仮面ライダー龍騎&魔法少女まどか☆マギカ FOOLS,GAME 作:ホシボシ
「 」
『うん、芝浦淳と双樹あやせが死んだね』
『ま、あそこでイライラMAXの王蛇ペアに目をつけられちゃ。死ぬしかないわな』
「 」
『そうだねぇ、意外だったと言えばそうだよ』
『あ、そうか! 先輩はアイツ等が優勝すると思ってたんだもんな』
『あやせはルカがいると言う事もあって、単純にスペックが他の魔法少女の倍はあるからね』
『まあ、スペックなんてお飾りだって言う展開はありがちだぜ』
『スペックはともかく、あやせには少し精神的に弱い部分があった。痛覚遮断があるんだから、かずみに目を狙われたくらいで怯まなければよかったのに』
『芝浦のヤローも調子乗ってたしなぁ。ハッキリ言っちまえば、死ぬべくして死んだんじゃねーの?』
「 」
『え? オイラ? オイラはそうだなぁ、やっぱオーディンペアかリュウガペア辺りなんじゃねーの? 優勝はさ』
『おや、だけどキミは以前、別のペアを提示していたじゃないか』
『おお、そうそう』
「 」
『ん? 誰かって? 龍騎ペアだよ』
「 」
『そうだな、まあ気持ちは分かるぜ。オイラ感情無いけど、それでもアイツらがショボイってのは分かる』
『彼らは争いごとには向いていないタイプだからね』
『だけどよ、これもありがちだぜ?』
「 」
『何が? そりゃ決まってる。常識を壊してきたのは常に馬鹿の奇抜な行動だった』
『人の歴史で見ても。名のある偉人達は過去に変人と呼ばれた人が多いからね』
『そう言う事だな』
「 」
『ひひひ、そうだな。ただの馬鹿で終わるか。それとも凄い馬鹿で終わるのかは分からない』
『ボクは特に何も思わないけどね。擬似的な感情を与えたジュゥべえにのみ感じるものがあるのかな?』
『ま、それはコレからだな』
「 」
『じゃあボク達は戻るよ』
『またな、チャオ』
幸せな毎日だった。
友達がいて、家族がいて、何気ない毎日を楽しいと思える事ができた。
それは多分とっても幸せな事だったんだろう、とっても恵まれていたんだろう。
先輩が淹れてくれる紅茶を飲みながら、友達とふざけ合えるんだから。
「今更、そんな言葉なんて聞きたくない!」
目の前に銃を構えた先輩がいた。
かっこよくて、素敵で、いつか彼女みたいになりたいと願った。
なのに、その先輩に銃を向けられている。
争わないで、憎まないで。涙が零れた。
「仕方ないのよ、貴女も理解して!」
弾丸が胸を貫く。
血が溢れ、倒れる。先輩を見た。先輩は泣きそうだった。
「仕方ない、仕方ないんだよまどか!!」
気がつけば、鹿目まどかは無傷の状態に戻っていた。
訳も分からず立ち尽くすなか、今度は親友が剣を振るって切りつけてくる。
止めて、わたし達はこんな事をする為にココまで来たんじゃない。
そんな言葉を投げようとも、無駄だった。
「死にたくない! 生きたいよ!!」
殺し合いと言う凄惨な状況では、年齢など関係ない。
自分よりもずっと小さい子でさえ武器を振るって他者の命を奪おうと試みる。
誰もが生き残る為に。幸せになる為に涙を飲んで、自分の心に嘘をついて戦っていく。
たとえそれが昨日仲良く笑い合っていた友人を殺す事になろうとも。
環境が人を変える。
ルールが人を豹変させる。
誰のせいでもない。まどかはそう思う。
「でも、そんなの駄目だよ――っ!」
叫んだ。
誰も聞いてくれない。
「とんだ綺麗ごとだな」
最後は幼馴染だった。
姉妹の様な二人だと言われた時期もあったが、彼女は冷めた目で見つめてくる。
「助け合う事なんて無意味だ。殺しあう事が間違っているなんてナンセンス」
だってもう自分達は後戻りできない位置にいるじゃないか。
既に多くの魔法少女を殺しているじゃないか。
「え?」
「まさか知らなかったのか? 私達が魔力を回復する為に狩っていた魔女は――」
私達自身だろ?
そう言って浅海サキは、まどかの心臓を鞭で貫いた。
痛みよりも、信じていた人たちに殺されるという悲しみだけが心を汚す。
怒りは無い、ただ悲しみと後悔だけがグルグルと回るだけだった。
「皆に殺される夢を見た?」
「う、うん……」
サキの家で、まどかは今朝見た夢の内容を告げる。
サキはもちろんマミやさやか、ゆまにまで殺されてしまう夢。
それだけではなく他の参加者の姿も見えた。皆、何かしらの苦しみを抱えた表情でまどかを殺す。
「そうか、それは辛かったね」
サキはまどかを抱きしめると、何も心配は無いと告げる。
「確かに夢で私はキミを殺したかもしれない。しかしそれは夢だ」
現実じゃあない。サキはまどかの頭を撫でる。
「私は絶対に君を傷つけたりはしないさ」
「うん……!」
まどかは笑顔に変わると、先ほどまでの暗い表情が嘘のように笑い出す。
「昔を思い出すね、こうしてると」
まどかはそう言って笑った。
昔から気が弱かったから、やんちゃな男の子にからかわれる時があった。
その時は決まってサキかさやかが飛んできて守ってくれたものだ。
「当然だ。私の可愛いまどかをいじめるヤツは絶対に許せない!」
「フフ、だからね――」
だから今、まどかは『守る』魔法を望んだ。
今まで受けた恩を返すかの様に。
「色々な事があった。それだけ君に負担がかかり、悪夢を見せたんだろう」
「そう……、かな」
本当にいろいろあった。
芝浦が仕掛けたゲームで、学校は壊滅状態。
生徒の半数近くは魔女や使い魔に殺されてしまった。
しかしあれだけの事件があった後でも、F・Gによる記憶の改ざんは問題なく行われた。
サキ達は知らないが、浅倉達が元の学校を破壊していた事もあって、現実では学校は爆破テロによって破壊されたと言う情報が浸透していた。
生き残った筈の生徒達も、例外なく記憶をすり込まれており、何を聞いても爆弾でどうのこうのと言う具合にしか喋らなかった。
学校は現在封鎖されており、しばらく休校と言う事だ。
しかし例外もある。
中には魔女に襲われたと言う事を覚えている者もいた。
どうやらそれは魔法少女に触れた者や、長く会話をしていた者のようだ。
数名しかいないその生徒達はいずれもがテロのショックで精神をやられた気狂いとして処理されるのが残酷な現状ではある。
下手な事は言えない。
事情を知っている仁美も、周りの人たちにはテロに巻き込まれたと説明しているようだ。
「中沢と下宮は残念だった……」
「………」
「せめて上条だけが助かったのが幸いだが――」
サキは保健室に生徒達の無事を確認しに向かったが、その途中で中沢の死体を発見したのだ。
保健室にいた生徒達は怪我こそすれど、命を落とした者はいなかった。
しかし唯一、中沢の友人だった"下宮鮫一"が見つからなかった。
聞けば、モンスターの炎を受けて動かなくなっていたのだと言う。
芝浦たちが倒された後も、下宮は見つからなかった。消し炭になったのか、魔女結界と共に消滅したのか。考えただけで胸が痛む。
「私がもっと強固な結界を施しておけば――」
「お姉ちゃんは悪くない……。悪くないよ」
傷の舐め合いかもしれない。
しかしサキにはまどかの言葉が何よりもありがたかった。
人の心は悲しいほどに不安定だ。サキだって強くあろうとするが、いつも迷いや不安に揺れている。
だからこそ、そんな時に自分を支えてくれるまどかの優しさが救いだった。
妹を殺したマミの事故だって、まどかがいたからこそマミへの憎しみを散らす事ができたのだとも思う。
まどかが傍に居なければ、サキは己の憎しみを。マミに向けると言う愚かな行動を取っていたかもしれない。
しかし今、まどかが苦しんでいるのが嫌でも分かる。
一つは学校の皆を救えなかった事。一つは仲間を失っていく現状。
一つは芝浦達の事だってある筈だ。学校を出てしばらくした後に、芝浦達の死亡確定アナウンスが入った。
思えば弱った彼らを狙う参加者がいる事は容易に想像できたのに。
まどかは芝浦達の死に対しては、無言で涙を一筋流すだけではあったが、それでも心が引き裂かれる思いを抱いたのは本当だったろう。
なにより――
「まだ、モヤモヤは晴れないかい?」
「うん、やっぱり……、考えちゃうよ。今まで倒してきた魔女が魔法少女の成れの果てだなんて」
まどかは小さく呟く。
芝浦が真司とまどかに言った言葉。"元々は、同じ魔法少女だったくせに"。
もう隠しておくのは不可能だとサキは判断した。故にまどかと真司に全てを告げたのだ。
マミやさやかが魔女になったのは、ソウルジェムの暴走だとジュゥべえは言った。
しかしそれは違う。魔法少女とは願いを叶えたその日から魔女になると言うゴールに向かって走り続ける存在だったのだ。
魂の宝石であるソウルジェムが絶望や悲しみによって濁りに染まった時、魔法少女の時は終わりを告げる。そして魔女として覚醒するのだ。
「わたし達が今までやってきた事って、何だったのかな?」
まどかにとって一番悲しい事は、自分が魔女になる事ではなく、今まで倒してきた魔女が魔法少女だった事だ。
今まで自分達は何も考えずに魔女を殺し、そして笑い合い、それが正しい事だと信じて疑わなかった。しかしそれは同属を殺していただけにしか過ぎない。
魔女になった魔法少女達は、どんな想いだったのだろうか。
皆、さやかの様に苦しんだのだろうか? 胸の痛みは強くなるばかりだ。
まどかは守るために魔法少女になったのに、いずれは人を傷つける存在になる。
矛盾している。そんなのは嫌だ。何よりも今後、以前と同じように魔女に武器を向けられるのか?
まどかは悩んでいた。答えが全く見えない。
「確かに、ショックな現実だとは思う」
サキは首を振る。
どうやらサキは既に割り切っているようだ。
今後も戦い続け、魔女を殺す事を躊躇はしない。
「魔女が人を傷つける存在なのは変わらない。理性を失っていたのは、さやかやマミの例を見ても明らかだ」
可哀想だと見逃せば、より多くの人が殺されてしまう。それは最も望まない結末だ。
魔女は魔法少女の心の闇を具現した存在と見ればいい。
「まどか。君が戦わないと言うならば私は止めない」
「え……?」
「君のためにグリーフシードを確保しよう。もちろん、他の参加者と戦う事もしなくていい」
「だけど、わたしは――っ!」
まどかの肩に手を置くサキ。
全て間違いだったんだ。つくづくそう思う。
「キミは、こんなゲームに巻き込まれるような人間じゃない。何も苦しまなくていい、何も背負わなくて良い」
「わたしは――……っ!」
まどかは何も言えなかった。なぜならば、ここで返す言葉は一つだけしかない。
わたしは、戦える。そんな事は言えなかった。
まどかは何も言えなかったのだ。サキが淹れてくれたお茶を飲む事もできずに、俯くだけだった。
雨が降っていた。
曇天の空と、雨粒が窓を打つ音は鬱々しい気分になる。
手塚はカーテンを閉めると薄暗い部屋の中で電気のスイッチを探した。
「?」
明かりが灯った時、丁度インターホンが鳴る。電池がないのか、音が途切れている。
しかし、誰だろうか。手塚は覗き穴から来客者を確認する。
そこにいたのはパートナーである暁美ほむら。手塚はすぐに扉を開けて、彼女を招きいれた。
「傘は無かったのか?」
「ええ、ごめんなさい。突然だったもので」
雨の中を歩いてきたのか、ずぶ濡れである。
変身しても良かったが、さすがに魔力の無駄だと思ったのか、気にせずにココまでやってきたようだ。
「タオルを」
「ありがとう」
手塚からタオルを受け取ったほむら、しかし何故かそこで止まってしまう。
「ッ? どうした?」
「髪だけじゃなくて、できれば体も拭きたい」
「ああ、成る程。じゃあ俺は出て行くから、その間に」
「後ろを向いていてくれれば十分よ」
「そうか。俺ので良かったら仮のシャツでも着るといい」
「助かるわ。お願いできる?」
後ろを向く手塚。
ほむらは服を上げて、肌についた水分を拭っていく。
その内にシャツを手に取り、着替え様と上着を脱いだ。
「おい、いないのか? インターホンが壊れて――」
ガチャリと扉が開いて、サキが姿を見せる。
「………」
「………」
「………」
「「「………」」」
「そういう事か。なるほど――ッ、な!!」
「待て浅海! 何がなるほどなんだ! 待ってくれ!!」
手塚はすぐにサキを引き連れて事情を説明する。
何とか納得したサキ、どこか嬉しそうなのは気のせいだろうか?
「ところで、なんの用だ?」
パートナーのほむらならまだしも、サキが手塚の部屋に来る理由が分からない。
するとほむらが小さく手を挙げた。
「彼女は私が呼んだの」
「そうか。しかしどうして?」
「私も気になっていた。早速だが用件を聞いてもいいかな」
頷くほむら。
濡れた髪から滴る雫が頬を伝う。それはまるで、涙の様に。
その美しさと儚さに、思わず目を奪われる手塚とサキ。
ほむらは時折、全てを見透かしている様な表情をする。とてもじゃないが中学生の表情とは思えない。
「大切な話しがあるの」
「だったら、まどか達も――」
ほむらは首を振る。どうやら多人数に聞かせる話ではないらしい。
手塚とサキにだけ聞かせたい事らしい。二人も納得して、ほむらの言葉を待った。
やはり言いにくい事なのか、ほむらは迷ったように目を閉じて表情を歪ませる。
しかしいつまでも沈黙と言う訳にはいかない。
意を決した様に目を開けると、小さく小さく呟くように言葉を放っていく。
「実は――」
「はい、じゃあどうぞ」
早乙女が肩を優しく叩く。
赤いメガネで、黒髪を三つ編みにしたおさげの少女は仰け反りながら一歩前に進んだ。
これは、まずい。周りの視線が一勢に自分へ集まる緊張感。
自然と声が小さくなり、一度早乙女にやり直しを要求されてしまった。
「あ、えっと! あああ暁美――ッ! ほ、ほむらです…!」
物珍しそうに笑みを浮かべている者や、無表情で紹介を聞いている者。
期待と無関心が織り交ざった雰囲気に、押しつぶされそうになってしまう。
「その、ええと……、これから色々迷惑を掛けるかもしれませんが! ど、どうかよろしくお願いしましゅ!!」
誰かが吹き出した。
真っ赤に染まるほむら、力むと緊張して噛んでしまうのだ。
ああ。穴があったら入りたい。ほむらはシュンと肩を落として俯いた。
「暁美さんはね、心臓の病気でずっと入院していたの」
早乙女先生が助け舟を出してくれる。
そうだ、ほむらは幼い頃から体が弱くて入退院を繰り返してきた。
その内に病気は少しずつ悪化していき、今回はとびきりの長期入院の後だったのだ。
しかし手術はなんとか成功し、これから少しずつ普通の人生を歩んでいける。
だが内気な性格に加えて入院生活ではあまり人と関わらなかったせいなのか、ほむらの性格はますますシャイになってしまった。
こんな事で友人ができるのだろうか? これからの学校生活を送っていけるのか、不安は尽きない。
「久しぶりの学校。色々と戸惑うことも多いと思うから、みんな暁美さんを助けてあげてね」
適当に答える面々、それが余計に不安を煽ってしまう。
しかしほむらの予想とは裏腹に、休み時間に突入した瞬間に土石流が如く生徒達が群がってきた。
転校生は珍しいらしい。前の学校やら部活やら、ほむらは早速質問攻めに合う。
「あ、えと!」
無関心はキツイが、逆に注目を集めるのも苦手であった。
どう答えていいのもか分からず。期待に添えない答えを言ってしまえば、嫌われてしまうのではないかと怖くなる。
しかもまだ病み上がりのほむらは、保健室で定期的に薬を飲まなければならない。
最初の休み時間に行かなければならないのに、このままではタイミングを逃してしまう。
そこでちゃんと言葉にできればいいのだが、ほむらはそれができない性分だった。
自己を主張する勇気が無い。周りに流されるしかないのだ。
(だ、誰か助けて――……)
周りは知らない人ばかり、ほむらは困り果てていた。
だがそんな時だ。一人の少女が、ほむらの気持ちを理解したかのように声を掛けたのは。
「みんな、暁美さんは保健室でお薬飲まないといけないから。ごめんね」
「あ、そうなんだ。ごめんね止めちゃって」
「う、ううん! いいんです!!」
「場所分かる? 一緒にいこっか」
助かった。ほむらは廊下で助けてくれた人にお礼を述べる。
優しそうな人だった。暖かい雰囲気に、ほむらの緊張が緩くなっていく。
「ううん、いいだよ。わたし保健係だから」
少女は笑顔でほむらを見た。
ほむらの心に凄まじい安心感が芽生えた。話しやすい雰囲気だった。
「みんな悪気は無いから許してあげてね」
「も、もちろんです!」
「えへへ、緊張しなくていいよ。わたし達はこれからクラスメイトだもんね」
少女は振り返ると、手を出してニッコリと微笑んだ。
「わたし鹿目まどか。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします!!」
握手を行う二人。
しかし、これじゃあ固いとまどかは一つの提案を行った。
「お互い名前で呼び合おうよ」
「えっ、でも!」
「うん、決まり! それがいいよね!」
「で、でででででも!」
「もう決めちゃったもーん! えへへ!」
ほむらとしては心臓が張り裂けそうな提案ではあるが、早速まどかが呼んできたから半ば強引に了解するしかなかった。
「行こうほむらちゃん」
「は、はい! まど……!!」
「ふふふ、敬語も無しにしよ!」
「は――! う、うん! で、でもやっぱり恥ずかしいから鹿目さんで!!」
まどかは少し寂しそうながらも微笑んだ。
まどかは、ほむらが自分と似たような性格だと気づいていた。
「わたしも、あまり前に出て行くタイプじゃないんだ。ほむらちゃんの緊張とか凄くよく分かるよ」
「本当……?」
「うん。わたし達、良いお友達になれそうだね」
「う、うん!」
ほむらは赤面して微笑む。
まさかにこんなに早く友達ができるなんて思って無かった。
不安に包まれた学校生活だが、まどかがいれば何とかなりそうだ。
ほむらは確かな希望を覚えて、まどかの隣に並んだ。
「でも鹿目さん。ほむらって名前変じゃない?」
歩きながら会話する。
ほむらの緊張も解けてきたのか、割とスムーズに会話を行える様になってきた。
まどかには毒が無い。ほむらもまどかの雰囲気に完全に心を許していたのだろう。
「そうかな? かっこいいと思うよ」
昔から入院ばかりで、まともに友達を作れなかった。
言ってしまえば、まどかは初めての友人と言っても良い。
ほむらは、いつもテレビでしか確認できなかった『友達』と言う存在にずっと憧れを持っていた。
だから、まどかとこうして笑い合えるのは、本当に嬉しかったのだ。
「なんかね。燃え上がれ~! って感じでカッコいいと思うけどなぁ。エネルギーがあるって言うか!」
「そう……、かな? 嬉しい……」
でも正直名前負けしているとは思う。
炎と言うよりは、ジメジメした水の方がイメージとしては近い。
「カッコいい名前は私には似合わないです」
「でもね、青く静かに燃える炎とかもあるでしょ?」
「う、うん。それは確かに」
「それにさ。変わりたいと思うなら変わっちゃえばいいんだよ」
「え?」
「簡単に変わる事はできないかもしれないけど、今の自分が嫌なら、少しずつ変えていけば良いの」
弱い自分だとか、辛い現実は、自分が望めば変わる筈だとまどかは信じている。
「………」
変わりたいと願うなら、きっと変われる。
辛い現実を壊したいと願うなら、きっと世界は自分の味方をしてくれる。
まどかの言葉はほむらに大きな自信を与えたが、現実と言うのは中々に厳しい物である。
そしてそれはすぐに明らかになっていく物だ。
今までずっと入院してきた故に、勉強のレベルが一気に上がっているギャップに苦しんだ。
もちろん入院している時も勉強はしていたが、いざ学校にとなると全然付いていけない。
次に体育。
心臓が悪いと言う事で、参加できても準備運動がせいぜい。
それで貧血を起こす程だった。
「準備運動で倒れるってやばくない?」
「あはははは。マラソンしたら死ぬんじゃない?」
悪気はないのかもしれないが、そんな声が聞こえるたびに心が締め付けられる。
「あんま気にしない方がいーよ。それに成績が悪いのはあたしも同じだし、だはは!」
「ふふ、さやかさん。気をつけないと一気に離されてしまいますわよ」
類は友を呼ぶなどと言うが、まどかの友人の美樹さやかと志筑仁美も優しい人だった。
しかしだからと言って心に刺さったトゲが抜けるわけじゃない。
まどかもまたフォローしてくれるが、逆にそれが申し訳なく思ってしまう。
『きゃはは! 何のとりえも無いのね、貴女って!!』
だから、それは必然だったのかもしれない。
『死んだほうがいいわ。そう、死んで少しでも罪を償って!!』
「死んだほうがいい……?」
『そう! 死んだ方が楽よ!!』
落ち込んでいた帰り道、ほむらは気が付くと全く知らない場所を歩いていた。
彼女を導いたのは、虚栄の性質を持った芸術の魔女。
名は『
イザベルを一言で表すなら、禍々しい凱旋門。魔女は無数の使い魔をほむらの所へ向かわせる。
「ひぃいい!!」
人型の使い魔である"ミヒャエラ"達がほむらを囲む様に現れ、近づいてくるではないか。
ゾンビの様にうめき声を上げて近づいてくる異形、絶大な恐怖をほむらを包む。
最初は夢かと思ったが、体を駆ける全ての感触がそれを否定する。
じゃあ自分は目の前にいる化け物に殺されるのか!?
「い、いやアアアアアアアアア!!」
『綺麗な目、ほしいな』
『綺麗な手、ほしいな』
『綺麗な髪、ほしいな』
使い魔は彼女の体の奪うつもりだった。
目を抉り、手を千切り、髪を毟り取る。
その光景を想像してしまい、ほむらは腰を抜かす。
(もう駄目! もう逃げられないッッ!!)
その瞬間、天を切り裂く光が見えた。
「え? へ?」
ほむらの周りにドーム状の結界が出現すると、襲い掛かってきたミヒャエラ達を容赦なく吹き飛ばしていく。
さらに黄色い影が降ってくると、結界の頂点に降り立つ。
へたり込んでいたほむらが上を見ると、視界に乗っていた人物の靴裏が見えた。脚が見えた、下着も見えてしまった。
「は、はゥ!」
ほむらは反射的に目を覆う。
しかし現れた少女は気にする事無く腕を振った。
すると無数の大砲が花びらの様にして展開していき、全ての使い魔達へ砲口を向ける。
「ティロ・リチェルカーレ!!」
次々に大砲が火を吹き、周りにいた使い魔達は爆炎に包まれていった。
訳も分からぬままに起こった出来事を受け入れるほむら。
何だ? つまり助かった? 助けられた?
しかし誰に?
「危なかったね、ほむらちゃん!」
「え!?」
黄色い髪の少女が見えた。
そしてその隣には、先ほどたくさん話したクラスメイトが立っていた。
「か、鹿目さん!?」
鹿目まどか。と言ってもその姿はとてもファンシーだ。
まるで日曜日の朝に放送されているスーパーヒロインのような格好ではないか。
『よく見ておくといい、暁美ほむら。あれが魔法少女だよ』
「え?」
ウサギの様な不思議な生物が話しかけてきた。真っ赤な目の中にほむらは自分の顔を視る。
それにしても魔法少女? ほむらは目の前にいる巴マミと鹿目まどかの姿を凝視した。
「魔法少女って――?」
「えへへ、いきなりバレちゃった」
まどかは弓を構えて、イザベラを狙う。
弦を振り絞ると、光が矢の形に変わっていく。
魔女も攻撃を止めようと闇の弾丸を発射していくが、それらはまどかに命中する前にマミが相殺させていく。
そうしている間に、まどかのチャージが終了した。
杖についている蕾のギミックが展開し、綺麗な華が咲く。
「クラスの皆には、内緒だよ!!」
まどかの必殺技・スターライトアローが魔女を撃ち抜き爆発させる。
これが、全ての始まりだった。暁美ほむらが魔女を、魔法少女を知ったこの瞬間が全てのだ。
世界に絶望を振りまき、悲しみを齎す『魔女』
希望の力を武器にし、絶望を打ち砕く『魔法少女』
鹿目まどか、巴マミは、見滝原を狙う悪の魔女を倒す、正義のスーパーヒロインだった。
助けられたほむらは、マミ達から全ての事情を聞いた。
キュゥべえに選ばれた少女は願いを叶え、それと引き換えに魔女と戦う運命を背負う。
それはきっと怖い事なのだろう。
しかしまどかとマミの目には『希望』の光が常に灯っていた。
見滝原の街を、人を守る事を誇りとしていたからだ。
「……!」
かっこいい、なんてカッコいいんだ。
ほむらは二人に強い憧れを抱き、その後は魔女退治に無理を言って同行させてもらった。
巴マミは優雅に戦い、余裕を崩さない憧れの先輩。
鹿目まどかは親友であり、自分を守ってくれる。
ほむらにとって二人は最高のヒロインだった。
もちろん魔女退治は厳しいものだ。
魔女の中には特殊な能力や、不意打ちを仕掛けてくるものが多く、何度か命の危険に陥った事もある。
しかし、まどかはどんな時だって諦めず。
その粘りにマミも感化されて、勝利へのルートを導いていた。
「「ティロ・デュエット!!」」
まどかとマミの合体攻撃がピンクッションの魔女を捉える。
確実に成長していく二人。既にほむらの前で多くの魔女を撃破していた。
新しい技、新連携、ますますほむらは虜になっていく。
「マミさんと一緒なら、どんな強敵が相手でも負けないね」
「そうね。もっと強くならなくちゃね」
笑い合う二人。
いつからか、ほむらも二人の様に強くなりたいと願う様になっていた。
「ワルプルギスの夜?」
「そう。もうすぐ見滝原に最強の魔女がやってくるの」
「わたし達はそれを倒すために特訓してきたんだよ!」
負ける気はしなかった。
マミも、まどかも、ほむらも。負ける事など全く考えていなかった。
もう普通の魔女は相手ではなかった。どんな状況に対応できるほど、まどか達は強くなっていたからだ。
ほむらも何も疑うことは無かった。
きっと二人はワルプルギスを倒して見滝原を守ってくれる。
だって二人はこんなにカッコよくて、強くて、素敵なんだもの!
「よし、じゃあワルプルギスを倒したらパーティをしましょ!」
「賛成! 私とびきり美味しいケーキ買ってきます!!」
「えへへ、楽しみだな!」
楽しみだったんだ。
「………」
マミが寝ている。
ほむらは左足、顔が半分無い人間を始めて間近で見た。
(でも顔が半分だけでも、巴さんとっても綺麗……)
ほむらは、ぼんやり考えていた。
「じゃあ、行って来るね」
「え……?」
とびきり優しい声が聞こえた。
母親が子供に囁く様に、優しく、そしてどこか寂しげな声が。
「鹿目さん?」
まどかは全身から大量に出血し、マミと同じく片腕が全く使い物にならなくなっていた。
顔には大きな傷があり、おそらく右目の視力は完全に失われているだろう事も容易に想像がつく。
足には目を覆いたくなるほどの痣がある。
「なに言ってるの? 巴さんが……、こ、こんなに簡単に殺されたんだよ?」
「うん。だからもうアイツに勝てるのはわたしだけ」
まどかは鈍る視界の中にソレを捉えた。
美しく、荘厳、そして溢れんばかりの狂気を具現化したかの様な『夜』を。
夜は、鹿目まどかをあざ笑っていた。
愚か、愚かな、愚か過ぎる。身の程を弁えない少女は愚か。
生きる価値などあろうモノか。
「駄目よ鹿目さん! 死んじゃう!!」
甘かった、レベルが違った。
ワルプルギスの夜は文字通り最強の魔女だった。
他の魔女とは全てのレベルが違う化け物。そんな存在にまどか一人で勝つなんて不可能。
それこそ、自殺しにいくようなものだ。
「でも、わたしは皆を守る為に魔法少女になったから」
それが鹿目まどかの願いであり、戦う理由なのだ。
ワルプルギスを見逃せば、より多くの犠牲者が生まれてしまう。
なによりも自分自身を否定する事になってしまう。
「それに、ほむらちゃんを守りたいから」
今のまどかに、ほむらを連れて逃げる余裕はなかった。
かと言ってほむらは絶対においていけない。だから戦うしか選択肢は無かった。
もちろんココで死ねば、きっとほむらは殺される。
それだけは何としてでも防がなければ。せめて致命傷を、そうでなくとも少しでもワルプルギスをほむらから遠ざけたい。
それだけが瀕死のまどかを突き動かすものだった。
「大丈夫、わたし……、負けない」
「嘘! ねえ逃げようよ鹿目さん!! 誰も責めないよ!!」
首を振るまどか。ニッコリと微笑んで弓を構えた。
「ねえほむらちゃん、わたし貴女と友達になれて嬉しかったよ」
「やめて! そんな死ぬみたいな事を言わないで!!」
「だから魔法少女になれて本当に良かったって思ってる。マミさんを救えなかったのは本当に悔しいけど」
悔しいから、諦めたくない。
「鹿目さ――」
「さよなら、ほむらちゃん。元気でね」
地面を蹴ってワルプルギスを目指すまどか。
ほむらの叫びを背に感じて、まどかは強く魔力を込めた。
大切な者を守る一撃。自分の魔力の全てを込めた一撃を、ワルプルギスに撃ち込む為に。
『意外だったね。まさか、一撃たりとてワルプルギスにダメージを与えられなかったなんて』
キュゥべえは振り返る。
マミの銃弾、そして全てを込めただろう鹿目まどかの一撃も、ワルプルギスの夜に届くことすら無かった。
『マミとまどかは、弱い魔法少女では無かった』
にも関わらず、ノーダメージに終わったワルプルギス戦。
『やはり、他の魔女とは一線を越えている証拠か。実に興味深い』
キュゥべえはワルプルギスの夜を見上げている。
ふと、暁美ほむらの悲痛な叫びが聞こえてきた。
「どうして!? 死んじゃうって分かってたのに!!」
ほむらの前にはまどかの死体が寝転がっている。
上空には戦いの始まりと何ら変わりないワルプルギスの姿が見える。
結局最後の一撃も簡単に弾かれ、カウンターの攻撃でまどかは即死した。
あまりに呆気ない最後に、ワルプルギスの夜は笑いを隠せない。
「私は貴女に生きててほしかったのに!!」
ほむらはまどかの亡骸を強く抱きしめる。
いつもの優しい香りではなく、鼻を刺す強い血の臭いが広がった。
終わり、全て何もかも終わり。ほむらは深い悲しみに嗚咽を漏らす。
『暁美ほむら』
「!!」
だがその時だった。
『キミは祈りの為に、己の魂を賭ける覚悟はあるかい?』
希望の声がほむらの脳を貫いた。
戦いの道に身を置けど、どんな願いでも叶えてくれる存在がある。
全てを覆すチャンスがまだココには存在しているのだ。
それがほむらにとって、どれだけ大きな存在だったか!
『叶えたい望みがあるんだろう? ボクが力になってあげようか』
「……契約すれば、どんな願いも叶えられるの?」
『もちろんだ。文字通り、どんな望みも叶えてあげるよ』
たとえそれが、神が創りし掟を覆す物だったとしても。
人を愛しただろう神を冒涜し、神を裏切る願いであろうともだ。
『君には資格がある。ソウルジェムを持つ資格がね』
ならばもう、ほむらに迷う気持ちなど微塵も無かった。
そもそもココで諦めればワルプルギスに殺される。
魔女の餌になり、友を救うチャンスを手放す。
それがどれだけ愚かな選択なのかは、考えなくても理解できる。
ならば答えは一つしかない。
「私は、鹿目さんとの出会いをやり直したい!」
『成る程』
「彼女に守られる私じゃなくて、彼女を守る私になりたいッ!!」
それが出来る事だと信じて。
何よりも自分が望む道だと信じて。
(言ってくれたよね? 辛い現実は、弱い自分は変えられるって!)
だったら。
「変わりたい! 私は強くなりたい! カッコよくなりたいッッ!!」
『契約は成立だ。君の祈りは、この瞬間エントロピーを凌駕した』
ほむらは自分の体が魔法少女の衣装に包まれるのを確認する。
「凄い! 力が溢れてくる!」
『さあ解き放ってごらん。その新しい力を』
「――ッッ」
ほむらの願いと共に盾のギミックが発動する。
すると世界が瞬く間に変動を遂げていくのだった。
「!!」
目が覚めた。視界に広がるのは病院の天井。
(夢?)
随分と長い夢だった。
カレンダーを見れば今日が退院の日ではないか。
どうやら緊張と期待やらでリアルな夢を見てしまったらしい。
ほむらは安心した様にため息を――
「………」
ほむらは、自らのソウルジェムを確認する。
そう、そうだ、これは夢なんかじゃない。
全て、現実!!
この日から、ほむらの未来を変える為の戦いが始まった。
新たに魔法少女として覚醒したほむらは、真っ先にまどかへコンタクトを取った。
こう言っては何だが、ほむらはとても嬉しかった。
だってそうだろ?
たとえ命を懸ける事になったとしても、まどかと一緒に戦い、まどかを守れる存在になれたのだ。
それはマミにも言える事だ。
戦いのスキルが足りなかったほむらだが、マミの教えにより魔法の使い方や戦い方を教えてもらった。
ほむらの魔法は時間操作。
自らの時を早めたり、最もたるのは時間を停止させる事だ。
それは魔女の戦いで大きなサポートを発揮する。
「マミさん! 今だよ!!」
「ええ、お願い暁美さんッ!!」
「え、えい!!」
盾が武器では攻撃面が不安だ。
幸い盾の中にはなんでも入ったので、インターネットで爆弾の作り方を調べて、それを魔力で強化する。
その威力は中々で、魔女にダメージを与えるには十分だった。
マミやまどかのアシストもあり、ほむらは初めて魔女を倒す事に成功した。
「やった……! やったぁ!!」
「すごいよほむらちゃん! えへへへ!!」
「ふふ、お見事ね!」
楽しかった。自分でも誰かの役に立てる。まどか達を守れる。
弱い自分ではなく、強い自分として生きる事ができる。
ほむらは幸せだった。それに願いがあるから、ワルプルギスにも負けない筈だ。
魔女を倒して、まどかとずっと友達でい――
「な、なんで……!!」
雨が降る中、ほむらは一人立ち尽くしていた。
目の前には二つの死体が転がっている。楽に勝てるとは思っていなかったが、結局誰も、何も救えない。
覚えているのは自分達を守ろうとして、マミがワルプルギスの放った火炎に焼き尽くされた事。
そして訳も分からず固まっている自分を守る為に、まどかが自分を庇って――
「う、うぁあぁあぁああああ!!」
ほむらは頭を抱えて、目の前の現実をひたすらに否定する。
空を見上げればワルプルギスの夜が狂った様に笑っていた。
まるで、自分を馬鹿にしているかの様に。
「キュゥべえぇえ!!」
『ん? なんだい?』
なぜ、なぜ救えない?
どうして願ったのに誰も守れない!? 何で何で何でまどかが死ぬんだ!
ほむらは狂ったように連呼した。
『ははあ、だから君と契約した覚えがないんだね』
キュゥべえは、ほむらに何を願ったのかを問いかけた。
ほむらは自分の願いをきちんと伝えた。
出会いをやり直したい、守れる自分になりたい。なのに守れなかったのは何故か?
『何故? 決まっているじゃないか、それは君のミスだよ』
「え?」
『ボクは願いを叶えてあげた筈だ。"鹿目まどかとの出会いをやり直し、そして彼女を守れるだけの力を授けた"』
キュゥべえは表情を変えずに淡々と言い放つだけ。
「だけど――っ!!」
『今、君が言った願いに。"まどかの命を救う"という意味の願いは無い』
「!!」
出会いをやり直すチャンスは与えた。そしてまどかを守れるだけの力も与えた。
なのにまどかを救えなかった。それは完全に暁美ほむらのせいだ。
ほむらが甘かったから無条件にまどかを救えると勘違いして、二人は死んだ。
『それをボクのせいにするなんて、酷いよ』
「な……! なっ!」
『君の努力が足りなかったんじゃないかい?』
気づけば、ほむらは病室の天井を睨んでいた。
時間を戻せるのは一度だけではなかった。
時間停止には色々なルールがあった。
まず盾に備わっている『砂時計』を反転させるギミックを操作して、時間を止めるのだが、時間を止められるのはこの砂が無いといけない。
砂は当然落ちるから、ほむらはいつまでも時間を停止できる訳ではないのだ。
しかして砂をどれだけ保存したとしても、ワルプルギスの夜との戦いで砂は完全に落ち切るルールだった。
そして砂が無くなった時、時間を巻き戻す事ができる。
こうしてほむらは再びまどかを救う為、始まりに戻った。
まどかを救うには、ワルプルギスの夜をどうにかしないといけない。
一番簡単なのは戦わない事だ。
ほむらはまどか達を必死に説得して、何とか戦いを回避する事に成功した。
これでいい、これで皆が救われ――
ほむらちゃんへ。
やっぱり皆を傷つける魔女を放っておく事はできません。
あなたが心配してくれた事は凄く嬉しい。
でもマミさんと相談して、わたし達は戦う事にしました。
それでお願いがあるんだけど、ほむらちゃんはマミさんの家で紅茶とケーキを用意してほしいの。
ワルプルギスを倒したら、みんなでパーティしようね!!
まどか
………。
ほむらは走った。
時間を止めて、間に合う筈だった。
そしていざ現場に駆けつけてみれば、見たことのある光景が広がっていた。
上空には狂った様に笑い続けるアイツ。
そして糸の切れた人形みたいに転がっている死体のマミ。
ほむらもまた狂った様に泣きながら走る。
そして――
「鹿目さん!!」
「あぐっぁあああああああああっ! ああぁぁあ……っっ」
苦しそうに呻きながら胸を押さえるまどか。
彼女がまだ生きていたと言う事に安心したが、どうにも様子がおかしい。
攻撃は受けていないのに苦しそうに叫び、もがき苦しんでいる。
「な、なに? どうしたの鹿目さん!!」
「ァァアアァアアッッ!!」
『離れたほうがいい』
そこに現れるキュゥべえ。
どうしてまどかが苦しんでいるのかを説明してくれた。
ソウルジェム、まどかのソレは真っ黒に染まり濁りきっている。
「え?」
『あれが、魔法少女の成れの果てであり――』
「なんで……っ!」
まどかの姿が醜く変わっていくその様を、ほむらは目に焼き付けた。
『君の、未来だ』
「だ、騙されてた……!!」
ほむらは頭をかきむしり、地面に膝を付く。
なんて事だ。なんて事だ。なんて事だ。
血走った目でキュゥべえを睨んだ。愛らしいと思っていた姿が、気持ち悪くて仕方なかった。
「皆っ! 皆キュゥべえに騙されてた!!」
魔法少女とは希望に満ちた存在であり、同時に絶望に向かって走り続ける愚かな存在だった。
彼女達は契約したその時から、魔女になる運命を強制付けられていたのだ。
キュゥべえは、その真実を契約を迫る時、その裏側にあるものを言わない。
それを知っているのは自分だけ、自分だけが全てを知っている。この腐ったルールを知っている。
みんなに教えないと、ほむらはすぐに時間を巻き戻して説明を行う。
「あのさ、キュゥべえがそんな嘘ついて、一体何の得があるわけ?」
「そ、それは……!!」
しかし誰もそれを信じる事は無い。
皆はキュゥべえを信じ、己の魔法少女としての正義を信じているからだ。
美樹さやかはほむらを睨んで、逆に疑いの言葉をぶつけていく。
「あたし達に妙な事吹き込んでさ、仲間割れでもさせたいわけ?」
「ち、ちがいます!!」
「あんた、ホントはあの杏子とか言う奴とグルなんじゃないでしょうね?」
時間を戻す事は、繰り返す事とは違っていた。
たとえば目の前にいるさやかがそうだ。
ある時間軸では契約せず、ある時間軸ではこうして契約している。
全てが決まっているシナリオではない。
巻き戻す度に少しずつ違う世界になっているのだから、不思議なものである。
「さやかちゃん。止めようよ! それこそ仲間割れだよ!!」
「……どっちにしろあたしは、この子とチーム組むの反対!」
「っっ!」
「まどかやマミさんは飛び道具だから平気だろうけどさ、いきなり目の前で爆発とか勘弁して欲しいんだよね。何度巻き込まれそうになった事か」
魔法少女だって皆が皆、人を守ろうと考えている訳じゃない。
いろいろな考えを持った魔法少女がいて、時には衝突する事もある。
今は特にそう言った時期だった。
「うーん。暁美さんには爆弾以外の武器ってないのかしら?」
いつもは優しいさやかも今はイライラしているのか、ほむらにキツめに当たってしまう。
まどかとマミは何とか雰囲気を和らげようとしているみたいだが、なかなか上手くいかない。
「………っ」
もしかしたら自分の力が及んでいないからなのか? ほむらは必死に悩み、努力した。
武器を爆弾だけでなく、自衛隊や暴力団から盗んだ重火器を取り揃えて強化を施した。
人間関係だって必死に改善させ、何度も愚かな輪廻を繰り返していく。
何度、仲間の死を見ただろう? 何度大切なまどかを苦しめたんだろう?
(諦めちゃ駄目……!!)
信じれば、辛い世界は終わりを告げる。悲しい現実を壊す事ができる。
まどかに言われた言葉を必死に信じて、ほむらは打倒ワルプルギスの夜を目指す。
諦めなければ奇跡が起こる事を信じて。
「うーし! じゃあさっさとブッ飛ばして終わりするか!」
杏子がポッキーを齧りながら笑う。
「ふふ」
ほむらは笑顔だった。
「どうしたのほむらちゃん?」
「ううん、諦めなければ奇跡は起きるんだなって」
「?」
「なんでもない」
ほむらは笑顔で空に浮かぶワルプルギスの夜を見た。
覚悟しなさい、今回で全ては終わり。
ほむらは両隣にいる4人の魔法少女を見て強く、拳を握り締める。
「鹿目さん、貴女は私が守るから!」
「あら、意外と大胆なのね暁美さんは」
マミもまた優しく笑っていた。
「何言ってんの! まどかを守るのはあたしだ!」
凛々しく笑うさやか。
5人は並び立ち、そして近づいてくる最悪の魔女に勝利宣言を行う!
「5人の力を合わせれば、ワルプルギスの夜なんて――」
「―――あは」
ほむらは笑っていた。
「あははハハハははぁはハはははハハ」
目の前には杏子の腕と顎の欠片だけが落ちている。他はどこかに飛んでいってしまった。
少し離れた所には、逆さにそびえ立つビルがあった。
あの下にはおそらくマミがいる筈だ。虫の様に簡単に潰されて終わり、あっけない人生。
「えはへへへえへへえへへへ」
黒焦げになってしまったさやかは、原型を留めていない。
風に吹かれれば炭はどこかへ飛んでいってしまうだろう。
「――――」
ほむらはふと上を見た。
何故か租借音だけは嵐の中でも鮮明に聞こえてくる。
もしかしたら聞かせてくれているのかもしれない。
ワルプルギスは食事の間も狂った様に笑っていた。
肉を噛み切る音、骨を砕く音。
耳を塞いでも脳に直接叩き込まれる。
ほむらは教えてほしかった、何故餌に選んだ存在が『彼女』だったのか?
何故それを自分に見せるように――……ッッ!!
「………ぁ」
魚の骨を吐き出す様に、ワルプルギスの夜は食べかすを勢い良く吹き出した。
それは骨ではなく頭部だ。ほむらの前にゴロゴロと転がるのは、血に塗れた親友の笑顔だった。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」
ガチャリと、盾のギミックが作動する音が聞こえた。
「!」
目が覚めた。病院の天井ではなかった。
ほむらは最早、何が夢で何が現実か分からなくなっていた。
外を見れば雨が降っている。嵐になる筈だ。
(大丈夫みんながいる。大丈夫みんながいる。今回はだって――!)
ほむらは、病室で目を覚ました。
「………」
「ッ」
「これが、私が魔法少女になった理由と体験してきた過去の一部よ」
ほむらは髪をかき上げて目を閉じる。
話を聞いていた手塚とサキは目を見開いたまま動きを止めている。
どんな顔をしていいか、何を話せばいいのか全く分からずに沈黙している様だ。
「じ、地獄だ……!」
サキはボロボロと涙を流してほむらを見た。
ほむらが達観している理由、少し大人びている理由がこんな悲しみに満ちた物だと誰が予想できた? 誰がそれを望む!?
「き、キミはそれだけの地獄を耐えてきたのか!?」
「別に。もう慣れたから」
淡々と言う。
何の期待もしていない。
そんな冷めた雰囲気には、諦めの感情も見える。
「そういう事じゃないだろ! 何故今まで教えてくれなかった!!」
「教えて何になるの? それに貴女を簡単には信用できない……ッ!」
「そ、それは――! すまない、少し取り乱した」
「……いえ」
そこで手塚は口を開く。
今までの話はほむらにとって辛い物だったろう。
しかし手塚にとっては色々と気になる所があった。
「そもそも何故今、それを俺たちに教えようと?」
「そ、そうだな。パートナーである彼はともかく、私にも」
ほむらは大きなため息をつく。理由の一つとしては、芝浦との戦いにあった。
全ての環境がおかしくなっている時間軸で感じた命の危険。
ガイペアの力は凄まじく、ナイト達の助けが無ければ死んでいたかもしれない。
そうなると、他の誰もが今を不自然に思わずに生きることになる。
もう迷っている時ではない。芝浦達の他にも大きな力を持った参加者は多いだろう。
ほむらだけが全てを知っている。この違和感に気づいているのだから。
「だから、打ち明ける事にした」
ほむら視点。最も信用できるのは、やはりパートナーである手塚だ。
そしてもう一人は行動を見るにサキしかいない。
一瞬美穂も脳裏には浮かんだものの、よく考えてみると――
「彼女は、お喋りそうだから」
「あはは。あー……」
まあ分かる。
サキはフォローの言葉が浮かばず、心の中で美穂に謝罪した。
「後はどうにも信用できない」
真司は逆に背負いすぎてしまうから言えなかった。
「私は、貴方達を信じるわ」
目を細めるほむら。
顔が言っている、信じる代わりに裏切ったら許さないと。
そんな殺意を感じて、サキは思わず息を呑んだ。
「だから、貴方達も私を信じてほしい」
「信じるさ」
「……!」
手塚は即答で答える。
占い師というのは人を視る職業だ。
そして時には、真実を偽って答えを告げる事もある。
本当に答えが欲しくて占いを望む者。
それともただ都合のいい答えを聞いて自信をつけたい者などを見極める時だってある。
神社の占いだって、中身に凶を入れない所もあるとか。
「嘘をついているかどうかくらいは分かる様になった」
100パーセントとは言わないが、自信はある。
手塚は、今のほむらが嘘をついていないと思っていた。
「なによりも、相方の言う事を信じるのは、パートナーとして当然だろう?」
「……ありがとう」
ほむらは少し微笑んでお礼を言う。
「ニヤつかないで、貴女はどう?」
「あ! わ、悪い!!」
サキは咳払いを一つ。
「私も手塚と同じ意見だ」
「理由を聞かせてもらっても?」
「キミがまどかを想い、願いを叶えた様に。私にとってもまどかは大切な存在だ。そのために戦うキミを疑う必要などあろうか?」
「……そこなの、私が気になったのは」
「?」
「確かにな。俺も思う所がある」
ほむらが手塚とサキを選んだのには、もう一つ理由がある。
それは手塚たちが、ほむらにとって大きなイレギュラーだからだ。
騎士である手塚。そして見た事も無い魔法少女である浅海サキ。
「まずは貴女、浅海サキ」
時間をループする中、まどかの幼馴染のお姉さんなんて一度たりとも存在しなかった筈。
「何者なの? あなた」
「な、何者と言われてもな。私は昔からあそこに住んでいるだけだ」
サキは両親が離婚して見滝原にやって来た。
アルバムもあるから今度見せると。
「今までは両親が離婚しなかったと言う事か?」
「分からない」
確かに、ループの中で異変が起こる事自体は珍しい事ではない。
例えばヴァイオリンに命を懸けていた上条恭介。
「彼がギタリストだった時間軸もあるわ」
「……そ、それは凄い」
想像がつかない。
そもそもそれは結構大きな変動ではないか?
だとすれば浅海サキと言う魔法少女の出現自体は珍しい事ではない気もする。
もちろんほむらもソレは考えた。だがそれにしてはイレギュラーが多すぎる。
「暁美、お前が今まで確認しなかった魔法少女は浅海だけなのか?」
「いえ。例えば、まずは立花かずみ」
二人目の転校生。
「そして双樹達もよ」
二重人格の魔法少女なんて聞いたことが無い。
おかげで死にそうになったものだ。
「あとはユウリ」
参加者の皆殺し、そして復讐を宣言した危険人物。
「そう言えば学校のホールで会った二人の事を知っている素振りだったな」
「ええ。美国織莉子と呉キリカ、二人とも知っているわ」
苦い思い出がある。ほむらは少し表情を歪ませた。
ほむらはホールで織莉子の魔法が未来予知だと言う事を言い当てた。
今になって思えば、それは一度見ていたからだ。
「だったら、アイツの言っていた言葉の意味が分かるんじゃないのか?」
織莉子は何やら含みのある言い方をしていた。
大きな絶望がどうとか、もうすぐ滅びの運命がどうのこうのだとか。
「そうだな。もしも未来が視えているなら、ソレは凄まじくマズイ事では?」
織莉子の言う事が本当ならば、このゲームの終わりにあるのは破滅だけなのだから。
「……いえ、分からない」
「………」
嘘だ。手塚もサキも、ほむらの表情がかすかに変わったのを見逃さなかった。
それに声の音量も微かではあるが小さくなっているし。おそらくはほむらにとって都合の悪い真実なのか、それとも半分しか分からない状況なのか。
少なくとも何かヒントだけは知っていると手塚は予想した。
「しかし――」
サキが声をあげる。
詳細は聞きにくい、手塚も黙ってサキの言葉を聴くことに。
「参加者の多くと顔を合わせたが、一人足りないな」
「おそらく魔法少女集会でいう7番でしょうね」
「隠れていると言う事なのだろうか? それともチャンスを待っているだけなのか?」
いずれにせよ戦いたくは無い。
だが最も可能性が高いのは、ワルプルギスが現れてから他の参加者を狙うタイプだ。
「そう言えば、ワルプルギスの参加時期は分からないのか?」
「ごめんなさい。今回はもう今までの時期を過ぎているわ」
今回は相当イレギュラーらしい。
しかし何故、イレギュラーが今回に限って集まるのか?
気になるのはやはり、騎士の存在だろう。
「騎士が出てきたのは今回の時間軸が初めてよ」
「確かに、魔法少女のシステムに比べればかなり浮いている」
魔法少女は女性しかなれない。
かと言って、騎士の中には美穂と言う女性がいる。
何故ジュゥべえはわざわざ美穂を騎士の方へ導いたのだろう?
「ありのままに信じるなら、今回は実験だな」
サキがジュゥべえから聞いた情報では、騎士は魔法少女システムに次いでエネルギーを搾取する方法となるかもしれない。
その為のデータ集めとして美穂は騎士側に選ばれたのだろう。
「ちなみに、私が繰り返してきた中にジュゥべえと言うのも存在していなかったわ」
擬似的な感情を持ち、キュゥべえと違い、明確な嘘までつける妖精。
キュゥべえのアシストを行う『従属するインキュベーター』の略がジュゥべえだ。
「アイツは私を知っていたし、能力もお見通しだった。あいつ等の言葉を信じるなら私はもう過去には戻れない」
「まあ、キミの力はインキュベーターにとっては邪魔な存在だろうしね」
せっかく集めたエネルギーをリセットされる。
それをインキュベーターは良しとはしないだろう。
だからインキュベーターらはほむらの能力を封じたのだろうか?
いろいろな願いを叶えられるのなら、難しくは無さそうだが……。
「ただ、それは少し違和感がある」
サキの言葉に頷くほむら。
何かがおかしい。ほむらの能力をインキュベーターはいつ知ったと言うのか。
「騎士に関する事もそう」
真司、蓮、北岡の働いている場所をほむらは知らなかった。
それはつまり、BOKUジャーナルや北岡の事務所、喫茶店アトリがこの時間軸で初めて生まれた存在だと言う事だ。
「そんな偶然があり得ると言うのか?」
いくらなんでも不自然なイレギュラーが重なりすぎている。
そこへ開催されたFOOLS,GAME。
「成る程、確かに余りにおかしい」
見滝原に集まった見たことの無い魔法少女。見たことも無い騎士。
そして生き残りをかけたデスゲーム、FOOLS,GAME。
これが一度の時間軸に起こるなど、ほむらでなくても違和感を感じると言う物だ。
「前回の時間軸でおかしな事は? 例えばキュゥべえに能力がバレたとか……」
「それは、無い」
すると手塚はココで一つの可能性を示した。
「暁美。お前は本当に今回の時間軸に、お前の魔法でやってきたのか?」
「……?」
成る程とサキも理解する。
ほむらがもしも時間魔法ではなく、キュゥべえ達によって連れてこられたというのならば、違和感も理解できると言うもの。
「いえ、私が目覚めた時はいつもの病室だった」
それに前回の記憶もあるとほむらは言う。
いつもどおり、救えなかった記憶が鮮明に。
「そうか……」
「とにかく、今日は貴方達にこの事実を知ってほしかった」
ほむらは申し訳無さそうに手塚たちを見る。
声の音量もより小さくなっていき、珍しく弱気である。
「ごめんなさい」
時間を巻き戻すと言う事のエゴ。
自分の都合で他人が掴み取った幸せを無かった事にする罪。
ほむらにはやり遂げなければならない事があり、それを諦める気は無い。
もしもこの時間軸で再び時間を巻き戻すチャンスがあれば、すぐにそれを実行するだろう。
それはつまりこの時間軸で得た絆を無かった事にする事だ。
そして以前サキに聞いた、戦う理由。
「貴女の妹さんも、前の時間軸では――……」
死ななかったかもしれない。
それを言葉にする資格が暁美ほむらにあろうか? 目指したゴールの過程に、どれだけの人間を犠牲にしたのか?
それから目を逸らしていた部分だってある。
「そうだな。確かに君の言う通り……、妹は前の時間軸では生きていたかもしれない」
しがし意外にもサキの声色は優しかった。
その表情も、まどかと接する時に近い。慈愛の目でほむらを見ている。
「怒りがないと言えば嘘になる。しかしソレは事実があってこそ浮かぶ感情だ」
「?」
「妹は――、前の世界でも死んでいたかもしれない。ならば、それをキミの責任にするのはお門違いだ」
たらればで争うのは虚しい。
「それに、私は確かにこの時間軸を生きているんだ」
サキは、命と言う物に関して独自の考えを持っている。
そもそも本当は願いで妹を蘇生できたのに、ソレをしなかった。
「たった一度だけ与えられた命。その時を生きるからこそ、人はその限られた時間の中に喜びを知る」
命は何よりも尊い。
だからこそ人はそこに『生』の意味を見出す筈だ。
「もちろんキミ達が誰かを蘇生させたいなら、否定はしない」
これはあくまでもサキ個人の考えだからだ。
故に、サキはほむらに対して怒りを覚える事は無い。
もちろん蘇生させたいと思う気持ちはあるが、自分はその踏ん切りがつかないとも思う。
「それに妹は優しかった。彼女なら、キミを恨んだりもしないだろう」
「そう……」
サキはふと思い出したように手塚を見る。
「妹は美幸と言うんだ。君と一緒だな」
「成る程、良い名だと思うぞ」
ニヤリと笑う手塚、サキも微笑んで頷いた。
「とにかく今、私達に出来る事はこのゲームを終わらせる事だ」
「これ以上の犠牲者を出すのは避けたいな」
「そうだ。難しいかもしれないが諦めてはいけない。諦めた時点で何も叶わなくなる」
「………」
ほむらは悲しげに頷いた。
とにかく今は起きている異変を調べつつ、ワルプルギスに勝つしかない。
ただ話を聞けば分かる事だが、ワルプルギスの夜は他の魔女とは圧倒的にレベルが違う。
もしも戦闘中に妨害を受ける様な事があれば、確実に勝てない。
「アレは巨大。それに嵐を巻き起こす能力がある。見滝原にいれば発見するのは難しくないわ」
「つまり参戦派がいない状態で戦いを挑むしかない訳か」
「そして勝つ。厳しいな」
しかし希望もある。
イレギュラーとしてみている騎士。その存在はワルプルギスの夜にとってもイレギュラーの筈だ。
騎士と魔法少女の力が合わされば、活路はあるのではないか。
「勝とう。私達は、絶望する為に生まれた訳じゃないんだから」
「ああ」
「ええ」
三人は頷いて、小さな希望を胸に灯したのだった。
「私にできる事があれば何でも言ってくれ」
「そう? じゃあ早速お願いしたい事があるのだけど」
「?」
ほむらはサキに一つの事を頼む。
「あ、どうもいらっしゃ――……あ、サキ!」
「ああ。今いいかな?」
「いいよいいよ! いらっしゃい!」
手塚の部屋を出たサキが真っ先に向かったのは、喫茶店アトリだった。
そこで店の手伝いをしていたかずみに接触する。
「少し、君と二人だけで話がしたい」
「……!」
「誰にも聞かれたくない話になる。場所はあるかな?」
サキの言葉で、ある程度は察したのか、かずみは深刻な表情で頷いた。
「しばらくしたら休憩だから、それまでは待ってて」
「分かった。店にいても?」
「うん、いいよ。何か飲む」
「ああ――。ん? あれは」
サキはカウンターの方で見知った背中を発見する。
今日は平日で昼前ともあってか、それほど客が居ないためにすぐに分かった。
城戸真司だ。その背中は見るからに物悲しげであり、何やら蓮にブツブツと相談をしている。
「なあ蓮、お前はそれでいいのかよ!!」
「当たり前だ。俺が知ったことじゃない。それにもう手遅れなのは流石にお前でも分かるだろ」
「そ、それは――……! そうかもしれないけど!」
サキは真司に近づき、隣に座って話しかけた。
「どうも」
「ああ、サキちゃん」
「何か悩み事ですか?」
「あぁ、えっと――」
真司は芝浦から聴いた真実に違和感を覚えていた。
だからこうして皆に意見を聞いて回っているのだ。
「サキちゃんはさ、魔女を倒す事に抵抗とかない?」
「最初は少しだけ。でも、もう魔女は魔女だ」
「ほら見ろ。そこのガキはお前より何倍も頭がいいな」
蓮の言葉に唸る真司。
確かに魔女は魔女だ。放置しておけばより多くの犠牲者を生み出す『悪』として考えるのが普通だろう。
「でもなぁーッ!」
しかしそれとコレとは別だ。
目の前にいる魔女が、元々は希望に目を輝かせていた少女だと思うと、どうにも攻撃を行う事ができない。
どうしても元の存在がチラついてしまうのだ。
「魔女は、使い魔から進化した可能性もあります。全てが元魔法少女とは限らないでしょう」
「う、うん」
サキは蓮に紅茶を注文すると、ため息をつく。
フォローの言葉を入れるものの、人として正しいのはおそらく真司の方だ。
少し迷いこそしたが、すんなりと魔女を殺せるようになったサキとしては、どうにもこうにも。
「優しさと甘さは違う。お前はただ甘いだけだ」
「ッ!」
蓮の言葉に真司は表情を歪めた。
真司自身も色々と思うところがあるのだろう。
「分かっているのか。芝浦に殺されていたんだぞ、お前」
「ああ……」
「それはあの学校の連中も同じだ。お前、守るんじゃなかったのか? そんな事じゃ――」
「分かってるよ!」
痛いところを突かれたからか、真実は少し声を荒げてしまう。
こんな事じゃ、誰も守れはしない事くらい痛い程分かっている。
向こうは殺す気。こちらはニコニコと仲良くしましょう。
どちらが不利なのかは明白だ。
「分かってるけど――ッッ!!」
うな垂れる真司。
「ちくしょう! どうしてこうなるんだよ!!」
状況は悪くなる一方としか思えない。
戦いを止めたいと思っているのに、全然うまくいかない。
無力感、虚しさ、真司は頭をかきむしる。こんな筈じゃ無かった、もっと騎士の力はより良い事に使える筈だった。
「騎士って……、見た目は結構ヒーローっぽいじゃん」
子供の時には憧れていた"戦隊ヒーロー"。
ドラグレッダーだってその時の印象から生まれたモンスターである。
別に正義のヒーローになろうとかじゃないし、そう言うのがフィクションだと言うのも分かる。
ただやはり騎士になれた時は、多少そう言ったヒロイックな気分にもなる。
なのに周りの奴らは殺し合い、それはヒーローとはかけ離れた行動だ。
「現実だからな。お前みたいに夢に溢れてないんだよ」
「ちょっとくらい夢見たっていいだろ? どうせ貰うなら、殺し合う力より守るための力の方がいいじゃないか」
それを鼻で笑う蓮。力をどう使うなど力を得た人の勝手だ。
それに今の真司の言葉は余りにおかしい。
殺し合う力より守る力? 蓮はそれは大きく違うと真司に示した。
「俺たちが手にしたのは、同じ力だろ」
「……!」
「騎士はヒーローなんかじゃない。ただの鎧、そして武器だ」
全ては騎士の意思次第。
最初に手にした力は、全員が同じであった筈だ。
「城戸、お前は期待しすぎている」
周りがいつか自分のミスに気づき手を取り合う? 甘い、甘すぎると蓮は言った。
真司は戦いと言う物を勘違いしているのだ。真司は戦う事がイコールで、他者を傷つけると言う発想に至りすぎている。
そう言った点では同じ戦いを止めたい考えであったとしても、手塚の方が余程リアリティのある考えを持っているだろう。
手塚は参戦派で話が通じないなら、排除はやむなしと思っている派だ。
「手塚は正しい。戦いを止めたいなら、お前がちゃんと戦って、力で周りを黙らせろ」
「………」
「屈服させて、協力させるくらいしなければ、この戦いは終わらない」
話を聞いていたサキは何も言わない。
それは多少なりとも蓮の言うことの方が正しいと思ってしまうからだ。
とは言え、唸る真司。
「それは少し違う気がする」
「?」
「やっぱり心の問題なんだと思うけどなぁ。あ、ほら、北風と太陽ってあるじゃん」
無理やり従わえても、それは本当の信頼ではないし、協力にも繋がらない。
魔法少女と騎士の連携。そして何よりも参加者の協力が、ワルプルギス討伐には必須だと信じている。
「なら、王蛇みたいな奴が協力すると思うか?」
「………」
思えない。正直真司もそう思っている。
「でもッ、じゃあ無理なんだって諦めるのかよ」
王蛇だって杏子とペアが成立しているのだから、誰とも協力できない訳じゃない筈だ。
「俺は絶対に諦めないからな!!」
「フッ、せいぜい折れない様に頑張るんだな」
「あはは……」
正直サキとしては諦めている所はある。
戦いを止める事を目的とはしているが、残り参加者全員が手を取り合いワルプルギスを倒す事は不可能だとも思う。
とにかく王蛇ペア、そして美国織莉子が率いていた集団。
(さやかを絶望させた原因の一人、呉キリカ)
となれば当然織莉子だって絡んでいる筈。
(全く、どいつもこいつも困った奴だ)
そこで、かずみがやって来る。
どうやら休憩時間のようだ。サキは真司たちに別れを告げて、喫茶店に連結されている立花の家へ案内された。
そのまま階段を上ってかずみの部屋へ。
空いていた一室を部屋として利用させてもらっているらしい。
かずみの趣味なのか猫のグッズが多く、女の子らしい可愛いものである。
「私の部屋とは大違いだ」
「えへへ、欲しいなら一つあげるよ」
クッションを差し出すかずみ、サキは礼を言ってそこへ座る。
和やかに笑い合う二人だが、サキが表情を変えて本題へと話しを持っていく。
「かずみ、君は何者なんだ?」
「え……?」
それは暁美ほむらに頼まれた事だった。
ほむらは、ガイペア戦で『暴走』を確認している。
能力、鈴型のソウルジェム、そして魔女に近づく暴走。
全て一人の魔法少女の力と言えばそれまでだ。
しかし、かずみもほむらにとってはイレギュラー。
ほむらは一度かずみの事を調べてみることにした。時間を止めて学校にあった個人情報を確認する。
「私も少し調べさせてもらった。立花の親戚と言うのは本当なのか?」
なにぶん見滝原から出られない為、調べられる事も少ないが、それでも怪しい所が多々出てきた。
「魔法でわざわざ教師を洗脳して、学校に入学する手続きを取ったね」
「………」
「一度、マスターやキミのパートナーに詳しく話を聞く必要があるのかな?」
「……サキは意地悪だね」
「許せ。このゲームでは信頼が一番の武器だからな」
かずみ大きなため息をついてうな垂れた。アホ毛がそれに合わせて垂れ下がる。
「負けだよ。負けです。負け負け。観念しました」
かずみだって信頼が大切なのは知っている。
下手に怪しまれて敵視されるのは、不本意だった。
「そうだよ。わたし、ホントは立花さん達とは何の関係も無いんだ」
「じゃあ親戚と言うのはやはりウソなんだね」
「うん。絶対に蓮さんには黙っておいてね」
「約束しよう。私も、悪戯に人間関係を壊す気は無い」
しかし気になるのは、何故かずみが嘘をついてまで蓮の傍にいるのかだ。
「実はね、わたしの願い事が関係してるんだ」
「魔法少女になった理由?」
頷くかずみ。
魔法少女として願った祈り。
「勘違いしないで、わたしは本当に戦いたくは無いの」
しかし協力派のままと言う訳にもいかなかった。
「詳しくは言えないけど、わたしも恵里さんを助けたいの。もちろん蓮さんも悲しませたくない」
だからかずみにとって最も優先されるのは、蓮の願いだった。
もしもゲームが進み、恵里を救う方法が『願い』しかないと判断すれば、かずみは蓮と共に戦うしかない。
「そうなったら、私は迷わないよ。たとえサキやまどかを殺す事になっても……」
「ッ」
「ごめんね。本当に、ごめん」
「いや、私もキミを止める」
かずみは困った顔を浮かべるが、少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「しかし願いはワルプルギスを倒しても叶えられる。それじゃ駄目なのか?」
「わたしね、できれば……、死にたくないの」
協力派の面々ならば今のところ願いを譲ってくれそうな物だ。
しかし叶えられる願いは一つだけ。恵里を助けると、魔法少女システムの否定ができない。
ソウルジェムの問題をどうにかしなければ、かずみはやがて魔女になってしまう。
それは、嫌だった。
「サキはどう考えてるの? 魔法少女から逃れないと、わたし達死んじゃうんだよ?」
「そうだな、ワルプルギスを倒して魔法少女の呪いを解き放つしかないのかもしれない」
「でしょ? だったら協力派だとダメなんだよ。ダメダメなんだよ」
「……ッ」
「魔法少女は寿命じゃ死なないんだから。絶望して魔女として死ぬか、その前にソウルジェムを砕いて死ぬか……」
でも、そんなのは悲しすぎる。死にたくない。ただそれだけだった。
「やっぱり、幸せになるには生き残るしかないんだよ」
悲しいけど、それ以外に方法が無いのだから仕方ない。
かずみは蓮の為に、そして何よりも自分の幸せの為に、願いを複数叶えたいのだ。
果たしてそれが正しい事なのかは分からないが、間違ってもいないはずだ。
「だが君は他人を犠牲にして成り立つ幸福の中で、本当に以前と変わらない笑顔を浮かべる事はできるのか?」
「……それはッ、ずるいよ」
一番聞きたくない事だ。
まどかやサキを殺して、かずみは願いを叶えた後で変わらない笑顔を浮かべられるのか?
罪の意識に苛まれないとでも言うのか?
「しかし事実だ。目を逸らせない」
ある意味、詰んでいるのかもしれないとサキは言う。
悲しすぎるゲームだ、希望だけチラつかせて終われば、絶望の思いに苛まれて自滅する。
もしかしたらキュゥべえ達はこの一連のプロセスすら目的に組み込んでいるのかもしれない。
恍惚だ。人の心を利用して絶望させようとしている。
「擬似的な感情を持っているジュゥべえ辺りが言い出したんだろ」
厄介な武器を手に入れた物だ。
キュゥべえだけならゲームすら起きなかったのかもしれない。
その言葉を聞くと、かずみはハッと顔を上げた。
「わたしね、キュゥべえ達に怖い事聞いたんだ」
「怖い事?」
キュゥべえ達に出会う事ができれば、ルールや情報を教えてくれる。
かずみも運よくキュゥべえを見つける事ができたので、情報を貰っていたのだ。
「サキはさ、考えた事ない? 他の魔法少女が今何をしてるのか」
「ああ、そう言えばそうだな」
見滝原だけでなく風見野や他の地域にも魔法少女はいる。もちろん海外にも。
「そうか! 見滝原外にいる魔法少女に助けを求める事ができれば、希望が見えるかもしれない!!」
しかしかずみは顔を青くして首を振った。
「駄目なの」
「ど、どうして?」
「だって――」
かずみの言葉に、ゾクリとサキの背中に寒い物が駆ける。
「だってね、もう"誰もいない"んだ」
「それはどういう――?」
「キュゥべえ達はね、参加者以外の魔法少女が邪魔だから消したんだよ」
「け、消した?」
「うん。全員絶望させて、魔女に変えたんだって」
「馬鹿な!!」
サキは思わずテーブルを叩いて立ち上がる。
「そんな横暴――ッ! ありえない!!」
サキは少なくともキュゥべえ達はあくまでも直接的な介入をする事は無いとずっと考えてきた。
お互いのパワーバランスもあくまでも均等。魔法少女と対等な立場を維持するとばかり。
なのに今、明確な力の差を教えられた気がする。
インキュベーターは魔法少女と対等なのではない。完全に上を行く存在なのだ。
「し、信じられない……!」
「信じられないなら、サキも妖精を探すといいよ」
「だがッ、そもそもそんな方法があるのなら遠回りなエネルギー回収をする必要は無いのでは? 適当に契約させ、直後絶望させればいいだけでは……」
「それじゃあ得られるエネルギーが少ないんじゃないかな?」
もしくは。サキはジュゥべえに言われた言葉を思い出す。
契約のシステムは有益な取引だと。取引とは相手と対等な立場である者が行うものだ。
得る物を得る為に、協力し合う。
かずみが今述べた事を照らし合わせるなら、つまりインキュベーターは人を絶望させる事自体は容易にできると言う事なのか?
「しかしそれでは大きなエネルギーが得られないから、あえて私たちを放置して自然に絶望させる様に仕向ける……」
キュゥべえ達はあえて自分達を泳がせていたのだ。
希望をチラつかせ、餌を与えて太った所を絶望する事でより多くのエネルギーを得る。
殺すだけなら簡単にできたのに。
「養殖と同じだよ。わたし達は狭い箱庭の中で飼われる餌だったんだ」
杏子が以前言った言葉に、食物連鎖のピラミッドがある。
家畜や植物を食らう人、そして人を食らう魔女。その上に立つのは魔法少女だと。
しかしピラミッドには続きがあった。
魔法少女を食らう妖精と言う続きがだ。
「つまり、キュゥべえ達の気分次第で私達は簡単に排除されるのか!?」
「たぶん……。だから願いの力を使ってキュゥべえ達もどうにかしないといけないの」
未だにサキは信じられなかった。
そんな方法があるならば、何故時間をループする一番の邪魔者であったほむらをすぐに殺さない?
何故今になってこんなゲームを持ち出すのか。
「だからね、やっぱり願い事で幸せになるしか無いんだと思う。ワルプルギスを倒しただけじゃ多分ダメなんだよ」
かずみは苦しそうに言った。
自分はともかく、せめて蓮だけは幸せになってほしい。
「正直、
幸せになる事を。
「でも、騎士の皆は、まだわたし達ほど絶望に向かってないと思うんだ」
だから幸せになってほしい。
それが、パートナーとしての自分達ができる精一杯のお手伝いなのではないか。
かずみは儚げに笑っていた。
「………」
泣きそうな笑顔だった。
サキは何と声をかけて良いか分からず、曖昧な笑みを返すしかなかった。
『幸せになれるさ、私達は』
その言葉を言えば良かっただけなのに、できなかった。
サキはそれが悔しかった。だけど悔しいのに、悔しいと分かっているのに、何も言えない。
この時、理解してしまったのかもしれない。
かずみとはいずれ、戦う事になるのだろうと。
「はぁ」
一方コチラは真司。未だに踏ん切りがつかないでいた。
騎士や魔法少女達と戦う事。魔女と戦う事。
人を守るためとは言え、意識してしまうのは当然じゃないか。どうして蓮があんなに簡単に割り切れるのかサッパリ分からなかった。
「はぃ」
別に正義がどうのこうのと言うつもりは無い。
人として、人だった者を傷つけるのはおかしいのではないかと言う考えだ。
もちろん放置すれば危険と分かりつつ、どうにも抵抗が拭えない。
「はぅ」
悩む。
「はぇ」
迷う。
「はぉ」
弱い、俺は。
真司はどんどん深い思考の闇に落ちていく。
「はぁあぁぁぁああぁああぁあ!!」
「いやうるせぇよ!!」
「ぶーばッ!!」
丸めた雑誌で殴られた。
真司が振り返ると、ソコにはイライラしてますと表情を歪めた編集長が。
「な、なんでしょう?」
「なんでしょうじゃないよお前は。何なんだ、最近ため息ばっかり!」
いつも馬鹿みたいに元気のいい真司が急に黙り込んで、ため息ばかり。
編集長でなく仕事仲間全員がその異変には気づいていた。
しばらく放っておけば治るだろうと思っていたが、どうにもそうでないらしい。
「あれだろ、応援してたサッカーチームが負けたんだな。ははあ、仕方ないよ真司くん。勝負の世界とはそういうものさ」
「ち、違いますよ」
「じゃああれか、大切にしまっていた饅頭の賞味期限が切れたんだな。大丈夫だよ真司、お前はお腹も馬鹿だから痛んでても気づかないって」
「失礼ですよ編集長!」
「だぁもう、じゃあ何なんだよ! ほら、言ってみろ! 金と女の事以外ならバシーっと解決してやるからさ!」
「じゃあ――……」
唸る真司。
とは言え、どう説明すればいいものか。
「どうしてもやり遂げたい目標があるんです」
「ほう!」
「だけどっ、全然できる気がしないっていうか……、なんて言うか」
「諦めろ! 無理なモンは無理! 以上!!」
「ええ!? いやいやそりゃないでしょ!」
真司は編集長を掴んで強く揺さぶる。
「何かこうバシーッと決めてくれるんじゃなかったんですか!」
「うるせぇ黙れ! この世は夢も希望も無いんだよ!」
「そこを何とか!!」
真司は立ち去ろうとする編集長の腰を掴んで引っ張る。
これじゃ何も変わらない、むしろモヤモヤは膨らむばかりだ。
「だいたいお前は迷うってキャラじゃないだろ! せいぜい昼メシを牛丼にするか天丼にするかで悩むくらいだったろうが!!」
「それも最高に迷うことだけどッ、今はもっと悩んでるんですってば!!」
「じゃあやり遂げるまでッ、やり続けろよ!!」
「!」
真司はハッと表情を変えて手を離す。
おかげで編集長は雑誌の山へと吹き飛んでいき壮大に転んでいた。
真司は先ほど言われた言葉を復唱する。
当たり前にも思えるが、ゴールに向かうには何はともあれ、走り続けなければならない。
「でもやり遂げる自信も無いし……」
「それでもだよ。できなくても、叶わなくてもやり遂げる為に行動しろ」
「ゴールも見えないし……」
「だったとしても、お前の性格ならやらないよりはやった方が良い。じゃないともっと後悔する。お前はそういうヤツだ。俺は知ってる」
「え? いや、編集長に俺の何が分かるんですか」
「殴るぞ」
とにかく、目標の為に走り続ける事こそが迷いを振り切る事。
その途中に何度迷っても、目指した道をただひたすらに走る事。
「馬鹿が考えたってどうしようもないんだから、行動するしかないだろ」
「そ、それはまあ」
「そもそもな。人間誰かに相談する時点で、実はもう自分の中でだいたい答えが決まってる事が多い」
背中を押してほしいのだ。誰もがみんな。
「お前のやりたい事は、お前が一番分かってんだろ?」
「………」
「それにな真司。さっきは夢も希望も無いって言ったけど――」
案外うまくいく時は、すんなりうまくいく。
それに望んだ事以上の物が返ってくる場合だってある。
「まあ要するに何が起こるか分からないのが人生だ」
それは当然真司にだって言える事だ。
「お前がやりたい事を、最後まで目指してみろ。もちろん仕事に支障の無い程度にな」
「は、はい!!」
頷く真司。
「よし、今日は予定も無いから後は外でネタ探して来い! 時間になったら帰っていいから!」
「わ、分かりました! ありがとうございます!」
オフィスを出て行く真司。
編集長は腕を組んで頷いている。
「叶わなくてもやり遂げる為に行動しろ、か。良いこと言いますね編集長」
「だろ? 俺の豊かな人生経験がなせる業だね」
そこで島田が床に落ちた雑誌を片付けようと席を立つ。
「い、いや、いい。俺が全部やる」
「遠慮しないでください。片付け手伝いま――」
島田が手に取った雑誌に、先ほど言った言葉が全部書いてあった。
「………」「………」
BOKUジャーナルを出た真司。
答えを見つけなければ、そう思ったらばお腹が鳴った。
まずは食事だ。腹が減っては何とやらと言うじゃないか。
「んー、何食おっかな」
頭をかく真司。
そう言えば、まどかとこの件の関してまだ詳しく話してはいない。
彼女はどう思っているんだろう? 一度会って話してみるか。
真司は携帯を取り出して、まどかへ連絡を取った。
「あ、もしもしまどかちゃ――、え?」
「はい、じゃ、ま! 無事に仁美ちゃんが退院できたって事でかんぱーい!!」
「「「か、かんぱーい……」」」
ウーロン茶やジュースのグラスに混じって、ビールのグラスが気持ちのいい音を立てた。
美穂はゴクゴクと豪快に音を立ててビールを飲み干していく。
真司達はそれを複雑な目で見ていた。
「あ、あの美穂先生? お昼なのに大丈夫ですか?」
「ういー! ん? 何が?」
美穂はあっと言う間に一杯を飲み干すと、早速おかわりを注文していた。
急いで持ってきた店員に礼を告げると、みるみるグラスの中の液体を減らしていく。
「うひぃ! 超おいしい!!」
「お、オッサンみたいだぞ。と言うかまどかの言う通りだ、夜まで我慢できないのか」
「ああ駄目よサキ、まどかちゃん。文句ならお酒を生み出した罪深き神に言ってちょうだい」
美穂は気にする事無く唇についた泡を拭う。
まどか、サキ、真司、美穂はお好み焼きのチェーン店に来ていた。
鉄板の上ではソースのいい香りが広がっている。
真司以外の三人は、仁美が退院すると言う事で顔を見せに行っていたらしい。
しかし先に仁美の両親が来ており、食事は家族で行うとの事。
ならば後で仁美の家で合流する事にして、三人で食事を済ませようと。
そこで真司からまどかに連絡が入り、今こうして四人でココにいる訳だ。
本当はほむら達も誘ったのだが、何やら忙しくて来れないとの事だった。
「………」
理由はサキだけが知っている。
かずみ聞いた情報をほむら達にも教えたのだ。
その詳細を求めに妖精達を探しているんだろう。
とは言え簡単に教えてくれるとは思わないが。
「でもちょっとお前不謹慎だぞ。あんな事があったのに酒だのなんだのって」
「何言ってんの。切り替えは大事でしょ、遺族達の前ならまだしも私達がいつまでもウジウジしたって仕方ないって」
「そ、そっか……。そう言うもんか」
「そう言うものよ。悩むよりも次に繋げるわ」
美穂も既に自分なりの考えを持っているようだ。
真司は素直に凄いと思う。
「そうそう。みんな青海苔かける?」
「かける、かけ――」
「馬鹿、アンタは絶対にかけるって知ってるって。私はサキ達に聞いてるんだよ、女の子は歯につくと恥ずかしいでしょ?」
ムスッとした様に了解する真司。
その様子をまどか達は笑顔で見ていた。
「かけよっか、お姉ちゃん。わたしも青海苔好きだし」
「ん? あ、ああ」
「大丈夫大丈夫。青海苔つけてドジっ娘アピールしておけばいいじゃない」
「するか! そんな遠まわしなアピール!!」
美穂の言葉に、サキは叫ぶ。
いつの間にか、まどかは皆の前でもサキと昔のように接していた。。
しばらくは幼馴染としてでなく、後輩として接してきたが、戦いの中で再び頼れる姉のような存在になっているのだろう。
一方でサキと美穂も姉妹の様だ。
美穂の頼みで、敬語での関係を止めた二人。
とは言え、まるでサキが姉の様になっている。
「おい美穂、俺のにもかけてくれよ」
「はぁ? やだよ、自分でかけなよ」
「お前がかけてくれるのが一番バランスがよくて美味いんだよ」
「なによそれ。仕方ないなぁ本当に」
なんだかんだ言ってかける美穂。
「って言うか、口の周りソースまみれだよ? もっと綺麗に食べなよ」
「豪快なのが男ってもんだろ!」
「ただの馬鹿にしか見えないわよ!」
美穂は真司の口周りについたソースをごしごしと拭いていく。
それを見てニコニコと笑うまどか。まどかからして見れば、真司は兄の様な存在だ。
彼の様子はよく観察していて、だいぶ分かってきた。
やはり美穂といる時はいつもより楽しそうなのだ。
「二人はとってもお似合いだね」
「「!!」」
真司と美穂はギョッとした目で、まどかを睨んだ。
「え? あッ、ごめんなさい!」
「そ、そうだよまどかちゃん。誰がこんなヤツ」
「はぁ。嬉しいくせに。いいんだぞ? まどかちゃんの言葉に乗じて私に好意を伝えても。ねえサキ?」
「なるほど、二人きりだと伝えられない事をまどかと言うクッションを用いてそれとなく相手に伝えるわけか。それはいい、後でメモしておこう」
「サキちゃんまで何言ってんだよ! あのな、そもそも俺はもっと清楚な人が好みなんだよ!」
「なんだ! そりゃ私ががさつな女ってか! この馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!」
「ちょ! 痛っ! 馬鹿お前! いだだだだだ! ぎゃぁあぁああああ!!」
叩く美穂。崩れていく真司。
何故かそのまま美穂は真司のお好み焼きを奪ってガブガブ食べていく。
それを見て、呆れたようにまどかは苦笑したのだった。
さて、食事が終わった四人は約束どおり仁美の家に向かった。
全てを彼女に知られ、かつ記憶も残っている時点で隠しておく事も無いだろう。
なによりも約束した。だから全てを彼打ち明けるつもりだった。
しかしいざ家に着いていみると、ソコには先客が。
「まどかさん! 来てくれたんですのね!」
「あら、あなた達は」
「?」
仁美は困ったような表情で、まどかに助けを求める。
前にいたのはスーツ姿の女性だった。状況を見るに、何やら話しを聞いてメモしていた様だが。
「貴女は?」
「失礼。石島美佐子と言います」
そう言って美佐子が出したのは警察手帳だ。
真司は思い出す。確か須藤の相棒がそんな名前だったはず。
しかし既に須藤の存在はこの世界から無かった事にされているのだから、何もいえない。
「はあはあ刑事さん。でもまたどうして?」
頷く美佐子。
「テロの事について色々と」
「あぁ」
仁美は貴重な生存者だ。それは話も聞きたくなるだろう。
しかしアレはキュゥべえ達によって都合よく書き換えられた事実なのだから、どれだけ聞いても無意味なのが悲しい。
「でも今はその、テロの話じゃないんです」
「?」
複雑そうに表情を歪める美佐子。
「実は、個人的に気になる事があって志筑さんのお宅へお邪魔しました」
「はあ」
言いにくい事なのか、美佐子は何度も言葉を詰まらせる。
「実は、その、一命を取り留めた生徒の中には皆と違う証言する子がいて」
「違うこと?」
「ええ、学校が壊された原因はテロではないと」
一同は理解する。仁美のように記憶を保持したままの生徒がいる事は聞かされていた。
とは言え、皆テロのショックで精神に異常をきたしたと判断されているようだが。
「でも、私は否定しきれないんです」
「なぜ?」
「テロではないと言っていた生徒達は、みんな学校が化け物に襲われたと口を揃えて供述しています。一人だけならまだしも、複数人が言っているのなら……」
確かに、そこに目をつければありえない話ではない。
「それに、私自身がそれを信じる理由がある」
「え?」
「昔の話です。誰に言っても信じてくれなかったけど――、皆さんは魔法少女と言う存在を知っていますか?」
「!!」
驚く一同。とは言え、美佐子はその表情を違う形で解釈したらしい。
「そうですよね。おかしなことを言っているのは分かってます。だけど私は――っ!」
美佐子が中学生の時。親友に、"椎名レミ"と言う少女がいた。
ある日部活の帰りで遅くなった美佐子は。人気の無い近道から家に帰っていた。
その途中で摩訶不思議な空間に足を踏み入れたと言う。
周りの景色が変わる中で現れた異形。どこからどう見てもこの世の生き物とは思えない容姿だった。
「まさに、化け物」
「………」
化け物に襲われた美佐子は、死を覚悟したが、その時にレミが現れて自分を守ってくれたと言うのだ。
「あの時の彼女の服装は今も覚えている」
メイド服の様なファンシーなドレス。
しかし手に持っていたのは不釣合いな斧だ。
レミが化け物を倒した後、美佐子は意識を失った。
「気がついたときには朝でした。両親が言うには私は普通に帰宅して、そのまますぐに眠りに着いたと」
レミが守ってくれたことは夢だったのか?
違う。あの時、確かにこの目でレミが戦う姿を見た。
直接聞いても知らないと言っていたが。夢だと笑っていたが。あの感覚はどう考えても現実だった。
「そして、私達が三年に上がる丁度その時でした」
レミが行方不明になった。
美佐子は必死にレミを探したが、警察共々見つける事は叶わず、行方不明と言うことで処理された。
「だから私は刑事になりました」
レミを探すための資料を集めたのだ。
そこで分かったのが、当時三歳だったレミの妹が、『レミは魔法少女である』と証言していた。
「三歳の少女の言う事です。もちろん誰も信じなかった」
しかし妹が書いたレミの魔法少女としての姿が、美佐子の記憶にあったものと似ていた。
子供の書いた絵だったので詳細は怪しいが、イラストのレミは斧を持っていた。
「この一致を偶然とは思えなかった。それから個人的に調べている中で過去にも似た様な事件があったのは確かなんです!」
美佐子はどうにも今回の話が精神のショックで生まれる物とは思えなかった。
「あ、えっと……、私は……」
「志筑さんは混乱しているようで、今日はもう帰ろうかと」
と言うのは仁美の演技だ。
まどか達に相談せず、魔女の事を話していいものか分からないでいた。
「………」
サキは考える。
ほむらが言っていた事を踏まえると、この時間軸には多くのイレギュラーや、悪意が見える。
その中で管理された自分達ができる抵抗は些細な物になるかもしれない。
ここは、とにかく協力してくれる存在が多い方が助かる。
「分かりました。真実を、お話しします」
「え?」
「ちょ! ま、マジ? 大丈夫なのサキ?」
これを話すと言う事は、戦いに巻き込む事でもあり、同時に世界に大きな影響を与える事になるだろう。美穂はサキを止めようとするが、サキは引かなかった。
強い目で美佐子を見つめる。
「知る覚悟はありますか?」
それを問うと、美佐子は強く頷いた。
「もちろん、私はそのために刑事になったんですから」
「そうですか」
真司とまどかも、どうしていいか分からずに沈黙していた。
暗黙のルールと言うか、マミの教えもあってか、一般人の記憶に残らない様に魔法少女は振舞う物だと思っていたのだが……。
「教える事で危険を回避させると言う考え方もある」
どうせ仁美にも話そうと思っていたことだ。
警察に協力者ができれば、いろいろ動きやすくなるのも事実である。
しかし一番の理由は、同情してしまったのかもしれない。
このままだと美佐子はレミの幻影を追い続けることになる。なぜレミが死んだのかを知らないまま。
それは、とても悲しいことだ。だから話す。
「!」「!?」
サキは二人の前で魔法少女に変身した。
掌に電撃が生まれた。
「これが、魔法です」
「そ、そんな……!」
「驚いた、まさかそんな残酷でッ、幻想的な事がありえたなんて――!」
サキは美佐子と仁美に、契約の事、魔法、魔女、そしてFOOLS,GAME。今この見滝原で行われている異常を説明し終えた。
仁美には厳しい現実だったのか、途中から泣きじゃくってしまい、以後はまどかが寄り添う形で話を聞いていた。。無理も無い、さやかの死が残酷なルールによる物だと知れば、怒りや悲しみも湧くだろう。
「じ、じゃあ……、レミは?」
「おそらく、魔女になったのでしょう」
「………!」
美佐子も流石にレミが生きているとは思わなかった。
しかし心のどこかに淡い期待があったのも確かなのだろう。
それが砕かれたショックで、しばらくは呆けていた。
「魔女になった後は、どうなるんですか?」
「人を殺します。やがては魔法少女に倒される」
「そんな……!」
美佐子は崩れ落ちる様に膝をつき、堪えるように涙を流した。
「じゃあ、まどかさん達は……、ワルプルギスを倒さないと?」
「……うん」
「そ、そんなぁ! あんまりですわ!」
仁美にとって、これから親友と先輩を失う事になるかもしれない。
想像するだけで泣けてくる。まどかは一応大丈夫と微笑むが、仁美にとっては優しい嘘でしかない。
ほむらの話しを聞くに、ワルプルギスの夜は強い。
本当に犠牲なくして勝てるのかは、疑問だった。
(いや、私が弱気になっていては駄目だ!)
教えた責任もある。サキは真っ直ぐに美佐子と仁美を見ていた。
「まどかさん! 絶対に死なないで! 私、あなたまでいなくなったらもう――ッ」
もうこれ以上、友達が死ぬのは耐えられない。
「もう……、嫌――ッ」
「仁美ちゃん……」
そこで美佐子が顔を上げ、ふと呟く。
「レミは、絶望しながら死んでいったんですね」
「………」
頷くサキ。
それが魔法少女の宿命である。
「悲しすぎますわ……!」
「そうだね。でもわたし達は確かに希望を抱えていたんだよ?」
それを守る為に、忘れないために戦ってきた。
それはこれからも? その言葉に疑問を抱えている現状であるが。
「まどかさん、困ったことがあったらいつでもっ、どんな事でも言ってください! 私、絶対に助けますわ!!」
戦えない仁美にできる事は限られる。仁美は縋る様にまどかを抱きしめた。
「私も、個人でできる協力は惜しみません」
美佐子もそう言ってくれた。
さらに、捜査している中で気になる情報があったら教えてくれるとまで。
「い、良いんですか? 勝手に捜査資料を流したら……」
「それでも! 子供が殺し合う世界なんて、絶対に間違ってるッ!」
真司は少し怯んだが、やがてしっかりと頷いた。
そうだ。これは異常だ。おかしいんだ。
手塚も言っていたが、このゲームを認めた時点で自分たちは人で無くなってしまう。
確かに蓮の様に絶対に叶えたい願いがある者達にとってはチャンスなのかもしれない。
しかしそれでも否定しなければならない。
このゲームの果てに得られる幸福は、絶望の上に成り立つ物でもあるから。
「!!」
その時だった。
参加者全員の脳に、不快な耳鳴りが響いたのは。
「……魔女ッ!」
真司は歯を食いしばった。焦り、不安、まだ答えが出ていないのに。
さらに一同の異変に気づいたのか、美佐子と仁美も異変を察知する。
まどか達は戦いの場に向かうのだろうか? 仁美としては行かないでほしかった。
しかしそれは犠牲者を増やすかもしれない。
「耳鳴りが弱まっていく」
それは気配が遠ざかっていると言うことだ。
「このままだと見失う可能性も高い。今すぐに追わなければ」
サキは仁美達に告げると変身。窓を開けると、そのまま屋根に飛び乗った。
成長魔法によって視力を強化。周りを見渡して魔女の結界を探る。
「なるほど、そういう事か」
道を走る軽トラック。そこに魔女結界の入り口が見えた。
どうやらグリーフシードが何らかの形で荷台に乗ってしまったのだろう。
おかげで移動する魔女結界となった訳だ。もしもこのまま市街地へ結界が運ばれれば、被害はそれだけ大きくなる。
「行こう、魔女を倒すんだ」
そこでサキは表情を曇らせているまどかと真司を見た。
「もちろん、二人はココにいればいい」
「そ、それは――!」
「戦えるの?」
まどかも、真司も、何も言えなかった。
はっきり言って、戦えない。しかしだからと言って見過ごすことも出来ない。
損な性格なのだ。愚かとしか言い様がない。
「アシストだけはしたい。ね? 真司さん」
「ああ……!」
立ち上がる四人。そこで手が伸びてきた。
「あの、まどかさん……! お願いがあるんです」
サキとしては予想済みだった。それは美佐子もだろう。
「私も連れて行ってくれませんか?」
「危険だ。守れる保証は無い」
魔女にもレベルがある。
特殊な能力を持った魔女は対処の仕方が分からず、コチラが危険になる事もあるだろう。
芝浦達の所にいた魔女はどれも生まれたたて力が弱かったが、今回感じた魔力はそれなりだった。
「それでもッ、私は現実を知りたいんです」
「私も、レミが戦ってきた物が見たい!」
双方譲れぬと、目が語っている。
「……分かった。じゃあ行きましょうか」
「美穂!」
「やっぱりさ、こうのは自分で見たいよね。私気持ち分かるから」
美穂はそう言って笑った。確かにソレは、サキとしても分かる事である。
足手まといとは分かりつつ、それでも知りたい世界があるのだと。
「仁美ちゃん……」
「まどかさん、私だって貴女の友人ですわ! だからどうか、私を頼って……!」
仁美はまどかの痛みが知りたかった。
エゴなのは分かっている。それでも戦ってきた魔女を知りたかった。
吐露されていく想い。まどかは仁美の願いを複雑そうに聞いている
申し訳ないと言う気持ち。ありがたいと言う気持ち。
巻き込みたくないと言う気持ちがグチャグチャになる。
しかし黙っているわけにも行かない、こうしている間にもトラックは離れて行く。
だからまどかは儚げに微笑むと、魔法少女へと変身するのだった。
「いたぞ。魔女だ」
「あれが……!!」
「ヒッ!」
魔女結界にたどり着いた一同は、まず車から結界を断絶する事に成功した。
そして結界が本格的に展開し、サキ達は魔女結界の中へ侵入していく。
溢れていく使い魔達。この程度ならばサキの敵ではないが――
「サキ! 魔女よ!!」
「ああ。あれか――ッッ!!」
結界の奥にたどり着くと、闘牛場をイメージしたホールが広がっていた。
その中央には獣の様な咆哮を上げて、一同を睨む異形が立っていた。
牛の魔女『
魔女、と言うよりは化け物そのものだった。
カルメンは侵入者を発見すると、早速その斧を抱えて走り出す。
「パワータイプか。美穂、いけるか?」
「大丈夫。サキも気をつけて」
ファムはウイングスラッシャーを構え、マントを広げる。
マントはすぐに白い翼となって、空に舞い上がった。
空中からカルメンを狙うつもりだ。一方の地上ではサキが鞭を使って、魔女の動きを封じていく。
「――っ!」
ホール端では、まどかと龍騎が仁美たちを守っていた。
まどかの表情が複雑に歪む。カルメンに魔法少女の姿を重ねているのだろう。
カルメンになった魔法少女は、何を願い希望を手にしたのだろう? そして何に絶望して死んだのか?
そして、なによりもその亡骸を殺すのが生きている自分達であると言うジレンマ。
苦しい。助けてあげたい。でもそれは無理なんだ。
まどかはもう直視できなかった。目線を下に落とし、戦いが終わるのを待った。
「やはり、この力は呪いと呼ぶに相応しい!」
サキが唸る。
まどか達には悪いが、負けられない理由がある。助けなければならない人がいる。
その為には人を傷つける魔女は不要なのだ。ファムとサキは、それぞれの攻撃でカルメンにダメージを与えていった。
殺すのだ。幻影を振り切り、魔女を滅するのだ。
「終わりだ! ランチア・インテ・ジ・オーネ!!」
鞭先に電撃が収束していく。
そのまま一気に鞭を伸ばした。貫通力が高まった一撃は、カルメンの頭部を貫いてみせる。
エネルギーが暴走し、魔女はそのまま爆発。
戦いは終わりを告げた。
「あ、あんな恐ろしい物とまどかさん達は――ッ!?」
口を覆い、涙を浮かべる仁美。
しかし悲しいかな、その恐ろしい物にまどかが変わる可能性を秘めているのだ。
「待て!」
様子がおかしい。
サキはファムを掴んで一度後ろへ跳ぶ。
爆発したカルメンだが、魔女結界が終わらない。
つまり魔女が、まだ死んでいないと言う事だ。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
「ッ!!」
倒した筈のカルメンが、サキ達の前で再生していく。
そして再び斧を振り上げていた。
「ど、どういう事だ!?」
混乱する二人。その時、まどか達の叫ぶ声が聞こえる。
それに反応して背後に視線を向けると、そこにカルメンが立っていた。
「瞬間移動――!?」
「違う!」
斧を振り上げるカルメン。
拳を握り締めるカルメン。
「二体いる!!」
全身に衝撃が走る。
ファムは背後にいたカルメンの拳を避けることができず、豪腕によって吹き飛ばされてしまった。
放物線を描きながら飛んでいくパートナー。
しかしサキも油断はできない。既に斧は振り下ろされた。
避けられなかったため、サキは腕をクロスさせて刃を真っ向から受け止める。
「うグぅウウウッッ!!」
成長魔法により腕を限界まで強化したおかげで、切断とはいかなかったが、凄まじい衝撃がサキの体を駆ける。
骨が軋み、内臓が震える。
そうしていると、ファムを殴り飛ばしたカルメンもサキを狙ってきた。
なるべく多様は避けたいが仕方ない。サキは歯を食いしばって魔法を発動する。
「イル・フラース!!」
轟音と共に落雷が発生、サキに直撃すると雷の翼が生まれる。
さらに落雷のエネルギーは周囲に拡散。サキを殴ろうとしたカルメンを一瞬で消し炭に変える。
どうやら防御力は低いようだ。とは言え斧を持ったカルメンは一瞬怯んだものの、鼻を鳴らしてすぐにサキへ斧を振るっていく。
「――フッ!」
先程とはスペックが違うのだ。
サキは右手の裏拳で斧を簡単に弾き返すと、電光石火の勢いで懐に入る。
そして左手で繰り出す掌底。カルメンの胴に抉り刺さった左手はさらに放電を巻き起こし、カルメンを内側から破壊していく。
『ギャアアアアアアア!!』
カルメンは絶叫を上げて爆散
斧が地面に落ち、魔女は跡形もなく消え去る。
「………」
サキはイルフラースを解除して。ファムの元へ駆け寄った。
「大丈夫か美穂?」
「いてて……! あ、ごめんサキ終わって――」
ない!
今度はファムがサキを掴んで空に飛び上がる。
すると先ほどまで彼女達がいた場所に斧が振り下ろされていた。
見れば、再びカルメンが現れ咆哮を上げているのだ。
「そ、そんな! ヤツは先程確かに――ッ!」
サキは目を見開いて辺りを確認する。
するとどうだろう、先ほどとは違い、今度は四体のカルメンがホールに存在していた。
「どうなってるんだ!?」
龍騎はガードベントの向こうからソレを確認する。
加勢しないとマズイのではと思ったが、どうにも足が震えてしまう。
やはり龍騎はまだカルメンを人として見ているのだ。
「え……?」
「ど、どうしたんですか?」
龍騎たちに守られていた美佐子だったが、彼女はふと大きく身を乗り出してカルメンを見た。
「ちょ、ちょっと! 危ないですよ!!」
龍騎は急いで美佐子を引き止める。
どうしたと言うのか? 突然の変わりように龍騎だけでなくまどかや仁美も異変を感じる。
美佐子は呼吸を荒げ、目を見開き、真っ青になっていた。
何かを発見した様で、龍騎たちにソレを告げようとするが唇が震えて言葉にすらならない。
「お、落ち着いてください。何が見えたんですか?」
「レミの斧――ッ!」
「え?」
「あの牛の……っ! あの魔女の武器が、レミの斧にそっくりで!!」
「……!!」
そんな偶然がある訳ないと美佐子は思った。
しかし見れば見るほどに一致している点がある。
例えばレミのイメージカラーは緑だったが、カルメンも見事に緑を基調としている。
いや、むしろ斧のデザインが同一の時点で気づくべきだったのだ。
「レミ――っ?」
「え!?」
気づけばカルメンの数が増えていた。
龍騎達の前にも大きなのが一体迫ってくる。
まずい、そう思ったときにはスパーク。サキたちが駆けつけてカルメンを吹き飛ばしてくれた。
「あれが……、レミなの!?」
「ッ、椎名レミの魔女としての姿と言うわけか!」
あり得ない話しでは無かった。
魔女に寿命があるのか分からないし、キュゥべえ達がルールによって魔女を見滝原に集中させているなら可能性はある。
「だがアレが本人から生まれた魔女とは限らない」
もしかしたら使い魔から生まれた固体なら、一応レミとは無関係である。
サキ達は知らないだろうが、現に牛の魔女は一度マミと杏子に倒されているのだ。
それがレミだったのか、それともコレがレミなのか。
「来るわよ、サキ!!」
ファムが剣を構えた。
ギョッとする美佐子。
「か、彼女を! き、傷つけ……ない…で」
美佐子は涙を流して言った。
しかし美佐子自身、自分がおかしな事を言っているのは分かる。
だから後半は徐々に声がフェードアウトしていく。
しかし親友が絶望して死んだ。
そして今再び殺されようとしているなんて悲しすぎる。
とは言え、やはりサキは首を振る。
「貴女の気持ちは分かる。いやッ、私が思う何倍も悲しく、苦しいかもしれない!」
だが放置した所で何も変わらない。
変わらなかったからマミは、さやかは死んだ。
「とにかく、アレは倒さなければならない存在なんだ! 分かってくれ!!」
サキは鞭をふるって近づいてくるカルメンを牽制する。
鞭がカルメンを打つたびに悲鳴が聞こえ、美佐子の心は張り裂けそうになった。
仁美もおろおろと視線を交差させるしかない。
「美穂、おそらく魔女の本体は斧の方だ!」
「うん、それは思ってた」
カルメンは確かに一度完全に死んでいる筈。そして再び現れた。
再生ならばまだしも、完全に消滅した魔女が出現するのは違和感がある。
そして本体が消える中に残っていた斧。となると予想は絞られる。
「しかしッ、近づけないな!」
イルフラースを再使用するにはまだチャージがかかる。
ならばと金色のカードを取り出すファム。
ファイナルベントを発動して、一気に勝負を決める気だった。
「キュィイイイイイイイイイイ!!」
地面から飛び出したブランウイングは、カルメンたちの背後をとっており、そこで大きく羽ばたいた。
暴風が発生して、大きな体のカルメンたちも簡単に浮き上がり、ファムの方へと飛んでいく。
「ハァアアア……!」
ウイングスラッシャーを回転させて、狙いを定めるファム。
「フッ! ハァ! ヤァアアアアアアアッッ!!」
ミスティースラッシュ。
ファムはウイングスラッシャーを振り回して、次々に一閃を刻んでいった。
飛んできたカルメン達の体が次々に切断されていく。
そして最後の一体、斧持ちの姿が見えた。あの斧を破壊すれば終わりだ。
「!?」
だが斧を持っていたカルメンは最後の力を振り絞り、斧を思い切り投げ捨てた。
結果、斧は風の軌道から外れて地面に落ちる。
牛の部分はファムによって切り裂かれたが、本体が残っていれば意味は無い。
「まかせろ!」
サキは地面を蹴り、斧に向かって飛び蹴りを仕掛ける。
このままいけば問題なく破壊できる筈だった。
しかしその時、斧は独りでに空中に舞い上がると高速で回転をはじめた。
「うわッ!!」
蹴りは刃に弾かれ、サキは地面に墜落した。
まさか自分で動けるとは思っていなかった。
サキはすばやく立ち上がって状況を確認する。
すると既に牛の体は再生されており、次々に突進してくるではないか。
『オオオオオオオオオオオオオオ!!』
「ぐあッ!!」
カルメンの一体が地面を掬い上げるように腕を振った。
地面が抉れて岩の破片が次々にサキとファムに降りかかる。
動きを止めたファム達に斧が飛んでくる。仁美は思わず小さな悲鳴をあげた。
「お姉ちゃん!」「美穂!」
しかしそこは龍騎とまどかが飛び出していき、しっかりファム達を庇う。
だが庇うというのは、当然攻撃を代わりに受けると言うことだ。
もともとの精神状態、さらにカルメンの攻撃力が合わさり、まどかの結界は簡単に破壊されてしまう。
龍騎も同じだ。
二人は地面を滑り、近くの壁に激突する。
それを見て、美佐子は表情を変えた。
そうか、そうだったんだ。自分は何て勘違いを――、と。
「まどかさん! 血が!!」
「大丈夫だよ仁美ちゃん、これくらい慣れっこだから」
「慣れっこって……」
その言葉に再び反応する美佐子。
「……ねえ、二人にお願いがあるんだけど、聞いてくれるかしら」
「?」
美佐子はうつむき、寂しげな表情で呟く。
しかし今は戦闘中だ。魔女の鳴き声もあってか、小さな声ではかき消される。
だから、叫ばなければならない。その選択を。
「お願いしますッ!」
震え、掠れ、上ずり。それはなんとも情けない声だった。
しかし皮肉にも、助けを求めるような声色は、まどか達の耳に入っていく。
それは鋭利に、鋭敏に。痛みを齎す叫びである。
「レミをッ! 彼女を! 解放してあげてほしい!!」
「!!」
慣れないほどに叫んだから、美佐子は大きく咳き込んでいた。
解放。言葉は濁したが、要はカルメンを殺して欲しいと言う事だ。
「でも――!」
「気づいたの、あれはもうレミじゃないって!」
椎名レミは優しい性格だ。それは親友だから保障すると美佐子は言った。
人の痛みが分かり、魔法少女になった後も人を守る為に戦ってくれた筈だ。
そんなレミが今、人を傷つけている光景が耐えられなかった。
それを望まないのは誰だ? 何よりもレミ本人じゃないのか!?
「レミ……ッ!」
その斧は人を殺すためじゃなく、守るための物だった筈だ。
人を絶望に染めるのが魔女の本能ならば、レミの心が絶望に染まっている証拠でもある。
おかしな話だ。レミは人を殺す為に魔法少女になったんじゃない筈なのに。
「あれはレミであり、レミじゃない!」
絶望に縛られ、己でありながら己でなくなったレミを。
「もう、楽にしてあげてください……!」
涙を流しながら美佐子は二人に願う。目を閉じれば思い出が嫌でも溢れてくる。
幼い時からずっと一緒だった。なのにいつしかレミはいなくなってしまった。
悲しみ。それを認めず彼女を探した、でも結局見つからず諦めてしまった。
その間もレミは――、いやカルメンは人を襲っていたのだろう。
そしてもしもココでカルメンを殺さなければ、レミは苦しみ続ける事になる。
自分が行っている事が間違いだとも分からず、自分が否定した事をし続ける事になる。
「レミの心を救ってくださいッッ!!」
「!!」「!!」
「レミは貴方達を傷つける娘なんかじゃない! それは彼女自身が一番分かってる筈なの!!」
うるさいと、カルメンが吼えた。
だから美佐子は負けないように叫ぶ。
「だって椎名レミはッッ! 人を守る魔法少女だった筈だから!!」
その言葉を聴いて、龍騎とまどかに大きな衝撃が走った。
二人はずっと魔女を殺す事が魔法少女を傷つける事だと思っていた。
間違っている事なのかもしれないと思っていた。
しかし今、美佐子は魔女を殺す事に救いを見出した。
そこで、気づいた。
あれはレミなのだ。使い魔からの進化だとか、もしかしたら別固体だとか。そういう事じゃない。
レミはきっともう死んでいるのだろう。キュゥべえの話を聞くに、そもそも魔法少女は13人以外みんな死んだ。
だから美佐子にとっては、あれがレミなのだ。
本当かどうかじゃない。本物かどうかじゃない。あれがずっと探していたレミなんだ。
じゃあ、美佐子はどうすれば救われる? 決まっている。
今、張り裂けそうな声で叫んだじゃないか。
人間は魔女には勝てない。だから、たとえ苦しんだとしても、その宿命を背負うのは。背負えるのはただ一つ。
「仁美ちゃん……、わたしが人を殺すって言ったらどうする?」
「え……?」
まどかは仁美にそれを問うた。仁美は迷わずに答える。
「まどかさんは、そんな事をする人じゃないですわ」
そうだ、まどかは絶対にそんな事をしたくない。
だけど魔女になれば、まどかだって人を殺す為に暴れまわるだろう。
たとえ前に立つ者が家族であったとしても。友達であったとしても、殺すかもしれない。
いや、殺すんだ。
それが魔女の本能。魔女のルール。
絶望を背負った『魔女』と言う存在なのだから。
「それでも殺すって言ったら?」
「………」
仁美は涙を浮かべながらも、ハッキリと言った。
そこに一片の迷いも見せず、仁美は確かに言ったのだ。
「絶対に。刺し違えても止めますわ」
「ふふ、ありがとう」
そうだ、まどかもそれを望んでいる。
自分の意思とは関係なしに動いてしまうのなら、殺してでも止めてくれと願うだろう。
解放してくれと、呪いの鎖から解き放ってくれと願うだろう!
「私の親友を、楽にしてあげて!!」
その言葉がスイッチだった。
光を探していた龍騎の瞳に、まどかの瞳に、誰よりも強い輝きが視えた。
ずっと傷つけるだけだと思っていた。しかし今、自分たちは新たなる道を見出した。
それは自分につく、都合のいい言い訳なのかもしれない。
人を殺す便利な大義名分なのかもしれない。
だが自分がそうだから。自分がそう思うから、彼らは答えを見つけた。
傷つけるのが怖いのは自分だけじゃない。
絶望した『彼女達』だって同じ筈だ。
傷つけたくなかった、しかし何人の命を奪ってしまったのだろう?
何人の命をこれから奪っていくのだろう?
病院で生まれたとき、どれだけの希望を望まれただろう。どれだけの幸せを願われただろう。
なのに、殺し続ける人生なんて――ッッ。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
赤い龍騎士は、迷いをかき消す咆哮を上げた。
そして桃色の魔法少女もまた、武器を取り出す事で迷いを振り切った。
本当はもっと、誰も傷つかない方法があるのかもしれない。何度も考えた。何度も願った。
しかしもう、自分たちは迷えない位置に来ている。
迷いながらも、悩みながらも前に進まなければならない。
悲しみの鎖に縛られた者が、目の前にいるのなら――ッッ!!
「ッしゃあッッ!!」
救わなければならない!
「まどかちゃん!」
「うん!!」
終わらせられるのは、騎士と魔法少女だけなのだ。
龍騎もまどかも、椎名レミと言う人間を知らない。知らないが、分かる事もある。
レミには友人がいた。そしてもしも自分達が負ければ、レミはその友人を殺す事になる。
そんな悲しいことがあっていいのか? それをレミは望んでいるのか!?
「望んでるもんかッッ!!」
「うんっ!!」
本当は殺したくないと言えばそうだ。それは今でも変わらない。
しかしそれはレミにも言える事ではないか。
彼女を解放する事が、『死』しかないのなら。
「その呪いは、俺たちが背負う!!」『ファイナルベント』
「わたしが受け入れる!!」『ユニオン』『ファイナルベント』
もう、辛い世界は終わりにしよう。
もう十分レミは戦った筈だ。休ませてあげてもいいだろ?
こんな絶望と悲しみの鎖で縛り上げる必要なんて無いだろ!?
悲しみの連鎖を作り上げる意味なんて無いだろッッ!!
「フッ! ハァァアアアアアアアアア――……ッッ!!」
激しく手を旋回させる龍騎。
背後では空へ浮かび上がるまどかと、二人を守る様に激しく旋回していくドラグレッダーが。
それを確認して龍騎ペアの意思を把握するサキ達。
「いいのか!?」
その言葉に、龍騎とまどかは強く頷いた。
「ああッ! 俺も戦う!」
レミ達を永遠の呪いから解放させられるのは、自分達だけだ。
それは美佐子にやらせてはいけない事なのだ。
苦しむのは、自分達だけでいい。
「離れて二人とも!!」
「「了解!!」」
声を合わせ、ファムとサキは左右に跳んだ。
一方のカルメンは龍騎たちを見て、牛の幻影達を全て前方に集めて巨大な肉の盾を形成させる。
分身の量はまだ増える。それを重ね合わせる事で、どんな攻撃をも防ぐ鉄壁となるのだ。
「ウオオオオオオオオオオオオオ!!」
龍騎は飛び上がり、空中で蹴りの体勢を取る。
背後には、まどかが並び、引き絞っていた弓の弦を放す。
「ハァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
「ダアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
マギア・ドラグーン。それは一瞬だった。
激しく燃える炎の矢は、陣形を組んでいた牛の幻影たちを物ともせず、まるで何も阻む物が無かったかのように斧を貫いた。
カルメンが反応を示したときには、既に風穴が開いている。
『ギィヒィアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
爆発が起こり、カルメンはグリーフシードをドロップして消滅した。
それを美佐子は、涙を流しながらも安心した表情で見つめていた。仁美も安堵の息をはく。
地面に着地した龍騎は、拳を強く握り締めて空を見ていた。
まどかも遠い目で崩壊していく魔女結界を見ていた。
「お? なんだ。もう終わっちまったのかい」
「「「「!」」」」
その時、聞き覚えのある声が。サキは舌打ちを零して視線を移す。
魔女の気配は参加者全員が感知できる為、戦いはそれだけ注意を引く。
だからと言えばそうなのだが、皮肉にもこのタイミングとは。
「あ、あれは?」
「言っただろう? あれがもう一つの問題さ」
サキはすぐに美佐子と仁美の周りに雷の結界を施す。
参加者が抱えている問題は色々あるが、一番キツイものが迫ってきた。
サキは木の上に立っている赤毛の彼女を睨む。この場所が人気のない農道で本当に良かった。
「もう一つの問題って――」
「そう。サバイバルゲームを受け入れている者さ」
佐倉杏子は、たい焼きを片手にニヤリと笑った。
蛇の様にギラついた視線。魔女の気配をたどって来てみれば、見たことのある顔がチラホラと。
しかも見るからに弱そうなピンクに。学校じゃ散々コケにしてくれた白。
加えて騎士の姿や、一般人まで見える。
「全員食っちまおうか? ハハハ!!」
杏子は残りのたい焼きを口に詰め込み、舌なめずりを行う。
「ゥウン、期待してなかったが騎士もいるな」
茂みの中から姿を見せる浅倉。
杏子の話では、魔女がいる所に参加者ありと言う事だった。
半ば疑ってはいたが、なかなか信憑性があるじゃないか。
ファムと龍騎、二人の獲物を見つけた浅倉はすぐにデッキを取り出して変身を行う。
「ッ、戦うのか?」
「当たり前だろ。それがルールだ」
睨み合う龍騎と王蛇。
一方で杏子は木から飛び降り、地面に着地した。
「さあ、死ねよ!!」
槍を構え、杏子が飛び出した。
真っ向勝負だ。サキもまた前に出るが、そこで杏子は目を細める。
「前とは違うよ!!」『ユニオン』『アドベント』
「何ッ!?」
地鳴りがしたと思ったら、サキの真下の地面が盛り上がる。
反射的に後ろへ飛ぶと、地面から角が飛び出してきた。
「グオオオオオオオオ!!」
ベノゲラスが土片を巻き上げながら登場。
さらに杏子の手には既にエビルウィップがあった。鞭を伸ばし、ベノゲラスの角に巻きつける。
同時にベノゲラスは思い切り頭部を振るい、杏子を一気に引き寄せる。
気づけばサキの眼前に杏子の姿があった。
「そらよッッ!!」
「ぐァア!!」
脚がサキの首に入った。
きりもみ上に吹き飛び、そのまま地面に叩きつけられる。
着地した杏子はさらにダッシュでサキを追いかける。倒れたところに駆け寄ると、喉を貫こうと槍を構える。
「お姉ちゃん!」
だが硬い感触。
刃がサキに届くことなくせき止められる。
まどかだ。結界を張ったのだろう。杏子は舌打ちまじりに首を動かし、まどかを睨みつける。
「うぜェ」『ユニオン』『アドベント』
悲鳴が聞こえた。
まどかの背後からベノダイバーが飛び出してくる。
不意打ちの突進を受けて仰向けに倒れるが、終わりじゃない。ベノダイバーはそのまま放電を開始、紫色の電撃がまどかを焦がす。
「うぁああああ゛ッッ!」
「まどかちゃん!!」
まどかを助けようと走ったのは二人だ。
まずは龍騎。しかし肩をつかまれ、引き戻される。
すぐに拳が飛んできた。王蛇に殴られ、地面を転がる。
「ほっとけよ。俺達は俺達の遊びをしようぜ」
「ふざけんな!」
とは言え、やはり王蛇は放置できない。
一方で反射的に走っていたのは仁美だ。だがすぐにファムに腕を掴まれる。
「行っちゃダメ! 死んじゃうよ!」
「で、ですが!」
「私に任せて!」『アドベント』
ブランウイングが出現し、ベノダイバーと空中戦を開始する。
しかしあくまでもミラーモンスターを止めただけに過ぎない。
杏子はサキの髪を掴むと、引き起こし、まずは腹部に強烈な拳を打ち込んでみせる。
「ぐォッ!」
「ハハハッ!」
怯んだところに距離をつめ、右の頬をフックで殴りつける。
サキが衝撃で左を向くと、次は左の頬を殴られた。
血が飛ぶ。杏子は腕を下から上にあげ、アッパーカットでサキの顎を打つと、フィニッシュにがら空きになった胴体に足裏を叩き込む。
ゲラス、サキがよけると、鞭で角を縛り、ゲラスが思い切り頭部を振るって一気に杏子がサキのところへ。
斬りつけ、怯んだところに追撃。助けようとしたまどかもモンスターとの連携で。
「うッッ」
凄まじい吐き気を感じて、思わず仁美は口を抑えた。
女性がこうも堂々と顔を殴られるのか。こうも容赦なく攻撃されるのか。
意味が分からない。仁美は震えながら、かつてない恐怖を覚える。
「あ、貴方達! こんな事は止めなさい!!」
流石に刑事として黙っていられないのか、美佐子はファムを振り切ると、警察手帳を掲げて杏子に向かっていく。
しかしそんな事で止まるわけがない、杏子は軽蔑したように美佐子を鼻で笑うと、アドベントでベノスネーカーを呼びよせた。
「警察なんか、ただの餌なんだよ」
「ッッ!!」
「骨まで溶けろ」
ベノスネーカーの口から溶解液が発射された。
一瞬終わりを察した美佐子だが、彼女に痛みが襲いかかることはなかった。
「!」
目を開けると、溶解液が目の前にある。
まどかの結界だった。腕を伸ばし、美佐子の周りにバリアを張っている。
「美穂先生!」
「任せえて!」
呆気に取られている美佐子を、ファムが抱えて逃げる。
「またアンタか! イライラさせるなよッッ!!」
「お願い。お願いだから戦うのをやめて!」
「まァだ言ってんの? まだ言ってんの!? まだ言ってんのかよッッ!!」
何回目だ? 杏子は吼え、近くにあった石を思い切り蹴り飛ばす。
「マジでムカつく! 本当にイライラするな! 逆に笑えてくるよ!!」
杏子は刃をまどかに向けると、歪んだ笑みを浮かべる。
「安心しなよ。お前が守ってるその一般人ごと、皆殺しにしてやる」
「!」
半ば分かっていた事とは言え、ショックだった。
ましてや仲間が傷つけられる光景がフラッシュバックしていく。
例えばさやかを助けられなかった事。さらに迷い、躊躇したからこそ、死なせてしまったゆま。
全て、至らなかったから死なせてしまった参加者達。
「……ッ!!」
ゆまはまだ幼い子供だった。
さやかだって。学校の生徒達だって。いや、誰だって死にたくなんかなかった筈だ。
命を奪っていた芝浦やあやせだって。こんなゲームに溺れたばかりに命を奪い、奪われた――ッッ!!
「美穂、皆を守ってくれ」
「ッ! う、うん」
龍騎も声色を変えた。
誰だって死にたくない。そして同時に叶えたい願いもある。
傷つけてまで叶えるのか? それはゲームが生み出した淡い希望だ。
人を狂わせるゲーム。
そして今、そのルールに呑み込まれた者達が仲間を傷つけようとしている。
許せるか、絶対にこのゲームを許せる物か!
龍騎の脳裏に思い浮かんだ、美佐子の言葉。
戦う事は傷つけるだけじゃない。それは分かっていたが、なかなか踏み出せなかった。
しかしどうあっても戦いからは逃げられないんだろ?
そろそろ理解はしている。だったら真っ向から受け止めるしかない。
そして解放するんだ。このふざけたゲームと言う鎖に縛られた自分達を!
「ハハハ! ハハハハ! ハハハハハハッッ!!」
王蛇が両手を広げて走り出す。龍騎に向かっていく。
そう、どれだけ戦いたくなくても敵は向かってくる。全てを殺す為に向かってくるのだ。
それでも協力派を貫くなら、敵を止め、ゲームを終わらせるしかない。
龍騎はそれで良かった。
それは、まどかも同じ気持ちだった。
だったら――ッッ!
「ウオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
「はああああああああああああああああッッ!!」
「何ッ!?」「ッ!!」
ファムの前に立った龍騎。
カードを発動。その手にドラグクローが装備される。
「ッ」
だが構わず王蛇は拳を突き出した。
しかし龍騎は攻撃をしっかりと見ていた。王蛇の拳を弾き返すと、龍の頭部を胴体へ叩き込む。
同じく、まどかは向かってきた杏子を強靭な結界で受け止めた。
結界とはつまり、光の壁だ。全速力で走ってきた杏子は結界を破壊できず、逆にぶつかってダメージを負う。
「アァ゛、いいぜェ、なかなか良い……!!」
よろけた王蛇はソードベントを発動させると、再び龍騎に襲い掛かる。
ベノサーベルの荒々しい攻撃を龍騎は的確にドラグクローで受け止めていった。
しかし王蛇もまた変則的な軌道でサーベルを叩き込んでいく。
しばし、火花がそこらじゅうに舞い散る。
だが龍騎もまた、王蛇へしっかりとドラグクローをぶつけていく。
一発、二発。そして三発目、直撃と同時に火球を発射。
王蛇は炎を纏って地面を転がっていった。
「チッ! うぜぇな糞がッ!!」
杏子は立ち上がると、一旦バク宙でまどかから距離を取る。
着地際に槍を出現させて、まどかの方へと投擲。後ろには仁美がいたため、まどかはそれを防御するしかない。
両手を広げて、桃色の結界を展開する。
「ぅくっ!」
槍が、結界に突き刺さる。
「いいねぇ! 何本目で壊れるかな!」
二本目を投擲。
仁美は腰を抜かして動けない。つまりまどかも動けない。
ファムが邪魔をしないように、ベノダイバーを向かわせる。
完璧だった。杏子は三本目を投げつけた。
「ううぅッッ!!」
まどかは両手を広げて踏ん張る。
槍が刺さった。マミとさやかの泣いている顔が視えた。
「――ッ」
また槍が刺さった。
死んでいくクラスメイトが視えた。
「――ッッ」
槍が刺さった。結界に亀裂が走る。
同時に、後ろから仁美の声が聞こえてきた。
「私の事はいいですから! 逃げてください! まどかさん!!」
違う。
こんな事を言わせたくないから、魔法少女になった。
誰も傷つけたくないから、『守る』魔法を望んだ。
夜更かししてノートに書いたイメージは――!
「リバース・レイエル!!」
「!?」
まどかが叫ぶと、彼女の真上に『女性』が現れた。
「ッ、誰だテメェ!」
新しい参加者?
杏子は一瞬そう思ったが、そこで気づく。
女性の背中には翼があった。ふと、幼い記憶が蘇る。
聖職者には馴染み深いシルエットだ。ステンドグラス、イラストで何度も見た。
それは――、天使。
神々しい光を放ち、翼を広げる天使が現れたのだ。
杏子は目を丸くする。そしてようやく気づいた。あれはまどかの魔法なのだ。
「どういうこった――ッ!? なんだありゃ!」
召喚系の魔法。そんなものは見たことが無かった。
武器ではなく、アイテムでもなく、それは紛れも無く一つの生命体。
それだけの存在を具現できる魔力など、杏子には想像がつかない。
一方でまどかの頭上にいるのは、目を閉じている天使・レイエル。
まどかが合図をすると、その目が開かれる。
同時に結界に突き刺さっていた槍が、全て軌道を変えて杏子の方へと反射されていった。
「マジかよ……ッ!」
自分の槍が、自分に牙を剥いてきた。
杏子は驚きつつもすぐに槍を振るって、弾き飛ばしていくが――
「くそッ! 面倒な――っ、ぐアァアアア!!」
槍で弾く途中、槍の中から桃色に光る閃光が見えた。
気づいた時には衝撃。杏子は倒れ、地面を滑っていく。
正体は分かってる。槍が反射されて飛んでくる中、おまけがあったのだ。
矢だ。まどかは攻撃を反射させた後に弓矢を発射したのだ。
「あンの女ァァァアッッ!!」
杏子は思い切り地面を殴りつける。
記憶にあった鹿目まどかは、オクタヴィアのホールの中だった。
ブルブル震えて情け無い姿。
弱く、惨めで、ただ狩られるだけの雑魚でしかないと思っていたのに。
あろう事か、そのまどかに一撃を貰った。
してやられた気分だ。杏子の中に怒り炎が激しく燃え上がる。
「アンタみたいな雑魚は! アタシに殺される為にいるんだよッッ!!」
抵抗なんて許せない。杏子は槍を構え直して、まどかへ切りかかっていく。
激しい乱舞。しかしまどかも結界を構築して、攻撃を的確に防いでいった。
さらにまどかは結界を『発射』。先ほども言ったとおり、結界とは壁なのだ。
破壊されなければ強制的に相手を押し出す力となる。
それはまさに攻撃と変わらない。まどかの防御は攻撃そのものなのだ。
「ウガアアアア!!」
イライラのまま槍を振るうが、壁は壊れない。
杏子は迫る壁に押されていき、まどかと距離が開いていく。
「えいっ!」
「はぁ!?」
さらにまどかは押し出した先に結界を構築する。
つまり壁と壁。結界に押し出された杏子は、結界に受け止められる事に。
前に壁、後ろに壁。そうしていると右に壁、左に壁。
杏子はまどかの防御魔法に閉じ込められる。
「こ、こんな使い方が!?」
「ごめんね、杏子ちゃん。わたしは貴女を止めなきゃいけない」
まどかは弓を思い切り振り絞る。
先についていた蕾のギミックが展開して、光の矢は杏子に向かって放たれた。
それを確認しようにも、杏子は壁に挟まれているため身動きが取れない。
結界はどんどん縮小され、杏子は現在頑丈な棺おけに閉じ込められているようなものだ。
腕さえ広げる事ができない状況。防ぐ手段は無い。
まどかは光の矢が結界に命中する寸前で、結界を消失させた。
当然矢は杏子に直撃し、光が炸裂する。
「うっがァアアアアアアア!!」
地面を転がる杏子。そこで初めての感情が湧き上がってきた。
(どうなってる! なんでこんな雑魚に圧されてる!? 戦いを止めましょうなんて言う甘い奴に負けてんだ!?)
それは王蛇も同じだった。
完全にナメていた龍騎に攻撃を弾かれ、胴体にドラグクローを当てられるのは相当な屈辱だった。
「イラつくぜお前。アァ、いい感じに殺したくなってきた」
「ふざけんな! どうしてお前らはそうやって簡単に人を傷つけられるんだよ!!」
怖かったはずだ。
殺されていった人たち、須藤も、マミも、ゆまも、佐野も、さやかも、芝浦もあやせもルカでさえも!
「何でゲームに乗るんだ。なんで願いが叶うなんてルールにしたんだ! なんで絶望したら魔女になるんだ!」
「うるさいヤツだ。どうだっていいだろ、そんな事」
ふざけるな、龍騎は吼えた。
理不尽で悪意あるルールに拳を握り締める。
何をするのが正解なのか。どうすれば皆が傷つかずに済むのか。
それはまだハッキリとは分からない。でもレミの件、今までの事を踏まえて、龍騎は一つの答えを出した。それはまどかも同じだ。傷つけるのが、傷つくのが怖くても分かる事が一つあった。
それは――
「俺はッ!」「わたしは――!」
龍騎は再び王蛇の攻撃をその身で受け止めてカウンターを打ち込む。
まどかは杏子の攻撃をしっかりと防いでカウンターを行う。
とは言え、ノーダメージじゃない。龍騎の装甲は大きく傷つき、まどかは無数の出血が見られる。
しかし二人に怯む気配は無い。むしろその闘志が大きく燃え上がるのを皆は感じていた。
「「負ける訳にはいかないんだッッ!!」」
二人の声が見事に重なった。
シンクロが起こっているのだろうか? 攻撃のタイミングも同じだ。
王蛇と杏子が再び地面を転がっていく。
「アァァアア!!」「ぐああああああッッ!!」
大切な人がいる。
守らなければならない物がある。望んだ世界が、願った未来がある。
それを掴むためには、それを叶えるためには、ココで死ぬ訳にはいかない。
死んでいった参加者のためにも、こんな腐ったゲームを認めたまま終わらせる事が無い様に。
「もう逃げない! いや、逃げられない!」
一つの答えが見つかった。
迷っていても前に進むしかない、止まっていたら死ぬ。
そうだろ? だって――!
「戦わなければ、生き残れない!」
再び声が重なった。
二人の強い眼差しが王蛇達を捉える。
「ムカツク目だ」
「ああ、本当にさ」
大きな怒りを感じて王蛇ペアは舌打ちを行った。
本気で止めるつもりなのか。本気でゲームを否定するつもりなのか。
自分達を倒して、そして分かり合うと?
「アホが。イライラするぜ……!」『アドベント』『アドベント』『アドベント』
王蛇の周りに出現する三体のミラーモンスター。ベノゲラス、ベノダイバー、ベノスネーカー。
さらに王蛇はユナイトベントのカードを発動した。
戦わなければ生き残れない? だったら今ココで戦いの果てに死を送るまでだ。
「消えろ……!」『ファイナルベント』
「グジャアアアアアアアアアアアアアア!!」
獣帝ジェノサイダーの咆哮に怯む龍騎達。
さらにファイナルベント。ジェノサイダーの体が砕け、直後龍騎たちの背後に出現する。
出現するブラックホール。風を伴う引力が発生して、身動きが封じられる。
「ハハハハハ!!」
走り出す王蛇。
どうやら王蛇はこの引力は作用されないようだ。
自由な行動が可能となり、存分に蹴りを打ち込める。
「エンブレス・ヴェヴリヤー!!」
その時だった。
まどかが叫ぶと、ジェノサイダーの背後に先程とは違うデザインの天使が出現する。
「まさかッ、また!?」
叫ぶ杏子。
まどかの魔力がおかしい。凄まじい勢いで上昇しているような気配を感じる。
同時に感じる不安定。
まどか自身、自分の魔力の激しさを戸惑っている様な――?
「お願い! 天使様!!」
まどかが叫ぶと、支配の天使ヴィヴリヤーは、ジェノサイダーを背後から抱きしめる。
するとアレだけ殺意に満ちていたジェノサイダーが攻撃を中断して、動きを止めたのだ。
「まさかアイツ……! 嘘だろ!?」
杏子は確信する。
前回の戦いで見せなかった技の数々。そして魔力の不安定性。
間違いない、まどかはこの短時間で先ほどの天使や、今の天使を生み出したのだ。
魔法とは、『魔力』と『想像力』を使って生み出す物。
まどかの仲間を守りたいと言うイメージが、まさか天使を創ったとでも言うのか?
(ありえねぇ! 魔法であれだけの
ミラーモンスターを三体も融合させたジェノサイダーを簡単に封じる天使。
それに先程は、受け止めた攻撃を相手に反射する天使も召喚していた。
しかし何故、わざわざそんな固体を生み出す必要があるのか?
攻撃を反射させる魔法なら、それだけいい。天使がいる意味が無い。
(わざわざ貴重な魔力を天使を具現する分に割くなんてアホなのか?)
そこで杏子の額に、汗が浮かんだ。
(待て、待てよ。おいおい、ちょっと待てよ……!)
逆、だとしたら?
つまりわざわざ『攻撃を反射させる天使』を作っているのではなく、『攻撃を反射する魔法』ではまどかの魔力が高すぎてオーバーフローとなるため、天使と言う別容器を作って魔法を安定させているとしたら?
あるいは増幅装置の一種と言う可能性だってある。
いずれにせよ、それだけ凄まじい魔力を感じた。
(アイツ……! 化け物か!?)
どうやら杏子は、鹿目まどかの印象を更新しなければならない様だ。
思わず汗を浮かべてニヤリと笑った。可愛い可愛いウサギちゃんとばかり思っていたが、どうやらその皮の下にはとんでもない化け物が眠っていた様だ。
いくら向こうに戦う気が無かったとしても、魔力の差は戦いを左右する大きな要因だ。
まどかが本気を出せば危ない。それは確かな『事実』である。
「真司さん! あのモンスターを止めている間は動けないの!」
どうやら、まどかが一歩でも動けば再びジェノサイダーが活動できるようだ。
龍騎は強く頷き、走ってくる王蛇を見た。
回避はできない。まどかに当たるからだ。
龍騎はもう一度気合を入れるとドラグレッダーを召喚して構えを取った。
昇竜突破、王蛇はそれを読んでか急停止して後ろへ跳ぶ。
「ヤアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
「チッ! でかい!!」
ドラグレッダーの炎とドラグクローから放たれる炎が合体して巨大な火球が発射される。
しかも今回は今までの物よりもサイズが大きく、通常の何倍もの大きさだった。
ユニオンシステムにより、騎士も魔法少女の力がある程度は流れている。
例えばそれがまどかの力ならば、まどかの魔力が急上昇した事で龍騎もある程度強化されたと言うことなのだろうか。
「佐倉ッ、分かってるな!」『ファイナルベント』
「ああ、分かってるよッ!!」『ユニオン』『ファイナルベント』
ジェノサイダーが消滅。
同時にベノスネーカーが杏子の槍と融合して巨大な棍棒に変わる。
ボールはど真ん中のストレート。杏子にとっては余裕の軌道だ。
一本足打法にてフルスイング。その火球を真っ向から受け止める。
「くぉおおおおおおおおおお……ッッ!!」
だが龍騎の火球も負けてはいない。
競り合いを始める両者、杏子は歯を食いしばり、全ての力を棍棒に乗せていく。
おまけに、その棍棒を思い切り蹴り飛ばす王蛇。力が上乗せされて杏子は火球を打ち返す事に成功した。
「ハハハ! 自分の攻撃で焼けちまいなッッ!!」
「……! しまった!」
反射されるとは思っていなかったのか。
龍騎は思わず動きを止めてしまう。
このままなら火球を受けてしまうのだが。
「大丈夫! 止める!!」
龍騎の前に出るまどか。両手を前に突き出して、魔法を発動させる。
「アイギス・アカヤー!」
以前も使っていた。巨大な盾を出現させる魔法だ。
なのだが――、今まどかの前に現れた盾は以前の物よりも装飾が派手になっており、サイズも大きくなっていた。
さらに前回までは盾しか出てこなかったが、今はその盾を構える天使が生まれる。
忍耐の天使・アカヤー。そう、つまりサキのイルフラースが未完成だった様に、今までのまどかの魔法もこの場において完成されたのだ。
戦い、傷つけあう事を受け入れ。
かつ、あくまでもそれらを否定する心が魔力に共鳴して魔法を強化させる。
盾は魔力を込めればそれだけ強化されていく。まどかは仁美達を守る為に、自らの魂を天使へ乗せていった。
「いっけえええええええええええ!!」
「アイツ――ッ!」
巨大な盾が完全に火球を受け止めた。
さらにまどかは解放の天使レイエルを召喚。
先程見た。その効果は杏子も知っている。
「鹿目まどか! テメェエエエエエエエエ!!」
レイエルが目を開くと、火球が反射される。
ファイナルベントは終わってしまったため、もう棍棒は無い。
流石にもう返す手が無い、そして回避するには火球は大きく、速い。
結果として杏子と王蛇は屈辱の防御を取るしかなかった。
「チィイイイイイイイ!!」
着弾と爆発。
すぐに王蛇が腕を振って爆炎をかき消すが、周りには誰もいなかった。
あくまでも龍騎ペアの目的は守護だ。そしてゲームを終わらせる事にある。
杏子達の死は、彼らも望まぬ事なのだから。
「……成る程ね、ちょっとナメすぎてた」
杏子はどっかり座り込むと、焦げたポッキーを齧りながら鼻を鳴らす。
「佐倉、あの羽が生えたヤツはなんなんだ」
「天使。エンジェル。アンタも施設で見ただろ」
「………」
「分かってる! そういう話じゃんだろ! だから、あれは魔法だよ。魔法!」
ムカツク奴が増えた。
だがそれは同時に殺せばスッキリする奴が増えたというプラスの考え方に変える。
あの決意に満ちたまどかの表情を絶望に歪ませる楽しみが増えた。
「まあいい、食い甲斐のある奴じゃないとつまらないからな」
王蛇はゆっくりと首を回しながら変身を解除する。
ゲームはまだ続く、じっくりと狩りを楽しもうじゃないか。
「それに、また大きな祭りの気配がする」
「?」
浅倉は笑い、踵を返した。
「じゃあ私はコレで。何かあったら連絡するわ」
「どうも、助かります」
「いいのよ。私に出来る事があれば何でも言って」
巻き込む事になってしまうのは申し訳ないが、刑事である美佐子が協力してくれるのはやはりありがたい。
ほむらの話しが本当ならば、この世界はイレギュラーに満ちている。
情報は何よりも欲しい武器であり、この世界の謎を解く鍵にもなるだろう。
「じゃあね仁美ちゃん」
「あ……! はい」
手を振って笑顔を浮かべるまどかだが、いろいろと傷が目立つ。
とは言え、体など結局は人形なのだから一日もすれば元に戻るのだが。
しかしそれでも仁美には割り切れず、親友が傷つく事実だけが心に刺さる。
「あの……! まどかさん!」
「ん?」
仁美はもじもじと体を動かす。
申し訳なさと、どうしていいか分からないモヤモヤが渦巻いている様だ。
しかしそれでも伝えたい想いがあった、言いたい気持ちがあった。
「前にも言いましたけどっ、私はまどかさんがどんな人でも友達だと思ってます!」
たとえ魔女になろうとも。
たとえ誰かを傷つける事があったとしても。
「私は、まどかさんの友達だから! だから最後の最後まで貴女の味方でありたい!!」
それだけは伝えたかった。
仁美は目に涙を溜めて微笑む。
「うん! ありがとう仁美ちゃん!!」
まどかも満面の笑みを浮かべて気持ちを返す。
「あ、あの……! もしよろしければ、今日は私の家に泊まっていきませんか?」
もっと一緒に話しがしたい。一緒にご飯を食べたい。
もしかしたら明日にでもソレは叶わなくなってしまうかもしれないから。
その想いを理解してなのかは知らないが、まどかは再び笑顔で仁美の手を取った。
「いいの!? じゃあママとパパに連絡するね!」
「は、はい! 浅海先輩もいかがですか!?」
「わ、私もいいのか?」
親友同士と言う空気に、サキは疎外感を感じていたが、仁美は偽りの無い笑みを浮かべる。
「もちろんですわ! 浅海先輩も大切な先輩なんだから!」
「ひ、仁美……!」
サキは唐突に空を見上げて震え始める。
「んー? 泣いてんの? 泣いてんのか? お姉さんがよしよししてあげよっか?」
「だ、黙ってくれないか……!!」
からかう美穂。しかし肩を掴まれた。真司だ。
「ここからは友達同士の時間だ、俺たちはさっさと帰ろう」
「ん」
「じゃあねまどかちゃん、みんなも」
真司達はまどかに笑顔で別れを告げると、夕日に染まった道を歩いていく。
やはり友人とはいいものだ。まどかの笑顔をみて真司は思う。
「よし、じゃあ俺達も飲むか!」
「お、いいねぇ!」
「じゃあ蓮も誘おう!」
「はぁ!?」
美穂はギョッとする。
「い、嫌なのかよ!?」
「嫌じゃないけど、アンタちょっとは空気読みなさいよー」
「な、なんで!?」
「いやまあ、別にいいけど……」
おかしな奴だ。
真司は蓮にメールを入れて携帯をしまった。
「ねえ真司ぃ、私疲れたからおんぶして~」
「やだよ! 自分で歩けっての!!」
「してくれたら、おっぱい押し当ててあげるからー!」
「ぶぅううううううううううう! 何言ってんだお前!」
真司は真っ赤になって足を速めた。
後ろでは美穂がニヤニヤと、そのリアクションを確認している。
「だいたい歩くのが嫌ならブランウイングに乗ればいいだろ!」
「あ、そうか! 頭良いね真司!」
「へ?」
本当に乗るかよ!!
さっさと飛んで行く美穂。
真司は全速力で白鳥を追いかけながら、沈む夕焼けに向かって色々溜まったモヤモヤを叫ぶのだった。
まどかの魔法技はかなりオリジナル色が強くなっていきます
よろしくやで(´・ω・)b