仮面ライダー龍騎&魔法少女まどか☆マギカ FOOLS,GAME   作:ホシボシ

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第50話 境界線 線界境 話05第

 

 

 

「………」

 

 

夕日が照らす見滝原。

暁美ほむらは、真っ赤に染まる世界を歩きながら目線を落としていた。

どうしても夕日を見ていると昨日を思い出す。同じく赤の世界にて決別したパートナーの事を。

思えば、ほむらは手塚の事を端的にしか知らない。

 

何の為に騎士になったのかも詳しく聞いていなかった。

尤も、自分達はそういう上辺だけの絆で成り立っていたペアではないか。

怒るのは何とも勝手な話しだ。考えてもみれば、ほむらだって手塚を利用しようとしていたし、なんだったら裏切るプランもあった。

なんの事は無い、先に裏切ったのが手塚だったと言う話ではないか。

 

いや、裏切りですらないか。

ある種当然の結末だったのかもしれない。

ほむらは、遥か向こうに見える風車の羽を見ながら目を細めた。

もう敵になってしまった物は仕方ない、問題は手塚をどう殺すかだ。

 

それに織莉子達もいい加減にしてもらいたい。ほむらと織莉子は、以前も対立関係にあった。

もちろんそれは以前のループ周期の中で。しかし皮肉と言うか何と言うか、何度と無く繰り返した時間の中で、何度も繰り返す出来事がある。

 

それは例えば美樹さやかと上条恭介の関係だったり。それは例えば織莉子とキリカだったり。

もしもまたループが許されて、時間を戻したならば。またほむらと手塚は同じ様に決別しあうのだろうか?

 

「………」

 

 

しかし手塚も言っていたが、パートナー同士は傷つけあえないとは言え、必ずルールの穴は存在している物だ。

何かしらの方法を以ってすれば、ほむらを手塚を殺す事だって可能のはず。

きっと彼も同じことを考えている。そして織莉子達も。

 

 

「ふぅ」

 

 

思わずため息が漏れる。

ただ手塚が違う道を行ったというだけなのに。まるで世界中が敵になったように感じてしまう。

きっと味方として、それだけ妄信していたのだろう。

 

しかし何故だろう?

それだけでは無いような気がしてならないのは。

世界中が自分の敵になる? そう、そんな事が前にあった様な――?

手塚は、自分を守ってくれたような気が――、しなくも、ない。

 

 

(何を考えているのかしら)

 

 

そんな事はありえないのに。

 

 

「ほむらちゃん」

 

「………!」

 

 

そのとき、ほむらの足がピタリと止まる。

前からやってきたのは、夕日に照らされた桃色の髪。

後ろめたさや焦り。ある種それは若干の恐怖。そして恋慕にも似た友愛の情。

様々な感情が土石流の様に押し寄せて、ほむらは言葉を失う。

 

 

「ほむらちゃん、話があるの」

 

「………」

 

 

鹿目まどかの色々な表情を見てきたつもりだ。

それこそ中学二年生の鹿目まどかと関わった時間は、まどかの両親よりも長いかもしれない。

だからこそ分かる。今の表情は、覚悟を決めた時だ。

 

 

「分かったわ」

 

「うん、ありがとう」

 

 

ほむらは、まどかがどんな話をするのかが予想付いた。

純粋な感情を言えば、聞きたくなかった、今すぐ逃げ出したかった。

もしかしたら、まどかは守られるお姫様のままでいてほしかったのかもしれない。

 

ほむらは、まどかを守る騎士でずっといたかったのかもしれない。

それは自分の弱さを鹿目まどかは知られたくなかったからか?

好きな人の前では格好を付けたいもの。

ああ、何故キュゥべえがこの年代の少女に拘るのか、ほむらも少しだけ理解できた気がする。

 

何とも複雑な。いいや、何とも面倒な物だ。

ほむらは自虐的な笑みを浮かべて、まどかの後をついていく。

 

 

「………」「………」

 

 

二人がやってきたのは川原の砂利の上に置いてあるベンチ。

土手の坂をあがった所にある道では、子供達がそれぞれ帰宅中で、カラスの鳴き声が寂しさを演出している。

 

川は夕日を反射して、ますます眩しく輝いていた。

燃える様な夕日は、彼女達の闘志にも置き換えられる。

だがどれだけ熱く燃えても、やはりその世界は切なく悲しげなものに映ってしまう。

 

 

「あのね、ほむらちゃん。わたし――!」

 

「………」

 

「わたし、戦う」

 

「――そう」

 

 

やはりと思った。

まどかは、自分が絶望の魔女である事を受け入れたと告げる。

それは流石に予想外だったか。ほむらは表情を変えてまどかの方を見た。

そこで思わずハッとして仰け反ってしまう。そこには、まどかがニッコリと微笑んでいた。

 

何て優しい表情なのか。

きっと彼女だって怖いだろうに。辛いだろうに、苦しいだろうに。

その優しさの裏に内包された苦しさを、完全には隠し切れていない。

夕日に照らされた笑顔は何とも儚かった。まるで、そう、やがて壊れいく運命がごとく。

 

赤い夕日。赤い顔。赤い血。

フラッシュバックする歪な既視感。

そして家に帰る子供達の笑い声も、今になっては狂った様な笑い声に重なった。

そう、あの最低で最悪な糞女、ワルプルギスの夜と。

 

 

「……っ」

 

 

いけない、こんなマイナス思考では。

ほむらは少しだけ唇を吊り上げ、笑みを浮かべた。

 

 

「いいの?」

 

「よくないよ。本当はね、すっごく逃げたい」

 

 

逃げたほうが良い事も分かっているし、そうしたい。

けれどもまどかが戦いを選んだのは、きっと自分の存在を織莉子達に認めてもらいたいと言う欲望からだ。

 

 

「じゃないと生きてても――、気持ち悪いもん。しっかり生きてて良いって証がほしいの」

 

 

だからぶつかり合う。

自分を守ってくれると言う真司たちの意見は本当に嬉しく、ありがたい。

命を賭けたワガママだ。ほむらにも申し訳ない事をすると、まどかは頭を下げた。

だけどこれからの世界を胸を張って歩くために、やはり織莉子との決着は必須との判断か。

 

 

「いいのよ。貴女は……、生きるべきだわ」

 

「ほむらちゃん、ありがとう」

 

 

ほむらは小さく頷いた。

 

 

「ママ……、お母さんに言われたんだけどね。命は自分ひとりの物じゃないんだって」

 

「そう」

 

「教えられちゃった」

 

 

舌を出して軽く笑う。

けれどもそれは楽観的な笑みではなく、ほむらを不安にさせない為に浮かべていた物だろう。

 

死ねば終わる。

死ねば周りを不幸にせずに済む。

一般的に逃げと呼ばれるそれだが、まどかにとっては十分選択肢の一つだと思っていた。

 

もちろんそれは簡単に選んではいけないとは思えど、決断の一つだと認識している。

それを選ぶ事も、場合によっては仕方ないのかもしれないと。

 

ただ、死ねば悲しんでくれる人がいる。

それがまどかの心に引っかかりを産んだ。

そしてそれこそが彼女の選択肢を別の物へと変更させたのだ。

分岐点を変動させる鍵と言えばいいか。

 

 

「こんな事言うと怒られたり、酷い人だなって思われちゃうかもしれないけど、わたし昔は自殺する事がいけないなんて思ってなかった。ううん、今でもどこか思ってる部分はあるのかも」

 

 

どうしても逃げたい事があるなら逃げてもいい。辛い事があるのなら諦めてもいい。

だけど、どうして周りがそれをいけない事だと言うのか。駄目な事だと長い世の中で教えていくのか? まどかには分かってきた。

 

 

「残された人は、辛いもんね……」

 

 

マミ達の死を目の前で見てきたからこそ分かる。

たとえ自分の存在が消えてしまっても、伝わらなかったとしても、家族達には自分の死を背負わせたくない。

 

 

「わたしはやっぱり家族のみんなが大好きだから」

 

 

まどかは自己犠牲を通してでも他者を思いやる優しい子だ。悪く言えば損な性格である。

しかし優しいとは言え、やはり『優先順位』と言う物は少なからず存在しているのだろう。

その最もたる頂点にいるのが家族。そしてそのすぐ下に友人である。

 

自己よりも他者を。

家族を尊重したいまどかが、自らの死を選ぶことはない。

生きたいと願ったのはもちろん純粋たる願いもあるが、何よりもまずは自らを産んでくれた家族の為にだ。

 

 

「ママとパパとタツヤがいなかったら、わたし……」

 

 

いや――、死ねば存在が消滅する為、その理屈はおかしい。

まどかが死ねば、まどかの死を悲しむ家族は存在しなくなる。

鹿目家において鹿目まどかと言う娘など、最初から存在しない事になるのだから。

 

でもそれは、あくまでも家族からの視点。

まどかはそれが一番嫌だったのかもしれない。自分が死ねば、自分は鹿目まどかで無くなる。

文字通り無になってしまうからだ。まどかは愛する家族と『家族』でなくなってしまう。

それがまどかにとって、一番辛い事だった。

だから存在を残したい。生きてもっと家族と一緒に、家族がしたい。

 

 

「それに――」

 

「?」

 

 

まどかは少し足をプラプラと動かして沈黙する。

何かを考えているのだろうか? そのうち、足元にあった小石を持つと、立ち上がり、前に流れる川を睨んだ。

 

 

「えいっ!」

 

 

ほにゃんと、力なく投げられた小石は、何とか川へ届いた。

ポチャンと小さく音を立てて終わりである。あんな小さな石を投げたところで、川の流れは止まらない。何も変わらない。

けれども、何度も何度も『意思』を投げ続ければ、やがて『石』たちが積み重なり合い、壁になるかもしれない。

つまり、川の流れを止められるかもしれない。

 

 

「……わたしも、自分で考えたんだ」

 

 

もしも絶望の魔女が、他の人間だとしよう。

もしもその子が自分の家族だったら、自分の友達だったらと思うと、やっぱりそれはとても悲しいわけで。

 

 

「わたしなら、死んでほしくないなって……」

 

 

もちろんそれはワガママだ。

分かってる。分かっているから戦うと言ったんだ。

とにかく、立場や環境が変われば意見はコロコロと変わってしまう訳で。

 

 

「もしもね、ほむらちゃんが絶望の魔女で、ほむらちゃんが犠牲を抑える為に死ぬって言ったら……、やっぱりわたしは悲しくて止めるから」

 

 

まどかは再びベンチにどかっと座ると、ほむらの方を向いて気恥ずかしそうに頬をかく。

ほむらもほむらで、今の言葉が嬉しいのか、少し頬を染めて目を逸らした。

まさかこの時間軸のまどかが、そんな風に思ってくれていたなんて。

 

 

「ほむらちゃんは、わたしが死んだら泣いてくれる?」

 

 

変な質問だね、ナルシストみたい。

まどかは恥ずかしそうに笑うが、ほむらは唇をギュッと噛んだ。

フラッシュバックしていく多くの記憶。

死んだら? ほむらは何度、まどかの死を体感したのだろうか。

 

そして何度、無力さと言う剣で心をズタズタにされたのだろうか。

気がつけばほむらは、まどかの手をギュッと握り締めていた。

零す涙。まどかも彼女の気迫に笑みを消して真っ向から見つめなおす。

 

 

「あたり……ッ、まえ! あたりまえじゃない!」

 

「っ、ほむらちゃん……」

 

「悲しいに決まってる! 泣くに決まってる!」

 

 

だって――!

 

 

「だって……」

 

 

ほむらは言葉を詰まらせる。

 

 

『だって私達は友達でしょう』

 

 

とは、言えなかった。

まどかとは、多くの時間を共有してきた。

でも、それぞれの時間軸の中で関わった時間にはバラつきがある。

今回はどうなのだろうか? いろいろな事があって、まどかとの距離感が分からないでいた。

常に後手後手にまわっている状況は、胸を張れるものじゃない。

友人だと、助けてあげる存在だと声を大にして言えなかった。

 

 

「そうだよね、ごめんね……」

 

 

そうしていると、まどかが口を開いた。

ほむらの手を優しく包むと、優しい口調で言い放つ。

 

 

「友達、だもんね……! わたし達!」

 

「!」

 

「えへへ。駄目かな?」

 

「う、ううん! 駄目なんかじゃないわ!!」

 

 

よかった。

まどかはそう微笑んで、再び紅い川を見る。

友人が死ぬのは悲しい。当たり前だ。

 

 

「だから、ほむらちゃんも絶対に死なないでね」

 

「うん……、うん!」

 

 

死ぬ事を選択肢に入れなければならない世界なんて間違っている。

だから最後の最後まで、大きな壁が出来るまで石を投げ続けるのだ。

ポチャン、とまた一つ音を立てて。

 

 

「帰ろっか、ほむらちゃん」

 

「ええ」

 

 

でもやはり、夕日に照らされたまどかの笑顔は寂しげで、今にも消えてしまいそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼女と話してきたのか」

 

「ええ……」

 

 

美佐子の家に戻ったほむらを出迎えたのはサキだった。

 

 

「本音を言えば、まどかが戦う事は意地でも止めたかった」

 

 

考え直して欲しかった。

戦いたくない。隠れていたいと、言って欲しかった。

何も知らず、何も背負わずに終わって欲しかった。

 

 

「でも、やっぱりそれは、私の願望にしか過ぎなかったわ」

 

「彼女は強い。その強さは、大きな弱さを孕んだものだが……」

 

 

サキはいずれこうなる事が分かっていたのかもしれない。

 

 

「複雑だな。私は彼女を守りきれる自信が無い」

 

 

ほむらは何も言わなかったが、正直な所、同じ気持ちである。

だから戦場にまどかを連れて行くのは本当に苦しかった。

しかし、それは無責任な放置ではない。ほむらに至っては、まどかを守る事を諦めた訳でもない。

やはり一番に真摯な想いが伝わり、そしてどこかに希望を感じたからだろう。

不安はある、恐怖だって。だけど後悔は無い。

たとえ明日、自分達が命を落とそうとも、それはそれで辿り付いた答えなのではないだろうか。

 

 

「キミは、まどかと多くの時間を共有してきた。まどかを救うために魔法少女になった」

 

「ええ」

 

「君からしてみればちゃちな物かもしれないが。私も、まどかとは多くの時間を過ごした」

 

 

はじめは失った妹の代わりでしか無かったが、次第に妹とは違う一面を多く見つけて、最後には紛れもない、『鹿目まどか』と言う人間を好きになった。

ほむらにとってはイレギュラーかもしれない。でもサキにとってはこの世界、この時間軸が真実だ。

まどかと同じ小学校、中学校に通い、地区のイベントには一緒に参加した。

 

 

「一緒に温泉も行った事があるんだよ。まだ、小さかったけど」

 

「そう……」

 

「多くの思い出がある。それが生んだ絆がある」

 

 

少し不満げなほむらの表情を見て、サキは笑った。

 

 

「まどかは大切な存在だ。もちろん、君にとっても」

 

 

だからほむらは、今ココにいる。

 

 

「だから我々は、彼女の想いを優先した」

 

 

「そうね。はじめてかもしれないわ、彼女があんなに強く自分の意思を訴えたのは」

 

「大丈夫。私達は生き残るさ」

 

「……ええ」

 

 

そしてサキは、ほむらにお礼を。

彼女がいたからこそ、まどかはココにいる様な物だ。

それに忘れてはいけない、闘志を。

 

 

「私達は勝つ。織莉子達にも、ゲームにもな」

 

「そうね。そうしましょう」

 

 

ほむらは強く頷いた。

可能性はゼロではない、杏子達に送った手紙がある。

そして"彼女"に送ったメールがある。返信はないが、きっと彼女は読んでいる筈だ。

夕日は、今日も変わらないスピードで沈んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

織莉子邸。

広いリビングで、それぞれは各々の時間を過ごしていた。

手塚と東條はそれぞれ離れた所でソファや椅子に座り、本を読んでいる。

東條はカフカの『変身』を。手塚は最も力を入れているコイン占いの本を。

 

対して織莉子とキリカはと言うと、楽しそうにお喋りに興じていた。

明日は殺し合いと言う時に、何をのんきな事をと思うかもしれないが、織莉子にとっては唯一気を張らずに、『素』になれる瞬間である。

 

 

「………」

 

 

手塚はその様子を横目に見る。

何の話をしているのかは知らないが、織莉子は本当に楽しそうだった。

無邪気で、柔らかく。とてもじゃないが、志筑仁美を殺したときとは大違いだ。

 

いや、アレが織莉子の本当の顔なのか。

呪いの輪廻さえなければ、彼女もまどかとああやって楽しげに会話を交わせたのだろうか?

尤も、今になってはどうにもならない話ではあるが。

手塚はコインを見詰めながらつくづくそう思う。

 

表の世界と裏の世界。二つが交わる事は無い。二つの結果が交わる事もない。

手塚はコインを弾いた。机の上に落ちるコインが示すのは表か、裏か。

或いは奇跡のような『側面』か。

 

 

「織莉子」

 

「!」

 

 

リビングの扉が開き、そこから上条が姿を見せる。

 

 

「家の前に手紙が置いてあった。差出人は浅海サキだ」

 

「あら、どういう事でしょう」

 

「織莉子宛だからね、君が先に見るべきだ」

 

 

上条の心遣いにお礼を言って、織莉子は手紙を受け取った。

 

 

「じゃあ僕は」

 

 

目を細めた手塚。

退出していく上条をジッと見る

彼がオーディンの正体であり、美国織莉子のパートナーだと言う事を知ったのは屋敷に招かれてからだ。

 

手塚は以前、仁美の家で行われたケーキ作りに参加している。

あとは、そう芝浦の学校襲来時か。会話こそは数回だが、姿は何度も見かけている。

そう言えば、美樹さやかの葬儀でも見かけたか。

 

そんな彼が姿を隠し、裏で織莉子と暗躍していたとは予想外だった。

聞けば、織莉子を二回蘇生させたと言うではないか。

つまりそれは100人殺しを達成している訳だ。いくら叶えたい願いあるとは言え、その罪、その業、その重さは、無視できない。

 

しかし手塚が口を挟む資格は無い。

お互い、信念を持ってデッキを握っている身だ。

ましてや今となっては共通の目的を持っている仲間ではないか。

不信や怒りが無いとは言わないが、なにはともあれ今は騎士・ライアとしての目的を全うしなければならない。

命は、自分だけの物ではないのだから。

 

 

「………!」

 

 

手紙を読む織莉子。そのの表情が険しい物へと変わる。

キリカはしきりに中身を覗こうとしていたが、織莉子がそれを制して、手紙を早々に処理してしまう。

 

 

「鹿目まどか達は正々堂々と戦いを挑んできたわ」

 

 

周りに被害が起こらないだろう、リーベエリス跡地にて戦いの決着を。

 

 

「……成る程。鹿目まどかが望んだか」

 

「ええ。そうなのでしょうね。優しくて、愚かな子」

 

 

だが、まどか達にも恐らくにして勝機はある。

と言うのも、明日の戦いにオーディンは参加しない。

何か他にやる事があるらしく、織莉子達もそれは納得している。

 

 

「………」

 

 

手塚は詳細を知らないが、織莉子が上条を引き止めなかったのは、彼がいなくとも勝てる未来を視たからか? それとも、彼を引き止められないと諦めたからか。

どちらにせよ人の死が未来を変える。明日の戦いに参加するのは、いずれも参加者と言う大きな要因だ。

 

 

(一人でも誰かが死ねば、織莉子の計算は狂うかもしれない)

 

 

織莉子もそのリスクを考えない訳ではないだろう。

だからこそ、先ほどまではあんなに楽しそうだった表情が消えているとしたら?

 

 

(油断はできないな。お互いに)

 

 

手塚は目を閉じた。あまり考えても仕方ない。全ては明日、それで決着がつく。

それにしても何故、上条は明日の戦いには参加しないのか?

先ほども言った通り、彼にはやらなければならない事があった。

上条はリビングを出ると、すぐに『ある部屋』に向かっていた。

 

 

「気分はどうかな?」

 

 

織莉子邸の地下にある倉庫。

窓の無い部屋だ。むき出しの電球が一つしかない薄暗い空間だった。

そこには見張り役のガルドミラージュの他に、椅子に縛られた男が一人。

 

 

「ああ、最悪だよお坊ちゃん」

 

「ハッ、だったら早く解放されればいい。僕もゲストは丁重にもてなしたいのに」

 

 

君自身がそれを拒む。

そうだろ? 上条は冷たい目で男を睨んだ。

 

 

「北岡秀一さん」

 

「………」

 

 

北岡はニヤリと笑ってみる。

オーディンによってこの場に連れられて来てみれば、監禁状態ではないか。

一見すれば何も変わってはいないが、右手には包帯が巻かれ、爪の部分が真っ赤に染まっている。

 

どうやら上条はお願いをした様だ。丁重なお願いを。

けれども北岡は上条の願いを叶えてはくれない。

だからちょっとだけ『おしおき』しただけである。

 

 

「先生。僕は何も難しい話をしてる訳じゃない。ただ50人を殺して、美樹さやかを蘇生させればいいだけなんだ」

 

 

北岡はさやかのパートナーだ。

蘇生させてハイ用済み。なんて事はしない。

それを何度も言っているのに、北岡は何もしない。してくれない。

 

 

「貴方は仮にも、戦いに乗る側にいた筈だ。今更50人を殺すくらいどうと言う事は無いはず」

 

 

もちろん殺す50人も選出してやると上条は言う。

ガルドミラージュに他の県でも何でもいいから、刑務所に入っている凶悪犯とか――。

とにかく罪悪感を感じないでいい奴らにするからと言うのに。

 

 

「僕はこれほど譲歩しているのに、どうして協力してくれないんですか」

 

 

少し苛立ちを込めて上条が言う。

顔は笑みを浮かべているが、その裏にある大きな焦り。

それはそうだ。彼にとって一番の目的は美樹さやかの蘇生。

それが叶う所まで来ているのに――!

 

 

「何で? そりゃあ、決まってるよね」

 

「報酬と言う事か――?」

 

「まあそれもあった方が俺は嬉しいさ……」

 

 

でも、決定的な部分が一つ。

 

 

「お前、もう人間じゃないんだよなぁ」

 

「……は?」

 

「つまり、さ。俺はお前が嫌いなんだよね」

 

「――ッ」

 

 

こみ上げる苛立ち。

上条は卑屈に笑みを浮かべて何度か頷いた。

冷静さをかろうじて保っているものの、腸は煮えくり返っている事だろう。

 

 

「北岡さん、僕はあまり貴方を傷つけたくは無い」

 

「それはありがたいね」

 

「言う事を聞いてくれないのなら、もう一度痛い目にあってもらう」

 

「………」

 

「これは命令ではないんだよ北岡さん。お願いだ」

 

 

上条には理解できない話であった。

何を迷う必要がある? 何を躊躇う必要がある?

さっさと50人を殺してパートナーを蘇らせれば良いだけ。それなのに何をモタモタと。

思えば佐野だってそうだ。彼も北岡も、何故行動を起こさないのか。

何も生身で殺せというのではない。人を超越した騎士の力を振るえば、50人なんて一時間もあれば達成できるだろうに。

 

 

「僕にはさやかが必要なんだ! 北岡秀一ッ、何故理解してくれない!?」

 

「………」

 

 

首を振る北岡。

 

 

「理解していないのは、お前の方だ」

 

 

 

客観的に見て、初めて冷静な判断ができるとはよく言った物だ。

何も無い。理性も、抑制も。そして均衡も。

ただ獣の様に結果を求める。それはもう人の姿ではない。

参加者達はそれを進化と言うのだろうが、北岡には愚かな勘違いにしか映らなかった。

 

 

「チラつくんだよ、子供(ガキ)が」

 

「なに……?」

 

「そういう気分じゃない」

 

 

舌打ちを放つ上条。

すると地下室の扉が音を立てる。

 

 

「駄目だよ上条くん。北風と太陽ってお話知らないの?」

 

「……東條さん」

 

「はぁ。おいおい、病んでるヤツばっかの動物園かココは」

 

 

地下室に姿を見せたのは本を片手に持った東條だった。

彼は北風と太陽の童話を持ち出して説明を行う。

物事をうまく進めるのは強引なやり方ではなく、相手が自分から動きたいと思わせる事なのだと。

 

 

「北岡さん。僕、思うんだ」

 

 

上条くんにとって美樹さんはとても大切な人なんじゃないかな?

だったら美樹さんを救える北岡さんは、英雄の資格があると僕は思う。

英雄は皆を救う存在だ。君も美樹さんを蘇生させて――!

 

 

「僕と一緒に、英雄になろうよ!」

 

「………」

 

 

北岡は口を開けて東條を見ていた。

そしてしばらくすれば、吹き出す様に笑う。

 

 

「っ?」

 

「あはは、お前本気で言ってるのか」

 

「ど、どういう意味かな?」

 

「少し前に見た時と何も変わってないな。口を開けば英雄、英雄、英雄英雄! 馬鹿の一つ覚えみたく、何度も何度も執着するように縛られる」

 

「ッッ」

 

「病気だよ、お前」

 

 

北岡は客席から、舞台に上がっている滑稽な役者達に野次を飛ばす。

 

 

「びょ、病気? 僕が!? 何で――ッッ!?」

 

「ああ、しかも飛び切りのサイコなヤツだ」

 

 

英雄と言う言葉に縛られ、表面上の名誉を求める。

それだけならばまだしも、自分が行う全ての負も善も、都合よく『英雄』と言う二文字の単語によって操作されていく。

 

自分の邪魔になる存在は全て英雄に相応しくないと勝手な理論で排除し、自身の取る行動は全て英雄になる為の行為なのだと意味不明なフィルターで正当化させる。

今だってそうだ。美樹さやかを救うという結果だけを尊重する。

その過程に50人の命を捧げる行為を、東條は当然の事だと思っているのだろう。

それはそうだ、それが英雄に相応しいとフィルターをかけているのだから。

 

 

「壊れてるよ、お前」

 

 

挑発する様な目で、北岡は東條を睨んだ。

 

 

「な――ッ、なな……!」

 

「だいたい知ってるかお前?」

 

 

北岡は疲れきった目で東條を見る。屑ばっかりだよ、自分を含めて。

全員壊れてる。だからこそ理解できる物がある。だからこそ見える景色がある。

北岡は冷めた目で。冷め切った声で、言い放つ。

 

 

「英雄ってのはさ、英雄になろうとした瞬間に失格なのよ」

 

「!?」

 

 

東條の目がクワっと見開かれた。英雄と言う単語に反応したのだろう。

しかし直後に付け足された言葉によって、彼の心は打ちのめされる。

英雄は英雄になろうとした瞬間に失格?

 

 

「え? まって、ちょっと待ってくれないかな」

 

 

東條は震えながら、北岡を見ている。

今、英雄になろうとしている真っ最中じゃないか。でも北岡は言った。

なろうとした瞬間に失格って。

 

 

「分かんないかなぁ? つまり――」

 

 

北岡はニヤリと笑みを浮かべた。

目が語っている。目が馬鹿にしている。

目が、目が目が目が目目目目目目……!!

 

 

「お前、いきなりアウトって訳」

 

「――ッ、う! うあああああああああ!!」

 

「!」

 

 

東條は奇声を上げて、近くにあったどこぞのお土産だろうか?

とにかく、鳥の置物を持って振り上げる。

そこそこの重量があるそれは、思い切り頭にぶつければ命に関わってくる物だろう。

にも関わらず、東條は何の躊躇いも無くそれを北岡に向かって――

 

 

「待つんだ東條さんッ!」

 

「………」

 

 

上条の声に反応して、ガルドミラージュが動く。

一瞬で東條の隣へと距離を詰めると、腕を掴んで抑止を行う。

しばらくは抵抗しようともがく東條であったが、次第に自分のしようとしている事が、上条の意に反している事を悟ったらしい。

 

 

「ち、違う! ぼ、ぼぼぼ僕は英雄に――ッ! って!」

 

「……っ、ガルドミラージュ。東條さんを上の方に」

 

 

頷くガルドミラージュ。

彼は錯乱する東條を落ち着ける為に、上のほうへと連れて行く。

笑う北岡と、大きなため息をつく上条。

 

 

「やれやれ、話の通じない人だ。もっと上手に立ち回れるかと思っていましたよ」

 

「……気づいただけさ」

 

「?」

 

「言葉の意味に」

 

「………」

 

 

上条は鼻を鳴らす。

今は何をしても無駄かもしれない。

 

 

(もう少し弱らせるか)

 

 

上条は再びニコリと笑みを浮かべると、北岡に一礼を。

 

 

「食事が必要になったらいつでも言ってください」

 

「じゃあ今――」

 

「もちろん、代価はいただきますよ。先払いで」

 

「……あ、そう」

 

「それでは。僕はいつも賢い判断を期待しています」

 

 

上条は北岡に背を向けると地下倉庫を後にする。

 

 

「やれやれ」

 

 

北岡はうな垂れた。

観客の立場になってみれば、本当に役者達の愚かさがよく分かると言う物だ。

どいつもコイツも獣みたいな、浅倉みたいなヤツしかいない。つくづくウンザリだ。

 

 

「意外だったな、アンタが躊躇いを見せるなんて」

 

「……ああ、今度はお前か。飽きないねぇココは」

 

 

上条と入れ替わる様にして現れたのは手塚だttあ。

水をペットボトルに入れ、そこへストローを挿して持ってきた。

適当に周りにあった机を引いて、北岡の前にそれを置く。

 

 

「気が利くじゃない」

 

「悪いが食事は持って来れない。一日我慢しろ。と言うよりも一日は上条達のご機嫌を取れ」

 

 

手塚は適当な場所を見つけて座った。

上条の様子が何かおかしく、後をつけてみたらコレだ。

まあ手塚としても北岡がさやかのパートナーだと言うのは分かっていた事だし、上条がさやかに執着している点を見ても、こうなっている事は想像に難しくは無かった。

 

意外だったのは北岡が蘇生を渋る、と言う点だ。

確かに北岡は王蛇ペアの様に、積極的にゲームには乗っていなかった様にも見える。

しかしだからと言って協力派と言うわけでも無い。50人殺しは勝つためには仕方ないと割り切るかと思っていたが、どうやらそう言う事でもなかったか。

 

 

「別に。俺も場合によっちゃあ殺そうと思ってたし」

 

「だがお前は殺していない」

 

 

確かにこういった状況では、さやかを蘇生した時点で用済みと判断されて消される可能性が高い。

しかし手塚は視ていた、北岡の中にある戸惑いの感情を。

尤もそれは占いが導き出した物ではあるのだが。

 

 

「俺は占いは信じないんだ。あんなもの、全部インチキだろ」

 

「それは人の勝手だ。俺は信じてる。アンタには保身だけじゃない理由があると視ているが」

 

「そこまで言うのは、もはや占いではなくエスパーだろ」

 

「俺は超能力は信じない」

 

「ハッ! はは! 中々面白いね、お前」

 

「茶化すな。お前は今、自分の置かれている状況が分かって――」

 

「当たりだよ」

 

「!」

 

 

北岡は掠れぎみの声でそう言った。手塚の言う通りだ、何もかも。

疲れたと言えばそうだ。今も頭の中に、腹の中に、とにかく自分を食い破ろうと蠢く蟲達がいるのをつくづく感じている。

発作的な苦しみは無いが、痛みは日々深刻になっていく。

 

 

「もう多くが食い破られた。だからよりリアルに、より鮮明に分かる様になった」

 

 

参加者の滑稽さ。周りの愚かさが。

 

 

「俺はゲームに勝つためなら。何人殺してもいいと思ってた」

 

 

そもそも、もう国自体がゲームみたいな物だと思っていた。

正義が金で買える時代だ。人が人を裁くために振るう武器と言う法律、それを北岡は養ってきた。

法が国を作り、法が人を裁き、法によって人の運命は大きく左右される。

その今日に至るまで創り上げられてきた世界の理こそが、法治国家と言う名目に集っていたのだ。

言ってしまえば法こそが人を形成すると言っても良い。

 

人を殺してはいけない。

当たり前だ。では何故、誰もがそれを当たり前と言うのか。

それは法が殺人を止めているからだ。野生動物が縄張りの事で殺し合い、雌を奪い合うために殺し合い、食物連鎖と言う名目の下に弱者を殺す。

あいつらには法は理解できない、その知識も環境も無いからだ。

だが人間は――、自分達は長い歴史の中でルールと言う常識を作りあげて『人』でありえたのだろう。それはこれからも同じだ、人であるが為に法の下で生きる。

 

 

「人を殺せば社会的弱者になる。高学歴で恵まれた容姿を持つ俺が、中卒の不細工に立場で負けるなんて考えただけでも寒気がする」

 

 

しかしだ。

その法と言う柵が取り払われたFOOLS,GAMEにおいて、自分達は今まで繋がれていた鎖を、檻を破壊する事になる。

その果てに見てきたのは多くの獣達だった。

人である事を忘れ、力に溺れ、自らのルールで生きる。

 

 

「それはもう人なのか?」

 

 

いや違う。北岡は確信した。

それは人の形をした化け物だ。獣だ。理性を失った愚かな人の形をしているだけの何か。

 

 

「たった一人の親友に言われた言葉がある」

 

『先生は、最後まで人でいてください』

 

 

今になって思えば、彼はもうその時点でこうなる事が分かっていたのだろう。

王蛇ペアやガイペア、そしてオーディンやタイガをペアを見ていてよく分かった。

人である事を忘れ、超越者として振舞う事。それ自体は嫌いじゃない。

嫌いじゃないが――

 

 

『センセーは……、誰も殺さないでね』

 

 

彼女のほうが、よほど人だった。人間らしかった。

あの時、実の父親を汚いと思ったのは何故だ? 父の様にはなりたくないと思ったのは何故だ?

決まっている。それは北岡の頭にあった『人間』の像と大きく違っていたからではないだろうか?

 

父は厳しく、色々な事を北岡に教えた。

その中で北岡は目指すべき『人』の姿を無意識に妄想していたのだろう。

 

人とは、理性と均衡に満ちた生き物であるべきだ。

もちろんある程度の逸脱は仕方ないとは思っている。現に、北岡だって多くのルールを破った。

だが獣ではない。あくまでも人として、ピラミッドの上位に立つ存在として振舞ってきたつもりだ。

だから北岡は怖いのだ、父の様に自制心を失い、暴走する事が。

浅倉の様に何の躊躇いも無く人を殺す事に慣れる事で、あのおぞましい父になるのが嫌だった。

 

 

「50人以上を殺せば、俺はきっとどこかのネジが緩む」

 

 

北岡は今のままで在りたかった。

その上で頂点に立つ。それが彼の目指すべき道だったのだ。

なのに周りは壊れた獣だらけ。自分もそこに加わる? 冗談じゃない、動物園に入る気などサラサラ無いんだよコッチは。

 

何よりも、自分の為に。友人の為に。『人』で在り続けたい。

パートナーだって、絆なんざ無いかもしれないが、情は少しくらいはあった。

 

 

「殺したくないってのとはちょっと違うか。殺せないんだよね、俺」

 

 

大分病も進んだ。今もどこか朦朧としている部分はある。

全てが夢のような感覚の中、一人でも殺せばその瞬間にダムが壊れる気がしていた。

 

 

「俺は今、自分の環境に焦りを覚えている」

 

 

早く病気を治したい。常に考えるようになってきた。

 

 

「おそらく俺は何が何でも勝ちを目指すだろう。そんな必死な姿、あさましいとは思わないか? 醜いとは思わないか?」

 

 

愚かだとは、思わないか?

 

 

「俺は、思うね」

 

「……そうか」

 

 

マグナギガの性質は均衡だ。

それは北岡がその位置に立っていたいと思っていたからかもしれない。

多くの屑を今まで白にしてきた。無差別に人を狙う猟奇的な殺人者、どうしようもない強盗、多くの人間を狂わせた麻薬の売人。特に理由なく幼稚園に火をつけて子供達をステーキにした放火野郎。

まだある。まだまだある。事務所を点々と変えてきた北岡は、多くの犯罪者を見てきた。

 

自分に関係ない奴らの事件だ。

被害者周りに同情もしないし、加害者は金さえ払ってくれれば余計な詮索はしない。

どんなヤツだって白にしてきたし、それが仕事だと理解していたから。

 

いつだったか?

もう覚えていないが小学生の女の子が誘拐される事件があった。

親が身代金を払った後に首を切り取られて両親の元へ郵便で送られてきた事件があったか。

アレも特に何の感情のブレも無く、犯人を白にした物だ。

 

 

「マスコミは俺を外道と非難したが、それも重なって娘の遺影を抱えながら泣き崩れる両親達の姿を見た時は、ある種の爽快感すら覚えた」

 

 

しかし、しかしだ。

共通して抱える想いと言う物もまた存在していた。

それは弁護する奴らの屑っぷりを見れたが故に、得たものだと思う。

 

 

「つまりのところ、俺はああはならないと。随分愚かな連中だと心の中で見下してきた」

 

 

それに滑稽なシーンだって何度もだって見てきた。

 

 

「たとえばその事件で俺を外道と扱き下ろした記者が、痴漢の裁判で俺に泣きついてきた時には笑いが止まらなかった」

 

 

少女の両親が、無罪を勝ち取った犯人を後日殺害したと聞いたときも同じだ。

人間は結局、法と言う名の鎖で繋がれているだけにしか過ぎない。

その本質は愚かな獣なのかもしれない。だから秘書である『吾郎』は警告をしてくれたのかもしれない。

 

 

「人のままでいてくれ」

 

 

そうだ、人の皮を被り続け、人で在り続けてくれと。

 

 

「そして俺もそれを願った。俺は、人で在りたかった」

 

 

城戸真司や鹿目まどか、そして何よりも美樹さやか。

下らない事に一喜一憂し、喜怒哀楽が激しく。そして何よりも愚直な感情を持っている。

悪く言えば大馬鹿、そしてよく言えば――

 

 

「皮の厚い、人だよ。人間だ」

 

 

だから余計にイラつくのかもしれない。

だから余計に気になるのかもしれない。

生きていく中では損な性格かもしれないが、人として見るのなら合格だ。

 

 

「正直、ちょっと羨ましいとすら思うよ」

 

「……そうだな」

 

「代わるか? って言われれば、死んでも嫌だけどね」

 

 

今の自分には自信がない。

おそらく人を殺せば、今まで屑だと見下してきた連中に自分がなってしまう。

それだけは嫌だ。そんな醜い姿を晒す事が、北岡にはどうしても耐えられない。

 

しかしこのまま何もしなければ蟲が頭を食い散らかし、同じく人間じゃ無くなってしまう。

だから困っているんだ。北岡はそんな弱さを、珍しく特に関わりも無い手塚に打ち明けた。

理由は分かっている。きっともう――……。

 

 

「そうだな、鹿目まどか……」

 

 

羨ましい、か。

手塚もまた頷いていた。

 

 

「しかし今の彼女の取り巻く環境が示している。彼女は呪われている」

 

 

悲しく、哀れで、悲劇だ。

だから終らせなければならない。世界の為に。『まどか』のためにも。

 

 

「北岡。あと一日は耐えろ。上条を刺激するな」

 

「……?」

 

「明後日、もしも俺が生きているなら、お前をココから逃がしてやる」

 

「大丈夫なのか?」

 

「俺の狙いは鹿目まどかが死ぬことだ。明日で必ず決着はつける」

 

 

それにと、手塚はコインを取り出した。

 

 

「北岡秀一。アンタには運命をかき乱す役割があると視ている」

 

「あ、そう」

 

「ヤケになるなよ」

 

 

手塚は北岡が持っていた薬を水の隣に置くと、踵を返して地下室を出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ! あいつ! あいつぅぅぁぁッッ!!」

 

 

東條は頭を掻き毟って廊下を歩くのは。

何とか殺意は押さえ込んだが、未だ頭の中には先ほどの言葉が何度も何度もループしていた。

英雄は、英雄になろうとした時点で失格?

 

 

「最っ低だよアイツ! 英雄が何なのか全く分かってない!」

 

 

興奮しながら東條は否定の言葉を何度も繰り返す。

違う。英雄とは目指すべき者の努力に応じて現われる筈。

 

 

「あいつは僕の夢を邪魔して楽しんでいるんだ!」

 

 

最低だ、本当に最低な人間だ。

 

 

「ゲームに乗る奴なんて屑ばっかりだよ――ッ!」

 

 

僕を惑わせて破滅させようとしている。

何にも分かって無い、アイツは何にも理解して無い。

ブツブツと何度も同じ事を連呼して、必死に北岡の言葉を消そうと試みる。

 

だってそうしないと壊れてしまいそうだからだ。

東條は英雄になる為に親友(ダニー)を殺したんだぞ。英雄にならなきゃ彼は無駄死にじゃないか。させない、そんな事はさせない! ダニーの為にも、絶対に英雄にならければ。

 

 

「どうしたんだい、相棒」

 

「キリカ!」

 

 

そうしていると飛び出してくるのはパートナー。

東條は半ば助けを求めるようにキリカへ駆け寄っていく。

キリカはソウルジェムを操作しており、東條の声がよく聞こえる様に聴力を上げている。

だから彼の変化をいち早く察知して駆けつけたという事なのだろう。

 

そうなる様にソウルジェムを操作するのはかなり難しい事だ。

だがキリカは東條とは自分であると信じている。

故に自分の声を拾えるのは当然だと。

意味不明な法的式かもしれないが、それが心を繋ぎとめる楔になる。

 

 

「聞いてよキリカ、あの弁護士少し頭がおかしいんだ。いやおかしいなんて物じゃない、狂ってるんじゃないかな? そうだよ、きっとそうだ狂ってる。今すぐお医者さんに見せないと駄目だよ、絶対駄目だ! だって弁護士さんなのに言ってる事が変なんだ。ぼ、僕が英雄になれないって言うんだ。僕は英雄になる為に生まれてきたし、英雄になる為に今までだって色々努力してきた。そりゃあ0歳の時とか赤ちゃんの時とか、ダニーが僕に英雄になれって教えてくれる前は気づかなかったかもしれないかもだけどッ。でもそれは気づかなかっただけで、きっと僕自身は心の中で英雄になるべきだと使命を内に秘めていたのかもしれない。だってダニーが教えてくれたときは僕はなんだか安心したと言うか、やるべき事がやっと見つかった気がしたんだ。それはやっぱり僕自身が英雄に対してデジャブがあったからだと思うんだけど違うかな? だから僕が英雄を目指すのはもしかしたら初めから決まっていた運命だったんじゃないかって、だったら僕は英雄になれる筈だろ!? う、ううん。別におごってる訳じゃない。訳じゃないけどッ、努力をしっかりと詰めば神様はきっと僕を評価してくれる。それを僕は信じていたし、それを糧に今まで生きてこられた、頑張ってこられた。でもね、でもアイツは! あのふざけた弁護士は僕が英雄になれないって言うんだよ! あり……っ、ありえないよね!? なぁんでそんな事を言うんだよッ! 嫉妬かな? ねぇ、アイツもしかしたら嫉妬してくれてるのかなッ? いや、普通に考えて英雄になりたい人が英雄を目指すのは当たり前だろ? 世の中人は平等だよね? だったら英雄を目指しても良いよね? なのにアイツは目指した時点で終わりって! もう意味わかんないかも! どんだけ屑なんだよ!

 目指した時点で何なのさ!? じゃあどうやって英雄になれって言うの? ああ聞いておけばよかったよキリカ! きっとあの気狂い弁護士は答えられないよ! そう、そうだ!アイツは僕が英雄になるのが羨ましいんだ! きっと嫉妬して妨害しようとしてるんだよね? 本当にさいッッていだよ! どうしてそんな事をするのかな? 小さいときに人を傷つけちゃ駄目って先生に教えられなかったのかな? ありえないよね、ありえないよ本当に! 終ってる、人間としてアイツは欠落してるよ! ああそうか、だからアイツは英雄になれないんだ。 だからこれから目指そうとしている英雄候補を潰そうとしてるんだよね? キ●ガイだよアイツ! 精神が病んでるんだ! 精神がおかしいんだ! 英雄は目指そうとした時点で失格? 何だよソレ、僕は認めないよ? キリカもそう思うよね、だってそれを認めたら僕はもう英雄になれないって事じゃないか、僕は今まで英雄になる為に生きてきた。 じゃあ英雄になれなかったら僕は何の為に生きてるんだよ!? 否定された、アイツに、あんな奴に僕の生きる道が否定されたんだよ? 酷い、酷すぎるよ!! じゃあ僕に死ねって言ってる様な物だよね? あぁぁ、そうか分かったぞ! アイツはそう! 僕に死んで欲しいんだ。英雄じゃない僕はもう僕じゃない、東條悟である意味が無いんだよね、アイツはそれを分かっていた! だから僕に死ねって言ったんだ。最低だ、アイツはやっぱり殺し合いに乗った屑なんだよ。だいたい人を傷つけた時点で最低だよね、裁かれるべきなんだよ! なのにそれだけじゃなく人格まで否定して! 屑、屑、屑だよあんなの! ほらキリカ! クズは無視して歌おうよ! らんらーんらーん! あれ、どうしたのキリカ。ねえ聞いてる? 聞いてくれているのかな!? そう言えば上条君は大切なゲストだって言ってたけど、もしも止められなかったら僕もうアイツ殺してるんじゃないかな? うんきっとそうだよ、人を傷つけるのはいけない事だけどあんな奴もう人間じゃないもんね! どう思うキリカ? ねえ聞いてる? ねえねえ聞いてるの!? 君の意見も聞かせ―――」

 

 

「うるせぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 

「ああぁあぁッッ!!」

 

 

キリカは右手で握りこぶしを一つ作ると、それを思い切り東條の頬へ抉り込ませる。

きりもみ状に回転して地面へ倒れる東條。すぐに頬を押さえ、涙目でキリカを睨んだ。

 

 

「うぅぅ、酷いよキリカ、いきなり殴るなんて……!」

 

「こんのバカチンがぁ! 君の英雄に対する想いってそんな軽い物なのかい?」

 

「え? って、う゛ッ!」

 

 

キリカは起き上がろうとする東條を押し倒すと、自分はそのまま彼の体の上で前転。

一回転した後に同じく倒れこむ。脳天を合わせる様にして仰向けになる二人。

キリカはそのままブリッジで。東條は顎を上に向けて。それぞれ反転した状態で見詰め合う。

 

 

「君は英雄になる為にココまで来たんだろう? 英雄になる為にデッキを掴んだんだろう!?」

 

 

だったら他の誰に何と言われようが、自らの信念を貫けばいい。

言葉一つで想いが揺らぐほど東條の中にある英雄は軽くなんて無い筈だ。

 

 

「私は他の誰に何を言われようとも、どんな事をされようとも、織莉子の味方であり続けると誓ったんだ」

 

 

その意思は揺らぐ事の無い絶対。東條もまた同じ筈では?

 

 

「君は英雄になるべきなんだ。友達の為、織莉子の為、そして私のために」

 

「キリカ……」

 

 

世の中には色々な人間がいる。

何十、何百、何千、何万、北岡もその中の一人でしかない。

この世界に一個人が示せる絶対的な真実なんてありはしない。

名言を残した人間は数多にいるが、その逆説を訴えた人間も少なからずはいる筈だ。

どちらか一方が真実として認識されようが、長い歴史においてその定理や真実が覆される事も珍しくは無い。

 

 

「要は、つまり、だから」

 

 

北岡秀一と言う人間はこう言った。

英雄ってのはさ、英雄になろうとした瞬間に失格なのよと。

 

 

「それが絶対真実、神様も認めたゆるぎない決定付けされた論理、誰もが疑う事の無い唯一無二のお言葉である証拠は? 事実は?」

 

「え?」

 

「今後も揺るぎ無い確信の名言であり続けられる保障は? どこ? ねえどこ? どこどこどこー!?」

 

 

私には見えない。つまり、ありはしないんだよそんなの。

キリカは口が裂ける程に吊り上げてケラケラと笑う。

北岡先生のお言葉は素敵だ。実に痺れる。それを名言だと信じて疑わない人間も山の様にいるだろう。その言葉は間違いじゃないし。事実、的を得ている言葉かもしれない。

 

 

「でも、答えじゃないよ」

 

 

キリカは笑った。

 

 

「私はそうは思わない。だから私はこう返す」

 

 

それを答えと認めぬ者がココにいる。

 

 

「英雄ってのはさ、英雄になろうとしなかったら永遠になれないのよ」

 

「!」

 

「――ってね!」

 

「キリカ……」

 

 

キリカはグルンと体を回転させて素早く立ち上がる。

相反する二つの意見、絶対的な真実の証明。それはコインと同じだ。

表と裏の意見がある。見た目は同じかもしれないけど、裏と表では確かに違うデザインの絵柄が描かれてるのだ。

 

 

「でもこのコインは両面違う絵柄が描かれてるけど(ホント)(ウソ)かは自分で決められるんだ。君は好きな絵柄を表にすればいい」

 

 

気狂いでキ●ガイでアンポンタンな糞弁護士と、一心同体とも言える美少女パートナー。

 

 

「未来の英雄さんは、どっちを信じるのかな。フフフ……!」

 

 

ニコリと微笑んで手を差し伸べるキリカ。

東條はパッと光が差した様に笑顔に変わった。

先ほどまで彼を取り巻いていた苛立ちやモヤモヤが全て取り払われた様だ。

何とも清清しい、何とも希望に満ち満ちている。

 

 

「き、決まってるよ。君だよキリカ!!」

 

「流石だぜ相棒!」

 

 

そこで東條はハッと友人の姿を思い出す。

キリカのイメージカラーはどう考えても黒だ。

そしてダニーは――

 

 

「ダニーはね、黒猫だったんだ」

 

「へぇ」

 

「君、もしかしてダニーの生まれ変わりなの!?」

 

 

キリカはニッコリと笑ったまま頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んな訳ニャいだろ、頭おかしいんじゃねぇの?」

 

「………」

 

 

だよね、東條は寂しげに俯いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさいませ社長」

 

「お持ちします高見沢様」

 

「ああ」

 

 

一日を終えて町外れの豪邸に戻ってきた高見沢。

ギリギリ見滝原内だったから良かったものを、キュゥべえ達も厄介なルールを設定すると彼はため息をついた。

 

一番面倒なのはゲームと言う殺し合いの中でも社会は回り続けるという事だ。

グループの総帥である彼はやはり会社には行かなければならない。

長期休暇にでもしてくれれば、その間に参加者を積極的に減らせると言うのに。

 

 

「ニコは戻ってるか?」

 

「はい、つい先ほどお帰りに」

 

「そうか。ならいい。食事の用意を頼む」

 

「はい」

 

 

いつのならば、そこで淡々と戻るメイドだが、今日はなんだか様子がおかしい。

何かソワソワして立ち止まっている。

 

 

「何か?」

 

「あのっ、実は」

 

 

考えすぎかもしれませんが。

メイドはそう前置きした上で、気になる情報を高見沢に告げる。

前々から何か違和感はあったらしい。しかし一概にも言えぬ事なので、もしも何か無礼があったらも申し訳ないとスルーしてきたらしいが、今回は特に気になったので。

 

 

「し、失礼ですが……。他にも少し変わったことはあって」

 

 

ゲームだとか、本だとか、DVDだとか。そして料理とか。

 

 

「なるほど、分かりました」

 

「はい、失礼します」

 

 

面倒な話だ。

高見沢は小さくため息をついて首を回した。

そして少し時間が経ち、いつもの様に夕食の時間となる。

 

ニコは相変わらず高級そうな料理をパカパカ食物を口に入れてスープで流し込むという贅沢の極みを行っている。

そして今日一日に得た情報を高見沢へと告げるのだ。

 

ミラーモンスターは見滝原の外に出られる事や、鹿目まどかが絶望の魔女だと言うこと。

それを殺すために明日織莉子達との戦いが始まる事とか。

バイオグリーザとヴィジョンベントによりニコはどんどんと情報を集めていく。

 

しかしどれだけ情報を集めても七日目。

つまりワルプルギスの夜が現われれば、全てが無駄になる可能性も高い。

鹿目まどかの存在も、高見沢としても無視できる物ではなかった。

だがベルデペアはあくまでも不意打ちに特化した能力の持ち主だ。真正面から戦えば、スペックの高いまどかには勝てないかもしれない。

 

 

「しかもユウリと王蛇ペアもいるしな」

 

「ああ、明日はスルーするか」

 

 

どうせ放っておけば数人は退場するだろう。

特に鹿目まどか。オーディンの力の前には流石の彼女も――?

しかし今日はニコの表情が優れない。いや言ってしまえば、毎度毎度優れないと言えばそうだが、いつもアンニュイな表情が今日はいつもより険しくなっている。

 

 

「なぁ、たかみぃ」

 

「おい、だからそのあだ名で呼ぶのは――」

 

「織莉子辺りに接触していいか?」

 

「冗談だろ?」

 

「冗談にしてほしいか?」

 

 

ニコの目が相変わらず曇っている。

何の興味も希望も無いと言った目だ。

高見沢にはある種、それがデジャブの様に感じられた。

 

 

「まあいい。そう決断するからには何かあるんだろ? 理由を聞こう」

 

「―――……」

 

 

ニコは珍しく少し言葉を詰まらせる。

そのまま沈黙が一分は続いただろう。

ニコは顔を上げると、相変わらずの表情で、たった一言。

 

 

「言えん」

 

「チッ! どういう事だ!」

 

 

高見沢がイラつくも無理はない。

二人決めたステルスのルールに大きくそれる行動。それはニコ自身も分かっている。

自分達の力で脳筋共に勝つには、不意打ちとステルスを徹底するしかない。

そこそこ広い見滝原と言うステージでうまく立ち回る事が自分達に唯一残された勝利方法なのだ。

それは十分理解した上で、ニコはまどかと接触した。

それを分かった上で、『言えぬ』と言うのだ。

 

 

「たぶん、接触すれば織莉子は何だかんだと死ぬかも」

 

「つまり美国織莉子を倒す術があるってか?」

 

「うーむ。そりゃ、ま。結果的には……?」

 

「歯切れが悪いな。おい、せめて俺には言えよ」

 

「なんでよ」

 

「なんでってお前――」

 

「パートナーだろ? なんて、言うなよ」

 

 

ニコは顎を摩りながら、捻くれた笑みを浮かべる。

 

 

「そんな絆めいた物を振りかざされては困るし、反吐が出そうになる」

 

 

笑うニコ、対して両手を上げる高見沢。

 

 

「やれやれ本当に面倒なガキだ」

 

「茶目っ気があっていいとは思わんか?」

 

 

軽い口調ではあるが、ニコはますます無表情へと変わっていく。

彼女が何を考えているのか、どんな感情を込めているのかがまるで分からない。

 

 

「だがなニコ。とにかくココは言ってもらなねぇと困るんだよ。俺の命に関わる事だろうが」

 

「無理でおじゃる。私を信じろ、パートナーだろ?」

 

「お前……」

 

「大丈夫、足はつかないようにする」

 

 

ニコは念を押していた。

別に絶対に『織莉子』と言う訳ではないらしい。

しかし残っている参加者でと言うのなら、織莉子以外には考えにくいと端的に説明する。

そしてその結果、おそらく織莉子は死ぬ。そして自分が7番だと明かす上で、ニコはもう高見沢の近くには戻らないと。

 

 

「名残惜しいがニコちゃんは野宿に切り替えるよ」

 

 

食事や寝る場所は魔法を使って確保すればいい。

あとはゲーム終了まで適当に立ち回って参加者を減らしていく。

そして勝負をかけるとすればワルプルギスが現われる直前。

最強の魔女を討伐する為に集ったメンバーを奇襲で殺す。

それ以外は一日前に殺す様に心がける。

 

 

「以上。これが必勝のニコプラン。これでいいだろ?」

 

「………」

 

 

少しだけ沈黙する高見沢だが、すぐに首を振る。答えはノーだ。

別れる点に関しては文句は無い。しかし実際そうするとなると、戦力が分断される。

ニコの再生成は必要不可避。なるべく一緒に行動したいのだ。

 

 

「お前の言ってるそれは、絶対やらねぇと駄目なのかよ」

 

「んー、まあ……、個人的には」

 

 

珍しい話と言えばそうか。

参戦派か、協力派かをも他人に決めさせたニコが、自分から何かをしたいと思ったのは二度目だ。

一度目はまどかとの接触。二度目は今の織莉子との接触。しかし後者は前者よりも、いろいろと事態が違ってくる。

いやいや、それにしてもまずは――……。

 

 

「はぁ、しかたねぇな」

 

「おろ? 分かったくれたのかな」

 

「絶対俺に迷惑を掛けんなよ」

 

 

そこで呼び出しボタンを押す高見沢。

すると執事の一人が、皿を運んでくる。

 

 

「なんだ?」

 

 

執事は皿を、そのままニコの前に持っていく。

どうやらコレはプリンの様だ。隣にシロップが入った器も置かれる。

 

 

「なんぞコレ」

 

「取引先から貰った。まあ食え、ちょっと早めの餞別だ」

 

「ほーん……」

 

 

ま、いいか。

ニコは無表情ながらも、声のトーンを少し軽くして器に入ったカラメルシロップをドバドバとプリンへかける。

カチャカチャとスプーンを鳴らして、ニコはプリンを口に入れた。

 

 

「感想は?」

 

「うめ」

 

 

ニコはジュースをゴクゴクと。

 

 

「ん……? たかみぃさんは食わんのか?」

 

「そのシロップが甘すぎるんだよ。アホみてぇに甘ぇ」

 

「ま、そだな」

 

「………」

 

 

再びゴクゴクとジュースを飲んでいるニコ。

緊張感の欠片も無い姿だが、高見沢の目は鋭い。

 

 

「おい」

 

「んあ? 欲しいのか?」

 

「いや、そうじゃない。お前――」

 

 

高見沢はニコの食べているプリンと、ニコが飲んだジュースに視線を移す。

 

 

「それは特別な物だ」

 

「ありがとう。高いんだな」

 

「違う。普通じゃないんだよ。味がな」

 

「ッッ!」

 

 

その時、ニコの表情が大きく変化を遂げる。

無表情なニコは目を大きくして、次第に笑みを浮かべ始める。

やってくれたな。表情がそう語っている。

味、つまり普段の料理とは味付けが違っていたと言う事だ。

ニコはハハアと唸りながら、何度も頷いていた。

 

 

「や・ら・れ・た・お」

 

「……お前」

 

 

やられた、やられました。ニコは何度もそう言いながら唸り声を。

神那ニコは初めて高見沢の前で戸惑う表情を見せたかもしれない。

汗を浮かべてニヤリと笑いつつも、明確な焦りが滲み出ている。

 

対して仕掛け人であろう高見沢も、少し意外とそうにニコを見ていた。

"そうかもしれない"とメイド達に言われたが、まさか本当にそうだったとは。

 

 

「お前、"味覚"が無いのか」

 

「………」

 

「いやそれだけじゃない、お前……」

 

 

最初におかしいと思ったのは誰だったか、それは分からない。

とにかく何かがおかしいと、何か違和感、異変、それが神那ニコと言う人物にはある。

そう、感じはじめた。最初はメイドであったり、次は執事であったり。

 

一番初めは、ニコがうどんを食べていた時だ。

メイドが後片付けを行おうと容器を見ると、中には大量の一味唐辛子が。

それは一般の人間が入れる量をはるかに超えている。

ギョッとしたメイド、明らかに一本は使っているんじゃないかと思うほどに器の底は赤だった。

 

まあ、と言っても、この世にはそう言う香辛料を大量に使う人達もいるだろう。

だからその時は驚きこそすれど、違和感は感じなかった。

けれどもおかしな事と言えば、ニコは二度とうどんを食べたいとは言わず、その後も一切の調味料等を使う事は無かった点だ。

辛党ならば他のものにも一味やタバスコをかけそうなものだが、ニコは全くそうしなかった。

 

そう言う小さな違和感は多々あった。

たとえばメイドのお弁当をつまみにやってきたニコ。

メイド達とは同性同士だからか、ニコ自身の独特なコミュニケーション能力も合わさって、一緒に食事を取る仲にはなっていた。

 

そこでも違和感。

ニコがいつも食べているのは高見沢の好みに合わせた食事だ。

だから朝は甘い卵焼きが出る事が多い。しかしメイドが作るのは砂糖を入れない卵焼きだ。

にも関わらずニコはメイドの卵焼きを食べて。『いつもの味』と言ったのだ。

 

そう、ニコは勘違いしていたのだ。

高見沢への食事は全てシェフが作っているのに、ニコはメイドも関わっていると思ったのだろう。

確かに似ていた点はある。それは切り方だ、シェフが作った卵焼きをメイド達がカットする事は多い。だからニコは間違えた、同じ形の卵焼き、けれども味は大きく違うそれ。

 

しかしニコも後で気づいたのか。

もう二度とメイドの卵焼きを口にする事はなかった。

 

その後も少なからずそう言った『変』な事があったのだ。

一度ならばまだしも二度三度となれば、違和感はそれだけ膨れ上がり、偶然や気のせいではないと言う事にもなる。

 

そんな不信感が募りつつの今回である。

メイドが自分達の食事用に卵焼きを作っていたのだが、勘違いからか塩を入れる量を間違えてしまった。

 

少し味見をしてみたが、とてもじゃないが食べられた物じゃない。

これが『高見沢に出すものじゃなくて良かった』、などと話していた時にニコが来て――、と言う事である。

 

ニコは塩だらけの卵焼きを何も言わずに食べて行った。

気を遣ってくれた可能性もあったのだが、それにしてはあまりにもノーリアクションすぎる。

ニコはつかみどころの無い正確だが、いくらなんでも一言くらいはからかったりするのでは?

それがきっかけとなって高見沢へ報告したのだった。

 

 

「そう言う事で、お前のかけたプリンのソースには苦味成分がある液体を入れてもらった」

 

「……なんで、んなモン持ってるんだよ。使わんだろ苦味成分とか」

 

「ゴクゴクのんでたジュースには酢をぶち込んだ訳だ」

 

「はいはい」

 

 

ニコは何も言わなかった。

それが意味する所は、彼女は苦味も塩気も酸味も辛味も、何も感じていなかったと言う訳だ。

 

 

「演技派だな。ハリウッド出身だったか?」

 

「グリーンランタンって映画はクソらしいぞ。見たことないけどデッドプールが言ってた」

 

「あと、それだけじゃねぇわな」

 

「………」

 

 

神那ニコのおかしな行動はそれだけに留まらない。

今までは味覚だけであったが、彼女はまだ違和感を強く残す行動を取っている。

たとえばニコはよく高見沢から貰った多目の小遣いで漫画やDVD、ゲームを買ってくる。

 

しかし漫画は決まって一巻だけ。

DVDは見ずに返すと言う事も多いと言う。

ゲームに至っては何故か必ずセーブをしない。

そんな楽しみ方があると言えばそれまでだ。すぐに飽きたからと言えばそれまでだ。

しかし、いくらそう言う楽しみ方があったとしても、少なくともそれは『普通』とは言いがたい。

 

そして一部のメイド達の間では、ニコは『寝ていない』のではないかと言う噂もある。

そう言った中での味覚が無いと言う出来事。

高見沢とて、ニコの不思議な行動や様子に関心はあった。ウイスキーを持ち出すと、氷をアイスピックで砕き始める。

 

 

「何で味覚がない。最初からか? 気づかなかったぜ」

 

「……っ」

 

「おいおい、別に怒ったりはしねぇさ」

 

 

金はあるんだ。パートナーとして当然の待遇を行っているだけ。

別にあげた金を無駄に使おうが、味を感じない舌で高級料理を求めようが問題はない。

やる事さえやってくれれば待遇を緩める気など無かった。

それを聞くと、ニコは観念したように肩を竦める。

 

 

「まあ、ムラはある。けど……、そら最初ッからでんがな」

 

「なるほど。そりゃあ関係あんのか?」

 

「?」

 

「お前が力を手に入れた事とだよ」

 

 

ニコはアンニュイな表情で高見沢を睨む。

 

 

「余計な事は聞かないタイプだと思っていたけどね」

 

「ハハハ! まあ、そうだな。だが余計な事って訳でも無いだろ?」

 

 

ウイスキーを注ぐ高見沢、グラス越しに彼女を見る。

カランと音を立てる氷がニコを反射していた。

まるでそれは鏡の様に。

 

 

「俺たちはパートナーだろ? 神那ニコさんよぉ?」

 

「………」

 

 

舌打ちをしながらウインクを決めたニコ。

ばっちこーん。自分で擬音をつけながら笑みを浮かべた。

 

 

「あんたがパートナーで本当に最悪。なあ、高見沢さんよぉ!」

 

「ハッ!」

 

 

そこで気づく高見沢。

そういえば最初もこんな会話だった。

至急シェフに連絡を取って、ニコの好物を注文する。

 

そしてあっという間にニコの前には天ぷらアイス。

理由を聞いてみれば温度はよく分かるらしく、アチャツメタイの感覚がたまらんらしい。

要はごきげん取りだ。これでニコの過去を聞きだそうと言う訳である。

 

 

「安い女じゃないのよ、私」

 

 

おしえてあげない。

そう言いながら天ぷらアイスをほお張るニコ。

しかしいくら病みつきになる感覚とは言え、やはり味覚は変だ。

感じる時もあるにはあるが、もうほとんどが無味である。

 

 

「はじめは違和感しかなかったが、今は今で慣れるもんさ」

 

 

ニコはもう何年も味の無い生活を送っているとか。

 

 

「にしても、言いたくねぇな。正直」

 

「どうしてもか?」

 

「あー、マジ言いたくねぇわー。結構暗い過去背負っちゃってるからなぁ、これ皆が知ったら確実にアレだからなぁー。言いたくねぇわー」

 

 

は高見沢はため息を一つ。

確かに最初はこんなガキの過去なんざどうでもいいと思っていた。

しかし、やはり殺し合いに乗る事をパートナーの意見一つで決めたニコが、言うのを渋る過去とは何なのか。

 

こうなれば嫌でも聞きたくなってしまうと言う物だ。

高見沢のミラーモンスターの性質は、『欲望』。ミラーモンスターは自分の鏡像だ。つまり高見沢の性質でもある。

 

 

「酒の肴代わりだ、聞かせろよ」

 

「趣味悪いな。せめて女体盛とかにせぇや」

 

「……お前にだけは言われたくねぇよ。そうだな、何か条件があるなら聞いてやる」

 

 

その言葉にニコはピクリと反応を示した。

じゃあと身を乗り出すニコ。せっかくなんだから良い条件を出してやろうじゃないかと。

 

 

「まあパートナーさんのお願いだ。私が魔法少女になった理由を教えてやらんでもないさ」

 

 

ただ一つ。

 

 

「自由にさせろ。あとお前の過去を教えてくれよ」

 

「………」

 

 

二つじゃねぇか。

高見沢はニヤリと笑って舌打ちを一つ。対してニコは笑顔で舌打ちを一つ。

 

 

「どういう話が聞きたいんだよ」

 

「暗いやつ。もしくは何で逸郎少年がそんな最高の性格になられたのかを」

 

「はっ! やっぱテメェと組んだのは退屈しないで済むからイイのかもな。じゃあまずはお前からだ――。と、言いたい所だが、コッチの方がショボイから俺から言ってやるよ」

 

 

高見沢はそう言ってグッとグラスに残っていたウイスキーを一度全て飲み込んだ。

 

 

「あれはまだ俺がガキの頃だ。お前より、もう少し小さかった」

 

 

人間、だれしもが初めから殺気だっていた訳でもなく。高見沢逸郎も、もちろんそうだ。

つまりは普通に恋をした男女の間から、普通に何のことは無く生まれてきた。

今の彼からは想像もつかない話ではあるが、両親はどちらも優しく、高見沢には素直に育って欲しいなど常に口にしていた物だ。

 

父は町で小さめの町工場を営んでおり、それなりに生活は順調だった。

それなりに幸せだった。

 

父は常に言っていた。

人を信じる事が正しい。人を助ける事が正しい。

事実、父は多くの人間に慕われていた。人情がどうのこうの、友情がどうのこうの。

人によっては立派だと言い。人によっては甘いお人よしだと言うだろう。

 

だからだろうか。

父は信用していた筈の相手に騙された。

あっとう言う間だった。あっと言う間に全てが終わった。

営んでいた町工場はすぐに潰され、父は多額の借金を背負う事になる。

 

社員の面倒は見切れず、しきりすまないと頭を下げたのを覚えている。

そして社員達は今まで慕っていたのが嘘の様に、高見沢の父を罵倒しはじめた。

どうせもう辞めるから関係ないと言わんばかりに父の責任を責め、これから路頭に迷う自分達に責任を取れと喚いていた。

 

普段はニコニコと父を慕っていたのに。いざとなると掌を返して罵倒する。

それはなぜか、全ては父に責任があったと高見沢は思っている。

父は自分の部下達を友達だとでも思っていたのだろうか?

 

いや違う、高見沢は幼いながらに分かった。

明確な上下関係と、それに基づく確固たる契約関係があってこそに生まれた関係だったのだ。

みんな生活がある、みんな家族がいる。それらを守るためには、金が要ると言うのは当たり前の事なのに。

 

 

「ふーん、倍返しのドラマみたいだな」

 

「は? ああ……、少し前に話題になってたヤツか」

 

「そそそ、親父さんはどした? 首でも吊ったか?」

 

「ああ、その通りだよ」

 

「テンプレすぎんだろ。おだぶつなむ~」

 

 

ニコは適当に手を合わせて、適当に喪に服した。

高見沢の父は責任を取るという事で工場で首を吊っていたのだ。

 

 

「しかしまあ何と言うか……、俺はそれを間近で見たが、悲しみの感情は湧いてこなかった」

 

 

だってそうだろ?

騙されたのは父だし、いつかこうなるんじゃないかとも思っていた。

同情はするが、やはり結果が全てのこの世では、騙された方が悪いと言う事になってしまう。

だからと言って騙す方を正当化するつもりもないが、金を賭け合うマネーゲームが具現した世界において、絶対の信頼は盲目過ぎる。

 

母はとても悲しんでいたが、高見沢はこれが勉強になったと思っている。

何の疑いも持たずに判子を押す父は、経済の才が無かった。だから利用されて死んだまでだ。

ある種その自業自得。世界にはそういう冷たいシステムがある。まさかいい歳にもなって理解していなかった訳じゃなかろうに。

 

仲良く酒を酌み交わしていた相手が、裏切りと言う刃物で後ろから刺し殺してくる。

全部が全部とは言わないが、確かに存在しているのも事実だ。

他者は信頼するべきものであると同時に、どう利用するか、自分にどんな利益を齎すかを、常に計算しなければならない。

 

 

「俺はそれを、ぶら下がっている親父の姿から学んだ。知ってるか? 首吊りってのは死んだらどういう訳か漏らすんだ」

 

「私今プリン食べてるんだけど」

 

「あぁ、これは失礼」

 

 

高見沢は当時、思った。

父は自殺ではなく、戦いに負けて殺されたと同じではないか。

いずれ自分もまた、そう言う世界に足を踏み入れるのかもしれない。

ぬるい生活がお望みならばそう言う選択もあるのだろうが、所詮誰かの下につくしかない。

高見沢はそれが嫌だった。自分は頂点に立ってみせる。それが彼の希望だった。

 

高見沢は母と共に暮らす様になったが、それもまた惨めな物だった。

母は高見沢を養う為に、朝も昼も夜も働いてくれたが、それも長くは続かなかった。

ある日、家に帰ってくると置手紙があり、『もう疲れた。ごめんなさい』とだけ書かれて。母は二度と帰ってくることは無かった。

 

 

「働き先、場末のスナックで男でも作って出て行ったんだろうな」

 

「あらら」

 

「でも俺はアイツを恨んだりはしなかった」

 

 

それはそうだ、自分は何もできない。そんな物を抱えて貧困の闇に食われ続ける。

母にとっては何よりの拷問だったろう、貧困は人を狂わせる。

それからは親戚や知り合いの家を転々とした高見沢だが、そのときの経験はまたも勉強になったものだ。

 

 

「物や金や無くなれば、まず俺が疑われた」

 

 

しかしそれは仕方ない。

やはり貧乏な奴が盗ると思われるのは当然の事だ。

弱者の立場だ。力のある物が下を見るのは当然の事ではないか。

気の済むまで殴られたし、自分じゃないと分かった後も、疑いをかけた相手を責める事はなかった。

 

 

「この世にはよく平等を訴える奴がいるが、アレも二種類に分かれる」

 

 

下の奴らが、上の奴らと同じにしろと吼える物。

逆に、上の奴らが下の奴らに、ご機嫌を取ろうとして、思ってもない事を言う。

 

そこにあるのは格差だ。

世界は日々、より良くはなっていく。

しかし同時に消えない格差や、酷くなる差別もあると言うもの。

 

誰もが頂点に向かう為、他者を蹴落としあう。

日常生活だって同じだ。程度の違いはあれど、人は常に下を見つけて『自分が底辺ではない』と安心する。

 

 

「我ながら、一度下の下は見たと思っている」

 

 

信じる事が全て正しいと盲目的な信頼を振りかざし、結果首を吊って死ぬ。

失禁し、飛び出た眼球でコチラを見ていた父は紛れもなく敗者だった。

 

 

「俺は頂点に立つ事を決めていた」

 

 

あんな愚かな姿はもうゴメンだ。

高見沢も多くの人間から見下されてきた。だからこそ、頂点に立たなければならない。

多くの人間を見下す立場にならなければ、愚かなまま終ってしまう。

 

 

「この位置に立つまで、多くの人間を裏切った」

 

 

多くの人間を利用した。

しかし、その過程があってこそ、現在は高見沢グループの総帥の椅子に座っている。

会社を作り、そしてその頂点に立っているのだ。

 

 

「笑えるもんだぜ。俺が社長になったやいなや、母親から連絡がきた」

 

 

私達は家族だろう?

会いたかった。ずっと貴方の事を考えていた。

今少しお金が無くて困ってる。どうか助けてくれと。

 

 

「ふぅん、で? どうしたのさ」

 

「適当に札束投げて尻を蹴った。俺に母親はいねぇってな」

 

 

二度と現われるな。次に顔を見せれば殺す。

 

 

「そう言われた時のアイツの顔は傑作だった」

 

 

高見沢は笑いながら再びグラスに酒を注いでいく。

この世は殺し合いだ。他者をどう落とすか、そして自分をどう上げるかの戦いが常に続いている。

 

 

「これで終わりだ。つまんねぇ話だろ?」

 

「確かに。マジつまんねぇわ。ジャンプなら二週で打ち切り決定だな。せめてテロリストの一つでも潰す過去持っとけよ」

 

「ははは! お前みたいな正直な奴は嫌いじゃない」

 

 

もう今となっては、まともに信じられるのは無知な子供くらいだ。

 

 

「まあだからといって騒がしいガキは嫌いだが」

 

 

高見沢はゲラゲラと笑っているが、ニコは無言で天ぷらアイスがあった皿を見ている。

反射する自分の顔、何とも濁った目ではないか。

 

 

「なあ、たかみぃさんよ」

 

 

ニコは自分の顔を見ながら呟く。

 

 

「今、幸せ?」

 

「昔よりはよっぽどな」

 

 

友人は上辺だけの付き合いのものしかいない。

執事やメイドも、所詮上下関係だ。そしていつ壊れるかも分からない会社を継続させようと、終らぬ戦いを毎日毎日くりかえしている。

そんな人生楽しいのか? ニコは思うが、高見沢にとって最も屈辱なのは見下される事だ。

だから少なくとも今は不満がある人生ではない。頂点に立つ快楽は、やはり何物にも変えがたいものがある。

 

 

「とはいえ、この位置に立って分かった事もある」

 

「?」

 

「人の欲望はつきねぇな、こりゃ」

 

 

何かを終えれば、また新しい欲望が生まれる。

それが達成されようとも、また新たな欲が生まれていく。

終らない連鎖。ある意味でそれは地獄と言ってもいい。

その事に気づいたのはある意味で最も不幸で、最も幸運だったのかもと思う。

 

 

「丁度それを気づいたくらいか、ジュゥべえの野郎が俺の前に現われた」

 

「んで、お前はデッキを受け取ったと」

 

「そう言う事だな」

 

 

尽きぬ欲望に手助けを。

人間を超える力は、やはり高見沢にとっては魅力的な物であり、すぐに飛びつくべきアイテムであった。

それを手にした事で殺し合いに巻き込まれたが、別に不満は無い。

むしろモブとして選ばれる方が屈辱的なものだ。

参加者に選ばれたのは、やはり自分がココの位置に立っているからだろう。

 

 

「まあ、何も、全ての道が騙しあいって訳でもねぇがな」

 

 

楽な道もある。

しかしそれを選べば、相応の不満もやってくる。

それを高見沢は受け入れられなかったと言うだけの話だ。

彼はそう言ってまた酒を一気に飲み干していった。

 

二人の間に若干の沈黙が。

しかしグラスと氷が擦れる音を合図にして、次はお前だと高見沢はニコ煽る。

 

 

「………」

 

 

ニコは一度目を閉じて。ニヤリと笑う。

彼女はジュースが入っていたグラスを高見沢に向かって投げた。

 

 

「?」

 

「注いでくれよ」

 

「ハハハ、ガキにはわからねぇよ」

 

 

そうは言いつつ高見沢はキャッチしたグラスに氷とウイスキーを注いで指を鳴らした。

するとバイオグリーザが出現、グラスをニコの方へと運んで行った。

ニコはお礼を言いそれを受け取ると、腰に手を当ててグビグビと一気飲み。

 

 

「そうやって飲む物じゃねぇぞ?」

 

「ま、好きにさせぇや」

 

 

それなりに度数の高いウイスキーだ。

それに味覚は感じずともアルコールの感覚ならば影響するのでは?

とも、思ったがニコはケロっとした表情で全ての酒を飲み干すと、自身が何故魔法少女になったのかを話し始める。

 

 

「レジーナアイのトップページを見た事あるだろ?」

 

「ああ、それがどうした?」

 

「あの壁紙、あれが始まりだ」

 

 

ニコの魔法アプリ、レジーナアイのトップページは外国のニュースペーパーの記事がモチーフになっている。それはアメリカで起きたある事件を綴った物だ。

高見沢はまじまじと内容を見た事は無いが、それがどうやらニコにとっては大きな影響を与えた事件らしい。

 

 

(ひじり)カンナ」

 

「?」

 

 

唐突に出てきた人の名前。

聞いた事はない。高見沢は黙ってニコの言葉を待つ事に。

ニコはグラスに入っている氷を指でなぞりながら、浮かべていた笑みを消す。

相変わらず目に光は無い。

 

 

「それが、私の名前だった」

 

「……ほう」

 

「カンナちゃんってのは、カリフォルニアに住んでいた元気な女の子」

 

 

おてんばな彼女は、とても元気の良い子で度々両親を困らせてたっけ。

でもそんな時カンナは両親に言ってやったのさ。

隣のボブおじさんが勢い良くすすって飛び散るミートソースの汚れの方が困るってな!

 

 

「HAHAHA!」

 

「………」

 

「すまん。適当に言った」

 

 

とまあ幼女のカンナちゃんは広いカリフォルニアの土地で楽しく可笑しく過ごしてた。

体を動かしたりするのが好きだし、コミックはと言うとアメリカンヒーローが好きだったっけ。

要は女の子ってより、男の子寄りの趣味趣向だった訳さ。

だから男の子と混じって一緒に遊んでたりもしてた。

 

 

「そんなカンナちゃん達の間では、保安官ごっこがトレンドだったのさ」

 

 

保安官と悪党役に別れて遊ぶ。

まあ日本でもよくあるごっこ遊びの枠を出ないモンさ。

もう何度も遊んでた、飽きる事も無く毎日毎日ね。

実際楽しかったし、保安官は人気役で常になりたいと思ってた。

 

 

「保安官役は一人だけなんだ。何でだと思う?」

 

 

ニコはニヤリと笑って俯いた。

 

 

 

 







にこにー……(´・ω・)
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