリカにも、僕にも。
じゃあ、あと一つ。正義って何?
分からない。
分からないけど――。僕が正しいと思うこと。でも僕ってなんなんだ?
精子+卵子=僕? 記号的な生き方? 存在を確立できない劣化品? 劣悪な感情? 殺しまくる殺人マシーン?
イヤだ。そんなのはイヤだ。違う。もっと――、人を守れる人になりたかった。
もう遅い? 遅いよね。僕はもう戻れない。
「そうだ、僕はもう、戻れない」
罪は消えない。血は消えない。
殺した屑、殺人鬼、人間じゃない。僕は本当に生きてる価値の無い存在だ。
でも、だったら、今すぐ死ぬ? それはイヤだ。なんで? キリカと居たいし、それに――。ああ、もうすぐ辿りつける気がする。
早くしないとダメだ、えりかさんが食われちゃう。
そう、そうだ、そうなんだ、えりかさんを助けたい。
なんでえりかさんを助けたいの?
だって、キリカのためだし、僕のためだし、違う。
もっと根本を見ろ。根本、僕は殺人者、僕は悪人。僕は、僕は、僕は――。
キリカの言葉が見える。ため、ため、ため、自分のため。
「あ」
そうか。
僕のためか。
「ッッ!!」
理解が駆けた。
決意が駆けた。
覚悟が駆けた。
キリカ、僕は、騎士だった。
「東條……!」
東條はデッキを右手に持って、強く、強く、前に突き出した。
呼応するように腰に現れるVバックル。
「キリカ、僕はもう取り返しのつかない事を幾つもした」
「……うん」
「だから、このままで終わりたくないんだ」
左腕と右腕をクロスさせ、Xの文字を描くように斜め下へ移動させる。
そして右腕を左へ、左腕を右斜め上に突き出し、手首を返した。
「変身!」
鏡像が重なる。
タイガは拳を握り締め、走り出した。
「このまま終われば、本当に僕の生まれてきた意味がない!」
傷つけて、苦しめて、そんなままで終われば、本当に『終わり』だ。
悟ちゃん、あなたはね、人間を悲しませるために産まれてきたの。
人間を殺すために産まれて来たの。苦しむために生まれてきたのよ。誰も守れないで死んでいくのよ?
それでいいわよね。それでいいだろう、悟。
いい訳ないです。クソババア、クソジジイ。
「ある筈だ。まだ、人殺しでも誰かを助ける資格はある筈なんだ!」
せめて、愛する人の親友くらいは守りたい。
いや、守れなければ、何のために生きている。
「たった一人で良い。でもたった一人も守れなきゃ! 生きてる意味がない!!」
「まだ間に合うよ東條! だから走ろう!」
「うん。僕の意味は、僕が証明する」
『?』
ジュリーは疑問に思っていた。
ジュリーは対象を宝石にして殺し、自分のコレクションに変える魔女だ。
しかし何故か、えりかが宝石化するのには通常の倍以上の時間が掛かっている。
えりかは死を受け入れているのか虚ろな目で時が来るのを待っているが、それにしてもおかしい。
違和感、それは恐怖に代わる。
魔女は焦ったのか、えりかを諦め、直接殺す手に出た。
数珠繋ぎになったパールの腕を振り上げ、えりかを叩き潰そうと殺意を振りかざす。
「ごめんね、駄目な子で」
えりかは、誰に宛てるでもない言葉を呟いた。
それは両親であったり、友人であったり、なにより自分であったり。
利口な人間になりたかった。凡で良かった。凡にすらなれなかったけど。
みんなどうして頑張れるんだろう。皆どうしてちゃんとできるんだろう。
辛いのに、苦しいのに、どうして耐えれるんだろう。
「あ」
えりかが見上げると、巨大な球体が見えた。
アレに潰されるんだ。そう思ったら笑えてきた。
クソみたいな人生だった。産まれてこなかった方がまだマシだ。
えりかは潰された。魔女に潰されるために産まれてきた。
『?』
しかし、固い感触。
ジュリーが知っている人間の感触ではない。
腕を上げる。すると、そこに、巨大な爪が見えた。
「違うよ、それは」
「え?」
えりかの想いは声に出ていたみたい。そして違うと言われた。
気づけば抱かれていた。黒い少女に包まれていた。
「キミがいたから、私の人生の一部が楽しくなった」
轟音が轟く。
タイガ、キリカ。到着。
そしてタイガが振るったデストバイザーがジュリーの腕の一部を吹き飛ばした。
一方でキリカはニコリと微笑む。
減速魔法をえりかに掛ける事はある意味、とても酷い事である。
なぜならば、もしなんらかのケースでえりかが死ぬ場合。死に至るまでの時間も延長されるため、苦痛が長くなると言うことだ。
しかしキリカは減速魔法をえりかに掛けた。
えりかを助けに行ける状況を予想したからだ。
まあ、正直、助けに行けなかったらえりかは長く苦しむが、それはそれで、過去の万引きの件でチャラって事にしようとキリカは軽く考えていたわけだが。
「えりか、キミがいたから、私は笑顔になれたんだよ」
「でも、あたしじゃなくても良かったでしょ」
「もちろん。でもそれって全部そーだろう?」
その人じゃないとダメなんてある種、結果論でしかない。
優れた才能を持つものは山ほどと居るし、例えばモナリザやひまわりだって、ダヴィンチやゴッホがいなくてもその内誰かがほとんど同じものを書いていただろう。
でも、今、たしかにひまわりはゴッホが書いた。ゲルニカはピカソが書いた。
それは揺るぎ無い事実だ。イフや、『かもしれない』で語るのは、どうとでも言える。
でも今は今だ、えりかは確かにキリカの友達で、東條は人を殺したけどココに生きてえりかを助けた。
そういう事なんじゃないのか。
人の世のなんて。時間に支配された人生なんて。
誰かの劣化でも、些細な事でも、してあげれば、何かにはなる。
「ああすれば良かった。これをしていれば良かった。そんな事考えるなんて意味のない事さ。ならいっそ、あれをしてて良かったって思った方がよほど良い」
再び轟音。タイガの咆哮が聞こえた。
白銀の爪がジュリーの装甲をガリガリと削っていく。
魔女の悲鳴が聞こえた。キリカは口笛を吹く。
「同じ武器でもああも違うか。流石だね東條は」
同じ爪でもキリカはスピード。タイガはパワー。
似ているようで、意外と細かな違いは多いものだ。
もしも、えりかと同じような性格の人間がキリカに近づいてきたとて、同じくらいの友情を育めるとは限らない。
「な、ね、いいじゃん。生きようよえりか」
「でも、辛い」
「なら私達が忘れさせてあげるよ。遠い所に行こうか? 勉強もなんにもない所もあるよ」
魔法少女と騎士があれば、なんだってできる。
そういう特権くらいは使っても良いだろう。
「私はさ、ね? えりかが好きなんだよ。えりかに死んで欲しくないんだよ」
「なんで?」
「友達だからね。ほら、簡単なアンサーだね」
「キリカ……」
「東條はね、人を救える人間になりたいって。当たり前だろうね、人殺しよりかは、恩人の方が気持ちいいからね」
エゴの上に生きている。それでいい、胸を張ろう。
わがままに生きよう。世界を玩具にしよう。間違えたけど、修正しよう。
「ガチッガチに固まらなくていいよ。私達はケーキのスポンジみたいに生きようよ」
「いいのかな……?」
「いいよ。うん、死ぬよりはいいんじゃない?」
ギュッと手を握り合うキリカとえりか。
「三人でさ、もっといろんな事しようよ。同じ事でも良い」
「うん。うん!」
「辛いなら、逃げればいいからね」
その時、えりかの首筋から魔女の口付けが消えた。
「あ、でもでも、三人でセックスだけはダメだよ。東條は私のだから」
「し、しないよぉ。あたし東條さん嫌いじゃないけど、男としてはタイプじゃないから」
「どんな人が好きなの?」
「イケメン、高学歴、年収3000万のハーフ」
「あぁ。こりゃ一生彼氏できないわ」
「なによ!」
笑いあう。
普通の女の子みたいに笑いあう。
その中で、咆哮と音声が聞こえた。
「ハァアアアア!!」『ファイナルベント』
飛び込んでくるデストワイルダー。
両腕の爪を深く、深くジュリーの体に突き入れる。
破片が飛び散るなか、魔女の悲鳴のなか、デストワイルダーは高らかに叫び、足を前に踏み出す。
するとデストワイルダーの何倍もの大きさを持つジュリーの体が引きずられ、移動を開始した。ガリガリと地面を削り、大量の火花を散らしながらタイガに近づいていく。
「ハァァァァア……ッ!!」
腰を落とし、爪を構えるタイガ。
右腕に冷気が集中していき、青白く輝いていく。
「ハァアッッ!!」
そしてジュリーが眼前に迫ったとき、右腕を思い切り前に突き出した。
ジュリーは倒れた形で引きずられており、そのむき出しになった眼球にタイガは爪を突き入れた。
だが眼球も宝石なのか、凄まじい硬度である。すぐに感じる抵抗感。しかしタイガは叫んだ。
叫び、吼え、唸り、右腕を全てジュリーの体内に押し込んだ。そして一気に冷気を放出する。
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
お父さん、お母さん、さようなら。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
僕は生きていきます。
しちゃいけない事をしたけど、生きていきます。
たぶん、僕は生きていてはいけないんだろうけど、それでも生きてます。
死にたく、ありません。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
もう間違えません。もう逃げません。
だから、まず、えりかさんを助けます。絶対に助けます。絶対に死なせません。
「いっけぇええええええッッ!!」
僕は、人を守れる人間になりたいんです。
だから、さようなら。
「ッッ!」
冷気が爆発する。完全に凍りつくジュリーの巨体。
しかしそれだけのパワーを使ったのか、タイガは反射的に腕を引き抜いた。
ボロボロの爪、バラバラになるデストクロー。しかしまだジュリーは生きている。だったら――ッ。
「東條!」
隣にキリカが来た。
大好きなあなたが来てくれた。
もう、怖いものは無い。
「一緒に決めよう!」
「うんっ!」
タイガは残っている左腕を。キリカは右手を、同時に前へ突き出した!
「「終わりだァアアアアア!!」」
クリスタルブレイク。
白と黒の斬撃がジュリーの中を巡り、凍結した体が粉々に砕け散った。
砕け散っていく魔女の破片と魔女結界、その中で二人は変身を解除した。
そして抱き合い。口付けを交わす。
「やったね、東條」
キリカの表情は少し、寂しげだった。
「ッ、どうしたのキリカ」
「うん。東條に嘘をついたのが申し訳なくてさ」
「え?」
「今の魔女、落とさなかったんだ。グリーフシード」
キリカは涙を流し、微笑んで。
「ごめんね、東條」
「キリ――」
「嘘ついたけど、愛してるのだけは、本当だからね」
糸が切れた人形のようにキリカは倒れた。
東條は訳が分からなかった。
さっきまであんなに笑顔だったのに、今は苦しそうに青ざめて息を荒げていく。
えりかも異常事態と察したのか、キリカの名前を叫んで駆け寄ってくる。
「キリカ! どうしたの!?」
「わ、分からない――ッ。なんで……!」
『当然だよね』
「!」
東條の視線の先、陽炎の中にキュゥべえの姿が見えた。
狂いそうになっていたけど、言葉だけは冷静に聞き取ることができた。
『キリカは契約から今日までの間、一度もグリーフシードによる魔力回復を行っていないんだから』
そう言えば――、そうだ。
魔女も一回ほどしか倒していないし、その魔女もグリーフシードは落とさなかった。
確かにキリカは戦闘する回数が少なく、魔力を消費する機会がなかった。しかし全く消費していないなんて、ありえない。
なにより先の戦い。
ずっとかけていた減速魔法や、戦いのために消費したエネルギー。
さらに言えばその前の東條との出来事で、キリカのソウルジェムは一気に濁ってしまったのだ。
東條は、キリカは、確かにソウルジェムの濁りを知っていた。
しかし濁りはゲームのMP切れ――、としか認識していなかった。
魔法が使えなくなるだけ。そう思っていたが、当然それは二人だけの考えでしかない。
『真実は違う』
「え……」
『ソウルジェムが濁り、グリーフシードが孵れば、魔法少女は魔女になる』
「え? え? え?」
『つまりな、東條』
東條の肩に乗ったジュゥべえはニヤリと笑っていた。
『お前の愛するキリカちゃんはもうすぐ死ぬんだよ。そして魔女になる』
「―――」
嘘だ。叫んだ。
えりかは肩を大きく震わせて東條を見る。
東條は青ざめ、涙を流し、ジュゥべえの顔を掴んでいる。
しかし真実、キリカはもうすぐ死ぬ。魔女になる。
「そんな事、言ってくれなかった!」
『聞かなかった』
「ッッッ!!」
その時、キリカがうめき声を上げた。
キリカを抱き上げる東條、キリカは絶望の手前に来ていると言うのに、にっこりと微笑んだ。
「なんか――、そんな気がしてたんだ」
「だったらどうして――ッ!」
「ガラにもなく、張り切っちゃったよ。キミに心配かけさせたくないってさ」
消え入りそうな声でキリカは言う。
そして儚げに笑い、東條の頬に触れた。
「いいんだ。もう、しかたない」
「いやだ、いやだよキリカ! どうして――ッ、こんな! あぁ!!」
涙を流し天を仰ぐ。
ああ、神様、どうかキリカを――。ああ。ああ。
「心が、痛い」
「ごめんよ、東條。ごめんよ、えりか」
えりかも全てとは言わないが、ほとんどを察したのか、泣きそうになりながらも微笑んだ。
「いいよ、キリカ、大丈夫、許すよ、絶対」
「ありがとう、えりか……。東條も、ごめん」
「いやだ、いやだよ、だめだよキリカ。僕を置いて行かないで」
「ごめん。でも、本当に、幸せだった」
「……うそだ。うそだよ、たぶん、それ」
幸せ? 嘘だ。
「キミは本当は、まだ、幸せじゃないんでしょ?」
「なんで、そう思うんだい?」
「織莉子さん。美国織莉子さんと仲良くなりたかったんでしょ?」
「はは……。さすがは東條、私のことなら何でもお見通しか」
その通りだ。
キリカはまだ最高に幸せではない。
織莉子と仲良くなれれば本当の本当に最高にハッピーだったろう。
「でも、良いんだよ。キミがいたから」
「僕は織莉子さんの代わりなんだよね」
「うん。ごめん。でも、キミが、本当に……」
キリカは笑みを浮かべながらも沈黙し、汗を額に浮かべる。
もう限界なのだろう。意識が薄れていく。でもコレだけは言わないといけない。
キリカは最期の力を振り絞る。
「愛してる。私は、幸せだよ」
「うそだ」
「……?」
意識が薄れていく。
嘘? 何が? いや、幻聴か? 分からない。
「違う――。幸せもまた同時に抱くから成立するものだよ」
キリカが魔女になれば、東條は幸せになれない。
ここまで来たのに、僕は。僕は。ああ、なんで、キミを守れない。
たった一人も、守れないで、生きていく甲斐は――。ない。
「愛」
呟いてみた。お母さんがそこにいた。
『悟ちゃん。もし好きな娘ができたら、絶対に大切にしてあげなさい。たとえ自分が傷ついても、絶対に守りなさい』
そうか、お母さんは悔しかったんだね。悲しかったんだね。愛が無かったから。
『悟。もしもお前が将来誰かと結婚したなら、絶対にその人を大切にしてあげなさい。父さんとの約束だ』
軽蔑していたんだね、お父さん。あなたは自分自身を。
だから僕に同じになってほしくなかったんだね。
そうか、そうかもしれない。もしかしたら僕は――。
「愛されていたのかもしれない」
涙が零れた。キリカの頬に落ちた。
父さん、母さん。僕はあなた達が嫌いでした。
だって、嘘つきだから。
僕を愛していたなんて嘘だから。
僕も愛してるって、嘘になっちゃうから。
でも、それでも、あの言葉だけは嘘じゃないと、僕は信じてる。
「キリカは死なせない」
『無理だ』
「お父さんとお母さんと、約束したんだ」
立ち上がる東條。
キリカは既に意識を失っている。
大丈夫だよ、愛おしいキリカ。僕が守ってあげるからね。たぶん。
「良い事、考えたかも」
『ちなみに、オイラ達を殺してもキリカは助からないぜ』
「そんな事しないよ。キリカと約束したから、もう殺さないって」
東條はキリカの頭を優しく撫でた。
「ねえ、えりかさん。ちょっと――、目を閉じてくれる?」
「あ――、う、うん」
「待ってて、キリカ。もうすぐ楽になるからね」
デッキが光る。
東條の手にデストバイザーが現れた。
彼はそれをキリカの前で思い切り振り上げる。
「ずっと、一緒だ」
『は?』
ジュゥべえは笑みを消した。
意味が分からなかった。
「キュゥべえ」
『なんだい東條』
「インキュベーターはなんでもお願いを叶えてくれるんでしょ」
『うん』
「お願いだ。キリカを助けて」
『残念だが東條。僕らが契約するのは少女。つまり女性だ。しかしキミは――』
「女だよ」
『……?』
「僕は、女の子だよ」
ポタポタと、血が、滴る。
東條の真下に血でできた水溜りがあった。
青ざめ、呼吸を荒げる東條。彼は笑みを浮かべ、その手には――。
自分の
『うそだろ?』
ジュゥべえの額に汗が浮かんだ。
擬似的な感情が既に振り切られた。理解ができない。予想理解不可能。
ジュゥべえは恐怖を覚え、震えだした。
『なぜ、そんな事を? キミ達、男の急所だろ? それは』
「だって、女の子にならないと、叶えてくれないから」
東條は、デストバイザーで自分の性器を切り落とした。
『わけがわからないよ』
「それに、ね、キリカを愛してるから」
『?』
「キリカがいないんじゃ、
血まみれのペニスを投げる東條。
それはジュゥべえの顔に当たり、彼は悲鳴をあげて後ろに下がっていた。
一方無表情のキュゥべえ。ジッと、丸い目で東條を見ている。
『理解不能だ。頭がおかしいとしか言えない』
「キリカじゃないと勃起できないし、キリカじゃないと射精できないし」
『ボクの見立てでは、どうやらキミは狂っている』
愛が理解できないインキュベーターには特にそう思うだろう。
が、しかし、事実を見る。愛と言う不確かなものの為に、東條はココまでの行動に走る事ができた。
いや、もっと言えばクラスメイトを惨殺する事もできた。
『その狂気性は、素直に凄いと言わざるをえない』
「ありがとう」
『確かに、男女の判断と言うのは主に性器を軸に考えられているね。ホルモンや染色体と言う考え方がもちろん正しいのだろうけど、それらはあくまでもヒトが定めた常識でしかない』
言葉も人間が作った指標でしか無い。
男が女、女が男と定義される未来もあるのかもしれない。
もっと言えばカタツムリや、途中で性別が変わる生き物もいる。
人間がそれに進化する可能性も捨てきれない。
『ある意味、キミは女性なのかもしれない』
「女だよ、僕は」
『一人称をボクとする女性もいるね』
「うん」
『なるほど、なるほど』
狂気。おかしいが、同時に普通の人間には至れないステージ。
絶望、希望。超越する愛。神を殺す唯一の元素。
『いいだろう。キミの狂気に感銘を受けた。東條悟、キミの願いはなんだい?』
「ありがとう、キュゥべえ」
『う、うそだろ先輩!』
『こういうデータを集めるのも悪くない』
「僕の願いは一つだよ」
キリカ、キリカ、キリカ。
あなたに、あえて、僕は、幸せでした。
「キリカを、助けて」
『契約成立だ。おめでとう、さとる☆マギカ。キミの願いはエントロピーを凌駕する』
光が包まれた。
えりかは思わず声を出して笑ってしまった。
「キリカ、本当に羨ましい。すごく愛されてるんだね」
「――ッ?」
『目が覚めたかい、呉キリカ』
「え……?」
『いや、こう呼ぶべきか。東條キリカ』
キリカが目覚めると、えりかに抱きしめられていた。
えりかは悲しげな目で、けれども笑みを浮かべて、強くキリカを抱きしめた。
あたたかかった。柔らかかった。優しかった。
「なんで、私――ッ」
「東條さんがね、守ってくれたんだよ」
「え? あ、そうだ、東條!」
辺りを見回すが東條の姿は無い。
代わりに、キュゥべえが見えた。
『とっても興味深い実験だったよ』
「え?」
『所詮、まがい物。最初はそう思った』
結局歪なままであった事はかわりない。
産まれた魔法少女は劣悪品。すぐにジェムが濁って魔女になった。
いや、それは魔女と言うにはあまりにも醜悪なもの。見るに耐えない廃棄物だった。
するとそのゴミに飛び掛ったのはデストワイルダーだった。
爪で牙で、その醜悪な物体を引き裂き、殺す。
『ミラーモンスターは自分の分身。どうやら、彼は最期までキミを傷つける事を拒んだようだ。自分で自分を殺したとしてもね』
なによりも一番興味深いのは絶望の理由である。
『僕はまがい物だから絶望したと思っていたのだけど、少し調べてみたら、これが興味深いんだ』
心なしか、少しキュゥべえが楽しそうに見えた。
『東條悟と言う人間は、常に、絶望した状態で過ごしていたんだよ』
常にソウルジェムが濁った状態で生活していたのだ。
絶望が、東條の通常だった。
『その状態で最期までキリカを傷つけなかったとなると、強いと見るか、弱いと見るか。ボクにはわからない』
まあいいや、キュゥべえとジュゥべえは並ぶ。
『それじゃあね。東條キリカ』
『チャオ』
キリカの前から二匹が消えた。
尤も、キリカは聞いていなかった。声を上げて、ただひたすらに泣きじゃくった。
人生の中で一番泣いた。きっと世界中の人間で一番激しく泣いた。
えりかは、そんなキリカを優しく、ただ優しく抱きしめていた。
だからひたすらに弱さを吐露した。えりかは聞いてくれるだろうか。
この掠れ震える声で放つ弱さを受け止めてくれるだろうか。
「……普通でよかった」
別に、特別じゃなくて良かったんだ。
普通に生きたかった。えりかと織莉子と仲良くなって、放課後はファストフードかドーナッツを食べながらお茶をする。
休日には色々なところにいったり、お泊り会とかもいい。
修学旅行で好きな人がいるかどうかを探すけど、まだ分からない。
でも、でも、普通に恋をすれば、きっとからかわれてもニヤケ顔。
東條はきっと大人しいから他の子はスルーするかも。
嫉妬する必要も無い。
そう、そうだよ、普通に東條と恋をして、手をつないで、キスをして。
それから、ええっと、これは恥ずかしいから。
それから同じ大学とか、行きたい。講義休んでイチャイチャとかしたい。
普通に勉強して、お酒とか、一緒に飲んで。
それから、それから――。
「ァアアアアアアアアアアアアア」
なんで、東條、キミは、もういないの?
「生きなきゃね、キリカ」
えりかも涙を流しながら、ただギュッとキリカを抱きしめる。
「東條さんが救ってくれたからね、生きないとダメだぞ」
大丈夫。
一緒に居るから。ずっと手を握るから。悲しいなら、一緒泣いてあげるから。
「そばにいるからね、キリカ」
キリカは泣いた。悲しいけど、苦しいけど、でも絶望はしなかった。
だって、えりかがいるから。親友が隣にいてくれるから。
大丈夫。東條、私は死なない。私は生きる。
キミがくれた命は絶対に粗末にしないから。安心しててね。
そしたら、お願いだから夢に出てきて。キスをしよう、続きもいいよ。
だから、そしたら、生きているから――。
いつか、また、会おうね。
多くの時間が流れた。
キリカは幸せだった。両親に会いにいった。両親は泣いて喜んでいた。
警察に事情を聞かれたけど、世間ではもっと酷くて大きな事件が起きていて、それにキリカはなにもなかったから、解放されて、世間からもすぐに忘れられた。
そして、えりかの隣に引っ越して。
えりかと、ずっと一緒で、楽しかった、嬉しかった、幸せだった。
毎日一緒にいて、そりゃあ時には喧嘩もしたけれど、すぐ仲直り。
だって、親友だもん。えりかもお父さんと上手く行くようになって。凄くハッピー。
それからね、そしてね――。
『非常に申し訳ない。コチラの不手際でね、開始までにかなり膨大な時間が掛かってしまった』
キリカは魔法少女の衣装で立っていた。
えりかは来ていない。巻き込みたくないから。お別れは一応、したけど、たぶん大丈夫。
ソウルジェムは濁ってない。魔女とも戦って無いし、グリーフシードがあったから。
東條が残してくれた、グリーフシード。
『フールズゲームのルールは簡単だ。殺し合い、一人になるか、いずれやってくるワルプルギスを倒すか』
前者のルールで勝ち残った一人は三つ願いを叶える事ができる。
後者は犠牲者を出さない代わりに、願いを一つしか叶えられない。
『選ぶのはキミ達だ。ぜひ、頑張ってくれたまえ』
キュゥべえは一歩後ろに下がった。
『しかし、コチラのミスとは言え、まさか――』
消えていくキュゥべえ。
『まさか、参加者が二人しか残っていないなんてね』
キリカの前には可愛らしいフワフワのドレスに身を包んだ、鹿目まどかが立っていた。
爪を構えるキリカ。しかし、まどかは悲しげに笑うと、変身を解除する。
「わたし、鹿目まどかって言います。あなたは?」
「……東條キリカだよ。よろしくね」
キリカも変身を解除した。
二人は草原の上に座り、空を見る。
「天気がいいですね。気持ちいい」
「タメ口でいいよ。ちょっとキミより速く生まれただけなんだ」
「え? でも――」
「キリカちゃんって呼んで。ね? 桃色ピンク」
「も、ももいろ……」
「略して、モッピー」
もはや、なんのコッチャである。
まどかは思わず声を出して笑った。キリカも笑い、ふと、聞く。
「モッピーはさ、友達いる?」
「いるよ。でもね、みんな死んじゃった」
「……そっか」
「さやかちゃん、ほむらちゃん、杏子ちゃん。あと、先輩、マミさん」
他にも名前を挙げていくまどか。みんな死んだらしい。
「キリカちゃんはいる?」
「いるよ、最高の親友がさ。この間、パンケーキ食べにいったんだ」
「へぇ、羨ましいな。もしかして、その人が?」
少し踏み込んだ質問だが、まどかは迷わなかった。
心をさらけ出す事が今、大切だと思ったからだ。
キリカもそう思っている。だからさらけ出す。裸になる心をぶつけ合う。
つまり、なんだ、キリカの定義。キリカとまどかは今、セックスをしていた。
「これはね、違う。大好きな人だけど、もういない」
「そっか」
キリカはお腹をさすった。
そのお腹はとても大きく膨らんでいた。
キリカは、妊娠していた。
『どう思う、ジュゥべえ』
『気持ちがよろしい。青い空、心地良い風!』
少し離れたところで二匹はまどか達を見ていた。
『いや、そうじゃなくて』
今度は、はっきり言う。
『魔法少女は妊娠すると思うかい?』
『んな訳ねーだろ先輩。あいつ等はゾンビ、死体が孕むかよ』
『しかし可能性が無いわけではない』
『まあ、契約前にもヤリまくってたし、その際に着床したか』
『もしくは自己で体内調整を行ったかだ』
『なるほど、魔法少女の中にはソウルジェムの仕組みに気づかず死ぬヤツもいるからな』
『ソウルジェムは無事でも、本人が死んだと確信すれば死が具現し、脳の活動が止まる。同じように妊娠したと確信すれば、或いは、ソウルジェムが赤ん坊を作り出す可能性もゼロではない』
『だが、死が確立するのは死と言う概念を知っているからだぜ、先輩。妊娠するってのは分かってても、赤ん坊の構造を理解していないとなぁ』
『そう、キリカは特に勉強している様子は無かったし、おそらく産まれてくるのは奇形児か、もしくは重度の障害を抱いているか。とはいえ、いずれにせよソウルジェムが一つの生命を作り出すとは考えにくい。流れると言うのが、答えだろうね』
『ふぅん』
いずれにせよ、もうすぐ答えは出る筈だ。
一方、まどかとキリカは笑っていた。笑っていたが、泣いていた。
「悲しいね」
「うん。悲しいね」
泣きながら笑っていた。
なんだこれ、なんだこの人生、もう笑うしかない。泣かないとやってられない。
「ねえ、男の子? 女の子?」
「うん。男の子」
「そっか、名前、決めてあるの?」
「あるよ。あるある。もちろんさ。ちょっとこ、古臭いかもしれないけど」
「そっか、うん、そっか。いろいろ、ありがとう」
涙を拭うまどか。
そして、満面の笑みを浮かべた。
「約束してくれる?」
「ん? なにを?」
「赤ちゃん、いっぱい愛してあげてね」
「もちろんだよ、まどか」
「うん。今度、抱かせてね」
何かが割れる音が聞こえた。
まどかは倒れた。砕けたソウルジェムが手から零れた。
一瞬だけまどかは変身した。彼女は、自分で自分のジェムを砕いたのだ。
「……約束するよ。生きてれば、きっと、また、会える」
当たり前の様にゲームは終わった。
まどかの死体が粒子になって消えていく。目の前にキュゥべえが立っていた。
『おめでとう、キリカ。キミの勝ちだ。なにを叶える? ボクのオススメはワルプルギスの消滅だけど――』
「じゃ、消して、それ」
『分かったよ。では、ワルプルギスの永久消滅を一つ、叶えたよ』
「あと二つ? じゃさ、産みたい」
『………』
「この子、今すぐ、産ませて」
『……なるほど。いずれにせよ、完璧になるわけか』
産湯、タオル、全てキュゥべえが用意してくれた。
産声が聞こえたのは、まもなくだった。
「………」
あっと言う間だった。
あっという間に、キリカの腕の中で赤ん坊が抱かれていた。
「………」
ポカンと、していた。
正直、実感が湧かなかった。
「………」
草原だった。何も無かった。二人だけがいた。
「あ」
赤ん坊が泣いた。声を出して泣き始めた。
「あ、えと、あわわわわ!」
どうしよう、どうしよう、キリカはどうして良いか分からず、アタフタと視線を泳がせる。
そもそも赤ちゃんの抱き方ってコレでいいのだろうか?
壊しちゃだめだから、抱える様にしてキリカは赤ん坊を揺らし始めた。
「ど、どうしたんでちゅかぁ? う、ウンチは――してないか。だったらオッパイかな!」
出るかどうかは分からないけど、仕方ない、そう思ったときだった。
赤ん坊は、キリカにしがみ付くと、泣き止んだ。
どうやら落ち着いたらしい。キリカを抱きしめ、寝息を立て始める。
「あ、あはは、もう、わがままなベイビーちゃんだ……な」
暖かい。温かい。
そして、命が、愛がそこにあった。
生きてる。赤ん坊が、新しい命が、この腕のなかに。
「―――」
風が吹いた。草原の向こうに、家があった。
幸せな家族が住んでいた。
お父さんがいて、お母さんがいて、男の子がいる。
男の子が小走りに新聞を取ってきて、お父さんは頭を撫でて受け取って、お礼を言った。
お母さんは長い髪を振り回しながらはしゃいでいた。卵焼きが上手にできたんだって。お父さんと男の子は凄いって笑ってて。
お弁当だ。
お弁当を作ってるんだ。どこに行くんだろう、遊園地かな、ピクニックかな、なんでも良いよね、家族がいればいいんだ。
あ、猫ちゃんだ。そっか、ペットも飼ってるんだ。大きいね、虎みたいだね。
「う――ッ! ぐッ!!」
赤ちゃんを見て、キリカは笑った。
かわいいな、私の赤ちゃん。愛おしいな、私の赤ちゃん。
「うあぁあぁあああぁぁぁぁあぁ」
とめどなく、涙が流れた。
あの家族、家庭が、夢見た未来だと自覚した時、それらは全て透けていった。
透明になっていった。X線で見るように、透明になって、消えていく。
「会いたいよ、会いたいよぉぅ! 東條ぉお!」
いない、会いたい、寄り添いたい。
でも、もう、会えない。
「あぁぁぁあぁぁぁあぁ」
でもその時、腕の中が温かくて、キリカは笑みを浮かべた。
「大丈夫、大丈夫だよ、心配しないでね」
優しく、抱きしめる。
その時、キリカもまた、抱きしめられた。
「大丈夫だよ、キリカ」
「えりか……」
場所を教えられていたえりかは、キリカの事を心配してちゃんとココにやって来ていた。
遠くから見ていたえりか。全てが終わって、すぐに駆けつけたのだ。
全てを理解し、全てを察し、キリカを抱きしめる。
「かわいいね、赤ちゃん」
えりかも、泣きながら笑っていた。キリカは深く頷いた
「生きてれば、また、会えるから」
いつかまた、会える日のために、笑っていよう。
「えりか、私、決めたよ――ッ」
「なにを?」
「この子には、絶対にもう、悲しまないように、苦しまないように、私が愛を注ぐ……!」
「そっか」
「悪い事したらメッ。良い事したらいっぱい褒めて。それで、一緒に、いろんなところに行く!」
「うん、うん……!」
「えりかも、一緒に行こうね」
「うん!」
キリカは赤ん坊を抱きしめ、立ち上がる。
えりかも、そんな二人を支えて立ち上がった。
「帰ろう。キリカ。みんな、待ってるから」
「うん」
今までで、一番綺麗な涙を拭うと、キリカは笑みを浮かべた。
そして、赤ん坊を見る。あんな想いはもうたくさんだ。キミには絶対、背負わせないから。
いっぱい楽しい事をして、夢を見つけて、好きな人を見つけて、幸せになってくれよ。
「愛してるよ――」
えりかと、キリカは、笑った。一緒に笑った。
「私の、私達の、あかちゃん」
FOOLS,GAME XRD・Prompt
END
『悪いな、キリカ。そうもいかねぇんだわ』
「その通りだ。呉キリカ」
風を切る音が聞こえた。
えりかの全身に、矢が突き刺さった。
「え?」
「えり――」
倒れるえりか。死んでいた。
「え?」
キリカの足に、矢が突き刺さった。
膝を貫通する矢が、見えた。
「あッ、ぐぁあつぅッ!」
え? エ? え? エ? えぇ?
混乱、混乱、理解ができない。意味が分からない。
聞こえる笑い声。歩いてくるのは弓を持った女の子。
「一つの歴史を終わせるのは、いつもヒトの罪だった」
桃毛交じりの金髪の少女。
バズビーは跪いているキリカの顔を蹴り飛ばすと、地面へ倒す。
衝撃と苦痛に声を漏らすキリカ、前を見ると、うつろな目で沈黙しているえりかが見えた。
「えり――、か」
「もう死んでいる。フハハハハ、ハハハハハッッ!!」
大声で笑うバズビー。
思わずジュゥべえはため息を漏らした。
『つまんねぇ事してねーで、さっさとループを行えよ。いつか足元すくわれるぜ』
「そう言うな。魔獣にとって殺人は究極の娯楽だ。それにループが始まるからこそキュゥべえも東條の戯れに付き合ったのでしょう?」
『それは、まあ、確かに』
「そう。どうせ戻るのだから、少しくらいは楽しんでも――、いいでしょうッ!?」
地面に倒れたえりかを思い切り蹴り飛ばすバズビー。
するとナイフとフォークを持ったクララドールズ達が行進しながら、えりかの前に到着。
ギコギコギコ。ナイフで骨ごと肉を切って、フォークで突き刺して租借。
グチャグチャ、クチャクチャ、笑いながら、いただきます。
「う――、ぁ」
倒れた際、赤ん坊がキリカの手から離れた。
地面に横たわる天使に、キリカは手を伸ばす。
守らなくちゃ、わたしの、私達の――。
「ハハハハハハハ、滑稽な。こんなクソみたいなサルの子がそんなに大切か」
キリカの頭を踏みつけながら、バズビーは赤ん坊を掴む。
そしてキリカの腹部に赤ん坊を落とすと、矢を構えた。
「親子まとめて、串刺しにしてやる!!」
矢を振り絞るとエネルギーが集中していく。
恍惚の笑みを浮かべ、バズビーは手を離した。
「スパイラルブルーム!!」
らせん状のエネルギーがキリカと赤ん坊を貫こうと飛翔する。
「は」
その時、バズビーは確かに見た。
キリカと赤ん坊を守る様にして、白き少年の幻影が見えた。
両手を広げ、少年は、キリカと赤ん坊を守ったのだ。
「ひゃぁぁあ!」
バズビーは思わず恐怖の声を上げて、尻餅をつく。
放たれたエネルギーが、少年の幻影に触れると反射。
バズビーの頬を掠めて飛んでいった。かすれた部分から黒い瘴気が溢れていく。頭に直撃していたら危なかった。バズビーは肝を冷やす。
――と、同時に、激しい怒りに表情を歪ませた。
「キュゥべえ、説明しなさい! 何だコレはァアアア!!」
『やれやれ。まあいいか。それはね――』
キュゥべえは語る。かつて、一人の魔法少女が願いを叶えた。
その内容は、愛する人を守るもの。その願いが具現し、キリカと赤ん坊を矢から守って見せたのだろう。
それを聞くと、かつてない程恐ろしく、醜い顔をバズビーは浮かべていた。
「イツトリィ!!」
空が割れる。巨大な脳みそが、砕けた空間の向こうに見えた。
そしてビキビキと音を立てて変化していくバズビーの姿。
可愛らしい少女の姿は消え、バズスティンガーブルームが姿を見せる。
「"忘れろ"」
指を鳴らすブルーム。
そして次の瞬間、キリカの髪を掴み、強制的に立ち上がらせる。
赤ん坊が地面に落ちた。キリカが叫んだ。聞こえない、聞かない、どうでも良い。
ブルームは裏拳でキリカの頬を打ち、怯ませると、その全身に矢を打ち込んで見せた。
「ガハッ!!」
東條の幻影はもう見えなかった。
だって、『忘れられた』から。
「貴様らが私に傷をつけるッ! それは許されない!!」
ブルームは弓に付いたブレードでキリカをズタズタに切り裂いていく。
飛び散る血液、苦痛の声、それらを受けて、ブルームは満面の笑みを浮かべる。
アア、気持ちが良い。愛とかマジ、くだらねぇ。
「とう……じょう」
うつろな目で、キリカは手を伸ばした。
「 」
赤ん坊の名を呼んだ。
まっててね、今、おかあさんが、守ってあげる、から、ね。
「見えるぅ? キリカさん、今からあなたのソウルジェム壊しますよぉ、こわい? 怖いねぇ、はい、さん、にぃ、いちぃ」
ブルームはキリカから毟り取ったソウルジェムを指でつまむと、キリカに見せつける。
そしてカウントゼロ。ブルームが力を込めると、魂の輝きは簡単に砕け散った。
「クハハハ、ヒヒヒヒヒ!! 最高ですわ。やっぱり、この時、この瞬間、たまらない!」
ブルームはキリカの亡骸を蹴り飛ばすと、さらに頭部へ一発矢を打ち込む。
完全に動かなくなったキリカ。一方で泣き声、ブルームがそちらを見ると、そこには母親を失ったことを本能で察したのか、キリカの赤ん坊が大声で泣いていた。
「うるさいガキですね。害虫の子供ほど不愉快なものはない」
『……その子はどうするんだい、バズビー』
「殺すに決まって――、あ、しくじったな。キリカの目の前で食えば良かったかな」
『酷いねぇ、放置してりゃあ、いいのによ』
「我々の快楽は死と絶望にありますから。フフっ」
矢を振り絞るブルーム。
しかし、ふと、手を止める。
「いや……」
『?』
「コレは、使えるか――?」
『なんだよ、なに言ってんだ?』
「今、私の言葉はお前たちには届いているだろうが、おそらく人間には届いていない」
『まあ、日本語じゃないからね君の言葉は。しいていうなれば魔獣語と言うべきなのか』
「今回の件、我らの人間の理解が浅かったため、この様な事態になった。我々は人間の言葉すら、今はまだ満足に話すことができない」
『なるほど、そう言えばギアもそう言っていたっけ?』
「その通り。ギア様は人を知る必要があると我らに説いていた。まもなく一つの計画が発表されるだろう。それに、『コレ』は使えるかもしれない」
『つまり?』
「コレは――、持ち帰る」
ニヤリと笑い、赤ん坊と共に消えるブルーム。
崩壊を始める世界。忘れ去られていく世界。
その中で、ジュゥべえは口が裂けるほどの笑みを浮かべる。
『なかなか面白いな、先輩』
『言葉を完璧に理解していないからね。まだ、彼女達は。それになにより、キリカの声が小さかった』
勝者は三つの願いを叶えられる。一つはワルプルギスの消滅。一つは赤ん坊を産む事。
そしてもう一つ、キリカは確かに叶えていた。
『守ってあげるからね』
赤ん坊の守護。
『ゲーム外に持ち出したことで、願いは永遠になりえる』
『生の約束か。とはいえ、生きる事だけが幸福の約束にはならないのが辛い所だな』
生きていても、良い事が起こるかどうかは分からない。
生きていても、幸せになれるとは限らない。
彼も、同じだ。
「アルケニー様。ソレを育ててください」
「ハァ?」
赤ん坊を投げるバズビー。
アルケニーは反射的にキャッチするが、赤ん坊を見ると嫌悪感を表情に出していた。
「んだよ、コレは気持ち悪いな」
「今度実験に使う一つですわ。15歳か、16歳くらいにはしておけ、と」
「イヤに決まってんだろ。殺すぞ」
「ギア様の命令です。すべてはゲームの運営のため、拒否は許されません」
それを言われると都合が悪い。
アルケニーは面倒くさそうに赤ん坊を連れて消えていく。
「名前をつけておいてください、名づけは貴女にお任せします」
「チッ、メンドクセェ」
消えるアルケニー。
すると椅子に座っていたシルヴィスが唸る。
「洗脳でいじめと言うものを誘発しましたが、なるほど、悪くない結果でしたね。おそらくコレは契約を勧めるのにかなり便利な要素となるでしょう」
「双樹が契約するまでが長かった。今度はヤツをいじめの標的にしておいてください」
「ええ、ええ。それに佐倉家を狂わせるのも、私の手に掛かれば容易でした。次はもっと深くいきたいが――、私が舞台にあがると言うのも有りか……」
すると、闇の中から大柄の男、イグゼシブも姿を見せる。
「自殺は封じなければならない。自ら命を絶つなど、興ざめにも程がある」
「確かに。畏まりました」
「それだけではない。性行為は禁止させろ。面倒な感情だ、絡むとより長引く」
「そうですね。今回の様な件はなるべく起きない様、イツトリに指示します」
「愛など、不快極まりない存在ですわね。ホホホ」
「では、東條悟の年齢を高校生へ変更させます。キリカから遠ざければ問題ないでしょう」
「しかしそうすると、パートナーとして接触するまでの時間が長くなりませんか?」
「ええ、ギア様もその辺りを危惧しておりました。円滑にゲームを進めるまで、まだもう少しテスト運用を行わないといけませんね」
一方で、自室に戻ったアルケニーは気だるく椅子の上に赤ん坊を置いた。
ぎゃあぎゃあと泣き喚く赤子を見て、殺したくなるが、我慢。
頭を掻き毟ると、すぐに用意された資料に目を通す。
人間を魔獣に変えると言う実験は近々行われると聞いたが、この赤子も例外ではない。
移植されるミラーモンスターを見て、アルケニーは成る程と唸った。
「仕方ねぇな、オイ。お前も仲間かよ」
それは、同じ、蜘蛛。
果てしない時間が流れた。
魔獣はゲームを確立し、参加者に賭けるまでに世界を繰り上げた。
その中、皆がホールでゲームを鑑賞する中、ずっと、一人の少年は、自室でゲームを見ていた。
全てのゲームを見ていた。繰り返される輪廻、人の罪、殺人連鎖。
そして、変わる。無限の終わり。おそらくそれは、最後のフールズゲーム。
『――お前らを絶対に倒してゲームを終わらせる!』
『おのれおのれおのれぇえええッ! 城戸ッ真司イィィィイイッッ!!』
魔獣は、箱庭に降りなければならない。
まずは、誰が? 真司達が目覚めるまで、魔獣は人を殺せない、誰も殺せない。
前回のゲームの流れを汲む殺人以外は犯せない。
降りなくても良いが、どうする? 視線が交差しあう。
その時、少年は自室を出た。
「ボクに行かせてほしい」
ポケットに手を突っ込みながら、気だるく、話す。
「おっと、引きこもり君のお出ましだ」
蝉堂が馬鹿にした様な笑みを浮かべるが、少年は別にどうでもよかった。
「理由を聞いても?」
バズビーの問いかけには、即答だった。
「人が見たい」
ずっと引き篭り、全てのゲームを見てきて分かったことがある。
「一つ、人間は屑だ」
平気で人を殺す。
「一つ、人は弱い」
些細な事で苦しみ、悲しみ、泣く。
「一つ、人は不出来だ」
劣化品、劣悪な人間は見るに耐えない。
「一つ、人は平気で嘘をつく」
愛しているって言ったのに、次の世界になれば、忘れてる。
憎み合う事も、関わらない事すらあった。なんだよ、それ、なんなんだよソレは。
笑わせんなよ、馬鹿。
ボクはお前らが嫌いだ、ウソツキ共。
「人は、愚かだ」
哀れすぎる。愚か過ぎる。
苦しんで、答えを出しても、次のゲームになればハイおしまい。
それを知らない人間達は今日も頑張って、さ迷って、涙を流して。
とんだ
滑稽なピエロじゃないか。
「支配者として、相応しくは無い。ボクがそれを見極める」
まだ知りたい。もっと知りたい。
そして答えがある筈だ。迫りくるThe・ANSWER、その向こうにきっと答えがある筈だ。
分かっている、だから確かめるだけにしか過ぎない。
待ってろ、人間。待っていろ世界。
「ボクが人間を、終わらせてあげるよ」
アシナガは歪んだ笑顔を浮かべ、赤い瞳を光らせた。
あとがき『小説版龍騎から学んだ二次創作のカタチ』
リアルが忙しく現在は放置気味のブログでも触れましたが、今回また触れてみようかなと。
前書きにもありましたが、今回の短編は小説版龍騎を参考にしてます。
さらにこの直後に書いた虚栄のプラナリアも小説版龍騎をパク――、オマージュしております。
さらにさらに、以後書いたもの(アポロンの獏だのカメンライダーだの)これら全てにも小説版龍騎のエッセンスは入れたつもりです。
と言うのも、僕は小説版龍騎を見て衝撃を受けました。
いや、はじめは『なんちゅうもん買いてんねん』で終わったんですが、ちょっと経ってからまた読み返してみると、『なんて美しいものを書くんだ……!』と言う感想を抱いたので余計に印象に残りました。
なので早速『ごっこ遊び』に入ります。
ライダーベルトを巻いてたのちぃー! とか言ってる状態です。
なぜ龍騎が美しいと感じたのかを真剣に考えてみました。おっと、バカにしないでください。僕ももう大人です。偏差値3くらいの高校を卒業しているので教養はバッチリです。
そんな僕が感じた事を書いていくので、もしよかったら見ていってください。
ただし小説版龍騎だけじゃなくて、他の小説版のネタバレもガッツリしてますので、そういうのが嫌な人は見ないでね。
あとこれはあくまでも個人の意見なので、その点だけは注意してください。これは答えでもなんでもありません、ただの妄想、自己解釈です。
まず以前も触れましたが、龍騎を読んだ人なら分かると思うんですけど、おそらく頭に残る感想は三つの筈です。
・ウンコ
・セックス
・北岡
分かりますか皆さん。
仮にも約10年の時を経て世に出された新作の龍騎がこの三つなんですよ?
いやなんだったら女の人が実質ウンコ食うみたいなシーンもあります。そしてその後に子宮突き破って死ぬんですよ。
なんだよコレって素で声が出ました。
しかも龍騎ってあの時は最後のライダー小説だったんですよ。
それで、ラストを飾るのがウンコなんですよ。
なので僕はプラナリアにウンコ成分を入れました。ラストウンコ。ファイナルウンコ。
やっぱ脚本家の写真一覧で、一人だけ包丁もって舌なめずりしてる男は違うんです。
お次はセックスです。
龍騎ではもう性が入り乱れてます。もうメチャクチャです。童貞の僕には理解できません。
真司が耳かき屋を風俗店と間違えてパンツを脱ぎます。美穂とお外でもヤリます。
蓮も優衣ちゃんとセフレなんでヤりまくってます。サフレはお菓子です。
考えてみれば555だって、草加がレイプしてます。
思えば他のライダー小説だってそうです。直接的な描写こそありませんが、フォーゼだってヤる筈です。ウィザードだってあれはヤルでしょう。タケル殿や進ノ介だって息子がいるんですから、そらもうね。
エグゼイドはどうでしょうか? まあアレもヤるんちゃうか?(適当)
なので僕はイグザードプロンプトと、プラナリアと、カメンライダーにセックスをブチ込みました。
最後の北岡ですが、これは前述の草加同じく、『既存キャラ』の破壊に繋がります。
イメージが固まっているキャラクターをブチ壊すことで、新しい衝撃を生み出したのではないでしょうか。
事実、小説版龍騎では真司が人を殺します。蓮もなんのこっちゃなく他の参加者をブチ殺します。
北岡が吾郎ちゃんをぶちのめします。北岡が赤ちゃんになります。浅倉がウンコ食べます。
優衣ちゃんが――……。
これは同作者が担当している漫画版クウガにも見られることです。
五代の見た目が全然違います。翔一も違います(ここで気づいたんですが、翔一もセックスしてんなコイツ)。春日君の性癖が異常です。ガリマ姉さんがどちゃくそ可愛いです。
これらの事から小説版龍騎は龍騎ではないとか、キャラを汚すなとか色々言われてます。
漫画版クウガも、クウガじゃなくてワウガだとか色々言われてます。
しかしこれはつまり――、オリジナルではない。
言ってしまえば『オリ主』とも取れま……、せんか?
もちろん全然違いますが、オリ主(オリジナル)でも同じことができる筈です。
まあ……、ここは置いておきましょう!
とにかく! これらの事から相当小説版龍騎はエグいのです。
ウンコとか内臓とかセックスとか、言ってしまえば『汚い』とも言えるかもしれません。
ただ、これが面白い事に、なんかラストは清清しいんですよ。
まるで――、ウンコが流れたように(名言)
あと何と言っても終わりは切ないし、そこに至るまでのイベントには美しさと儚さを感じます。
虹色の空。優衣の蓮への想い。優衣の最期。最終決戦。真司の願い。最後の一人からのラスト。
それらが凄まじく美しい。そこで僕はこんな意見を見かけました。僕はまだ読んではないんですが、同作者の別の本でも似たような感想がありました。
とにかく美しい。
ではこの美しさの正体はなんなのか。
もちろんそれが『綺麗なもの』である事は明らかだと思います。
そこで僕は気づきました。もしもダイヤが無数のダイヤの中に紛れていたら? 確かに宝石は美しいでしょうが、周りにも綺麗な宝石が無数にあると個々の美しさは薄れてしまうかもしれません。
しかしもしもウンコの中にダイアがあったらどうでしょうか……?
いや、違う。やめよう。
お昼ごはんに梅干と白米を出されました。昨日の夜ご飯がお寿司で、朝ごはんがステーキだったら『しょぼい』と思うかもしれませんが、三日間何も食べてない状態だったら『ご馳走』のはずです。
僕はここに
光は闇があってこそ。
明るい場所の花火よりも、暗い場所の花火の方が綺麗に見えます。
無数の黒が白をより引き立たせてくれるのではないか。
そしてさらに龍騎に感じた三つの要素にはあるものが混じっていると感じました。
それは『歪んだ愛』です。たとえばそれは否定であったり、依存であったり、嫉妬であったり。形は違いますが、ドロドロした愛憎で繋がってます。
草加や翔一も近いです。何も性的欲求を満たすためにセックスしてる訳じゃないんだよ!
ここが他のライダー小説と違うところだと思います。
要するに龍騎で言うのならば、本当に愛だけのセックスなんてほぼゼロです。
しいていうなら、最後の真司と美穂でしょうか。ただその直後に美穂が真司を切ってしまう為、その愛は成就されてません。
美穂は最後に愛ではなく復讐を選んで死にました。
もちろん優衣も歪んでます。
蓮に抱かれている間、兄の事を考えているような女が、蓮に愛されるかどうかを想像して恵里を殺そうとします。
でもやめます。
頭おかしいんじゃねぇかこの女(永夢)
しかしこの複雑な感情こそが四つ目のピース『愛』だと思います。
愛とウンコ(闇)は繋がります。
浅倉はもしも母親に愛されていたのなら、ウンコを食ったでしょうか? ウンコに満たされていなければ、きっとウンコの臭いから逃げる為に戦う事を選んだりはしなかったはずです。
愛とセックス(依存)は繋がります。
真司と美穂。蓮と優衣。二組ともヤッてますが、生まれたものは確かに違う筈です。
愛と北岡(オリジナルキャラクター)は繋がります。
真司はもちろん、龍騎そのものも全く違いましたが、小説版龍騎はまちがいなく龍騎だと思います。
どんなに壊れていようが、壊し方が上手く、キャラクターの芯は同じところがあるので龍騎になってます。
もちろんそれは同じ脚本化が書いているからとも言えますが。
最後に。
ウンコ。セックス。北岡。愛。
とにかく、この四つの要素をそれとなく入れればあの空気感が再現できるのではないかと思っていろいろやってました。
やってましたし、これからもやると思います。
汚いからこそ見える綺麗なものがあると僕は思ってます。
とは言え、皆さん。
そもそも井上さんはアンチの方も多いです。
ツイッターでは二度と関わって欲しくないと吼えている方もいますし、アンチスレも確かありました。
いくら尻拭いの面があるとは言え、僕としても響鬼後半は『ん?』ってなってます。
現在やってるクウガもそうですが、ライダー脚本家の中でも賛否が激しい方であります。
なのでその真似事、言ってしまえば劣化になると言う事は、人を不快にさせてしまう可能性も大いにあるので、そこは注意してください。
現に僕は、虚栄のプラナリアの続編である残影のバルドクロスを書くのを止めてます。
上記の要素をさらに激しくした結果、ただ純粋に気持ち悪くなったのでやめました。
やりすぎると駄目になるパターンかもしれません。フォローの言葉がなかなか思い浮かばないのです。序盤の敵の名前が『亀頭バズーカー』の時点でお察しください。
やり過ぎはよくないです。
あくまでもちょっとしたスパイス程度がいいのかもしれません。
現にダブルですら、続編の風都探偵ではエロとグロが入ってますが、そこまで嫌な感じはしないでしょう?
それに全部に入れればいいと言うものでもありません。
今はちょっと書けてませんが、Episode DECADEとかはそんなドロドロにはしません。
まあちょっとグロテスクさは上がっていくかもしれませんが、ラーメンに入れるニンニクみたいなものです(適当)
あくまでもほとんどの人が美味しいと思えるカレーのような作品にしようと思ってます(意味不明)
長くなりましたが、とにかく小説版龍騎は異質な作品です。
歪んでいるのだけど、とても整っていて。
醜いのだけれども、とても綺麗な作品です。
興味があったら本屋さんで買ってね。できれば中古じゃなくて新品の方がきっといろんな所が潤うと思うので、新品にしてください。
とにかく僕は――、これからもあの美しさを求めて何かを書いていきます。
が、しかし、もしも僕が仮面ライダーウンコボーイと言うオリライダーを出した時には、多分相当疲れていると思うので、優しく諭してください。
たぶんそれは僕が100%間違っている筈ですから(´・ω・)