仮面ライダー龍騎&魔法少女まどか☆マギカ FOOLS,GAME   作:ホシボシ

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第62話 強欲な男 男な欲強 話26第

 

 

 

「!?」「!!」

 

 

トリモチとガスが引いたのか、王蛇ペアは再び辺りを確認する。

感じた異変。それは王蛇が張ったバトルフィールドが消えていた事だ。

そう、周りの景色は新たなる結界によって上書きされていた。

テレビスタジオの上にある様な鉄骨が張り巡らされたシンプルで機械的な空間。魔女結界と言う、新たなるフィールドがそこに。

 

 

「キルキルキルキルキルキル」

 

 

弾丸の魔女『WeisseKoenigin(ウァイッセケーニギン)』が姿を見せた。

司る属性は罪悪感。いつも誰かに責められているような気がするから、結界の中に人が入るとすぐに消してしまう。

上半身だけの黒いマネキンに、両腕は刃物となっている。

眉間には穴が開いており、それはニコが過去に犯した罪の象徴とも言えるもの。

体には白い線が描かれており、それは射的場で人型のターゲットに描かれているソレだった。

というよりも、彼女の使い魔は人型のターゲットと同じ形だ。

無数に彼女の周りを漂っており、自分では何もしない。

 

 

「………」

 

 

ベルデは二枚のカードを抜き取り王蛇を睨み付ける。

腑には落ちないが、この展開は悪くない。

そもそもニコは一つ勘違いしている点があった。ベルデとて自分の行動が無茶だと言う事くらい分かっていた。だからこそ、無策では来ていないと言うもの。

確かな作戦がある。それが齎される結果も把握していた。

どちらに転ぼうが、それはそれで。

 

 

「キルキルキルキルキル」

 

 

ケーニギンの鳴き声が響き渡る。

人は、人でなければならない。それを履き違えた者は転落の一途をたどるしかない。

なぜニコは狂う道に至る事になったのか。それは彼女の優しさが、彼女の罪悪感が、彼女の人としての感覚が齎した毒だ。

 

もしかすると、ニコは裁かれる事を望んでいたのかもしれない。

けれども世界は彼女に優しかった。周りの人間はニコを罪から離そうと必死だった。

その優しさが、その必死さが、ニコには苦痛だったのかもしれない。

だからと言って責められ、罪を突き付けられ、見捨てられる事が怖かったのも事実だ。

 

たとえば、ニコの両親が罪の意識を自覚させつつも、ありったけの愛を注いだのならば、ニコは壊れる事も無かったのかもしれない。

しかし何度と無く言われてしまった。忘れなさいと、貴方は悪くないと。

忘れられる訳がないのに。罪の意識を抱かぬ訳がないのに。

 

とは言え、全ては過ぎ去った過去だ。

過ちも、苦しみも、全て偽りとなってしまった。

彼女は愚か、だから魔女になったの。

 

 

「魔女になったくらいで、雑魚は雑魚」

 

 

ヒュンヒュンと槍を回す音がエコーする。

杏子は無数の槍を周囲に出現させると、一勢に発射して魔女へ向かわせた。

風を切り裂きながら飛んで行く無数の紅。杏子が言うとおり、ニコが魔女になった所でスペックはたかが知れている物だ。

あの槍を受ければ、ケーニギンは絶命するだろう。

 

 

「キルキルキルキルキル!」

 

 

抵抗のつもりなのか。

ケーニギンは的型の使い魔を無数に重ね合わせて、槍が向かうルートに配置する。

しかしなんのそのと、ソレらを貫く杏子の槍。

使い魔達は壁にもならず、結果としてケーニギンの体には槍が次々に突き刺さっていく。

喉、両肩、腹部、心臓の位置、眉間。杏子は呆れたように笑うと、魔女の死を確信したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ん? ちょっと待ってほしい。

眉間? 眉間に槍を刺した? いやいや、それはおかしな話だ。

なぜならばケーニギンの眉間には既に穴が開いている。

それはニコが過去に銃で友人の眉間を撃ち抜いたから、イメージが生まれて、魔女もそうなった。

 

少なくとも眉間の穴は杏子の槍よりは大きく、通常ならば通り抜けてしまう。

それなのに眉間には槍が刺さっている、杏子は別に槍を大きくしたわけじゃない。

と言う事は、つまり槍が刺さったケーニギンは――

 

 

「ッッッ!?」

 

 

杏子の体に走る激痛。見れば体の至る所から血が噴出していた。

まるで体の中で爆弾が爆発したような衝撃だった。

銃声が聞こえたかと思うと、全身から弾ける様に血が散布し、さらに杏子の喉、両肩、腹部、心臓。そして眉間に刃物が突き刺さる。

 

 

「かは――ッ!」

 

「!」

 

 

ニコはレジーナアイに最後の機能を追加した。

それは魔女になった際の能力や行動パターンを決められる機能だ。

傷ついた状態では杏子達を止める事は不可能と判断し、魔女になる事で杏子を倒す作戦を立てた。けれども魔女になった所でどうしようもないと言うのが、素直な感想。

であれば、ニコは最後の望みを託す事に。

 

先ほどの通り、ニコは各参加者のパターンを観察していた。

杏子は常にイライラしており、死ぬほどの負けず嫌いだ。ましてやまどかに負けた事でさらに拍車が掛かっている。

つまり向かって来た攻撃を避けるのでなく、打ち返すか、相殺するケースが多い事に気づいた。

 

そんな杏子が魔女を前にしたらどうするか?

何の疑問も持たず、そのまま特攻してくる筈だ。

だからこそ、ニコは魔女のスタイルを『超カウンター特化』に再生成した。

使い魔は自らは攻撃できないが、使い魔を破壊した奴にはダメージが入る様に変える。

自身は攻撃や防御力に回す魔力を全てカウンターに特化した力に変える。

 

だからケーニギンは杏子の槍を一本でも受ければ死ぬだろう。

それだけ彼女は弱い。しかし同時に、様々な方法で相手の力を利用する力を手に入れた。

それは使い魔であったり。自身の分身を出現させ、そこに攻撃したら同じ場所に刃物を生やせる力であったり。

 

ケーニギンは使い魔で自分を隠しつつ、自分と同じ大きさの(ぶんしん)を作り出す。

分身と本物の見分けは体の薄さ。そして眉間の穴だ。

だが薄さは正面からじゃ分からないし、眉間の穴も魔女結界が薄暗い為に分かりにくい。

 

ちなみに刃物の威力は分身に当てた攻撃の強さで決まる。

杏子は槍を強化させていたため、刃物の威力はそれなりに上がる訳だ。

つまり早い話、杏子はニコのカウンターにまんまと嵌った事になる。

 

 

「上出来だ、神那ニコ!」

 

 

やはり使える。

ベルデはそう言いつつも、バイオグリーザの目を模したヨーヨー、バイオワインダーを構えて走り出した。

ベノムの効果は切れている。

まさに今が好機なのだ。狙うはもちろん王蛇。

 

 

「今までずいぶんとナメた真似をしてくれたな!」

 

「!」

 

「終わりだ、クソ野郎がぁアッ!!」

 

「ハッ! 終わるのはどっちか。教えてやる」

 

 

同じくベノサーベルを構えて走り出す王蛇。

ベルデはヨーヨーを投擲するが、王蛇は何のこと無くそれを弾いて近づいてくる。

だがそれはベルデの計算通り。彼もまたニコの方法を真似てみた。

 

弾かれたヨーヨーは、そのまま意思を持ったかのように伸張。

近くに浮遊していた使い魔を三体程まとめて縛り上げると、ベルデはヨーヨーを引き戻す。

そして今、王蛇の剣がベルデに届こうと言う所で、引き戻した使い魔が盾になって間に割り入ってきた。

 

 

「!」

 

 

王蛇は既にサーベルを振り下ろしていた。

急に前に現れた的達、あれを攻撃すれば自身にダメージが返ってくる。

返ってく――

 

 

「それが、どうしたァアア!!」

 

「何ッ!?」

 

 

王蛇は的を叩き割り、その先にいるベルデを容赦なく打った。

当然王蛇にもダメージが返って来るが、なんのその。

王蛇はベルデを地面に叩きつけて執拗な連撃を打ち込んでいった。

 

 

(クソッ! やるじゃねぇか)

 

 

痛みに恐怖しないとは。

だがベルデはまだ冷静だった。

先ほどカードを二枚を用意したのを覚えているだろうか?

 

既にその二枚は発動済みだ。

この王蛇のゴリ押しは悪い話ではない。彼は今、完全にベルデを殺す事に集中している。

杏子と同じパターンだ。カウンターがあると分かっていても、イライラが勝ってしまい、相手を傷つけたいという欲望が刺激される。

だからこんな強引なやり方で突破しようとする。

 

 

(だがなッ、コッチが用意したカウンターは一つじゃないんだよ!!)

 

 

それを今から教えてやると、ベルデは痛みの中で確かな笑みを浮かべて見せた。

もちろんその笑みは仮面に隠れ、王蛇に悟られる事は無い。

まずは一枚目。それは――

 

 

「!!」

 

 

王蛇の振り上げた腕が止まる。

まるで何かに引っ張られている様な抵抗感。

たまらず後ろを振りむくが、そこには何も無い。

何もいない? いやいやいるんだよ。透明になったバイオグリーザが!

 

アドベント、それが最初に発動したカードだった。

透明になったバイオグリーザはベルデの近くに待機し、王蛇との戦闘が始まると背後に回ってチャンスを伺っていた。

そして王蛇がベルデを地面へと倒し、剣を打ちつけようと大きく振りかぶった時がチャンスと見て、舌を伸ばしたのだ。

王蛇の腕を絡め取るバイオグリーザ。流石の王蛇もこれには反応すると言うもの。

が、そこがベルデの狙い。王蛇は気づいていた筈だ、ベルデの右腕が緑色の光を纏っている事に。

 

 

「俺様の勝ちだ」

 

「ッ!」

 

 

二枚目、スキルベント。

ニコとゲームをした日にデッキに追加されたカード。

その効果はニコの切り札であるトッコデルマーレとリンクするものであった。

ベルデはその効果を調べ、そして確信する。これこそが自らもまた切り札になりうる物だと言う事を。

 

効果名は、『ワンショットキル』。その名の通り一撃必殺とも言える技。

文字通り相手を一撃で殺す効果は無い。しかしほぼ同じ意味を持った力がそこにはあった。

ベルデは動きが止まった王蛇の――、デッキを目掛け、光を纏う拳を打ちつけた。

 

 

「……!」

 

 

一撃、そうたった一撃だ。

なんの事は無いパンチを一発デッキに打ち込んだだけ。

騎士のデッキはダメージや精神状態によって強度が左右される。

今の王蛇ならばそう簡単には破壊できない代物だった。

にも関わらず王蛇のデッキには無数のヒビが、亀裂が走る!

 

 

「なにッ!」

 

 

思わず声をあげる王蛇。そんな事が――、と。

 

 

「覚えとけよ、コレが騎士の戦い方だ!」

 

 

情報を隠し、相手の知らないカードで翻弄して勝つ。

ワンショットキルの効果とは、光を纏わせた拳を相手のデッキに当てることが出来れば、確実に破壊できると言う物だった。

 

デメリットは発動中は攻撃力と防御力が下がる事。

しかしそれに見合う効果が期待できるのが強みであろう。

事実今、ベルデは防御力が下がった状態で王蛇からの攻撃を受けてしまった為、大きくフラついているが、ちゃんと王蛇のデッキを破壊する事ができた。

 

 

「浅倉……! ガッ!」

 

 

離れたところでは杏子が血を吐いて膝をついている。

どうやらまだダメージは回復していないらしい。

そして目の前には鎧が砕けて地面に倒れる浅倉威、ただの人間が一人。

 

 

「ハハハハ! 終わりだお前は!」

 

「お前ェエエ!!」

 

 

浅倉はやられたと言う表情でベルデを睨む。

悔しいだろな。ベルデは浅倉を馬鹿にしたように笑い、両手を広げた。

圧倒的に不利な状況でも、執念さえあれば必ずそれを覆す事ができる。

 

そうやって今まで上り詰めてきたんだ。

ベルデは浅倉にトドメを刺そうと足を踏み出した。

杏子はダメージが大きく動けない。ただ異端審問が使えるため油断はできない。さっさと浅倉を殺すべきだ。

 

 

「ハハハハハハァッ!」

 

「!?」

 

 

だが、浅倉は笑っていた。声を出して笑っていた。

この圧倒的な不利な状況で笑みを浮かべている。なぜ? ベルデは思わず背中に寒い物を感じた。

死をまったく恐怖していないのか? それとも気が狂っただけなのか?

いろいろな人間を見て来たベルデだが、浅倉には何か凄まじい違和感を感じる。

 

仮面が消えた事で曝け出される人間の素顔、表情。

多くの憎悪が見え、多くの殺意が見え、けれども浮かべるのは笑みと言う、矛盾した現状。

そこに狂気は無い。あるのは純粋な本能のみ。

 

 

「騎士の戦い方は、一つじゃないんだよなァ?」

 

 

カードの力を使うのが騎士の特徴だとベルデは言うが、浅倉は首を振る。

もちろんそれもあるんだが。

 

 

「何……、だと――ッ!」

 

「お前、勘違いしてるぜェ」

 

 

腹部に衝撃が。

こみ上げる物を感じて咳き込むベルデ。

するとクラッシャーを通して血が地面にぶちまけられた。

ベルデは違和感を感じた腹を見る。するとそこには粒子の尾が見えた。

 

 

「が……ッ! 馬鹿な――!?」

 

 

鳴き声がする。

すると再び衝撃、ベルデのデッキに大きな角が刺さっていた。

角はデッキを貫通し、バックルを貫通し、ベルデの腹部に深く抉り込んでいく。

 

 

「ゴポォッ!」

 

 

吐き気がしたと思えば、大量の血が口から出てくる。

ベルデが確認したのは、背後から自分の体を尾で貫いたベノスネーカーと、デッキを粉砕したベノゲラスの姿だった。

さらに粒子化しつつもベノダイバーが出現。

待機していたバイオグリーザの首を跳ね飛ばす。

 

 

「モンスターっては、便利だな」

 

「お前ッ、いつの間に、アドベントを――!」

 

 

そこでハッとするベルデ。

そう言えばニコから教えられた情報に、ミラーモンスターの"なつき度"についての説明があった。

なついているモンスターはアドベントを使わずとも主人が危険な時は助けに現れる。

いやそれだけじゃない。"粒子化するスピード"も、多少は遅くなるのだ。

 

 

(しまった……! 俺とした事が!)

 

 

ベルデは己の先入観を悔やむ。

まさか浅倉がなつかれているとは思ってなかった。

それは仕方にない。高見沢は今までの戦いをニコから聞いていただけだ。

なつかれていると言えば、一般的にはペットに対するものとして認識するのが普通だろう。

浅倉のような男が自分のモンスターを可愛がったりする物か。

そんな勝手な先入観があったのだ。

 

しかし実際は己の性質にあった行動をするだけでもなつき度は跳ね上がる。

何もペットのように頭を撫でたり、餌を与えたり散歩に連れて行けば~と言う話ではない。もちろんそれでも上がるが、まずはやはり性質を受け入れ、それに見合った行動を取る事だ。

 

王蛇のモンスターは全て『力』と言う性質を司っている。

歪んでいようが、なんであれ力は力。それを伴っている浅倉には、当然モンスターも忠誠を誓うと言うわけだ。

 

 

「………」

 

 

同じくデッキが壊れたことで変身が解除される高見沢。

生身の二人だが、高見沢の腹部には尚もベノゲラスの角が深く突き刺さっている。

とは言え、そこでミラーモンスター達は完全に消滅。高見沢はもう一度大量の血を吐血してよろけた。

倒れはしないが、正直立っていられるのが不思議な物だ。

 

 

「ハハ! やるじゃんか浅倉!」

 

 

倒れた杏子も体を起こして笑みを浮かべている。

浅倉は釣られた様にさらに笑う。それだけじゃない、その目に宿していた殺意がより膨らんでいった。

強く掴むのは、高見沢の首。浅倉は『首を絞めて殺す』と言う、シンプルで分かりやすい方法を選んだ。

 

 

「ウぐ――ッッ!!」

 

 

なんとも不思議な光景だ。

人間を遥かに超えた騎士の力を持っていた筈の二人が、今こうしてシンプルな方法で生と死のボーダーラインの上に立つとは。

 

高見沢は、ギリギリと力が入る浅倉の手を掴もうとする。

しかし腹部をベノゲラスの角で貫かれ、内臓をグシャグシャにされた彼に抵抗を示せるだけの力は残っていない。

立っているのも、やっとの状況なのに。

 

 

「ハハハッ! ハハハハハハ!!」

 

 

高見沢は浅倉の笑い声を聞きながら、自分の喉が潰される感覚を覚えた。

徐々に意識も遠くなり、耳鳴りが酷い。目の前が赤く染まり、思考は停止してしまう。

ケーニギンもニコがカウンター特化に設定しているため、自分からは何もしなかった。

せめてもの幸いは、その隙を杏子が狙わなかった事だろうか? 杏子は現在、浅倉が行う殺人ショーを楽しそうに見ているだけ。

 

 

「―――」

 

 

ダラン、と、浅倉の腕に掛けていた高見沢の手が落ちた。

今まで死ぬ気で上り詰めて来た男の最期が、どこの誰とも分からぬ男に絞め殺される。

なんて滑稽な事か。きっと死体もさぞ醜くなるに違いない。

何よりも今、浅倉に見下されている。

 

 

(当然だ、俺を殺すんだからな……)

 

 

ああ、なんて……。

 

 

(気にいらねぇな)

 

 

完全に、浅倉は油断している。

獲物を取るその瞬間は、どんな猛獣も『隙』が生まれる事を高見沢は熟知していた。

そう、勝利を確信したその時がウィークポイントなのである。

 

 

「―――」

 

 

高見沢の意識が憎悪によって覚醒する。

確かに勝利の瞬間は――、勝負が決まる時だ。

だが逆を言えばまだ終わってはいない。逆転できるだけの要素(カード)があるのなら、話は違ってくる。

 

 

(俺様を見下していい人間なんざ、この世のどこにも存在しちゃならねぇんだよ)

 

 

高見沢はスーツの裏に手を伸ばす。

それは一瞬の出来事で、浅倉は引き抜かれた『それ』を見て呆気に取られる。

 

 

「ァ?」

 

(俺の立場だからこそ――)

 

 

上り詰め、権力を使い。時には裏の道に顔を出す。

 

 

(だから得られる武器がある)

 

 

死ね。

そう思い、高見沢は抜いた"ハンドガン"の引き金を引いた。

 

 

(一つ教えてやるよ。どんな猛獣もな、狩人には勝てねぇ)

 

 

何故か分かるか?

それは人が食物連鎖の一番上に立っているからだ。

人は優れた道具を今まで作ってきた、その武器が猛獣を殺すんだよ。

獣に負けないと泥を舐め、貪欲に生きてきた結果が齎した武器が。

 

 

「浅倉ぁあッッ!!」

 

 

杏子の叫びが聞こえた気がするが、高見沢の耳に響くのは銃声だけだ。

その瞬間、決着はついたのだ。奇しくも、高見沢に勝利を齎したのは、神那ニコのトラウマを作った物と同じだった。

 

 

「――ざまあみやがれ糞野郎」

 

 

テメェには一生持てなかった武器だろうよ。

高見沢は眉間に風穴が空いた浅倉を目に映し、笑いながら地面へと倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――」

 

 

真っ暗な闇の中に光を感じて、それを掴もうと手を伸ばした。

闇の水をかき分けて、その光に手が触れた時、ニコは目を覚ます事を許された。

ぼやける視界と思考。けれどもニコは『自分』が『自分』である事の異常を察する。

魔女になった筈なのに、今はこうして人の姿を保って存在しているじゃないか。

そうか、待てよ。ははあ。高見沢が50殺しを達成させたのだな。

 

 

「おい」

 

「ッ!!」

 

 

しかし最も聞きたくなかった声が背後から聞こえた。

ニコは跳び上がるようにして体を其方に向ける。

見上げる先には佐倉杏子がムスっとした表情でコチラを見ているじゃないか。

体に傷はあり、衣装には血のシミができているものの、今現在は完全状態とも言って良い杏子。

 

青ざめて目を見開くニコ。

高見沢はしくじったのか? なんでコイツがいるんだよ。

計算外だった。とにかくと抵抗しなければ、ニコは半ば反射的に変身を行う。

 

 

行う?

 

 

「――……ッ!?」

 

 

変身、できない?

ニコはゾクリと寒い物を背中に感じた。

変身が封じられた訳ではない。杏子にそんな力は無い。

では何故変身ができないのか。

 

 

(ソウルジェムが……、出せない)

 

 

ニコはキュゥべえとたくさん話したので、ルールには詳しい。

ニコは青ざめていた。向こうには高見沢が倒れているのが見えた。

既に、粒子化が始まっている。

 

 

「コッチの馬鹿(あさくら)はもう消えちまったけど」

 

「ッ!」

 

「なんか、ジュゥべえからのサービスらしいよ」

 

「は……?」

 

 

その時、脳内に響く声。

 

 

『まあ、そう言う事だな神那ニコ』

 

「ジュゥべえ――!?」

 

 

ジュゥべえが言うには、ニコが一番妖精に出会った回数が多いのだと言う。

そしてニコは"もうジュゥべえたちを利用する事は無い"だろうから、今までの記念と言う事で何かを残してあげたかったと説明される。

 

 

『ほら、オイラそう言う所律儀だからさ。ちゃんとしてるって言うの?』

 

 

面倒そうにしていたけど、ちゃんとオイラたちを見つけてくれたニコちゃまには感謝してる訳だよ。

と言っても、テメェのレジーナアイがあれば誰でもオイラ達を見つけられるんだろうが。

 

まあまあそこは置いておいてだな。

とにかくとオイラはテメェに一つのサービスを今ココで特別にくれてやる事にしたんだよ。

先輩には反対されたけどさ。ココはオイラが一つ無理を言って通してもらったんだ。

感謝してくれよ。それに、ほら、ルールもあるからな。

もう分かってるとは思うけど、その説明は一応しないと。

 

 

『つー訳で、まずはパートナーの最期に立ち合わせてやるよ』

 

「――ッッ!!」

 

 

全てを理解したニコ。

彼女は発狂したように叫ぶと、高見沢の元へ走り出す。

それを見て、杏子は鼻を鳴らす。彼女は彼女でキュゥべえとコンタクトを取っている所だった。

 

 

「まさか銃を隠し持っていたとはね。日本でよくやるぜ」

 

 

キュゥべえから届いた浅倉の死亡通知。そして杏子は一つ、彼に質問を。

 

 

『浅倉のメインモンスターはベノスネーカーで問題ないよな』

 

『そうだね。それで問題ないよ』

 

『じゃあ、つまり……』

 

『ああ、キミは既に――』

 

 

そんな会話が行われている向こうで、ニコは高見沢の傍にやって来た。

呼吸を荒げ、嗚咽を漏らす。けれどもソレは高見沢が死にゆく事に対しての悲しみとは少し違っていた。

 

 

「おい! おいッ! なあおいッぅ!」

 

 

ニコは高見沢の肩を抱えて大きく揺さぶる。

既に高見沢の目に光は無く、体に空いた風穴からは血も流れきったと言う印象だ。

事実、彼はもう死体と言っても差し支えは無い。

ジュゥべえが延命として僅かに生命エネルギーを与えているだけ、よって会話もテレパシーでなければならない。

 

 

『おい! おい! なあ――ッて!』

 

『うるせぇなクソガキが。死ぬ時くらいゆっくりさせろ』

 

 

首を振るニコ。

彼女の目には涙がいっぱい溜まっているが、それも悲しみからとは少し違う。

自分が今ここにいると言う事は、だ。

 

 

『なんでだ!? なんでなんでなんでッ!!』

 

 

どうしてどうしてどうしてどうしてどうして――ッ!

 

 

『なんで私を人間に戻したんだッッ!!』

 

『………』

 

 

震える声でニコは涙を撒き散らす。そうだ、今の神那ニコは確かに人間だった。

ルールの一つ、魔女化した魔法少女を人間に戻す方法。それはデッキが破壊された状態で騎士が殺される事だ。

そうすれば魔女となった魔法少女はそのしがらみから解放されて人間に戻る。魔法少女の資格を失い、力を失い、願った希望を捨てて人呪いから解放されると言う訳だ。

尤もそれが何を意味するのかは、巴マミの一件で証明されている。

 

 

『駄目だ駄目だ駄目なんだっ! だって、だって私が、私が願ったのは――』

 

 

首を振り、髪をかき乱し、涙を流し、嗚咽を漏らす。

今のニコに以前の様な冷静さも、達観さも、ましてやミステリアスな雰囲気など微塵も感じられなかった。

ただその事実が認められなくて、でもどうしようもなくて、悔しくて訳が分からなくて泣き崩れているだけ。

 

 

『私が人間に戻ったら――』

 

『そうだな、テメェが魔法少女になった理由が消えちまうな』

 

『じゃあ、じゃあ――ッ!』

 

 

涙が止まらなかった。

人らしさを失ったニコにしてはおかしな光景だ。

しかしそれがニコが『神那ニコ』として生まれる前の出来事に絡んでいるのだから仕方ない。

 

高見沢もそれを理解していた。

マミを例に出せば分かりやすい話だ。マミは生きたいと願って魔法少女になった、だから命を継続させる事ができたのだ。

 

しかしマミがルールによって人間に戻った時、その願いは無効とされ、マミは『生きたい』と言う願いを否定されて死に至った。

つまり、ニコの場合は……。彼女もそれが分かっているから錯乱状態にあるのだろう。

 

 

『なんでこんな事を――ッ!』

 

『………』

 

『だってそうだろ!? 私が人間に戻ったら――』

 

 

それは、つまり。

 

 

『私が殺した二人が、また死んじゃうッ!!』

 

『そりゃ、そうだろ』

 

 

今頃、ニコが願いの力で蘇生させた二人は眉間に風穴が空いて絶命しているだろう。

それはいきなりの事で、誰も真相には至れはしない。

知っているのは今この場にいるニコと高見沢のみ。

ニコは狂ったように高見沢へこうなってしまった責任と、なぜ自分を生かしたのかを問い続ける。

 

 

『無くなった! 無くなってしまったじゃんか! 私の生きてて良いと思える希望がッ!』

 

 

ニコが壊れず、多くの物を失いながらもココに立っていられる理由が、希望が、この瞬間に消え去った。またパパとママは苦しむ。殺した二人は死んでしまう。その家族や、関わった人達が苦しむ事になる。悲しむ事になる。

 

しかも今回は原因不明の死。いきなり死んだのだ。

そのシチュエーションを想うだけで気が遠くなる。

もしかしたら恋人ができてデートをしている途中だったかもしれない。

もしかしたら家族と楽しい食事の時間だったかもしれない。

 

かもしれない、かもしれないのに、二人は死んだ。

眉間に風穴をあけて、血を撒き散らして死んでいった。

こうなってしまっては僅かな延命と言うだけにしかならなかった。

むしろ多くの時間を抱えている分、それだけ絶望も大きくなろう。

 

そして何よりも自分(ニコ)が。

己がこの手で二人を殺したのだと言う『事実』が消える事が無い。

要するに、神那ニコは聖カンナに戻ってしまったと言う訳だ。

 

 

『そんな――ッ、そんなぁぁ……!』

 

 

嫌だ、どうして、私は何のために――ッ!

ニコは涙を流しながらへたり込む。最悪すぎて笑えてくる。

もう何も分からない。もう理解できない。もう嫌だ何もかも。

 

 

『私は……、どうすればいいんだよぉ』

 

『どうすればいい? 馬鹿か、お前は』

 

 

そして当の高見沢は一言。

そんなもの、初めから決まっているだろうと。

 

 

『生きろ、神那ニコ。お前はあくまでも神那ニコなんだからよ……!』

 

『!』

 

 

むしろコレは丁度良い事かもしれないと高見沢は告げた。

ここが最後のボーダライン、最後の試練。

もしくは、最後の希望となりうる。

 

 

『自分が抱えた罪を、笑え』

 

『ッ!?』

 

『強欲に生きろ! 神那ニコ!!』

 

 

生きる事を、欲しろと。

 

 

『他者を殺した事を受け入れ、それでも尚生きて、いや生き抜いてみせろ!』

 

 

ニコは、また人として生きたいとあの夜に告げた。

ならば生きれば良い。自分が犯した罪を自覚しつつも、また笑いたいと胸を張って言えばいい。

また美味い物を食べたいと。面白い物が見たいと、自分に教えてやれば良い。

 

人を殺したから自分に生きる価値がないと思う心を殺せ。

他人の夢を奪ったから、お前には夢を持つ資格がないと吼える第三者を睨み殺せ。

自分を愛せ。自分が罪の意識に苦しんでいるのなら、自分自身を何が何でも助けてやるんだ。

誰もが皆、欲望を抱えている。どんなことをしても、どんな人生を歩んでも、人は常に願いを抱えている。

その欲を、自分自身が叶えてやるんだ。

 

 

『きっとお前にも、人間になれて嬉しいと思える生き方がある』

 

 

せいぜい、それを賢く見つける事だ。

高見沢はそう言って大きなため息をついた。

もっとも"本体"の方は、もう呼吸すらしていないが。

 

 

『そうすれば、お前を人間に戻した意味もあんだろ……』

 

 

『――んで』

 

 

ニコは歯を食いしばって唸る。

目をギュッと瞑った為、ボロボロと涙の雫が高見沢の頬に落ちた。

彼がどんな事を考えているのかは知らない。しかし結果的に、ニコはまた高見沢に助けられる事になる。

 

 

『なんでお前は私に優しくしてくれるんだよぉぉっ!』

 

 

その意味が分からないから気持ち悪いんだ。

すると高見沢はゲラゲラと笑って鼻を鳴らす。

 

 

『別に優しくした覚えも、助けた覚えも無ねぇよカス』

 

 

自分がした事と言えば、ニコの欲望を刺激する行動を取っただけだ。

それにこれはあくまでも偶然だ。たまたまベルデのデッキが破壊され、王蛇に遅れをとった為に死ぬ事になっただけ。

 

何も初めからニコを助けるつもりがあった訳じゃない。

結果的に、ただこうなっただけ。ただまあ、こういう選択肢も悪くはないと思っていた。

だから別に高見沢は不満があるわけではない。

だから、あえて理由を作るとすれば――。

 

 

『面白そうだった。からかもな』

 

『はァ? な、何言ってるんだよ! 訳分かんないぞ!!』

 

『言っただろ。気に入った相手は評価すると』

 

 

純粋に見てみたかったのかもしれない。高見沢はそう笑った。

クソ生意気で達観しているガキが、ただのガキに戻る光景とやらを。

それが純粋な興味だ。高見沢と言う男に湧き上がった興味。

それは言い換えるなら知的欲求、新しい欲望だった。

 

 

『俺は我慢する事が耐えられねぇんだ。見たいと思ったものは全て見る。それが俺の人生だ』

 

 

ニコは凄まじい力を持っていると言うのに、みすみす腐らせる。

それを止めたいと思う事もまた高見沢の為であり、自らの欲望を叶える過程であったと。

つまりニコにとって助けられていると思った事は、高見沢にとっては全て自分の為だったと言う訳だ。

 

 

『そんなのッ、自分の命を投げ打ってまでする事なのかよ!』

 

『一度覚えた欲望だ。それが叶うなら俺は死をもいとわない』

 

 

欲深いんだよ俺は。

叶えるためなら命をも(ベット)するだろう。それがただの遊戯でもだ。

ルーレットに命を賭けるのも、高見沢にとっては当然のことだ。

 

 

『それに、言っただろ』

 

『――ッ?』

 

 

一緒にゲームをした夜。

高見沢は自分が抱えている自論をニコに話していた。

 

 

………

 

 

俺はデッキを手に入れて騎士になった。お前は願いを叶えて魔法少女になった。

二つの力は人間を大きく超えている。だからこそ俺達は人の上に立つ事を許された存在でもある。

 

ただ、いつかその事実が崩れる時は、必ずやってくる。

そもそも俺たちが人間と違う部分は、ただ物理的な力を持っているかどうかでしかない。

特別な人間なんて、この世にはいない。騎士も魔法少女も人である点は覆らない。

 

仮面を被り、敵と戦い、そして生き残る。

それがベルデとしての俺だ。だがな、周りをよく見てみろ。

どんな冴えない様なサラリーマンの親父も、毎日営業スマイルだのと外面を意識した仮面を被って、他の社員に居場所を奪われないように仕事や自分と戦い、そして家族や自分自身の暮らしを守る為に死ねない。

 

つまり毎日を生き残る為に、必死で戦っている。

 

何が違うってんだ、ベルデと。

それは別にサラリーマンだけに言えた事じゃない。学生だったり。フリーターだったり。

優等生も。働いてねぇ奴だって。大きな犯罪を犯した奴ら。幼稚園に通ってる様なチビガキ。

とんでもねぇ人間の屑だって、形は違えど同じようなサイクルとシステムの上に立っている。

 

その中で他者を傷つける事はある。蹴落とす事もある。

俺はそうして来たし、俺がそうされる可能性はもちろんある。

じゃあ何だってそんな事をすると思う? その戦いの先に何があるってんだ?

 

 

『それは生きる意味。欲望じゃねぇのかよ?』

 

 

こんなクソみてぇな世の中で何度も裏切られ、傷つき、それでも尚、俺たちが生きようと思えるのは、そう思えるだけの魅力的な物があるからだろう。

その宝物は一人一人違うかもしれないが、欲しいと思う心は同じだ。

 

それを求める事が欲望なんだよ!

生きる意味、力、源! それを求めて、誰しもがクソみてぇな世界を受け入れている。

常に毎日、誰かと、何かと戦って、命を賭けている。

 

 

『……!』

 

『いいか、もう一度言うぞ』

 

 

誰も、何も、変わらない。

 

 

『人間はみんな、騎士なんだよ……!』

 

 

どいつもコイツも俺と同じだ。

だがそれは肩を並べるって事じゃねぇ。

俺はそれが嫌だった。だからそいつらを見下す為に、それができる位置にたどり着いた。

それが俺の欲望だったから、俺は諦めなかった。

 

勘違いするなよニコ、お前も特別じゃない。

人を殺した奴なら他にも山ほどいる。ムショ見れば一発よ。

お前は、そんな中の、一欠片でしかない。

 

さも特別な様に。さも悲劇を背負った可哀想なヒロイン面を続けるのはもう止めておけ。醜くて仕方ない。反吐が出そうだ。

そんな時間があったらな、自分(テメェ)の欲望に少しは耳を傾けてやるんだな。

 

 

『その方が……、はるかに有意義に過ごせるぜ』

 

『うあぁ! ぁぁあああ!』

 

 

ボロボロと涙を流すニコ。

それを見てゲラゲラと笑う高見沢。

どうやら彼の欲望は、また一つ満足と言うゴールを迎えたらしい。

 

生意気だとイラついていたニコの泣きじゃくる姿を見て、高見沢は今までの行動が無駄ではないと、より笑い声を上げる。

別にニコが望んでいようがいまいが、ここれは高見沢自身が望んでいたのだから、気分は良いに決まっている。

 

しかし一つの欲望が終われば、また新しい欲が湧いてくるのが人間だ。

今回もそれは例外ではない。

 

 

『そろそろ、俺も終わりだ』

 

 

死後の世界ってヤツが見たくなって来た所だ。

丁度いいと高見沢は言う。その欲望が、今満たされる。

 

 

『ま、待ってよ! ちょっと待ってくれよ!!』

 

『ふざけんな、もうテメェには飽きた』

 

 

俺は先に行ってるぜ。

高見沢の声が遠ざかっていくのを感じ、ニコはますますパニックになり高見沢の体をゆする。

しかしどれだけニコが叫ぼうとも、高見沢は話しを聞く気はなかった。

まして待つ事も不可能だから。

 

 

『最後にもう一回言っておくぜ』

 

『おい! なあ待ってよ! ちょっと待って!!』

 

『生きろ。お前には――、いや誰しもにそれだけの才能と力が、そして欲望がある』

 

『待って、お願いだから!!』

 

『それを腐らせたまま終わるか、高みへ目指す武器にするかは――』

 

『置いて行かないで!!』

 

『お前の、自由だ』

 

 

そこで、声が途切れた。

肉体も完全に粒子化して消えうせる。

ニコはしばらく呆然としていたが、やがてまた涙を浮かべて顔をしかめる。

 

あったんだ。ニコにも、欲望と言える物が。

できたかもしれなかったんだ。"まとも"になったら一番初めにやりたい事が。

それがしたいから、ニコは過去に向き合う。過去を清算させる決心を固められると思っていたんだ。

 

 

「お前とまた、ゲームしたかったんだよぉ……ッ!」

 

 

楽しいと思えた、人と遊ぶ事が。

お前はノリ気じゃなかったけど。私は……、私にはとっても楽しいって思えそうな事だったんだ。

だからまた、一緒にしようって言いたかった。

だってまだ二面の途中なんだぞ。全クリするまで一緒にするのが普通なんじゃないのかよ。

 

 

「戻れないぞ、もう……! どこにも戻れない!!」

 

 

今更、両親の所には帰れない。でも一人で生きていく力も失った。

 

 

「さみしぃぞ……! さみしぃよぉ」

 

 

まともになっても、お前がいなかったら、私は誰とゲームすればいいんだよ。

教えてくれよ、教えてよ、私は、私の欲望は――

 

 

「たかみぃ……!」

 

 

涙がボロボロとこぼれていく。

そこにいるニコは紛れも無い、ただの人間であった。

心を失った彼女にとっては、狭い世界だったろう。

 

しかしその狭い世界が、ニコにとっては全ての世界へとなりうる物だった。

その世界が崩れた時、ニコは再び道に迷う事になってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【浅倉威・死亡】

 

【高見沢逸郎・死亡】【神那ニコ・リタイア】

 

【これにより両者復活の可能性は無し。よって、ベルデチーム完全敗退】

 

【残り12人・8組】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「安心しろよ。お前もすぐにパートナーの所へ行くんだから」

 

「!」

 

 

振り返るニコが見たのは、三日月の様に唇を吊り上げている杏子だった。

そうか、そうだな、その通りだ。あくまでもココはFOOLS,GAMEの歯車の中。

理性の無い獣には、喰われるだけなのかもしれない。

 

むしろこのまま生きる道が分からぬニコにとっては、杏子が殺意を向けてくれると言うのは喜ぶべきものなのかもしれない。

だが、だがそれでも。

 

 

『生きろ』

 

 

そう、言われた。

そしてニコは、自分の中に新たに生まれつつある欲望を理解していた。

それはまだ心の中にあったちっぽけな正義感が引き起こすものなのか。

 

とにかく、生きているのならば、どうしてもやりたい事があった。同時に感じる責任があったのだ。

だから生きたい。ニコは自分の心に宿る生への執着を覚える。

だがこの状況、どう切り抜ければ――?

 

 

「って、言いたいんだけどさぁ」

 

「!」

 

 

杏子は首をダルそうに回すと、槍を手で弄び、地面を踏んで急旋回を行った。

このままニコを突き刺して殺す事は簡単だ。そう、ごく簡単な事。

杏子としても余裕と思っていた相手に煮え湯を飲まされた為、ここいらで一矢報いたい思いもあった。

けれども、それよりも優先させるべき事があるのならば、話は別だろう?

 

 

「おいッ! さっきからジロジロ見てんじゃねーよ!」

 

 

杏子はニコではなく、虚空に向かって槍を投げる。

生い茂った草むらに消えて行く槍。するとそれが何かにぶつかる音と、ケラケラ笑う甲高い声が聞こえて来る。

 

 

「ッ!!」

 

 

理解するニコ。

呼吸を荒げて、肺が破裂してもいいからと全速力で杏子から走り去る。

いろいろな意味を含め、これが最後のチャンスかもしれないから。

 

 

「……チッ」

 

 

杏子は小さくなるニコを複雑な表情で見つめていた。

見逃すのはやはり気持ちが悪い。しかしサックリ殺してもいいのだが、それはそれで気に入らない物がある。

その全ての原因が、笑い声を上げながら杏子の前に姿を見せる。

 

 

「あっれぇ? やっぱりアタシって隠れるのは苦手なのかな」

 

「………」

 

「でもほら、仕方ない。やはり輝いている存在はそれなりのオーラを出してしまう」

 

 

ユウリ様――、参上。

対して舌打ちで零す杏子。うんざりしたように睨み付ける。

 

 

「感じたさ。薄汚いオーラって奴をさ」

 

「言ってくれる! クソ女の分際で」

 

 

ユウリも笑みを消すと、激しい憎悪の表情で杏子を睨みつける。

この落差。ユウリもまた、感情を壊したガラクタでしかない。

笑みも、希望も、ユウリにとっては歪んだ物でしかないのだから。

 

 

「何で神那を逃がした。屑かよお前、ずいぶんお優しくなられたな」

 

「………」

 

「そんなんだから鹿目ちゃんに負けちゃうんだよ」

 

 

ユウリは冷めた目で杏子を睨む。

杏子は青筋を浮かべてユウリを睨んでいる。

お互い、ありったけの殺気を出して威嚇する。

 

 

「アンタがいなけりゃ殺してたさ」

 

 

杏子は思い出していた。

ユウリは参加者全員の死を望んでいる。

杏子としては別にリタイアしたニコに拘る意味も必要も無かった。

まあニコを殺したいと言えばそうだが、その殺意を優先させるよりは、利用した方がいい。

 

要は、あそこでニコを殺せば文字通りユウリの思う壺ではないかと。

ニコを逃がしたほうがユウリとしては悔しいはずだ。だからそうした。

そもそもどうせニコを攻撃した時に横から不意打ちしてきた筈だ。

 

 

「違うか? ユウリィ」

 

「ああ、正解だよ。大正解」

 

 

ユウリはリベンジャーを出現させる。

ユウリはニコを殺したくて殺したくて仕方ないはず。

それを邪魔するのは、正直言ってニコを殺すよりも気分がいい。

 

 

「追いたいの? 追いたいよなぁ、そりゃあさァ」

 

「テメェ……ッ!」

 

 

ムカつくイラつく大ッ嫌い!

ユウリはドスのきいた声で罵倒の言葉を杏子へ浴びせていくが、最後に浮かべるのはやはり歪な笑みだった。おかしくもないのに笑ってる。

 

 

「勘違いしてもらっちゃ困る。殺害リストの中には当然アンタも入ってるわけ」

 

 

ニコを殺すのは、杏子を殺してからでも遅くは無い。

それに考えてみれば杏子とは色々と因縁がある。

リーベエリスで味わった屈辱は忘れてはいない、だから――

 

 

「今度こそブチ殺す! 佐倉杏子ッッ!!」

 

「上等だ、次こそ地獄に沈めてやるよユウリィィ!」

 

 

中指を立てるユウリと、首をかき切る動作の後にサムズダウンを行う杏子。

瞬時、二人は地面を蹴って走りだした。いつぞやの戦いでは決着がつかなかったからこそ、ここでケリをつける。

ユウリは早速エルザマリアを召喚。マントのようにして身に着ける。

 

 

「来い! ギーゼラァアア!!」『アドベント』

 

 

さらに銀の魔女ギーゼラを召喚。

すぐにバイクモードに変形させてシートに飛び乗った。

ギーゼラは巨大な魔女だが、バイクモードになると搭乗者に合わせてサイズを変更する機能がある。バイクに乗ったユウリはさらにリベンジャーを構えた。

 

 

「ミックスミキサーッ! クラッシュブルー!!」

 

 

銃を振って弾丸に色をつける。

 

 

「死ねぇええええええええええ!!」

 

 

ビンコットラッシュ。

ユウリの両肩上にマシンガンが出現して青い銃弾を連射していく。

凍結効果の弾丸が、あっという間に杏子の周りを氷のフィールドに変えた。

もちろんユウリは杏子に銃弾を当てるつもりだったが、槍を回転させて盾を作ると、弾丸を次々に弾いていくのだから仕方ない。

 

 

(マシンガンの連射を槍で防ぐとか普通無理だろ、人間じゃねぇのかアイツは)

 

 

あ、魔法少女だった。

ユウリは舌打ちと共にギーゼラのスピードを上げる。

杏子に銃弾を打ち込めなかったのは残念だが、まあ計算内であったと言えばそうだ。

狙いは周りにできあがった無数の氷柱。それは檻となり杏子の動きを封じる。

それだけでなく、氷の地面は滑って動きにくい。ニコとの戦いで杏子も疲労している筈。魔力の消費を抑える為に無駄には動けない筈だ。

だからこそラッシュを掛ける!

 

 

「イーブルナッツ!」

 

 

リーベエリス跡地での戦いをスルーしたのはこの時の為だ。

ユウリは最終決戦に向けて、大量のグリーフシードとイーブルナッツを生み出した。

それを今回惜しみなく使っていく。ユウリはギーゼラのスピードをマックスにまで上げると、適当に掴み取った無数のイーブルナッツを強引にギーゼラへ押し当てる。

 

歪み、禍々しく強化されるギーゼラ。

ドス黒い噴煙の様な排気ガスと共に、エンジンは爆音を上げる。

ユウリはシートを蹴って影の翼を広げると、銃弾を赤色に変えて、杏子ではなくギーゼラへ銃弾を発射していく。

 

 

「悪いね、ギーちゃん」

 

 

赤色は炎の弾丸。

激しい連射にギーゼラの体はあっという間に燃え上がっていく。

そしてそのままギーゼラは杏子が氷柱に閉じ込められている杏子のもとへ突っ込んでいった。

ギーゼラの体内には多くの燃料がある。当然その炎は体内の油へと触れる事となり――

 

 

「爆ぜろぉオッ!」

 

 

大爆発。

周りの氷を吹き飛ばしながら爆炎が巻き起こる。

しかし、それは一瞬だった。激しく燃えていた炎はあっと言う間に闇に吸い込まれていく。

ブラックホールだ。さらに巨大なシルエットが吼えた。それはまさに炎をかき消すように。

 

 

「グジャアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

「チィッ!」

 

 

浅倉が死んだ今、ミラーモンスターの命令権は杏子に移る訳だが、ジェノサイダーはブラックホールの中に自身を隠す事ができる。

つまり杏子にはデメリットが無いと言う訳だ。

必要に応じてモンスターを呼び出せばいい。そして危険ならばブラックホールの中に隠せばいいだけの話だ。

 

 

「つまんねぇ手だなァ! 魔女も気の毒だね、飼い主のセンスが最悪で」『ユニオン』『ユナイトベント』

 

「黙ってろッ!!」

 

 

杏子がジェノサイダーと融合する。

それを見てユウリはイーブルナッツを二個、エルザマリアに与えた。

さらに使い魔も周りに出現させて影の触手を無数に出現させる。

触手の先には動物の顔がついており、中には刃になっている物もあった。

イーブルナッツで強化させた魔女は、そこら辺にいる魔法少女なら数分で血祭りにできる事だろう。

 

 

「貫けぇエエエッッ!!」

 

「ウゼェな糞がぁア!!」

 

 

ユウリの合図と共に、無数の黒が杏子へと向かって行く。

しかし杏子は怯まない。ロンギヌスを両手に構えると、さらに自身の周りにも無数の槍を出現させた。

 

槍はすぐに割れ、中から鎖の擦れる音が聞こえる。

無数の多節棍が蛇のようにうねり、影の触手とぶつかり合う。

刃は影を引き裂くが、触手はユウリの意思一つでまた生まれていくもの。

現れ壊され、現れ壊され。これを続けていけば杏子の魔力切れを誘うことが出来た。

 

 

(でもアイツにはアレがある――ッ!)

 

 

異端審問。

地中からの奇襲に加え、ロンギヌスの場合は空中からの追尾機能がある。

このまま攻撃を続けていても、やがては不利になるのは分かっていた。

 

 

「コルノフォルテ!!」

 

「ッ!」

 

 

牛の使い魔・コルノフォルテが杏子の背後に出現。

しかし杏子は気配を察知すると体を反らして突進を回避してみせた。

そこで目を見開く。牛と言う生き物に既視感を覚えた。

牛。そう、鹿目まどかが杏子の攻撃を打ち破った時に使用したのも牛の形をした天使だったか。

力が全てだと言う理を否定し、協力がどうのこうのと叶わない夢を吼える。

 

 

「最ッ高に腹が立つ!!」

 

「!!」

 

「目障りなんだよ、弱いクセにさぁああああッ!!」

 

 

杏子の怒りが一気に爆発する。

憎悪が力に直結し、槍のスピードとパワーが膨れ上がったのだ。

周りの槍だけで襲い掛かる触手を全て打ち消していき、杏子本人はコルノフォルテに向かって手をかざした。

出現するブラックホール、猪突猛進のコルノフォルテはブレーキがきかずに暗黒の中に吸い込まれていく。

 

 

「!!」

 

 

ホワイトホールが出現するのは影の触手の上。

つまり振り回されるロンギヌス達の真上と言う事だ。

翼を持たないコルノフォルテは手足をバタつかせながら落下していくだけ。

行き着く先は刃の乱舞、杏子が引き起こすミキサーに巻き込まれて、コルノフォルテは一瞬で細切れになる。

 

 

「ッ!」

 

 

コルノフォルテはユウリの魔力をたっぷりと与えられていたため、思い入れのあるモンスターだ。それをいとも簡単に殺されるのはやはり面白くは無かった。

だがそれ以上に杏子の爆発力が気になる。やはりソウルジェムは感情によってその魔力の量や質を変化させるのか。

 

 

「ッッらぁ!!」

 

 

杏子の咆哮と共に、ユウリの周りの地面が真っ赤に染まる。

このタイミングで異端審問。ユウリは息を呑んでエルザマリアを身に纏う。

直後地面から射出されていくロンギヌス。ユウリのマントをズタズタにして空中で旋回、刃を下に向けると、そのまま槍の雨へと二段構えの攻撃を。

 

 

「グッ! つぅう!!」

 

 

ユウリは、絶命して消滅途中のエルザマリアを投げ捨てると、歯を食いしばる。

やはり杏子が一番のラインになるか。鹿目まどかは不殺主義と言う甘さが保険となっていたが、杏子は本気で殺しに来る。

 

だがニコにあれだけやられたのだから、確実に消耗はしている筈。

今だって強化したギーゼラの攻撃を防ぎ、エルザマリアを殺したのだ。圧倒的にも見えるが、当然それだけの魔力は消費している。

さらに言えば現在、軽い暴走状態に陥っている。ならば魔力配分もロクに考えてはいない筈。

 

 

(なによりも――)

 

 

多少なりとも頭は回る様だが、所詮は力に頼ったゴリ押しの脳筋パワーファイター。

ニコにもその点を見透かされて見事にカウンターの前に散った訳だ。

それをユウリはしっかりと観察していた。

 

人はそう簡単には変われない。

ましてや意地になっている杏子を見ればそれはよく分かる。

魔法少女になっても人だった頃の中身と根本は同じなのだ。

 

 

「……切り札、行くか」

 

 

前回の戦いでパワーに負けた。

糞ムカつく事ではあるが、それは認めよう。それを認めよう。

王蛇の司る物とは力。それが杏子にも影響しているのは当然のことだ。

認めよう、ああ認めましょう全部。

 

だが――、しかし。

忘れてはいけない、ユウリは技のデッキに選ばれた。

そう技だ。力ではなく技。

 

 

「来い」『イーブルベント』

 

 

餌なら、たらふくある。

ユウリは目を細めてイーブルベントを発動した。

イーブルナッツを作り出す以外に、作っておいたイーブルナッツを呼び出す効果も持ち合わせている。

同時に、切り札と称するカードを真上に投げた。

 

 

「ッ!」

 

 

動きを止めた杏子。

ユウリの周りにザザザザと言う雑音が発生したかと思うと、黒い雲が発生したのだ。

いや、雲ではなくそれは無数のイーブルナッツ。

100以上はあるソレを、ユウリは何と一体の魔女に注ぎ込もうと言うのだ。

当然それだけ力は増幅し、逆に言えば力が多すぎてすぐにパンクしてしまう筈。

つまりユウリは短時間の決着を見越している。

 

 

「シズル」『アドベント』

 

 

リベンジャーの弾丸がカードを貫く。

同時に無数のイーブルナッツが、一勢にシズルと書かれたカードに収束して行く。

そして光が発生。それが形を作り、一体の魔女を降り立たせる。

 

 

『化蚊香窩可!』

 

 

趣の魔女『Sizzle(シズル)』。

大きな頭蓋骨の上半身を持ち、下半身はボロボロの着物で、足は人間のソレが一本だけ。

頭蓋骨の目部分には二つの顔がついており、頭には花の髪飾り、ツインテールの髪は手の役割も兼ねている、和風の魔女であった。

 

シズルはユウリにとって特別な魔女だった。

と言うのも、シズルはアルツトコッヒェン(飛鳥ユウリ)から守ってくれた魔法少女の成れの果てだからだ。

彼女もまた絶望し、それをユウリは見つけ出してカードに変えた。

シズルがいたからこそユウリはココにいる。

そしてシズルさえいなければ、『ユウリ』は死ななかったかもしれない。

 

 

「魔法少女なんかがいるから魔女が生まれる」

 

 

無駄な希望が生まれ、必要の無い絶望が生まれる。

無駄なサイクル、無意味な輪廻。考えるだけで呆れてくる。

だから、ユウリはシズルが好きだった。だからユウリはシズルが嫌いだった。

だからユウリはシズルがどうでもいい。

何も無い、結局、不毛。

 

 

「行け」

 

『尾ッほ頬ォー!』

 

 

シズルはどこからとも無く持ち出した二本の刀を髪で抱えて地面を蹴る。

カランコロンと下駄の音。動きにくそうな見た目とは裏腹に、一瞬で杏子の目の前に移動した。

イーブルナッツによる強化が施されており、さらにユウリは日頃からシズルを特訓していきた。

多くの魔女と戦わせる蠱毒を経験させて、よりシズルを強くしていく。

 

 

『肺ホー!』

 

(速い――ッ!)

 

 

既に刀は振るわれている。

狙う場所は首と胴。ユウリは目を閉じて確信する。

勝った、と。

 

 

 

 

 

 

 

ガキンッ!

 

 

「!?」

 

だが、しかし――!

 

 

「そんなッ、馬鹿な――ッ!?」

 

「ハッ、ちょっと速くなっただけだろ」

 

 

杏子は確かに反応してガードを行っていた。

両手に持ったロンギヌスでシズルの刀を防ぐと、さらに多節棍に変えて刀を縛りあげる。

そのまま槍を地面に突き刺し、周りから槍を生やすと、さらにシズルの刀を縛り上げていく。

 

 

『蘭・卵・覧ッッ!』

 

 

シズルは刀が駄目になったと知るや、武器を捨てて跳躍。

骸骨についている二つの顔が伸びて、杏子を噛み殺そうと牙を剥いた。

しかし杏子はその顔の追跡を宙を舞って華麗に回避していく。ただ闇雲に回避しているのではなく、蛇の様な長いシズルの顔を互いに絡ませ、乱雑に結んだ様な形にさせた。

 

つまり逃げている間にもカウンターを仕掛けていたと言う訳だ。

シズルは強化されても知能は薄いのか。

顔同士が絡み合ってバランスを失い地面へと倒れてしまった。

 

そこで追撃が加わる。

杏子はシズルが倒れた場所に異端審問を発動、槍がシズルを貫き、同時に降り注いだ槍達が魔女の体をさらに抉り削っていく。

 

 

『麩giiiiiiiiiiiiiiiiiiiッッ!!』

 

 

シズルの体から、赤黒い血が大量に流れ出ていた。

まるで人間のようだ。杏子はニヤリと歪に頬を歪ませる。

少し気分が良くなってきた。シズルが動きを止めたのを確認すると、一旦融合を解除。

自身の背後にベノスネーカー、ベノダイバー、ベノゲラスを待機させる。

 

 

「う、嘘だ――ッッ! いくらなんでも最大強化させたシズルをあんな簡単に……!」

 

 

ユウリは何もできず、その光景を見ているだけ。

納得がいかないのか、何度も何度もあり得ないと吼えるだけだった。

 

 

「切り札とやらもガッカリだね」『ユニオン』

 

 

騎士を失う事は魔法少女にとって大きな損失だが、同時にメリットも一つあると言う。

それを今から見せてやると杏子は地面を蹴った。反応する三体のモンスター達、彼らは同時に咆哮を上げて杏子の命令に忠実に従うのだ。

 

 

「こんな事もできるんだ」『ユニオン』『ファイナルベント』

 

 

パートナーがいない為に複合ファイナルベントは使えない。

だが、いないからこそ使える技がある。

 

 

「来い! ベノダイバー!」

 

 

ベノダイバーはその命令に従い、一気に杏子のもとへと移動する。

そう、本来は騎士が使うファイナルベントを発動できるのだ。

杏子はベノダイバーの上に飛び乗るとハイドベノンを発動してシズルを狙う。

 

 

「ハァアアッッ!!」

 

 

電流と水流を纏った突進がシズルを打った。魔女は地面を転がり悲鳴をあげる。

杏子はベノダイバーから飛び降りると、もう一度ファイナルベントを発動した。

隣に現れるのはベノゲラス。杏子が肩のほうに足を置いてロンギヌスを突き出すと、ベノゲラスは地面を蹴って加速していく。

 

 

「行けぇエエッ!!」

 

 

杏子がエネルギーを纏っていく。

力を具現させた様な突進。ヘビープレッシャーが、立ち上がったばかりのシズルを襲う。

 

 

「くそッ! クソクソクソ!!」

 

 

悲鳴、重い音、ユウリの目にはロンギヌスが深々と刺さったシズルの姿があった。

さらにヘビープレッシャーの衝撃で地面を転がり、動きが止まったシズル。

まさに隙だらけではないか。杏子がそれを見逃す訳もなく、三回目のファイナルベントが発動され、杏子は宙へと舞い上がる。

 

 

「ジャアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

背後には吼えるベノスネーカー。

宙返りで空へ昇った杏子は、ありったけの殺意をシズルへ向けた。

そして咆哮を。同時に放たれる溶解液。杏子は足をバタつかせながら、シズルへ飛び込んでいった。

 

 

「消えッろォオオオオオ!!」

 

 

溶解液を纏った連続蹴り、ベノクラッシュがシズルに直撃した。

一度目の蹴りがシズルの体を揺らし、二度目からの蹴りの嵐が、シズルにダメージを与えていく。

 

 

「オオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

シズルの体に刻まれていく亀裂。

そして杏子の叫びと共に放たれた最後の一撃でシズルの体が砕け散った。

叩き割られたスイカの様に、赤い液体が辺りに飛び散っていく。

散布した血の量は尋常ではなく、血の雨が辺りには降り注いだ。

真っ赤になった杏子は、狂ったように笑いながら魔女を殺した感覚をかみ締めていた。

それはやはり楽しいから浮かべる物ではない。殺意が零れた故に浮かべる表情だ。

 

 

「つまらない、つまらねぇ、糞つまんないよユウリぃぃ」

 

 

刻んでやる。

それで少しは気分も晴れるだろう。杏子はユウリにトドメを刺す為に歩きだす。

ユウリは震え、リベンジャーを地面に落としてしまった。そのまま呆然と膝をつく。どうやら切り札のシズルを簡単に殺されてしまった事で諦めてしまったようだ。

 

 

(下らない女だ、最後までつまらない、最後までムカつく奴だった)

 

 

杏子は一歩足を進める。ユウリを殺すために。

 

 

「……嘘だ」

 

 

ユウリは小さくと呟く。

 

 

「シズルが負けたなんて嘘だ。嘘だ……、嘘嘘嘘」

 

 

壊れたレコードの様に何度も何度も掠れた声で呟いていた。

杏子はそれを無視してまた一歩足を進めて行く。

ユウリを殺してもまだ足りない気がする。まだ殺し足りない。イライラはまだまだ募るばかり。

 

 

「嘘だ――!」

 

「………」

 

 

足を進める杏子。

 

 

「シズルが負けたなんて嘘だぁああああああああああああ!!」

 

 

ユウリは叫び、頭を掻き毟って血走った目を見開いていた。

うるさい。ただそれだけだ。杏子としてはどうでも良い。そしてまた一歩、また一歩、また――

 

 

「………」

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ?」

 

 

一歩、足を進める事ができなかった。

ガシっと、何かに掴まれる感覚。杏子が自分の体を確認すると、四肢にへばり付く赤黒い液体が。

液体――、と言うよりはスライムの様に形を保っている。それが杏子の四肢に絡みついたのだ。

なんだこれ? そう思った時、バチュンと何かがねじ切れる音が聞こえた。

 

 

「―――」

 

 

ドッと重い衝撃が走り、体に言い様の無い違和感を覚える。

気づけば杏子は地面に倒れていた。いや、倒れたと言うには少し語弊があるか。

正確には『落ちた』と言うべきだろう。

 

人は足とよって支えられている。

それは言わば脚と言う台座の上に胴体を乗せているからこそ、地に立つ事を許される訳で。

ではその脚がなければ? それは簡単、胴体は地に落ちるだけ。

当たり前の話だ。

 

 

「………」

 

 

杏子は目を見開いたまま動きを止めていた。

いや、動きたくとも動けないのだ。これがまた。

 

 

「言ったのに」

 

 

ボソリとユウリは呟いた。

 

 

「嘘だってぇえええぇえええッッ!!」

 

 

顔を上げると、大声を上げて笑い出す。

もはや叫びとも言える笑い声は、勝利の雄たけびかもしれない。

全ては今、ユウリが口にした通りだ。しきりに繰り返していた『嘘』と言う単語は、シズルを殺された事を受け入れられずに放った否定の言葉ではない。

文字通り、今の状況を表す一言だったのだ。

 

 

「―――」

 

 

やられた――!

杏子はケラケラと笑うユウリを見て確信する。

絶望的な状況であった。杏子は四肢を切断されて地面に倒れているのだ。

理由は両腕と両足を拘束したあの液体が原因だろう。今もほら、赤黒いジェルのようなものが合わさって一つになると、外殻と言う名の頭蓋骨を再び形作らせる。

 

 

「やっぱアンタ、力が強いだけのサルだわ」

 

 

いや、イノシシか。

猪突猛進。目の前の標的めがけ何も考えず突っ込んで破壊しようと企むのは、まさに獣。

でも愚か、なんて愚か、進んだ先には落とし穴があったのに。

 

 

「流石にあんだけ強化した魔女を一瞬で殺れるとか無いから。うん、ないない」

 

「チィィッ!」

 

 

ユウリの隣には、亀裂が入っているものの、すっかり繋がって再生されたシズルが立っていた。

そもそもユウリが何故シズルを切り札として選んだのか、それは昔助けられた魔法少女が云々なんてバックボーンは全く関係が無かった。

 

ニコも気づいていた事だが、対杏子に対する能力が最適だからである。

もちろん杏子以外にも十分効果を発揮してくれるその力は、カウンターと不意打ちである。

杏子は殺意の量や力は確かに凄まじい。それに加えて戦闘センスもあり、頭もそこそこ回る。

が、しかし。やはり根本的には自身の力に頼りきっている面が見える。

それは依存、それは心酔。自らが最強だと過信する、ある種のナルシズムか。

 

特にイライラしていたり、困った時には、実力があるが故のパワープレイになる。

危険因子を消すために、最も単純な力で押しつぶすと言うやり方を取ってくる。

そしてその事に対して一切の疑問を持ち得ない。

それでまどかに負けたというのに、何も変わっていないじゃないか。

 

 

「詰めが甘すぎだな佐倉杏子。グラブ・ジャムンより甘い」

 

「グッ!」

 

 

ユウリは杏子の腹部に蹴りを一発。

力で負ければ、より強い力でねじ伏せようとするのが杏子だ。

しかしユウリは力で負ければ、技を磨いてその力をどう受け流そうかを考える。

そして行き着く先には、『カウンター』と言う最終結論があった。

ニコは"反射機能"を使い、ユウリは"死んだフリ"を使って杏子を『騙した』訳だ。

シズルは血液には強力な融解機能がある。倒したと思ったところを狙う技に、杏子はまんまとハマってくれた。

 

 

「ハハハハハッ! ダッセェな佐倉杏子ぉお? 醜い醜い達磨さんになっちゃって!」

 

「――ッ!」

 

 

ユウリはアドベントでエリーを呼び出す。

イーブルナッツで強化されたエリーは巨大化しており、ユウリはテレビの上に座ると指を鳴らす。

すると使い魔であるダニエルとジェニファー達が杏子を掴んで一気に上空へと舞い上がった。

さらにそこで箱の魔女結界が発動、杏子を引きずりこんでいく。

 

 

「地面から槍を飛ばす技も、流石に地面がなければ使えないよな?」

 

「………」

 

 

ナメるな。

杏子の憎悪はより高い魔力へと消化する。

確かに異端審問程の威力はでないが、さやかがやっていた様に、空間から槍を直接相手にぶつける事だってでき――

 

 

「おっと危ない危ない。クヒヒヒ!!」

 

「!」

 

 

杏子は槍を空中に数本出現させると、それを遠隔で飛ばす方法を選択する。

しかしそれらは一本もユウリの体に届くことは無かった。

槍はそれなりにスピードがあるのだが、それよりも早くダニエルとジェニファーが現れて槍を体で受け止めたのだ。

 

使い魔はそれで死んで消滅するものの、それなりには強度がある為、槍が体を貫いてユウリに届くことは無い。

杏子はもう何度か同じ事をやってみるが、全てダニエル達が防いでしまう。

 

 

「こっちも無限湧きなんだよね。諦めたら?」

 

「……ッ」

 

「エリーをさらに強化しておいて正解だったな。これは」

 

 

今のエリーは高性能のカメラと同じ役割を持っている。

スーパースローで状況を的確に把握でき、使い魔の視界と映像を共有できる為、三百六十度反応もできる。

 

攻撃力は強化されてもほとんど変化はないし、直接的な攻撃力はほぼゼロと言えるが、今のユウリにとっては非常に頼りになる存在であった。

現に杏子は今、エリーによって封殺されている。

槍は手が無いから持てない。異端審問は地面が無いから発動できない。

槍を直接当てるのもエリーの前では全て分析されて使い魔の盾を張られてしまう。

 

 

「顔色悪いよ杏子ちゃん。ああ、そうか、血がちょっと流れすぎてるかも」

 

「ハ……ッ! こんなもん、ソウルジェムを操作して止血すれば何の問題もないね……!」

 

 

血を止め、痛みを止める杏子。

だが佐倉杏子が今、詰んでいる事には変わりない。

いくら回復できるとはいえ、流石に失った四肢を元に戻すにはそれなりに時間がかかる。

それをユウリが待つわけが無い。

 

 

「情けないよ! 佐倉杏子……!」

 

 

だからこそユウリは唇を歪め、舌なめずりを行う。

相手を馬鹿にし、ナメ腐った様に声を震わせて首を傾げた。

それに合わせてユウリが座っていたエリーに映像が点る。

表情が変わる杏子。その映像はシルヴィスが持っていた写真だった。

杏子がまだ正義や希望を信じていた頃に突き付けられた、義妹や義弟の成れの果てだった。

 

 

「おんなじ様になっちゃったね、杏子ちゃん」

 

「!」

 

 

それは究極の弱者と言える姿。それに自分が――?

 

 

「でも酷いよね、人間ってのは」

 

 

"こんな事"をするんだもの。

こんな世界があるなんて知らなかった。

漫画やドラマの中だけ、フィクションの中だの産物だと思っていたけれど。

 

 

「だけどさぁ。これ確かに酷い景色だけど、人が作った景色には変わりないよな?」

 

 

酷いとは思うけど、おかしいとは思わない。

人間がその手で作り出した至極当然の出来事。純粋な絶望でしかない。

 

 

「人身売買をする施設も、猟奇的嗜好の人間だって、珍しいかもしれないけど奇跡とは言いがたい」

 

 

あり得た可能性として理解できないのは、それに納得していないから。

多くの時間を用いればどんな奴だって学習する。

リアルの出来事だからこそ、納得できたんだ。

 

 

 

「実際はそうじゃないのかも。ううん、でもそう口に出して言える事はできる」

 

「――ッ、あぁ? なんの話だ?」

 

 

杏子はユウリの言っている言葉がひとつも理解できなかった。

おそらくほとんどの人間がそうだろう。ユウリは自分に言い聞かせるようにしているため、いちいち説明なんてしちゃくれない。

 

ユウリはふと、リベンジャーの銃口を自分のこみかみに押し当てる。

このまま引き金を引けば普通の人間ならば死ぬ。でも魔法少女は死なない、ソウルジェムが砕かれない限り。

 

 

「それって、あり得なくない?」

 

 

ユウリは笑みを浮かべて呟いた。

常識では考えられない物にも、レベルがあるじゃないか。

人間は誰しもが生まれたばかりは無知だ。でも学校や、親から常識や世の中をルールを教えられ、自らで学び、経験し、大人になっていく。

いや、違う。人間になっていくのだ。

 

歴史、宗教、常識。

幾重もの思想や、積み重ねられてきた知識を垣間見る事で、人は世界に適応していく。

料理みたいなものかもしれない。子供の時には何もつくれないけど、だんだんできるようになっていき、美味いか不味いかはともかくカレーくらいならば誰だって作れるようになる。

 

 

「だから、きっと私は適応できたんだ」

 

 

自己の常識が、絶望を緩和させていく。

不幸だった少女も、それが仕方ない事だと分かれば、時間は掛かるかもしれないけど受け入れられた筈なんだ。

だってどうしようもない事だと――、長い間に育まれた『知識』が答えを導き出せるから。

 

麻薬中毒者に両親を目の前で刻まれて殺された。

目の前で肉が切り取られ、顔の皮膚を剥がされ、臓物を引きずり出された両親を見れば、少女は心に大きな傷を負うのは当然の事だ。

 

でもいつか少女は立ち直る。

誰かに諭され、誰かに支えられ、もしくは自分が悲劇のヒロインだと思えばプラス思考に変わるのは特別な話じゃない。珍しいかもしれないけれど。

 

とにかく、フィクションはフィクション。現実は現実。

その壁があるからこそ、常識と言うルールに自分を適応させられるんだ。

悲劇は起こり続けない。生きていれば良い事も悪い事もある。

時代が時代ならばともかく、国が国ならばともかくだ。

 

もしくは悲しみに飲み込まれ、自ら死を選ぶとしても、それは数ある常識の中に消えた泡の飛沫の様な物だ。一時的に取り上げられる事はあるかもしれないが、長い歴史の中では、誰もがそれを忘れていく。

生も、死も、喜びも、悲しも、決して不思議なことじゃない。

生きていれば誰もが味わい、みんな肩を並べて生きていく。

 

 

「……ちょっと話し、変えるけど。人が最もショックを受ける事ってなぁに?」

 

「知るかよ」

 

「……冷めると極端にノリ悪くなるよね、お前」

 

 

知っているんじゃないの?

ユウリは冷めた目で、冷めたトーンで杏子を睨む。

大きな鬱と躁がお互いを取り囲んでいた。焦らすつもりは無いのか、ユウリはエリーに杏子の過去を映してみせる。

そして切なげな表情で微笑んだ。

 

 

「裏切りだよ」

 

「………」

 

「信じていたものに裏切られる。それは希望から絶望への転移、つまりは落差が生み出す衝撃だ」

 

 

キュゥべえ達もそのエネルギーに目を付けたのだから、ずいぶんと頭の良い生き物ではないか。

 

 

「例えばそれはトランプタワーや、積み木」

 

 

高く積まれていればいる程、崩された時の悲しみや怒りは大きくなる。

 

 

「例えばそれはジグソーパズルを滅茶苦茶にされる時」

 

 

ピース数が多ければ多いほど怒りや悲しみ、喪失感も深くなる。

その落差がより濃く現れる物こそが裏切りだ。信頼していた物が崩れる落差。

 

 

「酷いよねぇ、アンタだって分かるだろ?」

 

 

ユウリはクルリと一回転。

長い金色のツインテールが揺れたかと思えば、髪の色や、髪型が、別のものと変化していく。

それを見て、杏子の表情が明らかに変わった。

ユウリはリーベエリスの元トップである"シルヴィス・ジェリー"へと変身して杏子の顎を持つ。

 

 

「貴女は私を母親だと思ってくれましたよね?」

 

「……おい、その変身を今すぐ解け」

 

「?」

 

「じゃないと、マジで殺すぞ」

 

 

杏子の冷めた口調と、目に宿る殺意。

しかしユウリはケラケラと笑うだけで、変身を解除しようとはしなかった。

そもそも手も足も無い杏子に、今更何ができると言うのか。

 

とにかく、杏子もまた裏切りの重さは分かっている筈だ。

孤児院で出会ったシルヴィスを信頼した結果、裏切られて人身売買を円滑に行う為の道具にされていたのだから。

 

 

「酷いよねぇ、それにとっても現実離れしてる」

 

 

孤児院の創立者で、皆の母親として慕われていた女性が、裏ではその孤児を売っていたなんて。

ましてや買う方も買う方だ。強制労働、金持ちの玩具。中には猟奇的な事に巻き込まれる者もいた。

そのどれもが杏子が見つけてきた者。可愛がっていた者。幸せになれると信じていた者だった。

 

 

「優しい優しい杏子ちゃんはその一件で歪みきってしまい、あげく妹まで殺す事となった」

 

 

それもこれも全ての原因を辿れば、信頼していたシルヴィスに裏切られたからではないか?

愛が深ければ深いほど、その時の落差はより酷くなる。

 

 

「現実離れしてる、ドラマみたい、映画みたい、小説みたい」

 

 

でも、現に今、こうして杏子は魔法少女となっている。

 

 

「可哀想な杏子ちゃん。流石のアタシも同情するよ」

 

 

ユウリは、"ユウリ"に戻って言った。

 

 

「裏切りって、意外と世の中に溢れてる物だよ?」

 

 

目を細めるユウリ。

 

 

「サンタさんの正体がパパとママだったり。カッコいいヒーローや怪獣の中身は普通のおっさんだったり。憧れていたスターが、裏ではただの屑だったり」

 

「………」

 

「きっと今日もどこかで裏切りはあるよ? 私達と同じ中学生の女の子が裏切られて、もしくは裏切りに繋がる因子が膨れ上がって行くよ」

 

「………」

 

「例えばね。ママが家族と寝ているベッドで他の男に股を開いていたり。パパが自分と同じくらいの女の子に痴漢してたり。あはっ、極論かな? でも大好きだと思っていた友達が、裏では嬉しそうに自分の悪口を言っていたり。好きな男の子にあげたプレゼントを、その子が他の女の前でこき下ろしていたりするかも!」

 

 

無意識だったのかは知らないが、その口調はどこか『あいり』を彷彿とさせる。

 

 

「酷い、酷いよ、酷いよねぇえ!?」

 

 

ユウリは一度インプットした女子中学生と思われる姿に連続で変身して行く。

次々と変わりゆくユウリはまさにルーレットの様だ。

大量に記録した人の姿。それだけの人間がこの世界には存在している。

つまりそれだけ、巻き起こる裏切りの数も増えると言う訳だ。

 

ただ――、と。ユウリは言葉を付け加える。

いま話したことは、知ればショックではあるが、現実に十分起こりうる事として認識ができる。

○○に限って~、なんて思いはあるだろうが、認識ができれば時間は掛かっても、納得につなげる事はできる筈だ。

それは先程から言っているとおり。

 

 

「だから私も納得できた筈」

 

 

コロコロと変わっていたユウリの顔が、『ユウリ』に戻る。

それは真顔。なんの感情も無い様に見えるが。その裏には、かつてない負が渦巻いている。

 

 

「家族で遊園地に行く約束。楽しみ。その後ヤク中に家族を惨殺」

 

 

納得できた筈だ。

だって優しい叔父さんと叔母さんがいたし。

たとえ友達が土砂崩れに巻き込まれて死んだとしても、きっと自分はあの二人がいればまた立ち直ることができたんだ。

 

 

「でもね、魔女だって!」

 

 

何ソレ。

叔父さんと叔母さんを殺した犯人は魔女なんだって。

 

 

「常識的に考えて、そんなのいない」

 

 

でもいる。この目で見たんだ。

あれは夢なんかじゃなく、同時にその悪い魔女を倒す魔法少女って言うスーパーヒロインまでいると来た。

 

テレビの中だけの存在。

アニメの中だけの、漫画の中だけの、小説の中だけの。

だってそんなのファンタジーすぎる。つまりフィクション、創作物だけの存在だと思っていたのにリアルに存在してました?

 

 

「凄い! そんな不思議なことって!!」

 

 

ユウリは気が狂いそうだった。怒りで、憎悪で。

だから気づけば憎悪に表情を歪ませて、杏子の腹部を思い切り殴りつけていた。

 

 

「なんなんだよソレはぁアアアアアアア!!」

 

「が――ッ! ガフッ!!」

 

 

さらにリベンジャーの銃口を腹部に押しつけ、そのまま躊躇無く引き金を引いていく。

体内に直接銃弾を撃ち込まれる。杏子は衝撃に表情を歪めて、言葉を失った。

 

 

「その時――ッ! 私の常識は全て粉々に打ち砕かれた!!」

 

 

信じていた知識が、世界のルールが、己の理が壊される。

それはまさに最大の裏切りとも言える物だ。

己を取り巻く悲劇の連鎖は偶然だと思っていた。きっとこの先には良い事が待っている。

この時代、この国、悲劇だらけの人生なんて『常識的』に考えてあり得ない事なのだから。

 

 

「でも壊された! 常識と、概念ッ!」

 

 

杏子を殴りながら吼えるユウリ。

魔女がこの世界にいる。それはファンタジーの侵食。

ユウリが信じていた現実(リアル)が音を立てて崩れる瞬間だった。

自身の心に宿していた言い訳は希望だった。

つまり『こんな事、常識では起きる筈は無い』と言うユウリの自信が崩れ去った。

 

 

「バラッバラにぃッ!」

 

 

ユウリはひとしきり杏子を殴ると、呼吸を荒げつつも一旦クールダウンに入る。

一方で杏子は血を吐き出し、ユウリをジッと睨みつける。

勘弁して欲しいものだ。意味不明な自分語りが始まったと思えば、随分とはしゃぎまわる。

呆れて物も言えないとはこの事だ。とは言え、この状況を打破する考えが浮かばない。一応は自己修復に専念しているが、期待はできない。

ああ、ウザイものだ。杏子の中では今も体を突き破らんとばかりの殺意と、どうしようもないイライラだけが渦巻いている。

 

 

「でも、希望もあった――……!」

 

(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)

 

「そう、希望だよ……、希望」

 

 

杏子はもう聞いていないが、ユウリはゆっくりとかみ締める様に希望と言う言葉を口にした。

魔女と言うファンタジックな存在は、ユウリの心にかつてない絶望を突き付ける。

しかし同じくして現れた魔法少女は、その絶望と同じ――、いやそれを上回る希望をチラつかせた。

 

だってそうだろう?

ユウリが想像もしていなかった世界がそこにあった。

ならば常識では考えられない幸福が訪れるかもしれない。

魔法少女と言うファンタジーなヒロイン、魔法を使って皆を幸せにする。

 

それは大きすぎる希望。

もしかしたら魔法の力で死んだパパとママが戻ってくるかも! なんて事も。

何でもできる力だ。何でも叶えてくれる力だ。今までの不幸も全て吹き飛ばす究極の希望。

ユウリにとって都合の良い展開を全て叶えてくれるかもしれない可能性がそこにあった。

それが魔法少女だ。希望の魔法と言う存在。

 

だから耐えられた。

どんな辛い事があっても、どれだけ絶望が襲ってきても、魔法と言う希望があったから耐えられた。

魔法と言う不確かな存在を信じた。愛した。崇拝したんだ。

 

 

 

 

 






これ前にも言ったかもしれないけど、もしワイがスタッフやったら、ニコの声はどんだけ金積んでもいいから矢島晶子さんにやってもらいたいもんやで(´・ω・)
イメージCVとか一日中妄想できますわ。
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