仮面ライダー龍騎&魔法少女まどか☆マギカ FOOLS,GAME   作:ホシボシ

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第19話 狂う歯車 車歯う狂 話91第

 

 

仁美は、たまに昔を思い出す。

 

 

習い事が多くて、昔から友達なんてできなかった。

でもその代わり欲しい物があれば買ってくれたし、靴とか、洋服とか、そういうのは高くて良いものをくれた。

 

両親が少し過保護だった面はある。

今で言う"モンスター"ほどではないにせよ、いろいろ学校側に申し付けていたとも聞いたことがある。

 

登校にしてもそうだ。よく車を出してくれた。

仁美にとってはそれが当たり前で、なんとも思わなかったが、他の人からみればそれは少々浮いていて、面白くない人もいただろう。

 

小学生の時は靴を隠されたり、教科書に下手な字で『死ね』なんて書かれていた時もあった。

もちろん悔しかったし、悲しかった。だけど親を心配させたくないから口にはしなかった。

でもそんなとき、彼女たちは代わりに怒ってくれたし、泣いてもくれた。

 

 

『何コレ! ひっど! ふざけんなって感じだよね!!』

 

『え……』

 

 

さやかは仁美の教科書を持って、自分の物と交換する。

そんな事はできないと言う仁美だが、さやかは笑顔で首を振った。

 

 

『ううん、どうせあたし教科書あんま使わないし! なははは!!』

 

 

さやかは仁美にとって間逆の存在であり、同時にヒーローの様な存在でもあった。

靴が隠されたときは、日が暮れるまで、まどかが一緒に探してくれた。

 

仁美とって初めての友達だった。

だから中学受験を断り、一緒の学校に行きたいとお願いした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまないほむら、助かった」

 

「いえ、かまわないわ」

 

「大丈夫……? お姉ちゃん」

 

 

不安そうに見つめてくるまどかとゆま、サキは問題ないと笑みを浮かべた。

合流したサキが伝えたのは、さやかを元に戻す方法だけだった。

言えない、言える訳が無い。自分達がいずれ魔女になるなんて言う必要もなかった。

 

今はさやかを救う情報を伝えればそれでいい。

サキはほむらにトークベントを使ってもらい、手塚に情報を伝えた。

 

 

「一度倒すと言うのは抵抗のある話だが、今はもうこれしかない。とにかく私達もホールに行こう」

 

「そうね。一刻も早く美樹さやかを――」

 

 

作戦を言い合うサキとほむらを、ゆまは不安そうに見つめていた。

そんなメンバーの隅で、まどかは携帯にあったメールを確認している。

思えば。さやかが絶望したのは何故なのだろう?

不安と疑問が交差する中で、まどかはそのメールを見ていた。

 

 

(さやかちゃん……!)

 

 

まどかは口を押さえて涙を零す。

 

 

(そんなッ、せっかく想いが伝わったのに! こんなのってあんまりだよ……!)

 

 

どういう理由であれ、一度狂ってしまった歯車は確実な異変を齎すものだ。

たとえソレが些細な勘違いだったとしても、結果が凄惨な物になれば悲劇もそれだけ加速していく。

 

さやかも例外ではなかった。

誰が悪い訳でもない。さやかと、周りの歯車がズレてしまったのは、時間を巻き戻すこと数日前になる。

 

 

その日、まどかは親友である仁美に相談事を持ちかけられていた。

仁美は友人ではあるものの、育ちは大きく違う。

家柄もよく、財力や教養も高い仁美の悩みを分かってあげられるものかと、まどかは酷く緊張していた。

 

 

「それで相談って何?」

 

「さやかさんは、やっぱり上条君の事が好きなんでしょうか?」

 

「え……! ど、どうしてそんな事を?」

 

 

まどかとしては、答えに悩む質問だった。

もちろんほとんどの人間が見て、さやかが上条の事を慕っている事は明白だろう。

尤も本人が気がついていないようだが。

 

 

「だけど上条くんはさやかさんの想いに全く気がついていない。そうですわよね?」

 

「う、うん……」

 

 

さすがに仁美でさえ分かったようだ。

 

 

「でも、さやかちゃんが曖昧に否定してるから、そこはなんとも……」

 

「そうですか。そうですわよね」

 

「わたしも正直、みんなが言ってるのを聞いて知ったくらいだから」

 

 

サキがしきりに絶対惚れてるだの、絶対気があるだの言うものだから、そういう目で見てしまった。

そうすると、まどかとしても、そうなのかもしれないと思うようになってきたワケだ。

 

それからも仁美は周囲の人間に上条とさやかの事を聞いて、何か思い固めている様子だった。

 

そして仁美がさやかに大切な話があると言った日になる。

さやかが、仁美が上条の事が好きだと知った日。

それは同時に全ての歯車が狂った日である。

まどかは仁美に、何を話すのかを聞ていたのを覚えているだろうか?

 

 

「ね、ねえ仁美ちゃん……」

 

「どうしたんですの? まどかさん」

 

 

仁美は知らないが、さやかはF・Gの事で非常に不安定な状況であった。

まどかとしては、さやかを刺激する様な事は避けたいのだ。

だから何か良くない事だった場合は、止めるつもりでいた。

 

 

「まどかさん、実は……」

 

 

仁美は別に戸惑うことなく、話す内容をまどかに申し出た。

 

 

「さやかと上条の仲を進展させたいんですの……!」

 

 

大まかな内容で、詳しくは教えてくれなかったが、何を伝えたいのかは分かった。

まどかは、"そういう事なら"と納得して、仁美とさやかの話し合いを止めなかったのだ。

 

 

「この所、さやかさん、本当に元気がなくて」

 

「そうだね、わたしも、それは心配……」

 

 

何故ならまどかも、それはさやかの為にもなると思ったからだ。

まどかとしても、さやかには何とか元気になってほしかった。

仁美も真剣な様子だったし、茶々を入れるような事はしないだろうと決め込む。

 

そもそも、鹿目まどかと言う少女は、『白』を信じる少女でもある。

友達が、友達のためにする事は、必ずプラスになってくれると信じていた。

そう、少なくともこの時のまどかは、本気でそう思っていた。

その時に歯車が狂った事も知らずに。

 

 

『さやかさんは、上条くんと交際してますの?』

 

『えぇ!? ちょ、どうしたのさいきなり!」

 

『ごめんなさい。確認ですわ』

 

『確認って、別にあたしと恭介はそんなんじゃないよ』

 

 

仁美とさやかの話し合い。

返ってきた答えは、仁美の予想通り否定だった。

 

否定する。しかし頬を赤らめ、落ち着きがなくなる。

サキから借りた幼馴染を題材にした恋愛小説どおりだった。

気になっていると顔に書いてあるじゃないか。

 

誰が見ても、さやかは上条の事が好き。

なのにさやかは否定する。上条だって、それを知らずに毎日を過ごす。

 

 

『ただの幼馴染なのか、それとも男性として意識しているのか、と言う事です』

 

 

その言葉にさやかは唇を噛んで沈黙した。

さやかは真っ直ぐだ。態度が表情に出る。

仁美はそこでハッキリとさやかの気持ちを知った。

 

なのに、さやかはすぐに作った様な笑みを浮かべてまた否定する。

どうしてそんなに苦しそうなの? 仁美にはその作り笑いが心に刺さった。

ここ最近ずっとそうだった。さやかはずっと苦しそうだった。なのに彼女は一人で抱え込もうとする。

 

仁美はさやかの親友だ。

さやかが悩む理由があるとすれば、それは上条の事しかないだろうと思っていた。

仁美はもう限界だったのだ。だから、意を決して口を開く。

 

 

『さやかさん、貴女は大切なお友達ですから……』

 

 

その言葉を口にしたとき、仁美の記憶がフラッシュバックしていく。

さやかは友達だ。いろいろ辛いことがあっても、さやか達は傍にいてくれた。

二人が一緒にいてくれる事で、そういった行為も減ってきた気がする。

 

仁美が習い事で時間がとれない時も、分かってくれた。理解してくれた。

思えば仁美にとって本当に心許せる友人はまどかとさやかだけだったのかもしれない。

だからこそ、さやかには悩んでほしくなかった。いつも元気な彼女でいてほしかった。

 

たとえ、さやかから、嫌われる事になったとしても。

 

 

『三日後の放課後に、私は……! 上条君に想いを伝えようと思います!』

 

 

だから口にしたのだ、その言葉を。

全ての歯車が狂った言葉をだ。

さやかはこの発言で仁美が上条の事を慕っていると知った。

だが本当にそうなのだろうか?

 

 

『私、気づいたんですの! このままじゃ、このままじゃ何も変わらないですわ!』

 

 

変わらないだろう。このままじゃ、"さやかと上条の関係"は。

大きな勘違いだった。さやかも、仁美も、誰もが己の歯車を狂わせる。

戯曲と忘却と絶望はそれを望んでいたのだろうか? その瞬間、愚かな歯車は回り、運命は音を立てて崩れいく。

 

仁美は分かっていなかった。

さやかがF・Gによって抱いている不安は、とてつもなく重い。

意識をしないようにしても、須藤を殺したこと、マミを死なせたこと、他の参加者に狙われているかもしれない事。

さやかには背負いきれなかった。絶望の種は、確実に心を破壊していく。

 

そして上条に抱く想いは、仁美が思っていたものとは比べ物にならないと言う事を。

だからさやかはその言葉を聞いて、大きなショックな受けてしまい、一気にソウルジェムが濁ってしまった。

 

 

ソウルジェムの状態は精神状態に直結する。

さやかは以後、仁美の言葉を聞く事ができなかった。

他の参加者に狙われているのではないかと言う不安感が高まり、周囲に意識を集中してしまう。そうすることで、仁美の声が聞こえなくなってしまった。

 

その結果、仁美は上条の事が好きだと思う。

だが違う、そうじゃない。それは大きな勘違いだ。

仁美が言いたい事は、全く違うベクトルにある。

 

確かに勘違いを生む発言だったかもしれない。

だから仁美はその事についてすぐに補則の言葉を付け足した。

尤も、それはさやかの耳には入らなかった事なのだが。

 

 

『さやかさん、"貴女の想い"を!!』

 

 

仁美は、さやかの気持ちを上条に伝えようと言うのだ。

このままならば上条はさやかの想いに気がつく事は無いだろう。

だからと言って、さやかは自分の気持ちを何故かひたむきに隠したがる。

 

ずっといつまでも、苦しそうな表情を浮かべ続けるのだ。

 

それにタイムリミットだってある。

いくら上条とさやかの仲が近い所にあったとしても、いつまでもその関係でいられる訳じゃない。それは別にサキに貸してもらった小説だけじゃなくて、いろいろな所で言われているものだ。

 

幼馴染の壁は、さやかだって感じていた筈だ。

しかし、さやかではそれを壊せなかった。だから仁美が壊そうというのだ。

もちろんその重さは知っている。伝える事で壊れてしまう関係があると言うこともだ。

 

上手くいけばいいが、上条がさやかの想いを知って尚、さやかに対する想いを変えない可能性だって大いにあった。

 

 

だから仁美はさやかに確認をとったのだ。

嫌ならば言ってほしい。いつまでもこの関係を続けたいのならば、そう言ってほしいと。

だがその言葉をさやかは聞いていなかったため、曖昧な笑みを浮かべるだけに終わった。

仁美はそれを見て『否定なし』と判断したのだ。

 

仁美だって勝算無しにこの行動を取るわけではない。

断れれば、確実に以前の関係ではなくなる。

だからこそ確証や、確実さが欲しい。仁美は事前にリサーチを行っていたのだ。

 

まずはいつも一緒にいる下宮に、上条に彼女はいるのかと言う事を問うた。

 

 

「上条くんに彼女? いないと思うよ。前に少し、携帯のアドレスの事で話したんだけど、異性の連絡先は美樹さんだけみたいだ」

 

「そうですか……! ありがとうございます!」

 

 

下宮はある程度上条の情報を伝えると。メガネを整えて、笑みを浮かべた。

 

 

「美樹さんの事かい?」

 

 

ドキリと、仁美は固まる。

下宮はたまにそういう時がある。

とても中学生とは思えない程の達観ぶりや冷静さを持っている気がした。

今も見透かされてしまった。まあ、分かりやすいほうと言えばそうだったが。

 

 

「誰だって見ていれば分かるさ。上条くんは美樹さんの事を大切に思っているよ。ただ、幼馴染としての関係がそれを邪魔しているかもしれないね」

 

「やはり、そうでしたか……」

 

 

そこで下宮は思いついた様に顔を上げる。

 

 

「もっと詳しく知りたいなら中沢くんに頼んでみるといい」

 

「中沢さんですか?」

 

「話したことはあったっけ?」

 

「ええ。少しですけれど」

 

「いいヤツだよ」

 

「???」

 

 

謎のフォローを入れる下宮。

それが何なのか仁美には分からなかったが、いい人らしいので話を聞きに行く。

それを見送りながらため息をつく下宮、あっちはあっちで大変だし、コッチはコッチで大変だ。

 

 

(彼女が中沢くんの想いに気がつく日は来るのだろうか? 気づいたとして、上手くいくのだろうか?)

 

 

恋が成就される事は、人にとってこれほど無い幸福な事だろう。

だが同時に絶望の種を孕んでいる危険な存在でもある。

しかし人はいつもそれを求めたがる。無意識に。切実に。

それが危険な知恵の実の様に、開けてはならぬと言われた箱の様に。

 

 

「困ったものだね……」

 

 

下宮は複雑な表情を浮かべて仁美に背を向けた。

一方の仁美は、次なる情報である。

 

 

「えぇッ!? し、志筑さんって上条の事が好きなの……?」

 

 

何故かさやかと同じ様な表情になる中沢。

仁美はその理由が分からなかったが、単刀直入にさやかの為と言う事を伝える。

 

 

「え!? あ、そ、そういう事なの! なるほど、オーケー分かったよ。あはは」

 

「?」

 

 

中沢はすぐに笑顔になる。

彼も上条とさやかの仲が進展しない事に不満を持っていた。

上条とは付き合いの長いだ。さすがと言うべきか、女性関係もよく知っているらしい。

 

 

「一度そういう会話になった事があるんだけどさ、好きな人はいないらしいよ」

 

「そうなんですの……」

 

「怪我が治ってからは、とにかくヴァイオリンばっかなんだ。気持ちは分かるけどさ、美樹さんが可哀想だよな」

 

 

そこで中沢はハッとしたような顔になる。

 

 

「でも――、そう言えばさ、前に美樹さんと映画行ったらしいんだけど、その時の服装がいつもと違ってたらしくて」

 

 

それは少し戸惑ったと言っていたとか。

 

 

「俺が思うにさ、上条は恋愛感情こそまだ無いかもしれないけど、やっぱりどこかで美樹さんの事は気になってると思うよ」

 

 

そもそも、いくら幼馴染とは言え、映画に誘うか?

そんなところをクラスメイトにでも見られたら絶対に噂される。

ただでさえ距離が近いからいろいろ言われてるのに、上条は嫌な顔はしていない。

 

 

「と言う事は――」

 

「美樹さんが異性として上条の事を好いているって知れば……、アイツも考えが変わるんじゃないかな?」

 

「本当ですか!!」

 

「あ、ああ。多分だけど」

 

 

そこで仁美は、より深く決意を固める。

本来はさやか自身が決める問題であり、仁美もそれは知っている。

しかしそれでも仁美はさやかの気持ちを上条に伝えたかった。

 

もちろんそれで関係が悪くなれば、さやかからは恨まれてしまうだろう。

はっきり言えばこんな事は友達としてでもやるべきではない。

だけど動かなければ変わらない、何度も何度も言ってる事だ。

 

だから仁美は、それをさやかに伝えた。

そして、さやか自身が動くのを待ったのだ。

しかし結果、さやかは上条に告白する事は無かった。

 

 

仁美としても大いに悩んだ所ではあったが、否定も無い(単純にそんな余裕がなかっただけだが)。

だからこそ、意を決して上条にさやかの想いを伝える事にしたのだ。

まどかも、まさかさやかが勘違いをしたままとは知らず、仁美の行動を止める事はなかった。

 

 

勘違いをしたままのさやか。

決意を固めた仁美は、上条を呼んで全てを打ち明けることに。

狂った歯車に気がつく事もなく。

 

あの時、仁美と上条が楽しそうに話しているのを見てしまった。

上条が初めて見せる赤面の表情を見てしまった。

全て歪んだ情報として捉えたまま。間違った真実を認識しながら。

 

何故上条が赤面していたのか?

それを知れば、さやかは絶望なんてする事は無かっただろうに。

 

 

「え……! さ、さやかが僕の事を!?」

 

「は、はい!」

 

「知らなかったよ……、ははは」

 

 

そう言って上条は恥ずかしそうに肩を竦めた。

今まではただの幼馴染としか思っていなかったさやかが、自分に恋心を抱いていたなんて。

 

思えば今までずっとお見舞いに来てくれていたのも、ずっとCDを持ってきてくれていたのもそういう感情があったからこそなのだろうか?

上条はぼんやりと考える。

 

 

「………」

 

 

自分にはただの映画鑑賞だったつもりも、さやかにとってはデートと思っていたのだろうか?

上条の胸に刺さる想い。嬉しいと思えばそうだが、同時に途方も無い申し訳なさもあった。

 

 

「……さやかには、情けない姿を見せてきたんだ」

 

 

演奏できなくなったと知った時は、さやかに当り散らした事もあった。

それでもさやかは儚げに笑い、否定はしなかった。励ましてくれた。

さやかに甘え、さやかの心を傷つけて、それで上条は自己を保つ。

言ってみれば、己の心を守るために、さやかを使ったのだ。

 

そんな自分が、好きになってもらう資格などあるのか?

ましてや、気持ちに応える資格などあるのか?

上条には夢がある。やっとまた弾けるようになったヴァイオリンに力を入れたかった、だから異性にうつつを抜かすわけにもいかない。

 

 

「そんな状態じゃ、彼女に申し訳ないだろ?」

 

「嫌、ですか?」

 

「嫌じゃないよ。むしろ……、嬉しい」

 

「上条くん。さやかさんは本当にッ、貴方の事を大切に思ってますわ!」

 

「!」

 

 

上条の脳裏にフラッシュバックしていくさやかの笑顔。

大切に。それは――、確かにと思う。

さやかはどんな時でも味方をしてくれたし、理解してくれた。

どんなに上条が理不尽な事を言っても、さやかは笑顔を見せてくれた。

 

 

「さやか……」

 

 

上条はそこで初めて幼馴染のさやかではなく、一人の女の子としてのさやかを知った。

 

 

「もう、昔とは違うんだね……」

 

 

なんだか胸が苦しくなってきた。

さやかの声が、笑顔が、思い出が心を大きく揺らす。

まだ上条たちは中学生。子供も子供だ。だが、幼いと言うには成長しすぎている。

 

 

「そう言えばさ、前に映画に行ったんだ」

 

「ええ、知っていますわ」

 

「その時、さやかの格好がいつもと違って。いやッ、本当に服の感じがちょっと違っただけなんだけど……」

 

 

つい、さやかを凝視してしまった。

アレは今にして思えば、もっとさやかを見ていたかったから――、なのかもしれない。

 

 

『恭介!』

 

 

名前を読んでくれる声が、簡単に思い出せた。

初めて会った時から、今日のこの日まで、さやかはいつも上条に笑顔を向けてくれた。

思い出の水族館。いつも見に来てくれた発表会。

プロになれるかもしれないと教えられた時、さやかは自分の様に喜んでくれた。

 

不器用で、でも元気で、いつも明るくて。

ずっと味方してくれた幼馴染。好きだと言ってくれた美樹さやか。

 

 

「なんだかさ」

 

「?」

 

「あの笑顔が、他の人に向けられるのは――、少し嫌だな」

 

 

上条の心に宿るモノ。

それは綺麗で、とても醜い。さやかには自分だけの味方でいて欲しいと言うエゴ。

それを聞いて、仁美は嬉しそうに微笑む。

 

 

「それは、嫉妬と言うものですわ」

 

「そっか」

 

 

上条は目を閉じる。

思い出せた。さやかの笑った顔も、泣いている顔も、恥ずかしそうな顔も、嬉しそうな顔も全部覚えいている自分がいた。

 

 

「思えば。気がつかない内に、ずっと心の中にあったのかもなぁ」

 

「さやかさんは、今も……」

 

 

それを聞いて、上条はしばらく無言を貫いた。

しかし、頷くと、困ったように笑う。

 

 

「志筑さん……」

 

「?」

 

「僕は、間に合うかな?」

 

「!!」

 

 

上条は、"さやかの事を想い、頬を赤く染めた"。

 

 

「今更遅いって、愛想をつかされているだろうか?」

 

 

仁美は首を横に振る。

 

 

「ずっと気がつかない僕に呆れ果ててるかな?」

 

 

仁美は大きく首を横に振る。

上条は今になって怯える感情を打ち明けた。

しかしその言葉を聞いた仁美は、嬉しそうに微笑んで首を振る。

 

 

「間に合いますわ。ただッ、さやかさんの首はもうキリンみたいになってしまっているかもしれませんけれど!」

 

「はは……、ありがとう志筑さん」

 

 

上条は仁美にお礼を言う。

どうやら仁美に言われ無ければ、大きなミスをしたまま人生を過ごす事になっていたかもしれない。

大切な宝物を失う所だった。大切な大切なさやかを。

 

 

「馬鹿だね。人に言われるまで自分でも気がつかなかったよ」

 

「で、では!」

 

「うん。志筑さん、僕はやっと気がつく事ができたよ」

 

「はい……!」

 

「僕はさやかの事が――」

 

 

だから彼らは笑っていたのに。

それを美樹さやかは歪んだ真実として受け入れてしまった。

結果、さやかに待っていたのは『絶望』と言う名の破滅だ。

 

さやかが、心をしっかりと持ち、仁美の話を聞いていれば。

仁美だって、中途半端に遠慮せず、もっと深く話していれば。

 

 

結末は変わったと?

 

 

無駄だ、愚かな歯車は止まる事を放棄した。

結果は結果として受け入れなければならない。

美樹さやかは歪んだ運命に巻き込まれて魔女となった。

 

 

『………』

 

 

ホールの屋上。

泣きそうな表情でホールへ向かうまどか達を、何の表情も浮かべていないキュゥべえが、見つめていた。

 

隣に現れるジュゥべえ。

ニヤついている彼を見て、キュゥべえは目を閉じる。

 

 

『キミはお喋りだね、ジュゥべえ』

 

『ハハハ! ワリぃな先輩、つい興奮しちまってさ!』

 

『だからと言って、ゲームに大きく関わる騎士の正体を参加者にバラすのは、やり過ぎだよ』

 

『まあまあ。言ってしまった物は仕方ない! 今後、気をつけるぜ!』

 

『………』

 

『にしてもよ先輩、なかなか面白い事の運び方だとは思わねぇか?』

 

『面白いと言う感情はボク達には――』

 

『まあまあまあ! なんとなく分かるだろ? "今まで"の見てたらさ』

 

 

ジュゥべえは下を示す。ホールの中にいる人魚姫(さやか)の事だ。

 

 

『確かに、珍しい流れといえばそうだね』

 

『だろう?』

 

 

その点に関してはキュゥべえもまた同意できる点があった。

 

 

『志筑仁美があんな動きをするとは。これも因果の果てか』

 

『モブも何をしてくれるかわかんねーな! ハハハ!』

 

 

やはりF・Gの産物、と考えるのが一番か。

 

 

『親友の力が運命を変え、永き時を経て分かり合えた想い。感動的じゃねぇかオイ!』

 

『尤も、既にさやかは魔女となってしまったけどね』

 

 

ああ、なんと愚かな存在なのだろうか。

白い妖精と黒い妖精は共に赤き瞳を光らせて愚者を映す。

愚者が織り成す舞台、喜劇、悲劇、戯曲、まさにフールズゲームを名乗るに相応しい。

 

彼女達はこれからどんな物を見せてくれるのか?

擬似的な感情なのにも関わらずジュゥべえは期待に満ちていると口にした。

 

 

『そう考えると人間は本当に不便な生き物だね。愛なんてただの肉欲だろ? 繁殖行動の事前段階に振り回されるなんて』

 

『くははは! まあそう言ってやるなよ先輩、あいつ等はより良い子孫を残そうと必死なんだろ?』

 

 

ジュゥべえは知っている。だからこそ無くならないのだ。

何が? 分からない。彼だけが知っている。この歯車(ゲーム)は、永遠に回り続けるのだと言う事を。

 

さあ愚者達よ、答え無き問題に挑み、悩み、迷い、そして狂え。

それはゲームをより一層彩ってくれるのだから。

 

 

 

 

 

ホール内。

ゾルダは弾丸を発射した。

が、しかし、それは明後日の方向に飛んでいき、オクタヴィアには当たらない。

 

ゾルダの狙いがブレたのだが、それは腕のせいじゃない。

ギガランチャーの砲身が蹴り上げられたのだ。

見ると、そこには一体のメガゼールが足を振り上げていた。

 

 

「ごめんなさーい。悪いけど、やらせるワケにはいかないんだよねぇ」

 

 

メガゼールの体が割れた鏡のように弾けて、インペラーになる。

同じく、遠くのほうに座っていたインペラーの体も同じく弾けて、メガゼールになった。

トリックベント・『スケープガゼル』。どうやらインペラーは混乱に乗じて距離をつめていたらしい。

 

そのまま激しい蹴りでゾルダやライアを妨害していく。

どうやらインペラーはゾルダがオクタヴィアを倒す事を良しとしない様だ。

 

インペラーはムエタイ、カポエイラ、テコンドー。それらをグチャグチャに混ぜ合わせたような我流の立ち回りだった。

ライアはゾルダを守るために前に出る。

インペラーはストライクベントを。ライアはガードベントを発動させてぶつかりあう。

 

 

「お前は何がしたいッ!」

 

「それを言っちゃ怒られる!」

 

 

ライアはフラッシュシールドを使って攻撃を防いでいくが、カウンターの電撃はガゼルクローに阻まれてインペラーには届かない。

インペラーは体を回転させ、自らを独楽の様にして無数の蹴りをライアに仕掛けていった。

単調ではなく複雑な蹴りのルート、ライアも防御が遅れてしまい、まともな一撃を受ける事に。

 

 

「うグッ!」

 

 

ライアはホールに転落する。

最も見たくない光景が映ってしまった。

それは復活したあやせの姿だ。顔を蹴られた事を理解しているらしい。

怒りで顔を真っ赤にしながら、サーベルを天に掲げ、その上に巨大な火球を練成させる。

 

 

「顔は蹴らないでっていったのにィイイイイッッ!!」

 

「!!」

 

 

あやせは、火球を地面に向かって叩きつけた。

するとそこを中心に火の海となるホール。

残っていたいたホルガー達や、メガゼール達が次々に焼き尽くされていき、魔女も悲鳴をあげる。

 

それだけじゃない。ホールの床が壊れ、下の層に一同は落ちていく。

赤いホールから青いホールへと降り立つ参加者達。

 

そこにはホルガーのリーダーが佇んでいた。

明らかに今までのホルガーとは違う、明確な人を姿を持ち、少年のようなフォルムでヴァイオリンを手に持っている。

 

 

「おっと!」

 

「クッ!!」

 

 

先ほどまでどこからともなくと壮大に流れていた音楽はピタリと止み、各々は無音のホールに着地する。

魔女は嘆き悲しみ、濁った悲鳴を上げるだけ。

 

怒りの歯車が次々に参加者達を襲っていくが、すぐに炎がそれを消し炭にする。

 

 

「あの娘ォ、あの赤いのどこォオ!!」

 

 

あやせは杏子の姿が無いと知ると、八つ当たりの様に炎を乱射していく。

 

 

「そろそろかな」

 

 

インペラーは、アドベントを解除してオクタヴィアに向かっていく。

どいつもこいつも自由で仕方ない。ライアはゾルダに合図をすると、あやせを抑えると言って走り出した。

 

しかしそこで大きな異変が二つ起こる。

まず一つ目は新たなる参加者が現れた。やっと来たと言った方がいいか?

 

 

「さやかちゃん!!」

 

「さやかッ!!」

 

「お姉ちゃん……!」

 

「!」

 

 

まどか、サキ、ゆま、ほむらの四人がホールに到着して魔女の姿を確認する。

目の前にいるのは親友のさやかではなく、いつも倒してきた敵ではないか。

 

 

「さやかちゃん……! さやかちゃん!!」

 

 

まどかはオクタヴィアの姿を確認すると、我を忘れたように走り出す。

結果として、ほむらに引き止められることになるのだが。

 

 

「待って、貴女の声は届かないわ」

 

「でも――ッ!」

 

「残念だけど、彼女の言う通りだ」

 

 

サキはすぐに状況を確認する。

すかさずライアの補足が、トークベントを介して入った。

 

 

「緑色の騎士がゾルダよ!」

 

 

ほむらの言葉で、サキ達も認識する。

ふと、ほむらの視界にインペラーが映った。

 

 

「アイツは私が倒す……!」

 

「私はあの炎を止める」

 

 

飛び出していく、ほむらとサキ。

 

 

「まどかはゆまを守ってくれ、私とほむらで何とかする!」

 

「で、でもっ!」

 

「いいから!!」

 

 

サキは跳び、落雷をあやせの周りに落としていった。

 

 

「もーッ! またビリビリ!? やだッ! 好きくない゛!!」

 

 

あやせは頭を抱えてうずくまる。

炎が止まった。今だ! 誰かが叫ぶ。

とにかく、それに反応してゾルダは再びギガランチャーを撃ち、高威力の弾丸を発射した。

 

 

「!?」

 

 

だがそこでもう一つの異変が起きる。

濁った音が聞こえたかと思うと、(たこ)の魔女・マリレーナが、オクタヴィアの前に現れた。

巨大な水風船の様なマリレーナは、ゾルダの銃弾をその身で弾き飛ばして無効化する。

 

 

「コイツ……ッ!!」

 

 

サキは目を見開いた。

忘れない、忘れるわけが無い。サキはマミが死んだ場所でマリレーナを確認している。

その時も、いきなり現れて一瞬で消えていった。

 

 

(何だ? 何なんだコイツは――!!)

 

 

嫌な予感する。

仲間が死んだ光景がフラッシュバックを起こしていく。

 

 

「クソッッ!!」

 

 

とにかく、何かが起こる前に終わらせなければならない。

サキは鞭を伸ばして、あやせの足もとを叩いて注意をひきつける。

そして一気に走り、距離をつめた。

 

 

「頼むッ! オクタヴィアはゾルダに倒させてくれ!」

 

「えーッ、でもなぁ。あなたルール知らないの? 魔女を倒すと強くなれるんだよ☆」

 

「友人を助けるためなんだ!!」

 

「え?」

 

「お願いだ……! お願いだから戦いを止めてくれッ!!」

 

「………」

 

 

悲痛な表情で懇願するサキに心打たれたのか、あやせは黙り込んでしまう。

サキとしてもココがボーダーラインだった。

ここでさやかを何とかしなければ、自分の無力さに怒り狂いそうだった。

 

もう誰も傷つけたくない。

もう誰も傷ついてほしくない。

それはきっとサキだけでなく、まどかも同じだろう。

今まどかは、ゆまを守りながら必死にオクタヴィアへ声をかけていた。

 

 

「お願い! お願いだからさやかちゃん止めて!!」

 

 

声が掠らせ、まどかを必死に叫ぶ。ゆまも同じ様にして叫んでいた。

二人は泣きながら、さやかを助けようと必死に声をかけてた。

 

 

「頼むッ! 彼女達の涙を無駄にしたくないんだ!!」

 

 

サキは深く頭を下げる。

あやせは困ったように眉を下げていたが、やがて決心した。

 

 

「うん。わかった……、今回はいいよ」

 

「本当か! すまないッ、ありがとう!!」

 

「………」

 

 

ほら! ちゃんと話し合えば分かるじゃないか!

サキは希望に満ちた笑顔を浮かべ、もう一度深く頭を下げた。

これで後はインペラーとマリレーナを止めて、ゾルダにオクタヴィアを倒してもらえば解決――

 

 

「待てッ! 危ない!!」

 

「え?」

 

 

しないのが、このゲームである。

 

 

「うぐッッ!!」

 

「――ッ!?」

 

 

サキは衝撃を感じ、横に倒れる。

それは一瞬の出来事だった。ライアが走り、頭を下げていたサキを突き飛ばしたのだ。

つまり、サキが立っていた場所に、ライアが立つ。

 

すると剣がライアの装甲を削った。

あやせは笑みを浮かべ、ライアを斬っていたのだ。

 

 

「え?」

 

 

酷く矛盾した光景だった。

虫も殺せない様な顔をしながら、行うのは他者の命を奪い取る行為なのだから。

 

 

「へぇ、よく気がついたね♪」

 

「だと思ったよ……ッ!」

 

 

ライアは足払いでカウンターを仕掛けるが、その前にあやせはバックステップで距離を取っていた。

なびくドレス。あやせは恍惚の表情を浮かべている。

サキの思考が徐々にその答えに結びついてく。

 

しかしそれよりも先にあやせが動いた。

サキに向かって舌を出す。それは随分と可愛らしい仕草だったが、意味するものは全く逆のもの。

 

 

「ごめんね♪ 嘘ついちゃった!」

 

「―――ッ」

 

「簡単に人を信じちゃ駄目だよ☆」

 

 

サキの心にザワザワと嫌な物が駆け巡っていく。

思わずそれを抑える事ができず、体から放電が起こる。

 

 

「……どうして」

 

「ん?」

 

「どうしてこんなに頼んでも攻撃を止めてくれないんだ?」

 

「うーん」

 

「どうして人が傷つくのが分かっていてソレを簡単に行使するんだ? どうして? どうして! どうしてッッ!!」

 

「だってそれがルールだもん♪」

 

 

なんだかサキはバカらしくなってきた。

なんだ? 自分が間違っていたのか? このゲームで助け合いなんて馬鹿の行う事だったのか?

サキは屈託の無い笑顔を浮かべている双樹あやせを見てつくづくそう思う。

 

人を傷つけたくなくて苦しむサキ達と、人を傷つける事を受け入れて楽しそうにしている杏子やあやせ。

どちらが損をしている? どちらが馬鹿なんだ?

それを考えれば考えるほど、惨めになっていく。

 

 

「それにぃ、そんな態度されちゃうとぉ」

 

 

あやせは人差し指を頬に当てて、体をオクタヴィアに向ける。

サキにとって、オクタヴィアはとても大切な存在なんだろう。

今までの流れでそれは十分に理解できた。

 

 

「アルディーソ・デルスティオーネ!」

 

「!!」

 

 

だったら、もしもサキの目の前でオクタヴィアを焼き殺したら、どんな表情を見せてくれるんだろう?

あやせはそれが知りたくて堪らなかった。

 

 

『アアアアアアアアア!!』

 

「さやかッッ!!」

 

 

無数の炎が飛来し、次々にオクタヴィアへ直撃していく。

それだけはなく、近くにいたゾルダにも命中してオクタヴィアとの距離を離していく。

 

 

『アアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 

そこで気づいた。

オクタヴィアは苦しそうにしながらも、自ら炎に当たりに行った。

どういうことなのか? それはオクタヴィアが少年の――、上条の形をしたホルガーを守ったからだ。

 

魔女になってまで、さやかは上条を守りたいというのか?

その上条は使い魔(ホルガー)、つまり本当に愛した人ではないのに。

そこまでして彼女は――……。

 

 

「やめろォオオオオオオオオオオ!!」

 

 

サキは鞭をふるって、電撃をあやせに向かわせる。

しかしあやせもまた、サーベルを振るって炎を発射。

雷と炎はぶつかり合うと、爆発して互いを無効化させた。

 

 

戦いの開始だ。

サキとあやせは地面を蹴ると、互いに武器を構えて激突していく。

強度を上げた短鞭とサーベルがぶつかり、弾き合う。

 

並行して走る両者。

サキは電撃を纏った回し蹴りであやせを狙うが、ハイキック故にしゃがまれて回避された。

次はあやせの番だ。踏み込み、掌でアッパーを行う。

サキはバク転でそれを回避。つい先ほどまで立っていた場所には火柱が上がっていた。

 

 

「クッ! よせ! 戦うんじゃない!!」

 

 

ライアはこの状況を打破しようと、新たなカードを取り出した。

分かっていた事だが、プレイヤー同士が手を取り合うのは非常に難しい。

少しでも気を抜けば、殺意に飲み込まれそうになる。

 

 

「!!」

 

 

その時、ライアの装甲が変色して行く。

美しい赤紫の鎧が、その色をなくしていく。

 

 

「しまった! 予想よりも速い!!」

 

 

 

ライアは『ブランク状態』になってしまった。

騎士は分身であるミラーモンスターが破壊されると、その力を失い、ブランク体になる。幸いミラーモンスターは24時間後には復活してくれるのだが、問題はエビルダイバーが何者かによって破壊されたと言う事。

そんなのは決まっている。一つしかない。

 

 

「おい! 早く魔女を倒せ!!」

 

 

ライアは声を荒げてゾルダに見る。

 

 

「分かってる! ただッ、アレが邪魔なんだよ!!」

 

 

マリレーナ。

あやせの時は何もしなかったくせに、ゾルダがオクタヴィアを狙うと、必ず邪魔をしてくる。普段は高速で移動し、銃弾が飛んでくると、体を一気に膨らませて巨大化。

自分がシールドとなる。

 

 

「チッ! 仕方ない! アレを使うか!!」

 

 

ゾルダは舌打ちを行った後、デッキから自分の紋章が刻まれたカードを取り出した。

ファイナルベントだ。だが悲しいかな、今日のゾルダは運が悪い。

 

 

「う――ッッ!!」

 

「!?」

 

 

ゾルダは膝をつき、カードを落とした。

 

 

「どうした?」

 

 

ライアが問うと、ゾルダは気だるそうに真上を見る。

 

 

「なんでもない、ただの目眩だ。よくある」

 

「ッ?」

 

「弁護士と騎士の両立は疲れるんだよ……!」

 

 

ふと、聞こえる笑い声。

 

 

「ヒャッハアアアアアアア! 来た来た来た来たァアアア!!」

 

「「「!?」」」

 

 

そしてその時、新たなる声と濁りきった音声が会場に響き渡る。

 

 

「一気に詰めるぜぇ! お・嬢・ちゃ・ぁあああああんッ!!」『『アドベント』』

 

 

誰だ? ライアはすぐに周りを確認する。

今のブランク体では新しい参加者に対応できるだけの力がない。

身構え、そしてすぐに異変は起きた。それも全員に。

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

まどか、ゆま、ほむら、サキ、ライア。

そしてゾルダが立っていた地面から、突如バラの蔓が出現して脚を絡め取った。

動きが封じられてバランスを崩す面々。しかし驚くのはまだ早い、地響きがホールを包んだかと思えば。

 

 

『――!』

 

「そ、そんな!?」

 

 

地面が割れ、そこから姿を見せたのは"薔薇園の魔女・ゲルトルート"だ。

だがあの魔女は既に倒した筈。それに気になるのは、オクタヴィアが既に魔女結界を発動していると言うのに、『マリレーナ』と『ゲルトルート』と言う別の魔女が二体も出現した事だろう。

これはもう偶然では済まされない。

 

 

「クッ! 暁美ッッ!!」

 

「ッ!」

 

 

ライアの声に反応して我に返るほむら。

一瞬だった。『なぜか』全員の脚を縛っていた蔓が吹き飛ぶ。

しかし少しでも時間を稼がれた事は事実だ。あやせはサキの身体に紅蓮の炎を直撃させ、インペラーはほむらから逃げる。

 

 

「うわぁあぁああぁあああッッ!!」

 

 

炎に包まれ地面を転がるサキ。

よくない流れだった。

ライアはまずゾルダの方へ走る。いずれにせよ、この戦いはゾルダがオクタヴィアを倒さなければ終わらない。

不調のようだが、意地でもオクタヴィアを倒してもらわなければ困るのだ。

 

 

『アァァァアアアアァアァアア!!』

 

「!?」

 

 

突如、黒い炎が振ってきてオクタヴィアに直撃する。

それだけでなく、炎はヴァイオリンを持った上条(ホルガー)をも狙っていた。

愛する人を模った使い魔を守るため、オクタヴィアは炎に包まれながらも跳ねる様にして移動。

ホルガーを庇い、再び黒い炎を受けていく。

 

 

「炎……ッ?」

 

 

ライアはあやせの攻撃かと思ったが、彼女は現在サキと戦っているし、あやせの炎は赤色だ。

 

 

「別の参加者か!」

 

 

しかし周りを見ても、その姿を確認することはできない。

 

 

 

「さやかちゃん!!」

 

「さやかお姉ちゃん!!」

 

 

まどかとゆまは、オクタヴィアを守る為に走り出す。

まどかは、オクタヴィアの周りに結界を張って、炎から守った。

 

 

「う――ッ! アァアァ!!」

 

 

しかし、すぐにまどかのうめき声が聞こえてくる。

炎の威力が高い、ましてやオクタヴィアも中で暴れるため、結界に掛かる負担が尋常ではなかった。

ましてや今のまどかの精神状態では、魔力をコントロールすることも難しい。

結界にはすぐに亀裂が走り、まどかは苦悶の表情を浮かべる。

 

 

何事もそう上手くはいかないものである。

ライアはブランク体になってから少し時間が経っている。

それが意味する事はたった一つ。エビルダイバーが押さえ込んでいた人物達が開放され、自由を得た時間でもあると言うことだ。

 

 

「ウラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

ホールの壁を突き破り、佐倉杏子が帰還する。

もはや状況を確認するでもなく、手当たり次第に槍を投げまくっていた。

 

回避する参加者達。しかし結界に閉じ込められているオクタヴィアは避けられない。

当然、結界にも槍は突き刺さり、そのまま貫通するように破壊する。

それでもまだ槍の勢いは死んでなかった。赤い槍が、そのままオクタヴィアの体に突き刺さっていく。

 

 

『アァアァアァアァアアアアァアァッッ!!』

 

 

オクタヴィアは叫び、血を撒き散らした。

まどかは半ばパニックになりながら走った。

誰かを庇う際にはスピードが上がる。それが働いたらしい。まどかはあっと言う間に杏子の前に立ち、両手を広げる。

 

 

「あン? 誰、お前」

 

「お願い! お願いですからもうこれ以上――」

 

「ウゼェ!」

 

 

杏子は裏拳でまどかの頭部を打ち、真横に吹き飛ばす。

 

 

「おーおー! ちょっとばかし席を外してたら随分と盛り上がっているじゃない」

 

 

混ぜてくれないのは悲しい話だ。

杏子はウキウキと胸を躍らせてホールへ降り立った。

 

 

「ん? って言うか」

 

 

杏子はそこで気づく。

先ほど吹き飛ばしたまどかに見覚えは無い。

一方で遠くの方ではブルブル震えているゆまが見えた。

 

 

「あぁ! なるほど、参加者か!」

 

 

杏子は槍を伸ばし、蛇腹状に変える。

ジャラジャラと鎖が音を立てて、へたり込んでるゆまを縛り上げた。

そのまま腕を引き、ゆまを引き寄せ、まどかの所へ投げ飛ばす。

 

 

「ハハハ! まずはゴミを二人処分して、ポイントリードだ!!」

 

 

 

 

気分がいいのか、ゲラゲラと笑う杏子。

しかし気づいていないようだ。越えてはいけないラインを突っ走っていることに。

 

 

「お?」

 

 

杏子はふと、自分の頭に違和感を感じた。

何かに掴まれた様な感触があったのだ。杏子はすぐに確認のため、後ろに視線を向ける。

すると、そこには鬼のような形相を浮かべた黒髪の少女が見えた。

 

 

「グゴォおッッ!?」

 

 

ほむらは一瞬で杏子のところへ移動すると、そのまま頭を掴んでそのまま壁に叩きつけた。

杏子の顔面が壁にめり込む。それも一度ではなく何度もだ。

ほむらはしばらくそうやって杏子にダメージを与えると、最後は思い切り胴体に蹴りを入れる。

 

 

「ウブゥッッツ!」

 

「………」

 

 

仰向けに倒れた杏子。

ほむらは何の迷いも無く、杏子の口にハンドガンを突っ込んだ。

杏子の歯をへし折る勢いだったが、そこは魔法少女としての身体強化があるのか、杏子は普通に拳銃を咥えるだけ。

 

だがそれで問題は無い。

ほむらは迷い無く引き金をひくと、杏子の体内に直接銃弾をプレゼントしていった。

これも一発ではなく。連射だ。普通の人間ならば頭がグチャグチャになり死亡するわけだが、杏子は普通じゃない。

ほむらの背中を蹴ると、立ち上がりざまに槍を振るう。

 

 

「ッッ!」

 

 

刃はほむらの腕を切り裂き、血が舞う。

あれだけの攻撃を受けたと言うのに、杏子は立ちあがる。

とは言えダメージは決して小さなものでは無い。杏子は口から大量の血と弾丸を吐き出して、笑顔を消した。

 

 

「普通の人間なら間違いなく頭が吹っ飛んでた。エグイ攻撃してくれちゃって」

 

「佐倉杏子、もう貴女は、貴女じゃないの」

 

「ん? なに訳わかんない事言っちゃってんの? 今を楽しもうぜ! 今を!!」

 

 

槍を構える杏子と、盾からマシンガンを取り出すほむら。

 

 

「おい! 待て! いい加減にしろ!!」

 

 

だが、それを止める様にしてライアが叫ぶ。

何がほむらをそこまで激情させたのかは知らないが、今は一人の魔法少女に固執している場合じゃない。

杏子が現れたと言うことは、当然彼女のパートナーも一緒なのだ。

 

 

「!」

 

 

なんて言ってる間に来た。

王蛇もまた壁を突き破ると、一気にゾルダのもとへ走る。

 

 

「くそッ!」

 

 

止めようとするライアだが、そこでゲルトルートが飛んできた。

巨体でライアを押しつぶそうとしてくる。それを回避していると、王蛇がゾルダの前に到着した。

 

 

「休むなんてつまらないだろ! 俺と遊ぼうぜェ!」

 

「ぐァッ!!」

 

 

王蛇は笑いながらゾルダを蹴り飛ばす。

回転しながら倒れるゾルダ。先ほどとは違い、今は立ち上がる気力すら無いようだ。

それを少し不満げに思いながらも、王蛇は攻撃の手を止める事は無い。

倒れるゾルダを蹴り飛ばし、強制的に立ち上がらせて殴り飛ばす。

 

 

「どうした? 反撃しないのか? そんなんじゃ楽しくないだろ?」

 

 

王蛇は両手を上げてやれやれとジェスチャーを取る。

そうしながらもゾルダを強く踏みつけていた。

 

 

「楽しむのはお前だけだ、こんな殺戮!」

 

 

ライアは先ほどから執拗に襲い掛かかってくるゲルトルートを退けると、王蛇へ向かって走り出す。

今のライアに王蛇を止めるだけの力は無い。

しかしこのままでは確実にゾルダは殺される。

 

それだけは止めなければ。

だがそこで全身に衝撃が走る。ゲルトルートに気を取られすぎた為か、インペラーの飛び蹴りには反応できなかった。

 

インペラーは現在、ストライクベントである『ガゼルクロー』によって脚力が何倍にも強化されている。

そこから放たれるキックの威力は、弱体化したライアには厳しいものがあった。

 

 

「グゥウウウウウ……ッッ!」

 

 

二転、三転と転がり、動きを止めるライア。

一方で何故かゲルトルートはインペラーを攻撃しようとはせず、次なる標的をまどか達へと移動させる。

 

 

「駄目だなぁ。余所見なんかしたらさ、あぶないよー?」

 

「お前……!」

 

 

よろよろと立ち上がるライア。

視線の先では、またも黒い炎が振ってきて、オクタヴィアに直撃する。

 

 

「見てみろよ」

 

 

インペラーは顎で周りを示す。

サキとあやせ。杏子とほむら。王蛇とゾルダ。

どこを見ても戦いしかない、傷つけあう光景しかない。

 

 

「俺は、戦いを止める――ッ!」

 

「ハハッ、立派だね」

 

 

インペラーは少しだけ悲しそうな声色を見せた。

ライアは立派だ。まぶしすぎるくらいに立派。

正しい事くらい――、インペラーにも分かる。

 

だが正論は、形にならなければ余計に虚しいだけだ。

ライア一人の力では結局この状況を変える事なんてできないじゃないか。

 

ライアだってよく分かっている筈だ。

それでも戦いを止めようと奮闘する姿が、インペラーにとって堪らなく愚かに映ったのだ。

ましてや叶えたい願いがある。戦いを止めろだなんて、耳障りすぎる。

 

 

「結局、運命は変えられないんだよッ!」『ファイナルベント』

 

「ッッ!!」

 

 

インペラーがカードを抜いて、バイザーへ叩き込んだ。

立ち上がり、構えを取ると、インペラーの背後から無数のメガゼール達が跳躍してくる。

先頭を行くのはリーダーであるギガゼールだ。素早い動きでライアに近づくと、飛び蹴りを命中させる。

 

 

「うッ!」

 

 

ライアの動きが止まる。

すぐにメガゼールの群れが到着し、爪や蹴りで次々に攻撃を仕掛けていった。

 

 

「グゥウウウウウッッ!!」

 

「ウオオオオオオオオオオオオ……ッッ!」

 

 

ガゼルモンスター達の進撃と共に走り出すインペラー。

怯み、動きを止めているライアに、インペラーは自慢の膝蹴りを繰り出した。

 

 

「タァアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

「グアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

インペラーの必殺技、『ドライブディバイダー』が直撃する。

ライアの装甲が粉々になり、変身が解除されてしまった。

手塚ホールを転がって、近くの壁に激突する。

体は鈍いが、まだ動くし、ダメージもそれほどだ。

 

 

「お前……ッッ!」

 

「ま、今回は手加減で終わらせてあげるよ。次は殺すけどな」

 

 

インペラーはそう言うと手塚に背を向けて走り出す。

体が言う事を聞かない。手塚は咳き込むと、その場にうずくまって動かなくなる。

 

 

「暁美――ッッ!!」

 

 

手塚は、振り絞るようにほむらの名を呼ぶ。

幸いにもその瞬間、手塚とほむらの視線がピッタリとあった。

 

 

「!!」

 

 

手塚の姿を見て、ほむらは急激に冷静さを取り戻す。

ほむらは盾を動かし、埋め込まれている砂時計のギミックを作動させる。

するとほむらの姿が消え、一瞬で杏子の背後へと移動した。

 

 

「な――ッ!?」

 

「いい加減、止まりなさい」

 

 

引き金を引く。

杏子へ無数の弾丸が命中いきし、ダメージで動きを停止させた。

ほむらはその隙に再び盾に手をかける。勝利へのプランは完璧だった。『固有魔法』を発動し、全てを終わらせる。

なにひとつ問題は無い。

 

だが、ほむらは知らない。

この戦いは、彼女の想像を、はるかに凌駕したものだと言う事を。

 

 

『フリーズベント』

 

 

ほむらは、自分に向かって飛んで来る『黒い炎』を確認した。

ギリギリ能力発動まで間に合わない。妥協し、まずは盾で炎を受け止めた。

幸い攻撃力は低く、簡単に防ぎきる事ができたが、問題はそこではなかった。

 

 

「!?」

 

 

ほむらは、すぐに舌打ちを行う。

それは黒い炎が『攻撃』ではないと理解したからだ。

それを決定付ける事は『盾』にあった。黒い炎を受けた途端、盾が石化していく。

 

ほむらの魔法は盾が無くてはどうする事もできない。

石化した事で砂時計のギミックが働かず、魔法が使えなくなっていた。

青ざめるほむら。油断していた、甘かった。自分の力を妄信していたか、予想外の攻撃に大きく怯んでしまう。

 

さらに油断はより大きな隙をつくる。

ほむらは、目の前にいる少女の底力をなめていた。

 

 

「グッ!」

 

「ハハァッ! 捕まーえた!」

 

 

魔法で強化したマシンガンの弾丸を全身にうけながらも。杏子はしっかりと立ち、ほむらへ距離をつめていた。

杏子は全身から出血しながらも楽しそうに笑っている。

その異常なまでの戦闘意欲にほむらはゾッとし、足を止めてしまった。

 

 

「なんなの?」

 

 

ほむら今、杏子に対して明確な恐れを持った。

 

 

「オラァッッ!!」

 

「キャアッ!!」

 

 

杏子はほむらの頭を掴むと、地面に叩きつける。

衝撃が脳を揺らし、一瞬意識が飛んだ。

杏子は倒れたほむらの首を掴むと、引き上げ、回し蹴りを胴体へ叩き込む。

 

威力が高い。

ほむらは横に吹っ飛んだ。

もちろん、ここで終わらせるほど杏子は甘くない。

既に多節棍を伸ばしており、ほむらをしっかりとキャッチしていた。

硬い鎖がほむらを縛り上げ、宙へと舞い上げる。

 

 

「そらよッッ!!」

 

 

杏子は多節棍を振るい、ほむらを壁へ叩きつけた。

次は床。次は壁。次は床。叩きつけられたほむらはぐったりと力を無くし、杏子は尚も連続して彼女を振り回しながらいろいろな場所へぶつけていった。

 

 

「もう……」

 

 

同時に、それを見ていた者がいる。

 

 

「もう――」

 

 

震える手が武器を掴む。

嫌だ。嫌だけど、友達が傷つけられるのはもっと嫌だった。

 

 

「もう止めてェええええええええええ!!」

 

 

鹿目まどかは、弓を思い切り振り絞ると、必殺技である『スターライトアロー』を杏子に向けて発射した。

このまま杏子の攻撃を許せば、確実にほむらは死ぬ。

それだけでなくさやかもだ。下手をすれば、ゆまもサキも手塚も皆死んでしまうかもしれない。

 

そんな事絶対に許しちゃいけない。

だからまどかは友を守るため、初めて他人に矢を向けた。

煌く光を纏い、飛んでいく光の矢――。

 

 

「アァ?」

 

 

杏子はその矢を片手で掴みとると、一気に握りつぶして消滅させた。

いや、待ってほしい。いくら杏子と言えど、まどかの必殺技をこんな簡単に打ち破れる訳がない。

ならば理由は簡単だった。

 

 

「こんな遅ェ。しかもパワーも無い攻撃でアタシを止められると?」

 

 

優しすぎるのは罪なのか?

どうしても傷つけたくないと言う意思が働いてしまい、まどかは必殺技に全く威力を付与できなかった。

おかげでスターライトアローは弱体化。結果として杏子に破られてしまう。

 

 

「でもまあ、攻撃してきた根性は褒めてやるよ」

 

 

杏子はほむらを適当な場所へ放り投げると、槍をまどかへと向ける。

 

 

「まどか!!」

 

 

それに気がつくサキだが、助けに行ける余裕は無い。

あやせとの交戦ははっきり言って劣勢である。

 

つまり、まどかを助けられる者はいない。

しいて言うならばゆまは自由だが、杏子に対する恐怖が酷く、またブルブルと震えるだけだった。

 

 

「大丈夫だよ、ゆまちゃんは守るから……ッ!」

 

 

まどかはゆまを庇う様にして、前に立つ。

対してニヤつきながら歩いてくる杏子。

 

 

「………」

 

 

救いは意外なところから現れた。

杏子はチラリと横を見て、槍を振るう。そこへ歯車がぶつかる。

 

見上げれば、オクタヴィアの姿が剣を振り上げている。

肉体は焼き焦げ、鎧は既にボロボロだ。

それでもまだ、オクタヴィアは戦う。全てはコンサートを守るために。

 

 

「ハハッ! なんだい、そんなにアタシが憎いのか!」

 

 

杏子は恐れる気配を全くみせない。

むしろ、ますます笑みが深くなる。それはまるで、自分が負ける可能性など1%とて無いと言わんばかりに。

 

 

「食物連鎖は覆らない! 魔女を喰うのは魔法少女なんだよ!!」

 

 

オクタヴィアが剣を振り下ろすよりも早く、杏子はジャンプで頭上につく。

 

 

「そのピラミッドは絶対だ!!」

 

 

オクタヴィアは杏子を目で追い、顔を上げる。

 

 

「魔女が魔法少女に勝てる道理なんざどこにも――!」

 

 

だから、『真下』を見ない。

 

 

「ありゃしないんだッッ!!」

 

 

オクタヴィアの真下から、巨大な槍が地面を突き破って伸びていく。

刃に押されてオクタヴィアの巨体が空に舞い上がる。青い血を大量に噴射しながら。

 

 

「さやかちゃんッッ!!」

 

 

まどかの悲痛な叫びが聞こえる。

 

 

「あん? さやかだァ?」

 

 

着地した杏子。そこで思い出す。

ゆまは、さやかと言う名を口にしていた。

杏子はハッと表情を変え、直後歪んだ笑顔を見せた。

 

 

「ハハッ! ハハハハッ! そっか、お前アイツだったのか!!」

 

 

杏子はその瞬間、全てを理解した。

 

 

(ソウルジェムの仕組みも知らないんだ。魔女システムなんざ知るワケねぇよな!)

 

 

全てを理解した杏子は、ゲラゲラと腹を押さえながら笑い転がる。

杏子は既に魔女を生み出すシステムを知っていた。

だから、無知だったさやかが滑稽に思えてしかたない。

 

 

「最高! さいっこうだよアンタ! どれだけアタシを楽しませてくれるんだい!? アハハハハハハハハ!!」

 

 

笑い過ぎて涙が出てきた。

しかし――、どんなに楽しい時間も終わるものだ。

杏子は立ち上がると、槍を両手に構えて飛び上がった。

 

 

「随分と楽しませてくれたが、そろそろクライマックスといこうじゃないか」

 

 

墜落するオクタヴィアへ、杏子は槍を投げていく。

 

 

「アンタとはもっと遊びたかったけど、そろそろ楽にしてやるよ」

 

 

槍はもう簡単に突き刺さるほどになっていた。

青い血が辺りに飛び散り、飛沫が杏子の頬を掠った。

杏子にとっては死のやりとりも最高のゲームでしかない。

 

命を賭ける事も、命を奪う事も、全て娯楽というジャンルで縛られている。

杏子にとってそれは良い事なのだろうか、それともソレは呪いとなって己を縛るのか。

 

 

「やめてッ! お願いッ!」

 

「うるせぇな!!」

 

 

止めようと動くまどかだったが、杏子は槍の柄で容赦なく弾き飛ばす。

駄目だ。いけない。サキは戦いを切り上げ、まどか達を助けようと試みる。

しかしそれは大きな隙だ。あやせが見逃す筈もなかった。

 

 

「駄目だなぁ、余所見しちゃ」

 

「しま――ッッ!!」

 

 

あやせはサキの腕を取ると、関節技を決め、組み伏せる形で押し倒す。

サキはうつ伏せにされ、顔だけをオクタヴィアの方向へと向けさせられる。

このままではマズイ。サキはすぐに抵抗しようと、雷撃をその身に纏わせるが――

 

 

「だーめ♪」

 

「アァアアアアアアアアッッ!」

 

 

あやせはそれよりも早く炎をサキに浴びせて、抵抗を封じる。

サキはダメージに動きを止めた。あやせは満足そうに笑うと、サキに頬ずりをする。

 

 

「一緒に見ようね!」

 

 

まるで親友のように言う。

 

 

「一緒に見るだと……? 何を?」

 

 

サキは苦痛に顔を歪ませ、問いかけた。

あやせもまた、杏子と違う狂気を持っている気がする。

 

 

「何をって、決まってるでしょ♪」

 

 

にっこりと笑う。

それはまるで太陽の様に明るい表情で。

 

 

「貴女のお友達が、し・ぬ・と・こ・ろ」

 

「――ッ!」

 

 

サキは見る。

いつの間にか、オクタヴィアの体中に槍が突き刺さっていた。

打ちのめされて動けない手塚とほむら。戦う気力がないまどかとゆま。

 

 

(いや――ッ、まだだ!)

 

 

ここで諦める訳にはいかない。

サキはたとえ腕がへし折られようが、体中を焼かれようが、止まるつもりはなかった。

最後の力を振り絞ると『イル・フラース』を発動。

爆発的な力であやせを振り払い、足を進めようと力を込めた。

 

 

「ッ!!」

 

 

だが肝心のイル・フラースが一瞬で解除されてしまう。

未完全なままで連続使用を行ったのが問題だったか。おまけに失敗の副作用で、逆に力が抜けていく。

 

肝心な所で無力化してしまうサキ。

何もできずに、その場に倒れ、以後は動けない。

 

 

「ン?」

 

 

杏子は、気づいた。

上条のシルエットをしたホルガーに。

 

 

「はーン……」

 

 

ヴァイオリンを手に持ち立ち止まっているホルガー、そういえばオクタヴィアは彼を守る為に必死だったか。

杏子は、多節棍を伸ばしてホルガーを引き寄せる。

所詮は形だけの偽者。ホルガーは杏子の前に来ても動揺する素振りを見せない。

ましてや動きすらしない。

 

 

「こんなヤツの為に絶望するなんて、やっぱアンタって本当に馬鹿なヤツだよ」

 

 

他人の為に魔法少女になり、他人の為に絶望する。

そんな下らないサイクルを受け入れるなんてまっぴらゴメンだ。

杏子は自嘲の笑みを浮かべていた。

 

 

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 

 

大好きな『上条』を傷つけられそうになって、オクタヴィアは叫び声をあげて体を起こした。

槍にまみれた体で、血を流しながらも杏子に向かって腕を伸ばす。

 

 

「くだらねぇ」『ユニオン』『アドベント』

 

 

杏子はノーモーションで魔法を発動。

空間が弾けとび、ベノスネーカーが出現。

オクタヴィアに突進を決めて、杏子には触れさせない。

 

吹き飛び、泣き叫ぶオクタヴィア。

不協和音の悲鳴が悲痛な雰囲気をより一層引き立たせている。

お願いだから彼に触らないで。あたしはどうなってもいいから彼を傷つけないで。

彼は私だけの物なのだか――

 

 

「死ねよ、幻想が……ッッ!」

 

 

オクタヴィアが大切に守り続けていたホルガーを、杏子は宙へ放り投げた。

そして、槍が追いかける。赤い一閃はホルガーを簡単に貫き、一瞬で絶命させる。

 

 

『――――』

 

 

オクタヴィアは青い涙を大量に流し、叫ぶ。

滅茶苦茶に剣を振り回しながら杏子を狙った。

殺す、コイツだけは。大切な彼を傷つけたコイツだけは許さないと。

 

 

「ハッ!」

 

 

しかしそれよりも先に、杏子の多節棍がオクタヴィアを縛りあげて封殺した。

杏子はそのまま多節棍を振り回すと、巨体の魔女を軽々と投げとばす。

墜落したオクタヴィアは地面を抉り、壁を破壊しながら砂煙を巻き起こす。

 

倒れたオクタヴィアは尚も青い涙を流し続けた。

助けて。苦しい。そんな思いが流れ込んでくるようだ。

オクタヴィアはただひたすらに、槍に貫かれて死んでいるホルガーに向かって手を伸ばす。

少しでも彼に近づきたくて、少しでも彼と一緒にいたくて。

 

 

「さやかッ! 逃げろッッ!!」

 

「ハハハハハハ! 終わりなんだよ、もうお前は!!」

 

 

杏子はニヤリと笑い、振り返る。

 

 

「おい浅倉ぁあ! 手伝えよッ! 今日は気分がいいから一緒にスッキリさせてやる!」『ユニオン』

 

「助かる。コッチは骨が無さ過ぎてうんざりしてた所だ」『ファイナルベント』

 

 

王蛇は、無抵抗のゾルダを蹴り飛ばすと、杖型の『ベノバイザー』にカードを装填して投げ捨てる。

ファイナルベントとファイナルベントの力が融合し、未曾有の力が巻き起こる。

まず動いたのは杏子だ。地面を叩くと、背後に巨大な槍が出現した。

 

 

 

「ジィイイイイイイイイイイ!!」

 

 

ベノスネーカーは這い、槍にガッチリと巻きついていった。

 

 

「ッ! アイツを止めるんだ!!」

 

 

手塚の叫びに反応するほむら、まどか、ゆま。

しかしそんな彼女達の足元にまたもゲルトルートの蔓が迫った。

拘束される三人は何もできず、ただありのままを受け入れるしかない。

ほむらの盾はまだ石化が解除されておらず、希望の道は見えない。

 

 

「無駄さ! 全て赤に塗りつぶされる! ハハハハハハハハハハ!!」

 

 

光が迸った。

なんと槍とベノスネーカーが融合したのだ。

完成したのは巨大な『棍棒』。ベノバイザーをもっと太く、大きくしたような物だった。

 

杏子は、自分の身長より何倍も大きな棍棒を軽々と持ち上げると、バットを構えるようにして立つ。

 

 

「アァァァアァ……ッ!」

 

 

唸り声を上げて走り出す王蛇。

両手を広げながら迫るその姿はまさに獲物を狙うコブラ。

 

まどか達が必死に『やめて』と叫ぶが、それは場を盛り上げるBGMでしかない。

王蛇は一切を無視し、地面を蹴って飛び上がる。

そして捻りを加えた両足蹴りを放つ。

 

 

「ハハァッ!」

 

 

最後の抵抗に、オクタヴィアは剣を振るった。

しかし遅かった。攻撃は王蛇には届かず、逆に彼のキックを受けてしまう。

叫び声をあげ、涙を流しながら吹き飛ぶオクタヴィア。

その先には棍棒を構えて立っている杏子が見える。

 

 

「ヒュウ! 良い位置じゃん!!」

 

「お願い――ッ」

 

 

まどかは弱弱しくも叫ぶ。

その声が杏子に届くわけも無いが、フラッシュバックしてくる親友(さやか)の姿が離れなくて、まどかは叫ぶのだ。

思い出すのは、いつも笑顔で名前を呼んでいる姿。

 

 

『まーどか!』

 

 

さやかと、いろいろな場所に行った。

ケーキ屋さん、CDショップ、お花屋さん、本屋。

その全てがまどかにとって良い思い出だった。

 

自分には無い活発さを持っているさやかが羨ましくて。

一緒に戦うさやかが頼りになったり、心配になったりして。

いつも面白い事を言っていた彼女に憧れて。

毎回宿題を見せてと頼んでくるのには、ちょっと呆れたりして。

 

 

だけど、まどかは、さやかの事が大好きだった。

 

 

「やめてぇ……ッ!」

 

 

これからもずっと親友でいられたらいいな。

そんな事を思った日がある。

これからも一緒にいろいろな事ができたらいいな。

そんな事を思った日がある。

 

まどかは最後の力を振り絞って矢を構えた。

しかし『人を傷つけたくない』という想いが、またも威力を殺してしまった。

人を守る為に魔法少女になったまどかが、人を傷つけるために魔法を使う矛盾。

 

 

そうやって親友を守る為に放たれた矢は、あまりにも弱弱しく飛んでいく。

 

 

 

 

 






新谷良子さんと深キョンさんって声似てるよね(´・ω・)
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