仮面ライダー龍騎&魔法少女まどか☆マギカ FOOLS,GAME 作:ホシボシ
「………」
見滝原にある病院の一室、そこに手塚の姿があった。
たまたま誰も入院患者はおらず、手塚としても無断で入っているために長居はできない。
彼は椅子に座ると目を閉じて俯く。
幻聴。手塚は過去の音を思い出していた。
戦いを止める。それは彼がずっと掲げてきた目的である。
その全てはココから始まったと言ってもいい。
手塚は何故騎士になったのか、何故戦いを止めたいと願ったのか。
「………」
手塚はグッと拳を握りしめる。
そして彼が目を開けた時――、そこには確かな覚悟が見えた。
「運命か」
いつだって下らないと、決められた物とばかり思っていた。
しかし今の手塚はまさに運命に踊らされている道化だ。
でもそれは望んだ事でもあるんだろう? だったらせめて、神が憐れだと見捨てるまで、自牙を突き立ててやろうじゃないか。
電話が鳴る。
曇天の空が原因か。やたらと静かに感じる部屋に、その音はやけに響いた。
たまたま部屋の前を通りかかったかずみは、急いで電話の持ち主に声をかける。
「蓮さーん、電話なってるよ」
「ああ」
少しテンション暗めに答える蓮。
アトリは先日の混乱を忘れさせる様に普通に営業していた。
客も普通に入り、暴徒達が押し入ってきたのが嘘の様な通常を印象付ける。
「いいよ、出てきて」
「どうも」
立花の言葉を受けて、蓮は頭を下げた。
電話を取りに部屋に戻っていく姿を、心配そうにかずみは見つめている。
そんな二人を見つめる立花。
「どうした二人とも? やっぱり変な連中に狙われた事がショックなのか?」
「いやッ、違うと思うよ」
「?」
しまった。
かずみは困ったように眉を曲げて苦笑いを。
「多分ッ、わたしと蓮さんの悩みは違って事」
「そうなの?」
「うん、多分だけど……」
蓮はおそらく恵里の事だろう。
一週間と言うリミットが設けられた今、蓮だって悩んでいる場合ではない。
今までは答えを先延ばしにしてきたが、決意を固める時がやってきたのかもしれない。
「じゃあかずみはどうして元気ないんだ?」
「そ、それは――……」
言いにくいものだ。かずみは頭をかいて苦笑いを浮かべる。
ゲームの事を打ち明ける訳にはいかないし、まして絶望の魔女がいて世界を滅ぼすかもしれないなんて言った所で信じてもらえるかどうか。
そんな風に迷っていると、立花は立花なりの解釈をしてくれたようだ。
「ま、いいや。人には誰だって言いたくない事もあるもんだし」
人間なんて皆、何か腹に一物抱えているもの。
立花だって、そりゃ言いたくない事の一つや二つはある。
彼はかずみの頭を少し乱暴に撫でて、厨房へと戻っていった。
「家の事で悩んでるなら気にしなくて良いから。いたいだけいればいい」
「ん、ありがと立花さん」
「ああ」
かずみにはその言葉は何ともありがたい物であると同時に、なんとも辛い物にも聞こえた。
とにかくゲームはもう最後に向けて確実に時を進めている。
今自分が選ばなければならないのは、何と言っても絶望の魔女である鹿目まどかをどうするかだ。
織莉子が嘘を言っていると言う可能性も考えられる。
何せ彼女だって参戦派の可能性は大いにあるから。
協力するとは口では言ってるものの、いざとなったら裏切る可能性があるのがこのF・G。
「………」
都合の良いように考えすぎだろうか?
やはりまどかを傷つけたくないと心の中で逃げ道を作っているだけなのだろうか?
ああ。何度同じような考えを繰り返せばいいのやら。
「あ、蓮さん……」
「………」
そんな事を考えていると、電話を終えた蓮がやって来た。
「ど、どうしたの?」
「………」
鬼気迫る蓮の表情。
焦り、不安、そう言った負の感情と、殺意にも近い険しい物が織り交ざった様な。
「恵里が……、恵里の容態が悪化した」
「えッ!?」
その容態が悪化したのだと言う。
呼吸困難、心拍数の異常な数値。長らく植物状態が続いてただけに少し余裕があると思っていたが、どうやらリミットは近づいていると言う事なのか。
もう時間が無い。もう時間が。時間が――……。
「―――ッ」
蓮は額に手を当てて歯を食いしばる。
本音を言えば今すぐにでも恵里の所へ行きたかったが、非情なルールに縛られて見滝原から出る事はできない。
「恵里――!」
絆だの信頼だの友情だの。
まして愛などと語る性格ではないが、それでも蓮にとって真司と美穂は大切な友人だった。
そして何より恵里を、彼女をひたすらに愛していた。
初めは馬鹿だと思っていた真司や美穂。
しかし話すうちに自分もその馬鹿の輪に入っている事を覚え、そして悪い気分ではなかった。
何度となく衝突もしたが、逆に言えばそれだけ本音で語れる相手でもあったんだ。
今、天秤にある二つの皿の一つにはその親友がいる。そしてもう一つの皿には――!
「昔はよく喧嘩をしていた……」
「うん」
気がつけば弱音の様過去がが漏れる。
父の件が蓮にとってストレスとなり、よく他者との対立と衝突を繰り返していた。
殴られれば怒りの感情が過去を忘れさせ、他者を殴る事でそのモヤモヤを発散する。
どうしようもない生き方だったと今は思うが、所詮は年齢も心もガキだったあの頃の自分にとってはお似合いの姿だったのかもしれない。
自慢じゃないが喧嘩となればそれなりに勝てたと言うのが勢いに拍車をかけていたのだろう。
何も失うことの無い勢いが、良くも悪くも制御の歯止めを壊していた。
しかしいくら勢いがあっても、喧嘩が強くても、怪我はするものだ。
その日も適当に因縁をつけてきた相手をボコボコにはしたが、同じくらい拳を受けてしまった。
疲労もあってか、座り込んでいる蓮。そこにハンカチが差し出された。
「大丈夫?」
蓮が顔を上げると、そこには微笑んでコチラを見ている恵里が。
これが二人が初めて顔を合わせた時だった。
蓮は恵里をどこかで見たような気がしたが、覚えていない。だが制服を見て自分と同じ学校だと言う事が分かった。
しかし何故自分に話しかけるのか?
蓮が無視を決め込むと、恵里はなんと隣までやってきて蓮の血をぬぐい始めた。
「何だお前」
「怪我してるの、ほっとけないよ」
面倒な奴だ。
蓮はすぐに恵里を振り払うと無言で家に帰った。
その時は特に何も思わなかったのだが――。
翌日、蓮が学校に行くと恵里が同じクラスだという事に気づいた。
あまり他人に興味が無かったため、クラスメイトの顔すらまともに覚えていなかったのだ。
「おはよう。昨日は大丈夫だった? 平気?」
恵里は蓮に絆創膏を渡してくれた。
「あんまり喧嘩しちゃだめだよ」
「………」
渡されたのはクマのキャラクターが映った可愛いもの。
こんなもの付けられるか、蓮は鼻を鳴らして逃げる様に距離をとった。
恵里は少しムスっとした表情を浮かべたが、それは無視をした事ではなく、再び喧嘩をするのではないかと言う心配から浮かべるものだ。
その後も恵里は何かある度に蓮を心配する素振りを見せた。
放課後にわざわざ後をつける様な事をしたり、喧嘩になればわざわざ止めに入ったり。
「何なんだお前、面倒な奴だな!」
蓮としても喧嘩を女に止められると言うのは格好がつかないものだ。
恵里を近くの喫茶店に引っ張って行くと、大きなため息をついた。
「クラスメイトが危ないのにほっとけないよ」
恵里は少し太めの眉毛を八の字にして不安げに蓮を見つめる。
「全く、馬鹿なのかお人良しなのか」
とにかく蓮としては同じクラスだというだけで、恵里とは何の接点も無い。
自分に関わるなと言う事を念押ししておく。
「お前みたいな真面目な奴は、俺と関わっても損をするだけだ」
「そんな事無いよ。秋山くんだってさっきは私の事を助けてくれたじゃない」
「どうしてそう都合の良い解釈ができる? アレはお前がいれば喧嘩がしにくいだけだ」
すると恵里は意外にも、ふぅんとだけ言ってアイスティーのストローを咥えていた。
「ねえ秋山くん。明日は土曜日だけど何をする予定なの」
「お前には関係ないだろ」
「それはそうだけど……。いいじゃない、教えてくれても」
休日といえば蓮は決まって家を出る。
金も無いので、街をブラつくだけだ。
やはり母と顔を合わせたくない。昔はよく母から、『貴方はお父さんにそっくりね』なんて褒められた物だ。
しかしそれが今となっては母を苦しめる鎖になる。
蓮の顔を見れば母は父を思い出してしまう。
なによりも蓮が窮屈だった。常にあふれ出る怒りのような感情を溜め込んだまま狭い家で過ごしたくない。それこそ母さえも殴りたくなるような激情があった。
もちろんそんな事はしないし、したくない。
だから蓮は家を出るのだ。
それで誰かが因縁をつけてきたのならば殴ればいい。
まあ早々そんな事も無いが、それを端的に告げると恵里はウンウンと頷いた。
「ヤバイ人なのね。秋山くんは」
「………」
「じゃあ明日は私と一緒に出かけてください」
「――は?」
何を言っているんだコイツは。
そんな蓮の視線を感じつつも、恵里は視線を外さなかった。
しかし自分でもおかしな事を言っているのが分かるのか、慌てた様に補足を入れる。
「ほ、ほら。私と一緒にいれば秋山君は喧嘩しなくていいもんね」
「………」
少し頬を赤らめて恵里は笑った。
その理由は蓮にはまったくピンとこない。
何故ただのクラスメイトにそこまでするのか。
喧嘩なんて放っとけばいいし、蓮としても迷惑なだけ。
「まさかお前、俺が好きなのか?」
「………」
自分でも気持ちの悪い質問だと思さ。だがコレでうんざりしてくれれば良し。
まして真面目そうな恵里の事だ。こういうからかい方をすれば冷めて見捨ててくれるだろうと。
「うん」
「………」
目を丸くする蓮。
一方で恵里は頬を赤く染めて下を向いている。
後になって聞けば、この時は一生分の勇気を振り絞ったとか何とか。
だがこの時の蓮は呆気に取られて言葉を失うだけ。
からかったつもりが、告白で返されるとは。
「好きだよ」
「なんで……」
「秋山くんは気づいてなかったかもしれないけど――」
以前恵理は蓮の後ろに席を持っていた事がある。
授業中にいつも外を見ていた彼、その目が悲しげであり恵理は大きな衝撃を受けた。
「なんて冷たい目をするんだろうって。でもそこに興味が出ちゃった」
少し影を持った、けれども自由な。
まるで夜を自由に飛び回る蝙蝠の様な雰囲気に恵里は心を打たれたのだ。
「秋山くんは私に持ってない物、全部持ってる気がして」
「持たない方が良い物ばかりだと思うが」
「かもね、でも私平凡なのがちょっとコンプレックスだから。無い物ねだりかも」
「俺の糞みたいな人生は真似しない方が良い」
「まだ中学生じゃない」
「十分糞だ」
「ふぅん、大変だったんだね」
恵里ののどこか抜けている言葉に、蓮は吹き出してしまった。
「笑わないでよ」
恵里は頬を膨らましたが、蓮としてはそのあっけらかんとした態度は意外に好印象であった。
それに好意を向けられるのは嫌ではないものだ。
「じゃあお前も喧嘩してみるか」
「ううん、無理」
「?」
彼女は舌を出して笑う。
「だって私、血……、苦手だもん」
気絶しちゃう。
そう言って恵里は残りのアイスティーを一気に飲み干した。
ジュコォォォ! と、ストローの音。
ますます笑う蓮。なるほど、こういうのも悪くは無いか。
蓮は恵里の平凡さが気に入ったのかもしれない。
「そ、それで答えは?」
「?」
「明日、一緒にどこか出かけてくれるの? くれないの?」
恵里は空になったグラスを覗き込む様にして呟いた。
ああそうか、つまりデートに誘われているのか? 蓮は少し沈黙してフッと笑う。
「かっこいいねその笑い方。私も真似する。……フッ!」
「馬鹿にしてるのか」
「え? そんなまさか」
少しからかいたくなったのかもしれない。
「もし嫌だと言ったらどうする?」
「死にます」
「ッ!?」
「死んで、遺書に秋山くんの名前書く。デートに来てくれなかったからだって」
「おいおい 脅迫する気か」
っていうかとんでもない事をサラリと言われた気がする。
これが噂に聞くメンヘラと言う奴か。とりあえず刺される所までは浮かんだ。
蓮が冷や汗を浮かべて沈黙していると、今度は恵里のほうが悪戯に微笑んだ。
「うそうそ、冗談だってば。ビックリした?」
「………」
「嫌なら断って。もう誘わないから」
蓮はコロコロと表情が変わる恵里を見て楽しさを覚えてしまう。
もっと彼女の変化を見たいと思ってしまったのかもしれない。
だから首を縦に振った。初めは意味が分からずポカンとする恵里だが、それがオーケーの意思だと分かるとパッと表情を明るくして笑う。
「いいの? やった!」
「ああ。死なれちゃ気分が悪いからな」
「ちょっと! だからアレは冗談だってば!」
「いや目が本気だった」
「もう、嘘ばっかり!」
笑う蓮、すると恵里も釣られる様に笑った。
そして二人は約束通り休日にデートをする事に。
大人びているとは言え、所詮は中学生だ。二人は適当にウィンドウショッピングや、適当に見つけた映画を見て時間を潰す。
そうしていると恵里は公園に行きたいと言った。
「もう昼だ。どこかで何か食うぞ」
「だからほら、見てよこれ」
「?」
恵里はそこでずっと大事そうに抱えていた大きなカバンを揺らす。
「お弁当作ってきたの」
「そ、そうか」
「心配しないで。おにぎりはラップで握ったから。そういうの凄く気にするタイプでしょ? 顔見れば分かるよ」
「何も言ってないだろ」
「じゃあ誰かが握ったおにぎり食べれる?」
「無理だ」
「奇遇だね。私もあれは無理」
恵里は笑っていた。
真面目と言うか何と言うか、やはり蓮とは根本的に違っている。
しかしアレだ。蓮も男であるし、この時の彼はまだまだ年齢も精神もガキだ。
いや、それは年齢など関係ないのかもしれないが、自分に好意を持ってくれている人がわざわざ弁当を作ってくれると言うのは好印象であった。
「お前、コレ……」
「あ、あはは。ちょっと張り切りすぎちゃって」
しかしいざ食べるとなると蓮は顔より大きなおにぎりを見て少し引いてしまう。
むしろよくこんな大きさのものがカバンに入っていたなと感心するレベルだ。
だが考えても見ればつくづく全く不釣合いな光景である。
休日にクラスメイトの女と公園でお弁当を食べているなんて。
蓮は少し気恥ずかしさを覚えたが、そう言った平凡でベタな幸せの形は居心地の悪いものでは無かった。
何よりもその証拠に蓮の心は非情に落ち着いていた。
忘れていた穏やかさ。少し恐怖すら感じるほどの落ち着き。
要はつまり、蓮は恵里の中に『平凡』を見出した。
「………」
この女なら、好きになれるかもしれない。
好きになってもいいかもしれない。
そんな事を思いながら蓮は大口を開けておにぎりに向かっていった。
その日のデートと言えばそれで終了と言うものだが、意外にも次のデートは蓮から誘った。
あの時は柄にも無く緊張していたのを覚えている。色々とややこしい書き方をしたかもしれないが、結局の所、蓮も恵里の事が気になったのである。
その後も特に刺激の無いデート、と言うべきかどうかも微妙な物を繰り返した。
しかし蓮はそれでよかった。
いや、それこそが彼の求めていた物だったのかもしれない。
人を殴れば嫌なことを忘れられたが、心の中に燻る怒りとモヤモヤが晴れる事は無かった。むしろ日々強くなっていく炎は、嫌な熱を帯びていた。
しかし恵里といる時間の中では、そう言う『怒り達』はみるみる消えていく事が分かった。
だから蓮は――……いつ言ったのかは覚えていないし。
どういうタイミングで言ったのかは分からない。まして言葉も。
しかし確かに蓮は恵里に想いを告白していた。
「好きだ」
すると恵里は頬を真っ赤に染めて、満面の笑みを返してくれた。
嬉しいと連呼しながら蓮に抱きついてきた。
あの時の笑顔を蓮は一生忘れないだろう。それは紛れもない宝物だった。
「私も好き!!」
二人は交際を始めたが、蓮のトゲトゲとした性格がすぐに直る事は無かった。
それでも恵里と関われた事で余裕ができた事は確かだった。
大切だった、恵里が。
自分に安らぎを与えてくれる彼女が何よりも大切だった。
もちろんその中でも不安はあったと言えばそうだ。
例えば自分を恨んでいる奴らが恵里をターゲットをするんではないかと言う不安。
そしてそう言った事も何度かあったが、彼女は文句一つ言わずにいつも蓮の心配だけをしていた。
だがそう言った事もピタリと無くなる時がやってきたものだ。
それは真司と美穂と知り合ってからだ。
彼らは良くも悪くも馬鹿で強い、恵里とはすぐに仲良くなり、自分の代わりに恵里が狙われたらば全力で守ってくれた。
その事に関しては、蓮も言葉にしきれぬ感謝をしている。
「――大切な人だね、蓮さんにとって」
「………」
かずみは悲しげに微笑みながら色々な意味を含めてそう言った。
そう、そうだ、蓮もまたそこに様々な感情を込めて頷いた。
恵里派何よりも、誰よりも大切な人だ。
「本気だった……」
「蓮さん――」
「指輪も……、安いヤツだが、買ったんだ」
蓮はずっとアクセサリーにしていた指輪を見て言った。
恵里に贈った安物の指輪を思い出す。それはもちろん『そう言う意味』を含めて買った物だ。
恵里も意味を理解して、とても喜んでくれた。
「いつか本物をプレゼントしたかった……」
人生を恵里と共に歩みたかった。
少なくとも蓮と恵里は本気だった。
「愛する女は……、一人だけでいい」
友人だって、分かり合えた者がいればそれでいい。
しかし世界は意地悪だ。幸福を感じれば、それを打ち砕く要因を作る。
恵里は事故にあって意識を失っている。
あれだけ守ると言ったのに、随分と滑稽な話だ。
恵里は今、病院のベッドにて生と死の境をさ迷い続けている。
蓮は神を恨んだだろう。守れなかった自分を恨んだだろう。
けれどもどれだけ何かを恨もうが。
どれだけ他の何かに怒りを覚えようが、恵里が意識を取り戻すことは無い。
死と言うゴールがやってくるまで、蓮は叶う筈もない希望に夢を見るしかない。
いつか蓮は言った。自分はあとどれだけ待てば良い?
何をすれば恵里がまた笑いかけてくれると言うのか。
知っている筈だ。恵里は目覚めず、蓮は彼女の死を迎えることでやっと解放されるのだと。
その苦しみから、その苦痛から。
けれども恵里の亡骸を前にすれば、また新たなる絶望がその身に降りかかる事も知っている。
まして今は恵里の顔を見る事すらできない。しかし目の前に転がっているのは絶大なチャンス。
それがあるのに、蓮は手を伸ばさず、恵里が死ぬその光景だけを夢想する。
「俺は……! 俺は――ッッ!」
「………」
絶望だ。
絶望に敏感な魔法少女だからこそ分かる。
今の秋山蓮にはありったけの絶望があったのだ。
苦しいんだろう、答えを出せずに。そして選べはしない二つの狭間を感じて。
(ああ……、違う。バカだなぁ、わたしって)
蓮が迷っている事なんて初めから分かっていたじゃないか。
何故ココに立っているのか、何故蓮のパートナーになっているのか。
全て分かっていたのに。
『かずみちゃんもね、わたしと戦う事になったとしても……、友達でいてほしい』
ああ、やっぱり貴女は絶望の魔女。駄目なの。気を抜けば忘れちゃう。
だから覚悟を決めておかないと駄目だったの。
なのに貴女は笑ってくれた、なのに貴女は気にしないでと優しくする。
それが辛いのに、それが悲しいのに、だから絶望しそうになるのに。
やめて、決めて、わたしは今ココにいるのは願ったからでしょう?
だから――ッッ!!
「蓮さん!」
「!」
「蓮さん、殺そう!」
「!」
「殺せばいいんだ! うん! そうだよ!!」
かずみが開眼したとき、揺ぎ無い決意がそこにはあった。
「一人残らず殺そうよ!!」
「かずみ――ッ」
「まどかも、真司さんもッ、美穂さんも! 他のみんなも殺しちゃおう!」
かずみは自らのソウルジェムを弄り、涙が出る機能を封じた。
声を震わせないようにして笑みを浮かべる。
心は見えないナイフでズタズタになっているのかもしれない。
が、それでも突き通さなければならない覚悟と言う物がある。
天秤は破壊するべきだ。悲しみは嘘ではないが、決意も本物だった。
「それが、蓮さんが騎士になった理由でしょ!?」
「……ああ。ああ」
「わたしも背負うよ。だから殺すんだよ!!」
愛する一人を――ッ!
最も愛する恵理を助ける為に、他の全てを敵に回さなければならない!
殺すんだ、彼女を救うために。
「恵里さんは参加者じゃない。真司さんや美穂さんが死んでも悲しまないよ!」
どうせその存在は消え去るのだから。
覚えているのは生き残った者のみ。それに願いを使えばその罪悪感を消し去る事だってできる。
そうだ、かずみは己の願いを使って蓮の記憶を消せば良いと思う。
だからもう何も迷う必要は無い、でなければ今自分がココにいる意味だって――!
「蓮さん、覚悟を決めようよ! 貴方はどうして騎士になったの!?」
「―――ッ」
「殺すんだよ! 殺さなきゃ駄目なんだよッ!!」
かずみの言葉は蓮の心に不思議とよく響いた。
だから心に一つの炎が湧き上がる。そうだ、もう迷い続けた。苦しみ続けた。
その中でも自分が壊れなかったのは恵里がいたからだ。
「許せ、城戸――ッ! 霧島」
壊れる事があっても、それは彼女を救ってからだ。
「すまない……。かずみ」
「うん、いいよ」
かずみはあくまでも笑みを浮かべた。
蓮は頷くと、決意を覚醒させて虚空を睨んだ。
その虚無の先には、恵里がいつもの様に微笑んでいる気がしてならなかった。
「あんの馬鹿――ッ!」
「蓮……!」
別々の場所にて真司と美穂は、蓮から送られてきたメールを確認する。
内容は随分とアッサリした書き方で、蓮がゲームに乗ることを決めたものだった。
確かに時間は無く、具体的な解決方法を探る前にリミットが来てしまったと言えばそうだ。
美穂も真司も蓮の行動を口では咎めるが、どこに責める理由があろう?
自分達だって恵里の為にと言っていたが、結局何もできずに終わったじゃないか。
真司はグッと拳を握り締める。
結局、無力なのか、真司は目の前にあるまどかの家を見上げて歯を食いしばった。
何と声をかけようか、それも分からずに先ほどからずっとココに立っている。
美穂もサキと共に、美佐子の家でただ現実に怒りを覚えているだけだ。
何か、何かできる筈なのにそれが全く分からない。
その中で蓮は唯一の答えを見つけ出したと言う事なのだろう。
「でも駄目だ……ッ! 駄目なんだ!」
だがそれを許せば、きっと何かが狂ったまま時が進んでしまう。
確かに蓮は答えを出したが、その答えは真司にはどうにも間違っている気がしてならない。
いや答えを見出せない自分よりは、蓮は確かに進み、有能なのかもしれない。
しかし先ほども思ったように、狂ったまま進む時計はいつか異常をきたして、また壊れてしまう。
参加者を殺し、そして恵里との幸せを掴んだとして、本当に蓮は幸せになれるのか――?
(いや、願いで記憶を消せば良いのか――……)
そうすれば誰も悲しまない。誰も苦しむ事は無い。
ならば蓮はやはり正しいのか、人を殺して願いを叶えて、罪の意識から開放されればそれは。
なんだよ、なんなんだ、真司は肩を落として。大きく息を吐いた。
「あ」
「……あ」
そうこうしている内に家の扉が音を立てた。
現れたのは鹿目まどかだ。疲労している様子で、けれども真司を見つけると淡い笑みを浮かべる。
一目で分かった。無理をして作られた笑みだと言うことを。
「まどかちゃん……」
「いらっしゃい真司さん。中入る?」
「いや――ッ。たまたま通りかかっただけだから」
「そうなんだ……」
沈黙。
真司は少し無神経かと思ったが、心配する意味で声をかけた。
「お、落ち着いた?」
「うん……。って、言ったら嘘になっちゃうかも」
まだ手には仁美を救えなかった感覚が強く残っている。
だが、さやかの時もそうだが、こんな状況だからこそ律せねばならない自己がある。
だからまどかは絶望しない。絶望しそうになっても、仁美が守ってくれた『己』と言う存在があるから希望を持っていた。
そうだ。仁美はまどかを守って死んだ。
もしもまどかが絶望に包まれて死ねば、それこそ仁美は何の為に死んだというのか。
故にまどかは心を取り戻す。何よりもソレは、仁美の為に。
あとは、そう話を聞いた。織莉子が死んだこと。いろいろ思うところはあるが、最終的に行き着くところは一つだ。
「わたしは、それを望んでない」
真司は思わず適当な嘘をついて帰りたくなってしまった。
それほどまで、まどかと話していると自分が小さく見えて情けなくなる。
が、しかし踏みとどまる。それもまた己の戦いであると見出したからだ。
「ねえ真司さん」
「ん?」
しかしまどかも人間。知りたいと思うことはある。
「わたしが気絶してるとき、何か……、あったの、かな?」
「――ッッ!!」
浮かぶ、絶望の魔女。
何故まどかが選ばれたのか、それは分からないが、ソレが一番の問題である。
しかし言える訳が無い。キミは実は絶望の魔女で、覚醒すれば世界が終わってしまうんだよと言う情報なんて。
それにまだ真司は織莉子が嘘をついている可能性を捨てきれない。
そんな状態でまどかに絶望の魔女の事を言っても、混乱させるだけではないか。
それに仁美を亡くした後にそんな情報は、辛すぎる。
「わ、ワルプルギスの夜がもうすぐ来るって……」
「うん、絶対に倒そうね」
そこで若干の沈黙。
そしてまどかは、あくまでも弱弱しい笑えを浮かべながら問いかける。
「――それだけ?」
「ッ!」
目を逸らして俯く真司。
しかし、やはり言えない。言うのがパートナーとして正しいことなのか?
まどかにとって大きな負担となる事が分かりきっている事を……?
そうだ、言える訳が無かった。だから真司は嘘をつく。
「あ、ああ」
「……そう、ありがとう真司さん」
サキお姉ちゃんと一緒だね。
まどかは心の中でそう思い、真司に対して申し訳なさを感じた。
確実に、何かを隠している。そして二人が隠すのならば自分に何か関係のある事なのだろうと察することは簡単だった。
だが聞けない。聞けば二人の好意を無駄にしてしまう。
それに――、怖かった。
「ま、まどかちゃんはコレからどこに?」
「うん。北岡先生の所にお礼をしに行こうと思って」
北岡には色々助けてもらった。
せめてものお礼にと、高いお菓子を持って行こうと言うのだ。
どうやらまどかにとっては北岡はすっかり仲間として認識されているらしい。
真司は少し苦い顔をしたが、確かに色々と世話になったのは事実だ。
北岡がいなければ確実にタツヤは守れなかった。
それにまどか一人では行かせられない。
織莉子は時間を与えたが、杏子や別の参戦派と鉢合わせになる可能性がある。
だから真司もまどかと共に北岡の所へ行く事に。
「………」
「………」
北岡は現在ホテル暮らしだと言う。
流石はスーパー弁護士と言った所か。事務所は小さく、今はもうリーベエリスの暴徒たちによって破壊されてしまったが住む場所自体は確保していた様だ。
よって目指すのは見滝原駅近くのホテル。その間、二人は特に会話を交わす事も無く道を歩いていく。いつもはどうでもいい会話で時間が無駄に流れていくのに。
「真司さんは今どこに住んでるの?」
「え? ああ、会社にさ」
「へぇ、そうなんだ」
「あ、うん……」
「「………」」
沈黙が。
「どうしたの真司さん?」
「え? あ、ああ……」
仕方ない。
流石にいつもと雰囲気が違うのが自分でも分かったか、真司は少しだけ真実をまどかに打ち明ける事に。
尤も、それは絶望の魔女ではないが。
「蓮が、ゲームに乗るみたいなんだ」
「――っ」
「恵里の事があるから。もう、時間が無い」
「そっか……」
蓮のゲームに乗ると言うのは、皆殺しはもちろん、まどかを確実に殺すと言う部分が象徴されている気がした。
そして真司もまた思うところは多々ある。
初めて蓮がゲームに乗ると言った後、なんだかんだで何とかなると心の中で思っていたのかもしれない。無責任な楽観。恵里が願いを使わずに眼を覚ます事ができる方法がある筈だと根拠も無いのにそう思っていた。
だが結局時間は無くなってしまい、タイムリミットはすぐにそこに。
蓮は決断をした、その覚悟が前回の比ではない事くらいは分かってる。
どうやって止めればいいのか、真司にはまだ分からない。
「でも間違ってる。間違ってる筈なんだ――ッ!」
「そう……、だね」
頭をかく真司。
絶望の魔女への答え、ゲーム乗った友人への答え。
そして何よりもFOOLS,GAMEへの答え。
その全てが全く見えなかった。
今までも色々悩み、そして答えを出してきたつもりだ。
しかしまたブレる。また迷ってしまう。揺ぎ無い一つの答えが真司にはまだ見出せない。
人を守る為に騎士になったつもりだった。なのに、なのに、なのに結局――ッ!
「あ……」
そうしていると二人は北岡の住むホテルにやって来た。
こんな顔じゃ、お礼に来たと言ってはおかしい。
二人は一度抱えているモヤモヤを振り払い、あくまでも普通に振舞おうと笑顔を浮かべた。
エレベーターを使い、北岡がいると言う部屋にやって来る。
ノックを行うまどか。しかし返事は無い。
「?」
「出かけてんのか? 北岡さーん!」
呼びかけるが返事は無い。
まさかと顔を見合わせる二人。
ただ出かけているだけと言う可能性もあったが、北岡は病を抱えている。
もしかすると倒れている可能性もあった。真司は断りを入れると、ドアに手をかける。
鍵はかかっていなかった。部屋の中に入ると、荒れている部屋が飛び込んでいる。
その中心にはスーツを着崩してへたり込んでいる北岡の姿が見えた。
「北岡さん!」
「あ? あぁ、なんだ、お前らか……」
北岡は二人を見ると、呆れたように苦笑する。
すぐに駆け寄るまどかと真司。部屋は随分と荒れており、鏡にはヒビまで見える。
「他の参加者に襲われたのか!?」
「いや、いや……、そうじゃない」
「!?」
そこでまどかは、北岡の拳から血が滴り落ちるのを見た。
そして鏡には同じく血液が。これは拳の痕だ。
「北岡さん……。自分でやったんですかッ?」
「え?」
「―――ッ」
北岡はヨロヨロと立ち上がり、ベッドに倒れこむ。
そして大きなため息を一つ。自分の姿が酷いものだと、笑みを浮かべた。
「前に見たんだけどさ」
「?」
「浅倉ってイライラしたら壁に何度も何度も頭突きするんだよ」
「な、何を――」
「意味わかんない行動だと思ったけど、アレちゃんと意味あったんだね」
溢れる怒りを、沸き立つ感情を抑えられない。暴走する心が破壊を求める。
北岡は自分で部屋を荒らしたとの事だった。
枕を切り裂き、カーテンを引きちぎり、そして鏡を拳で叩き割る。
「どうしてそんな事っ?」
まどかは理解できない、真司もまた。
そんな二人の哀れみの目が北岡をイラつかせたか、珍しく怒号をあげた。
「虫が離れないんだよッ!」
「え?」
「頭の中に何匹も何匹もウジャウジャウジャウジャ!」
北岡の顔色は相当悪い。
「虫? 北岡さ、頭の中に虫がいるのか!?」
「ち、違うよ真司さん。北岡先生の病気が――!」
ジュゥべえのアシストではもうどうしようもないくらい北岡の体調は酷くなっていた。
もう『応急処置』では対処できない程にガタが来ていたのだ。
めまいは酷く、頭痛も頻繁に起こる。それはまるで脳を食い散らかす虫を何匹も何匹も脳の中に詰め込まれたようだ。
咳が出れば必ず血の塊が出てくるし、記憶もまれに飛んでしまう。
北岡からしてみればそれは非情に腹の立つ話だ。何故ジュゥべえは中途半端な保障しかしないのか、なぜ自分だけこんなハンデを負わなければならないのか。
そうだ、自分は昔からエリートだった。
常に人を見下す位置にいた筈だ。浅倉の様に格下は、自分の様な物に利用されるのが当然だと思っていた。
なのに今の状態では浅倉には絶対に勝てないじゃないか。
いや、このままならば誰にも勝てない。
ありえない話なのだ。自分の実力とゾルダの力があれば、初めから皆殺しなんて簡単だった。
全てを殺して、願いをたんまり叶えられる筈だった。
しかし病気と言うハンデ、使えないパートナー。
そうだ、何故自分の相方はあんな甘い馬鹿だったのか。
「………」
そして何故、食い散らかされている脳なのに、美樹さやかの涙と言葉が離れないのか。
「――分かってる! 俺はもう分かってるさ!」
幻想に向けて吼える。
理由など本当はずっと前から分かっていたんだ。さやかを蘇生させない理由もちゃんとある。
「くそ、くそっ! くそッッ!」
北岡の爆発の裏にあったのは、当たり前の絶望だった。
「……!」
その時、北岡は自分を照らす桃色の光を確認した。
回復魔法を使用しているまどかと目が合う。
「いい、よせ」
「でも、少しは楽になるかも……」
確かに、そうだ。
病気を治すことはできないが、体が軽くなる。不快感が消えていく。
北岡は折れた。何も言わず、まどかの光を受ける。
そうなると手持ち無沙汰の真司。彼は北岡に菓子を持ってきた事を告げる。
「つまらない物ですけど」
まどかが決まり文句を言うと、北岡は中身をジロリ見る。
「本当につまらないな」
「アンタ……! 性格もまどかちゃんに治してもらえ!」
「ほっとけよ。それよりさぁ、喉渇いたんだ」
「はぁ」
「はぁ、じゃないでしょ間抜けかお前は。悪いけど下の自販機で何かジュースでも買ってきてよ」
少しムッとしたが確かに何もしていないし、病人相手に怒鳴る気はない。
真司は言われた通りジュースを買いに行く事に。
ドタドタと部屋を出て行く真司。それを見送るまどかの表情は暗い。
「………」
北岡もそれは気づいている。ましてや人とよく関わる弁護士だ、相手の表情の変化や、腹に抱えた一物が何なのか見抜くことも時として要求される。
北岡は今のまどかの異変が、ただ悲しみだけから来るものではない事を何となく察知した。
「ねえ、北岡さん……」
「ん?」
ほら来たと。
おそらく次に出る言葉は――
「わたしが気絶してるとき、何があったんですか……?」
「………」
やはりと北岡は俯く。
どうせ真司達の事だ、まどかを気遣って絶望の魔女についての情報は何も与えていないのだろう。
しかしいくらまどかが放心状態であり、魔女になりかけだったとは言え、わざわざ敵であった筈のオーディンがソウルジェムを浄化しにくる光景は心のどこかに覚えている筈だ。
そして邪魔をしようとするほむらに向かって言った言葉も耳にしているのだろう。
そして結果がこれだ、まどかは他を気遣って踏み込めない。
それが皆のためと割り切るが、結局心には不和が募ってしまう。
「あったよ。そりゃもう凄い事があったさ」
「……!」
北岡にとってはある意味どうでも良い事だった。
だから鹿目様が期待しているであろう答えを返してやろうと思った。
ある意味それは自暴自棄、どうせ病で苦しむくらいなら。なんて。
「キミさぁ、何かやばい存在だったんだって」
「え……?」
「だから、お前が魔女になると世界が終わっちゃうとか言うヤツだよ」
「……っっ!」
まどかは胸を強く押さえ、魔法を中断する。
不安定な精神を感じ、このまま魔法を使ってしまえば倍以上の魔力を消費すると悟ったのだろう。
北岡は随分とアッサリ言ったが、まどか自身にとっては大きく打ちひしがれる事だ。
予想していた。分かっていたとは言え、やはり突きつけられるとショックは大きい。
北岡はため息をつくと立ち上がり、引き出しの中にあったグリーフシードを取り出してまどかへ投げ渡す。
いつかの日にたまたま見つけ倒した魔女からドロップしておいた物だ。
自分は騎士だから使うことも無いし、渡すパートナーも死んだ。
「ありがとうございます」
「まあ、絶望しないで貰えればいいよそれで」
「あはは……」
そう言うまどかの顔は全く笑っていなかった。
当たり前か。自分が世界を終わらせる大きな爆弾だと知ってしまったのだから。
彼女はどうするのだろう?
北岡にそんな疑問が浮かんだ。体に大きな爆弾を抱えていると言う点では共通するものがある。
まあ尤もレベルが違うともいえるが。
「一番いいのは、なんなんだろう……」
「そりゃあ、ねぇ?」
流石に北岡も空気は読んだか。しかしまどかは察している。
それは自分から死を選ぶことだ。死ねば流石のインキュベーターも回収は行えない、筈。
いや、蘇生ルールを設けている彼らの事だから確実ではないか。
過去には死者の蘇生を叶えた魔法少女もいると聞くし。
だが、だからと言って生き永らえる方がやはりリスクは大きい。
それはまどかも北岡も知っている事だ。
もちろん先ほどの通り自分が死ねば仁美の死は無駄になってしまう。
それだけでなく純粋に中学生の女の子として、まどかは死にたくないと願うのだ。
「自分が死ねばいい。それは分かっているつもりなんですけど……」
純粋に、ただ純粋に、死にたくないと願うのは罪なのだろうか?
胸に押しかかる思い出や未練と言う重み。
家族はどうなる? なによりもまどかは自分の人生を謳歌したかった。
多くの友人を失い、多くの後悔が炎となって身を焦がすが、それでもまだ生を望む意思がある。
胸を包む黒い靄は、まどかの心を絶望ではなく、無限大の虚無へといざなっていく。
一体どうすればいいの? もう先ほど100回以上は自問自答だ。
「………」
北岡は苦悶の表情を浮かべるまどかを見て、つくづく彼女と言う人間が気の毒だと思う。
まだ歳相応に死にたくないと駄々をこねてくれた方がマシだ。
生と死の狭間で苦悩するばかりか、それでも尚彼女はきっと他者のことを考えているのだろう。
「買ってきたぞ北岡さん」
「遅い。何分待たせる」
「うるさいなッ、買ってきたんだからそれでいいだろ!」
真司が北岡に向かって缶を差し出す。
「お前何考えてんだよ! 喉渇いてるって言ってるのに普通甘酒チョイスするか?」
「間違って押しちゃったんだよ!」
「ならせめて違うのもう一つ買えよ!」
「一本分の小銭しか持っていかなかったんだよ!」
「本当ッ、使えないねぇ……」
北岡は貰った甘酒を即座に真司へ投げ返すと、適当に水を汲んで飲みほした。
カルキの臭いが酷いかと思ったがそうでもない。見滝原の優れた浄水装置が齎した結果だろう。
真司はふとへたり込んでいるまどかの様子がおかしい事に気づく。
先ほどよりも明らかに元気が無い。
「どうしたのまどかちゃん」
だがやはりと言うべきなのか。
まどかは何でも無いと笑う。気にしないで。大丈夫。
軽くて重い嘘だ。
「ちょっと疲れちゃった。貧血気味だったからかな?」
「そっか、辛かったら言ってよ」
「うん、ありがとう……」
「………」
北岡はため息をついた。
あくまでも、まどかが浮かべるのは笑みなのか。
分かり合えると思っていた杏子とは完全に亀裂ができ、親友が死んで、自分が絶望の魔女だと知る。
ある種、笑えてくる程の不幸の中で、まどかはまだ他人を気遣い笑みを浮かべるのか。
なんて不幸な。なんて憐れな。あんて愚かな。気の毒な程に彼女は優しすぎる。
「子供らしくないな、君は」
「じゃあ良かった」
「え?」
「北岡先生、子供が嫌いってよく言ってるから」
全く。思わず笑ってしまった。
北岡は笑みを浮かべるまどかを見て、言葉にならない息の詰まった感覚を覚える。
「ああ、俺はガキが嫌いだよ」
「どうして?」
「………」
「それは――」
誰にも言うまいと思っていた。
ああいや、過去には唯一の友に打ち明けたか。
それほど北岡の中で秘密にしておこうと思ったことも、何故か今は簡単に口を突いて出た。
まどかの余りにも自傷じみた行動に同情したからか。それとも北岡を蝕む病が気を弱くしたか。
よく言うだろう、病は気からと。
言葉にする事はなかったが、確実な弱さを心に抱えていたのかもしれない。
それをまどかに聞いてほしいと無意識に欲していたのかもしれない。
もしくは同調の念か。
親友を失ったと言うまどかの姿は、自己を投影するには十分だった。
いずれにせよ、とにかく北岡は疲れていたのだ。だから淡々とその理由を話し始めた。
「昔の話だ」
北岡は生まれたときから恵まれた環境にあった。
弁護士だった父は多くの功績をあげ、数々の裁判にて勝利を収めてきた確固たる実力を持った男だった。
その息子として生まれた北岡は、恵まれた環境にて、恵まれた生活を約束された。
要するに彼はエリートだったのだ。
生まれながらにして人生の安泰を約束された男。
さらに言えば天は彼に『才能』と言う、何よりの財産を与えた。
テストをすれば一位以外を取ったことはないし。
運動もまた同じだ。何をやらせても北岡秀一は全てを凌駕する。
そのプライドも持っていたし、他の人間など自分を引き立たせる道具くらいにしか思っていなかっただろう。
だがそんな彼にも唯一尊敬している人物がいた、それが父である。
父には威厳があった。父には実力があった。父は偉大だと、そして北岡も父に色々な事を教わって弁護士の道を目指すようになった。
北岡にとって父親は道標でもあり、尊敬に値する人物だったのだ。
約束された将来、恵まれた環境、偉大なる父親。
北岡は幸福を約束された希望に満ちた人生を歩んでいく。
筈だった。
ある日、父が病に倒れた。
何の病のだったのかは覚えていない。
いや、分かっているかもしれないが、思い出したくも無い。
才能のある父に神が嫉妬したのか、父は次第に弱っていったのを覚えている。
だが病気と言うのは誰もがなりうるものだ。
それは北岡もよく分かっていた。だから悲しいけれど、受け入れる事はできた。
弱っていく父。そこにあるのは『父親から将来を託される息子』と言う、お涙頂戴のストーリーではないか。
北岡はそれを想像する事で割り切る。
自分はそのエピソードを胸に更なる飛躍を遂げるだろうと。
ある意味、どこか酔っていた部分があったのかもしれない。今になって北岡はそう思う。
しかし思い知らされた。
現実とは、ドラマと違って随分と醜いものだ。
いや、北岡は人の醜さなど等に知っていたのかもしれない。弁護士を目指す上で様々な人の負を見てきた筈だ。人は醜く、愚かだ。そんな屑共を見下せる位置に北岡はいた。
なのに、彼は大切な事を見落としていたのかもしれない。
「なんだこれ」
無意識に出た言葉だ。
病に伏せる父は自分にどんなメッセージを贈るのか。
やや期待していた面もどこかにあったのかもしれない。
だが現実にあった光景といえば、それは大きく北岡の想像を違っていたものだったのだ。
暫くぶりに父の病室を訪ねた北岡、そこにいたのは――
子供、だった。
父は威厳があった。厳しくも凛とした気品があった。
だと言うのに、久しぶりに見た父は指をしゃぶっていた。
母が言うには父の脳を病が蝕み、それ故の結果だと言うのだが、あの時の北岡にはソレを受けいれる事ができなかった。
厳しく、けれども色々な事を教えてくれた父が涎まみれになって一心不乱に指をしゃぶっている。
指は甘くて美味しいらしい。喉の奥まで突っ込むと、激しく咳が出て涎が溢れてくる。
それが美味しくて心地いい。父は呂律のまわらない口調で説明してくれた。
それだけではなく『そういった機能』も壊れたか。父は糞尿を所構わず漏らし続けた。
多くの人間が普段から口にしている。病人には優しくしろと。
しかし北岡はその時、心から父を軽蔑した。いやもっと簡単に言えば引いていたのか。
病気の症状だから仕方ないと言えばそうだったのだが、人の心はそんなに簡単ではない。
指をしゃぶる父を愚かだと思い、糞尿を漏らす父を心の底から惨めだと思った。
もっとはっきり言えば、何とも醜い姿だった。
そんな事を思う北岡を人は冷たいと一蹴するだろうか? 非道だと、非情だと。
しかし息子だから思う物があったのだろう。おまけに日を増すごとに症状は悪化していき、次第に会話もできない状況になっていた。
人の顔を忘れ、自分が何を話していたのか、食事を何度行ったのかすらまるで理解していない。
滑舌も悪くなり、皮膚も汚く変色し、病人特有の悪臭が鼻をつく。。
膨れ上がっていく北岡の苛立ち。
コレがあの父なのか? 自分が憧れた男は、今はもう幼児と言っても差し支えないもの。
北岡は父に会う事を止めた。汚いものは見たくない。当然だ。
話に聞いただけだが、なんでも背中をかいてくれないからと言う理由で母を怒鳴り、殴ろうともしたらしい。怒りの感情すらコントロールできず、思い通りにいかなければ喚き散らす。
まさに子供だ。哀れな、愚かな、見苦しい。
だが危篤状態だから来てくれといわれた時は、流石に赴いた。
久しぶりに見た父は、食事を取ることができず点滴で栄養を補給していたからか、骸骨の様にやせ細り、体には呼吸器だのと様々なチューブが繋がっていた。
目は空ろで、声を出すことも無く。
聞こえるのは小さなうめき声の様な物だけ。
肌の色はますます悪く、北岡にとっては心から汚いと思えるものだった。
コレが、父なのか。
あれだけ醜い姿を晒し、今はもう全身チューブまみれになって、かろうじて生きているだけの存在。暴れまわった子供が、お仕置きを受けた後の様に静かになっている。
みすぼらしい、これが人間なのか。
これがあれだけエリートの道を行っていた父の末路なのか。
そして父はそのまま何のことは無く死を迎えた。
火葬場で焼かれた後に骨をみたが、病が蝕んでいたのか、スカスカの骨たちしか残らなかったのも覚えている。
そしてその時、北岡は思った。
俺は、ああはならない。
なのに、今――。
それは絶望。俺もあんな姿になるのか?
父とは病の種類が違うが、治療と言う過程を受ければ同じような末路になる。
ひょっとしたら指をしゃぶり、糞尿を漏らす様にもなるのかもしれない。
北岡はそれがたまらなく嫌だった。
自我を失い、理性を失い、そしてただの醜い置物になるだけなんて絶対に嫌だ。
しかも北岡は父とは違い、腹部にも爆弾を抱える事になる。
その時からだろうか? 子供を見ると嫌悪感を覚える様になった。
いや、別に子供が嫌いなわけじゃない。
しかしギャーギャーと騒ぐ姿は、あの時に見た父そのものだったからだ。
父は子供だった、ガキだった。そして自分を同じ運命を辿るのか。
自分もガキになるのかと思えば不快感がこみ上げてくる。
「だから、俺は子供が嫌いなんだ……」
「北岡さん――……」
真司もまどかも、何と声をかければ良いのか全く分からずに沈黙してしまう。
ただ純粋に子供が嫌いなのかと思っていたが、まさかそんな理由があったとは。
「………」
北岡は思う。
結局自分の人生も愚かな物だったのかもしれない。
父と同じにはなりたくないと思えど、今の自分も相当顔色が悪い。
そればかりか、唯一の友は自らの行動が原因で殺されたのだろうとも思う。
彼とは一緒に酒を飲んだ。一緒に旅行に行った。
まだせめてもの幸いだったことは、自分の病が進み、彼の顔を忘れる所を見せなくて良かったくらいか。
「……なあ、城戸」
「えッ?」
北岡は疲れた様に真司を見る。
「俺は、生きる為に戦いを選んだ」
人としての尊厳を取り戻す為に皆殺しを選んだ。
「それは、悪い事なのかね?」
「そ、それは――……」
「俺は間違っているのか?」
真司の心に、言いようも無い悔しさが残る。
今まで参戦派と言えば、浅倉や芝浦の様に純粋に殺し合いを楽しむヤツばかりかと思っていた。
しかし蓮や北岡が皆殺しを選ぶ理由は確固たる信念と、引けない理由がある。
それを止める資格などあるのか――?
真司の願いは人を守る事、戦いを終わらせる事だ。
その裏に確実に出てくる筈の悲しみと犠牲者の事をちゃんと考えていたのか?
分からない、至れない、答えが出ない。真司はただ俯いて首を振るだけだった。
「ま、いいや」
「……っ」
「もう帰れ。疲れた」
どうせ戦いについての答えは、明日にでも出て来る。
オーディン達はまどかを確実に殺しに来る。その時、北岡もその戦いに参加して答えを出す。
北岡はその事を真司たちには言わなかったが、そう思っていた。
どこか、その雰囲気を感じたのか、まどかは頷くと真司に部屋を出る様に促す。
彼女もまた、答えを出せぬままに時間を過ごすしかない。だが絶望に塗れた希望もある。
答えは自ずと出る。今は、なるべく考えないように。
ただワルプルギスを倒す事だけを考えたい。
考えさせてほしい……。
「北岡さん……」
「?」
別れ際、真司は弱弱しくも、言葉途切れる事なく想いを打ち明ける。
「俺は答えを出せない。迷ってる。だけど――!」
「………」
「だけどもしもアンタが、皆を殺そうと思うのなら」
「………」
「間違ってるとか、間違ってないとかじゃなくて、ただの純粋な人間としてアンタを止めたい」
北岡はその言葉に無言で頷くだけだった。
否定も肯定も、ましてやいつもの様に馬鹿にする事も無い。
やれるものならやってみろ。そんな視線を送るだけだった。
「じゃあ、また」「失礼しました」
部屋を出て行く二人。
北岡はため息をついて、先ほどの真司の言葉を思いだす。
北岡にとって城戸真司と言う男は馬鹿で愚かな存在だ。
しかしきっと正しいのは彼の方なのかも知れないと、最近思い始めてきた。
もちろん、だからと言って北岡は自らの生を諦めるつもりはないが。
「?」
その時、床に何か光る物が落ちている事に気づく。
これは――……、羽?
「!」
黄金の、羽。
「ごきげんよう、北岡秀一」
「お前……ッ!」
北岡の目の前に現れたのは黄金の騎士オーディン。
「何だ? 殺しにきたのか」
「いや違う。勘違いしないでくれ」
オーディンは言う。むしろ、逆だ。
「貴方を守りに来た。守護ですよ先生」
「守護?」
「ああ。このままならば貴方は確実にユウリに殺される」
「――ッ」
「僕は未来が視えるんだ。だから貴方を助けに来た」
「それは……、ありがたい事だ。しかし前回は普通に攻撃を仕掛けに来ただろ?」
するとオーディンは珍しく、組んでいた手を降ろして跪く様なポーズを取った。
威厳に満ち溢れた雰囲気からは想像もつかない行動に、北岡はやはり強烈な違和感を感じた。
「理由は二つ」
「っ?」
「まず一つ目。今となってはワルプルギスの夜の戦力を一人でも確保したいと言う事さ」
前回オーディンが北岡を襲ったのは仁美を殺す邪魔をされたくなかったからだ。
それが達成された今、一人でも多くの協力者を確保したいと思うのは当然の事ではないか。
まどかを殺そうとする中、その過程にどれだけの負傷者が出るか。
オーディンの力があればワルプルギスは倒せるとは思えど、やはり保険はかけておきたいじゃないか。
「そしてもう一つ、コレはお願いです」
「お願いだと?」
「そう。パートナーを蘇生させてほしい」
「ッ」
さやかの涙がフラッシュバックする。
彼女を蘇生させると言う事は、50人殺しを達成させなければならない。
オーディンはその生贄は用意すると言う。とにかくゾルダには何が何でも美樹さやかを蘇生させてもらわなければ困るのだから。
「……っ?」
弁護士としての勘か。
さやかの話をするとき、オーディンが何か焦りの様な物を感じている事に気がついた。
何かあるのか? 美樹さやかに。
「嫌だって言ったら?」
「………」
命令どおりに操られるのは癪だ、北岡は挑発的に笑みを浮かべる。
するとオーディンはありったけの殺意が篭った声で北岡の首に手をかけた。
「殺すだけだ」
「ッ、やれるのか? 俺を殺したら美樹さやかは戻ってこない」
「………」
首を少し動かすオーディン。
(なるほど、厄介な相手だ)
オーディンは北岡の首を掴んだまま持ち上げる。
息が止まる、苦痛の表情を浮かべて北岡はオーディンを睨んだ。
少し違和感があった。わざわざさやかを蘇生させる点が特に見つからない。
特別な力があったようにも思えないし、まどかキラーにでも使うつもりか?
いや、それにしたって織莉子とオーディンで十分な気もする。ここまでの焦りの理由には繋がらない。
となれば。
もしかすると美樹さやかが何らかの理由で必要になったと考えるのはどうだろうか?
コレは賭けだった。もしも織莉子陣営にとってさやかが必要なものならば、なんとかして優位な状況には立てないか?
隙をついて邪魔なオーディンを消せはしないか?
「キミは色々と考えている様だ」
「ッ?」
「だが僕は未来が視える。織莉子の力でね」
「――ッ」
「こうなったら、少し荒っぽいやり方が必要かもしれない」
オーディンはカードを使い、北岡を連れてワープを行う。
ゲストは丁重にもてなしたかったが、仕方ない。
オーディンは何が何でもさやかを蘇生させたい。
そのために上条はオーディンになった。彼にはさやかが必要なのだ。
さやかの為に、そしてなによりも自分自身の為に。
もしかしたら、近いうちに番外編で、没エピソード更新するかもしれないです。
言うても本当にちょっとしたヤツで、やるかもどうかも未定なんで、もしかしたらって感じで。