仮面ライダー龍騎&魔法少女まどか☆マギカ FOOLS,GAME 作:ホシボシ
過去の話だ。
まどか達と出会うずっと前、ゆまが魔法少女になった時だ。
きっかけはシンプルな物だったのかもしれない。
マミと同じく、ゆまも『願い』を選ぶ事はできなかった。
あの日は父親に殴られた。
狭いアパートの一室では、どこに逃げても無駄だった。
ゆまはいつも殴られるだけしかできなかった。
「助けて! 助けてママ!!」
母親に叫ぶ。
でも聞いていないふり。母親はいつもベランダで泣いていた。
その涙は一体誰に対して流しているのだろう?
ゆまは機械的に許しを請う言葉を羅列するしかなかった。
誰も助けてはくれない。どうして自分はこんなに辛い目を見なきゃならないんだろう。
いっそ死ねば、楽に――?
「!」
その日は何かがおかしかった。
いつのまにか部屋の内装がすっかり変わっている事に気がついたのだ。
あまりにも一瞬の出来事だったので、最初は夢かと思った程。
しかし驚いている父親を見て、ゆまはこれが現実だと言う事を理解した。
綺麗な模様がいくつも見える。
なんて綺麗なんだろう、ゆまは笑顔を見せて、その模様に手を伸ばした。
そうする事で、救われる気がしたから。
「アアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
父親の悲鳴が聞こえてきて、ゆまは我を取り戻す。
綺麗な緑に映える赤。見れば、父親の腕が無くなっている。
ゆまは別に何のリアクションも取らない。
まだ夢を見ている感覚だったからなのだろう。
むしろ父親の腕が無くなったのは幸いだった。もうコレで殴られずに済む。ゆまは安堵していた。
一方の父親は錯乱しながら床を転がっている。
左腕が消えた次は、右腕が無くなっていた。いや、無くなったというのはおかしいか。
正確には噛み千切られたのだ。
炎のように揺らめくアフロヘアー。
そこに無数のリボンをくっつけた犬の魔女『
魔女はゆまの絶望を嗅ぎつけてこの一室に足を踏み入れていた。
父親の両腕を堪能したウアマンは、さらなる欲望を満たすために口を開き、牙をむき出しにする。
それが分かったのか、父親は発狂しながら失禁していた。
しかし助けを求めるために伸ばす腕は無い。日々吼えていた父親も、犬の魔女の前では無力な物だった。
ゆまがぼんやりと見つめる中で、魔女は食事を開始する。
逃げようとする父親だが、狭い一室で逃げられる訳も無く。
言葉にならない悲鳴をあげながら、父親は肉塊へと変わっていった。
数十秒も経たぬ内に父親の姿は無くなった。
それでもゆまは、動かない。
父親が死んだと言う事実を理解しつつも、何の感情も浮かんでこなかった。
「………」
悲鳴が聞こえる。次は母親だった。
父親の変わり果てた姿を見て、母親もまた恐怖でおかしくなったのだろう。
何故か笑いながら玄関の方へと走っていく。
ゆまを置いて、ゆまのこと等気にも留めずに。
悲しくなってきたので、ゆまは泣いた。
母親は走る。だが遅い。そしてウアマンは速い。
二つの影が見えなくなって、すぐにウアマンが戻ってくる。
その口に母親を咥えていた。
どうやら魔女はリビングが気に入ったらしい。
お気に入りの場所で食事をする。これが幸せなのだ。
「は、はひっ! ひはは――ッ! ひたいぃぃぃ。たすッ、たすけ――」
母親はゆまに助けを求める。
ウアマンが二の腕に噛み付くと、血が溢れてきた。
咀嚼すると、肉が千切れる音がして、それから骨が砕ける音が聞こえてくる。
(あ。いつも、ゆまが言っている言葉だ)
ゆまは母親の言葉をぼんやりと聞いていた。なんだか、どうでも良かった。
母親の顔も、もう誰だか分からない程になっていたし。
まして下半身からはいろいろな『中身』が見えた。
ガツガツとウアマンは食事を続けていき、最後に残っているゆまを見つけた。
『wan!!』
ゆまに向かって飛び掛る。
別に、死んでも良かった。
『キキキキキ!!!』
『!』
視界が何かに遮られる。痛みは襲ってこない。
なんだろう? ゆまは表情一つ変えずに考える。
しかしすぐに『答え』が口を開いた。
『死にたくないかい? 千歳ゆま』
ピョコンと可愛らしい音と共に、白いウサギの様な生き物がやってきた。
魔女を見てもなんとも思わなかったゆまが、そこで初めて表情を変える。
「ぬい……、ぐるみ?」
『ぬいぐるみじゃないよ、ボクはキュゥべぇ!』
キュゥべぇは自分の事を妖精だと簡単に説明した。
目の前では。そのキュゥべぇに似た『何か』がウアマンと戦っている。
キュゥべぇの頭部――、被りものだろうか? それに黒いコート。
『あれはボク達に協力してくれている針の魔女さ。でもこのままだと危険かもしれない。悪いけどゆまを助ける事ができないかもしれないんだ』
針の魔女『
結局死ぬまでの時間が延びただけなのだろうか?
『だけど、ゆま、キミが魔法少女になるのならこの運命はきっと変えられる!』
「魔法……、少女?」
『ああ、そうだよゆま。君はもっと強くなれるんだ、悲しみすらも超えてしまう程にね!』
キュゥべえは無表情だが、声のトーンは少し高めになっていた。
『だからボクと契約して、魔法少女になってよ!!』
「契約して――? 契約したら助かるの?」
『かもしれないね。約束はできないけれど』
肉体的にも精神的にもボロボロだった。
だからなんとなく、ゆまは答えてしまう。
やはり死にたくは無かったのだ。
「わかった。"ゆまを、守って"……」
『契約は、成立だよ』
気がつけば、ゆまは綺麗な服を纏い、立っていた。
願いの対価としてキュゥべぇはゆまを守ると言う。キトリーに合図を送るキュゥべぇ、するとキトリーの動きが"先ほどとは変わり"軽快なものとなる。
ウアマンの攻撃をかわし、キトリーは無数の『針』をコートの中から出現させた。
それを撃つ。針は次々にウアマンの体に突き刺さり、数十秒で魔女を針千本に変えた。
魔女の死だ。犬の魔女結界は粉々に砕け散り、ゆまは現実に帰る。
なんだか疲れた。眠い。ゆまは倒れこむ。
ぼんやりと鈍る意識の中でキュゥべえの声が聞こえた。
キュゥべえと、なんだか黒いキュゥべえ。
『な? オイラの言った通りだろ先輩、契約をスムーズにするには"小さな嘘"が必要なんだって!』
『そうだねジュゥべえ、キトリーにピンチを演じさせると言う発想は流石だよ。こうすれば人は危機的焦りから契約をすぐに――』
ゆまそこで気絶する。
目覚めた後は地獄だった。魔女に殺された両親だが、現実では失踪と言う事になっており、そこからは知らない大人達がゆまの未来を決めていった。
慣れない施設暮らし。
それだけじゃなくて魔女との戦いもある。
ゆまは弱かった。契約時は何も感じなかったが、やはり恐怖と言う絶大な因子が戦いの邪魔をする。
ゆまは使い魔でさえ満足に倒す事ができないほど弱かったのだ。
その日も使い魔と戦い敗北、いつもは逃げていたのだが、足を攻撃されたため走れないでいた。
このままだと死ぬ。
そう思った時に出会ったのが佐倉杏子だったのだ。
「おいおい、まさかこんな小さなガキまで魔法少女やってるなんてね。キュゥべぇのヤツは何考えてんだか……」
杏子は使い魔を全て倒し、ゆまを安全な場所まで移動させる。
「ほら、食え。にくまんだ」
「にくまん?」
「知らない――、ワケないよな。いいから食えよ、熱いのが美味いんだから」
施設での食事は年長のいじめっ子に取られてしまうので、ゆまはいつも空腹だった。
夢中になって肉まんを食べるゆまの姿を見て、杏子は笑っていた。
「すげぇ食べるな。よし来た、アタシのもやるよ」
「本当に!?」
「マジだって。だからそんな急いで食うなよ。喉に詰まるぞ。水を飲め、水を」
ゆまは差し出されたペットボトルを受け取ることなく、そのまま咥えて見せる。
まるでペットだ。杏子はケラケラ笑っていた。
「なあ、お前……」
「ゆま」
「はいはい、ゆまさぁ……、アンタがどういった理由で魔法少女になったのかは知らないし、どうだっていい。興味なんかないからね」
「?」
「ただまあ、ほら、これだけは聞いておきたいんだよ」
「なに?」
「お前は、それでも生きたかったのか?」
「?」
「こんな辛い思いをしても、まだ生きたいのか?」
ゆまは俯く。
使い魔も魔女も怖くてどうしようもない。
いっそあの時ウアマンに殺されていればと思った事は何度もある。
でも、それでも、ゆまは今ココにいる。
「……うん」
「じゃあ覚えとけ、ゆま。お前はもう絶対に逃げられない」
「え?」
「この先、もっと辛い事が待ってる」
杏子はどこか達観した様子で告げた。
その視線の先に、一体どれだけの苦しみを見てきたのだろうか?
杏子は複雑な感情を押し殺すように呟いた。
「魔法少女ってヤツはさ、漫画やアニメみたいに希望とか勇気に満ちている訳でも……、ましてや救いがあるわけでもねぇんだ」
「ゆま……、よく分からない」
「だから、お前がテレビで見てるスーパーヒロインとは違うんだよ。えーっとなんだっけ? プリ――、プリンじゃねぇし……」
「プリキュア?」
「あ、そうそう。それな。ああ言うキラキラしたのは所詮、ニセモンだ。現実じゃねぇ」
「プリキュアは本当にいるよ」
「いやだから――ッ、いや、いやッ、これはアタシが悪いな。そうだよ、いるよ。すまんかった」
ゆまはテレビの中にいる魔法少女たちが現実世界にもいると考えていた。
いずれにせよ、そういう部分が現実に対する考え方の違いだった。
自分も、テレビの中にいるような魔法少女に――。
そういうのでは無い。杏子は知っている。
「覚悟しろよ。どんなに泣いても、どんなに助けを求めても、誰も助けてくれない時が必ずやってくる。信じてたヤツが敵になる事だってある」
「ゆま、ずっと一人だった」
「なら分かるだろ。その時に信じられるのは、自分だけだ」
杏子は強い視線でゆまを見た。その迫力にゆまは、たじろぐ。
焦りからか肉まんを喉に詰まらせてしまった。
杏子は呆れた様に笑うと、ゆまの背中を優しく叩く。
「強く生きろ、ゆま」
「?」
「今みたいに喉に詰まらせた時、誰も助けてくれない時が必ずやってくる」
そういって杏子は、自分が飲んでいたジュースを差し出す。
「戦いから逃げんなよ。お前はどんな事をしてでも生きるんだ。戦うって事は、生きるって事なんだからさ」
「生きる……?」
杏子はその言葉にまた強く頷く。
「殺される前に殺せ。裏切られる前に裏切るんだ。それが嫌なんて事は、もう通用しないんだからさ」
「……ゆま、やっぱりよく分からない」
杏子はそれ以上何も言わなかった。
代わりに、ゆまの手を握る。ゆまは手を伝わる感触に少し怯んでしまった。
母親でさえ滅多に手を握ってはくれなかった。
だがこうして杏子は確かにゆまの手を握ったのだ。
「風呂、行こーぜ」
「え?」
「いいから、いいから」
半ば強引に銭湯へと引っ張られていく。
杏子は銭湯の窓を槍で打ち破ると、どさくさにまぎれて料金を踏み倒しつつ中へ進入した。
「ほら脱げ、さっさとしろよ」
「あぅうぅ」
杏子はすぐに裸になると、ゆまの服を剥ぎ取って裸にする。
そのまま二人は大きな風呂にダイブする様にして飛び込んだ。
まだ数人、お客がいると言うのに、激しい飛沫が発生する。
しかし二人が子供だと知ると誰も何も言わない、優しいのか、甘いのか。
「あははは!」
「ぷはぁ!」
笑う杏子と、風呂の広さに感動しているゆま。
二人は何も知らない人間からすれば姉妹の様に映ったかもしれない。
杏子とゆまは並んで広い浴槽の中で足をのばす。
「あー、やっぱ広い風呂は気持ちいいよな」
「う、うん! あったかい!」
そこで杏子は複雑な表情をうかべる。
魔法少女にもなって、ゆまの体には虐待の痕が無数に残っていた。
タバコの痕や青痣。こういうのは魔法少女になったら消えるものだが、ゆまは消していないのだ。
いや、違う、消えないのだ。
「ゆま、風呂は気持ちいいか?」
「うん!」
「それは生きているから味わえるんだ」
「え?」
生きているから。杏子はそれを強調する。
その後、ゆまは杏子にコーヒー牛乳を奢ってもらい、夜は無断で進入したホテルに泊まった。
フカフカのベッドだが、やはり無断でと言うのがゆまの心に引っかかる。
「ねえ、キョーコ……」
「あ?」
「魔法ってこんな事に使っていいの?」
窓を破ったり、鍵を壊したり。
ホテルに行く前、杏子はガラの悪そうな若者達を見つけて財布を奪っていた。
もちろん魔法で半殺しにしてだ。
「魔法って魔女をやっつける為のものじゃないの?」
「いいんだよ。覚えとけゆま、この力はな、絶望だらけのアタシ達に残された最後の希望なんだよ」
「?」
「気に入らないヤツをぶっ飛ばしたり、好きな物を奪ったり、目の前の壁をぶっ壊す。そんな力なのさ」
杏子は最後に、ゆまの頭を撫でながら小さく呟いた。
「どんな手を使ってでも、生きろよ。たとえ――」
人の命を、奪っても。
次の日、ゆまが目を開けると、杏子は消えていた。
そして、現在。
さやかは学校を休み、サキの自宅で雑誌を読んでいた。
サキの部屋には少女マンガや恋愛小説が多い。さやかは『男心をガッチリホールド&ブレイク』と書かれた雑誌をめくっていた。
ブレイクしたら意味ないんじゃないかとは思いつつ、中身を見てみる。
さらに昨日、北岡言われたアドバイスを思い出す。
「ねえ、ゆま。ちょっと買い物行かない?」
「えぇ!?」
前回も服装を変えたおかげで少しはうまくいった気がする。
どのみちモタモタはしていられない。いろいろな不安もあったが、北岡の言う通りこのままだったら確実に後悔してしまう。
そんなのは嫌だ。
さやかは狙われていると言う恐怖よりも、上条への想いを優先させた。
厳しい戦いではある。
しかし幼馴染が故に、確固たる壁があるのも事実だ。
家族同様と言ってもいい程の距離は逆に恋愛には結びにくい。
だからとにかく女の子として意識してもらわなければ困る。
服装とか、匂いとか、とにかく今はファッションで勝負をかけるしかないのだ。
「で、でも危ないよ! さやかお姉ちゃん!」
「大丈夫、大丈夫! ちょっと服買いに行くだけだからさ」
そうだ、少し買い物に行くだけ。
さっさと戻ってくれば敵に出会う事は無いだろう。
ゆまも一緒ならば狙われる可能性も少なくなるのではないか。
何よりもモタモタしていたら仁美に先をこされてしまう。
「サキさん達には内緒ね!」
「えぇ!? で、でもでもっ!」
焦っていたのは事実だ。
さやかはゆまの手を引いて強引に家を出ると、一番近い衣料品店へと向う事にする。
学校を休んでの外出なんて、なんだか得をした気分である。
「今頃まどか達は授業中! ニヒヒ!!」
「ねえねえ、どうしてお洋服がほしいの?」
「んー? あはは、その内ゆまも分かる時がくるよ」
それを聞いて不満そうに頬を膨らませるゆま。
その様子が可笑しくて、さやかはケラケラと笑った。
じゃれ合いながらしばらく歩いていると、目的の店にやってくる。
平日ではあるが、人はそこそこいた。
さすがにココならば安全だろう。さやかも安心してため息をついた。
時間は戻る。
場所は高見沢邸。
「おはようございますニコ様」
「……ん」
シャッとカーテンが開かれたかと思うと、朝の強い日差しが目に刺ささる。
ニコは両手で目を塞ぎ。小さく息を吐いた。
「今、何時? ってか、どしたの? まだ眠いですん」
メイドが直々に起こしに来るとは、現代日本じゃ考えられない光景である。
そのメイドは少し困った様な表情を浮かべた。なぜなら昨日、ニコ自身がこの時間に起こしてくれと頼んだのだから。
「あ、そうだった。忘れてたよ」
ニコは目をこすりながら、大きなあくびを一つ。
すぐにメイドが来て、ボサボサだった髪を綺麗に整えてくれた。
「こりゃ凄いもんだ、チップあげないと。たかみーの金だけど」
ニコは高見沢の親戚と言う事にしてある。
その方がVIP待遇で心地がいい。
「たかみーは?」
「高見沢様は朝食を取っておられますよ。ニコ様はどうなさいますか?」
「んー、じゃ私も食べよっかな」
そう言ってメイドと共に下の階へと降りていく。
広い部屋では、既に高見沢が朝食を始めている。
ニコはそのまま高見沢の向かいに座った。
「何かありましたら、いつでも呼んでください」
「おけ。サンクス」
ニコはメイドが退室したのを確認すると、適当にパンを取ってかじる。
相変わらずアンニュイな表情だった。
「メイドだ執事だ、典型的な金持ちの家だな。日本じゃダセぇぜ」
「ほっとけよ。しかしお前いつも昼過ぎまで寝てるクセにどうしたってんだ?」
そこでノック音が聞こえる。
高見沢が応えると、執事が電話を持ってやってきた。
何やら仕事の事らしい。高見沢は軽く礼を言って電話を受け取る。最初は普通の受け答えだったが――
「あぁ!? 昨日までにアポは取っとけって言っただろうが!! 何やってんだ屑野郎ッ! つかえねぇなゴミが!! は? 向こうの都合なんて知るか! テメェの力で死んでも取れ! いいか? 分かったなッ!!」
暴言交じりの会話が終わると、高見沢は乱暴に電話を切って執事を下がらせた。
肩を竦めるニコ。目を逸らしながら、唇を吊り上げる。
「やだねパワハラ野郎が社長なんて。社員さんに同情するよ、ホント」
「ハッ! 俺の会社に必要なのはな、どんな事でも折れない芯の強いヤツだ。今の言葉で凹んで辞めるぐらいなら、さっさと消えてもらいたいね」
高見沢は社員の好感度など一切気にしない。
ミスをすれば死ねだの屑だのゴミだのと平気で言ってのける。
だがそれでも食らいついてくる社員ならば評価する。
まして高見沢の会社へ入るために必要な学歴や、それに関係する優遇などは無い。
高校を中退した人間と、超一流大学を卒業した人間も扱いは対等だ。
要は仕事ができればそれでいい。社会で戦えればそれでいいのだ。
「たとえばお前を起こしに行ったメイド。ありゃ俺の会社に働いているヤツの娘だ。何でもリストラされたらしくてな」
「へー」
それで高見沢はその娘を自分のメイドとして採用したとの事。
掃除や洗濯、食事を作れば他の店より高い給料をもらえる。
もちろん仕事ができなければ消えてもらうが、今のところそんなに酷くは無いのでクビにする予定もない。
「俺の会社は、他より給料が確実に高けぇ。なら文句は言えねぇだろう?」
「ふぅん、そんなモン?」
どうやら見込んだ相手にはそれなりの報酬を与える男らしい。
「や。でも私はお前の会社に入るのだけはゴメンだわ」
「そりゃ残念。ところで何だ? 何か用なのか?」
「んー、ちょっと気になる参加者がいてね」
「ほう、どんなヤツだ?」
ニコは携帯を操作してその画面を表示させる。
そしてデーターを高見沢の携帯に送っておいた。
表示されるのは赤い魔法少女、佐倉杏子である。
「他の参戦派を見てないからまだ何ともいえないけど、コイツのペアはいろいろとヤバイ気がする。今データ送ったから見ろ」
「……はァン、なるほどな。パートナーの野郎もヤベェ目をしてやがる」
流石、社長と言うだけあって人を見る目はあるらしい。
表示された浅倉の写真だけで、高見沢は危険度を理解したようだ。
ニコは自分が知っている情報を全て話した。
杏子達はミラーモンスターに積極的に人を捕食させ、かつ積極的に他の参加者を殺そうと考えている。
参戦派にとって鑑の様な魔法少女と騎士ではないか。
「今日はコイツを監視しようかなって」
「わかった。だがヘマるなよ。俺は会社だ、何かあっても抜けられねぇぞ」
「バイグリちゃんがいれば問題ないよ。つか、多分、気づかれないし」
それにと、ニコはジュゥべえから聞いた情報を高見沢に告げる。
そう、重大な『情報』を。
「何ッ!? おいおい、マジかよ!!」
「おおマジなんだわ」
そういうとニコは自分のソウルジェムを取り出した。
「コイツがいろいろ便利なのは知ってたけど、最後の"トリガー"までは知らなんだ」
「テメェはいろいろ、どうなんだ?」
「大丈夫、ジェムまだピカピカだし。あとはほら、どうせ私達は勝つんだから。追加で願いで何とかするさ」
「成る程」
「で、ちょっとヤバイ奴がいるらしい。私の予想じゃ結構乱闘になるかも」
そこで、高見沢とニコは同時にニヤリと笑う。
どうやら二人とも同じ様な考えが浮かんだらしい。
「使えるだろ? いろいろと多分さ」
「だな。一度動くってのも、悪くねぇか」
ニコは不適な笑みを浮かべたまま、さらに指を鳴らす。
まだ何かあるのか? 高見沢も期待に目を輝かせるが――
「あ、すんませーん! スープくださーい!」
「………」
ちょっと空気読めよ……。
高見沢のため息を無視してニコはスープを夢中ですすり始めた。
「んまいな、このコンソメスープ」
「オニオングラタンスープだ」
「あっそ。ま、似たようなもんでしょ」
「んー、どれにしよっかな」
さやかは迷っていた。
幼馴染と言えども上条の好みなんて知らないし、ましてやどういった服が男性の心を掴むのかなんて分かる訳が無かった。
マミに借りた服を思い出そうか?
いっそ露出を増やしてみようか? いや、それはそれで恥ずかしいし。
しばらくは適当に見てみるが全然分からない。
店員にも聞いて、とにかく色々試着をしてみる。
(こんな時、マミさんがいてくれたらなぁ)
すぐに首を振る。いつまでも縋る訳にはいかない。
マミはもういないのだ、さやかは幻影を振り払う様に、もう一度強く首を振った。
しかし服を選ぶ側はまだしも、それを待っていると言うのはなんとも退屈なものだ。ゆまは店内に置かれた椅子に座って、退屈そうにさやかを見ている。
「うー、まだなのぉ?」
「あはは、ごめんごめん! 終わったら何か食べにいこっか」
「本当? じゃあゆま、ケーキ食べたい!」
さやかも申し訳ないと思ったのか、ゆまに服を選ぶ理由を話す事にした。
興味津々のゆま。さやかは少し恥ずかしそうに頬をかいて、事情を説明した。
「――って事なんだ。だからさ、お願い! もう少し待ってて!」
「うん、わかった! 頑張ってねさやかお姉ちゃん!!」
恋をした事は無いが、さやかの一生懸命な気持ちをゆまは理解した様だ。
さやかはサンキューと笑い、また服を選びに――
「あははッ!!」
「!!」
だが、そこで笑い声。
聞いたことのある声だった。さやかはゾッとし、動きを止める。
声が聞こえた場所は服で隠れており、その姿を視覚する事はできない。
しかしすぐ前にいる。さやかの足が震え始める。
「あんた……ッ!! なんでココにッ」
「これでも結構探し回ったんだけど。まさかこんなところで会えるなんて、アタシ達運命の糸で繋がってんのかもよ?」
シャっと服が退かされて声の主がが顔を見せた。
赤い髪が目に映る。そこにいたのは最も会いたくない人物の一人、佐倉杏子だった。
だが、さやかは冷静だった。
周りにはまだ沢山の人がいる。さすがの今日もココで始めようとは思わないだろう。
さやかはすぐにゆまを連れて逃げようと決めた。
「キョーコ!」
「え?」
「ン? おお!」
嬉しそうな、ゆまの声。
一方で杏子も笑って腕を広げた。
するとどうだ、ゆまは杏子に向って飛びつき、抱きしめたではないか。
「ど、どういう事?」
戸惑うさやかに、ゆまは杏子の事を説明してみせた。
「ゆまね! キョーコに助けてもらったんだ!」
「えっ!?」
さやかも聞いていたゆまの昔話。
使い魔に戦いを挑んだゆまは全く歯が立たずボロボロにされてしまったらしい。
その時にゆまは赤い魔法少女に助けられたと言っていた。
「じゃ、じゃあまさか……、ゆまを助けたのは――?」
「うん! キョーコだよ!!」
つまり、ゆまは杏子がいなければ死んでいたのだと。
「へぇ、アンタ等知り合いだったのか」
杏子はゆまを乱暴に撫でていた。
意外だった。とてもじゃないがその言葉を信じる事ができなかった。
少なくとも佐倉杏子は参加者全員を殺すと言っていた筈だ。
しかしゆまは、その杏子になついているじゃないか。
さやかは何か勘違いをしていたのだろうか? ゆまの知り合いだと分かれば杏子も、さやかを攻撃はしてこない?
「キョーコは何しに来たの?」
「アタシはね――」
だが、その時、杏子の雰囲気が変わった。
ゆまは気がついていない様だったが、確かにその目にギラリと光を宿したのだ。
「アタシはね、遊び相手を探しに来たんだ」
「!」
嫌な汗が吹き出てくる。
ゆまは全く気がついていない。『遊ぶ』と言う事を、そのままの意味で受け取っている様だった。
だがさやかには分かる。分かっている。そんな甘いものじゃない。
「あれから時間も経ったしさ、まさか何もしていないなんて言わないよね」
怪しく歪む杏子の口元。
三日月の様に釣りあがる笑みが、全てを語っていた。
(一瞬でも期待した自分が馬鹿だった……!)
さやかは一歩後ろに下がって、杏子との距離を空ける。
「お断りッ、冗談じゃない」
「おいおい、連れないねぇ」
「だいたいッ、ここでやるっての? 人が多いこんな場所で」
「アタシはそれでも構わないけど? その方が派手そうでいいかも」
「嘘でしょ……ッ、この力で――ッ」
「この力だからこそだろ。勘違いすんなよ、
理解した、杏子はやはり杏子。
だからと言ってわざわざ殺し合いに乗るつもりはなかった。
冗談じゃない。冗談ではないが――、そこで気づく。
「あーあ」
「っ?」
「さやかが遊んでくれないなら、ゆまと遊ぼうかなぁ?」
さやかは息を呑む。
ゆまは現在、杏子の腕の中ではないか。
「え? 遊ぶの? うん! 遊ぶ遊ぶ!」
「おーおー、嬉しいね」
ゆまは無邪気に笑っているが、これは脅迫だ。
杏子はさやかが戦いに応じなければゆまと戦うと言っているのだ。
そんな事になれば、間違いなくゆまは殺される。
(それだけは避けないと……!)
同時にこみ上げてくる不快感。
「なんでアンタ……! ゆまは関係ないでしょうが――ッ」
一度は助けた筈のゆまを、何故危険な目にあわせようとするのか?
さやかには理解できなかった。慕ってくれているゆまを見て何も思わないのか?
怒りが次々に湧き上がってくる。
「ハッ、お笑いだな。つくづく呆れるぜ」
「ッ」
「まだ状況を理解してないのかい? 勘弁してほしいよね」
しかし、そんなさやかの感情をあざ笑う様に、杏子の態度は変わらなかった。
ゆまを奪われない様に、杏子はゆまと手を繋ぎながら外に出る。
さやかはついて行くしかない。こんな事なら家で大人しくしておくべきだった。後悔と悔しさに歯を食いしばる。
果たして勝てるのか?
前回の戦いから魔法の使い方を少しだけ勉強しただけで、後は何も鍛えてはいない。
「ッ」
怖い。
しかしゆまを守る為に戦わなければ。さやかは覚悟を決めて足を進めた。
「あぐぁッッ!!」
開戦の合図は無かった。
人気のない路地に着いた瞬間、杏子は魔法結界を発動して変身。
そのままさやかに向けて槍を振る。
さやかは何とか変身を行うが、防御まではできなかった。
まともに一撃を受けてしまい、後方へと吹き飛ばされてしまう。
「え?」
ゆまは間抜けな声をあげる。
杏子はゆまを無視して、さやかに武器を構えて向っていく。
「あーあ! 今のは反応してほしかったねッ!!」
「うるさい!!」
さやかは立ち上がると同時にバックステップ。
マントから無数のサーベルを出現させると、それを掴んで杏子に投げつける。
手加減なんてできない、さやかは完全に杏子を殺すつもりなのだ。
「おせぇんだよッ!!」
「ッ!」
しかし杏子の足が止まる事はない。
多節棍を振り回して次々に剣を弾き飛ばして行く。
着地したさやかは、剣の数を増やして弾幕を張るが、杏子には全く通用しなかった。
赤い旋風が全ての剣をなぎ払い、気づけば距離はすぐそこに。
「ひッ!!」
さやかの為に言っておくと、彼女は決して弱い訳ではない。
しかし一度敗北した恐怖からか少し引け気味になっているのは事実だった。
もちろん、そんな事は何の言い訳にもならない。
さやかの目の前まで移動した杏子は、槍を振ってさやかの足を払う。
当然さやかは反応できずに倒れてしまう。あとはパターンだった。杏子はさやかの腕を踏みつけて、まずは武器を腕から分離させる。
「ちょっとさぁ、学習しなよアンタ!」
さやかを哀れみの目で見たまま、首を掴んで強制的に立ち上がらせる。
そのまま間髪入れずに拳でさやかの腹部をて殴りつけた。
「うぐッ! ガハッッ!」
岩を簡単に砕く魔法少女の拳だ。
当然、さやかは痛みと苦痛に顔を歪ませる。
それを見て杏子はやれやれと首を振った。
「痛みの遮断も微妙ってところか、つまらないね」
杏子は舌打ちを行う。
そのままさやかをゆまの傍へと投げ飛ばすと、追撃の槍を投げる。
さやかは何とか体を反らして回避したが、刃の部分が腕をかすってしまい、鮮血が舞い散る。
「なんで、キョーコ……?」
「は?」
ゆまは信じられないと言う目で、杏子を見ていた。
どうして杏子がさやかと戦っているのか分からない。さやかが何をしたんだ? 何もしてない、なのに杏子はさやかを傷つけている。
目に浮かぶ涙。
ゆまは信じられないと言う気持ちと、信じたくないと言う気持ちを堪えて、杏子に問いかけた。
「な、なんでこんな事するの……? キョーコ、ゆまを助けてくれたよね? キョーコはゆま達の敵じゃないよね!?」
ゆまは魔法少女に変身すると、さやかを庇う様にして立った。
杏子は無言でゆまを見ている。そしてふと、笑みを浮かべた。
「キョーコ……!」
分かってくれた。
ゆまは安心した様に杏子へ近づいていく。
「………」
ゆまは、沈黙する。
言い方を変えるなら、沈黙させられたと言う方が正しい。
スローモーションになる世界。杏子の足が、ゆまの腹部に刺さりこむ。
「―――……」
声が出ない。息ができない。涙があふれてくる。
なんで、どうして? ゆまは吹き飛びながら考えていた。
杏子は自分を助けてくれた優しい魔法少女の筈だ。
なのに、どうして攻撃をしてきたの?
「馬鹿かよ、ガキが」
「――……っ」
倒れるゆま。
泣いているのは痛いからじゃない。信じられなかったからだ。
そんな中でも杏子の声は鮮明に聞こえてきた。
「アンタらさぁ、分かってんの? ってかルール聞いてた? あの集会にいたんだろうが! 何度も言わせんなよ!!」
もう一度、杏子はゆまを蹴り飛ばす。
「確かにアタシはゆまッ、お前を助けた事がある。それを否定する事はないよ。でもそれは昔の話だ!」
今はF・Gの真っ最中。
勝利条件の一つ、皆殺しを目指して何が悪いのか。
さらに言えばわざわざ魔法少女集会で宣言している。あれで参戦派がいないなんて抜かすバカがいたら、それはもう死んだほうがいい。
「嫌だだとか、やりたくないとかじゃねーんだよ! マジでナメちゃってんの?」
魔法少女になったからには奇跡を願ったはずだ。
奇跡とはつまり、ありえない事をありえるようにした筈だ。
中にはそれが他人の人生を狂わせる物もあっただろう。それを分かっていて願いをかなえた。自分のエゴを通した。
だったら、嘘みたいなこのゲームも存在してもいい。
「アタシ等はその奇跡に巻き込まれたんだ。キュゥべえの野郎が言ってただろ! アタシ達は選ばれし13人なんだよ」
それ以上でも以下でもない。
やりたいでも、やりたくないでもない。
選ばれた、それだけ、以上、終わり。
「なのに何で仲間とか言っちゃてんのさ! ゆま、アンタも例外じゃないんだ」
杏子はゆまを無理やり起こすと、蛇の様に鋭い眼光で睨みつける。
「ゆ、ゆま……! そんなの聞きたくない!」
ならばと杏子は、ゆまの首を掴んで壁へと叩きつける。
「どんなにガキでもゲームの参加者だって事を理解しな! それに、お前を助けたアタシはもういないって事もな!!」
「キョーコ……っ! ぐるじぃ――ッッ!!」
ゆまは苦しそうに表情を歪め、杏子の手を掴む。
すると杏子は嬉しそうに笑った。いい、そういう事だ、ゆまも少しは分かってきたじゃないか。
「嫌だね! アタシは止めない! アンタを絞め殺すまで力を加え続ける! だから苦しいなら殺せ! 戦え! アタシを叩きのめしてみろ!!」
その時、さやかが地面を蹴った。
回復は済んだ。そして学習。遠距離は不可能、ならばもう接近戦でいくしかない。
さやかは覚悟を決めて剣を構える。
「純粋なゆまの気持ちを裏切って! 絶対に許さない!」
「……ハッ! 良い! そういう事さ! それでいいんだよ!」
杏子はゆまを投げ飛ばすと、さやかの方へと走り出す。
さやかの剣と杏子の槍。双方は激しい火花を散らしてぶつかり合った。
もう引くワケにはいかない、さやかは持ち前のスピードで反撃の隙を与えぬ程の連撃を繰り出していく。
切り、払い、突き。
杏子は始めこそ的確に防御を行っていたが、徐々に剣がすり抜けて肌に切り傷が生まれていく。
「単調な攻撃、でもそれを補うのはスピードがあるってか!」
「黙ってろ! 今すぐそのニヤけ面! 切り裂いてやる!!」
「へぇ、怖いねェ。じゃあ――」
杏子は左の掌を前に出す。
何か来るのか? 恐怖から、さやかは一旦後ろへバックステップを行った。
「これならどうか――ッ、な!」
「ッ!?」
杏子はもう一本槍を生み出すと、そのまま投げた。
しかしさやかを狙うにしては高度がある。案の定、槍はさやかの頭上を通り過ぎるだけ。
だが、さやかは青ざめて踵を返す。飛んでいく槍の先にいるのは、ゆまだった。
「卑怯者!!」
「ハハハ! 馬鹿じゃん! 殺し合いに卑怯もクソもあるかっての!!」
ゆまを助けなければ。
思考がそれで満たされ、動きが鈍る。
そこを杏子が狙わない理由はないだろう。多節棍を伸ばすと、さやかの胴体を縛りあげた。
「しまった!」
「弱いヤツほど、仲間意識とかあるよねぇ。クソくだらないよ……ッ!」
さやかは絡まる鎖を引き剥がそうとするが、そこで全身に衝撃が走った。
痛い、耳鳴りがする。気持ち悪い。そう思ったときには別の壁に打ち付けられている。
「おいおい、攻略法見つけてないの? ナメられたもんだなッ!」
何度も壁に叩きつけられるさやか。
杏子が飽きるのが先か、それともさやかの命が先に潰えるのが先か。
「グッ! ギッッ!!」
さやかも何とかして脱出しようとするが、なにぶん動きが封じられているのに加えて、自分の魔法じゃどうする事もできない。
まさに相性最悪と言ってもいい攻撃だ。一人じゃ完全に詰んでいる。
そう、さやか一人ならば。
「ゆまッ!!」
「!」
「たす――ッ、ぐあぁ! たすけて!!」
そう、今は一人ではない。
ゆまが加勢してくれれば状況は覆る筈だ。
いくら杏子が強いとはいえ、二人掛かりならば何とかなるかもしれない。
「あ――ゥ、あぁぁ、ぅぅぁ……!」
しかし、ゆまの様子がおかしい。
頭を抱えてうずくまっている。震える肩、口から漏れる呻き声。
「あぐぁあッッ!!」
飽きた。杏子はさやかを乱暴に投げ捨てると、次はゆまのもとへ向かう。
まずい、助けなければ。さやかは立ち上がろうとするが、全く腕に力が入らなかった。
すばやく回復を意識して魔力を込める。
(お願いッ! 間にあってよ――ッ!)
そうしていると、杏子がゆまの所へやって来た。
「おい」
「――……ぃ」
「ア?」
ゆまは、しきりに何かを呟くだけだった。
耳をすませる杏子、そしてすぐに理解する。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ、ごめんなさい!」
ごめんなさいぃ、ごめんなさい、ごめんなさいっ。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!
ごめんなさい――……ッッ!!
「………」
小さな体を震わせて、ゆまは何度も許しを請うた。
杏子が齎した痛みが、過去の記憶を呼び起こさせたのだろう。
両親から受けた虐待の記憶が脳を支配する。
苦痛から解放される言葉を何度も羅列して、ゆまは自分の心が壊れない様にしている。
それは幼い彼女が生み出した防御行動だ。
さやかは目に涙を浮かべて力を込め続ける。
できる事なら今すぐにゆまを抱きしめてあげたかった。
一人じゃないと教えてあげたかった。
「うぜぇ」
「え……」
だが杏子の答えは、あまりにも辛辣な一言たった。
「前に助けた時さ、アタシ言ったよね?」
「――ッ!」
杏子はゆまの髪を掴むと、そのまま引っ張り上げる。
「いたぃ! いたい゛! いたいよォ!!」
ゆまの小さな体は、いとも簡単に持ち上がった。
痛みと苦痛が、ゆまの記憶をグチャグチャにかき混ぜる。
壊れる寸前までに心が悲鳴を上げ、ゆまは軽い錯乱状態になる。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいッ!!」
こうやって謝り続ければ母親は短い時間で優しくなった。
叩いてごめんね、意地悪してごめんね、でも私はあなたの事を愛しているからね。
母親は優しくなってくれる。
死ね、役立たず、お前なんか生まなければよかった。
ああ、またすぐに殴られる。でもまた謝れば――
「黙れ」
「ッッ!!」
そんなゆまの想いを切り裂いたのは、杏子の鋭い眼光だった。
杏子が手を離すと、ゆまは地面に落ち、そのままへたり込んだ。
「お前がどういう経緯で魔法少女なったのかは知らねぇ。だけどさ、前に助けた時に言ったよなって」
「……!」
「魔法少女ってのはな、漫画やアニメの様に希望や勇気に満ちてる訳でも、まして救いがある訳でもねェんだよ」
ゆまはまた防御反応として、謝罪の言葉を口にしようとする。
だが杏子は素早くゆまの頬を叩き、黙らせる。
けれど頬が痛いからまた泣き出そうとする。すると今度は杏子の裏拳が、ゆま頬を叩いた。
「泣けば終わるのか? ごめんなさいって謝れば苦しみが終わるのか? アァ!?」
「ひ、ひっく! ぐっす……! う、うぇ」
「じゃあ泣けよ、じゃあ謝り続けろよ。でもアタシはアンタを殴るぜ?」
「ご、ごめんなさぃ、お願いだから意地悪しないで……!」
「だからッ、それがウゼェって言ってるんだよッッ!!」
何故なのかは分からないが、相当杏子は怒っている様だ。
もはや眼光だけで人を殺める事ができるのではないか? それぐらいの気迫だった。
これは堪えたか。ゆまは蛇に睨まれた蛙の様に沈黙する。
「お前いつまで逃げてんだッ!? 言っただろうが、魔法少女になるって事は、現実と――! この世界の全てと戦わなきゃいけないってよッ!!」
そこに年齢なんて関係ない。
子供だからと言い訳していれば、待っているのは死だけだ。
いや、絶望と言った方がいいのか。
「魔法少女になった時点でアタシ達は絶望と戦い続ける覚悟を決めなくちゃいけない! なのにお前は……ッッ!!」
杏子は槍を出現させる。
ゆまは本能からハンマーを出現させる。
だが攻撃はしない、できない。杏子の言葉を無視するように、ゆまの口から出るのは命乞いだけだった。
「ゆま、お前は何で魔法少女になったんだ! 死にたくないからだろうが!!」
杏子は叫び、槍でハンマーを殴る。
「わざわざ死にたくないから魔法少女にしてくださいって
「ごめんなさい――ッッ!!」
「ああそうかい、そんなに苦しみから解放されたいなら――」
杏子は槍を構えて『突き』の準備を行う。
標的は、目の前で震えている幼い少女。
いや、"自分と同じ、フールズゲームの参加者"だ。
「アタシがブッ殺してやるよ! 千歳ゆまァアアアアアアアアアアッッ!!」
なるほど、なるほど。
魔法少女になったら世界の全てと戦い続けろか、悪くない言葉だよ。
逃げちゃ駄目か。逃げちゃ。
「ふぅん。なるほど、ただのイかれた女って訳じゃないのね」
だけど。
「気に入らないな、佐倉杏子」
幼女イジメちゃ駄目でしょ普通さ。
アレはペロペロするもんだってのに。
ココから見えますは、見滝原高校。すぐそこじゃないの。
じゃあ決まりだわ。
待ってろよ青いマントと緑の幼女よ。
今クールでイケメンの王子様を派遣してやるからさ、それまで死ぬなよ。
とまあ、そんな訳で――
「じゃーましーちゃお」
杏子は槍を止めていた。
「今、なんつった?」
ゆまの断末魔は小さいものだった。
それは言葉だ。無意識に出た、心からの声。
「たすけてぇ……! マミお姉ちゃん――ッッ」
もう一度、ゆまは口にした。
その言葉と共に、ピタリと杏子の動きが止まった。
涙を流しながらマミに助けを求めるゆまを見て、杏子は何を思ったのだろうか?
「お前マミの知り合いなのか?」
ゆまは、ゆっくりと頷いた。すると杏子がさらに言葉を紡ぐ。
「なら……、なんでアイツが死んだのか知ってんの?」
「怖いよぉ! マミお姉ちゃん!!」
「聞けって。マミは何で死んだんだよ……」
ゆまは答えない。
堰を切ったように泣き出してマミの名を連呼する。
新たな防御反応なのだろう。すると杏子は、ゆまの腹に蹴りを叩き込む。
表情が歪んでいた。そこに余裕は欠片もなかった。焦りだけがあった。
「黙れェエエッ!!」
「ヒッ! ぎぃ!!」
ゆま頬をかすめる刃。
杏子は吼える様に声を荒げて、槍を振り回す。
「教えてやるからよく聴けよクソガキ! 巴マミはなぁッッ!!」
「やめて!」
さやかが叫ぶが、杏子には聞こえていなかった。
「巴マミはもういないんだよッ! 分かるな!? 死んだんだよッ!!」
「やめ――ッッ! ろぉおオオオオオッッ!!!」
怒りが、魔力に変わった。
さやかは体が動くのを確認すると、一瞬で立ち上がり、全速力で走り出した。
それはまさに青い閃光。考えなしの突進だったが、それは杏子に直撃すると、大きく吹き飛ばしてみせる。
防御が崩れた。
さやかは剣を両手に構えて、杏子を追いかける。
切る。切る。そして切り上げ。空中に打ち上げられた杏子に、
そしてフィニッシュに杏子を叩き落し、地面へ思い切り叩きつけた。
杏子の口から血が漏れる。一方でさやかはゆまの前に着地を決めた。
「ゴハ――ッッ! テメェ……ッッ!」
「大丈夫ゆまッ?」
「さやかお姉ちゃん……ッ!」
さやかは杏子を睨みつけて叫ぶ。
「アンタ狂ってるッ!」
「アタシから言わせてもらえば、狂ってんのはソッチだよ」
杏子は皮肉めいた笑みを浮かべて立ち上がる。
「で? 質問の答えを聞かせてくれよ。マミは何故死んだんだ?」
「アンタ、マミさんの知り合いなの? ムカつく」
「ハハハ! そりゃあ悪かったね。で? 答えは?」
「あんたなんかに教えるかッ!」
「ハァ。ウゼェ」
再び剣と槍が激しくぶつかり合った。
怒り身を任せたさやかの剣は、杏子にとってどう映るのだろうか?
杏子は冷静に、的確にさやかの攻撃を防御していく。
そんな中。一瞬の隙が死に繋がる状況の中、杏子はでゆっくりと口を開いた。
「……どうせ、甘い性格が災いしたんだろ?」
「――ッッ!!」
その瞬間、さやかの雰囲気が完全に変わった。
抱くのは杏子に対する憎悪と殺意。決めた。もう迷わない。もう逃げない。もう理解した。
できる事ならまどかやサキの言葉を守りたかった。マミがとるべき道を歩みたかった。
だが、もう限界だった。
「黙れッッ!!」
"杏子を殺す"。
それがさやかの出した完全なる答えだった。
さやかは、杏子の頭部へ、自分の頭部を打ち付けた。
杏子が怯む。ふらついた所へ、今度は拳を当てていく。
肩を殴った。頬を殴った。杏子は笑ってはいなかった。
「マミさんは何も悪くないッッ!! マミさんはパートナーに裏切られたから――ッッ!!」
さやかはその先の言葉を言えなかった。
代わりに、後ずさる杏子へさらに剣を振り下ろした。
切り裂かれていく杏子。しかし魔法で防御力を底上げしているのか、なかなか切断できない。
だが血が舞っているのを見ると、ダメージは受けているようだ。
「マミさんを――ッッ、馬鹿にするなァアアアッッ!!」
剣を両手に構えて十字切り。
さらに後退していく杏子へ剣を投げる。
無数の剣が杏子の体に突き刺さった。肩、脚、胴体。
「……ン?」
そこで杏子はハッとしたような表情を浮かべる。
知らない。もういい。さやかは剣を構えて走り出した。
「ん? ちょっと待てよ――……」
杏子は大きく後ろへ跳んで、さやかとの距離を空ける。
何か、考え事がしたいらしい。さやかの事など眼中に無いと言わんばかりに、独り言を呟いている。
「パートナーに裏切られて死んだ? やッ、それはないだろ」
「は?」
杏子は呟く。
裏切られて死んだってのは『ありえない話』だ。
つまり裏切られた後に起こった『何か別の原因』でマミは死んだと言う事になる。
その何かとは――、何だ?
杏子はさやかの攻撃をかわしながら冷静に考えてみる。
そういえば以前、ジュゥべえから聞いたルールがあった。
「ソウルジェムの暴走? それでマミが死ぬ……?」
成る程、簡単な話だ。
マミは暴走が原因で『魔女』になったと言う事なのだろう。
「でもちょっと待て、マミのパートナーは死んでいる……、それをルールと照らし合わせると――」
杏子はふと、立ち止まった。
突き出されたさやかの剣を手で掴むと、ポカンとした顔でさやかを見る。
「もしかして、マミのパートナーを殺したのはお前らかい?」
「ッ!!」
図星。さやかの驚く顔を見て、杏子は確信する。
そしてさらに考察を続ける。剣の刃を掴んだ手からは、血が流れ出ているが気にしない。
「アタシ前にキュゥべえ達から聞いたな。魔女化した場合――、えぇっとなんだっけな? あぁそうだ思い出した。騎士殺せば元に戻るのか」
「ッ!」
「成る程、成る程。でも確か、そうすると願いの力が消えるんだってね。マミの願いは確か――、はいはい成る程ね。OKそういう事か」
杏子の中でパズルのピースがカッチリとはまっていく。
「お前らマミを助ける為にパートナーを殺したのか」
さやかの動きが止まった。
杏子は剣から手を離すと、何度も小さく頷いていた。
杏子は、マミの願い事を聞いていた。だから遂に真実に至る事ができた。マミが死んだのはルールのせいだ。
願いの効果が切れて死んだんだろう。
ならば――?
「パートナーを殺したのはお前ら。それが結果としてマミを死なせたか……」
「……!」
「や。別にマミが死のうが死なないでいようが。それは別にどうでも良い事さ。どうせこの場にマミがいてもアタシが殺してる」
だがしかし。
杏子は真っ直ぐにさやかを見る。
「これだけは教えろ、マミのパートナーを殺したのはどこのどいつだ?」
「だからアンタなんかに――」
「言え。じゃねぇとマジで殺すぞ」
「!」
「テメェだけじゃねぇ。八つ当たりで周りの人間もブッ殺す」
杏子は感情を爆発させていた。
そのあまりの気迫に、さやかも背筋が凍りつく。
本気だ。目が語っている。
さやかは歯を食いしばる。このまま杏子を激高させるのは本当に危険だ。
だから痛む心を抑え、小さく言った。
「あたしだよ……。あたしが須藤さんを――」
「なるほどねぇ。ふーん、サンキュー……」
杏子はその言葉を聞いて俯いた。
何が心の中で起こったのか。とにかく杏子は少し考え、その後ゆっくりと顔を上げる。
「悪い、やっぱ殺すわ」
「え?」
さやかの目の前にあったのは――、杏子の槍。
(はや――ッ)
バットの様に振った槍がさやかの腹部に叩き込まれる。
心ごと折れる勢いでさやかは壁に叩きつけられた。
「別にさぁ、もうマミがどうなろうが知ったことじゃないけどね――」
杏子は淡々と口にしていた。
しかし全ての感情が一段階上がった気がする。
もちろん殺意も含めて。
「やっぱり、自分の中で違和感があるんだよ」
「……っ?」
声が出せない、内臓のいくつかがイカれた。
呼吸をしようと思ったら大量の血が出てきた。
(あ、マジでヤバイかも)
何のためらいもなく、杏子は追撃の蹴りをさやかに叩き込んだ。
ボールのように転がっていくなかで、いろんな物が砕けた音がした。
「マミが、アンタがどう思ってたのかは知らないよ。もちろんマミのヤツもアンタのせいじゃ無いってあの世では思ってるかもね」
杏子が何を言っているのか、サッパリ分からない。
「だけどさぁ、やっぱりアタシが心の中で決めてたルールがあるんだよねぇ」
そもそも杏子はその言葉を誰に向けているのだろうか?
少なくともさやかでは無い、ゆま? それも違う。
だとしたら残っているのは、自分自身。
「アタシ決めてたんだよね。マミが死んだ原因を作ったヤツは、絶対に殺そうって」
それが誰かなんてのはどうでもいい。
ましてやそれは、敵討ちなんて綺麗なものでもない。
ただ過去の清算をする為に『ルール』として決めていた事なのだ。
そしてその原因が"たまたま"さやかだっただけの話。
別にさやかに恨みがある訳ではない。
とにかく、決め事として殺す。
F・Gの事もあるのだ。都合のいいお膳立てではないか。
「さやか、だったけ? 悪いね、ちょっとアタシのわがままなんだけどさ――」
「―――ッ」
「死ね」
今までの『死ね』とは重さが違った。
さやかは耐えられず、ゆまに助けを求める。
「たすけて、ゆま、体が動かないの――ッ」
掠れる声で、ゆまの名前を呼ぶ。
「このままじゃ本当に殺されるッ、嫌だ! 助けてよ……!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「ゆま? ゆま――ッ! 嘘でしょ? ゆま!!」
ゆまは壊れた人形の様に、ずっと同じ事を口にしていた。
さやかを見ているようで、見ていないのか。ゆまは頭を抱えて震えている。
「ゆま、選ばせてやるよ」
ゆまの肩がビクっと揺れ、恐る恐る杏子の目を見た。
「さやかを見捨てて今すぐココから消えるか。それとも、さやかを助ける為に戦ってアタシに殺されるか、どっちがいい?」
「ッ」
「ゆ、ゆま!?」
困惑するさやか。まさか、そんな馬鹿な。ありえない。
心に吹き出る焦りと恐怖。まさかゆまは? いや、そんな、まさか。嘘だ。
「に、逃げないよねゆま! 速く助けてよッ!!」
「――ッ!」
ゆまはブルブル震えながらさやかを見る。
もしも逃げればさやかがどうなるか? それは幼いゆまだろうとも理解していた。
大切な仲間だから助けなければ。だから、すくむ足を無視して立ち上がる。
その手にハンマーを抱えて。
「おい、それが答えなのか?」
「!」
「ふーん。じゃあいいよ。殺してやるよ」
戦う前からもう勝敗は決していた。
ゆまはブルブルと震えて杏子を見上げる。槍で刺されるのは、母や父に殴られるより何倍も痛くて苦しいのだろう。
それを考えてしまうと、ゆまに動く力は残っていなかった。
必死に恐怖から自己を保つだけの行動。それだけがゆまに許された戦いなのだ。
「あ……、うぁ…!!」
思考が恐怖で鈍っていく。
同時に鮮明に思い出されていく記憶。
それはゆまが杏子に助けられた時のものだった。
過去の思い出が、今に塗り潰される。
目の前にいるのは、以前ゆまを助けてくれた優しい魔法少女ではない。
ゲームの参加者として、勝利を目指す魔法少女なのだ。
「ゆまッ! お願い! ちゃんと助けるから、あたしを助けて!!」
さやかの声が聞こえる。
そして、同時に再生される過去の声
『裏切られる前に、裏切るんだ』
『どんな手を使ってでも、生きろよ』
心に真っ黒な感情が芽生えた。
ゆまは落ち着いて考える。さやかを助ける為に戦えば、確実に自分は死ぬだろう。
さやかは助けてくれると言っているが、そんな保障はどこにも無い。
対して、もし自分がココで逃げれば、さやかは死んでしまうが――。
「!」
駄目だ、ダメ、だめ。
ゆまは立ち上がり覚悟を決める。
さやかを助ける。そして、一歩踏み出した時だった。
杏子が投げた槍が、ゆまの頬を掠める。
「来い。殺してやるよ、ガキが」
「―――」
刃は掠っただけだ。
なのにその一撃で、ゆまの心が壊れてしまった。
ゆまは一歩後ろに下がる。
さやかは必死に叫ぶ。しかし、ゆまはもう一歩後ろに下がった。
「や……、やだよぉ……、もう」
ゆまは、ボロボロと涙を流す。もう何もかもが嫌だった。
全てから逃げ出したい。傷つくのも、傷つけるのも、抗うのも足掻くのも全部嫌になってしまった。
助けてほしい、マミに会いたい。マミに甘えたい。
マミはいない。
「失せろ」
その一言と共に、ゆまは走りだしていた。
さやかの事が嫌いなわけではない、大切な仲間として彼女を助けたかった。
だけど無理だったのだ。それが限界、千歳ゆまの限界だった。
「そ、そんな……」
残されたさやかは絶望の表情を浮かべていた。
ゆまに裏切られたというショックと怒りが心を支配している。
そして当然、待っているのは死だ。
「ま、待ってよッッ!!」
さやかは恐怖でガクガクと震えながらは杏子を制止させる。
「命乞い? 笑わせんなよ」
「お、お願い……ッ! どうしても想いを伝えたい人がいるの!」
「ア?」
「そッ、その人に思いを……! つ、伝えてからせめて――ッ」
自分でも何を言っているのかいまいち分からないが、とにかくさやかとしてはココで死ぬ訳にはいかなかった。
杏子はそれを聞いて目を丸くする。意味を理解していないのだろう。さやかは念の為にもう一度早口で事情を説明した。
好きな人がいるから、待ってほしい。
結局のところは命乞いなのだが、どうしてもそれを伝えなければならなかった。
「――はは」
「え?」
「ハハハッ! ハハハハハハハハッッ!!」
突如、杏子は笑いはじめた。おなかを押さえ、ひたすらに笑う。
どうして杏子は笑っているのか? さやかには全く理解できなかったし、不快で仕方なかった。
だが、そんなさやかの感情は、全て杏子が吹き飛ばしてくれる。
「アンタ恋とかしちゃってるの? 本当におめでたいよね!」
杏子は次の言葉をぐっとトーンを落として言う。
さやかの脳に叩き込む様に。
「もう死んでるのにね、アタシ達」
「―――」
え?
「今……、なんて――っ?」
「本当に何も知らないんだ、こりゃ傑作だ」
真っ白になった心に灯る、赤い狂気。
杏子はわざわざ、さやかの耳元まで口を近づけて真実を告げる。
尤も、その情報がさやかに受け止められるものなのかは分からないが。
「だーかーらーさぁ! アタシ達【魔法少女はもう死んでる】んだっての!!」
「そ、そんな……嘘――ッ!」
「嘘じゃねぇ! アタシ達はさ、キュゥべぇとの契約時に"殺される"んだよ」
さやかは必死にその言葉を否定しようとするが、ココで杏子が嘘をつく必要性があるのだろうか?
「くくっ! アタシ達はさ、ソウルジェムが魔力の源だと教えられただろ?」
宝石、ソウルジェム。
魔法を使えば穢れ、汚れ、体や心の調子が悪くなる。
「ソウルジェムは文字通り魔法少女の命なんだよ」
「――ッ?」
「アタシ達は契約と同時に、魂を肉体からソウルジェムへと移される。いわば魂の具現化、魂を所持できるようになったのさ」
このシステムにより魔法少女はずっと戦いやすくなる。
ソウルジェムが本体となった以上、肉体は『おまけ』のようなものでしかない。
さらにこれにより魔法による肉体操作が行えるようになった。
「痛覚の遮断は基本中の基本だ。アンタだって無意識の内に行ってる」
そして肉体の再生。
たとえ頭だけになろうとも、
逆にジェムが砕かれれば肉体は無傷であっても死亡する。
ソウルジェムは魔法少女の全てだ。
痛みが無ければ戦いを恐れる必要も無くなる。
魔女を倒す戦闘マシーンとして魔法少女のシステムは最善のものだった。
「分かったかな? アタシ達はもう人間じゃない。"ゾンビ"なんだよ!」
「!!」
「肉体は飾りだから歳はとらないし、ましてや子供を生むなんて事もできない」
耐えようとしても涙が溢れてくる。
杏子は満足そうに最後の言葉を投げかけた。
それで、完全に勝負が決すると知っていたから。
「だから、告白なんて無意味だっての! どこの世界に死人と付き合ってくれる男がいるんだよ! ああ!?」
「そ……、そんな……ッ」
「クハハハッ! そうだ! 絶望しろクズ! 戦う気がないヤツはさっさと失せろ!!」
さやかはもう動けなかった。
深い悲しみと絶望が身体を包み込む。
もう涙すら出ない。ソウルジェムは真っ黒に濁りきっていた。
「安心しろ! どうせお前はココで死ぬんだよッッ!!」
杏子は槍を構え、さやかのソウルジェムを狙った。
「そこまでだ」『ストライクベント』
「あ?」
バシュンと、音がした。。
飛来する三日月状のカッタービームが多節棍の鎖を切断した。
「何だ!?」
目を丸くする杏子。
そこへ新たな電子音が聞こえてくる。
『アドベント』
「ッ!」
衝撃、吹き飛ぶ杏子。
現れたのはエイの化け物だ。ミラーモンスター・『エビルダイバー』は杏子に突進を決めると、そのまま旋回して飛行。さやかに近づくと、背中に乗せる。
「あぁ!? 誰だよ! クソッッ!!」
イライラした様に立ち上がる杏子。そしてすぐに気づいた。
見えたのは赤紫の騎士だ。
「大丈夫か!」
「ぅぁ……」
さやかを抱えていたのは、騎士『ライア』。
杏子は冷静にライアのベルトを確認する。Vバックル中央にあるデッキ、そこに刻まれている紋章。
(さやかに紋章は無かった。つー事は、アイツのパートナーじゃない)
それにしても。である。
「よくココが分かったね、褒めてあげるよ」
「ゲーム参加者なら誰だって魔法結界を確認する事ができる。お前の魔法結界は巨大すぎた、目立ちすぎるんだよ」
「そう言う事ね。ハイハイ。んで何? お前ソイツの仲間?」
「いや、違う」
「は?」
杏子は間抜けな顔をしてライアを見る。
「仲間じゃないヤツを助けんの?」
「ああ」
「ソイツ、悪い魔法少女かもしれないよ。凶暴かも」
「どうでもいい。とにかく戦いを止めるんだ、こんな事をしても――」
「あーあー、そっちのタイプね。うっぜぇ!」
「何……?」
「戦いや憎しみはー! 何も生み出しはしないー! なんて、ありがちな甘い理論を振りかざすムカつく野郎だ」
「お前にどう思われようが関係ない。いずれにせよ、命を奪うのは止めろ」
杏子は渋々後ろに下がった。
殺したい。殺したいが――、自分から言い出した面倒な『ルール』がある。
杏子は牽制の意味を込めてライアの行動を様子見することに。
「その様子だと、アンタはゲームには乗ってないってか?」
「当然だ。このゲームは間違っている」
「何を根拠に?」
「狂わされた運命の上に成り立つゲームに何の意味がある? 考え直せ、このゲームには不審な点が多すぎる。ワルプルギスを倒す方に可能性を見出すべきだ」
「確かに都合の良い話だとは思ってるよ。勝ち残ったからと言って、本当に願いが叶うなんて保証はない」
だが、逆もまた同じでは?
本当に願いが叶う可能性もあるのだ。
まして魔法少女は既に一度願いを叶えている。
「どうでもいいヤツと馴れ合ってワルプルギスを倒すより、ムカつく奴らをブチ殺して掴み取る勝利の方が何倍もマシだろ」
それが杏子の考え方だった。
「つうかさ、ゲームを止めろとか今さら通用するとでも思ってんの? お前らってどういう脳みそしてんのさ、マジで」
「思っているさ。俺達は互いに手を取り合えると」
「くっだらねぇ……ッ! マジで馬鹿か? 無駄なことに希望を見出すなんて無意味にも程がある」
魔法少女集会でのアンケート。
参戦派は確かに存在している。そして騎士にももっといる筈だ。
「そんな中で戦いを止めろ? 呆れてくるよ」
「どうしても戦うつもりなのか」
「当然じゃん。お前らみたいなヤツから殺すよ?」
「そこまでして、お前には叶えたい願いがあると?」
その言葉に杏子は答えない、代わりに舌打ちをするだけ。
どうやら言えない何かがあるのか。それとも答えられないだけなのか。
ライアは複雑な表情で杏子を見た。
尤も、杏子からはライアの表情は見えないが。
「悪いが、俺はこのゲームを認めない」
「別にお前に認めてもらわなくても、ゲームは進むっての」
「なら、否定させてもらう。人の命を軽視する腐った茶番をな」
杏子はその時、ライアが戦闘態勢に入るのを見逃さなかった。
「なるほど。こういうタイプもいるわけね。魔法少女集会でもいたな、そういやァ」
戦いたくないだの、戦う事が間違っているなんて吼える馬鹿よりは余程危険なタイプだ。
「戦いを止める為に、最低限の犠牲で済ませようってクチか……」
「お前に戦いを止める気が無いなら、俺も容赦はしない」
ライアはカードを抜くと、杏子と対峙する。
杏子は思わずニヤリと笑って槍を構えた。
「雑魚二人より、ずっと楽しませてくれそう――」
「ジィイイイイイイイイイイイイッッ!!」
「あ、忘れてた」
杏子は残念そうに笑うと、跳躍で一気にライアから距離を離す。
戦闘する気満々だった杏子がいきなりの回避行動。
何かある。気絶しているさやかを後ろの方に寝かせると、ライアも思わず身構えた。
「ァアアア――……!」
「ッ?」
気だるそうな声が聞こえる。杏子の奥からだ。
そこでライアは気づく。
杏子の腕。リストバンドに刻まれているのは騎士の紋章。
「今度は退屈しないで済みそうだなァ」
「あーあ、逆にコッチが退屈だよ!」
杏子は変身を解除して、路地端にどかっと座った。
戦う事を放棄した何よりの合図だ。
にも関わらず、路地には異様な緊張感が漂っていた。
杏子の後ろから浅倉威が現れる。
さに蛇の様な威圧感を持つ男だった。
ライアも色々な人間を見てきたが、初めて出会ったのに『危険』と感じたのは、後にも先にもこの男だけだろう。
何かが違う。
そんな事を感じさせる男だった。
浅倉は期待に満ちた目でライアを見ていた。まるで空腹の獣が久しぶりの獲物を見つけた様だ。
あながち間違ってもいないが。
「どいつもコイツも戦う気が無いのかとイライラしてたところだ」
「!」
デッキを構えたかと思うと、瞬時に構えを取る。
右手を少し開いたまま、ゆっくりと旋回させ、何かを掴むように、そして一瞬で引き戻す。
「変身!」
デッキをセットすると、鏡像が出現して浅倉に重なる。
現れたのは騎士・『
紫色の装甲、コブラを模したその姿。王蛇は首をゆっくりと回し、腕をスナップさせる。
「ゴチャゴチャした理由はいい」
「……待て、戦う理由はない」
「つまらん事を言うなァ。俺にはある。それで十分だろ」
まさに今この瞬間を待ち望んでいたと言わんばかりの雰囲気だった。
王蛇は期待の声を漏らしつつ、ライアに距離を詰めていく。
「せめて」
一歩。
「お前は」
一歩。
「俺を退屈させないでくれよォオッ!!」
いきなり声を荒げて王蛇は走りだした。
やむを得ない、ライアも拳を構えて走り出す。
「ウらァッ!!」
「ッ!」
拳が眼前に迫る。
なんと言う迫力だろうか。
まるで拳が蛇の様に襲い掛かってくる。
それも、とびきり凶悪なヤツだ、油断していたら噛み殺される。
「どうしたァ! 避けるだけか!!」
「さあ、どうだろうな」
ライアは迫る拳を弾きながら考える。
「今日の占いを信じるなら、降りかかる事態には冷静に対処せよ。だったか」
「アァ?」
「お前は占いを信じるか?」
「人生程度、自分で決めないでどうする?」
「なるほど」
ライアは冷静だった。
だから王蛇の拳を受け流した後に、隙を見つけられた。
わき腹が甘い。ライアは踏み込むと、掌底をそこに叩き込んだ。
王蛇は衝撃に呻き、後退していく。
いい一撃だった。思わず膝が折れ、地面につく。
「俺の占いは当たるぞ」
「ンン――ッ! なるほど。いいぜェ、これだ! この感覚だ……!」
「ッ?」
「イライラが消えるッ! 俺はコレを待っていたッ!」
「……そうか、お前らが異質な理由をハッキリ理解したよ」
浅倉も杏子も戦いを楽しむ以前に、死を全く恐れていない。
自分が傷つく事もゲーム性として楽しんでいる。
異常だ。狂っている。だから怖い。
人は全く理解できないものに直面した時に嫌悪感や恐怖を覚える。
それと同じだ。普通の人間の物差しじゃ計れない闇がある。
「お前達は危険すぎる」『ガードベント』
ライアの左腕に供えられている盾形の召喚機・『エビルバイザー』が紫色の光を纏った。
「どうでもいい。ゲームに関係ない事だろ。大切なのは戦う意思があるかどうかだ」
再び襲いかかってくる王蛇だが――
「ぐッ!」
「………」
王蛇の拳を盾で防いだ瞬間、バチバチと音をたててバイザーが放電した。
紫色の電撃を受けて王蛇は一歩後ろへ下がる。
どうやら、ライアは先ほどの攻防である程度、王蛇の攻撃パターンを予測できる様になったらしい。
さらにこのガードベント『フラッシュシールド』には特殊能力が存在する。
それは、相手の攻撃が『防御可能範囲』にやってくれば"ライア以外の時間が一瞬停止する"というもの。
ほんの一瞬だが、ライアの反発力と判断力があればどこを防ぐべきかは導き出せる。
攻撃を受ければ自動的にカウンターを決めるガードベント。
戦いはライアに有利となるか?
「……ククッ!」
「ッ?」
「ククク! ハハハハハハ!!」
王蛇は、まだ痛みが残っている手をブラブラと振りながら笑った。
痛みを感じた時に笑う意味が分からない。純粋な喜びの感情を出す意図が分からない。
ライアはうんざりしたように、息を吐く。
「この感覚はいい……ッ! やはり最高に俺を楽しませてくれる」
「お前は戦いが虚しいとは思わないのか?」
「何故だ? 何故そんな事を思う必要がある? 戦いはいい。最高だァ! この世界における最大の娯楽と言ってもいい!!」
笑いを堪える様に声を震わせて王蛇はそう熱弁する。
ライアは頭痛を覚える、どうやらまともに会話すらできないらしい。
だが、もう付き合う必要はないか。
「申し訳ないが、俺はそうは思わない」
「?」
「遊びは終わりだ」
カランと音がした。
その方向に目を向ける王蛇と杏子、瞬時杏子が何かを叫ぶ。
それがどんな言葉だったのかは――、どうでもいい事だ。
まさにそれは一瞬、路地が光に包まれた。
「閃光弾かよクソッ!!」
「……ッ!」
魔法少女や騎士であっても、視界を埋め尽くす光には耐えられなかった。
目を覆い、大きな隙を作ってしまう。
「目障りな事を……!」
王蛇はすぐに体勢を立て直すが、既にライア達の姿はなかった。
「あーあ、逃げられた」
杏子は残念そうに、だが少し安心した様子で呟いた。
ココでライアを殺されてポイントをリードされるのは癪なものがあったに違いない。
「アアアアアアアアアアアアアッッ!!」
王蛇は叫びながら壁を殴りつける。
せっかく盛り上がってきたのに退出とは、空気の読めない参加者だ。
王蛇は何度も何度も壁を殴りつけて自分を落ち着かせようとする。
だがイライラはそう簡単には収まらないのか、ついには頭を打ち付ける始末だった。
「ははは、残念だったね! でも少し考え方を変えてみなよ」
「ァア!?」
「参加者が生きてるって事は、それだけゲームの時間も長引くって事だろ? やっぱり楽しい時間は長いほうがいいって思わないかい?」
その言葉に王蛇は沈黙する。たしかに杏子の言う通りだ。
王蛇は頷くと、変身を解除してため息をつく。
「まあ逃がしちまったモンはしょうがないさ。それより何か食べにいこーぜ。腹減っちまったよ」
「……そうするか」
「よっしゃ! 何食べる? アタシ肉がいいんだけど!」
「そこに野良犬がいたぞ」
「ふぅん……、え? 何の話?」
「食うんだろ?」
「食うわけねーだろ! アタシが言ってるのは
「焼肉か。金はあるのか?」
「あるわけねーだろ! パクんだよ、どっかから! カツアゲ! カツ、揚げ……、あ! トンカツもいいな! うひひ!!」
杏子はスキップで前を行く。
食事の事となれば、歳相応の女の子として見えるのだが。
一方で浅倉はどうでも良さそうに鼻を鳴らすと、気だるそうに杏子の後をついていくのだった。
プリキュアもいろいろあるんやで(´・ω・)(プリキュアおじさん)