仮面ライダー龍騎&魔法少女まどか☆マギカ FOOLS,GAME 作:ホシボシ
「ワルプルギスの……、夜」
つまりそれは、あと一週間でゲームが終了するかもしれないと言う事だった。
最後の一人、もしくは最後の一組になるまで殺しあう。その勝利条件は参戦派が目指すべき場所。
そして協力派が目指す場所とは、最強の魔女と言われているワルプルギスの夜を倒す事にある。
それがあと一週間で――!?
『それに準じてルールを変更する』
「ッ?」
『とはいえ、今の君たちには少し関係の無い事かも知れないけど』
キュゥべえが新たに付け足したルール、それは行動範囲の狭小化だ。
ゲームフィールドが収縮し完全に見滝原からは出られなくなる。
尤も、もう全ての参加者が割りと近い距離にある状態のため、一見すればこのルールは意味のないように思える。
逆を言えばコレは、ワルプルギスから逃げる事を禁ずるルールでもある。
『ワルプルギスを放置した場合、見滝原がとんでもない事になるぜ!』
だからどこに隠れても無駄だと言うことだった。
『がんばって、倒してほしい』
『ヒヒヒハハハ! 応援してるぜぇ!』
そこで消え去るキュゥべえ達。
随分あっけらかんと帰っていった。
「………」
キュゥべえ達が現れて時間が経ったおかげで、オーディンは変更された未来の結果をよりしっかりと把握する事ができた。
しばし腕を組んだまま沈黙。直後ワープでゾルダの隣へ移動する。
「取引をしないか?」
「……取引?」
「ああ、キミのパートナーの名前を教えてほしい」
ずっと考えてきた。
誰がさやかのパートナーなのかを。そして多くの騎士を見る中、ゾルダがフリーであると気づく。
もう残っている魔法少女で正体が分からないのは、七番くらいだ。
違っても、そうであっても、事は有利に進む。
「大切な事なんだ。頼むよ」
「………」
気にいらないな。ゾルダはつくづく思う。
「嫌だって言ったら? どうすんのさ」
「そうだね。残念だけど……」
君を殺す。
オーディンのエコーが掛かった音声で囁かれた。
ため息をつくゾルダ。流石にそこまでバカじゃない。ここでオーディン様に逆らったら虫けらのごとく殺されるのがオチだろう。
それはマズイ。このままいけば、取りあえずこの場はしのげるようなので。
「美樹さやかだよ」
「………」
仮面越しでも分かる動揺。
明らかにオーディンの雰囲気が変わった。
震える声でゾルダに礼を言うと、ワープでタイガの元へ移動する。
「僕等も鬼ではない。君たちに一日の時間をあげるよ」
その間にしっかりと鹿目まどかにお別れを言うと良い。
オーディンはそう言ってまどかを見た。すぐにほむらが前に出てくる。
「ふざけないで」
「どっちが?」
「ッ?」
「コチラも目指すのはワルプルギスの夜を倒す事だ。つまり我々は同じ目的を抱えた仲間になる。なら、僕達が争う意味はなくなる」
オーディンは自分達がワルプルギスの夜を倒した場合、全ての魔法少女のソウルジェムが永遠に穢れない様に願うと告げた。
「しかし鹿目まどかだけは殺しておかなければならない」
いくら願いを使って鹿目まどかのソウルジェムを保護しようが、彼女が爆弾である事には変わりない。インキュベーターは必ずまどかが絶望した際に発生されるエネルギーを狙ってくる筈だ。
「ゲームの舞台を整える為に、魔法少女を強制的に絶望させた彼らが、鹿目まどかを放置する訳がないだろ」
いかなる手を使っても再び接近して魔女に変えようとする筈だ。
そうなれば見滝原は――、いや地球は滅びの未来をたどる事になる。
それだけは絶対に阻止しなければならない。
故にその危険を根底から断たなければならないのだ。
「鹿目まどかは殺す。悪いが、これは絶対だ」
相変わらず腕を組み、オーディンは余裕の佇まいでまどかを見る。
「それを邪魔する者もまた、必ず殺す」
それだけは理解してくれ。何度も同じ事を言わせないでほしい。
オーディンはゴルトバイザーを構えてカードを発動させた。
織莉子といた時間が生み出した新たなるカードである。
『ディメンションベント』
オーディンが杖をかざすと、タイガの姿が光と共に消える。
どうやらワープの力を他者にも分け与える効果の様だ。
「賢い判断を、期待しているよ」
「………」
そう言ってオーディンとガルドミラージュは黄金の羽を散らして一同の前から姿を消した。
辺りを包むのは沈黙、静寂、そして非情なる現実だけだ。
「なんだよ――……、コレ」
真司は消え入りそうな声でそう呟いた。
どうしようもない現実と、どうしようもない真実。
そしてどうしようもない程の絶望が彼の中を駆け巡る。
誰もそれを言う事はなかったが、つまりはこういう事ではないか。
『世界を守りたいのなら、鹿目まどかは死ぬしかない』
「……ここから離れよう」
手塚の言葉が長い沈黙を打ち破った。もうココにいる意味はない。
そればかりか王蛇ペアがいる以上、留まるのは危険だ。
耳を澄ませば地響きの様な音や悲鳴も聞こえる。仁美を守れなかったのは非常に残念な事だが、守れた命もある。タツヤを失いたくないのなら一刻も早くココを離れるべきなのだ。
真司たちも失意の中にはあるが、手塚の言う通りコレ以上犠牲者を増やす事は絶対に避けなければならない。
「それにココにもまだ子供達が――ッ」
「分かった。俺が見てくる」
足を怪我した真司では移動は困難だ。とは言え手塚もデッキが壊れている。
ここはパートナーの同行してもらうように頼んだ。
しかし、ほむらは沈黙して視線を落としている。
気絶しているまどかを抱き起こす形で停止して、唇を震わせていた。
「彼女と……、一緒に――、いたい」
「そうか」
「じゃあわたしが付いていくよ!」
かずみが胸を叩いた。
蓮も少しばかり反応を示したが、変身しない状態では足手まといが増えるだけ。
ココは一同と共に残ると言い、結局手塚とかずみが真司が出会ったと言う子供達の元へ向かう。
「………」
正直に言ってしまえば、真司が足を怪我したのは幸いだったと言えよう。
手塚もかずみも、何となくその可能性は考えていた。
そして結果は、やはりと言うべきなのか。その部屋には子供達の姿は無く、辺りに飛び散った血液のみが残されていた。
おそらくその理由はミラーモンスターに襲われたからではないだろうか?
「どうして、いつも、こんな……」
暗い雰囲気が二人を包む。かずみは力なく手塚に問いかけた。
これからまどかはどうなるのか? これからF・Gは一体どうなっていくのかを。
「気になるのは、鹿目まどかは本当に絶望の魔女なのかと言う点だ」
「そうだね。嘘かも」
もしも本当だった場合は、確かに危険な事になるだろう。
まどかの存在は大きな爆弾となってしまう。いつ爆発するかも分からないソレをどう守るのか、どう扱っていけば良いのか。
「そして――、願いも」
「………」
オーディン達と協力すればワルプルギスは倒せるかもしれない。
しかしそうなると、たった一つの願いは先ほどの通りになるのだろう。
手塚は別にそれでいいが、かずみは一体どう思うのか?
「俺は一応占い師を目指しているんだが、キミの未来だけは全く見えない」
「あはは……、みんなそればっかりなんだから」
「何か事情があるのか?」
手塚の言葉にかずみは苦笑しながら頭をかく。
どうやらお見通しと言う事らしい。もちろん言えないが。
しかしかずみとしても色々問いただされる機会が多く、どこか疲れていたんだろう。
「そうだよ。わたし、皆とはちょっと違うんだ」
「そうか」
「占い師さん。言わないでね、誰にもね」
「ああ」
かずみは悲しげに微笑み、踵を返した。
「残念だけど、もどろっか」
かずみは部屋を出て行く。
手塚もすぐに後を追おうとしたが、そこでもう一度部屋を見回してみた。
恐怖と絶望、それがココには散漫している様だ。無力感をひしひしと感じて思わず壁を叩いた。
そしてふと思い出すのは織莉子にもらった紙だ。あれは一体――?
「どうしたの手塚さん」
「……いや、すまない。今行く」
するとかずみがアッと声をあげる。
窓の外に巨大なブラックホールを確認したのだ。
理由は不明だが王蛇ペアが現在リーベエリス本部を文字通り破壊しているらしい。
とにかくココにいては危険だ。二人はすぐにここから離れる。
共通するのは、二人とも何か引っ掛かる表情をしている点だった。
複雑な思いを胸に抱え、それぞれはゲーム終了に向けて最後の戦いを覚悟していく。
ワルプルギスの夜は、確実に近づいているのだから。
「………」
破壊され、崩壊していくエリス本部、その地下を歩いているのはリュウガだ。
エリスの幹部達やその家族をわざわざ呼び出して地下に避難させておいたのだが、案の定と言うべきかもう誰もいなかった。
やってくれたものだ。せっかくユウリを蘇生させる為に溜めておいた"ストック"だったのに。
「………」
まあいい。
リュウガは誰もいなくなった地下を後にすると、そのまま落ちてくる瓦礫をかわしながら外に出る。
ユウリは今回の件で多くの参加者が減る事を望んでいたが、結果は仁美が死ぬくらいに終わったか。
しかしそれでも鹿目まどかが絶望の魔女と分かり、ワルプルギスの夜が一週間後にやって来ると言う情報は大きい。
それに美国織莉子も二度目の死を迎えたことになる。これでもう次は無い。
「………」『ストライクベント』
デッキからカードを引き抜くとバイザーにセットする。
濁った音声が聞こえ、リュウガの手にブラックドラグクローが装備された。
「………」
リュウガの周りを激しく旋回するドラグブラッカー。
その性質が『絶望』である様に、全てを塗りつぶす闇が口の中から溢れていく。
リュウガはドラグクローを真上に向けた。それに合わせてドラグブラッカーも真上を向いた。
黒炎が龍の口から発射される。
黒い炎は交じり合い、一つになり、巨大な固まりとなって空に昇っていく。
リュウガはその行く末を確認せずに再び歩き出した。
そして一歩、二歩、三歩、四歩、五歩。
そして次の足を踏み出す時に炎が『着弾』した。
爆発音が微かに聞こえる。しかしリュウガは分かっていたからこそ視線を移動させることは無い。
遥か上空では、昇竜突破を受けて大破した大型旅客機があった。
つまりリュウガはストライクベントによって放たれる炎で、空にあった飛行機を破壊したのだ。
リュウガにとってそれは丁度いい稼ぎ所でしかない。炎に包まれた飛行機は多くの部品を撒き散らしながら徐々に降下してどこかへと墜落していく。
もちろんそこには多くの人間が乗っており、二回目の復活に必要な100人殺しは簡単に達成された。
手をかざすリュウガ、すると割れた鏡が集まる様なエフェクトと共に、死んだ筈のユウリが無傷な状態で出現した。
「起きろ、戦いが動いたぞ」
「………」
ゆっくりと目を開けるユウリ。
しばらくは呆けていたが、手を開いたり握り締めたりしている内に、バッと飛び起きて伸びを行う。
「あぁぁぁぁ、状況を詳しく教えて」
リュウガは使い魔に一連の流れを観察させていた。故にエリーがそれを映し出す。
リーベエリスの崩壊。志筑仁美の死。そして鹿目まどかが絶望の魔女であると言う事。
そしてワルプルギスの夜が一週間で襲来すると言う事。
「ひゅう! あッぶな! 鹿目まどか……ッ、なるほど。だからあんな天使なんてものを」
安易にまどかを絶望させるのは危険だったか。ユウリは汗を浮かべると苦笑いを一つ。
しかしワルプルギスの夜が来ると言うのは、ユウリにとって最も重要な情報かもしれない。
まどかをどうするのかはユウリにも分からぬ事だが、その問題が処理されれば織莉子達は打倒ワルプルギスと言う目標を抱える筈だ。
そうなると協力派陣営と手を組まれる事も考えられる。
(そうなれば皆殺しは危険になってくるか。厄介だな)
流石にオーディンペアを含めて、あの人数を相手にはできない。
「んー、どう消すか……!」
そこでふと思い出すのはオーディンである上条だ。
「アレ……、良いんじゃない? あのボウヤ」
ユウリはしばし口元に手を当てて考える。
「美樹さやかのパートナーは……、はいはい、なるほど。ッて言うかステルスちゃんもいるんだよなぁ」
「どうするつもりだ?」
「……まずは北岡秀一を消す。あれは美樹さやかのパートナーだ」
ゾルダが死んで確定敗退アナウンスが流れれば、オーディンは必ずさやかを蘇生させる為に行動するはず。もしかするとオーディンも参戦派になるのではないか?
さやかを蘇生させる為に織莉子と対立する可能性も十分にある。
まあ、流石に織莉子もそれを考えて何かしらの対策は行っているだろうが、揺さぶりをかけておくのは悪くない。
「狙うのはアリ。大アリ! 酢豚にパイナップルくらい有り! って言うかもうそれしかない!」
決めた、ゾルダを殺ーす!
ユウリは次なる目的を決めて頷いた。
「どうする? もうやっちゃう? お前も早くアイツは殺したいでしょ?」
「………」
リュウガは無言で目を光らせるだけ。
しかしユウリとしても調子には乗れない立場ではある。
既に二度死んだ、つまりもう復活のチャンスは無い。技のデッキは非常に強力だが、圧倒的な力でゴリ押しにされるとどうにもならない点がある。
ムカつく事ではあるが、王蛇ペアやオーディンペアの実力は無視できない。
さらに言ってしまえば予備のグリーフシードは、ユウリが全て管理していた為、死んだ際に消滅してしまった。
技のデッキは魔女を召喚できるため、グリーフシードを自分で生成できる反則級の能力を所持しているが、同時に普段から消費される魔力もそれだけ高い。
ストックが無い今、龍騎達を狙いにいく中で予期せぬトラブルがあると終わる可能性もあるのだ。
「ステルスを気取っているヤツもいる」
目立った動きはしていないだろうが、今回の件で7番は情報収集能力に特化していると睨む。
ステルスを貫く理由は? 臆病な協力派と言う可能性もあるが――。
『………おいどんは、相棒の意見を聞いて決めるのでごわす』
あの時、魔法少女集会で7番はそう言った。
参戦派か協力派になるのかは半々。もしくは中立の立場になり、状況を見て判断する可能性もあるが、いずれにせよ参戦派になる可能性は秘めている訳だ。
だとするなら7番のペアは最後の最後まで隠れ、おこぼれを狙って勝利すると言う事ではないか。
それは非常に腹の立つ事である。まして隠れられ続けられるとユウリの目的である『皆殺し』が難しい。
「そうなると、7番もマジで邪魔ね」
それを考えると取るべき行動は一つなのかもしれない。まずはやはり、グリーフシードのストックを確保することだ。
「別行動だリュウガ。アタシはグリーフシードを用意して使い魔を見滝原中に設置する」
エリーを通して見滝原を監視し、意地でも7番を引き摺り下ろす。。
「遅かれ早かれ三日もあれば確実に鹿目まどかは消えてるだろ」
明日一日はどうやらオーディンが与えた自由時間の様だが、その次の日には織莉子達はどんな手を使ってもまどかを消そうとする筈だ。まどか側もすんなり殺されるのか?
いやいやそんな事は無いだろう。潰しあってはくれるはず。取りあえずは様子を見るべきだ。
「お前はソッチを頼む」
「………」
リュウガは無言で頷き、粉々に砕けた。
それを見てユウリは腕を組む。残り一週間で全員を殺す。ユウリとしても本気を出さなければならない様だ。
油断はできない。魔法と、技のデッキの可能性をフルに活用するしか生き残る方法は無いだろう。
「そろそろコイツを使うか」
ユウリは一枚のカードを取り出してニヤリと笑う。
この魔女は切り札だ。使いどころを今まで探ってきたが、そろそろ切る時がやって来たのかもしれない。
ユウリは皆殺しを妥協する気は無かった。
自分が直接手を下さずとも、生き残るのは自分だけでいい。
あと一週間、それが大きなラインとなるだろう。
「さあ、クライマックスと行こうじゃん?」
ユウリは振り返り、お世話になったリーベエリス本部を見る。
そこには爆発と共にブラックホールに飲まれていく無残な姿が見えた。
「にしても、使えない連中だったな」
不気味な存在ではあったが、所詮人間が作った脆いシステムだ。
崩壊は呆気ないもの。ユウリはギーゼラを召喚して、本部をバックに走り去るのだった。
ああ、彼女は知らない。気づかない。見えない。
「………」
紫の髪。
光るレンズが、ソコにあったのに。
【二日目】
朝日は昇る。次の日はいつも通りやってくる。
しかし参加者達の心は、時間が経つごとに重くなっていった。
絶望の魔女、ワルプルギスの夜、FOOLS,GAME終了が近づく中で浮き彫りになっていく問題点。
誰もが落ち着かぬ時間を過ごす中、彼女もまた――?
「んー……」
ニコは公園の芝生に寝転びながら携帯を覗いていた。
画面をスライドさせて掲示板を数ヶ所覗いてみる。
すると、あるわあるわ。見滝原の話題がネットでは爆発的に取り上げられている。
『リーベエリス崩壊は流石に草。魔境見滝原伝説にまた一つ歴史が加わったか』
『胡散臭い所だったし、やっぱなんかあったんじゃね?』
『それよか見滝原の上通った飛行機が謎の爆発の方がやべーだろ』
『最近あそこの周りで人死にすぎでしょ』
『死にたくねぇ! 見滝原に引っ越そうと思ってたけど止めよ!!』
『もうコピペできてんのかよww!』
『見滝原マジで洒落になってなくてワロタ。リアルに呪われてるだろ』
『従兄弟が見滝原に住んでるんですよね。心配です』
『警察は何やってんだよ。もうコレ完全にテロだろ、偶然にしては重なりすぎてる』
『呪いとか陰謀論とか信じてるヤツ本気でいたのか』
『元カレ見滝原に行ってくれないかなーww』
『リーベエリス崩壊って、まだ一回も行ってないんですが……』
『俺の先輩リーベエリスのメンバーなんだけど行方不明なんだよな。マジ見滝原はおかしいって』
「……ワロチ」
適当に呟く。
オカルトスレや、事件性を疑うスレ。
テロだの呪いだのとネットでは様々な憶測が飛びかい、動画投稿サイトでは面白がった放送主達が生放送でカメラを回しながら見滝原の街を徘徊する動画がぶっちぎりで人気である。
コメントには『今日も生き残ったか』だとか、異常事態を期待するコメントが多い。
多くの人間は見滝原を恐れる様になったが、一部の人間はその異常性に惹かれて見滝原にやってくる様だ。
まあそう言った連中はだいたいが魔女の餌になるか、杏子やユウリ辺りに殺されるかだ。
問題はそれを配信していた場合、混乱は必須だと言うこと。
運営の妖精共はその点についての情報規制はちゃんと行っているのか?
それとも混乱さえもゲームの一環とするのか?
「………」
まあどうでもいいか。ニコは呆れ顔で立ち上がる。
なんだかもうどうでも良くなってきたと言えばそうだ。
アレも日に日に酷くなっていると言うか……。
「あー、だりー、まじ一週間寝てねーからツレーわー」
ニコは反り返る様に伸びを行って体を揺する。
空は曇天。おそらくワルプルギスの夜が近づいている為であろうか?
「……ワルプルギスの魔女ねぇ。ああいや夜か。ん? どっちだっけ?」
ニコも噂には聞いたことがある。
最強の魔女。多くの魔女の集合体であると噂されているが、その姿を見た物はいない。
見た目は『逆さの女性』らしいが、いまいちピンと来ない。
聞けば嵐、津波、地震、多くの災害を巻き起こしてきた犯人であるとも言われている。
ニコとしてはそんな大層な存在に勝てるとは思っていない。だからこそ参加者を皆殺しにした後で願いの力を使って存在ごと消し去りたい所ではあるが……。
「難しいか」
と言うのも、ニコは既にキュゥべえ達からその点についての情報を得ていたのだ。
それはワルプルギスの夜が姿を見せてからのゲーム終了条件についてである。
例えば、七日目の魔女襲来時に生き残っているのがニコとまどかだけだったとしよう。
もしもそこでニコがまどかを殺せば、生き残ったのがニコだけだと判断されてゲームは終了される。
しかし、過程はどうであれ、まどかがワルプルギスの攻撃を受けて死亡したのなら、それはニコの勝利とは認識されない。
ではどうなるのか?
答えはニコがワルプルギスの夜を倒さなければゲームは終了とされないのだ。
これは非常に面倒な事であり、下手をしたら詰む事になる。
奇襲をメインとするベルデペアではワルプルギスを倒す事は難しい。
では逃げる? それも無理だ。ワルプルギスの夜は見滝原を滅ぼすつもりらしい。そこから出られない参加者はいずれ追い詰められて死ぬ。
「これはいかん。それに鹿目まどか……」
ニコも透明化させたバイオグリーザの目を通して、まどかの事は知った。
あの絶望の魔女を放置しておくのも危険極まりない事ではないか。
「メンドくさ。終わってるねホント」
イラつくとは思えど、ニコは無表情で携帯の画面をスライドさせる。
今日、彼女がこの公園にやってきたのは『とある実験』を行う為だった。
ココは見滝原の公園の中でも一番隣町に近い所だ。つまり、もう少し歩けばニコは見滝原の外から出てしまうのだ。そしたらばルールによって死ぬことになる。
だが問題はそこだ。見滝原の外に出たら死ぬ。ニコはそこに疑問を持った。
「お、いけるじゃない」
ビジョンベント。
ミラーモンスターが見た光景をニコは携帯で確認している。
現在、バイオグリーザは見滝原ではなく隣町の『風見野』に足を運んでいた。
画面は今もくっきりだ。
ミラーモンスターは騎士の分身とも言える存在だ。
ならば希望は薄いかと思ったが、どうやらルールによって殺されるのは『騎士』と『魔法少女』のみらしい。
バイオグリーザが範囲外に出て行ってからそれなりに経っている。
高見沢が死んだと言う連絡もない。まあミラーモンスターがまだ存在しているのだから当然か。
まあだからと言って何かゲームに優位に立てると言う訳ではないが、外の様子が確認できる程度には役立つかもしれない。残り六日と言う中で何ができるのか?
ニコは唸りながらアドベントを解除した。
「………」
リーベエリスのメンバーはどうやら昨日本部に全員収集されていたらしく、一部を除けばほぼ全滅と言う形になったと発表された。
生き残ったメンバーも次々と行方不明になっていると聞く。
どうせ王蛇ペアが生き残った面々を殺害して回っているのだろう。
向こうも向こうでバッジを取ればメンバーとは分からないのに、相も変わらずマインドコントロールに踊らされているのか。
「ありえん」
しかし気になる。
ほぼ全てのメンバーが昨日集まった?
おいおい、流石に無理があるって物ではないでしょうか?
そもそも普通に働いているメンバーもいると言うのに、わざわざ仕事を休んでボランティアの本部に集まったと?
しかも杏子達が事前にメンバーを殺して回っている事は知っていた筈だ。
自分達を狙う殺人鬼が潜む街にわざわざ滞在し続ける意味はなんだ?
そもそもアレだけしつこく活動していたリーベエリスが急に消え去った感覚がある。
いや、メンバーが八割強死んだらしいので当然といえばそうだが、やはり何かおかしいと感じざるを得ない。
不確定な存在、まるでそれはフィクションの産物の様な存在だった。
ユウリは一枚噛んでいただろうが、全てには関わっていないはず。
このあまりにも呆気ない幕引きは、ニコに大きな違和感を残す事となった。
「………」
加速していくニコの想い。
それは知的な欲求か? それとも核心に迫らなければならないと言うある種の使命感なのか。
「馬鹿げてる」
だが途端のクールダウン。
「帰るか
相変わらずアンニュイな表情を浮かべて踵を返した
「おはようございます」
「ああ、目が覚めたんだね」
二日目の朝。庭に姿を現したのは美国織莉子だった。
最後の蘇生を使い果たした彼女は、変身を行っていたオーディンに声をかける。
庭にはゴルトフェニックスも存在していた。一体何をしているんだろうか。
「少しカードの性能を試したくてね」
オーディンのワープは目に映った場所。
もしくは範囲こそまだ把握しきれてはいないが、一度足を運んだ場所に飛ぶ事ができる。
今回追加されたカードは『ディメンションベント』は、そのワープの力を他者に与える事ができる。
「どうやらそれだけじゃなくて、キミをゴルトフェニックスと入れ替える効果もあるみたいなんだ」『ディメンションベント』
「きゃ!」
織莉子の姿が消え、オーディンが言ったとおりゴルトフェニックスが立っていた場所に現れる。
そして織莉子がいた場所にはゴルトフェニックスが現れた。
「なるほど。これは上手く使えるかもしれませんね」
「範囲の方は後で調べておくよ。それより、未来はどうだい?」
「ええ、問題ありません」
一度は滅びの未来を観測した織莉子であるが、自らの命を犠牲にする事によって強制的に未来を変えた。もちろんそれは賭けではあったが、今、視える未来はずいぶんと都合のいいものである。
このままであれば何の問題も無い、織莉子はそう言って笑みを浮かべた。
「それに、迎えにいくのでしょう?」
「ああ……、そうだね」
変身を解除するオーディン。
上条の目は冷たく。けれども唇は吊り上がっている。
服装を整えた。これから大切なゲストを迎えにいかなければならない、失礼の無いようにしなければ。
「それより、"彼女"は?」
「ええ、大丈夫」
「そう……、良かったね」
上条はそう言うと織莉子の横を通って屋敷の中に戻っていく。
少し複雑な表情を浮かべながら織莉子は微笑んだ。
しかしそこで足を止めた上条。織莉子の方を振り向かず、言葉だけを投げた。
「そういえば、東條さんに聞いたんだけど」
「……?」
「――――」
呉キリカは目を見開いて一点を見つめていた。
ボサボサの髪を掻き毟り、もう一度信じられないと言った表情で『ソレ』を見る。
けれどもやはりソレは――、東條悟は幻ではないようで。キリカは隈のある目をカッと開いて東條をジッと見ていた。
「???」
気まずい沈黙だった。
キリカは自分の手を見た後に東條を見る。
続いてキリカは自分の体をペタペタ触った後に東條を見る。
さらにさらにキリカは目を擦った後に東條を見た。
幻か、夢か、はたまた幻想か? キリカは自分の頬をつねって一言。
「いひゃい」
「……さっきから何してるの?」
それがキリカが生き返って一番最初にかわした会話だった。
キリカはまだポカンとした表情で離れたところに座っている東條を見ている。
何故彼がココにいるのか、何故自分は生きているのか。
何故? それが頭の中をグルグルと駆け巡る。
「なぜなぜなぜーッッ!?」
「!」
キリカは跳ね上がる様にベッドが起きる。
近くの鏡を見て、自らが確かにココに存在している事を知る。
キリカは一気に呆けた様にへたり込むと、パチクリと目を動かして東條を見つめた。
「え? 誰!?」
「だ、だれって……! 酷い――ッ! やっぱりキミはそうやって僕を避けるんだ」
東條は椅子の上で体育座りをして、ムスっとした表情でキリカを睨む。
それでキリカは事態を把握する。やはりコレは本物の東條であり、コレは現実であり、自分は復活してココにいる。
「あれ? でも? んんー!?」
ちょっと待てとキリカは首を傾げて唸る。
彼が本物の東條だとして、何故自分を蘇生させたのか?
今の今まで織莉子を否定し続けてきた英雄ジャンキーがココにいる理由が全く分からない。
「何故急に――?」
東條は複雑な表情を浮かべてキリカから目を逸らした。
「織莉子さんは素晴らしい人だったよ」
「ん――……、ん」
その通りだ。その通りではあるのだが。いやむしろその言葉を待っていた。
だが、いざ口にされると何とも違和感しか感じず。何も言葉が出なかった。
「何でさ。キミはあんなにも織莉子の事を煙たがっていたじゃまいか! ええ!?」
「だって彼女は僕に、英雄のなり方を教えてくれたんだもん」
「AU? えーゆぅ? あぁ、英雄か」
相も変わらず英雄英雄英雄ジャンキー。
結局根本は変わっていないようだが、とにかく東條は織莉子についての考えを改めたらしい。
それに腹を割って話してみれば、織莉子は幼い頃から苦労してココまできた。
そ見滝原を父の代わりに守りたいと願う儚げな少女じゃないかと、東條は考えを改めたのだ。
「彼女はひたむきに真っ直ぐだ」
それが東條にとってはどこか羨ましかった。
「とにかく美国さんは僕に英雄になれる方法を教えてくれた。一人を殺せば殺人者、しかし大勢ならば英雄」
その言葉を投げかけられた時の東條の想いは言葉にできない物だったろう。
やっと英雄になれる道標を得られた。それを思えば、躊躇う理由はなくなる。
いや、言い方を変えれば東條をずっと打ちとめたネジが、箍が、楔が外れたと言ってもいい。
塞き止められていた感情や想いは、もしかするとずっと誰かの助けを求めていたのかもしれない。
とにかく理由がなんであれ、東條に織莉子は道標を示した。それが東條にとってどれだけ救われる事だったろうか?
それは彼自身、分からない事かもしれないが。
「だから、僕は殺した」
誰でもいい、英雄になる為に殺す。
それは気持ちの良い事ではなかったが、英雄になれると言う想いが手を進めていった。
そうやってリーベエリスメンバーを殺害して50人殺しをやってのけた。
『鹿目まどかを殺さなければ世界が終わる』
織莉子は教えてくれた。
参加者だけを巻き込んだゲームではなく、世界のその全てを巻き込んだ終わりが来るのだと。
それを止められるのは知っている者だけ、つまり参加者だけだ。
織莉子は言う。
サキや真司、ほむらなど、一時の情に流される気持ちは分からなくも無い。
だがしかしその小さな優しさが世界を終わらせるのであれば、ちゃちな情など捨てるべきではないか?
『間違っているのは彼らです』
そして正しいのは世界を救おうと思っている自分たち。
『でも、それでも……、友を殺したくないと言う気持ちは理解できます』
それは織莉子の本心でもあった。
もしもキリカが絶望の魔女だとしても、織莉子はキリカを殺す決断を取る事はできた。
だがその時に感じる悲しみは、想像しただけで胸が張り裂けそうになる。
まさに絶望しそうになると。
『だから、せめてもの優しさに……、私達が鹿目まどかを殺しましょう』
ほむら達がまどかを殺す事は、彼女達にとっても大きな悲しみを生み出す事になる。
しかし殺さなければならないのだ。誰かがやらなければならない事だ。
『だったら殺せない暁美ほむら達を長々と苦しめるより、いっそ自分達が殺して、その恨みを背負おうじゃありませんか』
何よりもその行為は世界を救うという大義名分を果たすことができる。
『まさに、英雄ではありませんか』
東條に再び設けられた圧倒的なチャンス。それは鹿目まどかを殺す事。
恨まれるかもしれないが、その恨みを背負うのも英雄らしいではないかと。
「僕はやっと気づいたんだ。英雄になれる方法にね」
同じ思想を持った織莉子を敵視する理由は無い。
それを聞くとキリカはふぅんと少し大人しくなって体を丸めた。
「それは分かったよ。分かったけど……」
なぜ自分を蘇生させたのか。
その理由は何となく聞きづらい。
織莉子に対しては歯の浮く様な台詞を連発していたクセにとは思うが……。
「お、お前は私が嫌いなんじゃないのかぁー?」
「………」
東條はその質問には答えず、逆にキリカへ質問を行った。
「キリカ、今のキミは……、本当のキミ、なのかな?」
「き、黄身? 私は卵じゃないぞぉう!」
「違うよ! うん、全然違う……!」
そういう事を言いたいんじゃない。。
東條はマーゴットの魔女空間で見た物をキリカに打ち明ける。
それは呉キリカの過去、彼女がいかにして願いを叶えるに至ったのか。
全てが下らないと吐き捨て、しかしふとした時、その下らないと思っていた物に憧れている事に気づく。そして何よりもたった一人の女の子と仲良くなりたいと夢を掲げて。
「み、見たのか――っ!」
「……うん」
キリカはそれを聞くと目を見開いて唇を震わせた。
一瞬、過去のキリカが出て来たような気がした。
よくも悪くも今のキリカよりは普通。それは忘れたい過去なのかもしれない。
誰も見ず、誰からも見られず、そして世界だけを呪う。
「………」
「………」
無言。
「「………」」
無言。
「―――」
今のキリカからは考えられぬ様な無言が続いた。
肩を震わせてただ一点に東條を睨む。キリカとしても色々考える所があるのだろう。
とにかく過去を知られるのはあまり良い事ではないし、恥ずかしさに似た感情がある。
(軽蔑するだろ? あんな私を見て)
東條は何も言わない。キリカは口に出していないからだ。
(がっかりだろ、あんな私で。滑稽だろ? 否定して否定し続けた先に憧れを見出していたなんて)
捨てた筈の自分が出てくる。
キリカは昔のキリカに笑われているような気がした。
頭のおかしいフリをするのが好きな女だと笑われているような気がした。
それはどうしようもなく恥ずかしくて嫌だ。今すぐ体中を掻き毟って走り出したくなる。
「君は……」
「――っ」
東條は、とにかくその言葉が言いたかった。
「君は、僕と同じだね」
「え?」
東條もまた、他者の視線に映らない男だった。
高校のクラスでも同じだ。毎日毎日同じような事で盛り上がるクラスメイト達を下らないと見下しながら満足しない毎日を送っていた。
そしてキリカと違うのは、東條は本当に誰からも見られなかったと言う事だ。
キリカはたまに会話のネタに『暗い』だの『何を考えているか分からない』なんて馬鹿にされていたが、東條はそれすらもない。
当事者となれば東條の方が羨ましいのかもしれないが、本人にしてみればそれは本当につまらないものだった。
まだ会話のネタにされる方がマシだ。だが誰も東條を見ようとはしない。
空気だ。そこにいる事を認知しない様な。
そこに悪意があったのか、それとも本当に彼が見えなかったのかは分からない。
そしてそれは両親も同じだ。
どんな想いがそこにあったとしても、東條からしてみれば父も母も彼を見ていなかったと言えるだろう。互いに忙しかったという事もあるが、滅多に揃って姿を見せる事は無かったし、帰ってこない日も多かった。
幼い頃から会話なく育った彼はやはりどこか大きな不満を持っていたのかもしれない。
例えばそれは誕生日、もちろんそれは親が仕事を休む理由にはならない。
故に毎回用意されるのは静寂の部屋に置かれた大きなケーキと、丁寧に包装された誕生日プレゼントの現金だけだ。
両親としては申し訳なさもあったのだろう。
だから豪華なケーキと、好きな物を買える様に現金をという手をとったのだと。
それは東條にとっては虚しさを煽るだけのものだった。
食べきれないケーキ。
プレゼントだって買ってくれるのならば何だってよかった。
そうだ、現金を置いた理由は親が東條の好きなものを知らないからだ。
だから現金をゴミ箱に捨てた。
それが東條が選んだ誕生日プレゼントだった。
こういう行動をする場合は何かしら『気づいてほしい』とのアクションを起こすかもしれないが、東條はそれを隠した。ゴミも自分で処理したし、親の前では平然を装った。
「なんでだろう? なんでだろう?」
気づいて欲しかった。見て欲しかった。そして評価してほしかった。
このままであれば東條は人として生まれてきた意味を見出せない。
だから『東條悟』として生を受けた価値を見出したかった。
それが『英雄』と言う不確かなものに行き着いた原因なのだろう。
英雄とは人から慕われ、評価され、祭り上げられる存在。きっと自分も英雄になれば人は僕を見てくれる。
そんな想いが彼には渦巻いていたに違いない。
英雄になれば変わる事ができる。
その不確かな存在に東條は願望と望みを。何よりも大きな希望を重ねていたのだろう。
だから彼は英雄を目指した、変わりたいと思い、変われると信じて英雄になる事を望んだ。
自分を見てくれる物ならば英雄にこだわる必要はなかったのかもしれないが、東條にとってはその願いが叶うのは『英雄』しか分からなかったのだ。
「僕は、君と同じなんだよ」
「………」
普段のキリカはすぐにこう言っただろう、一緒にするなと。
闇に擦り寄り、似ていると言えば、何かなるとでも思ったのだろうか?
アレはキリカにとっては過ぎた過去であり、織莉子に出会った今わざわざ思い出す必要はない記憶だった。
キリカは変わりたいと願ったのだ。故にあの過去はもう自分であり自分ではない。
今のハイテンションでいつでも元気な呉キリカこそが自分なのだから、似ている等といわれるのは心外でもある事だろう。
『お前は今現在も迷っているかもしれないが! 私はそうじゃない!』
だから一緒にするなと――、言えれば良かった。
「………」
だがキリカは燻った様な表情で東條の話を聞き、しばらく時間が経った今尚、否定はしなかった。
なぜならばキリカこそが話を聞いている内に『似ている』と思ってしまったから。
東條の過去は、まるで自分の過去の様にデジャブを覚えてしまう。
彼の体験、経験、感情、その全てが手に取るように理解できる。
「馬鹿みたいに話している奴らを見下してた」
「うん」
「でもちょっと羨ましいと思ってたー」
「うん」
「自分はたまに生きてるのかさえ分からなくなる」
「うん」
「だって誰も自分をみないもーん。それじゃあ他人から見えてるのかさえ分からなくなる」
「うん」
キリカの口から次々と溢れる言葉は自分の事だ。
しかし東條は己の事を言っているのだと錯覚している。
そうしている内にキリカは過去にキュゥべえとジュゥべえが言っていたことを思い出して理解する。
パートナーは『似た者』を用意したと彼らは言った。
そうか、そうか、これはもう似ているなんて物じゃない。
例えばそれは爪を武器にしたり、例えばそれは白と黒だったり、雰囲気もまあ似ているのだろうが、そういう事ではなくもっと突き詰めて。
――東條は自分だった。
「初めは、このまま空気のまま消えてしまってもいいかなって思ったりした」
「うん」
世界が自分に興味を示さないのならばそれでもいいと思った。
しかしキリカはその考えを否定する事になる。
このままでは駄目だと、人から好かれる自分にならなければならないと。
それはそうなりたいと思えたからだ。このまま空気のまま消えるのは嫌だと願ったからだ。
「彼女に……、織莉子に出会えたからね」
「………」
そこが東條とキリカの徹底的に違う部分だろう。
織莉子はキリカが唯一自分の身を投げ打ってでも守りたいと願った人だ。
そして何よりも織莉子の為に変わりたいと思えた人物でもある。
これほどの影響を与えてくれるものは、もう現れないだろう。
織莉子がいたからこそキリカは下らないと絶望していた毎日に大きな希望を見つける事ができた。
変わるきっかけだ。そんな物が東條にもあったのだろうか?
彼がひたむきに英雄を目指そうと思ったきっかけが。
「猫……」
「え?」
「猫を飼ってたんだ」
両親がせめて寂しくないようにと用意してくれたもの。
数々の行為が神経を逆撫でする中で、唯一その計らいだけは東條にとって大きなプラスと言えるものだった。
何の品種かも分からぬ程、猫の知識は薄かったが、それでも東條は精一杯の愛情を猫に注ぐ事ができた。それはもしかすると『彼』だけが自分を見てくれているのだと言う安心感があったからだろうか?
出会った時は子猫だった彼も東條と共に成長していき、はっきり言ってしまえば両親よりも同じ時間を過ごしていたかもしれない。
一緒にご飯を食べ、一緒に遊び、嫌がる彼を連れてお風呂に入ったこともある。
そうそう、寒いときは一緒に寝たりもしたか。
とにかく友人のいない東條にとって彼は唯一の遊び相手でもあり、言葉は交わさずとも猫もまた東條にはよく懐いていた。
学校から帰れば、猫が玄関で出迎える様にしていたのも鮮明に覚えている。
そう、東條は彼が大好きだった。
時が流れたある日。
外に遊びに行っても夜には戻ってくる猫が、いつになっても姿を見せない時があった。
はじめは何も思わなかったが、時間が進むにつれて東條の心にザワザワとした物が宿り始める。
もしかしたら事故にあったのかもしれない。もしかしたら何かトラブルに巻き込まれて道に迷ったのかもしれない。
もしかしたら誰かに苛められているのかもしれない。
ああそうだ、何かで見た事がある。
猫は自分の死期を悟ると飼い主の前から姿を消す事がらしい。
そうやって次々と生まれるネガティブな感情。心配が故の絶大な恐怖。
どうしよう? どうしよう! 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
東條は軽いパニックになっていた。
猫と離れたくない。東條は強い寂しさを感じて泣きそうになりながら家を飛び出した。
今までの東條は自分でも感情が無いのではないだろうかと思えてしまう程、『無』だった。
所謂猫を被ることはできる。みんなの前じゃみんなのように振舞うこともできる。
けれどいつもそれが終わると虚無が襲ってくる。
何も誰も心に影響を及ぼしてくれない因子ばかりだと決め付け、現にそう思えてしまう環境にいたからだ。いつからか何も喋らず、何も感じず、まして誰からも喋りかけられる事は無い。
そして家には誰もおらず、わずかながらに顔を合わせても、結局は両親が最も期待しているであろう理想の『
それは両親の為に、それは自分の為に。
だがそこにはやはり本当の東條悟はいなかった。
故にあの時の東條ならば親が死んだと言われても、まして殺されたと言われても『そうなのか』で済ませただろう。
だが震える足で家を飛び出した東條は紛れもなく愛する猫の死に怯える一人の少年だった。
感情が無いと思っていた少年は消え去り、友の死に怯えて探しにいくほど普通だった。
長い間人との会話を避けてきた男が名も知らぬ人々に猫を見なかったかを聞きまわった。
その間、心に浮かべるのは無事でいて欲しいと言う純粋なる願いだけだ。
感情を失っていた東條は、感情を爆発させて唯一の友の無事を祈っていた。
何も無いからっぽの自分はどうなってもいい、猫の代わりに死んでもいいからとまで。
「それで、見つかったのかい? キミの猫ちゃん」
「いや……、その時は駄目だった」
どれだけ探しても猫は見つからなかった。
必死に探し続けたが、時計の針が12を回ったところで警察に見つかり家に帰された。
きっともう猫は――……、そんな考えが過ぎった時。
『ダニー!!』
東條は猫の名前を呼んで涙を流す。
家の前に、猫のダニーが無傷でちょこんと座っていたからだ。
しかもいつもはもう寝ているのに、しっかりと起きて、東條を待っていてくれた。
東條は我を忘れるかの様に涙を流して、ダニーを抱きしめただろう。
『どこに行ってたのさ! 本当に心配したんだよ!』
でも良かった。本当に良かった!
東條はボロボロと涙を零し、ダニーを優しく撫でている。
『さあお腹減ったよね? 一緒にご飯を食べよう』
本当に良かった。
東條はダニーが無事だった事に喜びと希望を感じていたのを徐々に理解していった。
そしてダニーと一緒に食事にありつけた時にはハッキリと一つの感覚を知る事になる。
それは自分はまだ『人』だと言う事だ。
当たり前とも思うかもしれないが、感情を忘れてしまったのではないかと思う東條にとっては今回の出来事はそれだけ大きなものだったのだ。
自分はまだ人だった。人であれた。それは大きな喜びでもあるが、同時に大きな戸惑い。
だってそうだろう?
空気として消えてしまってもいいと思っていた東條が人である事を自覚したとて、明日からその生活が変わる訳でもない。
結局待っているのは無関心な環境。無関心な人々。そして何も話さずいるだけの置物の自分だ。
それならば置物として、自分を見下していたほうが生きやすい。
中途半端に人として生きようとするから虚しくなる、悲しくなる。
自分で自分が哀れに思えてしまう。
だから東條にとっては自分は置物で、空気で良かった。
そうすれば苦しまずに済むのだから、それが自分であれば良い。
『お願いだよダニー、もうどこにも行かないでね』
そうすればダニーと戯れる時間を楽しみとして、自分は壊れずに置物であれる。
ダニーの前だけ東條悟となり、あとの時間は人の形をした何かとして存在する事ができる。
そうすれば苦しまない、そうなれば悲しまない。そうであったなら不満を覚えずに済む。
だから東條は懇願した。
このままダニーとの元の生活が戻ればいつもの東條悟であれる。
ダニーが死ねば――、手首でも切って水に沈めてしまうのもいいかもしれない。
そうだ、愛するダニーが全て。東條はそう思いながら食事に箸を伸ばした。
『あ、ダニー……、駄目だよ』
そんな事を思った時だった。
ダニーが食事中、ふと移動して床に置き放しのリモコンに触れたのは。
じゃれたのかは知らないが、リモコンに触った事で電源のボタンが押されてしまい、テレビに映像が流れる。
今まで静寂だった部屋に溢れた夜のニュース。
だからか、東條の耳にはより鮮明にその情報は入ってくる訳で。
『えー、続いては親子を救った小さな英雄のニュースです』
親子を救った小さな英雄。
それがそのニュースのタイトルであり、一つのテーマだった。
内容は右折の巻き込み確認を誤ったトラックが、横断歩道を渡っている親子を轢いてしまいそうになったそうな。
親子はトラックに気づきいたものの、驚きと恐怖で立ち竦んでしまった。
そのままならば減速していないトラックにぶつかりmあわや大惨事となる所だが、タイトルの通りそこには英雄がいたのだ。
親子の後ろを歩いていた中華屋を営んでいる男性が異変に気づいて親子を突き飛ばし、ぶつかる寸での所で回避させた。男性を含め親子は無事で、トラックの運転手も慌ててブレーキを踏んでハンドルを切ったせいで近くのポールに車をぶつけはしたが、目立った怪我は無かったと。
とまあ、つまりは中華屋の男性がいたから誰も怪我無く済んだと言う訳だ。
男性の勇気ある行動と、素早く状況を把握した判断力がメディアの目に止まり、こうして小さなニュースになったと言う訳である。
画面の向こうでは親子にカメラが向けられ、男性に泣いて感謝するシーンが流れている。
『あなたは本当に英雄だ! ああ、ありがとう! ありがとうございます!』
このインタビューで出てきた『英雄』と言う単語が、ニュースのタイトルに使われたと言う事なのだろう。あまり普段は使用しない言葉の為、印象にも残ると言う理由もあろうだろうが。
そうこうしていると場面はスタジオに変わり、生真面目そうなコメンテーターや、チャラチャラとした芸人だのが笑顔で映りこむ。
『いやぁ、素晴らしいですね! 英雄ですかー』
『本当! すっごくカッコイイですよね!』
『いやぁ、本当にコレ英雄ですよね、みんなを救ってるっていう立派な――』
コメンテーター達は目をキラキラと輝かせて、親子を救った男性を褒め称えている。
まあこういったニュースはごくたまに放送される為、それだけでは東條の心を揺さぶるには至らなかったのかもしれない。
だが『英雄』と言う、ある種時代遅れともいえるキーワードが何故か耳には強く残った。
デジャブ……? とは少し違うのかもしれないが、どこか強く印象に残っている様な。
『はい、さらに英雄と言う単語が出てきましたが、街の人に貴方にとっての英雄とは!? と言う内容でアンケートをとってきました。そちらも続けてどうぞ!』
尺を長引かせるワンコーナーと言った所か。
とにかく特殊なワードは引き続き使われていく。
あなたにとっての英雄とは? つまり尊敬する人や、恩人等がインタビューでは告げられていった。
『………』
不思議と東條は釘付けになる。
普段だったら下らないと一蹴するものだろうが、ダニーの件を経て僅かながらに人としての意識を持った東條にとって、その時間に経験しうるものは全て新鮮に映った事だろう。
他人が口々に言う『英雄』とは、一人一人の定義が微妙に違う物ではあるが、少なくとも東條には同じ英雄として認識されていく。
とにかく東條にとって英雄とは、皆から好かれ、輝く目で見られるものだとインプットされていた。
そして先ほども言った様に、今の東條は感情を持った人間だ。
当然その光景と自分の今を重ねれば、劣等感が生まれるもの。
自覚した。羨ましいと、ああ、自分にもまだこんなハッキリとした感情があるのか。
まだ人として機能できるのか。
東條はその一連の流れに、ある種の感動を覚えていた。
そしてその全てを理解したかの様にダニーは東條を見つめて鳴いた。
『ダニー……、まさか君は僕にソレを教えてくれたのかな?』
自分はまだ人なのだ。
いや、どれだけ自己を否定しようが空気にはなれない。
自分はこれからの世界を、人であり続けなければならない。
お前はある日、当然虫には変わらない。あと50年以上も人間で生き続けなければならない。
社会に適応できないと言い訳を続けても、いつかは破綻する。
それは東條にとって大きな苦痛だった。
だから知らず知らずに目を背け、否定し、直視を避ける。
考えてみればダニーはそんな自分を救うために一連の行動を起こしてくれたのかもしれない。
いつも同じ時間に帰ってくるのに、いつもの時間ならば寝ているのに。食事の時はずっと集中していたのに。
もちろんそれは偶然だったのかもしれない。
奇跡とも呼べる連続がたまたまに起こっただけなのかもしれない。
しかし東條にとって。ダニーとずっと一緒に暮らしてきた親友として。
ダニーが変われと言ってくれたような気がした。
ダニーももうそれなりに歳を重ねている。
猫の寿命を考えると、いつまでも一緒にいられない事を理解していたのだろうか?
『そうだね、僕は……、人間なんだもんね』
涙が溢れてくる。
そうだ、もう自分に嘘はつけない。
東條は人から好かれたいと望んでいる。
ううん、いや、もっと根本の所にあるもの。
注目されたいとかでなく、ただ純粋に他者に自分を、東條悟を見て欲しい。
それを切に願った。そしてその気持ちを抱えていることをダニーが教えてくれた。
『英雄か……。うん、英雄だよ』
声を震わせてダニーを見る東條。
彼の水晶玉の様な目が、全てを語っている様な気がした。
ダニーは友人であり恩人だ。東條は頭を優しく撫でる。
ダニーのおかげで自分は人である事に気づけた。
ダニーのおかげで自分は目標を決める事ができた。英雄、英雄――……。
『ありがとう』
そして東條は、ダニーの首に両手をかけて強く締め付けた。
『ありがとう……! 本当にありがとうダニー!』
ギリギリと力強く首を締め付け、そして涙を流しながら笑みを浮かべて礼を告げる。
本当にダニーがいなければ東條は気づけなかった、人であれなかった。
ありがとう、本当に君がいてくれて良かった。
『大好きだよ、ダニー……ッ、大好きだ……!』
ダニーは不思議と暴れる事はしなかった。
全てを悟ったかの様に達観し、けれども酸素が回らない苦痛から、首をガクガクと動かしている。
悲しみ、苦しみ、慈しみ。東條は慈愛に満ちた表情で尚も力を込めた。
その手が、様々な感情で込めた力によって震えていく。
『決めたよ、僕は英雄になる』
そうしたら、きっと皆は僕を見てくれる。
『ありがとう……。ダニー』
東條は本当にダニーを愛していた。
だからダニーが動かなくなったのを確認すると、ゆっくりと手を離してもう一度体を優しく撫でた。
いや。
誤解が無いように言っておくが、東條は本当にダニーを愛していた。母よりも、父よりも。
いつまでも一緒にいたいと思っていたし、ダニーが帰ってこなかった時の慌てようを見れば分かってもらえる筈だ。
だから東條はダニーが憎くて殺したわけではない。
「……それが、僕のきっかけかな」
「そーか、そうか」
キリカは萎んだ花の様に縮まって、今の話を聞いていた。
大半の人間は東條の行動を理解できないと疑問視し、ペットを殺した彼の行動を非難するかもしれない。だが先ほどから何度も言っている様に、東條はキリカであり、キリカは東條だ。
キリカは何故愛するダニーを自らの手で殺したのかが分かってしまう。
東條は思ったのだろう。
ダニーとの静かな時間が流れれば、きっとまた自分は世界に絶望してしまう。
だってダニーがいれば変わる必要なんて無いのだから。
ダニーが死ねば自分も死ぬ。その時が自らの終わりだと東條は確信していたから。
それでは駄目なんだ。
東條はこれから無を脱却して人であらねばならない。
ダニーとの生活に、そのぬるま湯に浸かっていてはいけないんだ。
『大切な物を犠牲にできる勇気がある者にこそ、英雄の資格がある』
いつだったかそんな文を見た気がする。
ダニーに甘えていてはいけない。そしてダニーが何よりも大切だからこそ――、英雄に近づくために殺さなければならない。
『ありがとうダニー』
東條は庭に穴を掘って、ダニーを埋め、その最後の時まで涙を流し続けた。
感謝、申し訳なさ。そして何よりも親友の死を悲しむ為。
同時に、その決意を揺ぎ無いものにする。
ダニーの為に、自分が自分であるために、英雄にならなければならない。
もしも諦めそうになった時は手の感触を思い出せ。
ダニーを絞め殺したときの感情を思い出せば、なんとかなる気がした。
「でもね、今でもたまに思うんだよ」
ダニーは自分を恨んでいるんじゃないだろうか?
「ダニーを犠牲にした事は後悔していないけれど、今も英雄になれていない僕を見て、きっと彼はガッカリしてると思う」
それに不安だってある。
英雄になれば本当に周りの人は自分を見てくれるんだろうか?
もしもそうじゃなかったら、何のためにダニーを殺してしまったんだ。
それはとても悲しい事だ。今だってくじけそうになると、ダニーに会いたくなってしまう。
「大丈夫だよ」
「え?」
そうだ、やっと理解した。
キリカは頷くと、ベッドから体を起こして東條の所へ近寄る。
そうだ、そうなんだ、東條は自分だ。自分は東條でもある。
それがパートナー、自分達はなるべくしてパートナーになった。だって同じなんだもの。
キリカはにんまりと微笑んでいる。
「見なよ、私の目を」
「え?」
キリカは自分の目を見開いて東條の視線上に持ってくる。
何を? 意味を理解できず固まる東條。キリカは東條が目を見ていないと勘違いしたのか、もっと自分の顔を近づける事に。
いや、それは近づけるなんてものじゃない。
キリカは何を思ってなのか、自分の眼球を東條の眼球に触れ合う寸での所まで持ってくる。
東條は圧迫感から一瞬だけ顔を引きそうになるが、キリカが首を振ると動きを止めた。
そして二人は密着するくらい距離を詰める。目と目が触れ合いそうになる距離。
当然顔を押し付けるようになり、上唇に至っては互いに触れているとも言えるだろう。
尤も二人の間にその事を考える事は無く、そういった感情も欠片とて存在していなかったが。
「今、私は君を見てる。君だけを見ている」
広がる景色は眼球のみ。
「そして君も」
「うん。僕は今、君だけを見てる……」
広がるのはキリカの目。
「世界中の人間が私達を無視しても、私は今キミを確認して、キミに話かけて――」
「――ッッ!」
その時キリカはもっと前に体を移動する。
下唇も触れ合うことになるが、それは当たっただけだ。
キリカが意識していたのは『目』である。見開いた眼球が、東條の眼球と触れ合った。
東條は痛みを感じて仰け反る。反射で目を閉じると、そのまま一筋の涙を流す。
「痛いよ……」
「大丈夫、私も痛い。痛くて痛くて涙が出る」
痛みを『痛い』と口にするのは、人間のみに許された行為だ。
今、二人は同じ痛みを背負い、共有した。
「ああパートナーらしいね」
キリカは東條の頭を抱くようにして前に座る。
目の前にいるのは自分だ。可哀相だった自分。
キリカは東條を心から『あわれんだ』。
ああ哀れな子、ああ憐れな子、"愚かな"子。
人間なのに人間になれない。愛されなければ存在する意味もない。
キリカには織莉子がいたが――、東條には今もう何も無い。
からっぽの人間だったんだ。キリカは微笑む。
自分もそうだった。彼は自分、自分は彼、それはある意味、最も激しい自愛の念。
「東條、君は可哀相だね」
「……キミもね」
「そうだね、だから私を――、私も憐れんで」
キリカは東條の流した涙を舌ですくう。
頬に這わせる舌。異常な行為ではあるが東條は無表情だ。
何も感じない訳ではないが、彼が思っている感情はおそらく他の人間が同じことをされた時に抱くものではないだろう。
「しょっぱい。涙の味だ」
反射で流した涙ではあるが、人は感情によって泣く事を許された生き物だ。
東條はきっと涙を流せる。だって人間なのだから。
そして彼が人なら私も人だ、キリカは自分の涙を舐める様に言った。
しかし抵抗がある。東條がそう言うと、キリカは絶対的な一言を。
「パートナーだろ? 私たちは」
「………」
「同じだから、同じになれたんだよ」
「……そうだね」
東條は舌でキリカの頬なぞった。
キリカの涙の味が、東條にしっかりと伝わった。
「これで私の一部がキミの体に入った」
キリカは笑う。
そして東條の一部もキリカの体に入ったと。
「今なら、本当の意味でキミのパートナーになれる気がする」
孤独ではなく、感じる寂しさでもなく、無視に対する怒りでもない。
常に抱えていた感情は『無』だ。感情ともいえぬそれは、自らを決定付ける因子であった。
心無き人は人に在らず。だが自分達は人でありたかった。
「僕もだよ、キリカ」
「そう、私たちは同じになれる」
キリカは東條を抱きしめて自らの胸を東條の胸に思い切り押し付けた。
感じるのは二人の心臓の鼓動だ。それは生を、命を証明する絶対の振動である。
「感じるだろう? 私の心の音が」
「うん、僕と同じだ」
二人の鼓動は同調するかの様に同じリズムを刻む。
もはや二人の間に抱える絆は、恋だの愛だの友愛だのと言葉にできるものではない。
それは時にどんな絆にも劣り、それは時にどんな絆よりをも凌駕するものとなる。
そう、まさにそれは同化同調。鏡合わせの様に存在するもう一人の自分。
「東條、私は織莉子を愛してる」
「うん。織莉子さんは素晴らしい人だからね」
濁り、けれども澄んだ心でキリカは言う。
愛する織莉子の為に、彼女が望む世界を創り上げたい。
「だから協力して欲しいんだよ」
「いいよ。それが、僕を英雄にしてくれる」
今この瞬間、東條悟と呉キリカは本当のパートナーになれたのだ。
そして東條が完全に織莉子陣営に入った事になる。
望むのは鹿目まどかの抹殺。完全なる絶望の破壊だ。
「キリカ!」
「!」
その時だ、ドアが勢いよく開かれて織莉子が姿を見せたのは。
織莉子は青ざめ、涙を浮かべながらキリカに飛び掛かって強く抱きしめる。
あまりの衝撃にキリカはウ゛ッと声をあげて仰向けに倒れた。
「ど、どどどどうしたんだい? 今日は積極的だね! ハァハァ!」
「ごめんなさい!」
「……え?」
「ごめんなさい!ッ 私……! ああ、ごめんなさい! 許してキリカ!」
「ど、どうしたの?」
織莉子はキリカの願いを知らなかった。
しかし先ほど上条からその理由を教えてもらった。(上条は東條から教えてもらったようだ)
キリカは織莉子に、自分の願いは『アイスクリームが溶けるのを遅らせて欲しい』と説明していた。しかしそれがまさか自分と親しくなりたいと願っていたなんて。
それを聞けば、ますますキリカに行った裏切りが酷く醜く映ってしまう。
「キリカはいつも私の味方をしてくれて、いつだって私を守ってくれたのにッッ!」
そしてどんな時も慕ってくれていたじゃないか。
そんなキリカが絶望して魔女になる未来を見ておきながら、織莉子は興味に溺れて見捨ててしまった。愚かだ、なんて愚かなんだ、織莉子は涙で顔をグシャグシャにしてキリカに謝った。
「許してキリカぁ、最低な私を許して……ッ」
「………」
キリカはまず東條を軽く睨みつけた。
「勝手に人の過去をペラペラ喋りやがって!」
「だ、だって……、ちゃんと言葉にした方がいいんじゃないかな?」
「………」
無言だがちゃんと伝わったらしい。
キリカは織莉子の頭を優しく撫でると、『誤』らないでと懇願した。
「私は織莉子の為に戦うのに、キミに泣かれてしまってはどうにもならないじゃないか!」
「でも……!」
「アレは私が本心で願った事さ。だから私はキミの駒でいい、織莉子にとって都合の良い存在であればいい」
むしろ謝るのはキリカの方だと言う。
「私は織莉子をずっと騙してた」
織莉子の知っているキリカはニセモノだったと笑う。
「いや、今となっては本物だけど、織莉子が一番最初に声をかけてくれた呉キリカは織莉子に好かれる資格もないカラッポの人間だった」
何もできない、何もできない事から目を背けていた。
「今までキミを嘘に付き合わせてた。だから、謝るのは私の方なんだよ」
そういって逆に謝罪を行うキリカ。
しかし織莉子はブンブンと首を振ってキリカを強く抱きしめる。
「違うわ、たとえどんな姿になったとしても貴女は貴方よ! 私が大好きな呉キリカに変わらない!」
でも自分は彼女を――ッ!
「だったら、これからも一緒にお茶をしよう」
「え?」
「これからも一緒に、うん、そうだな。ずっと一緒にいようじゃないか」
それが贖罪だ。
キリカはニンマリと笑って立ち上がる。
「許してくれるの?」
「当たり前だろ、私は何も怒っていないよ」
「キリカ……! うん、そう、そうね! ずっと一緒にね!」
織莉子もまた謝りながらキリカの手を握り締めた。
そう、そうだ、キリカは改めて心に刻む。
織莉子との幸福を、何よりも織莉子自身を守るには鹿目まどかを殺すしかない。
「キリカ」
「?」
「後で織莉子さんと一緒にお茶をしない?」
「………」
「あと、今度釣りもしよう」
東條は小さく笑みを浮かべてそう言った。
それに反応して笑みを浮かべるキリカ。
「そうだ! きっと楽しいお茶会になる!!」
ウキウキと答えた。
「ああ、でもその前に――」
織莉子は涙を拭いて柔らかな表情から、少し含みのある様に唇を吊り上げた。
「お迎えに、いかないとね」
仁美ちゃんの事は無限の可能性を持つ女って読んでます。
まあ若干本編では悪意のほうが勝ってしまったとは思うんですけど、まあ皆さん、彼女はまどかの親友なんですよ。忘れてないですよね?
ここをね、もっと見たいですよね。
百合的な話しではなくて、まど仁、覚えて置いてください皆さん。ここ多分ね、きますよ。ええ。
いやでもね、まだ少ない。
二次創作の場でもね、やっぱまだたりねぇんだよな。
まだ皆そのステージに立ててないんだろうな。おぉん。
来てよ、はやく。
待ってるからね( ^ω^ )
( ^ω^ )なんつってな! 全部適当や。気にせんといてくりゃあな!