仮面ライダー龍騎&魔法少女まどか☆マギカ FOOLS,GAME 作:ホシボシ
「!?」
声がした。すぐに芝浦は周りを確認する。
するとボロボロになっていた校長室の椅子に、一人の少女が座っているじゃないか。
「フフ」
「お、お前は――ッ?」
神那ニコは持っていたバールで椅子の脚を叩いた。
すると何故か椅子が一瞬で綺麗になる。ニコは偉そうにふんぞり返りながら、芝浦達を見た。
ニヤつくニコ。その姿を見て、芝浦は目を細める。紛れも無く魔法少女であると。
「あなた……、誰?」
あやせが問うと、ニコはわざとらしく両手を広げてみせる。
「我が名は神那ニコ。キミは双樹あやせ、そして芝浦淳だろ?」
「ど、どうして名前を?」
「途中からずっと見てたよ」
尤も、透明だったから誰も気づかなかったが。
ましてやクリアーベントには魔力探知を妨害する機能もある。
気配を消す練習もしたし、誰もニコに気づかない。
「観察の理由? それは必要だよ。私はキミたちの名前を知らなきゃいけなかった。だって名前が無いと――」
ニコはバールを模した杖を、あやせ達に向ける。
「キミたちの名を、墓石に刻まないと駄目だろ?」
「!!」
芝浦とルカは意味を理解して、アクションを起こした。
ルカはあやせを引っ込めて主人格になると、変身。芝浦を守る様に立つ。
そこに飛来してくるのはニコが放つ"レンデレ・オ・ロンペルロ"だ。
ニコの必殺技だった、魔法のエネルギーを収束して放つ攻撃。
「クッ!」
ルカはアルマスでそれを切り裂くと、ニコに向けて無数の氷柱を発射する。
ニコはそれを見ると両手を広げた。
「ウグッ! ガァァッッ!!」
「ッ?」
氷柱達は何の障害も無くニコに着弾し、体に赤い点を作っていく。
おかしい。いくらなんでも怪しいというものだ。ニコは回避する素振りすら見せなかった。
しかしコレはチャンスだ。ルカは不信感を覚えつつも、ニコへ直接斬りかかる。
「ハアアアッッ!!」
「!!」
ルカはサーベルを振るい、ニコの首を跳ね飛ばした。
コレもまた何なく成功。ニコは仮面の様な笑みを貼り付けたまま二つになった。
そのまま胴体は倒れ、首は地面に落ちる。
「焦らせる……! ただの雑魚だったか」
ルカは、ニコから広がる血の絨毯を見つめながらサーベルを鞘に収めた。
だが、少し複雑そうに表情を歪める。結局またも戦い、そして死が待つのか。
今のを見て、まだ鹿目まどかは『友達になりたい』等と思うだろうか?
「――結局、何を言っても私達は戦いの運命からは逃れられない」
「ッッ!?」
ルカの背後に聞こえる声。そして肩に触れる手。
振り返るとソコには誰もいない。何だ? 今聞こえた声は確かに……。
「お前も、私達も、殺しあう宿命」
「!!」
「フフ、誰もいないね。何も見えないんだから誰もいないね」
声の場所が移動していく。
視線を合わせるルカ、しかしソコには何も無い。
だが急に、何も無い場所に色がついてあっという間にニコが現れた。
「馬鹿な! お前は確かに今、この私が――」
ルカが視線を移すと、そこにはまだニコの死体があった。
それはニコも見ていた。そして懐から無数のビー玉を取り出し、それらを地面に転がす。
「プロドット・セコンダーリオ」
ニコが魔法を発動すると、地に落ちたビー玉が次々と形を変えて『神那ニコ』に変わっていく。
そしてあっという間に校長室には6人の神那ニコが現れた。
驚くルカ達に、ニコはサービスだと自分の魔法形態を説明し始める。
「私の魔法は再生成。物質を他の物質に作り変える事ができる。何の変哲も無いビー玉もご覧の通り」
分身と言うことだ。
「フォレス・ビアンコ」
ニコが指を鳴らすと、生まれた分身達が一勢に爆発して煙に変わった。
校長室は白い煙に覆われて、何も見えなくなる。
煙幕だ。ニコはヘラヘラと笑いながらルカの前から姿を消した。
それだけじゃない、ルカは芝浦の姿を見失い、逆もまた同じだった。
「淳!!」
「ルカ! どこ行った!?」
双方を呼ぶ声が聞こえる。
芝浦は今は変身できないために無防備だ。狙われる可能性が高いのは明白。
『コピーベント』『ユニオン』『コピーベント』
不穏な音が聞こえる。
二重に聞こえた音声と、ユニオンの電子音。つまりニコのパートナーもこの場にいる事だ。
一気に不安が押し寄せた。何も見えない白、そこには恐怖だけが渦巻いている。
この白い森には殺意を持った野獣が潜んでいるのだ。
「マズイッ! 淳! 淳ッッ!!」
嫌、嫌だ! ルカは、あやせは、そう叫びながら芝浦を求めて手を伸ばす。
芝浦がその手を掴んでくれる事を期待したが、一向にそんな時間はやってこない。
「止めろ! 私はどうなってもいいから! 淳だけは狙わないでくれ!!」
「お、おい! 落ち着けよルカ!!」
芝浦達はまだお互いの姿を捉える事はできない。
そうしていると煙幕の中に浮かび上がった影。
ルカの前に、芝浦の前に、シルエットが浮かび上がった。
「淳!」
「ルカ!!」
ルカにサーベルに伸ばした手を下げる。
目の前に現れたのは紛れもない芝浦だった。
芝浦の前にもルカの姿が現れ、それぞれは再会を果たしたと?
「「?」」
気のせいか? 『それぞれの声』が。全く別の所から聞こえてきた気がする。
しかし目の前にいるのは紛れもないパートナーの姿じゃないか。
「うグッッ!!」
「あが――ァァッッ!!」
それもまた同時だった。
ルカのサーベルが芝浦の腹部を捉え。芝浦の拳がルカの腹部を捉えたのは。
血を吹き出す芝浦。
呼吸が止まったのか、苦しそうに後退していくルカ。
なんで? どうして? 二人は同時にパートナーの顔を見た。
「悪いな、女を殴るのは趣味じゃねぇんだが! ハハハハッ!」
「気をつけよう。目に見える物だけが"真実"じゃない」
「「!?」」
鏡が割れる音と共に、『偽り』が弾け飛び、真実が晒される。
芝浦の前にいたのはニコ。そしてルカの前にいたのは騎士・ベルデだった。
相手の姿をコピーする"コピーベント"によって、ベルデはガイに。ニコはルカに変身していたのだ。
「ハハハハ! ガキ、お前はコレがゲームだって言ってたよなぁ?」
ニコが指を鳴らすと、煙が晴れた。
ルカはその場に崩れ落ち、芝浦は切りつけられた傷を抑えながら地面を這う。
血が止まらない。芝浦の顔から笑みが消え、焦りが浮かんでくる。
そこへ笑いながら近づいてくるベルデ。
芝浦の頭を掴むと、顔を耳へ近づける。
「それは違う。覚えておけ、これはゲームなんかじゃねぇ!」
「がハッ!!」
ベルデは芝浦を蹴り飛ばすと、足蹴にして言い放つ。
芝浦は随分と好き勝手やっていた様だが、ベルデからしてみればナンセンスとしか言い様が無い。
「これは殺し合いなんだよ、ガキが!!」
「ッッ!!」
ゲームと言う単語こそついてはいるが、それは芝浦が求めていた娯楽とは違う。
人生や社会を写した縮図のようなものだ。
「戦いに娯楽を求めるなとは言わねぇが、コッチはお前が死んでくれればそれでいいんでね」
「グゥウウ!」
「お遊戯の時間は終わりだ」
ずっと透明になって隠れていたのに、気がつかないだなんて笑えてくる。
ベルデはその言葉と共に芝浦をさらに蹴り飛ばした。
「ぐあぁぁッッ!!」
「この世界ではな、悪い事をしたら相応の罰を受けなきゃいけないって事になってる」
ベルデは自分のデッキを指で叩く。
「あれだけ好き勝手やっておいて、ケジメ付けずに帰るなんて甘いぜ坊ちゃん」
ベルデはデッキから紋章が描かれたカードを抜き取る。
それを見た瞬間、ルカと芝浦の表情が絶望に染まった。
「あらあら、せっかく生存フラグ立てたのに」
ニコは濁った目でルカ達を見ていた。
そして唇を吊り上げる。
「死亡フラグになっちゃった。詰んでるよお二人さん」
「う、うオオオオオオオオオオ!!」
ルカは咆哮をあげて芝浦を庇う様にして前に出た。
「淳はッ、私が守る!」
「おいおい、女に守ってもらうのか? ボクちゃん!?」
ベルデの言葉を受けて芝浦の目が見開かれる。
「淳! 早く逃げてください!!」
「ルカ、お前……」
「大丈夫! 後で貴方がルールを使って私を復活させてくれればいいんですから!」
芝浦は頷くとルカに背を向けた。
幸い、出口は芝浦の後ろだった。このまま走れば逃げられるはずだ。
「………」
このまま走れば。
「―――ッッ!!」
走れば――ッッ。
「ルカ、あやせ!」
「ッ?」
芝浦はルカを抱き寄せると、旋回して自分が前に出る。
「え!?」
「行け」
ルカは戸惑い、沈黙する。
すると芝浦が怒鳴り声を上げた。
「いいから早く行けよ!!」
「な! 何を言っているのです!?」
ルカとしては意味が分からない提案だった。
芝浦が残ったとしても足止めは難しい。それに復活のルールは騎士側が圧倒的に条件が厳しい。芝浦が死んでしまえば、願いを使うしか人間に戻る方法が無くなるのだ。
「駄目です淳! キミが残る必要性が無い!!」
ルカの中にいるあやせも、それだけは駄目だと叫びを上げていた。
もしもベルデの挑発を真に受けたなら気にする必要は無いと、必死に訴えた。
ましてルカが死んでも、あやせが生きていれば魔力続く限り蘇生ができる。
ここで芝浦を残して逃げる事は、ルカにとってもあやせにとっても絶対に納得できない事だった。
「おいおい、もういいかな? 空気呼んで待ってあげてるんだから」
その時、出口から声がした。
校長室の扉が開くと、そこからニコが姿を見せる。
「レンデレ・オ・ロンペルロ」
「うあ゛ッッ!!」「ぐあぁッ!!」
衝撃を感じて吹き飛ぶルカと芝浦。
現れたニコこそが本物だった。ベルデの隣にいた分身ニコは破裂して消え去る。
「ま、あの世で仲良くな」『ファイナルベント』
「調子に乗りすぎたんだよ、アンタ等」『ユニオン』『ファイナルベント』
バイオバイザーはベルデの左太腿にある召喚機である。
カメレオンの舌を模したカードキャッチャーを伸ばし、カードをそこへセットする事で舌が引き戻されたときにバイザーへ装填される。
「盛り上げようってのは悪くないが、脇が甘いんだよ」
「シュルルルル!!」
全てを追い求める心。それはつまり、誰しもが持つ性質である『欲望』だ。
それを映し出したのはミラーモンスターであるバイオグリーザ。
カメレオン型のモンスターはベルデの背後に出現すると、自分と主人の姿を透明に変える。
ベルデは踵をつけたまま、地面を叩く様に足でタップ。そして地面を蹴ると思い切り飛び上がった。
同時に部屋が変わる。ニコの再生成により、狭い校長室は再び広いホールへと変わる。
「くっ!!」
ルカは芝浦を助けようと試みるが、全身にバイオグリーザの舌が巻きついた。
いや、これはニコの再生成によって生み出されたコピーグリーザだ。
すぐに舌を引き寄せてルカを芝浦から引き剥がす。
「淳!!」
「ルカ!!」
手を伸ばす二人だが、その手は触れ合う事なく離れていく。
ルカはそのままニコに抱きしめられる形となった。
「ォオオオオオオオッッ!!」
ルカは瞬時に冷気を解放してニコを一瞬で凍結させる。
しかしそのニコがポンと音を立てて弾けた。そしてコピーグリーザの隣に透明化していたニコが姿を現す。
「フフフッ! そっちはフェイクだよ。私が本物」
「グゥウ! お、おのれッッ!!」
「凄い威力だな。でも今のでキミの魔力はほぼゼロになった」
ニコは携帯を見て唇を吊り上げる。
レジーナアイに登録した魔法少女は残存する魔力の量も表示される。
ルカは既に登録済み。ナイトたちとの戦いで大きく魔力を消費した状態での、先ほどの攻撃だ。
既に魔力はそこを尽き、戦闘能力の低いニコでも十分に対処できる。
「恥ずかしい方と痛い方。どっちがいい?」
「何を――」
コピーグリーザの舌が、ルカの手足を拘束したまま切り離される。
「決められない? じゃあ痛い方で」
ニコは笑い、走る。
「ほいっと」
「ウッ!!」
ニコはルカを掴むと、バックブリーカーにさせる形で抱え上げる。
ルカも逃げようともがくが、先の通り魔力がもう残っていない。
ましてや体力もそうだ。結局ニコを振りほどく事はできなかった。
そうしていると、ニコは地面を蹴って飛び上がる。
「ルカ!!」
「おいおい、余所見はいけないな!」
「!!」
芝浦も自分が狙われている事は理解できつつも、ベルデの姿がどこにも見えない。
必死に視線を配らせて逃げていたが、やはり無駄だった。
突如物凄い衝撃を感じて、宙に舞い上がる。
ベルデに掴まれたのだ。もう逃げる事などできない、生身の芝浦ではどうする事もできなかった。
「う、うあああああああああ!!」
「ハハハハハハハッッ!!」
ベルデの跳躍後、脚にバイオグリーザの舌が巻きついた。長い舌はベルデをさらに上へと引き上げていく。
それだけでなく振り子の様に勢いをつけて、バイオグリーザは舌を離した。
ベルデは空中を何度も旋回しながら掴んでいた芝浦の頭を下に向ける。
同じくニコもルカを掴んだまま空中を舞っていた。
ニコはそのままベルデの上に肩車をする形で重なり合い、ニヤリと笑う。
上から順にルカ、ニコ、ベルデ、芝浦の並びとなり一同はそのまま地面に落下する!
「―――ッッ!!」
「あがぁぁあァァアアアッッ!!」
ベルデは芝浦の足を掴み、頭を下にした状態で地面に直撃させた。
これがベルデのファイナルベント、『デスバニッシュ』である。
今回はそれに加わりニコがいる。衝撃は増加され、さらにニコが掲げていたルカの腰へ凄まじい衝撃が襲い掛かった。
ベルデとニコ。
二人の投げ技を合体させ、威力と衝撃を増幅させるる。
これがベルデペアの複合ファイナルベント、『バニッシュドッキング』なのである。
「ハハハハハハハハハハ!!」
「フッ……!」
ベルデは踵を返すと、両手を広げて軽快に歩き出す。
ニコもルカを投げ飛ばすと、着地を決めて歩き出した。
体力と魔力が少ない事もあって耐久値が減っていたのだろう。衝撃に耐え切れず、ルカのソウルジェムが粉々に砕け散った。
同じく、ただの人間である芝浦も耐えられる訳がなかった。
「――ぁッ!!」
「ん? ああ、そうか」
しかし倒れたルカは素早く立ち上がると、校長室の扉を突き破って出て行く。
ニコも再生成の魔法を解除して、校長室を元の狭い空間に戻す。
「あやせの方を忘れていた。ルカが死んでもアイツが生きていればまた復活する」
「追うぞ」
ベルデはそう言って歩き出す。
「!」
その時、彼の足を掴む手が見えた。
「お前……」
芝浦の手だった。
生身であの攻撃を受けて、未だに生きていたのだ。
地面を這ったままベルデを足を掴んでいた。呼吸は弱弱しく、言葉も切れ切れではあったが、何を言っているのかは聞き取れた。
「アイツ……、だけは――ッッ! アイツだけは……! 殺させ……、ない――ッッ!!」
芝浦の力が強くなる。
なぜだか知らないが、芝浦の脳裏に浮かんだのは龍騎とまどかだった。
龍騎達は恐ろしい程に人を信じている。
特に鹿目まどか。彼女はきっと人の汚さも醜さも知らないんだろう。
だから自分達を受け入れようと身を張れる。人は素晴らしい存在と信じて疑わない。
だけど、まどかはきっと知らない筈だ。人間は彼女が思っている以上に汚く、醜く、救えない存在だという事を。
(そうだろ? あやせ、ルカ――ッッ!)
「離せ」
「断る! アイツらを……、いじめて――…、いいのは…おれ……、だけ、だ」
意地でも行かせないつもりだろうが、悲しいかな。
「心意気だけは立派だがよぉ、現実はそれだけじゃ変えれねぇ」
結局悲しいほどに力が物を言う世界だ。
芝浦は力が無いから負けた。ただそれだけの結果が全てになってしまう。
「そう言う事だ。死ねよ」
その言葉と共にベルデは芝浦の手を簡単に振り払う。
それが限界だったのか、芝浦は力なくダラリと動かなくなった。
芝浦は最期の最期でパートナーを守るために生身で抵抗した。
それが心の変化だったのか、今となっては確かめる術はない。
だってもう、彼は死んだのだから。
「行くぞ、ニコ」
「いや、追わんでよし」
理由は二つ。
ニコはレジーナアイを起動させるとソレをベルデに見せて説明を行う。
そして『何か』を取り出して、ソレを見せ付ける。
「成る程な。よくやったな、お前も」
「ぬふふ、照れるぞな」
ウインクを決めるニコ。
そしてもう一つの理由は、マップを表示しながら説明する。
「となるとココは――、ずらかるのが得策か」
「そゆこと。アイツはどの道アウトなんだよな」
携帯の画面を弾きながらニコは笑う。
二人は頷くと、透明になって消えるのだった。
「うあっ! ひぐッッ!!」
あやせは涙で顔をぐちゃぐちゃにして走っていた。隣ではメタルゲラスがついて来ている。
それが意味する事はただ一つ。芝浦が死んだと言う何よりの証拠だ。
あやせはその事実を知って涙を流す。とにかくまずはルカを蘇生させるのが先だ。
「うゥ――ッ」
が、しかし、魔法が使えなかった。
正確には魔力切れだ。度重なる戦闘や精神の疲労でソウルジェムは濁りきっている。
こんな状態では修復魔法は使えない。魔女になってしまえばルカを蘇らせることはできないし、ましてや芝浦を助けることも出来ない。それは絶対に避けなければならない事だった。
しかしあやせにはまだ希望があった。魔力が足りないなら回復すればいいだけの話だ。
だから早速ストックしてあったグリーフシードを使おうとするのだが――
「な、なんで……! どうして!!」
回復すればいい筈だった。
「どうして一個もないのっ!?」
ドレスの裏には確かにグリーフシードがあった筈だ。
しかも一つじゃない。三つくらい持っていた筈だった。
なのにそれが一つも無いのだ。
「やだ……、やだよぉ!」
ニコは気づいていた。
だからこそルカを掴んだ際に、こっそりとグリーフシードのストックを盗んでいたのだ。
だから今のあやせに残された浄化装置は一つもない。
浄化できなければ――、結果はひとつだ。
「駄目なのに……! ココで終わっちゃ――、淳くんがッッ!」
あやせはメタルゲラスを優しく撫でた。
「待っててね。今すぐ50人殺して貴方を救うから。あの時、貴方がわたしを救ってくれたみたいに今度はコッチが助ける番だから――ッッ!!」
まどかの笑顔が一瞬脳を過ぎったが、あやせは首を振って前に進む。
「わたしは……、死ねないの――ッッ!」
誰もいない学校を、あやせは呼吸を荒げて歩く。
壁を伝いながら、必死に一歩一歩足を進めて行った。
あやせは諦めない、絶望なんてしない。だってまだ希望が残っているんだもの。
「待っててね。絶対、わたしが――……」
あやせは廊下に差し掛かった所で、ソコが異常に荒れている事に気づいた。
学校を戦いの場に変えた事は事実だが、ソレは魔女結界で上書きしただけにしか過ぎない。
つまり学校そのものには傷なんてついていない筈。なのに廊下や見える教室は荒れ放題だ。
「どう言う事……?」
考えられるのは、学校に戻ってから傷がついた。
(まさか――ッ!)
あやせはすぐに学校を出ようと足を進めるが――。
どうやら、神は彼女を見放したらしい。
「あああああああ! クソッ!! マジでどいつもこいつも……!」
「ひっ!」
怒号と共に教室のドアが吹き飛ぶ。
そして中から現れたのは――
「あ! お前ッッ!!」
「あ……、あ……!!」
あやせの顔が青ざめていく。
目の前に現れたのは、絶対にココで会ってはいけない人物。佐倉杏子だった。
さらに続けて唸り声を上げて出てく浅倉威も見えた。
王蛇ペアはサキに電磁砲で吹き飛ばされながらも、多節棍を伸ばして学校の壁に槍を突き刺していたのだ。それを辿って戻ってきたが、ココまで来たときには既に学校は元に戻っていたと言う訳だ。
杏子はサキを追おうとしたが、どこを見ても誰もいやしない。
イライラは最高潮だった。今すぐに誰かを殺したくてウズウズしている。
そこへ見つけた獲物。杏子は口を三日月の様に吊り上げて、槍を構えた。
「覚えてる、アンタ魔法少女だろ?」
「嫌……! お、お願い!! 見逃して!!」
あやせはメタルゲラスを庇う様にして懇願する。
今、メタルゲラスを殺されれば希望が消えてしまうじゃないか。
かと言って今のソウルジェムの状態では戦っても確実に負けるのは分かりきっていた。
だから現在の状態を必死に訴え、見逃してくれる様に頼んだ。
「成る程ねぇ。まあアタシもさ、弱っている相手を殺してもつまらないから」
「だったら――!!」
「だけどッ!」
「!!」
「今ッ! すげぇイライラしてんだよッ! アンタでいいから死んでくれよッッ!!」
杏子は槍を構えて跳躍。
震えるあやせに容赦なく切りかかった。
「い、いやああああああああ!!」
あやせは反射的に変身、サーベルで杏子の槍を受け止める。
しかし精神状態が不安定の為か、いつもの剣技とは言えない弱弱しい物だった。
杏子は当然すぐにあやせのサーベルを弾くと、何度も体を切りつけていった。
悲鳴が連続で聞こえる。
浅倉はする事がない。隅のほうにしゃがみ込むと、小さく唇を吊り上げた。
「お前も弱った雑魚狩りか。」
「うるせぇ! 仕方ないだろ! ムシャクシャして仕方ないんだ! 少しでもイライラを発散しないと破裂しちゃうんだよ!!」
そう言って杏子は回し蹴りであやせの頭部を打った。
血が舞い散る。しかしそれがスイッチだったようだ。
「グオオオオオオオオオオオ!!」
あやせを傷つけられた事でメタルゲラスの目が光った。
すぐにあやせを守る為に杏子へ突進。追撃を行おうとした杏子はすぐに防御を行うが、それでも衝撃で吹き飛ばすだけの力はあった。
そこで動く浅倉。デッキを構えて――……、少し動きを止めた。
「佐倉」
「あ?」
「魔女は魔法少女としてカウントするんだろ? だったらアイツは騎士に入るのか?」
メタルゲラスを見て浅倉は問い掛ける。
起き上がった杏子は少し沈黙して考えた。
「入らないだろ」
目を逸らしながら言う。
魔女が魔法少女としてカウントされるなら、普通はミラーモンスターも騎士としてカウントするのが当然だ。
しかし、なんだ。浅倉にポイントリードを許すのは嫌だった。
「……芝浦は死んでる。だったらアレがアイツの代わりだ」
「いや、でも!」
言い合っていると、再びメタルゲラスが突進してきた。
とは言え、同じ手は食らわない。浅倉と杏子は体を転がしてそれを回避してみせた。
「ああああ! もう仕方ねぇな! いいよ、あれも騎士にカウントしよう!」
「それを聞いて安心したぜ。変身」
王蛇に変わった浅倉。
デッキに手を伸ばすと、仮面の裏でニヤリと笑った。
「さて……」
一枚、カードを抜いた。
それはコピーベントのカード。ライアに使用したものと同じものだ。
そうだ、王蛇のコピーベントは一枚だけでは無かったのだ。
対象はメタルゲラス。するとコピーベントの絵柄が変わる。王蛇は続けてそれをベノバイザーへ装填した。
『アドベント』
「グオオオオオオオオオオオ!!」
誕生したのは王蛇仕様に変更されたメタルゲラス。その名も、"ベノゲラス"だ。
紫色で禍々しい刻印が刻まれたベノゲラスは、メタルゲラスの突進を真正面から受け止めて競り合いを始める。
「いやぁぁあ!!」
危機を感じ、手を伸ばすあやせ。
しかしそんな彼女の体にジャラジャラと音を立てて多節棍が巻きついていく。
杏子は絶望するあやせのの表情を楽しみながら、拳を胴体に打ちつけた。
一方の王蛇。競り合いは互角だった。黙ってみているのもいいが、王蛇は少々せっかちだ。
「行け」『アドベント』
空間が割れてベノダイバーが飛び出してきた。
そのままメタルゲラスを吹き飛ばし、地面に倒す。さらに王蛇はもう一枚カードを。
『アドベント』
聞いただけで身を凍らせる程の咆哮だった。
出現したのはベノスネーカー、王蛇を中心にとぐろを巻いて、王蛇を守る様にその存在をアピールしていく。
さらに前に立つのはベノゲラス。そして上空に控えるはベノダイバー。
王蛇は三体のミラーモンスターを使役しながらメタルゲラスを見た。
アレは獲物だ。もう逃げられない。
全てを食らいつくし、奪い去る。その力こそが正しいのだ。
高らかに吼えるべきだ。力こそが正義だと!
『ユナイトベント』
ラストだった。王蛇は合成のカードを発動する。
するとどうだろう? ベノスネーカー、ベノゲラス、ベノダイバーが融合していくではないか。
みるみる一つになっていくモンスター達。身体はベノゲラス、頭はベノスネーカーとベノゲラスの装甲。そして体にはベノダイバーの鎧が装備されていく。
「ジォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
「ハハっ! ハハハハハハハァアッッ!!」
王蛇が興奮したように笑い、首を回す。背後に誕生したのは"獣帝ジェノサイダー"。
全ての頂点に立つ絶対的な力の具現。王蛇が望む物、全てを破壊する帝王。
ジェノサイダーの咆哮を受け、メタルゲラスは怯えたように動きを止めた。
あやせの悲痛な叫びも、帝王の咆哮の前には全てかき消される虚しい物だった。
餌が何を言おうとも、帝王の耳には入らない。
弱者の言葉など、欠片も心を動かさない。
「消えろ」『ファイナルベント』
粉々に砕け散るジェノサイダー。
とも思えば、メタルゲラスの背後に出現する。
そして咆哮と共に力を解き放ち、体の前に巨大なブラックホールを形成してみせた。
王蛇の色でもある『紫』のブラックホールは、全てを飲み込む存在だ。
「嫌ッ! お願い止めてェエエエエエエ!!」
あやせは叫ぶが、王蛇には聞こえていないのか。聞いていないのか。
王蛇は既に走り出しており、地面を蹴って飛び上がっていた。
そして捻り加えたドロップキックを繰り出す。杏子もそこであやせを投げ飛ばして、壁に叩きつけた。
「ァァアア゛ッ!!」
「グゴォッ!!」
キックが、メタルゲラスを打った。
衝撃は強くメタルゲラスは宙に浮くと、後方に吹き飛んでいく。
そこには当然ジェノサイダーが待ち構えている訳で。
「ァァァァアアアアアッ!!」
あやせが見た光景は悲惨としか言えない。
ブラックホールに飲み込まれたメタルゲラスは、苦痛の声を上げながら身体がバラバラになって崩壊していく。そして次々に破片が吸い込まれていき、数秒後には完全に無へと変わった。
相手をブラックホールの中にブチ込み、跡形も無く消し去る。これが王蛇の新たなるファイナルベント、『ドゥームズデイ』だ。
「あ……、アァァ……ッッ!!」
あやせは最後まで手を伸ばしていたが、当然メタルゲラスがその手を掴む事は無い。
闇に飲み込まれて完全に消え去った。そしてそれは芝浦がもう蘇られない事を証明したのだ。
「あ……。あぁぁぁ」
弱弱しく力を失うあやせ。
大丈夫、大丈夫だと自分に言い聞かせる。
まだ最後の一人になれば、願いで芝浦を蘇らせる事はできるのだ。
そう、だからまだ諦めるのは早い。
まだ諦めるのは早い――
(待ってて……、淳くん――!)
待ってて淳くん
待ってて淳くん
待ってて淳くん
待ってて淳くん
待ってて淳くん
待ってて淳くん
待ってて淳くん待ってて淳くん
待ってて淳くん待ってて淳くん
待ってて淳くん待ってて淳くん
待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん
待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん
待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん
待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん
待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん
待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん
待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん
待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん待ってて淳くん
カ ナ ラ ズ タ ス ケ テ ア ゲ ル カ ラ ネ
「なあ浅倉」
「あ?」
「確認しておくけど、魔女は魔法少女に入るよな」
「……めんどくせェな。どうでもいい」
杏子の多節棍を引きちぎって現れたのは、双頭の邪翼『
あやせが絶望した事によってルカのジェムも侵食されてしまい、二人は魔女へと変わる。
二つの犬の頭部に、体に生える紅と蒼の翼。魔女結界が再び学校を別の景色へ変えていく。
「「キャハハハハハハハハハハハハ!!」」
魔力が他の魔法少女の二倍ならば、当然魔女としても力も二倍だ。
殺意に満ちた目を光らせ、笑い声をあげながら杏子達に襲いかかる。
杏子は『縛鎖結界』を展開。赤い菱形が連なった鎖がいくつも生まれると、それが壁となって魔女を受け止める。
「浅倉ァ、新しい複合試そうぜ? あ、もちろんカウントはアタシに入るって事で」
「………」
王蛇にとしてはやや不満が残る物だったが、彼としても複合ファイナルベントの威力を確認しておきたいと言う興味心はあった。
「おいおい、どうすんのさ! 早く決めろよ蛇野郎!」
「チッ! まあいい、好きにしろ」『ファイナルベント』
「はい来たー!」『ユニオン』『ファイナルベント』
杏子の背後にジェノサイダーが現れる。
「!」
頭の中に効果が流れ込んでくる。杏子はそう言う事かと、攻撃の全貌を把握した。
同じくして生みだされるブラックホール。けれども杏子は何の躊躇も無く、それに飲み込まれていった。何故ならばコレは新たなる融合の幕開けなのだから。
「アァ、面白い形になったな」
「へっ!どうだい? なかなか似合ってるだろ?」
ブラックホールに飲み込まれたと思えば、鏡が割れる様にしてジェノサイダーが消滅する。
代わりに、吸い込まれた筈の杏子が立っていた。
気になるのは杏子の姿が先ほどとは大きく変わっている点だ。
結んでいた髪は解かれ、体には刻印が刻まれている。
頭部にはジェノサイダーの頭部を模した帽子があった。
それは体にも言える事だ。ジェノサイダーを模した装飾がいくつも装備されている。
腕、脚、背中。まるでジェノサイダーを擬人化したような姿だった。
「あぁぁア……、良い気分だ。力が漲ってくる」
ユナイトベントがもたらした合成の力によって、ジェノサイダーと杏子は一つになったのだ。
獣帝の力を全て与えられ、杏子は溢れる力をかみ締める。
「ヘソ出しかよ。いっぱい食べても苦しくないな。それに、うォ、尻尾あるよ……」
杏子は変化した自分の姿に笑っていた。
尻尾をブンブンと振って、調子を確かめる。
「さて、と」
いつまでも遊んではいられない。
杏子は適当に十字架を切ると、両手を握り合わせて祈りを捧げるポーズをとった。
「浅倉。時間を稼いでくれ」
「アァ?」
杏子が地面に膝をついて目を閉じると、紫色の光が王蛇の体を包む。
するとどうだ、力が漲ってくるじゃないか。体が軽い、高揚感が湧き上がる。
王蛇笑みを浮かべて、手首のスナップを利かせた。
杏子の祈りによって、王蛇の身体能力が強化された。
さらに念じるだけでベノサーベルや、杏子の槍が手に装備されるようになる。
王蛇は早速右手に剣を、左手に槍を持つと、縛鎖結界を破壊してツインズへ向かっていく。
祈りの力は身体能力の強化だけには終わらなかった。
王蛇が剣を降ると紫の斬痕が発生してツインズを切り裂いていくではないか。
これはいい、王蛇はさらに蹴りを繰り出す。
するとこれもまた紫色の光が蹴りの長さを増長させてアシストを行った。
攻撃リーチの拡大。通常時では絶対当たらないものも、面白いように命中していった。
「ギ、ギギャアアアアアアア!!」
ツインズ口から炎や氷を次々に発射していくが、王蛇は何のそので攻撃を行っていく。
真正面から炎や氷を粉砕して、ベノサーベルと槍でツインズの体に火花を散らしていく。
「我を過ぐれば憂ひの都あり、我を過ぐれば永遠の苦患あり――」
一方で祈りを捧げる杏子は、何やら言葉を紡いでいった。
すると杏子を中心として魔法陣が発生。はじめは描かれている魔法文字も少なく、円の範囲も狭かったが、徐々に巨大に。荘厳になっていく。
「我を過ぐれば滅亡の民あり義は尊きわが造り主を動かし――」
言葉を紡いでいく。
するとツインズから少し離れた所から地響き立てて、何か『板』のような物が生えて来た。
まだそれが何なのかは分からない。杏子は尚も修道女の様に跪いて祈りを紡ぎ続ける。
それを邪魔させまいと、王蛇はツインズを遠ざけるように攻撃を行うのだ。
「聖なる威力、比類なき智慧、第一の愛我を造れり――」
魔法陣が徐々に形を大きくしていき、さらに装飾も派手になっていく。
そして板のような物も順調にその姿を露にしていく。
「永遠の物のほか物として我よりさきに造られしはなし――」
板と言うのは極端で、それは板と言うにはあまりにも豪華な物。
装飾品は細かく多く、そして人を模した彫刻品も多めに備えてある。
杏子の詠唱と共にそれは段々とその全てをさらけ出していき、ついには全容が見えてくる。
「しかしてわれ永遠に立つ――」
『考える人』と呼ばれる有名な彫刻が、そこにはあった。
ツインズは杏子が何かをしようとしている事は知りつつ近づけないでいた。
生まれる使い魔も、繰り出す攻撃も、全て王蛇が粉砕していくのだから。
王蛇は笑いながら、楽しそうに、全てを壊していく。
「汝等こゝに入るもの――」
それは板ではない、『門』だった。
"地獄の門"と呼ばれるゲート。
杏子が言葉を紡ぐ毎にその装飾が派手になり、魔法の文字が刻まれていく。
門の隙間から光が漏れ始めた。扉の向こうで何かが呻いている様な声も聞こえてくる。
時間は来た。杏子はゆっくりと目を開け、最後の言葉を言い放つ。
「一切の望みを棄てよ」
その言葉と共に、扉は開かれた。
「ハハァッ!!」
王蛇は強化されたドロップキックでツインズを突き飛ばす。
同時に門から無数の黒い手が伸びてツインズを狙っていく。
扉から放たれる亡者の呻き声。そしておびただしい程の血と死の臭いが鼻を刺す。
「ハハハハハハ! アハハハハハハッッ!!」
「アァァァ、もう終わりか」
杏子と王蛇は並び立ち、愚かな魔女の末路を見ていた。
無数の『手』は、活きのいい魔女が羨ましいと言わんばかりに群がり、次々と色んな場所を掴んでいく。
耳、足、そして翼。どれだけツインズが抵抗しようとも、地獄の門から伸び出た腕は彼女を離そうとはしない。
「ギャアアアアアアアアアア!!」
その時、手の一つがツインズの美しい羽を引きちぎった。
吹き出る鮮血を浴びて、無数の腕はますますその動きを激しくしていく。
魔女の目を抉り取り、彼女の耳を千切り、脚をもぎ取ろうと力を込める。
「ァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!」
可哀想に。あれだけ仲のいい姉妹が縦に引き離されてしまった。
無数の手は、二つの頭を掴んで門の方へと引きずり込んでいく。
途中、残った目を抉り、牙を毟り、舌を引き抜き――
「ピギャアアアアアアアアアアアア!!」
嫌だ、あそこには行きたくない。魔女は懇願するように叫び声を上げる。
しかし二つの体は容赦なく門へ引きずり込まれて無数の手に覆われていった。
ギギギと音を立てて扉がゆっくりと閉まっていき、再び地中に戻って消えていく。
途中、門から心を引き裂かんばかりの断末魔が聞こえてきたが、中で何が行われたのかは誰も知ることは無い。
止める方法は一つだけだった。
詠唱中の杏子に一発でも攻撃を与える事ができたならファイナルベントは無効化されていたのに。
いや、しかしそれを守るのが騎士たる王蛇の役目だったのか。
コレが彼らの新たなるファイナルベント、『ドゥームズ・オブ・ワン』。
「ちょっと思ったんだけどさ、アタシって美樹の奴を殺したときもこんな感じだったよな」
「あ?」
魔女になった魔法少女を殺せば一ポイントもらえるルールにしたから……
「っていう事はアタシは美樹とアイツをぶっ殺した」
そして王蛇はインペラーとガイの残骸であるメタルゲラスを殺した。
「これでイーブンだね!」
「………」
浅倉は変身を解除してダルそうにしていた。
何も言わないと言う事は別にそれで納得した様だ。
隣にはケラケラと笑う杏子。二人とも参加者を殺した事でイライラが消えたらしい。
「おいなあ、焼肉いこーぜ!」
「今日は面倒だ……」
「いいじゃんか、ほら決定な! よーし食うぞー!!」
杏子は上機嫌に浅倉の手を取って走り出す。
なんだかんだ楽しそうな雰囲気ではあるが、たった今人を殺した態度とは思えない。
やはりどこかで二人の歯車は狂っているのだろう。
死亡確定のアナウンスが流れる中で、二人は何の興味も無く足を進めていた。
殺す事も、強い自分達が生き残る事も、全ては当然の事だと知っていたから。
椅子があった。
数は二つ。一つは空席で、もう一つには座っている(?)者が一匹。
そしてその後ろには大きな扉が一つ見える。耳を澄ませば歯車の音、舞台装置は順調だった。
何の問題もない、何の障害もない、全ては決まっている運命を刻む無機質なリズム。
ソコには悲しみも無く、絶望も無く、恐怖も無い。
決めたれた筋書きをなぞるストーリーは心を壊す。
強いて言うならば、与えるは醜い娯楽か?
駒たちは心を持つ事すら許されない。ただ与えられた役割を必死に果たす道化だ。
滑稽に絶望するなら、それは観客を笑いへ誘うスパイス。
つまりピエロは絶望しても笑いしか生み出せない。サーカスを見に来た観客を同情させるには至らないのだ。
全て演出として終わり、そして観客達がそれを何よりも望んでいる。
道化を哀れむストーリーなどは不必要。道化は道化を演じていればいい。
無様に踊って、苦しむ姿が滑稽なんだから。
そう、ピエロは傷つき他者を喜ばせる。あなたはそれを認めるだろうか?
他の全員が望んでいる事だとしても、あなた一人が認めなければ演出は台無しになるだろう。
良い意味で? 悪い意味で? さあ、分からない。
後に生み出される『何か』など、誰にも分からない。
『へぇ、珍しいお客さんだ』
座っていた? 乗っていた?
まあとにかく椅子の上にいたキュゥべえは赤い瞳で『あなた』を視界に捉えた。
もう一つの椅子には誰もいない。おそらくはジュゥべえの席だろうが、彼はこの場を離れていると言う事なのだろう。
『キミはジュゥべえが言っていた人? ボクと会った事はあったっけ?』
あなたはジュゥべえに会った事があるだろうか?
たとえば、ジュゥべえに会って物語がどんな終わりを向かえるのか気になって聞いてみたとか。
覚えが無い? そうか、なら今すぐにココから去ったほうが良い。
もうこの先には物語りなど欠片とて無いのだから。
ココから先にはただの空白しか広がっていない。見るだけ、居るだけ無駄なのだから。
『まあ残りたいなら止めはしないけどね』
丸くて赤い瞳が、あなただけを写している。
だからあなたの目が扉に向けられた事を、キュゥべえは見落とさなかった。
『扉が気になるのかい? この先にあるのは過去なのさ』
真実とは一つだけかもしれない。
だがソレを様々な方向で見る事によって、感じる物が違ってくるとは思わないかい?
君が過去を知ったなら、知り終えた後の君には若干の変化が訪れる筈だ。
『ただし過去は過去、それを見たからといって未来は変わらない』
君は残念なくらい無力だからね。彼女達に干渉する事はできない。
場に入って戦いを止める事もできない。まして舞台に向かって言葉を飛ばす事もできない。
まあ脚本家に文句を言う事はできるかもしれないけど、可哀想だろ? 止めてあげてよね。
なんて、冗談だよ。ジュゥべえに習って言ってみたんだけどどうだい? やはり感情の無いボクには不得意な事か。
『過去が知りたいなら扉を開ければ良い。止めはしないさ』
その前に一つ聞いてもいいかな?
君はこの戦いが――、つまりフールズゲームが正しいと思うかい?
巻き込まれた参加者達は仕方ないと思うかい?
ボクには感情が無い。だから何とも思わないんだけど、君はどうなのかなって思ってさ。
そもそも君は同じ状況に陥った場合どんな選択を取るんだろう?
ワルプルギスを倒す方を選ぶかい?
それともさっさと他の参加者を殺して願いを叶えようとするかい?
ほら、これはパートナーの意見も関係あるだろうけど、あくまで個人としてはどうなのかなって。
『もしもキミが城戸真司や鹿目まどかと同じようにF・Gが間違っていると思うのなら――』
人が力を持って殺しあうのが間違いだと思うのならば。
『尚更、扉を開けてみた方がいいのかもしれないね』
何で?
ゴメンよ、ジュゥべえの受け売りだからボクもよく分からないんだ。
だけど他人の考え方や経緯を知る事で違った一面を見る事ができる筈。
別に理解しろとは言わない、だってキミ達は全員違う人間なんだから。
でも知ってみる事で、受け入れる事で、世界は少しだけ良い未来を照らすんじゃないかな?
『ただ、気をつけたほうが良いよ』
知ると言う事はいい事ばかりじゃない。
人の汚い部分や、見たくない物を見る事になるかもしれない。
事実、この先には数えきれないくらいの暴力、汚い心が生んだ悪意があった筈だよ。
それでも君が進みたいのなら、どうぞ扉を開ければいい。
『選択は、"キミ"次第なんだからね』
ここから先は進みたい人だけ進めばいい。
キュゥべえは無表情で言葉を並べていた。
寒くなった季節の事だ。
街はもうすぐ雪がふるんじゃないかとか、クリスマスプレゼントはどうしようか等と浮かれている訳だが、少女はそんな街とは切り離されたように沈んでいた。
トボトボと誰もいない道を選んでは俯いて歩く。少し前からそれが習慣のようになっていたかもしれない。少女はソッと、誰もいないのを確認して呟く。
もしかしたらその言葉は誰かに聞いてもらいたくて言い放ったのかもしれない。
独り言、しかしそれは確かに誰かに向ける為の言葉だったのだから。
「誰か……、たすけて」
返事は無い。言葉は返ってこない。
それを知りつつも彼女は俯いて再び歩き出す。
濁る視界を必死にぬぐって、こみ上げる想いを押し込めた。
思えば、理由など無かったのかもしれない。
彼女は何一つ標的にされる理由はなかったのだから。
彼女は優しい人間だ、優しすぎると言ってもいい。信じれば必ず報われる。善を行えば世界は良くなる。
困っている人がいれば、それがどんな人間であろうとも声を掛けたい。
そんな想いを胸に抱いていた優しい純朴な少女だったのだ。
可愛くて優しい彼女は、最初こそ誰にでも愛された。
しかしそんな輝きは妬みを生んでしまう。嫉妬の対象になるのは想像に難しくない事だ。
彼女の通っている学校がプライドの高い生徒達が集まる場所ならば尚更の事だった。
「……あ」
最初は勘違いだと思った。次は偶然だと思った。
しかしそれが何度も続くうちに、自分がどういった立場にあるのかを段々と理解していく様になったのだ。
今日も靴箱を開ければ、中からは大量のゴミと虫の死骸が顔を見せる。
「ヒッ!」
おぞましい光景に少女はすぐに靴箱を閉めた。なぜこんな手間のかかる事をと疑問に思う。
そもそも靴箱の中に探していた物は無い。まただ、彼女は歯を食いしばって近くのゴミ箱の蓋を開けてみる。
するとあるじゃないか、自分の探していた靴が。
「………」
予想通り。それはもう落書きとカッターで傷つけられたのかボロボロで、靴とは思えなかった。
だから彼女は自宅から持ってきた代わりの靴を履くしかない。
そうすると――
「あら双樹さん、カバンから靴を出すなんてどうされたのかしら?」
「!」
振り返るがそこには人が多すぎて誰が言ったのか分からない。
ただクスクスと言う声が聞こえていた、周りから無数に。
「ちょっと、何か臭いんだけどぉ! 虫の死体みたいな臭いがするよぉ」
ケラケラ笑い始める者たちは一勢に彼女を見る。
その言葉が何を意味するのか、あやせは知っていた。
故に彼女は逃げる様にして教室に行くしかない、自分を嘲笑する声を背後に聞きながら。
「………」
教室に着いた『双樹あやせ』がする事は毎日決まっている。
自分の椅子を綺麗にする事だ。登校する時間にはいつも椅子は汚くなっていた。
どれだけ早く登校しても同じだ。きっと自分が帰った後に行為が行われているんだろう。
汚い、おぞましい。椅子には卑猥な落書きがされており、その上に接着剤で画鋲がつけられていた。
「……ッ」
それを取り除いている時が一番辛かった。
どうして自分がこんな事をしないといけないんだろう?
自分は何もしてないのに、どうして周りの人達は見て見ぬふりなんだろう。
様々な疑問と悔しさが駆け巡る。自分の人生はこんな事をする為にあったんじゃない。
そうでしょ? 叫び声をあげたい。今すぐに。
思えば始まりは自分じゃなかった。同じような娘がいて――、その娘を助けたら自分が標的にされた。
どうして? なんで? 自分は正しい事をしたのにどうして誰も分かってくれないの?
どうして助けた娘が知らないふりをして目を逸らしてるの!?
「ほら、双樹。いつまでも立ってないで座りなさい」
「あ……」
教師の冷たい言葉、周りの生徒達のあざ笑う声が聞こえる。
今すぐに耳を塞ぎたかったがそうもいかない。
「あの……」
あやせは大人しい娘だった。だから周りの視線を受けるとどうしても萎縮してしまう。
イライラした様子で待つ教師を見ると、椅子の事を言おうかどうかを迷ってしまう。
まだ画鋲しか取ってない、落書きは消してないしコレを見られるのは抵抗がある。
いくら自分が書いていないとはいえ。
それにもしも教師に告げ口したなんて知られたらもっと酷く――
「あの……、椅子、壊れてて」
「違います先生、双樹さんったら自分の椅子に落書きして汚したんですよ」
「え? いや違――ッッ」
ため息をついて首をふる教師。
「学校の物になんて事をするんだ。トイレか、どこか水がある場所で綺麗にしてきなさい。全く、子供じゃないんだから」
「あの! でも!!」
「早く! 授業の邪魔になるだろ! お前のせいで皆が迷惑してる!」
「は、はい……」
怒号を受け、あやせは泣きそうになりながら教室を出て行く。
あやせは以前にも教師に事情を告げた。だから今回も後でしっかりと何が起こったのかを端的に説明する。
しかし、教師から返って来た言葉は何とも淡白な物だった。
「いじめられてるなら、誰にやられているかちゃんと言いなさい。分からないだろうが」
「あ……、それは――」
名前を言うのは勇気のある事だ。
言ってしまえばいいのに。恐怖で言葉が詰まってしまい、何もいえなくなる。
「あのな、双樹。こんな事言いたくないけど気のせいじゃないのか?」
「え?」
「落書きなんて、可愛げのある悪戯じゃないか」
「で、でも靴だって!」
「犯人が言えないんだろ? それはつまり、犯人がいないって事じゃないのか?」
「そ、そんな……! だ、だからッ、たとえば――」
怪しい人物を口にしてみる。
「声が小さいな。それは自信がないからだろ」
「ぇ、え?」
教師はあやせが言った名前を聞いて首を振る。
彼女は成績優秀で、授業態度もいい。皆から慕われる。
だからそんな事をする人間ではないと。
「双樹。ココ最近、お前の成績は下がりっぱなしだ」
確かに。だがそれは、あやせの責任とは言いがたい。
授業中ともなれば、背中をペンの尖った部分で強く刺されたり、椅子を蹴られたりで集中できない。
それだけじゃない。気がつけばノートを取られたりなんてのは珍しくない。
教科書には落書きがされて、文字がよく見えないのだ。
「それにな、お前持ち込みのテストでも成績が悪いじゃないか」
「それはだって……!」
あやせの脳裏に浮かぶ偽りの笑顔。
持ち込みがあるテストでは決まって『彼女達』が事前に声をかけてくる。
実は今日資料忘れちゃったの、だから双樹さんの資料を貸してくれない?
断らないよね、だって――
『友達でしょ? 私達』
あやせは断らなかった、断れなかった。
貸したらどうなるのか分かっている部分もあったが、もしかしたら本当に困っているのかもしれない。
それに貸さなかったら何て言われるか。貸したら貸したで、皆と仲良くなれるかもしれないから。
でも、結局資料は返って来ない。知ってたのに、知ってたのに――……
「双樹、成績が悪いのを他の人のせいにするな。お前はいじめられてなんてない。ただ自分の成績が悪くなったのを、いじめがあると言うせいにして、架空の言い訳を作っているだけだ」
「あ……」
「椅子に落書きとかは、誰がしてるか分かったらまた来なさい」
「は、はい」
優しさとは弱さを含んだものであると、多少の解釈がある。
あやせは強く意見を言えない少女だった。だからこそ場を丸く治めようと言う強い信念に支配されていく。
結局何も言えず、何も変わらない。
もしもココで彼女が強く、自分がいじめられているから助けてくれと言えたなら未来は変わっていたのだろうか?
「双樹」
「はい?」
教師は最後に一言。
「先生な。いじめってのは、いじめられている側にも問題が多少あると思うんだ」
「え……!?」
「双樹の態度はな、何かこう人に不快感を与えやすいと思う」
「そ、そんな……!」
「どもったり、固まったり、もっとハッキリ喋ればお前の世界は良くなると思うぞ」
教師に悪気があったのかどうかは知らないが、あやせにとってその言葉は心を抉る刃として十分すぎる威力を持っていた。
好きでこんな喋り方になったんじゃない。
少しでも声を落として喋らないと聞かれえる可能性があったからだ。
それに何? コッチが悪い?
そんな馬鹿な事があって良い筈が無い。
あやせはこみ上げる涙を必死に抑えて廊下を歩く。
「ねえ、双樹さん」
「!!」
ビクッと肩が震える。
クラスメイトの少女達が手招きしているじゃないか。
あやせは震える足で彼女達の所へ向かうしかなかった。
本当は今すぐに無視して走り出したい所だったのに。そんな強さも勢いも持ち合わせてはいない。
「さっさと歩けよ! うぜぇなお前は本当に!」
「きゃ!」
トイレに連れ込まれたあやせは乱暴に壁に叩きつけられる。
リーダー各の少女がつけていた鈴のアクセサリーがチリンと音を立てる。
あやせはこの音が大嫌いだった。
「お前、もし教師にチクッたらどうなるか分かってんだろうな?」
「わ、わたしは……」
「あ? 何? 何なの? 全然きこえなーい!」
クスクスと笑う取り巻き達。
あやせは強く言い放つしかなかった。
「もう――ッ、こんな事止めて!」
「え? あれ?」
アクセサリーの少女は、ココでわざとらしく言葉を無視して一旦あやせから距離を取る。
あやせは気づいた。取り巻きの一人がバケツを持っていた。
「ッッ!!」
気づいた時にはバケツに入っていた水がぶちまけられていた所だった。
しかもこの水、ただの水じゃない。
「うぇ! ぶげぇ! かはっ!」
「あはは! 双樹さんのために絞ったんです。感謝してね?」
下卑た笑いの中であやせは静かに涙を流す。
雑巾を絞って作られた汚水。あやせのプライドと自尊心はズタズタだった。
「次は体育なんだから問題ないよね?」
白々しい笑みを向けつつも、アクセサリーの少女はハッキリと彼女の耳元でささやく。
「変な事したら、お前だけじゃなくて家族もブッ殺すぞ」
「………!」
「知ってる? 私の彼氏さぁ、結構ヤバイ所と繋がってるんだ」
ふざけた事したら、どうなるか知らないよ?
そんな笑みを投げ掛けられてグループはあやせから離れていった。
最後に一言。
「酷い臭い」
馬鹿にした笑いを投げつけて。
学校の中は狭い世界だ。優劣が生まれ、虐げられるものが出てくるのは別に不思議じゃない。
理由など無い。前述した通り、全ての巡り会わせが悪かったというべきか?
この世は誰しもが自分の下を作りたがる世界だ。
故にあやせは標的となった。あやせは優しいが、少し弱い所がある。
可愛らしい容姿や声。恵まれた体系は男性から見れば非常に好印象かもしれないが、同性だらけの場所では意味を成さない。
体育の授業の様子も一応記しておこうか。
あやせは必死に髪を洗って汚れや臭いを落としたが、周りからしてみればそんな事はどうだっていい。
事実を知っている人間が口にした事を復唱する機械の様な役割だったのだから。
「ねえ、何か臭くない?」
「あら本当、雑巾みたいな臭いがするわ」
「きったない! 誰? 誰がそんな不潔な女なの!?」
アクセサリーがチリンと揺れる。知ってるくせに、貴女がやったくせに。
そんな想いは知らない。臭い、汚い、年頃の少女にとってそれがどれだけ心を抉る言葉だったのか想像できるだろうか?
「えー、双樹さんコッチのチームなの? 最っ悪」
「うそぉ! あーあ、だったらもう負けじゃない。やってられないわ」
あやせは体育が嫌いだった。運動神経が悪いわけではないが、得意と言う訳でもない。
ましてや人と争わなければならないじゃないか。優しいあやせには苦手なものだった。
そもそも、チーム分けが大嫌いだった。
「ねえ! そっちのチームに双樹さん入れてくれない?」
「無理無理! あんなの来たら負けろって言ってる様な物よ!」
周りはしたたかだ。教師が気づかないギリギリの範囲で行為を行って行く。
そして試合が始まった後の事は、もう想像がつくのではないだろうか?
体育で行われるのはスポーツではなく暴力である。
あやせにボールをぶつければ1点。
痛いと言わせれば2点、顔に当てて泣かせる事ができたら3点。
あやせは襲い掛かる暴力から当然身を守るしかない。
そんな状況じゃまともに動けるわけも無く――
「あーあ! 双樹さんがいたから負けた!!」
「本当あなたって何しても駄目ね!!」
「勉強も駄目、運動も駄目! あれ? 貴女って取り得あるの?」
「生きてる意味あるの? 何しても誰かの劣化じゃない」
皆、毎日毎日尽きる事の無い言葉を浴びせていった。
中には同じの立場になりたくないから。本当は『可哀想だけど』等と思っていた者もいたかも知れないが、当時のあやせには関係ない。
あやせが一番欲しかったのはこの状況を変えてくれる何か。
そして自分を助けてくれる存在しかなかったのだから。
「もう……、やだよぉ」
誰もいない帰り道で泣く日々。
大げさなと笑う人もいるかもしれないが、彼女にとって毎日は地獄とそう変わりないもの。
何も悪い事などしていないのに、どうして自分が毎日毎日こんな目に――。
「うえぇぇぇぇぇえん」
子供みたいに泣くしかない。しかし心の中で突きつけられる現実もある。
泣いて何かが変わる訳が無い、自分が泣いた所で明日も明後日も地獄は続いていく。
変わることは無い、自分が諦めない限り。それを思えばまた涙が溢れてきた。
「ただいま……」
かと言って、家に味方がいるのかと言われればそうでも無かった。
心配を掛けさせたくない、弱い自分を知られたくないと言う事もあって、あまり話せないのも原因だったのかもしれない。
一度それとなく母と父に話を振った所――
『それがどうしたの。母さんも昔は靴を隠されたりしたものよ、でもね? そういう時はやり返さないと駄目。相手はいつまでも付け上がってくるのよ』
やられてばかりの貴女も悪いんじゃないの?
『あやせ、そういう話はお母さんにしてくれ。父さんじゃ女の子の事は分からないよ』
それより母さんも忙しいんだからあまり心配を掛けさせないようにな。
不安なら先生に頼りなさい、お前ももう子供じゃないんだから。自分の問題は自分で解決できるようにしておかないと、これから先の社会じゃ生きていけないぞ。
「………」
あやせは、そうだねと笑うしか無かった。
とにかく誰が何を思おうが、双樹あやせはその時に笑うしかできなかった。
だから父も母もたいした事が無いと思うのだ。
「あやせちゃん、何かあったの?」
しかし、そんな彼女にも心の寄り所と言う者があった。それが祖母である。
あやせに何かちょっとした変化があれば祖母は真っ先に気づきあやせに声を掛けてくれる。
会った時は小額ながらもお小遣いをくれたり、お菓子をくれたり、あやせの言葉に決して反論しない人であった。
あやせも、どんなわがままも聞いてくれる優しい祖母が大好きだったのだ。
「ううん。なんでも――……、ないよ」
故に、心配は掛けられない。
あやせは、祖母にも自分が置かれている状況を話す事は無かった。
祖母も祖母で、何も無いと言うのだから深く聞く事もできない。
一度本当に何も無いのか、しつこく聞いてみたが、あやせは決して事情を話すことは無かった。あやせにとっては、祖母が話しかけてくれるだけで十分だった。
それで少しは気も紛れたのだから。
しかし一方で、あやせに対するいじめは日に日に強まっていく。
加害者側もヒートアップしていったのだろう。
その日もまたチリンと鈴が鳴った。
「今私の肩にぶつかったでしょ!!」
「ご、ごめんなさい!」
「何様だよ! お前みたいなバイ菌が、人間様に触れるんじゃねぇよ!!」
「あッ!!」
あやせの頬をグループの一人が平手打ちで叩く。
体育の時間からエスカレートしていき、ついには日常の中で暴力を受ける様になっていく。
「も、もう止めてよぉ! わたし何かした!? 貴女達に何かした!?」
何かしたなら謝る。直せるなら直すから止めて!
あやせはついに耐えられずにボロボロと涙を零す。
だがそんなものは気分を盛り上げるスパイスにしかならない。
各々は携帯であやせのの泣き顔を写真に撮ってはしゃいでいた。
それが嫌で俯きながら涙を流すあやせ。そんな彼女の頭を誰かが踏みにじっていく。
「直せないよ。死なないと」
「……え?」
「死ねよ。そう、お前みたいなクズは死ねばいいんだよ」
辺りの生徒達がニヤニヤ笑いながら死ね、消えろ、いなくなれと連呼する。
真っ白になるあやせの思考、もう限界だった。
そもそも何故こんな仕打ちを受けなければならないのか。本当に何もしていない。
ただ、いじめられていた娘を助けただけ。なのになんでこんな酷い目に……。
(なんで、なんで!?)
あやせは猛烈に世界を恨みたくなった。
テレビじゃいじめについて評論家やタレントが正義感に溢れた言葉を羅列するくせに、結局現実はこんな物じゃないか。
あやせはそこで以前助けた少女を見つけた。
するとどうだろう? 彼女もまた他の生徒と同じように自分へ死ねなどと言っている。
なんだかそれがたまらなく可笑しくて、とても惨めになった。
「………」
その夜、あやせは家に帰らなかった。
日が落ちた街はすっかり冷え込んで、スカートから除く素肌に突き刺さる痛みがあった。
吐く息は白くなり、けれども今のあやせには対して印象には残らない。
「………」
体を包む風が涙を乾かしてくれる。
あやせは真下に広がる闇を見てぼんやりとため息をついた。
自分がもっと、例えば『侍』の様に強い意思を持っていたなら――、もしくはそんな姉か妹がいたなら助けを求められたのに。
(ううん、どれだけ夢見ても駄目)
だって、現実には叶わないんだもの。
「もう、耐えられないよ……」
あやせが学校から帰るまでの道に、廃墟と化した建物が一つあった。
五階建てで、元々はどんな施設だったのかは知る由も無い。しかし今のあやせにはとても都合のいい場所だった。
あやせはココから飛び降りるつもりだった。
苦しみから解放される唯一の手段は、死を以って他にない。
(みんな、わたしが死ぬ事を望んでる)
建物はビックリするくらい簡単に侵入できた。
あやせにはソレが意味のある事に思えた。まるでココは自分が死ぬ時に使う為に残っていたんじゃないかと思うくらいに。
あやせは幽霊や、そう言った類の物を怖がる性格だったが、今はすんなり廃墟と化した建物に侵入して屋上を目指す事ができる。
そして屋上の扉もまたすんなりと開いてくれた。
「……ココから飛び降りれば、楽になれるよね?」
虚空に向かって問い掛ける。
街灯が少ない場所と言う事もあってか、下に広がる景色はまさに闇一色だった。
あやせはもう一度問い掛ける。
「……楽になれるよね?」
よく自殺した人は地獄に行くと言われているが、彼女もソレは信じていた。
だから自殺しようとしている人がいたら『間違っているよ』、等と言って絶対に止め様と思っていたものだ。
それがまさか、自分がその立場になるなんて。
(きっと閻魔様もわたしの苦しみを分かってくれるよ……)
誰も助けてくれないんだ。もう、こうするしか方法なんて無い。
あやせは意を決して足を前に出す。
痛いのは怖いけど、少なくとも今よりは楽になれると信じて。
「へえ! アンタ、本当に死ぬつもりなんだ」
「!!」
その時、男の子の声が聞こえた。
その瞬間、下に広がる景色が嫌に鮮明に見えてしまい、思わず悲鳴を上げて金網にしがみ付く。
もしもあの声が無ければ本当に下に落ちていただろう。
「だ、だれッ?」
あやせは周りを見て、そしてすぐに気がついた。
屋上の入り口の上に男の子が座っていたのだ。
入った所からじゃ分からなかった。でも今はハッキリと姿が確認できる。
だって少年は携帯型ゲームをしていて、その光が顔をよく照らしていたから。
「おれが誰かなんてどうでもいいでしょ?」
少年は入り口の上から飛び降りると、ニヤニヤしながらあやせを見つめる。
歳は下だろう。背だってあやせの方が高い。雰囲気も随分と幼い物だった。
小学生と言っても差し支えないかもしれない。
まあ、あやせだって中学生だから、さほど離れてないと言えばそうだが。
「ぼ、ぼく? どうしたのこんな所で。迷子かな?」
「はぁ? んな訳ないだろ。って言うか、そんな事どうだって良くない?」
「どうだってって……」
「それよりもさ、死のうとしてたんでしょ?」
少年の言葉にあやせは少し言葉を詰まらせるが、やがてしっかり頷いた。
「そ、そうだよ! お姉ちゃん、死のうと思ってたんだ」
「ふーん!」
ニヤニヤと嬉しそう。
あやせはちょっとムッとしてしまう。
「止めたって……、駄目なんだから!!」
「止める? 誰が?」
「え……?」
「むしろ早くやってほしい」
「え? えぇ?」
「飛び降り自殺、一度見てみたかったんだよねぇ」
そのサイコっぷりには言葉を失った。
幼い風貌とは違って、なんて事を考えているんだ!?
あやせはギョッとして固まってしまう。
「なあ知ってる? 飛び降りってすげぇ痛いらしいぜ!」
「え……」
「アンタもマニアックだな、練炭とかじゃなくて、よりにもよって痛くて悲惨な方法選ぶなんて!!」
金網越しに会話を続ける二人。
少年が言うには飛び降りる高さが足りなければ痛みにしばらく悶え、高ければ頭が粉々になって色んな物をぶちまけてくれるらしい。
「で、でも! 飛び降りた瞬間に気絶するから苦しくないってインターネットで……!」
「はぁ? そんなもん嘘に決まってるだろ」
「う、うそなの?」
「なんなら、飛び降りて死んだ奴の画像見る? ちょっと待ってて! すげーのあるから!」
そういって少年は携帯をいじって、あやせに現物の画像を突き出した。
完全にグロ画像。今まで縁の無かったからドン引きである。
足はガクガクと震えて、こみ上げる吐き気を抑える事はできなかった。
「あーあ、何ぶちまけてんのさ」
「うえぇ! だ、だってぇ!」
涙目になるあやせ。
何だ? 自分もあんな風になるのか!? 嫌だ、そんなの絶対に無理!!
気がつけば、あやせは金網を乗り越えて屋上の方へと戻っていた。
完全に怖気付いてしまった。すると少年は不満そうに首を振っている。
「なーんだ。死ぬ勇気もないのか。だっせぇ」
「ち、違うよ! わたし……、跳べるもん!」
「あ、そう。だったら準備できたら言ってよ」
そう言って少年は適当な場所に座ってゲームを再開する。
あまりにも淡白な態度ではないか。別に死のうとしていた事に間違いは無いが、何故だか納得がいかない。
「ねえ、ぼく? 止めないの?」
「は?」
「いやッ、だって仮にも目の前で人が自殺しようとしてたら、さ?」
「止めて欲しいの?」
「いや、えっと……、それは――っ」
「じゃあいいじゃん。さっさと死ねよ」
むっかぁあああああああ!
分かりました分かりましたよ! そんなに死んで欲しいなら死んでやりますとも!
あやせは少年を睨みつけると、再び金網を越えて身を闇に向かって乗り出した。
「………」
めちゃめちゃ痛い。
「………」
ぐちゃぐちゃ。
「………っ」
ハンバーグ。
「うぅぅ!」
無理! やっぱり無理!!
あやせは青ざめながらフェンスを乗り越えると、屋上の地面にへたり込む。
「期待はずれ」
少年は視線をゲームに戻した。
どうやらこの少年は本当に他人の死に興味があるらしい。いつものあやせならば、『そんな考え方は駄目だよ!』なんて注意を行っていたかもしれないが、今はそんな余裕も元気も無かった。
「うぅぅう……!」
ポタリと、涙が地面に落ちる。
「うぅうううううううッッ!!」
「………」
泣き始めるあやせ。
それでも少年は無表情でゲーム画面に釘付けである。
泣いている女の子が目の前にいれば多少は動揺するものだろうが、何も変わらずにジッとゲームをしていた。
「うわあああああああああああああ!!」
もう泣くしか自分を守る事ができなかった。
そもそも、何も悪くない自分が何故死ななければならない。
何故死ぬ選択を取る事になったのか、泣いている自分が何よりも惨めで仕方なかった。
情けない、死にたい。だが死ねない。
「どうして? なんで!? 今すぐ楽になりたいのに――ッッ!!」
「うざいなぁ、帰って泣けよ」
「……ッ!!」
別に優しい声を掛けて欲しかった訳じゃないが、それでも今の言葉は酷くないか!?
あやせは信じられないと言う表情で少年を見た。
しかし少年は相変わらずで、ゲームから視線を外そうとしない。
頭に来たあやせは、意地でも少年にコチラを振り向いてほしくなった。
「なんでそんなゲームばっかり!! 酷いよボク!」
「ああもう子供扱いすんなよウッざい、カス、ゴミ」
「酷い! 女の子に使う言葉じゃないよ! 鬼畜だよ!!」
「めんどうくせー……」
あやせが何故ソコまで食いつくのか?
彼女に兄弟の類は無い、故に年下である少年を見て、初めて『下』に見れる存在かもしれないと思ったからだ。
無意識に求めていたのかもしれない、見下せる存在と言うものを。
だから少年が逆に馬鹿にしていると感じたとき、あやせは何よりも悔しかった。
結局自分はどんな人間にも馬鹿にされ、どこに行っても見下されるのか?
そんなのは嫌だった。だから引き下がれない。負けず嫌いみたいなものだ。
「ねえ、どんなゲームしてるの? そんなに面白いの?」
「はぁ? 関係ないだろ」
「ッ! い、いいじゃない……! 見せてよ!」
見下そうと思った相手に見下されるのだけはプライドが許さなかった。
もうボロボロにされたプライドだが。
「………」
まあ何だ。少年もゲームの話題は嫌いじゃないのか、ソレにはちゃんとした反応を見せた。
「別に、女が見ても引くだけだよ……」
「え、エッチなの!?」
「違う!!」
少年はあやせに画面を見せる。
そこには刀を持って走っているプレイヤーキャラがいた。
舞台は街。寄生された住民を殺していくと言う非常に暴力的な映像がそこにはあった。
海外版なのか特に目立って規制もなく、刀を振り回せば臓物や血が飛び散る演出が。
「うえ」
「ほらみろ! やっぱり――……」
確かに、一見すれば引いてしまう映像があった。
しかし何故だろう? あやせの心からは全く別の感情が浮かび上がってきたのだ。
あやせはその感情、好奇心、興味に身を任せて口を開く。
「ねえ、さっきの男の人って君が動かしてたの?」
「当たり前だよ。ゲームなんだから」
「じゃ、じゃあ刀を振り回すのも?」
「だからゲームなんだってば」
沈黙するあやせ。
刀を振り回していた男は敵をバッタバッタと切り伏せて殺していた。
そんな暴力的な物、自分にとっては一生縁の無いゲームだと思っていたが。
「ね、ねえ……」
「もうウザイなぁアンタ! さっさと消えてくれよ!」
「それ、お姉ちゃんにやらせて」
「……えっ?」
「お願い! やらせて!!」
苦虫を噛み潰した様な表情の少年。
何なんだこの女は――、とは思いつつ。ゲームをあやせに貸し渡した。
「変なアイテム使うなよ」
「うん、ありがとう」
あやせは適当にお礼を言う。
今はもう画面の中の血生臭い世界しか写らない。
「わ! す、凄い! 動いた!!」
「だからゲーム……、まあいいや」
観念したのか。少年は軽い操作説明を行い、後は無言だった。
あやせもそれだけで十分動けたし。敵の倒し方も難しくないから、すぐに理解できた。
「………!!」
一般人が敵に襲われて殺されている。
悲鳴をあげて血を撒き散らし、街中には臓物を引きずって泣いている子供も見える。
そして襲い掛かってくるのはグロテスクな化け物。
しかしてプレイヤーキャラはダメージを受けても仰け反るだけで、すぐに強力な武器で化け物共を殺していく。
はっきり言おう。あやせは興奮していた。
本来ならばこの光景は、彼女にとって目を覆いたくなる悲惨な物だ。
しかし今のあやせにとっては、その世界が何とも輝いてみえたのだ。
今までのあやせは理不尽に暴力を振るわれて、何も反撃ができない弱い弱い存在だった。
抵抗したいと何度思ったろう? しかし反撃が怖くて何もできなかった。
故に、あやせは考えた事もある。
どうすればいいのか? それはいじめる相手を殺す事だ。
もちろんそんな事ができる訳も無い。だからジッと我慢するしか無いと決め付けていた。
しかしどうだろう?
画面の中の自分は。刀を持って軽快に街を駆けているじゃないか。
襲い掛かる敵もなんのその。『力』で切り伏せて、二度と抵抗も歯向かう事もできなくさせる。
快感だった。
弱い自分がコレほどまでにグロテスクな敵を恐れる事無く、殺せると言う事が。
あやせは無意識にゲームに自分に重ねていた。
敵は自分をいじめる生徒達。だが怯える必要は無い。
向かってくるのならば切り伏せてしまえばいいのだ。殺してしまえばいい。
誰も自分に勝てない、自分が一番強い!
「あは☆」
「へぇ、何だよ。アンタ結構うまいじゃん」
「え?」
その時、ドクンと大きな音を心臓が立てた。
全身を包む高揚感、少年は笑みを浮かべて画面を見ていた。
あやせには衝撃だった。あれだけ自分に無関心だった少年が自分を褒めてくれた。
思えば人に褒められた事なんていつ以来だろう?
いつも馬鹿にされ、貶され、蔑まれていたのに、彼は認めてくれた。
もちろん少年はただあやせのプレイを軽く褒めただけで他意は無いのだろうが、あやせにはその言葉は何よりも心に響いてしまう。
「お姉ちゃんって……、う、うまい?」
「まあね。だってコレやった事ないんだろ?」
「う、うん。ゲームも普段そんなにやらないし」
「へぇ! 初プレイでノーダメとかアンタ才能あるかもね」
「え! そうかなぁ?」
「うんマジマジ。っていうか、コレみて笑えるとかアンタ結構アレだよね」
「え?」
グロテスクなゲームをして笑っていたのか、あやせは少し戸惑いがちに顔を伏せた。
「ソレ、気に入ったならあげるよ」
「えッ!?」
「いやぁビビッた。まさかハードモードを初見でノーダメクリアいけるなんて」
「でもっ、悪いよ……」
「いいよべつに。どうせもう飽きたし、今度続編でるし。いやぁ、それにしても女がコレを気に入るなんて――」
少年は少し嬉しそうだった。
どうやらグロテスク面が強すぎて回りに共感を受けなかったらしい。
「おれ、今からゲーセン行くんだけど。アンタも来る?」
「え? ゲーセン? なにそれ」
「嘘でしょ……、あんたジュラ紀からタイムスリップしてきたの?」
「ひ、酷いよ! そんな事ないもん!」
「あぁ、って言うかその制服ってあのお嬢様学校のヤツか……。成る程ねぇ」
学校の話題が出ると、あやせは青ざめた表情になる。
「が、学校の話しはしないで」
「……そ。で? どうすんの。ゲーセン、ゲームセンター。行く?」
あやせは少し考える。
昔からああ言う場所には悪い人が集まると思っていたので、ついつい躊躇してしまう。
「それともココに残って死ぬ?」
「……!!」
少年の言葉があやせの心を刺す。
そうだ、死を決めた身ではないか。今更何を恐れる必要があると言うのか。
「行く」
「じゃ、決まり」
「待ってよボク!」
「芝浦淳」
「え?」
「ボクじゃない。俺の名前は芝浦だっての。んで、アンタは?」
「あ! う、うん! 双樹あやせ」
「ふぅん。じゃ、さっさと行こうよ。あやせ」
「!!」(いきなり下の名前!?)
グイグイ来すぎではないだろうか。まさか会って間もない年下の男の子に名前を呼ばれるとは思っていなかった。
耐性が無いものだから思わず赤面してしまう。
「し、芝浦くんって以外に大胆なんだね。お姉ちゃんびっくり」
「……うざ」
「な、なんで! ちょっと待ってよ! 今行くから! ねえ、置いてかないでってば!!」
その後の時間はあやせにとって随分新鮮なものだった。
あやせは始め可愛いぬいぐるみが取れるかもしれないクレーンゲームがやりたいと言うのだが、すぐに芝浦に止められる。
それも悪くはないがと、芝浦はあやせを引っ張って格闘ゲームの台に連れて行った。
「やった事ないよ!?」
「知ってるよ。だから慣れろって言ってんの」
芝浦は自分のプレーを見せながらあやせにコマンドやコンボ、立ち回りの重要性を教えていった。
あやせは戸惑いながらも話を聞くうちに何となくソレらを理解する。頭はいいのだ。
「わわわ!」
「………」
とは言え、初プレイは散々だった。芝浦がいきなり難易度を上げるのが悪い。
あやせはCPUにボコボコにされて、あっと言う間に100円をドブに捨てた。
「よわ」
「ひ、酷いよ! 初めてやったんだから仕方ないじゃん!」
「なら回数を重ねろ。ほら次々」
「う、うううう!」
と、最初は弱音を吐いていたあやせだったが――
「やった! 勝ったよ芝浦くん!!」
「ああ。まあいいんじゃない」
才能――、と言えばいいのか。あやせのゲームの実力は中々の物だった。
一時間もすればコンピューター相手では圧勝し、対人も数回こなす内に勝ち星の数が増えていった。
そしてついには芝浦相手にプレイできるようまで成長したのである。
尤も、芝浦はあやせを容赦なくボコボコにして終わったが。
「うえぇ、強いよ芝浦君」
「当然だろ? おれはゲームじゃ負けないんだ」
「………」
あやせは悔しかった。同時にそれは熱中している証拠でもあった。
格闘ゲームに勝つと言う事は、相手の全てに勝つと言っても過言ではない。
入力のタイミング、読み合い、そしてセンス。後は少々の運。それら全てがあいてより勝っていればWINの文字がデカデカと表示されるわけである。
負けた相手が台からそそくさと逃げていく背中を見るのは言葉に表せない高揚感があった。
その後も芝浦とあやせはゲームを繰り返す。
格闘が終わればガンシューティング、一緒にプレイするのだから隣り合わせになる二人。
あやせは芝浦の身長が自分より低いことにも優越感を感じていた。
「あーあ、いつか本物をブッ放してみたいな」
正直言って、あやせも全く同じ気持ちだった。
迫る敵を嫌いな人間に見立てて撃ち抜くのは言葉にできない快感がある。
芝浦が教えてくれる物は、あやせにとって溜まっていたストレスをみるみる発散させてくれる。ある種、魔法のような物だったのかもしれない。
とは言え時間は過ぎ去るもの。芝浦は飽きたといって、帰る事に。
「あの、最後に一つだけいいかな」
「?」
あやせは芝浦をクレーンゲームに誘った。
ぬいぐるみが好きだったから、クレーンゲームだけはずっとやって来た。
とは言えどうにも最近はアームが弱いのか上手くいかない。
ましてや欲が出て大きなサイズの物が欲しいので、難易度もそれだけ跳ね上がるのだ。
「これね、取れないよ! ううぅ!」
「諦めたほうがいいよ。アームがマジでクソだからココのゲーセン。詐欺だよ、詐欺」
「でもコレほしいの! 諦めきれないの!」
「……貸してみ」
芝浦はあやせを退けると、ぬいぐるみを易々と取ってみせる
100円で取ろうとするのが間違っている等と言っていたが、聞いちゃいない。あやせは唖然としながら固まっていた。
芝浦が本当に『神』に見えた。
「ん」
「え?」
芝浦はぬいぐるみを、あやせへ差し出した。
「何で驚いてんだよ。欲しかったんでしょ?」
「く、くれるの?」
「当たり前だろ。おれ要らないよそんなキモイの」
「……! あ、ありがとう!」
芝浦にとっては本当に要らない物だった。
しかしあやせにとっては、何故かその行動が無性に嬉しかったのだ。
結局二人はそのまま何も無く別れる。芝浦もあやせを家に送っていくなんて気の利いた事などしなかったが、あやせにとっては手に持ったぬいぐるみの暖かさで十分だった。
その後、あやせは初めて門限を破ったとして両親から叱られたが、そんな事はどうでも良かった。
彼女を包むのは久しぶり――、いやもしかしたら初めてとも言える興奮と高揚感だった。
自分は弱者じゃない。なぜかそれを実感していた。
「……♪」
ぬいぐるみとゲームを見るだけで自然と笑みが零れてくる。
久しぶりだ。辛い事以外を考えて眠れたのは。
翌日も、あやせに対する皆の態度は変わる事は無かった。
いじめは徐々にエスカレートしていき、彼女はそれから逃げる様にして毎日を過ごす。
それは非常に辛い。だが、あやせは決まってウキウキとした表情で帰路につけた。
迷う事無く廃墟に侵入して、屋上を目指す。
「何、アンタまた死にに来たの?」
「ううん」
芝浦は決まってココにいた。だからあやせもココに来る。
「分かってるでしょ。芝浦くんに会いにきたの」
「……ふぅん」
芝浦は最初こそ面倒だと言ってあやせを追い返したりしたものだが、次第に何も言わなくなっていった。芝浦も男だ、可愛いあやせと一緒にいるのは悪くない気分だったのだろうか?
いや、まあそれは知らないが、こうして二人は一緒にいる時間が長くなった。
何も喋らずにゲームしかしない時もあったし、別のゲームをする時も多い。
だが二人はそれでも一緒にいた。とは言え季節が季節だ。
廃墟の屋上は、かなり寒い。
「ねえ、どうして芝浦くんはココにいるの?」
「別に……、何となく」
「だったら場所移動しない?」
「別にいいけど、どこ?」
「家にくる?」
「………」
「別に大丈夫だよ。お父さんとお母さんは帰ってくるの深夜だし、お祖母ちゃんは隣の家だし」
あやせはすっかりゲームに夢中なってしまった。
今までの小遣いはぬいぐるみに使うくらいで、それなりに貯金してきた。
それを全部ゲームにつぎ込んでいるのだ。
「もしかして照れてる? ふふふ!」
「……誰が。まあいいけど」
「じゃあ決まり! ね、行こう!」
それから二人はあやせの家で対戦ゲームをしていた。
あやせは完全に自覚していた。芝浦に惹かれていたのだ。
それは些細な理由かもしれない。絶望の中にあった彼女に優越感と言う楽しみを教えてくれた。
言い方は悪いかもしれないが、もしも彼女がいじめられておらず、かつ普段からゲームと言う物を知っていたならば、芝浦にこんな感情を抱く事はありえなかっただろう。
むしろ芝浦と言う人間に嫌悪感すら覚えていたはずだ。
しかしめぐり合わせや運命の歯車と言う物がある。
故に、双樹あやせは芝浦淳に恋をしていたと言えば差し支えはあるまい。
(ふふ♪ まさか……、年下の男の子を好きになるなんて)
初めは弟みたいとしか思っていなかったが、日々を過ごしていくうちに芝浦の事しか考えられなくなっていた。
次に会ったら何の話をしよう? どんな顔をして会えばいいのか分からない。
本当に嫌われてない? ゲームがうまくなれば好きになってもらえる?
「ねえ、淳くんって……! 呼んでもいいかな!?」
「はぁ? うざっ! キモっ!」
「ちょ! な、なんで!? 淳くんだって、わたしの事下の名前で呼んでるじゃん!!」
首を振ってため息を浮かべる芝浦。
「少し年が離れているからって偉そうに」
子ども扱いされるのはどうにも不満があった。
自分はもう立派に考え、ココに立っているのに。
「分かった、分かったよ。好きにすれば?」
「うん☆ 好きにする♪」
「……ハッ」
あやせがふと鏡を見ると笑顔になっている自分がいた。
そうだ。芝浦と居れば笑顔になれる、楽しいと思える事ができる。
それは双樹あやせにとって何よりの希望だった。
「ねえ、次は何しよっか?」
二人を繋ぐのはゲームだけ。
二人が会っている時は、同時にゲームをしている時でもある。
それ以外の事で何かをした事など無い。共に食事をしたり映画を見たりなんてありえない。
「あ……」
「ん? このゲームが気になるの?」
あやせが取り出したのは国民的有名ゲーム。
トラストと呼ばれるサイのキャラクターは彼女がゲームに嵌る以前から知っている。
アニメも放送されていたし、ぬいぐるみも何種類か持っていた。
「そんな幼稚なゲームするんだ」
「え?」
「おれ、ソレ……、大嫌いなんだよね。クソつまんないっていうか」
芝浦は目を逸らしながら言う。
幼稚、下らない、面白くない。ファンの脳みそが腐ってる。
いつもとは少し様子が違っていた。
「ふぅん、そうなんだ」
「ああそうだよ。何かガッカリだな、アンタもその下らないゲームが好きだったなん――」
バキッ! と音がした。
芝浦が目を見張ると、ソコにはトラストのゲームを叩き割っていたあやせが目に入った。
大人しいあやせが見せた暴力的な一面に、芝浦は少し引きつった笑みを見せる。
「なにしてんの?」
「クソゲーなんでしょ? じゃあ、コレでいい?」
「え? あ……」
「淳くんが嫌いな物なら、わたしも嫌い。そんなの壊れちゃった方がいいもんね」
「あ、ああ」
少し怯んだ芝浦だが、すぐに頷き始める。
成る程、成る程、嫌いな物なら壊れた方がいいか。
それは案外理にかなっている言葉かもしれない。
「ははは、やっぱアンタ……、あやせは面白いかも」
「ん……!」
あやせは頬を桜色に染めた。
芝浦に褒められると胸が弾んでしまう。同時にグッと掴まれた様に苦しい、切ない。
だが幸いにも今の行動が芝浦の好感度を上げたらしい。『双樹あやせ』がお気に入り登録された様で、芝浦は自分のフレンドコードを彼女に渡した。
つまり家に居ながらもゲームをしようと言うのだ。
格闘、シュミレーション、FPS、芝浦は何でも手を出した。
あやせも一緒にプレイするのならどんなゲームでも良かった。二人は夜中もボイスチャットを利用して電脳世界に身を投じた。
そんな関係が少しだけ続いたある日。
その日も芝浦はあやせの家で一緒にゲームをしていた。
あやせは楽しかった。好きな人とゲームが出来るのだから、それは楽しい筈だ。
ただ、楽しいだけじゃなかった。
だから芝浦に話しかけた。話しかけてしまった。
あやせは自分の事を知ってほしかったのだ。なによりも誰かに聞いてもらいたかった。
「ねえ淳くん」
「何?」
「わたしね……、学校でいじめられてるんだ」
「………」
芝浦は何も言わなかった。
芝浦との時間は安らぎではあるが、それで日々の地獄が変わるかと言われれば、やはりそれは違う。あやせの傷は日々増えていき、ゲームで消化できる量を超えようとしていた。
別におかしな話じゃない。風船は膨らみ続ければ破裂する。ただそれだけだ。
「今日ね、雑巾を食べさせられそうになったの」
「………」
助けて欲しいのか。
「酷いよね。もちろんね、嫌だっていったよ。だってそれトイレのだったもん」
「………」
徐々にあやせの声が震え始める。
芝浦に何を言っているんだろう? 何を期待しているんだろう?
そんな想いもあったかもしれない。
「そしたらね、お腹殴られちゃった」
「………」
芝浦は無言だった。
あやせが望んでいるのは、芝浦からの救済の言葉なのだろうか?
いや、それはあやせにも分からない事だ。彼女はただ言葉を羅列して苦しみをさらけ出すしかない。
「そこで止めてくれればいいのにね。あの娘達ったら今度はモップでわたしの顔とか体とかを擦り始めるんだ」
「………」
「酷いよね、ゴミは掃除しないと駄目なんだって。わたし……、ゴミじゃないよ」
沈黙が続く。
あやせは欲しかったのだ、芝浦からの否定を。
「淳くんは分かる?」
「おれは、学校じゃ特に何も――……」
芝浦にはあやせの気持ちは分からない。別に学校では何も無かった。
本当に何も無かった。誰も無関心だ。言い寄るとしても会社がらみの事ばかりで。
「あはは……、そっかぁ! わたしだけかぁ」
あやせの頬を伝う涙。
「わたしね、もう疲れちゃったんだ。このまま淳くんとだけゲームしてたいなぁ」
震える声。
だが芝浦が返したのは笑みだった。
「ははっ」
「え?」
「まあ、アンタをいじめるのは楽しいから」
「っっ!!」
別に慰めて欲しい訳じゃない。救って欲しい訳じゃない。
いやきっとソレを求めていたんだろうが、あやせは少なくとも共感じみた答えを返して欲しかっただけだ。
それがあれば、きっとまだ理性を保つ事ができた。
だけど芝浦はその言葉をくれなかった。
芝浦にとっては少しからかっただけのつもりだったのかもしれない。
だが今のあやせには、その言葉は凶器でしかなかったのだ。
「酷い……、酷いよ淳くん!!」
「な、なんだよ。何マジになっちゃってんの?」
「うるさいな!! 何よ! 何なのよ!!」
「は?」
「酷い! 酷いよ! もう知らない! 出てって! アンタなんか出てってよ!!」
芝浦は何も言わなかった。
ただ舌打ちをして彼は部屋を出て行くだけ。
最後に交わした言葉はあまりにも粗末な物だった。
「イラついた。もう二度と来ない」
「いいよ。あたしだって……! 顔も見たくないもん」
これで二人の交流は幕を閉じた。なんともまあ呆気なく、みすぼらしい最後ではないか。
一週間が経っても二人が顔を合わせる事は無かった。もしかしたら芝浦はまた廃墟の屋上にいたのかもしれないが、あやせは屋上へ向かう事は無かった。
もう終わりだった、彼女の中でもう芝浦はいない。終わったことだった。
「………」
しかし心の拠り所を一つ失ったあやせには、毎日の陰湿な日々は以前よりも増して心に影を落とした。日によっては特に何もなく終わることもあるため、それを祈るしかない。
憂鬱とした心は体力も奪っていく。学校を休む事も多くなった。中々眠れない日々も続いた。
夢を見てしまえば毎日悪夢と呼べるものだ。それはココに記す事も躊躇する程のおぞましい物。
彼女は心が、身体全体が絶望に犯されていく不快感に、嘔吐した日もある。
「あやせちゃん、お菓子があるんだけど食べるかい?」
「う、うん! ありが……、とう」
唯一になった支えは祖母だった。それがあやせの希望、彼女の救い。
ある日、その希望が亡くなった。
「………」
喪服姿のあやせはぼんやりと遺影を見ている。
祖母は人気の無い横断歩道の脇で倒れているのが見つかったらしい。
状況を見て、石にでもつまずいて転んでしまったようだ。転倒の際に頭を打ってしまったらしく、それがいけなかった。
人の死と言うのはあまりにも呆気なく、そして唐突に理不尽に訪れる物だと思う。
まるで、ゲームみたいに。
(誰かがおばあちゃんを……)
誰かとはプレイヤー。
(殺しちゃったのかな……)
敵として。エネミーは倒すのがゲームのセオリーだもの。
そんな通夜の日。ああ、忘れる筈も無い顔がやってきた。
あやせをいじめていたアクセサリーの娘を筆頭にしたグループがコチラに向かってきたのだ。
何をしに来たんだ?
あやせは怒りと恐怖に震えながらも、立ち尽くすしかなかった。
「私達、双樹さんの友達で」
「あらそう、悪いわね」
少女達は何食わぬ顔であやせの母と会話をしていた。
そしてあやせの前に来る。場所を移そうと、あやせは葬儀場の裏につれて行かれた。
「双樹さん、残念だったわね」
「………」
あやせは気づいた。アクセサリーの少女を取り巻く少女達は、少し焦ったような、居心地の悪そうな顔を浮かべている。
一方でアクセサリーの少女だけは笑っていた。楽しそうに笑っていたのだ。
「アタシはマジで嬉しいんだけどね」
「!!」
「アンタのババアが死んで最高にハッピーだって言ってんの!」
取り巻きの少女達は完全に引いていた。
それほどまでにアクセサリーの少女があやせに抱く私怨は凄まじいものがあった。
何が彼女をそうさせたのかは知る由も無いが。
「なんつうか、間抜けな遺影だったね。アンタに似てさぁ」
「………」
「ボケてた? 汚らしい笑顔浮かべた写真だった!」
「………」
「聞いたよ。道端で野たれ死んでたって? お似合いの死に方じゃんッ!」
「………」
「ねえ双樹さん。今どんな気分なの? あんな汚ねぇババア死んだって喜んでる? 遺産とかでるの?」
「………」
「ああそうだ、今度は双樹さんからお小遣いもらおうかな!」
「………」
「アンタも、一緒に死んであげれば良かったのにね」
その日は、あやせが初めて人を殴った日だった。
祖母を侮辱した事、自分を侮辱した事、永遠の地獄を約束する悪。
それらが激情となり、気づけばアクセサリーの少女を殴っていた。
はじめは少し怯んだ顔をしていたが、すぐに鬼の様な顔となり、あやせを蹴り返す。
「う……ッッ」
「覚えてろよ……!!」
少女達は踵を返して帰っていく。残されたあやせは、やはり泣くしかなかった。
蹴られた腿が痛かった。殴った手が痛かった。祖母がいなくなった事実が心に刺さっていた。
全ての支えが無くなって、これからの毎日を想像するだけで絶望する。
あやせは泣き続けた。自分でも驚くほど涙が止まらなかった。
「ねえ、流石にやりすぎじゃない……?」
「あぁ!?」
「さ、流石にアレは――」
一方でアクセサリーの娘を取り巻いていた少女達も、異常な憎悪に異変を感じていた。
たしかに取り巻きの少女達も、あやせをターゲットにする事には賛成したし、楽しさも感じていた。だが流石に今回のはおかしいと言うか、異常と言うか。
「何? 今更可哀想だって言うの?」
「そういう訳じゃないけど、いくらなんでもココまで……」
「アンタさ、糞食わされた事ある?」
「え……? く、くッ? な、何言って――」
「まあ無いよね。でも、アタシはある。害虫も、腐った魚の死骸も、うす汚い豚の臓物だって!!」
おぞましい、アクセサリーの少女は頭を掻き毟る。
血走った目、荒げる呼吸、よもや人の顔とは思えない。
真っ青になった顔で、吐き気を堪えていた。
「双樹にやられたの……! アイツ、ヤバイよ」
「う、うそ!?」
「ホント……ッ! そ、それだけじゃ無いッッ」
語るもおぞましい話であった。
それらは全て双樹あやせによって行われたと。
「ゆ、ゆゆ夢の中で! あアアアイツ、笑ってた!!」
「ゆ、夢!?」
彼女は何を言っているのだろうか。
取り巻きの少女達は訳が分からなかった。
「だけど、アイツを苛めれば……! 私、助かるって!!」
「……っ」
狂っているのは、どっちかな?
「双樹さん、今までゴメンね」
「……っ」
祖母の事が落ち着いて、学校に戻ったあやせ。
掛けられた言葉は意外にも優しいものばかりだった。
いじめていたグループのメンバーが全員彼女に駆け寄り、そして次々に頭を下げたのだ。
もちろんそれはアクセサリーの少女も同じだだった。
「ごめんね双樹さん。わたし双樹さんに叩かれて目が覚めたの。もう乱暴なこと全部止めるから。今までのこと許してくれる?」
「う、うん」
本心だろうか? あやせは信用できずに、うろたえるばかりだった。
「良かったぁ! ねえ、今日は一緒に帰りましょ?」
「え?」
「わたし、貴女の事をもっと知りたいの。今まで散々やってきて酷いとは思うけれど……、お願い!」
あやせは半ば思考停止状態にあった。
だがもう地獄が終わるというのならばそれでよかった。だから頷く。
事実その日は驚くべきほど何も無かった。いつも怯えていたあやせにとって、それは何よりもの平穏だったろう。
そのまま何事もなく一日を終えて、そして何事もなく帰路につける。
まあ隣にはアクセサリーの娘がいたのだが、親しげに話しかけてくれた。
「双樹さんもコッチだったのね」
「うん……」
季節が季節だからか、帰路につく頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
二人は他愛も無い会話を繰り返し、歩いていく。(と言ってもあやせは聞くだけだが)
そんな中でふと、あやせの目に廃墟が映った。
「………」
あやせは立ち止まる。
もしかしてまだ芝浦はココに来ているのだろうか?
しかし互いに拒絶しあった身だ。今更どんな顔をして会いに行けばいいのか分からない。
そもそも屋上に誰もいなかったなら虚しいだけじゃないか。それに仮にいたとしても芝浦はきっとまたからかってくる。
あやせはもうなるべく辛い思いはしたくなかった。
それがどんなに些細なものだとしても。
「ねえ双樹さん、私考えたのよ」
「あ……、え?」
いけない、考え事をしていた為に話を聞いていなかった。
少女はあやせを見て笑った。謝罪の言葉でもくれるのだろうか? もういいのに、もう関わらないでくれればそれでいいのに。
「貴女をどうしたら壊せるのかなって」
「へ?」
おかしな言葉だった。あやせはポカンと口を開いたまま固まる。
その時だった。あやせの前にゾロゾロと男達がやってきたのは。
本当にどこに隠れていたのだろうか? 髪は各々派手に染め上げ、派手なピアスを鼻にしていたり。あやせの苦手なタイプだった。
タバコやガムを噛みながら男達はニヤニヤとあやせに近づいて行く。
「おう、話してたのってコイツ?」
「うん! そう!」
アクセサリーの娘は、明るく男達に話しかけていた。
戸惑うあやせ。人は見かけで判断してはならないと言うが、どうにも萎縮してしまう人たちである。
「あ、あの、えっと、これ、なに?」
「双樹さん、この人がアタシの彼氏」
少女は鼻にピアスをしている男の手を組む。
「そ、そうなんだ。ど――ッ、どうも、はじめまして……」
「双樹さん。アタシ、貴女には謝らないといけない事があるの」
「?」
「あなたのお祖母ちゃんのこと」
少女は体験談を語るだけでいい。
ある日彼氏のバイクで一緒に夜道を走っていたとき、信号が赤になった。
そこは人通りもなく、誰もいないのに止まるのはバカらしいと、彼らはバイクのスピードを緩める事はなく直進を行った。
要するに信号無視だ。
するとどうだ。夜道でよく見えなかったが、通行人がいたのだ。
通行人は足を止め、幸いにもバイクに当たる事は無かったが――
「ソイツ、こけちゃってさぁ」
「あん時は超ヤベーって思ったよなぁ! その内に動かなくなってよぉ!」
彼らは何を言っているんだろう?
あやせは震える足で言葉を聞いていた。
現実にいるのに、現実にいないみたいだった。
「私達、逃げちゃったんだ。ごめんね双樹さん」
「え? あ、ぅぁ……ッ、ッ?」
「びっくりしちゃった。事件になるかと思ったら何にも騒がれないんだもん」
人とは思えない笑顔がそこにあった。
「あの時ちゃんと救急車を呼んでれば、あなたのお祖母ちゃんも助かったかもしれいのにね」
「ッッ!!」
怒りはない。あるのは圧倒的な恐怖だけだった。
つまりなんだ、祖母が死んだのはいじめの延長線だったと言うわけだ。
そんなもの理解できるわけが無い。常人には欠片も理解できるものじゃない。
ありえない、おかしい。異常だ。あやせは怖くなった。この時代にこんな悪意が存在するなど信じられる訳がなかった。
気に入らないから、家族を殺した。
そんなバカな。そんな漫画や映画みたいな事が起こるなんて信じられなかった。
しかし現に今、あやせは囲まれている。すぐに逃げようとするが、男達に取り押さえられる。
アクセサリーの少女を含めて6人があやせの周りにいた。男性の腕力には勝てず、あやせ強引に廃墟に連れて行かれる。
「むーッ! ム゛ぅウッッ!!」
口を塞がれている為に声が出ない。
男達はあやせの反応が楽しいのか、下卑た笑みを浮かべてはしゃいでいる。
「あやせちゃんって軽いねぇ」
「顔も可愛いし、胸もあるし!」
(――ッ、触らないで!)
そう叫びたかったが、口が塞がれていて声がでない。
そんな自分をニヤニヤと見ているアクセサリーの娘。
あやせの中にどす黒い感情が生まれた。今すぐにでもアクセサリーの少女を殺したかった。
そうだ、祖母は殺されたんだ。きっと狙ったに違いない。本当は分かっていたんだ。祖母があそこを通っていたことに。
そうだ、そうに違いない。殺したんだ、理不尽に。そしてそれを全く悪びれる素振りも見せない!
「あんた等分かってる? ちゃんと顔面変わるまで殴っといてよ」
「ヒッ!」
しかし憎悪の感情も迫る恐怖には勝てない。
殴られる? しかも顔の形が変わるまで? 背筋が凍る思いだった。
「分かってるよ。ごめんねぇ双樹さん。俺達、彼女の彼氏に借りがあってさ」
彼氏と言われた男はフンと鼻を鳴らす。
「おい糞女、俺の彼女を苦しめたってんだから容赦なくボコボコにしてやるからな」
「コイツ、少しだけボクシングやってたんだ。すげぇ痛てぇよぉ!」
不安を煽るような言葉を投げ掛けていく男達。
あやせは恐怖でブルブルと震えるしかできなかった。
結局、自分はとことん弱者なのか? 悔しい、誰か助けて、それを頭の中でループさせる。
心臓の鼓動は恐怖と不安で爆発しそうになるほど激しい。
「手の指折るのだけは私にやらせてよ。私コイツに殴られたんだから」
「そう言う訳だから、ごめんね双樹ちゃん」
「―――ッッ」
嫌だ、嫌だ! 嫌だ!! 助けて、誰か助けて!!
あやせは必死に懇願しながら助けを求める。しかし声にならない声を、誰かが聞いてくれる筈も無い。
気づけばあやせはそのまま廃墟の三階へと連れて行かれた。
もともと誰もこない事で有名な場所だ。助けが来るとは思えない。
まして周りにも何も無い。叫んだとして聞こえるかは微妙だった。
「お、お願い! 止めてよ!! もう謝るから!!」
あやせは叫ぶ様に助けを求める。
どうして何も悪くない自分が許しを請うのか?
理解できないが、身を守るためなのだから仕方ない。
「やだ。私、鬼じゃないわ双樹さん」
「え……っ!」
「殴られる前に、いい想いをさせてあげる」
「何言って……」
「まあ気持ちいいのはこいつ等だけかもしれないけど」
アクセサリーの少女がそう言うと、男達があやせの手と足を掴みとって引き倒す。
「な、何!?」
あやせは叫ぶが、男達はニヤニヤと笑うだけ力を弱めようとはしない。
「ねえ双樹さん、貴女まだ男を知らないんでしょ?」
「な、何言って……!」
「私、貴女の友達だから。今日は女にしてあげようと思って。顔が変形した後じゃ皆萎えちゃうでしょ?」
アクセサリーの少女は何の変哲も無いトーンで、そう言ってみせる。
思考停止するあやせを他所に、少女は男達へ命令を下していく。
「ヤるだけじゃなくて、ちゃんとビデオ撮っておいてよ? 後で脅しに使うんだから」
「分かってるよ。へへ、中学生とヤれるなんて思ってなかったぜ」
「ってかガチで大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫よ。この娘、多分傷ができても階段から落ちたとしか言わないだろうし」
少女は、あやせの前に立って笑う。
「顔が変形しても、誰が犯人かなんて言わない。ねえそうでしょ? だって私達友達だもんね、周りにバラしたりしないよね。でも一応不安だからビデオを残してそれを保険にしようと思うの。ババアの事も話されたら厄介だしね」
感情の無い言葉の羅列だった。早口だからか、感情が視えない。
アクセサリーの少女の目は濁っている。あやせを見ているようで、何も見ていないのかもしれない。
とにかく、少女はあやせに苦しんで欲しかった。
「嫌ッ! お願いだから止めて! 何でもするからお願い!!」
あやせも自分が何をされるのか分かっていた。
しかしそれだけは嫌だった。想像しただけで全身に嫌悪感が走り、吐きそうになる。
そう言った行為は本当に好きな人と段階を踏んで、ちゃんと愛した人と――。
「じゃあお婆さんの事黙っててくれる?」
「だ、黙ります! 誰にも言いませんから!!」
そんな事を言う自分を今すぐに殺してあげたかった。
だけど、やっぱり身を守るのが先だから仕方ないのだ。あやせは心の中で祖母に謝罪する。目の前に仇がいるのに、その相手に懇願するなんて。
「ありがとう。だったら、一回で終わりにしてあげる」
「い、嫌ァ! 嫌ァアアアアアアアアアアアアア!!」
あやせは暴れるが、男達は弱弱しい抵抗をあざ笑うだけ。
むしろ興奮材料の一つとしてしか見ていなかった。
「ねえ双樹さん、妊娠したら教えてね」
ゾッとする事を少女は次々に口にする。
あやせはもう身体の感覚が無かった。
恐怖が心をズタズタに引き裂いて滅茶苦茶にしていく。
双樹あやせは確かにこの瞬間、絶望のどん底に叩き落されたのだ。
「テメェの子供なんざ奇形かブッサイクなのがお似合いだろうけどさぁ!」
人はココまで醜くなれるのか。
「でも安心して。生ませねぇよ? 腹蹴りまくってグチャグチャにしてやるからなぁオイ!!」
人はココまで汚いのか。
「嫌ァあぁぁああぁああああああぁああッッ!!」
双樹あやせは、狂う。
「助けて!! 嫌ァアアアアアアア! 許してぇええぇええッッ!!」
「うるせぇなッ! ぶん殴られてぇのかッッ!!」
嫌だ
嫌だ嫌だ
嫌だ嫌だ嫌だ
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
「嫌ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
『やれやれ、こうして見ると本当に人間と言う物が低俗な種族だと言う事を再確認させられるよ』
え?
『言葉を中途半端に知っている分、まだ猿やカラスの方が利口に見える』
何か異変が起こったと感じたのはその時だった。
『同時に、こんな害虫を繁栄させた事を申し訳ないと言う思いが浮かぶね。ただボクには感情が無い、この罪悪感はあくまでも擬似的な物である事を先に謝罪するべきだろうか?』
声が聞こえる。
ああ、幻聴ね。狂ってしまったんだ。
あやせは幻聴に耳を傾けるほど余裕は無い。
『しかし彼らは本当に進歩と言う言葉を忘れてしまったんじゃないかと時折不安になってしまう』
これは幻聴。
『だから安心してくれ。ボクですら、君を可哀想な物として見る事ができるよ双樹あやせ』
これは幻。
『まして、彼らは君たちの様な資源の価値を分かってないんだ』
貴重な資源を腐らせるのは同じ人でも害虫にしか映らない。
可愛らしい声でそんな言葉が聞こえた。気のせいだろうか? 世界がスローモーションになっている気がする。
『双樹あやせ、よく聞いて欲しい』
君が愛する者の為に守り続けていた唇や純潔。
つまり肉体は今、低俗な連中によって強引に奪われようとしている。
ボクにはいまひとつ理解できない所だけれど、キミ達のような年頃の少女はやけにそう言った物を大切に守るんだろ?
『だがキミの腕力じゃ彼らには勝てない。結果は見えているね』
それは困る。
契約してくれた後ならまだしも、先に絶望されるとボクとしても嬉しくはないんだ。
しかしこのままじゃどうする事もできないのが現実。ううん、だけど方法はあるよ。君がこのまま陵辱されない為には――
『魔法少女になれば良い。そうすれば性欲に捉われた屑共を血祭りに上げられる筈だ』
これは助けを求める自身が生み出した幻影。そんな現実離れした声が聞こえる訳が無い。
そんな都合のいい事がある訳が無い。これは幻聴、これは幻。
双樹あやせが恐怖故に生み出した声。
全て――、偽り。
『だから、ボクと契約して――』
「嫌アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
もう恐怖で何も考えられない。
だから彼女に残された行動はただ一つ、叫ぶしかない。
『……ボクの声は届かないか』
だったら残念だけど、一度身を汚してから話しかけるしか無いよね。
赤い目はヤレヤレと首を振って一歩身を引いた。直後元に戻る時間の流れ、男達はあやせのブレザーに手を掛けていた所だった。
「助けてぇッッ! 助けてェエエエエエエッッ!!」
声は出ていた。自然に、無意識に助けを求めていた。
誰に? 母親? 父親? いや違う。では祖母か?
いや祖母は死んだ。だから、あやせが心に思い浮かべたのはただ一人だけだった。
「うるせぇなぁ、仕方ないけど歯の一本でも折れば黙るだろ」
男が拳を振り上げる。
あやせは『彼』に助けを求め続けた、心に最初に浮かんだ彼へ。
「助けてぇえ! 淳くんッッ!!」
「はびゅ!!」
間抜けな声が聞こえた。
男達はそのまま放物線を描いて飛んでいく仲間の一人を見る。
吹き飛んだのは先ほどあやせを殴ろうとした人物だ。そんな彼が血まみれて飛んで行くのを、誰しもが口を開けてみている。
飛んでいった男はそのまま天井に当たって地面に落ちる。
血塗れに加えて腕や足は変な咆哮に曲がっており、体はピクピクと虚しい痙攣を起こしていた。
「え?」
何だ? 何が起こった?
誰しもが周りを見回す中で、答えとも言える咆哮が聞こえる。
「グオオオオオオオオオオオオ!!」
「あ、あああああああ!?」
闇から現れたのはサイの化け物だ。
勢いをつけた突進で、あやせの足を持っていた男を吹き飛ばす。
巨大な角が男の肩を貫き、血を撒き散らせて壁に叩きつけた。
落ちた場所がたまたま木材を積んでいた場所であり、それを崩しながら倒れる男。
顔中に木材の破片が突き刺さっており、悲惨な状況だった。
「うぎゃァアァアアッッ! イテェ! いてぇよぉおおお!!」
血が見えた。骨が皮膚を突き破っている。
全身が複雑骨折と言える状況に、二人の男は悲鳴を上げる。
そこで一同は何が起こったのかを確認した。
「な、なんだよコレ!!」
「ビビるな! ど、どうせ着ぐるみよ!!」
そうだ、現実にこんな化け物は存在しない。
ボクシングをやっていると言う彼氏の男が、ストレートをサイの化け物に叩き込んだ。
するとどうだろう? 男の拳は簡単に砕けて終わりだ。
「あえあああああああああああああああ!!」
この痛みは偽りなどではない、そんな事くらい分かるだろ。
「グオオオオオオオオオオ!!」
「ゴ……ッ! ぷぉ!!」
お返しだと言わんばかりにサイの化け物、『メタルゲラス』の腕が男の胴を打ち砕く。
呼吸が止まった男を容赦なくタックルで吹き飛ばすメタルゲラス。
彼氏の男も、他の連中同じく血を撒き散らせて動かなくなった。
「う、うわあああああああ!!」「ヒィイイイイイ!!」
あやせの腕を掴んでいた二人は確信する。目の前にいるのは本物の化け物だと。
だからこそ彼らは這う様に逃げ出すしかなかった。
アクセサリーの少女は怯えて動けない。
「ちょ、ふざけんなよ!!」
少女にわき目もくれず逃げる二人。
しかし彼等が逃げた先には、また別のシルエット。
「おいおい、帰るなんて下らない事言うなよ」
悲鳴が聞こえた。
鉄の様な拳が逃げた男の一人、その顔面を粉砕する。
そしてもう一つの手が、別の男の顔面を鷲づかみにした。
「た、たしゅけて……!!」
懇願する男の声が聞こえる。
影から現れた甲冑は楽しそうに笑って答えをぶつける。
「助けて? いやいや、何言っちゃってんの。やーだよ」
「ぎゃああああああああああああああ!!」
ゴキッ! ボキッ!! そんな骨を砕く音が聞こえて、男の顔面が壊れていく。
そこへ駆けつけるメタルゲラス。彼は主人が手を下した二人の男をしばらく拳や蹴りで痛めつけると、最後には乱暴に他の男達の場所へ投げ飛ばした。
「グオオオオオオオオオオオオオオ!!」
そして突進していくメタルゲラス、五人の男は叫びながら助けを求めている。
足の骨は粉々、歩く事も立つことも出来ない。
ただただ襲い掛かるメタルゲラスの暴力を受け続けるしかなかった。
「簡単に殺すなよー」
すぐには終わらせない。
主人の男はメタルゲラスに命令を下す。
「即死させちゃ、もったいないだろ。苦しめて苦しめて絶望させる事ができないじゃん」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
メタルゲラスは了解の咆哮をあげた。
命乞いを始めていた男達を玩具のように投げ飛ばしたり、殴り飛ばしたり。
そんな光景をニヤニヤと見ていただろう甲冑の男。
少女は狂った様に叫び声をあげていたが、脇に倒れていたあやせには彼の声に聞き覚えがあった。
「く、来るなよ! 警察! 警察呼ぶぞ!!」
「じゃあ殺すぞ」
「ヒッ!!」
騎士は少女の髪を乱暴に掴みとると、容赦なく引きまわす。
ブチブチと嫌な音を立てて引きちぎられる髪。少女は絶叫をあげて痛みに悶えていた。
騎士はそうやって怯んだ少女を押し倒すと、容赦なくその足を踏みつける。
重量ある足の一撃は、少女のか弱い脚を容赦なく破壊するに十分だった。
「ぎゃああああああああああああああああ!!」
すぐに紫色に腫れあがる足。
一目でもう使い物にならない事が分かる。
「ゆ、許して下さい!! お願いします!!」
「そう言ったあやせに、お前は許す気を見せたか? そういうモンなんだよ結局は」
「お、お前アイツの!?」
「――ハハ、うるせぇよ」
騎士は残っている方の脚を破壊する。骨が砕ける音が聞こえた。
「ャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! ひぃぃぃいいッッ!! 足が!! 足がァァアアアァアアァア!!」
「ゥハハハッ! きったねー!」
痛みと恐怖で失禁する少女を、騎士は楽しそうに笑ってみている。
まるでコレが現実ではない。そう、テレビの中のショーを見ている様な感覚かもしれない。
「何かさぁ、勘違いしてるみたいだから教えてやるよ」
「ひぃいぃいいぃぃい!! 痛いぃぃぃいぃ!! イギイイィイイ!!」
騎士・ガイは、号泣している少女を見下しながら冷たい声で言い放つ。
何よりも冷たい、ゾッとする様な声で。
「コイツをいじめていいのは、おれだけだ」
「……!」
あやせの表情が変わる。同じく恐怖でひきつる少女。
「パンチングマシーンな、お前」
「え……!?」
「言ったとおりの意味だよ」
ガイはそのまま拳を容赦なく少女の頬に打ち付ける。
もちろん、殺さないように威力を抑えて。
そしてありったけの怒りをその拳に乗せて。
『おーおー、派手にやったねぇコリャ』
ピョコンとファンシーな足音を立てる黒い妖精。
『男共は全身複雑骨折って感じか? つうかどう考えても二度と歩く事はできないね』
ジュゥべえは、ニヤニヤと笑いながら男達を通りぬけていた。
まあでもいいんじゃないかと彼は思う、コレでもう二度と女を襲おうとは思えないだろう。
機能的な意味でもきっと。
『アホばっかだぜ。なあ?』
ジュゥべえは笑い、ガイを見る。
『どうよ、女をボコボコにした気分は』
女ってヤツを殴るのは、道徳だの倫理だのと避ける傾向にあるが、まあ酷いもんだとジュゥべえは思う。
アクセサリーの少女は髪を全て引きちぎられ、顔はブクブクに膨れ上がって変形している。
10中10人がコレを女とは、まして人間とは思わないかもしれない。
目も酷く晴れ上がっており、美しさなど微塵も感じない容姿に変わっていた。
「ああ、女を殴るのは酷いよな」
『は? いやお前何言って――』
「だって、おれが殴ったのは女じゃなくてゴ・ミ」
『……ああ、成る程ね』
ガイは少女を適当に投げ飛ばすと、踵を返して倒れているあやせに向かう。
涙を浮かべてガイの手を握り締めるあやせ。
本当に安心した様な表情だった。頬を蒸気させ、優しげで儚い笑顔を見せる。
「来て……、くれたんだ」
「あー、まあその――」
「いいよ。来てくれただけで。本当に嬉しいよ、淳くん」
ガイが変身を解除すると、姿を見せたのは芝浦だった。
彼はあやせの手をしっかりと握って引き起こす。
笑顔で見つめてくるあやせに、芝浦はばつが悪そうに表情を歪めた。
「何もされてないな」
「うん、淳くんが来てくれたから」
「つまんねー」
「あ! 酷い!!」
あやせは芝浦にデコピンを行う。
芝浦は呆気に取られた表情であやせを見たが、また複雑そうな顔をする。
「その、悪かったよ。遅くなって」
「あ……、うん」
珍しく真面目で素直な態度に、あやせは少し優越感を覚えた。
芝浦に勝った気分だ。気分も高まり、少しからかいたくなってしまう。
「わたしに会いたくなって来たの?」
もしかしたら芝浦はあやせに会える可能性を信じて、毎日ココに来ていたのだろうか? それを想像すると可愛くてたまらなくなる。
しかし当の芝浦は、ゾッとしたように一歩後ろに下がった。
「きもいな、やめてくれ。おれはジュゥべえに言われて来たんだよ」
「……何だ、ガッカリ」
しかしふと疑問が浮かぶ。
「ジュゥべえ?」
あやせが目を丸くすると、芝浦の肩に飛び乗る黒い猫の様な生き物が見えた。
そう言えば先ほど会話をしていたか。
『よぉ双樹あやせ。初めましてだな、オイラはジュゥべえ』
「は、はじめまして」
『感謝してもらいたいモンだね。コイツにお前の居場所と状況を教えたのはオイラなんだから』
芝浦はいつもの様にゲームセンターで遊んでいたところをジュゥべえに声をかけられた。
双樹あやせが危険だ、今すぐ行かないと大変な事になる。
おいゲームを止めろ。無視すんな! おい! 見捨てるのか! 鬼畜! アホ! 人でなし!
『――ッてな。最初はコイツも渋ってたが、結局オイラと契約してスッ飛んできた訳よ』
「うざいなぁ、お前少し黙ってろ」
『おいなんだよ、素直じゃねーなお坊ちゃんも』
芝浦は舌打ちをするとジュゥべえを無視することに。
「とにかく場所を変えようか」
「うん」
「あ、あー、そうだ。あやせはいいの?」
「えっ? な、なに?」
「あれだよ、アレ」
芝浦が倒れているアクセサリーの少女を見る。
どういう意味なのか、あやせには驚くほどスムーズに理解できた。
少し沈黙した後に、ゆっくりと足を少女の方へと進めて行く。
「ねえ、どんな気分?」
「ヒッ!!」
あやせは優しい娘だ。
「今、どんな気分なの?」
「お、おねはい……ひまひゅ、たふけて……」
歯を折られているせいか、何とも貧相な喋り方だ。
ろくに見えてもいないだろう視界の中であやせの足を掴み、縋る様に命乞いを始めた。
それを見た瞬間あやせの中にどす黒い感情が爆発する。
双樹あやせは優しい人間だった、しかし限度と言う物があるだろう?
「ふざけないで!!」
「あぎゃアア!!」
あやせは初めて人を蹴る。
何度も、何度も何度も何度も!!
「死ね! 死ね!! 死んじゃえッッ!!」
好きくないの、貴女なんて大嫌い。
今までよくも色々やってくれたね、あやせは始めての暴力にえも言われぬ高揚感と興奮、喜びを覚えていた。
今まで散々自分に惨めな思いをさせた相手を蹂躙できる。
それがあやせにとってどれだけの幸福だったろうか?
アクセサリーの少女に痛みを与える度、弱い自分を殺せた様な気がして、あやせは何度も何度も少女の蹴り飛ばした。
最後には落ちていた釘で傷を抉る。
「あぁぁぁああぁあああぁぁぁあああぁああぁ」
痛みと恐怖で惨めに泣き叫ぶ少女。
逃げたくても足の骨を折られている為にソレは叶わない。
あやせはソレを見てさらなる興奮を覚える。
もっと泣かせたい、もっと苛めたい、もっと傷つけて苦しめたい。
今まで自分が味わった屈辱を彼女に全てぶつけたい!
「くはっ!」
芝浦もまた、あやせの様子を見て楽しそうな笑みを浮かべている。
芝浦はあやせにプレゼントを残したと告げた。顔が変形する程に殴りつけた少女であるが、両指はまだ綺麗なままであると言う事。
「ああ、淳くん……!」
あやせはそれを確認すると頬を蒸気させて芝浦を見る。
彼は自分の事を本当によく分かってくれている。非力な自分ができる事を理解してくれている。それを考えると再び芝浦への想いが爆発しそうになった。
「貴方って本当に最高……♪」
「おれも、お前は他の奴とは違う気がするよ」
あやせは優しい笑みを浮かべて少女のか細い指を握り締める。
まずは中指からだ。
「な、何を――」
「ねえ淳くぅん、どっちに曲げればいいのかなぁ?」
芝浦はニヤニヤしながら、方向を教えてあげる。
それを聞くと笑顔でお礼を言うあやせ。
少女の必死の言葉も完全に無視である。そしてあやせは、力を込めて。
「えいっ☆」
「ぎぃいいいいいいいいいひぃいいいいいいい!!」
ボキリと音がして少女の指が変形する。
痛みに絶叫をあげる少女、あやせはソレを見ると楽しそうに笑った。
「わぁ! やった! 折れたよ淳くん!」
「おお、一発じゃん。お前才能あるかもよ」
「本当!? えへへ、嬉しいな♪」
狂った会話だった。
いや、本当に狂っていたのか? ココに至るまでに明確な絶望があった。
それは、あやせを優しい少女から脱却させるには十分すぎる経験と時間だったのではないだろうか。
「それ♪」
「アアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
飽きる事無く絶叫してくれる。
あやせは嬉しくて嬉しくて堪らなかった。
涙をボロボロ零して許しを請う少女が可愛くて、だからもっと泣かせてあげたい。もっと苦しめて苦しめて絶望させて――ッッ!
壊してあげたい。
「あはっ! んふっ♪ くぅん……ッッ!」
体が火照る。あやせの中に恐怖など、もう微塵も残っていなかった。
恍惚の表情を浮かべて頬を上気させる姿は何とも艶やかで美しい。
思わず芝浦もあやせから視線を外せなくなる程に。
「もっと苦しんで、もっと鳴いて……!!」
「ああぁぁぁぁあ」
アクセサリーの少女には、あやせが確かにこう見えたはずだ。
「ま……、魔女――ッッ」
「うふふ♪ 魔女かぁ、それもいいかも☆」
あやせは少女の指を全てへし折り、粉砕するまで場を離れなかった。
そして全てが終わった後、芝浦は痛みに呻いている一同へ強く宣言する。
誰も聞いていないかもしれない。珍しく大きな声で叫ぶ。
「救急車は呼んでおいてやったよ! だから何とか助かるかもねぇ!!」
事実、彼らはあれだけ痛めつけて置かれてもまだ息はある。
「あのさぁ、コレは命令なんだけど――」
もしも自分達の事を話したり、何かしらの手を使ってあやせに復讐し直そうとした時は――
「次は、永遠の地獄を与えた後にぶっ殺してやる!!」
分かってる?
芝浦は倒れた男達を全力で蹴り飛ばしながら笑っていた。
あやせはウットリとした目で芝浦を見ながら微笑んでいる。こうやって二人は廃墟を後にするのだった。
芝浦に連れられてあやせは、どこぞの豪邸にやって来る。
どうやらココが芝浦が暮らしている場所らしい。
両親は忙しいため、あまり帰ってこないのだとか。
「うふふ、可愛いなぁ」
あやせはメタルゲラスを撫でて嬉しそうに笑っている。
メタルゲラスも悪い気はしないのか、照れた様に鳴いていた。
芝浦は適当に冷蔵庫からジュースを取り出してあやせへ差し出す。
「飲む?」
「うん、ありがと♪」
そこでふと浮かぶ疑問。
「ねえ淳くん」
「なんだよ」
「どうして来てくれたの?」
沈黙する芝浦。
この質問が来る事は分かっていた。数回頷くと、飲んでもいないのに口をつけていたジュースをテーブルに置く。
一度は拒絶し合い、距離を置いた関係だ。
それなのにどうして芝浦はまたあやせを助けに戻ってきたのか、戻ってきてくれたのか?
ソレが気になってしまう。
まあ、『君が好きだから助けにきた!』なんて言う筈も無いのは知っていたが、ちょっとは期待してみる。
「……あの日」
芝浦は、意外にも真面目に答えた。
「あの日、初めて出会った時……、あやせは死のうとしてたじゃん」
「う、うん」
もう今となっては思い出したくない過去ではない。あやせはどんな人間にも負けない。
芝浦がいてくれれば何でもいい。無敵だった。だからあやせにとっていじめられていた過去は些細な物でしかない。
とはいえ、あの時はもう限界で死にたくなった。それは事実だ。
「本当は、おれも死のうと思ってた」
「え!?」
かなり意外だった。
芝浦もまた自分と同じような苦しみを背負っていたのだろうか?
「なんていうか……、理由は無いから今までは言えなかった」
「そう、なんだ」
芝浦の言っている事は本当だった。芝浦淳はあの日、死ぬつもりで屋上にやって来た。
何故? そう聞かれると難しい。彼は本当に理由無く死ぬつもりだったのだ。
もしかしたら共感できる人間がどこにはいるかもしれない。
死にたいが、理由は無い。
いや、むしろ誰しもが心当たりのある事ではないだろうか?
人は一度くらい理由も無しに、ただ何となく死にたいと思う。
死んでみたいと願う。芝浦はその興味に取り付かれて死を決意したのだ。
不自由が無かった訳じゃない。
友人は上辺だけの連中ばかりだったし、父や母は自分に関心を持っている様で持っていない。
だがソレ等の悩みは別にたいした事はなかった。死にたいとまで芝浦を追い詰める苦しみにはならなかった。
芝浦が死を決意した理由は、本当に何となくなのだ。
しかしふとカバンに入っていたゲームが気になり、それをプレイし終えたら飛び降りると決めていた。
そこへあやせがやって来たと言う訳だ。
しかし、強いて言うのなら、コレはあくまでも仮説の話しだが――
芝浦は、きっと誰よりも成長と日常を恐れていたのでは無いだろうか?
別に働くのが嫌だとか、社会の歯車になるのが耐えられない訳ではない。
しかし自分がそういった役割となる事、世間をつまらないと見る事、それらは苦痛で仕方ない。
芝浦は世界をプログラムとして見る一面があった。
世界は結局のところ理解できる範囲内で動いている。
それは芝浦にとって生きる興味を削ぐ物だったのかもしれない。
意味が分かるだろうか?
つまり要するに、芝浦は他の誰よりも退屈を恐れていた。
毎日に絶望する事を避けたいと思っていた。だからゲームをしていた?
しなければならかった。より多くの仮想世界、電子現実を作る事で世界を増やしていたのだ。
どんなゲームもプレイし続ければ飽きてしまう。
そして彼にとって現実もゲームと同じ。だから彼は飽きが来るのを恐れていた。
飽きれば、違うゲームを手にするしかない。
だったら現実と言うゲームに飽きたら、死ぬしか無いじゃないか。
どんなに足掻いても、現実は現実だ。ゲームなんかじゃないと言う事を理解していたのだから。
しかし彼はあやせに出会う事で、飽きるのを延長できたと言う事か。
「今からキモイ事言うけど引くなよ」
「え?」
「おれ、お前見てたら死にたく無くなったんだ」
あやせの鼓動が大きく変わる。
「お前と遊んでたほうが、多分死ぬより楽しいんじゃないかなぁって」
「淳くん……。わ、わたしも! わたしも貴方と居る時が一番楽しかった!」
それを聞いて芝浦は頷く。
別に頬を赤らめたりはしなかったのが、あやせとしては少し残念だったけど。
「何かつまんなかったんだよね、お前と離れた後」
「!」
「ゲームしてても張り合い無い奴等ばっかりって言うか……」
だからジュゥべえにあやせが危険と知らされた時は、少し悩んだが助ける事にした。
面白い力をくれるっていうし、ゲームの相手も確保できるんだから芝浦にとって断る理由などは無い。
最初にジュゥべえを見た時は、夢でも見ているのかとは思ったが。この世もまだ捨てた物じゃないと思える要因でもある。
面白い。世界がおれに力を授けるのなら、甘えようではないか。
有り難くガイの力を受け取ろう。そこに迷いも後悔も、不安も欠片とて無かった。
「あやせ、もう離れんなよ」
「!!」
瞬間、あやせは芝浦を抱きしめる形で押し倒していた。
「うん! わたし、淳君に一生ついていくね♪」
「うざいな! ゲームの相手になれって意味だよ、それ以外は勘違いすんなよ!」
「うん! うん!!」
強く抱きしめ頬ずりしてくるあやせを、芝浦は冷めた目で見つめる。
ならばもしも彼女がゲームを止めたり、ゲームをしなくなったら関係は終わってしまうのだろうか?
いやいや、どうやら神は彼らを祝福するつもりらしい。
『双樹あやせ、キミが無事でよかったよ』
「あ!」
そう言えばジュゥべえとは結局なんだったのか? ガイとは一体何なのか?
そう思えば、目の前に白い妖精が現れる。
「お前は……、ジュゥべえ?」
『いや、ボクはキュゥべえ。よろしく!』
そこで二人は騎士と魔法少女の事を知る事になる。
あやせは幻聴と思っていたが、それは幻聴などではない。明確な現実だった。
あやせはキュゥべえから契約を持ちかけられた。魔法少女にならないかと。
「お願いが叶うんだ」
『そうだよ。なんでもいいよ』
「騎士も叶うの?」
『そうだね。魔法少女とは違って、騎士は全てが終わった後だけど』
「淳くんには叶えたいお願いがあるの?」
「あるに決まってんだろ。ってかいい加減離れろよ」
「やだよぉ。でも、どんな?」
芝浦はくっついたままのあやせをゴミを見る様な目で見ていたが、とうとう諦めたのかそのまま自分の願いを言い放つ。
「神になる事、おれが創造主となって世界を――、いやゲームを作る」
『へぇ、随分とまた大きな夢だ』
悪気はないだろうが、からかうように言うキュゥべえ。
無表情だから不気味な雰囲気がある。しかし芝浦はそれに全く怯む素振りを見せない、彼はむしろ挑発的に笑って話を続ける。
「お前だって見たろ? この世はバグが多すぎる」
今の
気のせいだろうか? 芝浦が少し体を動かした気がする。あやせをキュゥべえから遠ざけた。
まるでソレは外敵からあやせを守る様な動作。だがすぐに手を離してふんぞり返る。
『バグ? よく分からないな……、あの連中の事を指しているのかい?』
「まあそれもあるかも。でもアイツ等だけじゃない」
とにかく世には不必要で目障りな物が溢れている。
それらは世界を狂わせるノイズ。バグでしかない。
要らない物をのさばらせる事が芝浦には理解できなかった。
これが神の意思だと言うのなら、芝浦はその考えを一蹴するだろう。
「神さまはデバッグすらしなかったんだよ、きっと」
テストプレイをしないまま世界を構築していった。
結果、できあがったのはバグだらけのクソゲーだ。芝浦は笑みを浮かべてスラスラと自論を展開させていく。
神を信じる発言。そして『ゲーム』を前面に出した考え方は、芝浦の幼さをを象徴する。
キュゥべえとしてはあまり象徴的な説明は困る。
芝浦の言っている事が分からない訳ではないのだが。
『つまり君は、この世界を壊したいと?』
「別にそういう訳じゃないよ。ただ、おれが神になった方が楽しそうかなって」
少なくとも今のバグだらけの世界に、吐き気を催す事は無くなる。
「おれも、コイツも」
「!!」
あやせは顔を真っ赤にさせて芝浦を見る。
つまり、芝浦は二度とあやせが苦しい目に合わないようにしてくれる?
そういう事なのだろうか? あやせはすぐに真意を問いたかったが、芝浦とキュゥべえの会話は続いていた。
『なるほどね。人間は色々な思考を持っているとは思っていたけど、キミの考え方は中々興味深い』
「下等生物っぽいナリにしちゃあ、わかってんじゃん」
キュゥべえとしても先ほどの通り、
資源を腐らせる存在はインキュベーターにとって有害でしかない。
まあ、今のインキュベーターには『キトリー』と言う武器がある為、排除する事も容易いだろうが、あまり干渉しないのがキュゥべえのやり方だ。
契約に関わる事以外ならばどうでもいいと言えばそれまでである。
『でもやっぱり今回の様なケースが多発しても困るからね。魔法少女は純潔で低年齢の方が強力になるケースが多い』
データが物語っている。言い方を変えればリアルになられちゃ困る。
より一層夢を見る乙女でなければ感情の起伏は生まれない。
要するに脳みそがお花畑でなければ困るのだ。
何度も言うが、断定できる話ではないが。
「まあおれが神になったら契約しやすい環境にはしてやるよ。バグは消滅するからな」
汚い人間はいらない。芝浦はそう言って笑う。
やはり少しはあやせを意識しているのだろうか? 芝浦は何も語らないため、真意を知る事などできはしないのだが。
『………』
感情が無い為、キュゥべえは論理的な考えが優先する傾向がある。
そう言ったキュゥべえにとって芝浦の『神になりたいと』言う願いは全く見当もつかない物だった。
そもそも神とは何なのか、果たしてそんな物があるのか?
それはインキュベーターの力があれば叶うのだろうか?
キュゥべえすら分からない展開は、興味をそそらせてくれる。
『まあいいや、とにかくボクは双樹あやせ。キミに魔法少女になってもらいたいんだけど』
「………」
『魔法少女になれば願いが叶うだけじゃなく、超人的な力を手に入れる事ができるよ』
「でも怪しいな。デメリットは?」
『そうだね、例えば魔女になることかな?』
聞かれたから、キュゥべえはあっさりとその事を教えた。
もちろん、これは考えがあっての事だ。
そしてパートナーシステムの事も。
『双樹あやせ、キミ魔法少女になった場合、芝浦淳とペアになる』
「じゃあ、なる♪」
「ふーん……、いいの?」
一応、芝浦にも思う所があったのか。念を押す様に言った。
しかしあやせは何の恐れも抱かずに頷く。魔女になる可能性はあるが、魔女になる気なんて一ミリも無い。
「だって、淳くんがいるもん」
パートナーを結べば使い魔や魔女を倒すだけでジェムは浄化される。
ましてやパートナーならずっと一緒にいられる。あやせにはそれが最高のオプションだった。
芝浦も別に悪い気はしないらしい。だから迷う意味もない。
『じゃあ願いは何にするんだい?』
「うーん、淳君と一緒にいられれば別に……」
とも思ったがココで浮かぶ願い。
そう言えば昔……、と言っても最近だが願望があったっけ?
味方してくれるカッコいい『姉妹』がほしい。かっこいい自分になりたい。
「決めた☆ わたしの願いは――!」
「初めまして。淳、あやせ。私は双樹ルカ」
ルカは古風な少女だった。サムライガールと言えばいいだろうか?
服の好みもあやせとは違い、あやせは洋食が好きだったが、ルカは和食が好きだった。
願い出生まれた姉妹、双樹ルカ。記憶は既に共有しており、あやせはあえて『二重人格』と言う手段をとった。
その方がより近くに居られる、そして体が一つの方が都合が良いときもある。
『ルカも淳が好きなんだよ!』
パートナーである芝浦には控えの人格の声が聞こえる。
その言葉通り、ルカは芝浦に跪くと絶対の忠誠を誓った。
「我は淳を守る盾となり、同時に貴方の邪魔をする敵を排除する剣となる!」
「お、おう……」
怯む芝浦、彼からしてみれば面倒なのが一人増えた事になる。
「そして私の身も貴方に捧げるつもりです!」
『あ! 駄目だよルカ! 抜け駆けなんてしちゃ!』
二人は一人であり、同時に違う人間でもある。しかし同じ人間でもある。
何ともおかしな物だが、ルカも芝浦に好意をもっていたようだ。
あやせも同一人物だからなのか、嫉妬の類を一切抱かない。
むしろ肯定的に受け取っていた。
「ねえ淳くん。大きくなったらルカとわたしをお嫁さんにしてね」
「……まじ?」
「私達は本気ですよ淳!」
めんどくさい。芝浦は本気で頭が痛くなった。
そしてルカもまたすぐにキュゥべえに取り入って、魔法少女の契約を結ぶ。
このケースは非常に珍しい、二重人格となった各々の人格が魔法少女になるなど。
キュゥべえとしても興味深いと言う事で、申し出を断る事は無かった。
ちなみにルカの願いは、『あやせと芝浦を支える力が欲しい』との事だ。
結果として、双樹は互いを蘇生させる魔法と強力な防御魔法を手にする事になった。
さらに融合の力もだ。尤も、それは同じ力を持つかずみには通用しなかった訳だが。
「おれさ、今度見滝原って街に引っ越すんだ」
「見滝原?」
近未来都市と呼ばれている場所だ。
ここからは随分遠い。芝浦は彼女達に申し出を行う。
「お前らも一緒に来いよ」
「え……!!」
そこからは思っていたよりもスムーズに事が運んだ。
芝浦は両親が甘いのかは知らないが、簡単に住む家を用意され、あやせはいじめを素直に告白したら両親が転校をアッサリと許してくれた。
その時の話しはルカにつけてもらった。
彼女は非常に口がうまく、両親をすんなりと納得させたものだ。
住む家については学校の近くに安いアパートを設けてもらった。
なんだかんだで双樹家もそれなりの金を持っている家と言う訳だ。
関心が無いように見えて、子供が甘えれば言う事を聞いてくれる。言い方は悪いが甘いのだ。
ただし、その条件が、以前通っていた学校とレベルがそう変わらない見滝原第二中学校を受験するというものだった。
芝浦は興味がないため、まどかと同じ第一に入る事に。
あやせとしては芝浦と同じが良かったが、まあ親に無理を言った訳だから、せめて向こうの条件を呑んでやろうと言う事である。
受験には成功し、転入手続きをさっさと終えて二人は見滝原を目指す。
「これからはずっと一緒だね淳くん☆」
「………」
芝浦は嬉しそうな素振りを見せた事は無いが、同時に否定の言葉をぶつける事も無かった。
そして以前よりも突き放す態度を取る事は少なくなってきた気がする。
あやせは幸せだった。芝浦とルカが過去の出来事を全て忘れさせてくれる。
「ねえルカちゃん。わたし達は姉妹なんだから、お姉ちゃんはどっちかハッキリさせておくべきだと思うの」
『ええ、同感です』
「それでね、わたしがお姉ちゃんやりたいんだけど……、いい?」
『ええ、いいですよ』
「本当!? やったぁ!! じゃ、お姉ちゃんって呼んでね!」
『そ、それはその……、恥ずかしいので。あやせって呼びます』
「えええええええ!?」
こうしてお姉ちゃんと呼ばれる夢は潰えたが、三人の生活は本当に楽しかった。
「淳くん! お熱だしたの!?」
「ああ。だからほっといて、お前が近くにいると悪くなる」
「いけません淳! 私の氷魔法ですぐに冷やします!!」
「それより一緒に寝ようよ淳くん! わたしがいればポカポカだよ! それで……、汗をかいたら、拭いてあげる☆」
コロコロと表情を変える双樹。
どうやら出たいと思ったときに出られるらしい。
「何を言っているんですかあやせ! もしも貴女が寝ぼけて加減を間違えてみなさい、淳は黒こげですよ!!」
「ええええ! 淳君がステーキになっちゃうっ!」
「ええ、だから私がずっと淳を冷やします! 寝ません! 傍でずっと冷やすそれが妻の役目なのです!!」
「いつからお前の夫になったんだよ!」
芝浦はうんざりしたように耳を塞いで双樹から逃げる様に寝返りをうつ。
「何ならこの部屋を南極と同じ温度ににしましょうか!?」
「駄目だよルカちゃん! そしたら淳君アイスクリームになっちゃうよ!」
ギャーギャーと言い合いを始める二人。
いつの間にか話題は、どちらがどれだけ役に立てるのかと言う話しに摩り替わっていた。
二人が喧嘩する場合はだいたい芝浦がらみである。
その芝浦を放っておいて、喧嘩はヒートアップしていく。
「私は淳の手にする飲み物をいつでも、どこでもキンッキンに冷やしてあげる事が可能です!!」
「う゛ッ!」
「それだけじゃない、夏はクーラーなんて要らないし、カキ氷が食べたければいつでも作る事ができます! あと耳かきとマッサージはあやせよりも得意!」
ルカは得意気にそう語った。対して反論するあやせ。
「わたし、冷めたご飯をいつでもアツアツにできるもん!!」
「ムッ!」
「それだけじゃないよ! 冬は一瞬で部屋を暖かくできるし、外でも水さえあればカップラーメンが食べられるよ! 部屋のライトが切れても蝋燭さえあれば明かりを灯す事ができるもん!!」
「ムゥウ!」
「それに! ルカよりお胸が大きいもーん!!」
「なっ! それはあやせが変えようって言うから!!」
ソウルジェムと肉体の仕組みもキュゥべえは包み隠さず教えてくれた。
だから目の形と胸の大きさを変えようと言う提案を行ったのである。
「つ、つつましいと言って頂きたい!! それにこの方が着物が似合うのです!!」
「淳君は大きいほうが好きだよねぇー?」
「そ、そんな事は無いですよね淳! ちょっとばかりの貧乳の方がいいですよね!?」
「しらねぇよ! コッチは高熱なんだって! あ――、吐く……!」
「淳くぅううううん!!」
芝浦の熱が上がったのは言うまでも無い事だった。
まあ、いろいろあるが三人の生活は悪くない。むしろ幸せを感じる事ができた貴重な時間だ。
いつまでもこんな時間が続いて欲しい。芝浦はどう思っていたか知らないが双樹姉妹はそう思っていた。
そう、思えた。
『契約した皆は、願いを叶える為に潰しあってよ!』
だから、F・Gが始まった時も焦りは無かった。
自分達は強い、だから負ける訳は無いと確信していた。
ずっとこの日々は続いていく。他の参加者はちょっとだけ可哀想だけど。三人の生活を守るためなら殺す事も気にならない。
むしろそう言う運命なんだから楽しんだほうがいいでしょ?
ソウルジェムは綺麗だし、コレクションしてみようかな。
「勝とうね淳くん。負けるなんてもう嫌だもん♪」
もうあんな屈辱は二度とゴメンだった。
それに人を傷つける事に対しての抵抗はもう無い。
むしろあの時の高揚感をもう一度思い出せるとあって。ワクワクするくらい。
「当たり前だろ。お前等は黙っておれについて来れば良い。おれの命令を聞いてればいいんだ」
芝浦もゲームにはノリノリだった。
つまらない生活よりはコッチの方がずっといいと彼は笑う。
やはりその顔は自信に満ちていて、自分が負ける可能性なんて万に一つも無いと言いたげだった。
「安心しろ、おれのパートナーになった事は後悔させないからさぁ」
「うん☆」
「おれ、ゲームで負けた事ないし」
あやせもルカも、芝浦を見て頷く。
ただちょろっと思い浮かべてしまう願望。ココまでの生活で自分達は芝浦への愛を散々告げてきた訳だが、芝浦からはまだ一度も愛を示された事は無い。
好きだとか、キスだとか。
まして手もまともに繋いだ事は無い。
もしかして女としてはまだ見てくれてない!?
(うーん……、それはちょっとショックだなぁ)
あやせは何かを思い付いた様に頷くと、悪戯な笑みを浮かべて芝浦に話しかける。
「ねえ淳くん。わたしって可愛い?」
「はぁ?」
あやせが何を考えているのか、『
「淳、私は……、そ、その――! 綺麗ですか?」
「ルカ、お前まで……」
とは言え、芝浦もまたニヤリと笑い、ためらう事無く答えてみせる。
何ともまあ憎たらしい笑みだ、きっと彼もまたあやせがからかっている事を悟ったのだろう。
「ああ、最っ高に可愛いし綺麗だよ」
「ふふ♪ ありがとう!」
「あ、ありがとうございます! 嫌だな、私は何を聞いていたのやら!」
ルカは真っ赤になって満足した様だけど、あやせとしてはまだ納得できない部分もあった。
いつか芝浦の口から、本当の想いを聞いてみたい。
自分の事が大切だと、愛していると言って欲しい。
(いつか……、そんな日が来るよね?)
だって時間はたっぷりある。それに自分達は勝ち残れる!
「勝とうね、淳くん♪」
手を出すあやせ。それは偽りの無い笑顔だった。芝浦が取り戻してくれた本当の笑顔。
芝浦もまたソレを理解したのか。少し真面目な表情になった後、いつものような笑みを浮かべる。
「当然じゃん」
芝浦は双樹の手を取る。
あやせは手を通して伝わる体温を感じ、自分が孤独じゃ無い事を再確認する。
目を閉じれば幸せそうなルカの笑顔。そうだ! もう一人じゃない!!
「淳くん!」
「ん?」
「わたしね、わたし――!!」
あやせはギュッと芝浦の手を握り締めた。
もう一つの手はしっかりとルカの手を握っている。
「わたし、最高に幸せだよ!!」
【芝浦淳】【双樹あやせ(双樹ルカ)】【ガイチーム・両名死亡】
【これにより、両者復活の可能性は無し。よって、ガイチーム完全敗退】
ああ、残念だ。
芝浦は確かにゲームじゃ負ける事はなかったかもしれない。
でもこれは現実――
「現実はゲームじゃないんだよねぇッ! アハハハハハハハハ!!」
気づくのが遅いよぉ、それとも目を逸らしてたのかなぁ?
「でももう死んじゃったから関係ないかぁ! うふ! あは!」
上機嫌に笑うのは魔法少女ユウリ。
ソファに座っており、テレビを見ながらポップコーンを貪り食っていた。
「あー、でも本当に感動。マジ泣いちゃいそうだわ」
ユウリは脚を組みなおし、塩がついた指を舐める。
「あやせってば可哀想。いじめ、暴力、それを助けてくれる芝浦! ああ、とっても素敵なボーイミーツガール!」
そこでユウリはポップコーンが入っていたバケットを床に落とす
「いかにもッ! クソオタクがッ、お小遣いで買ったノートに書いたようなストーリー! 本当にご馳走様! 次はたぶんアレでしょ? 芝浦が病気か事故で死ぬんでしょ! マジ感動しすぎてッゲロッ吐きそう! 実写化しないかな!!」
ユウリはバケットを蹴り飛ばすと、振り返って笑う。
「アンタもそう思う?」
「………」
壁にもたれ掛かっていたリュウガは何も答えない。
50人殺しを達成するのは造作も無いことだった。
復活したユウリは適当に見つけた空家をアジトとして、芝浦達の過去を確認していたのだ。
「随分とまあメルヘンラブだったお嬢さん。カボチャの馬車はパンプキンパイにするのがオススメぇ」
ハンドルネーム・エリーキルステン。
箱の魔女は、戦闘面では魔女の中でも最低クラスだろう。
だが本当に恐ろしいのは特殊能力である『対象の心を覗ける』点にある。
魔女はトラウマになった出来事を映し出し、対象を弱らせて自殺させるのだ。
エリーは既にあやせをサーチしており、その過去がテレビのモニタに映し出された。
それを主人であるユウリは自由に確認できる。あやせのチャンネルはまあ暇つぶしにはなってくれたようだ。
ちょうど見終わったところで、死亡確定アナウンスも流れた。
「芝浦のボーヤもまあ頑張ってくれたし、今回はコレでいいか」
確定脱落が二組と、思っていたよりは少なかったが、ほとんどの参加者をエリーに登録する事もできた。
これで過去を中心にして様々な情報を得ることが可能である。
事実、ユウリは既にほむらのチャンネルを持っており、確認もしている。
だからこそほむらがどう言う魔法少女なのか分かっているし、最も強力な時間停止の
「しかしまあ、オーディンとか言う奴が厄介だな」
次はそちらを調べる。
「上条恭介か。美樹さやかの幼馴染……」
美樹さやかを絶望させる事に関してはユウリも協力していた。
織莉子を裏切る為の様子見だったが、その中で織莉子のやっている事はよく見てきたつもりだ。それなのに上条は恨みを彼女に向けてはいない?
和解したとは考えにくい。と言う事でユウリは上条をエリーで詳しく調べてみるが――
「なるほど。騙されやすいイ・ロ・オ・ト・コ!」
上条はさやかを絶望させたのが織莉子の計画とはまだ知らないらしい。
それを教えてあげればあのペアは分解する? いやいや、おそらく上条はユウリの言う事を信じないだろう。
上条は織莉子を妄信し、責任を杏子やユウリに重ねて恨みを晴らすつもりだ。
それを織莉子は分かっていたと。
「くそ、こんな事なら上条をもっと早く殺しておくべきだった」
エリーで織莉子を調べても映るのは父の死ばかりで、ちっとも有益な情報は得られなかった。
おそらく『願い』の恩恵で簡単なロックが掛かっていたのだろう。
深く心を覗き込めなかった事が悔やまれる。
「んー、まあまあ」
これはいい。何とかなりそうではある。
しかし実力では向こうがやや上と言ったところ。
「技と力じゃ純粋に考えて向こうが上手だよね。しかしそれはこのユウリ様! 技は使い方次第で大きく化けますよ!!」
はしゃぐユウリ。
対照的にリュウガは不動だった。
「ただ――、あぁ、暁美ほむらも厄介なんだよねぇ」
エリーのチャンネルをほむらに合わせる。
昔はあんなに可愛かったのに今はすっかりクソガキだ。
しかも自分に断りなく何度も何度も勝手な事をしてくれる。今回もそんな事をされては堪ったモンじゃない、ちゃんと運営の妖精共は対策してるんだろうな?
「………」
ユウリは体を起こし、大きく上体を後ろに反らして背後にある窓を見る。
大きな建物だ。何を模しているかは先端にある『十字架』で判断できる。
そうだ、教会だ。ユウリは黒い笑みを浮かべて足をバタバタと動かす。
「くっは! ひゃは! アハハハハハハッッ!!」
芝浦を馬鹿にはすれど、ユウリには芝浦の気持ちがよく分かる。
自分が負ける事や、死ぬ事は無いとどこかで確信しているのだ。
現に一度死んでいる訳だが、今はこうして復活している。
こみ上げる謎の自信にユウリはひたすらに笑っていた。
無理もないか。
彼女たちにとってはこの今は
「さあ! ユウリ様が復活したから残り――、ドン!!」
【残り19人・10組】
次回はライアペアが主役の番外編更新します