仮面ライダー龍騎&魔法少女まどか☆マギカ FOOLS,GAME   作:ホシボシ

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最終章『終焉』開始。終わりも近いです。


第58話 幻想の夜 夜の想幻 話85第

 

 

 

「どうぞ」

 

「ああ、ありがとう」

 

「ど、どうも」

 

 

織莉子邸。

多くの死体が転がっていた時もあったのだが、それは今は亡きガルドミラージュがしっかりと掃除をしてくれたおかげで彼等の痕跡は欠片とて存在しない。

警察も射太興行の面々は行方不明として処理したとか何とか。

もしかしたらあまり触れて欲しくない所なのかもしれないが、それを考える時間も意味も無い。

 

そんな中、織莉子は今も変わらずココに住んでいた。

ユウリに住所が割れている不安はある事にはあるが、やはり父との思い出が詰まった家は離れられない。

一時期はその思い出に押しつぶされそうになった時もあるが、キリカがいてくれたから乗り越えられた。

そんな彼女ももういない、リビングには静寂が。

 

 

「「………」」

 

 

無言で紅茶を飲むサキ。

隣ではさやかが紅茶には手をつけずソワソワと、一応は警戒しているのだろう。丸分かりではあるが。

その内沈黙に耐え切れなくなったのか、さやかが紅茶を口に流し込む。

 

 

「うまっ! マミさんのと同じくらい美味しい!」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

 

一瞬笑みを浮かべた織莉子ではあるが、すぐに険しい表情に変わる。

 

 

「巴マミの件は……、本当に、すみませんでした」

 

「え? ど、どゆこと?」

 

「キミはまだ知らなかったな。いや、私も全てを知っている訳じゃない」

 

 

サキは織莉子に全ての説明を求めた。

織莉子は少し沈黙するが、一つだけ条件を出す事で了解の意を。

 

 

「私のパートナーには黙っていてください」

 

「……ああ」

 

「わかった、あの金ピカの奴だよね?」

 

「ええ、オーディンです」

 

 

了解するサキとさやか。

織莉子はそれを見て頷くと、一から今までの事を話し始めた。

と言っても、それほど深い話ではない。

織莉子は自身の魔法に覚醒し、それなりに操れる様になってから一つの結末を確認した。

 

それこそが見滝原が、絶望の魔女によって破壊される映像だ。

見滝原だけじゃない、地球上、全ての命が虚空の中に消え、世界は救済と言う名の絶望に沈められる。

 

織莉子は世界を愛していた。

父が守ろうとした物なのだから、価値はある筈。

だから織莉子は世界を守る事を決める。ふざけた未来から世界と人々を守る事を決意したのだ。

 

織莉子は必死に自分の魔法をコントロールしようと試みた。

しかし中々うまくいかない。それは彼女を縛る苦しみや絶望がまだ生きていたからだ。

けれど織莉子は自分を救ってくれるキリカや、父と言う希望を信じて戦い続けたのだ。

 

そして織莉子は一つの未来を端的ではあるが知る事になる。

それが、13人の騎士と13人の魔法少女を生贄に開催されるサバイバルゲームの存在だ。

参加者以外の魔法少女が強制的に絶望させられていた事は流石に知らなかったが、織莉子は一つの確信を持つ様になる。

 

それは絶望の魔女が、参加者の中にいると言う事だ。

見滝原で覚醒する魔女なのだから、参加者以外には考えられない。

幸いユウリが仲間になる事も分かっていたし(向こうは利用するつもりだった様だが)、織莉子達は楽に参加者を見つける事ができた。

 

その中で多くの魔法少女に影響を与えていた巴マミをまずは狙う。

彼女を殺せば、多くの参加者にショックを与えられるからだ。

まあ、そもそも一番いい方法は、魔法少女を皆殺しにすればいい話なのだが、織莉子にも良心がある。

それに流石に全滅は自分達の実力では厳しいのではないかと言う点から踏み切れずにいた。

 

 

「こうして我々は巴マミをターゲットに、須藤雅史を刺激したりと、彼女が魔女になるように立ち回りました」

 

 

絶望と言うものは、一種の病原菌の様に伝染していく。

他者の絶望に深く足を踏み入れれば、自らも知らず知らずに絶望の海へ堕ちていく。

そして運よく巴マミの死で未来は大きなブレを見せた。するとどうだ、絶望の魔女に至る魔法少女の姿が少しだけ見えた気がした。

 

救世に近づいたのだと、織莉子はきっとどこかで達成感の様な物を覚えていたのかもしれない。そのまま巴マミと親しい者を消していけば、いずれはたどり着くだろうと。

 

 

「じゃあ、あたしも狙われたって訳だ」

 

「………」

 

 

織莉子は無言で頷く。

オーディンには今までさやかを狙ったのは全てユウリの独断であったり、佐倉杏子の仕業であると説明していたが、今は嘘を言う必要ない。

さやかを追い詰めた黒い魔法少女こそ、呉キリカなのだと迷わずに打ち明けた。

 

 

「それに加えて、ユウリは変身魔法によって貴女を苦しめました」

 

「あー……」

 

 

そして織莉子はゆま、さやかと、影響を与えるだろう魔法少女を消す中で鹿目まどかにたどり着く。

 

 

「彼女の天使を呼ぶ力は明らかに普通ではありません」

 

「それは確かに。私も思った事だ」

 

「ええ。ですが彼女の魔力が、つまりは内包している力が、我々よりも一ランク上の物だと言われれば納得もします」

 

「………」

 

 

さやかはムッとした表情で織莉子を見る。

織莉子はその視線に気づき、思わず目を逸らす。

 

 

「確証が欲しかった。私達も悪戯に参加者を減らしたい訳では無いのです」

 

 

まどか達のグループは参戦派ではない。

つまり最終目的は織莉子達と同じ、ワルプルギス討伐だ。

友人を殺した自分達と馴れ合う事はなくとも、見滝原を守る為には必ず戦う筈。

だからこそ確証が欲しかった。もしもまどかが純粋なる才能であれだけの魔力を持っていたなら、それはそれは心強い味方となりうるからだ。

 

 

「だから仁美を殺したって訳」

 

「ええ。ゲームに関係の無い彼女を巻き込むのはどうかと思いましたが……」

 

 

良心よりも優先しなければならない事もある。

織莉子に迷いは無かった。志筑仁美は鹿目まどかの親友、彼女が死ねばまどかが絶望する光景が必ず見れると。

 

そしてその向こう側にある魔女の姿を知れば、答え合わせが出来る。

こうして結果は今に至る。さやかはその話を聞いて、ギリギリと拳を握り締める。その表情には怒りが確かに見て取れた。

いや、しかしコレは当然の事だろう。

結果的に仲間は死に、何の罪も無い仁美だって死ぬ事になったのだから。

 

 

「サキさん、こんな奴と協力する必要なんて無いよ!」

 

「さやか……」

 

「………」

 

 

目を閉じる織莉子。

しかし次の瞬間、さやかは握り締めていた拳を、自分の掌に打ち付けた。

 

 

「――って、言いたいけどさ……っ!」

 

「!」

 

 

膨らんだ風船が萎む様な感覚だった。

織莉子の事は許せない。しかし彼女をどれだけ責めようが、仁美たちは帰ってこない。

だったら少しでもワルプルギスを倒せる確立を上げるために、織莉子とより良い関係を作り上げるしかないのでは? と思う。

 

以前のさやかならば、ココで飛び出して織莉子に切りかかっていたかもしれない。

しかし彼女を抑えたのは、心に宿った安心感ではないだろうか?

さやかの絶望をさせてトドメを刺したのは、まどかや仁美、想っていた上条に暴言を言われたからだ。

冷静に考えれば、皆がそんな事を言う筈はないのだが、あの時はどうにも本音の様に聞こえてしまった。

 

 

『いくじなし』

 

『消えろよ、気持ち悪い』

 

『わたしはね、さやかちゃんの事……、ずっと前から嫌いだったもん!』

 

 

言葉は自らを縛る鎖となる。

嘘に決まっていると思いつつも。心のどこかで本当なのではないかと思ってしまう。

それは蘇生した時も同じだ。だからさやかは、まどか守って、その事を確かめたかったのかもしれない。

 

けれども、まどかはさやかを見て涙を流してくれた。

それはあの時のことが嘘だと言う証拠でもあったのだが、さやかはそれでも確信が欲しかった。

それが今、織莉子の言葉によって達成された。

あれはユウリが仁美たちに化けていたと言う事なのだから。

 

 

「美国さん」

 

「……はい」

 

 

さやかは大きくため息をついて、織莉子を見る。

 

 

「あたしは正直さ、貴女の事好きにはなれないかも。絶対……、ん、いやたぶん」

 

 

マミ達の事はもちろん、仁美の事やゆまの事もあるから。

けれどもココで憎しみをぶつけ合ったりするのも、どうかとは思う。

さやかの怒りが、仁美のやろうとした事を妨げるかもしれないからだ。

 

仁美はまどかを守って死んだと聞かされた。

それは何故か? 簡単だ、まどかに生きていて欲しかったからだ。

今なら、さやかも同じことができると思う。

 

 

「だから、その……、なんていうかさ」

 

「はい……」

 

「許すとか……! そう、赦すとか赦さないじゃなくて、まずは純粋にワルプルギスの夜を倒す仲間としてよろしく」

 

「!」

 

 

さやかは頭をかいて、織莉子に手を差し出した。

個人的な問題を、今ココで持ち出すのはどうなのかと思ったのだ。

織莉子を殺す事で仁美達が戻ってくるなら、剣を振るっている。けれどもそうじゃない、

過去は過去だ。今生きている命をどう守るのかが問題なのである。

だからこそサキ達はココに来て、織莉子と話をしようと言っている。

 

 

「大人になったな、さやか」

 

 

サキは少しだけ微笑んでいた。

対してばつが悪そうに表情を歪めるさやか。

 

 

「これが大人なら、大人になんてなりたくない! ぶう!」

 

「はは……」

 

 

だがとにかく、今はそう言う事だ。

織莉子に対する怒りの感情はあるが、それをぶつける事はしない。

 

 

「アンタが――、えっと美国さんがワルプルギスの夜に狙われたら絶対助けるし、怪我をしたら全力で治す」

 

 

これから自分達は仲間になるからだ。

友達にはなれないかもしれない、しかし仲間になら――、共通の目的を達成する為に手と手を取り合う事はできる筈だ。

織莉子は見滝原を守りたいと言った。

それはさやかだって同じだ。だから、一緒に戦って欲しいと言う。

 

 

「あとは美国さんが、あたしの友達や、人の命を奪った事を絶対に忘れないで。絶対に正当化させないでね……」

 

 

罪の意識を忘れないで。

それを償う想いを忘れないで。

たとえ世界を救うためだったとは言え、何の関係も無い人を傷つけた事を軽視しないで。

 

 

「そしたらいつか……! きっと凄く、きっといっぱい、とてつもなく長い時間が掛かると思うけど――ッ!」

 

 

さやかは、まっすぐに織莉子の目を見た。

 

 

「あたしは、貴女を赦せるかもしれない」

 

 

織莉子もまた、さやか曇りの無い瞳を見ていた。

サキも同じ考えなのだろう。無言ながらも、それが何となくだが伝わってきた気がする。

 

 

「だから、よろしく」

 

「……はい」

 

 

織莉子はさやかの手を取り、握手を行うと静かに笑みを浮かべた。

それから三人はこれからの事を話す事に。とにかく七日目までは、できるだけ魔力の使用と他の参加者とぶつかり合う事は避けなければならない。

特に気をつけるべきは王蛇ペアとリュウガペア。あの四人は何をしてくるかまるで分からない。

それにナイトペアも危険かもしれない、彼等には余裕がないからだ。

 

 

「ですが、彼等はまだ動かないでしょう」

 

「やはり七日目だな」

 

「ええ。七日目はどうやっても全ての参加者が同じ場所に集まります」

 

 

そこを誰も勝利をが狙う気で居る筈。

なんとかしてワルプルギスとは全力で戦える環境を作りたいのに、とんだ邪魔が入る可能性もある。

ただそれは向こうにとってもリスキーなものだ。最後の二人か、もしくは二組になった時、ワルプルギスの夜が片方を殺せば、勝利条件はワルプルギスの夜を討伐に変わる。

 

叶えられる願いも一個だけ。

それは参戦派も望まぬ事だろう。

ハイリスクハイリターンと言った所なのだろうか。

 

 

「正直、王蛇ペアとリュウガペアは殺しておく必要があるのかと思ってしまいます」

 

「そうだな……。彼等は厄介だ」

 

 

しかし戦いを止めたいと言う、まどかや真司の意思は尊重したい所ではある。

サキとてそれが一番だと思っているから。

だが同時にそれがかなり難しい道だということも分かる。

難しい話だ。その件に関してはサキも織莉子も、答えを出すことはなかった。

 

 

「魔力に関しては、これを」

 

「っ! いいのか?」

 

「ええ。協力する者として、これくらいは当然です」

 

 

織莉子はそう言うと、グリーフシードを二つサキ達に差し出す。

織莉子も織莉子で、これだけしか差し出せる分が無いのは申し訳ないところだが。

 

 

「最近、魔女の権利はほぼユウリが握っています」

 

「アイツが独り占めしている訳か。そう言えば、リュウガは戦いの場にやって来たが、ユウリの姿は無かった」

 

「グリーフシードをストックしているのでしょうね。魔力の暴発や無駄使いは。絶対に避けてください」

 

 

自分がしてやれる事は、これくらいだと織莉子は言う。

その後も少しワルプルギスの情報を織莉子に告げるだけで、特にコレと言った事はなく、時間は過ぎて言った。

 

一応の作戦としては、さやかとファムペア、オーディン、龍騎辺りがワルプルギスの注意を引きつけ、隙が出来た所を他のメンバーが攻撃すると言う流れになった。

まどかと織莉子はサポートを行うと決まる。

 

 

「わかりました」

 

「ああ。よろしく頼む」

 

 

立ち上がるサキとさやか、そろそろ帰るらしい。

 

 

「最後に一つだけ聞いていいか?」

 

「ッ、はい?」

 

「何故キミは、協力の意思を固めたんだ? 改めて聞きたい」

 

 

織莉子はしばらく沈黙していたが、小さく笑う。

 

 

「私は世界を救う為に必死でした」

 

 

何としても鹿目まどかを殺さなければならない。

可能性その物が悪なのだから、根源を断たなければならないと思っていた。

それは誰の為? 父の為か? それとも、この世界に生きる人の為?

 

 

「キリカが死んだ時、分かりました。私は父や世界の為に戦っていたのではなく、キリカと共に生きる為に世界を住みやすくしたいと考えていたのです」

 

 

要するに全ては自分とキリカの為だった。

父の想いを成し遂げたいと言っていたのだが、結局は友達とこの世界で生きたかった。

それは織莉子自身気づかなかった事である。

父が全てだと思っていたし、キリカだって利用して死なせてしまっても、目的の礎になる為なら仕方ないと思っていた。

 

 

「現に私は一度、キリカを見捨てていますからね」

 

 

その時はショックではあったが、復活させられると言う余裕があったから、耐えられる事ができた。

しかしいざ、キリカの死亡が確定されると、襲い掛かる喪失感は想像を遥かに超えていた。

 

 

「簡単な話ですよ。親友を失うショックに私は耐えられなかった」

 

 

世界のために戦っていたのは嘘じゃないが、まずは何より平和になった世界でキリカと共に生きたいと言う前提があったのだから。

 

 

「愚かなものでしょう? 私が貴女達に仕掛けた事を、いざ私が受けてみれば、私はもうその時点で壊れてしまったのだから」

 

 

戦意が消えた。

これ以上、頑張る意味があるのかと思ってしまった。

もっと言ってしまえば、死にたいとも思ってしまった程だ。

なんて不安定な心なのか。自分が子供だったのだと、つくづく思い知らされた。

 

 

「だからこそ、私は負けを認めたのかもしれません」

 

「?」

 

「拘りが、薄れました」

 

 

何が何でも可能性を排除していきたいと思ったのは、キリカの為だからだ。

キリカがいない以上、死を隣り合わせにしたリスクも背負ってもいいかなと思ってしまう。それはある種の自暴自棄。それはある種の諦めだ。

つまり織莉子は、別に世界ガどうなたって構わないと言う思いが宿ってしまったのだろう。だからこそ、まどかの意思を優先させても構わないと言う。

 

 

「勝手な話でしょ? でも、だから私は貴女達の味方であれる」

 

「……そうか」

 

「でも、お父様の為や世界の為にと思う気持ちも、本当なんですよ」

 

 

ただキリカと言う存在が、織莉子の中では二つを凌駕していた。

キリカは生きていた、生きて自分を励ましてくれた。

それがどれだけ織莉子にとって希望となりえたか。

 

 

「私自身、気づくのが遅すぎた……」

 

「――このゲームに巻き込まれてから、私達は迷いと後悔をより鮮明に感じる様になった」

 

 

あと何度迷えばいいのか、あと何度後悔すればいいのか。

 

 

「私達はまだ、囚われたままなのかもしれないな」

 

「………」

 

 

サキはそれだけを言い残して、さやかをつれて織莉子の家を出て行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ちょっとごめんサキさん」

 

「ん?」

 

 

さやかは門をくぐった所でサキに少しだけ待っててもらう様に言う。

了解するサキ。さやかは変身するとジャンプで一気に織莉子邸の屋上へと。

そこに立っていたのはオーディン、彼はさやかを見ると少し雰囲気を変えた。

 

気が、する。

 

 

「ねえ、何でそんな所に立ってるの?」

 

「……見張りさ。ココは一部の参加者には場所が知られているから」

 

 

エコーが酷い。

声も低くしているのか? 何かぎこちなさを感じた。

 

 

「ふぅん。そっか、あたし美樹さやか。よろしく」

 

「………」

 

 

さやかが差し出した手を、オーディンは無言で握り返す。

気のせいか、握る瞬間に一瞬動きが止まったような。

 

 

「何か用かい?」

 

「うん。まあ一応あいさつくらいはね」

 

 

オーディンも酷い奴の筈なのに、不思議と嫌悪感よりも何か不思議な感情が湧きあがってくる。なんなんだろう? それがいまいち分からない。

とにかく何かが引っかかると言うか。

 

 

「早く帰るといい。なるべく体力は温存させておいた方がいいからね」

 

「そう……、だね。じゃ」

 

 

そう言ってさやかはサキの元へ。

オーディンは無言でさやかが帰っていく姿を見つめるだけ。

そうしていると隣に織莉子がやって来る。

 

 

「いいんですか? 美樹さんが、あんなに近くに居るのに」

 

「今の僕は……、もう上条恭介ではない。オーディンだ」

 

 

騎士は蘇生された場合、変身を解除する事ができない。

もう彼は一生オーディンとして生きていくしかないのである。

人としての行動も大きく制限される。ある意味生きる屍と言っても過言ではない。

蘇ったのは人間としてではなく、文字通り騎士としてだ。

ワルプルギスの夜を倒すためだけの装置。

 

 

「けれども僕はキミに感謝しているんだ」

 

 

オーディンが負けたのは完全なる自分自身のミスだと思っている。

そして何よりも、織莉子が自分を蘇生させてくれなかったら、さやかの顔を見る事はできなかった。

 

オーディンは拳を握り締めて言葉を詰まらせる。

本音を言えば、今すぐにでもさやかを追いかけて自分が上条である事を打ち明けたい。

 

 

「彼女もきっと、きっと……、僕を受け入れてくれる筈だ。僕の知っている彼女はそうだった、僕がどんな事を言っても、どんな事をしても受け入れてくれる筈なんだ」

 

「………」

 

「でも駄目だ」

 

 

手と手を触れる事はできない、硬い鎧がそれを阻む。

さやかが『上条』を好きになってくれたのなら、もうその自分は居ないと言う事実がオーディンを苦しめる。

硬い仮面を外す事はできない。さやかが愛してくれた男はもうこの世には存在しないのだ。

 

 

「僕だって……、半端に彼女に触れれば想いが暴走しそうになる!」

 

「上条くん……」

 

 

さやかに肌で触れたいと言う思いに押し潰されそうになるだろう。

今だって、手の感触がよく分からなかった。

想いは膨れ上がり、それがオーディンにとっては大きな苦痛になる。

 

結ばれない愛に押し潰されそうになるのは嫌だ。

だったら、いっそ触れ合わなければいい。

さやかにはまどかがいる。友達がいる。自分がいなくても大丈夫だと。

 

 

「僕は、彼女の笑顔がまた見られただけで安心だよ」

 

「……そうですか」

 

 

織莉子は少し壊れかけていた上条が、人間に戻ったような気がした。

尤も、その時にはもう人としての姿を失っていた訳だが。

そうしていると今度はオーディンの方から織莉子に声をかける。

 

 

「未来はどうだい?」

 

「実は――」

 

 

まだ確定はしていないだろうし、今の織莉子に魔法を使えるのかと言う不安がある。

未来予知は非常に強力だが、扱いが難しく、織莉子は長い間コントロールできなかった。

それを献身的に支えてくれたのがキリカだ。

彼女のおかげで織莉子は魔法を安定化させる事ができた。

 

しかしキリカはもう居ない。

その不安とショックが、織莉子の心を想像以上に不安定な物に変えていた。

だからもし次に魔法を使えば、恐らく自分は魔法に喰われてしまう様な気がして怖かった。

 

 

「はっきり言って……、魔法を使いたくないんです」

 

 

それを言うとオーディンは腕を組んで頷く。

 

 

「分かった、じゃあ僕がスキルベントを使うよ」

 

「え?」

 

「僕は魔力の概念は無いからね。キミは休んでいるといい」

 

 

それが、パートナーとしてできる事だろう。オーディンの言葉に沈黙する織莉子。

キリカのいない世界なら、恐れる物はない。

全てを信用してみるのもいいかもしれない、愚直なまどかが今日まで生き残れたんだから。

 

 

「じゃあ、お願いします」

 

「ああ。キミは休むといい」

 

 

織莉子は下に戻っていく。

オーディンはその後もしばらく見張りの為、屋根の上で辺りを確認していく。

すると透き通った声がオーディンの耳を貫いた。

全身がこわばる感覚。オーディンはゆっくりと背後を振り向いた。

するとそこには、白いマントを風に靡かせて立っている美樹さやかがいた。

 

 

「な……、んで」

 

「ごめん、ずっと隠れて聞いてた」

 

 

さやかは泣きそうな表情でオーディンに抱きついた。

どうしていいかわからずに、オーディンは固まってしまう。

どこかコレが。夢の様な感覚がしたからだ。

さやかが言うには、サキと別れてずっと隠れていたらしい。

 

 

「なんかさ、アンタを見てると不思議な気持ちになって……、その正体を確かめたかった」

 

 

その正体が今、分かった。

そう言われても、オーディンは何を言えばいいのか? その答えが見つからない。

 

 

「大丈夫。分かってるよ」

 

 

さやかは優しい声で言った。

 

 

「貴方は……、騎士として生きていくしか無いんだよね」

 

「そ、それは――ッ」

 

「あたしだってそう。貴方とこれ以上絆を深めるのは辛くなるだけ」

 

 

ギュッとオーディンを抱きしめるさやかの力が強くなる。

 

 

「だから今日だけ、今この瞬間であたし達は終わり」

 

「ッ」

 

「そうでしょ? それがいいよね……、恭介」

 

 

さやかは儚い笑みを浮かべてオーディンを見る。

 

 

「さやか! 僕は――ッ!」

 

「ダメ。ダメだよ……。あたしが貴方から離れたら、あたし達は他人同士になるの」

 

「……!」

 

「その方が、どっちも傷つかないで済むよね?」

 

 

触れ合いたいと言う想い。愛を確かめたいと言う想いを大きくしないで済む。

中途半端に絆を深めて傷つくよりも、関わらずに傷つかない方法を選択すると言うのだ。

例えそこにある愛を捨ててでも、互いの傷つく姿を見なくて済むのだからと。

 

 

「ねえ、一つだけ聞かせて」

 

「ッ?」

 

「あたしの事が大切?」

 

「ああ、当たり前だよ!」

 

 

じゃあと、さやかは俯く。

 

 

「相談とお願い、してもいいかな……?」

 

 

俯いたさやかの表情は、よく見えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

BOKUジャーナル。

見滝原が危険であればあるほど、彼等の仕事が増えると言うのは、随分とまあ皮肉な物である。もちろん彼らも危ない身なのだが、島田は知的欲求が滾るらしく、令子はジャーナリストとしての血が燃えるらしく。

編集長は生活があると言う事で、見滝原からは離れない事情があった。

 

 

「………」

 

 

真司はイライラしながらキーボードをカタカタと鳴らしている。

打ち込むのは死者のニュースばかりだ。ずっとずっと死者の事ばかりだ。

こんな事なら黄金の蟹や、金色のザリガニだのを取材している時の方が余程良かった。

被害者遺族の悲痛な叫びを記事にする時ほど、心が抉られるものは無い。

 

人間の命は、何よりも重い物だと真司は知っている。

生まれる時は、多くの人に期待と祝福を受け。死ぬ時は、多くの人に迷惑をかけつつも、悲しまれて。

そしてどちらもちゃんとした場所で、ちゃんと整えられた思いで迎えられる物だ。

病院、葬儀場、長い歴史が生み出したシステムの上に自分たちは生きてきた。

それなのに、こんな訳の分からないゲームが起きたせいで多くの命が軽く、まさにゴミの様に捨てられていく。

なんなんだ。別に正義の味方気取りじゃないけれど、純粋に腹が立つ思いだった。

 

 

「それにしても何なんだろうな、この緑の」

 

「………」

 

 

編集長が言うのはショッピングモールに一瞬出現したといわれている緑の牛だ。

間違いなくそれはマグナギガ。真司もさやかから北岡が死んだ事は教えられていた。

彼は一体何を思って死んだのか、北岡の葬儀を行う人は居ない。

参加者は死んでから、どこに行こうと言うのか。

 

 

「――ッ」

 

 

頭をかく真司。

北岡だって絶対に生きたかった筈なのに。

当たり前の様に死んでいく人々と、当たり前の様に死んでいく参加者。

止められない焦りも合わさって、流石の真司もイライラが治まらない。

 

 

「おいどうした真司、お前凄い顔してるぞ」

 

「ああ、いや――」

 

 

目を丸くする編集長。

そこで丁度、仕事の終了時間がやってくる。

イライラしてれば仕事も早くなると言うのが皮肉な物である。

 

 

「さて」

 

 

時計を確認する編集長。

物騒な見滝原だ。暗くなる前に社員を帰らせなければ。

と言うことでタクシーを呼んで島田と令子を帰らせると、小さくため息を。

 

 

「おい、お前はもうちょっと手伝えよ」

 

「わかりまし――」

 

 

そこで真司の携帯が震える。

 

 

「出ていいぞー」

 

「あ、すいません」

 

 

相手は美穂だ。

参加者からの電話とあれば、ドキリとしてしまうのが悲しい物だ。

真司はすぐに電話に出る事に。

 

 

「もしもし?」

 

『ああ、真司? 仕事終わったよね』

 

「ああ、えっと……」

 

 

真司は会社に住まわせてもらっていると言う事で、残業を任される事が多い。

まさに今日がそれなのだ。それを軽く告げると、美穂はふぅんと頷く。

 

 

『だったら明日は暇?』

 

「いや――、仕事だけど……」

 

『お願い、休んで』

 

「は?」

 

『明日、デートしよ』

 

「………」

 

 

ぶッ!!

 

 

「?」

 

 

ガタガタと慌て始める真司に、編集長は訝しげな表情を浮かべる。

 

 

「あ、いやッ、すいません。なんでもないです」

 

 

とは言いつつ、一度席を外す。

廊下に出ると、気持ち小声で会話を続けた。

 

 

「ど、どう言う事だよお前!」

 

『どうもこうも、遊園地に行こうよ』

 

「いや、遊園地ってお前……」

 

 

頭をかく真司。

危ない事ではなかったから良かったものの、コレはコレで困ってしまう。

とりあえず気恥ずかしさから断る方向へ持っていこうとする。

向こうがからからっている場合だってあるからだ。

事実、昔はよく同じ様な手でいじられた。

思い出したくない記憶が蘇る。それになによりも今が今だ。

 

 

「悪い。明日も仕事だしさ、何よりそんな事してる場合じゃないだろ」

 

 

ゲームは続いてるし。

それに多くの死者が出ている中で遊園地なんて罪悪感に駆られてしまう。

 

 

『そんなの分かってるわよ。それでも明日は遊びに行きたいの』

 

「ワガママ言うなよ。俺だって――」

 

『オーケーしてくれないと私死んじゃうかも……』

 

「は!?」

 

『遺書に真司の名前書いちゃうかも』

 

「お、おいおい! たかが遊園地だろ!?」

 

『私にとっては大事だもん。皆にも、迷惑かけちゃうな……』

 

「だー! もう! 分かったよ! 編集長に昼からでも暇もらえないか聞いて来るから!」

 

『やったぁ! 愛してるよ真ちゃん!』

 

「………」

 

 

最低だよコイツ。

真司は覚めた表情を浮かべながら、変わり身の早い美穂の声を聞いていた。

 

 

『じゃあ……、もしも、オーケーならメールしておいて』

 

「……ああ」

 

 

少しだけ美穂の声が真面目なものに変わる。

真司はそれが彼女の本心と感じて、断りきる事ができなかった。

美穂も今の状況で何かを考えているんだろうと言う事くらい、真司にも分かった。

気分を変えたいのだろうか? 細かい事くらいは分からないが、それは自分もだから。

 

 

「あの、編集長?」

 

「あん?」

 

「明日、昼から……、休んでもいいですか?」

 

「女か!」

 

「う゛ッ!!」

 

 

咳き込む真司。

なんて鋭いんだ。いやちょっと待て! いくら何でも鋭すぎはしないだろうか?

そりゃあ編集長とは長い付き合いではあるが、いくらなんでも今の流れで女と決め付けるのはおかしい。

 

 

「もしかして編集長」

 

「おお、話は聞かせてもらった」

 

 

つまり盗み聞きである。

真司の様子がおかしいと思い、こっそりと電話の内容を聞いていたのだ。

すると何となく女の声が聞こえ、かつ遊園地がどうのこうの。

編集長も真司の交友関係は多少なりとも知っている、当てはまるのは美穂辺りだ。

 

 

「霧島は美人だが気が強そうだからなぁ、お前も付き合ったら尻にしかれそうだなぁ」

 

「何言ってるんですか! そんなんじゃないですって!」

 

 

ハハハと笑う編集長。

 

 

「相変わらずお前は分かりやすくて助かる」

 

「………」

 

「怒るなよ。だからこそココまで信用するに値する人物として接してきた訳だ」

 

 

しかしだ。

そんな編集長でさえ、ココ最近の真司の様子には少し気になる所があると言う物。

もちろん本人は何でもないの一点張りだが。

 

 

「いいよ、行って来いよ」

 

「え?」

 

「ボーナス代わりだ。今まで一度も出した事なかったからな」

 

「ど、どうも」

 

 

いいんだろうかとは思うが、休みをくれると言うならありがたい話ではあった。

御礼を言う真司、すると編集長は勢いよく立ち上がる。

 

 

「うし! 飲みにでも行くか!」

 

「え? でも仕事は!?」

 

「明日にでも回せばいいんだよ! 俺たちだって明日死ぬかもしれないんだ、やりたい事はやっておいた方がいいってもんよ」

 

 

そんなんでいいのだろうか?

真司は汗を浮かべるが、編集長はさっさとデスクを片付けて出発の準備を整える。

幸い近くに居酒屋はあるしと笑っていた。

 

 

「テロリストも飲み屋は爆発させんだろ」

 

「………」

 

 

まあいいか。

真司もずっと暗い話題を記事にしていた為に疲れきっていた。

死者のニュースはイコールで守れなかった人だ。

戦いを止められなかった自分の責任だと、心のどこかで思ってしまう。

あまり考え過ぎるのは良くないとは思うのだが、考えれば考えるほど無力感が襲ってくる。こんな事では気が滅入ってしまう。だから真司も編集長の誘いに乗るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んな? こうしたら男なんて余裕で誘えるんだよ。恵里から教えてもらったんだ」

 

「キミの誘い方は色々と間違ってる……」

 

 

塗れた髪をタオルで拭きながら、美穂はサキにウインクを。

 

 

「それは誘ったと言うよりも脅迫なのでは?」

 

「女も引いてばかりじゃいられないってね。気になるでしょ?」

 

「……まあ、多少」

 

 

サキ汗を浮かべながらも、ニヤリと笑った。

一方で居酒屋に到着した真司と編集長。

 

 

「まあじゃあお疲れだな」

 

 

ビールの入ったグラスがぶつかり、音を立てる。

周りを見れば多くの仕事帰りのサラリーマンや、大学生が居酒屋に来ている。

なんだか不思議な光景だ。見滝原から慌てて出て行く人間達がいる中で、今もこうして何気なく生きている人達がいる。

彼等は焦っていないのか、それとも諦めているのか、どっちなんだろう。

 

 

「まあ俺も世界の終わりだととかは信じてないけどなぁ」

 

 

編集長はジョッキを持つと、グビグビとビールを流し込む。

見滝原の様子を見て、一部の人間は世界の終わりがやってきただの、人災よりも天災であると言う事を主張している。

 

 

「まあ気持ちは分からなくはない。ココ最近の見滝原はゾッとするくらいヤベーし?」

 

 

しかも人の起こした事件と言うには、あまりにも人の気配が無さ過ぎるときた。

と言うのも始めに異変が起こり始めた事件として、猟奇殺人事件が挙げられるが、アレもまるで獣が人を食い散らかした様な物だったではないか。

それからさらに学校のテロ。しかし犯人を誰も見てはいない。

ただ学校が壊され、多くの命が消えていった。

長い間警察も捜査を行っているが、犯人の手がかりさえ見つからぬ始末。

 

 

「化け物が人を食い散らかしてったって言ってた子もいたんだよな」

 

 

そんなまさかと、編集長は焼き鳥を手にとって呟く。

しかし一番初めの『化け物に喰い散らかされたような~』と言う件もあって、可能性が無いと捨てきる事もできなかった。

 

 

「でもな真司。そんな事、書いてみろ。炎上だぞ炎上」

 

「はぁ、そういうモンですか」

 

「金が絡む仕事なんだ。化け物がいるとでも書いた日には適当な仕事だと非難轟々だ。あくまでも内は真面目だからな。そういう企画にするには、ネタにしちゃいけない感満載だし」

 

 

編集長はブツブツ文句を垂れ、焼き鳥を齧っている。

 

 

「まあ実際、証言の方だって精神科の医者がショックから来る物とか言ってるしな。餅は餅屋って言うだろ?」

 

「はぁ……」

 

 

全てを知っている真司としてはやはり複雑なものだ。

あいまいな返事をしながらビールを口に含む。

昔はウーロン茶しか飲めなかったが、今はビールもおいしいと感じられる。

ただ今のビールは、何の味もしない様に感じた。

 

 

「リーベエリスだってそうだよ。急に現われて急にいなくなっちまった」

 

 

あれだけしつこくやっていたCMも今はもうパッタリ。

ニュースでは連日としてリーベエリスメンバー集団失踪事件の謎が報道されているが。

BOKUジャーナルとしてもその件に関しては追いかけている途中である。

ただ調べても調べても犯人の影が出てこない。

本部の崩壊は学校を破壊したテロ組織と同一犯と警察は睨んでいるらしいが――、だ。

 

 

「まあとにかく、ヤバイ事はヤバイとは思うけど」

 

 

見滝原上空を飛んでいた飛行機がなぞの爆発を遂げたり、ショッピングモールが爆発したり。多くの人が見滝原を死の街と呼ぶのも分からなくはない。

ココにいる客の何人が来週まで生きていられるのだろうか?

なんだか夢の様な話ではないか。編集長としても見滝原を離れたいと言う思いはあるが、中々そうもいかないのが現状である。

 

 

「いや、だからさ。お前ももし引っ越したかったら引っ越せよ」

 

 

ただでさえ真司は家を燃やされているんだ。

見滝原が異常だという事を身をもって体験してるじゃないか。

 

 

「風見野から電車か、まあバスでもいいか。多少の遅刻は目を瞑ってやるよ」

 

 

辞めたいなら退職金だって少しくらいはくれてやる。

編集長は苦笑混じりにそう言った。対して首を振る真司、辞めるつもりはないし見滝原から出るつもりも無いと。

まあ出られないという意味もあるが。

 

 

「ならいいけどよ。ほら、最近お前悩んでたみたいだし」

 

「そ、そんな事は――」

 

「おいおい、お前がどれくらい嘘つくのが下手かくらい俺には分かってるよ」

 

 

仮にも昔からの知り合いなんだ。

それに、あれだけ普段職場でも馬鹿みたいに笑ったり騒いだりしていた真司がココ最近は笑みの一つ浮かべなくなった。

毎日毎日深刻な表情でイライラした様になっている。

兆候は前々からあった。編集長はもちろん、他のメンバーだって気づいている。

 

 

「まあ言いたくないなら言いたくないでいいけどよ。隠したいならもっとちゃんとしろよ馬鹿」

 

「あ、はぁ……、すいません」

 

 

謝るしかない。

蓮の事や、ゲームの事、ワルプルギスの事や、まどかの事だったりと、今まで気楽に生きていた真司に降りかかる迷いとしては多すぎる物だ。

表情が険しくなってしまうのも無理はない。あとは何と言ってもリーベエリスで自分を見て泣いていた子供達は今でも思い出す。

彼等はきっともう……。守れなかったと言う想いが重くのしかかる。

 

結局、龍騎と言うのは城戸真司が仮面と鎧を纏っただけの姿に過ぎないと思い知らされる。

北岡や手塚。そしてマミ達。彼等は満足して死んだのだろうか?

そんな筈は無い、そんな訳が無い。

しかし彼等は死んでしまったんだ。それを仕方ないと割り切れればいいのだが、どうにも真司にはできそうになかった。

それでも手塚の言葉を信じて抗い続けるが。

 

 

「何が正しいのか、とか」

 

「んあ?」

 

 

真司は頭をかいてビールを一気飲みにする。

苦味だけが強く、舌に残っている気がする。

真司の心に宿った新たな疑問と迷い。それは抗うだけでいいのかと言う事だ。

 

いや、別に手塚の言った言葉を否定する訳じゃない。

あの言葉は真司に勇気を与え、答えらしい物を見つける事ができた。

しかしだ。それはどちらかと言えば、手塚に与えられた答えでしかない。

今、真司の中では彼自身の答えが生まれようとしている。

それが分からず燻っているのだ。

 

やはり手塚の死であったり、北岡の死であったり。タイガペアの確定脱落であったり。

たとえば東條は仁美を殺した男である。

それは許せない事ではあるが、なぜ東條はその行為に至ったのか? 理由は全く分からない。

 

みんな、何かを抱えて足掻いている。自分と同じく。

真司は自分の目指すべき道が間違っていないと信じたい。

ならばそれは他の誰もが同じなのではないだろうか。

まどかを守りたいと言う思いは本物だ。しかし周りの者達の思いを否定する事もできなかった。

そんな事を真司は端的に編集長へと相談する。

 

 

「何が正しいのかとか、誰が正しいのかだとか、俺は正しいのかだとか……」

 

「………」

 

 

分からないんだ。

真司は自分の中にある確かな迷いを編集長へ打ち明けた。

流石に騎士やゲームの事は言えなかったが。

 

 

「なんて言うか……、自分が正しいと思ってた事が本当に正しいのかどうか、とか」

 

「そうだなぁ」

 

 

編集長は蛸のからあげを摘みながら唸る。

 

 

「そりゃお前……、正しくない事もあんだろ」

 

 

編集長は一つ目のグラスを空にしておかわりを注文していた。

真司はと言うと、ウーロン茶を一つ。

 

 

「ジャーナリストの心得の一つだけどな。真実は一つだが、正義は一つじゃないってのがある」

 

「え?」

 

 

真司はポカンとして編集長を見る。

適当な事を言うのかと思っていたら、そうでも無いらしい。

少し失礼な話だが意外だったなと言う感じか。

 

 

「まあ要するに、最終的に信じるのは自分自身だな」

 

 

正しいとか。正しくないとか。

そういう事を考えるのも大切だが、本当にやりたい事なら、たとえ正しくないと思っても成し遂げるべきだと。

それに――

 

 

「お前も考えてきたんだろ? 今まで、お前のその出来の悪い頭でな」

 

「なっ!」

 

「それだけで十分なんじゃないのか?」

 

 

ただし!

と、編集長はから揚げを端で摘んで真司に向ける。

 

 

「何が正しいのかを選べないのはいいが、その選択肢の中に自分の事もちゃんと入れとけよ」

 

「俺のこと?」

 

「ああ、お前の信じるものだよ」

 

 

編集長がから揚げで示していたのは真司の胸。つまり心臓、ハートだ。

 

 

「お前も、(ココ)んとこに、しっかり芯がねぇと話合いにもなんねぇし。誰もお前の言う事なんか聞いちゃくれねぇだろ」

 

「……芯」

 

「ああ。まあ覚えとけ」

 

 

真司はしばらくは無言だった。

編集長が、から揚げを全部食べた後も、枝豆を全部食べた後も何も話さない。

編集長は分かっているのか。真司が話さない事に対して追求はしなかった。

そして二杯目のグラスが空になった所で、喉を鳴らす。

 

 

「そろそろ帰るか」

 

「………」

 

 

真司の目に炎が宿る。

ウーロン茶を一気に飲み干すと、ダン! と音がなるほどグラスを強くテーブルに置いた。

周りには他にも話している客ばかりなので、その音は編集長くらいにしか聞こえない。

しかしだ。編集長にはまるでその音が、真司の心臓の鼓動の様に聴こえたものだ。

 

 

「編集長、一生のお願いがあります」

 

「なんだよ」

 

「明後日も休ませてください」

 

 

七日目。

運命が左右する日だ。

それを説明する事は無かったが、編集長はニヤリと笑う。

 

 

「今回だけだぞ。本当に」

 

「……!」

 

 

真司はお礼を言って、頭を深く下げる。

そしてできれば、明後日は見滝原から離れたほうがいいとも言った。

けれども首を振る編集長。それはできない。仕事を放りだすわけにはいかないからだ。

 

 

「だから、お前が何とかしてくれ」

 

「!」

 

「今日はおごってやるよ」

 

 

感謝しろよ。

そう言って編集長はニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

神那ニコは自室でゲームをしながらも、画面は全く見ていなかった。

目の前に迫る敵をバッタバッタと倒しながらも、意識は全く別の所に向けていたのだ。

 

ジュゥべえはニコの言葉に答えなかった。

ルールや運営方針に忠実なキュゥべえならまだしも、おちゃらけた面があるジュゥべえならばと思ったが答えなかった。

答えない。答えられないのか? インキュベター間での序列は知らないが、キュゥべえがジュゥべえに口止めを厳しくしたと言う事も考えにくい。

 

それになにより、ゲームと言う概念。

魔法少女を強制的に絶望させた時のあのシーンに、引っかかる物があった。

間違いない筈。100%ではないが可能性は高い。

 

 

「となれば――……」

 

 

先を見据える可能性がある。

もう時間は無い。七日目まではすぐそこだ。

ギャルゲーで言うなればエンディングへの分岐を選ぶ画面と言う訳か?

間違ったほうを選べば、即バッドエンドと言う可能性も考えられる。

 

 

(めんどくさいな、何で私がこんな役回りなんだよ)

 

 

そうしていると部屋がノックされる。

適当に返事を行うニコ、すると意外な人物が部屋に入ってきた。

てっきりメイドか誰かかと思ったが、現れたのはパートナーの高見沢だ。

 

 

「よう、たかみぃ。明日織莉子に接触するわ。つか早いな今日は。もう帰りか」

 

「ああ、まあな。それよか呉を殺ったんだろう? ご苦労だったな」

 

「ん、ま」

 

 

適当に返事を返すニコ。正直、高見沢の話は聞いていなかった。

動くならココでしかない。割とマジで洒落にならない可能性が出てくる。そんな事ばかり考えている。

 

 

(賭けではある。そもそも知ったところで、どうにかなる訳でもないと言われればそうだけど――)

 

「つかお前、こんなのやってたのか」

 

「んあ? ああ大江戸無双だよ。上様超強いから」

 

 

ニコがやっていたのは侍だの忍者だのを使って、群れる雑魚共をバッタバッタと成敗していくアクションゲームである。

高見沢はため息をついてニコの少し離れた所に座る。

 

 

「俺もできんのか? コレ」

 

「ああ、代わるか?」

 

「いや、同時にだ」

 

「協力プレイって事か? 珍しい」

 

 

しかし、ニコは苦虫を噛み潰した様に表情を歪める。

 

 

「なんで私がおっさんと二人でゲームしなきゃならねぇのか」

 

「ハッ、自信ないのか?」

 

「ほほう。私のゲームスキルをナメてると? いいだろう、一度見せ付けてしんぜよう」

 

 

ニコはそう言って高見沢にコントローラーを投げた。

どうやら協力プレイを行うらしい。高見沢はフムと唸り、冷めた目で画面を見つめる。

 

 

「たかみぃ、上様使っていいよ。私黄門様使うから」

 

 

黄門様もつえーんだよ。

コイツ印籠見せれば敵が跪くからさ、その間に杖で殴り殺せるんだよ。

文字にすればテンションが高めに思えるが、ニコは抑揚の無い声で淡々と説明していた。

 

 

「上様は家紋ストックしておけばリーチ長くなるから」

 

「お、おう。まあ早く始めろ」

 

 

高見沢の言葉にニコはへいへいと適当に答えてゲームをスタートした。

高見沢は上手いと言う訳でも、下手と言う訳でもない腕前だ。

対してニコは無表情でカチカチと敵を次々に倒していく。

 

分割された画面で、上がニコ、下が高見沢となり、ゲームは進んでいった。

ただゲームをするだけだ。二人は会話もなく、無数に湧き出る敵を倒していく。

 

 

「ユウリはずっと同じ場所にいる。何をしてるかは分からんけども、恐らくグリーフシードの確保か、魔女生産か……。どのみちアレは最終日に動くぞ」

 

「魔女に囲まれて結界を展開されると逃げられねぇからな。襲いにくい奴ではある」

 

「ただまあ、アイツも言うて参戦派だ。最後まで芋るなんてありえない」

 

 

ゲームはゲームでも、F・Gの会話で時間は進んでいく。

するとエリアをクリアするための最後の壁。要するに、一面のボスが二人の前に現われた。

コレを倒せば次のエリアに行ける訳だが――

 

 

「………」

 

 

そこでニコの表情が険しくなる。

汗を浮かべ、乾いた笑みを浮かべていた。

仮面の様に貼り付けた笑みは、最早笑みではない。

そして動きも鈍くなり、敵の攻撃を頻繁に受けるようになる。

棒立ちになり、雑魚の攻撃すらガードできない。

 

 

「どうした? 意外とお前下手だな」

 

「うる……、さいな」

 

 

ニコのソウルジェムが、確かな変化を与える。

無意識な心の変化を、ニコは分かっていても抑えることが出来ない。

アイツを倒せば次に進む。次に進む事ができなくなった"彼等"を忘れた訳じゃないだろう?

そう、銃で殺した彼らを。

考えが巡り、目眩がしてきた。ニコは青ざめた顔でコントローラーを床に置く。

 

 

「わり、ちょっと……、気分悪くなった。やめるか」

 

「んな訳ねぇだろ。魔法少女は風邪もソウルジェムを操作すりゃ治るって聞いたぜ」

 

「へっ、へへ! お前中々いい性格してるわ本当」

 

 

ニコはコントローラーを掴み取ると、ソウルジェムを操作して何とか気分を落ち着かせようとする。

しかし考えれば考えるほど、思考は鈍い闇の中に堕ちて行く。

幻視が、幻聴が例外なく始まった。

 

ニコの目に映るボスが、いつの間にか殺してしまった少年の一人になっていた。

周りの雑魚が、もう一人の顔になっていた。

呼吸が荒くなり、コントローラーを持つ手が震えはじめる。

攻撃をする資格が自分にはあるのか? 彼等を殺して先に進む傲慢さが許されるのか?

許される訳がない。だから、ニコが彼等を倒す資格など存在しない。

 

 

「うぐッ!」

 

 

嗚咽を漏らすニコ。

自分のキャラクターをボス達から離れさせて、退避を行う。

強烈な不快感が襲ってきた。何故魔法少女の力を経てまで、込み上げる胃酸を感じなければならないのか。

 

あり得ない、あり得ていい訳があるか。

気持ちの問題なんだと、ニコは何度と無く割り切ろうとした。

ソウルジェムを操作して平常を保とうとした。

 

しかしどれだけ意識を集中させたところで幻視は消えない。幻聴は消えない。

目の前の画面にいるのは、自分が殺した被害者達ではないか。

目を逸らすのは許されないと、自分の心がそう言っている

 

 

「―――」

 

 

ニコが殺した顔がたくさん。

眉間に銃弾が打ち込まれた時の表情で、ニコのキャラを取り囲む。

なんだよ、なんなんだよお前らは。仕方ないだろ、私は子供だったんだぞ! ムカつく! イラつく!ごめんって謝っているじゃないか。そんなに私を汚したいのかよ、そんなに私が生きてる事が気に入らないのかよ。

 

無理、無理だ。止める、もう止めるんだ。

ニコは堪らずゲームの電源を切ろうとホームボタンに手を掛ける。

しかしその瞬間、腕に違和感を感じた。手が動かないのだ。

 

 

「何だよコレ!」

 

 

反射的に周りを見ると、そこには何も無い空間から現われるバイオグリーザが。

 

 

「まだ俺がやってるんだ、止めるのはつまらんだろうが」

 

「だったらお前一人でやれよ!」

 

「おいおい協力プレイ中に言う台詞じゃねーよなぁ、それは」

 

「ひひっ、オマエェええ」

 

 

ニコは引きつった笑みで高見沢を睨む。

しかしそれよりもニコに襲い掛かる罪の幻想。

画面の中にいる雑魚達が、自分の殺した子供達の顔になって一勢にコチラを見ている。

そして操作していたキャラクターは、いつの間にか神那ニコそのものの姿へと変わっていた。

 

そうか、そうかよ、お前らは私を殺したいのか。

ニコはいっせいに武器を向けてくる雑魚たちを見て狂ったように笑う。

そうしていると雑魚が武器を振り上げる。攻撃のモーション、ニコに向けた敵意を、肉体的に傷つけると言う方法で解放させる。

だが――

 

 

「おいおい、さっきから何止まってたんだよお前は」

 

「!」

 

 

自分を襲おうとした連中が、文字通り消し飛んでいく。

そんな機能は無いのだが、ニコの目にはテレビの中でベルデがその子供達を蹴り殺したように見えた。

 

内臓を口から零しながら、幼児たちはゴミの様に地面を転がって血まみれになって死ぬ。それはニコが銃で彼等を殺したときよりも、悲惨な死体となってだ。

 

 

「……!」

 

 

その調子で、高見沢の操作しているキャラクターはニコのキャラの周りにいる雑魚をなぎ倒していく。その様子はニコにとって、『神那ニコ』の周りに群がる子供達をベルデが虐殺していく光景とも見えただろう。しかしそれはニコに新しい変化を与えた。

 

 

「おい、俺の一番嫌いな人間のタイプを教えてやるよ」

 

 

気のせいなのか? いや気のせいなどではない。

ニコが殺した子供達を、ベルデが殺し直している光景は悲惨な物だ。

にも関わらず。ベルデが一人を殺すたびに、吐き気が引っ込んでいく。

つまり楽になっていくと言う事。

 

 

「仕事が出来ない奴、段取りが悪い奴、空気が読めない奴」

 

 

何をやっても結果を残せない奴。まあソレ等は当然イラつく物だ。

だがしかし、それよりも最も苛立って仕方ないのが一つあると。

それらに比べれば、今まで例に挙げた物等どうでもいいと思ってしまう程に酷いものがあった。

 

 

「それはな、欲望を持ってない奴だよ」

 

「……っ」

 

 

それは野心、それは物欲、ある意味それは食欲ですらいいかもしれない。

 

 

「貪欲な人間は、それはもうヒデーぐらい醜い奴も居るがな。逆を言えばギラギラした良い目をしているヤツも多い」

 

 

野心無き人間に、高みを目指す資格は無い。

人は欲望があるから生きていけるのだと高見沢は自論を持っていた。

生命に執着を持ち。生きることに対して貪欲な者こそ、力を発揮できるものだ。

湧き上がる自分の欲に対して素直に、かつその欲を受け入れる事で力にできる者が、高見沢は好きだった。

 

 

「その点、お前は死人と同じだ」

 

「……死人」

 

 

そうだろう?

求めている様で、何も求めていない。求められない。

求め様としても、己に喰われて欲望を捨てざるを得ない。

それは果たして生きている意味があるのか?

 

 

「いいか? 神那ニコ。テメェは自覚を持つべきだ」

 

 

幸い自分達は人よりも遥かに優れた能力を持っている。

そう。持っているからこそ、その力は有効活用しなければならない。

それが最も頭の良い選択肢ではないだろうか?

 

 

「とどのつまり、だ」

 

 

自分の為に力を使うのが、一番賢い事であると。

 

 

「今のお前は何をやってんだ」

 

「何を……、って」

 

「酷いもんだ」

 

 

気づけば高見沢は、周りの敵を全て殺してボスに攻撃を仕掛けていた。

ニコのキャラクターに迫る攻撃は、高見沢のキャラクターが彼女を守る様にして蹴散らして行く。

 

そして凄まじい勢いでボスを攻撃していく高見沢。

ニコに断りを入れる事もなく、タバコをふかし始めた高見沢は、ニコの方を見る事なく淡々と言葉を紡いでいく。

 

 

「ニコ、お前は俺様のパートナーだ」

 

「!」

 

「組んで仕事をする相手だってな。気に入らない奴となら、やる気も失せるだろ?」

 

 

まあ、そうも言っていられないのが世の中だがよ。拘りたいのも当然の事だろう?

高見沢はため息とともに煙を吐いた。

 

 

「今のお前は死人だよ。どれだけ有能でも、俺にとってはどんな人間よりも下の屑に見える」

 

「………!」

 

 

ベルデは――、高見沢はボスの体力を僅かに残してニコに振る。

 

 

「"聖カンナ"、トドメはお前が刺せ」

 

「なに――ッ?」

 

 

聖カンナ。

その点を強調して、高見沢は言う。

その名は、ニコがニコになる前の名前だ。捨てた筈の、断ち切った筈の名前だった。

 

要らないからカンナは死んだ。

なのに高見沢は自分をカンナだと言う。

ニコとしては大切にしていたものを滅茶苦茶に荒らされた気分である。

 

 

「おいクソ野郎。ニコ様から一つだけ社会のルールを教えてやるよ!」

 

 

ニコは身を乗りだす勢いで高見沢を睨む。

 

 

「ママから人の名前はちゃんと覚えましょうって言われなかったかい?」

 

「ハッ、誰が何を間違えたんだよ」

 

「私は聖カンナじゃない! アイツは終わりッ、私がバトンを受け継いだ!」

 

 

アイツは死んだんだよ!

 

 

「死人の名前を! 死んで、もうどうだっていい奴の影を、生きている私に重ねるな!」

 

「………」

 

「私は死人でもなんでもない! 神那ニコだ!」

 

 

ニコはスタートボタンを押して、一度ゲームを停止させる。

対して笑う高見沢。生きている? 受け継いだ? 何を馬鹿な事をと。

 

 

「おいおい、冗談も休み休み言えよ」

 

「ッ!」

 

 

高見沢は高級そうなグラスの中に灰を落としながら笑う。

聖カンナは願いを叶えて神那ニコになった?

オイオイ! おいおいおいおいおいおいおい!

 

 

「何が変わったって言うんだよ!」

 

「何だと……ッ!」

 

「お前は死んだままだ。あの時から何も変わってねぇんだよ!」

 

「ッ、それは」

 

 

罪の意識に苦しんでいた聖カンナから何一つ変わっていない。なにも成長していないと高見沢は切り捨てる。

考えるまでも無くそうだろ? 味覚が無いのがその証拠だ。

未だに尚、幻聴と幻視を視るのがその証拠だ。

 

結局、変えられた様で何も変わっていない。

それは自己を中心として考えれば、なおさら突きつけられるものだろうと言う。

 

 

「もしもお前が神那ニコなら、さっさと殺して次のステージに行くぞ」

 

「………」

 

「やれよほら、俺は待たされるのは好きじゃねぇ」

 

「……ッッ!!」

 

 

やってやるよ。ニコはコントローラを掴んでゲームを再開する。

 

 

「たかがゲームだぞ。ボタン一つでボスなんざ簡単に死ぬ。簡単に殺せるんだよ!」

 

 

キリカを殺した時より簡単だ。

ニコは少し殺気を放ちながら、ボスを殺そうとキャラクターを動かしていく。

しかし、その目に映るのはやはり――

 

 

「――ッ」

 

 

やはり、自分が殺した相手であった。

 

 

「ッッ!」

 

 

なんで、なんで! なんでッッ!!

 

 

「ウッ!」

 

 

ニコは堪らず、近くにあったゴミ箱を引き寄せて胃液を漏らす。

嗚咽を漏らすニコと、声を上げて笑う高見沢。

 

 

「なんて滑稽な姿か。なあ、おい」

 

 

高見沢は、ニコを煽る様にして笑い続けた。

 

 

「なんなんだよお前は! ニコちゃんはそろそろ激おこだぞ! 出てけよもうッ!」

 

 

咳き込みながら声を荒げるニコ。

 

 

「勝手に入ってきたと思ったら、勝手な事ばっかり言いやがって。なんなんだ!

 

「まあ落ち着けって。せっかくパートナーになったんだ、嫌いな奴とは組みたくないだろ?」

 

 

なんて、ひょうひょうと言ってみせる。

 

 

「俺はな、惜しいと思ってるんだぜ? お前の生き方はクソすぎる」

 

 

これが他人も他人なら、放っておくのだが、仮にも高見沢はパートナーとして神那ニコの働きを大きく評価している。このまま彼女がその才能を腐らせて死んで行くのは、高見沢としても惜しいものがあった。

 

 

「じゃあなんだよ、パートナー様同士で馴れ合いの時間って事か? 今は」

 

「お前がそう思うならそれでもいいさ。カンナさんよ」

 

「おいおい! 聞いてたのかよ私の話!」

 

「まあ聞け!」

 

 

ニコのキャラクターがボスに一方的に攻撃されているのを見て、高見沢はポーズを押してゲームを止める。

 

 

「自分の人生だ、自分が主役だと思うほうが余程有意義に過ごせる」

 

 

まあ尤も、その中でもいずれ強い者が弱い者の上に立つと言う、当たり前の様な関係が出来上がるのだけど。

 

 

「此のゲームで言うならお前はどっちだ?」

 

 

ワラワラと群れるだけで簡単に殺されていく雑魚なのか?

その雑魚を倒すプレイヤーキャラクターなのか?

ある意味、このゲームだって世の中の縮図を現している様にも思える。

同じ様な無個性の雑魚達が群がり、強者に倒されていく画。

 

 

「俺様はもちろん、倒す側だわな」

 

 

でも今のニコは倒される雑魚にしか見えないと高見沢は笑った。

結局カンナの時の呪縛から解放されていない。今は慣れていると思っていても、やがては壊れる。

なぜならば今のニコが既にガラクタであるからだ。

人の形をした死人、ボロはいずれ出る。

 

 

「ニコ。俺はお前に期待してるんだぜ? この戦いが終わっても、お前を正式にスカウトしたいと思っている」

 

 

彼女の再生成の魔法があれば、戦いが終わった後でも高見沢グループを文字通り王の位置に持っていくことは容易だ。

ましてそこに願いの力を加えれば、いっその事、本当の神の位置にもたどり着けるかもしれない。

 

 

「協力さえしてくれれば、お前にも何不自由ない暮らしを約束してやるよ」

 

 

一人暮らしがいいなら最高級のマンションに住まわせてやるとも言った。

欲しいものがあれば今以上に用意させるし、男が欲しいなら出会いの場だって用意させてやると。

 

 

「協力してくれれば、お前の好きな様にさせてやるよ。断る理由なんて無いよな?」

 

「冗談。パートナー関係が終われば、ニコちゃんは再び旅に出るよ。それこそが自由と言う物だろう?」

 

 

高見沢が言っているのは、餌をやるから働けと言う事だ。

 

 

「鳥かごの鳥じゃない。私は大空を飛べるだけの翼を持っている」

 

 

今はゲームがあるからこそだが、それが終われば、高見沢との関係も終わりだと。

 

 

「自由? おいおい、お前にとっての自由ってなんなんだよ」

 

 

高見沢は、ニコが参戦派か協力派を決めるのに、自分に全て一任した時の事を思い出す。

それはニコが自分で決めるのが面倒だの、どっちでも良かった等ではなく。

本当に何も考えられなかったからではないだろうか?

 

自由に生きると言うことは、イコール何も考えずに生きる事ではない。

しかし彼女はそれを履き違えている。ニコ何も考えない、考えられない。

自分が何をしたいのか? それを決めるのに多くの時間を必要とするのだ。

昔も、そして今も、それは彼女自身が感じている筈。

 

 

「楽しめるのかよ、お前はその自由を」

 

「………」

 

 

何を食べても味がせず、綺麗な景色を見ても何も感じない。

感じようとすると幻覚が起こって自分の心をシャットダウンする。

濁った目がそれを語っている。

ニコは幸福にはなれない、このままならば永遠に。

それを乗り越えようともしないからだ。

 

 

「………」

 

 

ニコは何も言い返せない。

高見沢の言うとおり、生きる目的を決めてもらった方が遥かに生き易い。

今だって人を殺す事は高見沢の指示だと言い訳を作れば、何も感じずに済むからだ。

 

 

「テメェはよぉ、それでいいのか?」

 

 

高見沢にしては珍しく、ニコを心配する様に言った。

 

 

「いいか、もう一度言うぞ聖カンナ。お前は何にも変わってねぇ!」

 

「!」

 

「むしろ悪化してるんじゃねぇか? 今のお前は見るに耐えない滑稽さだ」

 

 

本当に満足してるのか? 高見沢は煽る様に笑う。

対して唇をギュッと噛むニコ。

彼女はしばらく沈黙していたが、やがて大きな舌打ちを返す。

 

 

「満足できる訳ないだろうが……!!」

 

「なら話は簡単だろうがよ」

 

「ッ?」

 

「変わればいい」

 

 

高見沢は簡単に言ってみる。

幻覚に苦しむのなら、もうその幻覚を見ないようにすればいい。

 

 

「それが分かれば苦労はしない」

 

「だから殺せばいいんだよ」

 

「え?」

 

「今お前には、ボスが殺したガキに見えてんだろ? いいじゃねぇか、ココに来るまでは多くの雑魚を殺してきたんだ。今更、罪の意識になんか苛まれる必要なんざねぇよ」

 

 

それにニコは参加者も殺している。

キリカに至っては、トドメを刺しているじゃないか。

それはある意味、彼女の中にある『神那ニコ』の部分なのかもしれない。

まだ偽りの自分。決めてもらっている自分。

 

 

「テメェが本物の神那ニコになる為には、自分の中にある聖カンナを消し去らなければ不可能だ」

 

 

それこそが、彼女が魔法少女になった理由。

あの事件の罪悪感を消し去る事だ。

 

 

「殺せ。幻覚でボスが殺した奴に見えてるなら丁度いいだろ」

 

 

今ココで殺し直せ。高見沢はしっかりとそう言った。

殺したくないなんて言葉は、今更過ぎる。

参加者を殺せたニコが、自分の意思で殺せない筈が無い。

高見沢に命令されたからなんて言い訳を盾にしていては、いつまでも彼女は死人のままだ。

 

 

「乗り越えるしか、お前が神那ニコになる方法はねぇぞ」

 

「それは……、それくらい、分かってるさ」

 

「だったら殺れよ。分かってんのか? ただゲームのボスを倒せば良いだけだ」

 

「………」

 

 

そうは言うが、躊躇がまだニコには見える。

その『顔』を直視するだけで、また吐きそうになってしまう。

だが、まあ高見沢の言うとおりだ。このままで良い訳が無い。

ニコは本当の意味で自由に生きたいのだから。

 

しかしいつまでもあの日の記憶の呪縛がついてくる。

神那ニコになったのに、している事は聖カンナの時と全く同じではないか!

だから自分には何も無い。いつだって、今だって思っている。

いつでも死んでもいいと。それは生きる希望が、生きる意味が無いから。

 

 

「いいか、よく聞け」

 

「?」

 

 

高見沢は、当たり前の事を一つ、忘れていると告げた。

 

 

「お前が殺した連中は、生き返ったんだろ?」

 

「あ……」

 

 

それは確かに。

ニコが願いの力で、しっかりと撃ち殺してしまった二人を蘇生させた。

まだゲームが始まっていなかったから、蘇生制限が無かったのだろう。

二人ともちゃんと蘇り、ちゃんと動いているのをニコは遠目に見た。

 

 

「お前が殺した相手は、今は楽しく暮らしてるって訳だ。そうだろよ?」

 

「ま、まあ、それはな」

 

「だったらもういいじゃねぇか。つまんねぇ事をいつまでも引きずってんじゃねぇぞ」

 

「つ、つまらんって……」

 

 

世の中、ムカツク奴等が多い。誰がも心の中で誰かを殺す。

今のニコは、そんな脳内妄想で人を殺して、勝手に自己嫌悪や罪悪感を覚えているだけにしか見えないと、高見沢は笑った。

 

 

「そしてそれで感覚を無くすなんざバカ。大バカ野郎だ」

 

「………」

 

「お前、人生の半分以上、いや全部を損してやがる」

 

「……それは」

 

「生きてみたいと思うだろう? テメェにも欲望はあんだろうが」

 

 

うまい物を食べて、好きな本を、テレビを見て、好きに生きる。

欲しい物があれば、簡単に手に入れられる。やりたい事は何でもできる。

そんな夢の様な生活を成しえるだけの資格が、自分達にはあると言うのに。

 

 

「生き返った奴等に罪悪感を感じる必要がどこにあるよ?」

 

 

もうそいつ等はニコを覚えていないし、恨むなんて事もありえない。

なのにニコは勝手に妄想して勝手に苦しんでいる。

滑稽すぎる、哀れすぎる、愚か過ぎる。

 

 

「私は……、からっぽだ」

 

「だったら、これから中身をブチ込め」

 

「……!」

 

「人間誰もがからっぽで生まれてきた」

 

 

だから、コレがその一歩だ。

高見沢はダルそうにコントローラーを振る。

自分達には人を超越したと言う資格と力がある。

それを存分に振るわないのは勿体無いと言うレベルではない。

見ているだけで吐き気がすると。ましてやそれが共に戦うパートナーであれば尚更だ。

 

 

「いい加減『生きろ』、聖カンナ。俺は死体と共に仕事はしない主義でな」

 

「生きろ……、か」

 

 

そりゃニコだって、今の状態がベストだとは思えない。

それが治るのならば、一番いい事も分かる。

高見沢の言う事は鼻につくが、正しいのがどちらかと言われれば――、それは分かってしまうと言う物だ。

 

 

「でも――」

 

「でもじゃねぇよ糞ガキが。子供は大人の言う事を聞くもんだぜ」

 

「うっせーなジジイ。もっと子供には優しくしろ」

 

「ざけんじゃねぇ、何がジジイだ、俺はまだ38だ」

 

「ジジイじゃねぇか、ナハハ」

 

 

あれ? ニコは急に真面目な顔に。

 

 

「今、素で笑えたかもしれん」

 

「は?」

 

「お願い、たかみぃ、もう一回面白い事言ってみて」

 

「ふざけんな、なんで俺が――」

 

「言ってくれたらアイツ倒すから」

 

「ハァ?」

 

 

自分から言い出した事と言えばそうだ。

高見沢は一瞬沈黙してしまう。タバコの煙を吐いて、すこし考えて――

 

 

「布団がふっ――」

 

「は?」

 

「……いや、なんでもねぇ」

 

「おい、お前まさか――」

 

「やめろ、言うな」

 

「嘘だろ? それ自分で面白いと思うか?」

 

「分かってる、分かってるからこそ言葉を止めたんだろうが」

 

「ほらやっぱもう思考がジジイなの」

 

 

そんな中、ニコは再び口だけだが、しっかりと笑みを浮かべた。

 

 

「いいぞ、たかみぃ。結構今、面白いって感じられてるかも」

 

「……お前は、人との関わりが少なすぎるんだよ」

 

 

いつもはメイド達に自分から話し掛けれど、適当な話をして早々にニコから切り上げる。

それはニコが自分を相手に印象付けれど、自分の事を知ってほしくないと言う表れだ。

ま、た関わる事自体を避けているからでもある。

 

一人が好きな人間は山ほどいる。

それは高見沢とてそうだ。しかしニコの場合は一人が好きなのではなく、一人でいる事しか知らないのではないかと。

そしてその状況を、ニコ自身どこか不満に思っている。

 

 

「孤独と一人は違う。割り切ってるならまだしもよ。お前からは未練が見える」

 

「未練……、ねぇ」

 

「ああ、それもタラタラした汚ねぇヤツだ。完全に感情を無くした人形として生きる事は嫌。だけど人として生きる事も無理」

 

 

中途半端な奴だ。高見沢はタバコを消して首を回す。

そんな未練を垂れ流している奴を見るのは、本当にイラつく事だ。

だからこそニコには早く割り切って貰わなければならない。

 

 

「それにいつまでもこんな事を続ける事を、お前はバカらしいとは思わないのか?」

 

「――るさ」

 

「あ?」

 

「分かってるさ。私だってこのままが嫌だって事」

 

「なら――」

 

「でも変えられない、変えたいのに変えられないんだ……」

 

 

ニコは声のトーンを落としてそう言った。

 

 

「何をすればいいのかも分からんし」

 

 

けれども幻はハッキリと確認できる訳で。

 

 

「本当にボスを倒すだけで治るのか? そうは思えん」

 

「そりゃあ俺の知った事じゃねぇよ。俺はお医者じゃねぇ」

 

「やっぱ無責任だな。老害糞ジジイは」

 

「おい増えてんぞ暴言が。可愛くねぇガキだなお前は」

 

 

まあとにかく聞けと高見沢。

それは高見沢だってこんなゲームのボス一人倒したくらいで、長年苦しんできた幻が消えるとは思っていない。

 

けれどもこのボスを倒す事。

つまりニコから見れば、自分が殺した者を殺す事は、乗り越える事と同じだと思っている。

いつまでもつまらない幻影に囚われて貴重な時間を無駄にするなんて、馬鹿げた話だ。

 

 

「もっと貪欲になれ。力があれば世界は面白くなるぞ」

 

「……でも」

 

「ったく、おいおい、まぁだ何かあんのかよテメェはッ」

 

 

だったらと高見沢は画面を指差す。

ニコを囲んでいた雑魚達は高見沢のキャラクターが全て倒した。

雑魚達もまたニコから見れば幻影。それは恐怖の具現であり、罪悪感の具現であり。

 

 

「だったら、今回みたいにまた俺が蹴散らしてやるよ」

 

「……?」

 

 

あれ? と、ニコは首を傾げる。

そしてしばらく沈黙した後で、高見沢を虚ろな目で見た。

 

 

「お前、意外と優しいな」

 

「なんの話だよ」

 

「いや――ッ、だってさ」

 

 

よくよく考えてみればこの一連の流れは。

要するに自分を慰めて元気付けてくれているのと同じじゃないか。

いろいろと悪態をついてつかれてだが、なんだかんだと高見沢が言いたいのは「元気を出して」と言う事なのでは?

 

 

「だから、俺は認めた奴には相応の評価をする。俺はお前の実力は買ってるって言っただろうが」

 

「ふぅん」

 

 

悪い気はしない。ニコは唇を吊り上げたまま沈黙。

そうしていると一度ため息をついて高見沢は一つの自論を彼女に話す。

名言だのありがたいお言葉などではなく、高見沢逸郎と言う人間が思う一つの事だ。

 

 

「いいか、もう一度言うぜ聖カンナちゃんよ」

 

「けッ、なんだよ」

 

「俺達は――」

 

 

高見沢が言った言葉は、色々な言葉を使えど、要するに自分達の存在が何よりも重く、同時に何よりも軽い事だ。

そしてその最終的な価値を決めるのは自分だ。

他者を蹴落としても、どんな手を使っても、自分と言う存在を守り抜く。

そして貪欲に生きれば、また違った世界も見えてこよう。

 

要するに生きれば、生き続ければいい。

もちろんただ生きるだけじゃ意味は無い。

例えば頂点に立つ欲望だの、何かを成しえようとする明確な意思を持ってだ。

 

 

「欲望は人を構成する最もな材料だろ」

 

「欲望……」

 

「ああ、今のお前は吐き気がするほど無欲だ」

 

 

本当はある筈なんだ。

ニコがまだ人としてちゃんと機能しているのなら、『欲望』と言う物が。

 

 

「願い無き人間などいるものか」

 

 

ニコもまた同じだ。

生きているのなら、または生きたいと思うのなら、欲望が存在している筈だと。

 

 

「ある筈だ。たとえばお前が意味無く借りてきたDVDをちゃんと見たいとかな」

 

「それは、そうだよ」

 

「もしくは面白ぇ漫画を見たいとか」

 

「それも、ある」

 

「美味い飯を食いたい、だとかな」

 

「ある、あるさ!」

 

「だったら上出来だ」

 

 

高見沢は少しだけ笑みを浮かべた。

そう、例えばニコが好きだといった天ぷらアイスを、100パーセントで味わう事ができる。

そしてもっと美味い天ぷらアイスを食べられるかもしれない。

それは生きていれば叶うかもしれない事、生きているからこそ抱ける目的だ。

可能性は、生きている人間にしか齎されない。高見沢はそう言った。

 

 

「欲は、満たされる事はねぇ」

 

 

一つの欲望が満たされれば、新たな欲望がすぐに生まれる。

 

 

「だが、それが生きてるって事だろうよ」

 

 

だからこそ高見沢はゲームに勝ち残り、願いの力でより多くの欲望が叶う力を手に入れる。

それは力を持つ者にのみ許された権利、力、立場だ。

ニコも同じ場所に立てる権利を持っている。

ならばそのチャンス、挑まなければ損だろうに。

 

 

「じゃあ、私がこのボスを――……、殺した奴を超えれば、天ぷらアイスが美味くなるのか?」

 

「ああ、すぐにとは言わねぇがな」

 

 

少しの沈黙の後、高見沢が呟いた。

 

 

「自分をもっと大切にしろ」

 

 

崖から落ちそうになれば、他人を蹴落としてでも助かろうと思えるほど、自分を愛せ。

他人がどうなろうと、自分さえよければ良いと思える程の自分であれ。

自分の欲望に、ちゃんと応えられる自分になれ。

 

 

「自分の人生、自分が満足できる方がいいだろうよ」

 

「……フッ」

 

 

ニコは汗を浮かべつつも、しっかりとコントローラーを握ってスタートボタンに指を乗せる。これを押せばゲームは再開され、自分は戦いの場に引きずり出される。

 

 

「殺せ。現実でできて、ゲームで出来ない道理がねぇ」

 

「……ッ」

 

 

ニコの汗は酷くなる。

しかし彼女は先ほどから言われている高見沢の言葉を脳内でリピートした。

 

 

「欲望? あるさ、私にだって」

 

 

だってそうだろ? 私は、私は――ッ!

 

 

「神那ニコなんだからよぉ!」

 

 

ゲームを再開するニコ。

歯を食いしばってボスに、自分が殺した顔に向かっていく。

また面白いアニメが見たい、また面白い漫画が読みたい、また面白い映画を見たい。

当たり前の事だ、当たり前の事なんだ。美味しいものが食べたいって願いは。

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

叫びで、恐怖と躊躇をかき消す。

そしてニコは目を逸らさずに被害者を打ち倒した。

無我夢中でボタンを連打するニコ。鬼気迫る彼女の表情を横目に見て、高見沢は少し満足げな笑みを浮かべていた。

そしてニコが我に返ると、そこにはボスを倒したと言うリザルト画面が表示されていた。

 

 

「ハァ……ハァ! ウッ! ガ……ッ!」

 

 

ニコは全身から血の気が引いていくのが分かった。

そして直後、再びゴミ箱を掴んで胃液をぶちまける。

苦しい。苦しいが――、意外にもニコは笑顔だった。

苦しくても、彼女の中には一つの達成感があったからだ。

 

 

「や、やった……! はは! 殺せた! ははは!!」

 

 

歪んだ笑顔だったが、ニコにとっては大きな一歩だったのだ。

それは間違った振り切り方なのかもしれない。

しかして、ニコにとっては少なくとも大きすぎる進歩だ。

こんな形で本当の笑顔を出すとは思っていなかったが。

 

 

「ハッ、上出来だぜ神那ニコ」

 

「はは……、は。見たかよ高見沢ァ、ニコちゃんの腕前をよぉ」

 

 

涙と涎や胃液、汗でグシャグシャの顔で笑いかけるニコ。

しかし高見沢にとっては最高に良い顔に見えた。

先ほどの死んだ様な――、いや死んでいた顔よりは余程いい。

 

 

「さてと、じゃあ俺は……」

 

 

部屋を出て行こうとした高見沢。

するとニコが服をガッシリ掴んでニヤリと笑う。

 

 

「な、なんだよ?」

 

「まだ終わってねぇだろうが、何を帰ろうとしているんだねキミは」

 

「は?」

 

 

目を丸くする高見沢。

ニコはバシバシと隣のクッションを叩いて座れとジェスチャーを行う。

今クリアしたのは一面だ、まだ一面なのだ。

 

 

「ゲームは始まったばかりだぞ」

 

「おいおい、後は勝手にやれよ」

 

「つれんなお前は。ノリが悪い奴は嫌いだぞ」

 

「勝手に言ってろ」

 

「明日ニコちゃんはココを出て行くのにな!」

 

「ああ、そうだったな。ってか、その理由まだ俺に言えねぇのかよ」

 

「……言えん。コレはマジで乙女の秘密だから」

 

 

首を振って部屋を出て行こうとする高見沢。

しかし彼は扉の前でピタリと止まると、しばらく考えたように沈黙して頭をかく。

まあなんだ、ココまで来たのは来たのだ。

 

 

「仕方ねぇな、今日だけだぞ」

 

「お! 流石はたかみぃ! ほら、やるぞ!」

 

 

高見沢はニコの隣に座りなおすとコントローラーを手にする。

その後は二人肩を並べてテレビゲームだ。

後ろから見れば親子の様に見えたかもしれない。

 

 

「うはは、おいおいボスに負けてんなよ。さっきの言葉が台無しだな。やっぱおっさんにはゲームは無理か」

 

「うるせぇな、初めてやったんだから大目に見やがれ」

 

「ミスをする奴は、ニコちゃん株式会社には不必要ですよ」

 

「ハハッ、そんな糞みてぇな会社はコッチから辞めてやるよ。いやむしろ俺の会社が潰してやる」

 

「フッ! こえー、やっぱ友達いねぇの納得だわ」

 

 

本心か、作り笑いかしらないが、ニコも高見沢もよく笑っていた。

そしてその答えは、光るベルデのデッキが証明しているだろう。

部屋にはその後もボタンを押す音と、端的な笑い声が途切れる事無く聞こえてきた。

こうして、五日目の夜がゆっくりと更けていく。

 

 

 

 

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