仮面ライダー龍騎&魔法少女まどか☆マギカ FOOLS,GAME   作:ホシボシ

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第52話 分かれ道 分かれ道 話25第

 

 

 

「「ウオオオオオオオオオオオオオオ!!」」

 

 

かずみは十字架を大剣モードに変えると、思い切り横に振るう。

抵抗しようとするまどか達よりも早く、腰へ叩き込む一撃。

切断はしなかったが、骨が砕けるのではないかと言う衝撃が襲い掛かってきた。

まどかと織莉子はそれぞれ左右に吹き飛んでいく。

 

かずみはしっかりと計算していたか、右に吹き飛んだまどかと、左に吹き飛んだ織莉子が見事にぶつかった。二人がもつれあい墜落する所へ、さらなる追撃の一手を。

 

 

「「パロットラ――!」」

 

 

大剣で吹き飛ばした二人とは別のかずみが魔法を発動する。

倒れる織莉子とまどかを取り囲むようにして、無数の黒いマスケット銃が空に出現していった。

もちろん全ての銃口は中心にいるまどか達に向けられており、三百六十度どこを見てもマスケット銃である。

 

まさに銃で作られた檻。

逃げようとするものを容赦なく射殺せんが如く。

尤も、逃げずともそこからは火が放たれるのだろうが。

かずみは引き金代わりに、魔法名を言い終えた。

 

 

「「マギカエドゥンインフィニータ!!」」

 

「ッ! 」

 

 

まどかは素早く立ち上がると、先ほどかずみに使用した魔法・ニターヤーボックスを発動する。

結界でできた箱の中に自分を閉じ込める。さらにまどかは、織莉子も箱の中に入れていた。

円形状の結界にしなかったのは、異端審問を警戒してだ。箱状ならば上下左右前後、全てが壁である。

 

 

「レガーメ・アナウエル……!」

 

「……!」

 

 

まどかの声で、織莉子の意識を鮮明になった。

 

 

「私も守ったのですか。相変わらず中途半端に甘い……!」

 

「違うよ、織莉子ちゃん」

 

「!」

 

 

まどかが織莉子を箱の中にいれたのは、一緒に守ってあげよう、なんて優しさではない。

箱の中は逃げ場の無い密室だ。織莉子が立ち上がると、フル装備のまどかが立っていた。

右手にドラグセイバー、左手にドラグクロー、両肩にドラグシールド、背中にドラグアロー。

可愛らしい魔法少女の衣装とは不釣合いな装備が、まどかをガッチリと固めている。

 

それほど広くは無い箱だ。接近戦にはピッタリか。

しかし逆を言えばこmの空間で無数のオラクルを切り抜けられるとでも思っているのか?

むしろ有利なのは織莉子の方だ。すぐにオラクルを展開して、まどかを狙おうと操作を行った。

 

 

「――っ?」

 

 

しかしオラクルは織莉子の意思とは裏腹に、箱の隅に飛翔していくだけ。

 

 

「なんでッ!?」

 

 

そう言えばと、織莉子。

まどかは何か魔法を使っていた。

 

 

(また天使か!)

 

 

箱の外にある爆炎の、そのさらに向こう。

見たことの無い天使が翼を広げて空中に浮かんでいた。

神託の天使・アナウエル。神父の様な格好をした彼女は、いわばまどかの分身だ。

 

つまりアナウエルはまどかのアバターとも言っていい。

まどかが命令すれば、アナウエルが魔法を使うことができる。

まどかはユニオンを発動させ、天使にドラグケープを持たせた。

アナウエルが赤いマントをなびかせると、攻撃の対象が其方に切り替わる。

 

オラクルも、銃弾も。

アナウエルは翼を広げて必死に銃弾から逃げている所だ。

彼女が生きている間は、オラクルは全てまどかではなくアナウエルを狙う。

織莉子にとっては非情に厄介な状況である。

 

 

「ハァアアア!!」

 

「クッ!」

 

 

ドラグクローから火炎放射が放たれて織莉子を狙う。

オラクルは攻撃に使えば、ドラグケープの方へ吸い寄せられるが、盾として使うのならば問題ない。

すぐにオラクルの数を増やして自分を守る壁を構築する。

しかし防戦一方には変わりない。

 

 

「結界よ!」

 

「!」

 

 

まどかは織莉子の目の前に結界を出現させた。

さらにそれを奥の方へスクロールさせる事で強制的に織莉子を壁へと追い込める。

バリアは攻撃を防ぐだけでなく、相手の動きを封じる壁になるのだ。

つまり相手を押し潰す武器。壁に挟まれ、織莉子は全く身動きがとれない。

その隙に、まどかはドラグクローに炎を纏わせて、声を上げながら走った。

 

 

「ハァアアアアアアアアアアア!!」

 

 

本気だ、本気の目だ。

織莉子は向かってくるまどかを見ながら核心を持つ。

殺意があるのかはともかくとして、本気で傷つける為に走っている。

そこで織莉子の前の壁が消え、変わりにドラグクローが炎を撒き散らして迫ってきた。

織莉子はオラクルを壁にしようとするが間に合わず、思い切り腹にその一撃を受けてしまった。

 

 

「がはっっ!」

 

「――ッッ!」

 

 

熱と衝撃で呼吸が止まった。

まどかは追撃にとドラグセイバーを振るうが、織莉子もやられてばかりではいられない。

彼女もまたユニオンを発動して、左手にゴルトシールド、右手にゴルトセイバーを持ち、まどかの一撃を受け止めた。

 

 

「鹿目まどかッ、貴女に大切な人はいますか?」

 

「いるよ、いっぱい!!」

 

 

まどかの振るうドラグセイバーを、ゴルトシールドで受け止めて弾く。

衝撃で仰け反ったまどかを切り裂こうと、織莉子はゴルトセイバーを縦に振るった。

 

 

「貴女が生きると言うことは、その大切な人を絶望に沈める事に繋がるのですよ!?」

 

「――ッ」

 

 

まどかはバランスを失いつつも、素早く身体を反らして刃を肩のドラグシールドで受け止めた。

さらにそのままの勢いで回転して、ドラグクローの背で織莉子の剣を弾く。

魔法少女には不釣合いな接近戦。力任せの攻防。

 

 

「いえ、大切な人だけじゃない! この世界に生きとし生けるッ、全ての生命を危険に晒す!」

 

「ッ」

 

「世界の為に貴女は犠牲になるべきよ! 何故それが分からないの!?」

 

 

死にたくないと言う意見は尤もだが、そんなワガママが通る程、世界の命は軽く無い。

鹿目まどかは世界の為に一刻も早く死ぬべきだ。

それをどうして理解してくれないのか。織莉子の言葉を聞いて、まどかは大きく首を横に振った。

 

 

「わたしは絶望なんてしない! わたしが生きるのは、その大切な人たちの為!」

 

「そんな物は都合の良いッ、いい訳!」

 

 

まどかが死ねば、彼女の存在は消え去るだけ。誰も彼女の死を悲しんだりはしない。

悲しむとすれば、それは僅かな参加者だけだ。

その悲しみと世界の命、天秤にかけるまでも無い!

 

 

「ううん、それでもわたしは――!」

 

 

お腹を痛めて自分を生んでくれた母。

自分にありったけの愛情と道徳を教えてくれた父。自分を慕ってくれる弟。

自分を守ってくれた仲間。自分に希望をくれた友人。

そして、生きてと願ってくれたパートナーの為に負ける訳には行かない。

何よりも罪と知りつつ浮かび上がる欲望、それは自分の為に。

 

 

「この世界で生きたいから、わたしは死ねない!」

 

「エゴよ! それも罪深いッ!!」

 

「うんッ! だからわたしは悪でもいい! たとえ非道だと言われも――!」

 

「!」

 

「生きたいんだ!!」

 

 

織莉子とまどかの剣がぶつかり合い、火花を散らす。

舌打ちを放ちながらも、織莉子は理解する。

そう、そうだな。どんな『良い子』でも、負に近い感情を抱かない訳が無い。

完全な善で構成された人間など、この世には存在しないのだから。

 

つまり。初めてと言ってもいいか?

鹿目まどかが今日まで生きてきて、初めて思った世界への反抗、悪意。

それこそが、『生きたいから』と言う理由で生まれた欲望。

 

優しいまどかが初めて持った悪意にしては、あまりに大きすぎる物なのかもしれないが、彼女も人間である以上仕方ないのだろう。

そうだ、仕方ない。仕方ないなら、ルールの下に。

 

 

「わかりました。ならば私は正義の名の下に、貴女と言う悪を滅する!」

 

「わたしは、絶対に死なない! 死ねないから!」

 

 

織莉子は盾に変えたオラクル前にを突き出し、まどかは肩に結界を纏わせてショルダータックルを行う。二人の繰り出したシールドバッシュは大きな衝撃を生み出して、双方を後ろへ弾き飛ばした。

改めて、現在二人がいるのは狭い箱の中である。吹き飛べばすぐに壁に背中がぶつかり、床に倒れる。

 

そこでニターヤーボックスに、かずみの大剣が振り下ろされた。

トリックベントは時間経過で解除されたらしい。本物かずみが一人、巨大な剣を振り下ろして箱を切断してみせる。

織莉子もまどかもすぐに箱から出て、仕切りなおしだ。

 

 

「かずみさん、貴女は何故勝利を目指すのです?」

 

「教えない!」

 

 

織莉子の目が金色に変わる。

まず、ゴルトシールドを空に浮かんでいたアナウエルに向かって投げた。

直後ゴルトセイバーを少し離れた、何も無い場所に投げる。

 

すると盾を回避したアナウエルが丁度そのラインに入り、彼女はドラグケープごとゴルトセイバーに貫かれて消滅した。どうやら未来予知で回避ルートを把握していたようだ。

再びオラクルを展開する織莉子。かずみの十字架が迫っている。

彼女はオラクルを攻撃にあわせて重ねていった。

 

 

「フッ! ハァッ!!」

 

 

二人に向かって光の矢を放つまどか。

かずみと織莉子はそれを回避しつつ、互いに攻撃をしかけていく。

誰を狙う? どこを狙う? どう動く? 三人は時に一人を集中的に狙い、時にいきなり狙いをかえて乱戦を行う。

 

 

『ユニオン』『ディメンションベント』

 

「ッ!」

 

 

再構築が完了したか、再びワープを行う織莉子。

彼女はゴルトセイバーを二刀流にして、かずみの背後に出現すると同時にそれを振るう。

だが、かずみはしっかりと振り向いており、織莉子の二刀流を十字架でしっかりと受け止めた。

 

 

「あら、やるじゃない」

 

「しっかり頂いてるんで……!」

 

 

そう笑う、かずみの右目が金色に染まっていた。

つまりかずみは、しっかりと織莉子の魔法をコピーしていると言う訳だ。

劣化版のために、最大でも15秒後の未来しか見えないが、戦いにはそれで十分だろう。

そして二人が競り合う事でまどかに時間ができる。

何の? 決まっている、詠唱のだ。

 

 

「輝け天上の星々バルビエル! 煌け、反逆のスコーピオン!」

 

「ッ!」

 

 

しまった! 織莉子はすぐに一本のゴルトセイバーを投擲する。

まどかも馬鹿ではない、しっかりと詠唱前に自分の前方に一枚の結界を張っていた。

だがゴルトセイバーの威力は強力だ。バキン! と音を立てたかと思うと。結界を粉々にしてまどかに向かう。

 

だがそれは、まどかも予想済みだった。

結界は破られたが、威力を殺す事もしっかりできた。

まどかは未だに装備中である肩のドラグシールドで剣を弾くと、詠唱を続ける。

 

 

「我が呼びかけに応えよ革命の刃! 万物を覆す波乱の矢となり我を照らしたまえ!」

 

「こんの!」

 

「ッッ!!」

 

 

まどかを止められなかった事を確認して、少し表情を険しく変える織莉子。

そんな彼女へ容赦なく、かずみは切りかかっていく。

織莉子も視線をまどかからかずみへ移すと、十字架とゴルトセイバーを打ち付けあった。

とは言え二人は、まどかを放置した訳ではない。

かずみはシビュラを、織莉子はオラクルを向かわせているのだ。

 

攻撃が――、まどかに命中する音が聞こえる。

ゴッと肉に打ち付けられ、骨に響くオラクルの一撃。

刃が肉に突き刺さり、抉ろうとするシビュラの一撃。

しかもそれは一度ではない、何度も何度もまどかの身体に硬い十字架と、球体状の宝石が打ち込まれていく。

 

 

「――?」

 

「ッ?」

 

 

しかし攻撃は確かに命中している筈なのに、輝きは消えない。

何故? 詠唱は攻撃を受ければ、苦痛で精神が乱れ、解除される筈だ。

なのに、なぜ? 織莉子とかずみは激しい剣舞の中で、一瞬だけまどかに視線を移した。

 

 

「……っ!」

 

 

そして二人は見る。

無数のシビュラとオラクルに身体を打たれながらも、しっかりと織莉子達を睨みつけている鹿目まどかの姿を。

 

もちろんシビュラもオラクルも、一つでコンクリートの壁を破壊し貫通するだけの威力を持っている。それが何度も身体にぶつかるのに、まどかの目は死なず、怯まず、しっかりとした輝きを保ったままで、織莉子達を睨んでいるのだ。

 

肌が露出している部分には青あざがいくつもでき、顔にも傷やあざが出来ているのに。

そのまま弓を織莉子達に向けて、尚も力強い眼差しで二人を睨んでいた。

その輝きは何なのか? どこから来るのか。織莉子とかずみは、一瞬だけまどかを見る筈だったのに、心を奪われたように視線が釘付けになっていた。

 

だからこそゾッとする。

まどかの力は、ただ単に魔力が高いからではない。

鹿目まどかの強さの根本にあるのはやはり――!

 

 

「乱せ、蠍! スターライトアロー!」

 

 

弦を離すまどか。

光の矢は、一瞬で形を変えて巨大な『サソリ』となる。

もちろんコレはただのサソリではない。大きさもまどかよりも巨大であり、鋏や尾には荘厳な金色の装飾が、鎧の様に装備されている。

 

創造性を司る天使、バルビエル。

スターライトアロー・スコーピオンは、天使が矢の如く飛んでいく訳ではない。

現に今バルビエルは、まどかのすぐ目の前に着地したではないか。

 

そう、それこそがバルビエルの特徴だった。

しばらくの間、サソリの天使はまどかを守る使い魔として機能するのだ。

まどかは早速バルビエルの背に乗ると、さらに魔力を高めていく。

 

先ほどから大技の連続使用にも関わらず、まどかの表情は余裕がある様にも感じられた。

生きたいと願う心が、戦う意思を固めた彼女の想いが、消費する魔力を抑えているのか?

 

 

「ラファエル・コントラッタッカーレ!」

 

 

まどかが両手を広げて、それを天にかざすと、巨大な翼を広げた天使が現われる。

均衡の大天使ラファエル。大きな身体で、上半身しか具現していない。

左手には神々しい装飾の盾を持ち、右手には同じく神々しい装飾の剣が握られている。

天使は薄目を開けて、織莉子とかずみを悲しい目で見ていた。

 

それは戦わなければならないと言う悲しみからくるものなのか?

それとも鹿目まどかに歯向かう愚かさを見下しているのか。

 

下にはサソリ、上には大天使。

なんとも神々しく。逆を言えば、何とも不気味に見えた。

唇を噛む織莉子。つくづく共にワルプルギスと戦えないのが残念だ。

 

 

「行こう」

 

 

まどかの発した言葉を合図に、バルビエルは咆哮を上げて走り出した。

織莉子とかずみは一端距離を取り、オラクルやマスケット銃でサソリの進撃を止めようと試みる。

しかしバルビエルは怯まない。そしてまどかに襲い掛かる攻撃は、ラファエルが盾を前に出して防いで見せた。

 

するとどうだ、攻撃が盾に当たると、盾についている宝石が発光し、同じく剣が光り輝く。

そしてラファエルは剣を思い切り振るった。

まだ織莉子達とは距離があったが、剣からは斬撃が発射されて二人を狙った。

 

 

(なるほど、カウンターですか!)

 

 

どうやらラファエルの役割は、オートガードに加えオートカウンターと言う訳か。

まどかを狙う攻撃から自動的に盾を突き出し、その盾に攻撃が触れればラファエルが攻撃を行った者に剣を振るう。

なんと言う魔法か。織莉子は靴の裏や身体にオラクルを付着させて空に舞い上がる。

 

おかげで斬撃は回避に成功したが、直後腹部に感じる衝撃。

見ればまどかが発射した光の矢が直撃しているところだった。

凄まじい衝撃。織莉子は肺に残っている空気を全てぶちまけながら、墜落していく。

 

力のデッキがアタリとされた。技のデッキがアタリとされた。

しかしていざ蓋を開けてみれば、とんだ化け物が紛れ込んでいたものだ。

普段は人を傷つけたくないと可愛らしい羊の皮を被っているから気づけなかった。

やはり、鹿目まどかの中身は絶望。もしも彼女が本気で殺意を抱いたのなら、おそらく絶望の魔女にならずとも見滝原くらいは二日もあれば更地にできてしまうのではないかと。

こうなると、まどかの魔法形態が『守護』と言うのがなんとも皮肉な物に感じてしまう。

 

 

「ふッ!」

 

「!」

 

 

まどかはバルビエルから飛び降りると、かずみの前に着地する。

バルビエルはそのまま織莉子に襲い掛かっていき、まどかはゆっくりとかずみに向かって歩いていく。

 

上には翼を広げる大天使。

なんて威圧感なんだ、思わずかずみは後ろへ退避しそうになる。

そしてまどかの背中にはまだドラグアローが装備されている。そして右手にはドラグセイバーも。

 

しかし、かずみもまた目を細めて意識を集中させた。

確かに、まどかは強い。しかしだからなんだと言うのか。

相手がどれだけ強くても、やるべき事が変わる訳ではない。

叶えたい願いがあるからこそ、邪魔な奴らを倒す。いや殺す。

それだけだろう? かずみは十字架を構えるとマントを翻して跳んだ。

 

 

「まどかぁああぁああああ!!」

 

「………」

 

 

思い切り上に振り上げて、着地の勢いを加えながら振り下ろす十字架。

しかし当然まどかの上にいるラファエルはシールドを降ろした。

かずみは攻撃を中断できただろうが、あえて思い切りそのシールドに十字架を叩きつける。

 

どんな壁も破壊してみせると言う意思の表れだった。

しかしそれが原因で当然ラファエルはカウンターの剣をかずみへ振り下ろ――

 

 

「ラファエル・コントラッタッカーレェエエエ!」

 

「ッ!!」

 

 

鬼気迫る表情で魔法名を叫ぶかずみ。

そう、彼女はまどかの大天使をもコピーする。

振り下ろされたラファエルの剣は、かずみが召喚した天使の盾によって防がれる。

かずみの頭上に現れたのは真っ黒な羽を持った堕天使だ。目には光が無く、それは人形。

とは言え、機能はする。天使の一撃を受け止めた堕天使は、本物と同じく攻撃者へのカウンターを執行した。

 

 

「……!」

 

「ゥッッ!!」

 

 

ラファエルの美しい羽が散る。

だが、またすぐに盾で攻撃を防ぐと、剣を振るい堕天使の黒い羽を散らしていった。

天使が剣を振るい、堕天使が剣を受け止め、堕天使が剣を振るい、天使が剣を受け止める。

 

その応酬が繰り広げられる下では、桃色と黒色がぶつかり合う。

片方はドラグセイバーを振るい、片方は十字架を振るう。

赤と黒の斬撃が一歩も引く事なく、お互いを純粋に傷つけようと火花を散らす。

ハッキリ言おう、実力はかずみの方が遥かに上だった。

 

 

少し前までは。

 

 

と言うのも、まどかは膨大に存在している魔力を身体強化に注いでいる。

攻撃的センスを、強引にスペックで塗りつぶすのだ。

 

 

「ハァアッッ!!」

 

「――ッッ!」

 

 

まどかはかずみの十字架を弾くと、その胴体に容赦なく蹴りを打ち込んだ。

初めて人を蹴った。こんなにハッキリと。

それでも、まどかは怯まない。

 

 

「トゥインクルアロー!」

 

「うぁぁあああ!!」

 

 

強化された矢が、かずみの胴に突き刺さり、そのまま彼女を押し出していく。

苦痛に歪む表情がまどかの罪悪感を刺激する。しかし、まどかは唇を噛んだ。

そして、かずみの堕天使を見上げる。劣化コピーとは言いつつ、かずみも大幅に魔力を注いだのだろう。

 

堕天使は既に片方の翼を失っており、盾を持つ手も切り落とされているが、それは大天使も同じだった。まどかはそれを冷静に確認しつつ、手をかざす。

他者を犠牲にする事を認めつつも、抱いた爆発的な欲望。

 

それは鹿目まどかに、歪な覚醒を齎していた。

全ての魔法技に使用する魔力が減少していく。そして他者を傷つける事に繋がっていく。

なんと、愚かな輪廻か。

 

 

「エンブレス・ヴェヴリヤー」

 

 

堕天使の後ろに現われる支配の天使。

堕天使を抱きしめると、その動きが完全に停止する。

その隙をついてまどかのラファエルは、堕天使を一刀両断。

爆発が起きて、煙がまどかの姿を隠す。

 

 

「う――ッ!」

 

 

一方、腹部に矢を受けたかずみは、歯を食いしばって立ち上がる。

正直、魔力を大幅に消費してまで天使をコピーする意味は無かったのかもしれない。

しかしそこは彼女の意地でもある。

 

何としてもまどかを超えたかった。

そして殺すが故に、まどかの象徴である天使召喚をコピーしておきたかったのだろう。

かずみには言いようの無い悔しさがあった。親友だと思ったまどかが、自分の願いを叶える為に何よりも大きな障害となっている事が。

 

 

「あっ!」

 

 

そんな事を考えていたからだろうか。

かずみは爆煙を突き破って飛来してくる弓矢に気づかなかったのだ。

素早く身体を横に反らして、反射的に回避を行う

不意打ちじみた攻撃に反応できたのは、かずみの実力が齎すものだろう。

 

しかし甘い部分もある。

かずみは確かに矢を避けた。しかし矢を放ったまどかに注意を払うが故に、後ろにある矢がどうなったのかを確認し忘れる。

 

矢は、光に包まれていたが、それは光で構成された矢ではない。

どういう事なのか? つまり、その矢はまどかが普段放つ光の矢ではなく、ドラグアローから放たれる矢と言う訳だ。

 

矢は、かずみの後ろで止まる。

まどかが張っていた結界に突き刺ささったからだ。

同時に結界の上に現われる天使レイエル、その力で矢は反射され、かずみの背中に突き刺さる。

 

 

「うあ゛ッッ!」

 

 

しかし、かずみには背後を守るマントがある。

矢は背中に刺さったが、マントのおかげで深くは刺さっていない。

これならすぐに抜ける筈だった。

 

 

「アァァアアア!!」

 

 

だが、かずみの悲鳴が聞こえる。

まどかは、再びかずみのすぐ背後に結界を張って、それを思い切り手前に移動させる。

そうする事で甘い刺さりだった矢が、結界に押されてかずみのマントを突き破って肉に押し入っていく。

マントを破り、かずみの肌に進入していく矢先。

焼け付くような傷みが背中に走る。

 

何とかしなければ。

そう思うものの、既に前も右も左も後ろも結界が張られて身動きがとれない。

バキンと音がして、ドラグアローが分離する。鏃が背中に埋め込まれた。

マズイ、結界を壊さないと。そう思ったときには、まどかは次の一手を打っているところ。

かずみの後ろにいつのまにか立っていたのは神託の天使アナウエル。

まどかや龍騎の力を仕える天使。だからこそ、彼女の手にはドラグクローがあった。

 

 

「………」

 

 

爆発が起きる。

ドラグクローから放たれた炎が着弾したのだ。かずみの背中に埋め込まれたエネルギーも、連鎖爆発を起こしただろう。

粉々になる結界の破片が散っていく。

目を細めるまどか。ヨロヨロと姿を見せたかずみは、今、自分が傷つけた。

 

 

「く――っ! あぁ……!」

 

 

かずみ顔は痛みで歪んでいた。身体には至るところから出血が見られる。

最もダメージを受けているのはやはり背中だ。マントや衣装は焼け焦げており、背中には痛々しい程の火傷が。

 

いや、それはもう火傷などと言うレベルではない。

肉は吹き飛び、破壊と呼ぶのが相応しい。かずみは膝を付いて呼吸を整える。

まどかからコピーしたシールドを展開して。

 

 

「………」

 

 

一瞬、まどかは悲しい表情を浮かべて、かずみから視線を逸らす。

直視したくない。だが、ダメなのだ。友を傷つけた事を悔やむのは一瞬だけなのだ。

まどかは横を見る。少し離れた場所でバルビエルと戦っている織莉子が見えた。

 

硬い鎧を持つバルビエルは、オラクルを弾いて無効化していく。

苦戦している織莉子。まどかは彼女に向けて、腕を伸ばした。

織莉子の表情が変わる。見えた視界に広がる桃色。結界が壁になり、自由に動けない。

 

 

「――ァ!!」

 

 

一方でサソリはハサミを伸ばして結界を突き破る。

織莉子の胴体を挟み、持ち上げる。

 

 

「クッ! ァァアアア!」

 

 

もがく織莉子ではあるが、その胴体にバルビエル尾が突き刺さった。

止まる呼吸と、注入される天使の毒。それは対象を死に至らしめる猛毒とは違う。

打ち込まれるとほんのしばらくの間、魔法が使えなくなると言うもの。

 

コレでユニオンは使えない。

バルビエルはそのまま勢いを付けて、織莉子を投げ飛ばす。

きりもみ状に吹き飛び、織莉子の平衡感覚が無くなる

そんな彼女を待っていたのは、まどかが用意した結界と言う名の壁だ。

織莉子はそこに思い切り叩きつけられ、反動の衝撃でダメージを負う。

普通の人間ならば全身の骨が粉々に砕けて即死だったろうが、織莉子は絶大な苦痛を伴うだけにとどまった。

 

その様子を見ていた、かずみ。

壁に叩きつけられた織莉子は、一瞬だけだが気を失ってしまう。

そのタイミングで、かずみは洗脳魔法であるファンタズマビスビーリオを発動。

織莉子の脳をハッキングして、ある『命令』を出し続ける様に設定した。

 

すぐに意識を取り戻した織莉子。

洗脳で操るまでには至らなくとも、命令を出せと脳にはしっかり設定を行えたようだ。

 

では気になるのはその命令とは何か?

それは『未来予知を行うな』と言う物だ。

結果は成功、意識を取り戻した織莉子はすぐその事に気づくが、なかなか意識しても洗脳を跳ね除けるのは難しい。

 

未来予知をしようとすると、脳が魔法を中断する命令信号をすぐに発信させるからだ。

おまけにコレは魔法が齎した事、ソウルジェムを操作しても解除は厳しい。

おそらく暫く時間を空けなければ回復しないだろう。

言ってしまえば僅かな時間かもしれないが、攻撃ルートを読めなくなったのは痛い所だ。

 

かずみとしては、『オラクルを動かすな』でも良かったが、それでは洗脳が薄くなる可能性があった。

未来予知の魔法は、魔力消費の点から織莉子も、多少『使いたくない』と言う意識がある。

その為に、その想いを刺激させる形で洗脳が働いたというわけだ。

 

 

「………」

 

 

まどかは無言で一連の動きを見ているだけだった。

ため息をついて目を細める織莉子。見ればかずみは膝をついているし、まどかはまだ余裕を見せているし。

 

 

「………」

 

 

 

まどかの想いはよく分かった。

だからこそ――

 

 

(腹が立つ――ッッ!!)

 

 

その瞬間、オラクルの動きが明らかに変化する。

宝石たちは赤く染まり、炎を発したではないか。

赤く燃える宝石たちがバルビエルに降り注ぐと、その動きを停止させるに至った。

織莉子はオラクルを自分の真上に収束させ、巨大な炎弾を作り上げると、それを一気にバルビエルに向かって振り下ろす。

 

 

「ブレイジングマルスッ!!」

 

 

太陽の如く轟々と燃える炎の塊が、バルビエルを焼き尽くす。そしてすぐに、まどかを狙った。

まどかは当然の様に結界を張るが、彼女もオラクルの異変には気づいていた。

明らかに動きが先ほどまでと違う。

スピード、そして――

 

 

「!」

 

 

そして、威力。

オラクルはまどかの結界をバリバリと割りながら飛来してくる。

すぐに新たな結界を構築するが、あっと言う間にオラクルはターゲットの周りを取り囲むと、一勢に結界を打ち破ろうとアタックを仕掛けた。

 

 

「ブラストウラヌスッ!」

 

 

織莉子が拳を握り締めるとそれを合図にして、シールドを囲んでいたオラクルが大爆発を起こす。

衝撃で砕けるまどかの結界。すぐに新たなシールドを用意しようとするが、それよりも速くオラクル達が動いた。

 

 

(だめッ!)

 

 

まどかは結界を諦め、弓矢でオラクルを撃ち落とそうと試みる。

しかし織莉子は鬼気迫る表情でオラクルを操作。弓矢を交わしながら、一直線にまどかの――、急所を狙った。

 

 

「ッッ!! ――ァ!」

 

 

まどかの右目にオラクルが直撃する。

人間の最も分かりやすい急所である目を狙ったのだ。

眼球を抉り取る勢いでオラクルを押し込む織莉子。しかしまどかも身体を後ろに反らして、勢いを殺しつつ、左目だけの視界で織莉子を狙う。

 

 

「輝け天上の星々バルキエル、煌け霧上のピスケス――!」

 

「くッ!」

 

 

早口で詠唱を行うまどか。

しかし魔力はしっかりと練成されて、星の並びは『魚座』を示す。

本当は弱っているかずみも狙っておきたかったが、ここは織莉子に集中する。

 

 

「させるか――ッ!」

 

 

織莉子も自身の魔力を大幅にオラクルに注ぎ込み、意地でもまどかを殺そうと力をオラクルを飛ばした。狙うのは左目の眼球。それは真っ直ぐに届いたが――、せき止められる。

まどかはまるでコンタクトレンズのように目を覆う結界を張っていたのだ。

 

そんな事もできるのか。唇を噛む織莉子。

しかしそれにしても、まどかが予想以上に怯んでいない。

どう見てもまどかの右目は潰れている。当然それだけの痛みが彼女には襲い掛かっている筈だ。

視界を奪われる焦りは、恐怖となって心を縛る筈なのに。

 

 

「駆けろ疾水、翔けよ激流! 万物を逃がさぬ波紋の矢となり我を照らしたまえ!」

 

「おのれ――ッ!」

 

 

答えは簡単だった。まどかは自らの痛覚を遮断している。

ハッキリ言ってこれはソウルジェムの操作の中でも禁忌に近いもの。

なぜならば痛みが恐怖に繋がるからで、それを遮断してしまえば戻す必要性を感じなくなるからだ。

つまり人らしさを排除すれば、それだけ人では無くなっていく。

 

織莉子もかずみもそれを知っているからこそ、痛みを軽減する様に操作はしても、完全に遮断はしなかった。しかしまどかは今こうして痛みを完全に遮断している。何も感じないし、だからこそ恐怖しない。

 

なんだか皮肉な物もある。

まどかは覚悟を決めうると同時に、『甘え』をソウルジェムに託した。

それは自己の感情さえもソウルジェムを介して操作すること。

 

そう、まどかは自分の罪悪感をもソウルジェムで消し去るようにしていた。

感情を殺し、痛みを殺し、それでもその先にある生を掴み取ろうとする。

 

誰しもが言う、まどかは優しい娘だと。

そんな彼女らしさを排除してまで掴み取る生に意味はあるのか?

当たり前だ。まどかはそれを覚悟して、今こうして立っている。

優しいって何? それすらも彼女は、もう分からない。

答えなんて知らない。でも唯一分かっている事は、生きて戦いを止めたいと言う事。

だから、なしえるために傷つけるのか。

 

 

「駆けろ、魚よ! スターライトアロー!!」

 

 

赦しの天使であるバルキエルが、まどかの弓矢から放たれた。

魚の形をした天使だ。ヒレの部分が翼になっている。

このバルキエルの特徴は、縦横無尽に動く軌道と言うべきだろう。

まどかが自分で天使が通るルートを指定できる、空中や地面の中でさえ自由に泳ぐ事ができるバルキエルに届かぬ場所など無い。

さらにバルキエルは大きさも収縮させる事ができる。

まどかは、縦横無尽に動き襲い掛かるオラクルの微かな隙間を狙って、バルキエルを泳がせた。

 

 

「なんて精度!」

 

 

織莉子も必死にバルキエルを撃墜させようとオラクルを操作するが、魚は華麗に攻撃を回避して織莉子へと迫る。

こんな時に魔法が使えればいいのだが、あいにく蠍の毒とかずみの魔法は、まだ死んでいない。

 

 

「こうなったら!!」

 

 

織莉子は魚を撃墜することを諦めた。残りのオラクルの軌道を変えて、まどかを狙う。

 

 

「アァアアッッ!!」

 

「グッッ!」

 

 

無数のオラクルがまどかに。バルキエルが織莉子に、それぞれ命中する。

吹き飛びながら地面を転がる両者。しかし織莉子もまどかも血を吐き出すと、すぐに立ち上がる。

一方で回復を終えたかずみも立ち上がり、両者を睨んだ。

 

 

「「「………」」」

 

 

一瞬だけ立ち止まり沈黙する三人。

つくづく道が違う事が悔やまれる。

けれども三人は三人とも、それを口にする事は無く。次の攻撃に転じていった。

殺すために、終らせる為に、守るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方龍騎達も、まどか達同じく、乱戦を繰り広げている所だった。

キリカが危険視されていた戦いであったが、ほむらの賭けが功を奏したか、減速魔法は王蛇がかき消していく。

 

どうやらベノバイザーには魔法を破壊できる効果があるらしい。

魔法陣を常に設置しておくキリカにとっては、相性の悪い相手であった。

ゾルダがいない点は王蛇も不満そうだったが、やはり戦いの中に快楽を見出していくのか、すぐに上機嫌にベノサーベルを振るっていく。

それは杏子も同じらしい。戦いの場には武器をぶつけ合う音、そして二人の笑い声がよく聞こえていた。

そんな中で言葉を投げあう者達も。

 

 

「蓮ッ! お前は本当に……っ!」

 

「くどいぞ城戸。リミットは来た、それだけだ!」

 

 

ダークバイザーを振るうナイト。龍騎はドラグバイザーでそれを受け止め、弾く。

後退していく龍騎。二人の視線が仮面越しにぶつかり合う。

ナイトとは――、蓮とは今まで何度も衝突をした。

しかし何も、それが命を賭ける物ではなかったろうに。

 

 

「落ち着きなさいよ、アンタたち!」

 

 

すぐに割って入るファム。彼女もナイトの気持ちは痛いほど分かる。

美穂と恵里は、親友だった。もちろんナイトの想う気持ちはきっと数倍くらい上なんだろうとも分かっている。

けれどやはり、このまま戦いに呑まれるのを認める訳にはいかない。

 

 

「ジュゥべえ達の思う壺よ!」

 

「それでも俺は、可能性が高い方に賭けるッ。それだけだ!」

 

 

黒い軌跡が、白にぶつかる。

ギリギリと競り合うダークバイザーとブランバイザー。

踏ん張るファムだが、ナイトは彼女の足を、己の足でなぎ払う。

 

 

「うっ!」

 

 

肩から地面に激突するファム。

そこへダークバイザーガ振り下ろされた。

しかし刃は届かない。それよりも速く、龍騎がタックルでナイトを引き剥がしたからだ。

 

 

「蓮……、お前にも譲れない部分があるみたいにッ、俺にも譲れない物はあるんだ!」

 

「お前の――?」

 

「ああ、戦いを止めるって事だよ!!」

 

 

その言葉は、戦いの場によく澄み渡る。

龍騎を見るライア。戦いを止めるか――……。

 

 

「ウラァア!!」

 

「!」「!」

 

 

その時、龍騎とナイトの間に王蛇が飛び込んでくる。

ファムを踏み潰そうとばかりの飛び蹴りだ。

彼女は転がってそれを回避するが、王蛇はすぐに龍騎とナイトを狙う回転切りを繰り出した。

それぞれバイザーを盾にして攻撃を受け止め、ナイトはすぐに反撃の一閃を繰り出していく。

 

 

「お前の叶えたい願いはなんだ?」

 

「アァ? 決まっているだろ。この戦いが永遠に続くようにだ!」

 

 

王蛇の願いも一切ブレない。

イライラする。全て。だからそのイライラが消える戦いに、王蛇は希望を見出している。

故に、それが永遠に続いてほしいと願うのは至極当然の事ではないか。

戦いは人を傷つける物? いや違う、王者は戦いによって救われているのだ。

 

それは少し離れた所でキリカやサキと戦っている杏子も同じだ。

彼女にはもう失う物が無い。だからこそ純粋に戦いに集中できるし、それが拠り所になる。

成る程。戦いを止めたい者がいれば、戦いが永遠に続いてほしいと願う者もいる。

そんな事を思いつつ、ライアは龍騎を見ていた。

 

 

「………」『アドベント』

 

「えっ!? って、おわぁああああああ!!」

 

 

龍騎の真下から凄まじいスピードでエビルダイバーが飛び出してくる。

王蛇に気を取られていたため、龍騎はその不意打ちを通してしまい、空中へ放り出された。

エビルダイバーは高速で龍騎に突進をしかけると、磔にしたままライアの方へと加速する。

 

 

「他の奴らは頼むぞ。俺はアイツと決着を付ける」

 

「うぇ? ちょ、ちょっと占い師くん!?」

 

 

ライアはキリカとタイガの肩を叩くと、エビルダイバーの背に飛び乗った。

どうやら龍騎との一騎打ちを望んでいる様だ。それはそうだろう、二人には戦いを止めたいと言う共通の目的がありながら、道を違えた。

だからこそライアは答えを出したい。己と龍騎、どちらが正しいのか。

この戦いで答えが出る訳が無いのだが。けれどもライアは答えを出したかった。

答えを、見つけたかった。

 

 

「城戸!」

 

「――ッ」

 

 

龍騎はふと、ナイトを叫びを聞いた。

 

 

「お前は俺が殺す。忘れるなよ、城戸!!」

 

「……フッ」

 

 

笑うライア。

彼はそのまま龍騎を連れて、乱戦を抜け出していく。

ファムは止めようとするが、王蛇やナイトが邪魔で何も出来ない。

 

 

「手塚……ッ!」

 

 

ライアは、ファムの道を示してくれた恩人でもある。

ファムとしては、そんなライアと龍騎が殺しあう展開は避けたかったが――。

どうにもこうにも。自分には理解できないプライドがあるのかもとは思った。

 

 

(ああもう! 死ぬなよ真司!)

 

 

ファムは舌打ちを一つ。

そして自分も武器を構えて王蛇達のところに――

 

 

「「「!?」」」

 

 

その時だった。空から黒い炎が落ちてきたのは。

 

 

「今度は何だよもー!」

 

 

そんなキリカの喚き声をかき消す様に、炎は着弾して爆発する。

誰もが回避に成功し、それを見る。激しく燃える黒の中に、赤い複眼が光った。

 

 

「アレは……」

 

 

ファムは思わず、ゴクリと喉を鳴らす。

そういえば前に聞いた。龍騎そっくりの騎士がいるのだと。

そうだ。リュウガが一同の前に姿を現したのだ。

 

 

「ハハハ……!」

 

 

王蛇が笑う。

汗を浮かべて警戒する魔法少女達。無言のナイト。

ああ、どんどん面倒な方向に転んでいる気がする。

ファムは首を振って地面を蹴るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うあ゛ッッ! ぐっ!」

 

「城戸真司――!」

 

 

一同からそれなりに離れた場所で、ライアはアドベントを解除した。

龍騎が墜落して、地面を激しく転がるなかで、ライアは綺麗に着地を決める。

彼はゆっくりと倒れる龍騎に視線を移した。

そして一度、変身を解除してみせる。

 

 

「俺とお前は、同じ道を歩いていた」

 

「ああ、戦いを止めたいって……」

 

 

手塚が何を思って変身を解除したのかは分からない。

しかし龍騎も、何か強い想いだけはしっかりと感じた。

故に、変身を解除して城戸真司に戻る。二人の強い瞳がぶつかり合い、火花を散らす。

 

 

「俺はそれが正しい事だと信じていた」

 

 

手塚は過剰ともいえる程に占いを勉強してきた。

それは運命と言う文字に、彼が強い影響を受けたからである。

翻弄され、惑わされ。そして何もできずに運命をありのままに受け入れた。

 

いや、ずっと否定したいと思っていたのかもしれない。

だから運命を少しでも学ぼうと、占いを始めた。

自信はついてきたつもりだ。手塚少しだけ唇を吊り上げて、そう言う。

しかしどれだけ学んでも、どれだけ人の運命を視る事ができても――!

 

 

(やはり、自分の運命だけは全く見えなかった)

 

 

人はいつも迷っている。

自分は何をすればいい? 自分はどうすれば幸せになれる?

何を身につけ、何を食べ、何を行えば、悲しい運命に直面せずに済むのかと。

その答えの見つけ方は、人それぞれだ。自分で答えを導く者、そうでない者は何かに縋っていく。

 

たとえば、それこそ占いとか。

言われた事を妄信する訳じゃない。だけど良い運勢ならばそれが真実と信じて、悪い運勢ならまやかしだと切り捨てるか、救いを求める。

 

誰だって、悲しみに満ちた運命を受け入れたくは無い。

決まっているだろう運命を、少しでも『より良い』ものと信じたいからだ。

 

 

「俺にも、受け入れたくない運命があった」

 

 

だが結局、最悪の結末はやってくる。

それを回避し、生き残った手塚は何をすればいい?

どうやって、これからを過ごせば良い? 何故俺が生き残った?

なんて。そんな疑問だらけの毎日を挫けずに生きていけたのは、確かに『縋るもの』があったからだ。

 

 

「戦いを止める事。世界を守る事が、俺の生きていく理由だった」

 

 

それが自らに架した、これからの運命だと信じていた。

 

 

「だが俺は今、確かに心が揺れている」

 

 

これが何なのかは分からない。

いや、分かりたくないのかもしれない。

とにかく手塚は、自分のためにも決着をつけなければならないのだ。

そう、そうだ、手塚は思ってしまっている。

真司の考え方こそが正しいのではないか。自分が出したかった答えなのではないかと。

 

だが駄目だ。

それを認めると言う事は、他ならぬ手塚自身の否定になる。

そしてなによりも親友に誓ったじゃないか。

そう、たった一人の大切な親友に。

 

 

「……良い友を持ったな、アンタは」

 

「え?」

 

「秋山は言ってた、アンタを殺すのは自分だと」

 

「あぁ……。いやッ、でもそれのどこがいい友人なんだよ!」」

 

「ハハ、そうだな。酷いヤツに思えるが、逆を言えば自分以外の人間には殺されるなと言う意味にも取れる」

 

「まあ、それは……」

 

「秋山はお前に、俺に勝てと言ったんだ」

 

「ほ、本当かなぁ?」

 

 

頭をかいて苦笑する真司。

まだあると手塚は言う、例えばそれは美穂だ。

 

 

「霧島はお前に大きな影響を与えると視た。いや、もう既にか?」

 

「……流石」

 

 

確かに美穂の応援があったからこそ、真司はここにいる。

そればかりか、まどかに対する答えも見出せないまま、傷つけまいと距離を取り、結局まどかを傷つけていたのかもと思う。

 

 

「そうだな、そうだよな。そうだよ」

 

「………」

 

「俺にとって、蓮も美穂も大切な友達だ。だから戦いを止めるんだ」

 

 

友人と殺しあうなんて俺には耐えられない。

それは誰だって同じだ、だからココまで来た。

多くの人間に馬鹿にされても、それは間違っていると言われても。

 

 

「そうか。羨ましいよ、アンタが」

 

 

手塚はライアの紋章が刻まれているデッキを見つめる。

同じく真司も、龍騎の紋章を見た。刻まれているのは龍の顔だ、目の下に線が入っているからか泣いている様に見えた。

 

そう、そうだ、悲しい運命を壊すためにこのデッキを掴む。

真司はデッキを突き出して、真っ直ぐに手塚を見る。

手塚は無言で頷くと、同じくデッキを突き出してバックルを装備する。

 

 

「俺の親友は死んだ」

 

「………」

 

「お前は、俺と同じ道を歩むな」

 

 

だからこそ道は違えたのか? 分からない、手塚は表情を無に戻す。

結局はじめから、自分達の運命は違っていたのかもしれない。

それでいい、手塚はつくづくそう思う。

 

真司は手塚と同じ運命を辿るべきではない。

このまま同じ道を歩めば、きっと同調してしまう。

だからこそ切り離すべきだった。

 

 

「もう一度聞く。鹿目まどかを殺す気は無いんだな」

 

 

同じ道は歩むな。

真司はその言葉を胸に、強く頷いた。

 

 

「まどかちゃんだけじゃない。誰も、殺さない」

 

 

フッと笑う手塚。

目が語っていた、それでいいと。

だが何度も言う様に、手塚には手塚の誓いがある。

それを破るわけにはいかないんだ。だから手塚は真司を睨む。

 

 

「俺は違う――」

 

 

嫌いだから殺し合うんじゃない。憎いから傷つけ合うんじゃない。

ただ運命が違ったからだ。真司は手を斜めに突き上げ、手塚は手を前に突き出す。

何度も迷い、何度も答えに疑問を持ち、その先に望む答えはあるのだろうか?

 

 

(教えてくれ城戸真司、お前を倒せば……、きっと俺は答えにたどり着く)

 

 

だから、叫んだ。

 

 

「変身ッ!」「変身――!」

 

 

走り出す二人。

同時に、彼等に合わさる様にして鏡像が重なり合った。

鏡が弾けるエフェクトと共に、変身が完了する。

一瞬だけ龍騎の複眼が光る。二人は地面を同時に蹴ると、相手の胴体に拳を打ちつけた。

 

 

「ッッ!!」「!!」

 

 

龍騎は右、ライアは左。

繰り出した渾身のストレートが互いの呼吸を止めると、地面に撃墜させる。

倒れた衝撃で二人の脳が揺れ、だからだろうか? 二人の目の前に、『記憶』がフラッシュバックする。

 

それは一瞬。

しかし二人の目にしっかりと刻まれた景色だ。

龍騎が見るのは蓮と美穂の後ろ姿。そして儚げなまどかの表情だ。

一方でライアが見るのは目の前で死んだ親友。斉藤雄一の姿だった。

 

 

(雄一、俺は……、俺は間違っていないよな?)

 

 

立ち上がる二人の手には、それぞれ二枚のカードが握られていた。

二人はすぐにバイザーの中に入れて発動する。

 

龍騎はソードベントとガードベント。

ドラグシールドを両肩に装備して、右手にはドラグセイバーを。

そしてライアはスイングベントとコピーベント。

右手にドラグセイバーを持ち、左手にはエビルウィップを構える。

 

 

「ぐっ!」

 

 

鞭が龍騎の装甲を叩いた。

バチンと言う音。ウィップから迸る電流の音が、龍騎の耳を貫いた。

ライアは長い鞭で牽制しつつ、接近戦の範囲に入ればドラグセイバーで応戦するつもりだ。

龍騎も強引とは分かりつつ、身体を竦めながらライアの方へと突進していく。

 

 

「うおおおおおおおおおお!!」

 

「………!」

 

 

力技だ。

龍騎は強引に鞭の嵐を突破すると、ドラグセイバーでライアに切りかかった。

けれどもライアとてコピーした剣で応戦を始める。赤い軌跡が二人を掠めた。

龍騎もライアも己の意思を刃に乗せて、ただひたすらに剣を打ち付けあう。

なんだかそれは相手の身体に剣を当てると言うよりも、相手の剣を弾くのを優先している様にも思えた。

 

相手の攻撃を受け止め、そして弾く。

自分も想いが相手よりも上である事を証明するかのように。

あくまでも、の話だが。

 

 

「―――ッ」

 

 

舞い散る火花は、まさに華の様だ。

なぜだろうか。戦いの真っ最中だと言うのに、どこかノスタルジックな気分になる。

ライアの心は、自分でも驚くほどに落ち着いていた。

達観していると言えば良いか。ライアにはこの戦いの結末が既に見えている気がしてならない。

だから不安は無かったのだ。何を恐れる必要があるのか。

これはもう決まっている運命――?

 

 

「!」

 

 

ライアの剣が弾かれ、手から放られて宙を舞った。

 

 

「もらった!」

 

 

龍騎は思い切り地面を踏み込んで、突きを繰り出す。

しかしライアの鎧を捉えた感触は無い。

それもその筈だ。ライアは龍騎の突きに合わせる様、後ろへ跳んだのだから。

 

そして同時にエビルウィップを伸ばす。

鞭はドラグセイバーの持ち手部分に巻きつき、ライアが引っ張ると龍騎の腕からすっぽ抜けた。

それだけじゃない。鞭先には剣が巻きついたまま動き回る。

まるで鎖鎌だ。ライアは着地を決めると、鞭を再び振るう。

剣先が龍騎の装甲を削った。

 

 

「う――ッ! ぐぐッッ!!」

 

 

しかし龍騎はその時に鞭を手で掴んでいた。

馬鹿め、ライアは電流を流して追撃のダメージを龍騎へと浴びせていく。

が、しかし、ここも我慢だ。龍騎は鞭を思い切り引っ張ると、ライアの身体を自分の方へと引き寄せた。

 

 

「しまった!!」

 

 

ライアがすぐに鞭から手を離すがもう襲い。

龍騎は空いていた左手でライアの顔面を思い切り殴りつける。

 

 

「―――」

 

 

衝撃で目の前が真っ白になる。

真っ白とは少し違うか。真っ白な空間に、たった一人立っている親友が見えた。

彼は、悲しい顔をしていた。

 

 

(――ッ、雄一)

 

 

斉藤雄一。

何故だが分からないが、彼とは気があった。

元々騒がしくするタイプでもなかったからか。年齢の割にはお互い落ち着きがあったからか。

手塚と雄一は気がつけば共に行動をする様になっていたものだ。

いやいや、少し変な言い方をしたな。要は普通に仲良くなっただけの話なんだ。

 

語るほど、面白いエピソードがある訳ではない。特別なエピソードがある訳でもない。

ただ毎日学校で顔合わせ、下らない会話をし、共通の話題で笑いあう。

誰しもが友人と行う事だ。しかしそれは、誰しもが持つ共通の財産だろう。

真司も、まどかも、ほむらもだ。

 

 

『ストライクベント』『ストライクベント』

 

 

ドラグクローと、強化されたエビルバイザーがぶつかり合う。

龍騎は肩のシールドでライアの攻撃を受け止める手もあった。

しかし何となく、それをしなかった。別に理由があった訳じゃない、だけど本当に何となくソレをしなかった。

 

したくなかったと言えばいいのか。

ライアは真っ直ぐ来ると確信していたから、龍騎も真っ直ぐに攻撃を出しただけだ。

結果は予想通り、真正面から武器が、拳がぶつかり合う。

よく分からないが、別にコレでいいと二人は思った。

 

 

「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」

 

 

叫ぶ声が重なる。

ドラグクローからは炎が放たれ、ライアの身体をすぐに紅蓮の炎が包み込む。

しかし同じくしてエビルバイザーからは激しい紫電が放たれ、龍騎の身体を雷で包み込んだ。

熱が、痛みが、苦しみが二人を包み込む。だが二人は怯まなかった。

むしろ闘志をどんどんと爆発させていくだけ。

龍騎もライアももう一つの手で相手の腕をガッチリと掴み、逃げられない様に固定する。

 

いや、逃げようと思えば逃げられた。

しかしライアは逃げなかった、龍騎は逃げなかった。

ライアとしてはいつもの戦い方とはかけ離れた、力押しのパワープレイだが、それでも構わない。

逃げずに力を解放し続ける。我慢比べをしようとは思わない、ただ純粋に相手よりも上である事を証明したいと意地になっているだけだ。

 

 

「――ッッ」

 

 

炎がライアを包んでいるのがよく分かる。

熱い、なんて熱いんだ。けれどもライアは、まだどこか達観していた。

まるで自分を遠目で見ている様な感覚。炎で揺らめく視界の中に、また雄一の姿を見る。

 

 

「俺は……、俺は負けない――ッッ!!」

 

「俺だって、負ける訳にはいかないんだ!!」

 

 

雄一には家族がいた。元々ピアノがある家だ。それなりの財力があり、故の教養があった。

雄一は家族を愛していたし、ピアノの才能がある彼を、家族も誇りに思っているようだった。

 

よく家には呼ばれ、家族とも話したものだ。

雄一の弟と妹は手塚に懐いてくれた。2歳になる妹からは結婚の約束も申し込まれた事もあったか。

もちろん冗談だが、その時の雄一の苦い顔は今でも思い出して笑いそうになる。

 

良い家族だと本当に思う。幸せそうな家庭だった。

理解があり、尊敬し合い、大きな愛があった。

 

 

『いつかプロになって、父さんと母さんに恩返しができたらって思うよ』

 

 

雄一は才能があった、思いやる心もあった、とにかく出来た男だった。

世の中で成功すべき者は、雄一の様な者なのだと手塚は本気で思っていた。

努力をし、良識のある行動を心がけ、他者を思いやる者が報われて欲しいと思うのは当然だろう。

 

 

「城戸ッ! お前は秋山を説得できなければどうする? ヤツを殺すのか!?」

 

 

焼ける身体で、ライアは声を絞り出す。

苦痛はより深く、けれどもライアは走り、拳を龍騎へ押し当てる。

 

 

「俺は――……」

 

 

分かってるよ。

そんな声が聞こえた様な気がする。

実際は何も聞こえない筈なのに。

 

 

「俺は、殺さない!!」

 

「だったら秋山に殺されると!?」

 

 

説得できないのは、文字通り分かり合える可能性が断たれたと言う時だ。

武器を捨て、話し合い、その先に決裂があり訪れる未来だ。

残っているのは相手を殺す事だけではないのか?

なのに、龍騎は違うという。

 

 

「俺は足にしがみ付いてでも蓮を止める。そんで俺もアイツも死なない、死なせない!!」

 

「笑わせるなよ! 口では何とでも言える! 俺が聞きたいのは甘えを捨てたッ、お前の答えだ!」

 

 

ライアは電力を最大にして、龍騎を消し炭にしようと試みる。

しかし、龍騎もまたドラグクローを突き出し、火力を上げる。

拳と拳がぶつかり合った。死なない。龍騎の炎は一向に消える気配を見せない――!

 

 

「それでも俺は、絶対に殺さない!」

 

 

だって。

 

 

「手塚、お前が教えてくれたんだろッッ!!」

 

「!!」

 

 

悲痛な叫び。それに呼応するが如く、目を光らせるドラグクロー。

その瞬間、爆発的に火力が上がった気がする。

 

 

(やはりコイツも……)

 

 

ライアは確信する。

例えば、まどかがキング、ファムがクイーン、サキがジャック、ほむらがエースとするならば確実に龍騎はジョーカーだ。

 

いや、それは彼等の仲間内だけに留まる話ではない。

この世界をもかき乱す程の力を龍騎は持っているのか?

そう、信じてみたい。

 

 

「たとえ悲しみの炎に身を焼かれようが――!」

 

 

炎の勢いがどんどん強くなっていき、徐々にライアの紫電が弱まっていく。

 

 

「たとえ絶望の剣に心を刺し貫かれても……ッッ」

 

「……っ」

 

 

そして震え始めるライアの拳。

 

 

「変えたい世界があるのなら! 命の炎を燃やし続けろって!!」

 

「城戸――ッ」

 

「抗い続けろって!!」

 

 

そして、決着。

ドラグクローはライアの紫電を消し去ると、そのまま胴体に思い切りブチ当たる。

ライアは大きく仰け反り、地面へ倒れる。そのまま激しく転がりながら、龍騎から離れていった。

何度も頭部が地面にぶつかる。だからだろうか、また過去がフラッシュバックしていく。

 

 

(抗い続けろ……、か)

 

 

勢いが死に、ライアは停止する。

ため息をついて仰向けになった。目の前には快晴が広がっており、一面の青が眩しい。

そう言えばあの日もこんな空だった。そうだ、あの日。

雄一が事故にあったと聞いた日も。

 

 

「………」

 

 

初めてそれを聞いたとき、手塚は全く信じていなかった。

だってそうだろ? 才能に恵まれた男が、ある日事故にあってその才能を失うなんて。

小説かドラマの中にてありがちな事だ。

 

手塚もよく本を読む中でそういったシーンは何度も見てきたし、ありがちだなと思うまでになった。

だから驚きの感情が不思議と湧かなかった。どこか嘘なのだろうと思っていたのだろう。

しかし次の日、雄一は学校に来なかった。次の日も、その次の日も。

 

だから手塚は病院に向かい、雄一に会った。

そして今までの話が真実であると、その目で見てしまったのだ。

事故と言っても、車に轢かれただとかではない。

人災だった。詳しくは聞けなかったが、何でも『ノックアウトゲーム』と言う物が当時は流行っていたらしい。

本当にごく一部で。それもすぐに消えた物だが、とにかく雄一はそのターゲットに狙われたと言う事なのだった。

 

ノックアウトゲームとは簡単に言えば見ず知らずの人間を殴り、一撃で気絶させられるかどうかと言う狂った遊び。

そしてその様子を撮影し、動画投稿サイトにアップすると言う流れである。

この一連の流れもにもいろいろと種類があるらしく、雄一はある日学校の帰り道に集団暴行を受ける事になった。

 

一度殴られても気絶しなかった雄一を見て、犯人達は角材や金属バットで彼を殴り始めた。

殺害への抵抗は無かったのか? とにかく犯人達は本気で、要は殺す気で雄一を殴った。

しかも何故か、ご丁寧に『手』を集中的にと言う訳だ。

もしかするとノックアウトゲームを偽った犯行なのかもしれないと警察は言っていたらしい。

 

思えば雄一は天才ピアニストと呼ばれ持て囃されていたし、メディアにも取り上げられていた。

どこかで誰かの恨みをかってもおかしくはないだろう。

とにかく手を狙われたため、酷い傷であった。

複雑骨折、神経も傷つけており、治ったとしても後遺症でピアノは弾けないらいし。

 

 

『鍵盤に触れたら激痛が走るんだ。まいったよな』

 

 

雄一はその事を笑いながら手塚に話していた。

 

 

『命が助かっただけ良かったよ、巻き込まれたのが家族や手塚でなくて良かったと』

 

 

笑いながら言っていた。

 

 

「おかしいと思わないか? 幸福になるならまだしも、神は――」

 

 

運命は、雄一から才能を奪ったのだ。

ライアは龍騎に聞こえるか聞こえないか程度の声でそう言った。

その瞬間、手塚は初めて運命と言う物に疑問を持った。

 

人には生まれながらにして決められた道がある?

では雄一は無駄になるのに必死に努力し、他人を思いやる生活の果てに、名前も知らない連中に殴られる為に生まれてきたのか?

 

警察は必死に犯人を捜した。

だがなにしろ犯人連中は皆覆面やらで顔を隠していたし、ノックアウトゲームと言う名目上なのだから、恐らく雄一と何の関係も無い人間の可能性もあった。

 

一方で手塚がパソコンで動画サイトを見回っていたら、意外とすぐに雄一の動画は見つかった。

案の定それはノックアウトゲーム・リンチ編と言うふざけたタイトルで、雄一が暴行される一部始終が記録されている。

動画は数日で削除されたが、手塚の目や脳には、しっかりと全てが焼き付けられていた。

 

それを見て。怒りよりも疑問が勝った。

ノックアウトゲームの動画は、何も雄一だけではない、他の人間もターゲットにされていた。

ニュースでは連日の様に殺人事件の話題が上がっている。

今まで考えた事も無かったが、つまり彼らはこうなる運命だったと?

 

 

『そんな馬鹿な事があっていいのか?』

 

 

しかし手塚には何も出来ない。

漠然とした違和感を感じるだけで、特に何かをすると言う事は無かった。

犯人は警察が捜すし、できる事が見つからなかっただけと言えばそれだけだが。

 

 

「ハァッ!」『アクセルベント』

 

「グッ! ラァア!!」

 

 

ライアは立ち上がると、すぐに拳を構えて龍騎に殴りかかる。

カードの力で高速となったライアは、またも似合わないパワープレイに出る。

ただひたすらに龍騎を殴り続けた。

 

もちろん龍騎は肩のガードベントで防御を行うが、ライアは構わず殴り続け、防御をかいくぐり、また殴り続ける。

ライア自身、拳が砕けそうな程に痛い。

装甲や盾があると言う意味もあるが、何よりもコレが人を殴る痛みなのか? 痛い、拳も、心も。

龍騎も再びライアの意思を感じ、ガードベントを解除する。

そしてありったけの力を拳に込めて、ライアを殴った。

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

雄一を殴った奴らも、痛みを感じていたのだろうか?

手塚は毎日雄一の病室を訪れる様になった。

個室とは金持ちだな。そう言うと、雄一は以前の様に笑った。

 

様に、思えた。

しかし手塚もその時から、人を見る才能は少しばかりあったのだろう。

雄一が以前の様に振舞っている様にしか見えなかったのだ。

笑顔を浮かべている? 違う。手塚にはそれが偽物の笑顔にしか見えない。

 

けれども手塚は、それを雄一に問う事は無かった。

なんだろう? なぜだろう? やはり運命は決まっているから?

雄一に何を言っても無駄なのではないかと思ってしまったからだろうか。

 

 

『そう言えばさ、殴られてる時に道にこんな物が落ちてたんだ』

 

 

思わず拾ってココまで持ってきてしまった。

雄一は笑いながら手塚に黒いケースを差し出す。

思えば、コレも最初から仕組まれていた運命と言うヤツだったのだろうか?

今になってそう思う。

 

 

『これは?』

 

『分からない、でも中にカードが入ってる』

 

 

そう、カードデッキ。

その時はまだ何も書かれていなかったが、ソレは確かに雄一の手にやってきたのだ。

彼はそれをお守りと言って持つ事に。願掛けの様な物だろう。

デッキを拾ったから命は助かったと信じたいのだ。つまり雄一はそこに希望を見出して、縋る。

 

 

「フッ!」『コピーベント』

 

 

龍騎の胴体を蹴り、一度距離を取るライア。

コピーベントは三枚持っている。彼は二枚目を使い、龍騎のドラグクローをコピーした。

同じく倒れながらも再構築が完了したストライクベントを発動する龍騎。

立ち上がると同時に構えを取る。少し離れた所には、同じ構えを取っているライアが。

 

 

「ハァァァァァ……ッッ!!」

 

「フ――ッ!」

 

 

龍騎の周りを激しく旋回し口の中を光らせるドラグレッダー。

ライアの周りを飛び回り激しく紫電を光らせるエビルダイバー。

同じ構えで睨みあう騎士達。そしてその騎士を守るべく睨みあうミラーモンスター。

まるで二人は鏡合わせの様に。けれども確かに違う存在なのだ。

それを二人はよく分かっている。似ている面はあれど確かに違う存在なんだと。

 

 

「ハァアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「ヤァアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

ライアが放つのは紫電に包まれた炎弾、龍騎が放つのは巨大な炎弾。

二つの炎はぶつかり合い、競り合いを始める。

迸る紅蓮と紫電。激しい二つのエネルギーは空間を振動させて力を拡散させる。

そしてその中に、ライアは再び過去を見ていた。

 

 

「………」

 

 

雄一はよく笑い、必死にリハビリに励んでいた。

誰もが彼を立派と言い、誰もが彼を強いという。

メディアもメディアで、雄一を悲劇の少年と取り上げていた。

辛い運命を背負いながらも挫けずに努力する。そんな煽り文句を見かけた事もあったか。

 

それは彼の両親だって同じだった筈。

思ったよりも心にダメージを負っていなくて本当に良かったと言っていた。

弟や妹と楽しそうに話している雄一を見て、安心した様に笑っていた。

 

だけど。けれども。しかし。手塚にはそうは見えなかった。

雄一は仮面を被っている。それが雄一を見続けてきた手塚の感想だ。

何かがおかしい、雄一には異変が起きている。

 

その違和感は日に日に強くなっていく。

だけど手塚はソレを誰にも、告げない、問わない。

自分に何ができる? 何も出来ないに決まっている。

何故? 決まっているじゃないかそんな事。

 

だって――、もう、人が辿る道は『運命』として決まっているのだから。

手塚が何をしたところで雄一には元々定められている運命と言う奴がある。

抗えないし、少しは変えられるかもしれないが、やはり定められたレールがある筈。

だから手塚は何もしなかった。雄一がおかしくなっていく事を知りつつ、どこか大丈夫だろうと達観していたのかもしれない。

 

 

「!」

 

 

競り合いをしていた炎に決着がついた。

打ち破ったのは龍騎の炎だ、巨大な炎弾は紫電の炎を破壊するとライアに向かっていく。

だがライアは避けない。どう言うつもりだ? アレを受ければいくらなんでもと龍騎は思うが、ライアはやはりノーモーションだった。

 

当然炎はライアに命中。

体を焼きつくさんと爆発を起こす。

息を呑む龍騎、しかし直後すぐに電子音が。

 

 

『トリックベント』

 

「!」

 

 

ライアの身体がガラスが割れる様に消し飛び、そこにはジョーカーのカードが。

そして今度はその砕けたガラス――、鏡の破片を集める音がして、龍騎の背後にライアが現われる。

 

 

「ハァア!」

 

「ぐあッ!!」

 

 

まずバイザーについている刃で龍騎の背後を縦に切り裂くと、振り向いた龍騎の胴体にドラグクローを打ち込む。

 

 

「あ――ッ! ぐぅぅ!!」

 

「無駄だ!」

 

 

何とか龍騎はドラグクローを掴むが、ライアはそこで炎を発射。

龍騎はのけぞりながら炎と共に吹き飛んでいく。

そこでライアはアドベントを発動する。エビルダイバーに飛び乗り、猛スピードで龍騎を追った。

 

まだライアの攻撃は終ってはいない。

吹き飛び地面に倒れる龍騎に追いつくと、エビルダイバーについているブレードで攻撃していく。

 

 

「グアァアアア!!」

 

 

飛び散る火花。

同時に龍騎の身体が浮き上がり、ライアは旋回を行って、龍騎に次々と突進を繰り出していった。

 

だが龍騎もまたやられてばかりではない。

一瞬の隙をついてデッキからカードを引き抜くと、それを素早くバイザーにセットする。

現れたのはドラグアロー、しかも弓ではなく矢だけだ。龍騎は手に持った矢を接近したエビルダイバーに突き刺した。

 

 

「まずい!」

 

 

ライアはすぐにアドベントを解除して地面に着地する。

当然エビルダイバーに刺さっていた矢も地面に落ちる訳だ。

すぐに走り出すライア。しかし龍騎もまた既にドラグセイバーを構えており、大きく後ろに跳びながら炎の斬撃を放つ『龍舞斬』を繰り出した。

 

 

「ぐあぁぁああ!!」

 

「うあぁあああ!!」

 

 

炎が地面に転がっていた燃料に引火。

大爆発が起き、龍騎とライアは爆風で大きく吹き飛ばされる。

手足をバタつかせながら倒れる龍騎と、空中で一回転して背中から地面に叩きつけられるライア。

再び真っ青な空が彼を出迎える。

 

 

「――ッ」

 

 

何も変わらない友人。

けど確かに変わっていく物を感じつつ、手塚は何もしなかった。

できなかったのか、しなかったのか。それは今になっても分からない事だ。

 

どうにかなる。

何も変わらないと信じていた。いや、そうなってほしいと願っているだけで、怯えていた。

何も出来ず、その状況を正当化するために必死に言い訳を行っていたのか。

あるいは、それが自分自身の運命と言う奴だったのか。

 

 

「分からない、分からないんだ」

 

 

ふとライアはそう言葉にする。

もちろんそれは龍騎には聞こえぬ言葉だ。

自らに投げかけるべき疑問。何故、何もしなかった? いや何ができたと言うんだ。

徐々に狂う歯車を感じつつも、棒立ちだった自分に今も罪を覚えている。

 

 

「――ッッ! ォオオォォォォオ!!」

 

「!」

 

 

立ち上がったライアは、再び拳を握り締めて龍騎へと向かう。

龍騎も拳を一度見つめ、強く握り締めるとライアと殴りあった。

戦いでもなければ、殺し合いでもない。ただ純粋に拳をぶつけ合う行為。

理由はもう、ライアは分かっている。

トリッキーな戦い方を放棄して、何故ライアは我武者羅に、一直線に龍騎へ向かうのか。

ライアは、もう龍騎を見ていないのだ。

 

 

「ハァアアアアアアア!!」

 

「!!」

 

 

ライアから、普段は想像もつかないような荒々しい声が漏れた。

目の前にいる龍騎に、ライアは己を重ねていたのだ。

だからこそ殴り壊したかった。龍騎は運命を変えようと足掻くつもりだ。

その意思を貫けとライアは言った。けれども、だからこそ、壊したかった部分がある。

 

龍騎は、ライアができなかった事をやろうとしている。

だからもしも龍騎がライアの拳に倒れるようならば、弱い自分と共に消え失せろ。

 

 

「オオオオオオオオオオ!!」

 

 

ライアの拳が龍騎の頬を捉えた。

けれども龍騎は踏ん張る。踏み込み、その頭部で思い切り頭突きを繰り出した。

それを受けてヨロけるライア。そこへ龍騎はドロップキックの追撃を。

 

 

「―――」

 

 

ある日、雄一の病室を訪ねると、そこは散々な物が変わっていた。

窓にはヒビ。飾ってあった花瓶は割れ。彼の家族が血を流している。

なんだ? コレは。手塚は全身が寒くなるのを感じると同時に、ああ――、と納得する部分があった。

やっと自分が感じていた違和感が晴れる時がやってきたのかと。

 

雄一はピアニストになって、両親に恩返しがしたいと言っていた。

けれども、何もソレは報酬や名声だけが目当てではない。

並んで座って、一緒に弾いたこともあったから知っている。

下手糞な手塚を見て、雄一は本当に楽しそうに笑っていた。

 

雄一はピアノが大好きだった。

ピアノの道で生きていく事は、雄一にとって両親に対する恩返しであり、何よりも自分の夢を叶えると言う希望であった。

それがある日、全く訳の分からない理由で奪われたら?

 

その苦しみ、憎しみ、怒り。

つまり憎悪は、雄一自身が想像をする物を遥かに超越していただろう。

だが雄一は家族に心配をかけぬ様に振舞った。犯人を殺したかったろう、治せない医者を殴りたかったろう。ちゃんと回復しない体を恨みたかったろう。

その全ての負を、雄一は笑顔と言う仮面で隠した。

 

ピアノが駄目なら、他の生き方をすればいい。

雄一がそう口にした裏にある想いは、どす黒く濁りきっていたのかもしれない。

希望もあったんだろう、リハビリを続ければ治ると言う希望も。

一緒に頑張ろう、また演奏聞かせてね、そんな言葉を投げられて雄一も笑みを浮かべていた。

 

 

手塚は、その全てを見ていたし、理解していた。

にも関わらず何もしなかった。何もできない、何をしても無駄。

その感情だけを抱えて、手塚は仮面の笑顔に、仮面の笑顔を向けていた。

そして遂に、その憎悪が仮面を突き破ったと。

手塚は冷静に分析を行ってしまう。

 

話を聞けば雄一は突然――。そう"彼等にとっては"、突然暴れだしたらしい。

花瓶を投げ、病室にある過去の賞状やトロフィーを破り、投げ。弟たちや両親にぶつけたとか。

訳も分からずに泣きじゃくる弟や妹。そして当たり所が悪かったか、血を流している父親。

床には血のついたトロフィー。くしゃくしゃになったクラスメイトの寄せ書きが落ちていた。

 

いや、捨ててあった。

確かコレは雄一が飾ったものではなく、飾られた物だと聞いたことがある。

手塚はそれを見て一つのことを思い浮かべていた。

 

 

やっぱり、こうなるのか。

 

 

手塚はどこかでこの景色が来る事が分かっていたのかもしれない。

でも止めようとは。その運命を回避し様とは思わなかった。

だって運命とは決まっている道、だからこそ運命と言うのだろう?

 

 

「グッ! ガァァァ! アアアアア!!」

 

「ウオオオオオオオッ! ダァッ!!」

 

 

叫びながら、狂いながら殴り続ける龍騎とライア。血を吐けば、仮面を介して排出される。

殺す。ライアは龍騎にかつてない殺意を抱いた。

殺す! 殺さなければならない! 彼を、罪を、己を!

それが自らに出来る罪の清算だ。

 

頼む、お願いだ。

その時ライアは仮面の奥で一筋だけ涙を流した。

お願いだから死んでくれ。

お願いだから――……。

 

 

「―――……」

 

 

拳が砕ける音がした。

それでもライアは殴り続ける。

鏡、彼は鏡、龍騎は鏡、己を映す鏡なんだ。

 

だから殺す、だから殴り続ける。

己を殺す為に拳が砕けても、激痛が拳に走ろうとも殴り続ける。

こんな痛みを――、いやそれ以上の痛みを雄一は感じていたのだろうから。

 

 

 

雄一はひとしきり暴れた後に病室を飛び出していったと言う。

医者や看護婦が必死に探しているらしいが、まだ見つかっていないとか。

しかし手塚は冷静だった。自分でも驚くくらいに。

こうなる事が分かっていた。

 

デジャブの様な物を感じた。

雄一がどこに行ったのかも、心当たりがあったのだ。

それは限定されたものではなく、あくまでも候補と言うだけの話だが、手塚には雄一が向かいそうな場所が分かってしまったのだ。

手塚は踵を返し、背中に泣き声を受けながら歩き出す。

 

 

見滝原病院に隣接している七階建ての建物。

入院している間、学校に行けない子供達に病院を教える場所や、小さな図書館の役割、そして運動器具が置いてある別館ともいえる場所

窓の下から、その建物を見る手塚。

少し息を呑んだ。なぜならば本当にそこに雄一がいたからだ。

小さいが人影が見える。アレは間違いなく――、彼だと。

 

 

手塚がそこに目をつけたのは何も直感やデジャブだけが理由ではない。

明確な理由が一つそこにあったからだ。それは見滝原病院本館とは違い、屋上に簡単に出入りできるのだ。

警備が甘いといえばそうなのだが、一応しっかりとした柵はあったから。

 

 

『………』

 

 

手塚は、雄一を見かけたことを誰にも言わなかった。

何故だ。彼は今になってそう思う。あの時警察か医者か家族か――。

とにかく誰かに言っておけばと何故考えなかったんだ。何故、何で……。

 

とにかく手塚は雄一がいるだろう場所へ一人で向かう。

そこへ到着するまで、手塚は走る事もしなければ、焦りさえも浮かべていなかったのかもしれない。

何とかなると思っていたのか、抗えぬ運命を感じていたのか。

とにかく手塚の心は驚くべきほどに落ち着いていた。

その理由だけは、この時はまだ分からなかったんだ。

 

そして手塚は雄一が通ったであろう道を辿り、屋上へやってくる。

時間は夜。闇の空間が広がり、他のビルのネオンが自分達を照らしている様な感覚だった。

そこで初めて目を見開く手塚。屋上の柵が不自然な曲がり方をしていた。

そしてその奥に雄一が立っていた。

 

なんだ? なんだこれ? コレを彼がやったのか?

ならどうやってこんな硬い鉄の柵を曲げて――?

混乱する手塚であったが、そこで雄一は手塚に気づいたようだ。

 

 

「誰も――ッ! 誰も何にも分かって無いんだよ!!」

 

「雄一――ッ」

 

 

そこで初めて、手塚は今いる場所がとんでもない所なのだと教えられた気がする。

夜の暗闇にくっきりと浮かび上がる雄一の姿。その奥には、無数の明かりが宝石の様にキラキラと散らばっている。

風は強い。雄一の髪や衣服がバタバタと揺れていた。

 

雄一は言う。

誰も理解していない、誰も何も分かっていない。

そう叫ぶ彼の表情はなんともやるせなく、悲しく、虚しそうな。

 

 

「ダアァアァッッ!!」

 

「ぐあぁッ!」

 

 

その時、龍騎の拳が二つ同時にライアの胴を打った。

うめき声をあげて吹き飛び、地面を転がるライア。

うつ伏せで倒れると、ピタリとその動きを止める。

 

決着はついたか?

凄まじい疲労と気迫に、龍騎も膝をついて呼吸を荒げる。

一方でライアは無言で時間が止まったかのように停止していた。

 

 

「………」

 

 

違う。

理解していない。雄一は泣きそうな顔で、そう言った。

どうしてこんな状況になっているんだ? 手塚は少し怖くなって、すぐに雄一に戻ってくる様に促す。

 

雄一が立っているのは柵の向こう側だ。

つまり何も抑制する物が無い空間。しかも雄一は縁に立っている訳で、あと一歩でも足を前に出そう物なら、闇の中に消えていくのは明白。

 

 

「戻れ雄一! 危ないぞ!!」

 

「何で――俺――……だ」

 

「っ? なんだ雄一? よく聞こえない――ッ!」

 

「何で俺がこんな目に合わなくちゃいけないんだよ!!」

 

「!」

 

 

人に優しくできるのは、自分に余裕があったからこそだ。

雄一は自分の才能を理解していた、自分の努力が必ず実る物だと理解していた。

だから頑張れた、だから優しくなれた。

 

やがて夢を見た世界で、多くの人に感動を与える事ができるのだと。

それを信じていたからこそ、楽しく優しく毎日を余裕を持って過ごす事ができた。

しかしそれが全く理解できない理由で砕かれた今、雄一の中にやり場の無い怒りが溜まるのは当然の事だ。

 

何故それを誰も理解できない?

何故、みんな平気な顔で、笑って、一緒に頑張ろうなどとッッ!!

全てが軽い言葉だ。何をほざいても、心には届かない。

 

 

「何を一緒に頑張るって言うんだ! あいつ等は悲しそうな顔をして、俺に同情の言葉を投げればそれで済むと思ってる!!」

 

「雄一……! 皆は本気でお前を心配して――」

 

「いらないんだよそんな軽い言葉! もしも俺の事を本当に想ってくれているなら今すぐ俺の手を治してくれよ! 俺の手を、俺の夢を奪ったあいつ等を殺してくれよッッ!!」

 

 

できないんだろ? できないクセに力になれるみたいな顔しやがって!

鬱陶しいだけなんだそんなの、それに何なんだよ父さんも母さんも、見せ付ける様にピアノに関係する物を置いて!

 

 

「それで痛みが取れるのか!? 鍵盤に触れるだけで痛いんだ! そんな状況で前の様な演奏ができるか!」

 

 

なんなんだよどいつもコイツも、俺の手を治せない医者も!

下らない言葉ばかり投げかけてくるナースや、リハビリを担当するヤツも、全部鬱陶しい!

それに無能な警察、今も俺の夢を奪った奴らが下品に笑っているかと思うだけではらわたが煮えくり返る思いだ!

 

申し訳ない? 可哀相? 私が代わりになればよかった?

必ず良くなる? 皆口ばかりなんだよ! イライラする、殺してやりたいよ全員。

父も、母も、妹も弟も何もしない、何も出来ない!

 

 

「手塚、お前もだ!」

 

「ッ!」

 

「俺たち……! 親友だったろ――?」

 

 

立ちすくむ手塚。

自分を悲しげな目でしっかりと睨みつける雄一。

 

初めて見る目だった。

何の希望もなく、何の期待もしていない、全てを諦めたような目だ。

そこにはありったけの悲しみと虚しさが見える。

手塚は言葉を選ぶが、何も浮かばずに息を呑むだけだった。

 

 

 

 

 

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